2:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/21(水) 00:56:44.57
ID:XGvacbon0
戦国が終わり、それでも侍達が死に場所を求めていた頃。
かつての戦場には、取るに足らない野太刀を、
1つの流派まで成長させるだけの養分があった。
剣術、武術、兵法の爆発的増加は、
太平の世では受け止めきれなかった。
合意の上での果し合い、剣を試すための辻斬りは後を絶たず、
幕府、各藩は頭を悩ませていた。
3:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/21(水) 00:57:25.66
ID:XGvacbon0
城ヶ崎美嘉は、柳生心眼流剣術の名手であった。
17歳にして免許皆伝。
口調と身なりは軽薄な印象を与えるが、
人となりは至極誠実である。
これでさらに容貌にも優れているから、藩の男だけでなく
女らも、きゃあきゃあと色めきたっている。
そんな彼女には、現在頭を悩ませることがあった。
藩内で起こっている辻斬り。
1人目は道場主の桐生つかさ。
2人目は師範代の藤本里奈。
3人目は美嘉が目をかけていた門下生の、大槻唯。
4:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/21(水) 00:58:15.13
ID:XGvacbon0
いずれも、美嘉には及ばぬものの、達人である。
凄腕の剣豪か、
もしくは複数人による凶行であると見られる。
しかし時世が時世であるから、
同心達は下手人に目処を付けられていない。
しかし、美嘉には思い当たる節があった。
5:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/21(水) 00:58:49.02
ID:XGvacbon0
年前、道場から追われた妹の莉嘉。
剣術に対して、異様な執着を見せていた。
幼い頃、美嘉が道場通いを始めた時は、
自分も行きたいと散々喚き、ついには蔵に叩き込まれた。
ようやく道場に入った頃には、門下生達と秘密裏に
真剣勝負を行い、何人もの死傷者を出している。
美嘉が皆伝を受けた時は、
自分にもよこせと師範に食ってかかったが、
“心の眼が曇った輩には、刀を持たせられん”と断られ、
それでも食い下がったので、道場から追放された。
動機は十二分にあるといってよい。
6:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/21(水) 00:59:14.65
ID:XGvacbon0
とはいえ美嘉は、この件に関わるつもりはなかった。
先月、馬廻への勤めが決定した。
さらに、口数が少ないが、伴侶をよく立てる嫁を娶った。
今の美嘉の身分は、殿の護衛を務める一家の柱。
個人的な事情で動くことはできないのだ。
7:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/21(水) 01:00:07.46
ID:XGvacbon0
美嘉が屋敷に戻った頃には、夜更けになっていた。
つい、他の馬廻役達と飲み過ぎてしまったのだ。
扉を開いた美嘉はぎょっとした。
伴侶が、じっとそこで佇んでいたのだ。
側人を使って、自身の帰りが遅れることを伝えていたはず。
それなのになぜ。
男は面を上げると、安心したような、
それでいて少し傷ついたような顔をした。
美嘉はぷいと顔を逸らした。
どうしようもなく、相手が愛おしかったのである。
美嘉は、酔いでふらつく身体で、
彼をそっと抱きしめた。
もそっと抱き返された。
力が強くて、少し痛かった。
その痛みすらも、美嘉は愛した。
その後、2人は初めて閨を共にした。
下手人のことは同心にまかせて、
今は、この幸せを嚙みしめよう。
美嘉はそう思った。
8:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/21(水) 01:00:46.17
ID:XGvacbon0
だが今度は、その愛しい伴侶が凶刃にかかった。
美嘉は確信した。
莉嘉は自分の周囲の人間を襲っている。
理由はおそらく、自分を真剣勝負の舞台に引きずり出すためだ。
美嘉は、憎しみよりも恐怖が先に立った。
吐き気さえ催すような、剣への執着。
全てを敵に回してでも、
自身の強さを証明しようとする、真っ黒な決意。
しかし美嘉は、逃げ出すことはできなかった。
もう藩内には、莉嘉に比肩しうる剣士は自分しかいない。
同心は、莉嘉が下手人だとは露とも思っていない。
美嘉自身の手で、決着をつけるしかないのだ。
9:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/21(水) 01:01:31.33
ID:XGvacbon0
藩内の山奥に、莉嘉は現れた。
道場と屋敷に貼っておいた書き置きを、
しかと読んだようだ。
「お姉ちゃん久しぶりっ! 元気だった?」
莉嘉は以前と変わらぬ様子だった。
姉に対してのみ、底抜けに明るい妹の表情を見せる。
「莉嘉…アンタと戦ってあげる」
美嘉は刀を抜いた。
目の前にいるのは肉親ではない。剣の鬼だ。
莉嘉も、嬉々として抜刀した。
10:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/21(水) 01:02:03.15
ID:XGvacbon0
構えは中段。
美嘉は不可解に思った。
辻斬りに遭った死体は、
いずれも頭を縦に割られている。
となれば、莉嘉の得意は上段である可能性が高い。
それならば、なぜ中段を使う?
美嘉は八相に構えた。これは彼女の定石である。
11:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/21(水) 01:02:39.31
ID:XGvacbon0
先に仕掛けたのは、莉嘉の方だった。
さらに繰り出されたのは逆袈裟である。
美嘉は完全に、構えに騙された。
それだけ相手の動きは速かった。
しかし彼女も達人、莉嘉の剣を受け止めた。
「莉嘉、強くなったね」
若干押されながらも、美嘉は言った。
妹のことが、素直に誇らしかった。
12:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/21(水) 01:03:25.48
ID:XGvacbon0
一方本人は、呆けた顔をした。
「お姉ちゃん。それ、やばい」
莉嘉はざっと剣を下げて、後方に退いた。
それから息を整えて、再び美嘉に斬りかかった。
今度は本気だった。
莉嘉の剣の動きは、もう追えない。
二手どころか、三手四手も先に行っている。
美嘉は左肩と右の瞳を斬られた。
刀がぼとりと地に落ちた時、
彼女は莉嘉に背を向けて逃げ出した。
13:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/21(水) 01:03:52.13
ID:XGvacbon0
何が免許皆伝だ。
何が心の曇りだ。
アタシは、怖くてしょうがない。
美嘉は山の中を駆ける。
ただ1人の人間として、生きるために。
見逃して。
たった1人の姉なのだから。
美嘉は心中でそう叫んだ。
追ってくるのは、ただ1人の妹。
追ってくるのは…。
14:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/21(水) 01:04:32.48
ID:XGvacbon0
美嘉は山に流れる清流の半ばで、足を止めた。
もう、息が続かなかった。
そこで抜いた脇差を水に晒し、それを鏡として後方を見た。
莉嘉が迫ってくる。必死で追いつこうと。
美嘉は眼を閉じ、ただ音を聞いた。
ぱしゃりと、水が跳ねる音。
そして。
15:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/21(水) 01:05:23.74
ID:XGvacbon0
「お姉ちゃん…待って」
それが、莉嘉の最後の声になった。
美嘉は眼をつぶったまま、
脇差を振るい、彼女の首を落とした。
眼を開いた後は、妹の身体を抱いて、
しばらく呆然と座り込んだ。
16:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/21(水) 01:05:57.48
ID:XGvacbon0
おしまい
元スレ
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1497974138/
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