こんな漢字を名前に使ってはいけない2 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/07(木) 19:14:46.91 ID:xMiyk2Io
「はぁ……不幸だ……」
陽も落ち始め薄暗くなりだした大通りを、上条当麻はがっくりと肩を落として歩いていた。
遠目から見ても分かるほどに、その姿からは負のオーラが滲み出ている。
もし子供に『哀愁を感じる背中』というものがどんな物かと聞かれたら、この背中を見せれば一発で理解するであろう。
それほどに強烈な暗黒ムードっぷりを、上条当麻は醸し出していた。
理由は単純。タイムセールを逃したからだ。
「あーちくしょう。あのバカ〔スキルアウト〕共のせいだ……」
よく見ると身体のあちこちに擦り傷や打撲傷の跡が見て取れる。それもかなり新しい。
簡易的とはいえ、一応処置は施してあるが応急手当程度だ。
傷口から薄く滲み出る鮮血が、ついさっき出来たケガだというのを主張していた。
そう。上条当麻は、いつも通りの帰宅ルートを、いつも通りに歩いていると、
いつも通りにスキルアウトに絡まれる女の子に遭遇し、いつも通りに助けに入った。
それだけの話である。
ただ、いつもと違ったのは、
ツインテールの風紀委員が助けてくれたことくらいだ。
3 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/07(木) 19:17:29.78 ID:xMiyk2Io
「あら、あなた……まだこんな所にいらっしゃいましたの」
上条が振り返ると件の風紀委員が立っていた。
茶色い髪をツインテールにしており、名門常盤台の制服に身を包んでいる。
片腕を腰に当て凛としたその姿は、"立っていた"よりも"仁王立ち"の方がしっくりきそうだ。
「あぁ、あんたか……えぇと」
「白井黒子、ですわ。先程も名乗りましたでしょうに」
白井黒子と名乗った風紀委員はふぅ、と息を吐く。肩にかかったツインテールを、細く白い指でサラリと後ろへと払った。
「もうそろそろ完全下校時刻ですの。早くお帰りになって下さいまし。陽が落ちるのが遅くなって来ているとはいえ、この辺の治安もそう良くはありませんの」
上条は、鞄を持っていない方の手で頭をガシガシと掻きながら答える。
「お前こそ大丈夫なのかよ。こんな夜道をか弱い女の子一人で歩いてて」
「そのか弱い女の子に助けられたのはどこのどなたでしたっけ?」
そう言うと白井は、口に手を当てて悪戯っぽく笑った。
対して上条は、「うぐっ…」と言葉を詰まらせバツの悪そうに顔をしかめる。4 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/07(木) 19:21:38.30 ID:xMiyk2Io
「さて、早く帰りませんと。誰かさんのせいで残業が増えて、こんな時間になってしまいましたし」
薄く細めた目でチラッと上条を見る。冷たい視線を送りつつもどこか楽しそうだ。
「じゃ、その残業のお詫びも兼ねて、白井さんを寮まで送って行くとしますか」
予想外の反応に、白井は少し戸惑った。自分の嫌味に、申し訳なさそうにする様を眺めるつもりが、とんだカウンターで返ってきた。
しかし、凛とした態度は崩さない。
「結構ですの。万が一何かあった時、足手まといになりかねませんし」
「まぁそう言うな。男が一人居るだけで、面倒ごとが起こる確率はグンと下がるんですよー」
言いつつ、白井の返事も待たずに上条は先々歩いていってしまった。
はぁ……っと溜息を吐きつつも、存外嫌そうな顔もせずにその後ろを付いて行く。
ここだけの話。
タイムセールに遅れたのはバカ共に構っていたせいでもあるが、
風紀委員であるこの少女の事情聴取(大半は説教)が長引いたせいでもある。
恨み言の一つも言いたい所だが、そんな事は決して口に出さない紳士な上条であった。5 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/07(木) 19:26:08.55 ID:xMiyk2Io
「全く……。送り狼を許すとは私も落ちたものですの」
「失礼な。上条さんは紳士ですからそんなことしませんよー」
「……それにしても、」
そこで区切り、チラリと上条に視線を送る。
変な所で言葉を区切った白井に、上条は向き直る。チラリというよりギロリと言った感じの眼が上条を捕らえていた。
「あなた馬鹿ですの? 八人もの不良相手に単身立ち向かうなんて、どんな脳構造をしていらっしゃいますの? もしかして知能は猿並なんじゃありませんこと?」
「あれー!? 何で急に罵詈雑言!? ああもう分かってるよ!
「一般人は首を突っ込まないで下さいまし」とか言うんだろ!? もうさっき詰め所で聞き飽きましたよ!」
また説教する気かよもう良いよチクショー! と上条は頭をバリバリと掻き毟った。
が、なんだかヒートアップしていた上条とは対照的に、白井は淡々と言葉を紡ぐ。
「そうじゃありませんの」6 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/07(木) 19:29:11.98 ID:xMiyk2Io
瞬間、上条は空気がピリッと張り詰めるのを感じた。
いや、恐らくはもう少し前からそうなっていたのだろう。そんな中で自分だけおちゃらけムードだった事に気付き、僅かに俯く。
数秒の静寂。冷たい夜風が二人の間を吹きぬける。白井の茶色いツインテールが風でなびいた。
「何の勝算も無く突っかかっても、勝敗は見えてますの。もし私が駆け付けなかったら、どうするつもりでしたの?」
真剣な様子の白井に気構えていた上条だったが、何だそんなことかと溜息を吐き、
「何も考えて無かったよ。体が勝手に動いてたんだ」
あっさりと返した。
「…… は?」
「困ってる人が居たら、助ける。当然じゃねえか?」
格好つけるでもなく、気取るでもなく、上条は当たり前の様にそう答えた。
「………」
白井は、何も言えなくなった。
-己の信念に従い正しいと感じた行動を取るべし-
何故だか風紀委員の心得の一つが頭に過ぎる。
見て見ぬフリが常識となりつつある昨今、白井にはそんな上条が凄く常識人に見えた。
今日はよくよく妙なカウンターをもらう日だ。と白井はひとりごちた。8 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/07(木) 19:35:29.77 ID:xMiyk2Io
「ここまでで、結構ですの」
白井は立ち止まり、上条の方に向き直る。ローファーの踵がカツっと音をたてた。
「いやいや、ここまで来たらちゃんと寮の前まで送っていきますよー」
「いえ。もう建物も見えましたし、この距離なら私の能力で自分の部屋まで直で帰れますの」
テ レ ポ ー タ ー
「そういや空間移動能力者だっけか。……あ、そうだ! 連絡先教えてくれよ」
思い立ち、上条はポケットからゴソゴソと携帯を取り出す。右手を軽く振り、その勢いでカパっと開いた。
「はい?」
「今日は助けてもらったのにお礼も言ってなかっただろ? 今度何かお礼させてくれよ」
ナンパなら遠慮しておきますの。そんな言葉が口から出そうになったが、思い直す。
そんな人間でもないだろう。純粋にお礼がしたいだけのようだ。
ならば。尚更……
「……遠慮しておきますの。風紀委員として当然のことをしたまでですから。それにここまで送っていただきましたし」
「それは"残業のお詫び"だったろ? まあ人の好意は受け取っとくもんだ。ほら、携帯貸して」9 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/07(木) 19:39:14.86 ID:xMiyk2Io
白井から携帯を受け取った上条は、それを操作して自分のアドレスを登録しようとするのだが…。
「え? なんだこりゃ」
手渡されたのはリップクリームの様な形状の筒。
どこをどう操作すれば良いのか、貧乏が故に0円ケータイをずっと愛用している上条には、皆目見当も付かない。
「はぁ……。貸しなさいですの」
上条から半ば強引に二人分のケータイを奪い取ると、手馴れた手付きで操作した。
上部のボタンを押すと、側面のスリットからまるで巻物の様に薄く透明な『本体』が滑り出てきた。
「うわぁ……。無駄にカッコいいけど扱いづらそうだな、それ。」
「うふふ。そのくせサイズが小さすぎて、なくしやすい、ボタン押しづらい、モニタ見にくいの三拍子揃っていますのよ、これ。」
力の無い笑みで『本体』を筒に戻し、もう片方はパタンと閉じて上条へと返した。10 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/07(木) 19:43:38.11 ID:xMiyk2Io
「サンキュー。近いうちに連絡するよ」
「ふふ。期待しないで待ってますわ。それではお気をつけて」
ペコリと頭を下げて踵を返す。きちんと手入れされているであろうツインテールが、ふわりと舞う。
ほのかに甘いシャンプーの香りが、上条の鼻腔を優しくくすぐる。
「…… 今日はほんとにありがとな白井! じゃ、またな!」
上条の声に白井は振り返り、微笑んだ。
「ええ……それではまた。素敵な類人猿さん」
それだけ言うと白井は虚空へと消えた。彼女の能力、空間移動だ。
「類人猿て……。上条さんのガラスのハートはちょっと傷つきましたよ……」11 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/07(木) 19:44:39.45 ID:xMiyk2Io
――――
―――
―
「はぁ…… 不幸だ……」
今日……いや、昨日は散々な目に遭った。
スキルアウトに絡まれてる女の子を助けようとしたら、返り討ちにあいボコボコにされ、
明らかに年下の風紀委員の少女に助けられるという、情けない姿を披露しまった。
その上その帰りに、最近やけに突っかかってくる変なビリビリ中学生少女に夜通し追い掛け回された。
しばらく追いかけっこをしたら諦めてくれるはずだったのだが、何故か昨日は普段の三割り増し程にしつこかったのだ。
適当に負けてあげれば彼女の気も晴れるだろうと思い立ち、
「すわマイリマシター」と、下手な芝居を打ってしまった。
それが少女の逆鱗に触れたのだろう。鬼のような形相で一晩中追い掛け回された。
「ったく。疲れ知らずなのか、あのビリビリ中学生……」
呟き、ベッドに倒れこむ朝帰り少年上条当麻。
「……ま、昨日は白井と知り合えただけ良かったとすっかな」
そういえば白井とあのビリビリ中学生制服同じだったな。
同じ学校なんだろうか。あ、そういえば白井にするお礼何か考えとかねーと……
そんな事を考えながら意識は徐々にブラックアウトしていく。12 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/07(木) 19:48:46.91 ID:xMiyk2Io
「お帰りなさいませお姉様」
同日同時刻、常盤台学生寮。
「寮監の目を誤魔化すのも大変なのですから、夜遊びも程々にして欲しいですのー」
「別に……遊んでたわけじゃないわよ……」
お姉様などと呼ばれた少女は、自分のベッドへとフラフラと力無く進む。
「登校時間まで寝かせてもらうわ。朝食はパスするからテキトーに理由言っといて」
アンニャロウ…いつか…かなら… ず…
呟きながら、ベッドにボフッと倒れこむと、ものの二秒で夢の世界へと旅立ってしまった。
「また"あの殿方"ですの?夜通し追いかけっこするなんて非常識な行動を……」
ブツブツと愚痴をこぼしつつ、ため息を吐く。
枕を抱きしめ幸せそうな表情で眠る姿を見ていると、少々嫌な予感が思考を掠める。
「まさかお姉様に限って……ねぇ」
杞憂であることを祈りつつ、風邪をひかないように愛するお姉様に布団をかけてあげる。13 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/07(木) 19:53:34.68 ID:xMiyk2Io
「っと、マナーモードにしておきませんと」
充電器に繋いである携帯を拾い上げ、慣れた手つきで『本体』をシルシルと引き出す。
そこに表示される画面は、いたっていつも通りだ。
つまり、「着信あり」も「新着メールあり」のアイコンも表示されていない。
「……礼儀知らずな殿方ですの」
いえ、別に期待していたわけではありませんのよ。全くあの類人猿は……
と、誰に向かってしているのか分からない言い訳を呟きつつ、携帯をベッドに放り投げる。
もしお姉様が起きていたなら、さぞ『嫌な予感』がしたであろう。
「さて、朝食……の前に書類に目を通しておきませんと」
昨日の"要らぬ残業"のせいで出来なかった仕事を、少しでも消化しようと机に向かう。
書類の先頭には『連続虚空爆破事件』と書かれていた。14 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/07(木) 19:57:02.14 ID:xMiyk2Io
「ちっくしょおおお! 不幸だああああ!」
下校時刻、バス停の前で怪しげな独り言を叫び悶える少年がいた。勿論上条当麻だ。
「なんだよあの運転手!? 俺に何か恨みでもあんのかよ!」
寝不足の体に鞭を打ち、全力疾走したにも関わらずバス乗り口の扉は無情にも上条の目の前で閉ざされた。
ちなみに次のバスまでは20分待ちだ。
わずかに涙を滲ませながらがっくりと肩を落とし、ずずずっと鼻をすする。
「仕方ねぇ、歩いて帰るか……ん?」
見ると、先程バスから降りてきた少女が、辺りを不安そうにキョロキョロと見回している。
迷子だろうか。
困っている人を見ると放っておけない上条は、その少女に話しかける。
「どうかしたのか?」
「えっとね、ここに行きたいんだけど……」
少女の握り締めていた紙を広げると、第七学区内の地図だった。
大手チェーンの大型デパートの辺りが丸く囲まれている。
「あぁ、あそこか。こっから近いし、案内してやろうか?」
「ほんとに!? ありがとうおにーちゃん!」
パァっと明るい表情になった少女の手を握り、遠くに見えるセブンスミストと描かれた看板を目指して歩き始めた。15 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/07(木) 19:59:43.41 ID:xMiyk2Io
風紀委員第一七七支部。
白井黒子はパソコンに向かい苦心していた。
連日起こる連続虚空爆破事件の資料を調べなおしていたのだが、やはり犯人の特定に繋がる物は出てこない。
もう少し手掛かりがあれば…と、思わず机に突っ伏す。
「遺留品を読心能力で調べさせても何も出ませんし、同僚が九人も負傷しているというのに……」
そして、気付く。
「――九人!? いくら何でも多すぎません?」
すぐさま電話へと手を伸ばす。仲間の危機を知らせるべく。16 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/07(木) 20:03:24.75 ID:xMiyk2Io
―――――――
――――
――
「あの……容疑者の少年を確保した模様です」
「……了解ですの」
白井が現場に駆け付けた頃には、事件は既に終わっていた。
荒れた店内の惨状が、テロの威力の凄まじさを物語っている。
しかし、白井の立つ場所から後方にかけてのみ、綺麗に元の状態を保っていた。
「白井さーん」
名前を呼ばれ振り返ると、頭に大きな花飾りをつけた同僚が居た。
腰の辺りには、小学校中学年くらいの少女が抱きついている。
「ああ、初春。無事だったんですのね」
今回のテロの標的であった同僚の姿を見て、思わず駆け寄る。
怪我をしている様子もなく、白井は安堵した。
「御坂さんのおかげです」
「トキワダイのおねーちゃんが助けてくれたの」
「「ねーーー」」
そんな同僚は、少女と仲良くステレオ放送だ。
無事だったんなら遊んでないで働けと突っ込みたい所だが、それよりも白井には気になる事があった。17 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/07(木) 20:06:14.40 ID:xMiyk2Io
お姉様が?
一体どう能力を使えばこういう風になるのだろうか。まるでここ一帯のみ、爆破を丸ごと打ち消したかの様だ。
丸ごと打ち消す……?
つい最近似たような物を見たような……
「初春」
「はい?」
「事件発生時、現場にツンツン頭の高校生くらいの殿方はおられませんでした?」
「え? えーと確か……」
顎に人差し指を当て、荒れた天井を眺めながら思案していると、
「あのおにーちゃんじゃないかな? わたしその人にここに連れて来てもらったんだよー」
先程の少女が割って入った。
「あ、はいそうでした。私にこの子を預けて、ついさっき帰っちゃいましたよ」
でも何で白井さんがその事を…と、初春が言い終わる前に白井は出口へと走り始めた。
「……初春! この場は任せましたわよ!」
「え!? ちょ、白井さん!」
言うだけ言うと、白井は虚空へと消えた。18 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/07(木) 20:07:24.35 ID:xMiyk2Io
帰路についていた上条の前に、何の前触れもなくいきなり人影が現れた。
ストっという足音が響く。
「お待ちになって下さいな」
突然表れた人物に一瞬たじろいだ上条だったが、それが白井だと分かると親しげに声をかける。
「おぉ、白井じゃねぇか。何してんだこんな所で」
すると白井は、上条の正面に向き直り深々と頭を下げた。
「先程は、同僚を助けていただきありがとうございましたの」
「うおお? なんだよいきなり!? ……って、あぁさっきのアレか」
あれ? でもあれはビリビリ中学生が助けたって事になってるんじゃなかったか?
と、上条は首を捻った。
「やはり……お姉様ではなく、あなたでしたのね」
「? どういうこった?」19 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/07(木) 20:11:56.72 ID:xMiyk2Io
上条は更に首を傾げる。
大方、あのビリビリ中学生から話を聞いてきていたのだろうと当たりを付けていたが、それはどうやらハズレのようだ。
「初春……私の同僚から、あなたがあの場に居合わせたと聞いて鎌を掛けてみましたの」
「まんまと引っ掛かったって訳か……ん?」
上条はようやく理解した。が、先程とは違う方向に再び首を傾げる。
「あなたの右手、ですの」
そんな上条の心情を見抜いているかのごとく、すぐさま疑問の答えを提示した。
「お姉様の能力じゃあんな風にはなりませんの。じゃあ誰が? そう考えたらあなたの事が思い浮かびましたの。
昨日あなたが不良と喧嘩してらっしゃったとき、相手の能力を打ち消していましたでしょう?」
身振り手振りを加えつつ、スラスラとロジックを紡ぐ。
その完璧とも言える推理に、上条は素直に驚いた。
「可愛い顔して大した推理力だなー。上条さんちょっと尊敬しちゃいますよ」
それを聞いて、黒子は小さく照れるようにニコッと笑みを見せた。
自分の勘が当たっていた事が嬉しいのだろうが、その笑みには違う感情が含まれているであろうことは本人も気付いていない。20 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/07(木) 20:14:31.71 ID:xMiyk2Io
「借りが出来てしまいましたわね」
推理ショーを終えた白井は、歩道縁のガードレールに腰掛け一息つく。
上条はそんな白井を横目で見ながら、自販機に小銭を入れる。
「あーそんなもん気にすんなって。昨日は俺が助けてもらったんだし、おあいこだろ?」
「それはそれ、これはこれ、ですの。何かお礼をさせて頂けませんこと?」
「いいっていいって。「一般人は余計なことをしないで下さいまし」とか言った方がお前らしいぞ」
「ははは」っと笑いながら、自販機から取り出したヤシの実サイダーを一口飲む。
白井がぶすっと仏頂面になっているのに気付くと、「飲むか?」とそれを差し出す。
一瞬たじろいだが、上条の手から乱暴に奪うと一気に飲み干した。21 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/07(木) 20:20:50.57 ID:xMiyk2Io
「うおおおぉぉおい!? 俺まだ一口しか飲んでねえのに!」
「たかがジュース一本でうるさいですわよ。ほんの数百円じゃありませんの」
「苦学生である上条さんはその数百円でも結構な出費なのですがー!?」
貧乏なんだろうか。そういえば昨日もタイムセールがどうとか喚いてたような気がする。
「……夕飯。何かご予定は?」
「上条さんは一人寂しく自宅で冷凍レトルトですよー。……はぁ、不幸だ」
狙っているのかこの男は。
「でしたらご一緒しませんこと?」
「え? あぁ、そりゃ構わねえけど。上条さんは貧乏ですから財布に優しい所でお願いしますよ?」
「はぁ……。ご馳走するって言ってるんですのよ」
「年下の女の子に奢ってもらうのは流石に上条さんのプライドがですね……。でも、一緒に飯喰うってのは大歓迎だぜ?」
「それじゃあお礼の意味がありませんの……」
「だからそんなもん気にしなくても良いっつーの。さ、早く飯行こうぜ」
言いつつ、ガードレールに腰掛けたままの白井の手を取りぐいっと引っ張る。
突然手を握られ、初めての感触に思考が停止した黒子は、そのまま引きずられるように商店街へと歩いていく。22 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/07(木) 20:27:24.15 ID:xMiyk2Io
―――――――
――――
――
二人は、全国チェーンのイタリア風レストランに来ていた。夕飯時ということもあって、店内は学生達で賑わっている。
周囲の客の話し声や食器類が立てるカチャカチャという音に混じって、控えめなBGMが流れている。
ちなみにこの店をチョイスしたのは上条である。
「そういえば、」
言いつつ、上条はミラノ風ドリアを口に運ぶ。……何故か味噌の味がするのは、ここが学園都市だからだろうか。
「飯なんかに来て大丈夫なのか? 仕事中じゃなかったのかよ。……今更だけど」
「ほんとに今更ですわね。……まぁ大丈夫でしょう。同僚が私の分まで頑張ってくれてますわよ」
「うわぁ……」
こいつの同僚にだけはなりたくねぇな等と思いつつ、ストローに口をつける。
が、ほんのちょびっとしかジュースは口に流れてこず、ズズズっという音が響いた。
「っと、ちょっと飲み物取ってくる。白井も何か要るか?」
「学園都市で開発された"実験品"じゃなければ何でもよろしいですの」
「ん、りょーかい」
白井から空になったコップを受け取りつつ、上条はドリンクバーへと向かう。23 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/07(木) 20:32:28.31 ID:xMiyk2Io
「はぁ…… 私らしくありませんの……」
ゴンっと机に額をぶつけ、突っ伏す。その衝撃で食器類が僅かに音を立てた。
大事な仕事をほっぽり出して食事に出るなど、普段の白井ならありえない事だった。
そう。普段の白井ならば。
「きっと支部に帰ったら大目玉ですの……」
まさか私あの殿方のことを……そこまで考え、黒子はガバッと勢いよく起き上がった。
「ないないそれはないですの私の心はお姉様一筋で……!」
首をぶんぶん振り、自分の頭に沸いた疑問を必死に否定する。
「何やってんだお前?」
そこで、両手にジュースを抱えた上条が帰ってきた。
突然の声に黒子はビクっと体を震わせる。食器類からさっきより少し派手な音が響く。
「な…… なんでもありませんの」24 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/07(木) 20:38:18.89 ID:xMiyk2Io
一人盛り上がっていた黒子は慌てて平静を装うが、真っ赤になった顔は隠しきれていない。
限界までパスタが絡みついたフォークを、更にクルクルと回転させている辺りから動揺の程が伺える。
「? ま、良いけど。メロンソーダとレモンティーどっちが良い?」
「……レモンティーで」
受け取り、ストローに口を付けようとした所である疑問が浮かぶ。
「……ちょっと、上条さん。さっきまでどちらのコップを使っていたか憶えてらして?」
「どっちだっけか? まぁどっち使っても一緒だろ」
上条は、何の気なしにストローに口をつけメロンソーダを飲み始めた。
黒子の動きが凍りついた様にピタリと止まる。
「? どうかしたのか、お前」
何でもないですの、と黒子は答えつつコップを両手で持ち直す。
小動物のようにストローをくわえ込むと、チューっと控えめにレモンティーを飲み始めた。
何故だか顔が赤くなっている。25 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/07(木) 20:40:50.02 ID:xMiyk2Io
「そういえばさ、何で白井はジャッジメントになろうと思ったんだ?」
スプーンをひらひらと振りながら上条は尋ねた。
「んー…… そうですわね」
スプーンとフォークを使って丁寧にパスタを絡めながら少し考え込む。
「ま、確かにそんな便利な能力持ってたら、人の為に使おうとか思いつくかもなー」
何の気なしに。本当に何も考えずに上条はその言葉を発した。
しかし、それを聞いて黒子はピタッと動きが止まる。口に運ぼうとしていたフォークを皿に戻した。カチャッという音が響く。
「逆、ですの」
「え?」
よく分からない返答に、上条は思わず聞き返した。そこで、白井が妙に真面目な顔をしているのに気付く。26 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/07(木) 20:44:41.13 ID:xMiyk2Io
「では逆に聞きますの。今日の事件、あなたはその右手が無かったらその場に居た人を助けませんでしたの?」
「いや、そんなことは……」
「でしょう? あなたなら例え右手〔チカラ〕が無くとも、爆弾の前に躍り出た筈ですの。違いまして?」
「多分、そうするだろうな……」
「そういうことですの」
「? どういうこった?」
訳が分からず、上条は首を捻る。
「私は空間移動能力〔チカラ〕があるから、仕方なく人を守ってるんじゃありませんの」
黒子の目は、真っ直ぐ上条を捉えていた。そこに迷いも無く、揺るぎも無い。
確かな意志が感じられた。
「守りたいモノがあるから、空間移動能力〔チカラ〕を手に入れたんですの」
上条は、聞き入っていた。何も言えず、ただただ聞き入っていた。
「どれほど万能な力を手に入れても、それを正しく使えなければただの無能ですの」
言い終え、ふぅっと息を吐くと、黒子はストローも使わずにレモンティーを一気に飲み干した。27 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/07(木) 20:48:22.76 ID:xMiyk2Io
「ちょっと……クサかったですわね」
気恥ずかしそうに、少し赤みが差した頬をポリポリと掻いた。
「凄いな……お前。凄ぇよ」
「いえ、まだまだ半人前ですのよ」
素直に褒められ、照れた黒子は思わず視線を逸らす。
「かっこよかったぜ? さっきのお前。あーあ、俺もいつかそんな台詞を誰かに言えたりする日が来るんですかねー」
両手を頭の後ろに回して、背もたれに上半身を預ける。
天井に描かれた、天使のような女性の絵をぼんやりと眺めた。28 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/07(木) 20:58:17.28 ID:xMiyk2Io
すると、後ろのファミリーシートから「イッキ!イッキ!」というお決まりの掛け声と共に手拍子が聞こえてきた。
学園都市は学生の街だ。故に、こういったレストランではあまりアルコール類を見ることが少ない。
そういった理由から「イッキコール」を目にすることもそう多くは無いのだ。
怪訝に思いつつも、今時イッキコールかよアルハラは良くねーぞ等と呟きながら、上条は振り返る。
見ると、今にも泣き出しそうな顔をした男が立ち上がっていた。
何やら青黒い液体で満たされたグラスを眺めるその男の瞳からは、わずかに涙が滲んでいる様にも見える。
「罰ゲームか何かか? うわぁ……ありゃガラナ青汁だぜ」
先程、上条がジュースを取って来たドリンクバーコーナーには、ありとあらゆる種類の飲み物が所狭しと並んでいた。
しかもそのほとんどが、「黒豆サイダー」やら「きなこ練乳」やら「いちごおでん」やら、
明らかに食品衛生法ギリギリの物ばかりであった。
こんなもん飲む奴いるのかよ……と思ったものだが、なるほど、こういう楽しみ方もあるのか。
……学園都市の未来は大丈夫なのだろうか。
「騒がしくなってきましたの……」
この街の行く末を想像し、遠い目をしていた上条は、黒子の声で現実に引き戻される。
「え? ……あぁ、そうだな。混んできたみたいだしそろそろ出るか」
「そうですわね。順番待ちの方もいらっしゃるようですし」29 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/07(木) 21:03:46.55 ID:xMiyk2Io
店を出ると、外はすっかり暗くなっていた。思いのほか話し込んでしまっていたようだ。
熱いものを食べて火照った体に、冷たい夜風が心地好い。
「今日は……本当に楽しかったですの」
あんな事件があった後だというのに、我ながら不謹慎な言葉だ。と黒子は内心思う。
でも、本当に楽しかったのだ。
「俺も楽しかったよ。誰かと飯喰うなんて結構久しぶりだったからなー」
「あら、一人暮らしなんですの?」
「言ってなかったっけ? おかげで上条さんの料理スキルはそこそこ高いんですよー。なんなら今度食いに来てみるか?」
「ええ、是非。期待しておきますの」
「あんまり期待されても困るけどな」
楽しそうに話す二人のすぐ近く。
ほとんど車の走っていない車道を白い影が走りぬけ、路上へと消えていく。
それを追うように二つの黒い影が通り抜け、同じように闇の中へ消えていった。
二人は気付かない。30 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/07(木) 21:10:20.32 ID:xMiyk2Io
「ここまでで大丈夫ですの」
例によって、上条は黒子の寮の近くまで見送りに来ていた。辺りに人影はほとんど無く、虫の鳴き声が響いている。
「遅くまで付き合わせて悪かったなー」
「いえいえ。誘ったのは私ですし。……それで、あの……もしよろしければ、また御飯ご一緒して頂けませんこと?」
指先を絡ませながら、少し俯きもじもじと話す黒子。顔は少し赤くなっている。
そんな黒子を、上条は素直に可愛いと思ってしまった。
「あぁ、そりゃあ大歓迎だぜ? それに明後日から夏休みだし、暇な日にどっか遊びにでも行こうぜ」
一瞬、突然のデートの誘いに硬直してしまったが、ニッコリと嬉しそうに微笑む。
「ふふ。それも良いですわね。開いた日があれば連絡しますわ」
「上条さんは補修続きですからねー。何とか早めに終わらせるように頑張りますか……」31 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/07(木) 21:12:20.67 ID:xMiyk2Io
「そんじゃそろそろ帰るか。じゃな、白井!」
言って、帰路に着く為に歩き出した上条だったが、
「……黒子」
後ろから声が聞こえ、止まる。
「え?」
「黒子、とお呼び下さいまし。当麻さん」
「……あぁ。じゃあな、黒子。また連絡するよ」
「お待ちしておりますの。お気をつけて。当麻さん」
自分の顔がいつのまにかニヤついているのに気付き、当麻は慌てて振り返る。
そんな当麻を、黒子は背中が見えなくなるまで、手を振りながら見送った。32 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/07(木) 21:15:59.10 ID:xMiyk2Io
―――――
―――
――
それから、数日後。
上条当麻は、インデックスと名乗るシスターと出会い、魔術師を名乗る二人と出会う。
その少女の悲痛な運命を知り、
そして、
上条当麻は――――34 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/07(木) 21:21:27.42 ID:xMiyk2Io
ふおおおおおおおおお疲れたあああああああ!!!
いやー思いつきで即興なんてするもんじゃないよね。
なんか無駄に緊張して手がプルプル震えてるわ。
ってか台本形式にすりゃ良かったわほんと。
さて、とりあえずキリが良いのでここらで一旦小休止します。
残ってたら明日また書く。
あ、もし良かったら誰か続き書いても良いですよいや書いてくださいお願いします35 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/07(木) 21:23:37.02 ID:THlCkwDO
ここはスレ落ちないよ
依頼しないと
と言うわけで続きを書くんだ37 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/07(木) 21:32:59.21 ID:xMiyk2Io
>>35
マジで?なんて便利なんだ……
ってかずっと忘れてたどんだけ焦ってたんだ俺は
んじゃちょっと風呂入りながら構想練ってくるわ。39 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/07(木) 21:54:23.84 ID:ffqjo.k0
男にデレた黒子は実に可愛い
デレ方が美琴に対するのとはちょっと違うのもまたたまらん40 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/07(木) 21:58:34.50 ID:8mrDPPoo
上黒なのに割りとシリアスっぽい感じがとても俺得な感じ!51 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/08(金) 23:28:01.10 ID:jXUOjKEo
風紀委員の帰り道、夕焼けに染まる八月の空を眺めながら、黒子は繁華街を歩いていた。
オレンジ色に染まるその姿は、どこか寂しげだ。
―― あれから一月が経った。
夏休みももう終盤に差し掛かり、世の学生達は手付かずの宿題に慌てだす頃だろう。
「……当麻さん」
彼も、そうなのだろうか。
実はあれ以来、一度も連絡を取っていないのだ。
最後に会ったあの日から幾日も経たない内に幻想御手事件等、色々と厄介な事件があったせいでタイミングを逃してしまっていた。
いや、それもあるが向こうが「また連絡する」と言ったのだ。
こちらから連絡するというのも、なんだか、癪だ。
「舞い上がっていたのは私だけなのでしょうか……」
気付くと足は止まっていた。心なしか、体が重たい。
既に半分以上身を隠している太陽を、薄く細めた目で眺める。
「お姉様まで、近頃はなにやら問題を抱えていらっしゃるようですし……」
はぁ……っと、割と深いため息を吐く。
そこで、ふと飲み物でも買って帰ろうかと思い立ち、振り返る。
「この辺りで自販機と言えば……確かバスの停留所近くにありましたわね。」
長く伸びた自分の影を眺めながら、ゆっくりと歩を進める。52 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/08(金) 23:30:42.00 ID:jXUOjKEo
遠くに見えるバス停のベンチに、楽しそうに話すカップルと思しき二人組が見えた。
「はぁ……」
今日何度目だか分からないため息を吐く。
何故だか羨ましくて、悔しくて、思わず目を背ける。
背けた。が、その二人がよく知る人物であることに気付き、再び目を向けた。
心臓がドクンと跳ねる。
あれは……自分がこの一月想い焦がれていた人物、上条当麻。
そして、
「お姉様?」53 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/08(金) 23:33:10.62 ID:jXUOjKEo
思いのほか大きな声が出ていたのだろう。上条当麻が、振り返った。
瞬間、全身を嫌な汗が流れ、心臓が嫌というほど激しく音をたてる。
あれほど会いたかった人物、上条当麻がそこにいる。
思わず駆け寄りそうになったが、彼の隣に座る人物に目を向け、思いとどまる。
彼の隣に、寄り添うように、
まるで、恋人のように、
御坂美琴が、そこにいた。55 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/08(金) 23:35:17.40 ID:jXUOjKEo
やはり、舞い上がっていたのは私だけでしたのね……。
心の中でそう呟き、ぐっ、と溢れそうになる涙を堪える。
黒子を見る上条の表情は、明らかに知り合い同士のそれでは無かった。
「なんだこいつ?」とでも言いたげな、そんな顔だ。
黒子は、悟った。
彼にとっては可愛い後輩が出来た程度にしか思われていないのだろうか。
そんな事を考えたこともあった。
だが、現実にはそれすらも思われていなかった。
存在すら……忘れられていたのだ。
所構わず泣き叫びたい衝動に駆られるが、歯を食いしばり我慢する。
それが私の最後の矜持だ、とでも言わんばかりに。56 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/08(金) 23:40:16.12 ID:jXUOjKEo
勤めて明るく、勤めて"他人"の様に。そう決意してからは早かった。
震える手を無理やり押さえ、胸の前で両手を組む。
"仲の良い先輩の恋愛を、偶々見かけてしまった後輩"
そんなイメージを相手に与えるよう意識しながら、無理矢理笑顔を創った。
「まぁ、お姉様! まぁまぁお姉様! 補修なんて似合わない真似していると思ったらこのための口実だったんですのね!」
美琴は、頭痛を押さえるように頭に手をやりながら、
「えぇっと、念のために聞くけど。『このため』とは『どのため』を言っているのかしら?」
「決まっています。そこの殿方と密会するためでしょう?」
自分がした発言が、胸にズキンと響く。
しかしそれは、決して表情には出さない。
バチン、と美琴の髪の毛から火花が散ったが、黒子は気付かない。
気付く余裕も、無かった。57 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/08(金) 23:46:32.23 ID:jXUOjKEo
上条の方に目をやると、呆然とした表情を浮かべていた。
にっこりと満面の笑みを創り、近づく。
何故だか慌ててベンチから腰を浮かそうとしている上条の手を強引に掴み取り、両手で包む。
「"初めまして"殿方さん。わたくし、お姉様の『露払い』をしている白井黒子と言いますの」
黒子は目を落とす。上条の大きな手を両手で包み込む自分の小さな手。
彼に手を引かれ商店街へと二人並んで歩いていった、あの光景がフラッシュバックする。
再び溢れそうになる涙をぐっと堪える。
私の恋はもう終わったんですの。そう自分に言い聞かせる。
「ちなみに、この程度でドギマギしているようでは浮気性の危険性がありましてよ?」
すると美琴がゆらりと立ち上がり、
「あー、んー、たー、はー。このヘンテコが私の彼氏に見えんのかぁ!」
青白い火花を飛ばしてきた。
手を握るのはこれが最後だろう。そんなことを考え、スッと上条の手を離す。
もう、限界だ。これ以上は自分の感情を抑えきれない。
そう悟った黒子は、最後に上条の顔を眺める。おそらく、これが見納めだろう。
しっかりと目に焼きつけ、黒子は虚空へと消える。68 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/09(土) 06:32:27.84 ID:jS3IADU0
なるほど、あのシーンを上黒視点で見るとこうなるのか。
あえてそっけなくしていたのとすぐにいなくなったのにはそんな理由が……。
と、俺も手元に3巻無いからうろ覚えでつぶやいてみる。69 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/09(土) 13:11:56.83 ID:Mi81DkAO
>>27の天使のような女性って神裂のことだよな
鳥肌たった81 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/09(土) 23:51:10.94 ID:itYpVcc0
俺は>>69がよくわからん
ガラス張りの天井をねーちんが通ったってことか?82 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/10(日) 00:16:46.83 ID:QMuJQOYo
元ネタのレストランがサ●ゼリアだから、単純に天井に絵画みたいな模様があるだけだろ>>27は83 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/10(日) 00:18:30.66 ID:pEVoaQAO
>>81のせいで天井にへばりつくねーちんを想像してコーラ吹いたぞどうしてくれる86 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/10(日) 03:02:19.35 ID:3UJ.0kUo
黒子は、溢れる涙を拭おうともせずに空間移動を繰り返した。
座標が狂っても構わない。もう自分には何も要らない。もう死んでも構わない。
そんなことまでもを思いながら学園都市の夜を飛び回った。
「当麻……ざぁん……」
やがて力尽き、空間移動する気力も無くなった頃には、街からは遠く離れていた。
どこにあるのかも分からない、誰も居ない廃ビルの屋上。
制服が汚れるのも気にせずその場にへたり込む。
「ひ…ぐっ……ぐす……うぁ」
一度決壊してしまえば、もう止める事は出来なかった。
「ひぐっ…… どうま……ざん……おね…ひっぐ……ざまぁ……うああぁあぁぁああああぁあ!!」
嗚咽は、やがて叫びへと変わる。
溢れる感情を全て吐き出す様に、誰も居ない夜の空に泣き叫んだ。87 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/10(日) 03:10:08.50 ID:3UJ.0kUo
―――――
―――
――
次の日、黒子は一日部屋から出る事は無かった。
昨日あの後どうやって帰って来たのかも覚えていない。それ程に憔悴しきっていた。
部屋に戻るなりシャワーも浴びず服も着替えずに布団に潜り込んだ。
何故だか、美琴は帰って来なかった。
彼の家にでも泊まっているのだろうか。そんな事を考えると、収まりかけていた涙がまた溢れてくる。
しかし、それを慰めてくれるお姉様は、居ないのだ。愛する人を二人同時に失ったような気がした。
黒子は布団に潜り込むと、朝日が昇るまでずっと泣きじゃくっていた。声が漏れるのも気にせずに。
その姿に心配を掛けることもないだろう。何故なら、黒子の支えとなる人物は、もう誰も居ないのだから。
「……もう、こんな時間ですの」
いつのまに眠ったのだろうか。目が覚め窓に目をやると、外は既に夕闇に包まれていた。
今日は運良く風紀委員も非番だ。部屋に篭っていよう。
そんな事を考えながらモゾモゾと布団に潜り込む。
(お姉様の言っていた"あの馬鹿"とは当麻さんのことでしたのね……)
枕に顔をうずめると、頬に冷たさを感じた。涙が染み付いているのだろうか。
枕の位置を変える為に、体を少し浮かすと、
ピーンポーン……
やけに間延びした、間の抜けた電子音が部屋に響いた。
「どなたでしょうか……」
のっそりと起き上がり、重い足取りでインターホンへと向かう。88 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/10(日) 03:21:07.96 ID:3UJ.0kUo
『あ、えっと……』
心臓が、止まるかと思った。
全身を嫌な汗が包み、体が一気に熱を持つのを感じる。
目頭が熱くなり、何かがこみ上げて来る様な感覚に襲われた。
何故なら、インターホンからは今一番聞きたくない声が、聞こえてきたのだ。
『……、上条、だけど。御坂か?』
そして、今、一番聞きたくない名前が。
喉が、口が、乾く。背中を汗が伝うのを感じる。
喉の奥が震え、上手く言葉を発せられない。
気持ちを落ち着かせるために軽く深呼吸をし、震える唇を、なんとか、動かす。
「はぁ、カミジョーさんですの?」
返事は、一秒としない間に帰ってきた。
『あ、やべ……部屋番号間違えたか?』
「いえ、いえいえ大丈夫ですの。お姉様に御用がおありでしょう? わたくし、お姉様とは相部屋ですから」
ほんの数秒、相手の声を待つだけの沈黙が、黒子にはやけに重く感じられた。
インターホンの向こうには、上条当麻が居る。
どれだけ自分の事を傷つけたのかも知らず、いつもの上条当麻が。
その事実が、黒子は凄く悔しかった。
弱みを見せてなるものか。そう決意し、溢れそうになる涙を堪える。
インターホンは少しだけ、ほんの少しだけ黙り込んだ後、
『あー、そう。で、その様子だと御坂は帰ってねーのかな?』
なんと、そっけない態度だろうか。
悔しい。
悔しい悔しい悔しい。
掌に滲む汗も気にせず、拳を強く握りしめる。89 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/10(日) 03:29:33.30 ID:3UJ.0kUo
「はい。ですがお姉様ならすぐお戻りになるかと。そこの玄関は門限と同時にセキュリティが働くので」
そっけない態度を取ろうと、言葉を選びながら話す。
不自然な程に声が間延びする。
「お姉様に御用がおありでしたら、中に入って待つことをお勧めしますの。行き違いはお勧めできませんもの」
インターホンを切り、玄関のロックを解除した後、大きく深呼吸を一つ。
急いで洗面所に向かい、顔を洗い身だしなみを整える。
赤く腫れた目を誤魔化すために目薬を点した。
「次は……布団ですわね」
洗面所から駆け戻る。
荒れた自分の布団を見ると、僅かに涙の後が残っていた。
「まずいですの……」
美琴のベッドから掛け布団を剥ぎ取り、自分の布団と入れ替える。
枕にも涙の後がついているのに気がつき、乱暴に掴み上げる。
そこで、コンコン。と、控えめなノックが聞こえてきた。
ビクっと体が震える。枕を握り締めたまま、美琴のベッドへと急いで移動し腰掛ける。
再び、深呼吸を一つ。
「どうぞ。鍵はかかっていませんので、ご自分の手で開けてくださいですの」90 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/10(日) 03:34:59.89 ID:3UJ.0kUo
ドアが開く。上条当麻が、入ってきた。
昨日、もう見ることはないだろうと思っていたその姿が、再び眼前に現れた。
その手には何故か小さな黒猫を抱えており、ドギマギしているようにも見える。
女の子の部屋に入るのは初めてなのだろうか。落ち着かない様子で部屋を見回している。
何故だか滑稽に見えて、黒子は小さく笑う。
「ごめんなさい。元々寝て起きるための部屋ですので、客人をもてなすようにはできていないんですの。お姉様を待つのでしたら隣のベッドに腰掛けてくださいですの」
「……いや。まずいだろ流石に本人の許可も取らないで」
「ご心配なさらず。そちらがわたくしのベッドです。」
「アンタ何やってんだ!? 他人のベッドの上でごろごろしちゃって変態さんかよ!」
「む、変態とは聞き捨てなりませんですの。人間、人には言えないもののみんな心の中ではこれぐらいオッケーと考えているものです、
ほら好きな女の子のリコーダーに口をつけたり自転車のサドルをパクってきたり」
「しねーよ! 一体どうしたらそんな純粋な気持ちがそこまで歪んで表現されるんだ!」
他愛の無い会話。
悔しいが、やはり楽しい。心に重く圧し掛かる何かが、ゆっくりと溶けていくような、そんな心地がした。
あれ程自分を傷つけた相手だというのに、それでも自分は彼のことが好きなのだろう。
その事実が、また悔しい。心の中で小さくため息をつく。91 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/10(日) 03:42:17.55 ID:3UJ.0kUo
「それで」
一度区切り、上条の顔を見る。
「あなたは、普段からお姉様と頻繁に諍いを起こしている殿方でよろしいんですの?」
「?」
すると上条は、何故だか不思議そうな顔をして何やら思案しているようだ。
(……お姉様の言う"あの馬鹿"とは、当麻さんのことでは無いのでしょうか?)
予想外の反応に、黒子は小さくため息をついた。
そのため息には、どんな意味が込められているのだろうか。自分でも分からない。
「……、違うなら、それで構いませんの。お姉様の支えとなっている方のお顔を少しばかり拝見してみたいと思っていただけですから」
「支え?」
「はい。お姉様は自覚していませんけどね。それはそれは嬉しそうな顔で食事の際に入浴の際に―――」
「――― まるでそこだけが世界で唯一の自分の居場所みたいな顔をされますとね、流石に少し響くのですのよね」
言葉ではそう言ったが、黒子には美琴のその気持ちが少し分かる様な気がした。
恋は盲目、とはよく言ったものだ。92 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/10(日) 03:46:26.92 ID:3UJ.0kUo
「……? けど、あれってそんなタマか? いつでもどこでもリーダーシップ使いまくりで輪の真ん中にいそうな来もするけどな」
「だからこそ、でしょう。常にリーダーであり続けるお姉様には、輪の中心に立つ事はできても輪の中に混ざる事はできない。
人の上に立って、敵を倒すことはできても同時に敵を作る事は避けられない。
―――そんなお姉様にとって重要なのは、自分を対等に見てくれる存在と、まぁこんな所だと思いますのよ」
そんな美琴には、支えとなる人物が、自分を対等に見てくれる人物が、居るのだ。
黒子にとっての、支えだった人物が。
「きっと、お姉様は自分でも気付かない間にその事に照れていて―――」
黒子はわずかに目を細めて、そう言った。
自分には辿り着けないポジションを夢見るような声で。
「―――気恥ずかしさのあまり、必要以上に攻撃的な態度を取っているのでしょうね」93 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/10(日) 03:50:44.44 ID:3UJ.0kUo
部屋を静寂が支配した。
何故だか分からないが、上条はどこか気分が悪そうな顔で地面を眺めている。
ほんの数秒の、沈黙。
それを破ったのは、ドアの向こうの通路から近づいてくるカツコツという足音だった。
上条の抱える黒猫の耳がピクリと動く。
(みこと……まさか、帰ってきたのか!)
上条は心の中でそう呟いた。
―――はずだった。しかし、唇が僅かに動いているのを黒子は見逃さなかった。
(……? どういうことですの?)
上条は美琴に会いに来たのではなかったのか。
なのに、その尋ね人が帰って来て焦りを見せるとは一体どういうことなのか。黒子には分からない。
しかし、思考は中断される。その足音の主が何者なのかに気付いたからだ。
「うわまずい、寮監の巡回のようですのね!」
「……、は?」
「ど、どうしましょう。あなたの事が寮監に知れますとまずい展開に―――94 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/10(日) 03:58:01.27 ID:3UJ.0kUo
――― あれから約一時間後。
上条をベッドの下に押し込み寮監と共に食堂へ向かった黒子は、一人もそもそと食事を取った後部屋に帰って来ていた。
普段一緒に食事を取っていた美琴は、どこで何をしているのか、今日は居ない。
一人きりの、寂しい食事。
しかし、黒子にとってそれは都合が良かった。
食欲が無かったせいであまり食べられず、かなりの量を残してしまっていたからだ。
そんな所を見られたら、あのお姉様の事だ。心配するに決まっている。
そして何より、今は美琴とはあまり顔を合わせたくなかった。
(当麻さんは無事出て行かれたようですわね……)
黒子は、上条に思いを馳せる。
美琴の物と思しき足音――実際は寮監のものだったが――を聞いた時の不可解な焦りよう。
告白でもしに来たのだろうか。そんな事を考えたがすぐに否定する。
あの焦り方は、そんな甘酸っぱい感じではなかった。
もしそうなら恋する乙女であった自分が見逃すわけ無いだろう。
(……なら、何しにここにいらっしゃったのでしょうか……?)
布団に潜り込んだ黒子はあれこれ考えていたが、結局その疑問は解けないまま、気付くと眠りについていた。114 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/12(火) 03:06:21.14 ID:UeNyRVQo
次の日も非番だった。
思っていたより疲れていたのだろう。意外にもぐっすり眠れたようだ。
上体をゆっくりと起こす。眠たげに目をこすりながら時計を見ると、朝食の時間は既に過ぎていた。
「あら、おはよう黒子。今日はやけに遅い目覚めね」
いつの間に帰ってきていたのだろうか。
バスルームから、美琴がいつもの制服姿で出てきた。
シャワーでも浴びていたのだろう。濡れた髪をバスタオルで乾かしている。
「おはようごうざいますですの、お姉様。……今日は機嫌が良さそうですのね」
ここの所続いていた不自然さは、今日は感じない。
疲労の色が濃く現れているが、それでもどこか晴れやかさすら感じさせる。そんな風に黒子には見えた。
「んー? まぁ、ちょっとねー……」
言いながら、自分の鞄をゴソゴソと漁りだした。
そんな美琴を、黒子は薄く細めた目で眺める。
「肩の荷が降りた。……そんなところでしょうか?」115 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/12(火) 03:08:00.86 ID:UeNyRVQo
美琴の手が、ピタリと止まる。
数秒固まった後、ふぅっと少しわざとらしくため息を吐くと、
首だけを動かして肩越しに黒子の顔を見る。
「相変わらず、変な所で鋭いわねアンタ」
対して黒子は、僅かに首を傾げ小さく微笑み、
「ここの所、お姉様の態度は少しばかり不自然でしたから。それくらいすぐ分かりますの」
実は違う。確信は持てなかったので、鎌をかけてみただけだ。
たまたまそれが当たったというだけの話だ。
黒子はほっと息を吐く。
そして、そのため息の理由を考え、自嘲するように乾いた笑いを零す。
美琴の上機嫌の理由が、色恋沙汰では無かった。だから何だと言うのか。
例え二人が付き合っていなかったとしても、自分にチャンスが回ってくる訳でもない。
彼は、自分のことを憶えてもいないのだから。
そんな黒子の心情に気付いていない美琴は、「お、あったあった」などと能天気な声を出すと、
鞄から財布を取り出しスカートのポケット突っ込み、立ち上がる。116 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/12(火) 03:10:32.71 ID:UeNyRVQo
「あら、どこか行くんですの?」
美琴は、少しだけ考えるような素振りを見せた後、
「あー……お見舞いよお見舞い。あの馬鹿が結構な怪我して入院しちゃってね」
「とっ……」
体がビクリと震えた。布団が僅かに衣擦れの音をたてる。
思わず声が出そうになったが、寸での所で堪えられた。
「詳しいことは聞かないでくれるとありがたいんだけど」と、美琴は付け足したが、黒子の耳には届かなかった。
(当麻さんが……入院?)
唇が震え、心臓の鼓動が徐々に早くなる。
自分でも気付かないうちに、震える手はパジャマの胸のあたりを握り締めていた。
「? どうかしたのアンタ?」
「い、いえ……。なんでもありませんの……」
パジャマから手を離し、降ろす。そのままギュッと布団を握り締めた。
「……ちなみに、どこの病院に?」
「あーほら、あそこよあそこ。カエルみたいな顔した先生がいる所」
握り締めていた布団をゆっくりと離すと、そのまま掌の汗を拭う。
美琴に気付かれないように、小さく、本当に小さく深呼吸をした。
「そう、ですの。……では、行ってらっしゃいませお姉様」
黒子の様子に若干怪訝そうな顔をした美琴だったが、「じゃ、行ってくるわね」と、
不自然な程に明るそうな声をあげて部屋から出て行った。117 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/12(火) 03:13:13.12 ID:UeNyRVQo
黒子は、気付けなかった。
美琴がどこか翳りのある瞳を浮かべていたのを。
黒子には、分からない。
自分がどれだけ残酷な言葉を吐いたのかを。
美琴の"肩の荷"は、降りることはない。
10031もの命が、一生その背中に重くのしかかるだろう事を。
黒子には、知る由もなかった。
そして。それでも、黒子の前では明るく振舞っているお姉様の心情を。
黒子は、気付けなかったのだ。118 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/12(火) 03:16:39.82 ID:UeNyRVQo
―――――
―――
―
「…… ここですの」
時刻は昼過ぎ。
黒子はとある病院に来ていた。その中の数ある病室の中の一つ。
上条当麻と書かれたプレートの掲げてあるドアの前で、黒子は何度も深呼吸していた。
会って、どうしようというのか。
出会って間もない他人(だと思われている)に、いきなりお見舞いにこられても、彼は困惑するだけだろう。
(それでも、私は……)
震える手を何とか動かし、小さくノックした。
返事はない。
「……失礼、します」
ゆっくりと扉を開ける。白一色の病室が視界に入る。
電気は着いていなかった。
窓が開いたままなのだろう、外からの風でカーテンがゆるやかに揺れている。
そして、一つだけあるベッドの上で、寝息を立てる上条当麻が居た。
そのベッドの脇には、来客用の椅子が寂しそうに佇んでいた。119 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/12(火) 03:19:39.28 ID:UeNyRVQo
音をたてないように、静かに椅子に座る。
静かに寝息を立てる上条の顔は、安らかだった。
体のあちこちが包帯まみれだが、見たところ大きな怪我は無いようだ。
ほっ、と黒子は息を吐いた。
そっと手を握る。懐かしい、彼の手。
傷だらけで、包帯の巻かれたその手は、それでも暖かかった。
「当麻さん……」
頬を、涙が伝う。
声も出さずに、黒子は静かに泣いた。
溢れる感情が、どんな意味なのか自分でもよく分からない。
握る手に、少しだけ力を込める。120 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/12(火) 03:23:01.02 ID:UeNyRVQo
「おっと、お見舞いかい?」
ふいに後ろから声を掛けられた。
黒子が振り返ると、カエル顔をした医者が音も無く入ってきていた。
医者は、黒子の瞳に涙が溢れているのに気付き少し困ったような表情を見せ、
白衣のポケットに突っ込んだままの両手を軽く浮かした。裾が僅かにはためく。
「君は、彼の恋人かなにかかな?」
黒子は握っていた上条の手を離すと、乱暴に涙を拭い立ち上がる。
「…… いえ、ただの知り合いですの」
平坦な声でそう告げると、廊下に繋がる扉へと歩き出した。
「……いえ、知り合い"だった" と言った方が正しいですわね」
どこまでも、平坦な声。しかしどこかに哀しみを感じさせる、そんな声。121 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/12(火) 03:26:52.77 ID:UeNyRVQo
「君は」
視線を上条の寝顔に向けたまま、医者が口を開く。
しかしその言葉は、黒子に向かって発せられていた。
後ろからの声に、黒子はピタリと立ち止まる。
「この子のことが好きなんだね?」
「はい」
一瞬の間もない返事。
照れもせず、恥ずかしがりもせず、黒子はあっさりと肯定した。
揺れるカーテンの隙間から、外の光が見え隠れする。
「ですが、彼は私のことなど憶えておりませんの。彼……当麻さんにとって、私など路傍の石程度にしか思っていなかったんでしょう」
自嘲気味にそう言い捨てた。
「そう自分を卑下するもんじゃないよ? ……"知り合いだった"、ね? なるほどね」
医者は僅かに目を細めた。視線の先には、変わらぬ上条の寝顔がある。122 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/12(火) 03:30:34.38 ID:UeNyRVQo
「僕はこの病院が自分の戦場だと思ってるんだけどね?」
互いに背を向けたままの会話は続く。
「一月ほど前だね。僕は初めて敗北したんだ」
黒子には、何の話か分からない。それでも黙って耳を傾けていた。
「ある少年がここに連れて来られてね。全身傷だらけだったけど、一番ひどかったのは脳へのダメージだったよ」
医者も、黒子も、動かない。
医者の視線の先には、随分と色の付いた、かつて透明だった少年の寝顔がある。
「手は尽くしたんだけどね? 物理的に脳細胞が傷つけられていたからね。彼の思い出を取り戻すことは出来なかったよ」
ペタン、という音が、どこまでも白い病室に響いた。
黒子の足から力が抜ける。支えを失った板のように、その場にへたり込んだ。
黒子はようやく理解した。理解してしまった。
医者の話を。ある少年の物語を。
上条当麻の、記憶喪失を。123 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/12(火) 03:34:55.11 ID:UeNyRVQo
「この話をしたのが知れたら、彼は怒るだろうけどね?」
ここにきて、初めて医者は上条から視線を外す。
後ろを振り返り、ゆっくりと歩を進める。
へたり込んだまま微動だにしない少女の横を通り過ぎ、ドアノブに手をかけると、一度だけ立ち止まった。
「これからどうするかは、君しだいだよ?」
それだけ言うと、部屋から出て行った。一度も振り返らずに。
そして、扉は静かに閉ざされた。
部屋に残された黒子は、涙を流すでもなく、声をあげるでもなく、ただ呆然としていた。
真っ白な病室に溶け込むように、ただただ呆然としていた。148 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/14(木) 03:13:04.61 ID:5rYgdoko
「あ、はは、は」
声が、漏れた。
嬉しいのか、哀しいのか。
そのどこまでも乾いた笑い声には、どんな感情が内包されているのだろう。
自分が、ただ忘れられたわけではないという安心か。
真実を知らずにひたすら空回りしていた自分への嘲りなのか。
それとも、
愛する人の『死』を知ってしまった、絶望だろうか。
「あ、あは、は、はははは」
泣き声とも笑い声とも判別の付かない、ただ空気が漏れる音のような、声。
笑い声と呼ぶには、哀しすぎる、声。
「はははは、は、ははは、あははははははははは」
渦巻く感情に身を焼かれ、真っ白になった少女は笑い続けた。
狂ったように、笑い続けていた。149 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/14(木) 03:14:33.23 ID:5rYgdoko
――――――
――
―
チャリン。
と、機械の中で小銭同士がぶつかり合うくぐもった音が微かに響く。
「良かったんですか」
簡単なソファとテーブルだけが置かれた、病院内の談話室。
ため息交じりの、女の声がした。
病院のナースだろうが、ナースキャップは外され机の上に投げ出されていた。
ソファに腰掛け、足を組んでいる。
テーブルを挟んだ向かい側のソファには、ツインテールの少女が寝かされ静かに寝息を立てていた。
「何がだい?」
声を掛けられた医者は、カエルのような顔をしていた。
無数に赤く光る自販機のボタン。その一つを人差し指で押す。
「……話してしまっても」
彼女の視線は、ガラス張りのドアへと向けられている。
ドアの向こうには清潔そうな通路が続いていた。その長い通路の一番奥には、とある少年の病室がある。
「いつも言ってるはずだけどね?」
医者は、言葉をそこで一度区切ると自販機からコーヒーを取り出した。
湯気の立つ紙コップは、口元に運ばれる事無くテーブルへと置かれる。
窓に映る少女の寝顔を眺めながら、こう続けた。
「患者に必要なモノを揃えるのが、僕の仕事だよ」150 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/14(木) 03:16:24.66 ID:5rYgdoko
目が覚めると、電気の消えた天井が目に入った。
上体を起こし、辺りを見渡す。
そこは白い部屋だった。宵闇に黒く染められた、白い部屋。
自販機から発せられる僅かな光によって、かろうじて視界を確保出来る。
その視界の端。自分の目の前に、紙コップが置かれていた。
紙コップにはアマガエルのシールが張られている。
黒子は、何の躊躇いもなく紙コップを拾い上げ、口を付けた。
黒い液体が、喉を通る。ゴクリ、という音が静かな部屋に響いた。
「……苦い、ですの」
すっかり冷めてしまったブラックコーヒー。
それでも、それが喉を通る度に心が暖まるのを黒子は感じた。
誰かの優しさに、触れているような気がして。
あの後のことは、あまり覚えていない。
なんとなく、病院のナースに介抱されながらここに連れてこられたような気もするが、思い出せない。
「あれは……」
紙コップを両手で持ち直し、天井を見上げる。
「夢、だったのでしょうか」
おぼろげな記憶を、辿る。151 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/14(木) 03:18:38.51 ID:5rYgdoko
歌が、聞こえた気がした。
世界の全てを拒絶していた心に、優しく溶け込むような歌。
母の胎内を思い出させるような、暖かく包み込むような歌。
どこの言語なのかも分からない。
何を伝えようとしているのかも分からない。
それでも、その歌は
「泣いても良いんだよ」
と、そう言ってくれているような気がして ――――152 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/14(木) 03:20:34.23 ID:5rYgdoko
少女の心に、色が戻る。
「う、うぁ」
誰かが、抱きしめてくれていた。
どこの誰かも分からない、真っ白なシスター。
「うあぁぁぁあああああ……」
胸に、すがりつく。
全身を包み込む長い銀髪に、涙が染み込む。
「うぁぁぁああああぁああああああああああ……」
それでも、耳元で奏でられる優しいメロディーは止まらない。
慈しむような歌声は、止まることは無かった。153 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/14(木) 03:35:00.52 ID:5rYgdoko
――――――
――
―
コーヒーを、もう一口飲む。
心地よい苦味が口に拡がる。
ふぅ、っと息を吐いた。
コーヒーを机の上に置くと、何かを思い出すように天井を見上げた。
両腕を曲げ、まるで何かを抱きしめるかのように自分の肩を掴んだ。
体に残る、包み込まれるような優しい感覚。
「……あれは、やっぱり」
そこに。
ガラ、とドアの開く音が響いた。黒子は少し驚いて後ろを振り向く。
「うん。お目覚めかな? 調子はどうだい?」
入ってきたのは、カエル顔の医者。
その口調は、まるで患者に話しかける様な優しいものだった。
「もう大丈夫ですわ。……ご迷惑おかけしましたの」
「気にしなくていいよ? 本当ならこんなソファじゃなくて病室のベッドを使わせてあげたかったんだけどね?」
「いえ、お気になさらず……。それで、あの、……シスターさんは?」154 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/14(木) 03:48:28.83 ID:5rYgdoko
「あの子ならもう帰ったよ? 面会時間はとっくに過ぎているからね?」
「そう、ですの……」
黒子は、うつむき地面を眺める。
しかし、その表情は決して暗くはない。
(やはり、あれは夢ではなかったんですのね……)
その事実が、何故だか嬉しかった。
殻に閉じこもりかけていた自分の心を、優しく開いてくれたのだ。
それも、見知らぬ他人の為に。
「あの、連絡先とかご存知ありませんの?」
言われ、医者は一瞬だけうーんと唸ったが、
「生憎僕は知らないけどね? すぐに会えると思うよ?」
黒子は、言葉の意味が良く分からなかったが、なんとなく大丈夫だろうと思った。
この先生がそう言うなら、きっとまた会えるのだろう。そう思えた。
「彼に会っていくかい? まだ起きてると思うけど?」
医者は、親指だけを立てた右手を、くいっと後ろへ向けた。
しかし黒子は、ゆっくりと首を左右に振ると、
「いえ、大丈夫ですの」
満面の笑みを浮かべた。
「また明日来ますから」155 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/14(木) 03:51:38.17 ID:5rYgdoko
次の日。
黒子は病院内の廊下を歩いていた。
その足取りは、自分でも驚くほどに軽い。ツインテールが弾むように揺れる。
彼は、全てを忘れてしまった。
初めて会った日、寮まで送ってくれたことも。
手を繋ぎ、並んで歩いたことも。
一緒に、ご飯を食べたことも。
"最後"の日。照れながらも互いを名前で呼び合ったことも。
ならば―――
病室の扉に手をかけ、勢い良く開け放つ。
「当麻さん!」
―――もう一度、歩み寄れば良いだけの話だ。
また、名前で呼んでもらえるまで。156 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/14(木) 04:03:23.81 ID:5rYgdoko
終わったあああああああああああぁあぁぁぁあああああああああああ!!!
いやー、無事?終わらせることが出来ました。
最後かなり突っ走り気味だったけど、ご勘弁ください。
こんなオチで良かったのか!?とビクビクしております。はい。
読んでくださった方々本当にありがとうございました!
いや、しかしスレタイを適当に考えて書いたのが仇になったね。
そこに持っていくのにスゲー苦労した。
過去作ないか、と聞かれましたが実は初SSです。
次この板に来るときはもうちょっと経験積んでからにします。
語彙量の少なさを痛感しました。
サイ○リヤ議論についてですが、店はそれで合ってます。109 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/11(月) 19:51:44.71 ID:Y3Ra4wAO
お前ら一巻読み直せ理解出来るはずだ
店はサイ○リヤで合ってると思う
天使のような女性=聖人っていう比喩だと俺は思ってる >>109
その通りです。
天使のような女性を聖人って比喩するのは若干無理があるかなーとか思ってたけど、ご理解いただけたようで嬉しいです。
実は、>>26の黒子のセリフは、一巻の上条さんの神裂に対する説教から持ってきました。
で、>>27です。
もうちょっと分かりやすい表現にすればよかったなーと後悔しております。はい。
乗っ取りは大歓迎です。折角良い設定を思いついても自分の力量じゃどうにも妄想を爆発させきれなくてヤキモキしてた所なので。
ではでは皆さん。また会う日まで―――159 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/14(木) 04:21:56.64 ID:5O1Sqfoo
いい話だった・・・
悲恋って切ないけど、そこから力強く立ち直る姿まで描き切っててほんと素晴らしい163 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/14(木) 07:26:06.98 ID:iAryToAO
>>1 超乙かれさま
黒子…(´;ω;`)171 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/10/20(水) 19:37:53.55 ID:wvprjsAO
インなんとかさんカッコよすぎ濡れた……
これは今までの上黒の中で一番良かったわ
次回作期待
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