魔王娘「さあ行こう、学者様!」 歴史学者「その呼び方はやめてよ姉さん」

2010-12-02 (木) 07:01  魔王・勇者SS   2コメント  
魔王「我輩と一緒に世界を救ってくれ」から始まった長編SSの続編です。

前回→女魔術士「魔王探し?」

921 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/24(木) 22:39:25.86 ID:YkWXWsI0



短編:魔王のまどろみ



922 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/24(木) 22:40:51.64 ID:YkWXWsI0

遠く遠く、澄んだ音がしている
何もかもを放棄して聞き入ってしまいそうな
どこまでもどこまでも透明な音……


いつからそこにいるのかは忘れてしまった
なぜそこにいるのかも忘れてしまった
ここがどこかもわからない
とすれば、次に忘れてしまうのは ――自分自身のことだろう
彼は一人ため息をついた


そこは暗かった
そして明るかった

そこは広かった
そして狭かった

遠くて近く、長くて短く、冷たくて熱く

全にしてゼロ、ゼロにして全
そこはそういう場所だった


歩き続けた
行かなければならない場所があった気がした
会いたい人がいた気がした

歩き続けた

ずっと歩き続けた

ずっとずっと歩き続けた

ずっとずっと――



923 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/24(木) 22:42:50.81 ID:YkWXWsI0

―― 歩き続けた
どこにも行けなかった
彼はちょっと顔をゆがめた
こころの底がじわりと痛んだ


見上げてみても空はない
うつむいてみても地面はない
進もうにも道はない
戻ろうにも道はない


彼はうずくまった
うずくまって嗚咽の声を上げた
しばらくその音だけが、あるかどうかもわからない空間を満たした
ずっとずっと、響いて消えた


数秒もしくは数百年のあと嗚咽の声はやんでいた
かわりに規則正しい寝息が聞こえていた
彼の目尻に涙の跡
彼のまどろみ闇の中


ぼんやりとした闇と光の夢の中、彼はふと思う
このまま寝ていればどこにも行かずにすむ
何も考えずにすむ
泣かずにすむ
名案に思えた


暗闇と光明のなか、彼は静かにたゆたう
流れているかもわからぬ時間の流れに身を任せ、彼は静かに呼吸する
静かに静かに呼吸する
緩む意識、かすむ記憶、遠のく過去

その中で


――声を聞いた



924 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/24(木) 22:43:55.77 ID:YkWXWsI0

遠くから、近くからかけられる小さな大きな声
やさしい響き
懐かしい音
彼はゆっくり目を開いた


名前を失ったことに気付いた
それでもわかる
あれは自分を呼ぶ声だ
自分を待っている声だ

こわばった身体を解いて彼は立つ
ゆっくりゆっくり歩を進める

渦巻く混沌の中、それはどこか祈りにも似て……



925 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/24(木) 22:44:40.35 ID:YkWXWsI0




行く手に白い光を見た




926 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/24(木) 22:45:52.08 ID:YkWXWsI0

短編:魔王のまどろみ



    ~了~



931 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/25(金) 04:00:07.62 ID:1lvessAO
超短いけど

この短編があるか無いかの差はでかいな




932 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/26(土) 22:00:03.56 ID:uEoHJzA0




短編:ヒューイック・オストワルドの憂鬱



パクリ元:シャンク ザ レイトストーリー



933 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/26(土) 22:01:13.27 ID:uEoHJzA0



スタッブ(stab):「暗殺」の意。原義は「後ろから刺す」こと
スタッバー:暗殺技能者



934 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/26(土) 22:02:03.56 ID:uEoHJzA0

私の上司はいつも浮かない顔をしている。
歳を取っていつも眉間にしわの寄っている猫のようだ。

私は理由を知っている。
彼がどうして不機嫌猫なのか。

それは――



935 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/26(土) 22:02:59.65 ID:uEoHJzA0

スタッバー「退屈だ」

戦士「……」

スタッバー「ねえ、なんか面白いこと言ってよ」

戦士「無茶です」

スタッバー「知ってるよ。でも退屈なんだ」

戦士「私は構いませんが」

スタッバー「俺は構うの」



936 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/26(土) 22:05:52.91 ID:uEoHJzA0

血に濡れたナイフをプラプラと揺らしながら彼は言う。
その足元にはいくつもの肉塊が転がっていた。

人間だ。
みんな死んでいる。
みんな物になってしまった。

血の臭いが部屋に充満している。



937 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/26(土) 22:06:36.35 ID:uEoHJzA0

スタッバー「あ~あ、やっぱり簡単な仕事だった。五分ももたなかったんじゃない?」

戦士「四分と二十八秒でした」

スタッバー「あ、やっぱり?」

戦士「ええ」



938 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/26(土) 22:07:53.76 ID:uEoHJzA0

私たちは任務を終えた直後だ。
足元の死体はその任務の“結果”である。

王都からやや離れたところにアジトを持つ、武装テロリストの掃討。
それが今回の私たちの仕事だった。



939 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/26(土) 22:08:44.05 ID:uEoHJzA0

スタッバー「テロリスト名乗るなら、せめてもうちょっとは強くないと」

戦士「同感です」

スタッバー「だよねえ」

戦士「これだけの人数をそろえたのならば、二倍の十分もたせるのが理想です」

スタッバー「それが半分」

戦士「ええ」

スタッバー「半分かあ……」

戦士「ええ」



940 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/26(土) 22:09:48.21 ID:uEoHJzA0

私の上司は――ヒューイックという名前だ――露骨に舌打ちをすると足元に転がった手を軽く蹴飛ばした。
私よりも若い顔に嫌悪にも似た何かを浮かべている。
見ようによっては苦渋とも取れそうな。

私はあえてなだめない。
それは逆効果であると知っている。

彼のそばのテーブルの上、テロリストが食事に使ったらしいスプーンがわずかに音を立てた。
そう広くもない納屋の窓からは、朝の弱くも何かを予感させる日の光が差し込んできている。

私は彼のあまり大きくない背中に歩み寄った。



941 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/26(土) 22:12:34.74 ID:uEoHJzA0

戦士「そろそろ帰りましょう」

スタッバー「……」

戦士「さあ」

スタッバー「俺とやらない?」

戦士「はい?」

スタッバー「俺と殺り合わないかってきいてんの」

戦士「……」



942 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/26(土) 22:13:59.83 ID:uEoHJzA0

唐突な言葉だったが、実はそれなりに聞き慣れている。
実際、またか、とも思った。

彼はいつだって突拍子もないことを言う。

私も慣れた口調でそれに応ずる。



943 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/26(土) 22:14:26.20 ID:uEoHJzA0

戦士「私は構いませんが」

スタッバー「……」

戦士「……」



944 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/26(土) 22:15:05.14 ID:uEoHJzA0

しばらく沈黙だけが流れた。
彼は値踏みするような目で私と視線を合わせ、ナイフを中空に投げては受け止めるを繰り返した。

ナイフのグリップが革手袋にぶつかる音が部屋に響く。

数秒が経過した。
彼は受け止めたナイフを拭いてホルスターに戻すと、ドアに向かって歩き出した。



945 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/26(土) 22:15:57.64 ID:uEoHJzA0

スタッバー「やめた。気が乗らない」

戦士「そうですか」

スタッバー「もう何回もやったし。飽きたし」

戦士「……」

スタッバー「さっさと報告して寝よう。眠い」

戦士「そうですね」



946 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/26(土) 22:16:39.33 ID:uEoHJzA0

拍子抜けか安心か。
よくわからない脱力感が身体を包んだ。
別に緊張したわけでも、期待したわけでもないはずだったが。

ただ、これで幾分か早くシャワーを浴びれるのだなと思うとちょっぴりうれしくなった。



947 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/26(土) 22:17:24.64 ID:uEoHJzA0


     ※

耳朶を打つ自分の気合、うなる風の音。
強く踏み込んだはずの足が頼りない音を立てる。

中肉中背の人影目指して突進し、気合とともに私は剣を振り下ろした。
必殺の間合い、必殺の速度、必殺の手ごたえ……のはずだった。

私の剣は空を切り、勢いあまって床を叩く。
あわてて視線を振り向けた先には余裕の笑み。ではなくひどく退屈した顔があった。

――あんたもか

彼がそう言ったのが聞こえた。

     ※



948 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/26(土) 22:19:15.86 ID:uEoHJzA0

私たちは王都の軍事組織、『十三使徒』に属している。
王都の切り札であり、一般人が知り得るのはその名のみ。
そのため王都の怪人たちの集い、変人の巣窟などと変な噂をされることも多い。
まあ、案外間違ってはいないが。

組織の最終目的は魔王の排除だ。
しかし、魔王暗殺の命令が下されていない今、十三使徒の任務は王都の治安を裏から支えることであり、私の上司はそれが不満のようである。
テロリストやらレジスタンスやら。
彼らにもうちょっと骨があったら話は別なのだろうが。

今日も魔王討伐の命令を待ちわびて、上司の眉間のしわは深くなる。



彼は私が持ってきた書類を机に放り投げた。
背もたれに深く背を預け、机の上に足を放る。



949 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/26(土) 22:19:59.20 ID:uEoHJzA0

スタッバー「もう飽き飽きなんだよ」

戦士「……」

スタッバー「変わり映えのしない仕事、気の抜けた戦い」

戦士「……」

スタッバー「俺はもっとぴりぴりしたことがしたいんだよ」

戦士「そうですか」



950 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/26(土) 22:20:59.18 ID:uEoHJzA0

私たちに割り当てられている無駄に広い個室の中、彼は私の顔を一瞥すると深くため息をついた。
連日の激務のはずだったが、身体的な疲れは微塵も感じさせずただただ憂鬱な雰囲気だけを撒き散らす。

彼が求めるところは知っていた。
彼が本気でそれを待ち望んでいることも。

だが、彼は強い。呆れるほどに。
だから、いくら待望しようが無理というものだった。

私は書類を一枚抜き出した。



951 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/26(土) 22:22:01.32 ID:uEoHJzA0

戦士「この仕事なんかいかがでしょう」

スタッバー「……」

戦士「とある観光地。そこに向かったまま帰ってこない失踪者がいます。調査が必要で、息抜きにはちょうどいいかと」

スタッバー「却下却下。そんなの下のに任せとけばいいんだよ」

戦士「……私は構いませんが」

スタッバー「……がっかりしないでよ。俺が悪いみたいじゃん」

戦士「いえ……」



952 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/26(土) 22:23:11.41 ID:uEoHJzA0

私は気を取り直し書類を探った。
変わり映えしないといえば変わり映えのしない仕事ばかりである。
やれ武装盗賊を掃討しろだの、やれ危険人物を暗殺しろだの。穏やかでない案件がずらりと並ぶ。

私はこの仕事は長いのだが、よく殺害対象が尽きないものだと常々感心していた。
人工的平和維持機構の存在は知っているものの、その有効性を疑いたくなる。
あれは実際機能しているのか。
現に私たちの仕事は減る兆しを見せない。

しかしそれでも強敵は現れない。
上司が退屈するのも無理からぬことかもしれない。
私はこっそりと同情した。



さて、それでも仕事をしなければ生きてはいけない。
いやいやながらの上司をなだめてすかして仕事をさせ、何とか給料は落としてもらえる。
王都の内外、あちらこちらへ飛び回り、蹴ってひねって叩き潰す。

そんなある日のことだ。



953 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/26(土) 22:24:01.27 ID:uEoHJzA0

スタッバー「~♪」

戦士「?」

スタッバー「フンフ~ン♪」

戦士「どうかしたんですか?」

スタッバー「ああ、リン! よくぞ聞いてくれました!」



954 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/26(土) 22:25:37.07 ID:uEoHJzA0

彼は連日とはうってかわって元気だった。
事実、そのままだとうれしさに飛び跳ねようかという気配もある。

私はそんな彼の様子は見たことがなかったので内心ひどく驚いていた。
このところずっと上司の不機嫌顔しか見ていないのだ。



955 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/26(土) 22:26:30.18 ID:uEoHJzA0

スタッバー「ビッグニュースだよ!」

戦士「……?」

スタッバー「実はね、王都に腕利きの剣士が入ってきたらしいんだ!」

戦士「剣士?」

スタッバー「そうだよ、もう老人なんだけど、これがものすごく強いとか!」

戦士「はぁ」



956 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/26(土) 22:27:12.71 ID:uEoHJzA0

王宮でも噂になっているらしい。
おしゃべり好きの兵から聞いたそうだ。

その剣士とやらが王都に入ったのは今朝未明。
そのときにちょっとした騒ぎが起きたとか。
盗賊団の数人が一般人に扮して入都しようとしたところ、バレてひと暴れしたらしい。
そのときにその場をおさめたのが――



957 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/26(土) 22:27:55.22 ID:uEoHJzA0

戦士「その剣士なんですか?」

スタッバー「そう! その通り! いやあ、強かったらしいよー。並み居る盗賊を次々斬り倒していったとか何とか」

戦士「はぁ……」

スタッバー「何よりすごかったのは!」

戦士「すごかったのは?」

スタッバー「それでも一人の死人も出さなかったことだね!」

戦士「一人も……?」



958 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/26(土) 22:28:47.97 ID:uEoHJzA0

うん、一人も。まあ多少の傷ぐらいはついたんだろうけど。
上司は上機嫌で言う。

逃げ場をなくし暴れる人間を、殺さずに取り押さえるのは難しい。多人数ともなればなおさらだ。
私も経験としてよく知っている。
それが本当ならば確かに猛者なのだろう。
猛者なのだろうが――



959 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/26(土) 22:29:19.49 ID:uEoHJzA0

戦士「ヒューイック。あなた良くないことを考えていますね?」

スタッバー「はは、やっぱりわかる?」

戦士「不本意ながら」

スタッバー「そっか、そうだよね」

戦士「……」

スタッバー「どうする? 俺のこと、止めてみるかい?」

戦士「……」

戦士「私は、構いません」



960 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/26(土) 22:30:15.13 ID:uEoHJzA0


     ※

こちらが一手打つたびに、相手は二手先を行く。
そんな絶望的な事実をかみ締めながら、私はそれでも踏み込んだ。
踏み込んだ先から地面が崩壊していくような妄想にとりつかれながら。

剣は交わらず、むなしく中空を掻き毟る。
届かない刃、空回る気合い、心音だけがこだまする。

ようやくあった手応えは金属質の無愛想なものだった。

     ※



961 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/26(土) 22:31:01.87 ID:uEoHJzA0

スタッバー「何? 考え事?」

戦士「……すみません」

スタッバー「珍しいね、君がボーっとしてるなんて」

戦士「すみません」

スタッバー「いいっていいって。どうせ暇だし」



962 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/26(土) 22:31:27.43 ID:uEoHJzA0

私たちは夜中の広場に来ていた。
本来ならば仕事の時間だ。
今日も消化しなければならない任務がある。

だからこれはサボりという奴だ。
命令違反は厳罰ものだが、

「バレなきゃいい」

というのが今回の上司の方針だった。
そして今、私たちは待っていた。



963 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/26(土) 22:32:02.94 ID:uEoHJzA0

スタッバー「遅いねー」

戦士「ええ」

スタッバー「すっぽかされたかな」

戦士「どうでしょう」

スタッバー「いいや来るね」

戦士「そうですね」

スタッバー「……来るよね?」

戦士「そうですね」



964 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/26(土) 22:32:58.59 ID:uEoHJzA0

上司の手配は早かった。
自分で剣士の居所を探し当て、自分で果たし状を書き、自分でそれを渡しに行った。
私のすることはなかった。

「だって俺の個人的なことだもん」

私のすることはなかったのだ。
私は内心ため息をついた。



それからまたしばらく経って、私が帰宅の提案をしようかどうか迷い始めたころ。

暗闇が動いた。



965 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/26(土) 22:33:33.70 ID:uEoHJzA0

スタッバー「――はは」

戦士(! これは……)






老剣士「遅くなった」



966 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/26(土) 22:35:07.87 ID:uEoHJzA0

夜の闇から老人が歩み出てきた。

例の剣士だろう。
長身だが、剣士という割りにあまり筋肉質には見えない。
白い短髪が風にかすかに揺れている。彫りは浅く、全体的にのっぺりとした顔をしていた。
容貌だけを見て強そうかどうかをいえばあまり強そうではない。

が、気配は尋常ではない。
夜の空気は澄んで静止している。
しかし、その老人の周りだけ空気が激しく渦を巻くような、そんな雰囲気がある。

私は剣の柄に知らずかけていた指を引き剥がした。

老人はそんな私の様子には目もくれず、上司のほうだけを見ていた。



967 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/26(土) 22:36:16.21 ID:uEoHJzA0

老剣士「お前か、果たし状をよこしたのは」

スタッバー「そうだよ」

老剣士「最強を自称するわりには若いな」

スタッバー「歳は関係ないでしょ」

老剣士「然り」

スタッバー「来てくれたんだね」

老剣士「いたずらかとも思ったが、十三使徒の刻印があれば信じざるを得まい」

スタッバー「ははっ」

老剣士「それより」

スタッバー「ん?」

老剣士「お前を殺せば十三使徒の頂点の座を得られるというのは本当か」

スタッバー「ああ、そのこと。本当だよ」



968 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/26(土) 22:36:55.66 ID:uEoHJzA0

この老人、十三使徒の座を狙っている?
私はぎょっとして上司の顔を見た。
昨日までのしかめっ面から打って変わって爽やかな顔は、冗談を言っているようには見えなかった。

冗談で言ってもまずいが、本気ならばなおまずい。
あわてて口を挟もうとした私を、上司は手で制した。



969 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/26(土) 22:37:54.07 ID:uEoHJzA0

スタッバー「俺が今の十三使徒のトップだ。俺を殺せばそのポストが空く。そしたらあんたが入る。オーケー?」

老剣士「……」

スタッバー「そんな胡散臭そうな顔しないでよ。嘘はついてないからさ」

老剣士「……いや、今更疑うまい。信じよう」

スタッバー「そのときのことはこっちのに任せてあるからね。リン、よろしく」

戦士「……」

老剣士「……なるほど……では」



970 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/26(土) 22:40:56.13 ID:uEoHJzA0

その言葉を最後に老人は腰を沈め剣の柄に手をやった。
が、抜かない。

上司は静かにナイフを抜く。

夜の底がピン、と張り詰めた。

私は止める機会を逸したことに遅ればせながら気付く。
こうなれば仕方ない。私は諦めて成り行きを眺めることにした。



上司はまず、一見無防備にすたすたと間合いを詰めた。
しかし、心得のあるものにはすぐに気付くだろう。
その歩みに付け入る隙などないことに。

そして老人の間合いぎりぎりで立ち止まる。
片方が一歩踏み込めば老人の抜き打ちの剣が届く、そういう距離。

そのまま双方重い空気を挟んで対峙した。



971 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/26(土) 22:41:33.79 ID:uEoHJzA0

スタッバー「……一つ聞いておく」

老剣士「……なんだ?」

スタッバー「あんた、今朝はなぜ殺さなかったんだ?」

老剣士「……」

スタッバー「まさか、なまっちょろい信念やら信条やらで不殺を貫いてるとか言わないよね。そんなんだったら失笑もんなんだけど」

老剣士「笑止」

スタッバー「じゃあ?」

老剣士「難易度の問題だ若いの。より難しい選択肢を選んだまでだ」

スタッバー「ふーん?」

老剣士「気まぐれだよ。入都したのが昨日か明日ならば殺していたかもしれん。その程度のことだ」

スタッバー「なるほど、とりあえず安心していいみたいだね」

老剣士「……」

スタッバー「……」



972 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/26(土) 22:43:02.17 ID:uEoHJzA0

先に踏み込んだのは上司のほうだった。
ぽん、と何気なく足を振り込んだので私だったら見過ごしていたかもしれない。あ、散歩か、と思って。それぐらい何の気負いもない一歩だった。

瞬間、裂帛の気合を伴って剣の鞘走りが咆哮する。
凄絶な一打が上司の胴体を分断しようと襲い掛かった。

上司の何気ない一歩。それは素人にはそう見えるだけで実際には意味のある一歩だ。ナイフで剣の一撃を防ぐにはしっかりとした土台が必要である。そのための足幅を用意したのだ。防御に構えたつや消しのナイフが空気を薄く切り裂いた。

次の刹那剣がナイフに噛み付き、鋭い剣戟の悲鳴が辺りを満たす。

……はずだった。

そのとき、私は見た。

老人の放った剣の一閃が、上司のナイフを『すり抜ける』ところを。

上司の身体に刃が食い込んだ。
苦悶の声が上がる。
老人の顔がにやりとゆがむ。

私は目を疑った。上司は確かに防御できたはずだった。
しかし結果はこれである。
知るものには王都の魔人と呼ばれるあの上司が一撃をもらっている……



973 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/26(土) 22:44:11.84 ID:uEoHJzA0

スタッバー「ぐ……」

老剣士「……」






老剣士「……これはどうしたことだ」



974 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/26(土) 22:44:52.23 ID:uEoHJzA0

…… しかし、そこまでだった。

剣は上司のわき腹で止まっていた。
切り裂かれた戦闘服の隙間から、金属光沢の何かが覗いて見えている。
あれが剣を受け止めたのだろう。

私はほっと息を漏らした。
次に疑問を覚えた。

なぜ――



975 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/26(土) 22:45:38.42 ID:uEoHJzA0

老剣士「なぜ、お前は準備している?」

スタッバー「……」

老剣士「『こうなること』を予期していなければその準備はなかったはずだ」

スタッバー「『剣が見えず、触れられなければ避けることは不可能』」

老剣士「……!」

スタッバー「奇策や太刀筋の変化による一撃必殺を旨とする神流の剣だ」



976 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/26(土) 22:46:43.72 ID:uEoHJzA0

老人が明らかに狼狽した。

上司はゆっくりとわき腹をさすっている。
両断を避けたとはいえ、ダメージは小さくないらしい。

しかし笑っている。
目を爛爛と光らせながら。

笑っている。



977 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/26(土) 22:47:28.70 ID:uEoHJzA0

スタッバー「簡単なことさ。障害物があったら避ければいい。隙間があったら入ればいい。あんたがやったのはそんなごく単純なことだ」

老剣士「……」

スタッバー「『ナイフを避けて俺を斬った』。太刀筋の変化に極限まで通じていれば可能だろう? 違うかな? 違わないよね?」

老剣士「なぜ……」

スタッバー「俺は今朝の戦闘の跡を見てきただけさ。それで大体わかるよ。あんたの剣は防御できないことくらい。あとは知識の問題だ。知ってるか知らないか。俺は知ってるほうだったってわけ。俺は神流を知っている。あんたは神流の剣士だ」

老剣士「……」

スタッバー「神流は未知の事実が大きな武器だ。相手の知識欠如が最大のアドバンテージだ。もうあんたにそれはない」

老剣士「……」

老剣士「だが……」

老剣士「だが! それがどうした! わかったところで二度は防げまい! これで死ね!」



978 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/26(土) 22:48:45.81 ID:uEoHJzA0

気合とともに老人は上司に肉迫した。

確かに老人の言うとおりだった。防ぐことができないならばこの二撃目で終わってしまう。
上司は、不利だ。

だがしかし、上司は相変わらず笑っている。
ただ、よく見るとさっきのぎらぎらしたものとは違いさびしそうな笑いだった。

剣が上段から振り下ろされた。一直線に上司の頭を狙って降ってくる。
上司はナイフを振り上げる。
その瞬間、今度は確かに見えた。
老人の剣が、その軌道がナイフを避けるようにゆがむのを。

私は知らず戦慄する。

上司の頭が剣によってかち割られたのが見えた気がした。

悲鳴が聞こえる。

遅れて金属が地面に落ちる乾いた音が聞こえた。



979 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/26(土) 22:49:43.92 ID:uEoHJzA0

老剣士「ああ!」

スタッバー「……」

老剣士「うああ!」

スタッバー「ちょっとうるさいよ」



980 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/26(土) 22:50:37.00 ID:uEoHJzA0

老人の手の甲に刃が貫通していた。
持ち手のない刃。それは飛び出しナイフの刀身だった。

上司はナイフ好きで、似たようなナイフをいくつか持っている。
グリップのスイッチを押せば刀身が飛んでいく機構。
先ほど振り上げたナイフは、これを狙ってのことだったらしい。

先ほどは老人の一閃を捉え損ね、今度は上司の一撃を見逃した。
私は唇を噛み締める。

老人は痛みに耐性がないのかそのままうずくまっていた。



981 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/26(土) 22:51:21.96 ID:uEoHJzA0

スタッバー「あーあ、ここまでか」

老剣士「……」

スタッバー「ちょっとは楽しめるんじゃないかとか思ったのに、結局これだ。大袈裟だよあんた」

老剣士「ぅ……」



982 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/26(土) 22:52:28.92 ID:uEoHJzA0

老人は立ち上がったが顔色は真っ青だった。
確かに手を怪我したぐらいで大袈裟かもしれない。

そのままばたばたと剣に駆け寄った。
無事な方の手で取り上げたが剣尖が定まっていない。

上司は失望のため息をついて、新しいナイフをゆっくりと抜いた。



983 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/26(土) 22:53:13.10 ID:uEoHJzA0

老剣士「うわあああ!」

スタッバー「はぁ……」





スタッバー「……バイバイ」



984 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/26(土) 22:54:02.14 ID:uEoHJzA0


     ※

――あんたもか

つまらなそうな視線が私を射抜く。

――あんたも俺に届かないか

否定する。そんなことはないと。
否定する。否定する。否定する。

私はあなたに届くはず。私の意志は強いはず。

最後の一閃。手応えはなく。
代わりに焼かれるような痛みを覚えた。

     ※


985 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/26(土) 22:54:43.65 ID:uEoHJzA0

スタッバー「何、考え事?」

戦士「……すみません」

スタッバー「最近多いね」

戦士「すみません」

スタッバー「いいっていいって。どうせまた退屈な任務だ。考え事してるくらいがちょうどいい」



986 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/26(土) 22:55:41.23 ID:uEoHJzA0

今は任務に向かう途中だった。
彼の指摘通り、最近どうにも私は考え事が多い。

あの老人と上司が戦った後からだ。
夢想にふけることがさらに多くなった。

考えるのは上司と初めて手合わせしたときのこと。
弱冠二十歳にして十三使徒の№1に上り詰めたという輝かしき来歴を一瞬で無にされたときのこと。
歴然とした実力差に愕然とし、呆然とし、それ以来プライドというものを持つことをやめた。



987 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/26(土) 22:56:28.50 ID:uEoHJzA0

スタッバー「退屈だ」

戦士「私は構いませんが」

スタッバー「俺は構うの。あーあ、また強い奴、入ってこないかなあ」

戦士「……」



988 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/26(土) 22:57:23.73 ID:uEoHJzA0

上司は今日も強敵を求めて愚痴をこぼす。
私を後ろに従えて。

私は諦念を強める。
力が届かないことは飲み込んだ。
思いが届かないことにもいつしか慣れた。

ただそれでも。
私の心が折れる日は遠くない。
そのときはこの仕事を辞めるだろう。

上司がどんな顔をするのか期待しながら。



989 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/26(土) 22:58:45.49 ID:uEoHJzA0

短編:ヒューイック・オストワルドの憂鬱 ~部下の諦念~



           ~了~





10 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/27(日) 22:00:13.50 ID:vk6vkIc0




短編:側近のお仕事




11 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/27(日) 22:01:36.41 ID:vk6vkIc0

はじめまして。私は魔王様の側近を務めさせていただいている者です。
側近、とはいっても多くの方が想像しておられるような侵入者の排除業務には携わっておりません。残念ながら私は戦闘にはからっきし向いていないのです。
私の仕事は主に魔王様の身の回りのお世話や、政の補佐などです。

馬鹿にされるかも知れませんが、これはこれでなかなか大変なものです。
歴代魔王様方は、その、大雑把な方が多くて苦労させられますから。

また、たとえではなく命の危険にさらされることも多々ありました。
今日はそのときの話をしたいと思います。
少々長くなりますが、最後までお聞きいただければ幸いです。

ことの始まりは、魔王様が勇者を連れて世界を救う旅に出られてからのことです。
無事に世界は救われ世界は破滅を回避することができましたが、どうしたことか人間の中心都市が壊滅し世界はなかなかに不安定な状況に放り込まれてしまいました。
そして魔族側にこれを好機と見る者がいたのです。



12 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/27(日) 22:03:08.73 ID:vk6vkIc0

     ※


「許可をいただきたい」

元帥は直立不動で言いました。

「……」

私は机に両肘をつき手を組み、無言で彼を見上げます。
彼は魔王直属の軍の総司令官。立派な身体を持ち、その堂々たる風格で執務室全体をある種の緊張感で満たしていました。

「結論から言いますと」

対抗するわけではありませんでしたが、私は心持ち重々しく口を開きます。

「それはできません」

すっ、と元帥の目が細められました。

「なぜ」
「理由はいくつかあります」

私は動じず返答します。



13 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/27(日) 22:04:45.74 ID:vk6vkIc0

「まず第一に、あなたの言う通り今の機に人間へ宣戦布告をすれば有利にことを運べるでしょうが、それでも大きな戦争になるでしょう。魔王様のおられない今の時期にそのような重大案件を決めるわけにはいきません。せめて魔王様がお帰りになってから再度提案するべきです」
「……」
「次に、そのような重大案件を私たちだけで実行に移せば実権の乱用とも言われかねません。慎重に議論するべきです。軍部の暴走も考えられないではありません。もちろんあなたを信用してはいますが」
「しかし――」
「なにより」

私はそこで言葉を切りました。組んだ手を解き、机に触れます。ひんやりとした感触が伝わってきます。

「魔王様は戦争を望みません」
「……」

元帥はそこで沈黙します。彼も知っているのです。魔王様がどのような方であるか。

「それでも私はこの案を強く推奨する」

そう言って元帥はこちらに背を向けました。私は目を瞑ります。

「……また来る」

足音が遠ざかり、扉が閉まる音が響きました。



14 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/27(日) 22:06:13.28 ID:vk6vkIc0

キエサルヒマ大陸はかつて、全てが魔族の領土だった。魔族の間ではそう伝えられています。そのため、人間を排除もしくは支配下に置いて、大陸を魔族の手に取り戻そうと言う者もいます。
先ほどの元帥もそのような魔族の一人でした。

前述したように、人間のほうは中心都市の崩壊で不安定になっています。その隙を狙って戦争を仕掛け、領土を拡大しようというのが元帥の提案です。
そして魔王様が旅に出ている間その代理は私で、あらゆる指揮権は私が持っていました。もちろん軍の出撃許可も。元帥はそれを欲して私のもとを訪れたのでした。

執務室で一人ため息をつきます。
私は彼の提案に反対でした。大陸の支配権を得たいと思うのはわかりますが、私個人は今の安定に満足していましたし、戦争となれば大きなコストが発生するのは必然だったからです。それは金であったり、労力であったり、命であったり。
私は博愛主義者ではありませんでしたが、むやみに痛みを振りまくそれを許してしまえば一生後悔を背負うことになるだろうと思ったのです。

私は目を開けて、しばらくじっと元帥の消えた扉を凝視していました。



15 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/27(日) 22:07:42.00 ID:vk6vkIc0

ある日のことです。勇者とその仲間を城の裏口から送り出し、執務室で一息ついておりました。
机に置いた紅茶のよい香りが鼻をくすぐります。
窓からはやや傾いた太陽の日差しが差し込んでいました。

私は書類の束から数枚取り上げてさっと目を通します。
そのほとんどが、魔界各地の魔物が人間界の混乱に乗じ蜂起寸前であることを報じる内容でした。
私は嘆息して紅茶のカップを取り上げました。口をつけます。
そのときでした。唇に痛みが走ったのは。

「?」

たいした痛みではありませんでしたが、いぶかしく思いカップを目に近づけます。
カップに特に異常はありません。
が。

「う、ん?」

違和感がありました。なんというか目がちらつきます。視野が狭くなっている気がします。そして頭が重い。
私は知らず前かがみになっていました。これはおかしい。立ち上がろうとして失敗し、椅子から落ちました。そして痛み。
床に倒れて、それでも立ち上がることができません。視界がゆっくりと暗くなり――



16 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/27(日) 22:09:47.17 ID:vk6vkIc0

     ※


「っ……」

私は瞼を開きました。薄明かりに照らされた天井が目に入りました。ベッドに寝かされているようです。
ここは……

「……目を覚まされましたか」

低い声が聞こえました。仰向けの首をゆっくりと横に向けます。なぜかそれすらも億劫でした。
白いローブを着た老魔族が目に入ります。彼には見覚えがありました。医者。

「私は……」
「あなたは執務室で倒れていたところを侍女に発見され、ここに運ばれました」

医者の声はぼそぼそとして少し聞き取りづらいものがありました。

「私が、倒れた……?」
「ええ、これを見てください」

そう言って彼が掲げたのは小さなカップ。見間違えでなければ私のものです。

「ここに」

彼はカップの飲み口を示します。

「小さな小さなガラス片が」



17 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/27(日) 22:10:53.06 ID:vk6vkIc0

「ガラス?」

彼はカップをベッドの脇の棚に置きました。

「それに即効性の毒が」

ひやり、と空気が止まりました。
毒?

「あともう少し量が多ければ、処置が遅れていれば……目を覚ますこともなかったでしょう」
「……」

私は呆然としていました。
手が一度、かすかにぶるりと震えました。
彼はちらり、と私の目を見ました。それまでは彼の視線は床か、どこか低いところにありました。

「仕掛けたものに、心当たりは?」

私は少し考えました。

「……ありません」

嘘です。

医者はしばらく黙り込んで考えるような顔をしていました。しかし、ふいと顔を上げると「一週間ほどでよくなります」とぼそぼそとつぶやいて部屋を出て行きました。

「……」

私は毒を盛った者に気付いていました。それどころかわざと私を生かしたことも理解していました。
これは私をいつでも殺せるということを私に示すための行為なのです。
これは私への警告なのです。

私は薄暗がりの中で、ベッドに仰向けになりながらしばらく意識を硬化させました。
何も考えず、何も思わず。

そして、目を閉じました。



18 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/27(日) 22:12:32.98 ID:vk6vkIc0

二ヶ月が経ち、毒の影響も全くなくなったころ。勇者が再び魔王城を訪れました。そのとき私は魔界にある争いの火種を抑えて回っているところでした。
遅れて出迎えに出た私が見たのは、勇者と対峙する元帥の姿です。
私は警戒を隠さずに彼に接します。

勇者を連れて魔王城の中に入り、元帥の視線が届かなくなったころ。私はようやく肩の力を抜きました。
それから勇者に助言を与え再び裏口から送り出します。裏口に元帥の姿がないことに安心している自分がいました。
安心? そう。私は彼を恐れていたのです。


     ※


勇者が地獄に向かい、十日ほどしたころ。夕刻。執務室の扉が開きました。

「失礼する」

元帥です。私は執務室の机の前でそれまで閉じていた目を開きました。
ついにこの日が来た、と。

「どうなさいましたか?」
「話をしに来た」

元帥のよく通る声が返答します。以前の直立不動の姿勢はどこへやら。どこか砕けた雰囲気でした。
私は決められた手順をなぞるようにさらに質問を重ねました。

「話とは?」
「生命の話だ」
「生命?」
「命とはすばらしい。生れ落ちたときから輝き始め、一生のうちに明滅を繰り返しながらやがて消えるが、その輝いた痕跡は消えることはない」
「そうでしょうか。忘れられてしまうものも多い気がしますが」
「忘れられるのと消滅とはまた別の話だよ、ギル」



19 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/27(日) 22:13:49.39 ID:vk6vkIc0

ギル。私の名前。その名で呼ばれることは最近はめったにありませんでしたが。

「忘れられようがなんだろうが、そこにあったという事実だけはなくならない。それぞれにドラマがあり、スペクタクルがあり、まあその大きさには個人差があるものだが……」
「……」
「ギル、お前はどうかな?」

首にひやりとしたものが触れました。鋭い感触。その気配だけで皮膚を裂き、血管を断ってしまいそうなほどの。
いつの間にやら後ろに気配がありました。その気配の主が私の首に細い刃を当てていたのです。
突如現れた気配は一つだけではありませんでした。私の真後ろに一人、机の脇に一人、元帥の右隣に一人。
黒衣と仮面をつけたそれらの人影は、いきなり現れた以外何の動きも見せずただそこにいるだけでした。ただいるだけで圧迫感を私にあたえていました。

「……」

それでも、私は無言でした。その様子を見て元帥が声を、感嘆の声を上げます。

「さすが魔王様の側近。この程度では動揺しないか」

私はそれを無視して口を開きます。

「最近、魔物の打倒人間の動きが活発でした。人間側の混乱を好機と見た魔物たちが多かったのでしょうが、それにしても少々過激すぎました」
「……」
「火種を起こして回っていたのはあなただったのですね、ガル」

ガル元帥は何も言わず、ただ口角を少し持ち上げて見せました。

「それだけではありません、私のカップに細工をしたのもあなたの手のものでしょう」
「さて……」
「あなたの狙いは私を脅して打倒人間の出撃許可を得ることですね」

ふ、と息の漏れる音が聞こえました。元帥がかすかに笑った音です。

「お前には選択肢は少ないなギル。許可を出すか。それともここで死ぬかだ。私としてはどちらでもいいのだが」

確かに。たとえ私が死んでも、いや死んでしまえばいくらでもやりようがありました。元帥というのはそれほどの地位なのです。



20 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/27(日) 22:14:52.48 ID:vk6vkIc0

「……」

私は口をつぐみました。そこであらかじめ考えていたいくつかのことを再度頭の中で転がします。
元帥はそれを降伏ととったようでした。

「選べ」

首もとのナイフがほんのかすかに圧力を増します。彼らに躊躇などというものは望めません。元帥直属である最強の暗殺部隊、通称“黒衣”たちは感情というものを剥ぎ取られた者たちなのです。
人間よりはるかに強い力を持つ魔物が、極限までその制御に尽力したとき、彼らのようなものが生まれました。

私は慎重に言葉を選びます。

「時間を、いただけないでしょうか」

元帥はく、と少し笑いました。

「時間? 祈るためのものか? 魔物に神はいないだろう、ギル?」

確かに魔物は基本的に宗教を持ちません。ですがそれ置いておきましょう。

「考える時間です」

元帥はすっと真顔に戻りました。

「考える時間? お前に与えられた選択肢はたったの二つだ。そして悩むほどの問いではない」

元帥はつい、と手を上げます。

「死ぬか?」

ぶしゃ!

突如部屋にそのような音が響きました。血が執務室のテーブルを汚します。すうっと視界が暗くなったような気がしました。
そう、これは私の血。私の首から吹き出した血……
ぐらりと視界が傾きました。椅子から転げ落ちるかと思いましたが襟元をつかまれ乱暴に椅子に戻されます。元帥が何か言いました。

「頚動脈は外した。だが次はない」

私は静かにその目を見返しました。

「ほう、この段に至っても冷静とは!」

今度こそ心からのものでしょう、元帥が感嘆の声を上げました。



21 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/27(日) 22:16:06.62 ID:vk6vkIc0

「考える時間をください」

私は繰り返します。

「考える時間を、ください」

元帥は黙りました。何か考えているようです。先ほどは私を殺してもいろいろやりようはあると述べましたが、それでも面倒ごとは避けられません。うまく処理しなければ魔界が魔王派と元帥派に分かれて内紛が起きてしまうでしょう。
元帥にしても私から直接許可をもらえるほうが多少は都合がいいのです。

「五日間だけでかまいませんので」

私は言葉をかぶせます。

「それともその間に私が対抗手段を手に入れるとでも?」
「それは、ないな」

元帥は断言しました。確かに黒衣は魔物の中でも突出して強力です。そう簡単に対抗手段は用意できません。私が持っている手駒は主に政の方面にしか役に立ちません。武力の面で私は無防備なのです。

「でしたら――」
「いいだろう」

しかし元帥は付け足します。

「ただし時間は三日間だ。それ以上は待たん。それまでに決めろ」

そう言ってこちらに背を向けました。
どうやらとりあえず私の首はつながったようでした。
が。

「ああ、それから」

元帥はさらに付け足しました。

「魔王様のお父上、お母上のお住まいは押さえてある。妙な真似をしたらその方々にも危害が及ぶと考えろ」

すっ、とさらに血の気が引くのを感じました。
魔王様の父上様、母上様の情報は外に漏れぬよう厳重に扱われていました。それを知る者は城にも数人もいません。魔王様の弱点だからです。

元帥が出て行き、執務室の扉が閉まりました。いつの間にやら黒衣らの姿も消えていました。
私の首からは先ほどから止まらぬ血が、私の服を汚しています。それでも私はぬぐいませんでした。ぬぐえませんでした。
私は扉の外の遠ざかる元帥の足音に、じっと耳をすませていました。



22 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/27(日) 22:17:08.95 ID:vk6vkIc0

時間は瞬く間に過ぎました。その間、私はあれこれと手を尽くしたのですが、どうにもなりませんでした。

そして三日後。夜。私は執務室の机について顔の前で手を組んでいました。
明かりはつけていません。それ以前に目を瞑っていたのですが。

扉が音を立てて開きます。大柄な何かが入ってくる気配がしました。もちろん元帥です。扉が閉まりました。

「ギル、答えを聞こう」

朗々と声が響きます。私は目を開きます。見るまでもなく、首に刃が突きつけられているのがわかりました。
部屋には私と元帥、そして黒衣三人分の影があります。それらは窓から差し込む月の光にぼんやりと照らされていました。

「答え、ですか……」

私はつぶやきます。

「そうだ、答えだ」

元帥の表情は見えません。ただ、暗闇の中でかすかに笑う気配だけが伝わってきます。

ひたり、ひたりと音が聞こえます。いいえ、違いました。それは私の頭の中だけで響く音です。
死の足音。ゆっくりと、しかし確実に私の元に向かってきます。

「さあギル、どうする? 許可はいただけるのかな?」
「……」

私は少し……ほんの少しだけ考え、口を開きました。

「お断りします」
「そうか」

元帥の右手がついとあがりました。首筋の刃がピクリと動いた気がしました。
そのすぐ後には私の死体が残るのでしょう。
しかし。
そのとき、私は全く別のところを見ていました。元帥の背後の扉。そして必要なのは一瞬を耐え切る覚悟だけ。



23 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/27(日) 22:18:10.46 ID:vk6vkIc0

がしゃあぁん!

突如けたたましい音を立てて窓が割れました。そして落ちる刃。私の後ろの黒衣が崩れ落ちます。

「っ!?」

元帥の驚く気配が伝わってきました。
しかし彼を置いてきぼりに、今度は扉が勢いよく開きます。そして飛び込んでくる、鋭い気合。

「シッ ――」

元帥の隣にいた黒衣が完全に不意をつかれ、一刀のもとに黙しました。
元帥は驚いてよろめきます。

次に動いたのは最後の黒衣でした。
ナイフを抜き放ち、部屋に入ってきた影に気合すら上げずに飛び掛ります。

影はそれを受け止めました。そして響く破裂音。黒衣が倒れます。硝煙のにおい。

黒衣が一人残らずやられたのに気付き、ようやく元帥は動きを見せました。抜剣して影に斬りかかります。
が。

タァン!

窓から何かが飛来します。刃が影に届くその前に、元帥は転倒し剣を取り落としました。
影が元帥に剣を突きつけます。

「……終わったぞ」
「ご苦労、勇者」

月明かりが影――勇者を照らし出しました。剣と拳銃をぶら下げた彼の顔を。

「何だ……一体、何が……」

元帥の声を無視し、黒衣の死体を避けて割れた窓に近づきます。窓の外には木が枝を投げかけていました。木の上にいる魔術士がこちらに手を振っています。



24 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/27(日) 22:19:26.70 ID:vk6vkIc0

私はそれには手を振り返さないまま声を口を開きました。

「私には武力はありません。それに類する手駒も」

背後の元帥は、肩を拳銃で打ち抜かれ立ち上がることもできないようでした。

「ですが、手を貸してくれる知人には心当たりがありました」
「勇者……」
「その通り」

振り向いた先には、相変わらず元帥が倒れています。勇者に取り押さえられたまま。

「貴様正気か? こいつは人間だぞ!」
「私のモットーは使えるものは敵でも使え、です」

元帥の怒り交じりの声に、私はあくまで冷静に応答します。

「それが私です」

元帥の低くうめく声が聞こえました。

「私にはむかう気か……! 魔王様のご両親がどうなっても良いと……!?」
「私にブラフは通じませんよ」
「何?」

私は元帥に歩み寄り、膝をつきました。うつぶせの彼の耳元に顔を近づけます。

「あなたがご両親のお住まいを押さえているというのは、嘘だ」
「……嘘など」
「なぜなら……」




「私が殺したからです……魔王様のご両親を」




25 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/27(日) 22:24:41.44 ID:vk6vkIc0

元帥が言葉を失いました。
勇者もまた、こちらを見て言葉を失っているようでした。

魔王様のご両親は、魔王様の心の支えであると共に大いなる弱点でもあります。それを放置しておくのがおかしいというものです。

ややあって、元帥が声を上げました。

「…… なるほど、貴様は最初から知っていたのか。知っていて時間を稼いだのか」

事実上嘘を認めた彼は、横目で私を見上げました。
その目に憎憎しげな光が宿ります。

「貴様、なにゆえ人間との戦争を避けようとする? 今我々が攻め込めば十中八九我らの勝利だ」
「……」
「お前も! 人間が憎くはないのか! 人間に復讐したいとは思わないのか! 奴らは我らが父母の仇だぞ!」
「……」
「そうだろう! 我が弟よ!」

声を荒げる元帥の――兄上の言葉を聞きながら、私は両親のことを思い出していました。
私たちの粗相を厳しくしかりつけながらも、その裏にどこかやさしさを忍ばせるその声を。

「憎いだろう!? 殺してやりたいだろう!? お前にならできる! いや我らならばそれが可能なのだ! 人間どもを殺して、殺して、殺しつくしてやろうではないか!」

私はため息をつきました。深く、深く。

「許可を出せ! 私に出陣の許可を!」
「私はどうやらあなたを買いかぶっていたようです、兄上」
「……何?」

私は兄上の目を見下ろしました。

「確かに私たちは人間に両親を殺されました。私も人間が憎い。でも――」
「……」
「私たちは一人の魔物である前に、魔王様の家臣なのですよ、兄上」
「……!」

そうなのです。私たちは私情に流されてはいけません。魔王様の部下として常に冷静に、常に客観的でなければいけません。

「あなたは言いました。命は決して消滅はしないと」
「……」
「私たちは彼らを忘れてはいません。ならばなおさら消えてなくなったりはしないのでしょう。両親は私たちの中に生きていますよ」
「……」

兄上は、それきり黙りこみました。月が雲に隠れて、その表情は読めませんでした。



26 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/27(日) 22:25:52.82 ID:vk6vkIc0

「お前は本当にあいつの両親を殺したのか?」

一応の決着がつき、元帥を執務室に残して勇者たちを部屋に送り届けたときのことでした。勇者が私に問うてきました。私は落ち着いて返します。

「どう思う?」
「……さあな。ただ、本当だとしたら俺はお前を許さない」

勇者の視線が、私をまっすぐに射抜いていました。私もそれを見返します。

「……私が魔王様の悲しむようなことをするとでも?」
「……」

しばらく私を見つめた後、勇者はついと視線を外しました。

「……それもそうか」

兄上が魔王様のご両親のお住まいを押さえたと聞いたとき、私の頬を冷や汗が伝いました。あれは嘘ではありません。
そして私は魔王様の忠実な部下なのです。

「俺はもう寝るよ、明日出発だしな」
「ゆっくり休むといい」

勇者が部屋に消えました。私はそれを見届けて、その場を後にしました。



27 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/27(日) 22:26:46.88 ID:vk6vkIc0

     ※


直された執務室の窓から午前の日差しが差し込んでいます。
三人を見送ってから、お茶を飲みながら書類を読んでいました。

元帥の件は終わり、とりあえずは彼に関する大きな動きはありません。
彼はいまだ元帥の地位にありますが、すぐにまた物騒なことをする余裕はないでしょう。

ですが、各地の魔物の動きは、戦争の火種はまだなくなっていません。私が再び命の危険にさらされることもあるでしょう。
怖くはないのか、ですか?
……正直に申し上げれば、怖くて怖くてたまりません。しかし、これが私の仕事。
側近のお仕事なのです。



28 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/27(日) 22:27:46.27 ID:vk6vkIc0

短編:側近のお仕事



   ~了~



38 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/29(火) 22:00:19.30 ID:rPyt4gM0




短編:我輩と妻




39 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/29(火) 22:02:10.13 ID:rPyt4gM0

 乾いた風が肌をぴしぴしとたたいていた。荒野の風。空を見上げれば、そこには紫色の濁りが待っている。空一面が紫一色だった。風は、そこから吹き降ろしてきているようだ。ふと、血の臭いが鼻をついた。血の池から漂う鉄色のにおい。

 ここは“地獄”と呼ばれている。とは言っても罪人が落ちる死後の世界ではない。そこはれっきとした現世だった。生者のものかというとそれも微妙だったが。過去と現在が入り混じる一種の異界で、混沌とした様相を呈していた。空が紫色なのもそこらへんに起因しているらしい。砂と岩の地表が続き、生けるものにはどうにも適さない場所だった。だがそれは今の彼にはどうでもよいことではある。

 彼。ぐねぐねとした地獄の植物が生え散らす血の池(実際には酸化した鉄の成分が溶けている池だ)のほとりに立つ魔王ニギは、実際には空を見上げもしなかったしこの場所について思索をめぐらすこともなかった。ただ、凝視していたのだ。

 血の池のほとりにはもう一人分、人影があった。シルエットは女性のものだ。ニギと向かい合わせに立ち、赤い液体が滴る裸体を惜しげもなくさらしていた。

(ぬう……?)

 そう、裸体。なぜか、裸体。ニギは胸中で疑問符を浮かべながらその女を眺めた。目の覚めるような鮮やかな金の長髪が、その褐色の肌に濡れて張り付いていた。その髪の下にある端正な顔立ち。どこを見ているのかわからない神秘的な視線がニギを通り抜けて虚空に注がれている。そして豊かな乳房は垂らした髪に隠れていた。体側の魅惑的な曲線。女の背後からは白く、小さい翼がのぞいている。外見の年齢は、人間で言えば十代の後半といったところか(魔族の年齢を人間の基準で測るほど愚かなこともないが)。見た限りでは頭部以外の体毛は一切なかった。

 身体が濡れているのはつい先ほどまでこの女が血の池で泳いでいたためだ。ニギは池の水面から生えた脚を見つけ、近寄り、姿を現した彼女と対面したのだった。

 ふとニギは喉の奥につっかかりを感じた。ぼやっと、軽く咳き込む。だがその女から目を離すことはできない。

(ああ、そうか)

 ニギは、自分が何かを言おうとしたのだと自覚した。その言葉が喉に詰まり、咳が出たのだった。ならば自分は何を言おうとしたのか。胸中に問いかけ、汗ばんだ手を拳の形に軽く固めた。



41 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/29(火) 22:03:18.38 ID:rPyt4gM0

 息を吸う。吐く。

「あの!」

 上げた声は意図したよりもはるかに大きく、ニギ自身を驚かせた。目の前の女性に大きな反応はなかったが、ほんのかすかに首をかしげたようにも見えた。

「その、だな……」

 胸中にあるいくつかの言葉を慎重に吟味し、選択する。あるものの中で最良の選択肢を選ばなければならない、と思った。でなければ、目の前の女性はふっといなくなってしまう気がした。これは一種の審判なのだ。勝ち負けの境目など知らないが、確かに審判であった。ニギは選んだ言葉を割れ物を扱うように慎重に、できる範囲の中で最高にいい顔でもって吐き出した。

「結婚してくれ。ていうかおっぱいもませろ」

 風が吹いた。荒野の風。
 その風が突如強烈に渦巻く。鈍い痛み。

(痛み?)

 そして、良い香り。目の前に金髪の頭があった。見下ろすとつむじがよく見えた。乳房。加えて膝。ニギの腹に埋まった膝。

「が……!」

 苦悶の声が漏れた。肺から空気が際限なく零れ落ち、二度と戻ってはこない。すさまじい威力だった。油断していたとはいえこの強靭な肉体を持ち、伝説の腹巻を装備する魔王を一撃で沈めるなどとは。

 空気を求めるのと反射とで手をあげた。ふらっとさまよった手が、何かに触れる。やわらかく、それでいてぷるりと弾力のある触感。

「――っ」

  ……何だ、そんな顔もできるんじゃないか。そう思った次の瞬間、先ほどよりも軽く、しかし鋭い打撃がニギの頭を襲い、彼は今度こそ意識を失った。その間際、二ギの頭に浮かんだのは、どこを見ているかわからない表情から一転し虚を突かれ目を見開く女の表情。そしてもっとしっかり揉みこんでおけばよかったなあという悔悟の念だった。



42 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/29(火) 22:05:15.79 ID:rPyt4gM0

     ※


「ご結婚百周年、おめでとうございまーす!」

 かんぱーい、と声が各所であがった。続いてクラッカーの軽快な破裂音。魔王城の大広間である。そこで盛大なパーティーが催されていた。大広間の一段高くなったところにいたニギは、魔物たちの視線と祝福を浴びながら機嫌よく微笑むと、グラスをあおった。それから隣を見る。

 真紅の簡素なドレスを身に着けた女がそこにいる。とくにどうということもない表情でたたずむ彼女は、見た目に関して言えば、出会った頃とたいして変わっていなかった。相変わらず綺麗だ。

「どうしたルフ。もっと楽しそうな顔をしろ」

 言われて妻は、どこかげんなりとした表情をこちらに向けた。

「百回目ともなればさすがに感情も動かなくなります」

 彼女は持ち上げたグラスをゆらゆらと意味なく揺らし、彼女は続ける。

「一ヶ月に一回やっていればなおさらです」

 言われてニギは記憶を探った。今年に入って三ヶ月。先月の今日に一回。先々月の今日にも一回、それぞれパーティーを開いている。ニギは思い出して苦笑した。これでは確かに、

「少なかったやもしれんな」
「違います」

 特に感情の起伏もなく冷静に突込みが入った。



43 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/29(火) 22:06:13.61 ID:rPyt4gM0

「大体あなたと言う人は」

 妻はぶつぶつとこぼしたが、ニギはあまり気にはしなかった。

「大丈夫だルフ」
「何がですか?」
「今月は祝賀会を二回に増やそう」
「勘弁です」

 妻の眉間に皺が寄る。

「……私は何でこんな人と」

 その呟きは、今度こそニギには届かなかった。



44 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/29(火) 22:07:29.76 ID:rPyt4gM0

     ※


 ばしゃばしゃと音がする。ニギは立ち止まって耳をすました。音は控えめで、泳いでいる誰かはそれほどぶきっちょではないらしい。しばし考えて歩みを再開した。池のほとりに立つと、その真ん中ほどに水の乱れがあることに気づく。そこにいるようだ。

「おーい」

 声と共に手を振ると、ぱたりと水音が止んだ。しばらくして、ぽちゃり、という音と共に池の真ん中の水面に金髪がのぞいた。

(あれは、警戒されているな)

 ニギは苦笑して手を引っ込めた。

「また、会いに来た」

 水音が再び上がる。心持ちここから遠ざかるようにして泳ぎを再開したようだった。ニギは嘆息して池のほとりに腰を下ろした。昨日のことを思い出す。気を失ったニギは、あの後水面に顔をつけた、うつぶせの状態で目を覚ました。いろいろな意味で危うかった。というか実際死ぬところだった。

(我輩そんなに嫌われたかあ)

 半眼になりながら胸中で呟く。最近、いいことがない。毎日毎日勉強と鍛錬の連続。死にそうになったことも一度や二度ではなかった。元帥はもとより、側近はああ見えて手加減を知らない。そして、魔王としての素質は十分にあると自負していたが、それと人望は別のようだ。魔王城につれてこられてだいぶ経つが、一向に正式な魔王にしてもらえない。いや、一応魔王の座にはあるのだが、実権はないに等しく、ほとんどお飾り魔王の状態だった。



45 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/29(火) 22:09:32.26 ID:rPyt4gM0

(時間がないのではなかったか)

 世界の破滅については知らされていてかつ今も勉強中であるが、時間がないというのは共通認識らしい。ならばなぜさっさと人間に対してアクションを起こさないのか。当の側近はそしらぬ顔で「精進なさい」と言うのみだ。

「ねえ」

 いきなりかけられた声に、慌てて思索を中断する。見上げると、先ほどまで泳いでいたはずの女がすぐ脇に立っていた。相変わらず生まれたままの姿で。どうやら羞恥心というものがないらしい。

「あなた、誰?」
「それは本来なら昨日聞くべき言葉だと思うが」

 女は気にしなかったようだった。

「だってあなたが失礼なこと言うから」
「何のことだ?」
「……」

 女の表情はあまり変化しなかったが、どこかむっとした雰囲気を加えた。

「……すまん。確かにそうだったかもしれん。言い直そう」 

 急に心の底から謝罪の気持ちが溢れてきた。だからといって殺されかけたのはいまいち納得がいかなかったが、まあとにかく、次々と沸いてくる贖罪の念をまとめてニギは吐き出した。

「そのおっぱいをもみしだかせてくれ」

 めきょ。

 何かがつぶれる音がした。甲高い痛みを感じながらその音を聞いていた。いや、聞いていなかった。ニギの意識はそのまま闇の中に落ちていった。



46 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/29(火) 22:10:44.14 ID:rPyt4gM0

「それで、あなたは誰?」
「ニギ。魔王だ」

 つぶれた鼻は何とか治癒できたようで安心した。見た目にはあまり頓着しない主義だが、それでも鼻つぶれのまま一生を過ごすのは抵抗がある。

「魔王。あなたが」

 語調に驚きは見えず、どちらかと言うと見下すような気配を感じてニギは顔をしかめた。

「魔王。我輩が」

 女は興味を失ったようにふい、と顔をそむけると、再び池の中に入っていった。



 次の日。ニギは再び血の池を訪れた。ばしゃばしゃと音がしている。今日も泳いでいるようだ。実際には血ではないとはいえ、酸化した鉄の池を泳げば何かしら不都合があるはずだが、まあ、女とはいえ魔物だ。気にすることはないのだろう。ニギは昨日と同じように池のほとりに座り込んだ。

「またきたの」

 しばらくして上がってきた女が言う。

「まだお前の名前を聞いてないからな」

 女は表情を変えなかったが、あからさまにうっとうしそうな気配が滲み出してきた。

「ルフ」

 それでも無視しない程度には機嫌が良かったらしい。

「ルフ、か」

 悪くない名だな、とニギは思った。



47 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/29(火) 22:11:20.85 ID:rPyt4gM0

     ※


「おい、あれないのか、あれ」

 不意に食べたいものを思い出し声を上げる。名前を思い出せずにしばし脳内を探るが、

「それならあっちのテーブルですよ」

 妻は全くよどみなく答えた。果たして思い浮かべたものと同じものをそのテーブルにみつけ、ニギは感心する。人の思考をよく把握しているというかなんというか。

「そりゃこれだけ一緒にいれば考えていることも分かりますよ」

 今度は思考を読まれ、ふむ、とニギは鼻を鳴らした。



48 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/29(火) 22:12:10.84 ID:rPyt4gM0

     ※


「お前は何でいつも一人なのだ?」

 ふと、思ったことを口に出す。ここ最近日課になった血の池通い。池のほとりで座りながら問いかけたが、泳いでいるルフはその言葉を無視したようだった。

(まあ、いいか)

 たいして気になることでもなかった。堕天使族(ルフの背中には三対の翼があるので間違いないだろう)というのは珍しいので生態を把握しているわけでもない。ただ、その絶対数自体は少なくないと聞いているので、いつも一人きりというのは奇妙に思えた。

「いいじゃない別に」
「え?」

 唐突に聞こえた声に顔を上げる。彼女は池の近いところから顔を出していた。

「一人じゃ悪い?」
「別に悪かない。ただ、ちょっと気になるだけで」

 ルフは泳ぎを再開した。よく考えると、背中に羽があるのに飛ぶことよりも泳ぐことが好きというのはおかしいかもしれない。もっとも、堕天使族の翼というのは人一人を持ち上げることができるほど強いものではなかった。昔は飛ぶことができたのもしれないが。

「あなただって一人じゃない」

 ニギは沈黙し、しばし考えた。

「うーん、まあ、そうだな」

 認める。ルフはまた泳ぎに戻っていった。
 何か合図があったわけではないが、今日はそれでお開きになった。



49 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/29(火) 22:13:05.23 ID:rPyt4gM0

     ※


 料理を含んだ口が、突如火を噴いた。いやそんなはずはないが。錯覚を抱くほどには凶悪ではあった。

「――ッ! ……ッ!」 

 喉が瞬時に焼かれ、声すら出せない。床に倒れ伏し、そのまま喉をかきむしる。
 配下の者が仰天してやってくるが、どうしようもなくおろおろしている。

(ぬかった!)

 ニギは胸中で舌打ちした。そんな余裕があったことに自分で驚く。

「魔王様!」

 側近がすぐさま駆け寄ってくる。彼の顔は他のものと違い、ひどく冷静だった。

「あれほど注意するように申し上げたではありませんか!」
(すまない、忘れていた)

 と言いたいのだが、声が回復しない。その事実にぞっと背筋を冷やす。
 妻に目をやると、相変わらずの無表情をこころもち青くしていた。

 そう、妻の手料理である。

 彼女はドのの付く料理下手。今日も押し留める家臣の忠言を聞き入れず、並ぶ料理の中に自分のそれを混ぜたのだろう。
 見た目だけは並以上なためにたちが悪い。

 ニギは家臣が持ってきた水を、やっとのことで喉に流し込んだ。



50 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/29(火) 22:14:13.61 ID:rPyt4gM0

     ※


 今日も今日とて血の池通い。ニギは昨日までと同じように池のほとりに座っていた。

「飽きないわね」

 ルフが珍しく池から上がってきて、言う。

「人のことはいえないと思うが」
「そうね」

 ルフは髪を軽く絞ると、ニギの隣に腰を下ろした。

「?」

 珍しいことだった。てっきりルフはニギのことを嫌っているか、少なくとも警戒しているものと思っていたからだ。
 しばらく沈黙が流れた。荒野の風はお世辞にも気持ちの良いものとはいえない。ぴしぴしと肌を干からびさせていくような風。空は紫で暗雲が渦巻き、小さな轟きの音が聞こえていた。ただ、雨は降りそうにない。
 ニギはあくびをした。と。

「ねえ、あなたは親のこと好き?」

 唐突に声が上がった。ポツリと呟くようで、注意しなければ自分への質問だと気づけなかった。

「何だいきなり」
「親のこと、好き?」
「……」

 ニギは言葉を返さなかった。回答を考えていたわけではない。回答など、ニギの中では決まりきっていたのだ。

「私は、嫌い」

 ルフは言って、膝を抱えた。目は相変わらず池の向こうを、遠くを見ている。べったりと湿った髪が肌に重くしがみついていた。



51 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/29(火) 22:15:22.09 ID:rPyt4gM0

「…… ううん、よく分からないんだわ」

 ルフは無表情に言葉を続けた。

「昔は大好きだったの。いつも母さんの後ろをついて回って、父さんに抱っこしてもらってたわ。あたたかくって、ふわふわの何かに包まれているようで、とても幸せだった」

 風が止んだ。

「でも、今は違うの。別に嫌いになったわけじゃないんだと思う。でも、今はそのふわふわに包まれるのがいやでいやでたまらないの。くすぐったいそれは私の喉の奥に居座って息を詰まらせるの」

 ルフの声もまた、平板で、何の感情も感じさせなかった。

「ときどき思う。どこまでもどこまでも走っていきたいって。いつまでもいつまでも走り続けて、いっぱいに助走がついたらこの翼で空を飛ぶの。この紫の空でもいいけど、私は外の青い空が飛びたいわ。きっと、とても気持ちいいんでしょうね」

 堕天使族は地獄の空しか知らない。そこに住んでいて外に出て行かないのだから当然のことだった。そして、それは不幸なことでは全くない。はずだ。

 ニギは黙って聞いていた。思うところはあったものの。

「あなたは外から来たんでしょう。外はどんなところなの」

 つい、とニギに視線が振られる。彼女の青い瞳を見返しながらニギはしばし考えた。自分が当たり前としていることを改めて説明するとなると案外難しいものだが、二ギが考えていたのはそのことではなかった。ふと、遠雷の音がかすかに耳に届いたのに気づいた。

「我輩は、嫌いではないな」
「は?」



52 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/29(火) 22:16:40.44 ID:rPyt4gM0

「先ほど我輩に聞いたな、両親のことが好きかと。我輩は嫌いではない」

 今度はルフが黙った。平板な視線を、見るともない様子でニギに注ぐ。

「好きだと断言できないところが悲しいところではあるが。まあ、もう別れてから何年にもなるしな」

 ルフの視線が少し変化した。危ういことを聞いたことによる躊躇。そして若干の、好奇心。

「死んだの?」
「……そういう質問はもっとソフトに聞くものだと思うがな。いや、いい。死んではいないさ」

 ニギはため息をついた。

「別れたのだ。もうずいぶん前に」

 心のそこがひんやりとするのを、ニギは感じた。感傷に浸りそうになる心をそっと掬い上げる。

「我輩は魔王だ。魔王というのは並大抵のことでは務まらない。中途半端な気持ちではだめだ。だから別れさせられた」
「別れさせられた?」
「ああ、部下にな」

 ありもしない郷愁の思いにとらわれそうになる。それは錯覚だ、きっと。そうでなければならない。魔王ならば。

「まあ、それだけのことだ」
「あなた、家出してきたんでしょ」

 ニギは視線を池に振った。

「何の話だ?」
「あなた、家出してきたんでしょ」

 繰り返す。ルフは、ニギの逸らした視線の先に顔をさしこんできた。

「何を馬鹿なことを」



53 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/29(火) 22:17:44.02 ID:rPyt4gM0

「間違いないわ。ここから魔王城まではそんなに近くないらしいわね? 毎日来れるはずがないのよ」
「……」
「私にちょっかい出すためにそんなに長く滞在するなんて考えられない。だとしたらやっぱり家出でしょ」
「……」
「私も家出してきたから分かるわ」

 ニギはさらに目を逸らしたが、さらに回り込まれた。しばらくそれを繰り返した後、諦めてため息をつく。

「見事な推察だ」

 ルフが、ふふとかすかに笑みを洩らした。

「ねえ、どうして?」
「……まあ、いろいろあったのだ」
「いろいろって?」

 ニギは必死で言葉を探した。

「いや、その、毎日毎日修行ばかりで大変だったし……」
「……」
「元帥は感じ悪いし……」
「……」
「えっと……」
「……」

 ニギはさらに言葉を捜そうとして、ようやく観念した。

「……父上と母上に会いたくなったのだ」
「ださい」

 ルフの瞳が面白そうにくりくりと動いた。彼女には珍しい、活き活きとした表情だ。



54 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/29(火) 22:18:39.16 ID:rPyt4gM0

「そんなこと言ったって、我輩、甘え盛りの頃に別れさせられたし……」
「ださいわ」

 ルフは、目元をかすかに緩ませて続ける。

「大体あなた何歳なの。もう十分に大人でしょ」
「……」

 今年でちょうど二十五になる。

「……親に会いたくなるのに歳は関係なかろう」
「そういうものかしら」

 ルフは回りこんだ無理な体勢から、もとの位置に身体を戻した。

「でも、何で地獄に来たの」
「あてがなかったからな。とりあえず思いついたところに行こうと思ったのだ」
「魔王城は今、大混乱でしょうね」
「だろうな」

 最近、自分の首を狙った自称勇者が何人か魔王城に忍び込むようになっていた。そのほとんどがただの勇者気取りの無謀な弱者であったが、もし手に負えないようなのが来れば、自分なしでは危ういかもしれないな、とニギは思った。



55 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/29(火) 22:20:12.78 ID:rPyt4gM0

「じゃあ、帰らなくていいの」
「どうだろうな。我輩がいる必要があるかどうか微妙なところだし」
「ふーん」

 沈黙が訪れた。ニギはしばらく思索にふける。風が再び吹き始めた。血の池のほとりに生える羊歯のような植物(実際はもっと別の何かだろうが)がそれに揺られてかすかに音を立てる。

「よし」
「?」

 ニギの声に、ルフがこちらを見やる。

「我輩はもう行こう。父上と母上を探しにな」
「そう」
「お前も来ないか」
「え?」

 ニギは立ち上がった。服についた砂を払いながら、こちらを見上げるぽかんとした表情のルフに再度告げる。

「お前も家出してきたのだったな。もし帰るつもりがないのだったら我輩と一緒に来ないか?」
「……」

 ルフは考え込んだようだった。

「いや、無理強いはせんが」
「ついていったらあなた、エッチなことするでしょ」
「まあ、しないと断言はできんな。お前が美しすぎるのだ」

 ニギはそう言うと、からからと笑った。



 その後。地獄を出た二人は魔王の部下に捕まり、魔王城に連行された。それからいろいろあって、結婚し、今に至る。



56 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/29(火) 22:21:01.29 ID:rPyt4gM0

     ※

「本当に、私は何でこんな人についていこうなんて思ったのかしら」

 ルフはため息をついて、広間の中心にいる夫を見やる。自分の料理の影響から回復したらしい夫は、どうやら部下と酒の飲み比べをやっているらしい。見たところ夫が部下をはるかに圧倒しているようだったが、まあどうでもいい。

 数時間もすると広間の中心は酔っ払いの雑魚寝場所に成り果てていた。夫は十人抜きをしたところで力尽きて、そのど真ん中で眠りこけている。あれほど盛り上がっていた会も、今は夜の静寂のうちに沈んでいた。ルフは再びため息をつく。この惨状を片付けるために侍女を呼ぼうとするが、広間の隅で寝こけている彼女らを見つけ、諦めた。

「こんなところで寝ては風邪を引きますよ」

 とりあえず夫に近寄り、声をかけた。だが、もちろんのことそれで起きるはずもない。なにやら寝言を呟いている。仕方なくその腕を取り、肩を貸す。ルフはこう見えて、実はそれなりに力がある。軽々、とはいかないが、なんとか夫を立たせ引き摺った。必然的に顔同士が寄り、寝言の内容が聞き取れた。

「愛してるぞぉ、ルフ……」
「知ってますよ」

 ルフは特に表情を動かすことなく、静かに答えた。

 勇者シェロが魔王城に到達する、一年ほど前のことである。



57 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/29(火) 22:21:46.17 ID:rPyt4gM0

短編:我輩と妻




  ~了~



58 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/29(火) 22:28:09.01 ID:M1EutXko
超乙
畜生愛されてるな魔王俺にもおっぱいもませろ




60 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/29(火) 22:29:14.57 ID:v3ctT6oo
なんだかんだでちゃんと愛されてるじゃねぇか魔王



63 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/30(水) 05:12:40.58 ID:mW5slMDO

俺もこんだけ愛して愛される相手に会いたいわ……

おっぱいもませろ




67 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/30(水) 22:00:06.58 ID:Z0KgBcI0




短編:僕らはかつて修羅場だった




68 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/30(水) 22:01:28.25 ID:Z0KgBcI0

「いったいどういうことよ!」

怒声が響いた。

宿屋の前、朝の往来。
一日を始めようと家々から出てきた人々が何事かとこちらを見やる。
奇異の視線が彼らに降り注いだが、彼女はまったく気にしていないようだった。

「ちゃんと説明なさい!」

彼は彼女の顔を見、それから隣を見やる。
隣の人間はこんな状況でもにこにことたたずんでいた。
それがさらに彼女の感情を逆なでしている。たぶん。

どうしようもない事態が起きようとしている。
いや、起きている。
彼は頭を抱えた。



69 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/30(水) 22:02:12.92 ID:Z0KgBcI0

話は昨夜にさかのぼる。

夕食時を少しばかり過ぎたころ。
シェロという名で自称勇者、十八歳の青年は、今日入った村の食事店で居心地悪げに身じろぎした。
勇者の村出身者の証であるペンダントがさらりと揺れる。

「なによ、いつもより豪華な店じゃない」

上機嫌に言ったのは対面に座った彼のパーティーの魔術士、ハルという名の女性である。ちなみに十九歳。彼より一つ年上だ。

「ああ、ちょっと気分を変えようと思ってな……」

シェロはもごもごとつぶやくように言った。

「金欠なのに?」

ニヤニヤと返すハルに、実はもうバレているんじゃないかとシェロは危惧した。



70 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/30(水) 22:03:32.39 ID:Z0KgBcI0

これから自分が言わなければならないことを胸中で反復し、身をかたくする。
簡単な二言。

好きです。付き合ってください。

たったの二言。

だが、輝かしき青春の日々を、腕を磨き剣を研ぐことに費してきたシェロにとって、それを言うことは一人で王都軍全部を相手にすることと同じか、もしかしたらそれ以上に困難なことだった。

まだ、言うタイミングではない。
わかっていても、テーブルの下で握った拳の中が緊張の汗で濡れる。

どぎまぎと手を握って開いてしているうちに料理が運ばれてきた。



71 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/30(水) 22:04:12.72 ID:Z0KgBcI0

「……」

無言でわさわさと料理をむさぼる。
いつもはおしゃべりなハルも今日はなぜかしゃべらない。
代わりにニヤニヤとシェロの一挙一動を見守っている。

やっぱりバレているんだろうか。
シェロは一抹の不安を覚えた。

……だが。
知られているなら話は早かった。
思い切って料理から顔を上げ、口を開いて力強く言葉を吐き出す。

「あのー……」

力強く間延びした声は語尾を散らして消えていった。

「なに?」

ハルは笑みを強くして端正な顔を寄せてきた。
さらりとゆれる金髪からいい匂いがして、シェロは柄にもなくドキリとした。

「……なんでもない」



72 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/30(水) 22:04:50.98 ID:Z0KgBcI0

また沈黙だけが長引いた。
汗が背中を伝う。
自分の意気地のなさにじりじりとした焦燥感を覚える。

しばらくして、そうだ、とシェロは思いついた。
少々卑怯だが、酒の力に頼るのも悪くないのではなかろうか。

「おい店員」

早速酒を注文し、運ばれてきたそれを、救いを求めて一気にあおる。

視界がぼんやりとゆれだした。
ああ、悪くない、いい感じに酔ってきた。

下戸である。

「あなた普段酒なんて飲まないじゃない」

「……ちょっとな」



73 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/30(水) 22:05:31.99 ID:Z0KgBcI0

先ほどよりは緊張が薄れ、ようやく余裕が出てきた。
思い切って口を開いて――

「……」

もう一杯あおった。
まごうことなき意気地なしの完成である。
そしてもう一杯。
さらに一杯

「何杯飲む気よ」

半眼と目が合った。

「…… いやこれでいい」

ようやく決心がついた。
舟の上のごとく視界がぐらぐらゆれているがこれでいい。

(大丈夫だ。俺ならできる……)

なんだか勇気がわいてきた。
ほら、そこの陰から小人さんも応援してくれている。
彼に心の中だけで手を振って、

「ハル、俺――」



74 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/30(水) 22:06:28.92 ID:Z0KgBcI0

「あ、ごめん、ちょっとお手洗い」

ところがハルはそう言うと席を立った。
そのまま、颯爽と歩き去る。
シェロはパクパクと口を開け閉めしてその背中を見送った。

ようやく決心したところにこれである。
人の気も知らずに、ちくしょう。

ハルが視界から消えて、シェロは全身から一気に力を抜いた。
……なんだかどうでもよくなってきた。

「一番強い酒頼む」
「かしこまりました」

そうして置かれた一杯を、

「――」

シェロは躊躇なく喉に流し込んだ。
視界が致命的にぐらりと揺れた。
あ、これまずい。
思っても後の祭りである。

視界の端で小人さんが踊り狂っていた。
彼を視界の正面に捉えようと緩慢にしか動かない首を回し……がっくりとうつむく。

ゆっくりと狭まっていく視界の中、誰かが近づいてくるのが見えた。



75 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/30(水) 22:07:08.11 ID:Z0KgBcI0

     ※


朝の日差しが瞼を焼いた。
うめき声をあげてシェロは上体を起こした。

まず最初に覚えたのは吐き気だった。
喉がひりひりする。
昨夜、飲めない癖に飲酒したことを思い出した。

(飲酒? 何でだっけか……?)

考えてすぐに思い至る。

そうだ、自分はハルに告白しようとしていたのだった。
それで度胸がないから酒に頼ったのだ。
情けなさに、額に手を当てぼんやりとうめく。



76 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/30(水) 22:08:06.94 ID:Z0KgBcI0

周りを見渡すと、見覚えはないが宿のようだとわかった。
ハルがここに運んでくれたのだろう。

自分への失望に再びベッドに倒れこんだ。
ため息をつく。
何をやっているんだか。

(……)

でも、と思う自分もいる。
これでハルとの関係が壊れずに済んだのではないか、と。
もし断られてしまえば一緒の旅はしづらいし、いつかは袂を分かつことになってしまっていただろう。

なんて考えてしまうようでは自称とはいえ「勇者」の名が泣くのだが。



77 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/30(水) 22:09:08.42 ID:Z0KgBcI0

結局は問題の先延ばしだ。
次はどのように手はずを整えようか。
考えながら無駄に広いベッドの上で伸びをした。

……と。

違和感に気付いた。
足に何かが触れている。
暖かく、滑らかななにか。

いぶかしく思い、ゆっくりと毛布をめくる。

まず出てきたのはセミロングの黒髪の頭だった。

次に目に入ったのはやや幼く見えるが、整った面だった。



78 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/30(水) 22:09:51.12 ID:Z0KgBcI0

一つ確認することがあった。
非常に重要なことだった。

ハルの容貌を思い出してみる。

長い金髪。ストレート。
釣り目気味でブルーの瞳。筋の通った鼻。薄い唇。

女性にしては長身のほうでシェロより少し低いぐらい。
そしてその……「肉付きのいい」身体をしている。

そこまで思い返して慎重に深呼吸した。
そして目の前の黒髪を見やる。

つやのある綺麗な髪だったが、問題はそこではなかった。
金髪でもないし、長髪でもない。
顔も整ってはいるが、ハルと違って「かわいい」という類の整い方だった。

毛布のふくらみからして、背は低い。そして華奢だった。

……結論として断言せざるを得ない。
こいつはハルではない。



79 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/30(水) 22:10:30.24 ID:Z0KgBcI0

こいつは、ハルではない。
胸中で再度繰り返す。
心臓が早鐘のように鳴っていた。

現状を確認する。
自分は今、知らない奴と一緒にベッドに入っている。
よく見れば自分が今身につけているのは下着だけだ。
ハルはいない。
朝日がむなしく差し込んでいる。

空気がありえないほど絶望的に重くなったのを感じた。

とりあえず落ち着かなくてはならなかった。
再び深呼吸をしようとして失敗する。
咳き込んだ。

その音に反応してか隣でもぞもぞ動く気配がした。

恐る恐るそちらを見やる。
つぶらな瞳と目が合った。
それがにこりと笑う。

「おはようございますぅ……」

百人中百人がかわいいと思うだろうその声は、今の彼には魔王のそれに聞こえた。



80 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/30(水) 22:11:55.53 ID:Z0KgBcI0

「いったいどういうことよ!」

そして現在。

あわてて服を着て、宿を飛び出したところハルと再会。
そこまではいいのだが、後ろから誰かに抱きつかれたところでハルの目つきが変わった。

「待ってくださいよぅ」
「なに、その子……?」

ハルの目はいぶかしげをはるかに通り越し、殺人的なまでにつりあがった。

「昨日の晩、いきなりいなくなるから心配して探してみれば! 何よこれ!」
「いや、これはその……」
「ちゃんと説明なさい!」

黒い三角帽子の下のハルの金髪が、重力に逆らい始めた。
これはまずい。ハルが本気で怒っているのははじめて見た。

「お、俺にもわけがわからないんだ……昨日酔いつぶれて目が覚めたら――」
「ボクと一緒に寝てましたぁ」

抱きつくのをやめたその人物は、隣に立つとにこやかに言い放った。



81 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/30(水) 22:13:00.15 ID:Z0KgBcI0

「寝た!?」

素っ頓狂な声が上がる。

「寝た……?」

うつろな目で繰り返すハルに、シェロはいやな予感が胸に広がるのを覚えた。

「いや! 待て! お前が想像しているのとは違う! 俺は――」
「寝たの……?」
「うっ」

なんとも絶望的なことに、誰が何を言おうと一緒に寝ていたこと自体は事実だった。

「そう、寝たの……」
「いやそのだから、違うんだ!」

弁解の言葉を無視し、ハルはうつむくと身体を震わせた。

「……わたしねえ、昨日あなたが何か言いたそうにしてたのはわかってたのよ。期待してたわ。きっといい知らせだって」

キッと面が跳ね上がり、それだけで人一人殺せそうな鋭い視線がシェロを射抜く。
シェロは出しかけた言葉を反射的に飲み込んだ。

「なのに何これ!? あんたがわたしに言いたかったのってこのこと!? デキてる女がいるから別れてくれって!? ふざけんな!」



82 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/30(水) 22:13:31.20 ID:Z0KgBcI0

そのままこちらに背を向けるとハルは早足で歩き始めた。
このまま行かせてはまずい。
シェロは慌ててそれを追う。

「ちょ、ちょっと待てって……!」

肩に伸ばした手が距離を間違え空を切る。

「いやあの……」

再度伸ばした手は肩に弾かれた。

「話を……」

横に並んだところで突き飛ばされ地面に転がる。



83 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/30(水) 22:14:54.33 ID:Z0KgBcI0

「いや、だから話を聞け!」

その言葉を呪文として、魔術を発動。
視界を含む五感が一時遮断され、一瞬の後ハルの前に空間転移した。

「……」

立ち止まったハルの視線はただただ冷たかった。真ん前に立ったことを少し後悔してしまうほどに。
だが、このまま行かせるわけにもいかない。

「冷静に話をしようぜ。な?」
「……」

やはり無言の相手に、説得のためのいくつかのフレーズを思い描いた。

「確かに俺はあいつと寝ていた、みたいだ。これは覆しようのない事実だな。認めよう」

慎重に言葉を選び、ゆっくりと舌に乗せる。

「だが弁解させてもらうと、俺はあいつとその……」

言うのに多少勇気は必要だった。

「……しては、いない」

…… はず、と胸中で付け足す。



84 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/30(水) 22:15:36.65 ID:Z0KgBcI0

弁解はともかくその語感に反応してか、ハルの視線はさらに幾分か温度を下げた。だから何、と言うように。
それでもひるんではいられない。

「それにだ、お前は俺とあいつが前からの知り合いだと思っているようだが、俺はあいつと初対面だ。加えて俺はこいつの素性も知らないときてる。目が覚めたらこいつが隣に寝ていて、俺が一番困惑してる」

そこでようやくハルは視線の強度を弱めたようだった。

「……本当?」
「信じてもらうしかないが、これは本当だ。第一考えてもみろ。俺がそんなにモテるように見えるか」
「……確かに」

そこで同意されてしまうのは情けなくもあったが、とりあえずの手ごたえを感じてシェロはひとまず安堵した。

「お前を心配させたあげく、いらない疑惑を持たせて悪かったと思う」
「……」
「だがここは俺を信じてもらえないだろうか。俺にも実のところわけがわからないんだ」

沈黙が下りた。
視界の端に数人の野次馬がちらつくが無視した。



85 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/30(水) 22:16:39.75 ID:Z0KgBcI0

それほど待たずして。
シェロは先ほどより温度を持ち直した目と再会した。

「わかった、信じる、一応……」

とりあえず及第点。ぎりぎりの安堵のなか、シェロはあごの下を拭った。

(よし……!)
「でもぉ」

突如ハルの背後から上がった声。戦慄する。
今までのところ、このかわいらしい声はシェロに不幸ばかりを持ってくる。
おそるおそる声のしたほうに視線を移した。

「ボクが目を覚ましたとき、“部分的に”とっても元気でしたよぉ。どことは言いませんけどぉ……」

瞬間、まばゆい光がシェロを包んだ。何がおきたかわからず、悲鳴すら上げられない。
地面に打ち付けられ転がって、熱衝撃破に打ち倒されたことにようやく気付く。



86 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/30(水) 22:17:33.25 ID:Z0KgBcI0

「最っ低!!」

足音が脇を通り過ぎ、遠ざかっていくのが聞こえる。

「ハ、ハル……!」

地面に這いつくばりながら弱弱しく伸ばす。その手の先に、

「赤の刺激!」

白光が輝いた。
熱風にあおられて地面を転がり、民家の壁にたたきつけられる。
意識が飛ぶ前に見えたのは、こちらを振り返ることもせずきっぱりと去っていくハルの背中だった。



87 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/30(水) 22:18:38.34 ID:Z0KgBcI0

     ※


魔術は強力無比であり、使い方を誤れば、もしくは誤らなければ人一人の命ぐらい簡単に吹き消すことができてしまう。
使い手の魔力の大きさにもよるがそれは魔術を使う者の常識で、シェロがとりあえず生きているのはハルがしっかり手加減したからである。
そのことが喜ぶべきことかどうかシェロ自身にはよくわからなかったが。

子供のころに読んだペーパーバックを思い出す。
命乞いをする敵に対し、主人公が言い放つ一言。
貴様には殺す価値もない、とか何とか。

(終わった……)

シェロはテーブルに突っ伏した。
いっそ死んでしまったほうが幾分かよかったかもしれない。
悲しみに体が震えた。



88 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/30(水) 22:19:59.37 ID:Z0KgBcI0

「何で笑ってるんですかぁ?」
「泣いてんだよ!」

がばと手をつき顔を上げにらみつけるが、どうやらひるむ様子はなかった。

「そうなんですかぁ」

にこにこ顔で伸ばされる語尾に勢いを削がれるのを感じて、シェロは前のめりの身体を背もたれに戻した。
村に一つだけある喫茶店のテラスの席。そこに二人は腰掛けていた。目を覚ましたシェロをここに引っ張り込んだのは目の前にいる人物である。
肩までの黒髪に、小動物を思わせるくりっとした黒目。顔の輪郭も丸っこく、華奢で小さい身体とマッチしている。宿ではネグリジェを着ていたが、今はブラウスとスカートに着替えていた。

しばらく観察した後、シェロは重々しく口を開いた。

「……それで、君はいったい何なんだ?」

問われた相手は一度にこりと笑い、よくぞ聞いてくれましたとばかりに口を開いた。

「ボクはカシス・ブルーベリーって言いますぅ。こう見えても魔術士なんですよぉ」



89 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/30(水) 22:21:08.20 ID:Z0KgBcI0

自分の身体を見下ろす。
既にシェロの身体に傷はない。おそらく魔術による治療だろう。どうやら魔術士というのは本当のようだった。

「魔術士?」
「はい、十七歳ですぅ」

シェロよりも一つ年下らしい。

「じゃあ、次だが――」
「待ってください」
「あん?」

聞き返すと、カシスはちょこんと手を上げた。

「あなたの名前をまだ聞いてないですぅ。教えてくださぁい」

名前。教えたところでどうということはないが、シェロはしばし躊躇した。

「……シェロだ」
「シェロさんですかぁ」

シェロ、シェロ。カシスは何度か口にして、語感を確かめたようだった。

「いい名前ですね」

言って笑う。



90 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/30(水) 22:22:46.14 ID:Z0KgBcI0

「シェロさんは旅人ですかぁ?」

カシスはさらに質問を重ねた。

「いや……勇者だ。一応」

その言葉にカシスは目を輝かせた。

「勇者! やっぱり! 勇者の村の紋章を首から下げてるからそうじゃないかと思ったんですよぉ!」
「……モグリだがな」

苦々しく付け加える。
カシスは乗り出してきた身体をいそいそと椅子に戻した。

「モグリさんでしたかぁ」

先ほどよりトーンを落として言う。
それを責めるつもりはないが、語気は多少荒くなった。

「勇者の村出身だからといって誰もが勇者になれるわけじゃねえんだよ」



91 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/30(水) 22:23:32.73 ID:Z0KgBcI0

勇者の村はその名のとおり、数多くの勇者を輩出してきた村だ。村で生まれた者は全員小さなころから戦闘訓練を受け、戦士として育てられる。
だが、全員が全員勇者になれるわけではない。優秀な者の、その一握りの、さらにその頂点に立つもののみが正式な勇者となれるのである。
勇者は王に魔王討伐を任命されて初めて勇者たりえる。それ以外は言ってしまえば全て偽者で、モグリと呼ばれてしまう。目的は一攫千金であったり名声であったりとさまざまだ。
もっとも、勇者の村は十数年前に滅びているが。

「それで? 君は、いや、俺はなぜ君と一緒に寝ていたんだ?」

少々強引に話を変えた。

「あ、そのことですかぁ」

カシスの笑みのニュアンスが少し変わる。
照れ笑い。

「昨日の晩、お二人でお食事をとってましたよねぇ、あのお店で。ボクもいたんですよぉ」
「はぁ」

どうでもいい情報に気の抜けた声しか出ない。



92 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/30(水) 22:24:10.56 ID:Z0KgBcI0

「カルボナーラをつつきながら、明日の予定を考えていましたぁ。それはまあどうでもいいんですけどぉ」
「そうだな」
「ある男の人が目に入りましたぁ。なにやらお酒をがぶがぶ飲んでいるようでしたぁ」
「俺か」
「そうですぅ」


シェロは顔をしかめた。あの醜態といえばそういえなくもないあれを見られていたと思うとあまり気分がよくない。
目で先を促す。

「はい、その顔を見たときピンときました。鼻の奥がかぁっと熱くなって、目がぐりぐりしました」
「花粉症?」
「この人が運命の人だって思ったんですぅ!」

無視してカシスは声を上げた。
テーブルに手をつき再びこちらに身を乗り出す。自然こちらは身を反る形になる。

「一目ぼれですぅ!」



93 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/30(水) 22:25:39.97 ID:Z0KgBcI0

「一目ぼれえ?」
「はい!」

やたらと元気に、無駄に元気にカシスが言う。

「君が?」
「はい」
「俺に?」
「はい!」

返事ごとに身を乗り出してくるので、シェロもあわせて椅子ごと後退する。
汗が頬を伝い落ちた。

「それで、何で俺が君と一緒に宿で目を覚ますところにつながるんだ?」

ストン、と音を立ててカシスが席に戻る。

「えーとですねぇ、見てたらその人、というかモグリさんですが、酔いつぶれて寝てしまったんですぅ」
「そうだったな」

うなずく。



94 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/30(水) 22:26:40.40 ID:Z0KgBcI0

「それで、同席してた方もいなくなりましたし」
「ああ」
「拉致っちゃいましたぁ」
「……」

拉致。その音が頭にしみこむのを待つ。拉致。
数秒ほどして、ようやく意味のほうに意識が移った。

「拉致?」
「はぁい」
「君が?」
「そうですよぉ」

もう一度カシスを眺める。
華奢な肩幅。細い腕。
シェロは特別ごついわけではないが、

「女の君にはつらいんじゃないか?」
「女?」



95 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/30(水) 22:27:07.76 ID:Z0KgBcI0

きょとんとした声で聞き返され、こちらが逆にきょとんとする。

「え?」
「やだぁ、モグリさんたら」

訳がわからず疑問符を増やす。

「何かおかしいこと言ったか?」
「そうですよぉ」

下げた椅子を元の位置に戻す。
引きずられた椅子の足が、

「ボク、男です」

コトリと床にぶつかった。



96 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/30(水) 22:29:49.89 ID:Z0KgBcI0

沈黙が落ちた。
耳をかき、テーブルの上のコップとコースターを見つめ、口をもごもごと動かす。何かを言おうとしたのは自分でもわかっていたが、何を言おうとしたのかはわからなかった。

「えーと……?」

聞き間違い。

「違いますよぉ。聞き間違いなんかじゃないですぅ」

先回りされた。
しばらく頭で反芻する。

「……」

だが、考えても考えてもわからない。わかるはずもない。次第に時空がねじれるのを感じる。今までかたくなに信じていた常識が突如崩れ、醜悪な何かがその陰から姿を現す。それは小人の姿で踊り狂う。

「現実逃避はよくないですぅ」

カシスの声に仕方なく意識を現実に戻した。



97 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/30(水) 22:31:09.78 ID:Z0KgBcI0

「…… 男ぉ?」
「はい、心は女の子ですけどぉ」

まるっきり少女の姿と声で言う。

「……嘘だろ?」
「本当ですよぉ、確かめます?」
「いや、いい……」

自然とカシスの胸に目がいく。確かに、ない。

「今、変なこと考えましたね?」
「別に……」

目をそらした。

さて。
カシスが男だというのが事実だとして。

(俺は酔いつぶれているところを男にさらわれ、朝まで一緒に寝ていた。それをハルに知られて誤解され、三行半をたたきつけられた、と)

シン、と頭の中が静まり返る。思考が停止する。それでも事実は覆らない。むしろ加速し、シェロを置いてけぼりにする気配すらある。
ようやく思考がまとまり、シェロはふつふつと何かが煮え立つ音を聞いた。



98 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/30(水) 22:32:23.61 ID:Z0KgBcI0

「あほかっ!!」

テーブルをたたいて立ち上がる。

「俺は! 他人の一目ぼれでハルとの関係をめちゃくちゃにされて! しかもその犯人が女ですらなかったってのか!」
「救いがないですねぇ」
「お前が言うな!」

ひとしきり叫んで、力が抜けるのを感じる。再び椅子にへなへなと座り込んだ。

「終わった……」

テーブルに上半身を横たえる。
自分に起こった事態を理解し、それが何の解決にもならないことを悟った。

「いまからハルを追いかけようにもどっちに行ったかわからねえ……仮に追いついたところでこんな話で納得してもらえるとも思えねえ……」

そうなのだ。事実をありのままに説明したところで作り話だと思われるのが関の山である。下手をすれば火に油を注ぐことにもなりかねない。

ああ。本当に死んでしまったほうがよかったかもしれない。
そのとき頭をぽんぽんとたたかれるのを感じて顔を上げた。
シェロの死んだ目をカシスの微笑が受け止めた。

「いい考えがありますよぉ」



99 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/30(水) 22:35:09.21 ID:Z0KgBcI0

     ※


村の中心部はちょっとした広場になっていた。そこに教会が建っている。
村は大きくもなく、かといって小さいわけでもない。その教会もそれに見合った大きさで、大きくもなく小さくもない。
白い外壁、赤い屋根、その上の十字架。ごく一般的な外装である。

(これはあれか……)

ぼんやりと建物を見上げながらシェロは胸中でどんよりとつぶやいた。

(もう生きていてもいいことないから、いっそのこと死んでしまえと。そういうことか……)

なかなか、悪くないアイディアだ。半ば本気で思いながら半眼で隣を見やった。

「いい教会ですよねぇ」

そういいながらカシスが一歩前に出る。
黒髪がふわりと風になびいた。
そのさまはどう見ても少女で、シェロはこっそり頬をつねる。

「ここで式を挙げるのが夢だったんですぅ」

胸の前で手を組んだカシスの目がきらきらと輝いた。

「純白のウェディングドレスを来て、ヴァージンロードを歩いて……」



100 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/30(水) 22:36:14.05 ID:Z0KgBcI0

何を言えばいいかわからずとりあえずであいまいにうなずいておく。もっともカシスはこちらを見てすらいなかったが。

「そして永遠の愛を誓った男性と暖かい家庭を築くんですぅ……」
「……」
「というわけで結婚してください、モグリさん」
「断る」

話の流れが読めたわけではなかった。それでも反射で答えていた。

「えぇー!?」

疑問と落胆の中間の表情を浮かべながらカシスがこちらに詰め寄る。

「何でですかぁ、モグリさん!」
「何でとか聞くか。というかさっきから“モグリさん”っていったい何なんだよ」
「モグリさんはモグリさんですぅ」

どうやらその呼び名で定着してしまったらしい。



101 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/30(水) 22:37:51.09 ID:Z0KgBcI0

「まあいいか。いや、よくねえけど。それで? いい考えってのは何なんだよ」
「あ、そのことですかぁ」

話を強引に結婚から遠ざけたのだが、カシスは気にしなかったようだった。
ついでにカシスからも一歩遠ざかる。
カシスは指を一本立てて見せた。

「いいですかぁ、モグリさんは不慮の事故で彼女さんに振られてしまいましたぁ。由々しき事態ですぅ」
「不慮の事故?」

訊くが、彼に(彼という呼び方にはなはだ違和感を禁じえない)耳を貸す様子はない。
目を瞑りカシスが続ける。

「早急に解決しなければならない事案ですねぇ。そこでボクから提案が」
「……なんだ?」

いやな予感がした。話を遠ざけたつもりで全く逃げ切れていなかった。
カシスが瞳をぱっちりと開く。

「ボクと結婚するとかいかがでしょう?」
「断る」

話がブーメラン式に戻ってきた。



102 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/30(水) 22:38:44.86 ID:Z0KgBcI0

「だから何でですかぁ。不満があるなら言ってくださいよぉ。善処しますからぁ」
「いい。おそらくかなりの確率で解決は不可能だ」

呆れて言うが、どうやら諦めてはくれないようだった。なおもカシスは唇を尖らせる。

「何でもはじめから決め付けるのはないって先生が言ってましたぁ」
「なんにでも例外はあるよな」
「あー、法の抜け穴を使うつもりですかぁ!」
「違うだろ!」

そろそろ我慢の限界だった。

「俺はお前にいろいろ台無しにされたんだ! それなのにお前と結婚? ふざけるな! 式を挙げたきゃ一人であげてろ!」

怒鳴りつけながらびしりと教会に指を向ける。
と。

ばん!

突如として教会の正面扉が勢いよく開いた。

「健やかなる時も!」

扉の奥から大柄な人影が姿を現す。

「病めるときも!」

聖服を身に着けたその男は大声で何か言っていた。



103 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/30(水) 22:39:41.29 ID:Z0KgBcI0

「互いに真心を尽くして尽くして尽くして尽くして――」

すぅ、と息を吸うのが聞こえる。

「尽くしまくることを誓いますかっ!」
「誓いますぅ!」

答えたのは無論カシスだけである。シェロは呆然とそこに突っ立っていた。

男は扉の前でこちらをしばらく眺めると、つかつかと近寄ってきた。
歩きながら繰り返す。

「健やかなる時も! 病めるときも! 互いに真心を尽くして尽くして尽くして――」

シェロの前に来ると再び息を吸う。

「尽くしまくることを誓いますか!」
「いや、俺は誓わんし……」

どうしようもない心地で返した。

目の前に立つと、頭一個分以上背丈に違いがあるため見上げる格好になる。
顔の彫りは深く、岩のように険しい。身体もそれに見合った分厚い筋肉に包まれている。

「誰だよあんた」
「我が名はコーゼン、神父である」

妙な風格を漂わせて腕を組みながら宣言する。一陣の風が吹き、神父の聖服のすそをはためかせた。



104 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/30(水) 22:40:23.30 ID:Z0KgBcI0

「コーゼンさぁん!」
「うむ!」

カシスが歓声を上げて神父に飛びつく。神父はそれを余裕を持って受け止めた。

「聞いてくださぁい! そこのモグリさんが法の抜け穴を使ってボクを騙そうとしたんですぅ!」
「それはいかん! そこのお前!」

神父がシェロを見る。

「犯罪は身を滅ぼすぞ!」
「知らんし」
「ぬう、シラをきるつもりか!」
「違うし」

大柄な神父との対照で、抱えられたカシスがえらく小さく見える。二つの責めるような視線がシェロをたたいた。

(なんで俺はこんな珍妙な目にあってるんだよ……)

ふらりと視界がゆれるのを感じ、身を任せて振り返る。



105 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/30(水) 22:41:25.56 ID:Z0KgBcI0

「どこ行くんですかぁ?」

後ろからの声に重い足を踏み出しながらゆっくりと答える。

「村を出る」

そのまま歩き続けた。

「ちょっと待ってくださいよぉ」

だが追いかけてきたのは声だけで、シェロを止めるつもりはないらしい。
代わりに。

「あ、もうちょっと右ですぅ」

意味はわからなかったので無視して歩を進めた。
が。

ずん!

地響きに自然と足が止まる。

「は?」

右方を見やると、まず目に入ったのは地面に突き立った太い木材だった。
よく見ると横に何本も木材が並んでいる。檻のように見えた。
下部を見ると、地面に突き刺さるようにしっかりととがらせてある。先ほどの落下音からかんがみるに総重量はかなりのもののはずだった。



106 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/30(水) 22:42:25.47 ID:Z0KgBcI0

「外れちゃいましたかぁ」

ゆっくりと振り返る。神父の腕から下りたカシスが残念そうな顔でこちらを見ていた。
こちらの視線に気付いて手を上げる。

「あ、ボクですぅ。どうせ逃げると思って仕掛けさせていただきましたぁ」

檻の上部には縄が取り付けてあり、見上げるとどうやら道の脇の高木に伸びているようだった。
これを仕掛けたのはカシスらしい。

「殺す気か!?」
「そんなわけないじゃないですかぁ。あんまり」
「説得力が全くない!?」

実際、一歩間違えれば檻のふちに押しつぶされていた。
叫ぶこちらにカシスが手をぐっと握ってみせる。心持ち眉を険しくして。

「でも、あれです。結婚のためなら命をかけますよ、ボクは」
「他人様の命をかけるな!」

シェロは吐き捨てると、二人に背を向け一目散に逃げ出した。
後ろ二人は追いかけてくる様子はなかったが、

「絶対逃がしませんからねぇ~」

可愛らしい声だけがシェロの背中にタッチした。



107 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/30(水) 22:43:09.68 ID:Z0KgBcI0

     ※


規則的に足音が刻まれる。風が耳元で渦を巻く。
昼が近いせいか道に並ぶ家々からは、生暖かい匂いが流れ出していた。肺にそれらが押し寄せ、むせるような心地になる。

シェロは教会から伸びる通りの一本を走っていた。通りには誰もいない。
この道をまっすぐ行けば村の出口にたどりつけるが、先ほどのトラップを考慮するにそう簡単に村を出ることはできないはずだった。

見上げる。道の脇には何本か先ほどと同じように高木が生えていた。目の届く範囲にはトラップはない。しかし、一応道のはしを避けて中央に寄った。
のだが。

「あだぁっ!」

唐突に足に激痛を感じて転倒する。
右足に目をやると、トラバサミが足をがっちりと挟んでいた。
自分のうかつさに舌打ちする。上にばかり意識がいっていて気がつけるものも気がつけなかった。

鉄の顎を両手でつかみ、気合とともに一気に外す。
鈍い音を立ててトラバサミが開いた。



108 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/30(水) 22:44:00.72 ID:Z0KgBcI0

「我は癒す斜陽の傷痕……」

次いでトラバサミの歯でついた傷を魔術で治す。

「この……」

悪態をつきながら、立ち上がった。
――そのまま後ろに飛び退る。鼻先を高速の何かが掠めていった。それはそのまま民家の壁に突き刺さる。

(クロスボウ……!)

正体を見極めたところで視界が激しく回転する。ひっくり返る視界。混乱して手を振り回すが何もつかめなかった。
しばらく揺さぶられて、ようやく逆さづりになっていることを把握する。

舌打ちしそのまま抜刀、左足首を捕らえた縄を切り裂いた。地面で受身を取る。
立ち上がって見上げると、そばの木の上に縄が伸びていた。

確認が終わり、納刀したところで後ろからの衝撃に倒れこむ。
訳がわからず身体をひねると自分が網の下にいることに気付いた。投網だ。



109 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/30(水) 22:45:06.68 ID:Z0KgBcI0

何とか這い出し、警戒しながらゆっくりと立ちあがる。辺りを見回すが、とりあえず猛攻は終わったようだった。

「どうやらあいつは本気らしいな……」

本気の方向性がちょっぴりずれているような気もするが。
汗をぬぐい、足を踏み出した。

とたんに目の前が真っ白になった。平衡感覚が完全に失われる。なにやらもみくちゃにされ、耳元で轟音と叫び声が聞こえる。
大きな衝撃が一つ脳天に届き、それは止まる。自分の声だと気付いたのはすぐ後だった。

轟音の余韻とともにぷすぷすと音が聞こえる。焦げているのはシェロの革鎧だった。
地面にうつぶせに倒れ、自分でもよくわからないことをつぶやきながら地面を引っかいている。

ふらふらと顔を上げると自分を中心に地面に焦げ後がついていた。爆発系のトラップだったらしい。

「……」

爆音をいぶかしんでか、通りに並ぶ家々から住民が顔を出していた。
道に倒れるシェロを、何事かという目で見ている。



110 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/30(水) 22:46:06.22 ID:Z0KgBcI0

そして、地響きが聞こえた。

「そぉか……」

つぶやいてシェロは立ち上がった。体の節々が痛むのでゆっくりと。

「あいつ、俺が無事かどうかはどうでもいいってか……」

地響きがどんどん大きくなる。それは来た道から聞こえてきた。

「というか、あれだろ。実は俺を困らせて楽しんでるだけだな?」

あてずっぽうで言っただけだが、案外間違っていなような気もした。
音は最高潮まで高まり、通りの向こうに砂埃が舞っているのが見える。

「だったらよ……」

そしてその中にについに地響きの主が姿を現した。
牛。その大群。なぜかは知らないがこちらを目指して一直線に突進してくる。そんなことも当然と思いえるようになった。
シェロは大群に向かって手を掲げた。叫ぶ。

「相応の被害は、覚悟しやがれぇっ!!」

魔術構成が一瞬にして展開され、魔力が注ぎ込まれることで威力となる。発生した衝撃波はまっすぐに牛の群れに突き進み、正面から衝突すると先頭の十数頭を弾き飛ばした。

それでも。数十頭の牛の群れ全てを止められるわけがない。シェロは潔く身を翻すと、出口に向かって走り出した。



111 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/30(水) 22:47:52.99 ID:Z0KgBcI0

     ※


牛の足は速い。先頭は崩したものの、それでも持ち直した牛たちはシェロの背後に何度も迫った。そのたび角を曲がる、魔術を撃つ。そうしているうちに遠回りながらも何とか撒いたようだった。

ため息をつく。民家はまばらになり、五十メートルほど先に、出口が見えた。もう村からの脱出は成功したようなものだったが、それでもさっきまでのことを考えると油断はできない。

「……」

ゆっくりと足を踏み出す。とたん目の前をクロスボウの矢が高速で飛び去った。
ここで止まることもできた。しかし。

(あえて! 前に出る!)

地面を力強く蹴りはなす。それを待っていたかのように上から下から、右から左から、ありとあらゆるトラップが襲い掛かってきた。



112 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/30(水) 22:49:36.97 ID:Z0KgBcI0

クロスボウの矢をかがんで避け、トラバサミを跳び越える。ロープ式のトラップは発動前に斬り飛ばした。飛来するトリモチは魔術で防ぎ、なんとか前進だけは途切れさせない。

突如足元が爆発する。しかしこれは大体予測していた。前方に身体を投げ出し勢いで転がる。そのまま起き上がると止まることなく疾走を再開した。

「おおおおおおおおおお!」

耳元で風がうなる。背後でいくつもの激突音が重なる。体温が急激に上がり、額から汗が噴出した。疲れは感じない。体が軽くなるのを感じる。
そして。
シェロは村の出口に滑り込んだ。

「……っ……っ」

呼吸がひどく乱れていた。必死で落ち着けて立ち上がる。村を出たからといって油断はできなかった。早くここから遠ざからねば。
さっと辺りを見回して ――その視線が一点で止まった。

「……」

そこに最後のものと思わしきトラップがあった。



113 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/30(水) 22:50:28.44 ID:Z0KgBcI0

立っている人一人をすっぽりと閉じ込めてしまえそうな巨大なかご。それが突き立った木材に立てかけられている。木材にはロープが括り付けられ、ロープは近くの茂みに伸びていた。

「……我は放つ光の白刃」

光熱波がそれを跡形もなく吹き飛ばす。

「あー、何するんですかぁ!」
「やかましい!」

茂みから飛び出してきたカシスをシェロは怒鳴りつけた。

「さっきからなんなんだお前は! 俺を殺したいんだかおちょくりたいんだかはっきりしろ!」
「ボクはいつだって本気ですぅ!」

頬をぷっくりと膨らませてカシスが言う。

「本気でモグリさんと結婚しますからぁ!」

空気の抜けるような音が聞こえた。しばらくして、シェロはそれが自分のため息だと気付いた。
深い深いため息。

「よぉーし、わかった」

どうやら覚悟しなければならないようだった。



114 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/30(水) 22:51:33.95 ID:Z0KgBcI0

いくつか破壊的な構成を組み上げながら告げる。

「どうやら、俺は、お前を、全力で、相手しなけりゃいけないようだ」

思い切りドスをきかせたのだがしかし。

「そ、それって……」

なぜかカシスは目を輝かせた。

「結婚オーケーってことですね!」
「違う!」
「やったぁ!」
「違うっつってんだろ!?」

そのとき、シェロは完全に油断していたのだ。
カシスに詰め寄ろうと踏み出した足が。

「!?」

突如沈んだ。



115 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/30(水) 22:52:28.00 ID:Z0KgBcI0

足が地面を失い、重力にしたがって身体が落下する。悲鳴を上げる暇さえなく全身を襲う衝撃。受身すら取れなかった。顔面を打ちつけうめく。
立ち上がり、そこが大穴の底であることに気付いた。二メートルほどの円柱型。深さは三メートルほどか。
舌打ちする。単純なトラップだが完全にしてやられた。

「おい!」

呼びかけても返事はない。とりあえずジャンプするが助走もなしに届くはずもなかった。
諦めて重力中和の構成を編み始める。
とそのとき地を蹴る音がし、ふと頭上に影が落ちた。カシスかと思い見上げる。それは。

「のおおおおおおお!?」

牛の腹。追ってきていたらしい牛の一頭が、穴の中に落ちてきた。
悲鳴を上げる。構成を編み直す暇がない。
結果。全く無防備にシェロは牛に押しつぶされた。



116 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/30(水) 22:53:10.37 ID:Z0KgBcI0

     ※


やさしく闇がゆれる。それはゆりかごのように彼の身体を包み込む。やわやわと。ゆらゆらと。
生命の起源にも近いかもしれないその場所で、彼の意識はそよ風の中のようにまどろんだ。心地よい香りがあたりに漂っている。
その中で声を聞いた。遠くから、近くから語りかける柔らかな声。微笑むように、からかうように。

「シェロ」

……ハル?
ふとそんな名前が頭に浮かぶ。何か大事な名前だったはず。

「シェロ」

ああ、間違いない。

「シェロ」

そんなにせかさなくても今行くよ。
暗闇の中で手を伸ばす。

目を、開けた。



117 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/30(水) 22:54:41.18 ID:Z0KgBcI0

     ※


「大丈夫ですかぁ、モグリさん」
「うん、予想はしてた」

げんなりと言う。

開けてすぐは光に目が眩んでよく見えない。しばらくして、ようやくここが建物の中であることがわかる。その床に寝かされていたらしい。上体を起こした。こちらにかがみこんでいたカシスが顔をどける。
額に手を当てた。頭が痛んだ。というか首が痛い。牛に押しつぶされたことを思い出す。よく生きていたものだと感心するが、幸運に感謝することもできずうんざりとうめいた。
と。

「健やかなる時も!」

突如声が響く。首をめぐらした。またかと思いながら。

「病めるときも!」

神父がいた。十字架を掲げる壁の前に。

「互いに真心を尽くすことを誓いますかっ!」

教会だ。カシスにつれてこられたあそこにまた逆戻りさせられたらしい。



118 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/30(水) 22:55:33.53 ID:Z0KgBcI0

「誓いますぅ」

隣で声を上げるカシスを半眼で見やる。目に入ったのは純白の輝きだった。白いシンプルなデザインのドレス。見たままを言えば ――言いたくもないが――、ウェディングドレスのようだった。

ついで自分の身体を見下ろす。こちらも白い。白の、タキシード。

「……」

理解は一瞬。判断も同じく一瞬。そして行動も一瞬だった。
シェロはすばやく立ち上がり、いや、立ち上がりきる前に床を蹴った。前回り受身で今度こそ立ち上がる――ふりをしてさらに地を蹴る。瞬きする間に出口にかなり近づいている。

(よし、これで!)

ようやく立ち上がりきると同時にシェロは出口に手を伸ばし――首に衝撃を感じてひっくり返った。息が止まり、血液がめぐる音が耳元で聞こえる。仰向けで激しく咳き込んだ。



119 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/30(水) 22:56:13.84 ID:Z0KgBcI0

「逃げちゃだめですよぉ」

近づいてくる声に危機感を覚え、すぐさま身を起こした。そして理解する。
シェロの首には赤い首輪がはめられていた。そして伸びる紐。その反対側の先をつかむ神父。

「俺は犬か!」

怒りに任せて叫ぶが、カシスは相変わらずひるんでさえくれない。
とりあえず紐を切り飛ばそうと抜刀しかけるが、

「ふんぬ!」

神父の声とともに再び首に衝撃を感じて転倒し、そのまま引きずられる。
信じられない膂力だった。抵抗もできず、なすすべもなく床に頬をこすりつける。悲鳴ぐらいは上げたかもしれない。

ようやく停止しふらふらと身を起こすと、今度は神父にがっちりと羽交い絞めにされる。
あわてて暴れるも、既に押さえ込まれた後だった。



120 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/30(水) 22:56:53.70 ID:Z0KgBcI0

「モグリさぁ~ん」

甘ったるい声が聞こえた。地獄の血の池のようにどろりと甘い声。シェロは喉の奥から痙攣したように息が漏れるのを感じた。

「やっとおとなしくなりましたねぇ」

細く長い指がそっとシェロの頬をなでる。

「誓いのキスをっ!」

背後から無駄に張りのある声が宣言するのを絶望的な心地でシェロは聞いた。

「それでは遠慮なくぅ!」

そういって一気に顔を寄せてくるカシスは、見とれてしまうほど可愛らしかった。男であることを忘れていれば受け入れてしまっていたかもしれない。
だがそれでも。思い出す顔があった。

『あんたについてってあげる』



121 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/30(水) 22:57:34.88 ID:Z0KgBcI0

身のうちから、熱い何かがこみ上げてくるのを感じる。

「俺は!」

シェロはそれをそのまま言葉として吐き出した。

「ハルが!」

ついでに魔術構成も解き放つ。

「好きだぁぁぁぁぁっ!」

その言葉を引き金に、白い光が視界を埋め尽くした。



122 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/30(水) 22:58:26.41 ID:Z0KgBcI0

     ※


夕方の赤い光が村の中央、教会の残骸の山を照らし出した。大きくも小さくもなかったそれは今は見る影もない。黒くこげた部分が弱弱しく煙を上げていた。

しばらくして山の一角が崩れ落ちる。
顔を出したのは、あちらこちら破けたウェディングドレスを身に着ける小柄な人影だった。

「ふぃ~」

その人影――カシスは大きく息を吐き出して背伸びをした。
それから辺りを見回してため息を一つつく。

「逃げられちゃいましたねぇ……」

さほど残念そうでもない様子だったが。



123 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/30(水) 23:00:14.63 ID:Z0KgBcI0

少し歩いて目的のものを見つける。残骸の山から突き出た太い足。それをつかんで引っ張った。

「コーゼンさーん、大丈夫ですかぁ」

返事はない。びくともしないので、引っ張り出すのはとりあえず諦めた。だがどうせ無事だろうとも思った。以前台風で大勢が怪我をしたときも、よりにもよって外にいた彼はなぜか傷一つなかったのだし。

「モグリさんはどっちに行ったんでしょうねぇ」

どちらに行ったにせよ、今からでは追いつくのは難しいだろうと思えた。
だがそれでも。

「絶対に諦めませんからねぇ! ボクはモグリさんと結婚するんですから!」

カシスは拳を固めて力強く宣言した。

その目の前を轟音を立てて牛の群れが通り過ぎる。
追いかけられている村人が悲鳴を上げた。

「……」

カシスは少し考え……とりあえずめんどくさそうなことは無視することにした。



124 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/06/30(水) 23:01:09.66 ID:Z0KgBcI0

短編:僕らはかつて修羅場だった




     ~了~



127 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/07/01(木) 22:01:08.87 ID:QpJvuek0



短編:旅の途中で



128 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/07/01(木) 22:02:34.00 ID:QpJvuek0

遠くに山が見える。キエサルヒマ大陸の南半分、その中央に位置するアイーデン山脈である。先端に真っ白な雲が引っかかっていた。空は快晴、うららかな午後の日差しが降り注いでいる。風は南西からやさしく吹いていた。
なだらかな平原。腰までの高さの草が風に揺れている。その中に土肌を見せた道があった。
そこを東に向かって歩いている人影が二つ。

一人は黒髪の男。中肉中背で革鎧を身に着けている。首には勇者の村出身を証明するペンダント。背中に野営のための大荷物を背負って、うつむき加減に歩いていた。
もう一人は背中に長い金髪をたらした女。黒の三角帽を被り、身には同じく黒のローブをまとっている。こちらは特に荷物といった荷物はなく、手に金属製の杖を持つのみである。



129 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/07/01(木) 22:03:12.38 ID:QpJvuek0

男のほうがかすれた声を上げた。

「なあ、ハル」

ハルと呼ばれた女が振り向く。

「なあに、シェロ」

シェロと呼ばれた男は、額に汗を浮かべながら背中の荷物を示した。

「そろそろ交代、じゃないか?」
「まだね」

ハルは即座に返す。

「まだ一時間も経ってないわよ。もう音をあげたの」
「確実にその倍は経ったと思うが……」

そのままシェロは立ち止まって荷物を道の脇におろした。



130 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/07/01(木) 22:04:46.97 ID:QpJvuek0

「ちょっと」

それを見てハルが抗議しかけるが、シェロにさえぎられた。

「女のお前にこんな大荷物を持てなんて言わねえよ、やっぱり俺が通しで持つ。でもよ、休憩くらいは認められるべきだろ」

言って荷物の上に座り込んだ。
ハルはしばらく考えこんだが、諦めて道を挟んでシェロの向かい側に腰をおろした。

「ふぅ――……」

シェロのため息を風がさらう。



131 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/07/01(木) 22:06:41.28 ID:QpJvuek0

ハルは空を見上げた。二度目の風が吹いた。先ほどよりも強い風。土ぼこりを舞い上げて通り過ぎる。それを目を瞑ってやり過ごした。
風が収まるのを待ち、顔を空から戻して目を開けると。茶色い帽子が視界に入った。

「え?」

茶色の帽子。それは単体でそこにあるのではなく。

「誰?」
「……」

少年は無言だった。無言でそこにいた。シェロとハルに挟まれる位置に、つまり道の真ん中に、シェロのほうを向いて。
白いシャツに茶色のベスト、紺のズボン。頭にはさきほどの茶色の帽子をかぶっている。

シェロを見ると、彼も訳がわからないというように目を白黒させていた。いわく、「いつの間に」

シェロが荷物から立ち上がって少年に向き合う。少年から特に剣呑な雰囲気が漂ってくるというわけでもなかったが、シェロの身体が軽く緊張しているのが見て取れた。無理もない。少年が気配も感じさせず現れたとあっては。

「何だ、お前」
「……」

少年はやはり無言だった。



132 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/07/01(木) 22:07:17.77 ID:QpJvuek0

「どこから来た?」

シェロのそれは愚問だったかもしれない。
ハルたちは見通しのよい一本道を歩いてきた。行く道にその姿は見えなかったから、来た道をこちらに気付かれないように前の村からついてきていたことになる。もしくは草むらを這ってきたかだ。
少年の服は汚れていないし、必要性を考えても前者だろう。もっともそれにしたところで不可解ではあったが。

「……連れて行ってほしい」

唐突に聞こえてきた声にハルは驚く。ぼそぼそとした少年の声。

「……どこに?」

シェロが聞くが、

「……」

少年は今度は無言だった。



133 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/07/01(木) 22:08:09.70 ID:QpJvuek0

それから数十分後。ハルとシェロは少年を後ろにつれて歩いていた。

「いいの?」

シェロにささやく。

「…… 仕方ないだろ」

あれからシェロがいろいろ少年に訊ねたのだが、無言かもしくは連れて行ってほしいと言うのみで会話が成り立たなかった。名前すらわからない。ただ、置いていくにも振り切るのは難しいし、この近辺では危険な獣も出ないではないのでついてくるに任せている。

「……」

少年は相変わらず無言を貫いていた。



134 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/07/01(木) 22:09:20.77 ID:QpJvuek0

     ※


さらに数時間後。日が大きく傾きその色を紅に転じたころ。ハルたちは道の脇にテントを張った。草を刈り、焚き火の用意をする。
手伝いを期待したわけではないが、少年はそのときはどこかに姿を消していた。

夕食は干し肉。火であぶってかじっていると、なにやら木の棒を持って少年が戻ってきた。目で問うが、少年は無視した。
ハルが干し肉を勧め、少年は無言でそれを受け取り、食べる。


日が落ちて暗くなって。ハルはテントに入り、シェロがはじめに見張りをする。少年にも寝るように言ったのだが、これも無視された。

テントの中で、ハルは眠れず何度か寝返りをうった。外からは焚き火が燃える音と、虫の鳴き声が聞こえた。
そしてシェロの声。



135 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/07/01(木) 22:09:58.64 ID:QpJvuek0

「どうしてそんなことをやっているんだ?」

そんなこと、とは少年が食事が終わった後始めた木の棒での素振りのことだ。なぜだかは知らないが、熱心に振っていて、今現在もやっているのだろう。

「仇」

ぼそりと少年が答えるが聞こえる。

仇。そのままの意味で取るなら、仇討ち。そのための特訓ということか。

「誰の」
「……」

だが、これは無視されたようだった。二度問う声は聞こえない。沈黙が落ちた。

「……」

やはり眠れない。ハルは仕方なく見張りの交代を申し出るため身を起こした。



136 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/07/01(木) 22:10:42.33 ID:QpJvuek0

     ※


同じような日が何日か続いた。日中は三人で街道を東へ向かい、夜は同じように野営をする。
その日はハルが最初の見張りだった。

焚き火がゆらゆらと燃える。少年は木の棒を振るう。ハルはそれを横目で見ていた。これが日課になりつつあった。
少年は一時間ほど棒を振るい床に就く。それまでは空気を打つ音が辺りに響く。

炎を見るのにも飽きて、ハルはずっと気になっていたことを少年に聞くことにした。

「あんた、親御さんは心配しないの?」

少年は珍しく棒振りをやめて、こちらをちらりと見た。

「……」

そのまま素振りを再開する。無視されたかと思ったが、

「……いない」

いない。親に捨てられたか、親が既に亡くなっているか。どちらにせよ深く聞けるようなことではなかった。

だがもし、親が死んでいるとするならば。仇討ちとは親に関係していることなのかも知れない。



137 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/07/01(木) 22:11:50.51 ID:QpJvuek0

     ※


次の日の昼。すなわち少年と出くわしてから五日目。三人は前日と同じように街道を東に歩いていた。少年は相変わらず何を考えているのかわからない顔で、木の棒を引きずりながら後ろをついてきている。
次の町が近い。そんなときのことだった。

ハルは寒気を感じて振り返った。シェロは疑問符を浮かべてそれを見、すぐに気付いて表情を引き締める。少年は二人の様子をいぶかしげに見て、同じく気付いて後ろを向いた。

がさり。

後方の草むらが明らかに風とは関係なくゆれた。距離は七歩ほどか。音に引き続いてその主が姿を現した。
茶色と黒の毛並み、爛爛と輝く目、かすかに覗く牙、そして口の脇の大きな傷跡。大型の肉食獣がそこにいた。

「……」

緊張が走った。

「シェロ……」
「ああ……」

二人は視線を交わしゆっくりと後退を開始する。何日かの野営で体力を消耗していた。まともにやりあうのは都合が悪い。町も近いのでそこに逃げ込むのが得策に思えた。
しかし。



138 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/07/01(木) 22:13:09.84 ID:QpJvuek0

「おい、お前……!」

シェロの声。見ると少年が一歩前に出て木の棒を正眼に構えていた。どういうつもりかは明白だった。

「やめろ!」

少年はシェロの制止には応じず、むしろその声を合図に飛び出した。ハルの頬を汗が伝う。荷物の落ちる音がした。
そして肉食獣の地を蹴る小さな、小さな音。

組み伏せられると見えた少年の身体は、突如後ろからシェロに抱きかかえられ地面を転がった。肉食獣の爪が目標を失って空振りする。
そしてハルはその隙を見逃さなかった。

「赤の刺激!」

肉食獣の足元に炸裂した熱衝撃破が激しく地面を揺らす。驚いた肉食獣は草むらに姿を消した。
それでも警戒は解かない。その草むらに手を掲げて、さらに魔術構成を編む。

「放せよ!」

そのとき聞きなれない大声が響いた。まだ幼さの残る声。少年の声だった。



139 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/07/01(木) 22:13:58.66 ID:QpJvuek0

見ると、少年がシェロの手を振り払って草むらに飛び込もうとしていた。

「馬鹿野郎、何言ってんだ! 危険だぞ!」

シェロが少年の肩をつかんで必死に止めている。少年の帽子がはらりと落ちた。

「あいつだ! あいつを殺さなきゃ!」

仇。仇討ち。そんな単語が頭の中で踊る。そして先ほどの肉食獣。
はっとして視線を草むらに戻すが、肉食獣は戻ってきてはいないようだった。

「何のことだかよくわからないがお前には無理だ!」
「できるできないの問題じゃないんだ! 母さんの仇なんだ!」

少年はシェロをキッとにらんだ。シェロはそこで言葉に詰まったようだった。声が途切れる。

「……お前が死んだら母さんは悲しむぞ」
「それがどうした! あいつを殺さなきゃ僕の憎しみは止まらない!」
「あの獣だって何もお前の母さんが憎くて襲ったわけじゃないだろう」

少年はその言葉に視線を険しくした。

「そんなの僕には関係がない! あいつが母さんを殺したその事実だけで十分だ!」
「だが……」
「お前はそれでいいのか!」

唐突に矛先が変わり、シェロは驚いたように黙った。



140 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/07/01(木) 22:14:45.87 ID:QpJvuek0

「お前はそれでいいのか!」

少年は繰り返す。シェロは答えない。

「お前だってそうじゃないか! お前だって僕と同じじゃないか!」

シェロは答えない。

「お前はそれでいいのかっ!」

少年の声に呼応するように突風が吹いた。土ぼこりを舞い上げ、通り過ぎる。ハルは目をつぶった。
そして再び目を開けたときには。

「あれ……?」

少年はどこにもいなかった。

「……」

そして。ハルの視線の先でシェロは押し黙って立っていた。



141 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/07/01(木) 22:15:36.40 ID:QpJvuek0

そのあとは特に会話はなかった。狐につままれたような心地のまま次の町につき、とりあえず旅のための買い物をした。
それが終わってしまうと特にやることがなく、町をぶらぶらと散策する。その途中であまり広くない墓地を見つけた。なんとなくで入ってみることにした。
整然と並ぶ墓標。その間をゆっくりと歩く。ふと自分が死んでしまった後のことを夢想した。墓標の下で静かに、静かに呼吸する自分。まだまだずっと先のことかもしれないし、案外すぐかもしれない。

「あ」

それは唐突に目に入ってきた。
墓標にかかる茶色い帽子。風雨に汚れくすんでしまってはいたが見覚えがあった。

「ねえ、これ」
「……ああ」

シェロも立ち止まってそれを見ていた。
墓標に近づく。だが文字はかすれてしまって読めない。



142 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/07/01(木) 22:16:51.61 ID:QpJvuek0

沈黙が落ちた。シェロがその場を離れる。それからしばらくして戻ってきたシェロは手に小さな花を持っていた。

「どうしたのそれ?」
「…… 落ちてた」
「そういうのは落ちてたっていわないでしょ」

笑う。

シェロは墓標の前に花を置くと、長いこと目を瞑った。長いこと長いこと。そして空を見上げる。こちらからはその表情は見えなかった。
それからシェロは口を開いた。

「……行こうか」
「ええ」

連れ立って墓地を後にした。


     ※


なにか深い理由があったわけではないし、自分でもよくわからないが。ハルがシェロのことを、いいな、と思ったのはこの時のことである。



143 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/07/01(木) 22:17:19.04 ID:QpJvuek0

短編:旅の途中で



   ~了~



148 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/07/02(金) 22:22:16.18 ID:LX1afIE0



短編:勇者の来歴



149 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/07/02(金) 22:23:21.61 ID:LX1afIE0

あれは十年ほど前、俺がまだ現役で木こりをやっていたころの話だ。当時はまだまだ元気で力もあったからな、十分木で食っていけたよ。今だってそんなに落ち込んだわけじゃないが、あのころは木材が今よりずっと良い値で売れて……
いや、そんなことはどうでもいいやな。今からするのはそんな話じゃない。本題は、俺が出会った不思議な坊主のことだ。

あいつと出会ったのは森の中だったよ。夕方だった。俺はたしか、そのときは切り倒した木の枝を取り除いていたんだった。ふと顔を上げて振り向いたら、あいつが気配もなく立っていたもんでたいそう驚いた。

「なんだ、お前は」

そいつの身なりはなかなかにひどいもんだった。着ている服はところどころ破れ、半分泥やらほこりで汚れていた。

「……」

俺の問いかけには全く答えなくてよ、始終無言だった。ただ、帰るところを聞いたときは、

「……ない」

それだけつぶやいて首を振った。



150 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/07/02(金) 22:24:22.91 ID:LX1afIE0

これはただの迷子じゃねえなと俺は気付いた。今は小康状態にあるが、戦争孤児ってこともありえる。厄介ごとはごめんだったが、かといって森に残していくわけにもいかねえ。仕方なくついてくるように言ったよ。

村に帰って風呂に入れて着替えを用意してやった。そのときあいつが勇者の村のペンダントをつけているのが見えた。そのときは知らなかったんだが、勇者の村はそのとき既に壊滅していたらしいな。だから、あいつは見立ての通り孤児だったわけだ。
だがそのときは、なぜあんなところに勇者候補さまがいるのかわかんねえから、飯を食わせて聞いてみることにしたんだ。

「お前、勇者の村の出身だろ?」
「……」

あいつ俺のことにらみやがった。
話したくない様子だったんでとりあえず今日のところは寝かせて、明日村長のところに行くことにした。

んで次の日だ。前日に決めたとおり村長のところに連れて行った。村長もまだ勇者の村が壊滅したことを知らなかったみてえだな。坊主に当たり障りない質問をして、返事が返ってこないのに困り果てた。それでも諦めず会話を試みて失敗し最後には、

「君、この子を数日預かりなさい」

俺に丸投げしやがった。



151 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/07/02(金) 22:25:24.86 ID:LX1afIE0

預かるって言っても具体的に何日預かるかもわかんねえから俺はもちろん抗議した。俺はこいつの知り合いですらない、ってな。
村長いわく、

「君のとこからの買い付け減らすよ」

俺はしぶしぶ坊主を連れて帰った。
それから十数日そいつを泊めることになるんだが、俺はただでそうしてやるほどお人よしじゃない。坊主にも仕事をやってもらうことにした。持ちつ持たれつってやつだ

山に連れて行き、俺は木を切り倒す。坊主はその木の枝を取り除く。
坊主は意外にもまじめに仕事に取り組んだ。手際よく次々仕事をこなしてくれたよ。
で、まあそれは良かったんだが少々奇妙なことがあった。仕事がひと段落すると休みを入れるんだが……

「何してるんだお前」

坊主のやつ、どこから見つけてきたんだか棒を振り回して遊んでやがった。いや、遊んでたのとは違うな、あいつの目は真剣だった。

「……」

まあ休みの間だけだし、俺は止めなかった。
ピュン、ピュンと空気をたたく音が休みの間中響いていたよ。



152 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/07/02(金) 22:26:02.28 ID:LX1afIE0

そんなのが何日も続く。
坊主の日課は止むことなく続いた。それどころか、奇行はさらに増えた。

「我は放つ光の白刃!」

なんだそりゃ。
坊主は構えるように――実際何かの構えだったんだろうけど――両手を前に突き出し、森の奥に向かって叫んでやがった。なかなか通りのいい声で、お前それならもっとしゃべれよと少しあきれた。

「我は放つ光の白刃!」

声だけが森の奥に響き――しかしそれだけだった。まさかただの発声練習だったわけねえんだろうが、それで何か起きるというわけではなかった。



153 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/07/02(金) 22:26:53.63 ID:LX1afIE0

毎日毎日休みになるとそんなことを繰り返す。俺はちょっと不気味さを覚えたね。あいつ、あんなふざけたようなことをやっているのに目は真剣、顔は大真面目なんだよ。だからなんていうのかな、鬼気迫る? そんな感じだった。

「お前、なんでそんなことをやっているんだ?」

一度問いかけたことがある。あいつが素振りをしているときだ。もちろん返事は期待しちゃいなかったんだが、

「仇」

ボソッとあいつが言うのが聞こえた。俺はもちろん続けて聞いたさ。

「誰の」
「……」

それには答えなかった。



154 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/07/02(金) 22:27:55.03 ID:LX1afIE0

ある日のことだ。いつもと同じように俺は木に斧をたたきつけていた。最後の一打で木がみしりと音をたて、それからゆっくりと倒れていく。轟音を立ててそれが倒れきり、俺はようやくため息をついた。
とそのとき、俺は視界の端に違和感を覚えた。何か森の色とは違うものが見えた気がしたんだな。何かいやな予感がしてゆっくりと視線を移した。

いた。明らかにマズそうなのが。
人型だが、人間にしては背が異様に高い。そして身長と同じくらい横幅もある。体表はくすんだ青と灰色が混じったような色。ほとんど裸で申し訳程度に腰巻を身に着けていた。人間に似てはいるが全く別のもの。魔族だ。

俺は冷や汗をたらしながら慎重に後退した。魔族は知能が足りなさそうな目でこっちをぼんやりと見ているだけだった。これなら穏便にすませられるじゃねえかなと思ったよ。

だが、坊主は見事にそれをぶち壊してくれやがった。俺がそばまで後退して魔族の存在を知らせると、あいつは木の棒を持って立ち上がった。

「おい……!」

静止は聞きゃしなかった。あいつは一気に魔族に駆け出すと、棒を振り上げた。
突如あがる気合の声。少年にしてはひどく獰猛な響きで、俺は背筋があわ立つのを感じた。



155 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/07/02(金) 22:29:10.70 ID:LX1afIE0

木の棒は見事魔族の腹に命中したが、効いている様子はなかった。
ただ眠そうな目で坊主を見、そのまま腕を振り上げやがった。次にどうするのかわかって俺はあわてた。あの野郎、坊主を叩き潰すつもりだ。
勢いよく腕が振り下ろされた。地をたたく音が辺りに響く。俺は坊主はもうだめだと思った。押しつぶされてお陀仏ってな。
だが、あいつはちゃんと避けてたんだ。そしてもう一発木の棒を叩き込む。さらにもう一発。
さほどのダメージじゃないんだろうが、魔族の野郎の様子が変わった。眠そうな目が鋭くなった。怒ったんだろうな。再度の腕の振り上げは先ほどよりもすばやかった。

「おい坊主、戻って来い! 逃げるぞ!」

俺の声には全く耳を貸さず、あいつは魔族から距離を取った。そして立ち止まって目を瞑る。俺はあせった。こんなときにいったい何をやっているんだってな。あまり危険なまねはしたくなかったんだが仕方ない、足を踏み出した。
だが次の瞬間ぞくりと身の毛がよだつのを感じて足を止めた。坊主のほうからとてつもない圧迫感を覚えたんだ。何か明確な危険信号があったわけじゃねえ。ただあるかどうかもわからない本能があぶねえって叫んでた。



156 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/07/02(金) 22:30:09.48 ID:LX1afIE0

魔族が坊主に向かって突進する。巨体に似合わぬすさまじい速度。俺はそれを“見ていなかった”。
ただ聞いていた。

「我は放つ――」

坊主が叫ぶ声を。力強い、宣言の声を。

「光の白刃!」

耳を劈く破壊の音。轟音が俺の頭を揺さぶり、俺は思わず膝をついた。光が視界を覆い何も見えなくなった。そのとき俺は初めて神に祈ったんだと思う。

しばらくして音が止んでいることに気付いた。光も消えている。
俺はうずくまって耳を押さえていた。恐る恐る顔を上げた。そこには。
倒れた魔族の身体だけがあった。俺が切り倒した木のそばに大きな身体を横たえていた。
死んではいないみたいだったな、腹がかすかに上下していたから。ただ気絶しているだけのようだった。



157 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/07/02(金) 22:31:09.44 ID:LX1afIE0

見回したが坊主の姿はなかった。まるで最初からいなかったみたいに姿を消してしまっていた。
そのとき俺はあいつの名前すら知らなかったことに気付いた。ただ呆然といつまでもそこに立ち尽くしていたよ。
そう。十年ほど前の今頃のことだ。

……その後魔族をどうしたかって? どうでもいいだろうそんなこと。適当にほっぽっておいたよ。

坊主のその後? わからねえな。ただの推測になるが……やっぱり勇者にでもなったんじゃねえか。
ああそうだよ。世界を救う――大勇者様にな。



159 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/07/02(金) 22:32:01.36 ID:LX1afIE0

短編:勇者の来歴



   ~了~



160 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/07/02(金) 22:32:40.76 ID:LX1afIE0




短編:全てを見下ろす場所で~霧の滝の白魔術士~




161 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/07/02(金) 22:33:46.23 ID:LX1afIE0

私はようやく全てを閲覧し終え、伸びとあくびをした。肉体を失って久しいが、この癖だけはいつまでたっても抜けない。儀式のようなものだった。
周りを見渡す。代わり映えのしない景色、色あせた本の山々。既に肉体を捨てた私には意味のないもの。それでも必要なもの。

時間と空間、精神を操る白魔術士の一人。それが私である。
ここ、『霧の滝』と呼ばれるどこかで精神体として世界のよしなしごとを横目で見ている。

彼らの物語もその一つ。
世界に対し興味という興味を使い尽くし、ありふれたことに倦んでいた私にはよい暇つぶしだった。
血沸き肉踊るとまではいかなかいのが実情であったが。



162 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/07/02(金) 22:34:36.01 ID:LX1afIE0

ただ興味深くはあった。
彼らの未熟さ、稚拙さは既に成熟してしまった私には新鮮で、懐かしさも覚えたのだ。

彼らは人と人のつながりにひたむきでどうにも青臭い。
だが、それが彼らを生かし、彼らを彼らたらしめているのだろう。

それが彼らを救ったのだ。
そんな彼らだから成し遂げられたのだ。

そしてそんな彼らだからこそ、これからの人生も力強く歩いていけるのだろう。



163 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/07/02(金) 22:36:34.47 ID:LX1afIE0

物語は終わりを迎えた。
とりあえずのところ。

しかしまた世界のどこかで物語は生まれるのだろう。そして死んでいくのだろう。
ほら、今日もまた

「さあ行こう、学者様!」
「その呼び方はやめてよ姉さん」

物語は生まれて死んでいく。
一瞬の輝きを放ちながら。

今度はどんな物語になることやら。
私は慎重にページをめくった。



164 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/07/02(金) 22:37:36.76 ID:LX1afIE0

短編:全てを見下ろす場所で~霧の滝の白魔術士~





        ~了~




thank you for your reading,sien and criticism



165 :アナウンス :2010/07/02(金) 23:00:09.41 ID:LX1afIE0
・終了。ここでいったん物語は一区切り。お疲れ様。

・ちなみにスレタイを見て分かるとおり、新作は魔王たちの次の世代の話。楽しみにしていてください



169 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/07/02(金) 23:50:24.43 ID:Pj3i0iY0
待ってる!



170 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/07/03(土) 02:08:21.33 ID:eDOfgXk0
たのしみにしてるよー





次→魔王娘「さあ行こう、学者様!」 歴史学者「その呼び方はやめてよ姉さん」その2



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魔王・勇者SS   コメント:2   このエントリーをはてなブックマークに追加
コメント一覧
1218. 名前 : 名無し@SS好き◆- 投稿日 : 2010/12/02(木) 14:54 ▼このコメントに返信する
まとめ乙
ただ、以前まとめないの?とか聞いておいてなんだが、これそろそろ止め時じゃない?
まだ本スレ完結してないっぽいし、いい区切りだし、パクリ言われてたし
つまり何が言いたいかというと、差し出がましいけど管理人無理しないでねってこと
1223. 名前 : ホライゾン@管理人◆oAjApoT6 投稿日 : 2010/12/02(木) 18:23 ▼このコメントに返信する
※1218

お気遣いありがとです!
コメントをしない人でも楽しみにしてる方もいるかなーと思いますので
止めはしないつもりです!

言われたとおり現行なので、まとめるペースを落とそうかな、とは思ってました
ゆっくりまったりやってきますです。

コメントを見るだけで返さない事もありますが、
皆さんのこういった意見や報告すっごい参考になって助かってます。
改めて感謝です!ヽ|-∀-*|ゞ
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