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以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2020/09/21(月) 20:18:45.96
ID:amUbMXcr0
事件簿二次創作。最終巻までのネタバレあり
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以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2020/09/21(月) 20:21:06.47
ID:amUbMXcr0
「……大丈夫ですか、師匠」
「も、問題ない」
どこかからどう見ても問題の"ある"様子で、自分の師匠であるロード・エルメロイⅡ世は応えた。どう問題かというと、控えめに言って今すぐ死んでも「ああ、やっぱり」と納得してしまいそうなくらい生気がない。
だが、それも仕方ないことと思われた。師匠の体力の無さは今更だが、加えて環境がすこぶる悪い。簡易的な"強化"を施している自分とて、この場における疲労感は誤魔化しきれるものではなかった。
周囲は見渡す限りの植物に覆われている。そのおかげで直射日光にさらされることはなかったが、それでも気温は30度を超えるだろう。何より湿度は最悪のひとことで、むわっとした熱気とそれに付随する濃い密林の匂いは常に鼻腔を苛んでいた。
野放図に伸びた木々とその枝は、太陽光線から我々を守ってくれる傘というよりは、ここに閉じ込める為の檻といった印象の方が強い。周囲に渦巻く濃密過ぎるマナもその要因ではあるだろう。
一般的に知られるこの地の密林とは、気候も植生も異なっているらしい。強大な地脈の影響だという。
事前に貰っていたライネスの忠告通り、自分はそれらしい格好に着替えていた。吸水性・揮発性に特化した肌着の上に、通気性に優れたウェア。さすがにこの環境でフードは被れない為、フラットの幻術で顔を変えて貰っていた。今回はいま首にかけているペンダントを基点にしたそうで、着脱するだけでオンオフが切り替えられるよう改良されている。起動してから十日ほどはもつそうだ。
もっとも、同行を強く願い出たフラット――最後は自分の旅行鞄の内部空間を魔術で拡張してそこに隠れようとした――を師匠がアイアンクローで黙らせることになってしまった為、このペンダントが胸の上で弾むたび、罪悪感で心の底の方がチクチクと痛んだ。ちなみに師匠に見て貰ったところ、この礼装を量産できればエルメロイの借金が1割くらい減るらしい。フラットの魔術の特性上、複製など夢のまた夢ではあるが。
とまれ密林を歩くなら、服装には気を使わなくてはならない。選択肢は概ね二つ。高温多湿の環境に耐える為半袖半ズボンにするか、虫食い対策にある程度快適さを捨てて薄手の長袖を着るか。自分は露出への気恥ずかしさから後者を選んだ。当初はフードが無いことに頼りなさすら覚えていたが、緑の檻に包まれてから10分でそんな些細な心配事をする余裕は消えうせている。
一方師匠はというと、変わっているのは髪を後ろで大雑把に束ねているくらいで、一見いつも通りのスーツ姿に見えた。が、実際のところはいくつかの耐環境魔術が組み込まれている、今回の為に用意した簡易礼装であるらしい。とはいえ、性能的には自分が着込んでいるウェアと大差はなく、それなのに値段を比べると大分高額だ。
腐ってもロードである以上、最低限の威厳を示すために必要だ、とは師匠の言である。致命的にスポーツウェアが似合わず、試着した姿をライネスに大笑いされたことは関係ないらしい。
どちらにせよ、文明の利器も魔術も大いなる自然の前には敵わないという点では一緒だった。険しさは剥離城アドラの時の山道とは比べ物にならない。とめどなく流れる汗が頬を伝い顎から滴る感触は最初こそ不快なだけだったが、いまはそれを通り越して純粋に危機感のようなものを募らせている。何の危機感かと問われれば、着実に脱水症状へ近づいていることに対する危機感と言う他ないが。