フレンダ「麦野は今、恋をしているんだね」【中編】

2011-01-04 (火) 12:17  禁書目録SS   0コメント  
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お気は確か? ―恋する女への忠言


前→フレンダ「麦野は今、恋をしているんだね」





266 : ◆S83tyvVumI:2010/04/27(火) 01:33:01.51 ID:wdvRG3go
―――――――


次に目が覚めた時、私の世界は何もかもが変わっていた。


午後3時。
麦野沈利は窓の外をぼんやりと眺めていた。
全身の皮が突っ張るような感覚と、右目が時折ズキリと痛む。
右目には顔をぐるりと一周するように包帯が巻かれ、視界が狭くて違和感があった。
これが今日から私が見る世界。


(これが文字通り、合わせる顔がないってやつか…)


麦野はついさっき目覚めたばかりだった。
この病院に担ぎ込まれて3日。昨日までは体中から多数のチューブが生えていたらしいが、
今は点滴のチューブが一本伸びているだけで体調もどちらかといえば良好と言える状態だ。
目が覚めるなりカエル顔の医者が来たため現状もある程度理解している。
しかし正直、皆には申し訳ないが体のことはわりとどうでもよかった。
いや、考えることが多すぎて、もはやそこまで頭を回す余裕が無いと言ったほうが正しい。


(さて、これからどうするか…)


今麦野の中にある懸念事項は3つ。



268 : ◆S83tyvVumI:2010/04/27(火) 01:34:21.04 ID:wdvRG3go

一つ。
浜面仕上について。
仕事の前にあんなことがあったばかりで、どんな顔をして合えばいいのか分からない。
あの時よりは精神も落ち着いているが、会うのが怖かった。


二つ。
滝壺理后について。
こちらはどうすればいいのか分からない。
今さらどの面を下げて彼女に会えと言うのか。
現在最大の懸念事項はそれだ。


三つ。
御坂美琴について。
当然のことながら、まだ仕事は継続中だ。
垣根帝督がどうなったのかは分からないが、『ピンセット』は御坂の手に渡っている。
これを回収するまでは、例え右目が無くなろうが手足が引きちぎれようが仕事は終わらない。


つまり結局のところ、何もかもが分からないことだらけだった。


(とりあえず、『超電磁砲』の情報を集める必要がありそうね…)


自分の身辺のことは仕事を終わらせてからゆっくり考えてもいいだろう。
とそのとき、コンコンというノックが個室の病室に響く。
恐らく自分がまだ眠っていると思ったのだろう。
こちらの返事を待たずにノックの主が入ってくる。



269 : ◆S83tyvVumI:2010/04/27(火) 01:36:21.21 ID:wdvRG3go

「麦野…」


フレンダだった。
起き上がっているこちらの姿を見るなり、じわりと目に涙を溜めてこちらに飛び掛ろうと両手を広げる。


「むぎのーん!!」
「ちょっ!駄目!傷開く!」
「やだっ!そんなの知らない!むぎのぉっ!よかったぁっ!よかったよ…!」


こちらの制止も無視して飛び掛り、麦野にギュッと抱きつく。
体にまだあまり力が入らないので、ゆっくりと彼女の頭を撫でながらなだめるように引き剥がす。
よく見ると学校帰りなのか、いつもの制服姿に革の薄いリュックを背負っていた。
喜びを顔一杯に表現して、涙と鼻水にまみれたフレンダがようやく離れてくれた。
麦野は嬉しいような恥ずかしいような申し訳ないような、よく分からない複雑な気分だった。


「ぐすっ…いつ起きたの?」


ベッドの側の椅子に腰掛けて、学校帰りに買ってきたらしいスーパーの袋から缶詰を取り出し、
缶切りで開け始ながら尋ねてくる。


「お昼ぐらいかな。って、あんた何ソレ?まさか鯖じゃないでしょうね?」
「やだなー麦野。さすがの私もお見舞いにサバ缶は持ってこない訳よ。
 じゃーん、桃缶だよ」



270 : ◆S83tyvVumI:2010/04/27(火) 01:38:38.99 ID:wdvRG3go

ラベルを見せながら無邪気に笑う。
甘いシロップに漬けられた、よくある黄桃の缶詰だった。


「嘘つくな、しっかりサバ缶見えてるわよ」
「え?あはは、これは私の晩御飯な訳よ」


ビニール袋を足元に隠して言う。
まあ電気信管で開けなかったところだけは褒めてあげるとしよう。


「あんた学校終わるの随分早いね」


フレンダが器に取り分けてくれた黄色い桃を食べながら問いかける。
時刻は現在午後3時を回ったところ。
通常ならまだ午後の授業を行っている学校がほとんどのはずだが、
フレンダはあっけらかんとした様子で答えた。


「麦野が目が覚めたとき誰もいなかったら泣いちゃうかもって思ったら居ても立ってもいられなくなって
 早退してきちゃった訳よ」
「泣くかっつの。サボリたかっただけでしょ」


ため息をつきながら桃を口に運ぶ。


「そんなことないよ」


フレンダは少しだけ真面目な口調で、麦野にもう一度縋るように抱きついた。



271 : ◆S83tyvVumI:2010/04/27(火) 01:39:35.13 ID:wdvRG3go

「心配したもん…。麦野、ほんとに死んじゃうかと思ったんだから」
「フレンダ…」
「うえぇぇ…」
「あー…はいはい」


すすり泣くフレンダ。
麦野は彼女の頭にそっと手を添え


「いたっ!」


手刀を振り下ろした。


「ドサクサにまぎれてお尻を触るな」
「チッばれたか」


頭を押さえながら涙目でフレンダは椅子に座りなおす。


「ま、ありがと。心配かけてごめん」


頬を赤らめて麦野がぶっきらぼうに言い放つ。
それを見てフレンダは嬉しそうに微笑んだ。


「あ、麦野。今みんなに麦野が起きたってメールするね。
 みんな毎日お見舞い来てくれてるんだよ」



273 : ◆S83tyvVumI:2010/04/27(火) 01:41:50.75 ID:wdvRG3go

携帯電話を取り出しながらフレンダがそう言う。


「みんなって…?」


麦野は恐る恐る問いかけた。


「絹旗も、浜面も…」
「そっか…二人も、来てくれてたんだね」


滝壺の名前が出ない。
麦野は少しだけ悲しそうに眉を寄せた。


「アンタ…知ってるの?」


それはもちろん滝壺と喧嘩していることについてだ。
話しておいたほうがいいか迷っていたので、フレンダがそのことについて知っているならば話が早い。


「うん。滝壺に教えてもらった。
 あ、麦野のこと、滝壺はもう怒ってないと思うよ?
 一応誤解だったってことは滝壺も分かってるみたいだったし」
「…たぶん、それは滝壺が冷静になったらすぐ気付いたと思うよ」


麦野が遠い目をして窓の外を見る。
フレンダはメールを打つ手を止めて麦野に視線を移した。


「え?」
「滝壺が怒ってるのは、滝壺に私がひどいことを言ったり、浜面を貶したりしたからだけじゃないんだよ…」
「結局、どういうこと…?」
「なんとなくは分かるんだけど、上手く言葉にできない」



275 : ◆S83tyvVumI:2010/04/27(火) 01:43:48.25 ID:wdvRG3go

麦野は表情を隠すようにフレンダに語りかける。
彼女は一つ嘘をついた。
確かに麦野は滝壺に罵詈雑言をぶつけて貶めた。
浜面を侮辱するような言葉を吐いた。
でもそれだけじゃない。
きっと滝壺が怒っているのはもっと根本的なことだから。
それが何であるかは麦野はもう分かっていた。分かっていたけれど、それを認める勇気がまだ出なかったのだ。


「ね、フレンダ。お願いがあるんだけど」
「え、何?」


頭にクエスチョンマークを浮かべていたフレンダに、話題を変えるように明るく話しかける。
自分の問題も大事だが、まだ自分達にはやらなくてはならないことがある。
そちらを片付けることをまずは優先しよう。


「『超電磁砲』のことを調べてくれない?」
「うん、いいけど、なんで?」
「あいつが『ピンセット』もってるからよ。取り返さなくっちゃね」


思った以上に麦野が元気だったことに安心したのか、
フレンダは二つ返事で頷いた。
戦いはまだ終わっていない。
あの御坂美琴は何を思い、何を考えてあの場所に現れたのか。
暗部というものから最も遠かったはずのレベル5が、今自分と同じステージの上で踊っている。
麦野には、その事実が何より許しがたいことだったのだ。



276 : ◆S83tyvVumI:2010/04/27(火) 01:46:09.83 ID:wdvRG3go

―――――――


(あー、暇だ…)


麦野は欠伸をしながら歩いている。
あれからすぐにフレンダは帰った。
自分に依頼された御坂美琴のことを調べるために今頃は奔走しているだろう。
夕方頃に浜面と絹旗が来るということなのでそろそろだと思うが、
部屋にいるのがあまりに退屈だったので点滴を勝手に抜いて病院内をうろついているところだった。
明日フレンダに雑誌でも買ってきてもらおうと思っていると、妙なものが視界に入った。


「ん?何だあれ」


思わず呟く。飲み物でも買おうと病院の談話スペースに向っていると、
自販機の前でアホ毛の少女がピョンピョンと手を伸ばして飛び跳ねている。


「んー…!んー…!もう!どうしてあなたはそんなに背が高いの、ってミサカはミサカは
 自動販売機に向って説教を食らわしてみたり」


自動販売機を叱り付けているその少女。
年は10歳前後。茶色の髪の頭頂部から鋭いアホ毛がピョコピョコと揺れている。


(だめだめ、あれは関わっちゃ駄目だわ)


めんどくさそうにもと来た道を引き返そうとする麦野。
誰か周りの大人に助けてもらいなと思ってチラリと彼女を見ると、少女は思いっきりこちらに視線を向けていた。


「そこの包帯のおばさーん!ってミサカはミサカはいいカモが来たぜと喜びを露に呼び止めてみる!」



277 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします2010/04/27(火) 01:48:47.89 ID:nq26vpw0
打ち止めァ…むぎのんにおばさんは殺されるぞォ



278 : ◆S83tyvVumI:2010/04/27(火) 01:48:50.71 ID:wdvRG3go

せめてお姉さんと言え。
麦野は口元を引きつらせながら仕方なくそちらに近づいていく。


「どうしたの?お姉さんに何かご用?」


さすがの麦野でも小さな子供に「おばさん」呼ばわりされたくらいで機嫌を悪くしたりはしない。断じてしない。
中腰になって少女の目線で柔和に笑みを浮かべた。


「うん、実は自動販売機のボタンに背が届かないからお姉さんに押してほしい、
 ってミサカはミサカは何気なくお姉さんを強調して気を遣ってみたり」


いちいち心の中が漏れているのが腹立たしい。
なんとなく分かっていたが案の定のお願い。
まあそれくらいなら別にいいかと麦野は自動販売機に向かい合う。


「いいよ。どれが欲しいの?」
「いちごおでん!ってミサカはミサカは燃え滾る冒険心を抑えきれずに注文してみたり」


なんだそのグロい飲み物はと麦野が戸惑いつつボタンを押してやる。
ガコンと出てきたそれをいそいそと取り出し少女は言った。


「ありがとう!お姉さんも一緒に飲も、ってミサカはミサカは女同士の親睦を深めることを期待してみたり」
「はあ?なんで私が…」
「うるうるうるうる…ってミサカはミサカはいたいけな視線であなたの良心に訴えかけてみる」



279 : ◆S83tyvVumI:2010/04/27(火) 01:50:22.90 ID:wdvRG3go

心底めんどくさそうな顔をした麦野に少女は涙目で見つめ返してきた。
まあ暇だからいいか。


「わ、わかったわよ。じゃあ私も飲み物を…」
「あ、ヤシの実サイダーを飲んでみたい!ってミサカはミサカは密かな願望を打ち明けてみたり」


500円玉を入れてどれにしようか思案していると少女がリクエストをする。


(一緒に飲もうって、マジで一緒に飲む気か)


しかもそんな得体の知れない飲み物を誰が買うんだと思いながらヤシの実サイダーのボタンを押す。
さらにお釣りをもう一度投入し、普通のミルクティーを購入した。


「あれ?二本も飲むの?ってミサカはミサカはあなたの喉の乾き具合を心配してみたり」


缶を二本取り出し、ヤシの実サイダーを不思議そうにしている少女に押し付ける。


「え?え?え?ってミサカはミサカは突然の事態に困惑してみたり」
「それ飲みたかったんでしょ?あげるわ。
 あ、でもお腹壊すといけないから一気に飲んだら駄目だよ」


アホ毛のふよふよしている頭を一撫でして、麦野はミルクティーのプルトップを開けながら談話コーナーのソファに腰掛ける。


「おおお!お姉さんありがとう!ってミサカはミサカは世間の温かさに感動してみたり!」



281 : ◆S83tyvVumI:2010/04/27(火) 01:52:38.46 ID:wdvRG3go


ものすごく嬉しそうにパタパタとアホ毛を振りながら、少女は麦野の隣にちょこんと腰掛ける。
ここまで喜んでもらえると麦野も少し嬉しかったりするのだが、決して表情には出さない。


「あなたここに入院してる子?」


隣で美味しそうにいちごおでんをグビグビいっている少女に問いかける。
少女は病院用の入院服ではなく、水色のワンピースに明らかにブカブカのYシャツを羽織っていた。


「ううん、ミサカの知り合いが入院してるの、ってミサカはミサカは素直に答えてみたり」
「そう。ミサカっていうのはあなたのお名前?」


さっきからあまりにもエキセントリックすぎて突っ込めなかったが、ミサカと言えば御坂だ。
よく見ると顔もなんとなく似ているような気がするが、まさか姉妹とかじゃないだろうなと
麦野は恐る恐る尋ねた。


「ミサカの名前は打ち止め(ラストオーダー)、ってミサカはミサカは今更ながら自己紹介してみたり」


ミサカ=ラストオーダー?
何人だと思いながらも、学園都市はやけに変な名前の人間も多いので深くは追及しない。


「ふうん、入院しているのはあなたのお友達か誰かなの?それか、兄弟とか」


姉妹だったら困るので一応確認してみる。
案の定打ち止めは首を振った。


「入院してるのはミサカの命の恩人。でももう一ヶ月以上も目を覚まさないの、ってミサカはミサカは少ししょんぼりしてみる」



282 : ◆S83tyvVumI:2010/04/27(火) 01:54:39.36 ID:wdvRG3go

アホ毛を垂れ下げて打ち止めは言う。
少し可哀想なことを聞いてしまっただろうか。
命の恩人というから、きっと交通事故から救ってくれたとかそういうことなんだろう。
麦野は気まずくなった空気をどうしようかと思案していると、打ち止めが麦野の袖口を引っ張った。


「お姉さんの名前は?ってミサカはミサカは沈黙に耐え切れず尋ねてみたり」


逆に気を遣われてしまったようだ。


「麦野!」
「そう、麦野…って、え?」


名前を呼ばれ、その方向を見る。
浜面と絹旗が呆れたような顔でそこに立っていた。


「お前、何やってんだ?」
「おー、ムギノって呼んでもいい?ってミサカはミサカは距離感を縮めようと提案してみる」
「いいわよ、打ち止め」


柔和に微笑んで麦野は打ち止めの頭を撫でてやると、気持ちよさそうに打ち止めは顔を綻ばせた。


「無視すんな!」
「っさいわねー。ちょっと待てないの?
 ごめんね打ち止め。私そろそろ戻るわね」
「またお話できる?ってミサカはミサカは期待を込めた眼差しを新しいお友達に向けてみたり」
「そうね、別に構わないわよ。それじゃあね」



285 : ◆S83tyvVumI:2010/04/27(火) 01:56:30.74 ID:wdvRG3go

もう一度打ち止めに笑いかけてやってから、浜面達のもとへ駆け寄る麦野。


「バイバイ、ムギノ、ってミサカはミサカは覚えた名前を早速呼んでみたり」
「はいはい、またね」


手をヒラヒラと振り返して、麦野は部屋へと戻った。
扉を閉め、ベッドによじ登って布団を膝にかける。


「お前なあ、昨日まで点滴だらけだったくせにもうチビッ子と仲良くなったのか?」
「確かに超意外でした。麦野って子供好きですか?」


絹旗がベッド脇の冷蔵庫にお見舞い品を入れながら言う。
浜面は病室とは言え女の子の部屋にいささか緊張しているのか、
まだ入り口付近でキョロキョロしていた。


「アンタ、何しに来たの?」


窓の外を見つめたまま麦野は言い放った。
側で絹旗が凍りつく。
もちろんそれは彼女に向けられた言葉ではない。
ドアの前で突っ立っている男に向けてだ。


「麦野、俺は…」
「やめて」


ズキリと右目の傷が痛んだ。


「私、二度とアンタの家には行かないって言ったよね。
 それの意味わかってる?」



286 : ◆S83tyvVumI:2010/04/27(火) 01:58:22.66 ID:wdvRG3go

もちろんそれは彼の部屋を訪れないという意味。
だがその言葉には、もう彼と日常を共有しないという意味が含まれている。
あの一件が自分の誤解だったことはもう分かっているし、浜面の言い訳に悪気がないのも知っている。
だが麦野はもう信じ切れなかった。
浜面をではない。
浜面に対する自分の心をだ。


「麦野、聞いてくれ。俺はお前に言いたいことが…」
「絹旗、せっかく来てくれたのにごめんね。ちょっとコイツと話したいことがあるから少しだけ外してもらってもいい?」


浜面の方は一切見ず、絹旗に力なく笑いかける。
すると絹旗は、自分の手荷物を持って何かを思案するように顎に人差し指を当てて言った。


「あー、そう言えば私今日友達と超約束があるんでした。
 今日はもう戻って来れそうにないですね。トンボ帰りですみません。
 二人で超ゆっくり話でもしててください」


分かりやすい嘘をついて絹旗は「じゃ」と出て行く。


(優しいね、絹旗。あんた達はどうしてそんなに良い奴なのよ…。
 私がどうしようもないクズだって…突きつけられてるみたいだよ)


絹旗が浜面の横をすり抜け、扉を閉めた。
すぐに浜面がこちらに近づいてくる。



288 : ◆S83tyvVumI:2010/04/27(火) 01:59:49.50 ID:wdvRG3go

「来ないで!」


彼の足が止まった。
麦野は夕焼けに染まる学園都市から視線を外さない。


「それ以上近づかないで。私はもう、アンタとはいられない」
「なんでだ麦野!あの時は俺が悪かった。あんなヘラヘラと言い訳をしちまってごめん!
 もっと堂々としていれば、お前に迷わせちまうこともなかったのに…。
 だからハッキリと言わせてくれ!俺は…麦野!お前が―――!」


心臓が高鳴る。
ずっと聴きたかった答えが、そこにある。
ずっと欲しかった言葉が、もうそこにあるのに。
麦野は唇を強く噛む。
弱さに負けるわけにはいかない。


「―――お前が好きなんだ、麦野!!」


唇に血が滲む。
浜面の顔は見ない。
見たらきっと、私の弱い心は彼を受け入れることを望むだろう。
一時の感情に流されて、私は分かっているはずの問題から目を逸らしてしまう。
ここでそれを受け入れたら、私は本当に取り返しの着かない事態を招いてしまうことになるのだ。


「……で?」



289 : ◆S83tyvVumI:2010/04/27(火) 02:01:25.40 ID:wdvRG3go

震えていなかっただろうか?
抑えられていただろうか?
麦野は平坦な声で浜面にぞんざいな言葉を投げつける。


「で…って、何がだ」
「だから、私が好きだから、何?
 私とヤリたいの?だったらいいよ、一回だけさせてあげるから、もうそれで帰って」
「お前…それ本気で…」


浜面の言葉に悲しみと、怒りと、失望が宿る。
嘆く彼の言葉を受け止めよう。
麦野は拳を握ってそう決意する。


「違うの?じゃあ何?アンタは私に何を望んでるの?」


そんなの、言葉にすることじゃないって分かっている。
付き合って欲しいとか、そんなのを望んでるんじゃない。
ただ彼を遠ざけたかっただけの意地悪な言葉。
このまま浜面を手に入れてしまったら、きっと滝壺の怒りから目を逸らしたまま緩やかに崩壊の道を辿っていくことになる。
だから、私はそれが分かるまで浜面から離れたかった。
それで彼が私から離れていくことになったとしてもだ。


「俺は麦野と一緒にいたいんだ!
 俺の自惚れならそう言ってくれ。でも、麦野だってそう思ってくれてたんじゃないのか!?」



290 : ◆S83tyvVumI:2010/04/27(火) 02:02:42.06 ID:wdvRG3go

浜面の言葉には力がある。
迷いもない。
彼はきっとただその言葉を私に放つために悩んで、苦しんで、ここまで来たんだ。
嬉しい。
嬉しい。


「無理だよ…」


もう震えは隠せない。
麦野は右目を守るように巻かれた包帯を、ガチガチと鳴く指で外す。
怖い。
怖い。
シュルシュルと解けていく包帯。
赤く血に染まったそれがシーツの上に柔らかく落とされていく。
視界に変化はない。だが、包帯の圧迫感を失ってもなお半分のままの世界が、私が隻眼であることを嫌でも認識させる。
この左目だけで見る世界は思いのほか普通で、だけど真っ直ぐに彼を見つめることを決して許さなかった。


「私、こんな顔になっちゃったんだよ?」


ポッカリと赤黒く空いた眼窩。その周りをケロイド状になったピンクの肌が覆っている。



291 : ◆S83tyvVumI:2010/04/27(火) 02:04:21.84 ID:wdvRG3go

「それがどうした。そんなもんで俺がお前を諦めるとでも思ったのか?」


揺らがない浜面。
むしろ卑怯な手を使った私を嘲るように見つめる。


「バカだなぁ…浜面は」


でも浜面ならそう言うと思っていた。それは素直に嬉しい。
でも顔は元に戻ると言われていた。
だから私が言いたいのはそうじゃない。


「もう帰ってよ、浜面」
「麦野!」


傷を負ったことで、私は浜面に対する甘えが芽生えることが怖かったのだ。
私は無意識のうちに誰かに心を開くことを恐れている。
誰かを信じることができないでいる。
だからきっとこのまま浜面を受け入れたら、いつか私は傷を負わせてしまった責任を感じて
私と一緒にいてくれるんじゃないかと思ってしまう。


「帰って!もう嫌なの!これ以上私を惑わせないで!おかしくなっちゃいそうなんだよ…!」



292 : ◆S83tyvVumI:2010/04/27(火) 02:06:22.23 ID:wdvRG3go

浜面はそんなこと思う奴じゃない。
信じたいけど、信じきれない。
あの滝壺との一件で麦野が気づかされたのはそれだった。
信じて、裏切られるのが怖い。自分がこれ以上傷つくのが怖くて怖くてたまらない。
そんな自分に反吐が出るような思いだった。



「浜面の気持ち…すごくすごく嬉しいよ。
 浜面のこと、嫌いじゃない。ううん、きっとあの時は浜面のこと…。
 でももう駄目なのよ…。私、浜面の気持ちに応えてあげられない」


左目から涙が零れる。
右目を無くして涙が流れないなら、哀しみも半分になってくれればいいのにと麦野は思った。
シーツを強く強く、引き裂くように握り締める。


「今のままじゃ、浜面にちゃんと伝えられない!浜面に嘘をつきたくない!」


麦野は叫んだ。
強固に自分を守っているものは未だ崩れない。
浜面の心をぶつけてもらっても、まだそれを掴みきれないでいる。


「じゃあ、待っててもいいんだろ?麦野」
「っ…!」



293 : ◆S83tyvVumI:2010/04/27(火) 02:10:06.64 ID:wdvRG3go

麦野は涙で揺らめく景色の中、真っ直ぐな浜面の視線に目を奪われた。


「お前が自分の気持ちを信じられるようになるまで、待っててもいいんだよな!?」


麦野は言葉を失う。
どうして浜面はそんなにも想ってくれるのだろう。
わがままで、乱暴で、臆病で、可愛げのないこんな私に、どうしてそこまでの言葉をかけてくれるのだろう。


「ごめんね…浜面。もう来ないで…お願いだから…」
「麦野…」
「こんな私でごめん…好きになってくれて、ありがとう」


浜面の問いに麦野は答えられなかった。
明確な拒絶ができるほど強くもなく、彼を受け入れられるほど割り切れない。
自分でも呆れるほどのクズっぷりに、胃の奥のモノが喉までせりあがってきて嗚咽する。
その日、浜面はそれで帰っていった。
本当にあと少し。
あともう少しで自分の中での何かが変わりそうなのに。
浜面との約束を麦野は思い出す。
普段の自分はただの女の子でいること。
今の自分を支える最後の生命線。
彼を遠ざけてなお、彼とのただ一つのその約束が、狂いそうな麦野の心をここに繋ぎとめていた。
だから麦野は浜面の想いを正しく受け止められない自分を責めるように、その歯がゆさに爪を立てるように、
一人誰もいない病室で声をあげて泣いた。
閉ざされたままの心は、未だ開くことは無く。



308 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/04/27(火) 19:53:36.76 ID:PTknBPA0
原作に忠実な、それでいて原作とは何かが違う世界だな・・・



312 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/04/28(水) 00:09:39.80 ID:gswe2K2o
結局、みんな麦野のことが大好きな訳よ



313 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 00:09:53.48 ID:DaR6wgwo

―――――――


辺りは静寂に包まれていた。
まるでこの世界には彼らしかいなかったかのように。
辺りに散乱する瓦礫の山が、その戦いがいかに激しいものであったかを物語っていた。


「■■ッ!■■ッ…!」


少女は倒れ伏した黒髪の少年に縋りつき、何度も何度も彼の名を呼んでいる。
やがて彼女たちの側で、もう一つの白い影がゆらりと立ち上がった。


「…クソがァ…」


白い影は、口や鼻から止め処ない鮮血を垂らして体を揺らしている。
ボタボタと冷たいコンクリートの上に血溜まりを作り、目の焦点も合っていない。
黒髪の少年の渾身の一撃を顔に喰らい、もはや立ち上がれたことが奇跡だった。
それは本当に些細な神の悪戯。
黒髪の少年にもし、あとほんの少しだけの力が残っていたら、倒れていたはずの人物は逆だったかもしれない。
あるいはそんな未来もあったのだろうか。


「あんた…絶対許さないからッ…!」


少女は白い影を睨みつける。
この世のありとあらゆる恨みと呪いをかき集めたような視線だった。



314 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 00:12:16.58 ID:DaR6wgwo

「うる、せェよ…三下がァ」


白い影は力なく応える。彼にももはや体力が残っていないのは明白だった。
確かに彼は生き残った。絶対的な勝者となったのは、その白い少年であるかのように思えた。
しかし。
彼自身や、彼を取り巻く環境はそう思ってはいなかった。
それを証明するかのように、金網を突き破って何台ものトラックが進入してくる。
黒い『駆動鎧』がトラックの荷台からバタバタと降りてきて、少女に手に持った大きな銃の照準を向けた。


『実験は中断。目撃者を排除します』


頭に乗せたドラム缶の中から、そんな声が聴こえたのを、少女はぼんやりと聞いていた。
ああ、どうやら自分はここで死ぬらしい。
自分の最も大切なものを失って、目的も果たせず、ただその巨大な銃弾によって全身を穴だらけにされて。
そんなことが、許せるか?


「……っざけんなぁ!!」


少女は己に問う。誰がそれを、許す?
こんな結末を誰が認めるものか。
少女は黒髪の少年を背負い、『駆動鎧』に向けて稲妻の弾丸を放つ。
音速の三倍の速度を持つ彼女の弾丸は、眼前の『駆動鎧』が銃弾を放つよりも速く。
何の躊躇いもなくその装甲を粉々に吹き飛ばした。
初めて人を殺した感触は、少女に何を与えたのか。



316 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 00:14:52.41 ID:DaR6wgwo

『抵抗は止めろ。大人しくs』


辺りの『駆動鎧』は次から次へと雷に打たれ、中の人間を電子レンジのように沸騰させていく。
悲鳴もなく、ただプラスチックのプラモデルをバーナーで炙るように。
少女の体はいつしかバリバリと放電を起こし、近づいてくる者全てをなぎ払う。


「… あんたら、私を誰だと思ってんの…?」


『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』の崩壊は、彼女に暴走という形で力を与える。
だがそんな天災と化した彼女も、既に手負いの無勢。
あっという間に囲まれ、対能力者用の装備で全身を包んだその『駆動鎧』達に追い詰められていた。


『手間かけさせてくれたな。後ろのガキもろとも…ゴキュッ』


目の前の駆動鎧から、不可思議な音が鳴る。
その音は伝染するように、全ての駆動鎧が歪な方向に折れ曲がっていく。
ごきごき。
ぶちぶち。
びちゃびちゃ。
人間の壊れていく音。無機質な破壊の音。
少女は垣間見た。その奥で、忌々しく歯噛みする白い影を。


「…いけばいいだろォが」



317 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 00:17:07.91 ID:DaR6wgwo

白い少年は呟く。血の色をした瞳を腹立たしげに細めて。


「はぁ?何のつもり?」


少女は顔を歪めて首を傾げた。いつしか、彼女の瞳からは光が消えていた。


「今回だけは見逃してやる…。気が変わらねェうちに…とっと失せろ」


白い少年も、今や自らの口や鼻から流れる血で体は真っ赤に染まっていた。
少女は黒髪の少年を背負ったまま、白い少年に宣告する。


「… 絶対殺してやる。あんたも、こいつらの仲間も…全部、全部」


自らに言い聞かせるように。
微動だにしない黒髪の少年の体温を感じながら、少女の心は凍り付いていく。


「■■をこんな風にした奴は…みんな殺してやるから」


その日、少女の復讐が始まった。



318 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 00:20:20.53 ID:DaR6wgwo

―――――――


次の日もその次の日も病室に浜面は現れなかった。
浜面に告白されたその日の麦野の様子は酷いものだった。
自己嫌悪で何度も何度も嘔吐を繰り返し、それに呼応するように右目の痛みがその存在を主張する。
次の日は幾分か平静を取り戻したが、相変わらず右目が痛んだ。
しかし、麦野にはその痛みや苦しみがとても心地の良いものだった。
ここで呼吸をしているだけで浜面や滝壺を傷つける自分には、このジリジリとした焼け付くような痛みは似合いの罰だと思っていたから。
もう心なんて壊れてしまえばいいのにと思うが、浜面との最後の約束が未だ自分をこの現実に押しとどめている。


(甘えてるな…私は…)


最後の一線を踏み越えることも出来ない腑抜けに成り下がった己の腐った性根にまた吐きそうだ。
でも、一人でいられるのはそう悪いことばかりでもない。
一人になって考えられる時間が増えたので麦野にとってはありがたいことだった。
とにかく今は御坂美琴から『ピンセット』を取り返さなくてはならないため、それに対して時間を割くことができる。
他にも、毎日欠かさず来てくれている絹旗やフレンダとの何気ない会話も、麦野の心に少しだけ安らぎを与えてくれていた。
浜面との一件から2日後。今日も、病室には絹旗とフレンダが二人で訪れている。


「御坂美琴。
 常盤台中学2年生。成績優秀、品行方正。
 飾らず誰にでも分け隔てなく接し、多くの同級生や後輩から慕われている絵に描いたような理想のお嬢様
 っていうのが、常盤台中学の生徒から聞いた情報な訳なんだけど…」


フレンダが困ったような声で手元のメモを見ながらそう言う。



319 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 00:22:36.25 ID:DaR6wgwo

「「嘘だ」」


麦野と絹旗の声が揃う。


「だよね、やっぱり」


フレンダは一日走り回って得た情報の書かれたメモをクシャクシャにしてゴミ箱にポイと捨てた。
御坂美琴はかつて『絶対能力進化計画』関連施設に単身乗り込んでその悉くを破壊し尽くそうとしていた女だ。
それをどの口が品行方正だとか言っているのか。
麦野は額に手をあててやれやれと首を振る。


「学校だと割と大人しいのかもしれませんよ?一応学園都市最大の超お嬢様学校ですし。
 それとも物凄い超猫かぶりとか」
「うーん、それが意外と大した情報が出てこないんだよね。
 裏表のない人格なのか、腐ってもレベル5だから情報統制されてるっていう可能性も捨てきれない。
 常盤台の子達みんな明後日の方向見ながら嬉々として語ってたし。憧れというより崇拝だよね」
「何にせよまともな人間が人の顔面ふっ飛ばそうとしないって」


麦野が右目を押さえながら言う。


「でさ、『超電磁砲』本人周辺からじゃロクな情報が出ないもんだから、
 あいつが壊して回ってた研究所の『絶対能力進化計画』ってのについて調べてみた訳よ」


メモを一枚めくり、フレンダがもったいぶったように言う。



320 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 00:24:20.11 ID:DaR6wgwo

「それって確か、『一方通行』がレベル6に進化するための実験ってやつでしょ?
 それが『超電磁砲』にどう関係があるの?」
「そう思うよね?じゃあどうしてあいつは例の施設を破壊して回ってたのか。
 面白いワードが出てきちゃったわけよ」


ふふん、とフレンダがペンを口元にあててニヤリと笑う。


「もったいぶらないで話してください。面会時間超終わりますよ」
「えー、だって朝までかかって調べたんだもーん。麦野のおねだりだからもうこっちも全力な訳よ」


ブーブーと唸るフレンダの頭を撫でてやる麦野。


「はいはい、感謝してるわよ。で、何がでてきたの?」


麦野の言葉に満足そうに頷き、フレンダは息を大きく吸って言葉を放つ。


「『量産型能力者(レディオノイズ)計画 』」


フレンダの顔つきが変わった。それは一つ核心に近づく情報であることを言外にほのめかす。


「遺伝子配列のパターンを解明し、偶発的に生まれるレベル5を確実に生み出すことを目的として、
 『超電磁砲』の DNAマップから量産軍用モデル、いわゆるクローン、『妹達(シスターズ』を誕生させる
 って計画なんだけど、これがもう大失敗。
 『妹達』の能力は『超電磁砲』の1%の力にも満たない文字通りの『欠陥電気(レディオノイズ)』だったもんだから計画は凍結。
 一旦は頓挫しちゃった訳ね」



321 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 00:28:09.24 ID:DaR6wgwo

フレンダが一呼吸置き、飲み物を口に含む。


「そして、行き場を失った『妹達』は今度は『絶対能力進化(レベル6シフト) 』って実験に送られることになった訳よ。
 で、この実験内容ってのが『一方通行』が『20000通りの戦闘環境で「妹達」を20000回殺害する』
 っていうものだったみたい」
「それは知ってる。20000人全員同時にぶっ殺していいなら私もやってみたいもんだわ」
「なるほど。それを止めようとして『超電磁砲』は研究施設を超破壊して回ってたってことですね?」


絹旗の言葉にフレンダが頷く。


「計画は途中までは順調に行われた。
 でも『超電磁砲』の妨害が入り、『絶対能力進化』も先送り。事実上の凍結となったみたい。
 さらにそれからしばらくして何かの事故で『一方通行』も行方をくらませてしまった」
「ちょっと待って、それって『超電磁砲』が消えたことに本当に関係あるの?
 今のままだと何もかも『超電磁砲』の望んだ通りの結末になるわよ」


麦野が話を止めるが、フレンダはペンを彼女の顔の前で揺らして口元に
笑みを浮かべたままチッチッチと舌を鳴らした。


「まあ最後まで聞きなよ麦野。
 このとき『一方通行』の実験を妨害したのは『超電磁砲』ともう一人いたって話がある訳よ。
 実はこの妨害の後、『超電磁砲』は学校にも寮にも戻らなくなってるらしいの。
 もしかしたら、このときにもう一人の協力者を失って…」


麦野の頭の中でカチリとピースがはまった。


「そうか、そいつを助けるためか、もしくは復讐か。
 確かに実験を止めるために関連施設をぶっ潰して回るような奴ならやりかねない」
「たぶんそれが正解だよ麦野。
 それから、学園都市各地で『超電磁砲』が路地裏のスキルアウトや暗部組織、それに関わる研究施設等を
 潰して回っているという目撃談がそこそこに出るようになったってわけ。
 『上』の連中も動いてるみたいなんだけど、何せ相手はレベル5だから、まだ上手く成果が出せてないみたいだね」



322 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 00:31:09.49 ID:DaR6wgwo

なるほどと思った。
そう考えれば、垣根にも麦野にもどちらにも攻撃を仕掛けてきたことが納得できる。


「『一方通行』が未だに行方不明っていうのも、もしかすると『超電磁砲』が超関わってるのかも知れないですね。
 でもどうして『絶対能力進化』は先送りになったんでしょう?」


絹旗は顎に手を当てて思案する。
続けてこんなことを言った。


「『一方通行』が超負けた、とか」
「…まさかー。相手は第一位でしょ?」
「いいえ、ありえるわ。負けたとまでは行かなくても、妨害が成功してしまったとしたら。
 絶対無敵の能力者を作り出す実験が、そもそも妨害される次元にあること自体、
 計画の見直しが検討されるには充分な理由になるから」


今度は麦野がそう答えた。


「その後『一方通行』がどうして行方不明になったのかは超分かりませんし、何とも言えませんね」
「ま、そこまでは私たちが考える必要は無いわ。
 『超電磁砲』から『ピンセット』を取り返すところまでが私たちのお仕事だし。
 第一位の居所自体は別にどうだっていいからね。
 よく調べてくれたね、ご苦労様フレンダ」
「えへへー、ではでは麦野、ご褒美のチューを」


唇を突き出し両手を広げてこちらに迫ってくるフレンダ。
麦野は右手で彼女の額を押さえつけて突き放す。


「しねーっつの。
 確かに『超電磁砲』の目的は分かったけど、だからってあいつの居場所が分かったわけじゃないでしょ。
 暗部を全て潰そうとしてるって言うならいずれ放っておいても私らのところに来るんだろうけど…」



323 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 00:32:51.37 ID:DaR6wgwo

そんなものを手をこまねいて待っていられない。
現に、彼女によって攻め込まれた組織や施設は全て潰されているじゃないか。
単独行動である分動きを掴みにくいが、このまま各個撃破されるのを待つわけにも行かないだろう。


「まあとにかく『超電磁砲』の身辺をもうちょっと洗ってみるか。
 まだ決定的な何かが足りない気もするし…」
「だね。いつ攻めてくるか分からないから、麦野も気をつけて」
「ですね、怪我人なんですから仕事もいいですけど、早く回復できるように超心がけてください」


フレンダと絹旗は立ち上がる。


「あ、もう帰るの?」


麦野は少し名残惜しそうにそう言った。


「うん。長居して体に障ると良くないし。けど寂しいなら朝まで添い寝してあげるよ?」
「いらん、帰れ」
「ああん、つれないなー」


抱きついてくるフレンダを両手で突き放し、部屋を出ようとする二人をベッドから見送る。


「わざわざありがとね、あなた達も気をつけて」
「超余計な心配ですよ。じゃ、また明日来ますから」
「お大事に麦野!まったねー」


そう言って部屋を出て行く二人。
がらんとした部屋の中で麦野はすぐさまある心当たりを思い浮かべた。
そろそろ体調も完璧に整ってきたところだし、このままじっとしていると余計なことまで考えたりして
体も鈍りそうだ。
麦野は一人グッと拳を握って窓の外に視線を送るのだった。



325 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 00:36:17.27 ID:DaR6wgwo

―――――――


次の日、麦野は病院を抜け出して第七学区の南西端まで来ていた。
ここは『学舎の園』と呼ばれる5つのお嬢様学校が作る共用地帯。
地中海沿岸を思わせる白い屋根と石畳が敷かれた洋風の町並みで、
道路標識や信号機も同じ日本国内とは思えないほどデザインの違いがある。
街の入り口となる入場ゲートの前で、麦野は腕を組んで難しい顔をしている。


「さて、どうするか」


昼食には久しぶりにお気に入りのシャケ弁を食べてご満悦だったが、彼女は今一つの問題に直面していた。
この『学舎の園』は筋金入りの箱入りお嬢様がこの中だけでも生活できる程に設備が整っている反面、
並みの学校の15倍以上もの敷地の周りは高い煉瓦造りの壁を積み上げ、内部には無数の監視カメラが
仕掛けられているという完全に外界と隔離された街だった。
そのため警備も異様に厳重であり、麦野は今進入方法を考えているところだった。


(適当に壁壊すか…?いやいや、騒ぎになったら人探しどころじゃなくなる。
 いっそその辺の奴の制服を脱がして…この私に追い剥ぎやれっての…?)


クリーム色の半袖コートを羽織り、同系色のギンガムチェックのストールを首に巻いたモデル風の女が
門から出てくる学生たちを餓えた野犬のような隻眼でねめつけている。
どこかの学生へのお礼参りかとヒソヒソこちらに好奇の視線が集まっているので、麦野は段々イライラしてきていた。


(クソ、ムカつくな。これだからお嬢様は…)



327 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 00:39:30.53 ID:DaR6wgwo

育ちの良さそうな令嬢達が麦野と視線を合わせないようにビクビクと通り過ぎていくのを横目に見ながら
門周辺に女性警備員が増えているのを忌々しげに思い、口元をヒクつかせる。


(何見てんのよ…。私がそんなに怪しい人間に見えるってわけ!?
 まぁ見えるか。顔に包帯巻いてこんなとこに突っ立ってたらそりゃね。
 けど取り押さえるためのこの人数よね…。
 そんなに大暴れしそうに映るのか私って奴は)


そもそも麦野はこんなところに何をしに来たのか。
簡単に言えば、白井黒子を探しに来たのだ。
御坂美琴のことを「お姉さま」と呼び慕っていた彼女なら、もう少し御坂についての詳しい情報を聞きだせるかも
しれないとの考えからここまで来たが、門の前で立ち往生するハメになり、困っていたところだ。


(うーん、やっぱ警備員に事情話して呼び出してもらうか…?今更無理よねぇ)


しかも、今になって気づくが、彼女が敷地内に寮を持つ学生だったらこんなところで何時間待っていても
現れないのではないのだろうか。
休日であるこの前とは違い、真っ直ぐ家に帰ってそのまま明日の宿題でも始めてしまっていたら完全な無駄足だ。
少し焦ってきた麦野は、丁度そのとき目があった常盤台の学生の腕を掴んで可能な限りの笑顔を浮かべて話しかけた。


「ねえあなた。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


学内できっと有名人であるはずの御坂の腰巾着なら、もしかしたら知っている人間もいるかもしれない。
フレンダだって常盤台の生徒に聞き込みしたんだから自分にだってできるはずだ。
試しに尋ねてみようと少女に微笑むが、彼女から反応が返ってこない。
しかも顔が妙だ。頬を赤らめ、トロンとした目線で麦野を見つめている。



328 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 00:41:41.32 ID:DaR6wgwo

「は、はい…私に何か御用でしょうか…お姉さま」
「ひっ!」


お前はフレンダかと薄ら寒いものを背中に感じながら慌てて手を離す。


「なんでもないよ、ごめんなさい…」
「そ、そうですか…あの…もしよろしければお友達に…」
「ご、ごめん間に合ってる!」
「そうですか…」


胸元をキュッと握り締めて切なげな表情で少女は足早に去っていく。
お嬢様学校とはかくも恐ろしいものかと思いながら次のターゲットを探す。
今度は快活そうな女性徒が目の前を通ったので、肩をポンポンと叩く。


「キャァァァァアアアアアッッ!誰かぁ!!誰か助けてぇええ!!」


先ほどから門を睨みつけている麦野を見ていたのだろう、こちらの顔を確認するなり女生徒は
涙を目に溜めて絹を裂くような悲鳴をあげた。


「えっ!?ちょ!?何!?何もしてない!」
「そこのあなた、何をしているの!」
「だから何もしてねーっつってんだろ!」


すぐに声を聞きつけた女性警備員がわらわらと集まってきた。


(常盤台、潰す!潰す!絶対潰す!)


心の中で誓いを立てて、麦野は一目散に逃げ出した。
しばらく走り、肩で息をしながらもう二度とあそこには行けないなと立ち止まる。
そのときだった。



329 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 00:42:52.73 ID:DaR6wgwo

「逃がしませんわよ、変質者さん」


背後から聞き覚えのある声がかけられる。
まだ追ってくるかと慌てて振り返ると、そこではツインテールを揺らした小柄な女生徒が
腕章をこちらに見せ付けるように向けて高々と宣言するところだった。


「『風紀委員(ジャッジメント)』ですの」


結果オーライ。
麦野は白井黒子がそこに立っていると認識すると、「よくぞ来てくれた」と胸を撫で下ろす。


「女性を狙う女性の変質者とは、世も末ですわね。
 あなたには恥も外聞もありませんの?大人しくお縄を頂戴してくださいな」


スタスタとこちらに歩いてくる白井。


「あら、あなたは…?」
「そうよ。分かるでしょ?」


ようやく気づいたようだ。
彼女はこちらの顔を確認すると、呆れたような表情でこう言った。


「まあまあまあ。まさかあなたが痴女でしたとは…」
「…。もうなんでもいいわよ」


麦野は体中の傷がぷちぷちと開いていくのを感じながらうなだれるのであった。



330 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 00:44:43.03 ID:DaR6wgwo

―――――――


なんとか道すがら白井の誤解を解いた麦野は、常盤台とは別の学校にこの辺りの『風紀委員』が
所属している支部があるらしく、彼女に着いてその中学校にやってきたところだった。
『学舎の園』とは違ってごく普通の公立中学校の敷地に入り、その校内の一室が彼女たちの詰め所らしい。


「まったく、わたくしを探しておられるのでしたら『風紀委員』の詰め所を訪ねてくださればよろしかったですのに」


第百七十七支部と書かれたその部屋の前で、白井は指紋認証の機械に指を当て、扉のロックを解除する。


「あなたが『風紀委員』だなんて、そんなこといちいち覚えてないっての。
 あの時は頭に血が上ってたし」


バツが悪そうに通された室内に入る。校内というよりはごく普通のオフィスと言った様子の室内。


「そう言えばあの時は胸倉掴まれてそれはそれは恐ろしい顔で睨まれましたものね」
「あ、白井さん。お客さんですか?」


からかうような口調で白井が部屋の隅にある来客用の小さな応接コーナーに麦野を案内する。
室内でパソコンに向ってカタカタやっていた頭がお花畑の地味目の少女がひょっこりとこちらを向いた。
セブンスミストで見たような気がするとぼんやりと思い出す。


「ええ。常盤台の女生徒ばかりを狙う悪質な痴女ですけれど」
「ふぇええ!白井さんどうしてそんな危険な人を入れちゃったんですか!?」
「あの時のこと根に持ってんの?悪かったって」



331 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 00:46:10.07 ID:DaR6wgwo

向かい合って座り、白井が軽口を叩く。
麦野は額に手を当ててうんざりしたようなため息をついた。


「冗談ですの。それで?わたくしにお姉様の何を聞きたいんですの?
 最初に申し上げておきますけれど、お姉様のスリーサイズと所有しておられる下着の数は
 黒子だけの秘密ですのよ」
「えっそんな…」


興味ないと一蹴してやるのもよかったが、なんとなく向こうはその反応を待っているような気がするので
わざと驚いてみる。
すると案の定白井は怪訝そうな眼差しをこちらに向けてきた。


「えっ…本気ですの?」
「嘘よ。どうでもいいわそんなもん。お金貰っても聞きたくない」
「キー!なんなんですのあなたは!わたくしをからかうためにここまで来たんですの!?」
「オーライオーライ、よくわかったわ」
「はぁ?なにがですの?」


こいつもフレンダだ。
と麦野が白井の扱い方を確認したところでお花畑の少女がお盆の上にお茶を乗せて近づいてきた。


「楽しそうですね。どうぞ」


お茶を麦野の前に置いて柔らかく微笑む。



332 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 00:47:17.76 ID:DaR6wgwo

「ありがとう、可愛らしい髪飾りだね」


頭頂部はド派手だが素朴ないい子だと思いながら色とりどりのお花畑を褒めてやる。
だが彼女はキョトンとした表情を作ると、笑顔のまま首をかしげる。


「なんのことですか?」
「ん?」
「そんなことより!ほんとにあなたは何をしにいらしたんですの!?
 お茶を飲みに来ただけならわたくし忙しいので仕事に戻らせて頂きたいんですけれど!」


どう反応を返すべきかと迷っていると、キーキーと白井が喚き散らす。
彼女をいじり倒すのは面白そうだが、こちらもそんなことにかまけているほど暇じゃないので
本題に移ることにした。


「そうね、率直に訊くけど、『超電磁砲』の行きそうな場所に心当たり無い?」
「はあ?やっぱりあなたお姉様のお知り合いでしたの?
 前は知らないと言ってらしたのに」
「細かいことはいいのよ。あいつを探してるの。
 二ヶ月前に『超電磁砲』が行方を眩ませてからどこへ行ったのか、知ってることない?」


ストッキングで覆われた足を組んで、麦野は問う。
顎に手を当てて思案するような仕草をする白井。



333 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 00:49:37.36 ID:DaR6wgwo

「当然のことながら、わたくしもお姉様の行きそうな所は定期的に探して回っていますの。
 ご学友の方々にもお話をお伺いしましたし、お姉様好みのファンシーグッズが売っている
 ショップの方にも聞き込みをしましたけれど…残念ながら」


眉を顰めて首を横に振る。
まあここまでは予想通りだ。だが麦野は何かが引っかかっていた。
そう例えば、御坂の協力者について。
もしかしたら選択肢から外している人物がいるかもしれない。


「行ってない場所とかはないの?例えば…恋人とか」
「んまっ!お姉様に恋人なんておりませんの!絶対絶対絶ぇっ対ッ!いませんの!」


ムキーッとツインテールをぶるんぶるん揺らしながら白井が怒り狂う。
恋人がいないと頑なに言い張っているが、『一方通行』の実験場に乗り込むなどそれこそ正気の沙汰ではない。
偶然居合わせた可能性もあるが、その後の彼女の行動を考えれば、
やはり御坂にとってかなり信頼のおける人物であったはずだ。
それこそ、その人物を失った御坂が学園都市の闇全てに喧嘩を売るほどに。
となればやはり家族や恋人、親密な友人。
でなければ余程のお人よしだろう。


「じゃあさ、『超電磁砲』が消えてから同時期に見なくなった人とかいない?」
「見かけなくなった方ですの?そんなこと訊いてどうするんですか?
 それにそんな方に心当たりなんて…あっ」



334 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 00:50:59.80 ID:DaR6wgwo

白井は何かを思い出したようだ。
少し忌々しそうに。しかし頭の中に引っかかっていた問題がスッキリと解決したかのような表情で。


「そう言われてみれば最近あの殿方を見ませんわね…。
 これはもしかして…」


まずい、気づかれたか。
白井のような『風紀委員』とは言え一般の学生を学園都市暗部という掃き溜めに
関わらせるわけにはいかない。
どう取り繕うかと麦野が思案し始めたとき、白井はわなわなと震えて勢いよく立ち上がった 
 

「もしかして駆け落ちではなくてー!!!?」


この世の終わりのような顔で頭を抱えて髪をグッシャグッシャとかき回している。


(よかったバカで)


ますますフレンダの顔を思い浮かべながら、麦野は白井が落ち着くのを待つ。
下手に絡むと盛大な脱線事故を起こすということを、フレンダ達との普段の会話から学習している。


「もう白井さん!うるさいですよ!」


席に戻っていたお花畑の少女に怒られた。
しかし白井はキッと少女を睨みつけるとさらに大暴れを続ける。



335 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 00:52:28.30 ID:DaR6wgwo

「初春ェっ!これが静かにしてなんていられますかっ!お姉様があの殿方と行方を眩ませてしまったんですのよっ!
 今頃遠い異国の地で爽やかな青春の汗と共に愛情を育んでいらっしゃるかと思うと黒子は!黒子はぁっ!」
「ふぇぇ!御坂さん駆け落ちしちゃったんですか!?大人ですねー」
「がぁぁ!そんなはずありませんのー!滅多なこと言わないでくださいましっ!
 そんなこと、たとえ天が許してもこの白井黒子が断じて許すわけにはいきませんわー!」
「白井さんが自分で言ったんじゃないですかー」


そうら、脱線事故だ。
これに巻き込まれるなんてまっぴらごめんな麦野は出されたお茶を啜り、足を組みなおしてソファに沈み込む。
早く終わってくれないかなあと思いながらため息をつくと、部屋のドアが開かれ女生徒が二人入ってくる。


「もう白井さん、外まで声聴こえてるわよ。何騒いでるの?」


眼鏡の女生徒は『風紀委員』の腕章をつけている。
彼女は麦野と同い年くらいだろうか、白井達よりは随分と大人っぽい。
自分よりも大きな胸が麦野の自尊心をちょっぴり刺激した。


「こんちわー!そこで固法先輩に会ったんで遊びに来ましたー!」


今度はロングヘアを靡かせた快活そうな少女だ。
お花畑少女と同じ制服を着ていることから、この学校の生徒だろう。



336 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 00:56:38.52 ID:DaR6wgwo

「あ、固法先輩。佐天さん。お疲れさまです」
「お疲れさま、初春さん。あら、お客さん?ごめんなさい、騒がしくて」
「白井さんのお知り合いの方だそうですよ」
「へー、そうなんだー。はじめまして!」
「お邪魔してます」


目が合ったので麦野は会釈する。
そこでようやく白井が大人しくなった。


「取り乱しましたの。ええと、それで…なんでしたかしら?」
「ああ。だからその駆け落ちした男のことを詳しく…」
「駆け落ちなんてー!黒子はぁ!黒子はぁぁあ!」
「白井さんうるさいっ!」


眼鏡の女生徒に怒られ、再び暴走した白井が額に汗を滲ませながら座る。


「落ち着いた?んでね、その殿方ってのは、『超電磁砲』にとってどんな相手だったの?」


麦野も変な爆弾に触れてしまったと冷や汗を流しながら問いかける。
落ち着きを取り戻した白井が顎に指をあてて「そうですわねー」と唸った。


「認めたくはありませんが、確かにあの殿方とお姉様は喧嘩する程度には仲が良いと言わざるを得ませんわね」



337 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 00:58:30.13 ID:DaR6wgwo

喧嘩という言葉に一瞬滝壺を思い出す。
が、すぐにその考えを頭から追い出し、白井に尋ねる。


「喧嘩?レベル5と?ああ、痴話喧嘩ね」
「まっ!そんな不愉快な言葉おっしゃらないでくださいまし!
 お姉様は毎日のようにその殿方に電撃を放つわ飛び蹴りを食らわすわ、それはそれは楽しそうに…」
「楽しいのかそれ…。殺そうとしているようにしか聴こえないんだけど」


こんな情報役に立つんだろうかと思いつつ、麦野は続きを待つ。
もう打ち切ってもよかったのだが、白井の顔が少し曇ったのが気にかかったからだ。


「いいえ、楽しかったのだと思いますわ。お姉さまは常盤台のエースにして学園都市第三位のレベル5ですもの。
 お姉様が喧嘩を出来る相手なんて、ルームメイトである黒子やその殿方くらいしか存じ上げませんの」


御坂美琴に友人はいないのか?なんて野暮なことは麦野は訊かなかった。
その気持ちは、きっと麦野が誰より分かっていることだったから。
レベル5は人の輪の中心に立つことはできても、輪の中に加わることはできない。
望む望まざるに関わらず、彼らは常に他人からの嫉妬と羨望の中に在る。
それは麦野も例外ではなかった。
小学生のとき、初めての能力測定でレベル5判定を受けた麦野は、己の溢れる才能を誇示するわけでもなく、
ただその力を在るがままに受け入れていた。
自らと比較して他人を貶めたわけではない。
圧倒的な力を他人に突きつけたわけでもない。
だが麦野はその能力測定の日を境に、孤独な少女になった。



338 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 01:01:11.53 ID:DaR6wgwo

「ッ!」


歯噛みし、右目の傷が痛むのを押さえる。
様子に気づいた白井がこちらのを顔を覗き込むのに気づいて、嫌な記憶を振り払うように首を振って笑う。


「ちょっと傷が痛くて」
「そう言えば確かにそのお顔、どうなさいましたの?不躾なことを訊くようで申し訳ありませんが」
「ああ、大したことないから気にしないで。ちょっと怪我しちゃっただけ」


間違ってもアンタのお姉様に吹っ飛ばされたんだよとは言えない。
話を戻すが、御坂美琴がその少年に自らと対等な関係を求め、少年は自覚の有無はともかくそれに応えていたのだろう。
なんとなく浜面の顔を思い出す。
彼もまた、自分の理不尽な言葉にも文句を言いつつ付き合ってくれた。
気がつけば彼のことを思い出していることが気恥ずかしくて、慌てて首を振って思考を元に戻す。


「それより、その男はよく『超電磁砲』の能力を受けて今まで平気だったね?
 まあ手加減はもちろんしてたんだろうけどさ」
「それが妙なんですの。
 わたくしも詳しいことは分かりませんけれど、どうもその殿方、お姉様の攻撃から必死に逃げるんですが、
 それで怪我を負った所を見たことがありませんの」


確かにそれは妙だ。
それだけ毎日のように攻撃を受けて、愛想も尽かさずしかも無傷とは。
と、そこで御坂が繰り出した不可解な右手のことを思い出す。


(もしかしてあの女、能力を打ち消すものを持っていた…?例えばAIMジャマー。例えばキャパシティダウン)



339 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 01:02:22.35 ID:DaR6wgwo

暗部にいる者なら、どちらも一度くらいは耳にしたことのある代物。
前者は各種重要施設ではたまに見るものだし、キャパシティダウンは何ヶ月か前にスキルアウト間で流行した装置だと言う。
御坂はそれを小型化したようなものを所持していたのではないだろうか。
かなりの電力を消費すると聞くが、彼女の能力ならば全く問題ない。


(じゃあその男は…?そんな能力聞いたことないけど、私が知らないだけ…?
 ま、ビリビリされて喜ぶ頑丈なマゾ太クンだったってことでもいいけど)


今はそこは大した問題ではない。
とにかくだ。御坂がその男を失うことで学園都市暗部に対する復讐を行う動機は充分分かった。


「アンタのお姉様、その男のこと好きだったのかもね」
「んなっ!なんということをっ!」


ついうっかり口に出してしまった。
白井はわなわなと青ざめていくが、後ろからの先輩の視線が怖いのか三度大暴れするようなことはない。


「ま、まあ確かになんとなくそうなのかとはわたくしも思っておりましたけれど…。
 あの殿方のことを話すときのお姉様はとても嬉しそうでしたし、休みの日にはあの殿方を探しに街に繰り出しているのでは
 ないかと思うときもありましたから」



341 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 01:05:14.35 ID:DaR6wgwo

納得いかなそうな白井だが、きっと心の中では御坂の淡い恋を受け入れようとしていたのだろう。
最後には少しだけ寂しそうに微笑んだ。


「その男、学校分かる?どこに住んでるとか、見た目とか」
「えーと、髪は黒くてこうツンツンで…まあ見た目はごく普通の男子学生という感じですわね。
 ヘラヘラしつつも力強い印象は受けましたけれど」


身振り手振りを交え、思い出すように白井。


「学校もご自宅も知りませんの。名前も忘れましたわ。興味もありませんでしたし。
 でもお姉様とよく公園で談笑してらしたから、この近くの方ではありませんの?」
「そう。ありがとう。最後に公園の場所だけ教えてもらってもいいかな?」
「ええ、今プリントして差し上げますわ」


これ以上は情報も出なさそうだ。
とりあえず男の家の近所まで行ってみて、また聞き込みでもしてみようと麦野は立ち上がって白井に礼を言う。


「そう言えば、まだお名前を伺ってませんでしたわね」


お花畑少女の席に行き、地図を検索してもらっていると白井が思い出したように尋ねてくる。


「あれ、そうだっけ?麦野だよ。麦野沈利」
「「え?」」



342 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 01:06:49.36 ID:DaR6wgwo

ピタリと、白井と眼鏡の女生徒の手が止まる。
この反応は麦野にとっては慣れたものだった。


「ん?なになに?みんなどうしたんですかー?」


適当な席に座ってネットサーフィンをしていたロングヘアの少女がキョロキョロと皆の様子を交互に見る。


「麦野沈利さんって…もしかしてレベル5の…」


眼鏡の女生徒が驚愕の表情で麦野に声をかける。


「「レベル5ぅぅうう!!!???」」


ロングヘアとお花畑が目をグルグル回してこちらの顔をまじまじと見る。
こうなるとめんどくさいと麦野がため息をついた。


「って、御坂さんと同じじゃないですか!?第何位なんですか!?」


お花畑が悪気無くそう訊いてくる。
その目にはこれほどまでに詰め込めるのかというくらいのとびきりの尊敬の念が見て取れた。


「麦野さんは第四位のレベル5よ」


と、呆れたような声で眼鏡。


「初春は学園都市に来て何年になるんですの?そんなことも知らないなんて、『風紀委員』としての自覚に欠けてますわよ」



343 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 01:08:45.83 ID:DaR6wgwo

白井も「はぁ」とあからさまなため息をつく。


「白井さんだって気づいてなかったくせにー」
「初春ゥ!わ、わたくしはお姉様以外の方の能力には興味ありませんの!」
「はー、どうやってレベル5になったんですかー?」


興味津々と言いたげにロングヘアが話しかけてくる。


「どうやってって…測定したらそう出たんだけど」
「わひゃー、やっぱり出る人は出ちゃうんだなー。天才ってのはいるんですねー。
 私なんてレベル0ですよ。うらやましいなあ」


きっと本人に悪気はないのだろう。それはもちろん分かっている。
だが麦野は彼女の言葉に憤りを感じた。
麦野はその言葉が反吐が出るほど嫌いだったのだ。
それは自分がまだちゃんと学校に通っていたころ、耳が腐り落ちるんじゃないかというくらい聞かされた言葉だったから。
自分がどんなに努力をしたって「レベル5だから」「天才だから」。
確かに自分は初めての能力測定からレベル5認定を受けた。
だがその判定にあぐらをかいて今日まで生きてきたわけじゃない。
もちろん、レベル5認定されるということはそれなりの演算能力を有しているということだから、
頭の回転や要領の良さという意味では人並み以上にはあるのかもしれない。

しかしだ。

『原子崩し』だから頭がいいのか?
『原子崩し』だからスポーツができるのか?
レベル5なんていうのは、そんな都合のいい言葉じゃない。
努力できなかった多くの人々が自分を納得させるために用意した便利な言い訳じゃない。
そんな二文字の漢字如きに、自分の全ての能力を一括りにされる謂れなどないはずだ。
追いすがる後続たちに抜かれぬよう、常に先んじようと努力を繰り返してきた自分をそんな言葉で否定されることが、
麦野はいつも我慢ならなかった。



344 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/04/28(水) 01:09:53.10 ID:gswe2K2o
むぎのんキレないで><



346 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 01:11:09.35 ID:DaR6wgwo

「佐天さん失礼ですよそんな言い方!」
「そうですわよ。この方だってお姉様のように、今日までレベル5を維持するための並々ならぬ努力をされてきたはずなんですから」


麦野の不穏な空気を感じ取ったのか、白井とお花畑の少女がロングヘアに声を投げかける。


「あ、ごめんなさい!そんなつもりじゃ…」


慌てて立ち上がって頭を下げるロングヘア。
麦野は笑顔でそれをたしなめた。


「いいのよ。慣れているから」


だが気分を害されたことは否定しない。
彼女にとってはきっと何気なく放った言葉だったろう。
だが麦野にはそんな言葉が出てくることがもう許せない。


「ごめんなさいね麦野さん。佐天さん、能力者に憧れているから。悪気はないの」
「わかってる、ほんとに気にしてないわ。あなた、無能力者なの?」
「あ…はい」


佐天と呼ばれた少女に笑顔のまま話しかける。
あえてレベル0とは言わなかった。
能力者に憧れる気持ちは、自分だって学園都市に来る前は持っていたものだから。
彼女の気持ちが分からないわけじゃない。



347 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 01:13:13.95 ID:DaR6wgwo

「そう。私の知り合いにもレベル0が一人いるの。
 そいつは能力者を僻んでスキルアウトになった、馬鹿でデリカシーのないどうしようもない奴。
 だけど、高レベルでなくちゃいけないなんてそいつはもう思ってない。
 自分に今できることをすればいいのよ。そうすれば結果は…」
「でもそれって、持ってる人の余裕ですよね?」


上辺で人に説教なんてするもんじゃない。
麦野はそう思った。
だって、それは彼女がずっと言われて不愉快なことだったはずなのに。
「今できることを」なんて、まるでできることをしていないかのように決め付けて。
だから彼女が麦野に言い返したことは、何も間違ったことなんかじゃなかった。


「学園都市は高レベルの能力者になることを目標として様々なカリキュラムを提供してくれるんです。
 それを高位能力者にならなくていいなんて、ちょっと私には理解できないなあ」
「佐天…さん…?」


プリントアウトした地図をプリンターから取り出して、お花畑は不穏な空気の中で居心地悪そうに二人の顔を交互に見る。
麦野は口元に笑みを滲ませたまま、佐天を見つめる。
彼女は悔しいのだ。努力を怠っているわけじゃない。努力が足りないなんて言われたくない。
精一杯やっているはずなのに、結果が出ない。
今の自らに歯がゆさを感じているという点において、彼女と麦野は同じだった。


「だってそうじゃないですか。みんなレベル5に憧れます。それってそんなに悪いことなんですか?
 なのにそれを否定するなんておかしいですよ」



348 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 01:15:02.43 ID:DaR6wgwo

佐天はもうこちらを睨むように見つめている。
レベル0だって、レベル5だって、同じように悩み、苦しむ。
今の自らを変えて、何者かに成りたいと思い、皆あがいている。
白井も眼鏡も何も言わなかった。


「…そうね、私が悪かったわ。あなたは焦ってるんだと思って、無理をする必要はないと言いたかったの。
 別に上からお説教したかったわけじゃないんだ。だから…」


まだ中学生のこの少女がこのまま腐っていくのを見たくない。
ここは黙って彼女の言葉を受けとめるのが大人の対応と言うものだろう。

だが、麦野はそんなもの、クソくらえと吐き捨てる。

憧れるのは悪いことじゃない。でも彼女のそれは、諦めにほど近い感情であるように思えてならなかった。
そして、麦野の顔から最後の笑みが消えた。


「…はっきり言ってやるよ。
 無能力者であったはずの御坂美琴は、アンタらの先輩は努力を繰り返して、アンタらが「天才」と
 断じたこの第四位を超えたんじゃないか。
 そんな見本が側にいるのに、テメェは何でそんな言葉が吐けるんだ?
 卑屈な言葉で他人に縋ってんじゃねえよクソッタレ」
「……ッ!」



349 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 01:16:54.02 ID:DaR6wgwo

一瞬にして張り詰める室内の空気。
麦野の手は少し震えていた。その言葉は、そっくり自分に返ってくるものだったから。
何が問題なのか、もう分かっているのに。何で自分は変わろうとしないんだ?
俯く佐天に背を向け、お花畑から地図を受け取り礼を言う。


「ごめんね。ウダウダ文句言ってる暇があるんなら、どうすりゃいいか考えれば?
 嫌味にしか聞こえないんだろうけど、正直私はもう、レベルなんて、どうでもいいよ」


そんなものよりもっと私は…。その先を麦野は言わない。
自分に言い聞かせるような言葉だった。彼女に当り散らしているようにすら思えた。


(人には偉そうに…。ほんと最低だな私は)


それ以上何を言えばいいか分からず、麦野は無言で地図を持って扉に向う。
慌てて白井がその後ろを着いてきた。


「麦野さん!」


部屋を出たところで背中に佐天から声がかかる。
立ち止まるが、振り返らない。



350 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 01:17:56.03 ID:DaR6wgwo

「レベルなんてどうでもいい。その言葉、後悔させてあげますからね!
 あなたには、絶対負けたくありません!」


驚き、振り返る。
佐天は不敵な笑みを浮かべてこちらを指差していた。
慣れないことはしたくない。他人にお説教なんてしたくない。
人が何を想い、何をして生きているかなんて、所詮他人には分からない。
自分の気持ちを押し付けていいわけがないのに。
だけど今、少しだけ、通じ合えた気がした。
ゴトリと心で何かが動く。


「そっか。言い過ぎたね、ごめん。応援してるよ。
 何か分からないことがあったら、いつでも訊いてね」
「は?え?あの」


キョトンと、拍子抜けしたように佐天は呟く。
麦野は微笑み、手をヒラヒラと振って扉を閉めた。


「驚かさないでくださいまし…。心臓に悪いですわよ」
「悪い。空気悪くしちゃったね。
 なんとなく通じたからよかったものの、これ失敗してたら私最悪の女だったわ」



352 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 01:19:16.31 ID:DaR6wgwo

佐天は自分よりずっと大人で、前に進んでいくことを怖れたりしない。
5歳近くも歳の離れた少女に出来ることが、どうして自分に出来ない。
麦野は彼女を素直に尊敬した。


「ほんとですわよ…。でもま、結果オーライということにしておきますの。
 それはそうと、地図の場所は分かりまして?」
「うん。そこまで遠くないしね、行ってみるよ。色々ありがとう、参考になった」
「い、いえそれは構いませんけれど、お姉様と同じレベル5のあなたが、お姉様に一体何の御用ですの?
 わたくしお姉様にそんなお友達がいらっしゃるなんて聞いたことありませんわ」


白井がおずおずと訊いてくる。
名前も名乗らなかった不審な包帯女によくもまあ協力してくれたものだ。
御坂が見つかる可能性にはできるだけ賭けたいということなのかもしれないが。


「ま、ちょっと野暮用でね」


傷のことを訊かれたときもそうだが、アンタのお姉様に右目ぶっ潰されたからちょいとブチ殺しにね。
とは言えない麦野だった。


「そうですの。いずれにせよ、何か分かったらわたくしにも教えてくださいましね」
「うん、わかったらね」



353 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 01:21:11.54 ID:DaR6wgwo

そのときアンタのお姉様はこの世にいないかもしんないけどね。
しかし、垣根と違ってどうにも御坂を殺す気にはなれない麦野。
白井達に触れて情が移ってしまったのだろうか。
いや、病院で目覚めたときからいまいちそういう憎しみのような感情が沸いてこない。
今までの麦野だったら、きっと全身を焼き尽くされても憎悪で蘇るだろうし、
国外逃亡を企てられたって戦闘機をハイジャックしてでも追い詰めてやるだろうに。
自分でも意外なくらいだ。


(私がまだあいつを一般人だと思ってるからか?
 …仕事内容に『超電磁砲』を殺せってのは入ってないけど)
「あ、麦野さん」


白井が、立ち去ろうとした麦野に声をかけてくる。
言い忘れたことでもあるのかと振り返ると、寂しそうな顔で白井が笑っていた。


「よろしければお姉様と、これからも仲良くして差し上げてくださいまし。
 お姉様はああ見えて子供っぽいところのあるお方ですから、麦野さんのような年上のお姉様に
 ご指導頂きたいときもあると思いますの」
「…気が向いたらね」


そこにはどんな感情がこめられていたのだろう。
麦野は白井の言葉に応えるように薄く笑い、だが曖昧な返事を返して学校を出た。



351 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/04/28(水) 01:18:49.61 ID:eTY3dwAO
御坂美琴はレベル1だったんじゃ



355 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 01:23:21.64 ID:DaR6wgwo
>351
ですね。レベル1と書くと台詞のゴロが悪くなるのと、努力で上って来た奴という認識が伝わればそれでよかったので
あえてそのようにしました。



354 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/04/28(水) 01:21:23.64 ID:Uu3zh6DO
次は美琴に説教だな



356 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/04/28(水) 01:25:51.99 ID:rKDFbkDO
美琴も麦のんも好きな私はどうすればいいのん?



357 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 01:25:53.79 ID:DaR6wgwo

―――――――


麦野は白井と別れ、既に夕日が落ちた住宅街を小走りする。
とにもかくにも『ピンセット』だ。
病院の回診時間はもうとっくに過ぎているし、今頃結構大騒ぎになっているだろう。
何せほんの数日前まで全身ズタボロだった奴が抜け出してるんだから。


(あいつらにも連絡がいってるんだろうなあ…。フレンダあたりがうるさそー…。まあ後で謝ればいいか)


十分ほど走ると指定の公園が見えてきた。


(ここか。まあ公園自体には何もないだろうし、誰か人は…いないか)


なんということのない、ただの公園だった。
今日は一人二人聞き込みして帰ろうと思っていたが、既に日が落ちたためか人の姿はなかった。
丁度走って喉が渇いていたので公園に設置してある自販機に向う。


(うわっ!なんだこのラインナップ!)


イチゴおでんをはじめとしたキワモノメニューの数々のみで構成されたその自動販売機。
こんな自販機で一体誰がジュース買うんだかと思いながら財布を取り出し。千円札を投入する。
とりあえずこの中ではマシそうなヤシの実サイダーを選択するとしよう。
あの後病院内で出会った打ち止めも美味しかったと言っていたし。


「ん?」


本来ならばそこで点灯するはずの商品ボタン。だが一行にランプが点かない。
どうなっていやがるとばかりにお釣りレバーを下ろす麦野。



359 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 01:27:36.11 ID:DaR6wgwo

「こ… いつ…!」


呑みやがった。
何度ガチャガチャレバーを下ろしても千円札は吐き出されないし、もちろん商品ボタンを押してもジュースは出てこない。
ここ数日すっかり気の長くなっている麦野でも、さすがに無機物ごときに馬鹿にされたのではプッツンくるのは仕方がない。
そう、この自販機の前では誰もが憤怒という大罪にとりつかれるのだから。


「死ねよクソがぁッ!!」


数歩後ずさり、『原子崩し』をロケットエンジンのように放射して自販機にドロップキックをぶちかます。
自動販売機に麦野のヒールが突き刺さる。
特に反応が見られなかったが、数瞬の後にガクガクと自販機が痙攣を始めて、
ジャックポットのようにガラガラと缶ジュースを吐き出しはじめた。


(こんなにいらないって)


種類もバラバラだったので、仕方なく麦野はその中からヤシの実サイダーだけを選択して拾い上げ、
缶のプルトップに指をかけてプシュッと開ける。


「…ンッ……ンッ……プハーッ!」


一気飲みで喉を潤し、思わず唸る。
走ってきたため実はかなり喉が渇いていたのだ。
乙女らしからぬ唸り声だが、周りに人はいないし構わないだろう。
ヤシの実サイダーは仄かにココナッツ風味の香るラムネ味。
なかなか悪くないと口元をぬぐっていたそのとき。


「いい飲みっぷりだにゃー」



360 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 01:29:21.78 ID:DaR6wgwo

不可思議な語尾の男の声がして、驚き振り返る。


「お前、麦野沈利だろ?第四位の」


口元に不敵な笑みを称えた学ランの男が立っていた。
大柄、金髪、夜だと言うのにサングラス。
もうこの時間はそこそこ冷えるのに、筋肉に覆われた素肌の上にはアロハシャツだ。
その異様な風貌を訝しげに上から下まで眺めて麦野は缶を遠くに放り投げる。
美しく放物線を描いたそれは難なくゴミ箱に吸い込まれた。


「コントロールいいぜよ。甲子園でもエースになれそうだにゃー」


ふざけた口調の野朗だ。
麦野は腹の中でぐるぐるとドス黒いものが蠢いてくるを感じた。
この感覚は幾度となく味わっている。暗部のクソ野朗と対峙したときはいつもこうだ。


「… で、そういうアンタは?ナンパならもっと繁華街でやってくれる?」


そんなナンパでないことはもちろん分かっている。
彼は自分の名を呼んだあと、第四位と言った。
レベル5としての自分に、この男は用があるのだ。


「率直に言おう。お前、『アイテム』を抜けて俺たちのところに来い」
「あぁ?じゃあ私は何テムに入ればいいわけ?」


小ばかにするように麦野は笑い返してやる。
しょうもない組織だったらこの場で塵芥と化してやる。そんな顔だった。



361 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 01:31:15.33 ID:DaR6wgwo

「『グループ』」
「ふうん」
「知らないか?機密レベルはお前達『アイテム』と同じだぜ」
「興味ないわね。簡単に組織を裏切るような奴をアンタらは信用できるっての?」
「『アイテム』は仲良しこよしのおままごとってのは本当らしいな」


挑発するような男の言葉に麦野はギロリと睨み返す。
夜の帳が下りた世界で、その異様な隻眼で射殺すような視線を受けても、
男は怯まず口元の笑みをも崩れない。


「アンタ…分かってんでしょね?アンタなんて、指一本動かさなくても殺せるのよ?」
「…もちろん分かってる。が、お前は出来ない」


男は余裕の態度だ。
よく見ると、公園の入り口にはキャンピングカーが止まっている。
先ほどは無かったものだ。
この男がどの程度の能力者かは知らないが、仲間があの中にいて、麦野を打倒し得る能力だったとしたら、
確かにこの男を殺すのは得策とは言えないだろう。
麦野の視線に気づいたらしい彼はくつくつと笑う。


「違うな、浅いぜ『原子崩し』。俺が言ってるのはそんなことじゃねぇ。
 確かにあの中には『座標移動(ムーブポイント)』って能力者がいる。
 お前が俺を殺せば、それは俺たち『グループ』 と敵対するってことになり、
 てめぇの体は晴れて車のシートと合体しちまうわけだが、そんなことは些細なことだ。
 俺を殺しててめぇも死ぬ。ただそれだけのことなのさ」



362 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 01:33:27.15 ID:DaR6wgwo

「浅いわね。私は体内への転移能力なんて効かない。この体に渦巻く『原子崩し』の前ではそんなもの無力なんだよ。
 私がアンタを殺したその後に、あの中にいる連中もまるごと皆殺しってことよ。
 対『グループ』?誰よアンタら。上等じゃない、全員地獄へ超特急で送り届けてあげるわ。
 『超電磁砲』も手間が省けていいかもね」


口を引き裂いて嗤う。嗤う。


「にゃー。おっかない女だぜい」


だが。
それでもなお、
この男は、


「浅いな」


崩れない。


「俺たちがその『超電磁砲』の居場所を知っていると言ったら?」
「……なんですって…?」



363 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 01:35:40.57 ID:DaR6wgwo

頬を汗が流れる。
御坂の居場所を知っているだと?
単独で逃げながら100以上の組織を潰している奴をどうやって捕捉したと言うのだ。
おまけに相手にも気づかれずに。
滝壺のような能力者がいるのだろうか。


「俺たちには今、ある任務が与えられている。何か分かるか?」
「さあ、見当もつかないわね」


麦野は嘯く。
その情報が本当だとすれば、ぜひとも欲しい。
この後御坂の協力者について調査し、さらに拠点を持っているとは限らない御坂の居所を調査するという作業が待っている。
そんなことをしているうちに、御坂は現状の弱った『アイテム』を個別に襲撃するかもしれないし、
『ピンセット』も失われてしまうかもしれない。
後手に回れば負けるこの状況下でその提案はあまりにも魅力的だった。
そんな麦野の心中を知ってか知らずか、男は言葉を続ける。


「『一連の暗部組織襲撃事件の犯人を突き止め、速やかに始末する』こと。
 つまり現状、御坂美琴の抹殺だ」


ちらりと脳裏を掠めた予感は的中する。


「既に奴の隠れ家も掴んでいるが、戦力だけが足りない。
 俺たちはお前の力が欲しい。お前は俺たちの情報が欲しい。ギャラももちろん主戦力のお前にはそれなりの額を用意させる。
 どうだ?悪い取引じゃないだろ?」



364 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 01:37:44.22 ID:DaR6wgwo

やはりこいつは私が御坂を探し回っていることを知っている。
気に食わないと思いながらも、こいつらも御坂を倒すための決定打が足りないのは事実なようだ。
何人いるのか知らないが、レベル5の『超電磁砲』を倒すには至らないということ。
第三位から第七位までは実力はほぼ団子状態。
なのに彼女を倒せないということは、彼らの中にレベル5はいないということになる。
裏切られて両側の敵に食い殺されるという心配はなさそうだが。果たして信用できるのか。


「仲間になるってのはちょっとね。今回だけなら、付き合ってあげてもいいわよ」


『アイテム』の連中とは付き合いも長い。それなりに信頼もしている。
しかもここ2週間ほどで、彼女らとの関係は仕事の利用価値での繋がりだけではもう割り切れないところまで来ているのだ。
だからその条件だけは麦野には受け入れられなかった。


「…いいだろう。俺は土御門。車に乗れ、他の連中も紹介する。
 今回限りの共同任務だが、よろしく頼むぜ、麦野」


土御門と名乗った男は公園前に止まったキャンピングカーに向って歩き出す。
麦野は油断しないようにしようとグッと拳を握り、彼の後に続いた。
彼女はこの時気づいていなかった。
キャンピングカーに乗っていく麦野の姿を見ている少女がいたことを。


「むぎ…の…?」



365 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 01:39:46.75 ID:DaR6wgwo
本日は以上です。
たぶんゴールデンウィーク中には完結できるかと思います。

>358
書くの遅いんで書き溜めてありますw
ほぼ最後までストックあるので、毎回少しずつ修正しながら投下してます。



366 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/04/28(水) 01:39:49.63 ID:zNwLF0E0
なぜだ。一方通行の匂いがしない



369 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/04/28(水) 01:42:39.75 ID:7CNaqxQo
乙 とっても期待乙



377 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/04/28(水) 14:55:22.05 ID:7ensBQDO
オリキャラとか一切出さずにここまでストーリー展開するのって結構すごいよな?
上条さんと一方さんがいないだけで後は大体原作通りだし
どういうオチが待ってるのか期待




376 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/04/28(水) 14:22:41.58 ID:mNf4VYDO
面白いくらい話題に出てなかったけどインデックスさんどうしてんだろな?
みんな救われるENDを期待するわ…




379 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 21:28:30.98 ID:DaR6wgwo
みなさんいつも見ていただいてありがとうございます。
本作ももうすぐ佳境です。今回は色々とネタばらしになります。
今日もさくさく投下していきます。


>366
セロリファンの方にはごめんなさいとしかw

>376
そんなSSがあったんですね。今さっき慌てて探して読みました。
余韻の残るいい終わり方でしたね。インデックスがいい子でした。
こちらでインデックスが出るかどうかはノーコメントでw
本SSはあくまで浜面と麦野のほのぼのハートフル暗部ライフが主軸です。



380 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 21:31:12.82 ID:DaR6wgwo

車の中には『グループ』のメンバーが土御門の他に二人いた。
部下の運転手はこちらの顔を確認しようともせずに、麦野がシートに座ると無言で車を発進させる。
自分の現在地を見失わないように、麦野は時折窓の外を見ながら彼らの顔を確認する。


「どうも、はじめまして。海原光貴と申します。彼女は結標淡希さん。よろしくお願いしますね」


席に着くなり、柔和な笑みを浮かべた不自然に爽やかな男が話しかけてきた。
訝しげな視線を返す麦野を特に気にした様子も無く、
海原光貴と名乗った男は隣に座る茶色い長髪を後ろで二つくくりにした少女も紹介する。


「貴女が『原子崩し』?話くらいは聞いたことあるけど、思ってたよりは普通ね」


そう言ったのは『グループ』の紅一点、結標淡希。
極端に短いスカートに軍用懐中電灯をぶら下げ、ブレザーの下にはピンク色の布を巻いただけの、
理解不能な服装をしている。


「『未元物質(ダークマター)』 にも言われたけどさ、普段どんな話が出回ってるのよ」


もはや露出癖があるとしか思えないその格好を眺めながら、麦野は結標の胸に向って言葉を返す。
結標はそんな麦野の視線を知ってか知らずか、腕を組んで豊かな胸元を強調しながら思い出すような仕草になる。



381 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 21:33:16.62 ID:DaR6wgwo

「どんなって…。施設に立てこもったスキルアウト達を肉の塊にした挙句にアジトだった一区画丸ごと灰にしたり、
 命乞いしながら逃げ惑う反乱分子の組織の連中を達磨に変えたりとか。それから…」
「ああ、もういいわ。妖怪扱いされるのは腹立つけど、大体合ってるみたいね」
「合ってるのか。そこは否定するとこじゃねえのか?」


土御門が口元を引きつらせてそう言う。
確かに戦いが始まるとついテンションが上がってオーバーキル気味になる麦野だが、
別に毎度毎度狙ってやっているわけではなかった。
何せ当たればほぼ必殺の『原子崩し』だ。逃げ惑う敵の背中に向けて電子線を放てば、
終わるころには大体いつもそんな感じになっている。
後処理を命じられた下っ端の連中からそうした噂が出回っていくのも、頷けないことではない。


「そんなことより麦野、一応言っておくが、お前御坂美琴を殺すなよ?」
「はぁ?」


土御門がそんなことを言うものだから、麦野は思わず浜面にそうするように聞き返してしまう。
だってそうだろう。
彼らの任務は御坂美琴の抹殺なのに、それを殺すなというのは意味が分からない。


「アンタらの仕事はあいつを抹殺することじゃないの?それじゃ仕事にならないでしょが」
「これだから『アイテム』の野朗は『上』の言うことをよくきく優等生だって言われるんだぜ?」


くくっと土御門は笑い、その反応に麦野はこめかみがピクピクとうずくのを感じて彼を睨み付けた。



382 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 21:35:33.55 ID:DaR6wgwo

「俺は俺たちに与えられている任務の内容をこう言ったはずだ。
 『一連の事件の犯人を始末する』ことだとな」
「だから、『超電磁砲』を… はぁーん、アンタもしかして」


麦野の呆れたような視線に、土御門は獰猛に歯を見せて笑う。


「そうだ。要はこの事件をこれ以上起こさないことを『超電磁砲』に確約させ、且つお前に奴の隠れ家一体を
 丸ごと灰にしてもらえば、奴を殺さずともこの事件の犯人は死んだことになる。
 お前の能力使用後には死体が残らないのも珍しいことじゃないらしいからな」
「そんな屁理屈が通るとでも…」
「通るさ」


土御門は一切の迷い無くそう言い切った。


「当然『上』の連中だって『超電磁砲』がこの事件を起こしていることを知っている。
 だが学園都市第三位を失うことは、下っ端の雑魚共が何百人何千人死ぬことよりも、
 連中にとって都合が悪いことなのさ。
 レベル5の命の価値ってのは、学園都市230万人の頂点にあるものなんだぜ?」


麦野は土御門の言葉が自分にも向けられていることに気づいて歯噛みする。
命の価値だ?
別に他人が何人死のうが知ったことではないが、そういう言い方をされるのは
麦野にとって決して心地の良いものではなかった。



383 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 21:38:24.50 ID:DaR6wgwo

「『超電磁砲』は確かに手に負えないほどの力で学園都市の闇に喧嘩を売っている。
 だが奴の行動は所詮氷山の一角を叩いて割っているようなものだ。
 ロクな情報源も後ろ盾もなく、たった一人で暗躍していても、永遠に水面下にある根元には届かない」

「あァ?あいつは『未元物質』を倒してんのよ?
 それに私たちは『上』から垣根帝督を殺せとも確かに明言された。
 第三位を生かしておきたいのに、第二位は殺せって言うのは、順番から言えばおかしいんじゃない?」

「だからそうなる前に、『超電磁砲』にこの件から手を引かせなくてはいけないのよ」


結標が今度は発言する。
そこまで言われても、麦野にはまだ理解できなかった。
垣根と御坂のしていることに、一体どんな違いがあるというのだろうか。
と、ここで麦野はハッとなる。
御坂と垣根の違い。それは


「『ピンセット』か」

「ご名答だ。『未元物質』はそいつを強奪したうえに、それを使って何か重大なことを知ってしまった。
 殺す他ないくらいの危険なことを、自らの意思でな。
 もちろん『超電磁砲』は自分が持ってるそれを暗部をおびき寄せる餌の一つくらいにしか思ってないはずだ。
 だが、もしそれを使ってしまったら、奴も『未元物質』と同じ道を辿るハメになる。
 奴がその使い方に気付く前に手を打たないと、取り返しがつかねえことになる」


時間がないのは誰もが同じだった。
統括理事会等の『上』の連中は第三位をまだ生かしておきたい。
麦野は早々に決着を着けて『アイテム』 への個別攻撃を回避したい。
御坂は一刻も早く暗部組織を消滅させたいし、なおかつ自分でも気づかずに時限爆弾を抱えている。
そして『グループ』は…
ここで麦野は「あれ?」と首を傾げた。



385 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 21:40:07.02 ID:DaR6wgwo

「ちょっと待って。アンタ達はどうなの?
 今のは所詮アンタらの深読みに過ぎないわけでしょ。
 ただ依頼通りに『超電磁砲』を殺したって文面上は全く問題ない。
 わざわざリスクを負って私に接触してまで、あいつを生かす理由が分からないわ」


麦野の問いに、土御門と結標の二人は今まで何も言わなかった海原に視線を送った。
彼は困ったような笑みを顔に張り付かせて肩をすくめる。


「御坂美琴はこの優男の想い人だからね。こういう方法をとるしかないってことよ。」

「お恥ずかしい話ですが、僕は御坂さんに一切攻撃することは出来ません。
 今回は後衛に徹することになりますので、どうしても麦野さんの協力が必要だったのです」


想い人ねえと麦野は興味なさげに呟き、鼻で笑いとばす。


「はっ、『グループ』総出で仲間の好きな子守るために無駄なリスク負うってか?
 ウチらのことおままごと呼ばわりしといて恥ずかしくないわけぇ?」


土御門にこれでもかと言う位見下した視線を向ける麦野。
だが彼は相変わらず余裕の態度でこちらを見据えていた。
やがて車が止まる。
学区は分からないが、窓ガラスの割れた建物や人気の無い建物がいくつも並ぶ裏通り。
どこぞのスキルアウト達がアジトとして使用していた区画だった。
明かりのほとんど無いその裏通りを照らすように、空には円い月が輝いている。
一同は車を降り、キャンピングカーが走り去るのを見送った後、
土御門はポツリと呟くように言った。



386 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 21:42:22.67 ID:DaR6wgwo

「さっきの質問に答えてやるぜ。
 当然だ。『超電磁砲』 を失うってことは、海原も失うってことだからな。
 別に仲間意識じゃねえ。それじゃ『上』 の連中を出し抜けなくなっちまうからだ」

「出し抜く?」


歩きながら、土御門の背中に問いかける。
人気のまるで無い、月明かりだけの夜の静寂は、別世界に迷い込んでいるような錯覚を麦野に与えた。


「そうだ。俺や結標にもそれぞれ守らなくちゃならねえものがある。
 何の役にも立たねえはずなのに、どうしても捨てられねえもんがな。
 今回のことは分かりやすい例だ。
 『上』が与えてくることをただこなすだけじゃ、得をするのは奴らだけ。
 普通にやってるだけじゃ、大切なものは守れねえ」


結標や海原の顔をチラリと見る。
二人とも土御門の言葉に耳を傾けながら、周囲を注意深く見回していた。


「さっきは『上』は御坂美琴に死なれちゃ困ると言ったが、実際はどっちだっていいんだ。
 脳みそさえ残っていればあとはレベル5を吐き出すだけの機械にだってしちまえるからな。
 だからどっちにだって転ぶ勝利条件を突きつけて、終わってみれば奴らだけが
 勝つようになっている」


土御門は振り返り、黙って話を聴いている麦野の隻眼をサングラス越しに力強く見つめた。



387 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 21:45:03.54 ID:DaR6wgwo

「その仕組みが俺たちには我慢ならねえ」


強い意志を感じる言葉だった。
『上』の連中を出し抜く。
麦野には考えたこともないことだった。


「出し抜くって…何するつもりよ」
「そこまで話す義理があるか?俺たちと行動を共にするってのなら教えてやるよ」


土御門は肩をすくめた。


「御坂さんは、彼女の想い人のために行動しています。
 『一方通行』の実験に、たまたま関わってしまったただの一般人のね」

「…そいつ、よっぽどお人よしなのね」


麦野の呟きに、土御門も声をあげて笑う。


「違いないな。そいつ、上条当麻は俺の友達なんだ。いつも不幸だ不幸だ嘆いてるくせに、
 困った奴を見ると進んでトラブルに飛び込んでいく、ドが着くお人よしだった。
 そいつも今や病院のベッドで目を覚まさず、集中治療室から出られねえ」


懐かしそうに、そして忌々しげに土御門が言う。


「御坂さんも暗部とは一切関わりのない一般人でした。
 普通に学校に通う、ただの明るくて優しい女の子だったんです」



388 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 21:47:54.66 ID:DaR6wgwo

海原は苦笑しながらそう言う。
実際御坂は暗部と無関係というわけではない。麦野も一線交えたことがある。
しかし、程度で言えばやはり一般人と言っても差し支えはないだろう。
海原に続いて再び土御門が口を開く。


「だからな、麦野。そんな平和ボケした奴らがこんなとこでくたばっちまうってのも、
 胸クソ悪ぃ話だろ?」

「そんなこと、私に言ってしまってもいいの?優等生は、告げ口くらいするかもよ?」


挑発するように麦野。


「そりゃ困る。でもお前なら分かると思うんだがな」

「私が?んなもん分かるわけ…」


頭の中に『アイテム』の連中の顔が思い浮かぶ麦野。
土御門の言葉は、麦野に迷いを与えた。
暗部組織として、ただ学園都市の便利な矛で在ることに対して。
それはある種彼の思惑通りなのだが、もちろん麦野は気づかない。
だがもし今回のようなことが自分の身に降りかかったとき、
果たして自分は彼女たちのために行動することができるのだろうか。


「お喋りはここまでだ。そろそろ『超電磁砲』の隠れ家に入る。くれぐれも頼むぜ、麦野」

「…ま、保証はしないけど」


頭に浮かんだ疑問の答えを出すことはなく、麦野は土御門に平坦に応えた。
月明かりだけが狭い路地を上空よりわずかに照らす。
『超電磁砲』との最後の決戦が今、幕を開けようとしていた。



389 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 21:51:20.01 ID:DaR6wgwo

―――――――


時間は少し巻き戻る。
それは、麦野が病院に担ぎ込まれた次の日のことだった。
とある病院、白い壁に三方を囲まれた部屋の中で、黒髪の少年が呼吸器や無数の医療器具を体に
取り付けられて眠っていた。
その部屋を残りの一方、ガラス張りの壁で挟んだ隣の部屋に、白衣を着た一人の研究員らしき女性がパソコンの前に
座って作業をしている。
室内には少年の容態を示すように安定した軌跡を刻む心電図や、身体状況を表示するモニターが
長机の上にいくつも並んでいた。


「ん?ああ、君か。おかえり」


廊下への扉が開き、そこから少女が入ってくる。
ふわりと茶色い髪を揺らし、目の下に不健康な隈を乗せた研究員の女性は、平坦な声で少女を出迎えた。


「木山春生。当麻の容態は?」


少女の名は御坂美琴。
決して笑顔の浮かぶことのないその表情の先には、ガラスの向こうで眠る少年がいた。


「問題ない。今にでも目を覚ましそうなくらいだよ。いつも通りね。
 ところで、呆れるな。君はまだそんなものを着けているのかい?」


研究者、木山春生の視線の先には御坂が私服の袖口からチラリと覗く、体をピッタリと覆う『駆動鎧』。
最低限の装甲板を残し、もはや『駆動鎧』の本来の機能などそこにはなかった。
それはただ彼女の皮膚を守るためだけのものであり、『駆動鎧』の本来の効果である身体能力の強化は
全て彼女自身の能力によって賄われている。



390 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 21:52:58.78 ID:DaR6wgwo

「いつ襲われるか分からないからね。ま、保険よ。
 私は今や学園都市中の暗部組織から追われる身なんだから」


どこかの自販機で買ってきたらしいヤシの実サイダーとかいう不可解な飲み物を飲む御坂を見て木山は眉を顰める。


「君はいつまでこんなことを続けるつもりだね?」

「何がよ?」

「学園都市中の暗部組織を敵に回して、最後に何が残るというんだ」


淡々と言葉を続ける木山。
ジュースを飲みながら、御坂は何を今更と言いたげにとため息をついて虚空を見つめる。


「何も残らないわ」

「困った子だな。君には借りがあるからこうして協力しているが、君がそんな調子だと私も…」

「何言ってるの?」


御坂は立ち上がり、木山を真っ直ぐに見下ろしながら言った。


「もう何度も言ってるはずよ。
 私は当麻をこんな風にした奴らを全員この世から消すの。
 超能力者も。暗部だとかいうわけのわかんない連中も。
 この街に、何一つ、残さない」


いつしかかつてのキラキラとした輝きを失っていた瞳で、木山を見据える。



391 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 21:55:39.47 ID:DaR6wgwo

「それは大層なことだな。せいぜいがんばりたまえ。
 そんな未来の話をされても、私には付き合いきれないな」

「大丈夫よ。もうそんなに時間はかからないと思うから」

「何?」


木山は作業の手を止めて御坂を見上げる。


「昨日、第二位の垣根帝督を殺したわ。それから第四位の麦野沈利にも傷を負わせた。
 これも近々止めを刺しに行かないとね。
 これで一位から四位はほぼ完全に掌握済みってわけ」

「そうか。それはすごいな。『一方通行』の件は全くの偶然のようだが」

「そうね。でも、現に私は勝ってる」


ガラスの側に寄り、眠り続ける少年を見つめる。
黒髪の少年こと、上条当麻が意識不明の重体となったのはもう2ヶ月も前のことだった。
彼は御坂と共にとある実験を阻止するために学園都市第一位『一方通行』に戦いを挑んで、敗れたのだ。
いや、敗れたというよりは、引き分けたと言った方が正しい。
『一方通行』に確実にダメージは与えた。
だが意識を失った彼はそれきり目を覚まさない。
上条当麻を失った御坂美琴は『一方通行』に対する憎しみと、上条を失った悲しみで心を閉ざした。
だがそれからしばらくして、『一方通行』の実験は凍結されたという噂を聞き、彼のことを調査していたところ


「『一方通行』は脳に損傷を受けて、その演算能力を助けるための代替品として」


「ミサカネットワークが選ばれたんだね?」



392 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 21:57:33.49 ID:DaR6wgwo

背後から男の声。
カエル顔の医者がそこに立っていた。
ここは彼の病院の特別病棟の一つ。上条の健康状態を管理しているのは彼だった。


「ほんとにラッキーだったわ。『一方通行』があのまま健康体だったら勝ち目はなかったかもしれない」


そう。
『一方通行』が脳の演算能力を補うために利用しようとしたのは、御坂と同じDNAマップを持つ1万人の
『妹達(シスターズ)』による脳波リンクだった。
御坂は自らの能力で脳の波形パターンをそっくりそのまま『妹達』と同じものに変換し、
ミサカネットワークをハッキングしたのだ。
それは上条を失ったことで崩壊する『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』が引き起こした暴走だった。


「よくも僕が助けるはずだった患者の能力を奪ってくれたね?」

「ふん、だから生かしておいてあげてるんでしょ?
 こうして当麻の面倒を見てもらってることには感謝してるんだから」


恨めしそうに言うカエル顔の医者に、悪びれもせずそう返す。
1万人分のミサカネットワークによって脳の処理能力は格段に上昇。
それによって現在は上位固体すらネットワークへの介入は不可能となり、
今、ミサカネットワークは完全に彼女の支配下におかれている。



(最後にはきっちり死んでもらうけどね。当麻をこんな風にした奴を、どうして生かしておかなくちゃいけないのかしら)



393 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 21:59:33.28 ID:DaR6wgwo

故に『一方通行』も目を覚まさない。目を覚ましたところで、何も出来ない。
カエル顔の医者の顔を立てて命だけは奪わずにいるが、全てが終わったら『一方通行』も始末するつもりでいた。


「皮肉なものだな。君が止めたはずの『幻想御手(レベルアッパー)』のシステムを、まさか君自身が取り込むことになるとは」


カエル顔の医者が隣の部屋で上条の容態を確認するのを眺めながら木山がつまらなそうに言う。
これは、かつて木山春生が引き起こした『幻想御手』事件にもヒントを得た。
『幻想御手』は使用者を同じ脳派のネットワークに取り込むことで能力の幅と演算能力を大幅に高めるものだ。
同系統の能力者の思考パターンを共有することで効率的に能力を扱えるようにするという理論で、
系統がバラバラの無数の能力者を取り込んでもレベル2がレベル4相当にまで力を増すことになるというような、強力なものだった。


これを1 万人の発電能力者でやるとどういうことになるのか。


答えは単純だ。
学園都市最強の能力者が出来上がる。
おまけに使用者は最初からレベル5。
もし相手に触れることが出来れば、その脳波信号を操ることだって可能なのだ。
『幻想御手』は最終的に他人の脳波を強要され続けることで脳の自由が奪われ、昏睡状態に陥ってしまう。
しかし、全て同じ脳波パターンを持つミサカネットワークならばその心配もないというわけだ。


「それでも全力の『一方通行』には指一本触れられない」

「なるほど、合点がいったよ。そこで、『ソレ』がでてくるわけか」


木山は御坂の右手に装着された手甲を見やる。


「そう。当麻が目を覚ますまで、私が上条当麻を続ける」



394 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 22:01:27.46 ID:DaR6wgwo

疑似『幻想殺し(イマジンブレイカー)』と御坂は呼んでいた。
学園都市にはAIMジャマーという装置がある。
AIM拡散力場を乱反射させることで能力使用を妨害する装置で、
主に少年院などの能力使用を制限する必要のある場所に設置された巨大な機械のことだ。
彼女は効果範囲を右拳周辺だけに限定することで小型化したものを装備している。
本来は大量の電力と演算能力を必要とする装置だが、どちらもミサカネットワークと彼女自身の
能力によって問題なくクリアされていた。
これを叩きつけるとどんな能力も一瞬だがその効果を失う。
本来、AIMジャマーもキャパシティダウンも、能力を完全に打ち消すものではない。
だが、ミサカネットワークにおける有り余る演算能力と、御坂自身の膨大な電力を悠々と注ぎ込み、
本来の装置ですら出せない圧倒的な出力によって、あたかも能力が一瞬にして打ち消されたように見えるのだ。
もちろん、レベル5に試したのは垣根が初めてだった。
しかし今の時点では問題は無く、垣根帝督も麦野沈利もこれを利用することでイニシアティブをとることができた。


「君は彼が本当にこんなことを望んでいると思っているのかね?」


木山春生は呆れたようにため息をつく。
上条当麻は御坂美琴に人殺しになってまで自分の仇を討って欲しいと思うだろうか。
御坂はこの質問をされるといつも言葉に詰まった。


「仕方ないじゃない…」


右手を胸に抱き、眠る上条の顔を見つめる。


「こうでもしなきゃ、壊れちゃいそうなんだから…」


距離単位1の相手。
彼を失ったその日から、御坂美琴は全てを捨てた。
学校にも通わず、暗部組織の情報をどこからか拾ってきては次へ次へと繰り返す。
路地裏のスキルアウトも含め、ここ2ヶ月で彼女が潰した組織の数は実に100にも上っていた。
確実に暗部の底の底へと、日に日に大きくなる彼への想いに胸を焦がして、
彼女は闇の奥深くへと全力疾走していくのだった。



395 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 22:04:27.94 ID:DaR6wgwo

―――――――


「っていう具合に、麦野は今日も健やかだった訳よ」


間も無く夜の帳が下りようとする時間帯。
フレンダが目の前に座る浜面に、本日の麦野の体調を報告し終えた。
3日前に麦野と一悶着起こした後、病室まで行けなくなってしまった浜面は
こうして毎日いつものファミレスで彼女の体調を確認しているのだ。
もちろん御坂美琴についての情報共有の意味合いもあるが、
浜面にとっては目下麦野のことを聴くのが主な目的となっていた。


「超情けないですね浜面は。男らしく直接会いに行けばいいんですよ」


絹旗が報告料として浜面に奢らせたパンケーキをハムハムと齧りながら言い放つ。


「そうはいかねえだろ、来るなって言われてんだから。
 もう行っても俺にできることはねえし、麦野が自分で自分に決着つけるしかねえんだ」

「案外冷たいなあ浜面は」


フレンダも浜面の奢りと言う事で苺生クリームパフェの牙城を切り崩しつつそう言う。


「そりゃ俺だって行きたいけどよ…」



397 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 22:08:58.60 ID:DaR6wgwo

行ってもまた先日と同じような状態になることは目に見えている。
説得してどうなるものでは無さそうだし、麦野の中に何らかの変化がなくては先へは進まない。
だからこそ寒い懐をさらに冷やしてまで麦野の様子を毎日聞いてそのきっかけを探そうとしているというのに。


「何で毎日奢らなくちゃいけねえんだ…。もう金ねえぞ」

「私らに依頼するんだから当然な訳よ。たかだか499円のデザートで『アイテム』に仕事頼めるなら安いもんでしょ」


パフェの頂上に乗ったサクランボをぱくりと食べてフレンダは笑う。


「そりゃそうだけどよ。っつか滝壺はどうしてるんだ?」

「一応メールは毎日してます。気にはしてるみたいですけど」

「どうしちまったんだよ二人とも。確かに正反対の性格だけど、喧嘩してるとこなんて見たことねえぞ」


浜面は頭を抱えてテーブルに突っ伏す。


「何言ってるんです。あの二人ああ見えて超仲良いんですよ。
 こんなこと今まで無かったから私たちだって困ってるんじゃないですか」

「え、そうなのか?」


皆を引っ張っていってくれる頼れる麦野と、皆の背中を押してくれるような優しい滝壺。
一見真逆のように見えるが、言われてみれば確かに相性は良いのかも知れない。



398 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 22:10:41.95 ID:DaR6wgwo

「結局、浜面ってば二人のこと何にも知らない訳よね。
 何で滝壺は体を蝕むと分かってて体晶使ってると思ってるの?」

「なんでってそりゃ…あれ、何でだ?」


滝壺の能力は確かに強力だが、体晶という意図的に拒絶反応を起こさせ能力を暴走状態にする
薬を使わなくてはその実力を発揮できない。
しかし、体晶を使えば滝壺の体は確実に崩壊へと近づいていくのだ。
だから普段の『アイテム』の仕事でも、敵に強力な能力者がいたり、速やかに仕事を終わらせる必要が無い限りは滝壺に
それを使用することを禁じている。
必要とあらば麦野は容赦なく滝壺に使用を命じるが、彼女はそれを拒んだことはなかった。
死の危険にすら繋がる劇薬であるはずなのに、滝壺は何故命令どおりにそれを使うのだろう。
浜面はかねてより疑問だった。


「結局、浜面は何にも分かってないね。滝壺が麦野の信頼に応えたいと思っているからだよ」

「あぁ?意味わかんねえよ。自分が死ぬかもしれないのになんでそんな…」

「うん、だからさ。滝壺は麦野のためなら死ねる訳よ」


フレンダはあまりにもあっさりと、衝撃的な言葉を口にした。


「なんだって?」


浜面はその言葉を受け止めきれず、思わず聞き返した。



399 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 22:12:48.36 ID:DaR6wgwo

「『暴走能力の法則解析用誘爆実験』って知ってる?」

「一つの単語に4つ以上漢字を使わないでくれ」

「バカ。ま、要は置き去り(チャイルドエラー)とかを使って、暴走の条件を探る為の実験なんだけど」


分かり易く言ってくれているつもりなのだろうが、もちろん浜面にはちんぷんかんぷんである。
一つ一つ理解していこうと何度も頭の中で繰り返す。
フレンダはやれやれと首を振りつつもそのまま続けた。


「滝壺は現状でその実験体な訳よ」


またしても恐ろしい言葉が飛び出してきた。
滝壺が実験体?
浜面はようやく自分の中で理解できてきた用語が一瞬にして吹き飛んでいくのを感じた。


「超正確には体晶の実験ですね。滝壺さんはその実地での実験体として『アイテム』に回されてきたんです。
 現場での有用性をテストして、体晶を利用した暴走能力を超実用化するために」

「暴走能力って…滝壺はここでそんなことをさせられてたってのか!?」


あのぼんやりとした少女がわけのわからない実験の被験者だった。
浜面はその事実がグルグルと頭の中を駆け回っている。
憤りと、驚きが同時にこみ上げてきた。


「お前達もそんな実験に加担してるってのかよ!?」



400 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 22:15:18.54 ID:DaR6wgwo

「じゃあ滝壺を『アイテム』から追い出してそれで実験は終わる?
 結局、浜面ってばバカなんだよね。
 ここからいなくなった滝壺は晴れて処分されるか、他の組織に押し付けられて
 死ぬまで使い潰されるってオチが待ってる訳よ」


鋭い目つきでフレンダが浜面の脊髄反射的な反応を罵る。
確かにそうかもと浜面は唸った。


「最初は麦野も超ご立腹でしたよ。
 変な実験のモルモットの面倒を見ろと言われて、暴走して自分たちに牙を向くかもしれない
 得体の知れない能力者を置いておけるかバカー!って」


麦野なら言いそうだと浜面は彼女の顔を思い出す。


「けどそこは麦野。滝壺さんの能力の有用性と、危険性に気付くと
 その使用を極力セーブするように命じたんです」

「麦野ってRPGとかでコンピュータにガンガンいこうぜしか命令しなさそうなイメージあるけど、意外だな」

「ゲームしないから意味が分からない。ま結局、麦野は独占欲の強い女だからね。
 自分の組織の人間のことについて『上』から色々言われることに段々腹が立ってきた訳よ。
 実際滝壺が死ぬとこっちも商売あがったりってこともあるしさ」

「だから滝壺の能力を極力使わないようにして実験の進行を遅らせてやろうってことか?
 まあ麦野らしいけど、どうせなら絶対使わせないようにして欲しかったもんだな」



401 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 22:16:37.69 ID:DaR6wgwo

呆れたような浜面。
必要な時は容赦なくその使用を命じるのは麦野らしいと言えばらしいが、
滝壺の命が関わってくることなので笑えない。
だが浜面の言葉に、フレンダと絹旗は冷たい視線で答える。


「ん?な、なんだよその顔は…」

「浜面ってどこまで超浜面なんですか?」

「ここまで言わせてそんな言葉がまだ出てくるなんてね…」


はぁーという心底呆れ返ったため息をつく二人。
フレンダが説明しようとしてくれたのか、身を乗り出してこちらの顔を覗き込んだそのとき、
彼女の目の前に置いてあった携帯がブルブルと振動して着信音を鳴らした。


「おっと、電話だ。あれ、病院?麦野が部屋でも壊したか…?はい、もしもし?」


やれやれとフレンダは席を立ち、電話を耳に当てる。
それを横目に身ながら、絹旗が浜面の顔に指を突きつけた。


「いいですか浜面?何で滝壺さんに能力を使ってもらうのか…」


「それはね、はまづら。私のためなんだよ」



402 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 22:20:00.00 ID:DaR6wgwo

浜面の背後から、聞き覚えのある声がかけられた。
振り返ると、ピンクのジャージ姿の滝壺が立っている。


「滝壺か、どうしてここに…」


彼女は電話をしているフレンダを一瞥すると、席には座らず立ったまま浜面に告げる。


「って言うか滝壺のためって…あっ、そういうことか!」


浜面は気付いた。
何故緩やかに崩壊へ向うと知って滝壺の力を麦野が利用するのか。
滝壺がどうなろうと知ったことじゃない?
使える能力なのだから使う?
違う。
確かに麦野ならそれもあるだろう。
彼女自身でもそう思い込んでいるだろうし、尋ねられてもそう答えるだろう。
だけど、麦野には他に理由があったんだ。


「滝壺を『アイテム』の一員として認めるためか…」


滝壺が首肯した。
麦野は滝壺の能力が『アイテム』に必要なものであるという証として、彼女に能力を使わせる。
もし滝壺が一切能力を使用することを禁じられたら、単なるお荷物として『アイテム』に置かれる身となる。
そんなとき滝壺は、一体どれほど惨めな気持ちで日々を過ごすことになるのだろうか。
運動神経が発達しているわけでもなく、演算能力が高いわけでもない。
そんな人間が、実力が全ての暗部組織において何ができるのだろう。
結果を出せない滝壺を『上』が『アイテム』 から追い出すよう命じてくるかもしれない。
一向に進展しない実験体を、研究所側は回収し、さらに効力の強い薬を使わせるかもしれない。



403 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 22:22:31.59 ID:DaR6wgwo

「むぎのは私に居場所を作ってくれたんだよ…」


そうならないためにも、適度に結果を出す必要があった。
現に、滝壺の能力は麦野の『原子崩し』を効率良く行使するための恐るべき観測手となり、
もはや『アイテム』の核として機能している。
麦野はいつしか彼女の能力を信頼し、ここぞというときにはためらい無く使用を命じた。
実験動物として死んでいくはずだった滝壺を守るために、あえてその実験を続け、居場所を作った。
麦野はきっと否定するだろう。
きっと自分でも気付いていないに違いない。
だが紛れもなく彼女は滝壺のために行動を起こし、結果として滝壺は現状を維持することが出来ている。
滝壺にとって、麦野のために体晶を使う理由としてはそれで充分だったはずだ。


「どこまで回りくどいんだ。自分まで徹底的にだまくらかして。
 マジでひねくれた奴だな…。けど、それなら滝壺のために実験施設の一つ二つ壊してやればいいのに」

「駄目だよはまづら。実験は必ずまた別の研究機関に引き継がれる。
 そうなったら、私以外にも犠牲者が出るかもしれない」

「それに浜面、私たちはこれでも超暗部側の人間なんですよ?正義の味方じゃありません」


実験を止めることは学園都市暗部全てに本格的に喧嘩を売らなければ無理ということだ。
だが、今それをやろうとしている人間が敵にいる。
ここにきて初めて浜面は、麦野と御坂のことを素直に尊敬した。



404 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 22:24:15.35 ID:DaR6wgwo

(麦野…お前にだってやればできるんじゃないのか?)


ちらりとそんなことを思う浜面。
滝壺を救うために、麦野が立ち上がってくれればと他人任せの希望を持ってしまう。
悔しさから浜面は拳を強く握った。


(じゃあ俺に出来ることはないのか…?
 麦野、お前は滝壺のそんな状態を知って、疑問を持たなかったのか?)


浜面の問いに答える者はない。
歯噛みする浜面の元に、フレンダが慌てた様子で戻ってきた。


「ヤバイヤバイ!麦野が病院抜け出した!!」

「あいつは…」


それを聞いて浜面は頭を抱える。
ほんの数日の入院でもう抜け出すとは相変わらず大人しくしていられない奴だ。
しかし、呆れ半分の浜面とは裏腹に、滝壺の表情が浮かない。


「むぎの、さっき知らない男の人と車に乗っていくのを見たよ」

「なんだと?」


驚きの表情を浮かべて浜面。


「むぎの、すごく怖い顔をしてたから…たぶん」

「麦野の顔が超怖いのは今に始まったことじゃないですが」



405 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 22:25:58.20 ID:DaR6wgwo

クソッと浜面はテーブルに拳を叩きつける。
これは自分にだって分かる。
御坂の情報を集めていたこと、その目的が分かったこと。
それと照らし合わせればすぐに分かることだ。
きっと彼女は今日、御坂の居場所を突き止めたんだ。
だから当然麦野の向った場所はそこになる。
皆同じように思ったか、ため息をつく音が重なった。


「なんで言わない訳よ麦野」

「まあ相手がレベル5ですからね。超足手まといなのは事実ですが」


自分たちは戦いの役には立たないか。
浜面は悔しさより怒りのほうが勝っていることに気付く。
それは麦野に対してというよりは、麦野と共に戦いたいと思っているのに、
それを許されない自分自身に対してだった。


「はまづら、車を用意して」

「ですね。それしかないです」

「え?」


これからどうしようと思案し始めたとき、滝壺がポツリと言う。
全員意外そうな視線で彼女に視線を集める。


「今は『そのとき』だよ」


滝壺がポケットから白いピルケースを取り出した。



407 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 22:29:37.47 ID:DaR6wgwo

「滝壺お前…」


それが何を意味するかは分かっていた。
『能力追跡(AIMストーカー)』。
袂を別ったはずの麦野のために、滝壺はそれを使おうとしている。


「むぎの、すごく反省してるみたいだね。
 私がむぎのに何を気付いて欲しかったのか、伝わっているなら、許してあげよう。
 伝わってるって、信じよう」


謡うように滝壺は呟く。


「だから、むぎのの答えを聴きに行こう」


そして滝壺はわずかな微笑を滲ませる。
その様子に、フレンダと絹旗は顔を見合わせ頷く。


「何してんの浜面?下っ端はさっさと動く動く!」

「独断先行に報告義務まで怠って、これは麦野、超オシオキですね」


3人は浜面に伝票を押し付けてファミレスを出て行く。
浜面は彼女たちの背中を見ながらフッと息を吐いて笑った。
特別な理由なんて必要ない。
麦野が自分たちを戦力として当てにしていなくたって。
彼女が『アイテム』という小さなチームに彼女なりの信頼を置いていることを、
浜面は知っているから。


「しょうがねえな。あのバカを迎えに行くとするか!」


自分たちが『アイテム』に存在していることを証明するために。
学園都市の掃き溜めのような場所で、いつだって4人は闇の中を足掻いてここまで生き残ってきた。
だから滝壺達は、何度だって麦野を追いかけるんだ。



408 : ◆S83tyvVumI:2010/04/28(水) 22:32:01.16 ID:DaR6wgwo
本日は以上です。
ではまた



417 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/04/28(水) 23:09:00.40 ID:gswe2K2o

よかった・・・右手のなくなった上条さんはいなかったんだね




418 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/04/28(水) 23:24:30.83 ID:WB5buTI0
>>417
俺も美琴がリアルゲコ太脅して上条の右手を自分に移植させたのかと思ってた




423 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/04/29(木) 06:36:46.16 ID:q2mPYQc0
今読み追いついたがいいなぁ面白い
結構な弄り方してるはずなのによく調和してること




436 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 01:35:12.88 ID:dWbbv3Io

―――――――


廃墟が並ぶ元スキルアウトのアジト。
麦野は膨大なAIM拡散力場のうねりを肌にビリビリと感じていた。
足を一歩前に突き出すだけでも額に汗が滲み、
どこから飛んでくるか分からない電撃への警戒を一瞬たりとも緩めるわけには行かなかった。


(なんだこの気配…。あいつにはもう見えてるっての?)


ギラつく視線で全身をねめつけられるようなおぞましい敵意。
土御門は拳銃を携え辺りを警戒しながら前を歩く。
そのときだった。
バチッ。
空気が震えるその音を、麦野は聴き逃さない。
およそ頭上20メートル。
廃墟の屋根から屋根に渡すように張られた鉄筋に磁石のように足の裏を張り付かせ。
真っ逆さまの状態で彼女はこちらを見ていた。
光を宿さない淀んだ瞳。体を覆う薄い『駆動鎧』。右手の黒い手甲。
そして突き出されている左手。
一条の稲妻が暗闇を白く照らして奔る。


「お出ましね!『超電磁砲』!」


最初に動いたのは結標だった。軍用懐中電灯を引き抜き、4人の頭上に光を走らせると、
巨大なコンクリートの塊が雷の進路を妨げるように現出する。
『座標移動(ムーブポイント)』。
物体との接触無しに最大4520kgの物体を 800m以上に渡って移動させることが可能な、
『空間移動系能力』の最高峰。
彼女の隣に鎮座していた廃墟の壁の一部がまるごと盾となって建物間に橋を架ける。



438 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 01:36:43.20 ID:dWbbv3Io

「お化け屋敷にいる気分だわ!」

「もう気付かれていたようですね」


頬に汗を一筋流し、海原が呟く。
電撃が轟音と共にそのコンクリートを打ち抜く前に、4人は散開して敵の姿を捕捉する。
逆さまに張り付いていたはずの御坂はどこかへと消えていた。


「建物の中だ!奴には見えてる!止まるな死ぬぞ!」


土御門の言葉通り、次の瞬間コンクリートの壁をぶち破って3枚のコインが音速の3 倍で射出される。
麦野はその方向に向けて右手を突き出し、青白い電子線を放った。
豆腐をハンマーで叩くような容易さで壁は砕け散るが、御坂を仕留めるには至らない。
ジャングルジムのような廃墟街を縦横無尽に駆け回り、あらゆる角度から的確に放たれるコイン。
その方向に向けて結標も電柱や鉄筋を飛ばしているようだが、御坂からの攻撃が止むことはない。


(とにかく視界が悪すぎる…まずは建物をどうにかしないと!)


麦野は莫大な威力を持つ電子線で堅牢な壁をなぎ払う。


「お前ら滅茶苦茶してくれるな」

「なに?問題ある?」

「いいや、頼りにしてるぜ」



439 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 01:37:43.58 ID:dWbbv3Io

降り注ぐ粉塵の中に微かに御坂の姿が見えてきた。
しかし、この廃墟街は広大だ。
彼女はコインで建物をぶち抜きながらその奥へ奥へと駆けていく。
そのときだった。
今度は御坂が逃げていくのとは逆方向。
そちらにあったはずの建物が、ガラガラという轟音と共に崩れ去っていく。
4人が入ってきた路地の方からカツンカツンという足音が聞こえてきた。
御坂に仲間がいたのか?



「レェェェェェェエエエエルガァァァァァァアアアアアアアアアンッ…!」



違う。この声は。
焼け爛れ、黒く焦げ付いた皮膚を張り付かせながらも整った顔立ちに浮かぶ憤怒と憎悪。
煤けた明るい色の髪を靡かせて、体中から医療器具のチューブを突き出した男は吼える。
肉食獣のような瞳をギラつかせ、行く手に立ちはだかるもの全てを粉砕するように。
その男の背中には、3対の巨大な翼が白く輝いていた。



440 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 01:39:37.35 ID:dWbbv3Io

「垣根……帝督…」


麦野が呟く。
『未元物質』。垣根帝督。
御坂美琴の10億ボルトの電撃を食らい、死んだはずの男。
背中に天使の翼を携えて、レベル5の悪魔は瓦礫を背に降り立った。


「ちっ!第二位が何でこんなところにいるのよ!」

「まるでレベル5のデパートだな」


土御門は軽口を叩いて突如現れた垣根に向けて引き金を引き絞る。
だがその弾丸は垣根に届くことなく彼の前方1メートルのところで彗星のように燃え尽きた。


「…何してやがる?俺の『未元物質』に常識は通用しねえ。
 そこをどけ三下共がァッ!」


20メートルもの翼を振り回し、建造物をおもちゃのようになぎ払う。
その瓦礫をかわしながら、海原が黒曜石のナイフを垣根に向けた。
『トラウィスカルパンテクウトリの槍』。
金星の光を不可視の光線として放ち、直撃したものを『分解』する一撃必殺の魔術だ。


「そういうわけにはいきませんね。あなたは御坂さんを殺そうとしていますね?」


上空から収束された一条の光が垣根に向けて迸る。
だが垣根の白い翼はその光を受け止め、速度を殺さず海原に襲い掛かった。



441 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 01:41:14.95 ID:dWbbv3Io

「さすがは第二位だ。そう簡単に当てさせてはもらえませんね」


その翼が海原の首を切り離そうと疾走した瞬間、彼の体は音も無く消え失せた。


「嫌になるわよねほんと!」

「すみません、結標さん」


結標が海原を能力で自らの側まで引き寄せ、攻撃をかわす。


「ウザってぇゴキブリ共だ。テメェら邪魔する気か?いいぜ、ムカついた。
 クソと一緒に埋めてやる」


ゴバッ、という音と共に翼が展開され、それそのものが生きているかのように暴れだす。


「麦野!『超電磁砲』を追え!」


土御門が叫ぶ。


「とにかく目的を果たせば退却できる。ここは引き受けてやるから急げ!」

「そ、分かったわ。がんばって」



442 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 01:41:50.96 ID:dWbbv3Io

麦野は即答で頷いた。
彼らがこんな面倒な相手を引き受けてくれるというなら拒む手はない。


「ちょっとは躊躇いなさいよね!」


呆れたように結標が言う。


「冗談。アンタらは私のためにせいぜい時間稼ぎでもしてろよ」


と麦野は路地の奥深くへと駆け出した。


「むかつく女!」


背後から届けられる破壊の音。
彼らの安否に興味はない。
御坂との戦いを終えるだけの時間を稼いでくれるなら、それで麦野には充分だった。



443 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 01:43:08.14 ID:dWbbv3Io

―――――――


しばらく走ると、奥に広い空間があった。
噴水のようなものの跡地が残っていることから、どうやらここは広場だったらしい。
周りを取り囲むのは相変わらず人気の無い建造物。
学園都市の都市開発はもう少し落ち着いてやるべきだと麦野は思った。


「しつこいわね、そんなに死にたいの?」


その広場のド真ん中に、御坂は立っている。
バチバチと体中から電流を迸らせ、麦野と対峙する彼女は挑発するように言葉を投げつけてきた。


「こっちの台詞だバカ中学生。こんなとこに隠れ家作っちゃうなんて、あたしだけの秘密基地ってか?
 今時こんなこと小学生だってやらねえぞォ?」


麦野もそれに呼応するように彼女を嘲り笑う。


「ここなら誰も来ないからね。今はスキルアウトだって近づかない場所だから。
 ウザったい『警備員(アンチスキル)』とかにも気付かれないの」

「アンタ、もう戻れないけど覚悟できてんでしょね?暗部に堕ちた人間は、二度と表舞台に這い上がれないわよ?」

「ええ、そうね。だから私は最後まで戦うしかないのよ。
 アンタ達暗部なんて訳の分からないもんが、この街から消えてなくなるまで」

「そんなこと本当にできると思ってんのかよ?」



444 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 01:44:14.65 ID:dWbbv3Io

麦野は顔を歪めて御坂に問いかける。
学園都市暗部は強大だ。麦野でさえ見えない闇の底に、こんな中学生一人が立ち向かって、一体どうなると言うのか。
吐き捨てるような言葉に、御坂は迷わず答える。


「思ってるわ」


何一つとして疑わない。そんな表情だった。
彼女は心の底から信じている。かつての眩しい輝きを失って、闇に染まっていたとしても。
御坂美琴は、己の行動を一切疑わない。
彼女は本当に信じているのだ。この学園都市の裏側に戦いを挑んで、最後まで勝ち残ることを。
御坂の視線に、麦野は奥歯を噛んで言葉を返す。


「悪いけどさせるわけにはいかねえんだよ。こっちにも色々都合があるもんでさ」

「じゃあ止めてみれば?」


淡々と御坂は言い放つ。
それは自信の表れか、それとも後には引かぬ覚悟だったのか。
堅く引き結ばれた口元で、澱み無く、彼女は言った。


「アンタに、一万人の脳を統べるこの私を止められるかしら?」



445 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 01:45:34.80 ID:dWbbv3Io

叩きつけるような声。そして左手を麦野に向けて突き出し、コインを射出する。
音速の3倍の砲弾が麦野へ向けて放たれる。
だが麦野は『原子崩し』の噴出でそれをかわし反撃に転じる。
御坂に向けて放たれた青白い閃光は彼女の右手によって打ち消された。


「ムカツクおもちゃだこと」


奥歯を噛む麦野。
その瞬間。


「アンタも、あの時はよくもやってくれたわね」

「ガ…ぁッ…!」


ポツリと御坂が呟いた瞬間、彼女の膝が麦野の肉の薄い腹へとねじ込まれた。
磁力を宿した体が建物の鉄筋に引き寄せられるように加速したのだ。
見えていても避けられなかった。
麦野は腹を押さえてうずくまる。
追い討ちをかけるように御坂の手には剣が握られていた。
砂鉄を収束し、振動させることによってあらゆるものを切断する電動鋸。
それは麦野の首に向って容赦なく振り下ろされる。


「げほっ…!さ…せるかッ!」



446 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 01:46:45.99 ID:dWbbv3Io

右手から放射される『原子崩し』が麦野の体を反動で弾き飛ばす。
しかし御坂は脳内を走る自らの電気信号を操れる。
あまりにも不自然な動きでこちらに向き直りながら麦野に飛び掛ってきた。
左手を突き出してコインを放つ。
慌てて遮蔽物の陰に飛び込む麦野。
攻撃をかわしてチラリと敵の姿を覗きこむが、そこには御坂の姿はなかった。


(どこへ…?…しまった!)


麦野は慌てて瓦礫の陰から飛び出す。
すると、1秒前に麦野がいた地点に巨大な鉄筋が轟音と共に突き刺さった。
麦野は走る。
彼女の後を突いて回るように、鉄筋が天から降り注ぎ、コンクリートの大地に突きたてられていく。


「こんなもんまで磁力で操れんのか!便利な能力をお持ちで羨ましいことですわねお姉様!」


麦野は姿の見えない御坂を探しながら、鉄筋を電子線で融解させていく。
ふと、目の前の建物の三階で、キラリと何かが光った。


「クソッ!あんなとこにいやがったか!」


そちらの方へ向けて電子線を放つ。同時に超音速のコインが麦野の背後の建物の壁を粉々に吹き飛ばした。
砂埃に視界を隠されながら、麦野は御坂の姿を探す。
巻き上げられたコンクリートの細かい破片が視界を悪くしているため、うまく視認できない。



447 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 01:48:34.77 ID:dWbbv3Io

「出て来い売女がァ!」


言われて出てくるようではそもそもこんな苦労はしないわけだが。
絶えず降り注ぐ裂空の弾丸。
どこから見られているか分からない麦野は建物の内部に飛び込む。


「どこ行きやがったァ!出てこいコラァッ!」


声を張り上げる麦野。
すると、窓の外から建物内に次々と鉄筋が差し込まれていく。
壁が。窓が。床が微塵に砕け散る。
さらに、今度は上階から超電磁砲を撃ち込まれ、麦野は『原子崩し』の放射によって咄嗟にかわした。


(おかしい…。今の明らかに真上の階から撃ってきたし、こんなポンポンコインぶち込めるもんなの?)


肩で息をしながら、あちこちにできた擦り傷を拭う。
またしても立ち止まった瞬間にコインが上階からほぼ垂直に撃ち込まれた。
飛ぶようにそれをかわして、麦野は天井に向けて電子線を奔らせる。


(加えてこの索敵範囲。遮蔽物やらデカい建物やらで入り組んだこの廃墟街で、あまりにも的確に私の位置を掴みすぎてる…!)


まるで滝壺の能力のように。
麦野はぜぇぜぇと息を荒くし、体力をジリジリと削られていることを実感する。


(こいつ…何かドーピングしてる…!?)



448 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 01:51:30.15 ID:dWbbv3Io

「気付いた?」

「!」


天井から、御坂が眼前に降り立つ。
同時に彼女は砂鉄の剣を麦野の首めがけて振り抜いた。


「出やがったなジャンキーがァっ!」


右手を突き出して放っていたいたのでは間に合わない。
麦野は御坂と自らの間に電子線の壁を構築する。
御坂に向けて放射されることはないが、それに触れた砂鉄の剣が一瞬にして消滅した。
さらに麦野は電子線で構成される数個の白い球体を生み出し、複数の角度から細い電子線を御坂めがけて放出する。
しかし。
ゴキゴキ。バキバキ。
そんな音が聞こえてきそうな、歪な光景。
その細い電子線の合間を縫うように、御坂の体は脱臼し、元に戻るを繰り返す。
あまりにも不気味な動きで全ての電子線をかわしきった御坂は、もう一度砂鉄の剣で麦野を袈裟懸けに切りつける。
反射的に背後に飛ぶが、麦野は前髪と額の薄皮を斬られた。


「惜しいわ。薬じゃない。私は体から常に微弱な電磁波が出てるの。その反射波で相手の位置を察知できるってわけ。
 それがちょっとばかし範囲が広がっただけよ」


ジワリと滲み流れる血が包帯に染み込むのを感じながら、驚愕の視線を御坂に向けた。


「その気持ち悪ぃ動きもドーピングの効果ってわけかよ?」



449 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 01:52:54.34 ID:dWbbv3Io

「そうよ。ドーピングじゃなくて、演算能力を補強してるだけだけど。
 脳の電気信号を操れるようになったから、それで自分の体を動かしてるの。
 筋肉の収縮、弛緩を利用して骨を外してるってこと。
 脳内麻薬の分泌も操作できるから、痛みも無いし。
 頭の中にゴリゴリッて音が聞こえてくるのは、ちょっと気分悪いけどね。
 あー、アンタの痛覚とか操れたらいいのに。そしたら、いっぱいいっぱい苦しめてあげられるのに」


狂っている。
麦野も戦闘中の自分はそうとうハイになっていると自覚しているが、そういうレベルではない。
頬を流れていく赤い血混じりの汗が麦野の同様を如実に示していた。


「イカれてるわね、アンタ」

「暗部なんかで人殺すのが趣味みたいなアンタなんかに言われたくないわよ」

「人を変態扱いできる立場か」

「アンタ達を殺すのは好きでやってることじゃないわ。仕方なくやってるのよ。
 そこで呼吸してるアンタ達が悪いんじゃない!?
 生まれてきてごめんなさいって言えたら、自殺する許可をあげるわ」


御坂は大きく一歩を踏み込み真一文字に切り裂く。
さらにすぐさま砂鉄の剣を消滅させてその左手をバキバキとこちらに向ける。
親指以外の骨が滅茶苦茶に歪んだ左腕の手首からコインが零れ、雷を宿す。
麦野との間に一直線に稲妻のレールが敷かれた。
麦野は横に転がり、広場に出ながら御坂に向けて電子線を放つも、真正面からの攻撃ではその右手以前に
彼女自身の電子操作で弾かれ、上手く当たらない。


「はいお疲れさまっ!」



450 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 01:55:17.55 ID:dWbbv3Io

さらに今度は一発のコインが麦野の足元をめくりあげる。
直撃はまぬがれたが、爆風と共に麦野の軽い体がかなりの長さの滞空時間で宙を舞う。


「はぐっ…!」


バランスを崩して吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる麦野。
すかさず飛んでくる御坂の蹴りが麦野の胸に突き刺さり、起き上がろうとしていた体を再び大地に横たえた。


「弱すぎね。アンタ私のこと見下してたみたいだけど、やっぱ第四位で合ってるわよ。
 だってこんなとこで、このザマなんだもんね」


体中の傷が開き、服の下にぬるりとした血の感触を感じる。
倒れたときに麦野のポケットから携帯電話が零れ落ちた。
地面に叩きつけられた、裏蓋が外れて中の電池パックが露になる。
その電池パックに張られた二枚のプリクラが麦野の視界に入った。
照れくさそうに笑う自分と浜面。
笑顔を浮かべる『アイテム』の4人と浜面。
それがやけに鮮明に頭の中に入ってくる。
それを御坂は、渾身の力で踏みにじった。


「何コレ?暗部のクズでもプリクラなんか撮るのね。
 最近のプリクラてほんとすごい修正入って目とかもめちゃくちゃ大きく撮れるよね。
 でもさ、アンタみたいに全身から真っ黒いオーラ出てる外道はその汚いのまでは隠しきれないから」


御坂は何度も何度もそれを踵で蹂躙する。
麦野を心底見下した目で、いい気味だと嘲る瞳で。



451 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 01:56:40.32 ID:dWbbv3Io

「あーあー、腹立つ笑顔なんか浮かべちゃって。似合わないのよね。
 こっちは彼氏?こいつは暗部なの?この女共はこの前見たから、やっぱこっちも暗部か。
 まあどっちにしても殺すけどさ。私生活は仲良しグループで?夜は皆で殺しのピクニック?
 充実してて結構なことだわ。ムカつくわねー。ほんと早く死ねばいいのに」


ブツブツと狂ったように携帯を踏み砕いてゆく御坂の足を、麦野は無意識のうちに掴んでいた。


「それは…駄目」

「はぁ?」

「それだけは…許して…お願い」


力無い声で懇願するように御坂を見上げる。
だが御坂は、口を引き裂き嗤う。
携帯電話に向けて、御坂の靴底から稲妻が一筋迸った。


「ごっめーん。電気が漏れちゃったみただわ。
 こんなんなっちゃったけど、許してくれるよね?同じレベル5だもんね?」


無残にも粉々に砕け散った携帯電話の破片と、焦げ付き煤けた電池パックが麦野の眼前に蹴飛ばされる。 
麦野はよろよろと震える手でそれを掴んだ。
心底可笑しそうに笑っていた御坂の顔が、再び表情を消す。


「惨めでしょ?暗部なんてもんにいるからそういう目に会うんじゃない?
 たっぷり後悔してよね。特にアンタみたいのにはとびっきりの屈辱を味合わせてから殺さないと、
 私、ほんと…憎くて変身とかしちゃいそうよ」



452 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/04/30(金) 01:57:58.11 ID:e949RGco
御坂さん…



454 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 01:58:25.11 ID:dWbbv3Io

麦野の頭上に砂鉄の剣が突きつけられた。
体がうまく動かない。足を挫いたらしく、素早く起き上がることもできない。
麦野は前回と同じようにまたも敵の前に倒れ伏すことを忌々しく思いながら、
御坂の瞳を覗き込むように見上げる。


「けほっ…!アンタ…『風紀委員(ジャッジメント)』の後輩が探してたわよ…」


御坂はピクリと反応を見せた。


「アンタ、黒子に会ったの?」

「ええ、会ったわよ…他にも何人か。
 憧れのお姉様が、こんなとこで、このザマとも、知らずにね」


その言葉に、御坂の目が鋭く細められ、靴底で麦野の頭を勢いよく踏みつける。


「ぐぅ…ッ!」


腕を振り上げて、御坂は宣告した。



455 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 02:00:34.08 ID:dWbbv3Io

「根っから暗部に浸かってるような奴に言われる筋合いは無いわ。
 もういいや、死んで、目障りだから。すぐに仲間も送り届けてあげるから心配しなくていいわよ。
 どうせアンタ達みたいな下衆には、死んで哀しむ人なんていないでしょ」


その言葉に、麦野は大きく左目を見開いた。
振動する砂鉄の剣が振り下ろされる。
しかしそれは麦野の首を切り落とすことはない。
伏した麦野の右手から閃光が迸り、御坂の足元をめくり上げたからだ。
吹き飛ばされる御坂。
麦野は壁に手を着いてヨロヨロと立ち上がった。
黒焦げの電池パックを握り締め、ギュッと胸に抱えて。


「そうね…その通りよ『超電磁砲』…。
 こんなクソッタレのクズに、死んで哀しむ奴なんていない…。
 でもね、私だって…好きでこんなことしてんじゃないわよ…」


搾り出すような言葉だった。
起き上がった御坂はバチバチと音を鳴らしながら麦野を睨みつける。
壁に体重を預け、痛む右目を抑えながら、麦野は遠い日の記憶を思い返していた。


「中学のとき、ムカつくクラスメイトを学校ごと全員ブチ殺してなきゃあ…私だって暇な学生やってこれたはずなんだよ…」



456 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 02:01:51.81 ID:dWbbv3Io

愚痴るような物言い。
救いを求めるように、電池パックを握り締めた。


「同情を引こうってのなら時間の無駄だから止めてくれる?
 アンタのそういう身の上話は悪寒が走るくらい気持ち悪い。
 アンタ達にそういう風に同じ人間だって思われるのが最悪に不快なのよね」


御坂は平坦な声で応じる。


「そんなんじゃないわよ…私はね、今アンタを少し尊敬したの」

「は?アンタ詰られて悦ぶド変態なの?
 ここまでされてそんなこと言えるなんて、やっぱ暗部の奴は頭おかしいわね」

「アンタは大事な人のためにこんなとこまで堕ちてきたんでしょ…?」

「……」


その問いかけに、御坂は答えない。
だが、その無言を肯定と受け取った麦野は言葉を続ける。


「何も知らずにのうのうと生きていけばよかったのに…暗部なんてもんと関わらずに、
 そいつの側で手を握りながら目を醒ますのを待つ健気な女の子でいればよかったのに…!」


麦野は奥歯を噛む。
御坂も同じ仕草をした。



457 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 02:03:23.88 ID:dWbbv3Io

「アンタに何が分かるのよッ…!」

「分かんねえよ…。いいや、分かんなかった…」


今の自分たちはよく似ている。麦野はそう思っていた。
同じレベル5で、同質の能力で、暗部に堕ちた。目的のために敵を殺すことを厭わない。
しかし二人の間には、決定的な差がある。
麦野には暗部に居る理由が無いのだ。
孤独な少女は、その抑圧された感情を暴走させて、取り返しのつかない事態を招いた。
その日から、麦野にはこの道だけしか残されていなかった。
いつしか組織での活動そのものが目的となった自分には、御坂のような強い行動原理を持たない。
そう思い込んでいた。
だからこそ麦野は、そんな自分に憤る。


「でも本当は、初めからわかってたんだよ…。
 私が何でこんなとこで、こんなことをしてるのか…そんなこと、もう分かってんのよ…」

「ほんと…言っている意味が分からないわね…」


守りたいものなんてない。助けたい人なんていない。だから組織にいる理由なんてない。
本当にそうなのか?
いや、そんなの嘘だ。
ずっと目を逸らしてきた。そんな簡単なこと、きっと初めから分かっていたんだ。
気付かないフリをして、逃げていただけ。
本当はずっと、自分の心の中にあった畏れは何一つ変わってなんかいなかった。
私の出した答えが、あいつらに受け入れられないんじゃないかって。


  ―――私は怖かったんだ



458 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 02:05:01.36 ID:dWbbv3Io

「だから、今日アンタの後輩に会って…そして今…
 …この闇の中を迷いも恐れも無く真っ直ぐに堕ちて行くアンタの姿を見て、私も腹括ることにしたんだ」


片方の目で、麦野は真っ直ぐに御坂を捉えた。
御坂の眉間に皴が深く刻まれた。
開いた傷の痛みが体を駆け巡る。
だけど麦野はもう目を逸らさない。


「私は、あいつらを失うわけにはいかない…」


囁くような声。崖の淵に立つような声。
認めるのが怖い。
信じるのが怖い。
麦野沈利は孤独な少女だったから。
他人に好意を向けられることなど無いと思っていたから。

―――私なんかを好きになってくれる人なんていないって、そう思っていたから。

自分に向けられた好意を最後まで信じられなかった。
だから浜面を、滝壺を傷つけた。
だけど、


「あいつらが死んだら、私は哀しい。私が死んだら、あいつらはどう思うかな?」


だから、


「『超電磁砲』。アンタと同じよ。
 私も、私の大事なもんを、テメェに奪われるわけにはいかねえんだよ―――!!」



459 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 02:07:53.99 ID:dWbbv3Io

後悔や怒りじゃない。同情を引くためでも、時間を稼ぐためでもない。
その独白は、麦野が自分自身の心と真っ直ぐに向き合う覚悟を決めることを意味していた。
心が高ぶる。怖れは今捨てた。
麦野は認めたのだ、自らの胸の中でずっと隠してきた想いを。


「そう…でも、私だってね…ここまで来たらもう止まるわけにはいかないのよ!」


御坂は疾駆する。麦野の真っ直ぐな視線を振り払うように。
電撃も、コインも放たない。
ただ己の手で彼女を断罪するために、砂鉄の剣を携えてよろめく麦野に向けて振り下ろした。


「あのときの決着をつけようじゃないの。
 誰かが言ったわ。私たちはレベル5。
 出会ってしまった以上…どっちかが死ぬしかねえんだとよ!」


右手を伸ばす。
間に合わない。悔いはなかった。だがせめて相打ちを望む。


「上ッ等じゃないのッ!初めて意見が合ったわね!そういうノリは嫌いじゃないわよ!」


足が痛い。体が痛い。右目が痛い。
だけどもう、心は痛くない。
かつてないほど穏やかな表情で、『原子崩し』は点火する。
腕が引きちぎれようとも。脚がへし折れようとも。体が砕けようとも。頭が吹き飛ぼうとも。
もう何も成さずに死ぬわけにはいかない。
全力の『原子崩し』を。自らの体ごと、広大な範囲を地図上から消し去る荷電粒子の暴風雨を。
麦野沈利の、成層圏の遥か彼方に在るプライドが、敗北の二文字を許さない。
彼女達を守るために、その敵を、ここで始末する。


「麦野。私たちだって、あなたを奪われるわけには超いきませんよ」



461 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 02:09:51.35 ID:dWbbv3Io

声が聴こえた。
麦野が寄りかかる建造物の壁を突き破って華奢な腕が生えてくる。
襟首を掴まれ、その壁を砕きながら麦野は建物の中へと吸い込まれる。
鼻先数センチのところを砂鉄が掠めていくのを見ながら。
御坂の目が驚きに見開かれるのを眺めながら。
麦野はバランスを崩して誰かの腕に抱きとめられた。


「麦野、今度は間に合ったな」


鼓動が跳ねる。
世界で一番聞きたかった声。
砕かれた壁の中。
彼らは居た。居てくれた。
そこにいたのは、麦野が思い描いていた仲間の姿だった。
笑顔を浮かべる浜面が、高らかにそう告げた。


「あなた達…どうして…」

「麦野、私たちを誘ってくれないなんて、超ひどいです」


麦野の襟首を掴んでいる絹旗。
呆れたような顔でその手を離し、ため息をつく。
よろめき、そのまま浜面に体重を預ける形となる。


「まあ来るなって言われたって、私らは来る訳よ」


フレンダが笑顔でそう言うと、麦野をかばうように立ち、絹旗と共に御坂の前に立ちはだかる。


「むぎの。むぎのの気持ち、確かに聴いたよ」


滝壺もまた、微笑を滲ませて麦野の手を取る。
麦野は浜面の腕の中から立ち上がり、その瞳を真っ直ぐに見つめ返した。



462 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 02:11:43.54 ID:dWbbv3Io

「滝壺…アンタ体晶を…」


眠そうにとろけた目蓋も、黒い瞳孔もはっきりと開き、覚醒状態にある滝壺が頷く。


「むぎのが待ってるから。むぎのが死んじゃったら、悲しいから…」


滝壺の言葉に、麦野は頬を紅く染め、照れたように上目遣いで彼女を睨む。


「私に断り無く…勝手に使ってんじゃないわよ」

「ごめんね。こうするしかなかったから」


苦笑する滝壺。しばらく頬を膨らませていた麦野も、やがて綻ぶように微笑んだ。


「ありがとね。来てくれて」


状況はこちらに味方をした。
あるいは、御坂のためにこの舞台が用意されたのか。
御坂を見据える。『アイテム』が、敵を捕捉する。
麦野沈利はもう迷わない。躊躇わない。
彼女はもう認めてしまったから。
『アイテム』という小組織 が、麦野の中でどうしようもないほど大きな存在になっていることを。
ずっと心の中で認識することを避けてきた事実を。


「おイタが過ぎたわね、クソガキ」



463 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 02:12:54.27 ID:dWbbv3Io

ここが私の居場所。
学園都市の闇の中。クソの掃き溜め。
そんな暗がりだから、彼女たちに出会えた。
二度と表舞台へ戻れない。それがどうした。
暴力では何も解決しない。それがどうした。
自分の欲しかったものは、ずっとここにあったんだ。


「オシオキの時間よ」

「急に強気なっちゃって。さっきまでのアンタと今のアンタ…何が変わったって言うの?」


御坂美琴にとって、上条当麻がそうであったように。
麦野沈利にとって、『アイテム』 がそうであるように。

―――私は、彼女達を守りたかったんだ。


「変わったよ。これで私は、もう絶対に勝たなくちゃいけなくなっちまったんだ」


麦野は何もかもを振り切ったように、淀み無く告げる。


「見せてあげましょう。『アイテム(わたしたち)』のやり方を」



464 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 02:14:21.56 ID:dWbbv3Io

そう高らかに宣言すると、御坂に向けて電子線を解き放つ。
青白い荷電粒子は加速する。
進路上にある全てを粉砕し、コンクリートの大地を噛み千切り。
己が『原子崩し』であることを誇示するように、吼え猛る。
それが、試合開始のゴングだった。


「仲間が来てテンション上がっちゃうのは分かるけど、無駄よ!
 それで勝ったつもりだなんて思い上がりもいいとこだわ」


御坂は右手で電子線を打ち消しコインを放出する。
だが麦野の微笑みは消えない。眩い閃光に隠れるように、絹旗が『窒素装甲』の拳で殴りかかる。
そして麦野も宙を翔ける。『原子崩し』による爆発的な加速。
尾を引く青い粒子は翼のように麦野を追いかける。
絹旗の拳を受けてなお体中に電気を流して体勢を立て直し、御坂は再びコインを放とうと左手を突き出すが、
もはや間に合わない。
この電子の翼の前には一呼吸ばかり遅すぎる。
麦野の飛び蹴りを胸に受けた御坂の体は、実に50メートル以上も吹き飛んで遥か前方の壁を粉砕し、
建物へ吸い込まれていくまで止まらなかった。


「滝壺」

「うん」



465 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 02:15:30.34 ID:dWbbv3Io

麦野と滝壺の会話は、それで充分だった。
散開する絹旗、フレンダ、浜面の3人。
御坂は先ほどのように建物内から超電磁砲を射出するが、先ほどまでとは状況がまるで異なることを
彼女はまだ理解できていない。
御坂だけに見えていることがアドバンテージだった。
だが、その前提条件はもはや意味を持たない。
彼女が相対するのは『アイテム』が誇る最強の観測手。
太陽系を駆け抜けて、その彼方までも永劫追い続ける悪魔の追跡者。
滝壺理后に死角は無い。


「むぎの、2時の方向、2階。3、2、1」


滝壺のカウントダウンと共に、言われた場所へ電子線を叩き込む。
崩れ落ちた壁の向こうに御坂がいた。
滝壺はさらに懐から無線機を取り出し指示を飛ばす。


「フレンダ、敵は2階を正面から東へ移動中。その辺りにトラップを仕掛けたよね?」

『オーケー!すぐにそっちに届けてやるからね』


騒がしいフレンダの声がした直後、御坂が疾走しているらしき場所で爆風が巻き起こる。
飛び散る瓦礫に目もくれず、滝壺は次の指示を飛ばすために無線機を構えた。
もうコインがこちらに飛んでくることはない。
御坂は開始5分も経たないうちに追い詰められていた。



466 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 02:17:45.97 ID:dWbbv3Io

「はまづら、そっちに言ったよ。足を撃って。5、4、3、2、1」


乾いた音が廃墟に木霊する。


『うぉ!すげぇ!敵の足をブチ抜いた!元の道に転がりこんだけど、どうする!?追うか?!』

「だめ、攻撃されないように走り回って。むぎの。同じく 2階5時の方向。3、2、1」


放たれる青白い閃光。消滅した壁の向こうに足を引き摺る御坂の姿があった。
滝壺の『能力追跡』の前では彼女の動きなど手に取るように見えていた。
おまけにこの廃墟は浜面もかつて利用していたことのあるスキルアウトのアジト。
彼がフレンダを伴い、退路を封じて逃げ道を減らすためにあらかじめ各所に爆弾を仕掛けておいたのだ。
もはや地の利すら失った御坂美琴は、逃げ場も無くただ追い詰められる兎でしかなかった。


「きぬはた、その子をこっちに」

『超了解です。お届けものですよ』


滝壺の無線の後、御坂の足を掴んだ絹旗が壁の穴から彼女をこちらに投げ飛ばす。
2階の高さから50mをゆうに超える距離を吹っ飛ばされ、地面を転がりながら麦野の前に
引きずり出された御坂はボロボロだった。
思った通りだった。彼女の右手の能力は、ただの銃弾や爆風を防ぐ効果はない。
もちろん銃や爆弾単体では彼女の相手にもならないだろう。
しかし、麦野の『原子崩し』による圧倒的なプレッシャーと、滝壺の追跡能力で
彼女は成す術も無くその攻撃に体を晒すしかなかった。
足を浜面の銃弾で撃ち抜かれて血を流し、体中が爆風と瓦礫を浴びて煤けている。



467 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 02:18:56.26 ID:dWbbv3Io

「く… そ…!」


膝を付き、御坂は左手を麦野に向けて突き出しうめき声を上げた。
唇をかみ締め、眉間にしわを寄せて睨みつけてくる。


「少しは分かってもらえた?私たちのやり方」


麦野も御坂に向けて右手を突き出す。
彼女を殺す気はなかった。だが、御坂がそのコインを背後の滝壺に向けるのなら、容赦はしない。
麦野も御坂を鋭く睨む。


「何で…アンタたちみたいのに…!」


悔しげに叫ぶ。そのまま攻撃をすれば、眼前の麦野と相打ちくらいには出来たかもしれない。
だが、自分の勝利がもはや無いと悟ったのだろう。
勝てなくなっていい。だが、負ければもう復讐を続けられない。
御坂から戦意が薄れていくのを感じた。
そんな敵の様子を見て、かつての麦野なら、きっと高笑いを上げながら喜び勇んで全身を蜂の巣にしただろう。
だが、


「アンタ、もうこんなことやめなよ」



468 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 02:20:24.68 ID:dWbbv3Io

ポツリと麦野は言う。後ろでは滝壺の息を呑む音が聞こえた。
麦野が敵にこんな風な言葉を投げかけることなんて今までなかったから。
逆らう奴は当然の如く処刑。命乞いも逃走も一切許さない悪の女王が、
己の右目を奪った女子中学生を見逃そうとしている。
しかしそれに反して御坂の顔が怒りに歪んだ。


「なんですって…?なめてんのあんた?」

「こんなことしたって、アンタの大切な人は喜ばない。
 なんて分かりやすい理屈が欲しいならそれでもいいけど」


麦野は哀れむように御坂を見下ろす。
彼女の純粋さ、度胸、大胆な行動力、それを実現するだけの実力。
麦野にとってもそれは賞賛に値するものだと本心で思っている。
だが、御坂は決定的なことを見落としている。


「アンタ周り見えてなさすぎね。暗部組織を全て壊滅したとして、アンタはその人のところに戻れるの?」


確かに御坂は学園都市暗部を全て潰せるのだと心の底から信じている。
だが、それが彼女の望む結果に繋がるかと言われれば話は別だ。
復讐を目的とすることは別に御坂の勝手だろう。
しかし、復讐を達成したからと言って、彼女の想い人が蘇るわけではない。



469 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 02:22:40.06 ID:dWbbv3Io

「…ッ!」

「全てを終えた後、胸を張ってそいつのところに報告に行けるのかって訊いてんだよ。
 私、頑張って復讐して一杯一杯ブチ殺したよ?目が覚めてよかったね?ってかぁ?
 何言ってるか分かる?アンタの行動の先に、アンタの望む結果は無いってことよ。
 アンタのしてることって、結局無駄なの。独りよがり。オナニーってやつだ」

「分かってるわよ!」

「分かってねえよ!」


喉を引き裂くように叫ぶ御坂に麦野は吐き捨てるように叫び返した。


「テメェみたいなクソすっ呆けた中坊が、この街の闇に首突っ込んでくんじゃねぇっつってんだよ!」


それは願うように放たれた言葉だった。


「この街全部に喧嘩売ってまで報いたいと思えるような奴が、
 中学生のガキに自分のためにクソ溜めに落ちていかれて喜ぶような人間なのかよ!?
 だったらソイツは正真正銘のクソ野朗だ!私なんか比較にならねえくらいのクズだ!
 復讐なんてやめてそいつとはスッパリ縁切っちまえよ!」

「当麻はそんな奴じゃないッ!!」


麦野の暴言に御坂は眉間に深く皴を刻んで言葉を返す。


「当麻は私を助けようとしてくれたのよ!『妹達』を助けるために、『一方通行』に挑んで、
 あいつの実験を止めてくれたの!あんたみたいな奴らと一緒にしないで!
 当麻はいつだって私に優しく接してくれた!私の大事な…ッ―――!」



471 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 02:24:19.85 ID:dWbbv3Io

そこで御坂は言葉に詰まる。視線を宙に泳がせ、唇を噛んで頬を赤らめる。
その瞳にはわずかに涙も滲んでいた。


「これが最後だ、『超電磁砲』…」


麦野はもう一度、御坂に右手を突きつけたまま告げる。
冷たく見下ろすその視線は、御坂に選択を迫った。


「続けるなら、私も顔に傷つけられた恨みがある。次は間違いなく殺す。
 でも止めるって言うんなら…」


麦野は、なんて自分らしくない発言だと思っていた。
敵を見逃すなんて選択肢、今まで一度だって考えたことなかったから。
だが、目の前のこの少女はあまりに自分に似すぎていると思っていた。
なのに、自分には無かったものを持っているのに、それでもここに堕ちてきた。
そこに尊敬と、怒りを感じる。


「いいよ。アンタを殺さない。アンタの尻ぬぐいも、私がやってやる」



472 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 02:25:50.25 ID:dWbbv3Io

御坂にはきっとこれから暗部の追っ手がかかることだろう。
『上』の連中の思惑だけでなく、彼女に恨みを持つ人間は今大勢いる。
だから彼女は引き返せない。
だが、麦野は決めた。
この麦野沈利自らが、わざわざ見逃して生かしてやった人間を、誰に殺されてたまるものかと。


(らしくねえ…。何口走ってんだ私は。…くそっ、やっぱコイツ嫌いだわ)


御坂の想い人は暗部の人間ではない。
『一方通行』の実験を阻止しようなんて無謀を行い、しかも結果的には成功させた、タダの馬鹿のお人よしだ。
そんな奴らは、とっと自分のいるべき場所に帰ってくれ。
麦野にとって、彼らの存在はあまりに眩しすぎた。
土御門の言葉も、今なら分かる。
―――ああ、確かにそうね
こんな奴らに、路地裏で野垂れ死なれることほど、寝覚めの悪いことはない。
御坂は唇を震わせて俯く。左腕を麦野に向けたまま。
灰色のコンクリートに雫が一つ零れ落ちた。


「だって…当麻がいないんだよ…」



473 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 02:27:25.92 ID:dWbbv3Io

雫は止め処なく地面を濡らす。
御坂の頬を、涙が通り過ぎていた。


「私があいつに『一方通行』の場所を教えたりしなければ… 当麻は今も病院で寝ていたりしなくて済んだのにッ!」


左手がとうとう下ろされる。
それに応えるように麦野も腕を下ろした。
別に彼女の身の上話に麦野は興味なかった。
全てを元の場所に納めることができたなら、それでよかった。
だが、麦野は彼女の話を止めない。無視もしない。
白井黒子の言葉が頭を過ぎったから。

 ―――お姉様も、麦野さんのような年上のお姉様にご指導頂きたいときもあると思いますの

レベル5は孤独な生き物だ。学園都市の頂点として、後続の能力者たちを導くことを求められる。
彼らの悩み、怒り、喜びを受け止める義務を求めてくる。
麦野はそんなことまっぴら御免だった。きっと誰もがそうだ。
『一方通行』だって、『未元物質』だって、そして『超電磁砲』だって。
他人の感情を押し付けられる謂れなどどこにもないと思っているはずだ。
御坂美琴はましてや思春期の中学生。
普段は大人びた彼女も、対等に接してくれる数少ない存在を失えば混乱くらいするだろう。
だから麦野は、白井黒子に情報提供の借りを返す意味で、御坂美琴の言葉をただ受け止めてやることにした。
行き場のない怒りを。耐え難い悲しみを。
その全てを吐き出すまで、麦野は付き合ってやるつもりだった。



474 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 02:29:09.46 ID:dWbbv3Io

「じゃあ私はどうすりゃいいのよ!?大人しくあいつの目が覚めるまで待ってろっての!?」


地面を殴る御坂。彼女の心の叫びを麦野は黙って聴いている。
悲しみが、戸惑いが、涙となって溢れていく。
しかし、麦野は少し迷った。
どちらかと言えば自分も御坂と同じような行動に走るタイプなので、気持ちが分かりすぎてうまく答えてやれない。
そこへ、


「そうしなよ」


滝壺が地に膝を着き、御坂の頭を撫でる。
顔を濡らした御坂が滝壺を見上げた。


「それがいいよ。信じるの、怖いよね。もし目が覚めなかったらって、自分の所為だって、思っちゃうよね…」
 

優しく滝壺が御坂に語り掛ける。
麦野も御坂も、驚きを顔に浮かべてその言葉を聞いていた。


「でも出来るよ。むぎのにだって、出来たんだから」


おい、と突っ込みそうになる麦野。
御坂は滝壺の胸に飛び込み、震える腕で彼女を抱きしめた。



475 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 02:30:18.56 ID:dWbbv3Io

「知ったようなこと言えないけど。あなたにこんな風に泣いてほしくて、その人は戦ったんじゃないと思うんだ。
 だからあなたは、こんなところに居ないで、お家に帰ろうね」

「私…怖かったの…!当麻がもう戻ってこないんじゃないかって!
 もう私に笑いかけてくれないんじゃないかって…!
 怖くて…怖くて…私どうしたらいいか…!」

「分かるよ。でも、その人が目を覚ましたとき、きっとあなたには笑っていて欲しいんじゃないかな。
 胸を張って、その人が目覚めたのを喜べるように、信じよう」


諭すような、滝壺の優しい声。御坂にはもう戦意など欠片も残ってはいない。
胸の中にあった黒く渦巻く感情を全て吐き出して、彼女は元のタダのレベル5に戻っていった。


「…… うん」


やがて御坂が小さく頷く。
応えるように、滝壺は彼女の頭を胸に抱いた。


「大丈夫、私はそんな優しいあなたを、応援してる」


御坂の頭を優しく撫でながら滝壺が語りかける。
結局美味しいところは滝壺に持っていかれたが、落としどころを探しあぐねていた
麦野はホッと胸を撫で下ろす、。
こういう場面が苦手なので、髪をかき上げて所在無さげにキョロキョロしながら
なんと声をかけるかと思案する。



476 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 02:31:32.63 ID:dWbbv3Io

「ったく『超電磁砲』。アンタには心配してくれる後輩がいっぱいいるでしょが。
 似合わないことしてんじゃないわよ。
 ま、あの様子だと帰ったら一発くらいは殴られるかも知れないけどね」


まあこんなもんかと軽くそう言うと、ビクリと御坂が肩を震わせる。
やがて先ほどとは明らかに違う震え方で顔が青ざめていった。


「どしたの…?」


不穏な気配を感じる麦野。


「どうしよう…」

「は?」

「殴られるなんてもんじゃ済まないかも知れない…黒子に…黒子に犯される!」

「おかっ…え?」


異様な震え方で滝壺から体を離し、御坂が頭を抱える。
さすがの滝壺もおろおろと何と声をかけていいかわからない様子。
白井黒子、恐ろしい子。



477 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/04/30(金) 02:32:14.50 ID:0vgBICoo
/(^o^)\



478 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 02:33:01.00 ID:dWbbv3Io

それから数分後、御坂も落ち着きを取り戻したころ、フレンダ達がパタパタと足音を鳴らして戻ってきた。


「お、なになに、スパッと解決って訳?」

「私たちがいない間に超面白そうなことになってますね、説明してください」


皆爆風や粉塵を浴びたせいでところどころ汚れているが、怪我は特に無いようだった。


「麦野、大丈夫か?」


浜面が近づいてくる。
視線が合うと、麦野は頬を赤く染めてプイッとそっぽを向いた。


「大丈夫に決まってんでしょ。足ひねっただけ。来るのが遅いのよ、バカ
 でも来てくれて助かったわよ、バカ!」

「お、おう?なんで怒ってんだよ?いや、何言ってんだお前?」


先日あんなことがあったものだから、自分の中の気持ちはもう整理がついているのに
混乱してよく分からないことを言ってしまう麦野。
いくら自分の気持ちと向き合えたからと言って、この男にそれを告げられるかどうかは話が別だ。
鼓動が苦しいのは浜面の側にいる所為か、体中の傷が開いている所為か。


「うるっさい!それよりアンタ、『ピンセット』まだ持ってるんでしょね?」



480 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 02:34:59.82 ID:dWbbv3Io

恥ずかしくて浜面をまともに見れない麦野は、体ごと御坂の方を向いて問いかける。
御坂も足を銃で撃たれているが出血は少ないようで、ゆっくりと立ち上がった。


「『ピンセット』?ああ、第二位が持ってたアレか。背中のに入ってるけど」


そう言って御坂は『駆動鎧』に取り付けられた薄型のバックパックを麦野に向ける。
結構な勢いで飛び跳ねたり叩きつけられたりしていたが大丈夫だろうか。


「それもらってくけどいいよね?」

「良いも悪いも、勝ったのはアンタなんだから好きにしなさいよ」


御坂の目にはいつしか光が戻っていた。
麦野や滝壺にその胸中を吐露して、気が楽になったのか、自らの力を解放し尽くして、
鬱屈し、抑圧されたストレスが発散されたのかもしれない。


「よろしい。素直なのはいいことだわ。アンタやっぱそっちのほうがいい感じにムカつくわ」

「なんでよ」

「いいのいいの気にしないで。結局麦野は自分より心の綺麗な人が嫌いなだけだから」

「ほんと外道なのね。そこまで徹するなら好きなだけ自分を貫いてちょうだい」


と、御坂が取り外したバックパックを麦野に渡したそのとき。


「麦野!あぶねえ!」


浜面が麦野に覆いかぶさるように突撃する。
瞬間、ゴバァッという音ともに、麦野と御坂の間をかまいたちのような衝撃が走った。
地面に尻餅をつく麦野、何事だと覆いかぶさる浜面を見下ろす。
真っ赤に染まった彼の背中があった。



481 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 02:36:33.78 ID:dWbbv3Io

「は… まづら…?」


彼の背中をそっと撫でる。
ヌルリとした感触が麦野の掌に伝わった。
ドクンッと心臓が悲鳴をあげる。
何が起こった。烈風が吹いたことはかろうじて分かった。
だが、浜面の背中がパックリと切り裂かれ、彼がうめき声を上げるこの状況。
麦野はカタカタと震える手で浜面を抱きとめ、その烈風が吹いた方向を見る。
皆、同じものを見ていた。


「わりーな、手が滑っちまった。
 第三位と第四位を纏めて消して、俺が唯一無二のレベル5になれるかもって、ちょっとは期待したんだぜ?」


月を背に、男は立つ。
悪びれも無く、3階建ての建物の屋上、背中に3対6枚の翼を背負う男が告げる。
堅牢なはずの鉄筋コンクリートを粉々に粉砕して、終末の使者のような様相を呈して彼は降り立った。
それは最強の元第二位。
精悍だったはずの顔は焼け爛れ、髪も皮膚も焦げ付き、生命維持のチューブを体から突き出してなお、
その端整な面立ちは消え失せない。
彼こそが、学園都市最強の男。
現第一位。
『未元物質(ダークマター)』。
物理法則を創り出す者。
そう。
『グループ』と戦っていたはずの、
垣根帝督だった。



484 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 02:38:26.83 ID:dWbbv3Io
本日は以上です。
メンヘラ対ヤンデレというお話でした。
次は電子レンジ対冷蔵庫の家電頂上決戦です。
ではでは



482 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[saga sage]:2010/04/30(金) 02:36:49.51 ID:DiNkk1E0
冷蔵庫ェ…



486 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします2010/04/30(金) 02:41:22.44 ID:h/biFcQ0
乙です~
家電頂上対決ワロタ




509 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 21:28:45.80 ID:dWbbv3Io

―――――


浜面仕上は倒れていく体から意識が薄れていくのを感じながら、『アイテム』の下っ端になる前のことを思い返していた。
鼻ピアスのチンピラ、浜面仕上はスキルアウトのリーダーだった。
ほんの数時間前に、スキルアウトのリーダーになった。
かつてのリーダー、駒場利徳はどこかの暗部組織の能力者と戦い、敗北したのだ。
突然スキルアウト100人近くのリーダーとなった彼は、とある人物の殺害を二束三文で依頼され遂行しようとしているところだった。


『無能力者狩り』というものがここ最近学園都市の裏通りで横行している。
スキルアウト以外のレベル0の無能力者達を集団で狩りの対象とするゲームが、一部の能力者たちの間で流行していた。
現在、それの主犯と思われるグループの一つが、この仕事のターゲットだった。
能力者達に対して強い劣等感を持っていたスキルアウト達は、その依頼を二つ返事で受け入れた。
今まで馬鹿にされてきた能力者を、金までもらえてボロ雑巾にできるのだから。


(なんで今更…こんなこと思い出すんだよ…)


簡単な仕事だと思っていた。
平凡な人相の奴をおとりにして、情報のあった路地裏でそいつらをおびき出す。
案の定、指定された場所で何人かの能力者が自分たちの前に現れた。
銃火器や凶器で武装したスキルアウト達は、その能力者たちを数十人がかり滅茶苦茶に叩きのめした。


――― お前らみたいな奴がいるから、能力者は嫌いなんだ


だが能力者達もいつしか反撃に転じた。
無慈悲に壊されていくスキルアウト達の肉体。


―――お前らみたいな奴がいるから無能力者が馬鹿にされるんだ



511 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 21:30:42.93 ID:dWbbv3Io

無能力者と能力者は分かり合えないことを証明するように、その血みどろの争いは無惨なものへと変わっていった
多少の能力者なら数で渡り合えるスキルアウト達。
だがその拮抗したバランスを崩すように、能力者側に強力な使い手が現れた。
恐らくは集団のリーダーだったのだろう。
レベル4の『念動力(テレキネシス)』 。
あらゆる能力の中でも割とポピュラーな部類になるが、レベル4ともなるとその力は強大だ。
あっという間にスキルアウト達はその数を減らしていくこととなる。


「クソッ!簡単な仕事だっつってたのに!なんでこんなことになるんだ!」


目の前で十数人の仲間達が瓦礫の下に押しつぶされたのを見て、浜面は銃を片手に逃げているところだった。
しかし、路地裏の奥深くまで逃げ込んだ時、彼の前に瓦礫の山が積み上げられていた。
立ち往生する浜面。
知らず知らずのうち、追い込まれていたのだ。


「ばぁか、俺たちはいつもここで狩りしてんだぜ?一人になっちまった時点でテメェの負けよ、ド低能の雑魚野朗」


その辺を歩いていても全く気にも留めないような顔の男だった。
浜面の方が人相も悪いくらいのはずなのに、そいつは口元を歪めて嘲るように舌を出す。


「クソっ!」


浜面は拳銃の引き金を引くが、その弾道は男から逸れるように曲がっていく。



512 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 21:33:47.22 ID:dWbbv3Io

「ギャハハハハッ!銃に頼るしかねえよなぁ!無能くんは!」


ゲラゲラと嗤う男。浜面は奥歯を強く噛んだ。


「能力者がそんなに偉いのかよ!」
「無駄なんだよ。これがテメェら無能力者と、俺たち能力者様の違いだ。
 現実として、学園都市は無能力者を無価値と断じている。
 無能なテメェらじゃ自分の命だってロクに守れやしねえし、そもそも居場所だってねえんだぜ?
 仲間を何人かやってくれたよなぁ?地面に頭こすり付けて靴底でも舐めりゃ、見逃してやってもいいぜぇ?」


浜面はブルブルと拳を震わせて、怒りを表情に表す。
能力者は嫌いだ。いつだって俺たちを馬鹿にして、見下してきやがる。


「っざけんじゃねえぞ!テメェ何様だコラァッ!」


浜面はヤケになって殴りかかる。
だがその拳が男の顔に届く前に、浜面の体は『念動力』の強大な圧力によって体勢を保てず地面へと叩き付けられた。
コンクリートにへばりつくように体が押し付けられる。
体の上に巨大な岩が圧し掛かっているような重圧。
屈辱だった。能力者の前にただ平伏するしかない現実が。


「言ったろうが?能力者様だ。
 大体元はと言えばテメェらみたいな無能が群れて、人畜無害でいたいけな俺たち能力者を僻んで
 襲うからこういうことになるんだよ。自業自得って言葉知ってるか?」


血が滲むほど拳を握る。
能力者を僻んでいるという事実が、浜面の胸に突き刺る。
そのときだった。


「こりゃスゲェ。こんな根性無しは初めて見た」



513 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 21:37:43.73 ID:dWbbv3Io

路地の向こう側に仁王立ちする男がいた。
白い学ランの下に旭日旗を抱き、昔のアニメキャラのようなハードな髪に鉢巻を巻いた、
暑苦しいにも程がある男。
番長?応援団長?
浜面は地に伏せていることも忘れて、その男の異様な姿に呆気にとられていた。


「ああん?何だお前。取り込み中だ、失せろ。殺すぞ」


白ランの男はつまらなそうに歯噛みする。


「お前の全身から滲み出る小物臭さ。根性が足りねえぞ根性無しがぁっ―――!!」


さっきから根性しか口にしていない白ランの男。
その男は、鋭い視線でズンズンとこちらに向って歩いてくる。


「そういう精神論は流行らねえぜ。テメェも伏せてろ!」


男が右手を伸ばすと、白ランの男は案の定ズシリと重圧を感じて前のめりになる。
だが、踏みとどまった。
肩に巨大な岩石を乗せるように、眉間に深く皴を寄せ、空腹の熊のような目線で念動力者を睨みつける。


「精神論?違うな、心意気だ。気合がありゃあこんなもんトレーニングにだってならねえ。
 どうした。お前の根性は軽すぎるぞー―――ッ!!」


気合で念を弾き飛ばす。
滅茶苦茶だった。浜面は既に男として彼に見惚れていた。
まるで少年漫画からそのまま出てきたような恐るべき根性論者。
こいつがいる運動部だけには絶対入りたくねえとぼんやり思っていた。



514 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 21:40:08.64 ID:dWbbv3Io

「な、なんだこいつ!チッ!なら死ねよ!」


両側の建物の壁が崩れ、白ランの男の頭上から降り注ぐ。
仲間のスキルアウト達もこれにやられたのだった。
だが、男は雄々しく笑う。ヒーローのように。


「死ね、だと?そいつは悪の下っ端戦闘員の台詞だ!お前の根性はそんなものかァ―――ッ!」


拳を頭上高く突き上げると、まるで火山が噴火するように瓦礫が粉々に吹き飛んだ。


「な、なんだと。そ、そういや聞いたことがある…。このめちゃくちゃな根性論。
 お前…まさか!」

「俺が誰かなんて、どうだっていい」


白ランの男はその勢いのまま、踏み込む。
戦慄する念動力者の顔を掴み、手近な壁に向けて叩きつけた。


「今重要なのは、お前には圧倒的に根性が足りてねぇってことだァァアアああああああああああああああ――――ッ!」

「うぼぁっ!」


踏み込み、顔を掴み、叩きつける。
それを、浜面は目で追うことすらできなかった。
ビルの壁は盛大にブチ抜かれ、何十メートルも先までその穴は続いている。


(死んだんじゃねえかこれ…)

「おい」



515 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 21:43:09.40 ID:dWbbv3Io

起き上がりながら、浜面は開いた口が塞がらなかった。
突如白ランの男が浜面の前に立塞がる。


「お前もだ。集団でリンチなんて男らしくねえ真似、オレが見逃すわけにはいかねえな」

「んだと?悪ぃのは向こうじゃねえのかよ」


浜面は男にメンチを切りながら悪態をつく。
だが、男の燃え滾るような視線は全く揺らがない。


「だからどうした。どっちが先だろうと、お前らが奴らを殺そうとしたことには変わりねえだろうが」

「綺麗ごと言ってんじゃねえよ!テメェみたいなすげぇ能力者様にはわかんねえだろうさ!
 どこに行っても馬鹿にされる俺たちレベル0は、他人を食い物にしなくちゃ生きていkバキュラッ!」


浜面の体が 5メートルほど吹き飛ぶ。
全身にジンジンとした痛みが走った。


「ああ、分かんねえな!スキルアウトを結成して大規模な行動を起こすだけの根性がありながら、
 その力を仕返しの道具にしか使い道を思いつけねえキンタマの小さい軟弱野朗の気持ちなんざ、
 オレには何一つわからァァァアアアんッ――――!」

「テメブギュルワッ!」


もう一度浜面の言葉を遮るように体が中を舞う。
鼻に着けられていたピアスが千切れて盛大に空を舞った。
男との間に巨大な爆発が起きたような感覚。
旭日旗を胸に抱く男は、太陽を背にまさしく仁王の如く浜面を見下ろしていた。



516 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/04/30(金) 21:44:29.03 ID:e949RGco
削板さんかっこいい



517 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 21:45:48.52 ID:dWbbv3Io

「立て、お前の根性をオレが叩きなおしてやる」

「勝手なこと言ってんじゃねえぞ!
 そういう風に生きようとした駒場利徳ってリーダーはな、ほんの半日前に死んじまったよ!
 場違いにも弱者を守ろうとしてなぁ!路地裏の落ちこぼれが、綺麗ごとを並べたって鼻で
 笑われるだけなんだよ!」


痛む鼻を押さえながら浜面が叫ぶ。
男の瞳の灯は消えない。


「そうか。心意気のある奴だ。
 お前、そいつを見ててそんなことしか思わなかったのか?
 どんな奴かは知らねえが、その男は『弱者』を守るために戦ったんじゃねえ!
 『仲間』を守るために戦ったんじゃねえのかッ!?」

「あァ!?知ったようなこと言うな!」

「その根性を、困ってる奴に手を差し伸べることに使っていれば、
 お前達だって学園都市中の人間から認められてたんじゃねえのか!?
 その男が本当に鼻で笑われてたっていうんなら謝ろう。
 だが、オレはその男を、絶対に!笑わねぇぇええ―――――ッ!」


男の言うとおりだった。
駒場は寡黙な男だったが、それでも彼の周りにはいつだって人が集まっていたし、
仲間を守るために行動をしてくれる頼れるリーダーだった。
自分なんかとは違う。こんな即席のリーダーなんかとは比べ物にならないくらい、いい奴だった。
なのに、そんな男が死んだんだ。
だから浜面は、その悔しさと、己のふがいなさに憤るように猛る。


「ふざけんなよ!俺たちを馬鹿にしやがって!!
 無能力者はなぁ、無価値なんかじゃねぇぇぇええええッ!!!」



518 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 21:48:39.42 ID:dWbbv3Io

浜面が拳を握り、渾身の力を込めて男の顔面に叩き込む。
男は瞬き一つすることなく、この拳を、鼻っ面で受け止めた。
拳が男の顔にめり込む。だが男は腕を組んだまま微動だにしなかった。


「やればできるもんさ。いい根性だ。男は拳で語りあうもんだよな」


男は鼻血を出しながらニヤリと、腹の立つほど格好良い笑みを口元に滲ませる。


「て…め…」

「だがまだ足りんっ!お前達が馬鹿にされてきた理由ってのは、力の有る無しなんかじゃねえ」


男が浜面の拳を握り締め、恐るべき握力で顔からジリジリと離す。
その眼光は、もはや直視するのも躊躇う程の熱い輝きを放っていた。
男はもう片方の空いた手を、堅く堅く握り締めて振りかぶる。


「オレは自分がレベル5じゃなくたって、お前達の前に立ちはだかったろうさ。
 今見せてやる。能力なんて関係ねえ!
 これがオレとお前の!根性の違いだらっしゃぁァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ―――――!!!!!!」


そうか、こいつ、レベル5だったんだ。
浜面が気付いたときにはもう遅い。
男は能力など何一つ使わなくたって。絶対に倒れるはずがないんだ。
何故ならば。
浜面は、戦う前に、既に男の熱い魂の前に屈していたのだから。
一切の揺ぎ無いその闘志を拳に乗せて、ただの大振りのパンチのその衝撃が、浜面の顔面から全身を稲妻のように走り抜けた。


「あとは好きにしろ。お前の魂を信じる。いいパンチだったぜ」



519 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 21:51:27.16 ID:dWbbv3Io

拳は顔を殴り飛ばすことなく寸止めの状態でピタリと止まる。その拳圧だけで、浜面は大地に膝をついた。
振り返り、夕陽の中に消えていく男の背中。
その男。学園都市第七位。削板軍覇。通称ナンバーセブン。
愛と根性のヲトコだった。
浜面はその後、仕事の失敗からスキルアウトを抜け、その器用さを買われて暗部の下部組織に所属することになった。
ナンバーセブンの言葉通り、困った人に手を差し伸べることはまだできていない。
だが。


―――『仲間』のために、ここで倒れるわけにはいかない!


(このままやられるわけには…いかねえよな…麦野!)


浜面の眼球に、闘志が漲る。
だから浜面は踏みとどまるのだ。
彼女たちと、最後まで戦い抜くために。
ナンバーセブンの言葉を思い出す。


―――その気合を、困ってる奴に手を差し伸べることに使っていれば、

  ――― お前達も学園都市中の人間から認められてたんじゃねえのか!?


能力なんて関係ねえ。その言葉、今なら頷ける。
胸を張って言える。レベル5の麦野だって、俺の『仲間』だ。
浜面は奥歯を噛んで呟く。


「その通りだ、クソったれ…!」


浜面の意識の中に、火が灯る。



520 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/04/30(金) 21:52:40.44 ID:AJceNhEo
浜面に影響与えたの軍覇かよwwwwww



521 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 21:55:13.16 ID:dWbbv3Io

―――――


「ダァァァァァァァアアアクマタァァァァァァアアア―――ッッッ!!!!!!!!!!」


麦野は邪竜の如く吼える。
浜面をその胸に抱えたまま、すぐさま『原子崩し』を発動させようと右手を振り上げる。
しかし


「麦野…!俺は…大丈夫だ…!だから、落ち着け…!」


麦野の腕を息絶え絶えな浜面が掴んだ。
血の気が引いているが、その顔にはまだ幾分かの余裕が見て取れる。
彼の声を聞いて、麦野は少しだけ理性を取り戻す。


「大丈夫って…何言ってんのよ!」

「怒ったって、あいつには勝てないだろ。
 もうキレるな麦野…」


そう言い、背中から血をドロドロと垂れ流してゆらりと立ち上がる。
今にも倒れそうで、顔も青白い。
だがその口元には、確かな笑みが浮かんでいた。


「こんなイケメン野朗の攻撃で、俺が死ぬわけねえだろうが…!」

「あァ?何笑ってんだ三下。言っとくが、今のは誰に殺されるかわからねぇんじゃテメェらがあまりに不憫だから、
 わざわざ勝利宣言をしてやったんだぜ?」

「うるせえよ。こっちにゃ麦野と滝壺がいる。おまけに『超電磁砲』だっているんだぜ!
 高いところからそよ風吹かすだけのチキン野朗は家で扇風機とでもよろしくやってろ!」



522 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 21:56:55.80 ID:dWbbv3Io

清々しい程の人任せ。麦野は上空の垣根を指差し虚勢を張る浜面を呆気にとられたように見上げるが、
それだけ元気があれば大丈夫だと苦笑しながら立ち上がる。
挑発された垣根は滾る獣の眼光で浜面を睨みつけ、宣告する。


「オーケー。次からはノンストップだ。着いてこれるかな?低能諸君」


3対の翼が爆ぜる。
空を裂き、烈風が全てを粉砕する。
垣根帝督が暗黒の夜空を飛翔した。


「ま、こいつがここにいるのはどうやら私のせいみたいだし、
 きっちり落とし前つけて帰らないとね」


御坂が右手を構え、中空から飛来する烈風を打ち抜く。
案の定それは乾いた音ともに打ち消されるが、垣根の顔から余裕が消えない。


「この前は余裕ぶっこいてたのもあるが、厄介なもん持ってやがるな。
 まずはテメェだッ!」
 

空を舞う垣根が両手を開く。
それに呼応するように6枚の翼が月を背にして広がった。
透明の翼の向こう側に朧の月が揺れた。


「『超電磁砲』!」


ハッとなって麦野は御坂の腕を引っ張り自らのほうに引き寄せる。



524 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 21:58:56.49 ID:dWbbv3Io

「何、今の…?ぐぅっ!」


ふと見ると、御坂が右腕を押さえて痛みをこらえるような声をあげた。
彼女の右腕が『駆動鎧』の装甲を溶解させ、その下にある皮膚を赤く焼かれている。


「よく気付いたな。回折って知ってるか?
 そいつと俺の『未元物質』が合わされば、月光を殺人光線にだってしちまえるってことだ」


垣根が宙を踊る。建物から建物へ縦横無尽に飛び回る。
翼はその長さを、その質量を、その重量を変貌させて大地を引き裂いていく。


「麦野!退却しよう!」

「誰が逃がすかバァカ」

「フレンダ!」


麦野に向けて叫んだフレンダのわき腹から、暗闇を彩るように鮮血が噴き出す。
彼女の背後に降り立った垣根の翼に切り裂かれたのだ。
倒れるフレンダを浜面が飛び込み受け止める。


「ちょこまかと鬱陶しいわね!」


御坂が周囲に電撃を放つも、すぐに垣根の翼でかき消される。
物理法則を創り出すことの出来る彼にとって、正面からの攻撃など何の意味も無いと告げるように。


「ダセェな、テメェらいつからそんな仲良しグループになったんだ?人類皆兄弟って柄じゃねえだろう!」



525 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 22:00:39.73 ID:dWbbv3Io

口元を歪めて垣根が嗤う。


「アンタに言われたくないわよメルヘン野朗!」


烈風が御坂を襲い、それを負うようにして接近してきた垣根の翼が彼女を袈裟懸けに切りつける。
背後に飛んでなんとかそれをかわすが、足に傷を負っている今の御坂に、そのリーチは長すぎた。
胸元を切り裂かれ、赤い血を撒き散らしながら御坂が地面を転がる。


「心配するな、自覚はしてる」


あまりにも圧倒的。麦野が御坂と戦ったときのような競り合いなどそこにはない。
ただただ一方的な、蹂躙という名の敗北を突きつけられるのみ。


「… 痛いわね…」

「いい根性だ。第七位とは仲良くやれる」

「知らないわよ、誰それ…」


胸元を押さえながら御坂がよろめき立ち上がる。


「中学生虐めて楽しい?いい年した男が情けないわよ」


ふらふらと足元がおぼつかない御坂の前に、かばうように麦野が立った。


「楽しくはねえさ。俺はこれでも心の優しい男なんだ。正直辛い。本当だ。
 だがやられたらやりかえすのが、俺達の数少ねえマナーってもんだろ?」



526 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 22:02:52.11 ID:dWbbv3Io

冷たく笑う垣根。
御坂も、麦野の意外すぎる行動に、訝しげに声をかけてきた。


「何のつもりよ…?あんたに守ってもらう義理なんて…」

「うるさい。私がせっかく生かしてやったのに、勝手に死なないでくれる?
 あんたの命はこの私がくれてやったの。もっと大事にしろっつのよねクソガキ」


垣根から視線は外さず言い放つ。
もし一瞬でも目を逸らしたら、二人とも粉々になってコンクリートの上に赤い華を咲かせることになる。


「なんてやつ…もうそこまでいくと清清しいわ」


呆れたような御坂の声に、麦野は表情を隠して垣根を見据える。


「ねぇ。アンタは何のためにこんなことしてんの?」

「ちょ、何言ってんの?!」


痛む足を引き摺りながら、クリーム色のコートに滲む血を隠そうともせず、
垣根の前に立ちはだかる。
背後の御坂からも驚きの声が投げかけられた。


「あァ?そいつの言う通りだな。マジで何言ってんだテメェは?」

「超油断大敵ですよ!」


目元を歪めた垣根の背後から、絹旗は広場の噴水の中に横たえてあった石像を投げつける。
垣根の頭に激突したそれは、しかし彼に一切のダメージを与えることを良しとせず、無残に砕け散った。



527 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 22:06:16.49 ID:dWbbv3Io

「うるっせぇガキだ!」

絹旗に向けて大地を蹴る垣根。鋭い刃となった白い羽が、容赦なく絹旗を襲う。
その刃が絹旗の喉笛をかき切る前に、麦野は彼の背中に向けて電子線を放った。
翼が振るわれ、難なくそれをかき消す。


「私が話してんのよ。余所見なんてしてんじゃねえぞホスト野朗」


垣根は鬱陶しそうにこちらを振り返った。


「ウゼェ女だな…」

「質問を変えるわ。アンタは自分がレベル5だってことをどう思ってるわけ?」

「麦野、お前何を…」


浜面が訝しげに呟く。
麦野は一つ、確かめたかった。きっとこんな機会はもうないから。
今日、この中から少なくとも1人のレベル5が消える。
学園都市の頂点に君臨する彼は、一体何を想い、何を果たすために反乱という暴挙に出たのか。


「いいから答えろ。それくらいいいでしょ」


彼にだって、学園都市全てに喧嘩を売った理由があるはず。
別に垣根の事情で彼の結末が左右されるわけじゃないし、悲しい過去や納得の動機が欲しいんじゃない。
この戦いにそんな生易しい結末が待っているはずもなく、彼と自分の間に「許し」は無い。
ただ、興味が湧いたのだ。学園都市の闇を相手取るほどの、彼が導き出したものへ。
死ぬのは彼か、自分たちか。
故に、この最後の問いかけが、自分のわずかな気がかりをこの世から抹消してくれると信じた。



528 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 22:08:45.54 ID:dWbbv3Io

「めんどくせぇ野朗だ。
 テメェはアレか?自分がレベル5にカミサマから選ばれちまったとか思ってるクチか?
 自分は選ばれし勇者で、世界を救うために戦うことを義務付けられた正義の超能力者ってな具合に勘違いしてる、
 思春期からいつまで経っても抜けられねえカワイソーな奴は、学園都市には結構いるぜ?」


鼻で笑い飛ばす垣根。だが彼はそれを一笑に付しても、無言で麦野に襲い掛かることはしなかった。
それは王者の余裕か、それとも彼の懐の深さ故か。
彼は自分なりの答えを麦野に対して返してくる。
麦野は彼から絶対に目を逸らさない。
7人しかいない同列達の答えを、麦野はただひたすらに待つ。


「ふざけんじゃねぇぞお花畑野朗。この場にいる奴ぁ全員クズだ。俺が断言してやる。
 学園都市暗部なんて言い方してるがやってることはその辺のお掃除ロボットと変わりねえ。
 むしろゴミがゴミ掃除してる分俺らの方が笑えるくらいだ。
 清く正しく今日まで生きてきましたって宣言できる奴がこんなところにいるわけねえだろ」

「何を今更。当然でしょ、そんなこと。それがどうしたのよ」

「だからなぁ!レベル5がどうとか、そんなことはどうだっていいんだよ!
 レベル5を目標にがんばってますなんて言う奴ぁ、もうその時点で器が知れてんだ。
 レベル5なんてモンはただの過程だ!便利な道具に過ぎねぇ。
 重要なのはその先。そいつを使って、テメェに何ができて何ができねぇのか。
 そして最後に何が残んのかってことなんだよッ!」


吐き捨てるような彼の言葉。
奇しくも麦野は、その彼の言葉に胸を打たれた。
レベル5はただの過程。
目的を果たすための手段の一つに過ぎない。
自分に何が出来て。何が出来ないのか。
レベル5に到達した者が導き出した一つの解答。
俯き、麦野は口元に微笑を滲ませる。



529 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 22:11:14.21 ID:dWbbv3Io

(面ッ白ぇ…垣根帝督。悔しいけど、同感だわ)

「会話で解決しようとしてんじゃねえぞ『原子崩し』ァッ!
 俺やテメェみてぇなクソッタレの悪党は、そんなやり方じゃあ終われねぇだろうがぁッ!!」


垣根の翼が解放される。
それは壮大で、果てしなく、そして美しい、夜空を包み込むような幻想的な光景だった。
垣根は傲岸不遜に笑みを浮かべる。全てを嘲るように。


「俺たち暗部は互いを否定し合わなくちゃ生きられねえ本物のクソだ。そうだろ?
 さあ、踊ろうぜ『原子崩し』。答えってのはなぁ、テメェの手で導き出すモンなんだよッ!」


純白の翼は天を覆い隠して月明かりに願いを託す。
滅びを。破壊を。絶対の崩壊を。
そして地を薄く照らす朧月夜は、全てを焼き尽くす断罪の光と成り果てる。


「痺れるわね。こいつ言ってることは結構まともじゃない」

「感心してる場合じゃないでしょ。どうすんの?」


ゾクゾクと体を震わせる麦野に、御坂が呆れたように問いかける。
そこへ、


「ねえむぎの、試してみたいことがあるの」


滝壺が麦野の側へ来て告げる。
麦野は彼女の瞳を見つめ、ただ頷いた。


「たぶん、向こうに警戒されたらできないことだと思う。だから最初で最後。信じてくれる?」



530 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 22:13:00.34 ID:dWbbv3Io

滝壺は問う。
広大な範囲を焼き尽くすために変換する月光の量はかなりのものだ。
だが既にジリジリと肌を焼くような感触は伝わってくる。
これが完成すれば、後に待つのは月光に焼かれて死体と成り果てた自分達の姿だ。
だから攻撃の機会はただの一度。
滝壺を見る。浜面を見る。全ては整った。何を疑う必要があるというのか。


「信じるよ、滝壺」


麦野は迷い無く、垣根を見据えてそう言った。


「何する気か知らないけど、最後に叩き込むのってどうせあんたの電子線でしょ?
 だったら、私が道を開けてあげるわ」


御坂が二人の前に出てくる。
瞳には光を宿して。あの日の御坂美琴で。


「いいけど、アンタごとブチ抜かせてもらうわよ?」


麦野は試すように彼女の背中に声を投げる。


「当然でしょ?あんたの攻撃なんて、それくらいしないと当たんないんだから。
 せいぜいしっかり狙ってよね。頼りにしてるわよ、『原子崩し』!」



531 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 22:15:14.39 ID:dWbbv3Io

御坂は麦野に屈託無く笑顔を向けた。
迷い無く、怖れなく。闇の奥深くへと前進していく彼女は、今もなお止まることなくその最奥部を目指す。


「いつまでもゴチャゴチャ言ってんじゃねぇぞ三下共ッ!
 あと十数秒で、テメェら全員月に焦がされる。世界で一番ロマンティックな死体になるのさ。
 早くしねぇと、俺の演算が終わっちまうぜぇ?」


挑発するように垣根が両腕を広げ、誘う。
皮膚がジリジリと痛む。眩いほどの月明かりが、廃墟街全てを焦土と化していく。
銃創から零れる血を気にもせず、御坂が彼に対峙した。


「あんたこそゴチャゴチャうるさいわね。あとで泣き言言っても―――」


御坂が地を蹴り垣根に飛び込む。
彼女の左右上下から『未元物質』の翼が襲い掛かる。
わき腹を、頬を、腕を、脚を、切り裂かれながらも御坂は止まらない。


「―――遅いわよ!」


左手をかざして電撃を叩き込む。
轟音と共に垣根に向けて一条の稲妻が迸るも、やはりそれは垣根の体を焦がすには至らない。
歯を食いしばり、苦痛に顔を歪めて、希望を掴むかのように御坂は右手を伸ばした。



532 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 22:16:29.56 ID:dWbbv3Io

「無駄だ、もうテメェじゃ届かねぇ!!」


ゴバッと翼の刃が飛び込んでくる御坂を両断すべく空を斬る。
そのときだった。
麦野の隣で、滝壺が大きく目を見開き垣根を網膜に投影する。
『能力追跡』。もう一つの力。
垣根のAIM拡散力場に干渉し、その力を乗っ取るべくかき乱す。


「ぐっ…!やっぱりテメェから殺しておくべきだったな!」

「捕まえたわよ!」


本当に一瞬の隙だった。
垣根の体を覆うAIM拡散力場の鎧に歪が生じる。
『未元物質』によってコーティングされたその壁に、御坂の右手が差し込まれた。


「これで…終わりよ!」


そして麦野は叫ぶ。垣根は抗う。
扉をこじ開けるように歪む力場をすぐさま再構築するが、彼の眼前に映る光景はあまりにも強大で、
彼の心にわずかな空白をもたらしてしまった。
麦野沈利による、『原子崩し』の壁が押し迫る。
青白い光が視界を覆い尽くす。



533 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 22:18:05.86 ID:dWbbv3Io

「くっ… はははは!最後までムカつかせてくれるな!テメェらは俺の期待以上だ!
 対応してやるぜ!俺を誰だと思っていやがる!」


月光の殺人光線への変換。
御坂美琴の電撃の絶縁。
彼女の右手によって打ち消された『未元物質』の壁の再構築。
滝壺理后によるAIM拡散力場への干渉の妨害。
そして、麦野沈利による『原子崩し』への防御。
その全てを平行して処理するなど、並大抵の演算能力でできる数ではない。
だが。
彼は垣根帝督。学園都市第二位の超能力者。

故に、その全てを可能とする

あらゆる物理法則を総動員し、否定する。
麦野達が渾身の力を混めたその波状攻撃を、垣根帝督は。
その全てに


―――対応した


「よくやったよテメェらは!この俺とここまで渡り合えただけでも誇っていい。
 だが、俺の…勝ちだ!」



534 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 22:21:01.46 ID:dWbbv3Io

電撃も、無効化も、干渉も、必殺の電子線すらも。
この男の前には無力。
故に。
垣根帝督は。
『未元物質』は。


――― 胸に鮮血の華を咲かせて倒れ伏した。


ドサリとコンクリートの大地に声もなく。
天を覆いつくす白い翼がスッと消えていく。
彼は気付けなかった。
警戒し過ぎた疑似『幻想殺し』。
力づくでねじ伏せるべき滝壺の能力阻害。
そしてとてつもなくド派手な御坂の電撃、麦野の電子線。
その全てが、垣根にとって不足の無い敵。目を逸らすにはあまりにも大きな障害。
だからこそ、些細なものを彼は見落とす。路傍の小石を目に留める者などいないように。
多大な演算に意識を向けすぎた。目立ち過ぎる彼女たちに対応し過ぎた。
だから。
その心臓を貫いた文字通りの銀の弾丸が、


―――背後で銃を構えた浜面が放ったものだと言うことに彼は気付けない。



536 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 22:22:08.44 ID:dWbbv3Io

「お前、俺なんか相手にしてなかったろ?
 あれから一回も攻撃されてねぇしな。
 だがな、それが狙いだ。
 最初っからお前への最後の一撃は決まってたんだよ」


硝煙をくゆらせる銃を下ろし、浜面は事切れた垣根に淡々と告げる。
垣根がもし月光への演算を止めていれば、あるいは結果は違っただろう。
能力が高すぎる故に、全てを同時に行おうとしたことが彼の敗因だった。


「楽勝だ、レベル5。根性が足りねえ。無能力者を舐めすぎたな」


銃をくるくると回し、浜面が勝利宣言をしたところで、場の空気がようやく少し緩んだ。


「はまづら、かっこいい」

「はぁ、まさかアンタにまで美味しいトコもってかれるなんてね」


麦野は額に手を当てやれやれと首を振る。
もう見慣れたその仕草に、浜面はふっと顔を綻ばせた。



537 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/04/30(金) 22:23:09.69 ID:e949RGco
ていとくん・・・



538 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 22:24:18.22 ID:dWbbv3Io

「浜面、ちょっとだけ見直しましたよ」

「だねー、やるじゃん浜面」


フレンダが切られたわき腹を押さえ、絹旗に支えられながら笑顔を見せる。
皆軽傷とは言いがたいが、死人が出なかったのは本当に奇跡と言えるだろう。
場の空気が勝利に弛緩していく。


「ま、滝壺や麦野に伝わってなかったら終わりだったけどな」


浜面は苦笑した。
滝壺が麦野に作戦を持ちかけたとき、あからさまに二人は相談を始めていた。
もちろんそれが彼女たちの狙い。そこに垣根は釣られたのだ。
だが無理もない、浜面とは本当になんの打ち合わせも行っていないのだから。
あのとき、3人は目線で合図を飛ばしあっていた。
言葉を使わなかったので、伝わっているのか麦野は不安だったが、やはり彼を信じることにした。
麦野が『原子崩し』を放ったその向こう側で浜面が銃を構えるのを見て、ようやく上手く行ったことに気がついた。
機転を利かせて先陣を切ってくれた御坂を始め、ただ互いを信じて行動に出た結果の辛勝だ。


「ねぇ、これ、どう思う?」



539 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 22:26:26.55 ID:dWbbv3Io

御坂は平坦な声で皆に問いかけてきた。
その声に不穏な気配を感じ、麦野はその視線を追う。
垣根帝督は浜面の銃弾に胸を貫かれ死んだ。
まずはじめに確認しておかなければならないことがある。

彼は無敵の超能力者ではない。

常に体を守るバリアが張られているわけではなく、銃弾から身を守るならそれに対応する物理法則を
創造しなくてはならない。
だから、何が起ころうと結果として心の臓を貫かれたら、人間である彼は必ず死ぬのだ。

そう―――

彼が人間であったなら


「……やってくれたなぁ。さすがに死んだと思ったぜ?」


ゆらりと立ち上がる垣根。


「マジかよ、ほんとに人間かこいつ」


胸から濁った血をどろどろと溢れさせながら、麦野を、御坂を、滝壺を、絹旗を、フレンダを、そして浜面を射殺すように
睨みつけて、焦点の合わない瞳を揺らす。


「気にいらないわね」


御坂は呟く。



540 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 22:28:26.10 ID:dWbbv3Io

「ええ、同感ね」


麦野が頷く。
これがレベル5の末路。二人は忌々しげに奥歯を噛む。
土御門は言っていた。『上』は自分たちを能力を吐き出す機械にだってできると。
垣根の体にまだ演算能力が残されているのかは分からない。
だが、白い翼を顕現させるその様子にはこちらへの殺意以外が見てとれなかった。
故に、彼はまだ自分達と戦うことを終えてはいない。


「っざけてんじゃねぇぞ雑魚共ガぁぁァァアアアアッッ!」


垣根の怒声が夜空へ駆け上る。
翼は再び彼の背中で雄雄しく開かれた。
だが麦野は、彼に哀れみの視線を向ける。


「ねぇ、麦野だっけ?私すごいこと思いついちゃったんだけど。乗る?」


御坂が麦野に語りかける


「私は今一万人の脳波ネットワークを利用して演算能力を補強してるんだけどさ…」


それがあの超広範囲に渡る索敵や歪に動く体の秘密か。
何それずるいと麦野は思ったが、黙って御坂の話に耳を傾ける。



543 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 22:32:39.13 ID:dWbbv3Io

「でも私の電撃だけじゃいくら出力を上げてもあいつには効かない。
 だから、あんたがそのネットワークを試してみない?
 というより、私の脳波をそのリンクに加えたら、面白いことが起きそうな気がするのよね」


麦野と御坂は根元では同質の能力者だ。
どちらも電子を操る力を持ち、その方向性だけが異なる。
様々な事柄に応用できる反面、『原子崩し』に比べれば威力に乏しい『超電磁砲』。
せっかくの一万人の脳波リンクを利用しても根が善人である御坂には無意識下で能力にセーブがかかってしまう。
さらに、彼女はそのネットワークのほとんどを疑似『幻想殺し』への演算処理と、超広範囲に渡る電磁波の放出に利用しており、
また、通常10億ボルトの電流を体に流されて生きていられる人間などいないため、
実質電撃そのものの威力はさほど上がってはいないのが現状だった。
しかし。
麦野は違う。彼女の能力はただただ純粋な破壊の力。
そこにもし、一万人の脳波リンクによって補強された電子操作能力と、レベル5の演算能力までもがプラスされれば
どうなるのか麦野自身にも分からない。
現状垣根を倒す方法は全て使い果たした。
可能性があるとすれば、あとはそこしかない。


「私に他人の脳みそ使って戦えって?
 言っておくわ、私はね、人に指図されるのが死ぬ程嫌いなのよ」


もちろん仲間の命がかかったこの状況でのその言葉は単なる御坂への軽口だ。
だが、御坂は笑う。
そう言うと思ったと。彼女の中で、既に勝利の方程式は組み上げられていると言いたげな顔で。


「だからさ―――」


御坂は笑う。何が起こるか分からない。
だからこそ、信じよう。麦野沈利が会得した揺ぎ無い『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』を。
メンタルに問題を抱えていてなお第四位に君臨していた彼女が、堅牢な精神的支柱を手にしたこの状況下で何を創造するのか。
その『原子崩し』の先にあるものを。
御坂は万感の想いを込めるかのような口調で、不敵な笑みを顔に浮かべて麦野を見つめる。


「―――私達が、あんたに合わせてあげるっつってんのよ!」



544 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 22:34:07.02 ID:dWbbv3Io

御坂の宣言に、麦野は口元をブチブチと真横に引き裂き、応えた。


「乗るわ!」


垣根の翼が二人に迫る。御坂の手が麦野の頭部へと触れられる。


「はははははは!ハハハハハハハハハハハッ!!!!!!」


垣根は嗤う。
彼が人間であったことを忘れさせるかのような無機質で、狂った笑い声が木霊する。
垣根帝督は二度死んでなお蘇り、神の振るう力の片鱗を手にしていた。
空を、大地を、世界を、次元を裂くように爆発的に展開された翼が猛り狂う。
彼は繰り上がりの一位などではない。
今まさに、彼こそが学園都市第一位。
あらゆる事象において彼を優先するものは無く。彼を倒せるレベル5など存在しない。


「… 麦野ッ!」


浜面の声が麦野へ向けて放たれる。


「長時間使用は勘弁してよね。他人の脳波を強要され続けると昏睡状態になるらしいから」


麦野に到達したのは浜面の声でも、垣根の翼でもなく、御坂の電撃。
跳ね上がる麦野の体。御坂の電撃を通して、二人の脳波が繋がる。



545 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 22:35:34.93 ID:dWbbv3Io


――― ミサカネットワークへの接続を開始

 ―――御坂美琴を中継し、脳波リンクを構築


麦野沈利の脳波パターンを御坂を通して全ての『妹達』が複製し、彼女の力を補強する。
麦野は大地を踏みしめる。
ここが最後の砦。


「ああ…成程ね。素敵な結末が見えそうだ」


『原子崩し』は加速する。右目の包帯が燃え上がる。
かくして、ここに、電子の女王が、舞い降りる。
核融合を起こすように。
赤黒い眼窩に白い閃光が迸る。
麦野の左手が吹き飛び、輝く粒子が散布されるように辺りを照らした。
そして彼女は『原子崩し』となる。
一万人の発電能力者と、一人のレベル5の脳波ネットワークが、電子を操ることのみに特化したレベル5を進化させる。
その腕を失ったのではない。
今、麦野沈利は、『原子崩し』そのものに成ったのだ。



546 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 22:37:35.79 ID:dWbbv3Io

「ォォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッッ!!!!」


垣根の翼が秒速30万キロの速度で麦野の全てを粉砕するべく疾走する。
空気が慄く。轟音が鳴り響く。世界が悲鳴をあげる。
彼こそが、この世の理。
だが。
それでも。
その光速でさえ。
遅すぎる。
この空間は既に麦野の掌の中。
閃光と化した麦野のアームが、バチバチと青白い粒子を放ちながらその場全てを包み込んでいた。


「はっ…!すげぇな!そういうことか!惚れるぜ…テメェが第四位だと―――」

「言ったよね。好みじゃないのよ、『未元物質』。アンタ―――」


『原子崩し』は微笑む。これは礼だ。答えをくれた垣根への餞。

『原子崩し』は告げる。哀れなレベル5に、引導を渡すときが来た。

見せてやろう。レベル5のその先を。


―――  ブ   チ   コ   ロ   シ   か   く   て   い   ね



547 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 22:39:12.76 ID:dWbbv3Io

無限にループする膨大な荷電粒子のアームが、垣根を、『未元物質』ごと、握りつぶす。
どんな法則を創り出そうとも。その小さな彼の世界ごと、流動する青白い光のうねりに飲み込まれる。
これが結末。絶対消滅。
誕生の曙光の中に、全てが魅せられた。


「…俺は、学園都市最強の…―――」

「そうね。だから何?
 アンタがまだ私に勝てるなんて思ってるんなら、いいわよ―――」

「メェェェエエルトダァァアウナァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!!!!!」


故に、麦野沈利は揺らがない。


「――― まずはそのふざけた幻想ごと、ブチ殺してあげるッ!」


夜が光の中に消える。月光すらその渦に溶けていく。
麦野沈利が、悪魔の左手が、全てを喰らう。
ただ一度限りの『絶対能力』で。ただ一瞬の『レベル6』で。
1万人のバックアップと二人の同質のレベル5の力を以って、学園都市で最も堅牢な『自分だけの現実』を確立した少女が今、
この街が目指した答え、『神ならぬ身にて天上の意志に辿り着くもの』を証明した。
その無限に展開するAIM拡散力場の中で、麦野沈利は残酷に微笑う。



550 : ◆S83tyvVumI:2010/04/30(金) 22:44:10.03 ID:dWbbv3Io
本日は以上です。
そげぶは軍覇にがんばってもらいました。
誰かがおっしゃっていた通り、浜面が『気付く』ことが重要だと解釈したので、
そげぶでなくてもいいんじゃね?というこじつけですw
ってか上条さんいないから自分にはもうこれが限界ですどうか勘弁してくださいw

ところで、スーパーむぎのんをいかにして麦野を壊さず作り上げるかというのがこのSSでの一つの目的でしたw

ではまた次回。



548 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/04/30(金) 22:40:59.86 ID:iM4iPO2o
手がふっとんじゃった…



549 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/04/30(金) 22:41:16.87 ID:TpES/jko
こんな形でのスーパー化とは恐れ入った



552 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/04/30(金) 22:46:16.80 ID:iM4iPO2o
むしろそげぶじゃなくてよかった。
こっちは本当の意味でのスーパーむぎのんだよな




556 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/04/30(金) 22:50:40.12 ID:DUjLhXw0
スーパーむぎのんそげぷが見れるとは思わなんだ



557 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/04/30(金) 22:53:50.20 ID:PfFM/PMo
むぎのんにそげブされるとかご褒美だろ裏山



561 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/04/30(金) 23:34:28.11 ID:eYJ96sDO
スーパー麦のんはレベル6かっこいいいいいいいいいいい
かわいいいいいいいいいいいいい
うわああああああああん!!!!!!!




590 : ◆S83tyvVumI:2010/05/02(日) 01:41:51.34 ID:dpCXOh2o

後には文字通り何も残らなかった。
垣根帝督が立っていた場所を中心にして円形に荒野が広がっている。
『原子崩し(メルトダウナー)』と化した麦野の左腕が建造物も、コンクリートの地面も、
電柱やゴミまで全てを粉砕して更地に変えてしまったのだ。
かつて広場だった場所で、月明かりが地面にへたりこんでいる麦野を照らし出す。


「…終わった」


呟く。
仲間に一人の犠牲もなく、垣根帝督を消滅させ、ようやくほっと胸を撫で下ろしたところだった。
辺りを見回すと、皆呆けたようにその場に立ち尽くし、麦野を見つめている。


「な…何?」

「そりゃあんなもん見せられちゃあねえ」


隣で同じように座り込む御坂が呆れたように呟く。
ハッとなって自らの左腕を見ると、そこにはいつも通り細っこい腕が存在していた。
左腕が電子のアームにすり替わっていたらどうしようと思ったところだったので、
再び安堵の吐息を漏らす。


「むーぎのん!」

「げふっ!」

フレンダが勢い良く突進してくる。ボロボロになったコートの下は傷が開ききっているというのに
容赦のない奴だと、みぞおちにめりこんでいる彼女をを見下ろすと脇腹から血を流しながらも
血色のいい顔でこちらを見上げていた。



592 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/05/02(日) 01:43:47.71 ID:.j/TyT6o
切断されなくてよかったね



593 :今日は後日談的なものなので地の文あっさり目です ◆S83tyvVumI:2010/05/02(日) 01:43:50.52 ID:dpCXOh2o

「麦野、すごい!何アレ!」

「アレって?」

「ほら、ゴバー!っとなってズババババーって周りの建物吹っ飛ばしてさ」

「なんじゃそら…」

「私たち超死んだかと思いましたよ。でも、周りはこんな状態なのに私たちは生きてます。
 どんな能力だったんですか?」


そう言って絹旗達が近寄ってきた。
彼女らの顔を一人一人見回しながら、麦野はフッと笑みを零す。


「バカね。掌に握ったものへの力加減を間違えたりしないよ」


彼女の攻撃は、あくまで垣根帝督ごと空間を握りつぶしただけ。
電子そのものとなった麦野の腕は、麦野の能力である留まる性質を発揮せず、ただ彼らの体を通り過ぎたのだ。
かつての麦野ならそんな器用なことは出来なかったろう。
だが彼らを守ると堅く決意した麦野は、確立された『自分だけの現実』によってその現象を可能としたのだった。


「みんな。来てくれてありがと。すごく、嬉しかったよ」


麦野は『アイテム』の3人と浜面の顔をしっかりと見つめながらそう言った。
皆の顔にも笑顔が浮かぶ。



594 : ◆S83tyvVumI:2010/05/02(日) 01:46:01.24 ID:dpCXOh2o

「麦野がそんな殊勝なことを言うなんて、超怖いですね。悪いものでも食べました?」

「うるさいなー」


なんとなく気持ちが高ぶって言ってしまったが、ニヤニヤと絹旗がそんなことを言うものだから
恥ずかしくなってきた麦野。


「結局、ちょっとだけ素直になった麦野でも私は全然愛せる訳よ。
 麦野に罵られるのもそれはそれで快感だけれど」

「さぶいぼ出るからマジでやめて」


抱きついてくるフレンダを突き放す。
こいつ脇腹ざっくりいかれてるくせに随分余裕あるなとげんなりする麦野だった。


「大丈夫、そんな可愛い麦野を私は応援してる」

「滝壺まで…もう好きに言っててくれ」


キラキラと輝く滝壺に、麦野はついに言い返すことを諦めた。


「よし、『警備員(アンチスキル)』や野次馬が集まってくる前に撤収しようぜ」


一同の様子を一通り眺めていたらしい浜面が近寄ってきた。



595 : ◆S83tyvVumI:2010/05/02(日) 01:48:26.44 ID:dpCXOh2o

「そうですね。『ピンセット』も取り返したことですし」

「じゃあ俺は車を取りに…ん?」


浜面が来るときに乗ってきたと思われる車両を取るために踵を返す。
麦野は思わず、彼の腕を掴んでいた。


「麦野…」

「………」


顔が熱くなるのを感じながら、麦野はキョロキョロと皆の様子を伺いながら、おずおずと呟く。


「歩けない…」

「は?」


麦野は立ち上がろうとするが、足を挫いている上に腰が抜けていた。
自らの全力を振り絞ったために、もう一歩も歩けないほど消耗している。
だから


「…歩けないって言ってんの!」


真っ直ぐに浜面に要求する。何をか?
そんなこと、言えるわけがなかった。
浜面は焦ったように周りのメンバーに視線を移す。



596 : ◆S83tyvVumI:2010/05/02(日) 01:49:44.97 ID:dpCXOh2o

「いえ、私フレンダ超いますし」

「ぐふぉっ!斬られた箇所がぁぁ!痛い訳でぇぇ」


絹旗は首を振る。脇腹に傷を負ってフレンダが苦しげに、そしてわざとらしく呻いている。


「はまづら、私もこの子がいるから…」

「悪いわね。さすがにもう限界だわ。電池切れ」


体晶の効果が切れたらしい滝壺もぼんやりとした瞳で御坂を見ながらそう言う。
浜面がぶち抜いた脚の銃創が痛々しく、御坂は弱弱しく答えた。
ダラダラと汗を流す浜面の顔が、紅く染まっていった。


「し、仕方ねえな。ほら、乗れよ」


浜面が麦野に背中を向けて膝をつく。
自分を背負ってくれるようだ。だが麦野は頬を膨らませ、その頭に向けて『ピンセット』が入ったバックパックを投げつけた。
呆れたように御坂がそれを拾い上げる。


「アンタこれ大事なもんなんじゃないの…?」

「いてえなっ!なにすんだよ!」

「そっちじゃないわよバカッ!」



597 : ◆S83tyvVumI:2010/05/02(日) 01:51:35.77 ID:dpCXOh2o

―――――


麦野は、やっぱりおんぶにしておけばよかったと後悔していた。
今彼女は浜面の腕の中に、所謂お姫様抱っこをされる形で収まっていた。
後ろの方からの絹旗やフレンダ、滝壺に御坂まで、皆のニヤニヤした視線が非常に腹立たしい。
浜面も浜面で、何を照れているのか顔を赤くしてこちらと目を合わせないようにぎこちなく路地裏を歩いていた。


「む、麦野。傷は大丈夫か?」

「う…うん。浜面こそ、背中の傷は?」


妙にぎこちない二人。
そんな空気すらもが恥ずかしい麦野は、気を紛らわせようと浜面との会話に応じる。


「こんなもん、どうってことねえよ。それにしても…」

「ん?」

「お前、結構おも…」


浜面の顎に掌を当てる。


「…あァん?」

「おも…おもったより軽いですね…」


命の危険を感じたらしい浜面が冷や汗を流して咄嗟にそう答えた。


「終わったようだな『原子崩し』」



598 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/05/02(日) 01:53:18.43 ID:8XcYNnwo
むぎのんかわえええええ!!!



599 : ◆S83tyvVumI:2010/05/02(日) 01:55:26.31 ID:dpCXOh2o

路地裏の陰から、金髪アロハのサングラス男が姿を現す。
土御門だ。体中傷だらけで、服もボロボロの痛々しい姿だった。
同じように海原と結標も傷だらけで姿を現した。
彼らの進路に立ちふさがるように『グループ』のメンバーが集結する。
彼らの姿を確認した絹旗やフレンダ、それに御坂が足をひきずりながら麦野と浜面を
かばうように前に躍り出る。


「ああ、生きてたのアンタら」

「おかげさまでな」

「あんた達、まだやろうっての!?」


警戒している御坂に、海原が柔和な笑みを浮かべて語りかける。


「ご心配無く御坂さん。あなた方に危害を加えるつもりはありませんよ」

「え…そうなの?」

「任務は終了だ。一応お前を『グループ』に誘った手前、報告だけはしておく」

「誘ったぁ!?」

「どういうことですか麦野!?」


フレンダと絹旗が土御門の言葉に驚き、こちらを振り返った。


「誰がアンタらとなんか組むかっつの。『未元物質』にどんだけ私たちが苦労したか」

「あんなもんに勝てるわけないでしょ。私たちだってギリギリまで粘ったんだから」



601 : ◆S83tyvVumI:2010/05/02(日) 01:57:40.36 ID:dpCXOh2o

麦野の言葉に、結標が「無理無理」と顔の前で手を振る。


「生き残ってたことを褒めて欲しいくらいね」

「アンタらの生死なんか知ったこっちゃないわよ。
 アンタのだっせぇ服装の理由くらいどうでもいいわ」

「なんですってぇ?男の腕の中で吼えてんじゃないわよ?」

「なによ?抱き上げてくれる男もいない露出狂は黙っててくれる?」

「い、いるわよ!私にだって可愛い少年達が…!」

「あら、露出狂の上にショタコンまでくっついて。キャラ濃すぎんだよ変態女ァッ!」


バチバチと火花を散らす麦野と結標。
ヒクヒクと口元を引きつらせて結標が言い返す。


「トサカに来たわ。むっかつく巻髪女だこと。だいたいあんたこそ何なのその全身黄色は。バナナの仲間かなんかだったわけ?」

「お洒落とバナナの区別もつかないのダサ子ちゃん。チンパンジーだから人間の文化は分からないってこと?
 アンタその髪型はしずかちゃんでも目指してるのかしら?」

「誰の髪型が国民的アニメのヒロインみたいですってぇ?!私はノブヨしか認めないわよ!」


実は一目見たときから絶対こいつとは仲良くなれないなと思っていた麦野。
もちろんそれは結標も同様に感じていたようで、堰を切ったように口喧嘩を始める二人を見かねて
滝壺と海原が二人の間に割って入る。



602 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします2010/05/02(日) 01:59:13.72 ID:gkr/k720
あれ…ていとくんは?



603 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/05/02(日) 02:01:12.58 ID:2kagntUo
お星様になったよ



606 :ていとくんはいつも僕らの心の中で微笑んでいます ◆S83tyvVumI:2010/05/02(日) 02:02:10.10 ID:dpCXOh2o

「まぁまぁ結標さん、あまりゆっくりもしていられませんし」

「どいて海原!私は私のことをダサいとかしずかちゃんみたいだとか言う巻髪女だけは壁の中に埋めろって
 死んだおばあちゃんの遺言でも言われてるのよ!」

「ショタコンは否定しないんですね…」

「何度だって言ってやるっつの。
 最初から思ってたけどその服、もうこれ以上無いってくらいダッサいわよ?
 その服どこ売ってるんですかぁ?なんでそれ買おうと思ったんですかぁ?気になって夜も眠れなぁい。
 かっこいいと思ってやってるわけぇ?お腹冷やして万年下痢に襲われて、
 パンツの中クソで汚れてんじゃないの・し・ず・か・ちゃァァん?」

「殺すっ!どいて海原そいつ殺せない!あんたケバいのよ年増!」


舌戦においては間違いなく学園都市第一位の性悪、麦野に対抗できず、涙目になって麦野に襲いかかろうとする結標を
体を張って食い止める海原。
しかし最後に麦野に決して言ってはいけない言葉を言われ、麦野の眉間に皴が深く刻まれた。


「あァッ!?女捨ててるテメェに言われたくないわよ!
 テメェの臭そうな×××に焼きゴテぶち込んで真っ黒焦げにしてやろうかァッ!?」

「あらやだ下品だこと。もともと真っ黒なあんたと違って清純な私にその発言は耳が腐り落ちそうだから
 とっとと抱かれた男の数増やす作業に戻ってくれない!?」

「真っ黒じゃないわよ!ち、ちゃんとピンクなんだから!だいたい露出変態女のどこが清純だって!?寝言は寝て言え変態!」

「むぎの、めっ!」


と麦野の頭にデコピンを食らわせる滝壺。
麦野は麦野で、今にも電子線を放ちそうな形相だ。



609 : ◆S83tyvVumI:2010/05/02(日) 02:04:46.49 ID:dpCXOh2o

「いたっ、滝壺もどいて。私はこいつの格好だけは許せない。先人達が築き上げてきたファッションの歴史に対する冒涜だわ。
 おまけにこいつ私のこと年増だのビッチだの言ったのよ!絶対殺す!」

「麦野止めろって、興奮してまた傷開くぞ。それに暴れられたら落としちまう」

「は、浜面!私、そんなんじゃないからね!」

「はぁ?」

「あ、そういやお前らの車レッカー移動されてたぜい」


土御門がそんな永遠の宿敵となった二人のキャットファイトや麦野の言い訳をまるで無視して、
ポンと掌を叩いて思い出したように言った。


「げぇっ!?マジかよ…!
 まいったな、下部組織の連中待ってるわけにもいかねえしな」


うろたえる浜面。


「というわけでほらよ」


土御門が両手が塞がっている浜面の代わりに近くにいたフレンダに車の鍵を手渡す。


「なんだこれ…?」

「真っ直ぐ行ったとこに停めてある。俺たちの仕事まで果たしてくれた報酬だと思ってくれりゃいい」

「お前ら…」

「勘違いするなよ。俺らもお前らもクズの中のクズだ。馴れ合いはごめんだぜ」

「ああ、そうだな」



611 : ◆S83tyvVumI:2010/05/02(日) 02:07:06.60 ID:dpCXOh2o

あっけらかんと言って捨てる土御門が道を開ける。
海原も暴れ馬と化した結標を壁に追いやり、道を譲った。


「麦野」

「ん?」


すれ違いざま土御門が麦野に語りかける。


「また、闇の中で」


彼のその呟きに、麦野も不敵に笑みを滲ませて、応える。


「ええ。機会があれば、この暗闇でまた踊ってあげる」


土御門達の顔は見ない。
次に顔を付き合わせるときは、殺し合いの相手かもしれないから。


「にゃー。お姫様抱っこじゃかっこつかないにゃー」

「っ!うるっさい!」


後ろから最後に投げかけられた気の抜けた土御門の言葉に麦野が顔を赤くしてそう叫ぶ。
次にそちらを見たとき、もう彼らの姿はどこかへと消えていた。



613 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/05/02(日) 02:07:30.35 ID:.j/TyT6o
みんなも冷蔵庫を開ける時はていとくんのこと、思い出してくれよな



614 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/05/02(日) 02:08:43.16 ID:2kagntUo
>>613
そんなこと言うからこれから冷蔵庫開けるときていとくんのこと思い出してしまう




616 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします2010/05/02(日) 02:09:30.92 ID:Qvg7R6AO
おれ、冷蔵庫にていとくって名前付けるよ



619 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/05/02(日) 02:10:31.66 ID:Z4GmK.SO
それじゃあ俺は、上半身と下半身が分解できるソフビ人形を見たらフレンダ思い出すわ



622 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/05/02(日) 02:11:47.08 ID:.j/TyT6o
フレンダのマトリョーシカ…だと……?





次→フレンダ「麦野は今、恋をしているんだね」【後編】



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