シャルロッテ「病気をなおして!」 【中編】

2011-06-23 (木) 19:17  まどか☆マギカSS   0コメント  
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92 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 21:32:55.52 ID:G+dXZQyK0
魔女の結界/   ~7ヶ月後~

「シャル! おねがい!」

「りょーかい!」

蝙蝠のような風貌の魔女は、傷ついた身体で和美から離れて逃げ延びようとしていた。
そんな魔女に向かって一枚の薄いビスケットを放出する。例によって素材は小麦粉ではなく、今回は鉄製である。

「逃げんな!」

真紀が地上から上空の魔女に向かって銃を乱射する。その銃弾は一つも当たらない。
だが目的は当てることではなく、動きの早い蝙蝠の魔女の退路を制限することにあった。
そして、その逃げる範囲が縮まった魔女に、鋭く風を切ってビスケットの刃が迫る。
だが魔女はならばとダメージの低い銃弾の方へ身を移そうとした。だが



93 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 21:33:51.64 ID:G+dXZQyK0

「えい!」

シャルの一声によってビスケットが一瞬にして無数の小さいビスケットに変化する。
元のビスケットと質量は同じなので、その分裂速度が早いのだ。急に張られた弾幕に蝙蝠は成す術もない。
刃はカマイタチのようにして魔女を切り刻む。薄い蝙蝠の羽は無残に破れ、身体の中には破片のような刃が残った。
力尽きたように魔女は墜落していく。その落下地点に和美が駆け込んだ

「はあっ!」

和美の剣が振り下ろされた。



94 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 21:35:02.65 ID:G+dXZQyK0
廃ビル/


結界が収束する。時刻はまだ6時過ぎであったが、時期ゆえか少し夕闇が深くなっている。

「おつっかれさーん」

真紀の声に始まり、三人は互いをねぎらった。

「今日の敵は早かったなー」

「ああいうタイプは苦手なのよ、追いつけないし」

「でもでも! 一人なら無理でも、わたしたち3人なら楽しょーだったよね!」

「慢心しすぎよ。証拠に……見てみなさい、ほら」

和美はシャルのソウルジェムを指差す。ソウルジェムの黒ずみが目立った。

「えー!? ちゃんと節約して魔法撃ったのにー!」 

「最後の分裂が効いたんじゃねぇの? あれ、なんか大技だったじゃん」

「でもそんなに魔力使った感覚はなかったんだけどなぁ……」

「それが一番危険よ。気付かないうちに魔力切れにでもなったらやられる一方じゃない。ほら!」

ずい、と和美が先程倒した魔女のGSをシャルに差し出す。



95 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 21:36:17.61 ID:G+dXZQyK0

「そんな! わたしこないだもグリーフシード使ったばっかだよ?」

「ならこれからはもっと上手く節約するのね」

「あたしらは大丈夫さ。燃費がいいんでね。遠慮しねーで使っとけって」

「うー……」

シャルは納得のいかない表情で渋々GSをソウルジェムに当てる。接触と同時に発光した後には、
黒ずみの増したGSと綺麗に澄んだソウルジェムが手の中に残った。

「……でも、ほんとに今日は省エネで戦ったよ?」

「まぁいいじゃんか。次頑張れば」

「グリーフシード位気にしないの。仲間を頼りなさいな」

「…………うん」

それでも、なんだか納得がいかないというか、もやもやが胸に残るシャルであった。


思えば、これは警鐘だったのかもしれない。この頃にその警告を聞き取れていれば、また違う未来があったかもしれなかったのに……。



96 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 21:37:34.53 ID:G+dXZQyK0
大通り/  ~更に一ヶ月後~

夕方。帰り道。ソウルジェムを片手に、シャルは和美と二人で町で索敵をしていた。
魔女と遭遇するまでは、基本的に3人はそれぞれが単独行動となった。
一匹でも多くの使い魔から街を守る為に範囲を広げる意味でバラバラに行動していた。
但し魔女の時は少しでも危険度を減らすために出来る限り三人で集まって行動した。

「今日は魔女も使い魔もいなさそうね……」

「うん……」

反応のないソウルジェムに、今日は敵と会わないだろうと感じていた。
では何故シャルと和美は連れ立って行動していたのだろう。それにはわけがある。

「まぁ、ソウルジェムの濁りが増すことはなくなるでしょうし、ちょうどいいんじゃない?」

「…………」



97 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 21:38:30.17 ID:G+dXZQyK0

シャルの気は重い。魔法少女としての戦い方には慣れてきた。日常と非日常の二重生活も上手くこなすようになったし、
魔法の使い方も、援護のタイミングも、最初の頃よりずっと上手くなった。
それなのに、

「一体どうなってるのかしらね……」

和美はそう呟く。二人が連れ立って歩いている理由。
それは、近頃シャルのソウルジェムの消耗が以前にも増して早くなったことだ。
さすがにこの事態に和美も真紀もおかしいと感じ始めて、原因が分かり、解決できるまで使い魔戦での消耗を抑えるため、
最近は真紀か和美のどちらかとペアを組んで街を探索している。

「ごめんなさい……」

「気負う必要はないわ」

それでもシャルは足手まといになっているという現実をありありと感じる。それは病人であって、
時間も治療費も、ありとあらゆる迷惑をかけ続けたシャルにとって、二度と感じたくなかった空気である。
自分はどこへ行っても、足手まといなんだろうか? お荷物なんだろうか? そんな暗い感情が沸き上がっていた、そんなときだった。



98 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 21:39:37.54 ID:G+dXZQyK0
「……っ?」

不意に、身体に異変を感じた。体中のいくつかの場所からぼんやりと痛みを感じる。

「ね、ねぇ!」

「? どうしたの?」

「わたし、からだ怪我してないよね?」

「怪我?」

和美はシャルの身体を調べる。だが

「いいえ、特には……、見当たらないわ。どうして?」

「ぅ、うん。なんか、痛くて……」

「えー……?」



99 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 21:41:03.33 ID:G+dXZQyK0

訝しがって再び念入りに身体を調べる和美、だったが、

「んー……。やっぱり分からないわ」

「そ、っか」

「病院にいってみたら?」

シャルはその一言にビクッと身体を硬くする。シャルは通院の義務も終わり、
ここ半年は病院には足を踏み入れるどころか、意図的に近づかないようにさえしていた。

「どうしたの? 大丈夫?」

「ぇ、あ、うん。あのね、やっぱり……行かなきゃダメ、かな?」

「……行っておいた方がいいと思うわ。もしかしたら間接的にソウルジェムの秘密が分かるかもしれないし」

「そ……っかぁ……。うん」

そしてこの翌日、シャルは父親に連れられて以前入院していた病院に検査をしてもらいに行った。


結果は…………



100 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 21:42:25.44 ID:G+dXZQyK0
病室/


深夜の病室。ベッドの上。ぼんやりと、焦点の合っていない視線で虚空を見つめているのはシャルであった。
何度も泣いたのか目は赤く、腫れていた。髪の毛はぼさぼさになっており、たった一日で見るも無残な様子に変貌していた。



101 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 21:43:25.07 ID:G+dXZQyK0
『肝細胞癌以外にも、リンパにまで遠隔転移しています……。しかも数が一つ二つではありません。
 正直、前回の完治といい、今回の急激な再発といい、こんなケースは初めてです』

『シャルは……娘は、治るんですよね?』

『……わかりません。今回は全てが過去に例の無い展開の仕方で、何とも言いがたいのです。ただ、普通ならば……』

『…………』


『……ステージ4の中でも危険な状態。回復の見込みは……残念ですが、殆ど無いでしょう』



102 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 21:44:14.78 ID:G+dXZQyK0

ガシャン! とシャルは枕元の机の上のものに苛立ちをぶつけて払い飛ばす。
だがそんなことをしてもなににもならないと気付き、また、一層悲しくなるのであった。

「ぅ……うぅ…あぁあ……っ!」

呻くように泣き声を上げる。シャルは今日何度目か分からない涙を拭おうとすると、
さっきので切ったのか手から小さくない傷が出来ていた。しかし、シャルは、不思議とそれほど痛く感じないのであった。



103 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 21:45:14.65 ID:G+dXZQyK0
病院のロビー/ ~翌日の夕方~


「よっす」

「……ん」

夕方になって一層混み始めた院内のロビーの、待ち合わせの場所で真紀は和美に声をかける。
長くそこにいたのか、足の疲労を軽減するために、真紀は白色の病院の壁にもたれ掛っていた。

「なんだよ、元気ねーじゃん。落ち込んでやんの」

「あなただって、ずいぶんと早く来ていたみたいじゃない」

「あたしは、ガッコいってねーからな」

「あ……。ごめん」

「…………」

いつもなら触れたとしても冗談でごまかせる話題なのだが、和美の気まずそうな反応に、ギクシャクとした空気になる。

「……いくか」

「そうね」

そんな気重さをうやむやにする様に二人は歩き出す。



104 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 21:47:18.25 ID:G+dXZQyK0

最初に結果を知ったのは和美であった。その情報元はQBである。
シャルから一向に連絡が来ないので心配していた和美のもとに、QBがあらわれ、
病状、そしてシャルが契約した際の事の仔細を教えたのであった。

『そんな……』

『じゃあ何か? 今回のはそのガンが再発したってことか?』

携帯電話を介して話に参加していた真紀も当惑の色を隠せないようだった。

『僕は人間の身体構造に造詣が深いわけじゃないから、詳しいことは言えないよ』

『……くっそ……!』

電話の向こうで、悪態とともに何かが殴られたような音が聞こえた。その様子を見て、QBは言った。


『だけど魔法少女の構造に関しては一日の長がある。だから、その面からは分かるかもしれない。今回の原因と、……解決法がね』


『なんですって!?』

和美は驚く。電話の向こうの真紀も息をのんでいるようだ。



105 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 21:49:30.29 ID:G+dXZQyK0

『君たち魔法少女は、奇跡への願いから始まった。それは分かるね?』

『えぇ』

『だけど、君たちは神じゃない。奇跡といっても、運命や理を捻じ曲げてしまうような願いは、
 のちに大きな反動を生み出すと、教えたことはあったよね?』

『でかすぎる願いは不可能だ、ってやつか。そういや言ってた気もする』

そんな余裕はなかったけどな、と聞こえない位の声量で真紀がつぶやいた。

『それがどうしたの?』

『つまり、今回のシャルロッテの願いは、この場合なら運命に抵触したのかもしれないね』

『はぁ!? 病気を治すってことがかよ?』

『そうかも、「しれない」だよ。僕だって神様じゃないから、運命なんてわからない。だけど、
 彼女はあの日僕と出会わなければきっと死んでいた。もしかしたらその死が何か大きい事件の引き金となったのかもしれない』

『信じられない……』

『僕だってそうさ。だから仮説にすぎないんだ』

『でも、まぁ理解はできる。だから、続けろよ。解決法ってのを』



106 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 21:50:42.79 ID:G+dXZQyK0

『そうだね。とにかく今回の出来事は、奇跡の反動によるものだとして、また奇跡で解決しようとしても、
 再びより大きな反動が身を苛むだけだ。それも、即死してしまうような反動にね』

『……つまり……、奇跡も、魔法も使わない手段で解決しろってこと?』

『でも! 医者は無理だって言ってんだろ!?』

『そうだね。化学ではシャルは助けられない。でも魔法でも助けられない。
 だけどね、その二つを組み合わせるとこで、助かるかもしれない』

『それは……どういう?』

『ソウルジェムがある限り、魔法少女の肉体はある程度保つ。通常の肉体とは比べ物にならないくらい丈夫になる。
 それこそ、シャルを延命して、長期の抗がん剤投薬に耐えられるほどにね』

『それで、抗がん剤の力で癌が治るのを待つ、ということ?』

『なるほど!』

『でも、抗がん剤治療って、苦しいって聞いた覚えが』

『何を言うんだい。死ぬよりましさ! それに魔法少女の肉体は苦しさをある程度軽減させてくれる。
 君たちだって戦っていて感じるだろう?』



107 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 21:51:50.38 ID:G+dXZQyK0

『た、確かに……』

『魔女戦の怪我も、すぐに治るな』

『そうだ。だから君たちにできることは一つだ。君たちはシャルが魔力を使える源であるソウルジェムによる回復力を上げるために……』

『グリーフシードを、シャルのために集めるってことね』

『和美、余分は?』

『最近シャルに使ったわ』

『あたしもだ。ストックはない』

『じゃあ、決まりだね。これからはできるだけ魔女を狩ることに専念することだ』

『使い魔は見逃せというの?』

『……くっそ。今回ばかりは、しゃあねぇか……』

『それじゃあ、頼むよ。二人とも。どうか、シャルを救ってあげて!』



108 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 21:53:54.26 ID:G+dXZQyK0
ロビーを抜け、階段を上がる。シャルがいる小児病棟の方へと重い足取りを運ぶ。シャルの今後の
展望に光が無いわけではない。むしろ状況が分からなかった頃のほうが言い知れぬ不安や恐怖があった。
少なくとも今は、現状と、今後どうすればいいかを把握できているだけ幸いだ。しかし、和美の足取りは依然として重かった。

「おい」

「?」

真紀に突然振り向いて呼びかけられ、和美は少し驚いた。

「やっぱり今日はもう帰るか?」

「は?」

真紀の発言に困惑する和美。

「なに言ってるのよ。今日はシャルのお見舞いと、ソウルジェムの濁り具合を確認をするって、昨日決めたじゃない!」

「あぁ、だけど明日にでもできるだろ?」

「そういうわけにはいかないわよ!」

「だったらさ、もうちっとシャキッとしろよ」



109 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 21:55:19.54 ID:G+dXZQyK0

「あ……」

「申し訳なさそうにさ、気が重たそうにさ……あたかも同情してますって面で怪我人を訪ねても……イラつかせるだけだぞ」

「……そうね。悪かったわ」

「で? 何をそんな欝ってんだ」

和美は言いにくそうに口ごもる。だが、真紀は聞くまでもなくその原因に察しがついていた。

「昨日の、」

「……」

「昨日のことだよな」

「…………迷ってるのよ」

「……何が?」



110 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 21:57:22.17 ID:G+dXZQyK0

「もし、よ。これから安定してグリーフシードをシャルにあげられたとして、あの子、病気が回復するまでずっと痛みに耐えて、
 ずっと病院に縛られて生きていかなくちゃならないのよ?」

「だろうな」

「ホスピス治療って知ってる?」

「知らん」

「つらすぎる治療から逃れて、慎ましやかな余生を過ごそうっていう治療法よ。人間の尊厳を重視した、最近の治療方針」

「……それで?」

「……私たちって、あの子の生命維持装置に過ぎないんじゃないかって思って。あの子の尊厳なんて無視して、
 痛みを科して、病院で……一歩間違えれば永遠に過ごさせることになるんじゃないかって……そう、思ったの」

「……」

「それにね。魔女を産むために使い魔を見逃して、街はどうなるの? とか。
 魔法少女の私たちが守らなきゃならないんじゃないのとか、考えたらぐるぐる落ちていっちゃって……」

「……」



111 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 21:58:24.83 ID:G+dXZQyK0

「あの子はそんな私たちを恨まないかしら? あの子は本当にこれで幸せなのかしら?」

和美は俯く。真紀はそれを見てため息をつき、

「しょーもな」

「なっ……!」

「あんたさぁ、そこかよ。悩んでたのはそんなとこかよ」

「ど、どういう意味よ」

「恨むよ。シャルは。恨むし、不幸せにもなる」

「……!」

「あいつなしでこのことを決めた時点で、そりゃあたりまえのこったよ。あたしらが今からやろうとしてんのは、
 あいつに痛みを与えて生かし続けること、そんであいつのために他の人間を犠牲にすることだ」

「……そうね。やっぱりそうよね」

「ま、あいつを交えて話したとしても、素直な意見が出てくるとは思えんけどね。あいつはそーゆー奴だ」



112 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 21:59:51.10 ID:G+dXZQyK0

「あの子、時々強情なところあるものね……」

「だからもう仕方ねーのさ。どんな形であってもあいつを生かしたい。痛てぇのは全部あいつに押し付けて、
 ひっくい可能性に賭けて待ってるしかない。今回の行為は、徹頭徹尾あたしらの自己満足だ。これはそういう話だ」

「人助けって……、救われないものね」

その言葉に、一瞬真紀の表情がゆれる。だが、和美はそれに気がつかない。

「よかれと思ってやったことなんて、大概報われねーモンさ」

「かもね」

「あたし高校ソッコーで中退したからあんたみてぇにややこしいこたぁ知らねぇけどさ。
 多分、その恨みも全部抱えて初めて、人助けって言えるんでねーの?」

相手を助ける労力も、それに伴う犠牲も……そして、相手の感謝の義務も、恨みも全て自分が抱え込む。


「つれぇことがあったら一人で抱え込め。苦しくても口にするな。重荷を他人と共有するな。
 相手を救いたいのなら、有無も言わさず、自分勝手に相手のつらさをぶんどってやれ」


きっと、誰か救うとは、誰かの恩人になることではないのだ。



113 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 22:00:42.53 ID:G+dXZQyK0

「ま、最後のは受け売りだけどな」

「……随分なことを言われたのね」

「全くだ。大っ嫌いな言葉だよ。でも、一番おぼえてる言葉でもある」

「ダメね……。あたしの方が、先輩なのに。後輩に説教されるだなんて」

「こういうのってさ、意外と年下の若い奴の方がが急にびしぃーっと的確な発言をするモンだぜ」

「そうね。そうかもしれないわ」

「ま、これからはこの出来のいい後輩を崇めるこったな!」

「……そうね。先輩だもの」



114 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 22:02:11.27 ID:G+dXZQyK0

和美は眠っていた蛇が鎌首をもたげるより素早く顔を起こし、真紀の額をぺちんと叩く。

「いてっ!」

「先輩だもの。調子にのった後輩を粛清するのも大事な仕事だわ」

「だからってシバくのはひでぇだろー!」

「酷くないわ。下克上を阻止する意味が9割。説教のが1割。正当な処置よ」

「ひでぇよ」

「酷くない。さ、いくわよ真紀」

和美は真紀を置いて歩き出す。真紀は和美の足取りが軽くなったのがわかった。
真紀は「素直じゃねーの」と小さく笑って、説教への感謝の意味が1割込めて叩かれた額をさすりながら、和美の後を追った。



115 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 22:03:57.23 ID:G+dXZQyK0
病室/

和美と真紀が病室に入ると、シャルはぐっすりと眠っていた。泣き疲れによるものなのだろうか、シャルの目は腫れていた。

「……」

和美は病室を見渡す。シャルの病室は不自然なほど機能的というか、無駄なものが一切置いてなかった。
その理由は、頭を使わずとも、目でわかった。

「まるで不良の溜まり場だなこりゃ……」

シャルの病室にはそこかしこに真新しい傷や罅がついていた。窓ガラスも2枚のうち一枚がダンボールで肩代わりされており、
シャルが荒れていたであろうことは明白だった。通常の少女の、特にシャルのような華奢な子が暴れてもこうはならなかっただろうが、
いかんせん常人より強化された魔法少女である。当然の結果だ。



116 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 22:06:21.36 ID:G+dXZQyK0

「看護婦さんが、シャルは荒れてるっていってたけど……、そうよね。そうなるわよね」

「誰だってそうなるさ。ましてやこんな……小さな子に」

真紀は、一瞬、自分の言葉を詰まらせる。和美はシャルの手を取る。この7ヶ月、
何度も握ってきたシャルの手は、記憶の中のどの時よりも小さく感じられた。

「苦しいよね……。つらいわよね……、シャル……」

だけどシャルは答えない。泥のように眠り続けて、答えない。

「ごめんね。わたし、これからあなたに酷いことするの……。ごめんね」

はたから見れば、シャルは既に死んでいるように見えたかもしれない。そう錯覚させるほど、シャルには生気がなかった。



117 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 22:08:30.33 ID:G+dXZQyK0

「ごめんなさい。シャルロッテ……」

和美はぎゅっとシャルの手を握る。真紀は壁にもたれてそれを見ていた。

「真紀」

「何?」

和美は握っていたシャルの手を離し、立ち上がる。



「助けるわよ」


「勿論」



二人は決意を固め、病室を去る。必要以上の言葉は要らない。だって気持ちなど、聞かずとも同じに違いないのだから。



118 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 22:10:17.10 ID:G+dXZQyK0
病院の廊下/

「今日からでも魔女狩りを始めるわ」

「そうだな。それがいいよ」

シャルの枕元に置いたあったソウルジェムは、黒ずみが全体に広がっており、あまり猶予はなさそうだった。

「探索は? 組みで行く? ソロ?」

「今後あまり魔力の回復が出来ないことを考えると、魔力消費を抑えるためにペアですぐに片付けた方がよさそうね」

「けど、どーすんだよ? 今は1匹でも魔女を探してぇのに」

「キュゥべえにでも頼りましょ。あの子、戦いは出来ないっていってたけど索敵くらいはできるでしょう」

「ん。了解」


「おや? 君は……」



119 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 22:11:17.18 ID:G+dXZQyK0

その声が自分たちに向いていることを感じ取った二人は、声のしたの方へ向く。
そこには縁の太い眼鏡をかけた気の優しそうな男性、シャルの父親が、多くの鞄を持って歩いてきた。

「ご無沙汰しております」

ぺこりと、礼儀正しく頭を下げる和美。真紀はそれに従って、見よう見まねで頭を下げる。

「もしかして、シャルの見舞いに……」

「えぇ。そうです」

「そうでしたか……。それはどうも。……ところで、シャルは?」

「私たちが来たときにはぐっすりと眠っていました。きっとまだそうだと思います」

「それは……、どうもすいません」

頭を下げるシャルの父。つくづく腰の低い人だなぁと思う和美であった。

「ところで、そちらの方は?」



120 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 22:12:35.18 ID:G+dXZQyK0

頭をあげたシャルの父は、離れてようすを見ていた真紀に向かって問いかける。
真紀は、自分の身なりが大人にどういう思いを抱かせるか知っていたので、和美とは距離を置いたのだが、見られていたのだろうか?

「あ、いやえっとあたしは……」

「真紀さん、でしたか?」

どう言い訳しようかと考えていた真紀だったが、シャルの父が名前を当て、驚いた。

「あぁ、すいません。いきなり不躾で……。もしかして間違っていましたか?」

「あ、いや……いえ、あってます」

「そうでしたか! ではあなたが」

「えっと……シャルから、聞いてた感じですか?」

「はい。よく聞いてた感じです」

父親はくすくすと笑いながら話す。世間の大よその大人がすれば、真紀は反感をもっただろうが、
何故か彼からは全く嫌味を感じなくて、つい自分の敬語の出来なさを恥じて、顔を赤くする。



121 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 22:14:34.46 ID:G+dXZQyK0

「シャルが……娘がよく言っていたんです。『頼り甲斐があるカッコいい先輩』だと。
 あぁ後それから、『見た目はちょっと恐いけど、実はとっても優しい』ともいっていました」

「そ、そーですか。こえぇだなんて……! ほんとアイツには今度ヤキ……じゃなしに、よく言い聞かせておきますから!」

言い直したところで、問題はその単語もさることながら、台詞自体が完全に親側の台詞であることが問題であることを、
真紀だけは気付く様子はなかった。だから、和美と二人して笑われたときには、不思議そうな顔をしていた。

「すいません。これでもいい子なんです。敬語は多めに見てやってください」

「な! これでも、ってなんだよ!」

「こちらこそ、すいません。話で聞くよりずっとチャーミングな女性だったので、ついからかってしまいまして」

その言い方は限りなく自然だった。下心もぎこちなさも無いまっすぐな言葉に、真紀は先程とは別の意味で、不覚にも顔を赤らめてしまう。

「またまた、冗談がお上手ですね」



122 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 22:17:12.42 ID:G+dXZQyK0

「ぉ……お、おい! お前が言うなよ」

「いえいえ。敬語のことだってチャーミングですよ? 愛を語らう際には、敬語など邪魔な壁でしかありません」

本当に恥ずかしげもなく話すシャルの父に、和美は長期の海外勤務の賜物なのだろうなぁ、とぼんやり思った。

「それにしても、娘もよい友人を得たものです」

和美は、彼が「先輩」、ではなく「友人」といったことに少し反応したが、シャルの父は続ける。

「あなた方に会ってから……、娘の顔に笑顔が増えました。楽しい話題が食卓にあがって……毎日楽しそうに学校へ向かいました」

先程とは打って変わって、真面目な空気になる。だが、シャルの父の表情はどこか悲しく歪んでいて、声も震えているように聞こえた。

「あなた達のおかげです」

いいえ、お父さんのおかげですよ、と和美も真紀も言おうとした、が、


「私はシャルとあなた達が何をやっているのかは知りません」



123 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 22:18:12.71 ID:G+dXZQyK0

シャルの父の言葉に、和美は息を飲む。

「……気付いていたんですか」

「ははは……。大人というのは子供が思うよりも馬鹿ではありませんよ」

以前の手芸部の建前はいつの間にか見破られていたようだ。

「ですが、あなた方が悪い人間であるとは、どうしても思えない。きっとなにか事情があるのでしょう。
子供もまた大人が思うよりもずっと賢いものですから、心配はしませんが」

「よろしいんですか?」

「えぇ。えてして娘というのは父親の知らないところで成長して、父親を驚かせるものです」

娘の成長の過程に父が介入するのは、蝶をサナギに押しとどめようとすることと同義だ。
父親は娘の成長のために生きるが娘の成長には関われない。だが無関心による放置ではない。それは娘に対する信頼なしにありえないものだ。

「若い頃はなんでもするべきです。シャルも、あなた方も、色んな人と、色んなことをすべきです。ですが、これだけはいわせてください」

「はい……」



124 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 22:19:06.35 ID:G+dXZQyK0

「困ったら、大人を頼ること」

年はくってますからね、と笑いながら照れるシャルの父。

「……わかりました。いずれそのときになれば、必ず」

「ありがとうございます。いやぁ、若い女性を前にして説教とは、私も年をとりました。すいません。それでは、私は娘の所へ行ってきます」

「おつかれさまです」

「あ……おつかれっす」

「どうも。お二人もお気をつけて」

シャルの父は再び重い荷物をいくつも下げて小児病棟歩いていった。

「あの、憎めなさ。親子だねぇ」

「シャルのお父さんは、本当にいい人だと思うわ」

「あたしの周りには、ああいう人は一人もいなかった」

「そうね。あんたにチャーミングなんて誰も言わないわね」



125 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 22:20:21.26 ID:G+dXZQyK0

和美の茶化しに、真紀は思い出したように、ほんの少し顔が火照る。

「惚れた?」

「馬鹿言え」

「顔赤かったじゃない」

「ああ言うこと、男に面と向かって言われたことがなかったからだよ。シャルくらいだったからな、他には」

「あの子らしい」

和美は微笑む。やっぱり親子だ、と真紀も微笑む。

「いい親子だ」

「えぇ」


「……ぜってー悲劇で終わらせねぇ」


「そうね。あの家族にはとびっきりの喜劇がお似合いよ」



126 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 22:21:30.52 ID:G+dXZQyK0
病室/  ~深夜~

嘆き続けた昨日とは打って変わって、シャルは静かにベッドの中で三角座りをしていた。
症状が気になって、父と医師が話す部屋までこっそり聞きに行った昨日のように、その気になれば動き回ることも可能だった。
だが、それをなす気力がなかった。

「……んっ……!」

シャルの身体が時々ピクンと痙攣する。それは果たして新薬のせいである、とシャルは思っている。
あの新薬が抜群に効いたと考えられたシャルのガンに、もう一度効果を期待してあの悪魔の薬が
使われた。だから、時折、身体に痛みが走って、身体を竦ませる。

「……っ。……痛いよ……」

シャルの目から涙がこぼれる。その痛みはあの頃と比べれば、魔法少女の身体である分マシであるが、それでも十分痛かった。

「和美……、真紀……、パパ……」

名前を呼ぶ。来てくれるとは思わなかったが、その名前を呼ぶだけで、少し、救われる気がしたのだ。
だが、彼女たちは来ない。実際に現れたのは……

「やぁ、シャルロッテ」



127 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 22:24:31.33 ID:G+dXZQyK0

QBはあの日と同じ窓際に座っていた。

「…………こんにちは、天使様……」

「あはは、そういえばシャルは始めそう呼んでたっけね」

「キュゥ、べえ……」

「どうかしたかい?」

シャルは全身を鈍く包む、圧迫感に似た痛みに晒されながら、QBに問いかけた。

「わたし、なんでまた病気になっちゃったの? 奇跡の力を借りて、あの日治ったよね! 
 なんで再発しちゃったの!? 何で!? 何でよ!!」

シャルは言葉を発するたびにヒステリックにエスカレートしていった。だがそんな彼女の行動にQBは、
まるでシャルの感情が理解できないとばかりに首をひねった。

「君の病気はあの時確かに治ったじゃないか。再発防止までは願ってなかったよね? だからじゃないかな?」

「そんなの……、屁理屈じゃない!!」



130 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 22:26:30.63 ID:G+dXZQyK0

「君たち人間はよく分からない。何故か自分のミスを他人に押し付けることだけには特化しているよね」

「なによ! なによそれ!」

「シャル。はき違えちゃいけないよ? 奇跡は有能だ。だけども万能じゃない。奇跡は君の思い通りに、
 都合よく願いを叶えてくれるシステムじゃないのさ」

「うそつき!」

シャルはQBの反論を聞こうともせず、枕を投げつける。QBはサッとよけ、枕は窓の縁に当たって床に落ちた。

「やれやれ……」

「帰れ! 帰って! もう来ないで!!」

騒ぎ立てるシャルを、QBは全く感情の無い双眸で見つめた。

「落ち着いてよ、シャル。僕は君と喧嘩をしに来たわけじゃない」

「うっさい! この身体が治るまで、お前とは口をきくもんか!」



131 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 22:28:31.13 ID:G+dXZQyK0
涙が溢れてくるのか、シャルは目をぎゅっと瞑りながら、QBのいる方向に乱暴な口調で叫んだ。
シャルはそのまま顔を膝に埋め、力いっぱい縮こまり、より一層三角座りが小さくなった。
このまま去ってしまうか、そう考えたシャルだが、その思考が冷静になった瞬間を見極めてQBは囁く。

「じゃあ、治してあげるよ」

QBの言葉を、あの日以上に信じられないという顔でシャルはQBを見上げた。

「な、んて……?」

「君の身体を直す方法を教えてあげる。僕がここに来たのは、それを教えるためさ」

「ほ、ほんと?」

「本当だよ」

「ほんとにほんと!?」

「うん」

シャルは、自分の身体の痛みが増したことさえ歯牙にもかけず、ベッドを降りてヨタヨタとした足取りで窓際のQBの元へ向かう。



132 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 22:30:16.05 ID:G+dXZQyK0

「教えて……!」

窓際で、シャルの膝は崩れ落ちる。身体が倒れないよう窓の下の壁の部分に両手を伸ばす。
上を見る。QBは外から入ってくる星月の明かりで、純白の体毛を輝かせていた。

「もちろんさ」

今、この姿をはたから見れば、神に救いを求める敬虔な信者のように見えたかもしれない。

「君は、傷の治りが早いとは思ったことは無いかい?」

そういえば、シャルはふと思い出す。昨日切って血が出た右手。その浅くない傷が何の処置もしていないのに綺麗さっぱり完治されていることを。

「それはね、君が魔法少女だからさ」

「……どういうこと?」

「魔女という恐ろしい敵と戦う以上、痛みの軽減と傷の回復能力は肝要だ。だから傷が完全に治るのさ」



133 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 22:31:44.31 ID:G+dXZQyK0

「じゃ、じゃあさ! なんでガンは治らなかったの?」

んーと、とQBはどう説明しようかという風に首を傾げてから、

「えっとね、魔法少女はソウルジェムがある限り、魔法の力で傷を回復できるんだ。分かるかい?」

シャルはなんとなく理解できたので頷いた。QBは続ける。

「ガン細胞が無くならなかったのは、癌は身体の傷ではなく異物だからなんだ」

「どういうこと?」

「例えば腕がなくなっても、それが傷なら再生できる。でもガンは変異した異物だ。
 例えるなら、そうだね……、身体の中に銃弾が残っていても、それが肉体組織に変化することはないということさ」

もしそうなら建造物に刺さったとき融合して大変だ、とQBは明るい調子で言うが、シャルはゾッとしていた。

「まぁとにかく。肉体の再生・強化を得意とするソウルジェムも肉体の変化までは可能じゃなかったということさ」



134 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 22:32:58.41 ID:G+dXZQyK0

「なんか、ゾンビみたい」

「何をいうんだい。これで君の身体は無敵だよ? 魔力さえあれば、君は怪我では死なない。
半身がなくなっても、また肉体が構築されるんだよ」

「……こわい」

シャルは、自分の身体が自分のものでなくなったような感じがして、恐くなり両手で自分の身体を抱きしめる。

「だけど、これで君は救われるのさ」

「え……?」

「僕は言ったよ? 治す方法がある、って」

「うん」

「ガンは異物だ。銃弾同様、肉体に変化することは無い。だけど、逆に考えてみて? 君は今、身体を銃弾に変えることが出来るかい?」

「そんなの――」



135 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 22:35:05.86 ID:G+dXZQyK0
出来るわけ無い、と言おうとして気がついた。いつもなら及ばなかった思考に、ピースが綺麗に嵌っていく。
シャルは勘のいいほうではなかったが、この時は分かった。きっと、生きることへの執念。
諦めない、生きることへの執念が呼び寄せた思考に、シャルは歓喜に鳥肌が立つ。

「からだは銃弾にはならない」

「うん」

「からだをガンに変えることもできない」

「人間の体内活動によるものならまだしも、ソウルジェムの効果では作れないだろうね」

「傷の再生のときに、ガンは作れない……」

「そうだね」


「ガンの部分を、傷つければ――」


「再生したとき、君の身体は健全な頃に戻るんだ」


健全な思考回路では全く及ばない悪魔的発想。シャルはそこに裏技のような抜け道を発見した気がして、湧き上がる喜びを抑え切れなかった。



136 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 22:36:37.80 ID:G+dXZQyK0

「だけどガンは転移するらしいから、傷つけると言うより、身体のすべて吹き飛ばす位の方が効果的かもしれないね」

「え、いや、でも。それはさすがに……。痛いし……」

「……これは戦闘時にデメリットがあるから教えたくなかったんだけど、」

「何?」

「魔法少女は痛みをコントロールできる。その気になれば完全に消すことだって出来るんだ」

「え! 何それ!?」

「ソウルジェムを握ってごらん」

シャルはQBに言われたとおりに、ソウルジェムを握り締める。

「じゃあ、痛いのが全部なくなるように、強く念じてみて」

シャルは嫌悪していた『痛み』を、強く思い出す。そしてそれが消えてしまうように、何度も強く強く祈った。


……すると、



137 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 22:37:22.18 ID:G+dXZQyK0

「ぁ……! あ……!」

身体を覆っていた痛みの膜が溶けてなくなる。シャルは今まで苦しめられてきた『痛み』に、とうとう勝ったと、喜んだ。

「いいかいシャル?」

喜びで正常な感覚が失われているシャルに、QBは話しかける。

「科学は君を無意味に痛めつけた。シャルに起こった魔法の奇跡が見えない彼らは、自分たちの手柄にするために君を傷つけ続けたんだ」

「うん」

「科学は信用ならない」

「そうだね」

「医者も薬も信用しちゃダメだ。魔法を、僕を信じてよ」

「勿論だよ、キュゥべえ!」

その瞳には何の疑いの色もなかった。



138 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 22:38:03.56 ID:G+dXZQyK0

「君は医者に安静にしていろって言われたけど、そんなことをしても君は助からない。自分の未来は、自分で切り開かなくちゃ!」

「わかったよ。どうすればいいのかな?」

「深夜になれば、監視は甘くなる。君は魔法少女に変身してここを抜け出し、魔女を倒すんだ」

「グリーフシードを手に入れて、回復分の魔力を溜めるんだね」

シャルの勘は、今、人生で一番働いていたことだろう。

「察しがいいね」

「わたし、やるよ!」

「和美にも真紀にも、手伝ってもらうかい? 尤も、彼女たちは夕方にも戦ってるから迷惑になるだろうけど」



139 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 22:41:25.70 ID:G+dXZQyK0
シャルはその言葉に顔を顰め、

「じゃあ、いい。わたし一人でやる」

シャルはお荷物扱いされるのが嫌で、これまでに自分を磨き上げてきた。

「わたし、二人と同じくらい強いかな? どう思う、キュゥべえ?」

「何ともいえないね。直接君たち同士が戦わない限り、その結果は分からない」

「そっか」

だが、シャルのそれはただの確認作業。わからないと言われたところで、一人で魔女と戦う決心が揺らぐことはなかった。

「わたし、やるよ」

シャルロッテはソウルジェムを輝かせると、魔法少女に変身する。



140 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 22:42:04.17 ID:G+dXZQyK0

「行ってくるね、キュゥべえ」

シャルは窓から身を乗り出す。QBは激励のようにシャルに言う。

「君たちの中で誰が強いかは分からない」

「?」

「でもね、君たちは強い」

「……」

「もうお荷物なんかじゃないよ」

「……!」

「君は立派な仲間だ」

ありがとうキュゥべえ、とQBに感謝し、シャルロッテは窓から星月とネオンの明かりが照らす夜の街に飛び込んでいった。



141 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 22:43:27.81 ID:G+dXZQyK0
町外れ/  ~翌日の夕方~

「……おかしいわね」

和美は怪訝そうに呟く。

「昨日はこの辺に魔女らしき反応があった気がしたのだけど……」

「くっそ……。昨日見つけらんなかったのがいてぇな」

「移動したのかもしれない。だけど、そんな簡単に魔女が移動するとは思えない」

「新しい餌場が見つかったか……つっても早いな」

「相手がこっちの事情を把握してかく乱を狙っているわけでもないでしょうし……」

「……だれかが倒してる、は、ないか……」

「誰? って話よね」

「キュゥべえが新しい魔法少女と契約してたら話は別だけどな」

「それなら言うでしょう。一人でも人員が欲しい今なら尚更」

「だよなー……」

「とにかく、魔女を探すわ。別のでも構わない。一匹でも多く」

「ん、ラジャー」



142 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 22:45:45.01 ID:G+dXZQyK0
病院/  ~深夜~

「昨日より顔色はよくなったね」

「キュゥべえのおかげだよ」

シャルは魔法少女の格好に変身し、軽く準備運動のように身体を動かす。痛みがなくなったからか動きはよさそうだった。
とはいえ、理由は他にも有る。

「いやいや、一人で、それもその魔力の少なさで魔女を倒した君の実力のおかげさ」

「たまたま相性がよかっただけだよ」

シャルのソウルジェムは僅かながら昨日より澄んでいた。

「ソウルジェムが綺麗になればなるほど、魔法の威力も回復量も増す。倒せば倒すだけ、君は順調に救われていく」

「だんだん簡単になるなんて、……ほんと、ラッキーだよね」

「そうさ。だから今日も気を抜かずに頑張ってね」

「うん!」

シャルは窓から飛び降り、常人の域を超えた跳躍で病院の周りに巡らされた壁をこえる。
さすがにそんな動きに対応していない壁も監視システムも、シャルの動きを捉えることは叶わない。

「……ぜったい、絶対。生きてみせる……!」

風のように駆け抜けていくシャルの小さな呟きは、彼女以外に聞き取ることは出来なかった。



143 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 22:48:37.36 ID:G+dXZQyK0
人通りのない団地/  ~休日の昼~

連続する破裂音。異形のそれは怯え、甲高いカエルのような悲鳴を上げて逃げ去っていく。

「くっそ……」

戻った景色の中で、真紀は舌打ちをする。今回の敵も使い魔だった。
彼女はまた逃がさざるを得なくなり、面白くない感情が沸いてくる。真紀は携帯を鳴らした。

「おっす、和美。そっちは?」

だが、結果は向こうも同じらしく、短い会話を終了させた真紀はため息をつく。

「悪いことってのは続くもんだなぁ……」

真紀はソウルジェムをかざす。反応はない。仕方なく真紀は別のところに向かうとした。

「アタリメにウオノメだっけ? こーいうの」

真紀はバイクに跨って、隣町の領域に踏み込まないぎりぎりの位置を走ってみることにした。

「嫌な流れだ……」

真紀は曇った空を見上げる。



144 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 22:50:51.38 ID:G+dXZQyK0
街の大通り/   ~同時刻~

「ここも、だめか」

和美は苦い顔をする。ここ最近魔女と全く遭遇しない。数日前は反応だけでも確認できたのに、今では使い魔以外出会わない。
いや、それどころか、徐々に使い魔と遭遇することさえなくなって来ている。

「まさか、他の地域に移動したなんてことは無いでしょうね……」

嫌な想像に、和美は爪を噛む。

「それとも他の地域の魔法少女が倒しに来たか……、それだと一番最悪ね。キュゥべえに聞いてみようかしら」

その時、ポケットの携帯がなる。発信者は真紀だった。
ここ数日は遭遇度を上げるために、それぞれで探索することになっていた。和美は魔女関連の情報かと思い電話に出る。
だが、どうやら使い魔にであっただけらしく、こっちの情報を聞くための電話のようだった。



145 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 22:54:41.37 ID:G+dXZQyK0

「だめね、こっちは使い魔すらいないわ」

「そうか……。不本意ながら逃がしまくってるのに、魔女になるどころか消えちまうんだもんなぁ」

それは和美も同じ思いを抱いていた。先頭を避けていれば敵が増えるのが道理である。
なのに日を負うごとに使い魔との遭遇頻度は減っていく。はっきり言って異常だった。

「えぇ、こちらはまだここで調査するわ。えぇ。それじゃあ、また」

和美は電話を切る。もれるため息は抑えられなかった。

「シャル……」

事態が進展しないので、つい、和美はシャルのことを思い出した。シャルはきっと今も病気と闘うために痛い思いをしているのだろう。
そう思うと、和美の焦りは増す。せめてどうか安静にして、少しでもガンの進行を遅らせて欲しいものだけど……、と和美は思う。

「シャル、きっと助けるから」

私たちを信じていて。和美がその呟きは、街の喧騒に掻き消える。



146 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 22:57:53.50 ID:G+dXZQyK0
人通りのない団地/  ~深夜~

ぐえっ、と厳つい見た目とは裏腹に、カエルの様な断末魔をあげて異形のそれは果てる。

「……はぁ、はぁ……。……またなの!?」

シャルは電信柱にもたれる。激しい運動はしたつもりではなかったが、ここ最近、身体が重い息もすぐに切れる。
だが苦しくは無い。だからシャルはまだまだ大丈夫だとその身を酷使した。

「また、使い魔……」

だが酷使した結果、得られるのは徒労だ。勿論、使い魔を逃がすわけには行かない。
逃がした使い魔は人を殺す。どれだけ追い詰められても、これを見逃すわけには行かない。
二人の仲間なら、きっとそうはしないと、シャルは思っていたからだ。

「ソウルジェム……、まずいな」

シャルは自身のソウルジェムを見る。計3体の魔女を倒しぬいたとはいえ、その戦いの最中に燃費の悪い魔法は使うし、
痛みを抑えるために常時魔力は消費されていく。さらにここ最近は使い魔しかいないので回復すらままなら無い。

事態は、確実に、悪化していく。



147 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 23:02:23.26 ID:G+dXZQyK0
病室/   ~夕方~

「そればっかりはどうしようもないよ。僕が使い魔や魔女を産んでいるわけじゃない」

「うん、でも……このままじゃ……」

「大丈夫さ。信じるものは救われる、だよ」

「……うん」

その時、病室の扉が開く。QBは隠れようともせず、ベッドの上に座っていた。

「シャル、起きていたのか」

「パパ……」

色とりどりの花束を片手に現れたのはシャルの父だった。彼は荷物を置き、花瓶の中の花を取り替える。
せめて雰囲気だけでも明るくしようという、父親の涙ぐましい努力であった。


「…………」

シャルは終始沈黙していた。



148 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 23:03:05.61 ID:G+dXZQyK0
病室/   ~夕方~

「そればっかりはどうしようもないよ。僕が使い魔や魔女を産んでいるわけじゃない」

「うん、でも……このままじゃ……」

「大丈夫さ。信じるものは救われる、だよ」

「……うん」

その時、病室の扉が開く。QBは隠れようともせず、ベッドの上に座っていた。

「シャル、起きていたのか」

「パパ……」

色とりどりの花束を片手に現れたのはシャルの父だった。彼は荷物を置き、花瓶の中の花を取り替える。
せめて雰囲気だけでも明るくしようという、父親の涙ぐましい努力であった。


「…………」

シャルは終始沈黙していた。



149 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 23:13:05.51 ID:G+dXZQyK0
「シャル、今日は一段と元気が無いなぁ」

「……大丈夫だよ。大丈夫……」

シャルは二度呟く。その口調はどこか、自分に言い聞かせているような調子だった。

「……そうか」

シャルのパパは花瓶の中の水を替えるため、部屋を出ようとする。水道は室内にあるが、洗面台と蛇口の間隔が狭く、背の高い花瓶に水を入れるのは難しいのだ。

「シャル」

父親は去り際に、シャルに話しかける。

「悩んでることがあれば、いつでもパパを頼ってくれ」

「…………」

シャルは目線さえ父のほうを向かなかった。それを見て、シャルの父は、「そうか」と呟いて部屋を後にした。



150 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 23:14:40.32 ID:G+dXZQyK0



そして、その夜、事態は大きく動き出す。




151 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 23:20:50.84 ID:G+dXZQyK0
病室/  ~夜~

時刻は10時。小児病棟は既に消灯していた。だが、シャルは眠らずに、もっと夜が深くなるのを待っていた。しかし、

「シャル! 大変だ! 魔女が現れた!」

その時はQBがいつもより早く現れた。

「魔女!? キュゥべえ、それほんと!?」

「あぁ、あれは使い魔じゃなくて魔女だ! シャル、いこう!」

「う、うん」

ソウルジェムを手に取ると、強く光っていたことに気がついた。

「これは……!」

「そうだ、魔女はすぐ近くだよ! 急いで!」

「うん!」

シャルは魔法少女になると、キュゥべえの指示する方向へ飛び去った。



152 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 23:23:18.46 ID:G+dXZQyK0
和美の部屋/  ~同時刻~

携帯がなる。相手は真紀だった。こんな時間になんだろうと、訝しみながら、和美は通話ボタンを押す。
すると、いきなり真紀は大声で怒鳴りだした。

「魔女の反応がでた!」

「なんですって!」

和美は驚きのあまり立ち上がってしまう。

「今どこ!?」

和美は真紀の居場所を聞く。そう遠い場所ではなかった。

「わかった。すぐに合流する!」

和美は自転車で行こうとしたが、例え人目に付いてでも早く行きたいと思い、変身して屋根伝いに目的地へ駆け抜ける。



153 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 23:27:18.40 ID:G+dXZQyK0
魔女の結界/ 

「ぅっ……!」

まるで毒をもったキノコの様な赤と黒、かと思えば深い海のような青に絵の具のような黄色。
そして緑、紫、茶色とそれぞれ統一感の無い様々なはっきりとしたカラーが蔓延る魔女の世界。

「やぁ!!」

鉄で出来た金平糖を振り回す。その威力は申し分なかったが、やはり大きさも、量も少ないといわざるを得なかった。
それぞれの色からポコポコと人の形をした使い魔が生まれてくる。
使い魔たちは真ん丸の口を開け、円形の口に沿うように生えた鋭いノコギリ歯で噛み付こうと、口を先端にして、ロケットのように飛んでくる。



154 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 23:32:10.57 ID:G+dXZQyK0
シャルは杖を振るって金平糖を動かす。
シャルはソウルジェムが濁るのを覚悟して、更に分裂させる。それは相手を倒す意味でもあったが、守る意味合いの方が強かった。

「………………」

シャルは後ろの少女を気にかける。腕に包帯を巻いたその少女は、目には光がなく、夢遊病患者のようだった。
だがよく見ると首には魔女の口付けの跡がある。呼び寄せられたのだろうと、シャルは感じ取った。

「ぐっ……」

身体がよろめく。魔力が尽きてきたのを感じる。だが、使い魔の出現は一向に止む気配は見せず、
未だ魔女も、後方に立ち尽くして戦いに来る気配は見せなかった。



155 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 23:34:05.68 ID:G+dXZQyK0
『…………』

魔女も同じような大きさの人型だった。だがその肌は安物の陶器のようにつるつるとしており、唯一この結界内で真っ白色だった。

『…………』

魔女が近寄らない、そして近寄れない。この状態にシャルは焦れていた。魔法は残量が限られてきた。
だが使い魔の攻撃はむしろ激しさを増すばかりだ。

やっぱり、わたしはお荷物なのだろうか。守らなければ生きていけないのだろうか。

苛烈な攻撃を前にシャルは気弱になる。だが、

「死んで、たまるかぁ!」



156 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 23:37:06.86 ID:G+dXZQyK0
涙ながらに、更に弾数を増やし薙ぐように振り回す。

「嫌だ! 嫌だ! 死にたくない! 死にたくないっ!!」

その様子は発狂しているようにも見えた。駄々っ子のように、やけくそと言わんばかりに、シャルはその無限の敵にお菓子を振り回す。

「くるな! くるな!」

目に見えて増えていく敵。身体が訴える魔力残量の少なさ。明らかにシャルは押されていく。

「こないでよぉ!」

一か八か、振り回していた金平糖を、銃弾の速さで射出する。その一撃に、使い魔たちは壊滅させられた。だが、



157 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 23:41:45.19 ID:G+dXZQyK0
「う、そ……」

カラフルな壁から隙間なく人のロケットが増殖してくる。傍目には、壁が厚くなった様にさえ見えたかもしれない。

「う……ぅぁ!」

シャルは杖を構える、しかし足がもたついて尻餅をついてしまった。使い魔たちがシャルを食いちぎらんと矢のような速度で飛んでくる。



死んだ。



158 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 23:44:45.17 ID:G+dXZQyK0

そう思った。

だが刹那、旋風が弾幕をなぎ払う。更にそこから連続した轟音が発せられ、無数の使い魔を打ち抜いていく。

「か……ずみ?」

シャルはキチンと発音できなかった。そしてそこで初めて自分の口が乾ききっていたことに気がついた。

「まき、も」

二人はシャルの方を向かずに、残存した敵戦力を一掃する。シャルは杖を握りなおし、よろよろとたちあがる。

「大丈夫だった? シャル」

和美の言葉も表情も、どこか固かった。だが今のシャルでは気付けない。

「うん」

「そりゃ何よりだ。和美、次来るぞ!」



159 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 23:48:07.33 ID:G+dXZQyK0
使い魔たちは、てんでバラバラに発生し、4人目掛けて飛んできた。真紀はそれらを次々打ち落とす。

「わかったわ」

「わ、わたしも!」

シャルは杖を構えて、金平糖を生み出す。だが、和美はシャルの手を強く握り、

「帰りなさい」

「え……?」

「帰りなさいと言っているのよ」

「な、なんでよ! みんなといれば、わたしだって戦える!」

その一言に、和美は

「なにいってるの! あなたが外に出ちゃ、戦っちゃ意味が無いでしょう! あなたは病人なの。お願いだからおとなしくしててよ!」



160 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 23:51:57.12 ID:G+dXZQyK0

「な……、なんでよ! わたしは……、わたしだって、戦える! 戦ってた! 
わたしがいなきゃそこの女の子は死んでた! わたしを、病人扱いしないでよ!」

「いえ、あなたは病人よ」

「!?」

「今、あなたにいられたら迷惑なのよ!」

「……っ!」

「シャル、頼むよ。せめて安全なとこにその子を連れて避難してくれ」

真紀の提案は尤もなもので、道理であった。だが、シャルは、そんな理屈は歯牙にもかけず、
ここから離れたくないという考えがぶれる事はなかった。小学生を理屈で黙らせることは容易ではない。



161 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 23:55:33.99 ID:G+dXZQyK0

「大丈夫! 戦いながら、守れるよ! さっきもそうしてきたもん!」

そしてついに、聞き分けのないシャルに和美が激昂した。

「無茶言わないでよ! そうやって無理して戦って、どうなると思うの!? もし病状が悪化するようなことがあったら、
 あなたを守ろうと必死で戦ってきた人はどうなるのよ!?」

「そうやってすぐ病人扱いしないでよ! 今の私は魔法少女なの! 病院のベッドで何もできないで痛がってるあたしじゃないの! 
 病気だからって、ちっちゃいからって、ただ守られてるなんて……もういやだ! あたしは、あたしはっ……!」



163 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/19(日) 23:59:26.80 ID:G+dXZQyK0

もうお荷物なんかじゃないよ 


「お荷物なんかじゃなくって……」


君は立派な――


「仲間なんだからぁ――っ!!」


シャルは魔女とその周りの使い魔に向けて魔法を発した。
今までとは比にならないくらいの大質量・大物量のお菓子の凶器。
使い魔を巻き込んで上昇したそれらは、空を埋め尽くし、敵に殺到しようと――

「……ぁ、」

その瞬間、シャルの身体から急に力が抜けた、周囲と五感が隔絶され、そのまま意識が遠のいていった。



172 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 21:08:40.74 ID:CwP1+qbS0
病院/

シャルが目を覚ますとベッドの上で、時刻は朝の6時を回っていた。重い身体を動かしながら辺りを見回す。
すると彼女が寝ているベッドの横の窓にQBが座っていた。

「おはよう、シャルロッテ」

QBは昨日の顛末を話してくれた。

曰く、和美と真紀はその後魔女を倒し、手に入れたGSをシャルに使った。
今シャルがこうして生きているのは彼女たちの行為のおかげだと。シャルのソウルジェムは昨日よりも輝きを取り戻していた。
とはいえ、予断を許さないことには変わりは無い。そこでQBは話を打ち切ったが、シャルはもう一つ、聞きたかったことを聞いた。



173 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 21:09:38.94 ID:CwP1+qbS0

「あの女の子は、大丈夫だった?」

シャルにしてみれば、ほんのちょっとした確認作業に過ぎなかった。しかしQBは

「そうだね。生きているよ」

シャルはQBがいつもの表情なのに、何故か怖く感じた。その先を聞いてはならないような気がした。しかしQBは続けた。

「まぁ君たちの言う大丈夫が、生きている以外の意味もこめているのならばダメだけれど」

「どう、いうこと?」

「生きている、大丈夫。だけど無事ではなかったということさ」

「そんな! 酷い怪我をしたの?」

「いやいや」

「じゃあ……!」



174 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 21:11:02.20 ID:CwP1+qbS0

「意識不明の重体ってやつさ。酷いなんてものじゃないよ。目も当てられない。
 奇跡的に神経系と循環器系の中枢が無事だったけど、そのほかはぐちゃぐちゃだ。生きているのが不思議なくらいだ!」

愕然、と。顔を真っ青にして、涙を目じりに浮かべるシャルロッテに、QBは「大丈夫さ」と慰める様にいう。

「大丈夫、なの……?」

「あぁ! 絶対にバレやしないよ!」

「え……?」

疑問の表情を浮かべるシャルにQBはためらいもなく言う。

「当たり前だろ? 自分たちの科学技術を妄信する人間たちに原因が魔法によるものだなんて信じられるものじゃない」

「え? ……え?」



175 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 21:12:19.29 ID:CwP1+qbS0
「きっとこの時代の彼らはトラックに轢かれたとでも考えるだろう。そうして近くにいる本当の加害者を見つけられないまま迷走するのさ」

「ま、まってよQB! わたし、なに言ってるか全然わかんないよ……?」

するとQBは、あぁそうかとわざとらしく言ってのけ



「君はその少女の重体の原因が自分であることに気付いて無いんだね」



176 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 21:14:06.76 ID:CwP1+qbS0
病院の廊下/


シャルは「痛みは無い」さび付いたように動かない身体を引きずって病院内を歩いていた。

外科というものが何処にあるかは、2年以上同じ病院にいれば知れるものだ。
シャルは見慣れた病院の行き慣れていない道を壁を這いずるように歩きながら、QBの話を思い出していた。



177 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 21:15:32.83 ID:CwP1+qbS0

「君は最後にありったけの魔力をこめて特大の魔法攻撃を使用した」

「でも君は最後の最後で倒れた」

「病気に身体が冒されていたことに気付かなかったんだね」

「知らないうちに動ける身体ではなくなっていたということさ」


痛みとは身体の異常を訴える信号だ。そんな話を今更思い出したシャルだった。


「おっと。話がそれたね。まぁとにかく君は倒れた。特大の攻撃を残して」

「するとどうなると思う?」

「君の放った魔法はターゲットを定めないで四散し、無差別に攻撃が着弾した」

「それは魔女に甚大な被害を与えた」

「だが同時に、圧倒的な物量攻撃を防御し切れなかった高島和美にも、加川真紀にも大きなダメージを与えた」

「そして勿論、あの一般人の少女にもね」



178 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 21:18:12.53 ID:CwP1+qbS0

「凄かったよ! あの瞬間誰もが動けなかった! 君の攻撃は全員が防御に徹してもダメージを与えるくらいに強力だったんだ! 
 君は誇っていい! 君はその気になれば高島和美よりも加川真紀よりも強くなれる魔法少女だったんだよ!」


強くなりたいとは思った。だけどそれは病人扱いされて、子ども扱いされて、いつも守られるだけじゃ嫌だったからそう思ったんだ。
二人に胸を張って、わたしも仲間だよって、わたしだってみんなと並び立てるんだよって……そう言いたかったからなんだ。だから――


「高島和美も加川真紀も負傷して、ソウルジェムも随分濁った。あれはすぐに治る傷じゃない。とくに高島和美の方はね」


こんなの、なにが誇れるんだ……。


「高島和美はあの猛攻撃の中で君を助けようとしていた。だからだろうね。防御に徹しなかったから、最後に致命打を受けた」


なにが普通の女の子だ……。ばかだ……。ばかじゃないのか。
結局わたしはみんなに守られる存在で、足を引っ張る存在なんだ……。



わたしは……みんなのガンだ。世界のガンだ。いたらみんなを苦しめるんだ……。



179 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 21:21:25.26 ID:CwP1+qbS0

そうして、シャルは外科病棟に着いた。

幸いこの時間帯手術をしているのは一箇所だけだったので音のほうへと向かっていればすぐに見つかった。
二人の大人が『手術中』と書いてある赤い看板の前に有る椅子に泣きながら座っている。
きっと家族なんだろうなと、消えたはずなのに痛む胸を押さえて見つめる。少女の両親が悲痛な表情で両手を祈るようにして待っている。
あたしもそれを真似る様に祈り、目を瞑る。


(神様……あの子は悪くないの、いや、ないんです。お願いです。助けてあげてください。
 悪いのはわたしです。全部あたし。ぜんぶぜんぶ、ぜんぶわたし。だから……)



そのとき、『手術中』のランプが消えた。



少女の両親も、廊下の隅の方に隠れていたシャルも扉のほうへ寄って行く。
扉はシャルが近づく前に開いた。ここからではなんと話しているか聞こえない、とシャルは近づいていこうとする。
が、その足が止まった。




少女の父親が慟哭して崩れ落ちた。



180 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 21:23:13.21 ID:CwP1+qbS0

母親もそれに寄りかかる。この光景を見たシャルは頭が真っ白になった。
だが身体だけは鋭敏に動き、先程まで引きずって来たとは思えない動きで逃げるようにしてその場から逃げた。

外科病棟を抜け、ロビーを通り、小児病棟に入り、階段を這って、自分の部屋に入ろうとした、
しかしその瞬間遂に身体に限界が来たのか、その場に転んでしまう。


ポケットの中のソウルジェムを見ると再び昨日のように黒ずんでいた。


起き上がる気力はなかった。起き上がったって、なにが出来るというのだ。
シャルは笑う。声にも出さず、涙を流し、悲痛な表情で笑う。



181 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 21:24:34.11 ID:CwP1+qbS0

シャルには夢があった。
パティシエになって、小さいお菓子屋さんを開いて、結婚して……そんな年相応の少女らしい夢があった。
旦那さんと一緒にケーキ屋さんを切り盛りして、たまにつまみ食いをして怒られて、でも美味しいお菓子が出来たときとか、
お客さんに美味しいって言ってもらえたときには楽しく笑いあって。


……そんな、ふつうの少女が描く、ふつうの夢。


楽しい未来が幸せが、きっと訪れるという、そんな夢。
 


182 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 21:26:20.91 ID:CwP1+qbS0


でも、現実は違った。

シャルロッテはがん患者で、余命はもう尽きようとしていて、お菓子は作れないばかりか、好きに食べることさえままならない。
恋愛だってしたことはない。誰だってシャルに気を遣って寛容で、笑うときでも同情の色が見える。

シャルは先の無い病人だった。



仕舞いには、人を殺した。

自分より遥かに未来があったであろう少女を、殺してしまった。



183 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 21:28:21.99 ID:CwP1+qbS0


「もう……いやだ、よ……」


もう、誰の迷惑にもなりたくない……。誰も傷つけたくない。

もしわたし自身がこの世のガンだとしたら、先生、早く取り除いてよ。

ガンの痛みも苦しみも、わかるんだ、わたしは。痛くなくなっても、覚えてるんだよ。
それくらい苦しいんだ…………。だから、誰も苦しめたくない。

痛いのも、つらいのも、痛くするのもつらくするのも……もう……いやだよ……。


だから、お願い。わたしを取り除いて。





「わたし、殺して……」







シャルロッテの手から転がり落ちたソウルジェムは、彼女が思い描いた癌の様な色をしていた。



186 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 21:50:42.19 ID:CwP1+qbS0



異変はすぐに感じ取れた



187 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 21:52:02.59 ID:CwP1+qbS0
和美の部屋/   ~夜~

魔女が街にあらわれたことは分かっていた。
キュゥべえが伝えてくれたと言うこともあるが、それ以上にソウルジェムが強く反応していたからだ。強い魔女だろう、と感じた。

「そう、あなたも無理なの……」

ベッドで安静にしながら、和美は電話で真紀と話していた。ソウルジェムの魔力を普段より多く回復に当てたものの、
さすがに傷が傷だったので未だ完治とはいかなかった。早くても、動けて明日、全快なら4日ほどはかかる見通しだ。

「ま、あたしは明日には完璧に治ると思うけどな、さすがに半端な体調でソロ挑みするほど無謀な性格してねぇよ」

「そうね、今回の魔女、強そうだものね」

「あぁ、万全を期すに越したこたぁない。貴重なグリーフシードだ。慎重に行かないとな」

「そうね……」

「あー……。ところでよ、動けるようになったら、その、どうだ、シャルの見舞いにでも行くか?」

「…………」

俄かに落ち込んだ様子を見せた和美。電話越しでは視覚的に見ることは出来なかったが、真紀にはその様子が感じ取れた。



188 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 21:53:23.70 ID:CwP1+qbS0

「……お前は間違ってなかったよ。だけど、たまにゃそういうこともあるんだ」

「そうかしらね……」

「感情的になったのはだめだったがな。あれじゃ意固地になるだけだよ」

「……そうね」

「…………」

「…………」


「あーー! ウザイっ!!」


「!?」ビクッ!


「なんだあんた! ほんとメンタルが豆腐だなおい。崩れやすすぎだろ」

「ご、ごめん……」

「感謝なんてされないって、分かってたはずだろうが」



189 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 21:54:02.68 ID:CwP1+qbS0

「……そうね」

「ったく、ほんと、自信の波が激しすぎだろ……」

「ごめんなさい。でも、つい不安になるのよ。大切であればあるほど」

「あいつだってそうだろ」

「え?」

「あいつだって、除け者にされたくなくてあんだけゴネたんだ。『仲間』って場所が、タマ張ってでも
 守り通したくなるくれーに大切だったんだ。だから今は、不安だろぉよ、あいつも」

あたしもな、と真紀は付け足す。



190 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 21:55:49.91 ID:CwP1+qbS0

「……明日は、時間空いてる?」

「あたしは、ガッコいってねーからな」

「それは好都合ね」

和美は、真紀と待ち合わせの場所と時間を決めた。

「じゃ、また明日」

「おう、またな」

ピッ、と携帯の電源を切り、和美は再びベッドの上に倒れこむ。和美は天井を見ながら決心した。
明日は、謝ろう。そしてシャルに告げよう。ちょっと誤解と諍いがあったけど、互いが思うままに行動していれば、
それもありえることだった。だから、全てを話し合おう。隠すことはない。

「私たちは、仲間なんだから」



時計を見る。明日がすぐそこであることを、白い時計の針が知らせてくれた。



191 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 21:56:59.88 ID:CwP1+qbS0
魔女の結界/

「はぁっ……! はぁっ……!」

楽勝だと思っていた。あまりに抵抗がなくて、とんでもない雑魚だと思った。実際そうだって言われた。
だからわざわざ隣町のエリアまで倒しに来た。なのに、なのに……!

「キュゥ……べえっ!!」

(よんだかい?)

「出てこい! どういうことよ! 何であんな化け物だって教えてくれなかったの!?」

(それは個々の主観によるものだからね、僕の口からではとても……)

「何言ってんのよ! あんなの勝てっこないじゃん!!」

あんな魔女、どうやって勝てんのよ!? 反則にも程がある!!

(さぁ、僕が魔女を産んだわけじゃないから、そこは分からないよ)

「ふざけんな! 薄情よ! 詐欺師! 似非マスコット!!」



192 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 21:59:01.38 ID:CwP1+qbS0

(やれやれ、酷いなぁ。君たちはいつもそうだ。心地よい言葉ばかりを受け入れ、耳に痛い真実は排除しようとする。わけがわからないよ)

「なに言って、……!」

来た! あれが……、あれに追いつかれた!

「わかった、ごめん。ごめんねキュゥべえ! 謝るから、謝るからさ、助けて、ね? 助けてよ!」

(僕は戦いはからっきしだ。君も知っているだろう?)

「そこをなんとかお願い! ねぇ! ほら! 奇跡! 奇跡の力でやっつけてよ! ねぇ!」

(いやいや、不可能に決まっているじゃないか)

「いいから助けろってマジで! ねぇ! 助けろよおおおおぉおお!!!」

(…………)


ズルリ……


「ひっ……! う、うあぁあああああああ!!!」



193 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 22:00:48.18 ID:CwP1+qbS0
病院の外の木/

やれやれ、さすがにかなわなかったようだね。まぁいい。そもそも勝ってほしくもなかったし。
それにしても、あれ位の強さがあれば大丈夫かな。魔女になった時に強いエネルギーを確保できたし、今回は上出来だ。
ま、できればあの二人も後に続いて欲しいけど、それは高望みだろう。
いや……そうだね、この方法ならば可能性はある。機会があれば、ぜひ試してみるとしよう。

それにしても詐欺師か。酷いよね。詐欺師は自分のために人を利用する悪い奴だ。

だけど僕は宇宙のために、人間を利用して、利用して利用して利用して利用しつくす。
限りある資源を無駄なく最後まで使い切る、節約家だよ。人間の世で言えば、エコさ。

「さて皆、宇宙のために死んでくれるかな?」


木に紛れるその存在に気付くものは誰もいない……。



194 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 22:02:00.13 ID:CwP1+qbS0
病院前/     ~翌日・昼~

その変化は顕著だった。

「なによ……、これ」

病院の一室から、大きな黒い歪みが見える。それが魔女の結界が発動している証だと気付くのに、
少し時間を要した。

「てか、おい。あの部屋って……!」

見間違えるはずはない。たった一室しかないダンボール張りの窓。その部屋。

「し、シャル!!!」

駆け出しそうになる和美を、真紀は全力で押さえつけた。

「何するのよ!? 離して!」

「落ち着け! 気持ちは分かる!! だけどこのレベルの魔女とその身体で戦うつもりか!?」

「でも! シャルが! シャルが!!」

「あいつは……きっと無事だよ! 魔力だって回復していた。逃げるくらいなら、どうにでもなったはずだ!」



195 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 22:03:07.04 ID:CwP1+qbS0

「でも、あの子、きっと逃げないわよ!」

「……ぅ」

真紀も心の中ではそう思っていたのか、図星を疲れて様に口ごもる。和美は真紀の手を払い病院に近づく。

「やめとけ! ほんとにその身体じゃ死ぬぞ!」

「……わかってる。大丈夫よ。自分で一番分かってる。念話でいるかどうか探すだけよ」

「そ……、それならいいんだけどよ」

和美と真紀は、結界に踏み込まないようになるべく外から念話でシャルに呼びかける。

(シャル!? 聞こえる!?)

(おいシャル! いたら返事してくれ!)

しかし、二人の呼びかけに反応はなかった。仕方なく二人はシャルの病室の歪みを中心にして、
大きくグルリと円を描くように移動して呼びかけ続ける。だが、一向に反応は返ってこなかった。



196 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 22:05:03.33 ID:CwP1+qbS0

「どうしよう……」

「…………」

もし、病院内を逃げ惑っている最中なら、今の念話で反応してもおかしくない。
だが、反応がなかったと言うことは、例えば念話が届かない距離の中心部で隠れているか、気絶しているのか、それとも……

「逃げたんだよ。逃げ延びたんだよ! 絶対……」

「…………」

「絶対さ……あぁそうだ。違いない。絶対だ」

そういっている真紀も信じたくない気持ちとは裏腹に、今のこのリアルに押しつぶされそうだった。
まだ仲間の死も、ともすれば親戚の死すら経験していない高校生の彼女たちに、この事実はいくらなんでも重すぎた。
いつもなら気丈に振舞っている真紀も、この時ばかりは青い顔で、目尻に涙すら浮かべていた。



197 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 22:06:17.39 ID:CwP1+qbS0

「そうだ」

「……何だよ?」

「キュゥべえに聞いてみましょう」

「え?」

「もしも、例え、その、もしシャルが魔女に……殺、されていたとしても! ソウルジェムが無事なら、まだ望みはある!」

「どういう……?」

「つまり、シャルは魔女と戦って、魔力を使い果たして負けた。その時、ソウルジェムが真っ黒で回復が出来なかった。
 だから今は、その、死んだようになってるのよでもソウルジェムさえ無事なら!」



203 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 22:16:16.95 ID:CwP1+qbS0
真紀の家/   

「今、親いないから。どんだけ叫んでもまぁ大丈夫だ」

真紀の家はシャルの病院から比較的に近いところにあった。
加えて両親不在で人目を気にせず話し合うのに絶好の場所であったので、真紀と和美はここに来ていた。

「叫ばないわよ」

「どーだか。あんたはシャルのことになると白熱しすぎる」

「う……」

「いや、責めてるわけじゃねーよ」

二人の雰囲気はいくらか和らいでいた。少なくともこれからやろうとしていることは今までと変わらない。
魔女を倒して、シャルを救う。その図式は一緒だった。

「ソウルジェム、どうだ?」

「だいぶ曇ってきたわ」



204 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 22:18:12.81 ID:CwP1+qbS0

和美はポケットからソウルジェムを取り出す。それに習って真紀も取り出す。
真紀の方が若干澄んではいたが、どちらも黒いことには変わりなかった。

「……相性のいい魔女だといいけど」

「そればっかりは、祈るしかねぇな……」

真紀が部屋の扉を開ける。思っていたよりも殺風景な部屋で、和美は少し驚く。

「なんもねーだろ?」

「え、いや……」

「いいんだよ、無趣味な部屋で。無趣味だと金が余る」

その言葉に、理屈以上の何かがあるような気がして、和美はこの話題から離れた。

「それで、キュゥべえ。いるんだろ」

真紀の声を待っていたようにして、キュゥべえが窓から入ってくる。



205 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 22:19:09.43 ID:CwP1+qbS0

「やれやれ、僕はいっつも君たちの傍にいるわけじゃないんだけどなぁ」

「でもいただろ?」

「事実だね」

そんなやり取りに和美が割って入る。

「キュゥべえ。お願いがあるの。シャルは、その、無事なの?」

二人がキュゥべえを見つめる。キュゥべえは一呼吸置いて

「大丈夫だよ。シャルロッテは生きてる」

その言葉に二人は明らかに安堵した。和美は両手で口を押さえて喜び、真紀は力いっぱい手を握りしめた。

「ちなみに、それは! 逃げた、という解釈でいいの?」



206 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 22:20:02.46 ID:CwP1+qbS0

「いや、シャルロッテはまだ病院にいる。移動した様子はない」

「そ……、っか。てことは、その、そういうことか……」

真紀はつまりそういう事態が起こったのだと認識した。横を見ると和美も同じように解釈しているようだ。

「ねぇ、キュゥべえ。ソウルジェムってね、どれだけの傷を、どれくらい放って置いても完治するものなの?」

二人は息を飲む。

「そうだね、理論上ソウルジェムが無事であって、なおかつ回復分の魔力があれば問題ないよ。
 身体の破片が一つでも残り、完全な状態のソウルジェムが残っていれば時間と魔力をかけて、元に戻らせることは可能だ」

ことは、順調に運んでいる、と二人は感じた。



次→シャルロッテ「病気をなおして!」 【後編】

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