1:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/31(水) 23:28:16.07
ID:3uv3ojMy0
2:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/31(水) 23:29:54.30
ID:3uv3ojMy0
市原家は処刑人の家系であった。
その歴史は古く、かつての平安の介錯人まで辿ることができるという。
市原仁奈は、そんな市原家の末裔であった。
仁奈は生まれた頃から全身に潰瘍があり、
それゆえ両親から疎んじられた。
処刑人はえてして社会から孤立するが、
仁奈はその家系の中にあっても孤独だった。
潰瘍を隠すため、仁奈は厚い着ぐるみを着込むようになった。
それは鳥動物を模した、
可笑しげな格好であったが、
両親は気味悪がって
ますます彼女を突き放した。
3:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/31(水) 23:30:53.31
ID:3uv3ojMy0
だがある時、
刑後の斬首体を初めて見た仁奈が
驚くべき言葉を発した。
「角度が悪いのでごぜーますよ」
その死体は介錯人の不手際によって、
何度も首を斬りつけられていた。
両親は仁奈を無視できなくなった。
仁奈には最高の才覚が備わっていた。
仁奈は処刑人としての教育を通して、両親とふれあう機会が増えた。
その間に、まったく家族としての情は無かった。
しかし藁にでも縋る思いで仁奈は懸命に、
処刑人としての修行を積んでいった。
5:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/31(水) 23:32:45.20
ID:3uv3ojMy0
その一環として、彼女は英信流を学んだ。
斬首を執行する際の、技術修得のためである。
道場でも仁奈は、人とあまり交わることができなかった。
だが、ある1人の少女が彼女の友人になった。
早坂美玲。
歳は仁奈より5歳ほど上、勿論道場では先輩格にあたる。
美玲は仁奈の才能にいち早く気づき、なにかと世話を焼いてくれた。
「わ、私は先輩として当然のことをしてるだけだッ!
あまり調子に乗るなよッ!」
美玲はよくつっけんどんな口をきいたが、
仁奈は彼女に対して感謝を抱いた。
さらに美玲は、市原家が処刑人の家だということを気にせず、
よく屋敷を訪れて来た。
両親も美玲のことを気に入り、仁奈は彼女の話題で、
家族と話すことが増えた。
6:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/31(水) 23:34:20.01
ID:3uv3ojMy0
ある時、仁奈と美玲は道場の帰り道で
ひどい土砂降りに遭った。
幸い市原家が道場の近くにあったので、2人は慌てて駆け込んだ。
両親は2人に、風呂に入って身体を温めるように勧めた。
仁奈は美玲に、先に1人で入るように頼んだ。
自身の肌を見せたくなかったためである。
しかし美玲は仁奈に、自分の背中を流すように要求した。
「ウチは先輩だからなッ!
お前が背中を流すのが当然なんだッ!」
これが美玲なりの優しさであった。
仁奈がより深い尊敬を彼女に向けたのは、言うまでもない。
7:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/31(水) 23:35:10.12
ID:3uv3ojMy0
しかしある時、勘定奉行に勤める美玲の母が、
多額の横領の疑いで捕縛された。
町奉行はその罰として、早坂家一門を斬首の刑とした。
罪状からはありえないほどの極刑である。
なにかの意思が介入していたのは、
火を見るより明らかであった。
そして斬首を執り行うのは、仁奈の勤めであった。
「いやでごぜーますよ!
美玲さんを斬るなんて、ぜってぇやでごぜーますよ!!」
仁奈は泣き叫んで、奉行からの命に抗った。
どうして、生涯で初めて出来た友を
自らの手で殺めねばならないのか。
処刑人の家系に、醜い肌を持って生まれたのは我慢ができた。
だがこの運命には到底耐えられぬ。
「それでは、他の武士にやらせるか」
両親は仁奈にそう言った。
不得手な者が刑にあたれば、
罪人は必要以上に苦しむことになる。
それでもよいのか、と。
美玲の斬首は、覆しえぬ現実であった。
8:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/31(水) 23:36:04.20
ID:3uv3ojMy0
市原仁奈は刑場で早坂美玲と再会した。
美玲は白襦袢を来て、目隠しをされていた。
その身体はがちがちと震えていた。
仁奈は彼女の肩に、あまりに小さすぎる手を置いた。
美玲は、背後に立つのが自分の友であると悟った。
美玲は仁奈に頼んだ。
「顔を見せてくれ」
罪人の目を見てはならぬと、仁奈は両親から教わった。
刑を執行する手が鈍るからだ。
だが、仁奈は美玲の目隠しをほどき、美玲の正面に立った。
「すまねーでごぜーますよ…」
「いや、いいんだ。
仁奈がやるなら、ウチは怖くない」
美玲は涙をこぼした。仁奈も同じく、静かに泣いた。
9:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/31(水) 23:36:34.24
ID:3uv3ojMy0
美玲は、もう1つ頼みごとをした。
「このまま、正面から斬ってほしい」
仁奈はそれを承諾した。
周囲はどよめいた。
正面からの斬首は至難の技である。
通常斬首は、罪人の背後に立って行われる。
これは首の継ぎ目である、
第一頚椎と第二頚椎の間を正確に狙うためである。
しかし、正面からでは硬い下顎と
弾力のある気管が妨げになり、斬首は至難を極める。
まして仁奈は経験も浅い。さらには罪人の友である。
失敗の危険は、とてつもなく大きい。
最悪の場合、苦しむ罪人に何度も刃を打ち付けることになるだろう。
10:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/31(水) 23:37:03.73
ID:3uv3ojMy0
だが刑を見守る両親は、
仁奈と、そして美玲の好きなようにさせた。
仁奈は両手で顔を覆い、涙を拭った。
その表情には、処刑人としての冷たい威厳があった。
周囲はまたどよめいた。
仁奈が居合の構えをとったためである。
この場合、有効なのは下段からの斬り上げのはず。
鞘からまっすぐに走る居合では、
顎に刃があたってしまうではないか。
仁奈が、震える美玲にむかって抜く。
果たして、罪人の震えはぴたりと止んだ。
11:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/31(水) 23:37:32.72
ID:3uv3ojMy0
他の刑務が美玲の死体を検分すると、
首が身体から落ちずに、両断されていた。
仁奈は神速で繰り出される居合の軌道を、
一度下げて顎をかわし、
次には下弦を描くように斬り上げていた。
気管も頚椎も切断する威力を保ったまま。
驚異的を通り越し、最早怪物的な腕前であった。
「見事じゃ! 見事であったぞ!!」
刑を見物していた、藩の重鎮達が手を叩いて仁奈を賞賛した。
仁奈は冷たい表情のまま、彼女達を見つめた。
自分が斬首にかけられるのは、いつごろになるだろうかと。
12:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/31(水) 23:38:00.95
ID:3uv3ojMy0
おしまい
元スレ
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1496240895/
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