シャルロッテ「病気をなおして!」 【後編】

2011-06-23 (木) 19:17  まどか☆マギカSS   10コメント  
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207 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 22:21:46.94 ID:CwP1+qbS0

「シャルには悪いが、万一に備えて体調が完全回復してから助けに行くことにしよう」

「そうね、悪いけど、今の身体じゃいつもの半分くらいしか戦える気がしないわ」

「3日後、シャルの救援に向かおう」

「3日? いいのかい? 早めにいったほうがよさそうなものだけど」

不意にキュゥべえが急かしてきて、怪訝に思った和美であったが、

「いいのよ。3日あれば私も完治する。他の倒しやすい魔女が出てくれば、グリーフシードを回収できる。
 グリーフシードがあれば、最悪、魔女を倒せずとも、シャルの救助だけで十分になる」

「シャルが戻ってこれれば、グリーフシードを当てて蘇生させられるわけだ。
 例え一回じゃ無理でも、病院の魔女や他の魔女のグリーフシードでいつか蘇生させられる」

「……そうか、君たちの勝利条件はシャルの救助か」

「勿論、魔女を倒すのも条件だけどね」


「ふーん。そうか……、そうか」



208 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 22:23:09.55 ID:CwP1+qbS0

キュゥべえはいかにも愉快そうに装いました、といった調子で言った。

「んだよ、言いてぇことがあんならさっさといいやがれ」

「いやいや、君たちが無謀なことに挑戦しようとしているなぁと思っていただけさ」

「どういう意味よ」

「なんか計画に不備でもあんのか?」

「君たちはシャルを救いたい。でも魔女は倒したい、か。難しいことだね」

「だ・か・ら! グチグチいってねーで用件をさっさと――」


「待って」


和美が真紀の言葉を遮る。真紀が和美を見るとその表情は真っ青で、信じられないものを見るような目つきでQBを見ていた。



209 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 22:24:08.17 ID:CwP1+qbS0

「……どうしたんだい? 高橋和美?」

ゆっくりと、抑揚のない声でQBは聞く。

「シャルは、『無事』なのよね?」

「大丈夫だよ。シャルロッテは生きてる」

QBは録音のようにさっきと同じ言葉を繰り返す。

「生きてるのね? 『大丈夫』なのね?」

「あぁ、シャルロッテに与えられたダメージなんてそう大したものじゃない」

「おい和美、もうその話はいいかr……」

「『大丈夫』とは、どの範囲までを差すの? 定義は?」

「は? 何言って……」



210 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 22:26:22.90 ID:CwP1+qbS
「……『生きてる』の定義は……?」

「……哲学的だね」

「茶化さないで! 『生きてる』ってどういう状態?」

「なぁおい! それって一体どういうことだよ?」

「そうね、分かりやすく言いましょう」

「…………」

「シャルロッテは、シャルなの?」

「…………」

「シャルはどうやって魔女と戦ったの? どうやって倒された? いいえ、」

「…………」



211 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 22:27:23.67 ID:CwP1+qbS0

「そもそもシャルは魔女と戦った?」

「…………」

「お、おい。分かりやすくなってねぇぞ。キュゥべえも! なんとか言えっての」

「…………やれやれ、聡明だね高橋和美」

「おねがい、キュゥべえ……。嘘だって否定して」

「君は真実を隠されて喜ぶのかい? やれやれ、わけが――」

その瞬間、和美は弾ける様にQBとの距離をつめ、QBを床に力いっぱい押さえつける。

「和美!?」

「どういうこと? どういうことよ!? どういうことだ!! 答えろキュゥべえっ!!!」

「おい! 何がどうなってんだよ!」



212 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 22:28:36.20 ID:CwP1+qbS0

「真紀。あなた、病院の様子、覚えてる?」

「あ、あぁ」

「シャルの病室が、結界の中心に位置していたわよね?」

「おう……」

「気になりはしたわよ……。なんでわざわざ魔女が魔法少女のいる病室にグリーフシードを設置したのか。
 同じ病院でも、もっと人目に付かないところなんていくらでもあったはずなのに!」

「え? ……は? ……い、いやいや。嘘付けよ。そりゃねーだろ。だって、……え?」

真紀もその事実に何か思い立ったのか、顔から嫌な汗を流した。

「だっておい! それじゃあよ、何か!? あれは……っ!!」

「ねぇキュゥべえ。私たちがシャルを救助するのと魔女を倒すの2つをこなすのは無理と言ったわね? どうして?」

「君の想像の通りさ」



213 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 22:30:29.27 ID:CwP1+qbS0

「……っ!! 何で!? どうしてよ? 何で……? 答えてよキュゥべえ! 何で、」

「……」


「なんでシャルが魔女になってるのよ!?」


沈黙。だがそれは何時破裂してもおかしくないような、そんな危険を孕んでいた。

「そ、そういう能力の魔女みたいなのがいたってことなのか?」

「分からない。分からないことだらけよ。キュゥべえ、答えて! 何が起こってるの!? あなた何か知ってるんでしょう!?」

キュゥべえを抑える和美の手に力が強くなる。和美はQBを押さえつけていてわからなったが、
床に押し付けられて歪んだQBの表情は、ほくそ笑んでいるようにも見えた。


「ははは、そう怒らないでよ。魔法少女とはそういうシステムなんだ」

「なん……ですって!?」


「君たちの持つソウルジェムが完全に濁り切ってしまったとき、魔法少女は魔女となってしまうのさ」



214 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 22:31:21.93 ID:CwP1+qbS0

その一言に、真紀が立ち上がる。

「っざけんなよ! な、なんだよそれ!? なんで言わなかったんだよ!?」

「聞かれなかったからさ」

「舐めんな! んなこと始めっから、契約の時から言うのが筋ってモンだろうがっ!!」

「何を言うんだい。相手が必要な情報を察して話してくれるのを待つだなんて、それは甘えだよ」

「てめぇっ!」

「キュゥべえ……。じゃあ今まで私たちが戦ってきた魔女は……」

「全て元魔法少女が絶望した成れの果てさ」

「絶望……?」



215 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 22:32:23.68 ID:CwP1+qbS0

「気付かなかったかい? ソウルジェムは魔力行使以外でも濁るんだ。所有者が絶望に打ちひしがれる
 に比例してソウルジェムが濁っていくのさ。魔力消費とは比べ物にならない早さでね」

「じゃあ……」

「一昨日戦いに巻き込まれた少女が死んだ。シャルロッテはそれに絶望して魔女になった。
 皮肉なものだね。一人の死に絶望して、また多くの他人を殺してしまう結果になるのだから」

「おい……!」

「なんだい? 加川真紀?」

「てめぇは何で魔女を生み出そうとするんだ……! 人を絶望させて楽しんでんのか? あぁ!?」

「そんなまさか。僕は正義の行いをしているだけさ!」

「何が正義よ! あんなに幼い子をそんな目に合わせて何がっ!!」

「やれやれ。説明すると長くなるから割愛するけどね、君たちが魔女になる際に発生するエネルギーが宇宙存続のために役立つのさ!」



216 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 22:33:33.39 ID:CwP1+qbS0
「うちゅう……、存続?」

あまりに突拍子もなく壮大な話に、真紀も和美も面を喰らう。

「宇宙の存続のためにはエネルギーがいる。そのエネルギーを生み出す存在に、
 この広い宇宙の文明の中で君たち人類が一番の適役だったのさ。誇るといいよ」

「ばっ……か野郎! んなSFな理由で納得できるわけねーだろ!? あたしらは家畜じゃあねーんだぞ!」

「まったく、君たちだって後数十億年もすればひとごとではなくなるっていうのに……」

「そんなに先の話、今の私たちには関係ないでしょ!!」

「無責任なことだね。君たちはいつもそうだ」

「ふざけたことばっか言ってんじゃねーぞ!!」

真紀は和美からキュゥべえを奪い取り、壁に叩きつける。

「いきなり何をするんだい?」



217 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 22:34:26.73 ID:CwP1+qbS0

「誰だって今って奴を必死こいて生きてんだ! んな未来のために死ねって言われて、はいそーですかなんていえるわけねーだろーが!!」

「キュゥべえ……。教えなさい! シャルを救う方法にはどうするの? これは命令よ。教えなさい!!」

和美は剣を召還する。真紀もソウルジェムから銃を作り出した。

「やれやれ……。君たちはどうして64億もいるなかの1個体の生き死に拘るんだい?」

「仲間だからよ」

「助ける利益なんて何処にあるんだい?」

「お前にはわかんねーよ。あたし等の自己満足だ」



218 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 22:36:56.85 ID:CwP1+qbS0

「わからないなぁ……。シャルロッテを生かしても君たちは困るだけだろう?」

「なんですって?」

「あれは人間が繁栄活動を行う上でデメリットしか持ち合わせていない。あの個体は病気持ちで、周りの足を引っ張る存在さ。
 シャルロッテは僕が魔法少女にして有効活用したけど、あれは人間個体として考えればただのゴミだ。生かす価値なんてないだろう?」

銃声。何のためらいもなく放たれたそれは確実にQBの頭蓋を打ち抜いた。

「こんの野郎!!!」

真紀は尚も銃をQBの以外に向けて乱射する。だが




「それはもう事切れている。撃ったところで何の意味もない」



219 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 22:38:17.69 ID:CwP1+qbS0
その声に二人は固まった。

「あなた、何故そこに」

「詳しい説明は省くけど、僕を殺しても意味がないということさ。おぼえておくといい」

そういうとQBは元自分の亡骸を食べ始めた。その光景に二人は恐怖と吐き気を覚える。

「けぷ。……もう。事実を言ったのに撃つなんて酷いじゃないか! 弱者は淘汰され、
 より強い個体が交配することで種としての繁栄に繋がるなんて常識だろう?」

「まだいうか……っ!!」

「やめなさい真紀! あれを殺しても無意味よ」

「でも!!」

「見なさい!」

和美は真紀のソウルジェムを指差す。その色は暗かった。



220 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 22:39:52.13 ID:CwP1+qbS0

「あれは私たちを魔女にさせようとしているのよ。魔法の無駄撃ちは禁物だわ」

「……ぐっ……!!」

「いやいや。惜しかったなぁ。やっぱり普段は聡明だね。高橋和美」

「…………」

和美は無視を決め込む。真紀は深呼吸をして、一応冷静さを取り戻す。

「……なぁ、シャルはもう……助かんねーのかな」

「……気弱じゃない。珍しく」

「……最近調子よかっただけだよ」

「…………。……」

「…………」


どうすればいいのか。その疑問は解消されず、嫌な沈黙と共に時間ばかりが過ぎていく。



221 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 22:40:53.23 ID:CwP1+qbS0
真紀の部屋/  ~1時間後~

二人は目に見えて焦れていた。時計の秒針がうるさく感じる。この空間で、QBだけがただ一人くつろいでいた。

「……キュゥべえ」

意外にも、先に折れたのは最初に無視を決め込んだ和美であった。

「おや、このまま無視されるものだと思っていたけど、なんだい?」

「あなたは、宇宙のために魔女を生み出したいのよね」

「和美……?」

「あぁそうだよ。僕は全宇宙の全文明のためになることをしているんだ」

「じゃあそこに悪意はないって誓える?」

「もちろんさ。君たちは食卓に並ぶ家畜にいただきますと敬意を払うだろう? 悪意をもって接する必要なんて何処にもない」



222 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 22:42:10.57 ID:CwP1+qbS0

その返答にカチンと来たが、二人は冷静になるよう努める。真紀は和美を見る。何を考えているのか図りかねていた。

「じゃあ、シャルを戻す方法はあるか……教えて? いえ、出来るか出来ないか。それだけでかまわない」

「ふむ。さっきの前提の確認とどう繋がるんだい?」

「……魔女をもう一度魔法少女に戻せれば、また魔女になった時にエネルギーとやらが手に入るんじゃないの?」

「…………」

真紀は黙っている。QBはうーん、とわざとらしい声をだして考えて、



223 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 22:43:26.91 ID:CwP1+qbS0

「……僕の知る限りでは、方法は無いね」

「出来るか出来ないか? 分からないの?」

「魔法少女は条理を覆す存在だ。君たちがどれ程の不条理を成し遂げたとしても、驚くには値しないよ」

「出来るのね?」

「前例はないね」

「その答えで十分よ。何事も最初は前例がないものだわ」

「……そうか。なら頑張ってね。これだけは言っておくよ。
 救おうと思うのならなるべく早く行動したほうがいい。シャルの魂が魔女に定着してしまう前にね」

そういうと、QBは少し開いた窓から外へ消えていった。



224 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 22:45:37.53 ID:CwP1+qbS0
病院/   

黒の歪みがさらに拡大した病院を前にして、真紀と和美の二人は嫌な汗を流す。
作戦は決めた。だが全てにおいて万端ではなく、不安ばかりが残るのであった。

「大丈夫、よね」

「悪いけど、あたしは保障しかねる」

二人の決めた作戦はシンプルだ。シャルとはまともに戦わず、逃げながら声をかけ続ける。
それだけだ。かつて仲間であった自分たちの声で、シャルの意識を呼び覚まそうと言うものだった。

「けど、信じるしかねーだろ……」

余りにもチープで、余りにも夢見がちな作戦。いつか子供の頃に憧れたアニメのような展開。
そんな一抹もないくらいの望みに、彼女たちは命を懸ける。



225 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 22:47:14.90 ID:CwP1+qbS0

「いくか……」

「……えぇ……」

不安を胸に、歩き出そうとしたその時だった。

「お二人とも! 今は病院には入れませんよ」

その聞き覚えのある声に二人して振り返る。その声の主は予想通り、シャルの父であり、こちらに向かって走ってくる最中だった。

「シャルのパパさん……」

「こんにちは。入れないとはどういうことですか?」

「え、えぇ。何やら集団昏睡症状がどうとかで、混乱状態らしくて、警察と関係者以外は立ち入り禁止のようです」



226 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 22:48:21.51 ID:CwP1+qbS0

「…………っ!」

甘かった、と和美は反省した。病院で魔女が発生すればこうなることは目に見えていた。もっと早く動くべきだったと毒づいた。

「気にすんな。今回の被害は……いつにも増して早い。予測できなかった」

「でも起こってしまったわ」

「…………」

「あの……、いったい何の話を?」

不思議そうにしているシャルの父。

「いえ……」

「それにしても娘は大丈夫なんでしょうかねぇ……。連絡が一向につかないんですよ」

真紀はその言葉に下唇を噛む。申し訳なくて、彼と目を合わせることが出来なかった。



227 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 22:49:47.30 ID:CwP1+qbS0

「……もしかして、何かご存知ですか?」

その一瞬の反応から、シャルの父親は何かを感じ取った。

「……いや、その」

「いえ、全く。私たちもお見舞いに来たばかりで……、状況も分からないんです」

「…………、言ってはくれないんですね」

もう、嘘は通用しなかった。

「……聞けばきっと後悔します」

「…………」

「なぁ……、和美」

「……何?」

「この人にもさ、知る権利があるんじゃないか……? 今回のことも、全部ひっくるめてさ」



228 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 22:51:15.18 ID:CwP1+qbS0

「…………」

「感情移入して肩持ち過ぎなのかもしんねーけどさ、あたしたちよりずっと長い間シャルの傍にいたパパさんにも、
 ……知って欲しいんだよ。知らないままに事が流れていくのは、つれーからさ」

「……」

和美は意を決して、シャルの父に振り返る。

「……真実を知っても、残念ながら、お父さんに出来ることは何もありません。
 だから、知って逆に歯がゆい思いをするかもしれません。知らないほうが、きっと幸せです」

「……はい」

「ですが、あなたには知る権利があります。…………どうしますか?」

シャルの父親は、深く、力強く頷いた。

「……これから話すことは、突拍子のないですけど事実です。どうか信じてください」

もう一度、頷く。和美は全てを話し始めた。



229 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 22:52:19.05 ID:CwP1+qbS0
――――――――――――

――――――――

――――

         

「…………」

シャルの父親は信じがたいという表情で絶句していた。

「……」

「……」

二人もなんと声をかけていいか分からず、黙り込む。

「……何か、内緒でしていることがあることは分かっていました。……ですが、」

これ程とは。そう父の口は動いたが、キチンと発音はされなかった。



230 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 22:53:51.84 ID:CwP1+qbS0

「シャルを助けらんなかったのは、あたしらの責任っす……」

真紀が頭を下げる。決してきれいなお辞儀ではなかったが、
その纏う空気はどこまでも悲痛で、重々しかった。シャルの父は真紀に頭を上げるよう促した。

「……では、お二人はその……、魔女になってしまったシャルを……、退治、しに?」

「いえ! そうではありません!」

「なんとしてでも助けよぉと、来たんすよ」

「助かるんですか!?」

シャルの父親の顔に光がともる。だが二人の顔色は優れない。

「わかりません。残念ながら、保障はありません」

「シャルに向かって根気強く話しかけて思い出させる……っていう、
 もう作戦でもなんでもねぇよーなことを、今からやってくるだけです」



231 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 22:55:00.25 ID:CwP1+qbS0

「話しかける?」

「仲間だった私たちの声で……。もしかしたら元に戻れるんじゃないかって」

「……でも、そういうもんじゃないっすか? 愛と勇気が勝つ、喜劇の最後っつーのは」

「…………」

シャルの父は俯く。和美は、無理もないと思った。
言い方を変えれば、これはもうほぼ助かりようがないと言っているようなものなのだ。

「全力を、尽くします」

「あたしらあいつの仲間っすから」

「…………」

二人は病院に向かう。

「待ってください!」

だが、シャルの父は二人を止める。

「私も……! 私も連れて行ってください!」



232 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 22:56:09.17 ID:CwP1+qbS0

二人は驚いて彼を見る。

「ざ、残念っすけど……、来てもどうしようも……」

「結界の中は超常の殺し合いと戦いの空間です。一般人が容易く生き残れる空間ではありません」

「それでも私は、あの子の父親です……!」

目に決意を灯して、一歩も引かない空気を纏って、シャルの父は言う。

「11年。毎日あの子と話してきました」

その空気に、二人は押される。一般人と魔法少女の差は大きい。だが大人と子供の差もまた、埋められぬ大きな差がある。

「言葉の重さはあなた方にも負けません」

密度の違いがあるといえど、1年も経っていない仲だ。その現実は確かにあった。

「連れていってください……!」

シャルの父は頭を下げる。彼は多くで語ることをしなかった。だがその言葉の一つ一つに、
頭を縦に振らせる魔力があった。それは社会で培ってきた能力なのか、はたまた娘を思う気持ちからのものなのか。



233 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 22:57:19.94 ID:CwP1+qbS0

「…………」

「…………」

沈黙。だがこの沈黙を続けても先に折れるのは自分になるのだろうと、
押される空気の中、和美は感じ取っていた。そして和美はひとつ溜息をして、シャルの父に向かって言う。

「命の保障はありませんよ」

「おい! いいのかよ?」

和美は頷く。

「…………」

「それでも構いませんか?」

「はい」



234 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 22:58:24.58 ID:CwP1+qbS0

即答であった。この一言に、どれほどの思いがあるか、二人には計り知れなかった。
このセリフが簡単に出るほど、大人は短い人生を送っていない。たった2文字。
その2文字に数十年の人生を乗せた彼に、反対など、高校生の自分ができるものではなかった。

「わかりました」

和美は病院を見据える。

「とりあえず警察に見つからんように行くんで、注意してください」

真紀はシャルの父を先導していく。三人の影は、病院の中へと消えていく……。



235 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 23:00:29.72 ID:CwP1+qbS0
魔女の結界/

「ここが……」

辺り一面お菓子で彩られたファンシーな空間に、シャルの父親は息をのむ。

「ここはまだ大丈夫でしょうが、これから先はいつ攻撃されてもおかしくありません。気を付けて」

その言葉にシャルの父は緊張し、たまった唾を飲み込んだ。それを見かねた真紀は

「だーいじょうぶっすよ。使い魔なら一般人でも、どうにかなりますって」

「シャルのお父さんは、何か……武器を使った経験は?」

「いや、さすがに……」

「ま、そうっすよね」

「すいません。出張先が1000年前のイタリアだったら……」



236 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 23:01:30.61 ID:CwP1+qbS0

「いえ、大丈夫です。私も馬鹿な質問をしたと思っています……。ですがなんとか使えそうな武器に近いものはありますか?」

「長物ならどうにか」

「無難だろーな」

「そうね。それなら誰でも使えそうね」

和美は二つ目の剣を召喚し、その刀身にそっと触れる。すると剣は棍棒へと姿を変える。

「持てそうですか?」

「ん、見た目より軽いですね」

「魔法ですから。とはいえそれ7~8キロはありますけど」

「重くね?」

「シャルの……魔女の対面するのに金属バットレベルの武器じゃ心もとないと思って……」

「大丈夫ですよ、これくらいなら」



237 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 23:02:30.73 ID:CwP1+qbS0

シャルの父は両手でそれを持ち上げる。言葉に嘘はないようで、体がふらつく様なことはなかった。

「では行きましょう。使い魔といえど、攻撃を食らえば傷つきます。無茶はしないでください」

「パパさんは自分の身だけ守んのに専念してくださいっす」

ん……、と自分の敬語に違和感を覚える真紀。やはり敬語はなれないようだ。

「タメ口で構いませんよ。急な時に言葉が通じない方が嫌ですから」

シャルの父は見透かしたように言った。

「助かる」

三人は走り出す。



238 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 23:03:40.84 ID:CwP1+qbS0
魔女の結界(長い橋)/


「パパさん後ろ!」

「はい!」

シャルの父が棍棒を横に振りぬく。すると使い魔はアニメのように遠くへ飛んで行った。

「お父さんは、何かスポーツを?」

「イタリア勤務のころ、クリケットをやっていました」

「くりけっと?」

「野球みたいなものよ」

「ははは……。日本でも知名度は高くありませんか」



239 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 23:04:48.07 ID:CwP1+qbS0

シャルの父はまた、近づいてきた敵を弾き飛ばす。野球もクリケットも経験のない二人だったが、
そのフォームが様になっているということぐらいは感じられた。

「同僚のブリティッシュ(英国人)に勧められて始めましたが、まさかこんなところで役に……立つとはっ!」

言葉とともに打ち返す。「これでも強打者だったんです」と、シャルの父は呟いた。

シャルパパの意外な特技に心強さを感じた二人。散発的に襲ってきた敵を危なげなくいなしていく。

長い石質の橋を駆け抜け、奥へ、奥へ――。



240 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 23:05:58.56 ID:CwP1+qbS0

「娘は、」

敵の攻撃は思ったよりも少なく、先ほどから道を走っていく時間が続いていた。

「娘は、毎日こんな戦いをしていたんですね」

シャルの父の呟きに、二人は表情を暗くする。

「それが、奇跡の対価ですから」

「……結局奇跡はほとんど意味がなかったけどな」

奇跡さえも、シャルを完全に病魔の手から引き離すことができなかったのだ。

「いえ、ありましたよ。奇跡」

そのセリフを他ならぬシャルの父が言ってのけたことに、二人は驚く。



241 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 23:06:52.51 ID:CwP1+qbS0

「奇跡がなければ、あのままシャルは病院で息を引き取っていたでしょう。ですがその奇跡とやらで娘は回復しました」

「だけど、……結果はこれだ」

「まだ手はあるんでしょう? だからまだ結果じゃなくて、過程です」

その言葉に和美は頷く。

「奇跡のおかげで、シャルはあなた方と出会った。そしてその君たちのおかげでシャルを救える。それこそ、他でもない奇跡です」

「…………」

「……お父さん、シャルを救えた後、どうなるかはわかりません。
 またすぐに魔女になるかもしれないし、病気で大変な目に会うかもしれません」

その言葉は悲痛だった。だが、二人の辛さを和らげるような優しい笑みで、シャルの父は言う。

「……海外のツテで、腕のいい医師が見つかったんですよ」



242 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 23:10:21.48 ID:CwP1+qbS0
「!?」

「ほ、ほんとですか!?」

「すぐに完治できるわけではありません。しかしながら、命を失う事態は、回避できるようです」

「………!」

「そっか……! そっか!」

「奇跡に頼らずとも、人は生きていけるんです」

作戦は絶望的だった。先は真っ暗だった。しかしこのとき、確かに先の方に、一筋の光が見えた気がした。

「シャルは……、助かるのね」

まだ作戦は途中だったが、終始気を張り詰め、気丈に振る舞っていた和美の目からは、確かに一筋涙がこぼれた。



243 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 23:11:37.80 ID:CwP1+qbS0

「こりゃ、是が非でも成功させねーとな」

「えぇ、成功させて、完治させて、これからは安全にしてもらえるようにキュゥべえとやらに交渉して見せますよ」

交渉ごとは仕事で慣れっこです、と笑う。

「! あれ!」

和美が指差す先には扉があった。

「あそこか……」

「ええ……。……確立の低い作戦だけど、必ず成功させるわ。奇跡じゃなくて、私たちの手で」

和美は決意する。後ろの二人も頷く。

「まかせろ」

「はい」

「じゃあ、行きましょう!」

奥へ、たどり着く。



244 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 23:12:37.56 ID:CwP1+qbS0
魔女の部屋/  

扉の先は、これまでの空間と比べて明るかった。広々とした円形の空間は、
やはりお菓子で彩られたファンシーな背景。いままでとの違いは明るさと、

「あそこ……!」

和美が指差すその先に、背の高い椅子と机があった。そして

「あれが、シャル?」

椅子の上に俯き加減でちょこんと座っているそれ。
袋入りのキャンディの様な頭部に、円らな青い目。ダボダボの服とマント。そして黒いマフラーのようなものを付けたそれ。

『…………』

「どことなく、娘の面影があります……」

「きっと、あれがシャルが魔女になった姿なのよ」

「魔女って、なってすぐはあんなに可愛らしいもんなのか?」

真紀は疑問に思う。その魔女の姿は、QBよりも、魔法少女のマスコット役にふさわしそうだった。



245 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 23:13:28.60 ID:CwP1+qbS0

「わからないわ。でも、もしそうなら好都合よ。まだグロテスクな姿になるまでは猶予があるということだから」

だな、と真紀は構える。和美はいつでも交換できるよう剣の予備を召還して自身の周りに刺し、シャルの父は棍棒を正眼に構える。

「注意してください。もし魔女になる前と同じ攻撃方法なら、かなり厄介です」

「くっそ……! 不確定要素が多すぎてやべぇぞ……」

「さっきの奴らは出てこないのですか?」

「わかりません。見る限りでは魔女だけですが、どこかに隠れている可能性も否めません」

三人は周囲を警戒しつつ、魔女に最大限の注意を向ける。使い魔は気を付けさえすればいい。
だが、魔女の攻撃は気を抜けば途端に一撃必殺のそれとなる。



246 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 23:14:31.86 ID:CwP1+qbS0

『…………』

尚も俯いて沈黙を保つ魔女。嵐の前の静けさといった空気を感じ、三人は気を引き締める。

『……………………』

「く、来るなら来い……!」

「気が抜ける瞬間を狙っているのかしら? 我慢比べとは、えげつないわね……」

「パパさん。気を付けて!」

「はい!」

『………………………………………………』

「特大の魔法攻撃の準備中……? もしそうならいったん退避すべき……?」ブツブツ

「………?」

「パパさん気を抜かない!」

「ぁ、えぇ、はい……」



247 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 23:16:33.81 ID:CwP1+qbS0

『………………………………………………………………………………………………』

「…………」

「…………」

「……あのー……」

「なんです?」

「……攻撃、してこないのではないですか?」

三人は沈黙する。だが先ほどより気が抜けていた。拍子抜けといった具合だ。

「カウンター狙い?」

「すごい障壁でも持ってんのかも」

「近くによると伏兵が現れる罠かもしれません」

「うーん……」

残念ながら、真相はわからない。だから手探りで探していくしかなかった。



248 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 23:18:05.12 ID:CwP1+qbS0
「撃ってみる?」

「一発だけ、お願い」

「わかった。……反射するかもしれない。注意しとけ」

「勿論よ」「わかりました」

真紀は一発、魔女に照準を合わせて撃つ。全員が反撃に備えた。
だが魔女は銃弾を無抵抗のままモロにくらい、高い椅子の上から床へと落下した。

「無抵抗……だったな」

「もしかして、あれは魔女ではないのでは?」

「いえ、使い魔とは一線を画す魔力があるので、おそらくは魔女だと思うのですが……」

和美はちらりと落ちた魔女を見る。
無抵抗な態度も、可愛らしい容貌も、今まで和美が相手にしてきた魔女とは違い、少し自信がなくなってしまう。

「だけど、外にいたときはずいぶん強そうなオーラがあったんだが……」



249 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 23:19:35.06 ID:CwP1+qbS0

「もしかして、」

和美はある考えに至る。

「もしかして、さっき真紀が言った通りかもしれない。まだシャルは完全に魔女になったわけじゃなくて、蛹の状態なのではないかしら?」

「サナギ……か」

「キュゥべえも魂が魔女に定着がどうのと言っていたわ。つまり魔法少女はすぐに魔女になるわけじゃないのよ!」

「つまり、今はその中間を彷徨ってるということですか?」

「意識不明の重体。だけど死にあらず、ってことか」

「それなら、人の手で救えるわ」

三人は魔女を見る。魔女は依然としてちょこんと床の上に座っていた。反撃の様子はなさそうだ。



250 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 23:20:54.51 ID:CwP1+qbS0

「……は、……はははは! なんだよ、なんだよそれ! すげーなおい!!」

真紀は興奮して叫ぶ。その様子は歓喜という言葉を体現していた。

「やべーよ……! 全部、何もかもがうまく回ってやがる! 神様ってのは信じたことねーけど、マジでいるんだな!」

「うまくいきすぎて、怖いくらいよ!」

和美も真紀のテンションに引きずられて高揚した。面白いくらいに、全てがうまく回る。
まるでご都合主義の三流コメディ。だがその展開は、悲劇的な現実において、一流の奇跡へと変化する。

「では、あの子の元に……!」

「えぇ、行きましょう」

三人はもう一度気を引き締めて、100メートル程の、長い道のりを歩きだす。



251 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 23:22:15.27 ID:CwP1+qbS0
残り、5メートル。あと数歩で届く距離。

「シャル、聞こえるか? あたしだ。真紀だ」

『…………』

だが、反応はない。

「……もっと大声で叫ぶべきか?」

「やめておきなさい。外の使い魔を呼び寄せてしまったら最悪だわ」

「うーん……」

唸る真紀。

「気絶、してんのかな?」

「聞こえてないのかも」

そういって、思案に暮れようとする二人に、シャルの父が歩み出る。

「……私に任せてもらえませんか?」



252 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 23:23:28.09 ID:CwP1+qbS0

「……どうするつもりです?」

「先ほど蛹と仰っていましたよね。もしかしたら意識が外部と遮断されて、五感の機能が大きく低下しているのかも」

「なるほど」

「だとすれば、聴覚だけに訴えかけても効果は見えないでしょう」

「……危険ですよ」

その次の言葉を感じ取ったのか、和美は止めようとした。

「今のところ全てが仮説です。接触するのなら、私たちが……」

「おねがいします」

「……ですから、」

「和美、あたしからも頼むよ」



253 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 23:24:20.26 ID:CwP1+qbS0

真紀まで!? と和美は驚く。

「どういうつもり?」

「何か起こりそうになったら、あたしがどうにかする。だからさ、たのむよ」

頭を下げる真紀。

「……わかったわよ。……お父さん、頼みます」

「! ありがとうございます」

「ですが! もし魔女になる兆しが現れたら、すぐに離れてください」

「はい」

「そん時はどーにかするさ」

「それでは、……お気をつけて」

「勿論です……!」

シャルの父親は慎重に歩き出した。



254 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 23:26:03.72 ID:CwP1+qbS0
たった数歩を、これ以上ないほど慎重に歩ききる。

「シャル」

言葉と共に、シャルの父は、文字通り変わり果てた娘を抱きしめた。

『…………』

「シャル! シャルロッテ……。済まなかった。お前がつらかった事に……、苦しんでいたことに、気付いてやれなかった」

その言葉は悲痛だった。だがシャルロッテは微動だにしない。

「ごめんなぁ……! パパは最低だ……」

ふと、頬を何かが伝った。それが涙だと気付いたときには、止めるすべなどありはしなかった。

「シャル……っ!」

涙を誤魔化す様に、シャルロッテを一層強く抱きしめる。



256 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 23:27:25.66 ID:CwP1+qbS0

『…………』

「いっしょに、うちに帰ろう……」

囁くようなその言葉は、どこまでも優しく、力強かった。


『…………』ピク

「「!?」」


父の言葉に呼応するように、終始反応のなかったシャルロッテの手がピクリと動く。真紀と和美は武器を構える。
しかし攻撃の素振りはない。もぞもぞと父の腕の中で動いてるだけだった。シャルの父が開放してやると、シャルロッテは父の顔を見上げた。

「シャル……?」

「シャルのお父さん! 離れてください!」

「待て!」



257 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 23:28:25.49 ID:CwP1+qbS0

よく見ると、シャルロッテの口元は何かいいたそうな様子でパクパクと動いていた。
それでも言葉が出なくて通じない。もどかしい。そんな風に見て取れた。

「嘘……」

「意識が……、もどった?」

「シャル……!」

感極まった声で、シャルを顔の位置まで抱きかかえる。そして口元に寄せるが、残念ながら、
言葉は音声となっては届かない。だがシャルの父は「ゆっくりでいい。急ぐことはない」と、涙で濡れた顔で笑う。

『…………』

そのとき、シャルロッテの小さな小さな手が父親の頭に乗せられる。

ポンポン、と、泣いている父親を懸命に慰めようとするかのように、手を動かしていた。



258 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 23:29:21.78 ID:CwP1+qbS0

「シャル……、ロッテ……」

父は嗚咽を堪えて俯く。シャルはそんな父の頭を尚もポンポンと慰め続けた。
そんな二人を、もう一方の二人が優しく見つめる。

「……終わったわね」

「あぁ。本当に大切なのはこれからだけどな」

「でも、大丈夫でしょう。きっと」

「なんでだろうな、そんな気がする。悲しい未来になってる気がしないな」

「単純にあの二人に悲劇が似合わないからじゃないの?」

「違いない」



259 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 23:30:23.84 ID:CwP1+qbS0
「にしても、あの時何で賛成したの? シャルのお父さんを行かせること……、いいえ、そもそも関わらせたこと」

「お前も賛成だったじゃん」

「始めも最後もあなたからでしょう?」

んー、と真紀は何て言っていいか悩んだ。そして色々考えたようだが、最後は観念したような表情で言う。

「笑わねぇ?」

「えぇ」

「……ヒロインを救うのは男って相場が決まってんじゃんかよ」

「なにそれっ」プッ

「笑わねぇっつったじゃん!!」

「ごめんごめん……! あんたにしてはロマンチックだったから」



260 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 23:32:06.20 ID:CwP1+qbS0

「どーゆーいみだよ」

「さぁね」

「いいじゃねぇかよ。喜劇のラストって、大体そんなもんだろ?」

伏線も、悲しみも、何もない。ただ暗闇を走ってたどり着いた境地。
偶然に助けられたご都合主義の喜劇。観客ならポッポコーンを投げつけて帰ってしまうような三流脚本。
それでも、

「……ハッピーエンドね」

「笑っちまうようなハッピーエンドさ」

それでも、ハッピーエンドだ。誰もが認めないくらいのお粗末さでも、ハッピーエンドであることには違いない。
当人たちにとってはこの上ない幸せなのだ。幸福な結末、なのだ。



261 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 23:34:00.12 ID:CwP1+qbS0

二人は、そんな喜劇の主役達を見つめる。


「たまにはいいな、こういう結末も」

「いいんじゃない?」


親子は、会話中も変わらない。シャルが喋りたいのか口をパクパクしているのを、優しく聞き取ろうとする。
その光景は、微笑ましいものだった。



「……とびっきりの喜劇ね」



和美は穏やかに、そう呟いた――。



                                    

                                   ハッピーエンd



262 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 23:35:21.16 ID:CwP1+qbS0








      やれやれ、君たち人間はどうしてそう単純なんだろうね?      

             
             
              わけがわからないよ








263 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 23:36:27.27 ID:CwP1+qbS0



「………………ぇ?」



何かが、起こった。

気付けば大きくて黒い何かが視界を通り抜けた。
その大元はシャルロッテの口から出ていて……その通過点の、シャルの目の前にいた、父親は……

「……、……え……?」

シャルの父親はいなかった。但し先程まで彼がいたところには、血に塗れた人の下半身が力なく倒れていた。


何かが、起こったのだ。



264 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 23:37:44.61 ID:CwP1+qbS0

「ぁ……あ、あぁ……!」

黒い大蛇が振り向く。パーティ帽子のような鼻をこちらに向け、
青い舌で、ペロリと、口元の赤を舐める。外見とは不釣合いな鋭い牙が覗いていた。


魔女が、覚醒した。



喜劇は、悲劇に塗り替えられた。



265 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 23:38:54.76 ID:CwP1+qbS0



「ぁぁあああああああああああああああああああああ!!!!!!!」



真紀が狂ったようにそれに向けて銃弾の雨を浴びせかける。魔力の篭った必殺の弾丸が幾度となくその巨体を穿つ。

「畜生ちくしょうチクショウ!!!! 何なんだよおまえは!! 何やってんだよお前はああっ!!!!」

その怪物を見知った少女の成れの果てとは信じたくない真紀は、現実を打ち消すように弾幕を張り続ける。

「やめなさい真紀!! 魔力が……!!」

「うるせえ!!! こんなの、こんなのあたしは認めねえ!! なんなんだよ!! なんでなんだよおお!!!」

和美の制止を振り払い、真紀は尚も乱射を止めない。魔力消費が、絶望が……ソウルジェムの黒化が加速する。



266 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 23:39:59.07 ID:CwP1+qbS0

「なんでだよ……!! なんでなんだよ!! なんで奇跡があるのにっ……! 
みんな幸せになれねぇんだよ!! なんでみんな不幸なんだよっ!!! おかしいだろこんなのっ!!」

涙と叫び。慟哭は娘と父の悲劇以外にも向いている様な気がした。

「ハッピーエンドじゃ不満なのかよ………っ!」

真紀は膝から落ちる。和美は傍に駆け寄ろうとするが

「真紀!! 逃げて!!!」

「え……?」

怪物は、口から脱皮をするように再生し、真紀に襲い掛かる。

「くっ……!」ダッ!

和美が二人の間に割ってはいり、真紀を守ろうとする。しかし突進してきたそれはかなりの巨体。
急な防御で体制を整えられなかった和美は軽々と吹き飛ばされ、大蛇は和美を喰らおうと大口を開ける。
その歯には未だに赤い肉片がついていた。



267 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 23:41:22.38 ID:CwP1+qbS0

「やめろぉお!!」

真紀が大蛇に向けて再び乱射する。しかし、それは傷つくたびに口から沸き出るように出現し、
真紀にターゲットを変更し、巨体に似合わぬ速度で突進してくる。

「ざっけんじゃねええええええぇえええぇぇぇ!!!!」

銃撃が激しくなる。しかし大蛇は傷つくたびに脱皮し、その突進は止まらない。

そして



『♪』ガパァ!








「…………ぁ……、」





呆然とした面持ちで、か細い一言を残して、真紀は世界から退場した。



268 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 23:43:07.53 ID:CwP1+qbS0

「あ、ぁ、ああ……!!」

たった数日の間に、何度も惨い人の死を体験した和美の頭は限界を超えていた。

「ぃ、、あぇ……、ぃ、、。いやああああああああああああああぁぁ!!!!!」

和美は咄嗟に逃げ出す。考えなどまるでない。ただただ足が動いた。それに委ねてしまうほどに、
思考は停止していた。

『!』

怪物は真紀の腹部を貪っている途中だったが、和美が悲鳴を上げて逃げたのに反応して、楽しそうに追いかける。獲物は逃がさない。そんな、執念が感じられた。

「ぃや、いや、嫌!!」

人間を超越した脚力を持って一直線に出口へ向かう和美。だが、追いかけるそれも人間などとうに超越している。鬼ごっこはじりじりと差を詰め始めた。



269 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 23:44:21.45 ID:CwP1+qbS0

『~~♪』

歯を鈍く光らせながら追いかけてくる怪物。和美は無意識に恐怖で泣き出していた。

「助けて……、だれかっ!! 助けて!!!」

死にたくないと言う必死の叫び。2年ほど魔法少女のキャリアがあっても、死への恐怖は人間である以上変わらない。

『ーー♪』

だが残念なことに、その望みを叶えられる者は残っていない。一人は死に、一人には魔女になり、
そして唯一助けられる可能性のあった隣町の魔法少女は、「何故か」、「昨日」、「偶然」この怪物に敗れて食い殺されていた。


『♪』ガパァ!


声は届かず、牙が届いた。
その大口は、きっと絶望への入り口。和美は目一杯目を瞑る。



270 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 23:45:08.33 ID:CwP1+qbS0




「……………?」


だが、攻撃は一向に訪れない。うっすら目を明けると、視界の端で、怪物の巨体が揺れていた。
よく見ると、使い魔の持っていた大きな三角形のチーズを貪っていた。

『~♪~♪』モグモグ

何が起こっているのかは分からない。だが理由を考える前に、和美は一目散に出口へ駆け抜けた。



271 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 23:47:39.94 ID:CwP1+qbS0
病院/

出口を出ると、一帯の景色が変わる。和美は靴で汚れたクリーム色のリノリウムの床に倒れこむ。

「はぁっ、はぁ……っ、」

掠れ切った喉で荒い息を吐く。手には既に武器はない。
遮二無二駆け抜けている内に手放していたようだ。和美は変身を解く。

「……はぁ、……ぅ、っ」

和美の表情が歪む。

「ぅうぅぅっ……! うああぁ、っ……」



272 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 23:49:42.01 ID:CwP1+qbS0

両手で顔を覆う。だが涙も声も止められそうになかった。1年以上連れ添った仲間が死んで、幼かった仲間の死が確定して、
その子の優しかった父親が殺され、自身も後一歩のところで食い殺されているところだった。心も、精神も、ズタズタだった。

「もういや……っ……」

これまでの出来事は、一介の女子高校生が負うにはつら過ぎた。
和美は結界から、現実から逃げるように疲労が限界を向かえた足でヨタヨタと歩き出す。


刻一刻と、ソウルジェムの濁りが加速する。



273 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 23:50:27.71 ID:CwP1+qbS0



これでまたエネルギーが手に入る、かな?



274 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 23:51:31.16 ID:CwP1+qbS0
病院の階段/

「もういい……」

なるようになれ、和美は自棄になる。余りの出来事故に、感情が安定しなくなる。
死にたくないと思ったり、いっそ全て終わってしまえばとも思う。ネガティブな感情の海の中で、和美は遭難していた。

「ははは……はは、」

笑う。だがそれは声が掠れ出てるだけで、顔は全くの無表情であった。

「は……は、ぁ、」

目からまた溢れ出る。

「ぅぅ……」

手から零れ落ちたものは大きすぎた。輝きすぎていた。落としてしまった絶望は、計り知れなかった。

「うぅぅううぅ……!!」

唇をかみ締め、壁にもたれかかる。絶望に打ちひしがれる。ソウルジェムが、黒化する。



275 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 23:52:53.62 ID:CwP1+qbS0

だが、暗い思考は無理やり中断させられる。

「君! 大丈夫か!!」

警察の姿をした大柄な男が寄ってくる。

「大丈夫か!? 苦しいのか?」

その表情も声も酷く深刻で、和美は面を喰らってしまう。

「は、はい。大丈夫です」

「君は入院患者の家族かい? 病人でないならとりあえずここを出たほうがいい」

そういえば、昏睡事件があったと言っていたか。
使い魔と魔女の仕業だと言うことは、魔法少女の世界に身を置く和美にはすぐに分かった。

「昏睡事件、ですよね?」

「始めはそうだった。危険な薬品によるもので、死者も出た。だが、今は……」

警察の男は顔を伏せる。その制服の袖には、紺の色目で分かりにくかったが血がついていた。



276 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 23:54:29.56 ID:CwP1+qbS0

「今は、何が起こっているんです?」

「……分からない。分からないんだ。人が次々衰弱したり、自殺しようとしたり……。何が起こってるっていうんだ……」

混乱した様子で言う男。恐らく血がついているのは、出血を伴う自殺、例えばリストカットなどを目の当たりにしたのだろう。

「……………」

「君も早く逃げなさい。ご家族の患者さんが未だいるのならば言ってくれ。きっと助ける。だからこれ以上死なないでくれ」

最後の一言は、どうしようもない現状から零れた男の本音だろう。
守るべき市民が次々と目の前で死んでいく異様な現実を、どうすることもできない自分に絶望しているのだろう。

自分よりつらそうに混乱している男を見て、和美は少し冷静になる。そして、恥ずかしさがこみ上げる。
一般人は危険だなんて言っていた魔法少女の力を持つ、絶望した自分。
何も知らなくて、危険で無力で、それでも職務を全うしようと必死になる一般人。

和美は唇を強く噛む。



277 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 23:55:32.36 ID:CwP1+qbS0

「……この病院には、後どれくらい人がいますか?」

「……分からない。だが、それほど多くはないはずだ」

多くはない。だがそこそこの規模を誇るこの病院では、それは十分多いのであろうと和美は考えた。

「君……」

「お願いします。他の患者を先に助けてあげてください!」

和美は立ち上がり、もと来た道を引き返す。

「待ちなさい!! 君も早く逃げないと!!」

「分かっています。でも、置いていけない奴がいるんです」

「危険だ。私に任せてくれ」

「大丈夫です」



278 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 23:57:10.85 ID:CwP1+qbS0

「大丈夫って――」

その時、和美は魔法少女の格好に変身する。その姿に、警察の男は度肝を抜かれる。

「な……!」

「もしも、ネガティブな感情が湧き上がってきたら、どうか振り払ってください」

「…………」

警察の男は絶句している。和美は話を続ける。

「私は、会いに行かなくちゃ行けない奴のところに行ってきます。
私のことは気にしないで、一人でも多くの人をこの場所から放してあげてください」

「き、君は、一体……?」

「私は……、」

一瞬の逡巡。だが決意を決め、目を見据える。


「私は、その子の仲間です」



279 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/20(月) 23:58:31.77 ID:CwP1+qbS0
結界入り口/

出た時とは大きく異なり、しっかりとした足取りで歩く和美。その姿を、廊下の端に座って待っていたそれは見ていた。

「……キュゥべえ」

「やあ和美。シャルロッテのことは残念だったね」

神経を逆なでするように、楽しそうな声で話すQB。一方和美は鋭い視線を投げかけるばかりで、特別反応はしなかった。

「残念、もう持ち直しているようだね、君はもう魔女にはなりそうにないよ」

「残念だったわね」

「いや、まぁ仕方ないさ。それが上手くいかなかったとしても、目的は既に半分達成されている」

「半分?」

「いや、なんでもないよ。ところで君はまた性懲りもなくシャルロッテを救おうとしているのかい?」



280 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/21(火) 00:00:18.09 ID:0RPE+Lhu0

「……やっぱり、シャルを救うのは不可能だったの?」

「勿論。不可能に決まってるじゃないか!」

「じゃあ何故行かせたの?」

「僕は止めたよ。前例がないって」

「…………いいわ。あなたを信じた、私が馬鹿だったわ」

「酷いなぁ」

和美はQBの返事も聞かずに、歩き出す。QBはその背中に向かって叫ぶ。


「いいのかい!? シャルロッテを救うのは不可能だよ! それでも君はその奇跡にかけるかい!?」

和美は歩美を止めなかった。答えはその空気が表していた。そして和美の影は、結界に溶け込んでいく。



281 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/21(火) 00:01:17.07 ID:0RPE+Lhu0

「……」

「……ふぅ、全く、君たちは何故物事を学ばないんだろうね。ま、好都合なんだけど」

「シャルロッテは強い。生きることや、食べること、そして仲間と一緒にいることを
 等しく渇望し続けた彼女の『執念』は並じゃない」

「他愛もないね。和美は下手な優しさという感情に身を滅ぼされるんだ」

「自分と相手の力量差を判断する計算思考が感情によって歪曲される。やれやれ、感情とはつくづく精神疾患だと思うよ」


「だけど、構わない。君には負けて死んでほしいんだから」



282 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/21(火) 00:03:42.59 ID:0RPE+Lhu0

「和美、君たちは僕が知っている魔法少女の中でも優秀だったよ。だけど、君たちのせいでこの街には使い魔が減った。
 絶望が減って、幸福な奇跡への需要が減った。それじゃあ魔法少女は生まれないんだ」

「適度にサボってくれないと、僕たちの仕事が滞ってしまう」

「まぁいい。今回は僕も甘かった。次に魔法少女にする相手は、シャルくらいに、純真で盲信的な子を選ぶとするよ」



「さて、じゃあさようなら。高島和美」



283 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/21(火) 00:04:31.54 ID:0RPE+Lhu0
魔女の結界/

薬の瓶が無数に浮遊した白の空間。そこを和美は歩いてゆく。その足取りは確実に先程よりもしっかりしていた。

「(もう、シャルは助からないのね……)」

悲しさはあった。だがそれ以上に、義務感があった。

「もう、これ以上シャルに人を殺させない」

彼女が絶望したきっかけは、一人の少女を誤って死に至らしめたことだった。
人一倍死に敏感で、完全に絶望しきってしまうシャルに、もうこれ以上、人を殺させたくなかった。

「……これ以上……苦しませてたまるもんですか」

だから、シャルロッテを倒す。一人の魔法少女として、一人の仲間としての責任を、命に代えても果たしてみせる。



284 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/21(火) 00:05:44.23 ID:0RPE+Lhu0

勿論、魔女が苦しみを感じているのかは分からない。人殺しも嬉々として実行しているのかもしれない。
だから、倒せば恨まれるかもしれないし、完全に「死」を迎える彼女は、不幸せになるのかもしれない。

「……独善的でも、構わないわ」

ただ、自分が、これ以上シャルロッテの存在を魔女に穢されたくなかったから。
そんな主観的な理由で、和美はそれを倒す。その行いが正義かどうかは分からない。
だが、そんなのは些細なことだ。もとよりこの行いは、徹頭徹尾、彼女の自己満足だ。これは、そういう話なのだ。



285 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/21(火) 00:07:12.46 ID:0RPE+Lhu0



『つれぇことがあったら一人で抱え込め。苦しくても口にするな。
 重荷を他人と共有するな。相手を救いたいのなら、

 有無も言わさず、自分勝手に相手のつらさをぶんどってやれ』



全ての行為は自分が始めて、全ての責任は自分で負う。
だから、救世主ヅラする必要も、悲劇のヒロインになる権利もない。

当然の帰結。当然の荷物を、一人で背負っていく。永遠に。

「…………」 

和美は剣を構える。決意を胸に宿し、茨の道のりの一歩を踏み出す。



286 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/21(火) 00:08:05.64 ID:0RPE+Lhu0
魔女の部屋/

再び惨劇の舞台となった部屋を訪れる。全ての残骸はなくなっていた。
だが依然として背の高い椅子の上には力なく一体の小さなピンク色の魔女が座っていた。

『…………』

再び寝たとは思えない。今度は見つかると同時に中の黒い大蛇のような怪物が襲ってくるだろう。
あれと面と向かっても、勝算はない。切り倒すことは出来る。しかしその度に復活されるのだ。
これではジリ貧になることは目に見えていた。

「…………………」

だから、和美には策があった。勝つための策略を練ってきた。その策の準備を、今この部屋で完成させる。



287 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/21(火) 00:09:21.14 ID:0RPE+Lhu0

「…………」

『…………』

「…………」

『……………』ピク

一瞬、魔女の身体が動いた。和美は剣を構えてその場を静かに離れる。次の瞬間、

『!!♪』

口の中から体積を無視してそれは現れた。そして巨体にあるまじき速度で、鋭い牙をギラつかせて
突っ込む。

『♪』


「しめたっ!」



288 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/21(火) 00:10:44.91 ID:0RPE+Lhu0

和美は、椅子の上の大元のシャルロッテに突撃する。黒の怪物は気付かない。

チーズの山に気を取られて気付かない。

『~~♪』ガツガツ!

和美の作戦は単純だ。さっき逃げていたときに、怪物は和美よりチーズを追いかけた。
シャルは人間だった頃、チーズが大好きだったことに起因しているのだろう。とにかく和美はこれで怪物を誘導することにした。

魔法で、大量のチーズを作ったのだ。そしてそのうちに大元のシャルロッテを倒す。
ちなみにチーズ自体魔法で作ることはその気になれば可能だ。
魔力の無駄遣いを厭わなければ、戦闘後、紅茶を魔法で生み出してティータイムとしゃれ込むことだって出来るのだ。

「はああぁ――っ!!」



289 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/21(火) 00:12:20.41 ID:0RPE+Lhu0

大元を断てば、きっと倒せる。和美は剣を振りかぶる。怪物は気にしてこない。
その好きに和美の強力な一振りが、シャルロッテの大元を切り裂く。シャルロッテは大きく損壊し、床に落ちていく。

「やった!!」


勝利を確信した和美。その時、ふと、シャルの対面の位置に同じように座っている……女の子の格好をした使い魔がいた。

「これって……?」

 …………

それには攻撃の意思はまるでなかった。もしかしたら、一人で寂しかったから、
友達を作ったのかもしれないわ、と和美は少し寂しい視線でじっくりその使い魔を見る。すると、

「あれ……?」



290 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/21(火) 00:13:28.93 ID:0RPE+Lhu0

和美は異変に気付いた。女装をさせられているだけで、
その使い魔の容姿は外で蠢いていた奴らと変わらなかった。なのに、纏う魔力、どこか違うような……

『!!!!』

「! まず、――っ!」

咄嗟の判断で和美はその場所から床に飛び降りる。その刹那、彼女がいた場所は綺麗に怪物の腹のなかに収められた。

『………』ギロ

「くっ……!」

和美は体勢を立て直す。ちらりとさっきまで怪物が方を見る。チーズは未だ残っていた。



291 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/21(火) 00:16:40.34 ID:0RPE+Lhu0

「(さすがに大元を叩けば気付かれるか……。でも少し反応が遅いような……)」

黒い大蛇は警戒して高い椅子の位置でこちらを睨んでいる。和美は剣を向ける。同時にそれは必殺の勢いを持って上から突進してくる。

「やあっ!!」

和美は立ち位置をずらし、側面に斬撃を浴びせる。傷は深く、トドメはさせた。

と、思ったが

「!?」

ズルン、とそれは再び口から、無傷の状態で現れた。怪物は食い殺そうと向かってくる。
和美はそれを辛くも避け切り、お菓子の物陰に隠れこむ。



292 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/21(火) 00:19:16.89 ID:0RPE+Lhu0
「はぁ……、っはぁっ! ……ど、どうして、死なないのよ。本体を斬っても……!」

聞こえない程度に小さく呟く和美。その憤りは尤もだ。
本体にダメージを与えたのだからあの怪物にも何か影響があってもいいはず。だが実際は何も大した差はなかった。
……もしかすると、あの黒の化け物こそが本体なのかもしれない。あの不死性も能力なのかもしれない。それならば勝ち目はない、が

「(でも、それだと納得のいかない部分がある)」

もし大元が斬られても何も起きないのなら、あの時好物のチーズを残して、躍起になって襲ってくる必要は無かった。
大元のシャルロッテを守る意味は……

「……あれ、そういえば」



293 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/21(火) 00:19:52.54 ID:0RPE+Lhu0

ふと、思い出す。そういえば化け物が襲ってきたのはいつどの瞬間だったか。
何故怪物は大元が下にあるのに上で待機したのか。もう少し遡れ、襲われる直前、私は何を考えていただろうか? 
使い魔の魔力に違和感をおぼえていたのではなかったか?

「……もしかして!」

『!?』ギロ

和美は口を押さえる。だが、すぐにそれを止め、剣を持つ手を握り締める。チーズの誘導はもう出来ない。
だから、検証もなしに実行しなければならないし、チャンスは一度きり。だが、賭けるだけの自信はあった。

和美は一振りの剣を手に、大蛇の前に躍り出る。



294 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/21(火) 00:21:12.63 ID:0RPE+Lhu0

『!♪』

目が合うと共に、ファンシーな巨体は馬鹿の一つ覚えのように飛びついてくる。和美はそれを上に回避する。

「(ここから……っ!)」

それが上を向くと同時に、和美は魔方陣の障壁を足場にして、唯一残った椅子に座っている、女装をした使い魔の元へ飛び込んだ。

『!!』グアッ!

だが相手もそう簡単には許してくれない。跳躍した和美を食い殺さんと、ノコギリのような牙で噛み付こうとする。
和美はさらに上に避けるしかなくなった。

『♪』

それは怪物の策略だったのであろう。使い魔から遠ざけ、より高く高く、動くために魔力に頼らざるを得ない状況に追い込む。



295 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/21(火) 00:22:40.78 ID:0RPE+Lhu0

「甘いわ……よ!」

一方和美も遅れを取ってはいない。
障壁移動を繰り返し、何とか攻撃を避け、仕舞いには相手の頬から剣を突き刺し、開いた大口を縦に裂いた。だが、

『♪』ズルリ

多少の怪我なのに、脱皮するように口から現れたそれは勢いよく和美に牙を剥く。

「くっ……!」

必死で平行に身体を移動させ避けるが、


「あ゛ぁっ!!」


『♪♪』ニヤリ



296 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/21(火) 00:24:00.07 ID:0RPE+Lhu0

その牙は左わき腹を少し抉り取った。左手で傷口を痛そうに押さえる和美。
ニヤリと意地悪そうに顔を歪める怪物。その一撃で、和美は右手に持っていた剣を落としてしまう。
これ幸いとばかりに突撃してくる化け物。和美は、



「残念、ね……!」


絶え絶えな息でそういうと、障壁を蹴って下に飛ぶ。必然的に大蛇は下を向くことになり、そして目にする。



297 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/21(火) 00:25:19.45 ID:0RPE+Lhu0


「魔法少女は傷をすぐに回復できるのよ。身体を張った攻撃もあるって、覚えておきなさい!」


和美が落とした剣は、椅子の上にいた奇妙な使い魔を脳天から突き刺していた。

勿論偶然ではない。

目掛けて落としたのだ。始めからこのつもりで、相手の策に乗って不利な空中戦に挑んだのだから。



298 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/21(火) 00:26:26.88 ID:0RPE+Lhu0

『……――!!!』

怪物はその使い魔の死に露骨に嫌そうな顔をする。その表情を見て、和美は理解する。
女装の使い魔は回復役。本体の怪物に不死性は、ない。

「これで、勝てる……!」

和美は虚空から剣を召還すると、正眼の構えで、顔だけ上を向ける。迎撃の……決戦の体勢を取る。

『…――………』

化け物は怖気づいたように上空で待機していた。和美は脚部に魔力を集中させ、矢のような勢いで突撃する。

「はああああああぁぁぁっ!!!!」



299 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/21(火) 00:27:49.31 ID:0RPE+Lhu0

『!? ……―――!!!!』

怪物も観念したように突進してくる。だが、そんな動きでは和美を捉えられない。

鋭い一閃が、化け物の身体に大きな一文字を刻む。

『――!?』

そして、力なく落下していく。まだ息のあるそれに、和美はもう一度縦に勢いよく、両刃剣を振り下ろす。



300 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/21(火) 00:29:03.11 ID:0RPE+Lhu0

『…………』

白くふわふわした床の上で、黒いそれは横たわる。脱皮の動きも、回復の兆候もない。
反撃も出来ず、ただ意識だけが辛くも残っているといった様子だった。

「…………」

和美はそれに近づいていく。

「……シャル」

和美はそれをシャルと呼んだ。その怪物にシャルの意識があると思わない。
そのことは二人の犠牲という高い授業料を払って既に知っていた。

「…………」

だが歩みを止めない。和美は寄って行く。変わり果てた仲間にトドメを差すために、寄って行く。



301 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/21(火) 00:30:13.21 ID:0RPE+Lhu0

「シャル……」

和美は自分でも気付かないうちに、一滴の涙が目から零れ落ちていた。

「ごめんねシャル。甘かった私を、あなたに酷いことをした私を、……あなたを救えなかった私を、」


和美は剣を高く振り上げ、





「どうか許さないで」



怪物の頭めがけて振り下ろした――。



302 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/21(火) 00:31:25.30 ID:0RPE+Lhu0








         ―― それから ――






303 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/21(火) 00:32:30.16 ID:0RPE+Lhu0
魔女の結界/

『……――!!! ……』

黒い大蛇に止めが刺される。戦いはあっけなく終了した。それと共に空間が歪み、元の町並みに戻っていく。



304 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/21(火) 00:33:33.73 ID:0RPE+Lhu0
どこかの街/

「…………」

変身を解除して、和美はグリーフシードを拾い上げる。
ここ最近は連戦だったが、思ったより魔力消費が少なかったため、和美はそれを大事に仕舞い込む。

「それでも、きっと、まだいるんでしょうね……」

和美はポツリと呟く。
それに答えてくれるものは誰もいない。



305 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/21(火) 00:34:47.68 ID:0RPE+Lhu0

あの後、病院での混乱は……死者を出した末に……一応の決着をつけた。
原因不明のこの事件は、その余りの特異性からかマスコミで大きく取り立たされたが、
今となってはたまに心霊番組に出て思い出す程度となった。あの奇妙な事件は悪霊の仕業と言う噂が流れオカルト界隈を騒がせた。
だが、魔法少女と言う言葉は一文字も出てこなかった。きっとあの警察官は、誰にも口外しなかったのだろうと思う。
誠実な大人もいるのだと……、思い出すきっかけになった。



306 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/21(火) 00:36:04.11 ID:0RPE+Lhu0

シャルと、シャルのお父さんの家はもう別の人の物件になっている。シャルは患者の中で唯一の行方不明者だった。
病院は父親に連絡を取ろうとするも、父親もまた行方知れず。結局親戚が失踪届けを提出したが、見つかることはなかった。

真紀の遺体もあの結界の中においてきたままだったので、同様に行方不明者扱いされた。
だがそれを始めに訴えたのは真紀の知り合いを名乗る人物で、両親ではなかった。
どうせ家出でもしたのだろう、と言ってのけた、あの両親の顔は、未だに腹が立つ。



307 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/21(火) 00:37:11.52 ID:0RPE+Lhu0

後、思い出したくもないが、キュゥべえとはあれ以来顔を合わせていない。
だが近くにはいるのだろうと思う。濁りきったグリーフシードを置いておくと、いつの間にか消えてなくなっているのだ。
実に気味が悪い。助かっているのは事実だが、気味が悪い。あの時見たキュゥべえのクローンだろうか。
あいつは何匹いるのだろう? 私に付きまとって今度は何をしようとしているのだろう? 依然として、分からない存在だ。



308 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/21(火) 00:38:30.17 ID:0RPE+Lhu0



そして、私は……



309 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/21(火) 00:39:33.30 ID:0RPE+Lhu0
見慣れた街の病院/

「……………」

線香の煙がそよ風に揺れる。煙が服にかかってきたけど、私は気にせず手を合わせ続けた。

「………」

ペットボトルに汲んできた水で黒い岩を洗う。春の桜の木の下にあれば、花びらや虫が落ちてくるのは当然だ。
私はそれらを、お墓にさせてもらっている岩にお礼をこめて、優しく取り払う。
別にこの岩は立派な御影石と言うわけではない。ただ景観のために病院の庭の桜の木の下に置いたあったものを、
そのまま利用したに過ぎない。勿論その下の土の中に遺体があるわけでもないし、縁の品すらない。
だけど、形として、私はこの病院の、この岩を、3人お墓に見立て、時々お墓参りに戻ってくる。

「…………」

再び手を合わせる。立ち入り禁止のここには、壁を跳躍で乗り越えて入ってくる私以外訪れるものはない。
だから3人の死を知るものはいないし、その死を冒す者もいない。私は静かに手を合わし続ける。



310 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/21(火) 00:40:37.60 ID:0RPE+Lhu0

私は、まだシャルロッテと戦っている。
正確に言えば、あの日大量の人々を絶望に陥れ、独立していった使い魔たちが、シャルロッテの姿に変貌したものと。

高校を卒業して、大学に行かず、社会から外れた存在の魔法少女を続けた。
そしてこの街を別の街の魔法少女に託して、あちこちで生まれたシャルロッテの使い魔たちを倒すために街を出た。
あのころ私生活でも……まぁ色々あって、ちょうど街を出るのにいい機会だったというのもあったけど。

倒し方が分かったことで、シャルロッテとの戦いで苦戦することは少なくなった。
とはいえ強い魔女だし、やっぱり未だに、戦いの度につらさを自覚してしまう。



311 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/21(火) 00:41:56.46 ID:0RPE+Lhu0

シャルはもういない。私は永遠に彼女に許されることが出来ないままに、苦しみ戦い続けていくのだろう。

誰にも褒められない、誰にも許されない戦いの末には、一体何があるのだろう?
私には、まだ分からない。


あの日皆で守ろうとした命の、その尊さを守る戦い。

罪滅ぼしでもない、救済のためでもない。

ただ自分勝手な望みを叶えるために、続けている戦い。


この日々が終われば幸せが待ってる……だなんて、そんな三流喜劇のようなハッピーエンドになるのだろうか?



312 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/21(火) 00:43:22.72 ID:0RPE+Lhu0

きっとそれは訪れない。奇跡でさえ、人をハッピ-エンドに導くことは出来ないのだから。

だが、もし、もう一度、掛け値なしの大奇跡が起きて、とびっきりのハッピーエンドを迎える日が来たら……、と夢想する。


もし、魔女のいない世界だったら。

もし、魔法少女が魔女化しない世界なら。

もし、キュウべえも私たちを騙さないで、味方となってくれる世界なら。


もしも、もしもだけど、魔女の存在が無くなった世界が……、
本当にそれが叶ったんだとしたら、もう絶望する必要なんてない。



そうしたら……私たちは、笑って過ごせただろうか?



313 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/21(火) 00:44:52.26 ID:0RPE+Lhu0

『さて、シャル。これ早くしないと溶けちゃうわよ』

『うわ! 本当だ! もったいない!』

『よし、あたしが分けよう』『あなたの分はどうしたのよ!』

『ねぇよく見てよ。僕の体格の割合だとこの量は超過すると思わないかい?』

『キュゥべえなら食える! 最悪背中で』

『無視するなってば!』

『やれやれ、わけがわからないよ』モグモグ



『あの!』



314 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/21(火) 00:45:47.94 ID:0RPE+Lhu0


    『わたし、今……とっても幸せです!』



315 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/21(火) 00:47:06.67 ID:0RPE+Lhu0

「…………」

私は拝んでいた手を戻し、荷物を纏める。

馬鹿らしい、と自嘲してしまう。
希望を抱くのなんて、間違ってる。多分私はこれからもシャルに許されずに生きていって、
そんな幸せな未来を享受できずに、死ぬか、魔女になるしかないのだ。そんな魔法少女の呪いが永遠に私を苛み続ける。
希望を信じた結果待つのは、笑顔なんかじゃなくて、涙だけだ。


事実、そうだったんだから。


「……じゃ、またね」

短い挨拶と共に、私はお墓に背を向ける。



316 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/21(火) 00:48:18.14 ID:0RPE+Lhu0



         もういいの



317 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/21(火) 00:49:19.41 ID:0RPE+Lhu0

「……?」

振り返る。だがそこには誰もいない。満開の桜の木と黒い岩があるだけだ。

聞き間違いかな、と思う。



おもうのに……



318 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/21(火) 00:50:21.32 ID:0RPE+Lhu0



         もう、いいんだよ



319 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/21(火) 00:51:29.01 ID:0RPE+Lhu0

なんで、この幻聴は、こんなにも私を安心させてくれるのだろうか?


ふと、気付くと、そこには女の子が立っていた。

私より年下の、桃色で二つくくりの髪の、赤いリボンが可愛らしい実体のおぼろげな女の子。

「だれ……?」

『…………』ニコッ

少女は答えず、ただ微笑みで返した。優しい、心の温まる、『幸せ』を体現したかのような笑顔。

きっとこれは幻覚だ。幻聴があったんだから、幻覚もある。そう思って私は静観していた。


少女はお墓に近寄ると、岩にそっと触れる。



320 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/21(火) 00:53:21.40 ID:0RPE+Lhu0



        もう誰も恨まなくていいの。


        誰も、呪わなくていいんだよ。


 そんな姿になる前に、あなたは、私が受け止めてあげるから……。



321 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/21(火) 00:54:41.51 ID:0RPE+Lhu0

「あっ……」

そういうと、女の子は消えていった。

「何だったの?」


そのときだった


「あ……――」


お墓が、一瞬ぼんやりと優しく光った。

なぜだか分からないけど、

その光にシャルは救われたような気がして、

……シャルの祈りが、絶望から開放されたような気がして……、私は久しぶりに泣いた。


今まで気を張って抑えてきたそれは、とめどなく、嗚咽と共に溢れ出た。だけど、それは確かにうれし涙だ。



322 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/21(火) 00:55:45.75 ID:0RPE+Lhu0

何が起こったのかわからない。伏線があった覚えなんて無い。偶然が起こした産物だと思う。
人がみればご都合主義だって断じて、ポップコーンを投げつけるかもしれない。


でも、この世界には、本当に、夢と希望を叶える……魔法少女がいるんだ。


だとすれば、きっとほんの少しなら、――本当の奇跡があるかもしれない。



「喜劇の最後って……、こういうもの、よね」


涙でぐしゃぐしゃになった顔で、かつての相棒が眠る岩に語りかける。



323 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/21(火) 00:57:01.83 ID:0RPE+Lhu0

「残念だったわね……。ヒロインを救ったのは、女の子だったわよ……」

目を閉じる。「るっせーなー」と気恥ずかしそうに話す彼女の姿が浮かんだ。
私はまたそれが一層微笑ましくて、笑顔なのに、もっと泣いてしまう。

『でもさ……』

また、幻聴。空想の世界の真紀は、いつかのように語り掛ける。


『たまにはいいな、こういう結末も』


春のそよ風が運んできたその声に、私は涙で濡れたとびっきりの笑顔で返す。


「……いいんじゃない?」



空を見上げる。満開の桜の隙間から見える清清しいほど澄んだ青空に、

希望を振りまく、たくさんの優しい流星がきらめいていた。



324 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/21(火) 00:58:17.27 ID:0RPE+Lhu0







「……とびっきりの喜劇ね」




私は穏やかに、そう呟いた――。







                                  ハッピーエンド



325 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/21(火) 01:02:15.07 ID:0RPE+Lhu0
これにてシャルロッテのお話は終わります。最後までありがとうございました!



336 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/21(火) 20:41:30.49 ID:nIzWszFIO
乙乙
シャルちゃんかわいいよシャルちゃん



330 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/21(火) 01:30:04.36 ID:CzHP7w1SO
すっごい面白かった!
ずっと黙って読んでたけど面白かったよ!



338 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/22(水) 01:13:01.35 ID:ChImb4xO0
良かったよー
今まで読んだシャル妄想の中で一番しっくりきた



334 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(兵庫県) :2011/06/21(火) 18:39:10.55 ID:7vwlTAK60
乙ロッテ

おもろかったぜ



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まどか☆マギカSS   コメント:10   このエントリーをはてなブックマークに追加
コメント一覧
8534. 名前 : 名無し@SS好き◆- 投稿日 : 2011/06/23(木) 21:03 ▼このコメントに返信する
導入からタラタラ感が漂っていて見る気がしない( οдο)…
8544. 名前 : 名無し@SS好き◆- 投稿日 : 2011/06/23(木) 23:58 ▼このコメントに返信する
まどか(´;ω;`)
8548. 名前 : さやか派( チーズとかは・・・ちょっぴり苦手 )◆mYbggkm6 投稿日 : 2011/06/24(金) 01:39 ▼このコメントに返信する
本当に素晴らしいなぁ・・・大長編でしたけど
一気に読んでしまったよ・・・v-10
是非ともビジュアル化して欲しい・・・って言うか
作者さまはもしかして『 プロフェッショナル v-20』の方ですか???
8550. 名前 : 名無しさん◆- 投稿日 : 2011/06/24(金) 12:03 ▼このコメントに返信する
魔法は願いによるんだろ?
病気の完治を願ったんなら、回復魔法になんじゃないの?
8560. 名前 : 名無し@SS好き◆R7QcgZ/M 投稿日 : 2011/06/24(金) 17:57 ▼このコメントに返信する
↑でもさやかは剣だしマミさんは銃じゃね?
補助効果として回復があったけど、武器には反映されてない希ガス
9538. 名前 : 名無し@SS好き◆- 投稿日 : 2011/07/19(火) 09:06 ▼このコメントに返信する
最後の桃色の髪の少女は神まどかだろうか
過去や未来の魔女を救済した訳だし
シャルたんのSSで一番しっくりきた
9727. 名前 : 名無し@SS好き◆- 投稿日 : 2011/07/24(日) 11:21 ▼このコメントに返信する
魔女シャルロッテの魔法少女時代のSSということだけども
主人公の名前がそのままシャルロッテなせいで結末が分かっちゃうのが…
あと、神まどかって確か魔法少女が魔女化する前に現れるんじゃないっけ?
他にも後半の展開が原作そのままじゃんとか色々突っ込みたいけど

野暮なことはもうこの際いいんだよ!!!!!1!

文章力とか描写力が半端なくて一気読みしました!
シャルかわいいよシャル
和美や真紀が主役のSSがあれば是非読みたい
特に真紀なんか複雑な過去がありそうだし…
39423. 名前 : 名無し@SS好き◆- 投稿日 : 2013/11/05(火) 22:27 ▼このコメントに返信する
シャルロッテは今笑っているよ
39849. 名前 : 名無し@SS好き◆- 投稿日 : 2013/11/27(水) 15:56 ▼このコメントに返信する
あえて原作リスペクトにしてるのかもしれないけど、
シャルを助けに行く下りが完全に原作のさやか助けに行くのと同じなのがなあ
43512. 名前 : 名無し◆- 投稿日 : 2014/06/20(金) 01:25 ▼このコメントに返信する
面白かった
ただ、最後がマドカなら、過去から改変されて相方は甦る
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