1:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/02(金) 23:19:36.65
ID:pVIxyO240
2:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/02(金) 23:20:55.25
ID:pVIxyO240
二宮飛鳥は、羅生門の上にすむ怪であった。
もとは人であったものが変化した。
といっても1人ではなく、
水子の霊が集まって形を成していた。
ものを食べるようになる前に死んだからか、
飛鳥の食欲は旺盛だった。
たびたび人を襲っては肉を喰らい、臓腑を啜る。
住民達は飛鳥を、
“門上の悪鬼”と呼んで、ひどく恐れた。
3:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/02(金) 23:21:47.11
ID:pVIxyO240
その悪名が広まると、
「僕はアスカ。二宮飛鳥。
ボクはキミの事を知らないけど、
キミはボクを知っているのかい?」
このような台詞を吐いて、
飛鳥はさらに人を襲うようになった。
その精神は捩くれていた。
4:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/02(金) 23:22:27.12
ID:pVIxyO240
だが飛鳥は怪であったため、殺されなかった。
高名な剣豪とやらが
やってきたこともあったが、逆に食ってやった。
また、数多の霊が集まっているからか、
供養も祈祷も意味を成さなかった。
5:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/02(金) 23:23:35.15
ID:pVIxyO240
飛鳥が大人しくなったのは、都を大飢饉が襲った頃。
毎日夥しい餓死者が出て、
その死体は羅生門の上に捨てられた。
飛鳥は、わざわざ人を襲う必要がなくなった。
日がなごろごろして、
死体が運ばれてくるのを待つ。
気分はまるで殿様である。
いや、もしくは乳飲み子か。
そう自分で思って、飛鳥は苦笑した。
乳の味など、知らなかったから。
6:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/02(金) 23:24:14.99
ID:pVIxyO240
退屈しつつも、腹はふくれる毎日を過ごしていると、
ある時、薄幸そうな女がやってきた。
髪の色は、青みがかった黒。目尻がすこし尖っている。
顔立ちは美人だが、
こちらが気後れするような鋭敏さが感じられる。
7:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/02(金) 23:25:09.38
ID:pVIxyO240
「やあやあ初めまして。
狭いし散らかっているが、くつろいでくれ給えよ」
満腹でやることもなかった飛鳥は、女に言った。
暇つぶしのつもりだった。
「あなたが門上の悪鬼…」
女は、飛鳥の方をじろじろ見た。
8:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/02(金) 23:26:04.21
ID:pVIxyO240
「せっかく会いにきてくれたのに、
こんな格好で申し訳ないね」
飛鳥は肩をすくめた。
飛鳥が身にまとっているのは、
死体からはぎとった襤褸である。
“生まれて”からずっと、それを着ている。
9:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/02(金) 23:27:08.38
ID:pVIxyO240
「突っ立ってないでかけなよ。
腐った死体って、
けっこう柔らかくて心地いいんだ」
飛鳥は積み重なった死体の上で跳ねた。
汁っぽい音がして、
死体の口から百足が這い出してきた。
10:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/02(金) 23:28:10.40
ID:pVIxyO240
それを見て女は眉をひそめたが、
物怖じせず飛鳥に言った。
「お願いがあるの」
まさか、日々の死体は貢物で、
自分は神だと勘違いされているのか。
飛鳥は苦笑した。
人間達は生きているくせに、目が腐っているのか。
11:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/02(金) 23:29:23.10
ID:pVIxyO240
「こんなボクに御利益がありそうに見えるなら、
まあ言ってみたまえよ」
飛鳥はそう皮肉を飛ばした。
まこと、まわりくどい話し方をする怪である。
女は一息すいこんで、願いを言った。
「私を食べてほしいの」
「はあ」
気怠げに飛鳥は返した。今は満腹である。
くわえ、人間の方からどうぞ
食べてくださいましと言われるのは、なんだか興冷めだった。
そこで飛鳥は退屈しのぎに、ある提案をした。
12:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/02(金) 23:30:20.40
ID:pVIxyO240
「1日1話、何か話して。
それが100話になったら、
キミを食べてあげる」
二宮飛鳥と和久井留美の関係は、
こうやって始まった。
13:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/02(金) 23:31:49.50
ID:pVIxyO240
飛鳥はまず、和久井に
食われたがる理由を尋ねた。
聞いてほしかったのか、
和久井はよく喋った。
結婚を約束した許婚がいて、
身体まで許したのに、捨てられたのだという。
でも自殺すると、本気になっていたと相手に
知られるから、嫌。だから食べて欲しいのだと。
14:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/02(金) 23:32:55.41
ID:pVIxyO240
阿呆な女だ。
飛鳥は思った。
食うに困って餓死するものが多いのに、
贅沢なのは格好だけではないのか。
和久井の服装は、
藤色の立派な着物で、裕福な武家の娘だと分かる。
「キミ、いままで苦労したことなかったんだね」
飛鳥ははっきりと伝えた。
和久井は、うぐ、と呻いた。
15:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/02(金) 23:34:08.57
ID:pVIxyO240
飛鳥は、和久井から外の世界の話を聞いた。
それによると、
他所にも自分とおなじような怪がいるらしい。
一目会ってみたいと思ったが、それはできなかった。
飛鳥を構築する水子たちは羅生門に憑ついていて、
そこを離れると、形を保っていられなくなる。
2度も死ぬのはごめんだった。
16:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/02(金) 23:59:31.76
ID:pVIxyO240
和久井は、飛鳥によくお土産を持ってきてくれた。
酒と菓子。
酒の方はにがくって駄目だったが、
菓子の方は甘くほろほろ溶ける。
飛鳥の口は人肉で脂っこくなっていたから、
こういう感触は新鮮であった。
腹にはたまらないが、舌が喜んだ。
17:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/03(土) 00:00:15.27
ID:vgo2k3nS0
話に疲れたときなどは、
和久井が持ってきた双六で遊んだ。
“遊び”という概念すら知らなかった飛鳥は、
これに夢中になった。
和久井が帰った後も、
次はどうやって勝とうか、などと熱心に考えた。
18:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/03(土) 00:00:47.56
ID:vgo2k3nS0
時々、飛鳥のほうからも話をした。
「親に捨てられた水子の霊があつまって、
二宮飛鳥という人格を形成しているんだ」
飛鳥は、特段悲しげな様子もない。
母の顔は知らない。
知らないから、恨みようも、悲しみようもない。
19:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/03(土) 00:01:26.30
ID:vgo2k3nS0
「それで平気なの」
そう和久井が尋ねても、飛鳥はけろりとして、
「割り算が難しくなると、分母を減らすのが世の習いさ」
などと言った。
飛鳥は、門の周りしか知らぬというのに。
20:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/03(土) 00:02:15.57
ID:vgo2k3nS0
ある日、和久井がいつもと違って、
明るい顔をしてやってきた。
腹に子どもがいる。
だから、ここに来るのはやめるという。
「なんだ、やっぱり相手に本気だったんじゃないか」
そう茶化した。
実際、飛鳥は喜んでいた。
飛鳥“達”は水子であったから。
21:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/03(土) 00:02:51.74
ID:vgo2k3nS0
しかし、いきなり和久井がいなくなると、
門の上が随分広い。
広いのに、息苦しい。
飛鳥は門の下に降りた。
そして、周りをぐるぐるしていると、
水子供養の地蔵を見つけた。
飛鳥を鎮めるために置かれたものだった。
22:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/03(土) 00:03:39.31
ID:vgo2k3nS0
こんなものがあったって、
満足するのは生者だけだ。
腹の足しにもなりゃしない。
飛鳥はそう毒づいて、門の上に戻った。
23:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/03(土) 00:04:14.87
ID:vgo2k3nS0
そうしてしばらく退屈にしていると、
和久井がまた門の上にやってきた。
「やあやあ、せっかく顔を見ないで済むと思っていたのに」
本当は一寸寂しかったが、
飛鳥はそう減らず口を叩いた。
だが、和久井が流産したと聞くと閉口した。
24:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/03(土) 00:04:45.26
ID:vgo2k3nS0
和久井はまた話をしてくれるという。
1000話ぐらいにしておけばよかったな、と飛鳥は思った。
25:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/03(土) 00:05:25.74
ID:vgo2k3nS0
和久井の着る服は、
どんどんぼろぼろになっていった。
「ボクに会いたくてしょうがないからって、
そんな立派な格好で来なくても」
飛鳥はそう言った。
本当に、捩くれた性格である。
26:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/03(土) 00:06:05.44
ID:vgo2k3nS0
和久井によると、家を追い出されたらしい。
だから、土産物は持ってこれなくなるという。
その代わり、と和久井は飛鳥に風鈴をくれた。
風が吹くと、本当に綺麗な音がした。
退屈と死体を友とする生活が、
ほんのすこし和んだ。
27:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/03(土) 00:07:15.93
ID:vgo2k3nS0
そしてとうとう、100の話が終わった。
飛鳥は和久井を食うのが惜しくなっていた。
「いまは満腹だから、明日また来てくれないか」
飛鳥は空腹をこらえながら、そう言った。
しかし和久井は、
「約束よ…約束」と飛鳥を見た。
その眼差しに、飛鳥はたじろいだ。
28:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/03(土) 00:07:45.88
ID:vgo2k3nS0
そして結局、和久井を食べてしまった。
29:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/03(土) 00:08:12.74
ID:vgo2k3nS0
その後、飛鳥は重い腰を下ろした。
脆い人間風情に、何を感傷的になっているのか。
自分は門上の悪鬼。
そう言い聞かせて、飛鳥は眠ろうとした。
30:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/03(土) 00:08:50.22
ID:vgo2k3nS0
しかし息苦しかった。
ひどく、息苦しかった。
部屋がずいぶん小さくなって、
自分の身体をぴったりと覆っているようだった。
31:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/03(土) 00:09:29.39
ID:vgo2k3nS0
堪え切れなくなって、飛鳥は門の下に降りた。
時刻は夜明け前で、風はない。
飛鳥はぼんやりと、上ってくる朝陽を眺めた。
いつもと同じ、ただ明るいだけの、鬱陶しい朝陽だった。
32:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/03(土) 00:10:36.86
ID:vgo2k3nS0
苛立ちながら、門の周りを
ゆっくり歩いていると、
あの地蔵が衣を纏っていた。
擦り切れた藤色の衣だった。
33:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/03(土) 00:11:02.47
ID:vgo2k3nS0
飛鳥はがっと近づいて、それを剥ぎ取った。
自分の体に、
ぴったりと合うように作られていた。
34:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/03(土) 00:12:00.65
ID:vgo2k3nS0
阿呆は。
本当の阿呆は、ボクの方だった。
二宮飛鳥は、衣を抱えながら都を駆けた。
母を呼ぶ赤子のように、泣き叫びながら。
35:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/03(土) 00:12:51.44
ID:vgo2k3nS0
門からぐんぐん離れ、身体が崩れていった。
それでも、飛鳥は走るのをやめなかった。
やがて飛鳥の身体は、形のない風になった。
その風が、町中の風鈴を、ちんちろ、ちんちろ、
寂しげな音で揺らした。
36:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/03(土) 00:13:19.38
ID:vgo2k3nS0
おしまい
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