女魔術士「魔王探し?」

2010-11-30 (火) 07:06  魔王・勇者SS   0コメント  
10601361_p0.jpg
シムシティDS2~古代から未来へ続くまち~


魔王「我輩と一緒に世界を救ってくれ」から始まった長編SSの続編です。

前→勇者「観光地から出られなくなった」 女魔術士「困ったわね」

672 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/05(土) 22:00:01.67 ID:RBq.s3M0

目を覚ましたときには全てが過ぎ去っていた。
全てが終わってしまった後だった。

大いなる力の奔流に飲まれた後、わたしの意識はそこで途絶えた。
そのあとにあったのは凍えるような静寂のみ。

……わたしはどうやら蚊帳の外だったようだ。
物語はとうに幕を下ろしていて、観客は席を立った後。
役者は引き揚げて、どんなに待っていてみてもあるのは明かりの消えた舞台のみ。暗く沈んだ舞台のみ。

物語は、終わったのだ。




本当に?



673 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/05(土) 22:02:16.78 ID:RBq.s3M0

     ※


わたしが目を覚まして最初に見たのは無骨な天井だった。交易の街ラポワントの中心にある病院。わたしはそこで目を覚ました。
わたしはそれなりに長い間眠っていたらしいのだが、その間に世界は大きく様変わりしていたようだ。
王都の壊滅により大きな転換点を迎えようとしていたし、世間はその話で持ちきりだった。
病院に閉じこもりっきりのわたしにはわりかしどうでもいいことだったのだけれど。

わたしの興味が向かう先は二つ。

一つ目はなぜわたしがまだ生きているかということ。
わたしはかつて強大な力を必要としていて、それを手に入れる代償として自分の命を差し出したはずだった。

疑問はすぐに解決した。というよりか、だいたい予想がついた。
彼らがうまくやってくれたのだろう。

わたしはふたりの人物――片方は人間ではないけれど――を思い出す。
片方はわたしの元パーティーで、もう片方はその元パーティーを無理やり手下にした気に食わない奴。

元パーティーのことはもちろん良く知っている。
小さなことにすぐムキになるし口はあまり良くないが根はいい奴だ。

その彼を手下にしたあいつのことはよく知らないが、彼がなんだかんだで一緒にいたのだ。根っからの悪者ではなかったのだろう。むかつく奴だったが。

その二人がわたしを助けてくれたのだ、きっと。
だからわたしはまだ生きている。
彼らと神様に小さく感謝した。

二つ目はその元パーティーが今何をしているかということだ。
彼らは世界を救うとか何とか言っていて、もしかしたら今回の世界全体におよぶごたごたに結構深く関係していたのかもしれない。

うん、きっとそうだ。

だからこそ不安になる。
彼らはちゃんと無事でいるのかと。

そんなことを考えながら過ごしていたある日のことだ。



674 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/05(土) 22:04:54.29 ID:RBq.s3M0

看護婦「ハルちゃん、面会の方よ」

女魔術士「面会? 珍しいわね。わたしに会いに来る人には心当たりはないのだけど」

看護婦「男性の方。お通ししてもいいかしら?」

女魔術士「かまわないわ」

看護婦「わかったわ。どうぞ入ってくださ~い」



「……」ヌッ



女魔術士「っ……シェロ!」

勇者「……元気そう、だな」



675 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/05(土) 22:07:15.15 ID:RBq.s3M0

面会者は、つい今しがた頭の中に思い浮かべていた元パーティー、シェロだった。

彼はモグリの勇者をやっている。
モグリというのは、まあつまり自称勇者ということだ。

黒髪黒目、革鎧を身に着けて、背格好は中肉中背。勇者の村出身であることを示すペンダントを首からさげている。

彼はどこか疲れた笑みを浮かべてわたしに近づいてきた。
わたしはその目に薄い悲しみを見取って眉をひそめた。



676 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/05(土) 22:08:39.53 ID:RBq.s3M0

女魔術士「……呪いの首輪がないわね」

勇者「あ? ああ、あれか。あれはもう取ってもらったんだ」

女魔術士「なんで寂しそうな顔するのよ」

勇者「え、そうか……?」

女魔術士「そうよ」



677 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/05(土) 22:09:55.02 ID:RBq.s3M0

呪いの首輪とは、彼が無理やりにはめさせられていたもので、これのおかげで彼はもう一人のほうの言うことを聞かざるをえなかった。
わたしと衝突せざるを得なかった。


彼はしばらく口をもぐもぐと動かした。
話したいことはいくらでもあったはずだったけど、わたしも彼もしばらくは何も言わなかった。



678 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/05(土) 22:10:56.78 ID:RBq.s3M0

勇者「……身体は大丈夫なのか?」

女魔術士「おかげさまで」

勇者「後遺症とかは……?」

女魔術士「なかったらよかったんだけどね」

勇者「っ……」

女魔術士「そんな顔しないでよ。自業自得よ」

勇者「……」

女魔術士「身体自体はなんともないのよ。でも――」





女魔術士「魔術が使えなくなっちゃった……」



679 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/05(土) 22:11:45.08 ID:RBq.s3M0

そうなのだ。

目が覚めてから違和感はあった。

数日して気付いた。自分の中に魔力がほんの一滴も残されていないことに。

生まれてからずっとあった感覚がすっぽりと抜け落ちていた。



680 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/05(土) 22:12:57.60 ID:RBq.s3M0

勇者「そんな……」

女魔術士「だからそんな顔しないでって。確かに最初は動揺したし悲しくもなったわ。でも考える時間はたっぷりあったもの」

勇者「……」

女魔術士「……もう平気よ」



681 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/05(土) 22:14:22.70 ID:RBq.s3M0

本当のところはまだ胸の奥がじくじくと痛んでいる。

自分の手足をなくしてしまったかのような喪失感。

全て覚悟していたつもりだったのに。

そのままだとまた泣いてしまいそうな気がしたのでわたしは強引に話を変えた。



682 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/05(土) 22:15:38.58 ID:RBq.s3M0

女魔術士「ねえ、それより聞いていいかしら」

勇者「……なんだ?」

女魔術士「私が倒れてからあなたたちがやってきたこと、あなたたちに起こったことよ。この世の中の混乱、あなたたちと関係があるんでしょう?」

勇者「……察しがいいな」

女魔術士「世界を救う。そう言ってたわね。このことなの?」

勇者「そうだ。……だがそれを説明するにはまず、人工的平和維持機構について知ってもらわなければならない」

女魔術士「人工的……?」

勇者「人工的、平和維持機構だ。……看護婦さん、席はずしてもらえねえかな」

看護婦「大事なお話みたいね。わかったわ」


 ガチャ……バタン


勇者「…… それじゃあ説明するぞ」



683 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/05(土) 22:18:06.06 ID:RBq.s3M0

人工的平和維持機構。その名の通り、人工的に平和状態を維持する大魔術。ただしそれによるひずみは確実にたまっていき、最後には世界の崩壊につながる。
その機能の説明を聞いて思い浮かべたのは、私が学生だったころよくやってしまったレポートの先送りだった。
確かにその通り。現在の平穏のために未来を犠牲にする、壮大な先送り。それが人工的平和維持機構。
ただ、その具体的な仕組みや原理はシェロもよくわかっていないらしい。そのあたりのことは省略された。

私が魔力を失った原因である契約――シェロはそれを魔神契約と呼んだ――もその人工的平和維持機構の副産物だったようだ。
機構の基本は何らかのエネルギーの蓄積と放出。それを人間の身体に付加したものが契約、というわけだ。

シェロたちは機構による世界の崩壊を止めるために旅をしていたのだそうだ。



684 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/05(土) 22:19:23.55 ID:RBq.s3M0

勇者「といっても、俺は終わりが近くなるまで世界の崩壊なんて信じちゃいなかった。本当に戦っていたのはあいつ一人だった」

女魔術士「……」

勇者「……スタッバーは知ってるか? 十三使徒のトップの」

女魔術士「ええ。私を王都に呼び寄せてキムラック神殿の大神官に紹介したのは彼よ」

勇者「そうか……。あいつとも戦ったよ。最後に俺たちの前に立ちはだかったのは奴だ」



685 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/05(土) 22:22:11.08 ID:RBq.s3M0

その戦いは壮絶なものだったようだ。だが、強大な力に傷つき打ち倒され膝をつきながらも、それでも彼らは諦めなかった。だから世界はまだ終わっていない。わたしは生きている。
……ただ、代償は大きかった。彼の旅の仲間、魔王がその犠牲になってしまったのだ。

そこまで話すとシェロは目を伏せて口を閉じた。沈黙が落ちる。

昼の日差しが窓から差し込んでいる。終わらなかった世界の、優しい光が。



686 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/05(土) 22:23:24.15 ID:RBq.s3M0

女魔術士「……」

勇者「……」

女魔術士「……あの、ありがとう」

勇者「ん……?」

女魔術士「あの契約を結んでしまった後もわたしが生きていられるのはあなたたちのおかげよ」

勇者「ああ……」

女魔術士「迷惑もかけちゃったわね、ごめんなさい。あなたの旅のパートナーにも言うべきなんでしょうけど」

勇者「……そうだな」

女魔術士「でも彼は……」

勇者「……ハル」

女魔術士「え?」

勇者「俺は今日はそのことで話をしに来た」

女魔術士「どういうこと?」

勇者「お前に頼みがあるんだ」

女魔術士「何かしら」

勇者「……」




勇者「俺と一緒に、魔王を探してくれ」




687 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/05(土) 22:24:07.86 ID:RBq.s3M0




わたしたちの冒険はまだ終わってなんかいなかった。




688 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/05(土) 22:26:19.21 ID:RBq.s3M0

title:女魔術士「魔王探し?」(第二部)



    ニアはじめから
     つづきから





パクリ元:魔術士オーフェン、エンジェルハウリング



689 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/05(土) 22:29:22.04 ID:RBq.s3M0

     ※


高い天井、広い部屋。調度品もどれも重厚で年代を感じさせるものばかりだ。空気もそれにつられてやや重量を増しているように感じた。
床には埃一つ落ちておらず、清掃が行き届いているのがわかる。これだけ広いと掃除には苦労するだろうなとふかふかのソファーに腰掛けながら思った。

カップを持ち上げ一口茶をすする。それをテーブルに戻して視線を上げた。
テーブルを挟んで目の前に座っているのは三十代ほどの男。優男のような風貌であまり頼りにできそうな風格は持ち合わせていない。それでもこの交易の街ラポワントで、しかもこの若さで最も力を持っている人物だというのだから人は見かけによらないものだ。



690 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/05(土) 22:31:19.73 ID:RBq.s3M0

大商人「――それで? 君たちは何をお望みかな?」

勇者「まずは魔王を見つけるための手がかりがほしい」

大商人「ふむ……」

勇者「事情はさっき説明したとおりだ。俺たちは世界を救った。だが――」

大商人「代償は大きかった」

勇者「……その通りだ」



691 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/05(土) 22:33:39.45 ID:RBq.s3M0

シェロはわたしの隣で顔を伏せた。深いため息。わたしは横目で彼の横顔を見ながらそれを聞いていた。

ここはラポワントの最有力商人の屋敷だ。街の北に立地している。シェロは王都に入る前にここを訪れ、彼の助力を求めたらしい。
そのときにわたしの保護も求めたようで、わたしの入院中の金銭的な世話は彼がしてくれたとか。
もっとも、わたしは今回がはじめての顔合わせになるが。
シェロは今回も彼の力を借りるつもりらしい。

さて、魔王ニギは人工的平和維持機構により生じた“破滅の門”を閉じるためその命をささげ、異世界に姿を消した。痛ましいことだが、世界を破滅させるような強大な力だ。言い方は良くないかもしれないが、むしろ彼一人分の命で済んだことに驚くべきである。



692 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/05(土) 22:36:41.23 ID:RBq.s3M0

大商人「逆に言えば、彼は確実にその命を使い果たしているはずなんだ」

勇者「……」

大商人「……生きているとは、思えないけどね」

勇者「……確かにな」

大商人「……」

勇者「でもな、俺はあいつと約束したんだ」

女魔術士「……」

勇者「必ず、再会するって。……約束したんだ」



693 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/05(土) 22:37:27.45 ID:RBq.s3M0





『約束しよう。我輩は生きて、お前に再会する』


『ニギは生きてシェロに再会する』





694 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/05(土) 22:38:51.24 ID:RBq.s3M0

大商人「……」

勇者「……」

女魔術士「……」

大商人「……うん。そうか……うん。わかった。君は魔王を探すんだね」

勇者「ああ。あんたの力を貸してほしい」

大商人「いいよ。……と言いたいところだけど」

勇者「何だ?」

大商人「前回は交換条件、ギブアンドテイクだった。君と私は対等の取引相手であって友人じゃない。今回もそういうスタンスでいこうと思う」

勇者「なるほど」

大商人「冷たいと思わないでおくれよ。大商人は馴れ合っちゃいけないんだ。それに……」

勇者「それに?」

大商人「……最近の世界の情勢は知っているかな?」

勇者「いや、あまり」

大商人「王都メベレンストが壊滅して、わけがわからないながらもとりあえず今、次なる中心都市が必要とされている。世界はそこらへんのことでごたごたしてるんだけど、まあ大体決まっているんだ。というか自動的に王都の次に力を持っている都市になるんだけど……」

勇者「どこだ?」

大商人「……自治都市、トトカンタさ」

女魔術士「トトカンタ……」



695 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/05(土) 22:41:06.32 ID:RBq.s3M0

自治都市、トトカンタ。大商人が言うように、実質王都の次に力を持ち、栄えている都市だ。
通常、王都が各都市を支配し影響を及ぼすが、トトカンタは独自に議会を持ち政治を行っている。
大きな都市で、同じく自治都市のタフレムにある“牙の塔”、王都にかつてあった“スクール”に次ぐ規模の魔術学校もある。

実はわたしの出身地でもあり、わたしは以前そこの魔術学校に通っていた。



696 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/05(土) 22:44:52.62 ID:RBq.s3M0

大商人「そこに至るまでに水面下で結構な競り合いがあったらしいよ。まあ結局ごり押しで決定したらしいけど。ちょうどね、王族のご子息だったかがトトカンタに住んでいたらしいんだ。だから王都の崩壊に巻き込まれずにすんだ」

勇者「そいつを新たに王室として祭り上げたってわけか」

大商人「大当たり。それに伴って元号も変わるらしいね」

女魔術士「でも、それがどうかしたの?」

大商人「知ってると思うけどトトカンタは大陸の反対側、西の海岸にあるんだ。私もそこに拠点を移さなきゃならない。死んだ都市のそばじゃ商売にならないからね。もう他の商人は移動を開始しているらしい」

勇者「だから俺たちを支援するだけの余裕はないってことか……」

大商人「全くできないってわけじゃないさ。ただ、それに対する見返りはほしい」

勇者「あんたの望みは?」

大商人「そうだなあ。嫌味に聞こえるかも知れないけどこの地位になるとたいていのものは手に入るからね、正直なところありきたりなものはほしくないよ。富や名声は有り余ってる」

勇者「じゃあ?」

大商人「ほしいのはそうだな……」

女魔術士「……」



697 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/05(土) 22:47:29.22 ID:RBq.s3M0

大商人「ほかじゃ手に入らない面白い話、なんてどうだろう?」

勇者「……どういうことだ?」

大商人「君は世界の危機を救った者の一人だ。世界の真理にとても近いところにいる。あまつさえ異世界に飲み込まれた魔王を探そうとまでしている。これほど興味をそそられることはないね」

勇者「なるほど……」

大商人「つまり、後払いでいいよってことさ。君は魔王を探す。そしてその過程で生まれた面白い話を私に提供する。+αがあればもっとうれしいね」

勇者「……その話、乗った」

大商人「交渉成立、だね」




大商人「……さて、魔王の手がかりだけど」

勇者「ああ」

大商人「生きているとすれば異世界にいるのは間違いない。ならば、異世界の情報があればいいわけだ」

勇者「だが、そんなもの……」

大商人「あるよ。異世界のことどころかそれを利用して世界を平和にするシステムを記したものはなんだい?」

勇者「……! 世界書か!」

大商人「その通り。それを見つけられれば魔王救出は格段に近づくはずさ」

勇者「なるほど……!」

女魔術士「それを手がかりとして行動するわけね」

大商人「それが一番いいだろうね」



698 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/05(土) 22:49:33.05 ID:RBq.s3M0

大商人「あ、そうそう君」

女魔術士「わたし?」

大商人「そうさ。君は大事なものをなくしたんじゃないかい? そう、何かを成し遂げるための決定力を、さ」

女魔術士「……知ってたの?」

大商人「私の情報網をなめてもらっては困るね」

女魔術士「……ふーん、すごいわね。でもそれがどうかしたの?」

大商人「勇者の足を引っ張りたくはないだろう?」

女魔術士「それは……」

勇者「俺は別に――」

大商人「いい考えがあるんだ」

勇者「?」

女魔術士「いい考え?」

大商人「そう、いい考えさ」



699 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/05(土) 22:50:51.46 ID:RBq.s3M0

     ※


引き金を引くと破裂音が耳朶をたたき、手には猛烈な衝撃が帰ってきた。手首がきちりと痛む。続いて硝煙のにおいが鼻をつく。
しばらく銃声の余韻を聞き流し、もう一度引き金を引く。反動。さらにもう一度。反動。

合計三発を撃ち終わり、拳銃を下ろした。
数メートル先の的には寄り添うように三つの穴が空いている。



700 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/05(土) 22:51:57.87 ID:RBq.s3M0

メンバー3「――うん、悪くないな」

女魔術士「そう、かしら?」

メンバー3「ああ。もともと訓練用の拳銃というのは命中率がとても低い。度外視されているといっても過言ではない。その拳銃でこれだけ
の成果をたたき出せるならまずまず以上だな。いい腕だ」

女魔術士「ありがとう」



701 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/05(土) 22:55:46.26 ID:RBq.s3M0

ここは大商人が所有する、街のはずれにある射撃訓練場。大商人に勧められて昨日今日と通っている。
そう、大商人が言った“いい考え”とはつまり拳銃の使用だ。決定力としての威力も申し分なく、魔術の代用品としては現在思いつく限りでは最も適している。確かにいい考えだった。もっとも、わたしが実際に拳銃というものを見たのは昨日が初めてだが。

拳銃の教官を務めているのは王都の元レジスタンスメンバーのレイ・ロッカスだ。男のような口調、凛とした雰囲気。長身もあいまってそこらの男よりよほど格好がよい。
彼女は王都の壊滅の中、レジスタンスリーダーとともに生き延びたメンバーの一人で、今は大商人から住む場所を提供してもらっているらしい。
レジスタンス時代の彼女の担当は拳銃の運用と、メンバーの拳銃訓練だったそうだ。



702 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/05(土) 22:58:25.24 ID:RBq.s3M0

メンバー3「だが、一つ言うとすれば」

女魔術士「なに?」

メンバー3「あまり力みすぎないほうがいい。あらゆる意味で成功率が下がる」

女魔術士「あら、肩に力が入っていたかしら?」

メンバー3「それもある」

女魔術士「も?」

メンバー3「……隣に在ることを諦めるな」

女魔術士「……?」

メンバー3「君はこれからさまざまな困難にぶつかると思う。何しろ今まで培ってきた力の一つを失ったのだからな、これは仕方のないことだ」

女魔術士「……」

メンバー3「だが忘れるな。彼の隣に在ることを諦めるんじゃない。君はそこにいてもいい。変に力まなくてもいいんだ。それを絶対に忘れるな」

女魔術士「……」



703 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/05(土) 23:00:27.20 ID:RBq.s3M0

彼女は多くの仲間を失った。レジスタンスのリーダー、ジゼル・ガンノは残った仲間のその後の生活の支えを作ってやるため、そして今混乱している世界のために尽力している。レイはそんな彼の力になりたいのだそうだ。
その役目は簡単なものではない。途中でくじけてしまうかもしれない。
その言葉はそんな彼女だからこそ言えるのかも知れなかった。

隣に在ることを諦めないで。

私はゆっくりと、でもしっかりとうなずいた。

拳銃の訓練はもう一日だけ続いた。



713 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/08(火) 22:05:01.60 ID:cc.DwvI0

     ※


大商人「驚くほど早かったね」

メンバー3「彼女の腕がよかったので。三日で十分と判断しました。それに時間もあまりないでしょう?」

リーダー「その通りだぁな。俺たちはすぐにでも出発しなきゃなんねえ。これでも遅いくらいだしな」

勇者「すまない、いろいろ面倒を見てもらって」

女魔術士「ありがとう」

大商人「取引内容そのままさ。別に感謝することじゃない」



714 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/08(火) 22:06:36.81 ID:cc.DwvI0

屋敷の前。見送りには大商人エリム、元レジスタンスリーダーのジゼル、メンバーのレイがきてくれた。
わたしとシェロは旅のための最小限の荷物を持って立っている。

背中まであった金髪は切ってしまった。今は肩までの長さだ。名残惜しくないといえば嘘になる。シェロも驚くと同時に、少し残念そうな顔をしていた。
服装も、以前の黒い三角帽子と同じく黒いローブから、動きやすい服装に着替えている。

天気は快晴出発にはちょうど良い天気だ。わたしたちは世界書探しに。大商人たちはトトカンタへ。
わたしたちの目的地は魔王城だ。そこに世界書ないしは世界書の情報があるとにらんだのである。



715 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/08(火) 22:08:10.94 ID:cc.DwvI0

大商人「餞別だ、受け取るといい。勇者に一つ。ハル君に一つ」

勇者「これは……」

女魔術士「ん……」

大商人「勇者には改良型ヘイルストーム。暴発の危険性は低くなっているはずだよ。そしてハル君にはテンペスト。ヘイルストームと同じく狙撃拳銃と呼ばれる最新型さ」

勇者「弾数は?」

大商人「どっちも八発だ」

女魔術士「多いか少ないかは使い方次第ね」

大商人「君は主武装になるから明らかに足りないよ。でも大丈夫、そこらへんは手配してある。それぞれの都市、町、村にいる私の部下に弾薬を渡しておく。君たちはそこで補給すればいい」

勇者「ありがとうな」

大商人「さっきも言ったけど礼はいらないよ」

リーダー「俺たちからは情報を。魔界のほうがざわついてやがる」

勇者「魔界が?」

リーダー「ああ。魔王の不在、人間界のごたごた。魔族のほうにも勢力の拡大を狙っているのが少なくないってえ訳だ」

メンバー3「今までよりも魔族、魔物と出くわす可能性は高くなる。気をつけていくんだ」

女魔術士「わかったわ」

大商人「それじゃ、元気で」

勇者「ああ、そっちもな」



716 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/08(火) 22:10:15.90 ID:cc.DwvI0

私たちはラポワントを出発し一路北を目指した。一週間ほどで港町に着き、舟を調達。二週間ほどをかけて海路を渡った。
反対の海岸の町につくとそこはもう魔界だ。……とはいっても別にいきなり空が暗くなったりおどろおどろしい雰囲気になるわけではない。

私たちが住むこのキエサルヒマ大陸は北側と南側に分かれている。北は魔族の居住地、南は人間の居住地だ。魔族の住む北側を俗に魔界という。
人間が住んでいないかと言えばそうではなく、魔族と人間の間で平和協定が結ばれてからは魔王山のふもとにすら人の村がある。

海岸の町を出て山道に入った。



717 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/08(火) 22:10:57.74 ID:cc.DwvI0

勇者「ここを上りきれば山村があったはずだ。そこで休もう」

女魔術士「そうね」

勇者「ふう。……!」

女魔術士「どうしたの?」

勇者「来る……!」


「キシャァッ!」バッ!



718 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/08(火) 22:12:01.32 ID:cc.DwvI0

子供のような小さい影が茂みから飛び出してきた。手に何か得物を持っているのが見える。魔物だ。
わたしは即座に魔術構成を編み上げ――それが無駄であることに気付いた。

慌てて腰の後ろのホルスターに手を伸ばす。
そのときには既にシェロが剣を抜き放ち魔物の攻撃に合わせている。
わたしは完全に出遅れた。



719 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/08(火) 22:13:27.77 ID:cc.DwvI0

勇者「でりゃあぁぁッ!」シュッ!

魔物「シッ!」ガキン!

勇者「ふっ!」ビッ!

魔物「フシャ!」ガキ!

女魔術士「――シェロ、離れて!」スチャ!

勇者「了解!」バックステップ!

女魔術士「――ッ」タァン!

魔物「……っ」ブシャ!



720 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/08(火) 22:14:51.18 ID:cc.DwvI0

放たれた弾丸は空気を切り裂いて飛ぶ。狙撃拳銃の特徴は、弾丸に螺旋回転を加えるライフリング機構を銃身内に施すことで、その命中精度、威力を大幅に引き上げている点だ。

弾丸は魔物の頭部を正確に撃ち抜き、魔物が地面に崩れ落ちた。
それから魔物の血がゆっくりと広がっていくのを、わたしは見つめていた。
肩に力が入りすぎているのに気がついたのはそのすぐ後だ。シェロが何か言っているのにも気がつかなかった。



721 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/08(火) 22:15:49.14 ID:cc.DwvI0

勇者「ハル、ナイス」

女魔術士「……」

勇者「あの立ち回りの中でよく相手の急所を打ちぬけたな。才能あるんじゃないか?」

女魔術士「あ……そう、かもね」

勇者「どうした?」

女魔術士「……別に」



722 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/08(火) 22:17:11.55 ID:cc.DwvI0

対応のわずかな遅れ、異常な力み、戦闘後の虚脱感。わたしの頬を汗が伝う。身体が急激にさめていく感覚。早鐘のような鼓動。
これはまずいかもしれなかった。
魔術が使えなくなるというのはかくも大きな痛手だったのか。当たり前にあったものがないというのはかくも不安なものなのか。
そして魔術とは違う殺しの感覚にわたしは大いに戸惑った。

山村へ向けて歩き出しシェロが何か話しかけてきても、わたしは上の空だった。

その後何回かの戦闘を重ね、わたしは経験と自信と、そしてやはり何ともしれない違和感を溜め込んでいった。

さらに一週間ほど後。わたしたちは大きな門の前に立っていた。山の頂上。魔王城の前に。
そこに一体の魔物が立っていた。人型で、一見壮年の人間男性に見えるが、瞳が人間にはありえないほど赤かった。



723 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/08(火) 22:18:30.98 ID:cc.DwvI0

側近「……待っていたぞ」

勇者「……ああ」

女魔術士「……」

側近「そっちは?」

勇者「ハルだ」

女魔術士「……はじめまして」

側近「私は魔王様の側近だ。ついて来い」



724 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/08(火) 22:19:58.63 ID:cc.DwvI0

魔王の側近と名乗ったその魔物の後ろについて魔王城の中に入った。思ったより内装は悪趣味ではない。が、なぜかパーティー用の三角帽子やランプが隅っこのほうにちらほらと目についた。魔王は祭り好きなのだろうか。

五十人ほどが入れそうな広さの部屋に通された。普段は会議にでも使われているのだろう。大きいテーブルが中心に陣取り、いくつかの椅子が並んでいる。
側近の魔物にここで待つように言われ、とりあえず適当な席に腰を落ち着ける。側近の魔物は呼びにいく人がいると言って姿を消した。



725 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/08(火) 22:21:38.70 ID:cc.DwvI0

女魔術士「ここが、魔王城……」

勇者「案外普通だろ? 趣味の悪いタペストリーがあるわけでもないし、壁に蔦もはっていない。きれいなもんだ。つっても、俺もここに詳しいわけじゃねえけどな」

女魔術士「そう……」

     ・
     ・
     ・

 ――ガチャリ……


側近「待たせた。――どうぞお入りください」

?「……」

勇者「そちらは?」スク

側近「魔王様の奥方、ルフ様だ。――ルフ様、こちらが魔王様と連れ立って旅に出た勇者シェロと、その仲間、ハルにございます」

魔王妻「……」



726 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/08(火) 22:23:19.69 ID:cc.DwvI0

麦畑を思い出させる腰までの流れるような長い金髪、背中から出た三対の小さな翼、つやのある褐色の肌、目じりは下がり気味で雰囲気も柔らかだ。ほっそりとした上品な身体を、これまた上品でシンプルなドレスで包んでいる。
わりと比べたがりのわたしでも素直に、綺麗だな、と思った。

彼女は側近について無言で私たちの向かいの席までいくと、側近が引いた椅子に腰を下ろした。
しばらくこちらを見つめ、それからつぶやくのが聞こえる。



727 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/08(火) 22:24:19.65 ID:cc.DwvI0

魔王妻「あの人は、いないのですね……」

勇者「……」

女魔術士「……」

側近「勇者、全てを説明して差し上げろ」

勇者「……わかった。――ルフ様、少々長くなりますが、説明いたします。聞いてください」

魔王妻「ええ……」

     ・
     ・
     ・



728 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/08(火) 22:26:48.17 ID:cc.DwvI0

全てを聞き終えたルフさんはうつむいた。前髪に隠れて表情は読めない。
重い沈黙が流れた。

しばらくして側近が彼女を気遣って小さく声をかけた。
彼女に聞こえた様子はなかったが、よく見るとその肩が小さく震えている。

ルフさんがゆっくりと立ち上がった。テーブルを回ってシェロのほうに近づいてくる。シェロもつられて席を立った。
二人は無言で向かい合う。片方はうつむいて肩を震わせて。もう一方はかける言葉を探しあぐねて。

突如、あ、ひっぱたかれるなと予感した。勇者の背中からも軽い緊張が伝わってきた。が。

ごす!

鈍い音にわたしは疑問符を浮かべた。立ち上がって横に回る。そして理解した。
ルフさんの膝が、勇者の腹部に埋まっている。シェロの苦悶の声が遅れて聞こえた。きれいな膝蹴り。



729 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/08(火) 22:28:46.03 ID:cc.DwvI0

魔王妻「……あなたは、一体何をしていたのですか」

勇者「ぅぐ……」

魔王妻「あなたは一体何をしていたのですか! 答えなさい!」ゴス!

勇者「がっ……」

魔王妻「答えられませんか! そうですよね! あなたは何もできなかったのですから!」

勇者「……」

魔王妻「結果、あの人一人が犠牲になってしまった! あなたがいながら! どうして!」ゴス!

勇者「っ……それは」

魔王妻「あなたが間抜けだからです! あなたが無能だからです! 何が勇者ですか、あの人一人救えないでいて!」

勇者「……」



730 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/08(火) 22:29:31.69 ID:cc.DwvI0

とてつもない剣幕でそう言うと、彼女は最後の一発をシェロの――というか男性の――弱点に叩き込み、部屋を出て行った。乱暴に扉が閉められる。
側近もそれを追って出て行った。

私は仕方なく倒れ伏したシェロに近寄りかがみこんだ。
……これは手ひどくやられたものだ。



731 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/08(火) 22:30:41.34 ID:cc.DwvI0

女魔術士「……すごいわねー、ルフさんて。曲がりなりにも勇者を沈めたわよ」

勇者「っ……っ……」

女魔術士「大丈夫? 背中でもさすろうか?」

勇者「……痛い」

女魔術士「それはそうでしょうよ」

勇者「……心が、痛い」

女魔術士「……あなたは悪くないわよ」

勇者「でも……」

女魔術士「あなたはあなたで全力を尽くした。違うかしら?」

勇者「それは、そうだけど」

女魔術士「なら仕方のないことだったのよ。どうしようもない、ね」

勇者「……」



732 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/08(火) 22:31:30.05 ID:cc.DwvI0


  ――ガチャ……


側近「生きているか」

勇者「なんとかな……」

側近「ならよかった。もっとも、私がお前を殺してやりたい気分だがな」

女魔術士「ちょっと」

勇者「ハル。……いいんだ」

女魔術士「……」

側近「ルフ様は泣いてらっしゃった。私だって同じ気持ちだ。お前がしっかりしていればこんなことにはならなかったかもしれないのに」

勇者「……そう、だな」

側近「この、役立たずが……!」

勇者「……俺も自分が許せないよ。でもな、俺はあいつと約束したんだ」

側近「……」

勇者「必ずまた会うって。約束、したんだ」

側近「……」



733 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/08(火) 22:34:14.96 ID:cc.DwvI0

側近「……ふん。それで?」

勇者「だから俺は必ずあいつを――」

側近「違う。お前たちは何か目的があってここに来たのだろうが。それを言えと言っているのだ」

勇者「ああ、そういうことか。――実は、世界書というものを探しているんだ」

側近「世界書?」

勇者「ああ。異世界のこと、そしてその利用法を書いた書物だ。知らないか?」

側近「その存在は知っている。先代の側近職の魔物から知識は引き継いだ。だが――」

女魔術士「どこにあるかは知らないのね?」

側近「その通りだ」

勇者「……参ったな」



734 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/08(火) 22:37:08.99 ID:cc.DwvI0

側近「ふむ。しかし手がかりがないわけではない」

勇者「と、言うと?」

側近「考えてみろ。当の人工的平和維持機構を実際に使ったのはどちらだ?」

勇者「人間だな。……!」

女魔術士「ってことは……」

側近「その通り。人間側のほうにも世界書の情報は残っているということだ」

勇者「となると調べるのに最適なのは……」

女魔術士「学術都市タフレムを提案するわ」

勇者「ああ、それだ……!」

側近「決まったようだな。ならば早く出発するといい」

勇者「……俺たちがここにいちゃルフ様の気が休まらないだろうしな」

側近「そういうことだ。それと、ここを出るときは裏口から出るといい。案内する」

女魔術士「そんなに危ないの?」

側近「勘がいいな、女。今魔界は人間排斥の動きが勢いを増している。それを刺激するような真似はしたくないのだ」

勇者「……同感だ」



737 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/12(土) 22:00:18.33 ID:zzIoTjE0

わたしたちは城の裏から出て山を下りた。そして最接近領で弾薬を補給、これからの方針を話し合った。
学術都市タフレムは王都跡の南にある。魔王城までの道のりを逆に行き、さらに南へ一週間といったところだ。

早速わたしたちは海を渡った。それから陸路で二週間。既に廃墟となった王都跡の脇を抜け、学術都市タフレムに到着した。

宿をとって早速中央図書館へ出かける。この大陸で最も大きいといわれている図書館だ。魔術士として一生に一度は訪れたいと思っていたが、まさかこんな機会に恵まれるとは思わなかった。
既に公開されている公文書や古文書を片っ端から読み漁る。これでもないこれでもないと探していくうちに、いつの間にか夜になっていた。



738 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/12(土) 22:02:07.23 ID:zzIoTjE0

帰り道を二人で歩く。夜風が頬を心地よくくすぐった。まだまだ暑い時期は先だが、その予感だけを残して吹き去っていく。
空を見上げれば気の早い星が輝いていた。
広い道の両側には民家ではなく学術関係の大きい施設が居並ぶ。夜は閉館するため辺りはしんと静まり返り、光は街灯のみだ。図書館から居住区への道と宿への道は逆方向のため、通りにはわたしたちしかいなかった。

ちょっといい気分になって隣のシェロを横目で見てみる。文字の洪水には慣れていないらしい彼はちょっと疲れた顔で背中を丸めて歩いていた。
そういえば、と唐突に脈絡もなく気付く。シェロは病院で再会して以来口汚い言葉を使っていない。ちょっと性格が丸くなっただろうか。

その腕に抱きついてみようかどうかとふと考えた。心持ち近寄って、でも嫌がられたらやだなと考えて距離をとって。シェロは気付かないようだったが。
結局宿につくまでに踏ん切りはつかず、そのまま次の日になった。

そんな日が何日か続いた。
最初はそのうち見つかるだろうと思っていたわたしたちだったが、なかなかこない手ごたえにわたしたちは次第に焦れてきた。



739 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/12(土) 22:03:07.67 ID:zzIoTjE0

勇者「何か手がかりはあったか?」

女魔術士「だめね。見つからないわ」

勇者「そうか……」

女魔術士「ねえシェロ、このままじゃ絶対見つからないんじゃないかしら」

勇者「そんな、諦めるようなこと言うなよ」

女魔術士「違うの。わたしたちが探している手がかりは、もっと秘匿性が高いんじゃないかってことを言ってるの」

勇者「! そうか、重要文書!」



740 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/12(土) 22:05:54.49 ID:zzIoTjE0

この図書館はありとあらゆる資料をその内に抱えている。しかし機密性が高いものの中には、一般人では見ることができないものもあるのだ。
より身分の高い人物でないと見ることができない資料は意外と多い。
世界書に関する書類ももしかしたらそういう類のものかもしれないというわけだ。
そうなればわたしたちに見ることは、不可能とは言わないまでもきわめて難しい。



741 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/12(土) 22:06:55.26 ID:zzIoTjE0

勇者「くそっ、考えてみれば当たり前か。人工的平和維持機構に関する資料なんて極秘中の極秘だ。世界書関連だってきっと同じ扱いなんだな……」

女魔術士「困ったわね」

勇者「どうする? お偉いさんのコネなんて俺はないぞ?」

女魔術士「わたしにだってないわ」

勇者「となると……スニーキングミッション、か?」

女魔術士「止めないけど、捕まってもわたしを巻き込まないでよ?」



742 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/12(土) 22:08:09.62 ID:zzIoTjE0

結局いいアイディアは思いつかないまま閉館時間になった。
帰り道、シェロは相変わらずうなっていた。わたしはもう諦めて別のことを考えていた。今夜の宿で出される夕食のメニューとか、今日はパスタ系がいいなとか。

そんなときのことだった。
よく通る可愛らしい声が通りに響き渡った。



743 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/12(土) 22:08:48.38 ID:zzIoTjE0

?「モグリさぁーん!」

勇者「げっ!?」

女魔術士「?」



744 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/12(土) 22:10:21.86 ID:zzIoTjE0

後ろからだ。わたしはよく考えもせず振り向こうとした。その途中で視界にいたシェロが突如何かに押し倒されるのが見えた。
驚いて視線を戻す。

シェロがいない。声だけが聞こえて視線をそのまま下に下ろした。そこには。



745 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/12(土) 22:11:30.75 ID:zzIoTjE0

?「モグリさぁん、お久しぶりですぅ!」

勇者「重い! どけ!」

?「そんな重いだなんて。女の子に失礼ですよぉ」

勇者「お前は女じゃねーだろ!」



746 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/12(土) 22:12:13.20 ID:zzIoTjE0

シェロが年下らしき子に押しつぶされていた。
突然のことに言葉が出ない。馬鹿みたいに突っ立ってぽかんとそれを見下ろしていた。

それからふつふつと何かが胸の底からわいてくるのを感じる。
なんだろうこれは。考える前に口が動いた。



747 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/12(土) 22:14:26.83 ID:zzIoTjE0

女魔術士「ちょっと、何やってんのよあんた!」

?「ボクですかぁ? モグリさんに抱きついてるんですよぉ」

女魔術士「見りゃわかるわよ! さっさとそこをどきなさい、シェロが困ってるでしょ! っていうかなんなの!?」

?「あ、よく見たらハルちゃんじゃないですかぁ、お久しぶりですぅ」

女魔術士「……?」

?「ボクですよぉ、少し前にモグリさんを寝取った」

女魔術士「あ……!」



748 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/12(土) 22:15:17.58 ID:zzIoTjE0

思い出した。
シェロが魔王と組むよりもうちょっと前。わたしはシェロと喧嘩別れしたことがあった。
そのときの原因がこの子だ。

シェロがこの子と一夜を共にしたので、わたしは怒って三行半をたたきつけたのだ。
いや、別にあの時は付き合ってたわけじゃないけど……。
あ、今もか。



749 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/12(土) 22:16:09.12 ID:zzIoTjE0

?「あの時は自己紹介する暇もありませんでしたねぇ。カシスです。カシス・ブルーベリーっていいますぅ」スク ペコリ

女魔術士「……カシス? 女の子にしてはへんな名前ね?」

勇者「……いや、違うぞハル。こいつ、女じゃない」ムクリ

女魔術士「は? 何言ってるのあなた。この子どう見ても女の子じゃない」

?「違いますよぉ」

女魔術士「え?」

男の娘「ボク、男です」

女魔術士「……え?」



750 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/12(土) 22:19:24.03 ID:zzIoTjE0

耳を疑った。というか実際に耳に触れてその機能を確かめてみた。次に指を鳴らして聞こえることを確認する。うん、大丈夫聞こえる。
続いて疑うべきはこの子の口だ。じっと見つめてみる。特におかしなことはなさそうだ。

肩までよりちょっと短いぐらいの黒髪がややウェーブ状にくせっ毛となっている。そして利発そうな目鼻立ち。
身体は男ではありえないほど華奢だ。見比べてみるとわたしのほうがしっかりしているかもしれない。ああ、あくまで比較の話なの勘違いしないように。わたしだって別に筋肉質ってわけじゃない。
そしてその華奢な身体を黒いローブが包んでいる。



751 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/12(土) 22:20:37.36 ID:zzIoTjE0

女魔術士「ねえ、シェロ。わたし何かおかしなことを聞いた気がするんだけど」

勇者「そうだな。認めたくないのはよくわかる」

男の娘「ですよねぇ。自分で言うのもなんですけどぉ」

勇者「全くだ」

女魔術士「……」

勇者「はぁ……」

女魔術士「……え、ちょっと待って。そういうこと?」

男の娘「はい、ついてます」

女魔術士「何が? って……やっぱりいい」

男の娘「見ます?」

女魔術士「いい……」

男の娘「……」ゴソゴソ

女魔術士「いいってば!」ゴン

男の娘「いったぁい!」



752 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/12(土) 22:21:29.98 ID:zzIoTjE0

女魔術士「まとめるわよ。カシスは男」

男の娘「はぁい」

女魔術士「わたしは男にシェロを寝取られた」

勇者「寝取られたって……」

女魔術士「……」

男の娘「……」ニコニコ

勇者「……」ゲンナリ

女魔術士「……ふ」

男の娘「ふ?」

女魔術士「ふざけるなー!」



753 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/12(土) 22:22:16.20 ID:zzIoTjE0

怒りはもちろんだが、そんなことであの時大騒ぎしたのが情けないやら恥ずかしいやらでいたたまれなくなった。
わたしは壮大な勘違いをしていたというわけだ。
そしてわたしはそんな勘違いでシェロにひどい仕打ちをしてしまった。
……どうしよう。



754 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/12(土) 22:23:32.75 ID:zzIoTjE0

勇者「そんなに気にするなって。俺は気にしちゃいねえよ。俺にも落ち度はあったしな」

女魔術士「でも……」

男の娘「ドンマイドンマイですぅ」

女魔術士「……」ジト

男の娘「やぁん、そんな目で見られたら照れちゃいますぅ」

勇者「と、ところで、カシスは何でこんなところにいるんだ?」

男の娘「そりゃあボクがこの都市に住んでるからですよぉ」

勇者「住んでる?」

男の娘「はぁい。ボクは牙の塔の学生ですから」

女魔術士「《牙の塔》……」



755 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/12(土) 22:24:46.60 ID:zzIoTjE0

《牙の塔》とは、この都市にある魔術学校だ。元王都にかつてあった《スクール》と並んでキエサルヒマ大陸最大の魔術学校といわれている。
カシスはその学生なのだそうだ。

ついでに言えばカシスが着ている黒のローブ。あれは上級魔術士の証である。
成績が優秀なごく一部の学生しか身に着けることができない。
意外にもカシスはそのごく一部に含まれているらしい。



756 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/12(土) 22:26:27.33 ID:zzIoTjE0

勇者「お前、意外とすごいんだな……」

男の娘「そんなことないですよぉ」エッヘン

女魔術士「……」

男の娘「それより、何でモグリさんたちがタフレムにいるんですかぁ? どっちかって言うとそっちのほうが不思議ですぅ」

勇者「いや、えっと……」

女魔術士「……話してもいいんじゃない?」

勇者「……ハル?」

女魔術士「よく考えてもごらんなさい。この子は上級魔術士。ということは?」

勇者「……! 機密文書の閲覧ができる!」

男の娘「?」

勇者「カシス、正直言ってあんまり気は進まないが、力を貸してくれ」

     ・
     ・
     ・

男の娘「……なるほどぉ、モグリさんたちが世界を救ったんですねぇ」

勇者「疑わないのか?」

男の娘「モグリさんは嘘ついたんですか?」

勇者「いや、違うが……」

男の娘「じゃあ信じますよぉ」

勇者「そ、そうか」

男の娘「世界書って本のことについて知りたいんですね、このカシスに任せてくださぁい!」

女魔術士「……期待してるわ」



757 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/12(土) 22:27:29.91 ID:zzIoTjE0

次の日。わたしたち三人は中央図書館で落ち合った。カシスは近くの学生寮に住んでいるらしい。

早速カシスの名前を使って資料をかき集め、はしから読み漁る。
重要文書はいままで読み漁った量からすればあまり多くはなかったが、それでも夕方になる程度には調査に時間がかかった。

そして。



758 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/12(土) 22:28:55.11 ID:zzIoTjE0

勇者「……あったぞ」

女魔術士「どれどれ?」

勇者「約六百年前の資料だな。つってもそんな年月、紙がもつわけねえから何度か写しなおされたみたいだが、まあそれはいいか」

男の娘「それで、なんて書いてあるんですかぁ?」

勇者「えーと……約六百年前、世界は戦乱の真っ只中だった。魔物、人間関係なく大勢傷つき、死んでいったらしい。文明にも大きな打撃を与えたそうだ。これはまあ俺たちも知っている、常識中の常識だな」

女魔術士「それで、世界書は?」

勇者「急かすなって。うんと、そんな混乱の中、王都に忽然と賢者が現れたらしい」

男の娘「賢者、ですか?」

勇者「ああ、賢者だ」

女魔術士「ふぅん……?」

勇者「賢者はある奇妙な書物を持っていたそうだ。異界について記した書物。それを当時の王に献上したらしい」

女魔術士「……世界書?」

勇者「だろうな。王は賢者に指揮権を与え、キムラック神殿と神体を作らせた。完成してしばらく後、その賢者は書物とともに姿を消したらしい。それから世界は徐々に安定していったようだ」

男の娘「ビンゴみたいですねぇ」

女魔術士「でも、肝心の世界書の行方がわからないわね……」

勇者「いや、大丈夫だ。これを見てくれ」

女魔術士&男の娘「?」


『我は地獄へ帰らん』


男の娘「賢者の言葉ですかぁ?」

女魔術士「地獄……?」



759 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/12(土) 22:31:01.63 ID:zzIoTjE0

勇者「言葉の通り読むなら、賢者は今地獄にいる」

女魔術士「……ちょっと待ってよ、地獄なんてものがこの世にあるわけ――」

勇者「あるんだ」

男の娘「えぇ?」

勇者「以前魔王と旅をしていたとき、奴は地獄でルフさんと出会ったと言っていたんだ。観念上の地獄が実在するかどうかは知らないが、“地獄”と呼ばれる何かはこの地上に必ずある」

女魔術士「なるほど」

勇者「あとはもう一度魔王城に戻ってその場所を聞くだけだ……!」



760 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/12(土) 22:32:48.13 ID:zzIoTjE0

数分後、わたしたちは誰もいない夜の通りを荷物を取りに宿に向かって急いでいた。
一番急いでいるのは先頭に立つシェロだ。その後ろをわたしが歩く。

そしてさらに後ろを、カシスがなぜかついてきていた。
しばらく歩いたところでシェロがそれに気付き、歩みを緩めた。



761 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/12(土) 22:33:58.08 ID:zzIoTjE0

勇者「……あー、カシス?」

男の娘「はぁい、なんですかぁ?」

勇者「いや、お前はなんでついてきてるのかなあと」

男の娘「はい?」

勇者「いや、役目が終わったらお払い箱ってわけじゃあ決してないんだが、もうお前に頼る作業は終わったんだ。もう帰って休んでいいぞ? 礼は後でちゃんとするから」

男の娘「ボクも一緒に行きます」

女魔術士「え?」

勇者「…… それは、どういう意味だ?」

男の娘「これからモグリさんたちは魔王城や地獄に行くんですよね。ボクも一緒に行きたいです」

勇者「……」

男の娘「いいでしょ?」



762 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/12(土) 22:35:06.49 ID:zzIoTjE0

男の娘「お願いしますよぉ、この通り」

勇者「いや、でもな?」

女魔術士「……あなた学校はいいの? 今日はサボりだったんでしょ?」

男の娘「一日ぐらいへっちゃらですぅ!」

女魔術士「これからは? 退学でもするつもり?」

男の娘「適当に理由つけて長期休暇を取りますぅ」

女魔術士「……遊びじゃないのよ?」

男の娘「わかってますよぉ、それくらい」



763 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/12(土) 22:36:20.15 ID:zzIoTjE0

わたしはしばし無言でカシスの目を見つめた。どこかほんわかとした空気がそこに漂っている。
まるでこれから修学旅行にでも行くかのようなのんきさだ。

わたしは深くため息をついた。
そして腰の後ろに手を伸ばす。
それをゆっくりと抜いて、カシスに突きつけた。



764 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/12(土) 22:38:28.41 ID:zzIoTjE0

女魔術士「もう一度言うわ、遊びじゃないのよ?」スチャ

男の娘「……」

勇者「おい、ちょっとハル……!」

女魔術士「シェロはちょっと黙ってて。これは大事なことよ」

男の娘「……」

女魔術士「知らないかもしれないけど、わたしが今あなたに突きつけているこれ、魔術と同等の威力を持つ武器なの。わたしがちょっと指を屈曲させればあなたはたやすく死体になるわ。わたしたちが行くのはそういうところなの。あまりなめてると怒るわよ?」

男の娘「……ってます」

女魔術士「?」

男の娘「知ってますよ」

女魔術士「……何が?」

男の娘「『拳銃』」

女魔術士「……!」

男の娘「そうですよね、それ?」



765 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/12(土) 22:39:29.75 ID:zzIoTjE0

男の娘「それは軍が極秘に配備していた『拳銃』というものですよね? しかもそれは見たことない型なので、おそらく最新型。とても殺傷力が高いと聞いていますぅ」

女魔術士「……」

男の娘「でも逆に言えばそればそれ以外に決定力がないってことですぅ。ハルちゃん、魔術使えないんでしょ?」

女魔術士「……っ」

男の娘「ボク、役に立ちますよぉ?」



766 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/12(土) 22:40:22.52 ID:zzIoTjE0

そう言うとカシスはふんわりと笑った。
まるで馬鹿にされたような気分になって、わたしは奥歯をかみ締めた。
手に力がこもる。

そんなわたしの様子を見て取ったのか、カシスは「それとも」と続けた。
微笑みの質を好戦的なものに変えながら。



767 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/12(土) 22:41:31.80 ID:zzIoTjE0

男の娘「ボクの力が信用できないなら、ここで勝負しますか? 最新兵器とボクが磨いてきた魔術、どちらが強いか試してみますか?」

女魔術士「……」

男の娘「ねえ、ハル・ケットシーちゃん――?」

女魔術士「……」ギリ……



勇者「――二人とも、ストップだ」



男の娘「ええ? でもぉ」

女魔術士「……」

勇者「でも、じゃない。文句言うなら置いていくぞ」

女魔術士「……!」

男の娘「え! ってことは!」

勇者「ああ。ついてくることを許可する」

男の娘「やぁったぁ!」

女魔術士「ちょっと、シェロ!」

勇者「ハル、俺はお前を信用している」

女魔術士「い、いきなり何よ」

勇者「でも、これから行く地獄や異世界の危険性は未知数だ。助力は多いに越したことはない」

女魔術士「……。わたしは反対よ。あの子、絶対へまやらかすわ」

勇者「そうかもしれない。そうじゃないかもしれない。でもあいつは上級魔術士だ。信用していいんじゃねえかな」

女魔術士「……」

勇者「……な?」

女魔術士「……わかったわよ。でも、わたしはこれから先も反対だし、あの子が何かやらかしたら即刻追い出すからね……!」クル スタスタ!

男の娘「べーだ!」

勇者「……はぁ」



772 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/15(火) 22:00:53.57 ID:.bbxNnw0

その後、わたしたちはタフレムを出て再び魔王城へ向かった。およそ一ヶ月の旅だ。
魔界に入るまでは魔物と遭遇することもなく順調に進んだ。旅に関してカシスが足を引っ張ることはなかった。
なかったのだが……
わたしには少々気に入らないことがあった。



773 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/15(火) 22:02:46.11 ID:.bbxNnw0

男の娘「モグリさぁん、お弁当作ってみました! 食べてみてくださぁい!」

男の娘「モグリさぁん、一緒の部屋にしましょうよぉ!」

男の娘「モグリさぁん、一緒にお風呂に入りましょう!」

男の娘「モグリさぁん、ボクと一緒に寝ませんかぁ!?」

男の娘「モグリさぁん、モグリさぁん――!」



774 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/15(火) 22:04:39.27 ID:.bbxNnw0

タフレムを発ってからずっとこの調子である。必死になって一緒の部屋は阻止し、お風呂も引き止め、ベッドにもぐりこむカシスを引きずり出す。
だがお弁当については懇願するカシスに負けて、シェロが口にするのを許してしまった。
全く油断もすきもない。いや、全て小細工なしの直球勝負だが。
ちなみにお弁当はわたしより上手だったので、女としての自信が少々ぐらついた。まあ、どうでもいい話だけど。

しっかりノーといわないシェロもシェロだ。もしかして両手に花で――片方はラフレシアだけど――悪い気はしていないのではないか。そんな疑心暗鬼にも駆られる。

そんなこんなでわたしのストレスはうなぎのぼりだった。最近ではわたしがシェロに近づく暇もない。
とはいえ明確な失敗もしていないので追い返すこともできない。
ため息をついた。



775 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/15(火) 22:07:29.55 ID:.bbxNnw0

そう、カシスの魔術士としての腕は一級だった。
魔界に入ってから数度戦闘を重ねたが、カシスの魔術は確かに役に立っていた。

     ※

数メートル先に魔物の影。わたしの横手から突如として魔術の構成が膨らみ、展開される。シルクのように緻密で繊細な構成。それによどみなく魔力が注入され、呪文の声によって現実の風景を理想のそれに塗り替える。
鋭い閃光と抑えられた爆音。残るのは黒焦げの魔物の死体。必要な力を必要な分だけ取り出したというような見事な魔術だった。

わたしはそれを拳銃を構えたままぼうっと見ていた。そう、わたしの出番はなかったのだ。

通常、魔術というのは構成を編み、それに魔力を重ね、音声を媒体にすることで完成する。構成は、魔術士なら誰でも見ることできるもので、それによって魔術の効果が決まり、魔力によって威力が定まる。
魔術士のスキルはその構成の複雑さ、魔力の大きさ、そして魔術が完成するまでの早さによってランク付けできるが、カシスは間違いなく大陸で最優秀の部類に入る腕だった。



776 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/15(火) 22:08:48.51 ID:.bbxNnw0

男の娘「“お猿のキャンドルサービスゥ!”」カッ!

魔物「グギャッ!」ドゴォッ!

勇者「よし! ナイスだカシス!」

男の娘「えへへぇ、ほめられちゃいましたぁ」

勇者「次も頼むぜ」

男の娘「もちろんですぅ!」

勇者「ハルはもう残弾が少ないよな? 無理するなよ」

女魔術士「……」

勇者「ハル?」

女魔術士「……ええ、大丈夫、聞こえてるわ。気をつける」



777 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/15(火) 22:10:19.06 ID:.bbxNnw0

魔王城は順調に、順調に近づいていた。
しかし戦闘を重ねるたび、わたしは居心地の悪さを感じずにはいられなかった。

およそ一ヶ月後、大商人のところを出発してから三ヵ月後、魔王城に再び到着した。
裏口の扉の前に数人分の人影がある。だが側近ではない。一番先頭にいる魔物は側近と同じように瞳が赤いが、側近の魔物よりがっしりとしていて背も高い。身には鎧を着けている。
その後ろにいる魔物はみな人型だったが、一人残らず黒衣と仮面をつけており表情は読めなかった。何よりその存在感の希薄さが不気味だった。

先頭の魔物が口を開いた。



778 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/15(火) 22:11:39.52 ID:.bbxNnw0

?「お前が、勇者シェロか」

勇者「……そうだが、あなたは誰だ? あの側近はいないのか?」

?「……ふふ」

勇者「……?」

?「いやなに、失礼した……」



779 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/15(火) 22:12:43.72 ID:.bbxNnw0

その魔物は何もしていない。だが、なにやら敵意のようなものがぴりぴりと這いよってくるのが感じられ、わたしたちは身構えた。
もう一度シェロが口を開く。と、そのとき扉が開いた。

中から足早に歩み出る人影があった。側近の魔物だ。
彼は立ち止まると例の魔物に視線を合わせた。



780 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/15(火) 22:14:37.56 ID:.bbxNnw0

側近「何をされているのですか、元帥」

元帥「いやなに、魔王様と共に世界を救った勇者とやらの顔を拝もうと思ってな」

側近「……それはかまいませんが、彼らを案内するのは私の役割です。どいてもらえますか?」

元帥「ふ、まるで私が邪魔するとでも言いたげだ。そんなことはしないから好きにするがいい」

側近「……。勇者、私について来い」

勇者「あ、ああ」

女魔術士「……」

男の娘「ごめんくださいですぅ~」

元帥「……」



781 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/15(火) 22:15:52.52 ID:.bbxNnw0

扉の内側に入り、側近の魔物について歩く。背中に、先ほど元帥と呼ばれた魔物からのものだろう、刺すような視線を感じながら。

それから数分ほど歩き、以前も通された会議室のような部屋に入る。側近の魔物はテーブルの奥のほうに回って席に着き、わたしたちはそれに向かい合うように並んで座った。

まず、側近はカシスをちらりと見た。以前いなかったのだからいぶかしく思うのは当然だろう。だが意外にも彼はなにも問うてはこなかった。なんとなくで理解したのだろう。それかただ面倒だったか。



782 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/15(火) 22:18:51.99 ID:.bbxNnw0

勇者「……ルフ様は?」

側近「顔をあわせるのがお嫌なのだそうだ。当然だろう」

勇者「そうだな……」

側近「それで? 今回の用事は何だ?」

勇者「ああ、実はな……」

     ・
     ・
     ・

側近「ふむ、地獄の賢者……」

勇者「地獄の場所を教えてほしい」

側近「それなら魔王山を下りてまっすぐ西だ。レジボーン山脈の峰の一つにその入り口がある。ただ気をつけろ、あそこは魔物でもそう気軽には入らん。それなりの覚悟がないと生きて出られんかもしれんぞ」

男の娘「“地獄”って何なんですかぁ?」

側近「この世界と異世界との間の隙間だ。過去と現在とが重なる場所でもある。並みのものでは発狂しかねん。覚悟はあるか?」

男の娘「シェロさんにとっては今更ですよぉ」

勇者「……その通りだ」

女魔術士「……」

側近「そうか、ならいい。……しかし、地獄の賢者か」

勇者「もしかして、知ってるのか?」

側近「もしや……いや、憶測で語るのはやめよう。ただ、過去に世界書の情報を人間界に流した魔物がいるとは聞いている。それかもしれんな」

勇者「なるほど」

側近「ほしい情報は得たのだろう? さっさと行くがいい」

勇者「そうするよ」



783 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/15(火) 22:20:05.13 ID:.bbxNnw0

勇者「……ところでお前さ」

側近「なんだ?」

勇者「顔色、悪くないか?」

側近「もともとだ」

勇者「いや確かにそうなんだけど、前回に比べるとなんだかちょっと……」

女魔術士(そういえば、確かに……)

側近「……気のせいだろう。早く行け」

勇者「……。もし、さ」

側近「?」

勇者「俺たちに手伝えることがあれば、言ってくれよ。力になるから」

側近「……早く、行け」

勇者「おう」



784 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/15(火) 22:22:33.00 ID:.bbxNnw0

前回と同じように城の裏口から外に出た。
山頂の西に立って遠くを眺める。はるか向こうに確かに山脈が見えた。あれがレジボーン山脈だろう。目測で一週間強だろうか。

魔王山を下りて最接近領で弾薬や旅用の装備を補給。一路西へ向かった。
今までは草原や平地を行くことが多かったが、今回は荒野だった。しかも街道のない道なき道を行くので今までよりも体力の消耗が激しい。
誰も何も言わなかったが、その無言がむしろ疲労の度合いを表していた。

この中で一番体力があるのはもちろんシェロだ。しかし次がわからない。カシスは男だがひどく華奢だし、そんなに体力があるようには見えない。もしかしたら私のほうが体力があるかもしれない。
と思ったのだけれど。
最初にガタが来たのはわたしだった。



785 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/15(火) 22:23:50.49 ID:.bbxNnw0

女魔術士「……ごめんなさい」

勇者「いや、いいんだ。俺だってそろそろ限界だった。ここらで休もう」

男の娘「無理しちゃだめってことですねぇ。ゆっくり休みましょう」

女魔術士「ごめんなさい……」

勇者「いいっていいって」



786 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/15(火) 22:24:45.73 ID:.bbxNnw0

シェロはともかく、カシスにまで気を使われたのはショックだった。
わたしは、二人の足を引っ張っているのか。そう思うと、なんだかやるせなくなった。

わたしが再び魔術を使えるようになったら状況は変わるだろうか。こっそり小さな魔術構成を編んでみた。しかしそれを実現するための魔力がない。枯渇してしまっている。
わたしは力なくうつむいた。
シェロは何か気がついているのだろう。わたしのほうを何度かちらちら見ていたが声をかけてはこなかった。

と、そのとき座っていたカシスが音もなく立ち上がった。



787 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/15(火) 22:25:46.13 ID:.bbxNnw0

男の娘「……」

勇者「どうした?」

男の娘「……」

女魔術士「……?」

男の娘「……来ます!」



788 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/15(火) 22:27:22.23 ID:.bbxNnw0

その声と同時だった。わたしは背中に衝撃を覚えて転がった。背中を蹴りとばされたと気付いたのは一瞬後だった。そしてそのときには事態は動き出している。

シェロが罵声を上げながら抜刀するのが目の端に見えた。ついで影が彼に襲い掛かるのも。
私はみっともなく手を振り回して起き上がると、やっとのことでテンペストを抜いた。
同時にカシスの呪文の声が響く。



789 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/15(火) 22:28:12.78 ID:.bbxNnw0

男の娘「“狸のスタンピィィード!”」ブワ ビシュシュシュ!

勇者「うわ、うわわ!」

女魔術士「きゃあああ!?」



790 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/15(火) 22:29:59.77 ID:.bbxNnw0

広く何かが降り注いだ。手足や顔に痛みを覚える。しばらくして降り止んだ無形のそれは、どうやら細かい衝撃波だったようだ。

何をするのかとカシスを怒鳴りつけようとして、七歩ほど離れたところにいる“敵”に気付いた。
荒野の風にはためく黒衣。どんな表情も映さぬ仮面。魔王城の裏口にいた奴らだ。
どうやらカシスは彼らの間合いを外すため、あえて広範囲の魔術を放ったらしい。そのダメージはほとんどないが、攻撃と見れば距離をとらざるを得ない、というわけだ。

相手は、三人。



791 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/15(火) 22:31:43.00 ID:.bbxNnw0

勇者「カシス、これはどういうことだと思う?」

男の娘「さあ……わかりません。ただ、あの元帥って魔物と一緒にいたのは間違いありません」

女魔術士「……」



792 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/15(火) 22:33:23.31 ID:.bbxNnw0

こんなときにわたしは何を考えているのだろう。シェロが私じゃなくてカシスの方に質問したのは、ただの偶然かもしれないのに。

わたしは想像以上に荒野の旅に疲れていたのかもしれない。急いで気持ちを目の前の敵に移した。幸い、いまだ相手は動きを見せていなかった。
ただし先ほどの奇襲を考えるに、いつまた死角を取られるかはわからない。



793 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/15(火) 22:34:16.66 ID:.bbxNnw0

勇者「なにやらわからないが、どうやらこいつらを倒さなきゃいけないらしいな……」

男の娘「よぉし、がんばりますよぉ!」

女魔術士「……」

黒衣s「……」

勇者「――行くぞ! 遅れるな!」ダッ!

男の娘「はぁい!」ダッ!

女魔術士「この……!」ダッ!

黒衣s「……」ススス……



794 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/15(火) 22:37:32.07 ID:.bbxNnw0

相手は三方に分かれた。わたしたちも同じように分かれる。一対一の構図になった。
わたしはその中の一人に向かって、銃の有効範囲まで一気に距離をつめた。その距離三メートルほど。相手に向けて牽制の一発を放つ。

銃声と共に駆け抜けた弾丸は対象のすぐ脇を飛び去った。だが、それは想定のうちだ。この牽制で相手の動ける範囲を絞りさらに一発、今度は本命弾を放つ。

相手はそのままでは当たると見ると横にとんだ。それを追いかけて銃口の先を滑らせる。相手はそのままこちらに対し円を描くように走った。回避行動。しかし当てられそうにないときは撃たない。これはレイに習った基本中の基本だ。

相手はこちらが撃たないと見ると向きをこちらに変えた。チャンス。引き金を絞り――

その前に目に痛みを覚えた。それに動揺して銃口がぶれ、弾丸があさっての方向に飛んでいく。
気付く。石を投げられていたのだ。
このままでは踏み込まれる。わたしはあせってさらに引き金を引いてしまった。目標を見失ったまま。

自制は瓦解しそのまま引き金を引き続けた。けれども永遠に続くはずもなくすぐに軽い手ごたえが返ってくる。弾切れ。
そして弾切れとは違う衝撃が手を襲った。

気がついたときには手の中に拳銃がなかった。いつの間にか横に滑り込んでいた相手に、横蹴り飛ばされたのだ。がむしゃらに悲鳴を上げた。



左肩に熱い感触があった。激しく肌を焼き、しかし同時に体温を奪い去っていく。
視界が回る。転倒。土の味が口に広がった。
肩を見るとナイフが刺さっていた。血が吹き出し、服を赤黒く染めている。
唐突に危険を感じて丸まった。けれども一瞬遅く、腹を猛烈な痛みが襲う。蹴り飛ばされて転がった。

起き上がろうとして再び蹴り飛ばされる。そしてもう一度。さらにもう一度。
痛みにうめく。もう起き上がれない。肩のナイフは抜けていた。
それは今、相手の手の中にある。
高々と振り上げられ、そして振り下ろされる。もちろんわたしに向かって。悲鳴を上げようとして今度は失敗した。

刃が下りてくるのがやけにゆっくりと見えた。
ああ、死ぬんだ。
もう終わりか。

終わり?
そんなのだめだ……わたし、まだシェロに言ってないことがあるのに!



795 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/15(火) 22:39:17.47 ID:.bbxNnw0

勇者「“我は放つ光の白刃ッッ!”」ゴッ!


 ドガァッ!


黒衣1「っ……!」ドサ

勇者「ふっ!」ザク!

黒衣1「ッ……」ビクン!

勇者「……ハル、大丈夫か!?」

女魔術士「……」

勇者「おい! ハル! しっかりしろ!」

女魔術士「ぁ……シェロ……」



796 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/15(火) 22:40:20.68 ID:.bbxNnw0

わたし、生きてる。まだ、生きてる。
痛みでうまく動かせないけど、身体はちゃんと残ってる。

シェロの助けを借りてゆっくりと身を起こした。
さっきまで戦っていた敵は、シェロの剣によって地面に縫いとめられていた。



797 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/15(火) 22:41:38.36 ID:.bbxNnw0

女魔術士「敵……他の敵……」

勇者「大丈夫だ、もう倒した。だから安心しろ。手当てをしよう、な?」

男の娘「こっちも片付きましたよぉ!」



798 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/15(火) 22:43:13.09 ID:.bbxNnw0

さほど傷もなくカシスがこちらに走ってくる。その向こうには黒衣の死体。
そこから離れたところにももう一つ。これはシェロが倒した分だろう。

ああ、そうか。
殺されそうだったのはわたし一人だったのか。
偉そうなことを言ってた割りにわたし一人だけだったのか。

それに気付いた途端、鼻の奥がきゅうっと詰まった。目の奥が熱くなる。

これじゃあ……

これじゃあわたしはほんとに足手まといじゃないか。



799 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/15(火) 22:43:59.73 ID:.bbxNnw0

勇者「お、おい、どうしたハル」

女魔術士「っ……うっ……」ジワ……

勇者「どうした? 傷が痛むのか?」

女魔術士「ひっ、うっ……うえっ」ポロ……

勇者「おい、ハル?」

女魔術士「グスッ……」ポロポロ



800 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/15(火) 22:45:57.80 ID:.bbxNnw0

わたしはかろうじて動く右腕で顔を覆って泣いた。
シェロはそれ以上何も聞かなかった。ただ、頭をやさしくなでてくれた。

その夜、わたしは夢を見た。シェロがわたしをパーティーから外す夢。
そこでも彼は優しくて、あくまでわたしを気遣いながら、連れて行けないと断言した。

違う。わたしは気遣ってほしいんじゃない。やさしい言葉をかけられたいわけじゃない。
わたしを頼って。わたしを信じて。

……でも、そうだ。わたしには力がないのだ。
わたしには言う資格がないのだ。
わたしには……

翌朝も泣きながら目を覚ました。



次の日は気が重かった。
前日恥ずかしいところを見せてしまったのもあったし、夢のこともあった。まさか正夢になることはないと思いつつも、もしかしたらと思うとぞっとした。

二人は特にこちらのことには触れてこなかった。わたしの前を並んで歩きながら主に昨日の敵についてあれこれ分析している。



801 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/15(火) 22:46:50.73 ID:.bbxNnw0

男の娘「あれは間違いなく、あの元帥って奴の手下ですぅ」

勇者「ああ、俺も同じ考えだ。だが、なぜ?」

男の娘「わかりませんけど、人間が嫌いだからっていう単純な理由でもボクは驚きませんよぉ」

勇者「今、魔界もいろいろと揺れてるんだ、きっと」

男の娘「側近の魔物も怪しいんじゃないですか?」

勇者「確かに嫌われてはいるがな。あんまりそういうことするような奴には見えなかったぞ?」

男の娘「そう見せかけてってこともありますぅ」

勇者「うーん」

女魔術士「……」



807 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/19(土) 22:00:03.56 ID:aUAdH220

どことなくギクシャクとした空気を引きずりながら、それでも話は白熱しているようだった。

それから三日。現在レジボーン山脈山中。木一本ない岩肌。切り立った崖。その中の細い道を三人で伝っていく。渇いた風が吹いている。髪がばさばさと舞い上がった。

山中で夜を過ごし、次の日。わたしたちは山腹にぽっかりと空いた穴の前に立っていた。
人一人がぎりぎり通れるぐらいの大きさ。中からは生暖かい風が吹き出している。



808 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/19(土) 22:01:27.72 ID:aUAdH220

勇者「ここ、か?」

男の娘「みたいですね」

女魔術士「……」

勇者「ケルベロスはいないんだな」

男の娘「本物の地獄にはいるんでしょうけどねぇ」

女魔術士「……入る?」

勇者「ああ、もちろんだ」



809 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/19(土) 22:04:05.59 ID:aUAdH220

シェロ、カシス、わたしの順番で穴に入った。天然の階段が下に伸びている。
明かりとしてシェロが魔術の鬼火を生み出した。無機質な白い明かりが辺りを照らす。

それからどれくらい下りただろうか。もう一時間は下ったんじゃないかと思ったとき、ついに階段が途切れた。
穴から出て愕然とする。



810 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/19(土) 22:05:15.85 ID:aUAdH220

勇者「これは……」

男の娘「空がありますぅ……」

女魔術士「ここ、山の中よね……?」

勇者「……どうやら、ここが地獄で間違いないらしいな。俺たちの世界と異世界との狭間、か」



811 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/19(土) 22:07:15.03 ID:aUAdH220

空は紫色に濁っている。それでも視界に困らない程度には明るい。
辺りにはごつごつとした岩がそこここに転がっていた。草花は全くない。ここに来るまでに見た荒野や山の景色に似ている。

道が一本、足元から伸びていた。
この先に件の賢者がいるのだろうか。



812 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/19(土) 22:07:47.56 ID:aUAdH220

勇者「さあな。だが目当てになるものは他にない。この道をたどってみよう」

男の娘「賛成ですぅ」

女魔術士「ええ……」



813 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/19(土) 22:08:42.26 ID:aUAdH220

シェロとカシスが前、わたしが後ろ。その陣形で、あくまで慎重に歩を進めた。なにが出てくるかわからないからだ。
しばらくは何事もなく進んだ。景色は変化を見せずに延々と続く。

変化が訪れたのは数分後だった。
わたしは背後に突然現れた気配に、泡を食って振り返った。
拳銃を引き抜く。



814 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/19(土) 22:09:11.52 ID:aUAdH220

女魔術士「誰!?」ジャキ!

?「……」

勇者「敵か!?」

?「……」

男の娘「……子供?」

少年「……」

勇者「……!」

女魔術士「何でこんなところに……」



815 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/19(土) 22:11:21.78 ID:aUAdH220

六、七歳ほどの少年がそこにいた。黙ったままこちらを見上げている。鋭い目つき。
その子の顔に見覚えがある気がした。
いつか見た、というよりはむしろ見慣れているような。

少年が口を開いた。



816 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/19(土) 22:12:19.52 ID:aUAdH220

少年「……僕の村は焼けちゃったんだ」

男の娘「え?」

少年「ううん、違う。焼かれちゃったんだ」

女魔術士「?」

少年「僕は……いや、俺は復讐しなくちゃ……あいつらを殺さなきゃ……」

勇者「……」

少年「…… もう行くよ」

女魔術士「え? ちょっとどこへ……」



817 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/19(土) 22:13:07.06 ID:aUAdH220

少年が道を曲がって岩の陰に入った。追いかけて角を曲がるがそこには誰もいない。
訳がわからない。振り返って2人を見る。
カシスも疑問符を浮かべてこちらを見ていた。
シェロは……



818 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/19(土) 22:13:53.71 ID:aUAdH220

勇者「過去と現在が重なる場所、か……」

男の娘「え? どうかしましたぁ?」

女魔術士「何か心当たりでもあるの、シェロ?」

勇者「……あれは俺だ」

男の娘「はい?」

勇者「過去の、俺だ……」



819 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/19(土) 22:14:23.98 ID:aUAdH220

シェロはどこか遠い目をして言った。
先ほどの少年によく似た顔で。

側近の魔物は言っていた。ここは過去と現在が重なる場だと。
ならば先ほどの少年は……

どうやらここは“そういう”場所のようだった。



820 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/19(土) 22:14:55.36 ID:aUAdH220

男の娘「過去の人間が現れる、ってことですか?」

勇者「おそらくそういうことだろうな」

女魔術士「……」

?「あの……」

女魔術士「!?」



821 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/19(土) 22:15:22.46 ID:aUAdH220

不意に声をかけられて、驚きながら振り返る。
そこには先ほどとは違う少年がいた。角が生えている。人間ではない、魔物だ。

魔物の少年は不安そうな目でこちらを見上げていた。



822 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/19(土) 22:16:17.16 ID:aUAdH220

男の娘「あ、かわいい」

幼魔物「……あの、すみません。僕の父上と母上をご存知ありませんか?」

女魔術士「お父さんとお母さん?」

勇者「……」

女魔術士「ごめんなさい、知らないわ」

幼魔物「そうですか……ありがとうございました……」



823 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/19(土) 22:17:36.51 ID:aUAdH220

そういうと、魔物の少年は道を曲がって岩の陰に消えた。
一応追いかけて岩の後ろを覗いてみたが、やはりそこには誰もいなかった。

少し考えて、思い当たる。
あの魔物の少年は……



824 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/19(土) 22:18:13.72 ID:aUAdH220

勇者「ニギ……」

女魔術士「……」

勇者「絶対助け出すから……」

男の娘「モグリさん……」



825 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/19(土) 22:19:13.44 ID:aUAdH220

再び道に沿って歩き始めた。途中で数人の人間や魔物に出くわした。
不思議なことに彼らは常に視界の外から現れた。そういうルールらしい。

過去に親交のあった友人やら、学校の先生やら、昔付き合ってたあいつやら。その中に、家を飛び出して以来会っていない両親の姿も見つけた。最後に見たときよりもどちらも若い。母が赤ん坊を抱いている。おそらく私だろう。

わたしに関係のある人だけでなく、シェロやカシスの過去も現出した。



826 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/19(土) 22:19:55.44 ID:aUAdH220

女魔術士「あまり、居心地は良くないわね。変な感じ」

勇者「そうだな、同感だ」

男の娘「そうですかぁ? 楽しいじゃないですか」

?「楽しむだけの余裕がなければここではやっていけんよ」

勇者「!? 誰だ!」



827 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/19(土) 22:21:12.22 ID:aUAdH220

いつの間にか道は途切れ、わたしたちは湖のほとりについていた。
湖の水は血のように赤い。もしかしたら本当に血なのかもしれない。湖の周りにだけ、気味の悪い植物が生えていた。

声は目の前の岩陰から聞こえてきた。
低く、しわがれた声。地獄にふさわしい、地の底から這い出してくる亡者の声。
その主がゆっくりと姿を現した。



828 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/19(土) 22:22:27.00 ID:aUAdH220

?「ようこそ、勇者であり鋼の後継であるシェロ・フィンランディ。その仲間、ハル・ケットシーにカシス・ブルーベリー」

勇者「お前が“世界書の賢者”か。なぜ俺たちの名前を知っている」

賢者「名はユイスだ。君たちのことはゴーストたちが教えてくれたよ」

男の娘「ゴースト、ですか?」

賢者「君たちも見ただろう。地獄に渦巻く過去たちだ」



829 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/19(土) 22:23:30.57 ID:aUAdH220

ただれた肌、つりあがった目、耳まで裂けた口、枯れ木のような体躯、こうもりに似た翼。
ユイスの見た目はそのまま伝説上の悪魔のそれだった。賢者と呼ぶには人間らしさがなさすぎて違和感を覚える。

ユイスはこちらを見て口のはしを吊り上げた。
見ているものを恐怖させる悪鬼の笑みだ。
手に持った古い本を掲げてみせる。



830 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/19(土) 22:24:17.56 ID:aUAdH220

賢者「知っているぞ勇者。君の目的はこれだろう?」

勇者「それが、世界書か?」

賢者「その通り」

勇者「……渡してもらえないか」

賢者「そうやすやすと手に入るとでも?」

勇者「あんたと戦う理由はない」

賢者「私にもないな。だが、君たちがこれを持っていきたいとなれば話は別だ。私は全力で君たちを排除する」

勇者「……なぜ?」

賢者「君が知る必要はない。“ここで死ね”」



831 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/19(土) 22:25:19.40 ID:aUAdH220

それが呪文だったのだろう。急激に膨らんだ光が目を焼いた。
悲鳴を上げる。魔術が使えない今、私に防御手段はなかった。

爆音が轟き土煙が舞い上がる。わたしは自分が死んだと錯覚した。
が、生きている。

土煙が吹き去り展開していた光輝く防御壁が消滅する。シェロが盾になってくれたらしい。



832 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/19(土) 22:26:01.54 ID:aUAdH220

賢者「ほう、完全に不意をついたつもりだったが……防いだか」

勇者「……あんたは過去に人間に世界書を渡しているはずだ。今は駄目な理由があるのか?」

賢者「……」

勇者「あんたは人間の可能性に期待したんだろう? それで世界書を一度は譲ったんだろう? ならなんで……」

賢者「……私は絶望したのだよ」

勇者「……」

賢者「あんな絶望、一度で十分だ……」



833 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/19(土) 22:26:53.96 ID:aUAdH220

そう言うとユイスは世界書を岩陰に放り、その手を開いて掲げた。
瞬間、わたしたちは気圧される。それだけの圧迫感があった。

呪文の声と共に光熱波が空間を支配する。シェロが再び展開した防御壁をたたき、殴りつけ、打ち壊そうと襲い掛かった。
ようやく止んで視界が確保できたときにはユイスは先ほどの場所にはいなかった。

突如カシスが吹き飛ぶ。驚いてそちらを向くと、ちょうど蹴り足を戻したユイスと目が合った。
次はお前だ。視線がそう言っていた。

わたしは慌てて拳銃を抜いてそちらに向ける。そのときにはすでにユイスはわたしの懐に鋭い一歩を撃ち込んでいた。



834 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/19(土) 22:27:25.02 ID:aUAdH220

賢者「シッ――!」シュッ!

女魔術士「がッ!」ドサ!

勇者「ハル!」



835 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/19(土) 22:28:09.34 ID:aUAdH220

顎が猛烈に痛んだ。ただ殴られただけなのに視界が揺れてもう立てない。

倒れた視界でシェロが右手に剣を、左手に拳銃を抜くのが見えた。



836 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/19(土) 22:29:04.77 ID:aUAdH220

勇者「……」ダンッ!

賢者「いい踏み込みだ」

勇者「はっ!」ビュッ!

賢者「ぬ!」バックステップ

勇者「そこだ!」ジャキ! タァン!

賢者「“守れ”」カキン!



837 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/19(土) 22:29:42.04 ID:aUAdH220

ついでシェロから魔術構成が膨らむ。
癖はあるが緻密で強大。
最大級の威力で編まれたそれは呪文の声によって解き放たれる。



838 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/19(土) 22:30:16.74 ID:aUAdH220

勇者「“我は放つ光の白刃!”」ゴッ!

賢者「“死ね!”」カッ!



 ドガァ――ッッ!



839 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/19(土) 22:30:44.62 ID:aUAdH220

爆風が吹き荒れ、倒れているわたしの頬をたたく。
視界の大揺れがようやく収まり、わたしは地面に手を突っ張った。

いつまでも寝ているわけにはいかなかった。立たねば。戦わねば。

拳銃を探す。すぐ手の届くところにある。
私は何とか起き上がるとそれを手に取った。



840 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/19(土) 22:32:16.39 ID:aUAdH220

女魔術士「この……ッ」ジャキ



勇者「てッ!」ジャッ!

賢者「む!」ヨケ



女魔術士(駄目だ、シェロに当たる……)



841 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/19(土) 22:33:22.32 ID:aUAdH220

ユイスはこちらの動きに気付いているのだろう、こちらに対しシェロを盾にするように立ち回っていた。
これでは撃てない。

突如鋭い衝撃が地面を揺らした。魔物の枯れ木のような身体を、シェロを避けて正確に貫いた。
カシスだ。



842 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/19(土) 22:33:49.56 ID:aUAdH220

男の娘「“お猿のキャンドルサービス!”」ドッ!

賢者「ぐぬ!」ドゴォッ!

勇者「もらった!」シュッ!

賢者「ぐふ!」ザシュウ!



843 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/19(土) 22:34:57.99 ID:aUAdH220

手応えは浅そうだったが、シェロの一撃にユイスは確かに膝をついた。
その首元にシェロの剣が突きつけられる。

チェックメイトだ。




844 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/19(土) 22:35:37.84 ID:aUAdH220

勇者「俺たちの、勝ちだ」

賢者「……」

男の娘「モグリさぁん、世界書を押さえましたよぉ!」



845 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/19(土) 22:36:32.54 ID:aUAdH220

世界書を掲げながら嬉々として歩いてくるカシス。
その歩みが、ぴたりと止まった。
その首筋に銀色の刃が当てられている。
カシスの身体が硬直したのがわかった。
ナイフを保持しているのは見知らぬ老人だった。背後からカシスの首をつかんでいる。

そして私の首にもひやりとした感触があった。



846 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/19(土) 22:37:31.16 ID:aUAdH220

男の娘「いつの、間に……」

?「……」

女魔術士「っ……」

??「……」

勇者「2人とも!」

賢者「知ってのとおりカシス・ブルーベリーの背後にいるのが百数十年前魔王を殺した勇者の曾孫、チャイルド・フィール。ハル・ケットシーの背後にいるのが王都の魔人、ヒューイック・オストワルドだ」

老人「……」

スタッバー「……」

賢者「どちらもゴーストだ。ゴーストは少し衝撃を与えるだけで無に還る。それほど脆い。だがその能力はどちらも本物だ」

勇者「くっ……」

賢者「……私はかつて絶望した。深く深く奈落へ沈んだ。君にもそれを味わってもらおう」

勇者「……?」

賢者「選べ。君が助けられるのは片方だけだ。ハル・ケットシーかカシス・ブルーベリーか。失いたくない方を、選べ」

勇者「何……?」

賢者「君が片方を助けようと動き出した瞬間、私はもう一方を殺すよう指示を出す。そういうことだ」

勇者「っ……」



847 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/19(土) 22:38:03.03 ID:aUAdH220

シェロは一瞬だけ躊躇した。一瞬だけ。
そして即座に拳銃を持ち上げ、一発、発砲する。

弾丸は空気を貫き、ゴーストを打ち抜いた。
消えたのは――



848 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/19(土) 22:38:37.30 ID:aUAdH220

老人「っ……」ズド! シュオゥ……

男の娘「っ――!」

賢者「ほう、カシス・ブルーベリーを選んだか。ではハル・ケットシーを捨てるということだな」

女魔術士(――そんな!)



849 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/19(土) 22:39:26.61 ID:aUAdH220

そんな……!

ユイスの手がついと掲げられた。
首筋の刃が圧力を増す。程なく頚動脈を断ち切るだろう。

わたしは声にならない悲鳴を上げた。走馬灯が頭をめぐる。

――何で!?
何で、シェロ!
わたしがいらなくなったの!?


わたし、まだあなたに言ってないことがあるのに!


めまぐるしく駆け巡るわたしの叫び。荒れ狂い、渦を巻き、出口を求めてなだれ込む。

そんな中。

聞こえるはずもない、声を聞いた。



850 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/19(土) 22:40:12.79 ID:aUAdH220





『隣に在ることを諦めないで』





851 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/19(土) 22:40:44.31 ID:aUAdH220





そして――





852 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/19(土) 22:41:24.32 ID:aUAdH220




勇者「ハル――ッ」







勇者「――信じてるッッ!!」







853 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/19(土) 22:42:21.66 ID:aUAdH220

かッ、と頭の中が熱くなった。
目を見開く。血流が加速する。全てがクリアになる。

どこからか聞こえる澄んだ音を聞きながら、わたしはできうる限りもっとも単純な理想を、できうる限りもっともすばやく世界に解き放った。



――生きたい!!



854 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/19(土) 22:43:02.54 ID:aUAdH220





女魔術士「“赤の――刺激ッ!!”」





855 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/19(土) 22:43:55.05 ID:aUAdH220

小さな小さな爆発が起きた。これではたいした怪我を負わせることもできないだろう。
それでも。
背後からの拘束がなくなって前によろめいた。
数歩、つんのめって、それから暖かい何かに包まれる。

シェロ……



856 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/19(土) 22:44:28.28 ID:aUAdH220

勇者「ハル!」

女魔術士「シェロ……」

勇者「よかった……ハル……!」

女魔術士「あのね、シェロ……」

勇者「ああ、なんだ?」

女魔術士「信じてくれて、ありがとう」

勇者「ああ……!」

女魔術士「それとね」




女魔術士「愛してる」




勇者「ああ……!!」



857 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/19(土) 22:46:10.31 ID:aUAdH220

     ※


賢者「……私はかつて世界書の管理を任されていた。当時、世界は苛烈な戦禍の真っ只中だった。人工的平和維持機構の存在を知った私は、それを使って果てしなく続く戦争に終止符を打ちたいと、そう思った」

勇者「……」

賢者「だが、魔物はその危険性ばかりに注目し、また自らの力に驕り、全く見向きもされなかった。私は人間に希望を見出した。魔物よりはるかに脆いが、はるかに柔軟な人間にな。世界書を渡し、人工的平和維持機構の実現にこぎつけた」

男の娘「……」

賢者「だが結局は、人間は自らの繁栄のためだけにそれを使いだした。世界のことなど、未来のことなど省みず。私は世界書を取り上げ、地獄にこもった。もう世界書は誰にも渡さないと誓い、深く、深く後悔しながら」

女魔術士「機構自体を破壊しようとは思わなかったの?」

賢者「そうしても結局はまた世界は戦乱に飲み込まれる。それならば破滅しているのと変わらん。あの時代を知っている者にしかわからんよ……」



858 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/19(土) 22:48:24.30 ID:aUAdH220
賢者「どうあがいても世界を救う道はなかった。平和を享受した上での絶対的な破滅か。絶対の破滅を避けた上での緩慢な終局か。これを絶望と呼ばずして何と呼ぶ? 誰もが平穏のうちに暮らせる世界などこの世のどこにもないのだ……」

勇者「あんたは、何かを信じていたのか?」

賢者「かつてはな」

勇者「絶望したのか?」

賢者「そうだ」

勇者「……どん底だな」

賢者「この世のどこにも楽園はない。それを夢見ることさえも許されない……。君が救った世界もすぐに戦乱の世に飲み込まれるだろう」

勇者「上を、見上げろよ。何かあんだろ」

賢者「その手の慰めは聞き飽きてるよ」

勇者「あるんだよ……希望はないかもしれねえが、それに似た何かが。じゃなきゃハルは死んでたさ。そうだろ?」

賢者「……」

勇者「俺はあんたに感謝してる」

賢者「……?」

勇者「俺は、人工的平和維持機構がなけりゃニギに会うこともなかった。一緒に旅することもなかった」

賢者「……」

勇者「……ありがとう」

賢者「……」

勇者「……」

賢者「……持っていくといい」

勇者「え?」

賢者「世界書を、持っていくといい」

勇者「いいのか?」

賢者「勘違いするな。君にその資格があるとか、君が特別だとか、そういうことじゃない。でも君はやらなければならないのだろう? 魔王を助けたいのだろう?」

勇者「……ああ」

賢者「だったら持っていけ。そしてまた、いつか会おう」

勇者「……本当に、ありがとうな」



859 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/19(土) 22:49:37.64 ID:aUAdH220

わたしたちは地獄をでた。外の清浄な空気に包まれて、地獄が息苦しかったことにようやく気付いた。
時刻は夕方。日が地平線に半分隠れていた。

山を下りたころにはすっかり夜になっていた。平らな場所を探してテントを張る。
わたしはひどく疲れていたので火の番を頼んでテントに入った。

けれども、目がさえてしまっている。疲れはたまっているというのに。
何度か寝返りをうって、ようやく眠くなってきたころ外から、話し声がした。



860 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/19(土) 22:50:26.02 ID:aUAdH220

男の娘「ねえ、モグリさん」

勇者「なんだ?」

男の娘「えっと……今日のことで話したいなぁって」

勇者「……」

男の娘「ボクとハルちゃんがナイフを突きつけられた、あのときのことです」

勇者「ああ……」

男の娘「……あのとき、モグリさんはボクのことを助けてくれました」

勇者「……」

男の娘「ハルちゃんには悪いですけど、モグリさんがボクを選んでくれたんだって思って、ほんのちょっとだけ、うれしかったです」

勇者「……」

男の娘「でも、あれは違ったんですよね?」

勇者「……ああ」

男の娘「シェロさんはボクが大事だったからとかじゃなくて、ハルちゃんを信頼したから、ハルちゃんなら何とかしてくれるって思ったからボクの救出を優先したんですよね?」

勇者「……」

男の娘「確かにボクがあのときハルちゃんと同じことができたかっていうと怪しいです。ボクの魔術速度じゃ間に合わなかったかもです」

勇者「……」

男の娘「……ねえ、モグリさん。いえ、シェロさん」

勇者「うん?」

男の娘「ボク、シェロさんのことが好きです」

勇者「ん……」

男の娘「ボクじゃあ駄目ですか?」

勇者「……」

男の娘「……ボクが、男だからですか?」



861 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/19(土) 22:51:12.72 ID:aUAdH220

勇者「……俺が思うにさ」

男の娘「はい」

勇者「君は、そこらの女の子よりよっぽど女の子で、とても魅力があるよ」

男の娘「……」

勇者「でも聞きたいんだ。君は俺のどこが好きなんだ?」

男の娘「強くて、やさしいところです。そりゃ最初はただの一目惚れでしたけど」

勇者「そうか……」

男の娘「……なにか、駄目でしたか?」

勇者「いや、そんなことはないさ。ただ……」

男の娘「ただ?」

勇者「君が思うほど俺は強くも、やさしくもないんだ」

男の娘「そんなことないです」

勇者「ありがとう。でも、俺は実際劣等感が強くて、矮小で、臆病で、どうしようもない奴なんだよ」

男の娘「そんなこと……」

勇者「あるんだ」

男の娘「……そんなこと……」

勇者「俺はハルが好きだ」



862 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/19(土) 22:51:40.40 ID:aUAdH220




テントの中で、わたしはどきりとした。




863 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/19(土) 22:52:14.27 ID:aUAdH220

男の娘「っ……」

勇者「ハルは俺が弱いことを見抜いていたよ。その上で俺についてきてくれるって言ったんだ」

男の娘「……」

勇者「俺を、認めてくれたんだ」



864 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/19(土) 22:52:49.95 ID:aUAdH220



『仕方ないからあんたについてってあげる』



865 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/19(土) 22:53:44.44 ID:aUAdH220

男の娘「……」

勇者「だからだよ。俺は、だからハルが好きなんだ」

男の娘「……」



866 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします2010/06/19(土) 22:54:33.11 ID:aUAdH220

わたしは目をぎゅっとつむった。昨日よりぐっすり眠れる気がした。

翌朝。テントを出るとカシスはいなかった。



867 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/19(土) 22:55:08.98 ID:aUAdH220

女魔術士「あれ、あの子は?」

勇者「先に出発したよ」

女魔術士「……なんでよ」

勇者「一緒にいるとつらいから、だそうだ」

女魔術士「……」

勇者「……最後に、キスされた」

女魔術士「! 何よそれ!」

勇者「い、いや、いきなりだったし、これで忘れるからって……」

女魔術士「……」



868 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/19(土) 22:55:56.91 ID:aUAdH220

荒地の向こうを眺めてみた。当然カシスの背中は見えない。
ただ荒地らしい乾いてかさかさになった風が吹いていた。

日はもう高いところにある。



869 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/19(土) 22:56:42.81 ID:aUAdH220

女魔術士「……そっか」

勇者「いやその、謝るから。怒るなよ?」

女魔術士「怒らないわよ。ただし――」

勇者「?」

女魔術士「……後でわたしにも、その……させなさい」

勇者「!?」



876 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/22(火) 22:00:47.62 ID:z9GHeEY0

魔王城に戻るのには一週間もかからなかった。
すっかりおなじみになった例の部屋に通される。

夕刻。部屋にはルフさんが待っていた。
わたしたちが入室すると、立ってこちらに会釈する。



877 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/22(火) 22:02:21.58 ID:z9GHeEY0

魔王妻「……」ペコリ

勇者「ど、どうも」

魔王妻「ええ……」

勇者「……」

魔王妻「……」

女魔術士「……えーと、座らない?」

勇者「そ、そうだな」

魔王妻「ええ……」

側近「……それで、どうだったのだ? 世界書は手に入ったのか?」

勇者「ああ、この通り」

側近「ふむ、これが……」

魔王妻「これであの人を取り戻せるのですか?」

女魔術士「その通りです」



878 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/22(火) 22:03:48.67 ID:z9GHeEY0

女魔術士「わたしから説明させていただきます。よろしいですか?」

魔王妻「お願いします」

勇者「頼む」

女魔術士「えー、こほん。わたしはこの数日間、世界書の解析をしてました。それでわかったことが二つあります。まず一つ目。異世界に侵入する手段はちゃんとありました」

魔王妻「! 本当ですか!?」

女魔術士「ええ。異世界はこの世界ととても近いところにあります。だからこそそれを利用して人工的な平和維持ができたわけです」

側近「なるほどな……」

女魔術士「次に二つ目。その侵入手段ですが、ある特定の場所、“特異点”からのみ魔術士の力によって入ることができるそうです」

側近「魔術士の力?」

女魔術士「詳しくはわからないわ。でもちゃんとそう書いてあるの」

側近「そうか……」

魔王妻「特異点とは?」

女魔術士「この世界と異世界とが一番接近している場所です」

勇者「それはどこなんだ?」

女魔術士「キエサルヒマ大陸の中心よ」

側近「キエサルヒマ大陸の中心……」



879 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/22(火) 22:05:02.34 ID:z9GHeEY0

城の西、レジボーン山脈に囲まれるようにしてある森。その中のある一点。そこが異世界とつながる世界のウィークポイントだ。
そこからなら異世界に侵入することができる。
魔王を、助けに行くことができる。



880 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/22(火) 22:05:58.79 ID:z9GHeEY0

魔王妻「すぐに行きましょう、あの人が待っています……!」

側近「!? ルフ様も行かれるのですか!?」

魔王妻「当然です、私はあの人の妻なのですよ?」

側近「し、しかしルフ様、あなたは今……」

魔王妻「関係ありません。行くといったら行きます」

側近「……。承知いたしました。ですが無理はなさらないでください。もうあなた一人の身体ではないのです」

魔王妻「よく、わかってますよ」

女魔術士「?」

魔王妻「では早速――」

勇者「ルフ様、もうすぐ夜になります。お気持ちはわかりますが出発は明日のほうがよろしいかと……」

魔王妻「でも……」

女魔術士「あせってはいけません。急いてはことを仕損じます。今日はゆっくり休んで明日に備えましょう?」

魔王妻「……。わかりました……」



881 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/22(火) 22:07:45.56 ID:z9GHeEY0

ルフさんはそれでも口惜しそうな顔で部屋を出て行った。側近がそれに続く。

しばらくしてルフさんを部屋に送り届けた側近が戻ってきた。



882 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/22(火) 22:09:21.59 ID:z9GHeEY0

側近「お前たちにも部屋を用意してある。案内しよう」

勇者「お、悪いな」

女魔術士「ありがとう」

側近「……」

勇者「……? どうした?」

側近「いや……」

勇者「何かあるんだな? 言ってみろよ」

側近「……」

勇者「……」

側近「……その」

女魔術士「ええ」

側近「力を……貸してもらえないだろうか」

勇者「……なるほど、面倒事か。よし、任せておけ」

女魔術士「力になるわよ」



883 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/22(火) 22:10:03.28 ID:z9GHeEY0

その晩、側近の頼みに付き合ってちょっとしたごたごたを片付けたのだが、まあそれはまた別の話。

翌朝、朝日がゆるゆると光を投げかけていた。今日はいい天気になるだろう。
わたしとシェロとルフさんの三人は、魔王城正門の前に立っていた。



884 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/22(火) 22:12:30.44 ID:z9GHeEY0

魔王妻「では行ってきます。城のことは頼みましたよ」

側近「かしこまりました。――勇者、魔術士、私はこの城を離れるわけにはいかん、ルフ様をくれぐれも頼むぞ」

勇者「ああ、大丈夫。信用してくれていいぜ」

女魔術士「傷一つつけさせないわよ」

魔王妻「頼りにさせてもらいます」

側近「昨夜は……」

勇者「ん?」

側近「その、助かった。礼を言う」

勇者「たいしたことじゃねえよ。力になると約束したのは俺だしな」

女魔術士「また何かあったら相談しなさい。助けたげるわよ」

側近「そう何度も厄介になるわけにはいかん。メンツにかかわる」

女魔術士「めんどくさいわねー」

側近「それが私だ」



885 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/22(火) 22:13:11.61 ID:z9GHeEY0

それを背後に聞きながらわたしたちは出発した。

今度の旅はVIP付きだ。どうしても慎重にならざるを得なかった。ルフさんは予想よりもずっと体力があったけれども、やはり進行速度は落ちてしまう。
でも旅の目的はほぼ達成したようなものだったから気持ちは軽かったし、何より収穫もあった。

出発してから数日後の晩のことだ。そのときわたしたちは夕食をとっていた。



886 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/22(火) 22:15:02.00 ID:z9GHeEY0

魔王妻「ごめんなさい」

勇者「……? 何ですかいきなり」

魔王妻「だいぶ前にあなたにひどいことを言いました」

勇者「ああ、そのことですか」

女魔術士(言うだけじゃなかった気もするけど)

勇者「気にしてませんよ。むしろ罵倒されて当然です」

魔王妻「……それでもごめんなさい。あなたはあの人を救うために尽力してくれていたのに……」

勇者「……」

魔王妻「……私は、泣いているばかりで、何もできませんでした。いえ、何かをしようとすらしませんでした……」

勇者「……」

魔王妻「本当に、ごめんなさい……」

勇者「……」

勇者「……俺は、俺たちは、確かにあいつを救うためにあちらこちらを回っていました」

魔王妻「……」

勇者「でもきっと、最後にあいつを異世界から呼び戻すのは、あなたの声だと俺は思います」

魔王妻「え……?」

勇者「祈ってください。あいつを取り戻せるように」

魔王妻「……」

勇者「あいつ、王都であなたにお土産を買ったんですよ。あなたにさびしい思いをさせた埋め合わせをしたいって」

魔王妻「……」

勇者「あいつが帰ってきたら、受け取ってやってください」

魔王妻「ええ、必ず……」



887 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/22(火) 22:16:21.52 ID:z9GHeEY0

遅ればせながら二人は和解したようだった。

出発から十日後、わたしたちは森の中にいた。レジボーン山脈にやや囲まれるようにしてある森。
うっそうと茂る草木が、わたしたちの行く手を邪魔した。

一晩の野営を経て、次の日。そろそろではないかと思ったそのとき、突如開けた場所に出た。
直径十メートルほどの空き地になっている。そこだけ草も生えておらず、土がむき出しになっていた。



888 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/22(火) 22:16:59.05 ID:z9GHeEY0

勇者「ここは……」

魔王妻「……」

女魔術士「もしかして……」



889 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/22(火) 22:19:40.59 ID:z9GHeEY0

わたしは目を凝らした。……何かが見える。
とは言ってもそれは肉眼で見えるものではない。
魔術構成を見る目でもって見えたものだった。

それはシェロも同じだったようで、空き地の中心に視線を注いでいた。



890 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/22(火) 22:20:17.51 ID:z9GHeEY0

魔王妻「……何が見えますか?」

勇者「俺にもよくは……ハル、どうだ?」

女魔術士「魔術構成の亜種みたいなのが見える。たぶんだけど、世界の亀裂よ」

勇者「いけそうか?」

女魔術士「やってみる」



891 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/22(火) 22:21:13.61 ID:z9GHeEY0

空き地の中心に歩を進める。何かの圧力がわたしの身体を押し戻そうとした。足を止める。目を瞑る。全身で“それ”を受け止めた。
情報の奔流がわたしを通り抜けていく。その流れに手を伸ばし、形を一つ一つ確かめる。そしてその大元をたどり、少しずつ奥へ奥へともぐっていく。

数分が経過した。わたしの額に汗がにじむ。じりじりとした一進一退の攻防。しかし永遠に続くかと思えたそれも、あっけなく終わりを迎えた。

あった。

扉の取っ手をつかむ感覚。



892 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/22(火) 22:21:57.18 ID:z9GHeEY0

女魔術士「……準備オーケー、いけるわよ」

勇者「よし……!」

女魔術士「二人とも、わたしの手を取って」

勇者「おう」

魔王妻「はい」

女魔術士「覚悟はいいわね? 開けるわ」



893 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/22(火) 22:22:48.32 ID:z9GHeEY0

がこん……

実際に音がしたわけではないけれど。世界の重々しい扉が開く感触が直接頭の中に返ってくる。

わたしたちは一歩、足を踏み出した。



894 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/22(火) 22:23:35.12 ID:z9GHeEY0

     ※


風が吹き荒れている。その感覚だけがある。
何も見えない。自分が存在しているのかさえもわからない。手足の感覚がなかった。

両隣に誰かがいるのはわかった。シェロとルフさんだろう。
しかし、やはり握っているはずの手の感触はない。

魔王……。
そうだ、魔王を探しに来たのだった。



895 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/22(火) 22:24:46.16 ID:z9GHeEY0

あたりを見回そうとする。しかし一面真っ暗で、何かを捕捉することさえできない。
一歩を踏み出す。というよりか、前に進もうと念じる。
どうやら成功したようだった。移動の感触が返ってくる。

当てもなく、ふらふらと進んだ。前後左右の感覚どころか上下の感覚すら危うい。
風の音だけがしている。

延々と、延々と進み続け……それからどれくらいが経ったのだろうか。数秒かもしれないし数時間かもしれない。もしかしたら数年ということも考えられた。時間の感覚すらそこにはなかった。

もう進めない。わたしたちは立ち止まった。暗闇のなかで途方にくれる。
そのとき、誰かの泣き声が聞こえた。
すすり泣く、か細い声が。

……いる。
そこに、いる。
何度も何度もしゃくりあげながら、そこにいる。

声を上げようとしたそのとき、まばゆい光が視界を覆った。



896 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/22(火) 22:25:21.51 ID:z9GHeEY0

魔王妻「あなた!」

勇者「ニギ!」

女魔術士「っ……。戻ってきた……?」



897 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/22(火) 22:26:08.98 ID:z9GHeEY0

元の空き地にわたしたちは立っていた。
先ほどより少しだけ傾いた日の光が森を薄暗く照らしている。
三人並んで、しばし立ち尽くした

世界の亀裂は相変わらずそこにある。
魔術構成のようなちらちらとした世界のピースを散らしながら、そこに口を閉じている。

ふと身体が重いことに気付いた。
鉛のような疲労が体を覆っていた。



898 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/22(火) 22:27:18.41 ID:z9GHeEY0

勇者「……」

魔王妻「……」

女魔術士「……」

勇者「あいつ……」

魔王妻「……」

勇者「あいつ、生きてた」

魔王妻「ええ……」

勇者「泣いてたけど、あいつは、ちゃんとあそこに生きていた……!」

魔王妻「ええ……!」



899 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/22(火) 22:29:15.54 ID:z9GHeEY0

ルフさんは感極まったように顔を手で覆った。
シェロはじっと虚空を見つめている。
わたしはその隣にそっと立った。



900 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/22(火) 22:31:36.99 ID:z9GHeEY0

勇者「……なあハル、あいつ生きていたよ」

女魔術士「そうね……」

勇者「生きていて、くれたんだ……」

女魔術士「ええ……」

勇者「絶対に……絶対に助け出す。絶対にあいつと再会してみせる!」



901 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/22(火) 22:33:25.36 ID:z9GHeEY0

シェロの目には決意の、まっすぐとした光があった。決して揺るがない、確固とした光が。
その横顔を見つめながら思った。



902 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/22(火) 22:34:58.29 ID:z9GHeEY0

女魔術士「ねえ、シェロ」

勇者「なあ、ハル」

女魔術士「……先にどうぞ」

勇者「悪い。――俺はあいつのために尽力したい。あいつを絶対にこの世界に取り戻してやりたい。でもそれにはどれくらいかかるかわからない。もしかしたら何年も、何十年にも及ぶかもしれない。途中でくじけてしまうかもしれない」

女魔術士「……」

勇者「だから……だから、俺の隣にいてくれないか……? 隣で、俺を支えていてくれないか……?」

女魔術士「……」

勇者「……」

女魔術士「……ふふ」






女魔術士「喜んで」





903 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/22(火) 22:35:46.55 ID:z9GHeEY0

わたしは思った。
そんな彼の支えになってあげたいと。
この先何年も、何十年もそばにいたいと。

……こうしてわたしたちの旅は終わった。
長い長い道の先に、いったんの終止符を打ったのだった。

物語が再び動くのは、それから数十年後のことだ。



904 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/22(火) 22:37:11.79 ID:z9GHeEY0

     ※


わたしは二階のゆり椅子の上で、心地よい夢から目を覚ました。
窓からのさわやかな風を頬に感じたからだ。

ゆったりと背伸びをする。編み物をしている最中に眠ってしまったらしい。
息をついて手元を見る。長い年月を経た手の甲が目に入った。
微笑む。ずいぶんと歳をとったものだ。

あれから四十九年が過ぎた。わたしはもうすぐ七十になるおばあちゃんだ。
あのあと、わたしたちは森のそばに小さな家を建てた。魔王を助けに特異点に通うためだ。
そうしてあの人と一緒に、ほぼ毎日異世界にもぐった。

しかし、あれ以降魔王の気配は見つかっていない。
ルフさんもたびたび同行したが、結果は変わらなかった。

歳をとるにつれて特異点に通う頻度は少なくなっていった。もちろん諦めたわけではない。体力の問題だ。



905 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/22(火) 22:39:17.72 ID:z9GHeEY0

途中、出産も経験した。元気な娘を授かり、子育ての間は、特異点から遠のいた。
再び通いだしたのは、娘が十分に大きくなってからだ。

それからも魔王は見つからない。そのうちに娘は最接近領の男性と結婚した。
瞬く間に時は過ぎ、いつの間にやら孫まで授かっていた。

孫は運動も魔術もからっきしだったが、勉強がよくできた。彼自身の希望もあり、十二歳の時、わたしたちの友人を頼って学術都市タフレムに遊学させた。
ところで、ルフさんもわたしたちと同時期に娘を授かっていた。成長した娘さんは、わたしたちの孫をとてもかわいがっていたので遊学の際はたいそうさびしがったようだ。

七年後、孫はなにやら偉い学者になって帰ってきた。現在十九歳。四十九年前の王都壊滅に関する論文に取り組んでいるらしい。
彼はお爺ちゃんっ子であの人を深く尊敬していたが、魔王の生存に関しては懐疑的のようだ。
もう魔王は死亡しているのでは、と言ってあの人を怒らせた。



906 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/22(火) 22:40:15.69 ID:z9GHeEY0

これがわたしたちの歴史だ。魔王救出のために人生をかけた者たちの記録だ。
特異点に行くことすらできなくなった今も、その奮闘は「待つ」という形で続いているのだ。

今日は特に風が気持ちよかった。程よい湿り気と暖かさを運んで部屋を通り抜けていく。
ふと目を移すと、同じく椅子に座っているわたしの夫が、転寝をしていた。
くすりと笑って毛布を膝にかけてあげた。

そのとき階段を騒がしく駆け上がる音がした。
下では孫が論文を書いていたはずだった。
扉が勢いよく開けられる。



907 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/22(火) 22:41:21.91 ID:z9GHeEY0

学者「爺さん、爺さん!」

老婆「騒がしいわね、どうしたの?」

学者「婆さん、実は――」






学者「魔王が、帰ってきた!」





908 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/22(火) 22:42:25.66 ID:z9GHeEY0




そよ風の中、あの人はそっと目を開けた。




909 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/22(火) 22:45:04.51 ID:z9GHeEY0

title:女魔術士「魔王探し?」(第二部)





       ~END~




thank you for your reading,sien and criticism



910 :アナウンス:2010/06/22(火) 22:52:51.90 ID:z9GHeEY0
・以上、第二部終了。ここまでお疲れ様でした。楽しんでいただけたでしょうか。もしそうならば幸いです。
・次回からは短編を投下していきます。これからももしよろしければごひいきに。



911 :アナウンス:2010/06/22(火) 23:08:22.35 ID:z9GHeEY0
・さて、900も越えたしちょっと早いけど次スレの予告でも。次スレタイは

魔王娘「さあ行こう、学者様!」 歴史学者「その呼び方はやめてよ姉さん」

でいく



915 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/23(水) 00:46:57.73 ID:JZyO4Ggo
久々に読んだらちょうど終わってた!
乙!!




920 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします:2010/06/23(水) 12:57:07.59 ID:oFldQcg0
おつー








STEINS;GATESTEINS;GATE
Windows

ニトロプラス
売り上げランキング : 49

Amazonで詳しく見る

   エンジェル・ハウリング〈1〉獅子序章 (富士見ファンタジア文庫)

   はぐれ勇者の鬼畜美学(エステティカ) (HJ文庫)

   魔法使い(♂)と弟子(♀)の不適切なカンケイ 3 (電撃コミックス)

   魔法使いハウルと火の悪魔―ハウルの動く城〈1〉

   MagusTale ~世界樹と恋する魔法使い~


関連記事

魔王・勇者SS   コメント:0   このエントリーをはてなブックマークに追加
コメント一覧
コメントの投稿