1:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/13(火) 12:23:25.42
ID:K/Sniqz30
2:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/13(火) 12:25:22.39
ID:K/Sniqz30
土屋家は代々、勘定奉行に勤めるお家であった。
そこの後継である亜子も勘定奉行に勤めた。
自分の金ではないものの、彼女は勘定が好きだった。
いや、狂っていたと言ってもいい。
3:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/13(火) 12:26:01.34
ID:K/Sniqz30
物入り帳などを眺めてそろばんを弾き、
それが帳簿とぴったり合うと
えも言われぬ快感が身体を駆け巡る。
遊郭通いや酒など目ではない。
四書は全く読めず、剣の腕もからっきしであったが、
計算だけは誰にも負けぬ。
4:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/13(火) 12:26:34.52
ID:K/Sniqz30
藩の皆は彼女をからかって、
「そろばん侍」と読んだ。
当の亜子は、それを誇りにしていたが。
5:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/13(火) 12:27:16.37
ID:K/Sniqz30
ある非番の日も、亜子はそろばんを弾いていた。
藩の帳簿50年分をこっそり書き写し、
額面が合うかどうか調べていた。
職業精神や正義感ゆえにではない、
これが彼女の趣味である。
はじめは鼻歌まじりでやっていた。
しかし、段々と手の動きが緩慢になっていった。
6:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/13(火) 12:27:54.19
ID:K/Sniqz30
20年前、藩内に飢饉があった。
領民達の困窮にあえぐ声を受けて、藩主は蔵米300俵を明け渡した。
そういうことになっている。
しかし亜子がどうやって計算しても、帳簿に現れる数値が合わぬ。
無償で提供したゆえ、誰も気にしていないようだったが、
後のものの出入を調べると不可解な点がある。
7:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/13(火) 12:28:20.39
ID:K/Sniqz30
亜子のいる藩は小さい。
したがって、300俵はかなり大きな痛手となったはず。
だというのに、帳簿の額が“整いすぎている”。
まるで、その額に合わせるために計算がなされたようであった。
8:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/13(火) 12:29:30.14
ID:K/Sniqz30
そこまでなら、亜子は気にしなかった。
貧乏藩のささやかな意地っ張りだと、一笑に伏しただろう。
しかし彼女の脳裏によぎったのは、
家老千川ちひろの遊興ぶりであった。
下級藩士たちが冷や飯を食らうのをよそに、
豪奢な膳を食らい、
勤めがない日は遊郭で派手に金子をばらまく。
その元手は、はたして。
亜子は疑問を持った。
9:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/13(火) 12:30:04.33
ID:K/Sniqz30
その日から、亜子はこっそり
藩内の蔵を調べるようになった。
重ねて記すが正義感ゆえではない。
亜子にとって、数字とは御仏の言葉に等しい。
そろばんを弾くのはさながら読経や禅を組むようなもの。
そこに狂いがあるのは、我慢がならぬのだ。
10:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/13(火) 12:30:48.49
ID:K/Sniqz30
果たして亜子は、
蔵米に不審な出入があるのを突き止めた。
彼女の背中にじっとりと嫌な汗が流れた。
しかしその時には、手遅れであった。
亜子は覚えのない横領の罪をなすりつけられ、藩職を解かれた。
民からは非難轟々、
土屋家は形式的にも物理的も取り潰しにされた。
11:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/13(火) 12:31:33.61
ID:K/Sniqz30
数年後、藩にちょっとした出費があって、
借金をすることになった。
財政上は誤差と言ってもいい、小さな額である。
金貸しは、3年後の5月2日に返してくれ、と言った。
随分悠長だと皆が訝しんだが、困るわけでもない。
放っておかれた。
12:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/13(火) 12:32:04.33
ID:K/Sniqz30
数ヶ月後、また借金をした。
将軍様がおいでになり、
もてなしをするために金子が足りなかった。
これも小さな額である。
以前とは別の金貸しが現れて、都合をつけてくれた。
返済日は876日後。
ある者は不審に思った。
とはいえ額が小さいから、詮索はしなかった。
13:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/13(火) 12:33:46.71
ID:K/Sniqz30
それから、藩は細々とした借金を、
色々な金貸しからした。
皆、期日に妙があった。
亜子が追放された後、勘定奉行には千川の濃厚な息が
かかっており、帳簿の管理は杜撰になっていた。
それは深刻で、時には借金をしたことすら、
忘れている有様であった。
14:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/13(火) 12:34:49.55
ID:K/Sniqz30
そして5月2日。
この日も遊び狂っていた家老は、言葉を失った。
借金の取り立てがきた。
一箇所からではない。
いままで細々とした額を借りてきた、複数の金貸しから。
15:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/13(火) 12:35:16.82
ID:K/Sniqz30
すぐに帳簿を調べさせた。
記帳がなされていなかった。
しかし物入り帳を調べると、
借金はしっかり記されているし、証文もある。
その額は、藩の半年分の財政に匹敵した。
16:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/13(火) 12:35:49.89
ID:K/Sniqz30
これには藩主も愕然とした。
すぐに勘定奉行に目付からの監査が入った。
そこで杜撰な金銭管理、そして千川が
蔵米を不正に取引していることが明らかになった。
むろん家老の職を解かれ、藩民達からは非難轟々。
千川屋敷は、瓦が粉と化すまで打ち壊された。
17:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/13(火) 12:36:18.99
ID:K/Sniqz30
千川家の一同が肩を落としながら、
残った家財を売る算段をつけていると、
ある女が現れた。
「金に、お困りでっか?」
そう言って、
そろばんをちゃっちゃっと鳴らすのは、土屋亜子であった。
その表情は、藩職にあった時よりも、
ずっと生き生きとしていたそうな。
18:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/13(火) 12:36:47.40
ID:K/Sniqz30
おしまい
元スレ
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1497324205/
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