1:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/02(金) 19:50:57.98
ID:pVIxyO240
2:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/02(金) 19:51:28.55
ID:pVIxyO240
貧しい流浪の武士、三村かな子はわびしい気分だった。
なけなしの金で注文した蕎麦は、飯茶碗ほどの量。
しかも味が薄い。さらに蕎麦の質も悪い。
それに対して、正面の兵士の蕎麦。
大盛りである。くわえ海老が二本乗っている。
かな子の錯覚か、ほのかに輝いているように見える。
3:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/02(金) 19:52:39.37
ID:pVIxyO240
よだれを垂らして見つめていると、
相手がじろりと睨んできた。
かな子はふっと目をそらした。
相手は、飛ぶ鳥落とす北軍の兵士である。
5:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/02(金) 19:53:23.47
ID:pVIxyO240
大和は南北に別れていた。
だが合戦は北軍が有利で、主要な都市はすべて抑えられていた。
南軍はその数を減らし、現在は敗走状態である。
かな子はどちらにも属していなかった。
討ち死にするのが怖い。
だがなによりも、飯を食えなくなるのがもっと怖い。
6:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/02(金) 19:54:28.00
ID:pVIxyO240
北軍の兵士は蕎麦を食い終えると、金も払わず出て行った。
こういう振る舞いは少なからず住民の反感を買っていた。
さらに北軍は各地から兵糧をかき集め、
いくつもの地主や百姓を没落させたという。
恨みは多いが、誰も口には出せぬ。皆命が惜しい。
8:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/02(金) 19:55:12.94
ID:pVIxyO240
かな子はさっと、兵士のどんぶりを自分の方に寄せた。
天かすがまだ残っている。そばの切れ端も。
それらは海老のうまみがしみて、たいそう美味かった。
だが、かな子はすぐに虚無感に襲われた。
ひどくわびしい気分である。
さらに、半端に食べたせいで、空腹感がより増した。
だが金がない。どうしよう。
かな子は、ちらりと自分の刀を見た。
9:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/02(金) 19:55:50.05
ID:pVIxyO240
その日の夜更け、かな子は鰻屋に強盗に入った。
季節は秋口。
鰻にあぶらがのって、たいそう美味い時期である。
どうせやるなら大物、そういう心算であった。
さすがに斬るのは忍びなかったので、脅すに留め、
首尾よく、まるまると太った鰻を手に入れた。
しかし捌き方もわからず、泥抜きもしなかったので、
出来上がった串焼きはひどい味だった。
なんたる、くたびれもうけ。
10:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/02(金) 19:56:53.79
ID:pVIxyO240
その数日後、かな子は仰天した。
鰻屋家族が牢に入れられていた。
聞くところによれば、北軍大将に献上する鰻を逃してしまったという。
かな子は、しばらく食欲が失せるほどの罪悪感に襲われた。
自分の責任である。
11:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/02(金) 19:57:30.45
ID:pVIxyO240
食い意地を張ったばかりに、一つの家族を獄門に送ることになろうとは。
しかも、鰻屋は“奪われた”とは言っていないらしい。
かな子のことを北軍に話していないのだ。
鰻屋は被害者どころか、かな子の命の恩人である。
飯が食えなくなるのは、怖かった。
しかしここで立ち止まれば、武士ではない。
12:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/02(金) 19:58:27.21
ID:pVIxyO240
かな子は牢に忍び込んだ。
そこで、鰻屋家族を解放することに成功した。
しかし場所は北軍のお膝元。
かな子1人ならまだしも、
鰻屋家族を連れては逃げられない。
考えあぐねていると、他の牢人達が、
かな子の方を小犬のような目で見た。
14:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/02(金) 20:01:17.62
ID:pVIxyO240
上役に煙たがられた武士。
北軍に借金を踏み倒された挙句、
獄にまで入れられた商人。
南軍の指揮官。
みな哀れであった。
毒を喰らわば皿までよ、とかな子は全員を解き放った。
そして、彼女らと共に脱出することにした。
15:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/02(金) 20:02:05.93
ID:pVIxyO240
関所を力ずくで突破し、かな子達は山に逃れた。
ちょうど北軍の兵舎が見下ろせる位置であった。
ひとしごと終えた、とかな子はどっかり腰を下ろした。
北軍の兵士に顔は見られていない。
街で口笛を吹いていようが、
せせっこましく蕎麦を食っていようが、かな子の自由である。
16:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/02(金) 20:02:56.43
ID:pVIxyO240
やれやれ、とかな子が周りを見渡すと、
人数が足りないことに気づいた。
上役に嫌われたという、暑苦しい女がいなかった。
どこへいったのか、とかな子が思っていると、
北軍の火薬庫が突如爆発し、辺りを煌々と照らした。
かな子が呆然と立ち尽くしていると、南軍の指揮官が肩に手を置いた。
この事はあらかじめ仕組まれたことであったらしい。
17:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/02(金) 20:03:44.79
ID:pVIxyO240
北軍の大将は、賊軍が現れたという情報を耳にした。
人数は2000人程度。
北軍が駐留していた町を占拠し、一勢力を築いているという。
しかし北軍の大将は、慌てなかった。
こちらの軍勢は18万。兵、とくに鉄砲隊が精強である。
鈍と鍬で武装した賊軍に、なんとかできるものか。
高笑いしながら、将軍は酒をすすった。
18:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/02(金) 20:04:20.87
ID:pVIxyO240
三村かな子は震えあがった。
自分の人相書きが、賊軍の指導者として
全国に出回っているらしい。
一刻もはやく逃げ出せねば。
そう思って立ち上がるかな子の袖を引くのは、
茶碗いっぱいの飯である。
19:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/02(金) 20:05:30.91
ID:pVIxyO240
賊軍とはいえ大将格、出される食事は立派である。
それを食っていると、明日でもいいかという気になる。
この集団を抜け出せば、かな子は再び流浪の貧乏暮らし。
せいぜい今のうちに腹一杯食って、
覚悟が決まったら逃げ出そう。
そうやって、明日、また明日と時間が過ぎていった。
20:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/02(金) 20:06:42.18
ID:pVIxyO240
北軍の大将は眉を顰めた。
賊軍が、敗走していた南軍と勢力を糾合して、
2万人にほどに増えたそうである。
こうなると、いかにこちらが数で
優っているとはいえ看過できぬ。
北軍の大将は、自身の軍勢を三村軍に差し向けた。
負けることはなかろう。
北軍の大将は、顔をしかめながら酒を啜った。
21:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/02(金) 20:07:20.92
ID:pVIxyO240
三村かな子は、逃げる機会を完全に逸していた。
飯を食って、たまに昼寝して、
また飯を食っているうちに、
周囲は、かな子を三村軍の大将として祀り上げていた。
「三村さまー!!!」
「三村さまー☆」
「三村ちゃまー!」
かな子は、自分を慕う者達に四六時中取り囲まれている。
そして、仮に逃げられたところで待っているのは、
北軍からの執拗な追跡である。
かな子は大将飯を食いながら、さめざめと涙を流した。
22:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/02(金) 20:08:04.49
ID:pVIxyO240
それを見た側近達は、
「大将にもっと旨い飯を食わせねば」と奮起した。
かな子の指揮能力は低い。むしろ、無能と言って差し支えない。
だが、飯をたいそう美味そうに食うので、
それが周りの庇護欲求を誘うのであった。
周囲の視線は、さながら母鳥である。
23:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/02(金) 20:09:08.90
ID:pVIxyO240
北軍の大将は衝撃を受けた。
三村軍の勢力が、14万ほどに膨れ上がったそうである。
聞くところによれば、かつて捕らえた
南軍の城ヶ崎美嘉が
民衆に演説を行って兵をかき集めているという。
特に、北軍に虐げられていた百姓達などが、喜び勇んで
三村軍に参加している。
だが、まだこちらが数では優っているし、
訓練も実戦も積んでいる。
運が三村軍に味方せぬ限り、負けることはない。
北軍の大将は、震える手で酒を煽った。
24:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/02(金) 20:10:06.78
ID:pVIxyO240
三村かな子は、座敷でくつろいでいた。
だが、内心はやけっぱちであった。
もうこうなれば、運命を天にゆだねるしかあるまい。
兵隊の管理も訓練も、
側近がやってくれているので、
かな子に仕事はない。
せいぜい北軍に敗れるまで、
たらふく旨い飯を食うのみである。
ゆったり泰然と構えるかな子。
周囲の側近達は、「大将としての風格が出てきた」と、
感慨を深めていた。
25:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/02(金) 20:10:34.66
ID:pVIxyO240
北軍の大将は高笑いしてた。
勝利ではなく、絶望の笑いであった。
三村軍の兵力は、現在50万。
破った北軍の指揮官を助命し、
登用することで勢力を拡大しているらしい。
26:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/02(金) 20:11:17.94
ID:pVIxyO240
さらに櫻井桃華なる商人が、洋国から最新式の鉄砲と船を
無償で借り受けたという。
見返りは、幕府樹立後の交易権の確立。
つまり三村軍は勝利を確信していることになるのだが、
北軍の大将はすでに立てる腹もない。
そういう状況である。
27:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/02(金) 20:11:49.52
ID:pVIxyO240
その後、三村軍は北軍を正面から叩き潰し、
あれよあれよという間に京に上った。
そして朝廷を包囲し、
三村かな子は征夷大将軍の官位を授与された。
これが三村幕府のはじまりであった。
28:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/02(金) 20:12:16.64
ID:pVIxyO240
三村かな子は有能な側近に恵まれ、よい治世を行った。
病気も怪我もなく長生きしたが、
晩年餅をのどに詰まらせて、
惜しまれつつ亡くなった。
人々はかな子のことを、「食い意地将軍」と呼んで、
後の世まで語り継いだそうな。
29:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/02(金) 20:12:42.13
ID:pVIxyO240
おしまい。
元スレ
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