ダンテ「学園都市か」【MISSION 36】

2012-05-24 (木) 18:02  禁書目録SS   18コメント  
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298:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/02/22(水) 01:43:00.17 ID:2uaprI4Lo

最上級の敬意を全身で示す二柱。
そんな彼らとは対照的な態度で、分厚いコートを靡かせて来る大男。


ラファエル『―――閣下もお変わりなく、お元気なご様子で何よりです』


「やめてくれ。そいつは皮肉か?今の俺は『残りカス』でしかねえぞ」

ラファエル『滅相もない!決してそのような……!』

「冗談だ。だが頭を下げるのはやめてくれ」

男は軽く笑い飛ばしながら天使達の面を上げさせると、
一方通行へと目を向けて「ほう」と一声漏らし。

「坊主、お前さんが新しい人間界の王か」

一方『……そォらしィな』

ロダン「俺はロダンだ」

そう名乗った。
名乗られたからには名乗りかえすのが最低限の礼儀か、
様々な疑問が脳裏を渦巻いていたも、一方通行もひとまず名を口にしようとしたが。

ロダン「―――おっと細かい話は後にしてくれ」

その名乗りのあとに数多の『問い』が控えているのを悟ったのだろう。
ロダンは状況はわかっているだろ、と身振りで示すと、
再び天使たちの方へと向き単調直入に告げた。

             VI ZILODARP
ロダン「―――『第二天征門』はスサノオの軍がひとまず押えたぜ」



299:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/02/22(水) 01:46:20.17 ID:2uaprI4Lo

ラファエル『―――なんと!』

一方『……そィつは例の二つ目か?』

天の言葉のその響きによると、
恐らくこれから塞ぎに行こうとしていた第二の門の正式名称であろうか。


ロダン「ああ。お前さんに塞いでもらう必要はねえ。今は復旧作業中だ」

そうした一方通行の確認の声に対して、
ロダンは平然とした口調で数手先の答えを返してきた。

一方『…………』

塞ぐつもりだったんだろと聞きもしない、明らかにこちらの行動を把握している言葉。
ダンテと同種の雰囲気を有するこの男は一体何者なのか、
そしてどこまで、またどうやってこちらの事情を知っているのか。

ここでまた様々な疑念が湧きあがるも、
一方通行はとりあえず意識の向かう先を、直面する問題に関する線に絞った。

一方『復旧作業ォ?直してどォすンだよ』

ロダン「―――お前さんも見ただろう?フォルティトゥードの野郎を。テンパランチアもじきにああなるぞ」

再びいくつか会話の段階を飛ばして答えるロダン。
間の何文も省略されているも、一方通行はその彼の言わんとしている事を的確に理解した。

つまりこういうことだ。

限界まで強化した四元徳が二柱、
それらに対するほどの戦力は、今の天界の中には無いのだと。



300:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/02/22(水) 01:54:04.62 ID:2uaprI4Lo

確かに一方通行は、最終的にはあのフォルティトゥードと勝負に出るつもりだった。
だがそれも、例え全快で挑んだとしてもきわめて厳しい戦いであるのは確実。
しかもそこをなんとか勝利しても戦いは終るわけじゃない。

ようやく折り返し地点であり、次には同じく強化したテンパランチアが控えているのだ。

戦いというものは最終的に、どんな苦境だろうと決して諦めない精神力がものがいうのを一方通行は知っている。
あの上条当麻から教えてもらったことだ。
だが同時に『それだけ』では勝てないということも彼の姿に見た。

精神力が重要になってくるのはあくまで『最後の粘り』の時であって、
力が足りなければそもそもそこまで達し得ないのである。


四元徳は二人いる、一方通行は少し前からここを懸念していた。

四元徳との連戦はまず無理である。
そもそも一体ずつ順番に戦ってくれるとも限らないし、
二体同時に相手にしてしまえば、こちらは嬲り殺しとなるであろう、と。


―――そこでこのロダンの話である。

どうやって一対一に持ちこみ、そして連戦にならないように間を開けられるか、
一方通行はこのための具体的な案を必要としていたのが、
この大男が示した内容は、その諸問題をそっくり丸ごと解決しようというものだったのだ。

一方通行は少し思案の間をおいて、この大男に問い返した。


一方『―――そォか、ネロを呼ぶのか?』


そう、四元徳に確実に勝てる者をこちらに連れてくるのだ。



301:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/02/22(水) 01:57:28.45 ID:2uaprI4Lo

ロダンがニヤリと笑いながら頷き、一方通行の解釈が正しいことを示した。


四元徳に勝てる存在、一方通行が思い浮かぶかぎりならばネロが一番近いか、
修復した第二の門を通過させて、かの最強の一人を天界に呼んで四元徳を倒してもらう。

内容自体は申し分ない。
となれば次に重要になるのは成功率・確実性である。

一方『それでいつ通れるよォになるンだ?』

ロダン「メタトロンの強行突破でひどく損傷しちまってな。ネロあたりが通るにはまた時間がかかる
     確実にとは言えねえが、まあ5分以内には大丈夫だろう」

一方『……』

五分、一般的にはごく短い時間ながらも、
今のこの状況下では何もかもが覆るに充分な間―――『長い』。

一方『メタトロンみたく強行突破はできねェのか?』

ロダン「無理だ。カマエルと人工天使のお嬢ちゃんならなんとか通れるが、
     ネロほどに力がデカイ奴だと、今通れば門が完全にぶっ壊れちまう」

こちらの新行動すら抑えている口調だったが、そこはもうあまり気にならなかった。
一方通行の頭の中を占めていたのは、もっぱらこの門の問題である。

今はネロを連れてくることが出来ない。
これは現状に置いてきわめてマイナスな要素だ。

状況は常に変化しているためこちらがネロを呼ぼうとした時に、
彼の側ではちょうど手が離せなくなってしまっている可能性だってある。

むしろ風斬・打ち止めを介して聞くところによると、
『多くの大悪魔を引き連れた王者たる大悪魔』という耳にするだけで辟易してしまうような一団が迫っているらしいのだから、
いずれそうなると考えるべきか。

このような事情により、ネロに四元徳の最終的な対応を託すというのも、
これまた不安が残る確実性に乏しいものに思えてしまった。



302:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/02/22(水) 02:00:54.85 ID:2uaprI4Lo

そんな一方通行の懸念をまたもや見事に読み取り、
ロダンはあたかも忘れていたかのように付け加えた。

ロダン「おっと心配するな。『アテ』はネロ以外にもいくつかある」

「俺は顔が広いんでな」、とわざとらしく微笑む大男。
あえて相手の不安を煽って反応を楽しむような、その軽い意地の悪さもダンテに似ているか。

一方『……チッ。そのアテとやらは誰だ?ダンテか?それともまさかバージルって言ゥンじゃねェだろォな?』

ロダン「いいや、今やっこさん達は手が離せねえだろう」

一方『だったら他にいるのか?』

苛立ち混じりの息を吐きながら、一方通行が投槍に問い返した。
するとロダンはするりと答えた。


ロダン「いるぜ」


ふん、と愉快気に鼻を鳴らして。


ロダン「スパーダ一族にも負けねえくれえ、とびっきりぶっ飛んでるアホウがな」



303:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/02/22(水) 02:03:45.25 ID:2uaprI4Lo

一方通行には、スパーダの一族の三人以外にそんなレベルの味方は心当たりが無かった。
そもそも敵か味方か以前に、
魔帝を含めた彼ら四人の他にもその域の存在がいること自体がある種の驚きだった。

だが横の天使たち―――ラファエルとウリエルは、
ロダンがアテにしている人物のことを知っている様子だった。
かつその存在は、彼らにとってはきわめて不穏な印象を与えるらしかった。

一方『……』

彼らの気配の変化にふと気付きそちらを見やると。

ラファエルとウリエルがひゅっと佇まいを萎縮させていた。
白亜の彫像のごとき顔が、真っ青に思えてしまうほど。

圧倒的な四元徳に向ける畏怖畏敬といったものではなく、純真無垢な幼子が怪談話に身を竦めているような印象だ。
あまりの急激な戦慄っぷりに、一方通行はあえて聞こうとも思えなかった。


ロダン「大丈夫だ。相手が天使だろうと、敵と味方を区別するアタマはある。天界まるごと滅ぼすような真似はしねえさ」

すっかり縮こまってしまった二柱に向け、ロダンは軽く笑い飛ばしたも、
その最後にふっと笑みを潜めて真顔でこう呟いた。


ロダン「多分な」


それを耳にした天使達の顔は、哀れなくらいに引きつっていた。



304:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/02/22(水) 02:06:08.18 ID:2uaprI4Lo

そのあと一方通行は、
居心地の悪い話や空気を切り返る際、そのきっかけに天使も咳払いを使うことを知った。

彼らの口ぶりからしてもずっと大昔から人類と密接に関わってきていたらしいのだから、
類似点が多いのも頷けるか。

言葉は通じるのに完全な意思疎通ができない、
感情と呼べるものはあるがその根底が全く別物、といった不気味な齟齬を覚える悪魔達とは違い、
天使達は物事の考え方・価値観も非常に近く感じる。

特にこのラファエル・ウリエルは、
肌色の体を手に入れれば難なく人間の中に混じりこめそうな印象だ。

もっともあまりに純真無垢すぎて、人間社会では少し浮いてしまうであろうが。


ラファエルが咳払いをして場の不安を振り払うと、
横のウリエルが口を開いた。

ウリエル『ところでスサノオ様が動かれたということは……』

その面長の姿に合った、ラファエルより少し細くて高い声か。
ロダンは「おう」と一声漏らしては顎をさすりながら彼に答えた。

ロダン「ちょうどついさっきな、天津族とアース神族が中心となって反乱を起こした。お前さん達も加わるか?」

ウリエル『おお!喜んで!』

ラファエル『もちろんですとも!』



305:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/02/22(水) 02:10:17.27 ID:2uaprI4Lo

上条の話で歓喜したと思ったら『ロダンのアテ』の話で縮こまり、そして今また歓喜する。
ぽんぽん切り替わっていく天使達を見て、一方通行はこう思った。

小さな子供みたいな―――それこそ打ち止めみたいな連中だな、と。
さっきの萎縮した時も思ったが、今ますますこの印象が強くなっていく。


そして比較となって脳裏に浮かぶのは、『狩人』の『人間の天使』―――メタトロンの瞳。

長きの年月経過が色濃い、苦闘苦難を携えた憂いの色。
良くも悪くも成熟しきり、現実を粛々と受け止めてきたあの『大人の目』である。


ウリエル『私は至急みなを集め体勢を整えてきましょう!』

ウリエルが立ち上がり、一先ず本拠へと戻ろうと魔方陣を出現させた。
その今にも姿を消す瞬間の彼に向けて、ロダンが早口でこう添えた。

ロダン「お前さんとこの『おやっさん』にとりあえず『アマノイワト』に来いと伝えてくれ。あそこが本陣だ」

ウリエル『わかりました!』

一方『……』

アマノイワト、その響きで真っ先に思い出すのは『天岩戸』だ。
日本神話に登場する、天照が引きこもったとされる『洞窟』の名である。



306:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/02/22(水) 02:15:48.25 ID:2uaprI4Lo

悪魔・魔界といったものが現実に存在すると知って以降、
世界各地の有名どころの神話から三流のオカルト書物まで、
そういったものを読み漁り丸暗記してきたが、まさか当時はこんな形で役立つとは思いもしていなかった。


ラファエル『アマノイワトですか―――?』

そうした一方通行の心の中の言葉を反芻するように問い返すラファエル。
またもや一転、今度は不安気に陰りをのぞかせて。

ロダン「ああ」

ラファエル『……あそこを今から使っているということは……』

ロダン「そうだ。『粛清』が始まった」

ロダンは「悪い話だ」と告げるように喉を低く鳴らして続けた。

ロダン「俺達が蜂起したすぐ後に、まずヴァナヘイムがテンパランチアの軍に攻め込まれて陥落した」

ラファエル『……ということはヴァン神族の皆さんも反乱に加わったので?』

ロダン「いや、連中は一切関与してなかったんだが、テンパランチアの野郎、連中には一切事前通告せずに乗り込みやがった」

ラファエル『前線拠点の確保、のためですね……』

ロダン「そうだ。あそこは大半の民もろとも『更地』にされたぜ。フレイアがなんとか生存者を纏めてアースガルズに退避した」

ラファエル『フレイ殿は?』

ロダン「フォルティトゥードに一騎打ちを仕掛けに行ったとさ。ブチギレちまってて誰も止められなかったらしい」

ロダンはそこで「奴はそれっきりだ」、と肩を竦めた。

ロダン「そのアースガルズも時間の問題でな、トールもアース神族本陣をアマノイワトに移した」



307:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/02/22(水) 02:17:44.55 ID:2uaprI4Lo

ラファエル『…………やはり今のフォルティトゥード公閣下は、閣下でも止められないのですか?』

ロダン「今の俺じゃ無理だ」

一方『……』

まるで『今の俺』じゃなければ倒せたかのような口ぶり。
そのロダンの言葉によって、一方通行の中で脇に寄せていた疑問が、
湧いた関心と共に戻ってきた。

一方『おィ、聞いていいか?オマエは何者なンだ?』

この一瞬の会話の間を逃すまいと、すかさず一方通行は問うた。
するとはっと気付いたようにラファエルが礼儀正しく手で指し示して、
ロダンの身元を紹介しようとした。


ラファエル『申し訳ございません。まず私がご紹介すべきでした。この御方は、主神ジュベレウス様の―――」


だがその声は途上で遮られてしまう。
素早くロダンが手で制し、強引に言葉を重ねたのだ。


ロダン「―――バーのマスターだ」


一方『………………マスター……?」

ロダン「そう、バーのマスター。それだけだ」



308:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/02/22(水) 02:19:52.37 ID:2uaprI4Lo

その返答は、明らかに何かの事実を包み隠したものだった。
そしてその事実を平和的に知ることも無理だった。

こうした形の答えを返されたということは、
その事実を知るには相手の意に反して問いただすしかないのだ。

一方『……そォか』

一方通行はここで波風を立てるつもりは無かった。
それにこの男がここで隠すということは、
現状において特に知る必要の無い事柄であるのだろう。

重要なことならしっかり教えてくれているはずだ。
知り合ってまだ一瞬であるが、それでもこの男の芯を感じることが出来たし、
ラファエルの姿勢からも、彼が信頼にたる人物であると伺えた。

だが。

まるでそうした一方通行の分析にも突きつけるかのように、
ロダンはラファエルに向き合って。

ロダン「おい、忘れるんじゃねえぞ」

天使の胸を刺すように指さし、
厳しく威圧的な態度でこう戒めた。


ロダン「―――俺は裏切り者のクズだからな」



309:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/02/22(水) 02:22:15.25 ID:2uaprI4Lo

その鋭い言葉にラファエルは顔を引き締め、
しかられた子供の様にじっと身を強張らせた。

対照的にロダンは「ということでな」とまたころりと軽めの調子に戻ると、
会話の流れも状況説明へと引き戻し。

ロダン「テンパランチアはアースガルズへの侵攻準備中、フォルティトゥードは一つ目の門の蓋を割ろうと躍起になってる」

一方『二つ目の門が直るまでもちそォか?』

ロダン「さあな。そいつはなんとも言えねえ。だがもし間に合いそうも無かったら―――その時は今ある手勢で勝負をかけるしかねえな」

一方『もちろン俺も含めてだな』

ロダンは声にせずに小さく頷いた。
今交わされたのは最悪の事態についてなのに、やはり妙にどこか楽しげな表情だ。
彼はそんな様子で、ここで話の区切りがついたと思ったのかパッと手を上げて。

ロダン「さて、俺は行かせてもらうぜ。シヴァやオメテオトルあたりとも話をつけてえからな」

だがその言葉とは対照的に、
一方通行はもう少し彼をここに留めようと意味ありげに沈黙した。

一つ気になったことがあったのだ。
今の状況説明の中である事柄が、一切話題にならなかった。
状況的に知っていたら触れないわけがない、きわめて重要なものが。


―――上条当麻についてである。



310:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/02/22(水) 02:26:35.13 ID:2uaprI4Lo

ラファエルも同じく気になったのだろう、
深緑の天使もふと怪訝な面持ちで一方通行へと見合わせた。

ロダン「おう、なにかあるのか?」

下の動向詳細のみならず風斬の正体までカバーしていても、
やはりインデックスの行動については彼は把握していなかったようだった。

ラファエルが簡潔に素早く事情を説明すると、ロダンの顔色がみるみる変わっていったのだ。


純粋な驚きに加え―――不穏な陰を滲ませて。


その陰りは、ラファエルの説明の途中で急に割り込んできていた。
恐らくこの最中に意識へ通信か何かが入ったのだろう。
深緑の天使が一通り声を終えると、ロダンはすかさずそのリアルタイムの新事実を口にした。


ロダン「―――たった今、テンパランチアがヴァナヘイムから姿を消したとよ」


説明の直後にこのような情報を告げる、その意味は一つしかない。
一方通行もラファエルもその意図を明確に悟り、そして表情を引きつらせた。


インデックスが出陣の野に侵入したことが四元徳に知られたのだ。


そしてそれを知った上でかの存在達がどのような対応をするかは、
笑みが消えたロダンの顔が明らかに示していた。



311:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/02/22(水) 02:28:20.14 ID:2uaprI4Lo

ロダン「―――テンパランチアは俺が何とかする」

ラファエルが心配そうな表情を浮べたが、ロダンはこう続けた。

ロダン「奴はまだ強化前だ。俺でも充分だ。だがフォルティトゥードはな」


一方『―――俺が行く』


一方通行は即答した。
今更言葉に出すまでも無い、ここにいる三者が理解していた当たり前の答えだった。
確かにまだに全快はしていなかったものの、このロダンの出現と第二の門へ向かう手間が省けたことで、
いまや9割方は回復しており充分に戦える水準だ。

最高とは言えぬも、好ましいコンディションであるのは間違いなかった。
目まぐるしく状況が変わっていく中で、これ以上の勝算がある瞬間はもう訪れないかもしれないのだ。


ロダン「フォルティトゥードはまだ一つ目の門にいる。そこから逃がすな」

倒さなくとも釘付けにし時間を稼いでくれれば充分、という言葉だ。
一方通行もその意味をしっかり受け取り、意識の奥に刻んだ。

手を抜くつもりは無いも、己が命を落とすこともとにかく避けなければならない。
己が死ねば虚数学区は消えてしまうし、それ以前に―――これは『生きるため』の戦いなのだ。


打ち止めのもとへ帰らなければならない。


敗北が許されないのと同じく、決して死んでもならない。
生き残ることが最優先、そこを押えて初めて『勝った』と言えるのだ。

ロダン「無理はするなよ坊主。冷静にな」

一方『わかってる』


だが。

そのような『落ち着いた覚悟』が続いたのもほんの僅かな間だけだった。
すぐさまラファエルの導きで、再びあの第一の門の階層へと戻った瞬間。

彼の内は、灼熱の激情で埋め尽くされることとなる。

―――



312:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/02/22(水) 02:29:36.05 ID:2uaprI4Lo

―――

神儀の間。

ここで人間界の未来を紡ぐ大いなる作業していた二人は、とある問題に直面していた。

天界に依存しない完全なる人間界の力場の再起動、
その下準備はすでに完了し、あとは『点火の火種』を灯すだけ。

だがもう一方の作業、魔界の大門の再封印については思うように進んでいなかった。

ベヨネッタ『―――……やっぱり妨害されてるわね。ここからじゃ無理』

バージル『……』

七天七刀の柄頭に手を添えるベヨネッタが、その柄を握る向かいのバージルに告げた。

問題の内容はいたってシンプルだった。
魔界の大門の封印作業を横から邪魔している者がいるのだ。
その『愚かな者』の身元も居場所も判明している。

二人は無言のまま視線を重ねて、互いの意図が同じであることを確認した。
内容がシンプルなのと同じく、それへの対応もまたシンプルだ。


簡単なこと、その『愚か者』を排除すればいいのである。


ベヨネッタ『……』

だが今のベヨネッタには、
この常道である手に出るのにいささかの躊躇があった。



313:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/02/22(水) 02:32:58.77 ID:2uaprI4Lo

先ほどから覚えている、時間が経つほど強くなってくるこの違和感。
それは今やこの『死人』の排除という仕事にまで不気味な息を吹きかけていた。

果たしてここで己が出るのが正しいのか、何が正しいのか、何もかもが曖昧。

バージル『さっさと行け』

ベヨネッタ『……』

しかしただ一つ。
このバージルを『死人』の排除に行かせてはならない、という点だけはなぜか『確信』できた。

人間界基盤の時間軸を押さえ込む―――魔界の侵食を抑えるためにはここにバージルがいなければならないが、
5分程度ならばなんとかベヨネッタが代わりを努められるため、彼でも席を外すことが可能だ。

つまりここであの『死人』の排除を断れば、バージルが「ならば俺が行く」と言い出すわけである。

そしてそれは避けなければならないと確信する以上、
やはり己が行かなければならないのだ、とベヨネッタは認めざるを得ないか。

ただこの時。
そのような不納得を飲み込むのは、『幸運』なことに少しの間先送りになった。

いや―――これは『不運』と言うべきだったのかもしれないが。


この神儀の間には、バージルの了解なくして何人も侵入することができない。
そのはずだったのだが瞬間、そんな存在しないはずの『侵入者』がここに立っていたのだ。

その『侵入者』によって聖域の空気が豹変する。
アイゼンとローラ、戻ってきていたジャンヌも身を硬直させ、ベヨネッタもその瞳を鋭く『彼』に向け。
バージルもその表情を変えぬとも、全身からはこれまでとは桁違いの鋭い空気を放ち始めた。


「よう、バージル。俺も来たぜ―――」


ただそんな中でも、当の『侵入者』だけは『普段通り』の調子だった。
身から溢れる軽薄なノリが、周囲と対比となってより『異物感』を際立たせているか。


赤き魔剣士は、その場で「さてお次は?」と煽りからかうように両手を広げて。


ダンテ「―――お前の立ってるところまでな」


兄に向けて笑った。


―――



314:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/02/22(水) 02:37:25.27 ID:2uaprI4Lo

―――

自らの力を押し固めて形成させた黒い蓋。
その上に『アレ』が立っていた。

光に満ちて煌びやかで、途方も無く荘厳で神々しい『双頭のドラゴン』。
四元徳が一柱、『勇気』、フォルティトゥード。

一方『……』

金色の稲妻が飛びかうその巨体からは、強化された圧倒的な力が放たれていた。
そのあまりの圧力に、隣のラファエルが退き気味に喉を鳴らす音が聞えた。
だがそんな天使の悲痛な声も、今の一方通行の意識には残らなかった。


フォルティトゥード『ふむ―――その瞳。その輝き。おお、なんと穢らわしき竜の眷属共よ』


逆さの巨顔から放たれる言葉さえにも彼は反応しなかった。

それよりももっと大きく。
もっと痛烈な『声』が、フォルティトゥードの『全身』から聞えていたのだから。


あの『木』からのものよりも遥かに大勢の、そしてずっと悲壮に満ちた人間達の『ざわめき』が。


そうした無数の人々の叫びが彼の心を滾らせる。
自覚無くとも人間界の神―――王としての存在基盤が大噴火を起こし、その内は灼熱の窯と化す。


一方『―――おィ。さっさと行け』

一方通行は横のラファエルへ告げた。
重く熱くエコーがかかった、鼓膜が擦り切れそうな声色で。

追い立てられた子供のようにこの場から去っていく深緑の天使。
彼は、この若き人界神が何に激昂しているのかはわかっていただろう。
そして時間稼ぎに甘んじるつもりももう微塵もないことも。


一方通行の胸中には、憤怒の業火でこう焼き刻まれていた。


ここで今、己が手で―――この無数の魂を貪り喰らった―――天の神を殺してやる、と。


天界の支配者たる四元徳と人界神の新王、その決戦がここに始まる。

―――



315:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/02/22(水) 02:39:30.32 ID:2uaprI4Lo

これにて第一章は終了です。
次の投下、第二章開始は土曜の予定となります。



319:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/02/22(水) 07:48:07.26 ID:3SUJ0wMDO

>>1バージルとベヨネッタが触れてるのって閻魔刀だよな?神崎の刀になってるけど



322:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/02/22(水) 18:21:31.38 ID:2uaprI4Lo

>>319
すみませんミスです。
その通りここでは閻魔刀です。



320:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/02/22(水) 10:40:01.91 ID:QlIaSiQFo

第一章お疲れ様です。その内竜王対新王のステゴロが再開しそうだ。



323:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋):2012/02/23(木) 21:16:12.55 ID:7dj+Hh7Q0


軽いダンテさん見ると相変わらずで安心する



325:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/02/26(日) 00:44:43.05 ID:l841wWYio

―――

学園都市へ戻ってきた一行は、窓のないビルが立っていた場所へ一度戻ると、
『冬眠中』のステイル=マグヌスを回収(そのまま持ち歩くと『分解』してしまうため死体袋に詰めて)

そこで悪魔を迎え撃つために『上』に行くネロと別れ、
新たな『本陣』を構えるため、魔狼の背に乗ったまま芳川の誘導でとある施設へ向かった。


行き先は第二学区の中ほどにある、
横倒しになった墓石のような恐ろしく無骨で無機質な巨大な建物だ。
デュマーリ島強襲のため、人員の能力強化その他もろもろの準備を行った、
黒子や結標にも見覚えのある施設である。

高空から敷地内へ、
その勢いと図体に不釣合いなくらいに穏やかに降り立つ魔狼。
そしてこれまた軽やかな足取りで敷地内を進み。

施設の厳重な扉の前へと行き着くと、
御坂と芳川がその背から飛び降り扉横の端末に向かった。

芳川「……だめね。非常事態だから、私の権限でも開かないわ」

打ち止め「ちょっと待ってて。ミサカがここのシステム書き換えるってミサカはミサカは―――」

そこで一足遅れで魔狼の背から飛び降りてきた打ち止めが、
芳川の腕の間から覗き上げてそう言ったも。
彼女の声は、強引にかぶせられた『姉』の声で最後まで続けさせてはもらえなかった。

そして彼女の目論みそのものも。


御坂「―――こっちの方が早いわよ!下がってて!」


その声に振り向いた芳川と打ち止めは、慌てて御坂の背後へと下がった。
なにせその御坂が電光を迸らせながら、
扉へ向けその大砲を腰だめに構えていたからだ。

御坂の背後で、芳川が打ち止めを抱くようにして屈んだ次の瞬間、凄まじい砲音が轟いた。



326:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/02/26(日) 00:46:43.02 ID:l841wWYio

ダンテお手製の大砲に加え『なぜか』最高に能力の調子が良い今、
レディ製の魔弾でなくとも御坂の『砲弾』は圧倒的な火力を誇っていた。

打ち止め「お姉様、やりすぎってミサカはミサカはストレートに呆れちゃう」

戦車砲の直撃でもびくともしなそうだった扉は、
周囲の壁ごと黒く歪な塊へと分裂していた。

御坂「いいの非常時だし。ほら入って」

御坂は得意げに鼻を鳴らすこともなく、打ち止めの簡潔明瞭な批判にも全く気にも留めず、
咆口を上に向け待機位置に戻しながら平然と皆に促した。

芳川は打ち止めを抱き上げ足早に、
いまだ高温の光を灯している『穴の淵』を跨いで施設の中へ入っていった。

その後を黒子が結標を、佐天が神裂を、初春がエツァリを、
それぞれ魔狼の背から降ろしては支えて続き。


御坂「ほら。アンタも入りなさいよ」

さながら戦争捕虜への荒い対応か、
御坂がアレイスターを砲口で突っつき、施設の中へと押し込んでいった。

そしてネロに皆を守るよう言いつけられた魔狼は、
ステイルの入った死体袋を背に乗せたまま『穴』のすぐ傍に屈み、待機の姿勢をとった。



327:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/02/26(日) 00:48:24.31 ID:l841wWYio

施設内はしばらく警報が鳴り響いていたが、
打ち止めがシステムを書き換えたのだろう、
一行が長い通路を抜ける間にけたたましい音は途絶えた。

彼女達はこの広く巨大な施設の中を、芳川の先導のもとどんどん進んでいった。
長い通路を抜け、非常用のエレベーターで地下に降り、更に長い通路を抜け。

そして到着したのはとある一室。

壁のある一面には『鏡』がはめ込まれ、
そのほかの壁三面には機材が並び、中央に『学習装置』付きのベッドがある、
デュマーリ島への強襲の前に打ち止めの調整を行った部屋である。

芳川はここを二つ目の『本陣』に相応しいと考えたのである。


そうして着いたのも束の間、言葉数少なく打ち合わせると皆がそれぞれ動き出した。

神裂と結標を廊下に座らせると、
黒子は佐天をつれ応急処置のための物資を取りにいった。

芳川は途中、負傷者達を医務室に連れて行くことを考えていたが、
エツァリがそれを拒否したため、結局彼らもここで共にすることとなったのである。


エツァリ「……システム立ち上げには……どのくらい……」

芳川「バックアップは全部この子の中にあるからすぐよ!」

エツァリは部屋の中の壁際に座り込むと、
息も絶え絶えながら魔術通信の回線接続を試みる他、『立体地図』用の術式も再起動、
芳川はベッドに打ち止めを乗せると、初春を従えてせわしなく周囲機器の調整に入り。

御坂は廊下にアレイスターを座らせると、水やタオルといった物資を探しに向かった。



328:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/02/26(日) 00:51:16.69 ID:l841wWYio

場は、瞬く間に慌しい空気に満ちた。

医療用のベッドの上に物資満載にさせて戻ってきた黒子と佐天は、
神裂の状態を見て一瞬硬直してしまった。

神裂はすでに意識を喪失、死人のように肌を蒼白にして、文字通り死んだように『眠っていた』のである。
ネロが別れ際にこの『冬眠』のことを告げていなかったら、本当に死んでしまったと思っただろう。

二人は気を取り直すと、まず結標の処置に取りかろうとしたが。
黒子はすぐに己ができることは無いと悟った。

結標には、外傷といった類の応急処置が施せる傷はほぼ皆無。
彼女の容態を悪化させている原因は内部器官の損傷だったのである。
吐血と耳からの出血がそれを明確に示していた。

芳川「―――その子は能力過負荷ね!こっち済ませたら私が看るわ!」

機器の調整の傍ら声を飛ばしてくる芳川。

それを聞き黒子は、ひとまず結標の体を引っ張ってきたベッドの上に載せるとそこに佐天を残し、
ちょうど業務用の水ボトルとタオルの束を抱えて戻ってきた御坂を連れ、
次はエツァリのもとへと向かった。


彼は結標の状態とは対照的だった。
外傷がきわめて酷かったのだ。

周囲の床は彼の血糊で惨憺たる様相、
職務上ある程度の医療知識がある黒子は、その光景を見てまたもや悟った。
少し別の意味合いで、「できることはない」と。


彼の失血量は、人としての限界をすでに大きく越えていたのである。



329:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/02/26(日) 00:53:58.00 ID:l841wWYio

同じく医療知識を有していた芳川もまた、一目で悟ったようだった。

一通り機器の調整を済ませた彼女は、エツァリの方を見やって一瞬硬直したのち、
すっと一度目を瞑っては廊下の結標の方へと駆けていった。

部屋の中央では今度、
打ち止めがベッド上から初春に指示をし、システムの立ち上げを試みていた。


黒子「―――……」

黒子は諦めなかった。

一瞬愕然としたも、すぐさま血漿パックと機器を取り出し、
学園都市製の腕輪状の点滴機器を彼の腕へと嵌めた。

そこからあとは止血のための応急処置を施していく。
外科手術が可能な者なんてここにはいないため、それしかできないのだ。

もっとも黒子は、外科手術が可能な者がいたとしても意味が無いことはわかってた。
ざっと状態を見る限り、彼の運命を決定付けた直接要因は、
どうやらこの肉体の損壊ですらなかったのだと。


目に見えない力が―――彼の魂を破壊した、とでも言えるか。


それはエツァリ自身が一番明確に認識していた。

当たり前ことだ。
いくら他所からの大きな力で保護されてるとはいえ、
『普通の人間』の身で神の領域の力を受けて無事でいられるわけがないのだ、と。

ゆえに彼は、『無駄』に医務室に行って『残り少ない時間』を消費したくなかったのだ。


エツァリ『……アニェーゼさん……騎士隊長殿……ここをお任せします……』


エツァリは魔術の回線を開き、彼らに預ける形で―――ここに『最期』の仕事を終えた。



330:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/02/26(日) 00:55:57.34 ID:l841wWYio

ハサミですばやくシャツを切り裂いていき、
血でひっついた部分を丁寧にはがしていく黒子。

御坂はその脇から、水で濡らしたタオルで傷周りを拭き取っていった。

御坂「……」

思わず目を背けたくなる光景だが、御坂は何とか堪えて、
黒子の手の合い間に彼の血を拭っていく。

―――と、そうしていたところ。


御坂「………………えっ―――?」


彼女は瞬間、目を疑ってしまった。
あまりに信じがたい『それ』に無意識の内に声が漏れ、体も硬直してしまう。

褐色の肌の少年の体、シャツが取り除かれて露になった胴、
そこにあったのは、先ほど負ったものと思われる傷の他に、
真新しくも今日のものではない―――『剣に突き刺されたかのような傷』があった。


そしてその傷を閉じるため―――『ホチキス』状に捻じ曲げた『鉄筋』を刺した跡も。


この目にするものを御坂は説明できなかった。
理解を進めることができず、半ば思考が停滞してしまう。
そんな呆然とする彼女に向け、
褐色の肌の少年は朦朧とした声でこう告げた。


エツァリ「……あなたに……こうしてもらうのは『二度目』ですね……御坂さん」



331:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/02/26(日) 00:58:14.82 ID:l841wWYio

『あれ』は違う―――あそこでバージルを前に己の盾となってくれたのは、『海原光貴』である。

目の前の少年は彼とは違う。
肌の色も、人種も、身長も、目つきも、声も、雰囲気も、何から何までが違う。

それなのに―――なぜ。

忘れもしない、自身があの時処置した傷は今でも鮮明に覚えている。
『ホチキス』状に捻じ曲げた『鉄筋』で塞いだ剣の刺し傷。
それがこの別人の少年の胴にあった。


信じられなくとも、この傷そのものが指紋照合のようにここに明確に示していたのだ。


『コレ』はあの日、御坂美琴が処置した傷である、と。


御坂「―――」


―――『表の自分は知らないんです』

不意に思い出される、あの時『海原』が口走った言葉。
その意味がなんとなく、なんとなくだがわかったような気がした。

あの一件のあと、『海原光貴』という名を方々で探したところ、
彼は日常生活に『戻っていた』ため、御坂はこの言葉を本人にも含め一切『他言するな』という意味だと認識し、
『海原光貴』に会いに行くということはしなかった。

そしてミーティングで初めて顔を合わせたと『思っていた』、車椅子に乗っていた褐色の肌の彼のことは、
一方通行や土御門の同僚、暗部の幹部だと思っていた。


恐らくそれらの解釈も、一面としては正しかったのであろう。

だがもう一面、もっとも重要な点に気付いていなかったのだ。
その事実を彼女はここでようやく、ようやく知った。
現実を認めざるを得なかった。


この少年は、あの日バージルから守ってくれた―――『裏』のもう一人の『海原光貴』だったのだ、と。



332:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/02/26(日) 01:00:49.06 ID:l841wWYio

エツァリ「―――ですが……今回は……もう必要ありません……」


彼はそう声を漏らすと、震える腕で黒子と御坂の手を押し退けた。

その言葉の意味を知っていた黒子ははっとしたように息を止めると、
抵抗することも無く作業の手を静かに離した。

そんな様子を見、御坂もこの瞬間にある程度悟ってしまう。
呆然として思考が半ば停止してしまっていても、
彼女にとって黒子の表情や佇まいは直感的に読みとれるものだ。

御坂「―――必要ないって……どういう―――!黒子―――ッ!」

エツァリ「―――お願いします」

そこで彼女は、生来の気質から反射的に抗議の声を放ちかけたも、
腕を強く掴んできた彼によって強引に遮られてしまった。

少年の声はその状態から信じられないほどに確かで強く、覇気に満ちた言霊。
一声で御坂は圧倒され、ただただ聞き手に回ることしか出来なかった。


エツァリ「……これを『彼女』に…………『彼女』を……決して死なせないでください……!」


彼は血走った瞳で告げると、
ぼうっと光を灯す、古めかしい紙の帯を御坂の手に押し付け。
そして両手で彼女の手を覆うように、帯を握り締めさせた。



333:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/02/26(日) 01:03:15.62 ID:l841wWYio

『彼女』とは一体誰なのか。
例え呆然としていなかったとしても、御坂はそれを聞き返すことは出来なかったであろう。
どのみち彼はまともに答えられなかったはずだ。

今の言葉で残る生気の全てを使ってしまったようだったから。

御坂の手を握る力はふっと弱まっていき、
彼の全身からも一瞬見せたその覇気がすうっと滲むように消えていき、
表情も瞳も虚ろになっていく。


エツァリ「…………ああ……すまない……すまな……い…………」


直後にはもう彼の意識はここには無かった。
口からぼそぼそと漏れる声は、まどろみの淵にて幻の中にいるうわ言。



エツァリ「……許して……くれ……ショチト……ル…………許し…………」



人の名前だった。
それも恐らく女性の名前。


きっと―――彼が先に告げた『彼女』―――恋人だろうか、もしくは家族であろう名。


大事な大事な―――約束でもしていたのであろうか、
彼は残る生気の全てを使って何度もその者へ謝り続け。

そしてそれも潰え、声が途絶えて。
ひゅっ短く、か細く息を吸って彼はついに動かなくなった。



334:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/02/26(日) 01:05:16.62 ID:l841wWYio

中途半端で、どうしようもなく哀れで、
そしてあっけなくあっという間だった。

叙事詩的でなければ劇的でもない。
最期まで大義、世界のことを思うような英雄的なものでもない。


己の血の海の中で溺れながら、ただただ大切な人のことを縋るように胸にして。

その者への謝罪の言葉を残し、未来への気がかりと、
使命と約束を果せなかった無念の中で少年は事切れていった。


ただ御坂は知る由は無いも、彼にはこの瞬間、
たった一つだけ幸せな点があったかもしれない。
何せ惚れた女性に看取られ、そして彼女の涙の声で送り出されたのだから。

後に響いたのは、御坂の叩き起こさんばかりの悲壮に満ちた怒号と、
電気ショックのたびに迸る電空音。

しかし少年の鼓動が再び刻まれることは無かった。



彼が最期の灯火を使って設置した魔術は見事に正常起動し、
おぼろげな光となって宙に立体地図を映し出していた。

そこに表示されている魔塔の界域には、
ぎらぎらと強烈に輝く大悪魔の赤い光点がいくつも出現、その数はすでに30以上に達しており。

『最強の人間』率いる戦士たちによる、
それら十強配下の魔将達を迎え撃つ壮絶な戦いが始まっていた。



335:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/02/26(日) 01:08:59.32 ID:l841wWYio

テメンニグルの塔の麓にて。

キャーリサ『―――ッ……!』

キャーリサは脇の傷に顔を歪めながら、
ネロが半ば飛翔し魔塔の壁を駆け上がっていくのを見ていた。

空には何体もの大悪魔が滞空しており、
また魔塔の上辺にも、ネロを迎え撃とうと降り立っている一団がいる。

そこへネロは上等とばかりに殴りこんでいった。
迸るのは青とも赤とも黒とも、そして混ざった紫色とも見える不思議な光。

そうした彼に続き、強大なサンダルフォンとイフリートも飛び込んでいき、
更なる光の彩りを加えていった。


猛烈な力の爆轟、衝撃がたて続けに拡散していく。
そのほとんどがネロの力だ。

あそこで激突している力の強大さといったら、
虚数学区からここまで繰り広げられた名だたる天使達との戦いが、
幼児のお遊びに思えてしまうくらいに圧倒的なものだ。


キャーリサ『……』

己の程度では到底あの中に飛び込めない、キャーリサには確かにそう見えた。

イフリートやサンダルフォンですら、邪魔にならないようについて行くのがやっとな有様だ。
ただもちろん、それで彼女がお役ご免になるというわけではない。
あそこに加われない者にも役割はしっかりあるのだ。

アグニと他の三天使は、この門前の広間に陣取って第二の防衛線を布き、
キャーリサら三人の人間勢はその背後につき扉そのものを守り、
万が一の時には滝壺達の直接護衛に回れるようにもする。

つまり上でネロが狩れるだけ狩り、そこをなんとか抜けてきた者をアグニたちが迎え撃ち、
最後にキャーリサ達が『残りカス』を処理するというわけである。



336:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/02/26(日) 01:11:04.70 ID:l841wWYio

キャーリサ『……』

今のところはネロ達の戦火を抜けてくる存在はいなかった。
というよりも、大悪魔達の関心はもっぱら『スパーダの息子』に注がれているのであろう。

しかしいつまでもそう続くわけでもない。
必ず矛先をネロから、この魔塔と人間界の境界を塞いでいる『核』に変更する者が現れるはずだ。

それはアグニや天使達の佇まいが如実に物語っている。
悪魔のやり方を知っている彼らはみな戦意をみなぎらせ、
虫の一匹たりとも見逃さぬように気を研ぎ澄ましていたのだ。


シェリー『―――キャーリサ様、お下がりください』

ふと横から、心配そうにシェリーが申し出た。

キャーリサ『大丈夫だ』

シェリー『しかし……』

キャーリサ『黙れ。休んでも意味など無い』

キャーリサは言葉鋭く撥ねつけた。
これにはシェリーも返す言葉も無かったようで、
不満に顔を染めながらも彼女は静かに脇に下がっていった。

休んでも意味がない、その事実をシェリーもわかっていたのだ。

本物の天使の一撃、その神域の力は、
いくら主の力で守られていようと、
『普通の人間』の身にとってはあまりにも強烈過ぎて手が施せないものなのだから。



キャーリサ『……』

そうしてシェリーを背後に下がらせると、
キャーリサは脇を抑えながらも威厳に満ちた佇まいで、静かに上を見上げ再び聞き入った。


『最強の人間』―――人類史上最高の『英雄』が奏でる刃の音に。


――――――――――

  創世と終焉編


第二章『英雄と反逆者』


――――――――――



351:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/02/29(水) 00:44:38.86 ID:tlLmcdr0o

―――

『出陣の野』。

この天界の領地たるプルガトリオの一画にて今、
許されざる魔女の紋が浮かび上がっていた。


金と銀が混じる光の魔方陣の直径は20m近く。
インデックスはその中央に屹然と立ち、
さながら祭司のようにこの召喚の儀を支配していた。

光満ちる銀髪が伸び広がり、一見無秩序ながらも波に揺れる海草のごとく
一定の統率を保って揺らいでいる。

そのリズムは彼女の鼓動である。
落ち着いた心拍に魔方陣の輝きも同期し、重い振動音を伴ってゆるやかに明滅していく。


すぐ正面3mのベオウルフ、そのすぐ隣にこの魔獣と同じ姿勢で座している白虎―――スフィンクス。
そして魔方陣の淵にいる緊張した面持ちのガブリエル。

三者が静かに見守る中、インデックスは着実に作業を進めていった。

禁書『…………』

上条との繋がりに意識を集中させ、この召喚術を正確にリンクさせていく。
一本ずつ紐を結んでいくように慎重に。

ここで一つでも認識や作業を誤ってしまえば、
召喚した上条当麻は不完全なものになってしまう。

しかも今はまだ準備段階、難関はこの先にも山済みだ。
ここから起動させ『検索』、『選別』、『構築』と、更に複雑極まる手順が待ち構えているのだ。



352:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/02/29(水) 00:47:29.09 ID:tlLmcdr0o

理論上は召喚可能とは言えても、現実には不可視のイレギュラーが常に付きまとうもの。
相手は創造、具現、破壊をそろえた屈指の怪物、
この先には何があってもおかしくないのである。

いいや、それこそ確実に何かがが―――『妨害』があると考えるべきだ。


こちらの意図が竜に把握されないよう、
意識が向こうに流れ込まないようにしてはいるも、それも限度がある。

最終的にはこちらから喚びかける必要がある以上、必ず知られてしまう。
その時になれば、どのような形では想像はつかないものの竜は必ず妨害してくるはずだ。

インデックスが構築する『上条当麻』には『幻想殺し』という因子も含まれているため、
それが引き抜かれるということは、竜の力に何かしらの減退が必ず生じることになるのだ。

いくら想定外の問題も娯楽になるとはいえ、かの竜がこれをみすみす放っておくことはまず無いであろう。
そのせいで『全能』という最高の楽しみが潰えかねないのだから。


禁書『…………』

これは一か八かの勝負だ。
それも一度きりの。

成功を約束する確証は一つも無い。

だがインデックスは信じていた。
己と上条との絆、ベオウルフ、そして―――ダンテの力を信じていた。

そして誰しもが希望を失い、彼の帰還を絶望しても。
彼女だけは信じ続けるのだ。


願いは―――祈りはきっと届くのだ、と。


小さき魔女はその場にゆっくりと跪くと、左手を胸元に寄せ。
『存在しない右手』と組み、静かに術式を起動。
その精神をついに繋がりの向こうへと投じていった。



353:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/02/29(水) 00:49:42.14 ID:tlLmcdr0o

そんな厳粛な場に大波紋が生じたのはその直後だった。


今やインデックスは、事が終わるまで移動もできなければ、
自らの力でその身を守ることも出来ない。
外部からの脅威に対しては、ベオウルフとスフィンクス、
そしてガブリエルに全て託すしかない状態だ。

とはいえこれほどの存在が身辺にいれば、
よっぽどの事態とならない限り脅威はまず及びはしないものだ。


そう、例えば『今この瞬間』のように―――四元徳が一柱―――テンパランチアが現われでもしない限り。


直径数百mもの金色の魔方陣が天空に浮かび上がり、
暴風が渦となって吹き荒れ―――降臨するのは城の如き姿。


テンパランチア『―――おお、小さき魔女よ。穢らわしきアンブラの卑術で何を企む』


『節制』を冠する『神たる天使』は、一目インデックスとその魔方陣を見下ろすと、
途方もない巨体に相応しい地響きのような声を放った。

その口調からは、こちらの目的は把握していないと伺えるか。
だがベオウルフとスフィンクス、そしてガブリエルはその点に甘んじようとはしなかった。

瞬間。
インデックスが何かを言うよりも早くスフィンクスが駆け寄り、
彼女の脇にて頭低く身構え。
翼を大きく広げ光剣を手にしたガブリエルがその二者の前に降り立ち盾となり。


そしてベオウルフは一気に跳躍して、テンパランチアに真っ向から突撃した。



354:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/02/29(水) 00:52:39.63 ID:tlLmcdr0o

対してテンパランチアにも、わざわざ彼らに問答するつもりなどなかったらしかった。
『魔女と悪魔が天の領を侵犯した』と、問答無用で排除するに足る理由が揃ってるのだ。

降臨した時に言葉を向けはしたも、それはただの独り言のようなもの。
ベオウルフが跳び上がったのとほぼ同時に、この四元徳は巨腕を振り上げていた。


次の瞬間、両者が激突して迸る光と衝撃。


その激突は『対等』なものではなかった。

両者の間ではあらゆる要素が不釣合いだった。
ベオウルフの巨躯でさえ、この城の如き四元徳を前にすれば『小動物』にしか見えないほど。
そして力の差も見事にこの体格差に比例していた。

テンパランチアの振り下ろした巨腕はベオウルフには当たらなかった。
白銀の翼を広げた魔獣は、見事に巨腕を飛び抜けていき―――テンパランチアの顔面に突貫。

体当たりと同時に猛烈な牙と爪を叩き込んだ。


見事な一撃だった。
テンパランチアの石のような肌に亀裂が走り、間から鮮血が噴き出し、
魔獣の身を赤く染め上げていく。


だがこれに対してテンパランチア本人は、煩わしそうに喉を鳴らしただけだった。
少し苦痛の色が滲んではいるも、それもごくごく微小なもの。


テンパランチアの巨顔にベオウルフが牙と爪を立てるその様は、
『顔に子猫がしがみ付く』といった光景か。

節制にとっては、この魔獣の一撃も『その見た目』の印象通りの程度でしかなかったのだ。



355:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/02/29(水) 00:55:16.43 ID:tlLmcdr0o

野を震わせ、原を捲りあげて大地に降り立ったテンパランチア。
彼はすばやく巨腕を自らの顔に寄せ、張り付いている魔獣を潰そうとした。

四本の管のような指、その一本一本がベオウルフの胴よりも太く、
この魔獣の巨躯を片手で握りこむには充分な大きさ。
しかもその巨体に相反して振るわれる速度も猛烈。

だが黙って叩き潰されるほどベオウルフも愚鈍ではない。

魔獣は巨手が向かってくるのを察知した瞬間、
すぐさま節制の顔面を駆け上がり一気に頭頂部―――テンパランチアの場合は『胴頂部』と言うべきか、
巨体の頂に昇り立った。

結果、テンパランチアは自らの顔面を叩いてしまう。


だがそのとてつもなく強大な一撃でさえも、節制本人にとってはただの『平手打ち』だ。
テンパランチアはまた煩わしそうに声を漏らしたも、
それ以上ベオウルフへの追撃は行おうとはしなかった。

ベオウルフなど意の中に無かったのだ。
彼の関心は小さき魔女に向いていた。


魔獣が『胴頂部』で再び牙と爪を叩き込むも、テンパランチアは特に気にする様子も無く、
(叩き込まれるたびに身を震わせているため、ダメージが皆無なわけはないようだが)

ゆっくりとインデックスの方角へと向き。


テンパランチア『―――祈るか。何に祈る、忌まわしきアンブラの魔女よ』


彼女へ向け、その地響きの如き声を放った。


テンパランチア『魔のおぞましき神々か。それともその身を偽っていた間の信仰主―――ヤハウェか』



356:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/02/29(水) 00:58:34.10 ID:tlLmcdr0o

数百mは離れているが、例えこれが『ただの音』だったとしても、
空と大地を奮わせるこの声にはその程度の距離など無きに等しいか。

そして言霊としてならば、恐らく界を隔てていても対象に届くほどの圧を有している。


聞く者を圧倒し、無上の畏怖を本能の底に植えつける天の声。


今やこれより先は無い、最上の天の意志。
人間のみならず、悪魔や同郷の天使にだって、
神の領域に達していない者には基本的に『個』としての認識は向けない、下々とは隔絶した頂点の支配者。

そして神域の存在では無いにもかかわらず、こんな存在から直接言霊を向けられるということは、
友にとってはこの上無き救いであり。


敵にとっては絶対的な『死刑宣告』に相応しいものである。


その強烈な『死刑宣告』にインデックスは身を強張らせながらも、
怖気づくことはなかった。
彼女は真っ直ぐに巨顔を見上げ、確かな声色で答えた。


禁書『私は―――私自身の「希望」に祈るんだよ』


直後、山をも砕きかねない笑い声が響いた。
滑稽さと嘲りに満ちた笑いが。


テンパランチア『―――笑わせる。穢れたその口で何を抜かすと思えば―――「希望」だと』



357:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/02/29(水) 01:01:41.95 ID:tlLmcdr0o

その時。

インデックスが反論の言葉を放つよりも早く。
その場に割り込んできた声があった。


「―――何がおかしいんだ」


表面上は『人間の声』に聞えるも、その底には途方も無い『何か』が潜んでいる音。
弾ける様にインデックスがその方向に向けると―――横5mほどのところに、『黒人の大男』が立っていた。

一旦テンパランチアから離れ、
この男にも警戒の色を示してインデックスの背後に降り立つベオウルフ。
スフィンクスも同じく牙をむき出しにし威嚇。


「お前さん達が創世を望んでいたのも同じだろ?」


一方で鰐皮のコートを纏った男は、そんな『獣達』になど目もくれず。
この城の如き姿を前にしても悠然とした様子だった。


テンパランチア『…………「創世」とは世の必然』


対してテンパランチアの調子は明らかに変化していた。
一瞬前までのインデックスへの態度は、卑下し虫でも見ているかのようなものだったのが。


テンパランチア『主神の御意志を、魔女如きが企む俗念と同列視するのは冒涜が過ぎますな』


この男には、敵意を覗かせながらも一定の『敬意』を払っていたのだ。
それも目上の存在に向ける形で。
テンパランチアは一言ずつ慎重に選ぶような口調で続け。


テンパランチア『さすがにその御口であろうと許されることではない』


男の『古の照合』を口にした。


                 ファーザー・ロダン
テンパランチア『―――副神閣下よ』



358:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/02/29(水) 01:07:00.89 ID:tlLmcdr0o

その『名』で、インデックスはこの男の身元を即座に特定できた。


魔女の記録の中に、僅かな記述が残っている。

ジュベレウスが魔界の三神に敗れた直後、
かの主神の腹心であったにもかかわらず魔界に堕天した『天界の長』。

反魔界の連合をジュベレウスに代わって率いるはずだった彼の裏切りによって、
連合はあっという間に崩壊、果てしなく続いた大戦争は魔界の勝利としてあっけなく終結。

更に彼に続いて多数の神々が堕天した事で、天界そのものの凋落も加速した。

これがアンブラの記録に残る、『彼』が明確に登場する唯一の記述。
魔女が起つ遥か昔の出来事であるため、
史料の少なさは仕方ないもののその信憑性は確かなものである。

その上、今のインデックスにとっては間違えようの無い事実だ。
上条当麻の古の記憶が裏付けてくれるのだから。


テンパランチア『―――なるほど。此度の反乱、裏で手を引いていたのは閣下ですかな。
          ならば我が軍が各地で苦戦しているのも頷ける』

節制はふむと喉を鳴らすと、そう納得した様子で声を向けた。
敬意を篭めながらも、同時に裏切り者への侮蔑も滲ませて。

ロダン「当たり前だ。誰がお前さん達に武器を与え戦う術を叩き込んだと思ってるんだ」


テンパランチア『ふむ……副神たる責務から逃げ、あまつさえその力も失った閣下が、今頃なぜ介入するのか』


副神、かつてそのような称号を冠していた男―――ロダンはその問いには答えなかった。
代わりに静かに葉巻に火をつけながら、遠くへと囁きかけるように告げた。


ロダン「……目を覚ませテンパランチア。世の中は変わった。ジュベレウスは死んだんだ」



359:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/02/29(水) 01:09:40.65 ID:tlLmcdr0o

その紛れも無い事実を語った声にテンパランチアが返したのは。
笑いでもなければ沈黙でもない。

巨腕を大地に打ちつける轟音。

それが『返答』だ。

テンパランチアはこれ以上言葉を交わすつもりは無かったのだ。
大地を割り砕いてロダンの言霊を断ち切った節制は、より声に力を篭めて。


テンパランチア『―――時間稼ぎのおつもりですかな、閣下』


その声で佇まいは変わらぬも、ロダンの空気が確かに変わった。
一瞬で焼き付けるような圧力に、インデックスは確信した。


今―――この二者間の張り詰めた糸が弾けとんだのだ、と。


テンパランチア『その魔女の所業、きわめて重大事と見える―――』


ロダン「―――お前さんはさっき、俺が力を失ったと言ったな」


テンパランチアの言葉尻にかぶせるようにして、やや早口に声を放つロダン。
相変わらず悠然と葉巻を燻らせてはいたも、
彼の全身からは猛烈な戦意が湧き出しており。


ロダン「それは間違ってはいねえが、実は『まだ』―――『全て』を失ったわけじゃあない」


そして次の瞬間、火蓋が切られた。



360:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/02/29(水) 01:12:01.94 ID:tlLmcdr0o

先手をとったのはロダンだった。

いや―――恐らくテンパランチアは、
目の前の光景に圧倒され―――そして畏敬の念を覚え、動けなかったのだろう。

もっとも動けたとしても、どのみち結果は変わりはしなかったはずだ。


光が展開する。
インデックスの魔方陣に重なり、ロダンを中心として浮き上がるのは、
天の文字でありながら魔の赤き光で構築された巨大な魔方陣。

そして彼の姿が迸る白金の光に包まれ。
一瞬ののち中から現れたのは、


白と金の装束を纏い―――孔雀のものに似た壮麗な羽を有する―――古の『天界の長』の姿だった。


この出陣の野にいた誰しもが、この規格外の力に圧倒されていた。
インデックスやガブリエルはもちろん、ベオウルフや―――テンパランチアまでもが。


『それ』は一瞬にして一方的だった。
皆が硬直した刹那、ロダンは眩いほどに光り輝く右手をかざし、
テンパランチアに向け飛翔。


猛烈な勢いでその腕を巨顔の眉間に叩き込み―――


―――インデックス達が認識できたのは『ここまで』であった。
その直後に何が行われたのか、ベオウルフにさえもそれは認識できなかった。



361:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/02/29(水) 01:13:35.19 ID:tlLmcdr0o

『速い』、と思える片鱗さえ認識できなかった。
フィルム抜けがあったかのような、光景展開に納得がいかない感覚を覚えてしまうくらいだ。


禁書『―――ッ!』


光が明滅し『何十』にも重なった衝撃波が『一瞬』で過ぎ去り。
刹那の嵐の先にインデックスが見たのは、さきほどの人間の姿に戻っていたロダンだった。

何事も無かったかのように葉巻を燻らせている彼の姿だけをみると、
いいや、先ほどの『天界の長』の姿は幻で、実は彼は変じていなかったのだ、
と思ってしまいかねない。

あの姿を目に出来た時間は、見間違いか現実かの判別がつかないほどに短かったのだ。

だがあれは現実だった。
幻なんかではなかった。

かつての天界の長としての力は僅かな一瞬だけ、今ここに君臨していたのだ。

ロダンの向こうに聳えているものを認識して、
インデックスは思わず息を呑んでしまった。


テンパランチアと『思われる』―――巨大な『肉塊』のオブジェが聳えていた。



362:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/02/29(水) 01:15:44.36 ID:tlLmcdr0o

石のような外殻の大半が砕け落ち、露になった『中身』から鮮血が滝のように溢れ、
巨腕は肩の基部が破壊されて地に落ちており、上半分が凹んでいる顔。

先ほどまで屹立していた圧倒的な姿は、どうしようもないくらいに歪に成り果てていた。

しかしその口から漏れるうめき声には、苦悶の色は一切滲んでいない。
敗北の念も覗かせず、それどころか。


テンパランチア『―――……す……素晴らしい……!』


ある種の感動を覚えているようだった。

『素晴らしい』、その簡潔にして最上の形容が、
このロダンの力に向けた一言だ。

そんな彼に対して、ロダンはふんと軽く笑うと。


ロダン「―――これで『全て』だ」


そう告げながら、葉巻を放り捨てた。

その直後、超大な肉塊のオブジェ―――テンパランチアは破裂した。
木っ端微塵に。



363:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/02/29(水) 01:17:55.84 ID:tlLmcdr0o

ロダン「―――どうせすぐ復活するぜ。それに今度は強化してくるはずだ」


圧倒的な勝利も束の間、ロダンはインデックスの方へ振り返ると、
前置き抜きにそんな容赦の無い現実を告げた。
だがそれでもインデックスはこの上ない笑顔を返し。

禁書『ううん、ありがとう!助かったんだよ!それに時間を稼いでくれたんだね!』

ロダン「あれだけでも役に立ったか、そいつは良かった。早く済ませな。俺はもう戦えねえぜ。今のでスッカラカンだからな」

ベオウルフ『復活に要する時間は?』

そこで単刀直入にベオウルフが問うた。
魔獣は未だに、ロダンへの警戒姿勢を解いていなかった。
ベオウルフは彼のことは知っているのだが、これは知っているがゆえの警戒である。
『憎きダンテの仲間』、それだけで無二の敵意を向けるには充分な理由なのだ。

一方ロダンは特に気に留めていない様子だった。
彼は跪いているガブリエルに向け、起つように手で示しながらこう答えた。


ロダン「もう復活してるだろうさ」


直後、彼のこれまた絶望的な言葉を裏付けるかのように、
この階層に猛烈な轟音が響いた。



364:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/02/29(水) 01:19:58.72 ID:tlLmcdr0o

ロダン「あの野郎、俺がまだ力残してると思ってビビってるみてえだな」

空を見上げ、不敵に含み笑いながらそう呟くロダン。
そしてぱちんと指を鳴らしてインデックスに向き直ると。


ロダン「―――この階層を外から丸ごとぶっ壊す気らしい」


禁書『―――』

その言葉にインデックスは凍りついた。

この『出陣の野』という地もまた上条当麻の召喚に必要不可欠な要素。
ここが破壊されてしまったら、彼の完全構築は不可能なものになってしまうのだ。

そんな不安に駆られたインデックスの表情を的確に読み取って、
ロダンはまたこともなげにこう告げた。


ロダン「俺がもう一度向かって、あの野郎を邪魔して来よう。充分時間稼ぎになるはずだ」


禁書『でもあなたはもう戦えないって―――!』

それに真っ先に抗議の声を放つインデックス。

ロダン「なあに。俺はハッタリが得意でな。それにあの野郎が怖気づいてるなら効果は抜群だろ」

禁書『―――でも―――!』

だからといって、テンパランチアが手を出さないとは限らない。

いいや、むしろ必ず戦うことになるはずだ。
インデックスの知っている限り、四元徳といった上位の存在は、
例え相手が己よりも遥かに強くとも相対すれば絶対に退かないのだ。

すでにロダンとテンパランチアは『開戦』しているため、
二度目は余計な会話無しに戦いに突入するかもしれない。


そしていざ戦いが始まれば―――今のロダンに勝ち目は無い。



365:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/02/29(水) 01:21:34.99 ID:tlLmcdr0o

ロダン「心配するな。死ぬつもりはねえ」

嘘だ。
確かにまず最初は死ぬ気は無いものの、
必要となれば迷うことなく投げ込むつもりだ。

そのように的確に彼の意図を読み取ったインデックス。
『それ』を彼女の表情から読み返したロダンは、降参したように手を広げ。

ロダン「じゃあどうするつもりだ。他に誰が行くんだ、お嬢ちゃん」

そのまま仕草で、この階層を満たす轟音に耳を向けるように示した。
着実に迫ってきている『崩壊』の秒読みに。

ロダン「ベオウルフは死なれちゃ困るんだろ、そしてガブリエルだけじゃ時間稼ぎになりやしない―――」


『―――我々が』


その時。
そんな風に会話に割り込みながら―――彼らの前に天使の一団が現れた。

数は十五体ほど。
そのどれもが神たる力を有した存在で―――『完全武装』していた。

そして一団を率いていると思われる、
分厚く見るからに頑丈そうな兜を被った―――ラファエルが一歩進み出でて。


ラファエル『我々が向かいましょう』


インデックスとロダンに向けそう告げた。
静かに、穏やかに。



366:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/02/29(水) 01:24:01.81 ID:tlLmcdr0o

ラファエルの後ろにはサリエルやラミエルといった面々の他、
人間界には名が知られていない天使もいた。

どれもこれもが神域の力を有した歴戦の強者たち。

だがそれでも明白だ。
この十五体が束になってかかろうと、テンパランチア相手では―――それも強化状態ならば、
『ただの時間稼ぎ』しかできない。


『十五体が死に要する時間』の分しか。


禁書『―――ッ―――』


ロダンにもそうしたのと同じく、
インデックスはこの天使たちの身もまるで『彼』のことのように案じるも。
彼女が声を放つよりも先に、ラファエルが静かな調子で告げた。

ラファエル『忘れてはなりません。「彼」は人と天のみならず、この世の全ての運命を握っている』

インデックスを真っ直ぐに見据え、半ば戒めるかのような声色で。


ラファエル『彼の復活もまた、竜の討伐に必要不可欠な鍵でしょうから』


それは暗にこう告げていた。

あなたには成さねばならない絶対的な『責任』がある、と。
『いかなること』があろうと決して放棄してはならない責務が、と。


この件についてはもう、インデックスが返せる言葉は無かった。



367:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/02/29(水) 01:27:51.28 ID:tlLmcdr0o

不満はあるも何とかインデックスは引き下がった、
と見たラファエルは、さっと踵を返すと今度はロダンの前に跪き。

ラファエル『閣下、恐れ多くもお願い申し上げます』

そう静かに切り出した。
他の十四体もまた、彼の後ろで同じように跪いていた。


ラファエル『父上とアマテラス様、トール様が、自らが出陣し他の御二方には残るようにと、
       互いに激しく言い合っておられるのです」


そこで一度咳払いし、
素直にも困った様子を滲ませて。

ラファエル『スサノオ様が説得のためにお戻りになる予定ですが、
       恐らくそのスサノオ様も、今度は自らが四公閣下に向け出陣すると仰るはずです」

それを聞いてロダンは大きくため息を漏らした。
言葉にはしないも、乾いた呆れ笑いからも彼の言いたいことは誰しもがわかるくらいだ。

ラファエル『今ここでは一柱たりとも長達を失うわけにはいきません。ですからどうかお願い申し上げます。
       閣下のお言葉ならば、父上達みなが思いとどまることでしょう』

これにはロダンに選択の余地はなかったことだろう。
彼は諦めたような口調で応じた。


ロダン「わかった。俺が話をつけてくる」



368:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/02/29(水) 01:31:00.17 ID:tlLmcdr0o

そうしてロダンの確約を受けると、
ラファエルは素早く立ち上がって今度はガブリエルに向き。

ラファエル『君は閣下と共に父上のもとに』

だが彼女はすぐには応じなかった。
なぜか、その理由は一目瞭然だ。

武具の類を現出させ、ラファエルたちと同じ『完全武装』となっていたその姿を見れば。
彼女もまた、ラファエルら兄弟達と共にテンパランチアに挑もうとしていたのだ。


ラファエル『ガブリエル。今の閣下には護衛が必要なのでしょう?』

だがこの言葉で彼女はようやく折れることとなる。
これにはあえてロダンも何も言わなかったのも、
更に彼女を折れざるを得ない状況に追い詰めたか。

口を引き締めて、無言のまま頷き返すガブリエル。
ラファエルはそんな彼女を引き寄せて家族の抱擁を交わした。

そうして彼女が他の兄弟たちとも『最後の抱擁』を交わしていく間、
ラファエルはもう一度一同を見回して、最後にインデックスに向くと。


ラファエル『彼をお願いします』


禁書『―――あなた達のために祈ります。常に―――とうまと一緒に』


インデックスはガブリエルと同じ表情で、微かに震える声でそう返した。

ラファエルは小さく微笑み返すと、
他の兄弟たちと共に軽く一礼し―――姿を消した。



369:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/02/29(水) 01:38:06.25 ID:tlLmcdr0o

天界のとある一画。
四元徳の『私有地』とも言えるその階層に、十五体の天使達は侵入していた。

天高く聳える巨大な柱、延々と続く白亜の石畳。
本来ならばまず許しを得ねばならないその回廊を、彼らは許可無く猛然と突き進んでいく。

だがあえて止めようとする者はいなかった。

四元徳お抱えの最精鋭―――上級三隊の者達が、
両脇の列柱の隙間から覗きながら平行してついてきているも、
彼らが向かってくる気配は一行も無い。

彼らはわかっているのだ。
わざわざ奥に向かうのを止める必要なんて無い、と。

そして笑っているのだ。
絶対的な主に歯向かう愚か者達、その先に待ち構えている結末を。
その点については、十五の天使たちも充分に理解していた。



そう遠くない未来のこと。

アンブラの魔女が『義妹』になり一族に名を連ねるという、前代未聞にして素晴らしき日が訪れるだろうが。
ここにいる十五の兄弟達は、その日を目にする事はまず叶わない。

しかしそれに関して悲観はしていても、退く理由に結びつくことは無かった。
むしろより前に進む原動力となる。

当然である。
彼らが何よりも恐れているのは、その日が訪れる『未来』が幻想に終ることであり。


そしてその『未来』を実現させるには―――この先に進まなければならないのだから。


回廊の突き当たり。
先頭の一人がこれまた超大な門を斬り飛ばしては、玉座の間へと飛び込み。


彼らは四元徳が一柱、『節制』へと向かって行った。


―――



370:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/02/29(水) 01:38:56.62 ID:tlLmcdr0o

今日はここまでです。
次は金曜に。



373:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/02/29(水) 07:13:00.05 ID:bybAU5+l0

乙乙乙
天使たちに泣いた

テンパランチアさん、ただの貯金箱じゃなかったのか



375:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/02/29(水) 14:44:22.66 ID:LxaMv/6DO

作業感覚で蹂綾してたおよねさんェ
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B003ULN9JK/




376:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/02/29(水) 14:49:24.00 ID:zHlZDjoAO

さすがはロダンアニキや
アニキの瞬極殺にゃテラパンチラ様も即KOやでえ



377:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/02/29(水) 15:35:55.34 ID:8MkhZck7o

お疲れ様です。
このSS的に全盛ロダンは単体では覇王、魔帝どころかスパーダより上に位置してそうだ。
ジュベの右側だからそれくらい有り得そうだ。



378:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2012/03/01(木) 01:54:16.36 ID:tsNxHE0+o

スパーダといいロダンといい右腕は裏切り者ばっかりだなw



383:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/03/03(土) 00:09:07.38 ID:/xfa02TZ0

最盛ロダンは頭上のヘイロウがジュベ様と同じだから相当強いことは間違いないだろうね。



384:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/03/03(土) 00:33:25.66 ID:wZv9+IAwo

―――

バージル『ここに立っているのならばわかるはずだ』

それが挑発的な弟に向けた兄の第一声だった。
身はそのまま、顔だけを少し向けているバージル。

その視線は首を一突きするかのごとく殺人的な鋭さだ。

これに対して、ダンテは挑発的な笑みを返して。
ベヨネッタやアイゼンが静かに見守る中、恐れもせずに単刀直入に告げた。


ダンテ「―――『それ』、俺にやらせてくれねえか?」


一際強く張り詰める空気の中、
この場の者はみなダンテが指した事柄をすぐに把握した。

ここでこのタイミングでこの言い方となれば一つしかない。


新たな人間界を完成させる―――バージルの最後の『役目』である。


ダンテの要求は特に複雑なものではなかった。
むしろ単純明快、言葉通りそのまま―――かの『役目』を寄越せということだ。

だが内容は単純でも、成すにはきわめて難きことだった。

バージルとは一体どんな男なのか、
彼がどのような考えでここに立ちかの大役を引き受けたのか、
それを知っている者の耳には困難極まる要求にしか聞えなかった。



385:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/03/03(土) 00:35:51.70 ID:wZv9+IAwo

アイゼンがはっと息を吐く音が静かに広がった。

不意に胸に一撃加えられたようなものだ。
この極度の緊張空間の中に、更にこんな『無理難題』が投げ込まれた拍子で、
思わず吐き出してしまったのだ。

ジャンヌも同じように緊張と焦燥が入り混じった表情を浮かべており、
ローラにいたっては子供のようにこの『長』の背後に隠れていた。


だが―――ベヨネッタだけは、高まる緊張に気圧されていくどころか。

むしろダンテが現れた瞬間よりも、今や呼吸も穏やかに落ち着き払っていた。
彼女はある種の安堵を覚えていたのだ。

ダンテに『あるもの』を見て。



バージル『―――……もう少し利口だと思ったが』


永遠にも思われた一幕ののちバージルが口を開いた。
沈黙を破る声だったが、緊張を緩和させるどころか空気を硬化させる強烈な言霊。
もはやこの空間の大気は、喉に詰まらせて呼吸困難に陥ったと言っても信じれてしまうほどのものだ。

ただ、誰しもが己の存在を消したいと思ってしまうそんな環境の中でも、
この男は全く自重せずに突っかかっていく。


ダンテ「そいつは俺の台詞だ」


更に挑発的に、語気を徐々に強めて。


ダンテ「お前はどうしようもねえ大バカ野郎のクソッタレだ」



386:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/03/03(土) 00:37:43.69 ID:wZv9+IAwo

ダンテの顔からも薄ら笑いは消えていた。
彼はいかにもとげとげしく空気を放ちながら首を傾け。

ダンテ「おいバージル。なんでお前がそれをやらなきゃなんねえんだよ」

バージル『……わかっているはずだが。これが俺の「使命」。スパーダの遺した「宿命」だ』

熱を帯びるダンテとは対照的に、
不気味なまでに冷徹な声を返すバージル。
だが次の弟の言葉で彼の佇まいにも変化がし生じていく。

ダンテ「そうだろうな―――『昔』のままだったらな。だがお前は変わった」

バージルの『心』を突く言霊。


ダンテ「ムンドゥスをぶっ殺したあの日にお前は―――『スパーダの使命』だの『血の宿命』だのとは決別したはずじゃねえのか?」


兄は鋭く見返すとこう返した。

バージル『己が―――この俺を救い変えたとでも思ってるのか?ダンテ』

尋問するかのごとく、
『冷ややかな熱』が滲む声で。

ダンテ「―――そう思っているのはお前の方だろう」

すると弟は「何を馬鹿なことを」とでも言うかのように、
間髪入れずにたたき返した。


ダンテ「俺はただ手を伸ばしただけ、掴んだのはお前だ。お前自身が選択したじゃねえか」



ダンテ「なによりも―――『生きること』をよ」



387:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/03/03(土) 00:40:43.55 ID:wZv9+IAwo

そこで数秒、しばしの沈黙が訪れた。
バージルは一瞬僅かに目を細めて沈黙。
ダンテは彼が今の言葉を噛み締める間を与え、そして返される声を待った。

だがバージルは黙したまま。

ダンテ「……いい加減にしろよ」

そんな兄に呆れ、弟はまた自ら口を開いた。

ダンテ「―――お前は生きなきゃなんねえんだ。ネロと同じ世界で同じ時間を生きて、
     いつかデキルあいつのガキのお守をしなきゃなんねえんだよバージル」

身の底で滾る衝動が漏れ出したのか、
ダンテは強くコートを叩き掃い、その手でバージルに突きつけるように指差して。


ダンテ「それともなんだ、お前は―――あいつを俺達と『同じ目』にあわせるつもりなのか?」


ダンテ「父が消え、子が英雄になり、英雄は父となり、ある日―――子の前から消える。これを繰り返そうってのか?」


バージル『―――それが最善の策ならばな』

そこでバージルが声を発した。
さも当然といった声色で、半ば吐き捨てるように。
対してダンテもまた更に熱を帯びて。

ダンテ「どこが最善だバカ野郎。お前はろくに人間として生きることができないまま死に、ネロは俺たちと同じく父親を失い、
     『誰しもが望むとおり』のスパーダの血の業を背負った『英雄』になり、『父親のように消える』まで宿命が引き寄せる戦いに明け暮れる」


ダンテ「何もかも同じだ。時代と敵が違うだけで、筋はまるっきり同じじゃねえか。お前はこれを繰り返すってのか?」


低く重く、兄を押し潰そうとしているかのごとく言霊で吐き捨てた。


ダンテ「お前だって見えてるんだろ。俺達を躍らせてるこの―――『レール』が。お前はこんなもんに従うってのか?」



388:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/03/03(土) 00:42:53.92 ID:wZv9+IAwo

この場は表面的には、
ダンテによる一方的なものに見えたかもしれない。

だが水面下では確かに、彼らの声にならぬ精神が激しくぶつかり合い、
そして確実に―――『何か』が変化していた。


ダンテ「想像してみろ。バージル」

弟が少し声色を和らげ、手を広げて促していく。

ダンテ「週末にネロと一緒に悪魔狩りにでもくりだして、徹底的に痛めつけて、
     まだまだだなと小馬鹿にして、ワインを飲みながら世継ぎの孫をさっさと作れとチクチク言う」


ダンテ「お前にはそういうくだらなくて当たり前の『人間としての未来』がある」


ダンテ「たった一人で戦い続けて、仇に負けて人形にされ、挙句に弟に殺される、
     そんなお前のクソみてえな30年の中には無かった世界が今あるんだ」


そこでダンテは一度、静かに息を吐いて。
「なあバージル」と、この極限の場にはあまりにも不釣合いな、
穏やな声で呼びかけて。


ダンテ「お前は今―――『母さんと一緒に失った』と思っていた世界に立っている」


ダンテ「お前はこれを―――『捨てよう』ってのか?」



389:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/03/03(土) 00:45:48.14 ID:wZv9+IAwo

バージル『―――「たかがその程度」のために、この俺の代役となるつもりか?ダンテ』


そこでバージルが変わらぬ静かな声で問い返した。


バージル『兄の「俗物的な未来」のためならば、喜んで命を差し出すと?』


ダンテ「喜んで差しだしはしねえよ。俺だって死にたくねえし、やりたいことも腐るほどある」

するとダンテはコートをもう一度叩き掃うと、
穏やかな声色からまた熱く攻撃的に吐き捨てた。

ダンテ「だがこのクソッタレな『筋書き』に従っちまえば、お前はまた『負債』を全部背負ったまま消え、
     『後始末』しただけでのうのうと生き残った俺が『英雄呼ばわり』される―――」


ダンテ「―――これにはウンザリなんだよバージル。もうウンザリだ」


そうして次いで制するように掌を向けて、半ば諦めたような声色で。

ダンテ「お前の性格は知ってるさ。一度決めたことは絶対に曲げやしない」


バージル『―――ではどうする。刃で俺を退けるか?』


するとバージルは先読みしたのか、そう問いかけた。
冷徹な調子は変わらぬも、握る閻魔刀に明らかに焦げ付くような意識を向けて。

そんな静かにして明確な『挑発』に応じたかのように短く笑うと、
ダンテは素早く背の柄を握り。
リベリオンを振り下ろし、豪快に床に突き刺し。

ダンテ「『いつも通り』のやり方か。俺としてはそれも好きだが―――」


そのように喧嘩を買った上で―――


ダンテ「―――だが―――その『いつも通り』じゃダメだって言ってんだよ」


―――否定した。



390:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/03/03(土) 00:48:23.85 ID:wZv9+IAwo

その行動とは裏腹のダンテの言葉。
己を体現している刃を突き降ろし、『これまで通りの解決法』を拒絶した男、
そんな言霊が場の空気を静寂で満たした。

突き立てられたリベリオンが震える涼やかな音が尾を引き。
数秒かそれとも数十秒経ったころか、


ダンテ「……ネロはスパーダを折ったが、それだけじゃ足らねえ。お前もここで『変わる』必要がある」


ダンテはそう口にすると、そっと突き立てたリベリオンの柄から手を離して。



ダンテ「バージル、人生に一度くらいは―――『妥協』しちまえよ。人間の子ならな」



兄へ向けて笑いかけた。
軽く、さながら他愛も無い掛け合いのごとき調子で。

この時にはもう、沈黙は沈黙でも、
場の空気には先ほどのような一触即発の極限の緊張は漂っていなかった。


ダンテ「……これが。ここに運んできた俺の答えだ」



391:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/03/03(土) 00:50:58.60 ID:wZv9+IAwo

そしてこの時―――ダンテは兄の僅かな変化を見逃さなかった。

己がリベリオンから手を離したのと『同じ』ように、
バージルの強烈な意識が閻魔刀から解けていったのだ。

瞬間に覚える『成功』の期待。
この一か八かの『交渉』が功を奏し、
頑固な兄に全面的に応じさせるという最高の結果を引き出せた、と。


だがそれは束の間の勝気でしかなかった。


バージル『―――……お前の話も道理に適ってはいるが。一つ、どうしても気に食わん点がある』


忘れてはいないも、このバージルという男がいったどんな人物なのか、
ダンテは再度嫌と言うほど思い知らされることとなった。


バージル『俺の代役として、一人の「愚か者」が死ぬことだ』


やはり負けず嫌いで―――ひと筋縄ではいかぬのだ。


バージル『―――悪いがダンテ、俺はこの役目を降りるつもりはない」


このバージルという『愚か者』は。


バージル「なぜならば俺も、その「愚か者」と全く「同一」の―――「愚かな理由」があるからだ』



392:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/03/03(土) 00:55:59.61 ID:wZv9+IAwo

それはダンテの道理を逆手に取った返しだった。
『同一の理由』を盾にされてしまうと、ダンテの側は八方塞になってしまうのだ。

己と同じ理由で頑なに役を降りようとしない兄に、
悔しさと憎たらしさそして―――嬉しさを覚えながらも、弟は反撃の言葉が思いつかなかった。

一方でバージルは、
そんな弟をがんじがらめにするだけじゃ飽き足らず、更に追い討ちをかけてくる。


バージル『―――この女が何か言いたいらしい』


これまた事も無げな、冷静で落ち着いた声色。

ただし兄がこんな顔をしている時は、その内はダンテですら全く掴めない。

傍にいる不敵に微笑しているベヨネッタの様子に気付いたのが、
はたして本当に今なのか、
それとも『交渉』の途中からすでに意識していたのか。


はたまた―――最初から『この選択』も用意していたのか。

ダンテにそれを知る術がなければ、
直後にこの女の提案を耳にした時にはもう特に重要でもなかった。



ベヨネッタ『―――二人でやれば良いんじゃない?半々なら、魂も使い切らずに死なないと思うけど』



魔女は平然と告げた。
半ば二人を小馬鹿にするような色を含んで。



393:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/03/03(土) 00:59:36.56 ID:wZv9+IAwo

ベヨネッタ『―――それに火種がバージルだけじゃ新しい人間界は堅苦しくなりそうなのよね。それって私的にはあまりね。
       神裂をさんざん揺さぶって「柔い人間性」も補充してるけど、やっぱりまだまだ全然足りないし』


そしてこの声に―――相変わらずなんと『卑怯』で『負けず嫌い』なのか―――バージルは鼻を鳴らす形で同意を示し。
さも当たり前のこと・特に思い悩みもしないといった調子で。


バージル『―――ダンテ。この女の案に「妥協」しろ』


これにはダンテは心の中で悪態をついてしまった。
これではまるで、こっちが丸め込まれたようではないか、と。
ただしそれとは裏腹に、彼の顔にはいつもの不敵な笑みが自然と浮き上がっていた。



バージルという男。

真っ向から挑んでくる者に対しては、
そこらの子供だろうが、魔界の覇者であろうが―――弟であろうが関係ない。

相手の身分や力関係なく、相応の態度で受けて立ち、
一切卑下せずにその言葉に耳を傾け、それが正しければ己が過ちを容易に認める。

しかしその一方で負けず嫌いで、不器用で、貪欲で、強欲で、どうしようもないくらいに頑固。


そんな兄を見てると、ダンテは呆れて、悔しくて、憎たらしくて、そして―――嬉しくてたまらなかった。


将来の気質からか、恐らく無意識の内にであろう。

彼はあたかも自らが勝者のように振舞っているが、
ことを整理すれば、『有り得ない妥協』を呑んだのはバージルの方である。
彼は今、その人格からは考えられない判断を下したのだ。

『己だけの仕事』、それを頑として突きつけていたこのバージルという世界屈指の頑固者が、
憎たらしい弟の言葉に耳を貸し、
息子と弟が生きるこの世界・時間に愛着と未練があることを認め、
そして納得し、自らを戒めていた覚悟を解いたのだ。


―――それも一切刃を使わずに、音による対話だけで。



394:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/03/03(土) 01:02:12.67 ID:wZv9+IAwo

ダンテはそんな兄に向け、ハっと乾いた笑いを捧げた。

クソッタレな筋書きが突きつける血の宿命ではなく、
己自身の心に耳を傾けられたことへのささやかな称賛と。

あたかも自分が勝者であるかのように・何事も無かったかのように振舞う、
どうしようもないくらいに負けず嫌いなその姿への皮肉を篭めて。


そしてダンテはふと、『腕時計を見る』ような芝居がかった仕草をとり。


ダンテ「―――わかった。それで妥協してやるよ」


この憎たらしい兄の態度に合わせて、
あたかも敗者のように『妥協』してみせた。


ダンテ「そろそろ『王子様』のお目覚めタイムなんだ」


ただし「仕方なくだからな。この予定が押してるからだ」と言うかのように、
腰から引き抜いた黒い拳銃を見せ付けながら。



395:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/03/03(土) 01:03:33.64 ID:wZv9+IAwo

こうしてネロに続き、バージルも『選択』し『変わった』。
宿命を跳ね付け、己の心に従い本当の意味で『自力』で踏み出した。

だが―――これで解決したわけではない。


ダンテはわかっていた。


―――次は己の番だ、と。


そして自覚していた。
スパーダの血の宿命、その因果は―――己にもっとも強く集束している事を。



流れに生じたこの大きな歪み。

ここに『筋書き』は、全てが『過去』をなぞり―――『繰り返し』になるように、
更なる『修正』を加えていく。


それもより強烈で、鮮烈で、狡猾で、どうしても『逆らえない』ような形で。


しばらくののち、ついにその番が回ってきたとき、
スパーダ息子ダンテは生涯最大にして『最悪』の決断を迫られることになる。


彼が筋書きを完全拒絶するには―――己が信念の何もかもを捻じ曲げて―――


―――『絶対にやれない事』を成す必要があったのだ。


―――



396:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/03/03(土) 01:04:21.82 ID:wZv9+IAwo

短いですが今日はここまでです。
次は月曜に。



397:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道):2012/03/03(土) 01:05:27.33 ID:C8TWTQT5o

乙!

やっぱ良いわこの似た者兄弟ww



398:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都):2012/03/03(土) 01:23:18.29 ID:uVr6uB2Wo

乙乙!バージルマジバージル
しかしダンテがやれない事か…借金返済とピザとサンデー我慢位しか想像できない
種明かしが待ち遠しくて仕方ない、次も楽しみに待ってます!



399:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県):2012/03/03(土) 02:00:29.72 ID:mCEF8YKdo

と言うか二人でやるって考えは鼻っから頭にないのかw
さすが兄弟、頑固な馬鹿だw



401:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/03/03(土) 02:38:09.27 ID:ofEeU3YDO

兄弟に思わずニヤリとしたが、不穏な空気がまたあるな……。つかトリッシュが兄弟の基本である人間の姿はいずれ朽ちて、悪魔の姿が基本となるだろうって予想してたが……で、ネロとかその子孫もそういう感じになるとしたら、スパーダ一族はいずれは凄まじい数になりそうだな。それはそれで面白いが



402:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/03/03(土) 07:38:19.81 ID:XLVQsWVR0

血や力だけ引き継いでも
真の意味でスパーダの一族にはなれないんだぜ?



403:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/03/03(土) 10:16:47.43 ID:ofEeU3YDO

>>402
そうだった。悪魔なるの前提で考えてたわ



415:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/03/07(水) 23:34:27.13 ID:LuGI4XwTo

―――


『―――父上はもうお戻りに?』


そんな涼やかで礼儀正しい声に『青年』が振り向くと、
野の少し離れたところに、兄弟のうちの一人―――ラファエルが立っていた。

甲冑を纏うその身は、こちらよりも頭二つ分も高いという長身男だ。
細くしなやかな、それでいて逞しい手には、
鮮やかな『人間界のリンゴ』を持っている。


そんな兄弟の姿を見、『青年』は片方の目尻を細めては小さく笑んだ。


『ああ。ガブリエル達も持ち場に戻ったぜ』


そう返してはまた手元に視線を戻し、『青年』は作業を―――『出陣準備』を続けた。

魂を暖め、力を練りこみ、現出させた装具を確かめ。

そして『右手』と―――そこに宿る『聖剣』の状態を何度も確認する。

と、そうやって右手の確認に差し掛かったところ、
リンゴを齧りながらしばらく黙って見ていたラファエルが口を開いた。

ラファエル『それですか?例のは』

関心がありそうにも聞えるも、それほどこれ自体には執着もない、
会話を紡ぐためにきっかけにしているだけのようにも伺える。

『青年』はふと手を止めると、
今度は身も向けて右手を兄弟にかざし見せて、軽く告げた。

          フィアンマ
『そうさ。これで「竜王」を討つ』



416:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/03/07(水) 23:36:24.71 ID:LuGI4XwTo

ラファエル『なるほど……』

振り向かせて話のきっかけを作ったは良いものの、
どうやって言葉を繋げていこうか思いつかない、といった様子だ。
そして苦闘の末にひねり出すは他愛も無い言葉。

ラファエル『私がその役を担っても良かったのですがね。それに今日は特に仕事もありませんし』

前一つは本心であり事実であろうが、
二つ目は場を繋ぐために今思いついた嘘であろう。

現在、名だたる兄弟たちはみな軍団を率い、戦闘配置についていなければならない。

これからの竜王との一閃を皮切りに起こる大きな情勢変動、
その際に発生するかもしれないあらゆる不足の事態に、今や天の全軍が備えているのだ。

それなのに彼がここにいるということは大方、
軍団指揮を無理やり下の者に任せて舞い戻ってきたのであろう。
そうして正式な見送りの列に同席することは叶わなかったも、
こうしてなんとか出陣前に会うことが出来たわけだ。


青年は、そんな兄弟の『嘘』に軽口を返した。

『残念だな。お前が俺以上の「悪人」だったら、四公閣下もお前をご指名なさっただろうさ』

もちろん冗談である。
確かに天の中でも問題児と名高いが、
青年は『追放ついでに』といった形でこの役目を貰ったわけではない。


―――人間のことを誰よりも知っていたから指名されたのだ。

無論、指名される前に自ら立候補もしていたが。



417:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/03/07(水) 23:38:54.58 ID:LuGI4XwTo

ラファエル『時々、あなたが人間に似たのか、人間があなたに似たのかがわからなくなります』


手にあるリンゴをふと眺めながら、そんな事を言う深緑の天使。

このラファエルという天使は、ときたま出し抜けに妙な事を言う。
哲学的な比喩を含ませているのか、
それとも心に湧き出した言葉をそのまま放出しているのか、判別し難い言霊だ。

人間が似たのか、それとも―――なんて、言葉通りに受け取れば随分とおかしな問いだ。

現実的にはど、ちらかがもう片方に影響されたなんてことはまず無い。
『偶然』にして『必然』的に似ていただけだ。


強いて言うならば、主神ジュベレウスの『趣味』、
もしくは『今回の創世』の『テーマ』の一つを人間と共有している、という程度だろう。

知恵ある種の大半は、主神ジュベレウスと同じ一対の手に一対の足というの基本的造形、俗に言う『人型』となる。
(そして恐らく主神ジュベレウスの気分次第で、創世のたびにその『主流の造形』は全く別のものになるのであろう)

人型でなくとも牙ある獣から木々、
翼に至るまで、その他の生命種の造形にも大体似たパターンがあるものだ。

また文化面も、成熟すればどの世界のもある程度似てくるもの。
例えばかつての魔帝の宮も四元徳の宮も、
壮大な列柱に見事な石畳といった根の建築様式は同一といったように。


―――と、これが言葉通りに受け取った場合の答えである。

だがラファエルは、
この問いにそれとは別の何かを含んでいたのは確かだった。



418:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/03/07(水) 23:41:25.11 ID:LuGI4XwTo

ラファエル『―――私もあなたと同じく人間を愛していますが、私はあなたのようには人間が「わからない」』


兄弟の言葉を図りかねて返す声に困っていた青年に向け、
ラファエルは続けてそう告げてきた。

その誉れと讃えに満ちた言霊の中には、無垢な嫉妬のような色も僅かに覗いていた。


その嫉妬は言葉通り、青年が自分よりもよく人間を理解している点に向けたのか。
それとも彼が天の家族と『平等』に人間を愛していることに、一欠けらの不満を抱いていたのか―――


―――これまで家族が占有していた強い絆までもが、異世界の無数の者に向け『ばら撒かれた』ことへの。


ただその感情を敏感に悟ったも、
青年はそこを深く言及しようとはしなかった。

ラファエル自身が、この自らの『揺らぎ』に困惑している節も見て取れたからだ。

青年の側としては、その『揺らぎ』に水を差し無下にしたくなかった。
ラファエル自身はまだ気付いてはいないものの、
その『揺らぎ』こそが人間を理解するにもっとも重要な要素なのだから。


『―――心配ないさ。これからだ。今後はみんな、もっと人間界に触れるようになるからな。お前も必ず人間達が理解できるようになる』


ラファエル『そうでしょう。理解を深めることは叶うでしょう。しかしあなたほどには決して……』



419:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/03/07(水) 23:44:19.26 ID:LuGI4XwTo

ラファエル『…………ルーメンの使者達が今朝届けてきてくれたもです』

そこで話の切り替え時と悟ったのか、
ラファエルはふと手元のリンゴに目を落としそう告げたも。

それを聞いて少し苦笑いする青年の顔を見て、
同じようにばつが悪そうに微笑み返した。

ラファエル『……ああ、確かあなたはあまりルーメンのことを……』

『長のマハラレルのことは信頼しているよ。彼は文句なしの指導者さ。俺が気に入らないのは長老院の方だ。
 どうせそれ届けた使者ってのも長老院のやつだろ』

ラファエル『……まあ、はい』

『あいつらセトの血筋の追放し、カインの復権とメホヤエルの長擁立を目論んでるからな』

それを聞いてラファエルは一転、
ばつが悪そうに陰らしていた顔を驚きと嫌悪の色で満たした。

ラファエル『まさか!カインの血筋は、アベルの件で永久放逐されたでしょう?四公閣下御自ら裁定なされたはず。
       長の就任には四公閣下の承認も必要ですし、メホヤエルが長になるなんて不可能でしょう?』

『そうなんだけどな。でも四公閣下は、カインの血筋の力を高くご評価しておられる。
 今後は勢力強化のため貪欲な発展力が必要だが、セトの血筋は穏健・慎重すぎる、ってのが四公閣下のご見解だ。
 アンブラがやけに勢いづいているのに警戒なさってるのさ』

ラファエル『つまり……四公閣下もすでに承諾なさってると?』

『ああ。救済はさすがにしないだろうが、
 今後ルーメンの全てを四公閣下が直接管理なさることが条件で、恐らく復権が許可されるはずだ』

ラファエル『直接管理、ですか……』


『……四公閣下の庇護の下に約束される繁栄だ。長老院も全会一致で条件を呑むだろうぜ』



420:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/03/07(水) 23:46:55.79 ID:LuGI4XwTo

偉大なる四元徳のご意向ならば、そこに間違いなど有り得ない。
そう確信はしてはいるも、一方で微かに漂う不穏な気配―――


―――何か、何か嫌な予感がする、と。


そんな静寂を二人はしばらくかみ締めた。

ラファエル『…………父上も当然ご存知ですよね?』

『もちろん。セトの一族が追放されちまったら、父上があいつらを支えると約束もしてくれた』

ラファエル『そうですか。では一先ず安心ですね。彼らは失うにはあまりにも惜しい「逸材」です』

『ああ。中でもヤレドの子は特にすげえぞ』

ヤレドの子、そう青年が嬉しそうに口にすると、
ラファエルは再び先と同じ僅かな嫉妬を滲ませた。

ラファエル『知ってますよ。エノクでしょう?あなたが特にほれ込んで教師役になっている事はみんな知ってます』

『あいつは才も人徳も申し分ない。何もかもが完璧さ』

ラファエル『ですが少し心配ですね。あなたに教えられたという点が。あなたの性格がうつってなければいいのですが』

次いで称賛の言葉に、ラファエルは意地が悪そうに目を細めた。
そんな兄弟に向け、青年は同じ調子で目を細め笑い。


『思いっきり心配するがいいさ。その心労の損はさせない大物になるだろうぜ』


ラファエル『それは今後が楽しみです』

そして今度ばかりは、この深緑の兄弟は涼やかに返した。
未来への期待に満ちた、翳りのない素直な微笑で。



421:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/03/07(水) 23:48:47.37 ID:LuGI4XwTo

そんな屈託の無い笑顔を見て、
青年は少し申し訳なくなってしまった。

『…………悪いな。見送りに来てもらったってのに、こんな話ばかりで』

ラファエル『かまいませんよ。そもそも私がここにいるのは「非公式」ですから』

会えただけで充分。
そんな言葉が後に続いて聞えそうなくらい、この素直な顔から滲んでいる。
その穏やかな雰囲気に誘われるようにして、
ふと青年はここであることを思った。

『…………打ち明けることがある』

この非公式の場を利用して、
今まで誰にも告げたことが無いある胸の内を、彼に遺して行こうと。

青年は臆面も無くするりと告げた。


『俺は人間が羨ましいんだ』


その瞬間、ラファエルの顔が引きつった。
驚愕と困惑と疑念、そしてある種の失望も抱いたのか。


ラファエル『……ど、どういった点が……?』

理解し愛することはできる。
だが普通は誰も『人間になりたい』とは思わないものだ。
むしろ人間への羨望は、まさに魔界的な極めて危険な思想と疑われる場合もある。

天界と魔界、その性質の共通点といえば憤怒くらいだ。
だが人間界と魔界は、その他に傲慢、嫉妬、怠惰、強欲、暴食、色欲も共通させているのである。

恐る恐るといったラファエルの問い。
何かの間違いであることを期待している彼に、青年は心の内で謝りながら告げた。


『特に人間のような―――愛情が羨ましく思う』


嫉妬と色欲の権化を。



422:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/03/07(水) 23:50:18.40 ID:LuGI4XwTo

ラファエルの表情が驚愕から憤りに変わった。
それも当然の反応であろう。
猛烈な嫉妬と色欲が引き起こした、人界の神々の行いを知っているのだから。

『―――確かにあれはいき過ぎだ。俺だっておぞましく思う』

放ち返される言葉を予期して、青年はすぐに付け足した。

『でもよ、「青銅の種族」のアンブラやルーメンはそうじゃないだろう?慎ましくも豊かな人間界の愛情の形がある』


ラファエル『―――愛は天にもあるでしょう?!』

『違うんだラファエル。人間界のと天界のは根本的に違う……』

ラファエルは一時声を張り上げてしまったも、
今更ここで言い合ってもどうしようもないと察したのだろう。
己を自制し、ゆっくりとため息をついた。

ラファエル『……全く……あなたという天使は……』

『どう説明すればいいのか……俺たちと同じ愛情とは別に、人間はまた別の形の―――特別なものを持っている』

ラファエル『私達には無いものですか?』

『ああ。天界には無い。人間界の混沌が生み出す輝きさ。それが人間、特に「青銅の種族」の弱点でありそして強さの源だ』

ラファエル『愛が……強さ、ですか?癒しではなく?』


『そうとも。確かに「青銅の種族」は非力だけど、計り知れない潜在能力もあるんだ。「あれ」は他のどの世界でも見たこと無い』


ラファエル『なるほど…………それが羨ましいと?』

もはや諦め笑いを含んだ声。
続く青年の言葉は、そんな彼を更に呆れさせてしまった。


『―――ああ。はっきり言うと、俺はそれを理解するためにも―――人間になりたい』



423:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/03/07(水) 23:53:11.68 ID:LuGI4XwTo

『もちろん最大の目的は、竜王の討伐による「青銅の種族」の解放だからな』

一気に呆けるラファエルの顔を見て、慌てて付け足す青年。
深緑の天使は更に大きく息を漏らした。

ラファエル『そうでしょう。そんなことを言い出してしまうのも、人間を愛しすぎた末路でしょう』

どうしようもないですねあなたは、と皮肉篭められたいつもの小言を言われ、
ニヤリと笑って流す青年。

これは今に始まったやり取りではない。

このようなものはラファエルのみならず、兄弟みなと毎度のごとく交わしている。
ここぞという時にくる「いい加減自重なさい」というガブリエルのお叱りが加われば、
それで日々の会話は完成だ。

こちらの突拍子もない行動と言動に呆れずにいてくれるのは、
一緒に笑ってくれる豪胆なカマエルか、もう何もかも諦め通り越している父上くらいである。



そろそろ時間だった。

ラファエル『……あなたが行ってしまうと、また一段とここは静かになってしまいますね』

準備と再点検を終えた青年の様子を見てのラファエルの言葉。
それで青年はふと『偉大なる大逆者』達の姿を思い起こした。

この天の世界から『積極性』というものを丸ごと持ち去ってしまった、勝気な荒くれ者達を。

『……トールさんも随分お固くなっちまったし、アマテラス様も最近はご散策なさらないしな』

そしてその『積極性』の一翼を担っていたも、
協調や責任のため自重せざるを得なくなった残った者達のことも。


ラファエル『―――平和そのもので言う事無しです』


ラファエルの笑みには、
懐かしさと憂いも篭められていた。



424:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/03/07(水) 23:54:15.52 ID:LuGI4XwTo

『―――だがそれもいつまでもつか』

そんなラファエルに向けて、ここで青年は思わせぶりにそう言葉を挟んだ。
そして言い逃げるかのように彼に背を向け、


ついに出現した光の『門』に向き合い。


『覚悟しとけ。きっと―――何もかもが変わるぜ』


確かな声を放った。

『しっかり目を開いて彼らを見ていてくれよ。抑制から解き放たれた「青銅の種族」の世界は、
 爆発的な速度で「鮮やか」になっていくはずだ』

ラファエル『……』

『それを見てれば必ずわかるはずさ。より深く人間のことも。俺がなんでこんなことを言ったのかも。必ずな』

そして横顔向けて。


『そして人間界だけじゃない、世の全てが変わる。人間界を中心として、天界と魔界も含めて全ての世界が動く』


豪語した。

ラファエル『……どうしてそこまで確信できるのですか?』


『―――俺がそう願うからさ』



425:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/03/07(水) 23:55:35.39 ID:LuGI4XwTo

自分で口にしていても、なんと身の程知らずな言葉なのかと思ってしまう。

だがこれは本心だ。
愚かにも「青銅の種族」を解放するというだけに留まらず、
その先の未来にも己の理想を当て嵌めようとしているのだ。

今更この本心を隠してどうなる。
今生の別れたる場で、心の内を包み隠してしまう方が無礼というものだ。

少なくとも愚直で衝動的な青年にはそう思えた。


ラファエル『随分な独り善がりっぷり!これはもはや大義を隠れ蓑にした個人的野心追求ですね!』


はっと笑い、そう評するラファエルを横目に見、
青年はこれ見よがしに口角を上げて不敵な笑みを浮べて。


『大義と俺自身の充実、どっちも本気だし、俺にとってはそもそも―――その二つは「同一」だぜ!』


ラファエル『ああ!最期の時までそんな!あなたという天使は!なんと愚かで―――利己的な英雄でしょうか!』

もう笑うしかない、そんな様子だった。
嘆きの言葉とは裏腹に、ラファエルの声色には楽しさと期待に満ち溢れていた。
そして門が開いたのを確認すると、すぐにまた落ち着いた表情に戻り。


ラファエル『―――ご武運を。我らが破格の兄弟――――――ミカエルよ』

静かに告げた。
別れの言葉は含まずに。
青年の方もまた同じく、まるで散歩にでも出かけるような調子で答えた。


ミカエル『おう。一発暴れてくんぜ』


そうして光の門を潜り、『野』から『出陣』していった。



426:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/03/07(水) 23:58:09.17 ID:LuGI4XwTo

はるかな界の境界を越え、
向かうは人間界の最上層にして最深部、黄昏色の王の領域。

天界にも魔界にも共通する権力の象徴たる様式、
巨大な列柱回廊とどこまでも続く石畳。


そして金銀煌びやかな玉座には―――人間界の王。


人界の混沌の権化たる竜に、天の戦士はこうして相対した。






――――――これが『彼』の終わりにして始まりである瞬間。

この『過去の記憶』が突然蘇った瞬間、潜んでいた魔女の術が爆発した。

『彼』にとってはまさに不意打ちだった。
ここを始点にし、『彼』の分離再構築が開始された。


不意打ちによる驚きからは、今後の展開への期待感が生じ。
魔女の目的に気付くと、その期待感からは『全能化』に水を差す行いへの『敵対心』と、
救出への『希望』に分離する。


猛烈な勢いの分離の先に生じたのは、紛れも無い自己認識、
明確になる『自分だったもの』と『そうではなかったもの』の区別。

そして救出への『希望』を抱いた側にて、
彼は『己が己である』と唐突に認識した。



427:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/03/08(木) 00:00:56.13 ID:0lPWXHGSo

「―――……っ!!」

信じられない。

ここからどうすればもっと『楽しくなる』か、
いかにして希望を打ち砕き、どれだけ辛らつな悲劇とし、
絶望の底で嘆く様を目にする事が出来るか。

今やそういった『悪意』を『おぞましい』と嫌悪することができ、
これらを自らが抱くことはなく、心は純粋に歓喜に溢れている。


「…………は……はははっ……!」

嬉しくてたまなかった。

これまで大切だとしてきた存在を、
邪悪な見方無く再び『大切』だと断言でき、

そして―――インデックスへの感情がもう一切陵辱されていない。

透き通った心で、彼女へ愛情を向けることが出来るのだ。




「…………」

そうした歓喜の中、少年は面を上げて。
正面、黄昏の玉座の前に立っている―――『もう一人の自分』に向かい合った。
『こちら』とは逆に、歓喜ではなく『純粋な悪意』を抱いている『己』に。



428:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/03/08(木) 00:02:56.34 ID:0lPWXHGSo

「―――……」

その『もう一人の自分』を目にして、少年は気付いた。

思い出した。
『あの自分』に初めて会ったのは、
『あれ』が神の右席としてインデックスを拉致に来た戦いではない。

初対面は、もっと前の『ある日』の朝の『夢の中』だ。


そして二度目はそれと同じ日―――『デパート』で『頭を撃ち抜かれて殺された』直後だ。


そのように認識した瞬間、周囲の光景が一変した。
在りし日の黄昏色の王域から―――漆黒の空と延々と続く浅い血の海へと。

そこもまた、少年にとっては大いなる意味のある空間だった。
ここでついに一線を越えたのだ。
千の生死を経て、再びその右手に『器』を与えたのだ。

ここで力を求めて―――『あの自分』と共に―――『悪魔の器』に乗り込んだのだ。


「…………っ」


少年は敵意と憤りが入り混じる瞳で、『もう一人の自分』を見据えた。
そんな彼とは対照的に『もう一人の自分』は不気味にほくそ笑む。


『まさか―――別れるつもりなのか?』


舌ですくいなめるように、
静かながらも纏わり付く言葉を吐き連ねて。


『そして再び―――戦い続ける気なのか?決して成せぬ「幻想」を追い求めて』



429:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/03/08(木) 00:05:39.76 ID:0lPWXHGSo

『―――エドワード=アレグザンダー=クロウリー』


もう一人の自分は、静かにその名を口にした。


『「ミカエル」が遺した「幻想」に翻弄された哀れな男』

ある英雄に心打たれ、
その理想を実現させようと足掻いた―――『幻想』の『犠牲者』にして、
より大勢の犠牲者を生み出した『加害者』でもある罪深き人間。


『それなのに―――その「幻想」をまだ紡ぎ続けるというのか?
 更に多くの哀れな者達を陥れていくのか?』


もう一人の自分の言霊はどうしようもなく辛辣なもの。
重く圧し掛かる、否定しようの無い『過去』。
そしてそれだけじゃない。


『その狡猾な罠は、こうしている今も尊い存在を奪っているというのに』


もう一人の自分がそう示した瞬間、強烈な『現在』が更に加わっていく。
瞬間に意識の一部がある方向へと向き、その先に見えたのは―――今繰り広げられている『ある戦い』。
いや、それはとても『戦い』と呼べるものではない一方的な『殺戮』だった。


『友のため、家族のため、未来のため、気高き戦士達が自らを犠牲にしていく悲劇が展開されているというのに』


「―――っああああああああああっ!!」


少年は叫び、その場に崩れ落ちた。
兄弟達が次々と死んでいく様を、四元徳―――テンパランチアの視点から覗き込んで。



430:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/03/08(木) 00:08:15.71 ID:0lPWXHGSo

強化状態のテンラパンチアはもはや圧倒的だった。
戦士達はこの神に傷一つ与えることが出来ず、一柱また一柱と倒れ。


愛する―――懐かしい顔が次々と血に沈んでいく。


「―――ああああああああああ―――!!!」


それも―――己のために。


『英雄という存在は絶対的かつ不可侵でなければならないのだが、
 「ミカエル」という英雄像はあまりにも「中途半端」だ』

もう一人の自分がほくそ笑みながら言葉を続けた。
容赦の無い真実を淡々と。


『なぜか、それは「ミカエル」自身が―――流れを引き起こすことは出来ても、流れを制する力は無い半端者だからだ。
 そこに弱き者達は親しみと憧れを抱き、共感し惹かれるのさ。そして近しく思えるからこそ―――手を差し伸べようともする』


完全完璧な英雄になど助けはまず必要なく、
万が一にそれほどの英雄が助けを求めていたとしても、自らがその役に足ると思う者などまずいない。

だが英雄が完全でなければ。
その戦いが、他の者達も手が届くと思える距離にあるのなら、
皆が皆その手を差し伸べてくる。
本当は、その介入がもたらす結果がわかっていないのに―――



431:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/03/08(木) 00:10:50.56 ID:0lPWXHGSo

―――しかし。


このような『理屈』は少年にとっては『今更』のものだった。


わかっていた、痛いほどわかっていたとも。
そして今一度突きつけられたところで、どうしろというのだ、と。

少年は決して変わろうとはしない、いや―――変われないのだ。


彼が彼である以上、それは不可能なこと。


「………………うるせえ……うるせえよ。んなこたあわかってる。でもよ―――んな理屈はどうだっていい―――」


浅い血の海を拳で叩き、その飛沫かかった顔を静かに上げながら。
声を震わせながらも一語一句はっきりと告げた。


「大勢のバカ野郎共が―――俺の『泥舟』に乗り込んで―――戦って―――死んでんだ!!」


こんな光景を見ているにもかかわらず―――薄ら笑いを浮べているもう一人の自分へ。


「これだけの信念が!記憶が!生き様が!―――『心』がぶち込まれてて―――今更止まれるかってんだよォォッ!!』


誰もかれも、天の父も、兄弟も、そして人間世界の友も、同志も。

アレイスターも―――インデックスも。

そして特に自分自身でさえもが、この『バカ野郎』に希望、理想、愛といった様々な形で『心』を載せてるのだ。
ゆえに今更、歩みを止められるわけが無かった。


「どいつもこいつも俺の『幻想』に縋りやがるってんのなら―――」


            ハート
常に理屈ではなく『心』で動いてきたこの人格が。



「―――この『幻想』の終点まで連れて行ってやる!!それが俺にできる唯一のことだ!!』



432:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/03/08(木) 00:13:23.55 ID:0lPWXHGSo

天にいた頃から人間となるまで、そして一人の魔女に出会うに至るまで、
そしてもちろん―――これからも。

少年はその生き方を変えるつもりも無ければ、
そもそも変えるという選択肢すらない。

魂にそう行動原理が刻み込まれているのだ。

どうしようもなく直情的で浅はかで、独り善がりなことは承知だ。
客観視すれば、行いが過ちである可能性が常に纏わり付いているのも承知だ。

善だからその結果を求めるのではない。
己が望む結果を善にしてしまう利己的な偽善者だということは、遥か太古から知っている。


だから今更だと言うのだ。
何を言われようが、結局は己の願望を叶えるためだけに戦うしか能が無いのだ。


『「全能」という未来を捨て、半端な英雄になるのか?』


「―――んなもん知るか」

もう一人の自分に少年はすかさず吐き捨てると、
ゆっくりと立ち上がり。


「俺があの日―――『ここ』で何を願ったかは覚えてるだろ?」



――――――『アイツ』を殺そうとする『世界』なんざ―――全部―――ぶっ壊す――――――



「なんで『力』を求めたかはわかってるだろ?!なあ『俺』よぉッ?!―――なにも大げさなもんじゃねえ―――!」


そして『もう一人の自分』を右手で指差し、宣言した。



「ただ―――――――――『てめえ』みてえな野郎をぶっ殺すためだ!!!!」



433:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/03/08(木) 00:16:36.58 ID:0lPWXHGSo

それは宣戦布告にして『甘き己』との『決別』―――全てを受け入れ肯定する誓いだった。

かつてのミカエルとして行い、そこから派生した凄惨な結果、
そして人間として戦い、挫折し、力を求め、魔に堕ちて血塗れた闘争を選んだ手。


少年はそれらを、もう誇りもしなければ悔い改めもしない。


『自業自得』の行いの全てに『開き直り』―――全ての責任を身の内に飲み込み、
全てに『ケリ』を―――『幻想』に幕引く覚悟をここに示したのだ。


「そうとも――――――『俺』と『お前』は違う―――」


そしてその瞬間、全ての因子が剥離し、
二つの思念は完全に独立し。

―――彼の『視覚』が断絶する。

『見えなくなる』相手の心、
それが別なる個体であることの証明にして。



上条「―――俺は―――『上条当麻』だ」



『上条当麻』であることの最たる証し。

彼は落ち着きながらも、熱の篭った自らの『名』を正面に放った。

容姿を映像として捉えていなくともわかる。
この声ゆく先の相手の姿は、もう己と同一ではない―――『赤毛の華奢な優男』なのだと。



434:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/03/08(木) 00:18:17.13 ID:0lPWXHGSo

『良い心意気だな』

竜は尊大かつ鋭く刺すような声を返した。
小首を傾げては顎をむけ、滑稽だとばかりに笑みを浮べながら。


『―――だがわかっているだろう?「筋書き」がその展開を望んでいない。
 俺様は完全無欠の「全能」となり、新たな創世主としてスパーダの一族の前に立ち塞がる』


そして細くしなやか腕をゆらりと伸ばし、上条を指差した。


『その舞台に「お前」の出番など存在しない―――』


その瞬間、彼の身に伸びるは『筋書きの手』。

「―――っ」

足元回り一帯から『影』がどっと溢れ、一気に上条の全身を包み込んでいく。
さながら泥山に埋まっていくかのように。

そしてその影から流れ込んでくるのは怒りと憎しみ、そして『悪意』。

『殺戮』と『破壊』の『衝動』と『快楽』。
そういった猛烈な感情が、上条の皮膚と魂を一気に焼き焦がしていく。
逃がしはしない、と。
これも全て『お前』なのだ、と。



435:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/03/08(木) 00:21:15.54 ID:0lPWXHGSo

これは因果の渦だ。
過去からありとあらゆる事象を複雑に絡めている『鎖』、
それに囚われるのは、もちろん上条当麻でさえも例外ではないのだ。


そしてこれもまた例外なく―――絶対的なこの『筋書き』の前に、上条当麻に抗う力は無かった。


『上条当麻』一人の力なんて、そもそも微々たるもの。
所詮、他者の力と心が寄せ集められた―――『半端者の英雄』に過ぎない。

だがそれこそが、この『大バカ者』の最大の強みでもあった。
彼という袋の中に詰め込まれている心、
その中にはとんでもないものまで混ざっているのだ。


『筋書き』を真っ向から捻じ伏せるほどの者から受け継いだ―――『心』だ。


蠢く影の中で、上条は徐に左手を伸ばした。
指先に触れるのは慣れた金属の質感。
重く頼もしく、ひんやりとした外装の下に篭められているのは熱き魂の声。

彼はその『心』の先からの『贈り物』を『受け取り』、しっかりと握り締めて。


上条「知ってるさ―――だからこの『筆』で書きかえて―――」


『人差し指』を引き絞った。

次の瞬間、影を撃ち掃って噴出するのは白銀の『砲炎』。
その輝きが蠢く影の山を一瞬にして薙ぎ払い、上条当麻の全身を再び光の下に曝け出す。


そして露になった彼の左手には、この『一発』の源たる―――



上条「―――俺の拳を叩き込んでやる」



―――『黒い拳銃』が握られていた。



436:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/03/08(木) 00:23:55.17 ID:0lPWXHGSo

その黒がねの異物を見、竜は煩わしそうに目を細めた。
予想外の展開への期待感も混じってはいたが、
より楽しみな舞台が邪魔される嫌気の方が勝っていたようだ。


                                     ガ ラ ク タ
『なるほど、魔獣から授かった力と盲たる目と―――その「ミカエルの右腕」で宿命に挑むつもりか』


それは声にも明らかに滲んでいた。


上条「ああ。やってやるさ」

その口へ向けて、そのまま銃口を差し向ける上条。
それを挑発と受け取ったのだろう、竜は歪んだ笑みを浮かべて。

『良いだろう、もう一度お前を喰らってやるさ』

もう約束された―――決定されている未来であるかの如き声色で、
尊大堂々と言い放った。


『―――だがその思念は吸収などしない。俺様の腹底の窯で焼き尽くし、一片も残さずに抹消してやる』


対照的に上条は、落ち着いた静かな調子で言葉を向けた。
一言一言確実に。

上条「上等だ。おとなしく待ってやがれよ」


そして口と同じく、左手も確実に狙い定め―――引き金を絞った。



上条「全部ケリをつけてやるからな――――――『フィアンマ』」



437:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/03/08(木) 00:26:31.39 ID:0lPWXHGSo

迸る二度目の閃光の瞬間、空間が一気に後方に向かって伸び広がり、
上条は竜から猛烈な勢いで引き離されていった。

これは『異物』へ対しての拒絶反応だ。
竜の力が、内なる世界からこちらを追い出そうとしているのだ。

もはやこの内なる世界を構成する因子は何も『見えない』。
もう『己の事ではない』のだから、わからなくて当然の事だ。


上条は静かにその流れに身を委ね、竜の領域から離脱していき。

そしてすぐだった。
再び外の現実世界に降り立てられたのは。

いいや、厳密には降り立ったのではなく『叩きつけられた』。

上条「―――っ」

背中前面にぶち当たる硬い衝撃。
そして肺をすぐに満たすは、むせ返るような凄まじい力の密度の大気。
辿りついた空間には、肌が擦り切れていくかのようなプレッシャーが渦巻いていたのだ。

だが上条は、そんな場に飛び込んでも特に身を強張らせたりはしなかった。
むしろ安堵の息を吐きつつ、冷たい石畳の床に後頭部をつけて身から力を抜いた。


何を恐れることがあろう、すぐそばに『彼』がいるのだ。

姿はもはや映像として捉えることができなくともはっきりとわかる。
彼は今、その自らの大剣に肘掛ながらこちらを見下ろし、

いつもの気だるくて関心がなさそうな薄笑いを向けてきている、と。


上条「…………わりい。いつも世話ばかりかけちまって」


上条はゆっくりとそんな彼を『見』上げて、苦笑いしつつ告げた。

するといかにも面倒臭そうな声で―――これまた普段通りの調子で、
彼はこう返してきてくれた。


               シゴト
ダンテ「なあに。これも『契約』の内さ」


―――



438:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/03/08(木) 00:27:36.30 ID:0lPWXHGSo

今日はここまでです。
次は土曜か日曜に。



439:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2012/03/08(木) 00:28:20.87 ID:qoq56S9yo

お疲れ様でした



442:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方):2012/03/09(金) 02:24:33.55 ID:1OFvCQtd0

少し前にロダンでてきたけど、一方への紹介時に匂わせた話はこのSSオリジナル?



444:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県):2012/03/09(金) 19:04:29.69 ID:HHHGt9vQo

>>442
オリジナルです。



446:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/03/09(金) 23:01:45.09 ID:jcpEhRaa0

文中ミカエルとラファエルの、人間に対する愛情が違うという描写がありますが
ラファエル→人間が蝶、草花に向ける愛情
      (種が絶えれば悲しむが毎年1世代寿命やらで全滅するのはスルー)
ミカエル→友人、隣人、同胞へ向ける愛情と同一
という感じなのかなー



447:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2012/03/11(日) 19:30:49.72 ID:0xNYpKMko

上条さんもダンテもかっけえ!



448:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/03/11(日) 23:14:42.40 ID:47xeNY+DO

スパーダさんの二人の倅の牽引力の高さは異常、DMC4のラストのダンテの背中は格好良すぎだった。



次→ダンテ「学園都市か」【MISSION 37】

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禁書目録SS   コメント:18   このエントリーをはてなブックマークに追加
コメント一覧
21967. 名前 : 名無し@SS好き◆- 投稿日 : 2012/05/24(木) 19:14 ▼このコメントに返信する
残念ながらつまんね
21969. 名前 :  ◆- 投稿日 : 2012/05/24(木) 20:43 ▼このコメントに返信する
ベヨ姉大活躍もそろそろかな?
ベヨネッタ『―――二人でやれば良いんじゃない?半々なら、魂も使い切らずに死なないと思うけど』
アンタ達バカね、とでもいいそうで男を手玉に取る悪女っぽさがいいwww

どんどん更新お願いします!!
21971. 名前 : 名無し@SS好き◆- 投稿日 : 2012/05/24(木) 21:02 ▼このコメントに返信する
悪魔の血を受け継ぐ人間も一般人も動物も能力者も魔術師も魔女も天使も堕天使も悪魔もみんな……

Smokin' Sick Style!!!
21972. 名前 : 名無し@SS好き◆- 投稿日 : 2012/05/24(木) 21:02 ▼このコメントに返信する
まあこのSSは特殊だからなー
DMCと禁書目録の知識とか知っててなおかつかなりの妄想癖と中二病がないと面白く感じないかも
21973. 名前 : 名無し@SS好き◆- 投稿日 : 2012/05/24(木) 21:06 ▼このコメントに返信する
悪魔の血を引く人間も無能力者も能力者も魔術師も魔女も動物も悪魔も天使も堕天使も神もみんな……

Smokin' Sick Style!!!
21985. 名前 : あ◆- 投稿日 : 2012/05/25(金) 09:54 ▼このコメントに返信する
天才すぎる...
ほんとに作者の頭の中がどうなっているんだろう
21994. 名前 : 名無し@SS好き◆- 投稿日 : 2012/05/25(金) 18:00 ▼このコメントに返信する
感動するわ、、、
22126. 名前 : 名無し@SS好き◆- 投稿日 : 2012/05/30(水) 07:55 ▼このコメントに返信する
誤字脱字と若干の言い回し変更して出版して欲しいくらいだわ
23141. 名前 : 名無し@SS好き◆- 投稿日 : 2012/06/25(月) 21:42 ▼このコメントに返信する
スレでは完結したか

楽しみが減った…
23535. 名前 : 名無し@SS好き◆- 投稿日 : 2012/07/05(木) 10:01 ▼このコメントに返信する
続きマダー?
24515. 名前 : 名無し@SS好き◆- 投稿日 : 2012/07/28(土) 19:08 ▼このコメントに返信する
続きが気になって眠れないギギギ…
24953. 名前 : 名無し@SS好き◆- 投稿日 : 2012/08/08(水) 16:41 ▼このコメントに返信する
続きまだかや?
25781. 名前 : 名無し@SS好き◆- 投稿日 : 2012/08/28(火) 18:17 ▼このコメントに返信する
続き早よう
26614. 名前 : 名無し@SS好き◆- 投稿日 : 2012/09/17(月) 23:17 ▼このコメントに返信する
24561のどのあたりからか教えてください
26900. 名前 : 名無し@SS好き◆- 投稿日 : 2012/09/24(月) 18:53 ▼このコメントに返信する
信じられないLvで素晴らしすぎる、続きも是非見たいです。
27079. 名前 : 名無し@SS好き◆- 投稿日 : 2012/09/29(土) 23:33 ▼このコメントに返信する
そろそろ続きを…( ̄人 ̄)
27119. 名前 : 名無し@SS好き◆- 投稿日 : 2012/10/01(月) 01:01 ▼このコメントに返信する
とっくに完結してるのになぜ更新しないんだろ
27294. 名前 : 名無し@SS好き◆- 投稿日 : 2012/10/05(金) 15:46 ▼このコメントに返信する
更新来た!今までの読み返してこよう
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