1:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/12(月) 12:08:43.77
ID:OqEXWLzC0
2:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/12(月) 12:10:48.38
ID:OqEXWLzC0
人類が宇宙に進出し、地球が御伽噺の中の存在になった頃。
銀河は3つに別れていた。
最大の版図と人口を誇る帝政国家、『リューザキ』。
重工業系企業が国家運営を行う、『櫻井クラスタ』。
社会主義による宇宙統一を目指す、『Новый советский(新ソビエト連邦)』。
この3者による睨み合いは、すでに数世紀にも及んでおり、
現在は一応のデタント期に入っていた。
3:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/12(月) 12:11:47.24
ID:OqEXWLzC0
ある時、櫻井クラスタ領の惑星に1人のアイドルが現れた。
現れた、といってもモニター越しであったが。
そのアイドルの名は、安部菜々。
『ウサミン星』なる星からやってきた17歳という設定で、愛らしい見た目と
甘い歌声、そして弾けるようなダンスで、住民達を魅了した。
しばらくすると、菜々は他の惑星にも現れるようになった。
そこでも大変な人気を博した。
さらにリューザキ、連邦内にも活躍の場を広げ、
銀河中が安部菜々に夢中になった。
4:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/12(月) 12:12:40.87
ID:OqEXWLzC0
異変が起こったのは、彼女が現れて二年ほど経った頃。
リューザキ領の惑星の住民が、
「ウサミン星に行きたい」と呟いて、行方不明になった。
そのニュースは、初めはジョークとしてお茶の間に流れた。
熱狂的なアイドルファンが失踪、あるいは焼身自殺(バーベキュー)、
などという出来事は、宇宙でもままあることだった。
5:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/12(月) 12:13:35.95
ID:OqEXWLzC0
しかしその後、行方不明者が3カ国総計で5万人に達した。
皆いずれも「ウサミン星に行きたい」と周りに
話してから、いなくなったという。
行方不明者の行き先を第一に発見したのは、連邦だった。
その捜査官達は、歪な楽園を目にした。
労働や家事、社会インフラの維持、そして政治に至るまで、
ウサギ型のロボットが行なっていた。
納税も兵役もなく、人々は“好きなように”生きていた。
安部菜々の歌を聞き、安部菜々のダンスを見る。
安部菜々の絵を描き、安部菜々が主役のドラマを視聴する。
安部菜々の自伝小説を本が擦り切れるまで熟読する。
日曜日は教会に集まり、安部菜々の像に向かって皆がお祈りする。
毎日起きてから眠るまで、安部菜々にどっぷり漬かった生活。
住民達はそれを満喫していた。
6:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/12(月) 12:14:12.55
ID:OqEXWLzC0
捜査官達は一抹の羨望を抱きながらも、楽園の存在を公表した。
すぐに住民の奪還が試みられた。
しかし、当の本人達がウサミン星から離れようとしない。
無理やり連れて行こうとすると、ロボ達の妨害にあった。
そこでリューザキは一個艦隊を派遣し、ウサミン星を制圧した上で、
住民達を連れて帰った。
これで事態は終結するかと思われた。
7:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/12(月) 12:14:47.35
ID:OqEXWLzC0
だが、行方不明者は増え続けた。
ウサミン星は1つではなかったのだ。
3カ国が共同で艦隊を組織し、銀河中をくまなく探し回った。
第二、第三のウサミン星が続々と見つかった。
無論、住民達の回収が行われた。
そしてまた、ロボ達の妨害にあった。
いや、今度は妨害というよりは、蹂躙といって差し支えなかった。
彼、あるいは彼女らは、最新技術を搭載した戦艦で、
回収用の艦隊を全て撃沈したのである。
8:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/12(月) 12:15:33.18
ID:OqEXWLzC0
損害比2:7という圧倒的な差をつけて。
9:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/12(月) 12:16:24.28
ID:OqEXWLzC0
ウサミン母星攻略作戦。
3カ国は宇宙世紀で初めて手を取り合い、
協同での軍事作戦を練った。
リューザキからは艦隊40万隻。
櫻井クラスタからは18万。
新ソビエト連邦からは15万、
計73万の戦艦がウサミン母星のある宙域へ向かった。
10:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/12(月) 12:17:03.29
ID:OqEXWLzC0
勝てない。
リューザキ旗下、指揮艦『サーベルタイガー』のブリッジで、
艦長の三船美優は思った。
現在、母星を取り囲むように展開している敵艦隊と交戦しているが、
“前線の位置が全く前に進まない”。
こちらが数で優っているのに、完全に勢いを殺されてしまっている。
宇宙空間における艦隊戦のノウハウは、3カ国側に利があるはず。
それなのになぜ、抑えられるのか?
11:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/12(月) 12:20:06.53
ID:OqEXWLzC0
さきほど、三ヶ国側は防衛陣を突破するために
紡錘陣形を取り、
前方に火力を集中させようとした。
すると、攻撃をする前に敵側は
艦隊の両翼に展開し、こちらを挟撃してきた。
教科書(セオリー)通りの反撃。
しかし、その反応速度が凄まじかった。
ウサミン星側の戦艦は、全艦が
電子制御され、互いにリンクしている。
いうなれば全てが目であり、手であり、頭脳でもある。
よって、指揮艦がちまちまと
連絡をするような時間的ロスはなく、
瞬発的な艦隊運用が可能となっている。
また、人間が乗っていないという利点から、
無茶苦茶かつ合理的な速度で移動する。
よって、3カ国側がどのような戦術を取ろうとも、
相手に決定的な打撃を与えることはできない。
即座に対応されてしまうからだ。
12:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/12(月) 12:21:24.95
ID:OqEXWLzC0
“通常の艦隊では”、敵の防衛陣を突破することはできない。
実は三ヵ国側は、戦局が開く前から、そう結論づけていた。
第一陣の戦艦を突破しても、次には、
デブリ回収用のウサギ型の作業ボットが、
空間を埋め尽くすように陣取っている。
数はおそらく数百億。
超長距離からのレーザーやミサイルは、
そのボットの壁によって防がれる。
接近すれば、おそらく特攻するように
艦隊にとりつき、航行を妨げるだろう。
であれば、敵戦艦および、そのボット達の
隙間をかいくぐるような存在が必要だ。
軍艦よりもずっと小さく、すばしっこく、
敵の懐に潜り込めるような。
13:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/12(月) 12:23:01.24
ID:OqEXWLzC0
両艦隊による攻防が繰り広げられる中、
その反対側から母星に迫る影があった。
真っ白に塗装された高速巡航艦7基。
3カ国側の戦力である。
大規模な艦隊戦は陽動であった。
敵を引きつけ、防衛網の網目を、
少しだけ大きくするための。
巡航艦は直線的に、宙を切り裂くように進む。
その前に、ウサミン星側の艦隊および戦闘機が立ちはだかった。
巡航艦は怯まずに突っ込んだ。
無人で、電子制御されていたのだ。
二基が、敵を巻き込んで大破。
残りも苛烈な攻撃を受け、爆散した。
その余波によって、ウサミン星側のレーダーに微かな乱れが生じた。
『敵艦撃破』『敵艦…』『……!』
14:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/12(月) 12:25:47.45
ID:OqEXWLzC0
爆炎の中から、小型の戦闘機が飛び出した。
宇宙に融けるような、漆黒の機体。
ウサミン星側は即座に分析を始めた。
フレームは前川製『シャルトリュー』。
重槍のような形状で、高速加速時に独特の音を立てる。
二世代ほど前の型落ち機だが、
頑強さと動作の滑らかさに定評があり、
いまだに根強い人気がある機体。
航行速度から、エンジンと推進装置は櫻井製の『CHA-MA07』。
ロールアウトされたばかりの最新式。
加速性能で数世紀分のブレイクスルーをしたと言われている。
通常の戦艦、戦闘機では到底追いつけない。
15:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/12(月) 12:26:16.39
ID:OqEXWLzC0
だが、ウサミン星側の戦闘機は並ではない。
殺人的な加速と機動を、
燃料が尽きるまで行うことができる。
2機が後方、3機が追い越して前方に出た。
16:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/12(月) 12:26:58.13
ID:OqEXWLzC0
「やっぱり反応が速いですね…」
漆黒の機体の中で、岡崎泰葉は低く呻いた。
限界まで加速を行なっているので、臓腑がぎりぎりと絞られている。
口笛混じりに操縦などできない。
17:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/12(月) 12:27:37.16
ID:OqEXWLzC0
おでこを出し、両側に垂らすようにカットした、紺の短髪。
あまり動かない瞳。小さい鼻。
閉じればどこにあるのかわからない、薄い唇。
生気のない、人形のような少女だった。
18:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/12(月) 12:28:31.15
ID:OqEXWLzC0
“岡崎泰葉”は、1人のための名ではなく、超絶的な腕前を持つ
戦闘機乗りに与えられる名前だった。
彼女はちょうど13番目の岡崎泰葉で、最年少である。
彼女はパイロットの養成施設で生まれ、はじめは番号で呼ばれていた。
名前を手に入れたのは、ごく最近のことだ。
「さて、“岡崎泰葉”に恥じない戦いをしないと」
拡散ミサイルを前方へ3発。1機に直撃。
泰葉はそれを喜ばなかった。
19:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/12(月) 12:30:38.63
ID:OqEXWLzC0
相手が、こちらの武装を知るために
わざと避けなかったことに気づいたためである。
後方からのレーザーを直感で躱すと、前方でまた一機墜ちた。
これには、泰葉も唇を舐めた。
とはいえ、実際はかなり苦しい状況だった。
捕捉から逃れるために速度を
上げると操縦が追いつかなくなる。
下げると、背後からの攻撃を避けられなくなる。
左右に動いても、相手はぴったりとついてくる。
20:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/12(月) 12:33:16.61
ID:OqEXWLzC0
どうやら撃墜ではなく、こちらの消耗を狙っているようだ。
相手はエースパイロットの技術を、徹底的に盗むつもりらしい。
こちらの武装はすでに分析済みとみてよいだろう。
つまり、ここから通常の攻撃は絶対に当たらない。
だがウサミン星側の行動を見るに、
戦闘機の運用データは
まだ蓄積されていないらしい。
そこに付け入る隙がある。
21:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/12(月) 12:34:06.26
ID:OqEXWLzC0
泰葉は電磁ジャミング装置を起動させた。
敵機の電子回路を破壊する武器である。
ウサミン側は、生身の人間達が
機器を狙ってくるのを予想していた。
対策は織り込み済みである。
ジャミングを感知、電磁遮断器を展開し、無効化した。
この間に要した時間はコンマ数秒。
その数秒が、戦闘機での格闘戦においては致命的な隙であった。
泰葉は推進装置を巧みに操作し、その場で急旋回した。
本当に“ほっぺたがこぼれる”のではないかと思うくらい、
身体が横方向に引きずられる。
そして、ぴったりとくっついていた敵機に接触。
表面の装甲がいくつか剥がれはしたが、代わりに
前後方の2機を食いちぎるように破壊した。
機体の頑丈さが功を奏した。
おいしい成果だ。
23:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/12(月) 12:35:18.36
ID:OqEXWLzC0
残りと一機とはすれちがいに、泰葉は反対方向へ出た。
相手は猛烈な加速で振り返り、漆黒の機体に迫る
今度は本気で沈めにきている。
泰葉は先ほど抜き去ったウサミン星の艦隊に、再び接近した。
そして、レーザーとミサイルを全弾発射。
泰葉を感知、および接近可能な戦艦を全て撃破。
そこで、発生したデブリの荒波に機体を滑り込ませた。
致命的になるものは全てかわしながら。
操縦室のガラスに大きな罅が入ったが、泰葉に動揺はなかった。
後方から加速していた敵機は、破片に機体を斬り裂かれ、大破した。
割に合わないような、
教科書から外れた戦闘技術。
それが彼女を、岡崎泰葉たらしめていた。
24:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/12(月) 12:36:16.94
ID:OqEXWLzC0
第一陣を突破した泰葉は、第二陣に接近した。
星のように、ぽつぽつと光る無数の作業ボット達。
泰葉は、大きな熱源となるエンジンと
武装を機体から切り離した。
システムもシャットダウンする。
機体はゆっくりと減速する。
ボットが数機、近づいてくる。
しかしその動きは緩慢。
どうやら、機体をデブリだと誤認したようだ。
泰葉は耐圧服を装着し、機外に出る。
そこで、機体を調べ始めたボットに取りついた。
その装甲を手際よく一枚剥がし、中の回路を破壊。
別の回路に入れ替えた。
これでボットは識別番号を持ったまま、
泰葉を母星に連れて行ってくれる。
25:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/12(月) 12:36:58.02
ID:OqEXWLzC0
母星に侵入した泰葉は、防衛用のロボット達を
蹴散らしながら進んだ。
ここまで人が入ってくることは予想していなかったのか、
抵抗は弱々しかった。
そして機関室、システムの冷却装置、
マザーコンピューターを順繰りに破壊した。
あっけない。
そう泰葉が肩をすくめた時、母星内でアラートが響き渡った。
二時間以内に自爆するという。
どこの悪の秘密基地、と泰葉が思ったとき、
白衣を着た少女が現れた。
26:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/12(月) 12:37:40.44
ID:OqEXWLzC0
しかし人間ではないのは明白だった。
宇宙用の防護服を、まったく着ていなかったのだから。
「君。ここにいると危ないぞ」
彼女は、泰葉を見て驚くでもなくそう言った。
「帰り道がわからないのか?」
「帰るつもり、ありませんでしたから」
敵陣のど真ん中に単独で潜入。自爆装置などがなくても、
泰葉は生きて帰るつもりはなかった。
27:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/12(月) 12:38:58.25
ID:OqEXWLzC0
「そうか…ところで、ナナさんを殺したのは君か」
少女の見た目をした何かが尋ねた。
まったく感情のない声だった。
「機械に生命が宿るなら、そういうことになりますね」
泰葉はまったく悪びれるでもなく答えた。
死ぬ覚悟が決まると、余計な感傷は削ぎ落とされていく。
「…せっかく来たんだ。
ちょいと、年寄りの昔話に付き合ってくれないか」
“何か”は、生気のない瞳で泰葉を見つめた。
28:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/12(月) 12:39:27.90
ID:OqEXWLzC0
彼女は、“池袋晶葉”と名乗った。
生まれは連邦領の辺鄙な惑星で、
もう忘れてしまうほど昔に生まれたそうだ。
今の身体は、脳を含めて完全な機械だという。
だというのに、晶葉の研究室には重力と空気があって、
椅子とベッドまで用意されていた。
29:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/12(月) 12:40:54.48
ID:OqEXWLzC0
「ナナさんは、姉のような存在だった」
仇の泰葉に向けて、晶葉は微笑んだ。
現在のサイボーグ工学では、ありえないはずの表情だった。
「周囲から孤立していた私に、何かと世話を焼いてくれた。
はじめは鬱陶しく思ったが、
そのうち側にいないと不安になるくらい、
私はナナさんのことが大好きになった」
本当に懐かしく、楽しそうに彼女は語る。
泰葉は黙って話を聞いた。どうせ死ぬまでの退屈潰しだ。
30:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/12(月) 12:42:16.19
ID:OqEXWLzC0
「しかし、ナナさんの両親は私を遠ざけようとした。
彼らは、超自然主義に傾倒していたんだ」
超自然主義。
かつての合衆国のヒッピーを源流とする、ある種の宗教。
宇宙世紀にあって機械文明を忌避し、
科学技術による医療行為さえも否定する。
「娘を悪しき道に引き摺り込む、
マッドサイエンティストという扱いだったのさ。
私はね。」
晶葉は肩をすくめた。
おかしくてしょうがないだろう、そんな風に。
31:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/12(月) 12:43:11.27
ID:OqEXWLzC0
「ある時、ナナさんの身体が癌に冒されていることがわかった。
初期の状態で見つかったから、完治が可能だった。
しかし…」
菜々の両親は、娘を“人間らしく死なせるために”癌の進行を放置した。
死にたくない。もっと生きていたい、
そう叫ぶ娘を部屋に閉じ込めて。
「私がナナさんを連れ出した時には、全身に転移していた。
まだ17…これからもっと綺麗になる、そんな年齢で、
彼女の身体はもう死の瀬戸際にあった」
晶葉は淡々と話した。
もし肉の声帯があれば、その言葉は震えていただろうか。
32:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/12(月) 12:44:12.38
ID:OqEXWLzC0
「脳もすでにやられていてね…ナナさんは私に言った。
このまま何も感じられなくなる前に、機械に身体を移したいと」
意識の電子化。
これは、科学技術が進んだ宇宙世紀でも禁忌だった。
“魂の容れ物”、という倫理的な問題と、
間接的な不死の実現による法経済の
深刻な混乱が、目に見えていたためである。
「私達は躊躇なくやった。
ナナさんは、なんとしても生きたかった。
私はどんなことをしても、彼女に生きていて欲しかった」
33:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/12(月) 12:44:50.45
ID:OqEXWLzC0
そして2人は、人目のつかない鉱山惑星に身を潜めていたという。
そこは朝と夜で気温差が300度もある過酷な惑星だった。
しかし晶葉も機械の身体になり、
そのような環境での生活も可能であった。
「それで、まあまあ楽しく300年ぐらい生きた頃だったか…。
ナナさんが苦しみだしたんだ」
機械の身体に痛みはない。蝕まれるのは精神、心である。
34:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/12(月) 12:47:25.84
ID:OqEXWLzC0
「“我思う。ゆえに我あり”
高名な哲学者の言だが、ナナさんは自身の思考に
全く自信を持てなくなってしまったんだ。
今の自分は果たして、生身の人間だった頃の
安部菜々と同一だと言えるのか。
そんな風にな」
回路を流れる電流は、ニューロンを走るそれと同等か。
記録と思い出はどこで区別する?
感情は、この苦しいという感情さえも、
果たして本物だと言えるのか。
「私はナナさんの苦悩を取り除くことができなかった。
人の心は、まったくの専門外だったからな。
だから私達は、第三者による観測で
“安部菜々”を定義しようとした」
35:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/12(月) 12:48:04.59
ID:OqEXWLzC0
「“我思う。ゆえに我あり”
高名な哲学者の言だが、ナナさんは自身の思考に
全く自信を持てなくなってしまったんだ。
今の自分は果たして、生身の人間だった頃の
安部菜々と同一だと言えるのか。
そんな風にな」
回路を流れる電流は、ニューロンを走るそれと同等か。
記録と思い出はどこで区別する?
感情は、この苦しいという感情さえも、
果たして本物だと言えるのか。
「私はナナさんの苦悩を取り除くことができなかった。
人の心は、まったくの専門外だったからな。
だから私達は、第三者による観測で
“安部菜々”を定義しようとした」
36:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/12(月) 12:49:14.82
ID:OqEXWLzC0
「それが、アイドル“安部菜々”の誕生」
泰葉は、人々が行方不明になった原因を知った。
「歌や映像に何か細工がしてあったんですか?」
「いや、そんな工夫はできなかった。
そんなことをすれば、観測結果が歪められてしまうからな」
つまるところ、人々がウサミン星に集まるのは、
全く自発的な反応だったらしい。
泰葉は苦笑した。
37:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/12(月) 12:50:00.34
ID:OqEXWLzC0
「君は、どうやって“岡崎泰葉”を定義する?」
晶葉が尋ねた。
子どもらしい個性を鏖殺してしまうような
過酷な訓練の中成長した少女。
彼女は、どうやって自身を定義するのか。
泰葉は、まったく考えることなく返答した。
「最強の戦闘機乗りです」
「それだけか」
「それだけで十分ですよ。
だって、最強は1人しかいないんですから、
いちいち悩む必要がないでしょう?」
38:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/12(月) 12:50:44.64
ID:OqEXWLzC0
一見単純なようで、実は強烈かつ尊大な自負心。
それは、“岡崎泰葉”に必要な資質なのかもしれなかった。
「…君に殺されるのが、運命だったのかもしれんな」
晶葉は静かに呟いた。
「なんだか、ナナさんに申し訳ないんだが、
肩の荷が下りた気分だよ。
いや、あるいは彼女も……」
数百年生きた者の情緒は、泰葉にはわからない。
ただ、晶葉の表情はふっと力が抜けたようだった。
39:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/12(月) 12:51:12.32
ID:OqEXWLzC0
「君、今年でいくつだ?」
孫に尋ねるような声で、晶葉が再び尋ねた。
「もうすぐ17になります」
泰葉の返事を聞くと、晶葉はくっくと笑った。
子どもっぽい、いたずらな笑顔だった。
40:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/12(月) 12:52:22.61
ID:OqEXWLzC0
彼女は、泰葉を母星内のドックまで案内した。
そこには真新しい、どこの企業の
カタログにも載っていない戦闘機が鎮座していた。
三又の矛のような形状で、
装飾は目に痛いくらいのポップな桃色だった。
「これに乗って脱出しろ。
その後は味方艦と合流してもいいし、
13番目の岡崎泰葉は死んだことにして、身を隠してもいいだろう」
晶葉の説明によれば、機体には高度な
ステルス機能が搭載されていて、
存在をまったく感知されない航行が可能だという。
これを戦場に出されていたら厄介だった。
41:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/12(月) 12:53:06.36
ID:OqEXWLzC0
「ところで、なぜ自爆機能を?」
戦闘機に乗り込む前、泰葉は尋ねた。
こんな大味で非効率的な機能を、
目の前の天才科学者がつけたのが不思議だった。
晶葉は胸を張って答えた。
「悪の組織の浪漫だよ」
「浪漫って、科学者らしくないですね」
「何を言う。浪漫を忘れた科学者など、ただの電卓だ。
人間だってそうだぞ。
浪漫があるから、前に進む。
もっとも、良い方向にとは限らないが!」
晶葉はまた、くっくと笑った。
目に、涙が浮かんでいた
42:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/12(月) 12:53:55.35
ID:OqEXWLzC0
「戦闘機乗りなどやめて、
普通の女の子として生きてみたらどうだ?
学校に通ったり…友達と放課後にアイスを食べたり、
休日は恋人と遊びに行ったりするのもいいだろう。
それで、時々はアイドルに憧れて…
こっそり歌やダンスの練習をするのさ。
そんな教科書のような青春を、
いまから取り返すのもよかろう」
晶葉の言葉を聞いて、泰葉はふっと遠い目をした。
だがすぐに、首を振って答えた。
「“岡崎泰葉”は次の人間に引き継ぎますが…
“私”はずっと戦闘機に乗り続けますよ。
私の浪漫も青春も、この狭いコクピットの中にあるんですから」
そう言って笑う彼女の表情は、
ひどく人間臭く、魅力的だった。
43:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/12(月) 12:54:44.54
ID:OqEXWLzC0
母星から脱出した戦闘機は、3カ国の艦隊をまっすぐにすり抜けた。
光学迷彩と、レーダー電波を吸収するフレーム。
熱感知を避けるために、機体温度も低くされている。
識別コードは『N/A』。
彼女は、どこにもいない戦闘機乗りとして宙域を離脱した。
機関や軍に縛られない、自由な生き方をするために。
44:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/12(月) 12:55:24.59
ID:OqEXWLzC0
艦隊が追ってこれないほど遠ざかった時、
機内に軽快なポップミュージックが流れた。
安部菜々の曲だった。
「私、結構好きかも…」
アイドルソングなど初めて聞いたが、彼女の耳によく馴染んだ。
岡崎泰葉をやめた何者かは、音楽に合わせて口笛を吹いた。
45:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/12(月) 12:55:56.38
ID:OqEXWLzC0
おしまい。
46:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/12(月) 12:56:37.34 ID:a8B05vsJO
宇宙はいいぞ
乙
元スレ
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1497236923/
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