1:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/14(水) 11:59:36.34
ID:fH8Z0+6b0
2:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/14(水) 12:00:14.58
ID:fH8Z0+6b0
大日本帝国は、露戦において戦術的な勝利をおさめた。
しかし真に大衆が望んでいたのは、不敗の大和神話の幕開けではなく、
困窮した生活を潤す賠償金であった。
北方の島がいくらか手に入ったところで、なんだと言うのか。
連日のデモ、打ち壊し、
華族や富裕層を狙った強盗、焼き討ち、
民衆の怒りはとどまるところを知らぬように見えた。
3:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/14(水) 12:00:53.64
ID:fH8Z0+6b0
だが、彼らの心に、
「この国は変わらない。
自分達は搾取の構造から抜け出すことはできない」
という一種の諦観がなかったとは言い切れない。
いくらデモを行っても、状況は一向に改善しない。
憲兵達の目は、ぞっとするほど冷ややかだった。
4:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/14(水) 12:01:38.77
ID:fH8Z0+6b0
それでも一縷の希望にすがって、運動は継続された。
いつかきっと、いつかきっと。
その“いつか”は、誰にも分からなかった。
5:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/14(水) 12:02:09.00
ID:fH8Z0+6b0
今年30になる海軍将校は、生娘のように恥じらった。
見合いの席だったのだが、婦女相手に相応しくない話をしてしまった。
「軍艦のお話、とても興味深かったです」
そう言って微笑むのは、神谷奈緒という少女。
燻んだような栗色の髪。くっきりとした眉。
夕暮れのように、静かな情熱を秘めた瞳。
一般的には、小生意気という印象を与える容貌。
だが、将校は彼女を一目で気に入った。
仕事上留守にすることが多く、なよっと儚い女では、
家を回していけないと思うからだ。
6:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/14(水) 12:03:02.03
ID:fH8Z0+6b0
「いや、申し訳ない。
女性のお方にはつまならい話を…」
その言葉を聞いて、奈緒の眉がぴくりと動いた。
「あたしを普通の女と一緒にしないで欲しい」
先ほどと、口調ががらりと変わった。
“化けの皮が剥がれた”、将校はそんな印象を受けた。
生意気で、無礼な口の聞き方。
しかしそれが彼にとっては、
かえって打ち解けているように感じられた。
「だから軍艦のお話、もっと聞かせて?」
夕暮れが、とろん、と揺らめいた。
将校は彼女に勧められるまま、話を続けた。
7:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/14(水) 12:03:44.28
ID:fH8Z0+6b0
留置所の看守は眉をひそめた。
先日逮捕された女が、牢の中で騒いでいる。
「キャハ〜っ!
加蓮ちゃん最ッ高!!」
長い髪をぶんぶん振り回して笑い転げている。
同じ牢の女がなにか面白い冗談を言ったらしい。
8:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/14(水) 12:05:26.94
ID:fH8Z0+6b0
「大槻っ!
静かにしろ!!」
「あぅ…スイマセーン…」
看守が怒鳴ると、彼女はしおらしくなった。
その仕草に嗜虐心か、ある種の意外性が
喚起されたのか、彼の胸は高鳴った。
大槻唯。
埼玉から東京のデモに合流し、商家の打ち壊しを行った。
素性を調べると、女学校を中退して、
ほぼ家出状態だという。
彼女にとっては、日露戦争の実質的な敗北など
どうでもよく、ただの気晴らしなのかもしれない。
看守は唯を見つめながら、自身の太ももをさすった。
9:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/14(水) 12:06:32.21
ID:fH8Z0+6b0
ひゅうひゅうひゅうと、激しい風が、
橘ありすの髪をさらった。
彼女はいま、炭水車の上部にいた。
なぜ自分がこんな場所にいるのか、
自分でも分かりかねていた。
数年前まで、自分は巴里にいて、
学友達にからかわれながらも、
そこそこ楽しく毎日を過ごしていたはず。
それなのになぜ。
考えても疑問は尽きない。
結局速水奏という女がどうなったのかも分からないし、
隣室の安部菜々が、政府直属のスパイだったことに対しても。
京の老舗塩見屋に、娘などいなかったことも。
世界は、ありすにとって分からないことだらけ。
10:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/14(水) 12:07:01.30
ID:fH8Z0+6b0
もしかすると、橘ありすの人生は、誰かしらの作為によって、
生まれた時から操作されているのではないか。
真実などどこにもなく、
自分は、自分が知らぬうちに喜劇の役者として、
物語の中で生きているのでは。
そんな真っ暗な不安が、頭のなかをぐるぐるした。
しかしありすの身体は思考に関係なく動いた。
炭水車の外壁に4、5箇所適当な穴を開ける。
水がしゅるしゅると、風に流れて散っていった。
11:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/14(水) 12:08:02.50
ID:fH8Z0+6b0
日本人の若き外交官は赤面した。
目の前の、露西亞語の通訳の女。
新雪を思わせるような、爽やかな銀髪。
とろりと滑めらかに白い肌。
高すぎず、ちょうどいい形の鼻。
そして星空のように、深みのある碧眼。
名前はアナスタシア。
半分露西亞の血が入っているらしいが、
そんなことは頭から吹き飛んでしまうくらい、
彼女は美しかった。
12:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/14(水) 12:08:34.93
ID:fH8Z0+6b0
内閣は外務に、露西亞との交渉を試みるよう指示している。
あくまで、“試みる”ように。
はじめから何かが引き出せるとは、誰も思っていない。
ただ、努力はしたというポーズを
国民に見せることが重要なのだ。
若い外交官は、根室に新設された、
対露専用の来賓館に派遣された。
実質これは、左遷に近かった。
成果を期待されない仕事に従事するのは、
同じく期待されない人間のみ。
彼は自身の身を嘆いていた。
13:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/14(水) 12:09:09.65
ID:fH8Z0+6b0
しかし、アナスタシアを見ていると、
別にいいかという気がしてくる。
公職という立場で、見目麗しい女性と
忌憚ない言葉を交わせるなら、
肌寒い境遇も少しは温められる。
いやむしろ、なにもせずとも給料が払われるだけ、
自分が随分な身分になったような気さえした。
「どうか、しましたか?」
黙っている青年を見て、アナスタシアが首をかしげた
その仕草が愛らしくて、彼は心中で、
露西亞万歳を三唱した。
14:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/14(水) 12:09:36.26
ID:fH8Z0+6b0
ある意味、幸福な男であった。
15:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/14(水) 12:10:19.77
ID:fH8Z0+6b0
記者の渋谷凛は、目の前の女を吟味した。
流れるような蒼の短髪。
サングラスをかけていて、目線は分からない。
季節は冬だが、肌はすべすべとしている。
唇がやけに艶かしく、同性の凛でも妙な気持ちになる。
「さて、どんな話を聞きたいのかしら」
彼女は、情報屋を名乗った。本名は教えてくれない。
「そうだね…とりあえず、
軍部について…」
内容ゆえ、声量は下げた。
料亭の個室とはいえ、安心はできない。
隣に聞かれるのも不都合で、
一見おすまし顔の女中なども、“口が滑りすぎる”。
16:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/14(水) 12:10:51.26
ID:fH8Z0+6b0
「…ざっくりね」
女は苦笑した。
軍部は対露戦の勝利に酔い、
新たな戦争の準備を始めているという噂があった。
さらに国民には秘密にスパイの
養成機関を作ったという情報も凛は掴んでいた。
17:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/14(水) 12:11:33.90
ID:fH8Z0+6b0
「…英吉利から最新の軍艦を買い付けるらしいわ。
それも三隻」
凛は言葉を失った。
今の日本のどこから、そんな金が出てくるのか。
「…軍部は、国会に圧力をかけてる…」
軍事予算の拡大、つまるところ大増税。
公表されれば国民は激怒を通り越して、卒倒するやも。
「…証拠は?」
凛は尋ねた。口先の言葉だけで、記事は書くことはできない。
巷には根拠のない風説を垂れ流す新聞社があふれているが、
凛のプライドはそれを許さない。
異端ともいえる女の記者であったが、
彼女の職業精神はきわめて高潔である。
18:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/14(水) 12:12:21.35
ID:fH8Z0+6b0
「証拠ね…ふふっ、少しは自分で努力をしたら?」
お前自身で探せ、というつもりらしい。
「その件は…まず保留で…
次は…デモの動向について」
凛は尋ねた。
小規模ではあるが、
打ち壊し、焼き討ちは確実に増えている。
警官隊、憲兵との衝突もあり逮捕者、
および死傷者の数も増大している。
いまだ運動は決め手に欠けるところがあるが、
記者としては見過ごせない。
19:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/14(水) 12:13:45.97
ID:fH8Z0+6b0
「…デモはもうすぐ終わるわ。
貴女が調べる必要はまったくない。」
凛はむっと、声を漏らした。
お前がやる必要はない。彼女が一番嫌いな言葉である。
それと、凛の私感から言って、デモはまだ終わらない。
まだまだ、本番前の余興といってもよいくらいだ。
「…ずいぶんな決め付けだね…証拠は…自分で探せ?」
凛が尋ねると、情報屋はにっこりと笑った。
そして、それじゃあ、と
別れの投げキッスをして部屋から退出した。
不覚にも、凛の胸は高鳴った。
20:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/14(水) 12:14:27.16
ID:fH8Z0+6b0
鷺沢文香は、数年前に欧州で出版された、
天文学の論文を読んでいた。
コーヒーが空になって、すでに数時間が経過しているが、
喫茶店の店主は咎めない。
文香は馴染みの客である。
「お腹すいた〜ん♪」
喫茶店のドアが、少々乱雑に開かれた。
入ってきた女は、空いているのに文香の横に
どっかりと腰をかけた。
「ん、何読んでんの?」
彼女は、文香の読んでいた本をばしりと取り上げ、
ぱらぱらめくった。
「つっまんない本」
そして、乱雑に文香の前に放った。
21:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/14(水) 12:15:25.24
ID:fH8Z0+6b0
「そんな本ばっかり読んでるから、表情も暗いし、
雰囲気も暗いんだよ。
もう、ちょっと新しくて過激なことでも始めたら?」
打ち壊しとか、そう言って、女はけらけら笑った。
文香は眉をひそめた。
「…言葉を…つつしんで……ください…」
喫茶店の店主が、おや、という顔をした。
文香が怒るのは珍しい。
まあ、あれだけ失礼な態度をとられれば、
無理もないが…。
「“つつしみ”……?
帰ったら辞書で調べとくよ!」
そう言って、また女はけらけら笑った。
22:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/14(水) 12:16:09.69
ID:fH8Z0+6b0
陸軍の大将は、執務室で傲岸な息を吐いた。
20年ほど前、海軍および政府と共同で、諜報機関を作った。
スパイなどという卑劣で陰湿な行為は、軍人としての矜持に
反していたが、女がやるということで溜飲を下げた。
その諜報機関が、巴里で目覚ましい成果を上げた。
欧州列強のアジア戦略に関する機密文書を、
そっくり写して持ち帰ったのだ。
大活躍といっていい。
そのおかげで、戦略的にも少なからぬ利を得た。
23:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/14(水) 12:17:07.81
ID:fH8Z0+6b0
だが最近の諜報機関は、
どうも軍の意向から離れていっている。
政府と協同で、軍部の政治的な
台頭を抑えようとしているのではないか。
単なるやっかみなのかもしれないが、
機関の存在を知る者は、次第に懐疑的になりつつある。
たとえば、文書を国内でも暗号で
やりとりしている、という点が不審だった。
なぜ同郷の者に対してまで情報を隠そうとするのか。
自国にスパイが入り込んでいることを、
欠片も考慮できない人間達には、
それが重大な裏切りのように感じられる。
陸軍大将は部下に命じて、暗号の解析を命じた。
女性を蔑視している彼にとって、これ以上機関が
隠れて成果を上げるのは、許し難いことであった。
24:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/14(水) 12:18:03.68
ID:fH8Z0+6b0
渋谷凛は、あてもなく町をさまよっていた。
デモ隊のビラは、そこかしこに溢れかえっている。
運動が鎮まるような気配はない。
文学を専攻していた大人しい学生なども、
『革命』と題した詩集を
自費で出版するなどしている。
これが民衆の間では流行っているらしい。
気取った羅甸語などの詩を、読
めもしないのに囃し立てている。
馬鹿馬鹿しい。
凛は詩集を手に取った。
ぱらぱらと適当にめくる。
するとほどなく、
アルファベットの文字列が見つかった。
25:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/14(水) 12:18:50.95
ID:fH8Z0+6b0
凛は伊太利亜語に多少の覚えがあったので、
内容の咀嚼を試みた。
しかし、文章はまったく意味の通らないものだった。
読者どころか、書いている者も読めないのでは。
凛は苦笑した。
ナンセンスな文章を書き散らす
文豪気取りは山ほどいるが。
これもその類いか。
やはり馬鹿馬鹿しいと思いながらも、ページをめくる。
だが次第に、ページをめくる手がゆっくりになった。
詩集は流行している。
一般大衆の間で読まれている。
もちろん、デモに参加する人間も目にするだろう。
この一見不可解な文章は、もしかしたら…。
凛の、記者としての勘が疼いた。
26:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/14(水) 12:19:19.51
ID:fH8Z0+6b0
看守は、大槻唯の叫びを聞いた。
同じ牢にいる北条加蓮が、
胸の痛みを訴え倒れたという。
駆けつけると、加蓮は蒼白して
ひゅう、ひゅうと、不規則な息を吐いていた。
「このままじゃ加蓮が死んじゃうよ!!」
医者を呼んでほしい、と唯はすがりついて
看守に懇願した。
ここで、彼の嗜虐心が疼いた。
27:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/14(水) 12:19:49.46
ID:fH8Z0+6b0
「俺はその女が死のうと困らないな。
どうせ外に出たら、またデモに参加して、
世間様の迷惑になるんだ」
冷たい声で、そう言い放った。
唯は涙を浮かべてズボンを引っ張った。
彼女は荒い息を吐いて、服が乱れていた。
「助けて欲しいなら……どうする?」
下卑な顔をして、看守は尋ねた。
唯は、はっとした表情になった。
「分からない…」
「分かってるくせに」
看守は、唯のあごに手を添えた。
そしてもう片方の手では、ベルトを外した。
「やめて…」
唯が、ふるふると顔を横に振った。
そこで火がついた。
28:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/14(水) 12:20:27.59
ID:fH8Z0+6b0
「いい加減にしろよクソ野郎」
看守の身体は炎に包まれていた。
北条加蓮が、石油ランプを彼にぶつけたのだった。
29:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/14(水) 12:20:58.56
ID:fH8Z0+6b0
デモ参加者2名が留置所から脱走。
当直の看守1人が重度の火傷。
この知らせは醜聞として世間に流れた。
他に囚われていた人間が釈放された後、
外で看守の不埒な行為を証言したのだ。
警察と憲兵らは握りつぶそうとしたが、
ある出版者に切れ者の記者がいて、すっぱ抜かれてしまった。
30:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/14(水) 12:21:43.04
ID:fH8Z0+6b0
さらにその記者は、恐れを知らぬのか、
白昼堂々と警察署を訪ねてきた。
だが、署内の皆が彼女の言葉に耳を傾けた。
近日中に、大規模なデモ活動が
神戸で展開されるという。
それは『革命』という詩集の中に
暗号として記されていて、
過去の号の解読と、デモの発生を照らし合わせれば
確かな情報だった。
31:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/14(水) 12:22:11.86
ID:fH8Z0+6b0
これに応じて警官や憲兵だけでなく、
陸軍からも大量の人間が
次の活動地とされる神戸に配置された。
対露戦の後も、東北に駐留していた兵士らもかき集められ、
歴史上例を見ない大弾圧が始まろうとしていた。
32:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/14(水) 12:23:12.47
ID:fH8Z0+6b0
陸軍大将は机を叩いた。
怒りではない。喜びゆえに。
渋谷という記者が解読した暗号は、
機関で用いられていたものと一致した。
これまで不透明だった作戦の数々が、
陸軍にとっても明らかとなった。
さらに、機関はデモ運動を操作し、
軍部を意図的に疲弊させようとしている、
という事実も分かった。
これから、目にもの見せてくれる。
陸軍大将は鼻息を荒くした。
彼は、渋谷凛が女性であることを知らなかった。
33:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/14(水) 12:23:46.31
ID:fH8Z0+6b0
最新式の軍艦は、まず大湊に入港する計画になっていた。
都市部に近い横須賀などに置けば、国民が騒ぐ。
既成事実として世論に受け入れさせるためには、
周到な準備が必要なのだ。
今はまだ、時期が悪い。
軍艦を受け入れるにあたっての細かな
日程の調整はすでに済んでいる。
それが記された書類は、大湊から東京まで
現在郵送中である。
34:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/14(水) 12:24:21.20
ID:fH8Z0+6b0
「うーん、まずい…」
貨物列車の機関士は低く唸った。
出発する前にはなかったはずの穴が、
炭水車に空いている。
このままでは運行に支障が出る。
軍事に関わる書類なども運んでいるから、
迅速な対処が必要だ。
35:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/14(水) 12:25:33.65
ID:fH8Z0+6b0
幸い、車両基地がすぐ近くにあった。
機関士は、同乗していた兵士に説明をして、
停車の許可を得た。
やれやれ、これで一件落着。
彼がそう思ったのもつかの間。
車両基地には、デモ隊がひしめき合っていた。
まさか、貨物を狙っているのか。
冷や汗を流した兵士の1人が、車外へ引きずり出された。
さらに、銃を構えようとした別の兵士は、首を斬り落とされた。
「フンフンフフーンフンフフー♪」
その女は、陽気な鼻歌まじりで死体に近づき、
流れ出る血を、傷口からちゅるちゅる吸った。
「うーん、不っ味い♪」
その様子を見た機関士は、意識を失った。
36:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/14(水) 12:26:17.99
ID:fH8Z0+6b0
陸軍大将は机を叩いた。
今度は激怒と不安ゆえに。
神戸で起こった大規模デモの鎮圧には成功した。
だが、東北から東京に向かっていた貨物列車が襲われた。
それには、軍事機密の記された書類が荷物として積まれている。
37:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/14(水) 12:26:50.95
ID:fH8Z0+6b0
かなり深刻な状況だ。
機密を守れないというレッテルを
貼られるのもまずいが、
なにより内容が明かされるのがまずい。
デモはさらに激化する。
国民を弾圧したという汚名は着慣れたが、
件の看守のせいで、“武力”そのものに対するイメージが
すこぶる悪くなっている。
そして今度は、くそったれ海軍の道連れで、陸軍までも。
政府は議員を少し入れ替えるだけで、
国民の信用を得られるのが恨めしい。
38:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/14(水) 12:27:19.95
ID:fH8Z0+6b0
そうだ、機関のせいにしてしまえばいい。
もとはと言えば、奴らがはじめに企んだこと。
陸軍大将ははじめそう考えたが、実行には移せなかった。
自分たちは独断で機関の暗号を解読したのだ。
それを根拠に騒げば、どのみち陸軍の信用は失墜する。
どうすればいい…どうすれば…。
陸軍大将の胃は、ビーフシチューの
ようにとろけそうになった。
39:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/14(水) 12:27:58.29
ID:fH8Z0+6b0
若い外交官は、極北の地での生活を満喫していた。
先週などは、近所の子どもたちと
かまくらを作ったり、雪合戦をしたりした。
アナスタシアも一緒だった。
仕事はないので、日誌にそのまま事実を書いた。
下手くそな絵も添えておいた。
また昨日は、アナスタシアと天体観測をした。
彼女は天文学に造詣が深く、無知な彼に対しても、
わかりやすく教えてくれた。
40:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/14(水) 12:29:39.87
ID:fH8Z0+6b0
ずっとここにいたいなぁ。
彼はそう思いながら、日誌にアナスタシアの絵を描いた。
彼女のことは毎日描いていたので、
風景に比べて、グロテスクなほど際立っていた。
お絵かきが終わって、お昼寝タイムの男に、
アナスタシアはくすりと笑って、毛布をかけた。
そして、執務室の椅子に腰掛けて、本を読み始めた。
それは、『星の見る夢』と題されていた。
41:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/14(水) 12:30:23.18
ID:fH8Z0+6b0
陸軍大将の下に、塩見周子という女が現れた。
彼女は紛失したはずの軍事機密書類を持っていた。
「ご機嫌いかが?」
周子は尋ねた。
まんまと出し抜かれ、生命線を握られている気分はどうだ。
陸軍大将にはそう聞こえた。
42:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/14(水) 12:30:51.79
ID:fH8Z0+6b0
「貴様…」
「ああちなみに、これコピーして
露西亞に送付する手筈もついてるから。
最高のカードになるしね。
“政府にとっては”、だけど」
彼の言葉を、周子がさえぎった。
無礼で、生意気で、鼻持ちならない。
女の分際で。
陸軍大将にとっては、我慢の限界だった。
43:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/14(水) 12:31:29.55
ID:fH8Z0+6b0
「お前達のやることなど、はじめから知っていたんだ!!」
暗号は解読した、
これからやろうとしている事も分かっている。
彼はそう叫んだ。
しかし周子はけらけら笑うだけだった。
「暗号を解読したって、相手に教えてどうすんの?
まあ、もう手遅れなんだけど」
彼女はある文章を口ずさんだ。
その意味が、陸軍大将には全く分からなかった。
44:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/14(水) 12:32:08.54
ID:fH8Z0+6b0
「それでは“つつしんで”、失礼致しま〜す♪」
閉じたドアに、彼は階級章を投げつけた。
45:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/14(水) 12:32:36.61
ID:fH8Z0+6b0
おしまい
47:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/14(水) 15:26:17.80 ID:QvHoWTCSo
乙クローネのメンバー揃ったか
唯や加連、奈緒、アーニャ辺りは特殊機関紅盧煉の工作員かも
頭の回る狡猾な奴が生き残り勝つ、フレちゃん陽気な暗殺者になってる
日露戦争は第一次世界大戦の10年前の出来事でごさいます
48:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/14(水) 21:21:11.10
ID:fH8Z0+6b0
フレちゃんが血を飲む理由、分かるかな……
元スレ
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1497409176/
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