ゴールデンタイム〈1〉春にしてブラックアウト (電撃文庫)前→
五条「ククク… ここが学園都市ですか」その24最初から→
五条「ククク… ここが学園都市ですか」977 :
五条ファン ◆APKLrJzDFw:2010/12/31(金) 19:41:48.30
ID:YvPGFqMo ────────────
八月二十日 夏休み三十一日目
────────────
──────上条当麻とステイル=マグヌスが対峙している最中に乱入してから一ヶ月。
随分と長く感じる夏休みもいつの間にかその三分の一を時間の後方へと押し下がらせ、気がつけば十日ほどを残すのみとなっている。
心なしか、街を彩っていた突き刺す様な陽光も次第にその鮮烈さを潜め始め、時折吹き抜ける涼風がそう遠くは無いであろう秋の気配を、おぼろげに運んできてくれる。
そんな晩夏の様相を呈している公園の片隅に、肩を並べて歩く一組の男女の姿があった。
背の高い少年は、5のマークが刺繍されている緑と橙色のサッカーシャツに同系統の配色で構成されるジャージという格好をしており、カールした前髪が特徴的なその表情に不適ともとれる笑みを浮かべたまま、ポケットに手を突っ込みながら歩を進めている。
並んで歩く少女は、肩に掛からない程度の栗色のショートカットの脇にヘアピンを飾りつけ、いかにも学生服といったサマーセーターとプリーツスカートに身をまとい、大きく伸びをしながら欠伸をし、少年と共に歩を進めている。
その少女、御坂美琴が並んで歩く少年、五条勝に向かい口を開いた。
美琴「……で、残りの一基はさっき見に行ったらもう閉鎖されてたわ……まだやらなきゃならない事も一杯あるけど、とりあえずはコレで実験もおしまいってトコかしらね」
五条「……ククク……ならば重畳です……」
美琴「……そういや、アンタにまだお説教してなかったわよね?」
五条「…………」
美琴「良かれと思って採った行動だろうから実感は薄いだろうけど、今回の行動って風紀委員か警備員にバレたらお縄ものよ?アタシはまだレベル5って点で研究価値があるしいくらか融通も利くだろうけど、アンタがバレて逮捕されたりしたらどーすんの?」
五条「……」
苦々しげな表情を浮かべた美琴が、神妙な様子で話を聞いている五条に向かい言葉を続ける。
美琴「大体アタシのせいでアンタに万一があったりしたらアタシは黒子になんて言えば良い訳?"ごめん、黒子の彼氏、アタシの事で捕まっちゃったアハハ"って?ジョーダンじゃないわ、それこそあの娘の前で腹でも切らなきゃ恥ずかしくて死んじゃうわよ」
五条「……反論があるのですが……」
美琴「……何よ?」
視線を落として話を聞いていた五条が、顔を上げて言葉を紡ぐ。
979 :
五条ファン ◆APKLrJzDFw:2010/12/31(金) 19:43:42.93
ID:YvPGFqMo 五条「……確かに今回の件の起因になったのはお姉さまだったという点では干渉をし過ぎたかとは思っています……そして俺を心配しての苦言だと言うのも重々に理解はしています……」
美琴「……」
先とは正反対に今度は美琴が口を閉じ、黙って五条の話に耳を傾けている。
五条「……ですがお姉さまがオレの立場だとして、一体どう行動しましたか……?図らずとも全てを知ってしまった上で、黙って指を咥えて、自分が垣間見た地獄を心の隅に押し込んで、今まで通りの日常を送れるのですか……?たった一人のエリート様の為に、今日も明日も咎の無い少女が惨殺されている事から目を背けて、今日も明日も楽しく笑って過ごせるのですか……!?」
言葉を進めるにつれ、次第にその語気を強めながら五条が続ける。
五条「そんな事は無理だと……そう思うオレを、偽善者だと笑いますか……!?ですが覚えておいて下さい……サッカープレーヤー……特にDF(ディフェンダー)というのは、自分の視界の脇をボールがすり抜けていくのが大嫌いな人種なんです……!!これはもう独善だと理解しています……遠い銀河の何処かの星で異星人がどう苦しんで死のうが、オレはまるで知った事ではないし興味もない……しかし自分の視界の中で、善性の誰かが泣くのだけは嫌なのです……!!それが知った顔ともなると殊更だ……!!」
熱弁を奮っていた五条が並んで歩く美琴に目線を送る。
視界に入った表情は、唐突に沸騰した五条の気勢に驚きを見せていた。
その様を見た五条がハッとして息を飲み、少し落ち着いた様子で更に言葉を続ける。
五条「……熱くなりましたね……すみません……きっと黒子も、オレのこの生き方は理解してくれていると思います……オレの一人よがりでなければ、ですけどね……クックックック……」
変わらず驚いた表情の美琴を宥める様に、五条が悪戯っぽく微笑む。
対照的に、その顔を見た美琴は眉間に皺を深く寄せ上げながら口元に手を当て、何かを思案している。
互いに口を開かぬまま少し歩を進めた先で、再度美琴が口を開いた。
美琴「……やっぱりアタシも、アンタの立場だったら「言わずとも結構です」
口元に当てていた手を下ろし、難しげな表情で言葉を吐いた美琴を、五条の声が遮る。
五条「……少し意地悪な質問でしたね……聞かずとも答えは判ります……だからオレは、こうしてオマエの横を歩いている……ククク……」
美琴「なッ……!?アンタねぇッッ年上からかうのもいい加減にしなさいよッッ……!!」
その言葉に照れたのだろうか、再度驚いた表情を浮かべた美琴が頬を若干赤く染めたまま、前髪からバチバチと火花を散らし始める。
980 :
五条ファン ◆APKLrJzDFw:2010/12/31(金) 19:45:22.62
ID:YvPGFqMo 五条「クックック……っ!?ほら、アイツにも聞いてみますか?きっと似た様な答えが返ってくると思いますよ……?」
美琴の姿を見てくぐもった笑い声を上げた五条が、何かに気づき歩を進めていた前方を指差す。
美琴が視線を移したその指が示す先には、自動販売機の前でガックリと肩を落としている鳥の巣の様な頭をした少年の姿があった。
彼も美琴と同様、夏休み期間だというのに白いワイシャツにスラックスといった学生服を着用しており、片手に下げられた鞄が彼、上条当麻が先刻まで補習を受けていたという事実を周囲にさらけ出していた。
彼の姿を見つけた美琴の頬が一層と赤く染まり、傍目から見ると風邪で高熱を出しているにも関わらず無理をして外出している少女と言われても疑われない程にその色を強めていく。
一瞬の間を置いて美琴の手が五条の後ろ襟に伸びその端を掴むと、凄まじい勢いで近くの植え込みへと身体ごと投げ飛ばした。
五条「へぇあッ!?」
あまりに突然の出来事に反応出来なかった五条の身体が宙を舞い、植え込みを掻き分け芝生の中に転がった。
その後に続いて、ぴゅい、という効果音が聞こえそうな速度で、美琴が五条の転がる芝生の脇に飛び込む。
後に続いて飛び込んできて、顔を染めたままそわそわと植え込みの影から上条の姿を伺う美琴を見た五条が深くため息を吐く。
五条「……お姉さま?」
美琴「や……やだ、なんでこんなトコに居るのよアイツ……どうしよう、今日あんまり寝てないからクマとか出来てないわよね……ってゆーかあのカッコじゃ補習よねやっp「お姉さま!?」
美琴「ひゃいッ!?」
五条の言葉に反応せず、顔を染めたままブツブツと呟き続けていた美琴に再度五条が声を投げると、裏返った美琴の返答が返って来た。
少女漫画に出てくる恥ずかしがり屋の女の子そのまんまの美琴を見て、更に深くため息を吐く五条。
五条「……何をされているのですか?」
美琴「なななッ……何をって!?」
五条「……普通に挨拶をするところでしょう」
美琴「挨拶!?アタシがアイツにっ……!?」
981 :
五条ファン ◆APKLrJzDFw:2010/12/31(金) 19:46:32.60
ID:YvPGFqMo …… 昨晩までの敢然と巨悪に立ち向かう勇猛な女傑の姿は既にソコにはなく、今にも泣き出しそうな表情のまま次に自分がどう行動すれば良いのか狼狽している美琴の様を眺めた五条が、額に手を置き首を横に振りながら視線を落とした。
五条(……花火大会を経ても、特に進展無し、ですか……むしろ恥ずかしがりっぷりは以前より悪化しましたかね……)
五条「……挨拶をするのは当然でしょう。妙に考え過ぎないでいつもどおりのお姉さまで良いのですよ……お姉さまならばそれ位出来るでしょう……」
美琴「……いつもどおり……いつもどおりね……よしッ……!」
何かを決意した表情を浮かべる美琴と、それを確認する五条。
五条「……!アレはなんでしょうか?」
何かに気づいた五条が植え込みの向こう、上条が肩を落としている自販機の方角を指差す。
美琴「……?何?何かあるの?」
美琴が五条より一歩前に出たのを見計らい、五条の手がその背中を強く押し出した。
美琴「きゃッッ!?」
五条「Goodluck chick.」
先の投げに対するお返しと言わんばかりに強く押された勢いに逆らえず、植え込みを突き抜けて上条の前に飛び出す美琴。
肩を落としていた上条が突然響いた小さい悲鳴に反応して目線を送り、道の真ん中に立つ美琴の姿を確認すると、弱弱しく幻想殺しの力が宿る右手を掲げ、よう御坂、と挨拶をする。
先刻まで顔を真っ赤に染めていた美琴だったが、その様子を異様に感じたのか、心配そうな表情を浮かべたまま上条に向かい口を開いた。
────────────
982 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/12/31(金) 19:47:58.30 ID:3UkJTCAo
これは二千円を呑まれた上条さんのシーンか?983 :
五条ファン ◆APKLrJzDFw:2010/12/31(金) 19:48:40.31
ID:YvPGFqMo 妙な光景だった。
そわそわとした様子で時折辺りを伺いながら缶ジュースの山を抱えてベンチに腰掛けている上条当麻と、ヤシの実サイダーと書かれた缶ジュースを片手にその隣に腰掛けている御坂美琴。
そしてその二人の様子を、10メートル程離れた後方の植え込みの中から伺っている五条勝。
五条(……何故ああなるのでしょうか……)
五条勝が首を捻りながら目線を送る先の上条が抱えているジュースの山は、美琴がその能力で自動販売機をショートさせて入手したものだった。
先に美琴の電撃をモロに喰らった自動販売機が黒煙と警報を同時に上げていたのを思い出し、更に五条の肩が下がる。
自身が好意を寄せる男性の金銭を飲み込んだ自動販売機に対して憎悪の念が湧き出すのは理解に苦しくないが、その意中の男性の為とはいえ耳掻きの先ほども悪びれず犯罪行為に近い……というより完全にアウトよりな行動をとるというのは、どうしたものだろうか。
更にその行動を採っているのが学園都市第三位の能力者というのだから、これも相当タチが悪い。
五条(……ここ最近で随分と色々な人間に接しましたが…… もしかするとお姉さまが一番危険な人物なのかもしれませんね……)
美琴「何ビクビクしてんのよ?良いから早くお飲み!美琴センセー直々のプレゼントだなんて、ウチの後輩だったら卒倒もんよ?」
ジュースの山を抱える上条に向かい、ベンチの背もたれにふんぞり返ったまま美琴が口を開く。
上条「いや……プレゼントは嬉しいんですけどね御坂さん?出来ればもう少し穏便な方法で手に入れた品を頂きたかったんですが……」
美琴「あら?あの自販機が悪いんじゃないの。元々アンタ二千円飲まれてるんでしょ?迷惑料兼ねても、これ位貰っといても良いじゃない」
どこか遠くの虹でも眺めている様な目で吐かれた上条の返答を、あっけらかんと美琴が切り返す。
五条「……どこをどうやったら、意中の男性の前でああ言い放てるのでしょうか……」
二人のやり取りに深くため息を吐いて、肩を落とす五条。
984 :
五条ファン ◆APKLrJzDFw:2010/12/31(金) 19:50:18.40
ID:YvPGFqMo 『…… そうですわね。でも男性では上条さんの前だけですのよ?お姉さまがあんなにも素の自分で接されているのは。やっぱり上条さんはお姉さまにとって特別な男性ですのね』
五条「……?オレにも似たような素振りですが……」
『勝さんは別枠ですの。どちらかと言えば、わたくしと同じカテゴリに分類されているのではございませんこと?』
五条「……そう言えば、お姉さまと知り合ったのもオマエづてでですからね……」
『そういうことですの』
何気なく会話を続けていた五条の肩が急にビクリと跳ね、その背後を振り返る。
視界に入る栗色のポニーテールと、それを結っている赤いリボン。
美琴と同じくブラウスにサマーセーター、プリーツスカートといういでたちで、ニヤニヤしながらベンチの二人に目線を送っている白井黒子の姿が視界に入り、更にビクリと一度肩を跳ね上げる。
黒子「……?どうされました?」
そんな五条の様子を見て、不思議そうに首を傾げる黒子。
五条「何故オマエがここに居るのですか!?」
黒子「しーッ!!声が大きいですの。お二人に気取られてしまいますわよ……」
横目で二人の姿に目線を送った黒子に促される様、五条も二人に目線を送る。
……幸い、二人には気づかれてはいない様だ。
黒子「……わたくし今は警邏中ですの。ほら」
二人に気づかれていない事を確認した黒子が、五条に向かいその右肘を掲げた。
肘よりも上、二の腕のを覆う半そでのブラウスの淵には、盾の紋章が入った緑色の腕章が安全ピンで留められている。
五条「……そうでしたか……」
それを確認した五条が、小さく息をつき再度茂みの向こうに居る上条と美琴の背に目線を送る。
上条「……?何かオマエ、少し疲れてるか?」
その言葉を聴いた美琴が、勢いよく口からジュースを吐き出すのが見て取れた。
ゴホゴホと咳きごむ美琴の背中を右手でさする上条と、若干の間を置いて「もう大丈夫よッッ!」と威勢良くその手を振り払う美琴の姿がベンチの上に展開されている。
強がっているのにしっかりと頬を染めているあたり、美琴のああいった仕草は女の子らしくて愛らしいのになーと考えた五条が軽くため息を吐く。
985 :
五条ファン ◆APKLrJzDFw:2010/12/31(金) 19:52:25.08
ID:YvPGFqMo 黒子「……しかし勝さんが白昼堂々覗き紛いの行為をされているとは……わたくしは激しく揺れ動いておりますの。職務を全うして勝さんをしょっぴくか、一人の女として勝さんを見逃すべきか……」
五条「……その割随分ノリノリですねオマエ……」
黒子「そう見えまして?……あら?」
黒子が自身の胸ポケットに手を伸ばし、小さな棒状の携帯電話を取り出し、引き出したディスプレイを眺める。
黒子「……ッ!ああ、良いトコですのにッッッ!!緊急の召集ですの……では勝さん、わたくしはコレで」
五条「あぁ、ちょっと待ってください……」
黒子「……?なんですの?」
五条「その……昨日の件なのですが……オマエの方の休暇は取れそうですか……?」
昨朝黒子と交わした会話を思い出した五条が、その休暇申請の可否を問う。
黒子「……申請は通りましたけれど、少し遅くなりそうですの。27から月末までお休みを頂きましたので、その日程でよろしければ……」
少し申し訳なさそうな笑顔で告げられた言葉を聴き、五条の笑顔が深まる。
五条「……そうですか……ククク……では折を見て、また何をするか決めましょう……」
黒子「えぇ!わたくしも色々考えておきますわ!では!」
五条「……無茶はし過ぎないでくださいね……」
五条の言葉に「わかってますわよ!」と声を上げて、黒子の姿が消失した。
一人になった五条が、再度植え込みの向こうの二人に目線を送る。
『お姉さま……』
上条「お?」
986 :
五条ファン ◆APKLrJzDFw:2010/12/31(金) 19:52:51.23
ID:YvPGFqMo 美琴「!?」
五条(……今の声は!?)
二人が座るベンチに投げられた声に反応した上条が、その声に向かい振り返り驚愕の表情を浮かべた。
上条「……!?御坂!?」
上条の目線の先に居たのは、隣に座る御坂美琴とまったく同じ装い、全く同じ体格、全く同じ顔をした、もう一人の御坂美琴だった。
その瞳はどこかぼんやりと焦点が合っておらず、額には軍用ゴーグルの様なものが掛けられている。
『妹です。とミサカは間髪入れずに答えました』
上条の声に反応した御坂の妹と名乗る少女が口を開く。
その様に、眉間に皺を寄せて奥歯をかみ締める美琴。
茂みの影で様子を伺っていた五条の頬を、つうと冷たい汗が流れ落ちた。
美琴(……どういう事!?実験施設は全て壊滅させたハズ……)
五条(しかしあの少女は間違いなくお姉さまのクローン……)
美琴(実験施設に留まっているのならともかく、こんな日中の街をこの娘がウロついてるって事は……)
五条(恐らく彼女達は未だ"生産"され続けている……)
美琴(……となると……)
五条(……認めたくありませんが、間違いはなさそうですね……)
(──────あの実験は、未だ終わっていない)
──────to be continued──────
987 :
五条ファン ◆APKLrJzDFw:2010/12/31(金) 19:53:40.49
ID:YvPGFqMo 以上、本日投下分となります
時間が無いため、挨拶は簡略させて頂きます
可能ならば明晩また伺いますので、お付き合い頂ければ幸いです
988 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/12/31(金) 19:55:40.86 ID:3UkJTCAo
お疲れ様です
また来年もよろしく990 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/12/31(金) 20:05:08.53 ID:pAf1EiYo
今年一番の楽しみをありがとう。
来年もよろしく!991 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/12/31(金) 20:07:04.97 ID:ohDb9Gc0
旧年中は大変乙かれ様でした
新年もよろしくお願い申しあげます
良いお年を~ノシ993 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2010/12/31(金) 20:46:17.04 ID:zr6GG4co
今年最後の乙!!
1 :
五条ファン ◆APKLrJzDFw :2011/01/02(日) 00:33:17.03
ID:AkAh09oo 明けましておめでとうございます
年始に新スレというのは、縁起の良いところでしょうか
本年も皆様のご栄達をお祈り申し上げます
大変お待たせ致しました、投下開始します
2 :
五条ファン ◆APKLrJzDFw :2011/01/02(日) 00:36:13.81
ID:AkAh09oo 茜色に染まる学園都市第七学区。
立ち並ぶ高層ビルの数々は地平線へとその姿を消そうとしている太陽の光に晒され、鏡面となっている表層から眩い程の光を乱反射させながら、直に訪れる暗く、しかし普段のそれよりも短い夜にささやかな抵抗の意を示そうとしている。
中空に浮かぶ飛行船に備え付けられた巨大なビジョンの表示が筋ジストロフィーの研究機関が次々と撤退を表明しているというニュースから、高齢層から徐々に低年齢層へと発症の拡大が見られる四肢麻痺に対する研究機関が設立された旨のニュースへと切り替わる。
普段とは何も変わらない、学園都市の夕刻の風景。
その様子をタクシーの車窓から眺めながら、スポーツウェアに身を包んだ五条勝が深くため息を吐いた。
五条(……こんな事になるのなら……戦装束を持って外出するべきでしたッ……!)
彼はぎしり、と奥歯をかみ締め、高速道路を走るタクシーの車窓から再度窓の外に目線を送った。
飛行船のビジョン表示されているニュース映像が切り替わり、本日の天気予報が表示される。
──学園都市全域において、本日、明日共に快晴。
風はほぼ無風状態。
表示される天気情報という今の自分には何の役にも立たない情報を苛立ちながら眺めていると、不意に彼の持つ携帯電話が鳴った。
鳴り始めた携帯電話をジャージのポケットから取り出し、背面ディスプレイに表示される発信者の名前を確認する。
────── 初春 飾利。
五条がその瞳を眼鏡越しに大きく見開き、その通話ボタンを押下した。
五条「……オレです」
『あ、五条さんですか?スミマセン、今ようやく風紀委員のお勤めが終わりまして……』
五条「……それはお疲れ様です。疲れているところ早速で申し訳ないのですが……」
『はい、何でしょう?』
電話から漏れ聞こえる少女の声は、昨晩までの自分たちの奮戦により一つの非人道的な実験が壊滅したという事実と、その責務がようやく取り払われた安堵感とを暗に漂わせていた。
彼女にとっても、辛い事実を告げる事になる。
5 :
五条ファン ◆APKLrJzDFw :2011/01/02(日) 00:38:28.57
ID:AkAh09oo 一拍の間を置いて意を決した五条が、受話器に向かい言葉を続ける。
五条「……昨晩までオレ達が中止を画策していた絶対能力進化実験ですが……」
『……ッ!はい』
どこか甘い雰囲気を帯びる彼女の声が一気に引き締まり、これから告げられようとする言葉に対しての姿勢を整えた様な気がした。
その様子に、どこか彼女を侮っていたかと少しの自省を抱えながら、更に言葉を投げる五条。
五条「……推論の枠を出ませんが……実験は未だ継続されている可能性が高いです……」
『……っ!?』
五条「……先刻、再度お姉さまのクローンが街を徘徊している様を見かけました……昨晩のオレ達の襲撃により実験が凍結されたのならば、本来秘匿されるべき彼女達が平然と街を徘徊する可能性は極めて低い……加えて、タブー視されているクローン人間の転用方法が一日や二日で発案され承認される事などまず有り得ない……実験が継続されていると考えるのが妥当だと思うのですが……」
『……そうですね……私もそう思います……悔しいですけど……』
言に違わず、悔しそうな表情を連想させる彼女の声が受話器から漏れた。
五条「……関連施設は昨晩で壊滅させたという事で間違いありませんね……?」
『……それは間違いありません。御坂さんが壊滅させた分を含めても、間違いなく昨日で関連施設の破壊は完了してます』
五条「……となると、考えられるのは……」
『……多分、外部にデータが引き継がれての実験続行……って所が強いかと思います』
五条「ッ……」
受話器を掲げたまま、五条の眉間に無数の皺が寄る。
外部へのデータ移行と実験続行。
……これではいくら何でもきりが無い。
20000人もの少女を殺害するという規模の実験を外部に引き継ぐとなれば、恐らくはかなりの数の研究機関が関わる事となるだろう。
7 :
五条ファン ◆APKLrJzDFw :2011/01/02(日) 00:41:31.24
ID:AkAh09oo そして一度こちらが相当数の機関を壊滅させて実験の停止を促そうとした思惑が相手に漏れているのは、昨晩のレベル5 麦野沈利による警備強化の点から鑑みても間違いない。
引継ぎ先の機関はかなりの数に分散されているだろう。
そして各機関の警備体制が段違いに強化されている。
推測に過ぎないとは言え絶望的に手が詰まった状態におかれた事を認識した五条が、更に強く奥歯を噛み締める。
一つ一つの機関を潰して回ることも可能だが、今後の体制強化を思えば自分はともかく力添えをしてくれている初春に火の粉が飛ぶ可能性も格段に高まる。
しかし、彼女の後援無しでは情報すら掴めない数多の機関を潰す事は不可能と言っても過言では無い。
そんな事をやっている内に、一体どれだけの妹達が犠牲になるのだろうか。
……最早、選択肢は幾つも存在していない。
暫し瞳を閉じて思案していた五条が覚悟を決めた様子でその瞳を開き、電話越しに沈黙している初春に言葉を投げる。
五条「……初春。昨晩の警備強化の例を考えると、これ以上は危険の度合が格段に増す事が想定されます……」
『……はい』
五条「……この件から手を引いて下さい」
『ッッ……けど私だってッ!』
五条「人生を……命を捨てる覚悟はありますかッ!?」
唐突に荒くなった五条の声が、タクシーの社内に響き渡った。
その声に反応する様に、運転手がルームミラー越しにチラリと五条を眺める。
『ッ……!?』
五条「……すみません……少し熱くなりましたね……」
『い……いえ、大丈夫です』
五条「……恐らく、恐らくの話になるのですが」
『……はい』
五条「……実験の規模と、その非人道性、そしてその実験が屋外で堂々と行われているにも関わらず一切の言及や外部の追及が無い程の秘匿性を考えると……」
ごくり、と電話の向こうで初春が唾を飲む音が聞こえた。
五条「……今回の実験は統括理事会……学園都市そのものの賛同を得て行われているものかと思われます」
8 :
五条ファン ◆APKLrJzDFw :2011/01/02(日) 00:43:59.75
ID:AkAh09oo 『……』
電話越しの初春は、特段驚いた様子も無く沈黙を保っている。
彼女もまたこの実験が持つ異常性とその秘匿性が高すぎるという違和感に気づいていたのだろうか。
五条が更に言葉を続ける。
五条「……つまり、この実験をこれ以上妨害し続ける事は……学園都市とその暗部をも敵に回す危険性すら孕んでいる……」
『……』
五条「……最後に一つ、調べて貰いたいデータがあります……実験との関係は薄いので、恐らくこれは問題無いでしょう……」
『……何でしょうか?』
先刻より少し暗い様子で放たれた初春の声に向かい、五条の口が動いた。
────────────
『そのデータって……五条さん……まさかッッ!?』
五条「…… えぇ、そのまさかです……」
『…………』
五条「……ここまで付き合ってくれて、本当にありがとうございました。すみませんが……オマエはここで引いて下さい……オマエまでが火の粉を被る必要は無い……」
『ッッ……!……それでも……それでも私はッ!あなt「万一があったら、黒子の事をよろしくお願いします」
『~ッッッ!!!』
気勢を上げる初春を遮る様、五条が言葉を発する。
五条「……オマエならわかっているでしょうが……アイツはああ見えて、そんなに強くは無い……"アイツが一番大切にしている友人"として……傍で支えてやってください……これは"オマエにしか頼めない"……」
『ッッッ!!…………』
五条「…………」
『…………』
受話器越しに、くぐもった嗚咽が聞こえた。
彼女は、初春飾利は泣いているのだろうか。
五条「……初春?」
9 :
五条ファン ◆APKLrJzDFw :2011/01/02(日) 00:46:37.35
ID:AkAh09oo 『ヒック……ズルイ……ズルイです五条さんッ……っく……そんな言い方ッ……しないでック……下さいッ……エック……』
五条が投げた問いに答える彼女の声は、震えながらところどころで嗚咽を挟み、完全な涙色に染まり上がっていた。
五条「……心配しないで下さい……打つ手はありますので……オレだって、無駄に人生を投げる程酔狂な人間ではありませんよ……」
『……ック……』
五条「……食事の約束は必ず果たします……だからお願いします……」
『……ぇっく……』
五条「……」
『……わかりましたッ!……後でッ…PDAにデータを送りますッ……!』
五条「……ありがとう、リナリア」
『ッッ!!……絶対!!食事の約束ッ……絶対守ってくださいねッッ……!!』
五条「……はい、守りますよ……絶対に……」
『……ぇっく……』
五条「ニルス・オーラヴ、オーヴァー……クックック……」
恐らく名乗る機会は最後になるであろうコードネームを告げた五条が、通話の終了ボタンを押す。
ふと前方に目線を送ると、ルームミラーに目線を投げていたタクシーの運転手と目が合った。
その運転席に設けられたメーターは、目的地に到着したわけでも無いのに空車状態になっており料金の加算が行われていなかった。
『……なぁ兄ちゃん』
タクシーの運転手が、おもむろに口を開いた。
五条「……ヒヒヒ……少し騒がしくしてしまいましたね……すみません……」
運転手に謝罪の言葉を投げ、五条の視線が窓の外へと移動する。
『初めて兄ちゃんに使ってもらったのは、アンチスキルの検問まで運んだ時だったな』
五条「……えぇ、未だ一月も経っていませんね……しかし随分と昔の事の様に感じます……」
12 :
五条ファン ◆APKLrJzDFw :2011/01/02(日) 00:49:39.65
ID:AkAh09oo 『…… あれから一月も経ってねぇけど、こっちゃあ随分兄ちゃんに使って貰ってんだ……万一兄ちゃんが居なくなると、商売上がったりになってカカアにドヤされちまうんだわ』
五条「……」
『……事情はわからんけど、絶対また使ってくれよな』
その言葉を聴いた五条の視界が僅かに、本当に僅かに水を浴びた様に揺らいだ。
──────自分の無事を祈ってくれる人が、存外に沢山いる。
五条「……えぇ、アナタの運転は実に乗り心地が良い……必ずまた使わせて頂きますよ……クックック……アーッハッハッハッハ!!」
地平線を赤く染めていた太陽がその姿を完全に彼方へと消失させて尚、西空を紅に燃やして続けている。
僅かに目を細めその様を眺めている五条を乗せ、タクシーは黄昏に染まる高速道路を駆け抜けていった。
────────────
八月二十一日 夏休み三十二日目
────────────
14 :
あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 00:54:07.66 ID:Y21pD120
タクシー運ちゃんフラグ開放条件が達成されました
タクシー運ちゃんルートが攻略可能となります15 :
あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 00:54:54.90 ID:uw4XJnoo
五条△13 :
五条ファン ◆APKLrJzDFw :2011/01/02(日) 00:52:17.99
ID:AkAh09oo 五条勝は、ベッドの上で眠れずに天井を眺めていた。
真っ暗な部屋の壁に掛けられているデジタル時計の表示から、現在の時刻が午前一時を若干回った頃合だというのがわかる。
静寂と暗闇に包まれた部屋に、唐突に電子音が鳴り響いた。
五条が慌てて状態を引き起こし、机の上でバックライトを発光させていたPDAに手を伸ばし、その端末に表示された文章に視線を走らせる。
──────
データバンクに残っていた実験計画資料の中から復元に成功したデータにより、直近で行われる実験が八月二十一日午後八時三十分から絶対座標X228561 Y568714に当たる操車場にて行われる予定の第一○○三二実験だという事が判明しました。
被験者となる超能力者(レベル5)一方通行 (アクセラレーター:本名不詳)の能力は、運動量・熱量・重力等の物理的なベクトルを観測し、皮膚の表面にある保護膜に触れた時点で変換・操作を行う能力との事です。
能力により、彼の皮膚表面に展開されている保護膜に直接接触した場合、血流操作や体内の電気信号の操作等を行われ、即死させられる危険性を孕みます。
またその保護膜の存在により、あらゆる物理的な干渉は彼に通用せず、逆にベクトルを操作される事により反撃の糸口される事が推測されます。
過去の研究資料等により判明した情報ですが、保護膜は常時展開されており実質的な能力使用の制限時間は無し、そして常に彼の周囲に展開されている保護膜によりデフォルトで行われているベクトル操作は"反射"との事です。
上記能力の利用における戦闘能力の高さや、実験における能力活用の有用性等から、彼が学園都市で最強の能力者として第一位の称号を冠している模様です。
ここで留めても、あなたはきっと戦うんですよね。
御武運をお祈りします。
必ず帰ってください。
リナリア
──────
16 :
五条ファン ◆APKLrJzDFw :2011/01/02(日) 00:55:15.89
ID:AkAh09oo ディスプレイの文字を読み終えた彼がその電源を落とした。
再び暗闇に沈んだ部屋の中で大きくため息を吐き、思案する様その額に右手を宛がう。
彼が出した実験中止の為の最後の一手。それは──────
五条(……計画の要となる一方通行の完膚なきまでの撃破……理事会からは大目玉を喰らう可能性もありますが……便宜的に無能力者(レベル0)のオレと超能力者(レベル5)の一方通行が激突して一方通行が敗れたとあらば、理事会の連中も一方通行に対する認識を改める事でしょう……万一改められなかった場合は、相手を再起不能にしてしまえば良い……しかし……)
五条(…… 保護膜と、物理ベクトルの操作……厄介ですね……)
先の対峙の折に彼が"命中させるつもりで蹴り返した超電磁砲"が、相手の頬を掠める程度に留まっていた事を思い出す。
五条(これまでに禁書目録やアウレオルスが言っていた言葉を鑑みれば、シュートの際に放つ"魔力の様なもの"が相手の物理法則の認識外にあったのでしょうか……)
しかし命中せずに軌道が逸れただけと言う点を考えると、反射された美琴の超電磁砲とは異なるものの多少なりとも観測とベクトル操作が可能であったという事が推測される。
当然ながら純粋な魔力という訳ではない自分のシュートが相手にとって既知の物理法則を何割か帯びていて、そこを掴まれて軌道が外されたというのが最も適した考え方になるだろう。
そしてその既知と非既知とのベクトルの割合を掴んで一度逸らされたシュートが、もう一度先と同様にそのまま通用する、という考え方は今のうちに捨てておいた方が良い。
次回はきっと生命のやり取りになる以上、なるべく危険性を孕む手法は採るべきではないからだ。
五条(……となると、次に考えられるのはその保護膜を掻い潜る方法ですが……)
保護膜に触れた時点よりベクトルを操作されるまでのタイムラグの間に、何らかの物理的な動きで保護膜を突き破る事が出来れば……
五条(……無理、ですね。相手が行おうとするベクトル操作も、ましてや保護膜の範囲も判らずにそんな事をするのは自殺行為に等しい……)
19 :
五条ファン ◆APKLrJzDFw :2011/01/02(日) 01:00:28.62
ID:AkAh09oo 天国の刻による認識外からの直接攻撃……
五条(認識の外であっても、常時展開されている反射の保護膜により妨げられますね……)
天国の刻による認識外からの直接攻撃。常時発動している反射を利用し、反射直前のベクトルを逆に引き戻し、相手にぶつける……
五条(保護膜の範囲も、反射までのタイムラグも不明……リスクが高すぎる……)
五条(……)
──────認識阻害(デコグニション) の使用。
五条(……認識を阻害するという能力の持つベクトルを、相手が認識出来るかどうか……)
結果は全くの未知数だが、これまでの状況を鑑みるに恐らくは一番可能性の高い方策。
また一撃必殺の可能性を秘めているだけに、反射された際は恐らくその場で自滅を招くオールオアナッシングの方策。
五条(……賭けるしかありませんかね……)
五条がふう、と息を吐き、額に宛がった右手を降ろした。
PDAの明かりも消えた部屋の中は、デジタル時計の僅かな燐光に照らされるのみで限りなく真っ暗に近い黒に沈んでいる。
感覚を頼りベッドへと足を運び、その身体を横たえる。
ぼふ、と言う音と共に、柔らかく闇の中へと沈み込む身体。
五条(……敵は"最強"……)
そのまま瞳を閉じ、瞼の裏に相手の姿を思い浮かべた。
北の果てに降る深雪の様に白い肌と髪を持ち、対照的に濁った血の色を想起させる真っ赤な瞳を歪めて愉快そうに実験終了の嘲笑を上げていた、先の一方通行の姿を。
その相手との戦闘を、自身が得たデータに基づいて一挙一動まで可能な限り綿密にシミュレートし始める。
どれほどの時間が経っただろうか。
東の空が紫に染まり始める黎明期には、彼はすやすたと寝息を立てていた。
──────学園都市最強の男との試合開始(キックオフ)まで、あと十数時間……
──────to be continued──────
23 :
五条ファン ◆APKLrJzDFw :2011/01/02(日) 01:06:33.82
ID:AkAh09oo 以上本日投下分となります
ご支援を頂いております皆様、関係各位の皆様
昨年度は大変お世話になりました
本年も、今暫しお付き合いの程を頂けます様、よろしくお願い致します
さて、第二回人気投票の開催が決定されましたが、我らが五条さんは一体どうなっているのでしょうか?
投票開始が待ち遠しいものです
次回投下に関しましては、例の如く可能ならば明日晩、不可ならば明後日の晩を予定しております
お時間がございましたら、またお付き合いの程を頂ければ幸いです
24 :
あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 01:07:12.32 ID:v1ck632o
おつかれー
今年もよろしく26 :
あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 01:08:53.09 ID:uw4XJnoo
乙でした
年明け新スレで縁起良いね22 :
あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 01:04:11.42 ID:Y21pD120
五条さんDFだからな……
護る闘いでは無敵の強さを誇るけど……う~ん
一体どうなってしまうの?27 :
あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! :2011/01/02(日) 02:04:25.87 ID:DoY1FAAO
乙!
五条さん効果で一方通行がどう輝くかも期待する次→
五条「ククク… ここが学園都市ですか」その26
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