1:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/31(水) 17:32:18.41
ID:3uv3ojMy0
2:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/31(水) 17:34:33.57
ID:3uv3ojMy0
「おのれ本田未央!
貴様、どの面下げて美城に帰って来た!」
怒声を張り上げるのは、
柳生新陰流、道場師範代の北条加蓮。
声こそ上げぬものの、
相手を殺気を孕んだ視線で見つめるのが、
かつて馬廻役だった神谷奈緒。
彼女達は、旧千川派の人間で
かつ渋谷凛の盲目な信奉者だった。
そしてこの2人が相対しているのは、災いの元凶であった。
「ちょっと昔馴染みに会いたくて」
本田未央は、大樹の前で肩をすくめた。
「えいやッ!」
北条は未央に斬りかかった。
未央はがっちりと攻撃を受け止め、
さらに背後に回った神谷を
後ろ蹴りで跳ね飛ばした。
「やめといたら? 命の無駄だよ」
「死ぬのはお前だ!」
3:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/31(水) 17:37:15.75
ID:3uv3ojMy0
北条はがりがりがりと、刃で未央に迫った。
「はあ…」
未央は一寸ため息をついて、
全身のばねをつかって刀身を下げた。
その勢いで、北条は地面まで押し付けられる。
未央と北条では、膂力に差がありすぎた。
「続ける?」
「まだまだ、これから!」
北条は未央の腹に蹴りを入れて、彼女を後退させた。
跳ね飛ばされていた神谷も立ち上がり、
再び未央を取り囲む形になった。
今度は、神谷が上段で未央におどりかかった。
剣術の腕前がうかがえる、完璧な振り下ろし。
その威力は束ねた薪を両断するという。
だが、未央の斬り払いはそれを上回る。
がっきと音を立てて、奈緒の太刀がへし折られた。
「なんの、まだまだ!」
奈緒は太刀を捨て、脇差を抜いた。
賞賛すべき判断力である。
しかしそれさえも、未央は破壊した。
「弾かれずに柄を握ってたところは、褒めてあげるよ」
5:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/31(水) 17:40:22.42
ID:3uv3ojMy0
神谷は呆然とへたり込んだ。
北条も一瞬呆気にとられたが、
臆さずに斬り込んだ。
容赦無く、未央の頭部を狙う連撃。
しかしそれゆえ、攻めが単調になっていた。
未央は北条の剣を危なげなく受け、即座に斬り返す。
北条の右手が、ぼとりと地面に落ちた。
「もう一回言ってみなよ
“まだまだこれからだ”って」
「貴様ァ!」
北条は残った左手で、未央に殴りかかった。
凄まじい闘気の持ち主である。
だが、あまりに力量の差がありすぎる。
未央は刀を中段で、北条の拳に滑り込ませた。
魚が2枚に下されるように左腕が裂け、そのまま刃は
北条の首を両断した。
その風景を見ていた神谷は、泡を吹いて失神してしまった。
「はあ…なんで弱いくせに、命張るかな…」
女の髪でできた編み紐を弄りながら、
未央はゆっくりと、大樹に腰かけた。
7:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/31(水) 17:41:56.81
ID:3uv3ojMy0
かつての美城藩では、血を血で洗う派閥争いがあった。
家老2名が死亡、同心はほぼ壊滅、
有力だった武家の跡継ぎも、多くが命を落とした。
町人に対する被害も甚大であった。
この事態を幕府が看過するはずもなく、
藩は改易処分が下された。
名前こそ残ったものの、美城は幕府の預地になったのである。
だが、この地に残る怨念か因果か。
美城ではさらなる対立が生じていた。
桐生屋と財前屋。
ともに、全国に名が響き渡る大商家である。
両者は表の客に笑顔をふりまくなかで、
裏では熾烈な闘争を繰り広げていた
8:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/31(水) 17:45:05.99
ID:3uv3ojMy0
顧客の奪い合い、人材の引き抜きは日常茶飯事。
剣客を雇い、互いに命を狙い合うことさえもあった。
この両家が美城で争うことになったのは、
材木の卸売りであった。
幕領地となった美城では、その名前にふさわしい
新たな城郭が建設されることになっていた。
その規模は通常のものよりもはるかに大きく、
大量の材木、とりわけ杉が必要になった。
両家の衝突は必至であった。
9:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/31(水) 17:47:32.72
ID:3uv3ojMy0
夜。
桐生つかさは屋敷でくつろいでいた。
旧木場家。かつては木場城と呼ばれ、
重厚な警備で名が知られた場所であった。
しかし木場家は派閥闘争のなか崩壊、
当主の木場は命を落とした。
つまるところ大量の人死が出たのであるが、
桐生はどこ吹く風、その屋敷を拠点にしていた。
使えるものは無駄なく使う。桐生家の家訓である。
屋敷の外では、町人らが徒党を組んで喚いていた。
「美城藩を潰すな!」
「藩主は美城様ただ1人!!」
10:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/31(水) 17:48:50.79
ID:3uv3ojMy0
積極的な郷愁。
夥しい死傷者を出した後でさえ、
町人達はかつての美城を守るつもりだった。
「あやつらは何を騒いでいるのでしょうか。
桐生や幕府が、やつらを搾取するわけでもあるまいのに」
桐生の家来の1人が尋ねた。
再興のために多くの雇用が生まれている。
桐生屋も買付や土地代などで、
大量の金子を美城に落としている。
何が不満であるのか。
「あははは!
お前、商売人として半人前だな!」
桐生は笑った。
商家の長としてふさわしい、威厳のある笑い声であった。
「一番口やかましいのは、金を払わないやつなんだよ」
11:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/31(水) 17:50:02.01
ID:3uv3ojMy0
この時の桐生には余裕があった。
材木の卸では桐生屋に1日の長がある。
北山、吉野、会津で土地を丸ごと買い上げ、
長い目で杉の生育を行ってきた。
各地から、せこせこ材木を買い付ける財前屋とは格がちがう。
数隻船を出すだけで、大量の杉を美城に集めることが出来るのだ。
桐生は騒ぎを肴にしながら、酒を煽った。
12:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/31(水) 17:52:10.25
ID:3uv3ojMy0
しかし桐生つかさの余裕は、数日後崩れ去った。
杉を運んでいた廻船が、海上で沈没してしまったという。
財前屋の仕業だ。桐生は舌打ちした。
桐生屋は安全な輸送を行うために精緻な気候観測を行い、
巨額を投じて海図を引いている。
しかも今回は京と会津から、別々の航路は用いている。
それで全隻沈没したというのだから、人為が働いていることは間違いない。
どうするか。桐生は悩んだ。
哨戒船をつけて、新しく杉を運んでくることはできる。
しかし急がねば、財前屋に先を越される。
卸の早さは、商人の沽券に関わる問題なのだ。
いや、それよりもまず自分の身を守らねばなるまい。
海上で杉を奪うならまだしも、船ごと沈没させるような相手だ。
屋敷1つを取り囲んで、桐生を殺害することぐらいやってのけるだろう。
すぐにでも、護衛を雇う必要がある。
13:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/31(水) 17:54:29.34
ID:3uv3ojMy0
翌日昼。
「ははーん。金持ちってのは、気苦労が多くて大変だな。
ほんと、貧乏に生まれてよかったぜ」
自ら警護を選ぶためにやってきた桐生を、木村夏樹は笑った。
桐生は、なぜか悪い気分にはならなかった。
「お前うちで働くか?」
「やだね。
人の下で働くのは、もううんざりだ」
木村は手をひらひら振って、桐生の誘いを退けた。
その振る舞いにさえ、かえって好感がもてる。
木村は人を惹きつける、不思議な魅力があった。
桐生が現在いるのは、『木村屋』という小さな商屋だった。
家禄と職を失った者達が集まってはじめた、
比較的あたらしい商屋だという。
14:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/31(水) 17:56:17.92
ID:3uv3ojMy0
だが、巷では凄腕の剣豪を
何人も抱えていることで有名だった。
「大人数を正面から相手できるやつは何人かいるんだが…」
木村は3人の名前を挙げた。
「杏はめんどくさがるし、きらりは殺しには向かないしな…。
だりーは断るだろうし」
「金に遑はつけないぞ」
桐生は家来にむかって顎をむけた。
家来達が頷いて、木村の前にどっさりと麻袋を置いた。
「500両入ってる。これでも駄目か?」
「あーあー、やだやだ金持ちは。
このままじゃ、アタシが命を狙われるようになるじゃないか」
木村はぐちぐち言いながらも麻袋を受け取った。
「まあ。こんだけあれば人数は集まるだろ
アタシらの所帯は金に困ってるやつばっかだしな」
アタシも含めて。木村はにししと笑った。
嫌味のない、良い笑顔だった。
15:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/31(水) 17:57:42.34
ID:3uv3ojMy0
「して、桐生様。杉の方はどうされますか」
屋敷に戻ると、家来の1人が尋ねた。
「うん」
桐生は難しげな表情をして頷いた。
杉はまた集まる。問題は、財前屋の方をどうするかだ。
見境なく船を撃沈するくらいだから、
むこうも切羽詰まっているのには間違いない。
「いっそのこと、陸路と海路をすべて封鎖しますか」
他の家来が提案した。
桐生屋の財産をもってすれば可能である。
「馬鹿! 帳尻が合わなくなるだろうが!!
沽券を守るたって、限度ってもんがあるんだ」
桐生は部下を叱った。
商人としての矜持と、現実的な経営感覚。
桐生家の長には、それが不可欠である。
「桐生様、美城の杉を使われてはいかがですか」
また、他の家来が提案した。
町のはずれに小さな雑木林があり、
そこには樹齢数百の杉の大樹が生えている。
それを斬り倒せば、当面の時間稼ぎにはなるだろう。
16:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/31(水) 17:58:24.53
ID:3uv3ojMy0
「いや…」
桐生は珍しく、自信なさげに首を振った。
あの杉には手を出してはいけない。
桐生の直感がそう言っていた。
神が宿るだの、領民達から祀られているだの、
桐生はそういったことは気にしない。
しかし商人としての選別眼が、あの杉を拒んでいた。
「…財前の出方を見る。
決めるのはそれからだ」
桐生にしては、消極的な態度であった。
もはや打つ手なしか。家来達は肩を落とした。
17:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/31(水) 17:59:45.34
ID:3uv3ojMy0
後日、木村屋から使いが来た。
身丈は4尺6寸。
はじめ皆は、童女が迷い込んだものと見間違えた。
「双葉杏と申します。
桐生様に直々にお話があり、伺いました。」
彼女は深々と頭を下げた。
ものぐさという木村の評に反して、
非常に礼儀正しい態度であった。
桐生は双葉を、自室に通した。
「お前が護衛か?
随分頼りがいのある嬢ちゃんじゃねーの」
「ははは…申し訳ありませぬが、
私めの要件は別に御座ります」
桐生の皮肉をうまくかわしながら、双葉は話に移った。
18:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/31(水) 18:01:51.05
ID:3uv3ojMy0
「杉の原木を大陸から仕入れております」
その話は桐生にとって興味深いものだった。
だが同時に、疑わしいものだった。
なぜ桐生屋と財前屋が睨み合っている時期に、
この女が話を持ってきたのか。
それに大陸からの杉の輸入など聞いたこともない。
「…実物を見ないことには、なんとも言えない」
桐生がそう言うと、双葉は自身の屋敷に彼女を招いた。
木村屋は貧乏所帯と聞いたが、妙に立派な屋敷だった。
だが、庭に原木がごろごろ転がっていたので、
景観が台無しになっていた。
桐生は目利きができる者に、原木を調べさせた。
「…たしかに杉ですな。それも、かなり上等な杉です」
桐生は、ちらりと双葉の方を見た。
さきほど迄の、慎ましい表情が一変していた。
「杏が良心的な値段で売ってあげるよ」
もちろんそれが言葉通りのはずがなく、
桐生屋は法外な金子を支払う羽目になった。
19:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/31(水) 18:03:50.01
ID:3uv3ojMy0
木村屋の杉によって、桐生屋は時間を稼ぐことができた。
しかし額が額ゆえに、手形での支払いをすることになった。
「悪どい商売しやがって」
そう言いながらも、桐生は木村夏樹に手形を渡した。
桐生の表情は笑っていた。
「悪どいのは杏ひとりだぜ?
他は身も心も澄み渡った、綺麗な人間だ」
アタシも含めて。木村はまた、にししと笑った。
20:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/31(水) 18:05:19.19
ID:3uv3ojMy0
桐生が家来達と木村屋から出ると、
長髪の女が外に立っていた。
その女も家来のような人間達を連れていた。
「どうも、ご機嫌いかがかしら?
桐生“殿”」
財前時子。財前屋の家長で、
嗜虐心の強い激情家として有名である。
その彼女が、既に爆発寸前という表情を浮かべていた。
「どーも、財前屋さん。
商売の方はうまく行ってる?」
「はっ、わざとらしい笑顔ね。
財前屋の杉を奪っておいて!!」
財前は激昂した。しかし、桐生達の方にはわけがわからない。
「そちらが桐生の船を沈めたのではないか!」
桐生の家来が言い返した。
「お前達が先に仕掛けたのではないか!」
財前の家来がまた言い返す。
こうなると収拾がつかず、桐生屋と財前屋の両者は
木村屋の前で大騒ぎになった。
それがようやく収まった頃には、桐生と財前含め全員が、
生傷だらけになっていた。
大暴れしたことで少し血が抜けたのか、
財前は落ち着いた顔で、桐生に別れを告げた。
「それじゃあまた…ご機嫌よう」
声には、抑えがたい敵意が込もっていた。
21:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/31(水) 18:06:26.23
ID:3uv3ojMy0
「言いがかりつけてきやがって…」
桐生はぼろぼろの襟を直して、屋敷に戻ろうとした。
すると、今度は商屋の中から財前の怒鳴り声が聞こえた。
本当に悪どい奴らだ。
桐生は木村屋の前から立ち去った。
22:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/31(水) 18:08:14.71
ID:3uv3ojMy0
「本っ当に忌々しい!!」
財前時子は屋敷に戻ると
高価な壺なり、茶器なりを
庭先に投げては打ち壊してしまった。
集めていた材木は奪われた。
復讐のために集めた海図に、法外な金額を要求された。
そして、町外れの杉の大樹は斬り倒せなかった。
妙な女が大樹を守っていたのだ。
財前はその女を始末するために、大枚をはたいて、
何名もの剣客を雇った。
だが、全員歯が立たなかった。
生き残った人間は口もきけない様子で、
情報は詳しく聞き出せない。
財前屋にとっては、まったくの災難続きであった。
23:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/31(水) 18:09:33.35
ID:3uv3ojMy0
まとまった金が入ったので、
木村夏樹は店を閉めて町へ繰り出した。
無論、男達を口説くためである。
美しい男は天下の回し者。
商人となった彼女は、
以前よりも熱心に“職務”に取り組んでいた。
そんな木村に、声をかける女がいた。
「どうしてお前はいつもいつも、私の仕事を邪魔するんだ?」
木村夏樹はからからと笑った。
良い、笑顔だった。
24:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/31(水) 18:10:19.10
ID:3uv3ojMy0
おしまい
25:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/05/31(水) 18:11:59.71 ID:9BdMPG0jO
乙
今回も面白かった
元スレ
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1496240895/
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