垣根「初春飾利…かぁ…」その2

2010-12-11 (土) 22:36  禁書目録SS   17コメント  
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花言葉「花図鑑」


前→垣根「初春飾利…かぁ…」

296 : ◆le/tHonREI :2010/11/20(土) 22:19:18.06 ID:sQpQuhQo

                                      ※


「それじゃあ、最近は放課後ずっと病院に行っているんですの?」


時刻は昼と夕とがすれ違う時間帯。

白井黒子と初春飾利の両名はひさしぶりの支部の掃除に勤しんでいた。
とある先輩曰く、「白井サンの能力を使えば簡単でしょー?」と色々なことを無視した要求をのんだ結果である。

頼んだ当の本人はなぜか帰宅している。
白井は当初不満をもらしていたが、本来掃除というものは始めてからは手がとまらなくなるもの。
能力を使って部屋の整理をしながら、今では軽く会話をかわすくらいに作業ははかどっている。


「はい。リハビリですよ、リハビリ♪」


対する初春はなんだかいつも以上に飴玉の転がるような声を発して答える。
まるでその言葉が持つ響きに酔っているかのようだ。「末期ですわね……」と白井がつぶやくのも無理はない。


「何かいいましたか?」

「いえ、なんというか、傍から見たらわたくしもそんな感じに映っているかもしれませんの……」



「?」と首をかしげる初春はさておき、白井は掃除に専念することにした。
いくら拠点だからといっても汚い環境で仕事をするのは気分的にもいいものではないだろう。
ああ、こんなところまで埃が……、と独り言を言いながら作業をこなしていく。


「……、……白井さん」

「? どうしましたの? 恋の相談ならお断りですのよ、わたくし忙しいので」


こんな状態で惚気られたらたまったものではない。
そもそも二人はどこまで進んだ関係なのだろうか。初春はおそらくおくてだろうが、あの垣根とかいう殿方がどうかわからない。
―――もしかしたら、すでに公共の電波にのせては放送できないとこまでいっているのでは。


「……このッ!! このシミめッ!!! このシミめがァッ!!」

「あ、あの……、話していいですか……」


シミにあたっても仕方がない。



297 : ◆le/tHonREI :2010/11/20(土) 22:36:32.93 ID:sQpQuhQo


「えっと……。の、惚気じゃないですよ? というかそもそも私と垣根さんはそういう関係じゃなくてですね……」

「ええいっ! 余計に腹が立ちますの!! さっさと仰りなさいな!」


持っていた雑巾をほっぽり出して椅子にどかっ!と腰掛ける白井。
初春はガラスを拭くのに使っていた新聞紙を片手に何やらもじもじと、誰が見ても惚気オーラ満々である。


「……お、男の人ってあれですかね、やっぱり手料理とか、そういうの食べてみたいって思うんですかね」

「いや惚気てるじゃないですの!? 何なんですのよ!?」


近場にあったモップに手を触れ、テレポートで初春の頭上より少し高い位置に移動させる。
「ああっ!?」と奇声を発して倒れてしまう初春。
衝撃自体はそれほどでもなかったのだが、急に頭を叩かれてびっくりしてしまう。ひどいですよーと付け足してももう遅い。
白井は呆れ顔で頬杖をついて言った。


「男性経験が希薄なわたくしに聞くという行為そのものがナメてやがりますの……。
 そんなもの、アレコレ考える前に行動に移してしまえばよろしいのに」

「でも……、ううん……、うまく作れないかも……」

「まだ続けるんですの!? 体内に直接送ってあげてもいいんですのよ!?!」


初春がそんな白井の台詞に構う様子はない。
ぼーっとした、思春期の乙女が放つ独特の表情を保ったまま宙を見つめている。
白井はあきらめて掃除に戻ることにした。くだらない。これ以上付き合いきれたものではないと。


(まったく……、まぁ本人が幸せそうならいいんでしょうけれど……)


初春や白井を取り巻く環境はそうでなくたってトラブルに巻き込まれやすい性質を備えている。
以前はそれで喧嘩というか、なんだか気まずい関係になったし、これでも割と気を遣って接しているのだ。

心配かどうかと聞かれたら、当然心配だが。


(どーせメル友とかいうのも嘘でしょう)


そんなに浅い仲ではない。が、静観できるほどには彼女も成長したということだろうか。



299 : ◆le/tHonREI :2010/11/20(土) 22:58:29.35 ID:sQpQuhQo


「わたくしもお姉さまについて惚気たい気分ですのよ、まったく。……で? 今日もそのカキネサンのところに?」

「あ……、ええ、はい。えへ、ちょっと今日はですね、無理言って長くいられそうでですねー」

「はいはい。ではさっさと掃除、終わらせますのよ。遅刻しては迷惑がかかるのでしょう?」


雑巾を持って作業に戻る。
詳細を聞くのはもう少し期間を置いてからでもいいだろう。初春だって成長していないわけではない。
おそらく彼女なりのタイミングで打ち明けてくれるはずだ。
これ以上白井がアレコレ詮索するのは、それこそ野暮というものである。


(……はっ! この発想、どう考えても中学生のそれではないのでは……!?)


つっこんでくれる相手は当然いない。自分の達観しつつある姑思考に若干の不安を抱く白井だった。


――――――


帰り道。

もうあたりは夕闇がつつみはじめている。思ったよりも時間がかかってしまった。
この時期の夕暮れは肌寒い。白井も初春もこういう日には手袋くらいは持ってくるべきだった、と反省しながら帰路を急いだ。


「初春、時間は平気ですの? もしも都合が悪いようなら、わたくしが送ってさしあげても……」

「あーはい、多分大丈夫です。今日は遅くなるかもしれないって伝えておいたので」


ならいいのですけれど、といいつつ足取りは軽い。
白井なりに気を遣っているのだが、初春は気づいているだろうか。


「そんなに急がなくても平気ですよ」


気づいていた。それはそれで恥ずかしい。


「べ、べつにわたくしは応援してるわけではなくて、ですの」


初春は答えず、ニコニコと笑って返すだけ。はあ、とため息まじりに急ぐ秋の道の寒さはどこかへ行ってしまった。



300 : ◆le/tHonREI :2010/11/20(土) 23:11:30.01 ID:sQpQuhQo


「―――白井さん」


初春がまた白井を呼んだ。
少し前を歩いていた白井は最初、「まーた惚気ですの? 続きは病院でやってくださいな」といいかけて、やめた。

なんだか声の雰囲気が違う。振り返ると初春は立ち止まっている。
口調的に、真剣な話らしい。何も今しなくても、といいかけてそれもまた、やめた。


「その……。色々と、話してないことがあるんです。秘密ってわけじゃないんですけど。
 別にここで全部白井さんに話したからってどうなるわけでもないし、……むしろ話すべきなのかもしれないです、けど」

「……、初春、話をするときは整理してからにするべきですのよ」


ごごごめんなさいと謝られるが、白井は相手にしない。
それよりも伝えるべきことがあると思ったからだ。気持ちを落ち着かせて、ゆっくりと初春に近づき、その口を開いた。


「貴女が誰とどこで何をしていようが、わたくしが取る立場はひとつに決まっていますの。貴女のパートナーとして、悪をくじく。
 初春が道から外れそうなら、それを正す。ときには協力して、ときには敵対しても、ですのよ。わかっているでしょう?」

「白井さん」


別に説教をするのが得意なわけではない。

でもなし崩し的に、信頼関係を甘んじられるのもどうかと思う。
核心が知りたいという気持ちはあるが、もっとそれは初春の中で整理されるときがあるはずだ。
そうなる前に自分のスタンスはしっかり伝えておきたい。そう思っただけのことである。


「だから、ええと、垣根さん……がどんな人でもわたくしは口出ししたりはしませんの。間違っていると思ったら間違っていると言う。
 危険にさらされたときは助ける。それだけのことですのよ。―――それだけ、わたくしは貴女を信頼していますの。
 初春はわかってくれていると思ったのですけれど」


言われて頷くところを見ると、自覚はしていたらしい。けれど確証がないといったところか。
初春らしいといえばらしいが、相変わらずこういう部分はセンチメンタルだなぁと思ってしまう。


(そこが初春のいいところでもあるんですけれどね)



301 : ◆le/tHonREI :2010/11/20(土) 23:41:27.24 ID:sQpQuhQo


「ま、難しい話はまた今度でいいですの。………、それより初春、これ」

「はい?」


白井から手渡されたのはUSBメモリのようなもの。急に渡されたのできょとんとしてしまう。
それは本来初春から渡すことはあっても、白井から受け取るのは珍しい一品だ。


「こほん。まぁー……その、温泉旅行について佐天さんとですね、企画していましたのですが……。
 お姉さまはどうも都合が悪いらしくて一人欠員が出そうなんですの。
 わたくしは……そのぅ、病気のことはよくわかりませんが……ま、まぁリハビリというのもほら、あれですのよ、つまり」


―――今度は白井の方が混乱している。それも初春以上に。

要するに、垣根も誘ってみたらどうか、という意味だろうか。


「そこに一応パンフレットをインストールしておきましたの。あーで、ですがそのあれですのよ? 部屋は別室で、ふ、不純なことは……」

「白井さん……!」


次には飛びついていた。
離れなさいですの! 寒くなんかないですの! と叫ぶ白井を無視して、初春は受け取ったばかりのUSBを握り締める。


……垣根は旅行好きだろうか。

というかそもそも誘って乗り気になってくれるだろうか。

面倒くさそうに、【ありえねえ】とかなんとか、ぶっきらぼうに言われたりはしないだろうか。


(……、でもでも、お花の本は読んでくれてるみたいだし……)


平気だよね、と自分に言い聞かせる。

白井はもう歩き始めていた。
ぶつぶつと照れ隠しをしながら夕日の方向に進む優しい同僚。
自分の周りには素直じゃない人が多いなぁ、などと、寄せ付ける人種を思い返しながら初春は病院へと向かった。



302 : ◆le/tHonREI :2010/11/21(日) 00:10:51.56 ID:BXb7uR.o

                                    ※

白井と別れて病院に入ると、木山が迎えてくれた。
この環境で、この科学者と会うという状況そのものが当たり前になっている。
いつもなら軽く談笑してから病室に向かうのだが、どうも様子が変だ。
なんだか険しい表情をしているし、髪の毛がいつもにも増してボサボサ。ため息を何回もついていたところが想像できた。


「な、なにかあったんですか?」

「まあ、入ればわかる」


初春は一瞬首を傾げたが、木山が口を開く素振りがないので案内されるがままに病室へと直行する。
いつもは病室で垣根に挨拶してからすぐにリハビリ場に向かうのだが、木山の言い方からして当人に何か異変があったようだ。

今日はしないのかな、リハビリ。初春は少しだけがっかりしたような気持ちを覚えた。


「当人があれではな……」


含みのある言い方が気になるが、とりあえずはついていくしかない。
口調的に垣根の容態が悪化したとかそういう類の事情ではなさそうだが、それにしたって気になる。
こつんこつんと、相変わらず音が響く廊下を歩いて病室にたどり着いたとき、木山がそっと耳元で言った。


「……まぁ、なんというか。頼むよ」


何のことだろう、とやっぱり首をかしげるが、木山は返答しない。
首で部屋を指すだけだ。ままよと思い立ち扉を開いたところ。


「………!」


びっくりするような光景がそこに広がっていた。



303 : ◆le/tHonREI :2010/11/21(日) 00:26:39.57 ID:BXb7uR.o


「ど、どうしたんですか……これ……」


部屋は相当散らかっていた。
垣根の病室にはそもそも置いてある物品の種類が少ないとはいえ、
そこらじゅうにカップや茶碗、お盆や本などが乱雑にぶちまけられている。
強盗でも入ったかのような光景だ。ベッドの位置もおかしい。点滴や椅子の位置も。何もかも。

おそらくこうした本人だと予測できる垣根帝督は、何事もなかったかのように車椅子に座り、窓の外を眺めていた。


「……何か……、いやなことでもあったんですか?」


初春の質問に答える様子はない。携帯はさっきからぴくりとも動いていなかったからだ。
誰かが入ってきたことは気づいているようで、初春の二つ目の質問を聞いてようやく垣根は体をこちらに向けた。

虚ろな目、というわけではないがどこか濁った印象を覚える。
今まで見たことがない顔だ。

―――この表情を一番うまい言葉で例えるなら、なんだろう。次の言葉をどうやってつなごうか、
などと考えているうちに、手元の携帯が振動を始めた。

慌てて手に取り画面を見ると、




                                      【散歩】




とだけ表示されていた。
散歩……? 散歩をしたい、ということ?


「で、でも垣根さん、今日はリハビリしないと。早く回復してですね、そのうち外も歩けるようになって……、
 あ、そうそう、この前紹介した白井さんっていたでしょ? あの人が気を利かせて」

【散歩。散歩散歩散歩散歩散歩散歩散歩散歩散歩!!】


聞き分けのない子供のように次々と文字が打ち込まれる。
垣根を見ると車椅子の取っ手の部分を両手でガンガンと叩いていた。まるっきり聞き分けのない子供のような仕草だ。



304 : ◆le/tHonREI :2010/11/21(日) 00:49:12.28 ID:BXb7uR.o


「…… そういうわけだ。頼んでいいかい」


声をかけられたその先を見ると、木山がため息をつきながら壁に寄りかかり、こちらを見ていた。


「今朝からずっとあの調子だ。何を言っても聞かない。まったく、子供みたいだと思うだろう? 
 リハビリに飽きただの、初春はどこだ、だの、うるさくて適わない。検査もすっぽかしてこの様だ。
 よっぽど君に会いたかったようだな」

「…ぇ……」


言葉をつなぐのとほぼ同時に、垣根は近くに転がっていた雑誌を投げつけた。
すいと身を起こしてかわす木山。携帯には【余計なこと言ってんじゃねえ】とだけ。

―――そういうことか。

それにしても、やっぱり自分の周りの人間は素直じゃない。垣根は思考の中でも嘘をつく。
初春はプライバシー侵害を避けるために日中は通信を切っていたのだが、それが裏目に出たようである。


【……で、どうすんだよ】

「どうするもこうするも……、はぁ、仕方がない子ですね」


だから俺をガキ扱いするんじゃねえ、と続くのだが、最早初春は見向きもせずに木山にワイヤレス受信機を用意するように頼んでいた。
中学生の前で無視される学園都市第二位。
傍からみてもちょっと憐れな光景だった。


「今日はもう遅いから、ちょっとだけですよ? 明日からちゃんとリハビリ、がんばってくださいね」

【いいから早く】


せかす垣根は少しだけ恥ずかしそうだった。



305 : ◆le/tHonREI :2010/11/21(日) 01:25:34.99 ID:BXb7uR.o

――――――

日が落ちるのは早いもので、辺りはすっかり暗くなっている。
初春の寮は門限に厳しいほうではないが、さすがに以前散歩したようなルートは辿れないだろう。


「はい、じゃあどこにいきますか? あんまり遠くにはいけないし、お店もそろそろ閉まっちゃいますけど」

【どこでもいい】

「……垣根さん、怒りますよ? 私だって神様じゃないんですから、どこが落ち着く場所かなんてそう毎回毎回……」

【本当にどこでもいいんだ】


垣根の発言には声色というものが存在しない。
だから彼の思考を読み取るとき、初春は表情を見てその意図を判断する必要がある。

今は後ろから車椅子をおしているだけなので、どういう意図でそれをいったのかは不明だが、
あの病室をみる限り精神的にかなり不安定になっているのかもしれない。

考えてみればそれは当たり前のことだ。

狭い病室で、治るかどうかもわからないリハビリに付き合わされ、不自由な体に悩まされる毎日。
話し相手は自分や木山やあの医者くらいなのだろう。垣根は人付き合いが得意そうには見えない。饒舌なのは認めるが。
電脳空間というものがどういった世界なのかはわからないけれど、こんな状況でストレスがたまらないほうがおかしい。

これ以上感情を逆なでするのはやめて、おとなしく言うとおりにしようとした。

目的もなく、とりあえず外の空気を吸うだけでも気分転換になるはず。
ゆっくりと。本当にゆっくりと道を進むことにした。

話題は何にしようかな、とどこかしら漂う妙な気まずさを感じながら初春が口を開こうとすると、


【初春。花の話をしてくれ】


唐突に話しかけられた。



306 : ◆le/tHonREI :2010/11/21(日) 01:50:28.19 ID:BXb7uR.o


「えっ? 花ですか? ……花……、花の話っていわれても……」

【前にテメェが言ってた歌でもいい。あれはどういう歌詞だっけ】


なんでそんなことを聞くのだろう。以前はあれだけ否定していたのに。

ナンバーワンにならなくてもいい。そんなものは負け犬の言い訳。
ナンバーワンになれないものはオンリーワンにもなれない。

無粋な言い方だなあとは思ったが、正直それを否定する理屈を初春は持ち合わせていなかった。
心ではきっちり筋が通っているつもりなのに、頭の中でうまい言葉にできない。
だからこそ垣根に伝えたかったのに。

ごまかしてことなきを得たのはいいけれど、やっぱりそれは言い訳なのだろうか。


「でも、垣根さんが言うことも一理あると思いますよ。た、確かに、がんばらなくていいってことではないですよね!」

【がんばっても意味ねえやつもいるけどな。才能がねえのにひーこら言ったり。まるで茶番だ】


初春は携帯を見て胸が苦しくなる。

……それはあのリハビリのことを言っているのだろうか。
確かに、あれは正直リハビリといっても精神治療のようなものだ。

お前は子供をあやすような気持ちであれをやっていたのではないか、と聞かれたら言葉につまってしまう。

同情とか憐憫とか、それは多分聞かれて気持ちいいものではない。
しない善よりする偽善とはよくいったものだが、そこに感情が加わるとまた話は別だ。
垣根は本心では迷惑だと思っていたのかも、しれない。

とっさに気の利いた台詞を言おうとするも、初春の口から出てくるのは取り繕うような台詞ばかり。


「……、それはそうですけど……、リハビリだって、木山先生たちが頑張って考えてくれているんだし、効果なら……多少は、その」

【別にテメェとああいう茶番をするのが嫌なわけじゃねえよ。勘違いすんな】


え? と返してもそれ以上返事が返ってくることはなかった。
再び訪れる沈黙。

そよ風に垣根の金色の髪の毛がなびいていた。



307 : ◆le/tHonREI :2010/11/21(日) 02:27:32.20 ID:BXb7uR.o

道なりに進んできて、折り返してもいいくらいの距離は歩いただろうか。
今度こそ本当に話すことがなくなった初春は、とりあえず花についての知識を一方的に語ることに時間を費やした。
垣根はたまにそれに頷いたり、一言二言感想を付け足したり。終始受け身の態度を崩さなかった。

つまらないのかな、と思ったりもしたが多分垣根は感傷的になっているだけな気がした。
なんとなく、だがほとんど確信して。


「そろそろ戻りますか? どうです、すっきりしましたか?」

【ああ。これ以上ないくらい、中学生の雑談に付き合ったからな】


憎まれ口を叩けるくらいなら上等だろう。
「その雑談に感心していたのは誰です?」とお決まりの返答を投げて、初春は車椅子の向きを変える。

この道を曲がれば、病院の入り口に別方向からアクセスできるはずだ。


(よく考えてみたらこれもリハビリの一環だよね。垣根さん落ち着いたみたいだし、今日もいい時間だったな)


にやけそうになる顔を両手で叩いてから、垣根の顔を覗き込み一言、


「では戻りますよー! 今日もいい子でしたね?」


憎まれ口にきっちり利子をつけてお返しをするのは二人特有のやり取りだった。
この二人の関係はどちらが優位なわけでもなく、お互いがお互いをからかうタイプのものなのだ。
多分じっとしていたらすぐにまた皮肉で返されてしまうだろう。
とりあえずは車椅子を進めて、何を言われてもはいはいとうながすつもりだった。


―――過去形なのは、絶妙のタイミングで彼女は言葉を失うことになったから。


【嘘ついた】

「え」


初春が声をあげたのは垣根の言葉を聞いたからではない。

理由は、

彼の冷たい手が、初春の頬に触れていたから。



309 : ◆le/tHonREI :2010/11/21(日) 02:49:42.78 ID:BXb7uR.o


                    【すっきりなんかしてない。まだ帰りたくない】


それは初春が彼と接した中で、最も明確な意思表示だった。
そして同時に、その内面の中で最も無垢なものを見た気がした。
初春の頬をなでる手のひらは風にさらされて冷たい。けれども、多分それは末端に温度が伝わっただけだろう。

どこが冷たくなっているのか。どこが、凍えそうになっているのか。

彼がどこに帰りたくないかはすぐにわかる。でも、だからといって―――。


「――― でも、じゃあ……、ど、どこに行きたいんですか……?」

【いわせんなばか】


ぎゅっ、という音をたてて、垣根は初春の頬をつまむ。覗きこむ体勢になっていたので表情がまるわかりである。
闇に支配されているこの時間帯では、彼の頬の色までは把握できないが、このときの初春にはそれすらもわかった気がした。


【……初春の家、誰か他のやついるのかよ】


次には固まっていた。なぜ彼女が固まったのかというと、思い当たる理由は色々とある。

―――そもそもこれは本来、女の子が言う台詞じゃないのか? ほらよく、映画とかの別れ際とかに。
逆の立場だったら自分がいうべき台詞なんじゃ……?

―――そして彼はなぜこんな乙女な台詞を本心から言ったの?
こっちがにやけてしまうような台詞を? 嘘をつかずに、本音を吐露して……。

―――最後に、(若干順番がおかしいが) え、うちに来るってどういうこと?
え? なぜ下着のことが頭をよぎるの? ………!!!!


【嫌か?】


垣根帝督は遠慮もせずどしどしと、初春の心のある一室にあがりこんでくる。
気づいたときにはつねられた頬がまた、優しくなでられていた。
ずるい、と思った。本人は意識せずにやっているのだろうが、別に恋愛経験がなくても、これは―――。


「……いやじゃないです、けど……」


そう言って返すのが精一杯だ。



310 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/11/21(日) 03:19:59.64 ID:j7tuSbQo
うっ、うふっ、ふひゅひゅぅぅぅぅ



311 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/11/21(日) 03:35:30.90 ID:B2XwHsAO
変なところで終わったから>>310が壊れちゃったじゃないか。



312 :ごめんなさいコーヒーつくってました ◆le/tHonREI :2010/11/21(日) 03:36:37.36 ID:BXb7uR.o


【ならいいだろ。俺といるのは退屈か?】


なんだか今日の垣根はやけに積極的である。
でも、家に来るっていうことは、つまり、泊まっていくということだろうか。
さすがにそんな事態を想定してはいなかったし、来るなら来るで色々と準備がある。

もちろん主に心の方面の話だが。


「そういうんじゃなくてですね、先生たちがいいっていうかもわからないし、それに……」

【それに?】

「その………、」


少しは気にしてください、といおうかと思ったが、それではまるで自分だけ意識しているみたいなので飲み込んだ。

垣根と自分とはあくまで患者と世話係、の関係だ。
不純な気持ちで舞い上がっては、垣根もやりづらくなるに違いない。多分初春が考えるよりもずっと心は冷え込んでいるのだろう。
自分みたいな、それこそ中学生に哀願するなどいつもの彼なら考えられないことなのだから。


「……寮に男の人を入れてもいいかって、確認しなきゃいけないし……」

【介護っていえばなんとでもなるだろ。……頼むよ。一人になりたくねえんだ】


訴えるような瞳でこちらを見つめてくる垣根。
そんな表情をされたら母性本能を刺激されてしまう。

ただでさえ自分は垣根をケアしてあげたいという気持ちでいっぱいなのだ。
彼が望むことなら、できる限り何でもしてあげたい。それこそ何でも。

―――な…… ん…………でも……?


「かっ、垣根さんのえっち!」

【は?】


覗き込む体勢に疲れたのと、今度はこっちが赤面してしまいそうだったので身を引いた。
初春飾利は―――乙女だ。



313 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/11/21(日) 03:39:13.54 ID:j7tuSbQo
っしゃあああああああああああ!!
おっしゃあああああああああああああああああ!!!!




314 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/11/21(日) 03:39:50.20 ID:cDNdZIgo
オウフwwwwこれはこれはwwwwデュフwww



315 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/11/21(日) 03:42:23.66 ID:1W6Dc.AO
コーヒー作ってた>>312萌えぇぇ!



317 : ◆le/tHonREI :2010/11/21(日) 04:03:24.45 ID:BXb7uR.o


「……じゃあ、一応先生にきいてみますけど、駄目だったらあきらめてくださいね」

【大丈夫だ。俺のわがままに常識は通用しねえ】

「自覚してるならこういうわがままは……、その、もうちょっと自重してください……、もお」

【心配するな自覚はしねえ。さあいくぞ初春。ようそろー】


急に元気になった垣根を尻目に、初春は今度こそ車椅子を進めだした。
頭の中ではすでに計算がなされている。まずは木山先生と冥土帰しに許可をもらって、それから寮に電話して―――。


(―――え、でもそしたら料理とか、色々……。あ、垣根さんお風呂とかちゃんとはいってるのかな? ……!)


きらーん。何かが頭でひらめくのを感じた。
垣根とは毎日会ってはいるし、リハビリも誠心誠意をこめて付き合っているつもりだが、まだまだ自分にはできることがある気がする。

そうだ、そう考えてみれば介護の真髄とは24時間体制のそれにあるのではないか。

お風呂やトイレ、料理、その他もろもろ……すべてをフォローしてあげてこそ、真の介護士たる資格を手に入れられるというものだ。


(な、なんか燃えてきたっ! それならそれで、がんばって元気になってもらお!)


手元では垣根から【お、おい初春ちょっとスピード出すぎてねえか】などと意味不明のメッセージが送られてきているが気にしない。
目的が増えた以上、こちらも本気でやる。初春飾利は燃えていた(二回目)。


(……、でも木山先生おとなだし、許してくれそうにないかなぁ)


ちょっぴり不安を感じてしまうあたり、やっぱりそちら方面の事柄から頭が離れないのだろう。
なんていったって、初春は乙女なのだから。


………

……





322 : ◆le/tHonREI :2010/11/21(日) 04:38:48.21 ID:BXb7uR.o

                                  ※

「垣根さーん、お風呂わきましたよっ」

【あ?】


気づけば二人は初春の寮にいた。
ここにいたるまでに紆余曲折があったわけではない。思ったよりもずっとスムーズにことは進んだ。
病院に戻ってから木山に事情を話すと、一瞬何かを考えていたが、やがてこう切り出された。


「……年頃の男女とはいえ、垣根くんはこういう状態だしな。入ったの出ただの、面倒な問題も起こるまい」


とかなんとか、さらっととんでもないことを口にして許可をくれた。
彼女としては精神面の安定のほうを優先したいようだ。

ワイヤレス受信機のバッテリーまで用意してくれていて、まるでこうなるのを予測していたかのような手際のよさである。
本来木山は研究者として病院に来ているというのに、今や垣根の主治医の地位として紹介しても差し支えないくらいの敏腕っぷり。
「何かあったらすぐに連絡するように」とだけ言われて病院を出た。

それから寮に一応の許可(こちらは少々てこずったが)をもらい、介護という名目で垣根は部屋にあがっていた。
とはいっても初春の部屋は手すりやその他のバリアフリー的なものが備えられているわけではないので、部屋の真ん中で座っているだけだが。

ちなみに初春が帰りにもろもろの日用品を買い込みすぎていたのは言うまでもない。


「お風呂です。冷めないうちに入りましょう」

【熱いのは好きじゃねえ。………いや、つーか……、“はいりましょう”?】

「え? だって、一人じゃ入れないでしょ? 体、洗ってあげますよ」

【い、いいよいらねえよ、一人で入れる】


そう言って両手を使って立ち上がろうとする垣根。
が、うまく動けずにすぐに床にびたっ!と張り付いてしまう。見るにみかねて初春は肩を貸してあげた。



323 : ◆le/tHonREI :2010/11/21(日) 05:00:20.92 ID:BXb7uR.o


【いいって。一人ではいれるって。……ってテメェ、何服脱がせようとしてんだよ、このエロ春!】

「あっ。……そ、そうですよね、ごめんなさい。タオル貸しますね。見たりしませんから、そこは大丈夫です」

【そこじゃねえよっ!!!】


無理矢理ふりはらってから床を這いつくばるが、すぐに初春につかまってしまう。
その様子はまるで子供に注射を強要する医者のようだった。

初春の装いは動きやすい短パンとTシャツに着替えられていて、どうやら濡れても平気な仕様になっているようだ。
対する垣根は相変わらずの手術衣。帰りに服も買っていこうとしたのだが、あいにくとお店はどこも閉まっていた。


「もお、言うことを聞いてください! ほら、お風呂も垣根さんが来たから特別仕様ですよ?」

【……おい】


半ば強引に垣根を連れ去って浴室の扉を開くと、そこには信じられない景色が広がっていた。


一面にちりばめられた花、花、花。


赤を基調とした派手な色で埋め尽くされている。
浴槽に入れられた入浴剤はラベンダーの香りを含んでいて、垣根は見るなり絶句して白目を剥きそうになった。


【テメェはどの方角に向かってるんだよ……?】

「これ、造花なんですよ? 綺麗ですよね! 私もはじめてやってみたんですけど、これならリラックスできること間違いなしです!」


初春としては純粋に垣根の精神面を心配しての行動なのだろう。
垣根はいくらメルヘンを自覚しているとはいえ、こんなファンシーな空間に溶け込むのは断固拒否したいところだ。


―――が、できそうにない。


【くそったれ……、それもこれもこの馬鹿げた体のせいで……】

「はい、タオルです。目つぶってますから、巻いてください」


がさがさと衣擦れの音が部屋に響いた。



324 : ◆le/tHonREI :2010/11/21(日) 05:21:19.87 ID:BXb7uR.o


「いいですかー?じゃあゆっくり入りますよー?」

【ちげぇからな。こういうのを予期してたわけじゃねえからな。ほんとだからな】

「はいはい、わかりましたわかりました。あ、すべらないようにしっかり捕まってくださいね?」


テメェ今さらっと流しただろそうだろ! という文字が浮かぶ画面を初春の眼前に押し付けながら垣根は浴槽に入った。
よいしょ、と掛け声を出して湯船につけてあげる。こういうときにリハビリの効果はあったのかもしれない。
二人三脚やパントマイムの成果といったところか。

今は両手がふさがった初春に変わって今は垣根が携帯端末を持っている。
ワイヤレス受信機はぬれないようにビニールでぐるぐる巻きにしてあるのでなんとかなりそうだが、
やはり体の不自由な人を風呂に入れるだけでも一苦労だ。

逆にそれが初春の介護士としてのHeartに火をつけていたりも、するが。


「お湯あつくないですか? のぼせそうになったら引っ張ってくださいね」

【……ん。ちょうどいい】

「面倒だからこのまま髪と体、洗っちゃいましょうか」


返事をする前に初春はシャンプーを垣根の頭にぬっていた。耳元が濡れないように丁寧に泡立てていく。
くすぐったいような感覚。湯船にはいっているせいだろうが、頭がぽかぽかする。


「私が手を入れてたら冷めたりしないんですけど、ちょっと無理そうですね。あ、どこかかゆいところはありますかー?」


聞いてから携帯を見ようとすると、垣根は目にもとまらぬ速さで画面を閉じてしまった。
何か都合の悪いことでも聞いたのだろうか。

まあそもそも美容室でかゆいところを聞かれても、頭の箇所を説明するのにどう言っていいかわからなかったりするし、
単純に答えるのが面倒になっただけかもしれないが。

―――【こんなの見せられるか、クソボケ】とひそかに表示されていたのは、ここだけの秘密である。



325 : ◆le/tHonREI :2010/11/21(日) 05:42:50.87 ID:BXb7uR.o


「いつもはどうやってお風呂はいってるんですか?」


背中を流しながら初春が聞いた。さめないように保温効果で体を温めながら、やっぱり丁寧に、それでいてごしごしと垢をとしてあげる。
垣根の背中は見た目通り綺麗な肌をしていた。


【一人で入ってるよ。さすがに素っ裸なんか見せられねえだろ。院内は設備も充実してるしな】

「なるほどー。でもたまにはいいでしょ? こうやって誰かに洗ってもらうのも」

【まあ否定はしねえ】


言いつつ素直に従っているところを見ると、どうやらそれなりに居心地がいいようだ。
初春もやりがいがあるというものである。

前も洗ってあげようとしたらさすがに怒られたので、そこは自重した。


【テメェな、もう少し節操っつーもんを考えたほうがいいぜ】

「え? でも患者さんに尽くすのが介護士でしょ?」


初春の頭の中にはネジの性質をかえる未元物質でもあるんじゃないか、
という懸念はさておき垣根は黙って身をまかせることにした。

鼻歌まじりにせっせと手を動かす初春。多分将来は面倒くさい主婦にでもなるんだろう。
結婚するやつは本当に哀れだな、と垣根はまたつぶやいた。


【つかいつも先に湯船に入ってんの? オッサンだなテメェ】

「ちっ、違いますよ!! 今日だけです! 出たり入ったり面倒でしょ? そもそも……、お湯を張るのもひさびさですし」

【初春はオッサンっつーことでいいんだなー】


話を聞いてください! と怒るが今度は反応を返さない。
しゃべれない、というのはこういうときに言葉をかわすための技術でもあるらしい。


まったく狡猾な第二位だった。



326 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/11/21(日) 06:39:25.08 ID:j7tuSbQo
ラブラブ過ぎワロタ



327 : ◆le/tHonREI :2010/11/21(日) 06:44:32.93 ID:BXb7uR.o

――――――

部屋に戻って垣根にドライヤーをかけてから、初春はすぐにシャワーを浴びた。
相手は垣根なので「覗かないでくださいよ」とは言わなかったが、やはり部屋に男性を置いて浴びるシャワーはなんだか妙な気分になった。

手早くすませて部屋に戻ると、垣根は二段ベッドに背中をつけてパソコンをいじっている。
見ているのはニュース。世界情勢について調べているようだった。


「最近物騒ですよね。あちこちでデモがおこったりなんだり」

【……、別にどこで何が起ころうと今の俺には関係ねえけどよ】


失策だったと思った。これでは追い詰めるような発言になってしまう。

外とつながりたいという垣根の欲求は確かにそこにあるのだろうが、
初春としてはネガティブな事象よりも今はポジティブな事象について話してほしい。

何か話題はないかとタオルで髪をふきながら頭をひねっているところで、思い出した。


「あっ! そ、そうだ、垣根さん、温泉とか好きですか?」

【温泉?】


そうです温泉、といいながら机の上においてあったUSBメモリを手に取る。
多分ここには垣根の心を癒すような画像がてんこもりのはずだ。

旅行ということで話題にもことかかない。まさに白井黒子さまさまのネタである。


「私たちの仲間で温泉旅行に行こうという話があってですねー、一人欠員が出たらしいんです。
 それで垣根さんを誘ってみてはー、っていう話がありまして」

【テメェの仲間? あーそりゃいいな。ハーレムじゃねえか俺】

「……、ま、まぁ、でもあの二人は好きな人が、いま、したようないなかったような……」


佐天に恋仲の人物がいるかどうかは謎だが、なんとなく気に入らなかったのでそう返しておいた。



341 : ◆le/tHonREI :2010/11/21(日) 17:48:33.96 ID:lnmAUgIo


「えっとですね、待っててください、今ページ開きますから……」


言って、垣根のすぐ隣に座り込む初春。
彼がいじっていたPCを膝の上にのせて、器用にキーボードを叩き始めた。
画面を覗きこむような形で、ちょうど垣根の頭が初春の頬のやや右下に位置している。
垣根は体のバランスが取れていないのか、初春の肩に手をのせてじーっと液晶を見つめていた。
初春から見えるのは彼のつむじ。
シャワーから出たばかりなのでまだ若干髪は濡れ体が火照っているが、垣根は何も気にする様子がない。


(いまさらだけど、やっぱり魅力ないのかな、私………、)

【どうした?】


なんでもないです、とつぶやいてから、タンッ! という音をたてて勢いよくファイルを開いた。
そこにあったのはもちろん―――。


「……さぁ、活目してください垣根さん! これが、貴方が行くべき夢の ―――ッ?! って、ええええええええっ!?」

【……、なんだこりゃ】


展開したファイルの中身はとある中学生の寝顔。もしくは私生活を撮った画像ファイル。

どれも妙に体のディティールに執着していて、際どい位置からの光景をうまいこと収めている。
あからさまに隠し撮りされているらしく、そこに映る学園都市第三位の女性はカメラの方向を向いていない。
完全にこれは白井の趣味だろう。というか、あれだけいいことを言っておいて渡すものを間違えるとはどういう了見だ。


【……テメェってそっちの気があるの?】

「こっ! これは何かの間違いです! 間違いなんですぅ!!!」


慌ててノートパソコンの画面を閉じる。垣根を見ると、目を細めて訝しげな視線と表情をこちらに向けていた。
違う。これは違う。自分はそっちの人ではない。白井はどうかわからないが。
というか垣根も垣根でそっち方面で誤解するのはおかしい。
そもそもファイルの中身は温泉旅行のパンフレットじゃなかったのか。


(―――な、なんで御坂さんの写真集と間違えてるんですか!? 白井さんのばか!)



347 : ◆le/tHonREI :2010/11/22(月) 03:21:40.74 ID:4GhzsKko

間違いなんです違うんです私は普通の女子中学生です、と釈明しても垣根は意地の悪い笑顔を崩さない。
舐めるように初春を上目遣いで見つめ、携帯には【へんたい】という文字を表示する始末だ。
このままでは垣根の自分に対するイメージが崩壊してしまう。あわてて画面を他のページに飛ばしてみた。

別にこれ以外の話題なら最早なんでもいい。

かちかちかち。

かちかちかち―――。


初春の目はくるくると回転しながら液晶をなんとかとらえようとする。


「お、温泉ですよ温泉! 温泉にいくんですよ垣根さんわわわわわ」

【へえ、じゃあ早く見せてくれよ、その温泉とやらを】


言いながら初春の肩に頭をのせる垣根。

……、前も思ったが、これはどう考えても女の子がとるべき態度じゃないのか。
というか垣根はさっきから妙に体をよせてくる。
多分人肌恋しくて無意識にやっているのだろうが、こんな美形の男子に顔をよせられたらそれなりにこっちだって意識してしまう。
もちろん自分が介護しているときはそんな不純な動機で相手をしたことはないが、それにしたって―――。


【ほら、早く見せてみろよ、がきんちょ】

「待ってください今すぐみせま―――ってぎゃあああああっ!?」


今度はもう弁解の仕様がないページにたどり着いてしまった。
アダルトサイト。18禁。混乱した思春期の乙女のミスはときにとんでもないところにたどり着くという例だ。



348 : ◆le/tHonREI :2010/11/22(月) 03:31:41.90 ID:4GhzsKko


【ほお】

「ちっ、違いますからね! わ、わたわた私は普通の………」


垣根に目をやるとじーっと画像を見つめている。
初春のうぶな脳みそでは想像もできないような映像がそこにあった。とても描写できたものではない。

どきどき鳴る胸をなんとか抑え、反射的に垣根の両目を手でふさぐ。


「み、みちゃだめです! これは―――、これはですね」

【これは?】

「あの、その……、どこ……ぞの……!!」

【なあ】


そう言って、垣根は、垣根帝督は―――、


【――― 初春って、こういうの慣れてねえのか】


初春の膝に頭をのせて倒れこんできた。
頭を太ももの上にのせて、両手を初春の腰まわりにまわす。単純なことだ。恋人なら当たり前の情景。

それでも初春には状況が理解できない。理由は言うまでもない。


「か、垣根さん……?」

【こうされるの、嫌か?】


その聞き方はずるい。そうやって甘えられたら、こっちだって甘えたくなってしまう。
この状況で初春ができることは、パソコンの電源をシャットダウンして、両手を手持ち無沙汰に持ち上げることだけだ。



350 : ◆le/tHonREI :2010/11/22(月) 03:44:38.40 ID:4GhzsKko


「だ、だめです、私と垣根さんは―――か、患者と介護士で……」

【こうしてると安心する。嫌なら言ってくれ、離れるから】



……、……、……。

その文字を見て、理解した。



垣根帝督はつまるところ安心する居場所を求めているのだ。ただ、それを純粋に渇望している。

その気持ちに名前などない。恋でも、友情でも、寂しさでも、語弊を恐れずに言えば愛でもなんでもない。
そこにある暖かなぬくもりに身をゆだねたい。それだけの単純なこと。

その感情はおそらくびっくりするくらいの明度を誇っていることだろう。

透明に近い色で。かすかに味わえるくらいの儚さで。吹いたら消えてしまうくらいの繊細さで。
だがそれでもそれは、確かにそこに存在している。


初春は不純な妄想をしていた自分が急に恥ずかしくなった。
そして、今しがたあれこれ話題について考えていたことが馬鹿らしくなる。

自分がするべきことはそういう部類の行動ではなかったのだ。

すごく単純なこと。彼を、暖めること。


「―――今日はいつもより、あまえんぼさんですね」


言って、ゆっくりと髪を撫でた。少しだけ初春を抱く両手の力が強くなる。
ドライヤーで丁寧に乾かした垣根の髪の毛はふわふわとした質感を保っていた。


【テメェの傍は居心地がいいんだ】


多分実際にしゃべっていたら言っていないであろう垣根の台詞がそこにあった。
今は本音をそのままここに記している。そんな気がするし、そう信じたい。



352 : ◆le/tHonREI :2010/11/22(月) 04:00:09.05 ID:4GhzsKko


それから沈黙が、在った。


散歩していたときはすごく邪魔だった。

話題はないかとあれこれ考えた。

それを壊すために本も買った。花も買った。

口を使って、試行錯誤して、なんとかしてそれを、排除しようとしていた。



――― だけれど今やそれは他の何にも変え難いメロディに昇華している。




旋律は吐息、リズムは心臓の音。


どちらも決して争うことはない。ゆらいで、光る。

ゆっくり、ゆっくりと。


「ぎゅってしていいですか」

【………、うん】


初春は垣根の身を起こして抱きしめた。よこしまな気持ちはない。
凍えそうなものを丁寧に暖める。暖めて、伝えようとする。


もう心配しなくていいと、言葉よりも明確に。もっとクリアに。


【俺は無様か】

「同情なんて、……してるわけないじゃないですか」


二人の感情は言葉にしなくてもいいくらいに調和していた。



353 : ◆le/tHonREI :2010/11/22(月) 04:17:24.35 ID:4GhzsKko


【――― あっちに行くと、狭い地下室で誰かが俺を笑うんだ】

「………、」

【テメェはもう用済みだと。才を失ったガラクタ。見世物みてえに、なじるような視線で、俺を見ているんだ】

「………、」

【俺はくそったれだ。何がくそったれって、終わってしまったものにまだすがりついている】

【どこかのバカみてえに語れる美学もねえ。戻ったところでもう何もないのに、いつまでも、いつまでも……】


それから初春は垣根の顔をまっすぐ見た。
少年。本当にあどけない表情をした少年。

人を殺したことがある、少年。
その少年を―――、


「―――それでも、自分は律する人でありたい。誰かを許せる人でありたい。痛みを受け止められる人でありたい。
 裁いたその後を、見据えられる人でありたい……」


泣きながら、聖書を読むように伝えた。
返事はもちろんない。

代わりに、目を閉じられた。

デスクの上のダンコウバイがこちらを見ている。


【これは何なんだろうな】

「私にも……わからない、言葉にはできない、です―――」


それっきりだ。

気持ちは唇にのせることにした。もちろん、深く深く、ちゃんと心の芯にまで伝わるように―――。


………

……





354 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/11/22(月) 04:19:14.55 ID:SV9pR.AO
もうだめだ
やばい


やばい…




355 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/11/22(月) 04:21:04.63 ID:ipWkzeQo
エンンダアアアアァァァァアッァアアアアア!!111



356 : ◆le/tHonREI :2010/11/22(月) 04:38:34.73 ID:4GhzsKko

――――――

ややあって。

垣根は初春にしがみついたまましばらく動かなかった。
初春もぼーっとしながら彼の頭をなでている。携帯電話は反応を示していない。


(……、初めて、かぁ……)


唇を触って感触を確かめる。
それはもちろんキスのことなのだが、そういうことを想う日がこんなに早く来るとは思わなかった。
かつては足蹴にされた存在と、今はこうして部屋でゆっくりと流れる時間を共にすごしている。
人生とはわからないものだ、と中学生にして良き教訓を得た初春飾利だった。


【―――で、初春】

「ふぇっ?」


突然携帯の画面を眼前に突き出される。
垣根は相変わらず太ももに頭をのせたままだ。もしかしてまた意地悪なことを言ってくるのかと警戒していたところ、


【……エロいことしないの?】

「なっ……!?」


さっきまでの純な空気はどこにいったのだ。
また垣根のことがわからなくなってしまった。初春の服に手をかける垣根を制止して叫ぶ。


「な、ななななな何を期待しているんですっ!?」

【だってよー、こういう状況になったらすることあんだろ。あ、テメェ処女だよな? 腰の振り方教えてやろうか】


バキィッ! と鉄槌で一閃。【何しやがるこのガキんちょ!】と表示されても知ったことではない。
すぐに垣根の頭をどかせて立ち上がった。貞操の危機だ。

―――だいたいムードってものがある。それにデリカシーも。

初春はふてくされて垣根に言った。「垣根さんのばか!!! 最低!!」。もちろん首をかしげられたが。



357 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/11/22(月) 04:42:01.12 ID:jS3xcISO
ああ、こりゃ最低だわ



358 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/11/22(月) 04:49:15.38 ID:ipWkzeQo
無理やり迫らない優しさでもあると思うけどね



359 : ◆le/tHonREI :2010/11/22(月) 04:55:11.50 ID:4GhzsKko

                                  ※


「……、ちょっと飲み物買ってきます。垣根さんは頭を冷やして反省していてくださいっ!」

【あ? いいけどよ。大丈夫なのか、こんな時間に】

「ここで垣根さんと一緒にいるより安全ですよーだ!! ふん!」


プンスカ言いながら初春は部屋を出て行ってしまった。
垣根はその様子を見て薄笑いを浮かべる。これ以上は今はだめだ、と自分に言い聞かせるように。

―――初春、初春飾利。

あの天使が言っていたキーパーソンらしいが、それはこういうことだったのか。
なぜか一緒にいると心地よい。甘えたくなるし、普段より素直になってしまう。あのリハビリをはじめてからは特にそうだ。

同時に、垣根の中では一種のジレンマのようなものが生れていた。


(……、もうこのままでもいいかって、なっちまうだろが)


渡り鳥は穏やかな気候の場所に安住はしない。いつかは枯れてしまう土地にとどまることは、愚か者がすることだ。
さっきだってあれ以上甘えていたら、今以上に依存してしまうだろう。
それこそ回復しなくてもいいとか、そういうネガティブな方向で。離れるのが嫌になるくらいに。麻薬のように。

垣根だって健全な男子だし、初春に言ったような欲求がないことはないが、
今のタイミングで切り上げなければもっともっと深みにはまってしまう気がした。


(つっても俺がこんな体だし、どーせ何もできねえんだけどな)


自嘲気味に笑う。笑って、思った。
初春が自分に尽くしてくれるのは純粋な気持ちからだ。だから、諦めるわけにはいけない。
どんなに望みが薄かろうと、あの馬鹿が信じてる限りは、自分も。

だいたい借りっぱなしは性に合わないし、あの中学生はこんな体の自分の回復をおそらく本気で願っている。


(―――あんなバカに相手されたら適わねえよ。テメェのためっつか、こっちがボランティアみてえだな)


それでも少しは前向きになれた。その分の借りは返そう。垣根は心に誓ったのだった。



360 : ◆le/tHonREI :2010/11/22(月) 05:19:03.73 ID:4GhzsKko


そして次に彼が想ったことは果たして何だったのか。


(―――ッ!?)


考える間もなく垣根の視界は暗闇に包まれていた。
何が起こったのか理解できてしまうくらい、懐かしい感覚。


「―――まあ、定石ですよね」


男の声がする。窓を割る音はしなかった。
暴れようとしてもうまく動けない。無理もない、こんな体で抵抗したところでたかがしれている。


                      ・  ・ ・ ・ ・
「そういうわけで、そういうわけです、元『未元物質』さん」


聞き覚えはなかったが、手口からして慣れている様子だった。
油断していたというのは理由にならない。言い訳も通用しない。

これは、そちらの世界の匂いだ。

口元と鼻をふさがれて確信した。しばらく忘れていた、あの緊張感。
恐怖と暴力が支配するこの街の底の感触。


(なのに、は―――、なんだこれは? 安心、して、るのか……)


意識が飛ぶ寸前、デスクの花が見えた。
右手で倒れこむようにそれをぶちまける。幻聴かどうかもわからない笑い声が、いつまでも垣根の耳に響いた。


「お帰りなさい」


………

……





361 : ◆le/tHonREI :2010/11/22(月) 05:31:00.47 ID:4GhzsKko

                                   ※

初春は両手に寮内の自販機から取り出したカレー缶を抱えて部屋に戻ろうとしていた。
もちろん思考はあちらの方向に旅立っていたが。


(……あ、あんな言い方ないよっ、ばか)


かといって自分は垣根の恋人でも何でもない。あくまで患者と介護士の関係。
キスをしたのはなんとなく、それがあの場に一番ふさわしい行動だと思ったからであって、それ以上でもそれ以下でもない。
垣根が服をつかんできたときはやっぱりドキドキしたけれど、いくらなんでも唐突すぎる。


(わ、私だって……、別に、嫌じゃないというか……、いや違う、でもあの言い方はヤダ! ……もっとほら、他のやり方っていうか、……うううう)


せっかく気持ちが通じ合って、なんだか崇高な関係になれそうだったのに、あの一言ですべてがうやむやになってしまった。
ドアの前で立ち止まる。どうやって話を、と、これではまた沈黙を恐れる関係に逆戻りだ。


(―――でも部屋に戻ったら、また……)


ううむと一瞬頭をひねったが、こういうことはうじうじしていても仕方がない。
入ったら真っ先に怒って、それで手打ちにしよう。

垣根とはこれからもリハビリを続けていく仲になるのだし、ここで気まずくなってもメリットはないし。
意を決して扉を開く。


「ただいま! 垣根さん、そもそも貴方という人はですね――――………?」




………、


誰もいなかった。


からーん、と、持っていた飲み物が乾いた音をたてる。
窓も開いていない。ただ本来そこにあるべきものが、なくなっていた。



363 : ◆le/tHonREI :2010/11/22(月) 05:46:35.70 ID:4GhzsKko


「おやおや、こちらもお帰りなさい」


声がした。

―――と思ったら、喉元にすさまじい衝撃が走る。


「がっ……!?」

「あなた達が別々になるのは待たなくてもよかったんでしょうがね。一応、ってやつですね」


何をされたかが理解できない。誰にやられたのかも理解できない。
何かがものすごい勢いで自分の喉につっこんできた。

ただそれだけ。それ以外の何もわからない。


「ジャッジメントの初春飾利さんですね。あ、喉はつぶしたので無理しないほうがいいですね」

「………う……か……?」

                              キルポイント
「名前ですか? なんでも構いませんがね。……『死角移動』だけは勘弁してくださいね」


目の前に立っているのは高校生くらいの少年。ダウンジャケットを着ていて、片手には警棒のようなものを装備している。
どこから入ってきたのかもわからない。
いや、それよりも垣根は―――?


「いやあ、声を出されると困りますのでね。少々陰険ですが、一人ずつ処理させてもらいました。これで回収は完了」


言って、警棒をわき腹に叩きつけられる。
喉をつぶされたようだが、それでも声にならない声が部屋に響いた。

直感する。この男は、別世界の住人だと。



364 : ◆le/tHonREI :2010/11/22(月) 05:58:23.38 ID:4GhzsKko


「――― しかし振り切られたときはびっくりしましたね。あの人、能力がなくても超人ですね。
 ま、目的は達成できたのでよかったのですけれどね」

わき腹を押さえて床に倒れこむ初春を、元『メンバー』の一員、査楽が見下していた。
もちろん初春にそれを知る由はない。
ただ、何となく男の口から漏れる情報で、以前自分達を尾行していた人間だということは理解できた。
だが何のために。聞こうにも声が出せない。

いや、そもそも―――自分は、ここで―――?


「詳しい事情は、残念ながら説明できませんね。なぜってあなたはここで死にますから。まあ適当に想像してください」


警棒を振り上げる様子が見える。
垣根は無事なのだろうか。いや、ここで自分が倒れてからの彼は、一体どうなってしまうのだろう。
自分が消えてしまっても平気だろうか。寂しがったりしないだろうか。それだけが気になった。


(垣根―――さん………)


ぱくぱくと口を動かそうとするが、やはりしゃべれない。
無表情で初春を見つめる査楽。
死のイメージが、すぐそこにある。


「少々しゃべりすぎました。さよなら」


振り下ろされる前に痛みで意識が飛びそうになっていた。
次に初春が聞いたのはゴスッ!!! という警棒が振り下ろされる音。




―――ではなく。



「本当にしゃべりすぎですわね、ゴミ野郎」



聞きなれた同僚の声だった。



366 : ◆le/tHonREI :2010/11/22(月) 06:20:24.29 ID:4GhzsKko


不意に宙に現れた白井黒子が放った蹴りは、ダウンジャケットの首の付け根を正確にうちおろした。

響くのは鈍い音。そして壁に叩きつけられる男。
あたりには再び沈黙がもどる。


「三流の悪党は死亡フラグにお気をつけあそばせ」


次にはぴくぴくと痙攣する少年に向けて捨て台詞を放っていた。


「まったく、渡し間違えたものを取りにきたらこの始末ですの。……初春、平気ですの?」

「……か………あ……」


やはり声は出ていない。
警棒で喉笛をおしつぶされてしまったようだ。白井は優しく初春の肩を抱くと、なぐさめるように頬を撫でた。
手近にあったパソコンをそばによせて、キーボードを打たせる。

――― かたかたかたかた。


【白井さん、ごめんなさい】

「……、謝罪はこのゴミ男から聞くべきものですの。今すぐにでも殺してやりたいくらいの気持ちですけれど。それより事情は?」

【家に垣根さんを連れてきていたんです。外に出て戻ってきたら、いなくなっていて……。どうしましょう、アンチスキルに通報を……?】

「慌てては駄目ですのよ。もちろん後々に抑えておくべきポイントではありますが……。垣根さんは一体どこに? 心当たりは?」

【それすらもわからないんです。でも……】


初春が指差すのはデスクに転がっている花瓶だ。
外から戻って部屋に入ったとき、室内は出かける前とほぼ同じ状態にとどまっていた。

唯一均衡をやぶっていたのは倒されていた花。
花の名前はダンコウバイ。小さな小さな梅の花。改良種だろうが、室内で咲く梅は珍しいと思い、先日購入したものだ。

花言葉は――――――


【―――“私を見つけて”。きっとさらわれたに違いないです】



365 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/11/22(月) 06:02:12.45 ID:ZU8elUAO
どうしよう…黒子カッコいい///



367 : ◆le/tHonREI :2010/11/22(月) 06:46:57.21 ID:4GhzsKko


「―――、とにかく、一度ここから離れたほうがよさそうですわね」

【木山先生に報告を】


表示された名前を見てびっくりする白井。


「木山……? 木山って、木山春生ですの? なぜあの女の名前が? 以前病室を訪ねたときにはそんなこと一言も……」

【病院にいったら全部話します。今は、垣根さんのことが……】


泣きそうな表情を必死にこらえているのが伺えた。
おそらく心は今にも張り裂けそうなのだろう。

現時点では誰が敵で誰が味方なのか、白井に判断することはできなかった。
もちろんそれは垣根も含めての話だ。

唯一はっきりしていることは、目の前に座る心優しい親友を傷つける相手は、誰であろうが許さないということ。
ただそれだけの単純な話である。


「……、これは、長い夜になりそうですの」

【白井さん……】

「このゴミ野郎も一緒につれていきますわよ。何かつかんで―――」


白井が振り返った先、今までそこにいたはずの少年の姿が消えている。


「空間移動……? ……、急所に正確に打ち込んだはずなのに……!?」

【『死角移動』って言ってました。詳細は不明ですけど、おそらくレベル4の能力者?】

「―――。」


それから白井は無言で初春に触れて、外へとテレポートした。
何かが始まっている。嫌な予感はぬぐえず、部屋には静けさだけが残された。

………

……





368 : ◆le/tHonREI :2010/11/22(月) 06:48:11.07 ID:4GhzsKko
ここまで。以降バトル描写が多くなりますがご容赦ください。



372 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/11/22(月) 07:21:15.14 ID:CFEahsU0
うひゅぉっぉおお
甘甘も大好きだがこの展開も燃えるな




373 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/11/22(月) 13:06:27.85 ID:bRYIw2Qo
一瞬海原かと思ってびびったぜ

頑張れ初春超頑張れ




374 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/11/22(月) 13:07:09.30 ID:VtzXn1Yo


> 花言葉は――――――


【―――“私を見つけて”。きっとさらわれたに違いないです】

ていとくんまじヒロイン




375 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/11/22(月) 13:21:08.40 ID:SV9pR.AO
目をつぶったのもていとくんだよな?
さすが第二位だぜ、俺たちの常識が通用しねえ




401 : ◆le/tHonREI [saga sage]:2010/11/26(金) 12:30:14.22 ID:CUGG84Eo

                            ※

暗闇から目を覚ますのはこれで何回目か、と垣根はうんざりしていた。
尤も、あちら側の世界に弾かれるわけではなく、意識のない状態から目覚めるのはこれで二回目だ。

あの時は確か駅で目が覚めた。
そして今度は―――


(車か。神様ってやつはよっぽど俺を廃人にしたいみてえだな。ひょっとしてこっちが夢なんじゃねえか)


視界があまり開けていないので確認はできない。
が、不愉快に体に響くアスファルトの感覚と、窓の外に下りている夜の帳はかろうじて知覚できた。
流れる光が垣根の体を通り抜けていく。上半身はシートに固定されているようで、腕が動かせない。

やがて彼の周囲にあった諸々の物品がその姿を現し始めた。

窓の外に広がる光と同一視していたそれらは、よく見ると無機質な機材たちだった。
あちこちで点滅するライト。揺れるメーター。車体はおそらく大型のワゴンだろう。
測定器の類ではなさそうであったが、光景と経験から垣根は自分が置かれている状況を悟る。

目的は不明だが、やはり何者かに拘束されたようだ。
運転席はそれほど離れていなかった。小声だが、誰かが話す声が聞こえてくる。


「同系統の能力者にやられる気分はどうだったかね」

「もちろん最低ですね。打ち所が悪ければ死んでいましたしね」

「個体は? まさか置いてきていないだろう」

「処理しましたよ。問題ないでしょう、それとも追跡するんですか?」


ひとつはついさっき始めて聴いた声。もうひとつは―――、いつぞやの声。


「放っておく。―――その気になれば私の『オジギソウ』でいつでも始末できるからな」



402 : ◆le/tHonREI [saga sage]:2010/11/26(金) 12:53:54.53 ID:CUGG84Eo

とっさに垣根は頭を巡らせて状況を整理していた。
助手席に座るのはあの時の科学者。
馬鹿げた美学を語っていた上に、ナメた口をききやがったから消したはずの男。

口調から判断するに、自分を誘拐したのは運転席の男だろう。

どちらも暗部の人間だ。確か組織名は『メンバー』。
始末したはずの人間がなぜ生き残っているのかはこの際置いておいた。
どの道あとで聞き出すことになるだろう。自分をさらった目的も含めてだ。

一番の気がかりはそこではない。
会話から読み取れたのは“始末”だの、“処理”だの、物騒な言葉ばかりだ。
自分はこうしてまだ息をしている。ということは、


(初春―――。)


そう、初春飾利は無事なのか。垣根の思考はその一点に留まった。


幸い、部屋には初春だけに伝わるようにメッセージを残しておいた。
ああ見えて彼女はこの街の風紀委員、すなわちジャッジメントだと話していたし、
冷静さになって花言葉を紡げば何かしらの行動を起こすだろう。
それがどのような形であれ、誰かが後を追ってきたとなれば、それが初春の無事を確認したという返信に繋がる。

即席のアイデアだったが有効なはずだ。
それでもできれば彼女自身には出向いてきてほしくないが、しかし、初春自体が“始末”されてしまっては意味がない。

……別に自分が生にすがりついてるというわけではないのは、前述したとおりである。


(初春―――、初春、いねえのか……?)


本来ならば花言葉の方が予防線で、どちらにせよ初春の携帯に思考を送り込むつもりだった。
が、今はそれでもできそうにない。


(くそっ……、返信がねえし、電脳空間にも潜れねえ。送り続けるしかねーか。……初春、初春―――)


名前をリフレインする垣根。
が、それらの考えは次の一言によってどこかへと飛んでいった。


「さて、そろそろ話しかけてもいいかな。ちなみに初春というのはあのエンジニアのことか。優秀な人間じゃないか、是非紹介してほしいね」



403 : ◆le/tHonREI [saga sage]:2010/11/26(金) 13:20:38.26 ID:CUGG84Eo

さすがの垣根も驚きを隠し得ない。
思考を読み取った点もそうだが、それを踏まえたとしてもこいつらはどこまで噛んでいるのか。

博士は続ける。


「安心したまえ。どうやら難は逃れたようだ。処理されたというのはこの男のことだよ」


遠くてよくは見えないが、どうやら博士は手元のパネルのようなもので垣根の思考を読み取っているようだ。
初春が開発したものとはまた別種の構造になっているのか、それとも同じ構造なのかは伺えない。


【……くそったれが。ゴミみてえに処理されるべきなのはテメェの方だろうが】

「急に正論を振りかざされても困る。君も似たようなものだろう。自覚はしているはずだが」


暗部にいたときの懐かしい空気があたりを包んでいた。
そして、垣根はやはり自己矛盾にたどり着く。
病院で目覚めて、自分が拘束されているのではないかと錯覚したとき。さきほどここで目覚めて、拘束されていたとき。
確かに価値を感じた。存在理由を自覚できた。
それはいつでも同じ。やはり自分はコンプレックスの塊なのかもしれない、と。


「私はそのエンジニアを含めた君たちを過小評価はしない。放っておけばいずれ面倒なことになるだろう。
 時期が今でないだけだ、そのうちに処理するよ。あれは君のデータを解析してプログラムを組んだのだろう?
 歳にもよるが天才的だな。評価に値する。会う機会がないのは残念だ」

【……は、相変わらずナメてやがるな。聞きてえことは山ほどあるが、その前にチンケなその胸に刻んでおきやがれ。
 ―――テメェはこの世に塵も残さずこの俺が処理してやる。あのときみてえにたっぷり絶望を味あわせてな】

「以前はそれが君の捨て台詞だったな。年甲斐もなく響いたよ」


反論すらしてこない。それもそのはず、垣根は別にこのような拘束をされていなくとも反撃などできない。
永遠に。たとえば目の先にいる男が濡れたタオルで自分の顔をつつめばそれですべては終わってしまう。
その程度の儚い命だ。

逆にいえば、だというのに何故自分をさらう必要などあるのだろう。何故思考を読み取れる?
どうやって自分の居場所を? 処理された、とはどういうことだ? この二人は自分にどの程度関与している?

疑問は尽きなかった。



404 : ◆le/tHonREI [saga sage]:2010/11/26(金) 13:56:27.11 ID:CUGG84Eo


「混乱しているな。無理もない。まあ、後で事情くらいは説明してやろう。私は学者畑の人間だ、堕ちても説明好きでね」


余裕の態度は崩れそうもなかった。
垣根はもう何かを聞く気も失せて、不愉快な車のゆれに身を預けてしまうことにした。

初春は無事だと言った。
信頼はできないが、信用はできそうだ。だからこそ次の発言が気になる。

なんとかしなければ。なんとかして……、どうすれば?


「あきらめないことは肝心だな。私も常日頃難題にぶつかったときはそう諭している。
 しかし君の場合は確率0の事象にしか思えないのだがね。―――そして未来も。君の居るべき場所はここにはない」

【……、こんなガラクタ集めにハマっちまってるとはな。救えねえゴミだ】

「自嘲的になったのは環境のせいか? 拡散力場が乱れているぞ。……まあ、確かに」


一呼吸おいて博士はこちらを振り返る。
にたり、と、およそ美学を追求する人間が浮かべる表情とは思えないそれを向けながらだった。


「ガラクタ、という表現はある意味正しい。君の体はガラクタだ。体はな」


………

……





412 : ◆le/tHonREI :2010/11/27(土) 21:24:48.49 ID:VzQzGSUo

                                     ※


「コーヒー、飲むかい」


木山春生が手渡したのは、初春が以前病室を訪ねたときに使ったカップ。時刻は夜の21:00を回ったところだった。
一同が会するのは木山が宿泊場所として一時的に借りている病院の一室だ。
病室とはいえそれなりに身辺整理がされていて、あたりには生活感が漂っていた。


「先生、ごめんなさい……」

「君に過失はないよ。許可を出したのは私だ」

「……、でも」


いいつつ初春はふと、木山の態度が気になった。
たしかに担当の研究者として彼女の言い分は正しいのかもしれないが、そうではなく、妙に落ち着いている。
まるでこうなるのを予期していたかのように。そういえば木山は垣根の思考回路を読み取る例のソフトを拝借したと言っていた。

思い当たるのは尾行されていたときのこと。
彼女ほどの頭脳をもってすれば、そこからこの事態は予測できていたのかもしれない。


「その割に落ち着いていますのね」


白井黒子が、居心地が悪そうにこちらを見ていた。若干刺がある言い方で声を出す。
壁に身を寄せて腕を組む様は、かつての敵を見るような視線だ。
もちろん最終的には諸悪の根源を初春らと叩き伏せたのだが、やはりこういったトラブルが絡むとあの時のことを思い出すようである。


「白井さん」

「わかっていますの。ですが初春。お姉さまも貴方もそうですが、人に対するガードが甘すぎますの。
 警戒する誰かがいなくては駄目だと思いますのよ」


曰く自分は露払い。ストッパーになる人間がいなくてはならないと。
立場が違うだけで、彼女が考えることは初春と同じなのだ。


「気にしない。警戒されて当然のことはしてきた。これから君たちがするべきことも、同じかそれ以上の緊張感が必要だろうしね」


口ぶりからしてある程度のことは把握しているようだ。



413 : ◆le/tHonREI :2010/11/27(土) 21:47:26.59 ID:VzQzGSUo


「何が起こっているんですか? 垣根さんは一体……」

「彼は暗部の人間だ」


視線を落として、コーヒーを飲みながら木山が言った。
暗部。耳にしたことはないが、目にしたことはある。垣根が発する思考の中に何度か混じりこんでいた単語だ。


「私も詳しいことは知らないし、この目で見たことはない。が、話によるとそれらは学園都市の影で行動する組織群の総称らしい。
 これは資料が少なくて人づてに聞いたことだがね。―――彼はその組織のひとつ、『スクール』という部隊のリーダーを務めていた」

「過去形ということは、今は脱退しているんですの?」

「おそらく。だが私たちが考えるよりもずっとそちらの世界は複雑なようだな。何せ統括理事会が絡んでいるくらいだ、
 彼が狙われる事情は定かではないが、任務はそれこそ表沙汰にできないようなことばかりなのだろう。何があっても不思議ではないね。流血や殺人など日常茶飯事だろう」


人を殺したこともあると垣根は言っていた。なるほど、と初春は無言で頷く。
聞いたら卒倒するくらいの“悪いこと”。初春は聞いていたことなのでそこまで抵抗がなかったが、一方の白井はそうではないようだ。


「……、そんな危険な組織を……、統括理事会は野放しにしているというんですの?」

「野放しというよりはもう少し積極的に指示を出しているようだな。詳細は定かではないが」

「初春、貴方はそれを知っていたと?」


全部ではないが、把握していた点もある。罰が悪そうに首を縦に振った。白井はそれを見るなりため息をついて肩を落す。
さすがにそれくらいは教えてほしかった、といわんばかりの態度である。
初春としてもこの辺は、せめてこんな状況になる前に教えておけばよかったと思う。


「それで、じゃあ、垣根さんはその、……暗部絡みの一件でさらわれたんでしょうか」

「確定はできないがそう見るのが妥当だろうな。……だが解せない点もある」


カップを置いて立ち上がると、木山はデスクの上においてあった資料を取り出した。
おぼつかない手で受け取る初春。表紙には太字で、“統括理事会:急患につき保護依頼”とのこと。


「……、ただの人間にこんな大層な資料を作るほど、理事会も暇ではないでしょう」


隣で白井がつぶやいた。まったく同感だ。



414 : ◆le/tHonREI :2010/11/27(土) 22:09:55.95 ID:VzQzGSUo


「一般人に見せていいものではないのだが、まあ君たちは特別だろう。ここを見てほしい」


木山は初春の手にある資料のページをぺらぺらとめくった。
行き着いたのは最後の部分だ。
そこに書いてあったのは、


「……『尚、本件に関して統括理事会は今後一切関与しない。不備があった際にはそちら側で処理されたし』」

「妙だと思わないか」


妙も何も、疑問符ばかりだ。白井が言っていたが、こんな大層な資料をつくったわりにはこちら側に丸投げ。
木山の話では統括理事会と暗部はかなり密接に関わっているらしい。
もしも彼が暗部にさらわれたならば、このような資料を作った理事会を疑うのが当然の帰結だろう。


「思わせて、やっぱり裏で手をひいているだけでは?」

「そう考えるとキリがないが、それにしても不自然だろう。主治医の話では彼は組織から追放されたことになっている。
 言い方は悪いが、理事会にとっては“用済み”であるはずなんだ。そもそもここまで予測していたならば最初から病院に預けたりはしないだろう?」


言われるとそれはそれで筋が通っているような気がする。


「……、つまりまとめると、垣根さんは暗部の人間であり、今回の件もそれに関係しているかもしれない。
 ですがそのセンでいくと、本来理事会から見放された彼を病院で保護させたという点に矛盾が生じる、ということですの?」

「そうだ。仮説ばかりで悪いがね」


木山の口癖になった台詞を聞いた。
初春も必死に頭をめぐらせようとするが、何度考えてもここにある素材だけで真相にたどりつくのは無理があるように思える。
可能性の話ばかりで、根拠となるものが何もないからだ。
あるのは垣根がさらわれた、という事実のみ。


「その通りだ。そしてここでアレコレ考えていても事態は好転しない。わかるだろう」


針を刺すように木山が言った。



416 : ◆le/tHonREI :2010/11/27(土) 22:29:01.08 ID:VzQzGSUo


「定石ではここは兵力にまかせて人海戦術でアテを探すものですの。初春、垣根さんの手がかりはありませんの?」

「えっ……、いや……、最後に通信があったのは……えっと」

「それを通報する際に伝えておきませんと」


聞いて、なんとなく違和感を感じてしまった。

人海戦術。つまりそれはアンチスキルに通報して彼を探索するということだ。
この時間に通報を受け付けている部隊があるのか。いや、あるだろうが、間に合うのか。
垣根の安否を危惧する初春としては、今すぐにでも行動したい気分である。誰かに任せるのではなく、自分の手で……。

悠長なことを言い出す白井になんとなく苛立ちを感じてしまった。その選択は正しいことは、正しいのだが―――。


「で、でも、事態は一刻を争いますし……っ! 私たちのほうが身軽だし、それに機動力が……」

「彼をその場で始末せずに誘拐したというなら、まぁすぐに何かあるわけではないと思うがね」

「それも可能性の話じゃないですかっ!!!!」


木山の落ち着いた声に激昂してしまい、机を叩いて大声を出す初春。
しん……、と空気が凍るのを感じた。
無表情に白井と木山が自分を見つめている。落ち着け、といわんばかりの表情で。


「……ごめんなさい……。こういうときこそ冷静に、ですよね……」

「いや、構わないよ。通報は私がしておこう」


言いながら木山は立ち上がった。
瞬間、何か白井に目配せをしたように見えたのは勘違いだっただろうか。
部屋に立ち込める重い空気。たしかに、こういった大掛かりな事情は専門分野の大人に任せるのがいいのかもしれない。
だいいち、自分は垣根のところに駆けつけたところで、何ができるわけでもない。
せいぜい言葉をかけて、彼とコミュニケーションをとるくらいのことだ。肝心の翻訳ソフトも、今はどういうわけか起動していない。
これでは人は救えない。こんなチンケな能力では……。


「―――さて、行きますわよ初春」

「えっ……?」


見上げた先では白井黒子が、彼女の太ももに常備されている武器を確認しているところだった。



417 : ◆le/tHonREI :2010/11/27(土) 22:40:54.22 ID:VzQzGSUo


「行くって……、どこにですか……?」

「……はぁ。定石、という言葉の意味まで忘れるほど呆けていたんですの?」


――― 定石。

将棋、囲碁で昔から研究されてきて最善とされる、きまった指し方。転じて物事をするときの、最上とされる方法・手順。
つまりそれは、私情を滅して、目的達成のために取るべき手はずのこと。

この場合、余計な行動はせずに、アンチスキルにすべてを任せること。
余計な行動は、せずに。


「―――クソ食らえですの。
 結果がどうであれ、本当に大切なものは自分で取り戻さなくては意味がない。そうでしょう、初春」


ツインテールの髪を書き上げて、白井は部屋のドアを開きながらこちらを振り返った。
うっすらと笑っているようにも見える。


「じゃあ、……え、え、さっきのは……?」

「ま、事後処理はわたくしたちだけでは面倒そうですし? 物事には順序というのがありますでしょ。
 ……アンチスキルに垣根さんを保護されて、この部屋で立ちすくんでいて、貴方はそれでいいんですの? 
 わたくしなら我慢できない。たとえ危険が及ぼうとも、人に任せて安心していられるほど大人にはなれませんのよ。
 だから、……行きますわよ初春。大丈夫、貴方を傷つけるような輩にはこの白井黒子が容赦しませんの」


手を差し出して、今度ははっきりと笑いかけた。
つまり白井は最初から“その気”だったのだ。もしかしたら初春を冷静にさせるために一芝居うっていたのかもしれない。
やられた、などとは思わない。信頼こそすれ、迷うことなく初春はその手をつかんだ。


「やるならば徹底的に。貴方の殿方に手を出したことを後悔して、一生のトラウマになるくらいにやってやりましょう」

「それは……、さすがに」

「あら、やっぱり初春は冷静かもしれませんわね」


冗談を返せるくらいになった初春を見てほっとしたのか、白井は向き直って部屋の外に出た。
手をにぎる音が聞こえる気がする。開戦の合図は思ったよりもずっと暖かかった。



419 : ◆le/tHonREI :2010/11/27(土) 22:59:53.45 ID:VzQzGSUo

部屋から出ると、通報を終えて戻ってきた木山が出迎えてくれた。二人をどこか遠い目で見つめている。
彼女も初春の心中を察していたらしい。尤も、本来ならば彼女の性格的に賛同してくれることはわかっていたのだが。


「もっていきなさい」


白衣から取り出したのは―――垣根のワイヤレス受信機、に似ている。


「これは?」

「15分だ。それ以上は絶対にやめるように。使い方は、君ならわかるだろう」


それからぶつぶつと、何かをつぶやきながら木山は部屋に戻ってしまった。手元に残された受信機を見つめて首をかしげる。
予備電源だろうか。そういえばそろそろ垣根の充電が切れる頃。
だが、15分……? 病院の廊下を歩きながら疑問を浮かべていると、


「ああ、大事なことを忘れていましたの」


不意に、白井が立ち止まってミニサイズの携帯を取り出した。
なれた手つきで携帯を叩く。


「ああ言ったものの、さすがに相手が木山のいうような組織絡みでは、わたくしと貴女だと少々戦力的に不安が残りますわね」

「……まったく、本来ならばこういったことには巻き込みたくないものですけれど、勝手に行動したらまた起こられますの。
 以前はそれでちょっとした喧嘩になってしまいそうでしたし」

「白井さん?」


独り言のような、愚痴のような。
それはやれやれというべきか、仕方ないというべきか、複雑な感情をはりつけたような声。


「――― 戦争には大砲が必要でしょう? ひとつで軍隊を蹴散らすくらいの、大砲が」


………

……





420 : ◆le/tHonREI :2010/11/27(土) 23:06:30.70 ID:VzQzGSUo

――――――

とある寮内。
パートナーが出て行った部屋で雑誌を読んでいた。

少し出てくるだけ、と言っていたがアレの少しは当てにならない。
嘘をつかれるのは自分のためを思ってなのだろうし、信頼しているからこそのそれなのかもしれない。
それにしたって、あからさまにやられるとどうもイライラしてしまう。出て行くときの表情に嘘はなさそうだったのだが。


―――これはただ自分が短気なだけなのか。大人にならなくてはいけないな。

この分だと面倒なことに巻き込まれているのかもしれない。
でも、あの子は何かあって、本当に必要なときにはきっと頼ってくれるはずだ。
自分が、そうするように。


余計なことを考えるのはやめて立ち上がり、そろそろ入浴を済ませてしまおうとした。


―――ヴー、ヴー……。


布団の上に転がる携帯が音をたてる。

読んでみると、その内容は丁度今しがた考えていたことと一致していた。
こういうときばかり予測はあたるもので、案の定も案の定。展開が分かり安すぎて納得してしまった。

立ち上がって、制服に着替える。ヘアピンをとめて、短パンをはいて。

そして―――


(――― 本当に退屈しないわね、この街は)


コインを投げて、つかんだ。


………

……





421 : ◆le/tHonREI :2010/11/27(土) 23:07:47.76 ID:VzQzGSUo

本日はここまでです。本当は昨日のうちに書き上げたかったんですが、遅くなってすいません。
説明部分には色々とわからない部分があるかと思いますが、そこは文才が足りないということで脳内処理してください。
では、また近いうちに。お疲れ様でした。



424 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/11/28(日) 01:59:17.85 ID:UYWo1kAO
最高位が一角のご出陣か



425 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/11/28(日) 02:05:24.32 ID:GDt0IJwo
彼女がこんなにかっこよく書かれたSSは初めて読んだ



426 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/11/28(日) 02:49:27.40 ID:w5Rocc.0
何気なく開いたのに気づいたら一気読みしてた
なにこれすごい




427 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/11/28(日) 12:54:41.45 ID:qfEx0HIo
はじめっから面白いのに尻上がりに面白くなっていくとかどんだけチートだよって思うわ・・・



438 : ◆le/tHonREI :2010/12/01(水) 17:53:25.33 ID:cyT2BqIo

                                       ※

数十分後、垣根帝督が搬送されたのは見たことのない大型の研究施設。学園都市のどこに位置しているかは分からない。
が、雰囲気から推測するに場所が表沙汰にされていないことは確かだろう。
どのみち暗部の人間が利用できる場所など限られている。

以前垣根たちは素粒子工学の研究所を襲撃したことがあった。あれは確か『ピンセット』の奪還を試みた際のこと。
とある能力者との戦闘によって破壊してしまったから、今あそこがどうなってるのかは分からない。
あえていうなら現在の場所はあの施設に少しだけ似ていた。もちろんそれは漂う空気の話だが。

                                バンク
「ここは電子工学の研究施設だ。以前は学園都市の『書庫』を始めとした情報管理素材の開発に使われていた。
 紆余曲折あって、現在この建物に駐在する者はいない。表向きにはな」


博士と呼ばれた男が垣根を乗せた担架のような、車椅子とは似て非なるモノを部下に引きずらせながら言った。
居心地の悪さはこの上なく最悪だ。
できることなら一刻も早くその目的を聞き出したいところだが、もちろん拘束されている身としては自由に話題を進めることはできそうにない。

文字でのやり取りはなんだか歯がゆかったりする。それは初春と対話していても同様だ。
博士は廊下を歩きながら、査楽の他、何人かの研究員らしき男たちに指示を出していた。


「すぐに始める。解析の準備はできているな」

「はい。ですが博士―――」

「なんだ、問題があるなら言いたまえ」

「いえ、散布したナノデバイスから情報が入りまして。どうも査楽氏が逃がした輩が、」

「問題があるなら、言いたまえ」

「あ、いえ……、し、失礼しました」


必要なことだけ簡潔に述べろ、という意味らしい。
立場がはっきりしているな。と垣根は密かに思った。

              アンダーライン
ナノデバイスというのは『滞空回線』のようなものだろうか。この男なら開発してもおかしくない。
もっともアレイスターが敷いている実際のネットワークほどの緻密さはないだろうが。



439 : ◆le/tHonREI :2010/12/01(水) 17:56:11.50 ID:cyT2BqIo


思ったのはそれだけではない。

査楽が逃がした、ということは、おそらく追っ手として誰かがここを探索しているということか。
もしもそれが自分の奪還を目的とするものなら、おそらく初春は無事なはず。メッセージは届いたということ。
これだけなら希望的観測とも聞こえそうだが、こんな短時間に都合よく追跡者が現れることは常識的に考えてもありえない。
これで十中八九、彼女の安否を確認できた。


「何をほっとしている? さすがに迎え撃つまで待っているような性分ではないぞ。大切な友人なんじゃないのか」

【……バーカ、来ねえよあいつは。そこまで馬鹿じゃねえ。来るのは通報を受けたアンチスキルが関の山だろ。
 加えてやつら相手にド派手にやらかした場合、都合が悪いのはテメェらだ。こんな場所に連れ込んだのは失敗だったな? 
 戦闘部隊が総動員されりゃあ、重火器であっという間にぶっ潰されちまうぜ】

「さて、どうだろうな。さすがに『オジギソウ』を都市内で遠隔操作するには距離が離れすぎているが、
 処理する時間は問題ではない。君の解析さえ終わってしまえばなんとでもなる」

【あ?】


博士は言うなり目をつぶると、口元をつりあげて微笑を浮かべた。


「ほう。たった三人か。くっくっく、吉報だよ垣根少年。それなりに人望はあるようだな。アンチスキルよりもよっぽど頼もしいじゃないか」

【………!!】


バカ春。何を考えている。
それからは思考が停止してしまった。



440 : ◆le/tHonREI :2010/12/01(水) 17:59:08.24 ID:cyT2BqIo


「査楽」

「ま、そうなるでしょうね。やられっぱなしはさすがに嫌ですし。殺しても構いませんよね」

「侮るな。さきほどの戦闘の二人ならば数で圧倒できるだろうが、残りの一人はおそらくレベル5の『超電磁砲』だ。
 お前程度では手に負えんだろう。時間を稼げればそれでいい」


査楽と呼ばれた男はそれっきり返事を返すことなく、その場から消えた。

一方の垣根は会話に違和感を覚えていた。

こちらの動向が伝わっていたのはナノデバイスによって理解できるが、なぜリアルタイムで情報が分かる。
見る限り博士は垣根の思考を読み取るパネルのようなものを見ているだけである。
サイボーグ、という言葉が頭の中をよぎったが、次に聞いた台詞はそんな垣根の予想を大きく上回るものだ。


「君と同じだよ。私の頭脳はあの箱の中だ」


箱。大型サーバー“ANGEL”。このタイミングで頭脳という単語が出てくるとしたらそこしか考えられない。

ということは、この男も電脳空間の中にいるということか。


「頭の回転は衰えていないようだ」

【バカな。テメェが俺と電脳空間を共有しているってのか? ありえねえ】

「それは少し表現が違うな。正確には君のホストにあたる存在だ。


    ―――私はもとから脳をデータ化している。君と最初に会ったときからずっと、な」


【何?】



441 : ◆le/tHonREI :2010/12/01(水) 18:05:15.62 ID:cyT2BqIo


「私から見た君は『下位個体』。……ああ、ハッキングをかけようとしても無駄だ。今の君はあちら側に戻ることはできない。
 君の脳波を双方向にするのも単方向にするのも私次第だ」


つまり、自分の心と体は今現在この腹の立つ男の傘下にあるということか。
なんのことはない、この男も心と体をバラバラにしていたのだ。自分と同じように。
そして推測するなら、自分をこのような体にしたのもこの男だろう。

たしかに、電子化した脳ならば今までの情報の筒抜け具合にも納得できる。
リアルタイムで散布したナノデバイスに脳波を飛ばせば、この街のいかなることでも見通すことができてしまう。まさに千里眼だ。
査楽が以前自分たちを追跡していたのは隙あらば今日のように自分と初春を処理しようとしていたからだろう。

あの日に二人が離れる機会はないと見て踏みとどまっていたのか。

だが、それでも疑問は残る。なぜこいつは五体満足でしゃべることができる?
そして、一体何のために自分を回収しようとしていた?


「君を再び回収することになるとは思わなかった。やはり若さが持つ発想力はすばらしい。
 そうでなければ君はもう用済みだったんだがな。このパネルは例のプログラムを解析して君の思考を正確に読み取っているのだよ。
 こちらの受信機といい、翻訳機といい、見事だな。いかんせんバッテリーの燃費が悪いのが難点だが」


そちらは木山が開発したものと知ってか知らずか。いずれにしろ博士は最大級の賛辞を送っていた。


「あの娘―――初春飾利は天才だ。
 何をもってその才能が開花したのかは知らんが、この私が断言する。それも金メダルを授与したいくらいのな」


時間は四時間をとうに回っている。
それでも回路がこちら側に止まっているのはバッテリー部分を手持ちの電子パネルで消費しているということだろう。
根拠のない推論を展開する垣根。だが、そこは重要なポイントではない。


【……、テメェの汚ェくそまみれのメダルなんかあいつは欲しがらねえよ。やはり最初から初春のこと知ってやがったんだな】

「もちろん君を観察していた途中で知っているだけだ。面識はない」


願望はあるがな、と言い残して博士は廊下を進んでいく。



442 : ◆le/tHonREI :2010/12/01(水) 18:11:03.88 ID:cyT2BqIo

――――――

やがて垣根を乗せた担架は広大な研究室―――、いや、実験室に運ばれていた。
あたりを埋め尽くすのは数えただけで100はありそうなモニター。
ソフトの起動実験にでも使われるものだろう。
中央を起点として放射線状に広がる画面と机は、無機質ではあるのにどこか有機的な不気味さを放っている。

垣根はその中心にある椅子に座らされた。彼を見つめるのは数多の研究員と、身を不思議な装いにつつんだ戦闘員らしき人物たちだ。


「さて、どこから話そうか」


博士は垣根の目の前に腰を落とした。


【……、何のために俺を回収した】

「至極単純な理由だ。君を生体兵器として利用するためだよ。来るべき戦争に備えてな」

【戦争?】

「順を追って話そうか。 ―――君はあの日、第一位によってその体を破壊された」


ぎり、と言葉と共に歯軋りをする垣根。
今の今まで忘れていた、苦い記憶。血の匂い。あの時の光景。五感にさわるすべてがフラッシュバックする。


「我々がアレイスターの命によって動いていたのは知っているな。
 脳がもとから電子の塊であった私に死という概念は存在しない。これもただの入れ物だ。
 体がなくなっても入れ物を変えるだけで何度でも復活できる。
 極秘裏に君を追跡していた我々は、あの戦いの後君を回収することに成功した」

【……、】


思い当たるのは以前、心理定規が言っていた例の話について。
ピンセットをめぐる一連の騒動のあと、自分は学園都市に回収されたことになっている、という話。
自分がここに存在している以上、ふざけたデマだと思っていた。あくまでも、思っていた。過去形。

混乱する頭をどうにか冷やしてみる。が、思うようにできない。
様子を見た博士は立ち上がると、何やら近くにいた研究員に目配せをした。



443 : ◆le/tHonREI :2010/12/01(水) 18:18:14.03 ID:cyT2BqIo


「回収した君の脳を電子化することはそんなに困難なことではなかった。いくら超能力者といっても元は人間だ。
 能力を伸ばすのでも発現するのでもなく、単純に移植するだけなら大したことではない。
 ……アレイスターはもともと未来を予見する力に秀でた存在だ。
 あの日のいざこざによって今後存在するであろうイレギュラー分子を始末するため、
 君は意志を持たぬ生体兵器としてよみがえるはずだった」


垣根はこのとき、本来感じるべきモノを感じることができなかった。
それは、あれほど渇望していた己の価値。
奇しくも自分はいまだこの腐った街に必要とされるほどのなにかを宿していたというわけだ。
だが、それはこんな形ではない。言わずとも本能で理解している。


「副産物としてチャチな兵器はいくつか造ることができたが、本体の君に動いてもらわなければ話にならない。………が、そこで問題が生じた」

「脳を移植することには成功したが、どうあがいてもこちらの世界に君を導くことができない。
 何が原因かはわからないが、バグのようなものがあの箱に存在しているらしく、どうやっても君の体は活動を開始しなかった」

【人の体と電子脳をつなぐなんてこと、そんな簡単にできねえだろ】

「我々の技術をもってすれば、五体満足で動けるのが普通なのだよ。これもナノデバイス。あとはわかるだろう」

【……! まさか、大気中に散布したネットワークで自律神経を……?】


以前戦ったときからナノテクロノジーに関する造詣はそれなりに深い様子だった。
シナプスと呼ばれる構造を模した擬似的な神経回路。理屈では理解できても、実感はない。

もちろん博士の場合と垣根の場合では勝手が違う。
垣根の神経をつないでいるのは単純な有線回路、もしくは幻想御手を模した木山のネットワークによるものだ。


「現に君以外は問題なく作動している。君だけが特例なんだ。
 ―――さて垣根少年。先ほど私は“君の体”という表現を使った。
 だが、君は一体全体、自分が自分であるとどうして主張できる?」

【どういう意味だ? 俺はここにいる。脳が電子化されようが、体はここに】

「だからこそだ。その体が君自身だと、どうして確信できる」

【―――?】

444 : ◆le/tHonREI :2010/12/01(水) 18:19:42.16 ID:cyT2BqIo

ぎぎぎ、と運ばれてくるのは大型の筒のようなもの。
棺に見えたのは垣根帝督の精神状態のせいかもしれない。

それを運んでくるのは博士から合図を受け取った研究員だった。

垣根の前で足を止めた男は、ゆっくりとその扉を開く。



ゆっくりと、ゆっくりと。



そして、




そこにいたのは。



【―――ッ!!!!】



とっさに『心理定規』の台詞が頭で響く。


―――正確には、“回収されていることになっている”。

―――脳みそは三つにわけられて、内臓をおぎなうために大きな装置を取り付けられた状態。

―――想像できる? 私には無理だったけれど。




はたして、“本物の”垣根帝督がそこにいた。


「そういうことだ。君の今の体は垣根帝督ですらない。ただの入れ物。偽者のガラクタさ」



445 : ◆le/tHonREI :2010/12/01(水) 18:22:53.95 ID:cyT2BqIo

絶句したまま己の体を見つめる垣根。
それは彼女が言うとおり想像の範疇を越えた姿をしていた。

むき出しになった己の脳。奇妙に捻じ曲がった体。内臓をえぐるように取り付けられている装置。

これは最早人間として原型をたもってはいない。ゴミだ。産業廃棄物の類だ。

――― だが。


【……はっ、ははハはハ………】


今更それがどうしたというのか。哲学的な博士の問いに答える必要などどこにあるのか。
答えたところで未来が変わるのか。今が、変わるのか。
そんなことは到底ありえない。あるのは絶望。広がるのも絶望。
この世の底から彼方まで、闇を宿した水平線がどこまでも続いているだけだ。


「さすがだな。一瞬乱れた拡散力場がすぐに収束した。
  ……今の君の体はエンコードされた脳をインストールするためにに造られた特別な個体。
 要するにクローンだ。いわば意志を持たない傀儡」


それはあの日、あの戦いの後、目覚めてすぐにひらめいたことだ。
垣根帝督の体は垣根帝督であってそうではない。本物は、目の前にある、―――ゴミ。


【……、俺を再び回収したのは、初春のシステムで意志疎通が可能になったからか】

「その通り。もっとも君の複製ならばいくらでも作れるし、実際に個体は何百と量産した。
 だが、理解不能の言語を話し、半身不随とはいえ体を動かせたのはこの個体だけだ」


垣根を取り巻く座標上に点在していたプロットが、次々に線で結ばれていく。
そこに爽快感はない。あるのは喪失感。何か大切なものが崩れ落ちるような。


「あのプログラムを応用して君を解析すれば、生体兵器として量産できるかもしれない。
 もともとあの病院に君を預けたのは、垣根帝督の死亡を病院側の不手際として処理させるための口実だった。
 だが状況が変わってな。今からでも君を使えば当初の計画にシフトすることができる。言っただろう、レベル5など何体でも作れるとな」

【………】


吐き捨てる台詞もない。
おそらく自分以外の複製は病院にすら入れられずに処理されていることだろう。



446 : ◆le/tHonREI :2010/12/01(水) 18:28:19.69 ID:cyT2BqIo

…… あの病室で目覚めたときの錯綜した記憶。今考えてみると妙だった。
そこが研究施設なのか病室なのか、どうして見分けがつかなかったのか。
答えは簡単であり、電子化された脳が一種の錯覚を起こしていたに違いない。


【戦争ってのはなんだ。まさか世界征服でもしようってのか】

「今の君に言っても仕方ないが、……まあいい。自我をなくす前に教えてやる。
 今からそう遠くない未来、この世界は三度目の大戦を経験することになる。これはほぼ誤差なしに決定していることだ」

【……アレイスターのくそったれだな、絵を画きやがったのはよ】

「細かいことは知らんよ。私は末端の構成員にすぎんしな。


   ―――だが」


博士が右手を振り上げると、目の前にあった“垣根帝督”は音もなく崩れた。
『オジギソウ』。特定の周波数に応じて反応する合金粒子。


「こうして君を壊すことはたやすい。絶望したかね?」

【あてつけのつもりかクソ野郎。せいぜい安い優越感に浸りやがれ】


垣根の台詞が届いていたのかいなかったのかは分からない。
博士は再び目で合図をすると、今度は垣根帝督の視線にその濁った瞳を合わせた。


「はじめようか。君にとっては二度目の絶望だ」


三度目だよ、と言い返す間もなく“兵器”への道が開かれていった。
彼が祈るのはただひとつ。

超電磁砲だのジャッジメントだの、かかわりのない他の奴らが犠牲になろうがそれは知ったことではない。

ただ。
馬鹿でお人よしのあの女だけは、ここにたどり着いてほしくない。それだけだ。


………

……





458 : ◆le/tHonREI :2010/12/03(金) 12:44:01.34 ID:JGVoBi2o

                                   ※


「『やっぱりな』が3割、『ふざけんな』が7割ってとこね」


夜の公園、ちかちかと点滅するライトの下で御坂美琴が口を開いた。
表情からは疲れと怒り、それに決意の光が等分されて瞬いている。

白井の提案によって会した彼女たち。
今後の行動、および垣根の探索方法について会議をしているところだ。

夜の街は確かに危険である。
が、白井が言うところの“大砲”を携えた今、下手に室内にいることは得策ではないと判断した結果だった。



「お姉さまはご存知でしたの? 暗部、という組織群について」

「知らなかったわよ。でもまぁ、……私も色々と見てきてはいるから。今更驚いたりはしないかな」

「……、」


色々、の中身については聞かずにおいた。
白井も白井で、御坂には言わずに危険に身を投じたことはある。
すべてを共有することが必ずしも信頼関係を築く条件になるとは限らない。

話したいことがあれば、話す。そうでなければ、聞かずとも信じる。
初春に言ったような関係はここでもしっかりと息をしているようだ。



459 :続き ◆le/tHonREI :2010/12/03(金) 12:45:49.71 ID:JGVoBi2o


「最後に通信があったのはこの場所?」

「はい。さっき説明したとおり、垣根さんの体は『幻想御手』の改良品を介して脳波を受信しています。
 私の翻訳プログラム自体はサーバーから直接彼の思考を読み取るものなんですけど、
 逆を辿って彼の体にアクセスすることも理論的には可能なはずなんです。
 通信が切れた、というより、痕跡がなくなっていた、という表現の方が正しいかもしれません。
 ……まるで妨害が入ったかのように」

「ふーん……」


御坂は言うなり遠い目をしてあたりを見回す。
何かを探しているような雰囲気。雰囲気だけで、意図はわからない。
真剣な面持ちでそれを見る白井、緊張しながらどぎまぎと二人を見比べる初春。

学園都市の夜の公園は意外と薄暗い。元々夜に外出することを前提として設計されてはいないのだ。
レベル5とレベル4の二人がいるとはいえ、これから起こるであろう出来事は浮ついた気持ちで乗り越えられるはずがない。
それでも周囲の様子も重なって、何かすっきりしない、落ち着かない。

初春が感じていたのは漠然とした不安感だ。垣根を救うという使命感を加味しても、やや足りない。
それは何よりも、彼女自身が己の無能さについて自覚しているからである。


「……うーん、恣意的なジャミングが入ってるなら、ソースを特定しないと私の能力でも追跡できそうにないわね。
 場所に心当たりはないの?」

「はい……、すいません……」

「暗い顔しないの。初春さんがいなかったら、こうして私たちが集まることだってなかったんだから」


言いつつも視線はやはり彼方を見つめたままだ。

……彼女は何を探しているのだろうか。



460 : ◆le/tHonREI :2010/12/03(金) 12:48:09.84 ID:JGVoBi2o

やがて自分を見つめる後輩二人に気づいたのか、御坂は目をぱちぱちさせてから微笑を浮かべた。
これではフォローになっていない、と思ったようである。


「……それにしても、意外だなー。初春さんに先越されちゃった。
 あ、変な意味じゃなくってね。なんていうか奥手そうだし、はは」

「……、お姉さま、やっぱり……」


びくっ、と体を震わせる御坂。
初春は会話の意味が理解できず、視線の意味を変えた白井と御坂を交互に見比べている。
見比べられた当の御坂は、慌てふためいて苦しい弁解を始めた。


「ち、ちがうわよ。別にあの馬鹿と比べたわけじゃなくて」

「……、わたくし、まだ何も言ってませんの」


あの馬鹿、とは誰のことなのだろう。
初春は初春でいきなりの話題転換に驚いたが、すぐに励ましてくれているのだと理解した。

御坂美琴は意外にも後輩や年下の人間に対して友好的な少女である。
白井のような癖がありすぎるルームメイト以外には、道端でバイオリンの指導をしてあげてしまうくらい、おせっかい焼きで世話好きなのだ。

きまりが悪そうに顔をひくつかせた御坂は、呆れ顔の白井を見てやや後ずさりをしていた。


「う……。ね、ねえねえ初春さん、それでどうなの? 結構いいかんじなの??」

「いいかんじって……、いつの時代の言葉ですの……? だいたい、初春ごときがそんなに進んだ関係にいたってるわけがありませんの。
 せいぜい手をつないでルンルンくらいのオチですのよ。ねえ初春?」

「わっ、わっかんないじゃないのよそんなの! 今時手をつないだくらいでこここ、恋人とかそんなわけないじゃない馬鹿じゃないの!
 ま、まああれよね、か、間接キスくらい……、ね、初春さん?」

「……、…………、えっと……」


話題を振られるなり、初春は一瞬目を泳がせた後、……顔を真っ赤にしてうつむいた。
薄暗いライトの明かりに照らされて、下唇を噛んでいるのがよくわかる。
名門中学の女生徒二名はそれを見て、「「え」」とほぼ二人同時に驚き、そして、絶句。

何か踏んではいけない地雷というか。文字通りこちらが爆死するようなネタを振ってしまった気がした。
目を点にして初春を見つめる二人。



461 : ◆le/tHonREI :2010/12/03(金) 12:50:22.26 ID:JGVoBi2o


「………、」

「………、」

「…… あっ!! ち、ちちち違いますよ!? そういうのじゃないんです!! 
 お風呂に入ったのだって患者と介護士としてだし、決してそういう邪な感情は―――」



「おっ」
「ふろっ!?」



今度は魚雷を投げつけられた気がした。

お風呂。お風呂とはすなわち、お風呂のことだろうか。お風呂ちゃんまじお風呂。

御坂と白井の脳内で瞬時にとても放送できそうにない映像が広がる。
白井はやや青ざめた顔、御坂はりんごのような赤い顔。
二人そろって綺麗なコントラストを演出していた。


「ま、まあ……、つ、付き合ってるわけですし……」

「つつっつ付き合ってないですよ!! 何度も言ってるじゃないですか!!」

「そ、そうよね。それくらいは……、し、してるわよね……」

「違うんです誤解です!!! というか今はそんなことを話してる場合じゃなくてですねーっ!! ―――あ」


最後に初春が素っ頓狂な声を発して、会話が途切れた。

もちろん聞いていた御坂と白井は『こ、これ以上どんなトンデモ話が……っ!?』
という中学生としては至極当然な思考回路で会話の流れを予想していたのだが、内容は再び180度回転して、元の話題に戻っていた。



462 : ◆le/tHonREI :2010/12/03(金) 12:51:28.84 ID:JGVoBi2o


「これ、木山先生からもらったんですけど……」

「? なにそれ、ポータブルCD?」


初春が取り出したのは木山に渡されたイヤホンつきワイヤレス受信機。
意味深な言葉を残して渡された一品だが、バッテリー交換のために持たせたのだと推測できる。
使い方、という言い方がやや気になるが、初春が言いたいのはそういうことではない。


「これにも垣根さんの脳波が飛んできているはずなんです。
 ということは、こちら側を解析すれば垣根さんにアクセスできるかも。
 ジャミングされているのは多分、垣根さんが持っていた受信機を介してですし」

「……、なるほど、サーバーから分岐した脳波を読み取るということですのね。
 確かにお姉さまの能力と初春のスキルを合わせれば、できないことはなさそうな……」

「はい! 御坂さん、これならなんとか場所の特定くらいは―――」


しばらくぶりの笑顔を御坂に向けて、異変に気づいた。
さっきまで顔を真っ赤にしていた中学生の女子は、今はもうそこにいない。




いたのは、レベル5の、――――――“超能力者”だ。




「その必要はない―――みたいね」



463 : ◆le/tHonREI :2010/12/03(金) 12:54:07.72 ID:JGVoBi2o

額に皺をよせて初春の後方を見つめる御坂。
白井もすぐに異変に気づいたようだ。こき、と首をならして腕まくりをする。


そして最後に、初春飾利が振り返った先にいたのは、


(――――――ッ!?)

「そんなに驚かないでくださいね。まあ、その反応は嫌いではありませんけどね」


『死角移動』と名乗ったダウンジャケットの少年。
それだけならばまだ驚かない。

初春が驚いたのは、そこではなくて、人数とその容姿の問題だ。


数えたところ、同じ顔をした人間が10人いる。それも全く、同じ表情で。
まるで合わせ鏡の中の世界にいるような、奇妙な存在感。
初春は自分の足が少し震えていることに気づいた。


「――― はぁ、ホンット、胸クソ悪いわ」


御坂が呆れたように言い放った。見る限りあまり驚いているようには見えない。

こちらはただただ、慌てふためいて情報整理をするのが精一杯。
どうもこの事件に関わってから自分は驚くことが多すぎる。
ジャッジメントの仕事をしていてもここまでの驚愕はなかなか味わえないというのに。


「貴女が『超電磁砲』ですね。確かにこれは、時間稼ぎするだけで精一杯かもしれませんね。
 ―――ああ、それと初春飾利さん。受信機を辿っても無駄ですよ。博士は彼の脳波自体をジャミングしている。
 アクセスできるのは特殊な方法のみでしょうね」

「……、博士……?」


464 : ◆le/tHonREI :2010/12/03(金) 12:58:13.70 ID:JGVoBi2o

続きを話すのは、また別の少年。


「貴女を殺すだけならすぐにできそうですね。面倒ですから先に処分してしまいましょうか。
 人質としても使える。戦闘能力のない、頭でっかちの貴女はこの場所にふさわしくありませんからね。
 つまり我々にとっては玩具という名の有用品、あなた方にとってはガラクタという名の不用品です」


ぎり、と拳を握る初春。そんなことは自覚している。自分でも何度も反芻しているし、御坂や白井もふくめて、それこそ周知の事実だ。

だからこそ、悔しい。
あんたなんかに何がわかるといってやりたい。不用品だからどうだっていうんだ、と。

そして―――できることなら自分の力で救い出してあげたい。
彼を。寂しがりの、垣根帝督を。それができないから、今こうしてここにいるというのに。

―――それでも結局、無能だ、自分は。何もできないことに、変わりはない。だけど、だけど。


「やってみせなさいな」


うつむきそうになった初春の視線を上げてくれたのは、肩にのせられた白井の手だった。
まっすぐと査楽を見つめて、一歩踏み出してから白井は言う。


「……こちらとしても、貴方みたいなゴミ男が来てくれて好都合ですの。死ぬほど痛めつけて洗いざらい吐かせてやりますのよ」


続いて、御坂。帯電した電流を小刻みに漏出させて、目をつぶったまま、話す。


「悪いわねー、とある事情で同じ顔をした人間を見ると頭に血がのぼっちゃうのよ。
 アンタ自体に罪があるかどうかはわからないけど、―――逃がさないわよ」


御坂が目を開いた瞬間、響くのはビリビリビリィッ!! という空間を裂く音。それが開戦の合図だった。


「いきますよ。ショータイムですね」



465 : ◆le/tHonREI :2010/12/03(金) 13:00:00.26 ID:JGVoBi2o

瞬時に10人の人間が目の前から消える。


キルポイント。名の通りの能力。


襲われたときもそうだった。不意打ちに特化した能力だ。
喉は一時的に冷やして、応急処置をすることでなんとか発声できるようになったが、今度は助かるかどうか。

初春はこれから、この場所で想像を絶する血みどろの戦いが繰り広げられると想像していた。
たぶん御坂と白井の二人は自分を守りながら戦うだろう。


…… 自分は足手まといだ。もしかしたら自分がいることで戦況が不利に働くかもしれない。
時間稼ぎと査楽は言っていたが、自分のせいで二人が傷を負ってしまったらどうしよう。

どう行動するのが最善なのか。取るべき選択肢は。


―――すべて杞憂だった。





「がっ ―――!?」






初春が視線を思考の向こう側へと飛ばしている一瞬で、すべては終わっていたからだ。



466 : ◆le/tHonREI :2010/12/03(金) 13:03:12.56 ID:JGVoBi2o

かろうじて見えたのは断片的な映像だった。

御坂が裏拳で背後の査楽の顔面を殴り、
続いて右後ろ、左後ろの上空から襲い掛かろうとする人影が電撃をあびて崩れ落ち、
白井がそのうちの一人をヘッドロック、すぐさま両手で拘束する。
他の9人は地面に倒れたまま動かなくなった。

といっても、すべては結果から予想される顛末にすぎない。

勝負はまさに刹那のうちに、ついた。


「死ぬほど手加減してやったわよ。この後どうするかはアンタの返答で決める。起きなさい」


地面にうずくまる査楽の髪をつかみながら、御坂は極めて冷静に言葉を吐いた。
その背中には少年の両手に関節技を決めて、自由を奪う白井がいる。
断続的に痛みを与え続ければ、さすがの査楽といえども逃げることはできないからだ。


「キル・ポイント。なるほど、やはり死角に入り込む能力ですのね。ですが相手が悪かったようですの。お姉さまの能力に360度死角はない。
 ―――わたくしですの? 死角からしか攻撃してこないなら、逆に行動範囲を狭めているだけですのよ、お馬鹿さん」

「……ぐ、これは……、さすがに驚きました……、ここまでだとは……っ…数が……少なすぎましたか、ね…」


言ったところで、地面に倒れる少年にゆっくりと顔を近づけた御坂は髪をつかむ手のひらに一層の力をこめた。


「1000人いても結果は同じよ。垣根さんとやらをどこにつれていったの? 
 三つ数える間に答えたほうが身のためだと思うけど。灰になりたくなかったらね」


どっちが悪者だかわからないような発言をする。
が、おそらくそれはハッタリだろう。御坂は簡単に人を殺せるような生き物ではない。

自身が圧倒的優位にある際、交渉する上で大事なのはプレッシャーを与え続けて選択肢を削ること。
初春は御坂の行動に舌を巻いていた。これは誰が相手でも情報を吐くしかない。

―――あるいは、他の要因が彼女に作用していて、過激な発言をさせたのかもしれないが。



467 : ◆le/tHonREI :2010/12/03(金) 13:05:48.69 ID:JGVoBi2o


「いち」

「う……ぐ………」

「にい」

「短いショータイムでしたの。返金は結構ですので、返事をくださいな」


コインを査楽の額にあててカウントを始める御坂美琴。

白井はそれを見ても表情をまったく変えなかった。
すべては垣根帝督奪還のため。逆に逃げられないようにつかんだ腕をさらに締め上げる。
対する御坂は演出のつもりか、周囲に電撃を撒き散らした。

圧倒的なプレッシャー。視線を含めたすべてが二人を演出している。

完全に確立されたコンビネーションだった。
この二人のやり取りには一分の隙もない。

どこでこんな動きを覚えたのか。初春は何か、二人の暗い部分を垣間見たような気がした。



「さん」

「―――仕方ありません、ね………」



ビリィッ!!という音を立ててまた空気が裂ける。御坂は電撃をあびせて気絶させるつもりだったらしい。
が、そこに査楽の姿はない。文字通り、音も立てずに消えた。

服だけを、残して。


「……!? 消えた……? いや、くずれ、た……?」

「テレポート……ではないですわね。自壊?」

「………、みたいね」


御坂が首を振って白井に合図をする。
初春もつられて周りを見ると、今までそこに散らばっていたはずの9体の人間が、同じように服だけを残して消えていた。



468 : ◆le/tHonREI :2010/12/03(金) 13:09:02.54 ID:JGVoBi2o


「寮にいたときも……、消えていましたよね」

「ええ。ですがあれは他の人間……、まぁ、さきほどのコピー人間にやらせたと考えるほうが妥当でしょう。
 これは少し、勝手が違う」


初春から見ていてもその消え方は明らかに不自然だった。
建物の風化をハイスピードで再生したような、消え方。
同じ顔をした10人の男たちといい、謎は深まる一方だ。


「それよりも、垣根さんの居場所に関する重要な手がかりが……。
 初春の受信機も使えないといいますし……、ひとまずは病院に戻って―――」

「大丈夫、手がかりならもらったから」


え? と答える白井と初春。
御坂美琴は立ち上がった後、再び当初の視線を取り戻していた。遠い目。
何かを探しているようだったそれは、一点に留まって空を見つめている。


「今のバカの体からは磁力線に似た波が常時放出されてた。崩れる瞬間、一斉に収束する光の道が見えてね。
 おそらく電気的な何かを使って遠隔操作、あるいは電波を受信していたみたいね。言ってなかったっけ? 私、そういうの目視できるの。
 ここに来たときは垣根さんの波の痕跡をさがしていたんだけど。―――光が伸びていたのは、あっち」


指差した方角をにらみつける。


そういえば以前白井から聞いたことがある。レベル5のエレクトロマスターともなれば、電磁力線をその目で追うことができるとかなんとか。
瞬時に伸びた光を見逃さなかった御坂の慧眼に脱帽する初春だったが、今はそんなことを考えている余裕はない。
一刻も早く、たどり着かなければいけない場所があるから。



469 : ◆le/tHonREI :2010/12/03(金) 13:12:01.47 ID:JGVoBi2o


「研究施設か何かじゃない? ま、手当たり次第にぶち壊してもいいけど、近くにいけばそれらしきものは見つかるはず。
 急ぎましょ。初春さんのこともそうだけど、個人的に気になることが増えたから。

  
       ―――ことと次第によっては、徹底的に潰す」



「……、お姉さま、さっきの電撃は……」

「黒子、テレポート。急いで」


それ以上は追求しなかった。


白井が感じていた違和感の正体は、その威力についてだ。
もちろん手加減はしていたと思うが、あれはハッタリにしては強すぎた。
鍛えられていない人間ならば下手をしたら重大な障害が残ったかもしれない。


御坂の演算能力は学園都市でも最高峰のものだ。演算を誤ったとは思えない。

それはおそらく、感情的な問題。

妙に落ち着いていた態度が、青く燃える炎を彷彿させる。
本来ならば竹を割ったような性格の彼女から発せられた、機械的な言葉の数々。

御坂をそうさせた理由。意図。意味。考えても答えはでないだろう。だが、ヒントはある。


一方の初春は、垣根に渡すべきワイヤレス受信機を握り締めて、決意を新たにしていた。
これからいくところでも戦闘は避けられない。それでも行かなくてはいけない。


(……垣根さん―――!)


見上げた先の空はまだ、暗かった。



477 : ◆le/tHonREI :2010/12/04(土) 06:12:53.73 ID:PqEzWDIo

――――――

目標にたどり着くまでに費やした時間はものの数分だった。
夜空を舞うテレポーター。機動力に関して右に出るものはそうそういない。

そうして三人がやってきたのは、見るからに無機質な佇まいをそこに模した、建物。


「ここは……?」

「……、電子工学の研究施設。それも旧来の」


御坂美琴は施設の入り口に立って、これ以上なく苦そうにつぶやいた。心なしか視線が少し泳いでいる。
それは探し物をしているようなものではなく、動揺しているようなものでもない。
あえて言うなら、何かを推察をしているときのもの。


「なぜここに……、いや、どう考えても正規の研究が続いてるとは思えない……」

「……、」

「裏でコソコソと……、まさかまた馬鹿げた実験でもやろうっての……!? あれだけの犠牲を払っても、まだ……!!」

「お姉さま」


張りのある声で御坂の思考を断絶する白井。
瞬時に泳いでいた目が定点に戻る。

初春は御坂にとって、白井黒子という人間がいかに重要な存在かを改めて知った。
自分が言えた義理ではないが、御坂美琴という人物はなんというか、いい意味でも悪い意味で直情的である。
力におぼれるような人格は宿していないとはいえ、その戦闘力や正義感はときに無茶を誘発することもあるだろう。

そんなときには第三者の鶴の一声が必要になるものだ。
自身は露払いであると自称した白井。こんなところでも彼女は冷静さを保っていた。


(といいつつ、実は熱血少女なのも知ってるけど)

「初春……、貴女って人はどうしてそんなに分かりやすく顔でしゃべるんですの……?」



478 : ◆le/tHonREI :2010/12/04(土) 06:14:09.29 ID:PqEzWDIo

盛大につっこみを入れたいところだったが、そんな時間はすぐになくなった。
施設の入り口に会する三人の前に、ぞろぞろと、奇妙な装いをした“何か” が姿を現したからだ。
その数はおそらく十数人。身長はそれぞれ優に180を越えていた。

即座に構える三人の能力者。対する相手の第一声は、


「お引取り願おう。言っても無駄だろうが」

(……、見たこともない部隊)


奇妙と描写した理由。
それは彼らの身にまとう仮面のようなもの。
のっぺりとしたそれは金と白で装飾されていて、縦幅が顔の二倍以上はある。

不気味だった。表情が見えない敵というのはそれだけで奥深さを感じてしまう。


「決定的ね」


御坂は言う。訪問しただけでここまで大掛かりな出迎えなどあるわけがない。彼らは明らかに戦闘員だ。

―――間違いない。ここに、いる。

じり、と足を地面に一定のスタンスで開き、御坂は続けた。


「黒子、アンタは足が利くから、テレポートを使って初春さんを中に運んであげて」

「……、ですがお姉さま」

「わかってるわよ。でも今はすべきことがあるでしょ。大丈夫、こっちが終わったら後から行くわ」


初春たちの目的は垣根帝督の奪還であって、組織の壊滅ではない。
もしかしたら延長線上にそれはあるのかもしれないが、それこそ白井の言った定石をふまえてのことだ。

会話は明らかに目の前の戦闘員からでも聞き取れるような音量だった。
それが癇に障ったのか、一人の男が身を乗り出して言った。



479 : ◆le/tHonREI :2010/12/04(土) 06:14:59.43 ID:PqEzWDIo


「通すと思うか? “道具”風情が。調子にのるなよ」

「―――ッ!」


瞬間、初春の視界が閃光で銀色に染まる。
何かをされた、と思ったときには白井に抱えられていた。初春たちとは反対側に御坂がいる。

どうやら左右に飛んで交わした様だ。
とんとん、と軽くステップを踏みながら、御坂が啖呵を切った。


「ハッ! 上等じゃないの、道具呼ばわりしたこと後悔させてあげるわ。アンタらみたいな猿に扱えるほど、簡単なシロモンじゃないっつの!!」

「その猿にあしらわれる気分を味わうことになる」

「へえ、その割にずいぶん洒落た格好してるわね。進化の賜物かしら」


険しい表情で相手を見つめる御坂。

一方の初春は、別のことにその視線を捉われていた。


(―――っ!? あれは―――)



そう。
男たちがかぶっている仮面。

そこに浮かび上がった文字。


(―――Equ.DarkMatter……、それって……)


無論、いつぞや聞いた垣根の能力名と同名であった。
よく見ると彼らからは翼ような物体が伸びている。

さきほどの攻撃は閃光、ではなく物理的なものだったのか。
それにしたって、やや理解できない。まるでこの世の物質とは思えない動きを見せていたから。


「ここで処理させてもらう」



480 : ◆le/tHonREI :2010/12/04(土) 06:15:51.52 ID:PqEzWDIo

その合図と共に一斉にこちらへと向かってくる翼たちは、グロテスクな触手を連想させた。

あたれば致命傷は避けられない。




――― が。



「黒子ッ!!!」

「いきますわよ、初春!!!」


叫んだ御坂に対する白井の反応は早かった。

ビリビリビリィッ!! という音を放ったのち、あたりが光に包まれる。

はたして、男たちが視界を取り戻した先に、白井と初春の姿はない。
どうやら一瞬の隙を突いて建物の内部に潜入したようである。


仮面の男たちはたった一人の超能力者を前に、少しだけあたりを見回したあと、目標を変更、構え直した。


「……閃光弾か。さすがは第3位、応用力では群を抜いているな。だが二度は通じんぞ」

「バカと能力は使いようってね。安心して、別にアンタらをナメてるわけじゃないわよ。
 単純にムカついたからぶっとばしたいだけ、それと……」


言いながら帯電した電気を右手に集める。
相手は訓練されている軍人か何かだろう。手加減は必要としないくらいに、武装しているようだ。
御坂美琴は久方ぶりに味わう緊張感を、どうにかして集中力と融合させようとしていた。

冷静と情熱の間。頭は冷やしつつ、心は熱く。
大丈夫。殺しさえ、しなければ。


「―――本気でやれる機会は、あんまりないから」


タンッ! と地面を蹴って飛び出す第三位。
一秒もたたぬうちに、あたりは戦場と化した。



481 : ◆le/tHonREI :2010/12/04(土) 06:17:58.13 ID:PqEzWDIo

――――――


「初春、手当たり次第に探索を!! 施設さえ分かれば構造も……!!」


潜入した施設の内部を走る初春と白井。

もちろん白井の能力を使えば絶対座標を用いることでもっと効率よく探索できるかもしれないが、
潜入する際には人の動きに慎重になる必要がある。
うっかりミスは許されない。ゆえにあえての疾走だ。

研究施設とは言っても、その全体が動いているわけではなさそうだ。明かりがともっている通路は限られている。
また御坂のように目視はできなくとも、ソースがわかれば動きながらでもこの施設で何かが行われている場所を特定できる。


「こっちです!! この先!!」


片手で携帯をいじり回しながら、初春が叫んだ。後を追う白井。
心なしか、いつもより初春の走る速度が速い気がする。
いや、それは勘違いなどではないだろう。


(……垣根さん……!! 垣根さん!!!)


査楽に言い放たれた己の無力さ。それを、払拭するかのように初春は走った。
言い換えれば、今は走ることしかできない。
結末はどうなっているかわからない。すべてが無駄になってしまうかもしれない。

それでも走る。
この上なくシンプルな行動基準に、なぞられて。


(私は―――、垣根さんを―――)


救うと決めた。だから、走るのだ。

やがて二人の前に姿を現したのは、巨大な扉。
鍵がかかっているかどうかを確認する必要はなく、初春に追いついた白井はその壁を通り抜け、そして―――。


「垣根さん………っ!!!!!!!!!!!」


そこに、たどり着いたのだった。



482 : ◆le/tHonREI :2010/12/04(土) 06:18:58.58 ID:PqEzWDIo


「ほう。早かったな。なるほど、『超電磁砲』はよほど性能がいいらしい。ふむ、君が初春飾利かね」


その部屋の中心にいた男は、初老を過ぎた男性。
査楽が言っていた、『博士』なる人物だろうか。いや、そんなことはどうでもいい。


(何なの、この場所は ―――)


入り口から奥に至るまで、あますことなくモニターが設置されている。
各テーブルには何かを打ち込みながらそれを見る研究員のような男が何十人といた。

また、初春と白井が部屋に入った際、それまで壁際で待機していた男たちがゆっくりとこちらを振り返り、見つめてきた。

さきほどの仮面の男たちと同じ。戦闘員だ。


「……、……?」


垣根帝督は探す必要もなかった。部屋の中心に位置する椅子に座らされたままで、ぐったりと、倒れていた。

―――そう、ぐったりと。



「え…………?」

「そういうことだ。もう終わった。正真正銘のゲームオーバーだよ」


何を言っているのか理解できない。


――― ゲームオーバー? もう終わった? 

それは単純な日本語のはずなのに、初春の脳内をすり抜けては消えていく。


何が、終わったっていうのだ。

何を、言っている。



483 : ◆le/tHonREI :2010/12/04(土) 06:20:39.27 ID:PqEzWDIo


「…… ちッ!」


対する白井黒子の行動は冷静そのものだ。
一瞬のうちに垣根の元へと移動し、タイムラグの限界ギリギリの速度でこちらへと戻ってくる。

奪還、成功である。


「ふむ。そっちの君はテレポーターか」


だが、博士はその様子を見ても少しも驚かない。表情すら変えずに、こちらを見つめている。


「あ……」

「初春!! しっかりなさい!! やるべきことを忘れたんですの!?」


かつがれてきた垣根帝督を初春に抱かせて白井は怒鳴った。
放心状態になって垣根を抱きかかえる初春はそれでも、何を言っていいのかがわからない。


「彼の脳はさきほど処置を終えた。
 意識がかすかにサーバー上に残ってはいるが、あとはデリートするだけだ。何、数分で終わるよ」

「で……りーと……?」


おや、知らなかったのか、と付け加えて、博士はゆっくりと、本来垣根が座っていた場所に腰を落とす。


「彼はデータ上の存在だよ。本来すでに体は失っている。生体兵器として生きながらえるために、私が生み出したフィクションだ」

「………ふぃく……、しょん……?」

「そう、フィクション。まがい物、虚構だ。ちなみに私も、だが」



484 : ◆le/tHonREI :2010/12/04(土) 06:23:17.51 ID:PqEzWDIo

まあ詳しいことは説明する義務も義理もないがね、と博士は興味がなさそうに言って、椅子を回転させた。
初春はここまできて、ようやくことの顛末を理解する。


―――垣根の心は今まさに、閉ざされようとしている。


おそらくモニターを介して研究員たちが行っているのは、接続した生体兵器としての自我を、垣根の意識に埋め込む作業。
これにて彼らの目的は成就されることになる。

数分後には完全に、本来の垣根帝督としての自我を失うことだろう。

かといって、それを知ってどうする。打つ手はない。
わかっているから博士はこんなにも落ち着いているのだ。


「……、……! 初春、ここはひとまずひいて……」

「声が震えているぞ、白井黒子。無駄だというのはわかっているんだろう。
 距離は問題ではない。大事なのは、ここだ、ここ」


博士は微笑を浮かべて自分の額を、指で叩いた。それもわかっている。
すべて、わかっている。

それでも、打つ手が思いつかないからといって碁盤をぶち壊すことなどできるわけがない。


「こんなことをして……! 何が楽しいんですの……!?」

「楽しい、か。いや、普通なら否定するのだろうがね。私は楽しいよ。美学を追求することはいつだって楽しい。そのためのこの体だ」


言いながら立ち上がった博士は、あたりの研究員に作業を催促した。
白井は足を震わせたまま、動くことができない。

どうしていいのか、本当にわからない。
仮に垣根帝督と初春をつれてここから出たところで、本体がデリートされてしまうのなら何の意味もないからだ。

今までにだってこんなことはなかった。



485 : ◆le/tHonREI :2010/12/04(土) 06:24:46.29 ID:PqEzWDIo

「逃がしてもいいのだが、後々面倒なことになりそうだ。超電磁砲はまだ外だろう? 
 戦力を割いて足止めした価値はあったようだな。査楽のやつには元々期待していない。用済みの情報は綺麗に消去してやったよ。
 さて、君たちにも退場願おう」

「この……ゴミ野郎が、ですの………!!!」


体を震わせて吐き捨てる白井。
辺りの戦闘員はこちらへとゆっくり足を勧めてきていた。

その、白井の傍らで、初春飾利は―――、


(……、垣根……さん……?)


ゆっくりと、垣根帝督の頬を撫でていた。あどけない寝顔。少年の顔。


それは病院であったときと変わらない。

初春が、淡い気持ちを抱いていたあの頃と、今の気持ちも、―――変わらない。

タイムリミットはもう一分を切っているだろう。
データの打ち込みが終われば、インストールするだけだ。




―――もう、おしまいか。


今までの、全部は、フィクションだったのか。


――― あの日の散歩も。

―――リハビリも。

―――少し前の、同居生活も。



すべて………。



486 : ◆le/tHonREI :2010/12/04(土) 06:27:03.43 ID:PqEzWDIo




――――――、 ――――――、違う。



(………、そんなわけがない。そんなこと、この私が認めないッ!!!!!!!!!)




「初春……?」


瞳には決意がにじんでいた。光を集めた迷いがない煌き。
決意。その決意とは。



「――― 私が直接、垣根さんにアクセスします……!」


「な」

「ほう」



抱きかかえる垣根を横目に、初春が再び取り出したのはワイヤレス受信機だった。
幻想御手を元に、垣根の脳波を受信するための装置。リアルタイムで飛ばされている脳波は、まだ生きているかもしれない。

それを初春自身がつかまえて、データの更新を妨害するということ。
方法はそれしかない。


「初春!? 貴女それがどういうことかわかってますの?!」

「わかってます。他人と脳波を共有する場合、最終的には脳に意識が取り込まれてしまう可能性がある。
 でも、あの時木山先生に言われたときの台詞を思い出したんです。今からでも私の意識を媒介にして、呼びかければ、もしかしたら―――」

「興味深い推察だが、それはこの上なく危険な手法だぞ。博打もいいところだ。
 我々が打ち込んでいるデータがインストールされれば、君の自我も崩壊する。共有された脳を通してね」
 
「覚悟の上ですっ!!」



487 : ◆le/tHonREI :2010/12/04(土) 06:29:00.34 ID:PqEzWDIo

言い放った初春は迷うことなくイヤホンを耳に当てる。
白井はそれに対して何かを叫んだが、かといって代案などない。


「まあ、その前にそんなことはさせないがね。……、殺せ」


博士が片手を振り上げるのと同時に、四方八方から仮面の男たちが放った翼が流星のように降り注いだ。
狙いどころはこの上なく正確。あたれば―――、もちろん。


目をつぶる、初春。

白井が一瞬迷って、初春と垣根に手をあてようとするが、それが間に合うのが先だったか。




(……垣根さん ―――!!!)



いや、あるいは。




―――ヴンッ。




刹那の後、あたりに爆発音が響き、部屋の電力が落ちた。


「やりすぎだ、馬鹿め」


博士が暗闇の中で声を放つ。
爆風があたりに吹きすさび、視界には何も映らない。

次に博士、およびその場にいた研究員の瞳を捉えたのは、モニターに移る、



――― 文字だった。



488 : ◆le/tHonREI :2010/12/04(土) 06:30:06.87 ID:PqEzWDIo










  
                                【痛ってえな】










489 : ◆le/tHonREI :2010/12/04(土) 06:35:36.43 ID:PqEzWDIo

                          【ざまあみやがれクソ天使】

  【考えてみれば単純なことだったんだ】         【木山が何も考えずにいるわけがねえ】

           【あの天使も言っていた】           【共感】

      【初春?】    【ああそうさ】          【仲介人】

        【ナメてやがるな】              【愉快な死体にしてやる】

    【花だ】       【赤い植物】                 【テメェらは一人も逃がさねえ】

      【秋から連想できるもの】                【ギャンブルタイムだ】

          【暖かい】 【俺らって付き合ってるのか】          【また花言葉、持ってこれるか?】
 
    【テメェは医者じゃねぇだろ】    【なあ】         【誰もそんなこといってねえ】

       【俺の未元物質に常識は通用しねぇ】      【くそったれの天使】    【これが未元物質だ】   

   【HANA】 【花飾り】 【ノーヒントでここまで】   【俺を信じろ】

    【二人ならできる】     【お前は何も考えなくていい】        【多分そういうことだ】 

 【抗ってやるよ】 【クソもメシも一人じゃできねえが】 【まだ終わっちゃいねえ】    【ぶっ殺す】

                【俺が移動できるのはBの部屋の入り口まで】    【冷たい】

     【俺は絶対に忘れねえ】    【失敗だったな】

      【絶望しろコラ】   【そのための実験】     【変圧器】

              【ロジックを読み取る】        【リアルタイムで共有】



「―――!!」


そこに君臨するのは学園都市の第二位。
闇から抜け出した、もう一人の天使だ。


「―――よう。来場ありがとよ。これからテメェらには楽しい楽しいメルヘンランドの招待券をくれてやる」


初春飾利を両手で抱えながら、その天使は、この世に舞い戻っていた。



490 : ◆le/tHonREI :2010/12/04(土) 06:36:41.54 ID:PqEzWDIo

ここまでです。やっとかけたよここ。
続きはまた今度。しばらく間隔があきます。

次回で前半戦はお終いになりそうです。お疲れ様でした。



491 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/04(土) 07:50:38.95 ID:0U35gR6o
復活きたああああああああああああああああああああああああ



493 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/04(土) 10:26:24.99 ID:ydCS9UDO
ど、どういうことだ……?
しかし復活きたああああああ
乙!




494 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/04(土) 11:10:11.52 ID:gGHBjNQo
来たか…

第二位!



495 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/04(土) 11:32:18.62 ID:lbXQ6voo
ていとくんかっこいいいいいいいいいいいいいい
乙!!



496 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/04(土) 12:58:43.97 ID:l7ExxG2o
面白い・・・・・・けど


俺ポルナレフ状態wwwwwwwwwwww



498 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/04(土) 14:55:29.41 ID:gGHBjNQo
常識が通じないから仕方ないな



515 : ◆le/tHonREI :2010/12/08(水) 23:20:25.30 ID:Ylrx5i.o

――――――

夜の病室は静かだ。

木山春生は垣根帝督に関する書類を一通りまとめた後、彼に関するデータの総括をパソコンに打ち込んでいた。
片手にはコーヒー。本当ならばここはホットカレーを飲むのだが、気づけばいつも彼女の手元にはコーヒーがある。
誰の影響かは、わからない。


「見送りは済んだのかい?」


声は病室の入り口からした。冥土帰し。
今更驚いたりはしない。たぶんすべて知っていたのだろう。


「……、本当は私が使うつもりでした。あの子を危険な目にはあわせたくなかったから……」

「知ってるよ」


どこまでもお見通し。当然だ。
“あれ”の使用許可を出したのも彼だし、以前そのことでアドバイスを受けている。

もともとあれは垣根に渡すつもりで造ったものではない。
彼のパートナーである初春飾利が身につけ、はじめて意味を為すもの。
説明を省いたのは、それでもできれば使ってほしくはなかったから。


「先生、これでよかったんでしょうか。……、あれは未完成、というより完成品には決してならない。制限つきの欠陥品です」

「それは君が決めることじゃないよ。大丈夫、彼女たちなら使いこなせるはずさ。信じたからこそ渡したんだろう。
 それに……、君は彼女の代わりにはなれないだろう?」

「……はい」

「知識や技術に善悪はない。使う人間の問題だよ」


真理をさらっと語る医者。



516 : ◆le/tHonREI :2010/12/08(水) 23:22:01.36 ID:Ylrx5i.o

…………。



――― かたかたかたかたかた。


それからしばらくは乾いたキーボードの音が響いた。
冥土帰しは部屋の様子を見て、何かに気づく。


「……、そうか。そろそろ時間だね。次に行く場所のアテはあるのかい」

「昔なじみの研究者に呼ばれています。論文をまとめる手伝いをしてくれ、だとか。
 それが終わったら、そろそろ自分がしてしまったことと向き合ってもいい頃かと。渡り鳥のような生活もどうかと思いますし」

「…… うん、そうかもしれないね」



かたかたかたかた。

―――たん。


最後の音。冷たく響いてすぐに消えた。

木山はすでにまとめられていた荷物を手にして、立ち上がる。
その後、データをまとめたUSBを無言で渡して、少しだけうつむいた。


「大丈夫。あの二人は僕が責任を持って“診る”。君は自分がするべきことをすればいい」


木山が横を通り過ぎる瞬間、冥土帰しはそういって肩を叩いた。
少しだけ立ち止まる。そして、一歩、また一歩と病室の出口へと進む。

人の罪はどうやって償えばいいのか。
罪を忘れずに引きずっていれば、いつか償えるのか。



「―――お世話に、なりました」


それっきり、木山が病院を訪ねることはなかった。



517 : ◆le/tHonREI :2010/12/08(水) 23:23:35.93 ID:Ylrx5i.o

――――――


(ど、どうなってるの……?????)


初春飾利は困惑していた。


なぜか自分の腰に手を回してそこに立っている垣根帝督。
知らないうちに抱きついて首に手を回す自分。

白井黒子は呆然としたまま、垣根の背中から生える翼―――を見つめている。
どうやら攻撃から彼女を守っていたらしい。


―――片翼だった。


もしかしたら彼の能力なのか。いや、問題はそこではない。


この状況はどういうことだ。
自分は彼を助けるためにワイヤレス受信機をはめて、それで ―――。


考える間にも頭の中には次々と、処理するべきデータが飛び込んでくる。
が、どれも意味不明な文字の羅列ではない。

翻訳プログラムを開発したときと同じ。
まるでゲームのように、その文字を脳内で変換する。すると。


「――― 邪魔くせえな」


垣根が翼を一振りする。

たちまち烈風が吹きすさび、その場にいた戦闘員が何名か吹っ飛んで壁に叩きつけられていた。
残りの部隊にも動揺が走っているのが見ていてわかる。



518 : ◆le/tHonREI :2010/12/08(水) 23:25:35.75 ID:Ylrx5i.o

どういう理屈かはわからないが、翻訳された事象が、自分だけの現実となって目の前に姿を現している。
そして何故か、処理を終えた後何が起こるかが理解できる。
まるで超人にでもなったかのような感覚だ。


「か、垣根さんっ……? ……って、ええええっごごごごごめんなさ」


初春が気を取り直して、密着する体を彼から遠ざけようとすると、制止してきた。


「離れるな」


ぎゅっと、力強く寄せられる初春の体。抱きしめたことはあっても、抱かれたことはない。
赤面してしまう。顔が近い。どきどきする。


――― いや、それより、こんなに胸板、厚かったっけ、なんか変な気持ちに、あうあうあう。


意味不明の言葉を発してしまう彼女に呆れながら、垣根が口を開いた。


「バカ春、テメェがいねえとうまく動けねえだろうが」

「え」

「羽が対称じゃねえと飛べないっていってんだ。背中見てみろ」


振り返って確認したところ、初春の背中からも垣根と似たような翼が生えていた。
しかしそれも片翼。垣根とは生えている方向が別で、合わせることで対になっている。


「え、ええええっ!? な、なんですかこれわっ!?」

「リアルタイムで俺の演算をテメェが“こっちの形式”に変換してるんだよ。……ったくあの女、とんだ天才だぜ。
 耳につけたそれでテメェの脳と俺の脳は一時的に共有されている。外からアクセスしてくれたおかげでこっちに戻ることができた」


その言葉で初春は理解した。


そういうことだったのか。



519 : ◆le/tHonREI :2010/12/08(水) 23:28:36.52 ID:Ylrx5i.o

以前木山が病院で言っていた理論。
垣根の脳内データをこちら側の形式に変換するための処置。

スーパーコンピュータを介しても足りないといっていたが、それはあくまでコンピュータを使った場合の話だ。
人間の脳を特殊な状態に導いて変換装置として使用する。


第1位のケースとは決定的に違い、1万もの脳を代理演算に使う必要はない。
本体である垣根の中ですでに演算は終えていて、単にそれを“変換”するだけの操作。
ホストである博士とは別の方向から彼の意識にアクセスをかけたことで、その封が解かれた。

『未元物質』の唯一の仲介人。変圧器の役割を初春が果たしているのだ。


「木山は何分持つと言っていた」

「え、あ、……じゅ、15分……?」

「充分すぎてお釣りがでるな。これが終わったら部屋の続きをしようぜ? 釣り銭で最高級のホテルおさえてやるよ」


余裕の表情で言い捨てる垣根。
これは―――、勝利を確信している。笑みは妖艶で、怖いくらいに整っていた。


……部屋の続きとは、要するに、アレの続きということだろうか。


そう考えると脳を共有しているという言葉はそれだけで官能的である。
まさに一心同体。電子レベルでつながっている状態だからだ。

初春はまた赤面する。それを見て、垣根が笑う。
二人の心は、あのときと同じ。調和して揺らいでいる。

流れる光のように、規則的に。




―――とはいっても、膨大なデータを変換するのに適した状態というのはそう簡単に維持できるものだろうか?



520 : ◆le/tHonREI :2010/12/08(水) 23:35:26.40 ID:Ylrx5i.o


「で、でも、リアルタイムで人間の神経までを演算することなんて、わ、私には……」

「できるさ。テメェと俺ならできる。何のためのリハビリだったよ」


幻想御手の理論を支えているのは共感覚性。
二人が行っていたリハビリは、考え直してみればまさにそれだった。

刺激を受け取った際の反応を、少しずつ、時間をかけて調和させる。
くだらなく見えたゲームや鑑賞会の数々。それもすべては―――。


「あれは俺たちの共感覚性を養うためのものだったんだ。無意識に変換するくらい、テメェなら訳ねえだろ。だから―――」

「え……、」

「―――だから、できる。俺を信じろ」


垣根は腰に添えた手を、初春の肩にまわしていた。
やわらかな感触が伝わる。心臓は鼓動をやめてはくれない。

眼前にはまだ戦闘員が残っている。
こちらの様子を伺いつつも、仕掛けるタイミングを狙っているようだ。

後方では白井が、手持ち無沙汰に立ち尽くしていた。


「う、初春、これは……?」

「白井黒子か。テメェはそこで見てろ。何、すぐ終わるさ」

「いくぞ」


ダンッ! と飛び上がってから、垣根と初春の背中から広がる翼。

月灯りが室内を照らしている。
まるで世界の中心がシフトしたかのような高揚感。
垣根は言った。


          トランスフォーマー
「―――よくも俺の初春を傷つけてくれたな。小物は見逃してやる、今のうちに尻尾まいて逃げろコラ」



521 : ◆le/tHonREI :2010/12/08(水) 23:36:19.11 ID:Ylrx5i.o

続きは近々。ういはるまじてんし



523 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/08(水) 23:40:54.81 ID:4ZaXnQAO
メルヘン野郎がメルヘンバカップルに成って還って来やがった



525 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/08(水) 23:58:37.31 ID:6Dur6xgo
二人で一人の天使だと!?
メルヘン過ぎんぜチクショウ!




530 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12 /09(木) 05:55:14.06 ID:lco2Rrso
終わったら、部屋の続き書いてくれよ!



533 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12 /09(木) 12:37:05.49 ID:VDTwPEAO
続きが待ち遠しすぐる



535 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12/10(金) 22:23:59.59 ID:g3ixPQgo
比翼の鳥ってやつか



536 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします :2010/12 /11(土) 16:04:49.83 ID:LGarMC2o
二人じゃないと飛べないとかまじうひょおおおおおお





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禁書目録SS   コメント:17   このエントリーをはてなブックマークに追加
コメント一覧
1434. 名前 : 白髪◆- 投稿日 : 2010/12/12(日) 00:58 ▼このコメントに返信する
クソメルヘン…てめェ格好いいじゃねェか…褒めてやンよ
1436. 名前 : 名無しさん@ニュース2ちゃん◆- 投稿日 : 2010/12/12(日) 03:22 ▼このコメントに返信する
つづき!続きが気になるうぅぅぅぅぅ!!
1437. 名前 : 名無し◆- 投稿日 : 2010/12/12(日) 04:01 ▼このコメントに返信する
やだ、このていとくんかっこいい。
1444. 名前 : 名無し@SS好き◆- 投稿日 : 2010/12/12(日) 11:23 ▼このコメントに返信する
おい次いつだ聞いてんのかおい
1446. 名前 : 名無し@SS好き◆- 投稿日 : 2010/12/12(日) 11:32 ▼このコメントに返信する
これは原作で使われていいレベル
それにしてもていとくんまじ天使かっこよすgあbbbbbbbbbb
1448. 名前 : 名無し@SS好き◆- 投稿日 : 2010/12/12(日) 15:31 ▼このコメントに返信する
いいでこざるwwwwww最高だwww
1451. 名前 : 名無し@SS好き◆m5TdrrV. 投稿日 : 2010/12/12(日) 17:58 ▼このコメントに返信する
メルヘンカップル・・・・・・ありだな
1453. 名前 : 名無し@SS好き◆8WcCSl/w 投稿日 : 2010/12/12(日) 19:33 ▼このコメントに返信する
メルヘン野郎がメルヘンバカップルになって帰ってきやがった!

もっとやれ!!ww
1454. 名前 : 名無し@SS好き◆- 投稿日 : 2010/12/12(日) 19:43 ▼このコメントに返信する
ヒロインがヒーローしてる!
ていとくんマジ天使
1458. 名前 : 名無し@SS好き◆- 投稿日 : 2010/12/12(日) 21:32 ▼このコメントに返信する
このSSで俺の顔面がやばい
1495. 名前 : 名無し@SS好き◆- 投稿日 : 2010/12/14(火) 12:29 ▼このコメントに返信する
つ、続きは?ちゅぢゅきはまだなのおおおおおおお????
1500. 名前 : 名無し@SS好き◆- 投稿日 : 2010/12/14(火) 15:59 ▼このコメントに返信する
何このメルヘンバカップル
修羅場がいつの間にかラブラブ桃色空間に変化してたでござる
1695. 名前 : 名無し@SS好き◆- 投稿日 : 2010/12/22(水) 13:56 ▼このコメントに返信する
面白すぎて、ここまで読み通してしまった!

早く、続き魅してください
2109. 名前 : 名無し@SS好き◆- 投稿日 : 2011/01/06(木) 21:24 ▼このコメントに返信する
続きでないのかな
2222. 名前 : 名無し@SS好き◆- 投稿日 : 2011/01/09(日) 23:17 ▼このコメントに返信する
何度も本人が書いてるのかと錯覚しそうになったわw
2347. 名前 : 名無し@SS好き◆- 投稿日 : 2011/01/14(金) 04:58 ▼このコメントに返信する
はやく続きををおおおおおおおおお
37210. 名前 : 名無し@SS好き◆- 投稿日 : 2013/08/08(木) 21:11 ▼このコメントに返信する
そういや初春の計算力はものすごいって設定あったな
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