ダンテ「学園都市か」【MISSION 22】

2011-04-10 (日) 08:12  禁書目録SS   7コメント  
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326 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/05(土) 00:24:49.54 ID:A94W1H7Eo
―――

米特殊部隊員が7名、内2名が重傷。

ウロボロス社兵隊員が4名、内3名がパワードスーツ装備、1名が重傷。

デュマーリ島の民間人が7名、内3名が重傷。


そして学園都市の民間人が1名。


計23名。

これが白井黒子率いるチームの人員であった
目的は激戦地から遠ざかり、街外れにて拠点を確保すること。

こんな、人員を即時移動させる仕事にはまさに彼女のような空間移動能力者が適任だ。

とはいえ黒子も含めて総勢24名。

それも過半数が屈強な男となれば、
いくら能力強化をしたと言っても一度に飛ばせる質量ではない。


そこで黒子らは、以下の手順で移動することにした。

まずパワードスーツの三人を飛ばし、先の安全が確認された後に特殊部隊員の半数を。
次いで民間人と負傷者、そして残りの特殊部隊員と共に黒子も飛ぶ。
一度の移動距離は250~300m。



327 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/05(土) 00:26:02.67 ID:A94W1H7Eo

この手順の場合、一度の移動に計4回の転移作業が必要となるが、
先の安全確認が一瞬で済めば5~6秒程度で全転移が可能であるため、
時間的な面では差ほど問題は無い。

安全面も『まあ、差ほど変わらない』。

ただ、それは決して安全面が『問題無い』という訳ではないが。


どうやっても『現状から良くはならない』、ということだ。

そもそも、安全面に関しては何の策の弄しようも無かった。
人員の構成そのものが原因なのだから。

戦力が乏しすぎるのだ。

黒子一頭だけの牧羊犬では、森をさまようこの羊の群れは到底守りきれない。
狼が徒党を組んで現れれば、一気に一網打尽にされかねない。

彼女達はとにかく目立たないよう、追いつかれないよう素早く移動しなければならなかった。
そして最大の難関となりそうだったのが、土御門がいるビルの『包囲網』からの脱出であった。

一斉に押し寄せてきた、数百どころか有に千を越える数の悪魔達による包囲だ。


といった具合だったのだが実際、
その脱出はあっけない程に簡単であった。

悪魔達は明らかに黒子達の存在に気付いていたはずなのに、
彼女達には迷わず土御門達がいるビルの方を目指していったのだ。

目視して直接姿を見ても、まるで目もくれずに。



328 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/05(土) 00:28:36.02 ID:A94W1H7Eo

そして黒子達は、当初の目的地に到達していた。

黒子「…………」

デュマーリ北島の北西部、広大な港のエリアに。

城壁の如く整然と並んでいる、積み上げられたコンテナ。
そして連なっている、まるでシェルターのような倉庫群。

その間を、一行は周囲を警戒しながら進んでいた。


聞こえて来るは、遥か後方からの戦闘音の木霊。
この周囲一帯はそれはそれは静かなものであった。

人の気配も無ければ、悪魔の悪寒も無い。
都市部では至る所で見られたウロボロス社部隊と悪魔の交戦跡も、
ここには全く無かった。

黒子「…………」

並び立っている倉庫の様相は、これならば核兵器の直接攻撃にも容易に耐えうるだろう、
と思わせる程に強固で重厚。

正面から見ると屋根の部分が狭まっている台形型、
というその形がますますその空気を醸し出している。

機密性が高い物や危険物を多く扱うが故のこの設計なのだろうが。


黒子「…………」


全民間人を収容できる地下シェルターがあちこちにある学園都市も大概だが、
このウロボロス社の倉庫地帯はそれ以上だ。

戦時下、それも核戦争に備えて作られたとしか思えない程に、
軍事色がとにかく強かった。

この風景の一枚だけを見て、誰が『港の倉庫群』だと言い当てられよう。
皆が皆、どこかの軍事基地だと言うだろう。



329 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/05(土) 00:32:05.46 ID:A94W1H7Eo

と、一行が周囲に目を光らせながら進んでいたところ。
パワードスーツを来たウロボロス社兵がふと。

「あれは使えそうだ」

そう口にしながら、徐に通路脇に乗り捨てられていた装甲車の上に登り、
天板上に備え付けられた大口径の機関砲を取り外し始めた。
パワードスーツの力に任せて、ボルトや溶接部をみるみる引き千切っていく。

それと同時に他のもう一人が後部から装甲車の中に入り、
弾が入っている大きなケースと動力源のバッテリーを運び出し始めた。

機関砲部は重さにして200kg以上はあるだろうか、
弾が入っているケースもとても人が持ち歩けるような重さではない。


「……イカしてるなあのスーツ。ウチにも欲しいぜ」

そんなウロボロス社兵を目にしながら、特殊部隊員の一人がそうこぼした。

「無理だろ。政治家共の今の『トレンド』は『無人化』だしな」

それに対し、声だけを飛ばして返答する別の隊員。

「いや、『ここ』の報告を出しゃあ即予算降りるって。来期からすぐ配備だ。間違いねえ」

「予算出たとしてどこから買う気だ?まさか、この戦争終わった後にもウロボロスが残ってると思ってんのかよ」

「残るだろ。BMWとかベンツ残ったじゃねえか」

「それとこれは状況が違い過ぎんじゃねえのか?爺さん達はBMWとかベンツを『相手』に戦争したわけじゃねえしな」

「あー、まあそうだな」

「東側の相手はロシア、こっち側の相手はウロボロスだ」



330 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/05(土) 00:39:08.99 ID:A94W1H7Eo

「おいおいおいやめてくれよ、俺のオフクロはウロボロス系列の家電屋に勤めてんだぜ?」

そして更にもう一人、
先ほど佐天にブランデーを飲ませた隊員がこの取り留めのない話に横から加わった。

「確かお前のオフクロはフォートワース住みだったか?まだ家電屋で働いてんのか?」

「そうだ。勝手に潰れられたらオフクロが家賃払えなくなっちまう」

「ああ、そういえば姉貴ん家のエスプレッソメーカーもウロボロス系列のだったな。保障効かなくなるのか?」

「知るかよ。コールセンターに聞けよ」

「そもそも何で俺達はウロボロスと戦争してんだ?ウチの兵器だの何だののほとんどがウロボロス系列だろ?」

「というかアメリカ=ウロボロスだろ。ウチのデカイ企業のほとんどがウロボロスと提携関係だぜ?つまりだ、これは陰謀が絡んだ企業内戦だ」

「売れねえ三流作家でもんなネタ使わねえよ」

「それにしても今のこの状況を伝えりゃ、無人化無人化喚いてたあの野郎どんな顔するんだろうな」

「誰?」

「あの議員にだよ。ウン億ドルもした無人機が何もしない内に片っ端から叩き落されて、『人力』の俺達が生き残って、ってな」

「だからその議員って誰だよ」

「あのほら、共和党の、名前なんつったか、ケツにモリ突っ込まれたトドみてえな顔のがいたじゃねえか」

「下院か?」

「ちげえよ。フォートワースの市会議員だ」

「んなローカルなゲイ野郎知らねえよ」

「知らねえのかよ。俺の地元じゃ結構有名なんだぜ?」


「大尉、このテキサス野郎が言う市会議員って知ってます?」


「んな顔の議員は知らん。お前らのオフクロさんなら知ってるが」


話を振られたリーダーはそう軽くあしらいながら、
指を軽く振るようにとある一つの倉庫を示した。



331 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/05(土) 00:40:23.27 ID:A94W1H7Eo

すると、そのサインの意図を受け取った一人の隊員がその倉庫の巨大な扉の脇に駆け寄り。

背負っていたバックパックを下ろし、
小さな端末を取り出しては倉庫の壁にあるパネルに接続し。

「システムオンライン。ロック損傷無し。全隔壁にも問題無し。稼動状態に問題はありません」

素早くキー操作しつつ、
読み取った倉庫の状態を知らせた。

「中身は?」

周囲を警戒して背を向けたままリーダーはそう問い返し。

「空です」


「ここで問題無いな?」

そして黒子の方へと振り向きながら彼女に言葉を飛ばした。

黒子「……」

それに対し彼女は無言のまま軽く頷いた。

そう、
このシェルター染みた倉庫はまさに防衛拠点に打ってつけなのだ。

悪魔の全面攻撃となればやはり耐えられようもないだろうが、
それでもガラス張りのオフィスビルに立て篭もるよりは万倍マシだ。



332 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/05(土) 00:42:07.55 ID:A94W1H7Eo

「OK、開けろ」

その黒子の了解も受け、
リーダーが端末を持つ部下へと指示の声を飛ばした。

「了解。ロック解除、開きます」

そして端末を操作していた隊員の声に続き、
地鳴りのような音を響かせて扉が開き始めた。

1m以上もの厚さがある『隔壁』が、ゆっくりと横へと移動していく。

そこで早速、
リーダーが無言のまま頭を軽く傾けては中に入るよう促し。
他二人の隊員が素早く徐々に開いていく隙間から中へ。

「クリア」

その中に入った隊員からの、異常が無いことを確認した声を受け、

「よし。入れ」

リーダーが民間人達に向けそういった所で。


「……おい。どうした?」


突如強烈な金属の激突音が響き、
扉が2m程開いたところで動きを止めた。


「……オフラインです。動力供給が切れました」


「原因は?」


「あー、今システムチェックします。いきなりぶっつりと……」



333 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/05(土) 00:43:29.76 ID:A94W1H7Eo

「とにかく復旧を急げ」

「了解」


とその時。

突如輝き出す『南側の空』。

皆が皆その光を視界の端に捉えては反射的に目を向けるも、
その眩しさにこれまた同じく反射的に目を細めた。

距離にして20km程、光源は恐らく南島だろう。

黒子「…………」

黄金色と燃えるような赤が混ざったその光と眩しさは、どことなく澄んだ朝日にも似ているか。
ただ、アレはそんな清清しい現象ではないはずだ。

大気を通じての音は『まだ』聞こえないものの。
地殻を伝わってきた振動が生み出す、内臓を震わせる程の地響きがそれを物語っている。


「……あれも学園都市の『天使』か?」

と、そんな光の祭典を目にしながらリーダーの男が呟いた。

その言葉を己への物へと判断した黒子は、
リーダーが口にした『天使』というワードを聞いて一瞬間を空けながらも。

黒子「……さあ。『悪魔』かもしれませんの」

揚場の無い声でそう言葉を返した。



334 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/05(土) 00:45:41.13 ID:A94W1H7Eo

そう、あの光源が仲間の『天使』なのかそれとも『悪魔』なのか、
そしてその悪魔が『味方』かどうかすらもわからない。

黒子「まあ、どちらでも別に」


ただ。

一介の『兵卒』に過ぎない黒子は、
そんな上位の領域の事など把握する必要は無い。

『レベル5』達の上司に任せておけば良いのだ。

今の己には『関係ない』。


『関係ない』。


黒子「―――…………」


そんな風になんとなしに思ったのだが。


『レベル5』。

『関係無い』。


思索の中で発した、己のそれらの言葉が木霊する。


理由はわからない。


わからないのになぜか―――。



335 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/05(土) 00:47:10.44 ID:A94W1H7Eo

黒子「―――……」


なぜこんなにも引っかかる?

何も『感じない』のに、なぜ違和感を覚える?


突如襲ってきた得体の知れない焦燥感。

それに堰き立てられたかのように、黒子は思わず後ろへと振り返り。
一塊になって屈んでいる民間人、その中の佐天へと目を向けた。

佐天「…………?」

その視線にすぐに気付き、
困惑と驚きが混ざった表情を浮かべる佐天。

そんな彼女の顔から、黒子は『なぜか』視線を逸らすことができなくなってしまった。
己の意思に反して目が固定されたかのよう。


いや。

『己の意思に反している』のではない。


こうさせているのも『自分自身』だった。


己の中で『別の自分』が「見ろ、気付け、目を逸らすな」と駆り立てくる。
その一方で『更に別の自分』が「見てはいけない、それに気付いてはいけない」、と覆い隠そうとしている。


そして彼女は思う。


こんな疑問を抱く。


では『このわたくし』は『ダレ』―――?


―――別の二人の『自分』を感じている自分は『ナニ』?、と。



339 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/05(土) 01:59:42.69 ID:A94W1H7Eo

佐天「―――」

その時、佐天は目にしていた。


黒子の顔のとある『変化』を。

一見すると、先までと同じ冷たい無表情だが。
しかし佐天はその小さな変化を見逃さなかった。

揺れ動いている瞳。
微かに震えている唇。

そして。


白井黒子の『色』。

この地獄で出会った白井黒子ではなく、
学園都市でいつも見る白井黒子の『色』が。

それはほんの僅かにしか過ぎない。
そう、僅かに過ぎないのだが。


佐天「―――し―――白井さん」


間違いなく『本物の白井黒子』の欠片だった。



思わず、思わず佐天は『再び』呼びかけた。

先ほどの、
ビル内のレストランでの確かめるような声色ではなく。


相手を白井黒子だと『確信』して。



340 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/05(土) 02:04:52.85 ID:A94W1H7Eo

そんな『投石器から打ち放たれた礫』が、
黒子の内面を囲っていた城壁に叩き込まれる。


黒子「―――」


己の名を呼んだ佐天。


その声で感じる『これ』はなに?


なんで?


なぜ?


思考が繋がらない。
噛み合わない。
何かが欠落し何かを見落としている。

とてつもなく『危険』だけども。


それ以上にとてもとても『大事』な何かを。



341 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/05(土) 02:05:54.10 ID:A94W1H7Eo

そう、確かに土御門が思った通り、
これは白井黒子が『白井黒子という人格』を取り戻すチャンスだ。
この島に来て失ったものを引き戻す最後の機会だった。

しかしそれは一方で。

この状況においては非常に危険な事であった。
そもそも彼女がこうなってしまったのも、元は己の精神を守る為のシステムの一旦。

ストレス
恐怖を認識しなくなったのは自己防衛機能の一つ。
彼女の精神は、このような状況には『耐え切れない』。
それでも、表面上だけでも何とか正常を保つためにこんな機能が働いたのだ。

無意識下の生存本能はこう決定したのだ。


『人格を殺してでも長く、できるだけ長く生き延びよう』、と。



つまりその機能を停止、拒否するという事は―――。



そんな時。



この倉庫地区に叫び声が木霊する。



身の毛のよだつ、あの言い知れぬ悪寒を覚えさせる異形の金切り声が。

この世のものとは思えない、いや、本当にこの世界のものではない咆哮が。



黒子「―――」


その声が強烈な刺激となる。
微かに頭を出した『白井黒子の心』にストレートに突き刺さり。


傷口に塩を塗り込むが如く―――。



―――そして奥底にて眠りこけていた、『恐怖という怪物』を揺さぶる。



342 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/05(土) 02:07:09.85 ID:A94W1H7Eo

「―――!!!」

300m程離れた倉庫の上に現れた複数の悪魔の姿。

「入れ!!!」

即座に民間人達に向け飛ばされる、
倉庫に入るよう指示するリーダーの声。

それを受けて、すぐさまそれぞれの仕事をこなす隊員達。

「12時方向!距離300!」

ある隊員達は位置につき。

「入れ入れ!」

またある隊員達は、
負傷者に肩を貸すなどして倉庫内への非難を急がせる。

そんな隊員達の姿と声、そして悪魔の咆哮とおぞましい殺意を感じながら、
黒子の体は佐天を見つめたまま硬直していた。



佐天「しら―――」


その黒子に向け、再び佐天が呼びかけようとしたが。

「―――入れ!!入るんだ!!」

脇からの英語の叫びで遮られた。

佐天「あっ―――」

思わずその方向を見ると。

開いた扉の隙間脇に寄りかかるような体勢で、
右手でアサルトライフルを構えつつ、左腕を大きく振っていた。

佐天にブランデーを飲ませた、あのテキサス野郎と呼ばれていた隊員だ。



343 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/05(土) 02:15:15.95 ID:A94W1H7Eo

佐天は一度、そして二度、交互にその隊員と黒子を見やり、
そして戸惑いの色を見せたが。

「何してやがる!!!」

次いで放たれてきたその声に負け、引っ張られるようにその隊員の元へと、
開いている隙間の方へと駆け出した―――。


その時だった。


突如、『透き通った何か』がけたたましい激突音を響かせて扉に壁に突き刺さった。

それは遠くから飛翔してきた太さ10cmもの『氷の矢』。


そして真っ赤な液体で染まる、


佐天「―――ッ」



佐天の胸から首元。



「がッ―――」

その液体があふれ出た口は、
扉脇に立っていた『テキサス野郎』が佐天に向け伸ばしていた左腕、



「―――あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛腕が―――!!!野郎ッ!!!俺の腕をッ―――!!!」



肘から先を無くしたその腕から噴出す鮮血であった。



「―――あ゛あ゛クソッ!!クソクソクソクソ!!!!!―――」



344 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/05(土) 02:19:11.61 ID:A94W1H7Eo

痛みに堪えるためかその場で地団駄を踏むように力んでは、

「―――畜生ッ!!畜生がッ!!!やりやがったなクソッタレッッ!!!!!」

スラングまみれの腹からの怒号を吐き出す隊員。
その驚きと怒り、そして苦痛に滲んだその声色は、一発で喉を痛めそうな程に潰れたもの。

そして壁に背をこすり付けるようにその場に倒れこんだ。


佐天は噴きかかった鮮血に怯みもせず、いや、怯んでいただろう。
ショックを受けたからこそ。



佐天「―――だめえええ!!!だめ!!!だめ!!!だめ!!!だめ!!!」



彼の元にかがみ込んでは、短くなった左腕の先に手を当て、
そう何度も悲鳴染みた声で口にした。


毀れ出て行く命を何とか、何とか止めようと。

しかしそんな彼女の悲鳴をあざ笑い、
指の間から絶え間なく熱い鮮血が溢れていく。


「―――中に引っ張り込め!!!!ドク!!!ドク!!!!」


とその時、別の隊員のそんな怒号が響き、
二人のワイシャツ姿の民間人が肩辺りを掴んでは、テキサス野郎を倉庫内に中に引き摺り込んだ。



345 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/05(土) 02:20:54.70 ID:A94W1H7Eo

その一連の光景。

鮮血に染まった佐天。

彼女の悲鳴。

死に片足を突っ込み始めた隊員。


これが、黒子への決定打となった。


『取り戻す』鮮烈な戦慄。


ぞわりと、雁首を掲げた『怪物』が、黒子のうなじを舐めていく。

そのなんと巨大なことか。
そのなんと濃厚なことか。

この島に来てからの、目を背けていた時間の間にここまで膨れ上がっていた。

溜め込んでいた苦痛はここまで巨大化していた。


『恐怖という怪物』は。


その姿は、今まで『見えなかった』のが不思議なほどに強烈。


周りにはこんなにも血が溢れてる。

周りにはこんなにも死がある。

そしてこんなに近くにまで死が忍び寄ってきている。

いや、忍んでなんかもいない。


大手を振って正面から向かってきている。


こちらに笑いかけながら―――。



黒子「―――…………わ、わたくしは―――」



こうして、彼女の心を守っていた『時限装置付の防壁』が崩壊した。



346 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/05(土) 02:21:32.04 ID:A94W1H7Eo

とその時。

「テレポーター!!!どうしたテレポーター!!!」

肩を僅かに震わせ始めた黒子に向けリーダーが呼びかけたが、当然反応は無し。

「チッ!!!来い!!!」

彼女の小さい体は一気にリーダーに抱えあげられ、
そして倉庫内へと運び込まれた。

「全員入ったか!?」

黒子をやや乱暴に壁際に下ろしながら、そう声を放つリーダー。

「入りました!!!!」

その確認の会話後即座に、
扉が開いている前に、ウロボロス社兵が先ほど装甲車から拝借した機関砲を設置。
他の隊員たちもそれぞれの射撃位置につき。

そして、外へ向けて一斉に発砲を開始した。

耳を劈く発砲音。
ただでさえ凄まじい爆裂音、
それが更に倉庫内に反響し更に強調されていく。

慣れていない民間人は蹲る様に耳を押さえ、ある者は悲鳴を挙げた。

そんな中、ドクと呼ばれていた一人の隊員が、
腕を飛ばされたテキサス野郎の下に駆け寄った。

失血のせいか、目が既に虚ろになっていたその瞳に
ペンライトを当てては反応を確認しつつ、

「縛れ!!!!強く縛るんだ!!!思いっきり縛れ!!!」

『短くなった左腕』の先にいる佐天の方に一本の紐を放り投げた。



347 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/05(土) 02:27:06.61 ID:A94W1H7Eo

英語を聞き取るどころか、この距離にも関わらず声が聞えないほどの爆音、
それでも身振りで何を言わんとしているかはすぐわかる。

佐天「―――ッ!!!」

佐天の手は一切の抵抗無く、血などものともせずに動いた。

大量の血、生々しい傷口、確かに一般人の彼女にとっても強烈過ぎるもの。
しかし、今はそんな事を感じる余裕すらなかった。

血に塗れながら、彼女は無我夢中で紐を縛った。
きつく、きつく。


黒子「わ……わ……」

そんな修羅の様相の彼女を見ながら、黒子は呆然としていた。

『防壁』が決壊し、噴出しなだれ込んでくる『ツケ』。
頭の中は極度の混乱、胸に押し寄せる凄まじい圧迫感。

自分がこの島に来て『何』を目にしていたのか。
この島が一体どういう『場所』なのか。

それがわかってしまった。

気づいてしまった。


そして。


怖かった。


ただただ怖かった。



348 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/05(土) 02:31:59.59 ID:A94W1H7Eo

初めて悪魔に会ってしまった、かつての路地裏でゴートリングの姿を目にした時と同じ恐怖。
一切のフィルターが取り除かれた、あの本物の恐怖。


黒子「あ……あ……」


『レベル5』、『関係ない』、それも間違っていた。
間違い過ぎだ。


関係ない訳が無い。


何せレベル5の―――。



―――『お姉さま』がこの島にいるのに。



そして、なぜ『関係ない』としてしまったか、その理由も『わかってしまった』。


もしお姉さまに何かがあったら?


もし。


もしもお姉さまが―――。


そんな、彼女への想いが原因だった。

御坂の喪失は、黒子にとって正に『即死級の恐怖』。

御坂美琴は彼女の最愛の存在でありながら。



最凶の恐怖の象徴でもあった。



そう、他の者を強く思いやる心優しき者にとって、『喪失』は最大の弱点と成り得る。

だから無意識下の防衛システムは全てを遮断した。


彼女の『全て』を。


白井黒子は御坂美琴に向けて、
己の精神の『耐久度を越えた想い』を抱いてしまっていたのだ。



349 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/05(土) 02:34:12.58 ID:A94W1H7Eo

怖い。怖い。
何もかもが怖い。

恐怖は生命体にとっての最大の精神的苦痛。
全ての負の感情の根底にある真理。

そして、心の中で別の己が囁く。

つらいだろう?苦しいだろう?

じゃあもう一度捨ててしまえ。

もう一度全てを遮断してしまえ。

まだ戻れる。

また楽になれる、と。


黒子「―――」

そう、苦しい、つらい。


場もわきまえずに、無様に瞳から雫を零してしまうほどに。


でも。


でも。


それでも。


『嫌―――嫌だ―――』


『これ』を捨てることなど無理だった。

御坂美琴。

彼女の姿を、また心の中から消してしまうなんて。
黒子にとってはできない事だった。

例え精神が押し潰されても。

例え死んでも。

                ケ
愛するお姉さまは殺せない。


絶対に。



350 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/05(土) 02:36:30.68 ID:A94W1H7Eo

彼女は動き出す。

涙は止まらぬし手は震える。
しかし迷いは一片も無かった。

背中にある小さなバックパックを下ろし、
中から長さ30cmにもなるレディ製の大きな杭を取り出しては、ベルト前の触れやすい部分に差込。

両手の指に挟み込むようにして投擲用ナイフを持ち、
釘を4本口に咥えて立ち上がっては、リーダーの方へと駆け。

そしてその背中を小突き、首を傾けては外に出ると仕草で示した。

一瞬、彼はそんな彼女の泣きっ面に固まったが。

「テレポーターが出る!!!!」

すぐに頷くとヘッドセットにそう怒鳴り込んだ。

そして黒子が外に飛ぼうとしたその寸前。


腕を無くした兵士の脇にいる、佐天と目が合った。


そんな、大切で強い友達に黒子は小さく頷いた。
瞳を潤ませつつも、穏やかな笑みで。


佐天「―――」

直後、佐天が口を開いたが。
音を発する前に黒子は外へと飛んでいた。


もし佐天の喋りを待っていたとしても、
その声は凄まじい発砲音で届かなかったろうが。



351 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/05(土) 02:37:11.80 ID:A94W1H7Eo

ここで諦めてればば。

ここで忘れれば。

ここで捨てれば。


一体どれほど楽なのか。


黒子「……全く、厄介なものですこと」

しかし。

どんなに無様に泣き叫ばされようが。

どんな醜態を晒させられようが。

どれほどプライドが叩き潰されようが。

どんな間違いを犯そうが。

どんなに拒絶されても。

どんなに距離が離れても。


黒子「うんざり……してしまいますの……わたくしの馬鹿さ加減には」


手放せるわけがない。



352 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/05(土) 02:43:29.35 ID:A94W1H7Eo

次の瞬間、黒子は倉庫の上にいた。

黒子「…………」

眼下には、たくさんの悪魔の姿。
パッと見えるだけで4、50はいるか。

離れた場所にも動く陰が複数あり、これからますます増えそうだ。

そして彼女は飛び込み。


飛んでは切って。

飛んでは避けて。


修羅の如くそれを繰り返した。


悪魔達が振るう爪、その一撃で体が木っ端微塵になるという事実。

黒子「―――ッシッ!!!!」

怖い。

怖すぎる。

それでも彼女は飛び続ける。

涙を流しながら、肩を震わせ。
熱い吐息を漏らしながら、歯を食いしばり―――。



353 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/05(土) 02:47:50.71 ID:A94W1H7Eo

アサルトの体当たりを真横に飛んで交わし、カウンターで首を裂いて計10体目。

地面に叩き込まれた悪魔の蹴りで、アスファルトの破片がショットガンの散弾のように飛び散り。
黒子の太ももをかすっていく。

戦闘服がパックリ裂かれ、そして血も流れ出す。


黒子「―――ッッあぐッ!!!!!」

彼女は思わず声を漏らした。
その苦痛のなんと鋭いことか。

でも、でも。

これも大切な感覚
無くてはならないもの。

この痛みと『熱』が、己がまだ生きてる事を知らせてくれる。


フロストの首の後ろを引き裂いて計17体目。


演算にミスがあったのか、転移の座標が僅かに低くなってしまい、
フロストの体に左手先が直接触れる。


黒子「―――あ゛あ゛あ゛あ゛ッッッ!!!!!」


超低温で焼ける凄まじい痛み。

手が凍り付いて砕けるまでは行かなかったものの、
肘から先の感覚が完全に消失した。

いや、感覚の消失ではなく、他の感覚を全て押しつぶすほどの激痛だった。


そしてそれは、彼女の演算に障害を与えるには充分過ぎる刺激でもあった。



354 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/05(土) 02:51:46.85 ID:A94W1H7Eo

黒子「!!!!」

間髪いれずに、こちらに真っ直ぐ突進してくる一体のアサルト。

避けなければあの爪の餌食となる。
そして足で回避できるような攻撃でもない。


能力で飛ぶしかない。


しかし、地面に立つような高度に飛ばすのが『怖い』。
足が埋まるのが『怖い』。

そんな風に咄嗟に黒子は、
己の体を5mもの高さに飛ばしてしまった。


黒子「―――ッんッぐッッッ!!!!!」


結果、攻撃は避けれたものの。
地面に無理な体勢で叩き付けられてしまうことに。


狩ったのは17体。


この短時間での一人の戦果としてはかなりのものだっただろう。

しかし。


この場にいる悪魔の三分の一も狩っていなかった。



355 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/05(土) 03:04:24.21 ID:A94W1H7Eo

黒子はふらつきながら立ち上がると、近くの倉庫の壁にもたれかかり。

右手先に持っていた投擲用ナイフを捨て、
その手でベルトにある長い杭を引き抜き。

追い詰めた『獲物』へとにじり寄ってくる悪魔達を見据えた。

泣きっ面で、頬をぐじゃぐじゃに濡らし。
肩を震わせて鼻水を鳴らし。

震える唇からは啖呵も出ない。

それでも、それでもその姿は猛々しくそして凛々しく見えるものだった。


黒子「…………ふーッ。ふーッ……」


気負いは無かった。
恐怖はあっても、迷いも後悔も無い。

いや。

迷いというか少し、すこしだけ。


黒子「(……お姉さま)」


心残りはあるか。


何がお姉さまの助けになりたい、傍で戦いたいだ。
とんだありがた迷惑だ。

いつもいつも、余計なことしかできない。


黙ってこんなところに勝手に来て、こんな結末になって。

お姉さまは確実に怒る。

そしてお姉さまはきっと悲しむ。



黒子「(最期までわがままで不孝者のこの黒子めを、どうかお許しくださいまし)」



これ以上ないほどに。



瞬間、悪魔達は飛び掛った。
一斉に全方向から。



356 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/05(土) 03:08:04.08 ID:A94W1H7Eo

その瞬間、夢か幻か。




「はいはいはい、そこまで―――」




黒子は唐突に目にした。


青白い稲妻を翼のように背中から迸らせながら、ふわりと舞い降りてきた『天使』を。

先ほど、あのリーダーは学園都市の『天使』と口にしたが。
それは本当に納得だた。
黒子にとって、ここに現れたその者は正に天使と呼べるに相応しい存在だった。



黒子「―――あ…………あ…………」




その『天使』は驚きもせず、怒りもせず。



「遅れてごめん―――」



それどころか、逆に謝って。







御坂「―――黒子っ」






彼女の名を呼んだ。
優しく、暖かい声で。



357 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/05(土) 03:09:48.20 ID:A94W1H7Eo


黒子「―――」


まさか自分はもう死んでいて、これは幻想なのでは?思いたくなってしまうほど。
御坂美琴の姿は美しく見えた。

今までで最も。
飛びぬけて。


御坂は背後の悪魔達へ向け、見もしないで極太の電撃を放つ。


その火力は尋常なものでは無く、
能力が『かなり強くなっているよう』にも見えた。


この劇的な状況のせいで、己の中で演出のフィルターをかけてしまっているのか、
それとも、『何らかの要因』で本当に御坂の能力が強くなっているのかは、
今の黒子では判断しようが無かったが。



そして更に突如御坂が持っていた黒い大砲がスルリと『延びた』。


その形と動きは、剣というよりは正に『刃の付いた鞭』。


御坂が動かなくても、
まるでそれ自体が意思を持っているかのようにうねっては、
目にも止まらない速度で次々と悪魔を寸切りにしていく。



358 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/05(土) 03:12:45.84 ID:A94W1H7Eo

黒子「あ、あ、…………」


もう間違いなかった。


これは幻想なんかじゃない。

そんな大砲が伸びて鞭になるなんて『想像力』は黒子には無いし、
そもそも死ぬ時の美しい幻想ならば、
こんな悪魔達の悲鳴や飛び散る肉片なんかも無いはず。


御坂美琴はあまりにも美しすぎるけど。


この一方のおぞましさは『現実』を示していた。



黒子「―――お―――」


黒子は思わず駆け出した。



黒子「―――お゛ね゛え゛ざま゛ぁ」



泣きじゃくりながら御坂へと。

そんな彼女を見て、御坂はクスリと小さく笑った後。


御坂「ほら、おいで。黒子」


そう呼んでは優しく抱き止めた。
両腕で包み込んで、後輩の頭に頬を当てて。


周りで踊り狂う黒い鞭の刃と、巨大な稲妻の嵐が
悪魔達を殲滅していく中。


―――



359 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/05(土) 03:13:20.17 ID:A94W1H7Eo
今日はここまでです。
次は火曜日か水曜日に。


360 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/05(土) 03:14:13.49 ID:EJyk98hJo
乙!


364 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/05(土) 12:35:04.62 ID:DS38H3kNo
乙。これだけは言わねば。
白井黒子復ッッ活!!白井黒子復ッッ活!!白井黒子復ッッ活!!



365 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/05(土) 15:47:47.93 ID:Nvnsv5yzo
テキサス野郎には生き延びて欲しいな



367 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/08(火) 13:48:01.73 ID:1Xxmuhz8o
アメリカ軍の描写がまた良いな



368 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/08(火) 23:12:41.15 ID:Fs4QU8deo
―――

外からは地響きが聞える。
金髪の麗しい聖人による戦囃子が。

一方で頭の内から聞えてくるのは、決死の場にいる『魔神もどき』からの、
寿命と引き換えに送られてくる『記述の情報』。

目に『見えている』のは、フォルトゥナの姫越しの『術式迷宮』。


土御門『…………』

磨耗していく精神、その負荷に苛まれながらも土御門は堪え続け。
そして『策』を完成させた。
人造悪魔共の機能を停止する策、その手順が練り上がったのだ。


土御門『…………』

しかしその実行にはあと一つ。
あと一つだけクリアしなければならない問題があった。

                   キー
それは、最も重要な『情報』が足りない、ということ。


この策の成功に必要不可欠な、『核』の『位置』を示す『コード』。

                               キー
これが無ければ始まらない、まさに『鍵』となるたった一つの記述が。



369 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/08(火) 23:14:07.14 ID:Fs4QU8deo

ただ、その『鍵』の在り処は大体見当がついている。

簡単だ。

先ほどキリエが『言わなかった言葉』だろう。
彼女が堪えて胸に閉まった言葉だ。

土御門『……』

と、なぜこうも土御門が冴え渡っているかと言うと。

この『加護』の影響か、よく『鼻が利く』おかげだ。
尋常じゃない確実性をもって勘が働く。

これが高位の存在が有する独特の知覚の一種、魔の側で言えば『悪魔の勘』という系のものか。

土御門『(便利だな)』

そう、非常に便利な知覚だ。
見えてくるのが『良い事象』か『悪い事象』なのかは別として。


この時もその勘は、良い事と悪い事を分け隔てなくはっきりと告げていた。

良い事は、上記の通りキリエが胸に潜めている言葉が『鍵』だという事。

そして悪い事は。


その言葉は、闇に潜んでいた『獣』を放つ解号でもある、と。


『絶大な存在』を叩き起こすことになる、と。


土御門『……』



370 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/08(火) 23:18:13.55 ID:Fs4QU8deo

このざわつき。

意識した途端押し寄せてくるこの圧迫感。

やはりアリウス。
術式の防護システム・難解すぎる暗号化の他に、
とんでもない『番人』を置いていたようだ。

土御門『……』

ただまあ。
だからと言って怖気づき退くことはあるまい。

確かに恐れはある。
いや、はっきり言って怖くて怖くて仕方が無い。
しかしそれ以上に負ける気は無い。


勇気は『腐るほど』有り余ってる。


土御門『キリエ嬢』

土御門は屈み、美しい姫に問うた。


土御門『今がそれを問うべき時なのかはわからない』


土御門『だが、今こそ俺はその言葉を欲している』


キリエ「……わかりました」

そんな土御門の佇まいと声色で、彼が何を求めているのかを悟った聡明なキリエ。
その目をまっすぐ見つめながら小さく頷き。



キリエ「核は―――」



そして、土御門へ『鍵』を渡した。



キリエ「―――『影』に」


その瞬間。


絶大な『影』目覚める。



―――



371 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/08(火) 23:21:19.14 ID:Fs4QU8deo
―――

遡ること少し前。

とある高層ビルの前にて、一人の金髪の女が舞を披露していた。

手に持っているのは、神事の笏でもなければ神木の枝でもなく、
刃渡り5mにも達する巨大なクレイモアだが。

そして周りで響くは聖歌ではなく、刃が生み出す破壊の音と悪魔達の断末魔。
格好は簡素な作業服にエプロン。

にも拘らず、その全身から香は高貴な麗しさ。
周りの凄まじい惨状がより一層その美しさを際立たせる。

彼女は近衛侍女所属の聖人にして、
英国の王権神授制、その神事を司る巫女。

シルビア。

『戦争』は確かに『数』だが、
『戦闘』においては、互いの力量の差によっては数では押し切れない場合がある。

今この光景こそ、そのわかりやすい例の一つになるだろう。

群がる悪魔達は彼女に指一つ触れられない。
その白銀の刃にさえ『接触しない』。

悪魔を破断していくのは、その白銀の大剣から放たれた斬撃。

彼女が振るうたびに大地に巨大な爪痕を刻み、数十対もの悪魔を抹殺する。
その切断面はお世辞にも滑らかとはいえない、まさに『叩き切る』というもの。

更に勢いはそれだけにとどまらず、
放出された余波が周囲のビルを次々と切り倒す。


下等悪魔などいくら束になってかかって来ようが、
刃を抜いた彼女にとってはなんら脅威ではないのだ。



372 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/08(火) 23:23:22.70 ID:Fs4QU8deo

しかし。

今のコレは、生き残った方が勝ちという単純な『戦闘』じゃない。

コレは『戦争』だ。

シルビアには、この背後の土御門とキリエがいるビル、
そこへの悪魔の侵入を遮るという使命がある。


シルビア「(…………多すぎるな)」

凪いでも凪いでもきりが無かった。
悪魔達の数は尋常じゃない。
地面から雑草のように生えてきてるんじゃないかと思ってしまうほど。

それに対して剣を使うのは、やはり効率が悪かった。

今のようにある程度は応用が利くものの、
それでも大量の雑魚を処理する場合にはいささか不便だ。

どんなに強力な攻撃でも、『線』では全てを殺し切れない。
一部が間をすり抜けてきてしまう。

ではどうすれば?


シルビア「(……アレを使うか)」


答えは単純。


ならば『面』を制圧する攻撃に切り替えれば良い。



373 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/08(火) 23:27:35.45 ID:Fs4QU8deo

彼女が徐に地面に大剣を突き刺すと。

その白銀のクレイモアはぬるりと地面に沈んで行き、
それと入れ替わるように生えてくる長さ1.4m程の弓。

シルビアはそのイチイの木から作られた弓、『ロングボウ』を手に取り。
津波の如く押し寄せてくる悪魔の一団の方に向き、弦を掴み顎に密着するほどにまでその手を引いた。

するとその手先にこれまた長い矢が出現。

シルビア「…………」

そして、矢を挟んでいた指を離した。

独特の風切り音を響かせて放たれるロングボウの矢、
これはただの矢ではない。

聖人が放つ、魔術によって極限にまで強化された矢だ。

矢は目視が不可能な速度で大気を切り裂いていき、悪魔の一団に到達。
鏃はその先頭の一体をやすやすと貫き、そのまま後方の10体近くをもぶち抜いていった。

しかしそんな破壊さえも、実は今起動した魔術のほんのおまけだ。

この一矢で重要なのは『方向を示す』事と『破壊力の指定』であって、
命中したことそれ自体ではない。


攻撃を行う『メイン』は。


直後にシルビアの周囲の中空、そこから現れた『無数の矢』だ。


数にして数十万本、彼女が先に放った一矢の方向へ放たれる。

その第一矢と『同じ』破壊力を帯びて。

それはかわす隙間などもってのほか、
蜂の巣となる『余地』すら残さない圧倒的密度の弾幕。


文字通りの『矢の壁』は『全て』を射抜いた。

そんな一斉射撃により、その面方向の悪魔達の一群が跡形も無く『消滅』。
切り落とされ倒れていた周囲のビルらも粉砕され、残ったのは小さな瓦礫に覆われた更地だけであった。



374 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/08(火) 23:30:35.80 ID:Fs4QU8deo

これは、百年戦争にて絶大な火力を発揮した『イングランドのロングボウ』、
それにちなんだ、後には何も残さない指向性広域殲滅魔術である。

ブリテン
英国の歴史そのものを『魔術基盤』とできる、
英国の王権神授制、その『神事』を司る巫女にしか扱えない強力な魔術。

更にシルビアの場合、そこに聖人性が加わってのこの火力。
実を言うと、彼女がこれを使う際は、
ステイル達の力の解放と同じく王室の許可が必要になる程だ。

第一撃、その圧倒的な戦火を確認したシルビアは次いで手際よく、
第二矢・第三矢と悪魔達の一群目掛けて放っていく。


そしてその放たれた一矢が通り過ぎた一瞬後、
何もかもを破壊していく矢の壁が完璧すぎる『整地』を行っていく。


土御門達がいるビルの周囲は、ますます更地が広がっていく。
まるまる消えてしまった面積は恐らく数区画分。


その風景はさながら、中央にオベリスクがある広大な広場のよう。

シルビア「……」

彼女は矢を次々と放ちながら、こうふと思った。


ここは、数日前に廃墟と化した『どこかの聖都』の在りし日の姿みたいだな、と。


向こうは『聖都』。
ここは『魔都』。

その対比と偶然の風景の一致も、なんだか妙に馴染む。



375 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/08(火) 23:33:04.62 ID:Fs4QU8deo


と、その時であった。

シルビア「―――ッ」

前触れもなく突如として襲ってくる、
正体不明の凄まじい圧迫感。


シルビア「―――なっ……!」


こんな感覚は初めてであった。

己の巫女として、聖人としての『神性』が急激に萎縮している。
そして武人としての本能がこれ以上ない強い声で『危険』を告げている。

ロングボウを構えながらあらゆる方向を見、
この『威圧的な視線』の発信源を探すも見つからない。
いや、厳密には『見つからない』ではなく、判断がつかなかった。

『全方位』から視線を感じているのだから。


シルビア「―――……ッ……何なんだこれは……ッ!!!」

歯噛みしながら吐かれたその声はやや震え。

ロングボウを構える手先に力が入り、
全身からは一気に噴出す嫌な汗、胸の奥では爆発的に加速する鼓動。


最早、押し寄せてきている下等悪魔達には気が回らなかった。

そしてその必要もなかった。

シルビアがどんなに鬼神の如く仲間なぎ払おうが、
全く怯まずに挑んできていた悪魔達。

そんな彼らの揺ぎ無い闘争心をも、
この『何か』のオーラはいとも簡単にへし折ったらしかった。


悪魔達は180度進行方向を変え、一斉にこの場から離れていったのだ。
蜘蛛の子を散らすように。



376 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/08(火) 23:36:42.92 ID:Fs4QU8deo

異形の大群が姿を消したあとに訪れる、一瞬の完全な静寂。

シルビア「―――……」

聞えるのは己の小刻みな呼吸と鼓動。

その、己の生に耳を傾けながら周囲に意識を集中していたところ、
ふととある方角で視線が止まった。

更地となった瓦礫向こうにて、
何かが闇の中で蠢いているのが見えたのだ。
それも複数。

いや、動くものが『見えた』ではなく、動いている気配を感じ取ったと言うべきか。

なにせ、ロングボウを構え狙いを定めつつ目を凝らすも、
動いているものが何なのかがわからない。
闇が少し色濃くなったのか、目視で確認できないのだ。


闇に紛れてしまう暗い色でもしているのだろうか、大きさは小型、数は10~20―――。


と、シルビアは動く気配だけでそう闇の向こうの存在を推測するも。
それが悉く間違っていたという事を数秒後に知った。


『闇の向こうで動いているもの』など、
どんなに目を凝らしたって見えるはずもなかった。

数も複数ではなかった。



シルビア「―――」



『動いているものが闇』だったのだから。


その瞬間。


影が伸びた。


無数の杭となって。



377 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/08(火) 23:41:43.91 ID:Fs4QU8deo

その速度は、シルビアが放つ矢をも遥かに越えていた。


シルビア「―――ッあッ!!!!」


彼女が瞬時に上方へと跳ね飛ぶと。
それに一瞬遅れて、飛び上がった直後の彼女の真下、
その足先を掠めていく影の槍衾。


シルビア「(ッ―――?!!)」

今の攻撃。

あの槍衾。

かわした瞬間、滝のように全身から汗が噴出した。
あんな攻撃は今まで目にしたことが無い。

ここまで直感的に『死』という事をイメージさせてくる攻撃は。

ここまで精神が磨り減ってしまうほどの緊張を与えてくる攻撃は。


その槍衾の姿は何かが擬態しているのでもなく、影のようなものでもない。
見れば見るほど『影そのもの』。


まさしく影が攻撃してきたのだ。


シルビア「(と、ということは…………―――)」


そういうこととなると、全方位から視線を感じたことの理由も付く。

闇、影はどこにでもある。

至る所に。


この一帯全てが闇に包まれているではないか。


そしてそれはつまり。



シルビア「(―――冗談だろ―――!!!!)」



周囲全てが『敵』ということとなるか。



378 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/08(火) 23:43:46.78 ID:Fs4QU8deo

シルビア「(―――くッそ!!!!)」

そんな状況証拠から導き出された、
確実性の高い結果を強引に吹き払おうとでもするかのように。

彼女は真上から、眼下の影目掛けてロングボウを放った。


そして次いで放たれる、圧倒的な面制圧―――。


その結果の光景は、
さながら現代戦車に『普通の矢』を射掛けたかのようであった。


矢の壁は大地を大きく抉り上げ、
区画ごと一帯を沈ませたも。

肝心の影の『槍衾』には傷一つつけられなかった。


シルビア「―――チッ!!!!」


言葉通りの無傷。


気持ちが良いくらいに全くの効果無し。


と、その時。


今度は『真後』。


後方から影の杭が伸びてくる気配を感じ取った。

土御門達がいるビルの壁面から。



379 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/08(火) 23:46:30.17 ID:Fs4QU8deo

周りは全て敵。

もちろん、この闇に包まれているビルも例外ではなかった。

シルビア「―――」

矢はダメだ。

たった今目にしたばかり、あれで何か効果があるとは思えない。

ならば次は剣だ。


シルビアの前、何も無い宙空の空間から出現するクレイモアの柄。


彼女は即座に矢を番えていた右手でその柄を握り、
『宙空の鞘』から振り向きざまに引き抜き。


シルビア「―――ッシッ!!!」


寸前に迫ってきていた影の杭目掛けて振り抜いた。

彼女が振るうクレイモアの一撃。
その一線上における威力は、先の矢とは桁違いのもの。


それも斬撃を飛ばすのではなく、刃による直接の一閃。


鳴り響く金属の激突音、その凄まじさと衝撃波が、
この一振りのパワーを物語っている。


しかし。


それでも影の杭は無傷であった。


小さな傷一つ付かず。



380 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/08(火) 23:48:01.84 ID:Fs4QU8deo

そしてシルビアの体制が崩れるほどに、大きく弾かれるクレイモア。

それもただ弾かれたのではなく。


シルビア「(これは―――)」


その感触はおかしかった。

とんでもなくおかしい感触だった。

傷一つつかないのは、
攻撃威力が足りなかったということで百歩譲って良しとしてもいいが。


納得いかないのは、影の杭は僅かな振動すらしていないこと。

全く衝撃が伝わっていない。


つまり、『刃が当たっていない』ような―――。



―――杭の表面に張ってある、『見えない膜』に弾かれてしまっているような―――。




攻撃を『受け付けてくれない』―――。




―――『拒絶』されているような。



381 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/08(火) 23:49:10.09 ID:Fs4QU8deo

とその時。
シルビアが宙で体勢を立て直していたところ。

シルビア「―――?!」

突然吹き抜けた、
猛烈な『疾風』が彼女の体を更に上方へと巻き上げた。

それも、この澱んだ魔境には不釣合いなさわやかな風が。

明らかに普通の風ではない。
何者かによる作為的なものだ。

大気が粘土のように体に纏わりつき、
さながら『風の手』に鷲掴みにされたかのよう。

その風の手は、抗う一切の余地も与えずに彼女を上空へと運び上げ、
ビルの屋上に到達したところでやっと解放した。

そしてその屋上の真ん中には。

シルビア「つ、土御門!」

土御門が悠然と立っていた。
隣には、床に座っているキリエ。


シルビア「一体……!?」


土御門『シルビア』

立て続けの出来事に言葉が続かないシルビア。

そんな彼女とは対照的に、土御門は落ち着いていた。
同様の色は欠片も無い。

今ここで起こっている事を全て把握しているのか。
そしてここでシルビアを待っていたのか、いや。

この空気ならそれこそ。


シルビア「今のは……あんたが……」


彼女を運び上げたのが土御門なのか。



382 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/08(火) 23:50:31.32 ID:Fs4QU8deo

と、そんなシルビアのたどたどしい問いを遮り。

土御門『急だが予定変更だ。お前の「ダンナ」とツレの天使はこっちに来てもらうぜい』

土御門『ああキメた覚悟、そのお茶を濁すようで悪いがな』

土御門はこれまた何でもないように、
相変わらずのニヤけ気味の軽い表情でそう言葉を連ねた。

シルビア「な、何??」


土御門『俺は「厄介な仕事」ができた』


土御門『人造悪魔共の機能停止はお前の「ダンナ」にやってもらう』

土御門『シルビアと天使はそのサポートと、キリエ嬢の護衛だ』

土御門『それとこいつを』

次いで土御門は頭からヘッドセットを外し、シルビアへと放り投げ渡した。

シルビア「は?は?」

土御門『話は通してある。各チームが術式の構造上で待機してる』

土御門『詳しい手順はキリエ嬢の胸の杭、あれの術式に記述した。参照してくれ』

そんな彼女の様子にお構いなしに、土御門は言葉を続けながら指を鳴らした。
するとその手先にはサングラスが出現。


シルビア「ま、待て!あんたは何を―――!?」


そしてそのサングラスをかけながら。



土御門『―――「化け猫」とじゃれてくる』



そう返答した。

シルビア「バ、バケネコ???」

土御門『アレだ。お前もさっき攻撃されただろ』



383 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/08(火) 23:52:26.43 ID:Fs4QU8deo

シルビア「―――」

さっき攻撃されたアレ、と言われればあの『影』しか思い当たらない。

どこをどう見ればアレが『化け猫』になるのかはわからなかったが、
少なくとも土御門が指したのはあの闇で間違いないようであった。

そして土御門はあの闇と戦う気―――。


シルビア「や、やめとけ!!あ、あれは―――」


と、そこで実際に刃を交えたシルビアはこう思ってしまった。


アレと戦う?冗談だろう?、と


それよりも、さっさとここから移動した方が良いのでは、と。


あの闇は勝てる勝てない以前の問題だ。
『戦う』というイメージそのものが全くできない。

何というか、あの存在を語るには言葉が足りないほど。

この次元をいくつも隔てたような圧倒的な存在の差、
それをしっくりくるように表現できる音が見当たらない。



384 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/08(火) 23:53:53.92 ID:Fs4QU8deo

そんな言葉を詰まらせてしまった彼女に向け。

やっぱ戦(ヤ)る時はこれがないとにゃあ、と小さく笑いながら、
土御門はサングラスの位置を調整しては。         


土御門『アレから逃げる訳にはいかない。「制御基盤の核」がアレの中にあるしな』


土御門『まったく、アリウスはとことん嫌な野郎だにゃー。あんなところに隠し込んだとは』


土御門『ああ、それとあれを人語でうまく表現できなくて当然だぜい』

シルビアの頭の中を見透かしているかのように口を開いた。
いや本当に見透かしているとしか言いようが無い程にピンポイントに。


土御門『あれは確実に大悪魔の中でも規格外の存在。正真正銘「本物の神」だからな』


シルビア「―――そ、そんな存在に……あ、あれを知ってるのか?あれと『戦える』のか?」



土御門『さあな。何の神かは知らん。だから確かめるんだぜい―――』


その聖人の『戦えるのか』という問いに対し。


土御門『―――そして「勝てるか」どうかも確かめる』



土御門は『勝てるか』と返した。



385 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/08(火) 23:55:38.83 ID:Fs4QU8deo

そんな彼の言葉は、
普通ならばあまりにも馬鹿らしく聞えてしまう戯言なはずなのに。

シルビア「―――……」

なぜか揺るぎの無い確信性を帯びていた。
理由などお構い無しに納得させられてしまうような。

そして土御門の身から感じる、ただならぬ『神性』。

己の聖人と巫女としてのそれはもちろん。
ガブリエルの力を宿した今のアックアよりも遥かに『濃度の高い』神性。

純度も質も桁が違う。

あの影の大悪魔もそうだが、
こっちもこっちでもう尋常ではない。


シルビア「……」


もう、受け入れるしかなかった。


ここから先は『神の領域』。


始まるのは神と称される存在の激突―――。


もう、たかが『聖人如き』の己が何かを語れる領分ではない、と。



386 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/08(火) 23:56:47.41 ID:Fs4QU8deo

眼下に広がる広大な更地。

それを覆う漆黒のベールが蠢く。
波立つ闇夜の大海の如く。


土御門『ここにいてくれ。絶対に屋上から離れるな。最も「日の当たる」ここが一番安全だ』


土御門『それと早くあの二人を呼んでくれ』


シルビア「……わかった(日の当たる……?)」


日が当たる、なんてあまりにも場違いな言葉だろうか。
それでもここで問うのは無粋、シルビアは頷き了承した。


そして土御門は屋上の淵に歩き進んでは悠然と立ち。


土御門『さあて。お互い、「探り合い」は無しで行こうぜい―――』


眼下に広がる影に軽い調子で言葉を放ちつつ、
右手を軽く上げ。


指先でくるりと、宙に『円』を描くような仕草をした。




土御門『―――さっさとその姿を見せてもらおうか』




その瞬間、このビルの真上に―――。




『太陽』が出現した。



387 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/08(火) 23:58:02.95 ID:Fs4QU8deo

シルビア「―――ッ!?」

完全に晴れ渡ったわけではない。
光度は夕焼け程度だろうか。


それでも日の光は日の光。


太陽は太陽。


天から指す清き光は、
周囲2km四方の『神の闇』を排除する。

辺りを蠢いていた影が一瞬にして霧散。


シルビア「ほ、本当に……」


まさに先ほどの言葉通り、『日が当たった』。

太陽が昇った。

範囲は限定的ながらも、
永遠に晴れる事が無いと思わせるこの魔境の闇が払われたのだ。



388 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/08(火) 23:59:33.08 ID:Fs4QU8deo

そして。


清き日の光は、
この空間に実体なく漂っていたとある存在を炙り出した。


光があるからこそ影も形成されるのが常。

太陽が昇るからこそ日陰ができる。
光が強まれば強まるほど、形成される闇は色濃く深まっていく。


ここに、慈母の陽光をもってしても照らしきれない、『究極の闇』が顕現した。


ちょうど土御門の正面。

ビルから500m程離れた更地の上に。


それは、縦スリット状の瞳孔の赤き瞳を有す―――。

鼻先から尾の先端まで30mに達する―――。

これ異常無いほどに濃ゆい闇を纏った―――。




―――巨大な『黒豹』。




土御門『はは、ほうら見ろ―――』




―――『影の王』。




土御門『―――化け猫のお出ましだぜい』



389 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/09(水) 00:01:18.00 ID:g9aGrrjQo

シルビア「あ…………あ……」

体長30mとはいえ、500m先となれば実際はそんなに大きく見えない。
視覚的インパクトはかなり小さい。

しかし。

感じる圧が桁違いであった。

出現と共に、この悪寒の濃度が一気に高まった。

理や法則が耐え切れずに捻じ曲がり、
『界』が大きく沈み込む、というのはまさにこのような現象のことか。

あの存在を感じているだけで、意識がおかしくなってきそうだ。


それはもう、『本物の地獄』に落ちてしまった気分だ。


土御門『……この島は確かに魔境だ。ここを支配している理は魔界のそれに近い』


とその時。
シルビアに背を向けたまま、土御門の声はゆっくりと口を開き始めた。


シルビア「…………」

その語り口は、どことなく独り言のような。
なぜか、『土御門らしくない』と感じてしまう声色。


そう、まさに。


土御門『だが基盤は人間界。忘れるな―――』



土御門の口を借りて、別の『何者か』が言霊を発しているかのよう―――。



『その姿がどんなに様変わりしようが―――』



土御門はシルビアの方に僅かに振り向いては横顔を向け、
指先で『上』を指しながらニヤリと笑い。




『―――見ろよ―――』




『―――ここは「太陽が昇る世界」だぜい?』



390 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/09(水) 00:03:41.08 ID:g9aGrrjQo

シルビア「―――」

そう、ここは陽が差している。
清く暖かい陽が。こんな『地獄』があるか。

紛れも無くここは己達の生きる世界。


『人間界』だ。


シルビア「…………」

土御門『それじゃあ、任せたぜい。キリエ嬢も頼む』

土御門は再び前を向きなおすと、屋上の淵から軽く跳ね飛んだ。

シルビア「―――」

そしてシルビアは見た。
宙に飛び出した彼の体が、全身が白い何かに包まれていくのを―――。


―――いや、『包まれていく』のではなく『変化』していくのを。


土御門の体そのものが。


その変化した姿は。


汚れ一つ無い、真っ白な美しい毛並みの。

紅と黒の隈取がある―――。



シルビア「―――……オオ…………カミ……?」



       ハクロウ
―――『白狼』。



南の空が、絶大な存在の顕現と共に紅蓮と黄金に染まる。

それは開戦を告げる光。

神の『刃』と『刃』の激突の。


そして時同じくして、北のこの地でも始まる。


神の『牙』と『牙』の激突が。


影の王たる『黒豹』と―――。



―――太陽の王たる『白狼』の戦いが。



―――



419 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/21(月) 00:37:26.87 ID:hbKYF9Zyo
―――

彼らは、遂に始まった復活を目にしていた。

オッレルスは離れたビルの屋上から。
アックアは、大魚が撒き散らした悪魔達を狩っていた天空から。

一帯の地面が黒く平らになり、異界の光の陣が浮き上がって暫しの後。

アリウスの体の『像』が陽炎のように揺らぎ始めた。
次いで徐々に強まっていく、体から溢れていく赤と金が混ざり合ったような光。

オッレルス『……』

ただ、そんな外面的な変化などオッレルスは気にも留めていなかった。

問題はアリウスの『内側』で起こっていること―――。

この島に来てからは、本当に驚愕の連続であった。
特にあのアリウスは同じ魔術師として、人間として信じられない事ばかり。

と、言うものの。
『信じられないこと』としながらも現実は現実。
今までのは確かに現実だと認識できた。


しかし『これ』だけは。


アリウスの中で起こっている事だけは本当に信じられなかった。

『幻であってほしい』、では無く本当に幻としか思えなかった。




『人』が。




『喰われてしまう』のではなく―――。





―――『神々すら恐れる神』を『喰らってしまう』なんて。



420 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/21(月) 00:38:25.20 ID:hbKYF9Zyo

それは『一切小細工せずに、1mlしか入らない容器に1万ml入れる』、というのと同じ。

現実にはあり得ない不可能な事。

オッレルス『…………』

覇王復活という件に関してオッレルスは、
アリウスは魔術的な力としてその存在を顕現させると思っていた。

基本的には今までと同じ、『術式を構築して力を借りる』と。


しかし、現実は違った。


アリウスは『覇王そのもの』を己の中に入れようとしていた。


それもアックアのように天界にいる天使から力を借りるのでもなく、
イギリスの炎の魔術師のように悪魔に転生したのでもない。


『人間の身のまま』、アリウスは『覇王本体』をその身に取り込もうとしているのだ。


オッレルス『…………』


そんなアリウスにオッレルスは目を奪われてしまった。
絶望と恐怖の神を復活させるという、許されざる行為にも拘らず。

これ以上のモノはない、至高の芸術品を目にしているかのように。



421 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/21(月) 00:40:05.13 ID:hbKYF9Zyo

目から入ってくる情報、その濃度とおぞましさが跳ね上がっていく。
今にも破裂しそうな頭痛。
己の魂が軋み、目前に迫った臨界点を告げる。

それでもこの魔性の魅惑からは逃れられなかった。

高位の魔術師を虜にする、この『概念』だけには。


『神上』。


魔術、その道を究めんとする者は誰しもが一度は惹かれる領域。

アリウスは今まさにそこに達しようとしているのだ。

十字教の神を超えるような存在がゴロゴロしている魔界。
その世界においてでさえ、そこは絶対的な領域とされている座に君臨していた一柱。

覇王アルゴサクス。

そんな絶大な存在を隷属させようと。


これを『神上』と呼ばずして何と呼ぶ。


これは魔術師として熱くならざるを得ない。
こう感じざるを得ない。

己は今、一人の人間が神上に到達する瞬間を目にしているのだ、と。


今まさに、人類の有史上初の神上が誕生しようとしている、と。


オッレルス『…………』



これは見ていなければならない。



このまま狂い死んででも―――、と。



422 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/21(月) 00:41:10.22 ID:hbKYF9Zyo

そして見える。


オッレルスは見てしまった。

アリウスの中で漏れ出した絶大なるその力、それを直に。

全てを『見通してしまう』目で。



『絶望の具現』を―――。



オッレルス『―――』


例え僅かな片鱗でも。
復活途上に漏れ出した、そのほんの一滴の力だけでも。

土御門『オッレルスだな?今すぐ―――』

オッレルスの意識を一瞬で引き込むには充分であった。


『絶望の底』へと。


土御門『―――ッレルス?聞こえ―――』


リンク向こうからの土御門の言葉が一気に遠のく。
まるで、凄まじい速度で離れていくかのように。


オッレルス『―――』



423 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/21(月) 00:42:25.88 ID:hbKYF9Zyo

そしておぞましい絶望の触手が、オッレルスの精神内に一気に進入していく。
強酸の如く周囲を腐食させながら。

触手はオッレルスの心の奥底をこじ開け、
彼の忌まわしき『過去』を抉り出し。


その瞬間、彼の精神は外の時間軸から切り離され、
闇の中へと引き釣りこまれていった。

一瞬にして永久の、内なる絶望の牢獄へ。

至上にして最悪の、絶望という苦痛の中へ。

『死ぬほどの苦痛』を味わった場合、
大抵は文字通り死に、苦痛は一瞬で終わる。

またそれでも死なぬ者の場合は、時間を経ていずれ痛みに慣れる。

しかし『絶望の具現者』に精神を囚われた者は、慣れもしなければ死の解放もない。
麻痺も無ければ意識が混濁することも無い。


壊れた時間軸の中で、一瞬でありながら永遠の絶望を、
鮮明敏感な意識のまま味わい続ける。


殻を壊され耐性を失った無垢な心で、己の闇の『終わり無き再確認』を。



424 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/21(月) 00:45:06.35 ID:hbKYF9Zyo

オッレルスの意識は鮮明に、そして痛烈に過去をなぞっていく。

今までの生涯の再体験させられていく。


何度も何度も。


北ヨーロッパのとある片田舎で生まれて。

とある修道院に預けられては魔術の教育を受け始め。
100年に一人の天才ともてはやす声に溺れず、ただただ勤勉に学び。

その一方で『遊び』も忘れずに、学友と共にバカ騒ぎしては友情を知り。
恋を知っては愛を知り、女を知ってはそれらの喪失も知り。

友を永久に失い、そして『誰か』の友を永久に奪った血の洗礼を受け。

いつの日か人々を救う、この世界から嘆きを無くしてみせると、
才を授かった使命感と理想に燃え。


オッレルス『―――わかってる―――それはわかってるから―――』



ある時。


2000年に一人の天才と言われていたかのアレイスター=クロウリー、
そんな彼もかつて秘密裏に籍を置いていたという、選ばれた者のみしか所属できない、

ローマ教皇でさえその存在を知りえていなかった秘密結社に誘われて―――。



オッレルス『―――俺が永遠に許されないことはわかってるから―――』



425 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/21(月) 00:46:42.08 ID:hbKYF9Zyo

その結社にて、選ばれし者のみに下るという『御声』を聞き。
生まれて初めて人を超越した存在、天の確たる意思に触れ。

そして天命を受けて『聖戦』に馳せ参じ。


オッレルス『だから頼むから―――』



それから―――。



オッレルス『―――やめてくれ―――』




―――それから。




オッレルス『―――あの子達をこれ以上―――』



『能力者狩り』と言う名の―――




オッレルス『―――殺し続けるのはやめ―――!!!』





―――子供達の虐―――。



426 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/21(月) 00:48:25.67 ID:hbKYF9Zyo

と、その時であった。

『―――見るな―――!!!』

外からの野太い声が、突如彼の意識の中に進入してきた。
その声はあの血塗られた『聖戦』を命じたのと同じ天界のモノ。

闇を植え付けたあの声が、
今回は彼の意識を闇から救い上げる。

次いで頭をやや乱暴に掴む、厳しく無骨な手。

『―――あれを見るな!!!!!』

その大木のように屈強な腕が、
オッレルスの精神を内なる牢獄から引き釣りあげていく。


その瞬間。

精神が引っ張り挙げられ、
この壊れた時間軸と、外の正しい時間軸の遊動域を意識が漂った時。


『向こう』からこっちに接触してきたのか、
もしくは、この僅かな隙間でたまたま精神体の目があったのか。

形式的にでも、一時的に覇王の力を通じてリンクが形成されてしまったのか。

それとも。


『己を試したい』という願望により、こちら側から挑んでしまったのか。
闇に潰されてもまだ死なぬ、底なしの好奇心と挑戦心が本能の如く突き動かしたのか。

原因はこのどれかでもなければ、
複数の要素が重なっていたのかもしれない。


ともかくこの時、オッレルスとアリウスの意識が接触した。



427 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/21(月) 00:49:44.61 ID:hbKYF9Zyo

このまどろみ、現実と内なる幻想の狭間の向こう側。

そこに彼は見た。


オッレルス『―――……』


笑っているあの男を。


封から解き放たれてあふれ出す『絶望』、
今オッレルスが味わったモノの数億数兆倍もの濃度の『闇』、


オッレルス『―――な……んで……なんで……お前はそう―――』


その真っ只中にいながら。


アリウスは笑っていた。


悠然と、揺ぎ無く威風堂々と佇み。

まるで、伝説の中の勇者のように。

まるで、世界の破滅に立ち向かう英雄のように。

そして。


絶対的な『勝者』の如く。



428 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/21(月) 00:51:17.88 ID:hbKYF9Zyo

なんでそうしていられるのか。


アリウス『この弱者の恐怖が、弱者の絶望が、弱者の苦痛が―――』


そのオッレルスの問いに、アリウスは応えた。


アリウス『―――より一層、俺の意識を明瞭にしてくれる』



アリウス『示してくれるのだ』



一片の緩みも無い、自信と剛毅に溢れた笑みを浮かべながら。



アリウス『―――俺が未だに「弱き人間」である、ということを』



この男がもし己の主だったら、またはどこかの国家元首や組織の長であったら、
無条件について行きたくなってしまいたくなるような。


オッレルス『何が……お前を……』


では何が、この男をここまで駆り立てたのか。

如何なる思いが、この男の意識をここまで強くしたのか。

一体どれほどの覚悟が、この男に神をも乗っ取ってしまうほどの精神力を与えたのか―――。



429 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/21(月) 00:52:47.48 ID:hbKYF9Zyo

アリウス『なぜか?それは―――』


そのアリウスの返答の言葉と共に。

オッレルスの意識内に、
彼の中の思念が一気に流れ込んでくる。




アリウス『―――証明する為だ』




オッレルス『―――』


それはとことん純真無垢でありながら、
おぞましいほどに歪んだ『人類への愛情』。


数百万の命を奪い、更に残りの人類をも切り捨てようとする、
10000年呪っても足りぬ程の者でありながら。

馬鹿馬鹿しいほどに単純な理由でありながら。



アリウス『―――人間は強い、とな』




彼の抱く誇りは、余りにも高潔であった。


余りにも。


オッレルス『―――』



430 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/21(月) 00:54:20.33 ID:hbKYF9Zyo

たったそれだけ。

そんな事だけのために全人類を危険に晒すのか。
そう、声を檄して然るべき事なのに。


オッレルスにはそれができなかった。


なぜか、アリウスのその言に大義があるように感じてしまったのだから。
それもアリウス自身が掲げているのではなく、
自然と大義の方から寄り添ってきているような。

長きに渡って虐げられてきた、この世界の『生』の怒り。


それを一手に背負っていたかのよう―――。


アリウス『人の子よ、我が眷属よ、知るがいい―――』


あってはならないのに。
こんな、死をもって裁かれて当然な男に、決してそんな姿を見てはいけないのに。
オッレルスはアリウスに。



アリウス『―――人が万物に打ち勝つ時を』



『英雄』の姿を見てしまった。


オッレルス『―――……』



『―――………………い!!!』




『―――オッレルス!!!!』



431 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/21(月) 00:56:48.96 ID:hbKYF9Zyo

アックア『―――おい!!!!』

オッレルス『…………』

気付くと。

意識が外界から途絶する前にいたあのビルは既に遥か遠く。
闇夜の街を駆け抜けるアックアの左脇に抱えられていた。

そう、天使は飛行するのではなく走っていた。

右腕の大剣アスカロンと肩に乗せ、
オッレルスを左腕でやや乱暴に抱えて。

オッレルス『……ッ……大丈夫だ……』

頭の中の鈍痛に顔を顰めつつ、オッレルスは溜息混じりに言葉を返し、
抱えられながらアックアを見上げた。

その天使の背、そこから伸びていた巨大な水翼は今は無く、
瞳の金の輝きも失せ。
                     テレズマ
彼の中を満たしていた『天使の力』も大幅に減っていた。

オッレルス『……』


アックア『土御門達がこちらを必要としている。戻るぞ』


オッレルス『力…………かなり失ってるな』


アックア『お前を「戻す」際に大分削られたのである。回復には少し時間がかかる』



432 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/21(月) 00:59:37.43 ID:hbKYF9Zyo

オッレルス『……………………すまない』

オッレルスはそう、小さな声で謝罪した。

アックア『…………』

前を真っ直ぐ見据えて、
変わらぬペースで街を駆け抜けていくアックアに。

そしてたどたどしく力なく、言葉を続けていく。


オッレルス『……ウィリアム…………俺は……負けたようだ。完敗だよ』


己を試したい、そうアリウスを見続けた結果がこれだ。

記憶は陵辱され、心は踏みにじられ。
精神は囚われて、ツレの天使の力をも大幅に削ってしまってこのザマだ。


負けたのだ。

アリウスは本当に桁外れであった。
近づこうとすればするほど、抗おうとすればするほどあの男の強さが圧倒的になる。

その差は、確かに魔術の技能・魔術の力、そして魔術の才能が要因だろう。
だが一番はそれらではない。


『天才』、たったその一言で片付けてしまうにはあまりにも『無礼』だ。


何よりもかけ離れていたのは心の強さだ。
いや、この要因があったからこそ、上記の三つの要素でもアリウスはずば抜けていたのだ。

あんなに強い精神の持ち主は今まで会った事がない。
あそこまで固い信念の持ち主など他には知らない。

アリウスはあまりにも強かった。


魔術師としてではなく『人』として。



433 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/21(月) 01:01:17.39 ID:hbKYF9Zyo

そんなオッレルスの独白に。

アックア『負けた?笑わせる。そうは見えなかったがな』

アックアは厳しい表情を変えぬまま、
そして前を向いたまま言葉だけを返してきた。


オッレルス『……?』


アックア『お前の意識は深淵に沈み込んでいた。正直、手遅れだと思っていたのである』

アックア『闇の濁流に飲み込まれ、その精神体は濁っては砕け散り、既に四散していたとな』

オッレルス『……』

アックア『だが違った』

アックア『あの闇は明らかにお前を飲み殺そうとしていた。だがお前の精神はその形を完全に保っていた』

オッレルス『……』


アックア『魔窟を覗き込み、直に触れてしまったのにも拘らず、未だまだ生きている』


アックア『しかも正気を保てている』


そう。

己を試したい、そんな戯言を吹かして自ら魔窟に飛び込んだ愚か者は、
見事正気で帰ってきたのだ。



434 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/21(月) 01:02:48.44 ID:hbKYF9Zyo

アックア『そして見たのだろう?その「目」で』


オッレルス『……』


そして、アレを見てきた。

アリウスの中身を通して。
その英知の渦を。

覇王の力を。

更にその向こう、何もかもの概念が吹き飛ぶ、
究極の領域の狭間を。


『神上』へと続く『0』の向こうを。


アックア『ならば「得たはず」である』


この全てを見通す『目』で見て。
目にしたもの全てを脳に刻み、精神に取り込んで。

アックア『お前があの魔窟で得てきたモノに比べれば、ガブリエルの力など安い代償である』



アックア『何を見、何を理解し、如何なる力を得た?反統異端の才気ある落伍者よ』



アックア『そろそろ時が来たのではないのか?』




アックア『―――真の「魔神」になる時が』




オッレルス『…………』



435 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/21(月) 01:05:09.49 ID:hbKYF9Zyo

あの闇に触れたということは。

あの力を味わった。
あの力の領域を知ったわけだ。
それも強引に、力ずくで。

オッレルス『……まさか、こんな形になるとはね』

やや呆れたように呟き、
オッレルスは小さく鼻で笑った。

オッレルス『…………わからないものだな……』

この全く予想外のタイミングで手に入れた、
魔神の領域への切符を。


アックア『お前はやはり、そのような星の下に生まれてたのであろう。「宿命」であるな』

と、その時。
オッレルスはアックアが口にした『宿命』、その言葉に反応して。

オッレルス『……いいや。ウィリアム。俺はそうは思わない』


アックア『……』


そっけなくそう言い返した。



オッレルス『「宿命」なんて無いさ』



436 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/21(月) 01:07:11.16 ID:hbKYF9Zyo

『宿命』などいうレールなど無い。

闇の濁流に流され、
万物の概念も法則も超えた領域を覗き込んだが、そんなものなど何も無かった。

あったのは、ただただ干渉しあう『だけ』の無数の純なる因子。

人々が運命と思ってしまうのは、
どんなに正確な計算をしても決して予測し得ない、
偶然が積み重なって形成される因果の連鎖、

その先に弾き出される、希少性の高い『不確定要素』の単なる結果だ。

そう。

全く予測し得ないからこそ、
アリウスもあのような独り言を思わず漏らしたのだ。



『―――「人の生」はどこまでも俺を楽しませてくれるな』



運命と言う、決まったルートなど無いからこそ。



『―――これだから「人」は辞められん』



あの男は心の底から楽しんでいた。

絶対的不文律など無いからこそ。

力なき弱者である人間が、魔界頂点領域の神を乗っ取ることも可能なのだ。
どんなに確率が小さくとも、確率が0でなければ可能だと。



437 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/21(月) 01:08:39.29 ID:hbKYF9Zyo

と、そこでオッレルスの思考は更なる可能性を提示した。


オッレルス『……』


ただ、もし。

『不確定要素』に作用する、『超越した規則性』があるのだとすれば、と。


そして。

魔界、天界、人間界などの、力と魂が循環して生と死を綴る『動世界』。
それらが重なり形成される影、狭間の世界プルガトリオ。

これらの外にある、虚無という完全なる『静世界』。

この更に向こう側にもし。


万物の概念・法則も超えた領域の更に奥深く、そこにもしも。


『超越した規則性』を生み出す『何か』が存在するのであれば。



それこそがまさしく『本物の宿命』だろう。



あるいはこう呼ぶべきかも知れない。




唯一絶対、生と死、正と負を超えた『真』の―――。



438 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/21(月) 01:10:50.70 ID:hbKYF9Zyo

オッレルス『……』


ただまあ、これは今考える事ではなかった。
いや、いつ考えても意味が無いだろう。

少なくとも今のオッレルスには、
そんな領域を認識し観測することなど不可能であった。

今よりももっともっと『上』。

覇王を乗っ取ったアリウス、いや、『更に上』の位置からじゃないと、
まともに認識することなどできないかもしれない。


そんなレベルの話なのだから。


あっけなく言葉を否定されたアックアであったが、
いきなり押し黙り思索に入ったオッレルスに気を使ったのか。

アックア『……「今」のお前がそう言うのであれば、そうなのであるな』

なぜ彼が宿命は無いと答えたのか、その理由は問わなかった。

オッレルス『ところでウィリアム』

とその時、話を切り替えながらふとオッレルスは顔を上げ。


オッレルス『そろそろ降ろしてくれ。俺はもう大丈夫だ。歩ける』


オッレルス『大の男が大の男に抱えられているのは、画的にあまり良いものじゃないしな』


アックア『うむ。確かに』



439 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/21(月) 01:12:14.44 ID:hbKYF9Zyo

大木のような腕から解き放たれたオッレルス、
己の足で地面に立っては。

オッレルス『ふーッ…………それで、土御門達が来てくれと?』

アックア『そうである』

調子を整えるように息を吐いた後、そうアックアに確認しつつ、
シルビアと土御門がいる方角をその『目』で見やった。


オッレルス『……俺の意識が飛んでる間に随分賑やかになってるな』


すると見えてくる、異常な状況。

とんでもない存在が顕現しているのか、
その地域の界が大きく軋んでいるのがわかった。

そして南の方でも、同じく界に凄まじい負荷がかかっているのが見える。

とその時。

シルビア達がいるであろう辺りの空が一気に明るくなった。

オッレルス『―――……あれは……』

それも強い光源に照らされているのではなく、
辺り一帯に『やさしく満ちていく』形で。


アックア『…………おお』

天使の感覚で感じたのか、
アックアも言葉にならない声を漏らした。

あの光は、紛れも無く天界の力であったのだ。

アックアが降ろしていたガブリエルを遥かに上回る、
いや桁が違う程に強烈な。



440 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/21(月) 01:14:31.51 ID:hbKYF9Zyo

シルビア『―――オッレルス!』

と、そこに飛び込んでくる、
リンク向こうからのシルビアの声。

オッレルス『シルビア』

シルビア『今すぐ来てくれ!』

オッレルス『そっちで何が起こってる?』

シルビア『土御門が……!あ……えっと……んん……』

状況を表現できる言葉が出てこないのか、
シルビアは途端に声を詰まらせては。

シルビア『―――あああ!!こっちに来てその目で見た方が早い!!!とっとと早く来い!!!』

オッレルス『ああ、わかった。用が済んだらすぐに行く』

シルビア『「用」!?』


『用』、というのも。


シルビアからの声があったすぐ後に、
一人の女の子がオッレルスとアックアの前に立っていたからだ。


オッレルス『……』


明らかに、こちらに用があるという佇まいで。


アックア『……』


赤毛に褐色の肌の少女が。



441 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/21(月) 01:15:30.21 ID:hbKYF9Zyo

オッレルス『(……ルシア、と言ったか)』

瞬き一つせず、じっとオッレルスを見つめている女の子。

非魔人化状態のその姿は、改めて見ると体つきも顔つきもかなり幼い。
体の外見年齢は10歳前後か。

しかし。


造形は可愛らしい少女なのに、その内面は―――。


オッレルス『(…………この子―――)』

その目で見通してしまったオッレルスは思わず、
心の中でも言葉を失ってしまった。

女の子の内面を覗き込むのはとんでもなく無粋ではあろうが。

そして彼女の中は,
とてつもなく心が痛む思いで溢れているのに。



それはそれは、目を背けられない程に―――。



赤毛の少女、ルシアは細腕をゆらりと掲げては、アリウスの方角を指差し。

ルシア『あなたは……「絶望」を「見た」のですね?』

不気味なほどに平坦な声色で、
ゆっくりとそう口にした。


オッレルス『……ああ、見たよ。しっかりと』



442 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/21(月) 01:16:09.78 ID:hbKYF9Zyo

ルシア『……一つ、やって頂きたいことがあります……今のあなたならすぐ済ませられますので』

オッレルスの返答を聞いたルシアは静かに、
丁寧に言葉を続けていった。


オッレルス『いいよ。何をすればいいのかな?』


ルシア『「初期化」……いいえ、「組み立て直して」欲しいんです―――』


一語ごとに確かめるように。


ルシア『―――「昔の私」を』


一句ごとに。


ルシア『戻してください。私を―――』


覚悟を決めていくかのように。



ルシア『―――心を手に入れる前の頃に』



そして今まで完璧な無表情だった少女の顔が少し、少し歪んだ。
内からこみ上げて来たモノの圧に耐え切れず、
仮面にヒビか走るように。


オッレルス『…………………』


そして少女はぺこりと頭を下げた。


ルシア『……お願い……します』


顔は伏していたため、その表情は見えなかったが。
『最期』の声は震え。湿っていた。



オッレルス『…………』



―――



443 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/21(月) 01:18:29.36 ID:hbKYF9Zyo
―――


魂の防護は不完全。

封印の開放式も不完全。

チェックも動作確認も不完全。

次々と起こる、想定外の事態。

だが、それらは既に過ぎ去った。
どれだけ困難な難関であっても、終わってしまえば結果だけ。
他は論ずるに及ばない。

では、ここでの結果はどうなったのかというと。
それは単純明快。


魔界の覇者の精神は、とある一人の人間の精神に屈した。


そして。


勝者でる人間は、かの伝説の『神儀の間』をモデルとしたこの街に重なる術式を起動。
それは問題なく機能して『魔界の門』を覚醒させ。


その『錠』を外した。


これが『結果』だ。


そして次にやるべきことは、
その『錠』を形成していた『力』を開放し、取り込むこと。



伝説の最強の魔剣士スパーダ、彼が残したその力を―――。



444 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/21(月) 01:19:55.67 ID:hbKYF9Zyo

アリウス『…………』

全てを超えうる領域、その高みの舞台に這い上がった男は、
徐に漆黒の闇空を見上げ。

静かに瞼を閉じては、ゆっくりと、そして深く深く息を吸い込んだ。

その胸を満たす大気は『人』の呼吸。
その大気の香りは『人』の戦気。

完璧だった。

ジョン=バトラー=イェイツ、その存在は、
覇王アルゴサクスの上に人間として完璧に安定している。

魔界の神を支配して何かが変わったか?と問われれば。

その答えはYESだ。

どこが変わったか、などはわざわざ並び立てて語るまでも無いだろう。


では。


お前自身は変わったか?と問われれば。


答えはNO。

意識、精神、魂、それらは全て変わりなく。



アリウス『…………』



ジョン=バトラー=イェイツという『人間』は何一つ変わらず、ここにあり。



445 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/21(月) 01:23:18.35 ID:hbKYF9Zyo

アリウス『……』

そんな風に一通り己の内を確認した後、彼は今度は感覚を外へと向けていった。

内なる面で覇王の精神体と主導権争いをしていたのは、
外部の時間軸上からはごく僅かな間。

しかしそんな短時間でも、この島の状況は刻々と変化していたらしい。

影の王とトリグラフ、この二柱が顕現し力を解き放ち。
トリグラフと相対しているのは、同じく完全に力を解き放っているアラストル。

影の王と相対しているのは。


アリウス『……ふむ』

なんと、名だたる天界の大御所だ。

ただ直接降臨ではなく、あの屈強な二重聖人がガブリエルの力を宿しては同化したのと似て、
力の一部を人間に授けた形のようだが。


全く登場を予想していなかったとんでもないゲストだ。

しかし。

その登場には驚いたが、それだけだ。
トリグラフとアラストルの衝突は、まあ『それなり』に勝敗の行方が揺れるだろう。

アリウスとしては『トリグラフの方がアラストルよりも強い』と見ているが、
その差が特に離れているわけでもなく、あの戦いはトリグラフにとっても壮絶なものになるはずだ。


だが一方で、影の王とゲストのこの戦いはそうはならない。


ゲスト『本体』が直接降臨したのならばともかく、
人間に一部を授けたあの程度では、影の王を討つ事など不可能だ。

この戦いは、全体状況には特に影響など及ぼさないだろう。



446 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/21(月) 01:25:15.26 ID:hbKYF9Zyo

そして『そんな事』は別に。
他に、アリウスの関心を強く引く事が『二つ』ほどあった。


アリウス『…………』


まず一つ目。

今回の件でアリウスのバックについたもう一柱、恐怖公アスタロトについて。


そのアスタロトが『どこにもいない』。


魔界の十強たる己が軍勢と共に、狭間の領域にて待機していたアスタロト。
覇王が復活し魔界の門が開いた暁には、その軍勢を率い人間界に進撃してくるはずなのだが。


アリウス『……』


『動いていない』のではなく、どこにもいないのだ。
それどころか、アスタロト配下の軍勢も忽然と消えているのだ。


跡形も無く。


そして二つ目は。


アリウス『……………………』



人間界に特に変化が起きていない、という事だ。



『魔界の門が開いたのに』、だ。



447 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/21(月) 01:29:55.60 ID:hbKYF9Zyo

『門』という言葉でイメージするのは、それこそ大きな『穴』であろう。

だがこの『魔界の門』の実際の姿はそれとは程遠い。


正確には、界と界が重なる『同化現象』、魔界による『吸収破壊』なのだ。


つまり魔界の門が開かれた瞬間、
ダムが決壊したかの如く、一気に『魔』が侵食してくる。

そう、だから今も魔界そのものがなだれ込んで来、
人間界が飲み込まれていくはずなのだが。

アリウス『……』

今は、位階にも界の器にもまるで変化が無い。

いや、違う。


変化は起きていた。
そう、厳密には確かに魔界による侵食は始まってはいた。


問題は。


アリウス『―――』


そのスピードだ。


非常に、筆舌に尽くしがたいほどに『遅い』。

とにかく『遅い』。


それこそ、この侵食現象『のみ』の時間軸が歪んでいるような。


いいや。


まさしくそうだ。


明らかに。


アリウス『―――』


『人為的』に時間軸が『操作』されている。



448 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/21(月) 01:32:59.96 ID:hbKYF9Zyo

魔界から人間界への侵食、
というピンポイントでありながらのそのとんでもないスケール。

そのとんでもないほどの干渉力、間違いない。

この界への干渉形式は。



『神儀の間』―――。



―――その『オリジナル』によるものだ。


オリジナルが『今この瞬間』、『どこか』で起動しているのだ。

そしてこの時間軸操作の技術は。

これも間違いない。
こんな特徴的なモノ間違えるわけがない。



アンブラの技―――。



―――『時空魔術』だ




では誰が?
その答えは決まっている。


アンブラの技と、この規格外のスケールは―――。



449 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/21(月) 01:34:54.28 ID:hbKYF9Zyo

『彼ら』は。


アリウス『―――』


『彼ら』は、アリウスが『神儀の間』の偶像を使うのを知っていて。
それで魔界の門を開くということを知っていて。

オリジナルに予め手を加えておいて。

それをアリウスの偶像は、オリジナルの性質を正確無比に映し出したのだ。
彼らが手を加えた部分まで。

つまり。

アリウス自身が魔界の門の開放と同時に、
その侵食の時間軸操作発動のスイッチも入れたのだ。

では彼らは一体何の為に。
何を目論んで?


その答えは残念ながら、この場では導き出せそうも無かった。
後回しにせざるを得ないだろう。

なにせ今。



アリウス『―――来たか』



15m程前方に、この舞台の『主賓』が立っていたのだから。



450 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/21(月) 01:36:27.74 ID:hbKYF9Zyo

銀髪に赤く輝く瞳。

体に纏わりつく紫の光。


アリウス『……』


左手にフォルトゥナの紋章が刻まれた大剣―――。



『会いたかったぜクソ野郎―――』



そして異形の右手には、『アスタロトの首』を持った―――。




ネロ『―――楽に逝けるとは思うなよ』




スパーダの孫が。


アリウス『…………ああ。それはわかってる』


忌まわしき冒涜者。
許されざる破壊者。

最強を証明せんとする、無謀な挑戦者。



アリウス『始めよう』



今、彼の生き様を清算する戦いが始まる。



―――



459 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/25(金) 23:12:27.58 ID:ceYFYPGdo
―――

南島北端、闇が覆う工場地帯。

無人化され、
技術的には学園都市のそれに引けをとらない程に洗練された機械の都。

しかし、その景観の質は学園都市のそれとは正反対。
学園都市はとことん小奇麗に纏まっているのに対し。

こちらは清々しいほどに無骨。

オイルと鉄の匂い、そして質の悪い空気が充満する、正真正銘の『重工業地帯』だ。


ただ、今はそんな情緒など一切無かったが。


南の地は光に満ち溢れており。
そしてその光の発信源の存在によって、南島全体が地響きを立て。

輝く空の向こうにて、
巨大な火柱と稲妻によって舞い上がる無数のチリのようなもの。

それらは実は大きな工場の一部分であり、
真っ赤になったその欠片が隕石のように降り注いでくる。

そして今、そんな危険地帯の中を、一人の少女が走っていた。
南の光の源を目指して。

その走る速度はおせじにも速いとは言えず、
フォームもいかにも女の子という力強さのないもの。

顔は真っ赤に火照らせ、
肩を激しく揺り動かしては欠乏した酸素を求める呼吸。



460 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/25(金) 23:15:59.30 ID:ceYFYPGdo

そして体力のみならず正面の光の源、
そこに近づくにつれ少女の精神が磨り減っていく。

辺りを満たす、高濃度の魔の力が彼女の生命力を奪っていく。

だがそれでも彼女の歩は。

よろめき、何も無いところで躓いて転びはしても。


滝壺「―――ッはぁっ!!―――はぁっ!!」


進路は決してブレず、
そして歩を止めることなど決してしなかった。

滝壺は今、その位にあるまじき行為をとってしまっていた。

結標に『麦野と合流する』と嘘をついては、嘘の座標を教え。
護衛も無しで一人で、勝手にこんなところを走っているのだ。


これは、明らかな規則違反であり命令不服従。


土御門、結標、そして―――。



―――麦野の命令に背いている。



461 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/25(金) 23:17:37.43 ID:ceYFYPGdo

滝壺「―――はぁッ!―――ッあッ!」


ふと思えば。

正式な上司としてからの麦野の命令に、
こうまではっきりと反して従わなかったのはこれが初めてかもしれない。

アイテム時代では、
少なくとも正規任務中の命令には全て忠実に従ってきた。

多少不条理でも、理不尽でも。


滝壺「ふぁッ!………ッッはッ!!」


こんなんじゃ、
皆にこっぴどく怒られてしまうだろう。


絹旗のAIMの高さじゃ、じゃこの高濃度の力の域では厳しいし、
AIMそのものがほぼ無い浜面はもってのほか。

だがそんな事も、彼らからすれば理由にならないだろう。


絹旗にはきつくビシリと言われ。

浜面にはどやされ。



そして麦野からも―――。



―――きっと。



462 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/25(金) 23:19:21.36 ID:ceYFYPGdo


でも。


あんな『言葉』を聞いてしまったら、
留まっていられるわけが無い。

ビルの屋上で、結標と合流した直後に見た南の光。


その直後にはっきりと聞えた、あの『麦野の言葉』を。


なぜかあの光の直後、
一瞬だけ完璧に麦野とのリンクが『勝手』に形成されていた。

アラストルと同化していた状態では、
簡単な音声通信しかできなかったのに。


そしてその時。

麦野の様々な記憶、想いが、濁流の如くこっちに流れ込んできた。

それはそれは滅茶苦茶で、
いわばデータが壊れてしまっている状態のもの。

でも、はっきりと判別できるものが二つだけあった。


今の麦野の『感情』と。



あの『一言』だ。



463 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/25(金) 23:20:11.59 ID:ceYFYPGdo

リンクはすぐに完全途絶し、
簡単な音声通信すら不可能な状態になってしまったが。

あの一言と感情は決して夢ではない。

聞き間違いではない。


滝壺「ッ!…………えぐッ……!」


この瞳から毀れる雫が、嘘ではないと証明してくれる。
確かにあの時、己は麦野の感情を移され。



そしてその感情で今、こうして泣いているのだ。



もう滝壺は耐えられなかった。

リンクした者達が死んでいくのを、
その瞬間の感情を黙って味わっているなんて。


しかもその相手が。



あんな言葉を最期によこしてくる麦野だなんて―――。



464 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/25(金) 23:21:46.01 ID:ceYFYPGdo


その時。


滝壺「―――」


前方の光が著しく強まり。
『圧』の濃度が急激に跳ね上がり。

そして凄まじい爆風が周囲を吹きぬけていった。


滝壺はちょうど堅牢な建物の影に差し掛かっていたため、
その爆風をまともに受けなくとも済んだが。

巻き風で煽られては体勢を崩し尻餅をついてしまった。

激しい動悸に喘ぎながら涙を拭いつつ、
滝壺はその光を見上げ。

滝壺「…………むぎの……」

そして彼女の名を口にした。

今のは一体何を意味していたのか、それは一目瞭然。

かの地で、遂に火蓋が切られたのだ。


もう、走っているだけでは間に合わない。

麦野達はとんでもない超高速で戦闘を繰り広げるのだ
こっちが20mもたもた走る間に、全てが決してしまうかもしれない。


そう判断した滝壺は、その場に跪くような体勢になっては。


滝壺「……………………」


目を瞑り、両手を握り合わせて胸元に付けては能力に意識を集中し。
今の『麦野の信号』を認識し、そして接続を試み始めた。


麦野の『悪魔の信号』を。



465 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/25(金) 23:23:20.50 ID:ceYFYPGdo


悪魔の信号を覗こうとはするな。

悪魔の信号に接続しようとはするな。


AIMとは違い、悪魔の信号は『生きている』。


AIMとは違い、悪魔の信号は『意思』を持っている。



手を出したら―――喰われるぞ。



今作戦においては、方々からそう何度も警告されてきた。

滝壺が形成するネットワークが魔に侵食されてしまう、もしくは滝壺が『破壊』されて、
その要としての機能が停止してしまうことを懸念しての警告だ。


だが今この時。
その警告を再びされたら彼女はこう、当たり前のように答えただろう。


『だいじょうぶ』だよ。



たしかに悪魔の信号だけれども、その『意思』は―――。




―――『むぎの』だもん、と。




―――



467 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/26(土) 00:07:56.57 ID:x7PS8YWHo
―――

デュマーリ、南島の中央部。
見渡す限りの工場施設で覆われていたこの島。

その一画は今、絶大な業火と電熱によって凄まじい光景と化していた。

金属とコンクリートが溶け出した溶炎の大地。
異界の雷嵐によってかき乱される大気、
それに煽られ巻き上がる大量の火の粉。

しかしそんな光景も、これからその地の中心で綴られる事象に比べれば、
まだまだ優しいものである。


文字通り『悪魔に魂を売り渡した少女』と、魔界の神の戦いに比べれば。


麦野『―――』

右手に握る魔剣、アラストルを脇に大きく引き前へと踏み出した麦野。

真正面を見据えるその『両目』の先には、
彼女とタイミング同じくして地を蹴った大悪魔。

右手には炎を司るスヴァローグ。
左手には雷を司るペルーン。
額から伸びる角は、光を司るダジボーグ、

そしてそれら三柱の魔剣を束ねるトリグラフ。


トリグラフは魔剣を持つ両手を体の前に交差させては、
その切っ先を前方へ向けて麦野以上の前傾姿勢で突き進んだ。

上半身を大きく前に倒しているため、額の一角も前に突き出されており、
三本の魔剣がその切っ先を麦野に向ける形である。



468 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/26(土) 00:11:13.29 ID:x7PS8YWHo

両者が踏み切ったその距離は20m。

それは彼らにとっては取るに足らない距離。
普通の人間が単なる一歩を踏み出すよりも近しいものだ。

両者が踏み切ったその地面が大きく歪み、
稲妻混じりの爆風を帯びて抉り上がろうかとしていた時。

既に彼らの刃は激突していた。

そしてその踏み切りによる破壊は、
その猛威を吐き出すこともできなかった。

魔剣の激突による、桁違いの余波で押し潰されたのだから。


青、赤、金が混沌と混ざり合った光の衝撃派が何もかもをなぎ払って行き。

それらの光の嵐の中から現れる、
刹那ですれ違った両者の姿。


紫の電撃と火の粉の尾を引きながら宙を翻る麦野。


そして低い姿勢のまま両足でブレーキをかけながら、
すれ違った麦野の方へと方向転換するトリグラフ。

溶け上がった大地にめり込むその両足が、
地響きを伴いながら大量のオレンジの雫を巻き上げていく。

それと対照的に、麦野は紫の翼を広げては緩やかに着地した。
ふわりと、火の粉が幻想的に舞い上がる。



469 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/26(土) 00:15:17.45 ID:x7PS8YWHo

麦野『―――……チッ』

しかし、その着地は一見余裕があるように見えたも、
その彼女の顔はやや険しかった。


原因は、パックリと裂かれていた脇。


ジャケットが見事に鋭断され、
ワイシャツが真っ赤に滲みつつあった。


『傷を負った』、それ自体はあまり問題ではない。

目や腕が再生したとおり、今の彼女はもう物質的な限界に縛られていはいない。
完璧に悪魔の、それもアラストルという『神』の肉体だ。

(もちろん衣服も丸ごと取り込んでしまっているため、
 これらも肉体と同じような性質をもっている)


問題なのは、そんな肉体であるにも拘らず『傷が癒えない』、『再生しない』という事。


その事実が示すのはすなわち。

トリグラフの魔剣、その刃に集中している力は、
当たり方によっては一撃でこちらを戦闘不能にし得る程の濃度、という事だ。

魂、そして力の修復がまるっきり追いつかないのだ。



470 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/26(土) 00:20:45.72 ID:x7PS8YWHo

ただ、それは向こうも同じらしかった。

麦野『…………』

相変わらずの低い姿勢で、
40m程向こうからこちらを見据えているトリグラフ。
(正確には目にあたる部位は見当たらないが)


甲冑か甲羅かはわからないが、
その肩の硬質な部分に焼ききれたような一閃の筋が走っていた。

そして再生していく気配も一切無い。


つまりアラストルの刃も、その力はトリグラフにとって充分脅威なのだ。


こうなればなんら難しいことは無い。

その次元は遥かに違えど、人間同士の殺し合いと『勝敗条件』は同じ。

ぶった切られミンチになった方が負け。

単純明快だ。



471 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/26(土) 00:26:38.53 ID:x7PS8YWHo

ただその一方で。

今の一合、それによるダメージの度合いの差も単純明快、明らかだった。

麦野『……』

その差の原因は?
それは明白だ。

まずトリグラフの三本の魔剣を突き出す突撃姿勢、
それは一見するとそれは奇妙な構えであったが、
実はとんでもなく合理的であったようだ。

あの魔剣の位置なら、右でも左でも麦野がどちらに抜けても、
トリグラフは最低二本の魔剣を繰り出せるのだ。

最低というものあの姿勢によって、
額の一角が充分三本目として機能する位置だからだ。


対して麦野の刃の数は一。


麦野『(―――正面から突っ込むのはやはり不利、か)』

 ヘッドオン
正面突撃、それはもっとも攻撃しやすく、もっとも防御しやすい。
攻撃するタイミングは一つ、相手の攻撃が来るタイミングも一つ、
それがはっきりと決まっているのだ。

しかしそれは相手も同じ。

その場合、刃が多い方が有利なのは当然だろう。


同時に繰り出せる刃の数、トリグラフは三で麦野は一。
その数の差は絶対だ。



472 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/26(土) 00:30:09.58 ID:x7PS8YWHo

そして突撃でここまで刃の数による差が顕著に出てしまうのならば、
距離を開けられてしまうのは不利だ。

高速で行ったり来たりされたらたまったもんじゃない。

 ヘッドオン
正面突撃戦法ばかりを取られると、こっちは避けるばかりにならざるを得ないのだ。
カウンターするにしたって困難だろう。


カウンター攻撃とは、
その瞬間に相手に無防備になる部分があることが絶対条件だ。

しかし。
トリグラフが三本あるうちの二本を最初から防御に回していたら、無防備もクソも無い。
無防備の部分自体が無いのだから、
カウンターなんぞ成功するわけが無いのだ。


ではこちらが取るべき戦法は?


その時、麦野は軽く前へ跳ねた。
緩やかな栗色の髪をなびかせて。

その彼女の体が降り立った地はトリグラフの鼻先2m、
いや、低い姿勢で突き出されている『角先』。


麦野『シッ―――』


そして着地と同時に横一線にアラストルを振りぬく、
そんな彼女が取った戦法は


『接近して乱戦すること』。


ぴったりと張り付けば、刃の差は手数で埋める事が可能なのだから。



473 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/26(土) 00:35:49.48 ID:x7PS8YWHo

ところでなぜ、彼女がトリグラフ相手にこうも的確に判断を下せるのか。

この手の戦いではアラストルに『素人』と切り捨てられ、
先ほどのアリウスの戦いの中で、ようやくスタート地点に立ったばかりなのに。


その理由は、今の彼女は『アラストルそのもの』だからだ。


アラストルが有していたありとあらゆる知識、技術、それらの応用方、
さまざまな戦い方、戦闘局面におけて何をどうやって動けばいいか、
それらが全て手に取るようにわかる。

このトリグラフの左手、右手、頭部の魔剣の名とその属性も。

彼らがどこで生まれ、どんな名声を得ていたのか、
アラストルが知っている範囲の全てを、麦野も『知っている』。

頭で一々思考する必要など無く、『既に理解している』。
これが本物の大悪魔の、そして神の認識域。


今の麦野は『素人』ではない。


今の彼女は『アラストルそのもの』。


雷刃魔神と称えられている、魔界の最たる武神の一柱である。



474 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/26(土) 00:36:58.41 ID:x7PS8YWHo

麦野が横一線に振るうアラストル。

紫の稲妻を引くその刃はトリグラフの一角、
光の魔剣ダジボーグに激突した。

凄まじい圧力で衝突する魔剣、その激突点から迸る紫と金の火花。

異界の金属の悲鳴が響き、そして飛び散る光の雫。

その雫は普通の火花ではない。
神たる魔剣の激突で生み出された『礫』だ。

それらが一粒一粒が銃弾、いや砲弾のように周囲を片っ端から穿って行く。


そしてお互いが弾かれる、二つの魔剣。


トリグラフの一角は首ごと横へと弾かれ、
同じく麦野のアラストルも反対側へ。

その反動を利用して、一気に体を回転させ左腕を突き出す麦野。

すると彼女の左肩後方から、巨大な『紫色の光のアーム』が出現し、
左腕の動き連動してトリグラフへと振るわれた。

それこそ、ネロのデビルブリンガーと同じように。


一方のトリグラフもまた、麦野と似たような動きをしていた。
弾かれた首を無理に戻しはせずに、その慣性に従い体を一気に回転させ。

左手にある雷の魔剣、ペルーンを振り抜いてきた。



475 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/26(土) 00:38:12.41 ID:x7PS8YWHo

その刃に麦野が振るった『紫色の光のアーム』は、
手首から先を切り飛ばされてしまった。

抵抗無くあっさりと。

この結果はまあ当然だろう。
なにせペルーンは大悪魔が形を変えた魔剣なのだから。


麦野『―――はッ』

それに、このアームはいくら切られても痛くもかゆくもない。
これは肉体ではなく『ただの能力』の産物なのだから。
(今や純粋な能力ではなく魔と混ざり合ったハイブリッドだが)

再生はもちろんすぐ可能。

その形だって別にアーム型で無くても良い。
そもそも、こうして体の近くに留めて置かなきゃいけない訳でもない。


むしろ『こうして』撃ち出す、砲撃するのがメインだ。


麦野『ふッ―――』

その瞬間アームの切り口から、
いや、残ったアームそのものが光の矢となり、
至近距離からトリグラフに放たれた。

左手を振り抜いたばかりで、ガラ空きになってしまっているその左脇へ。


 アラストル
『原子崩し』による、粒機波形高速砲が。



476 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/26(土) 00:45:28.77 ID:x7PS8YWHo

『アラストルと化した』今の麦野は、
もちろんその一手一手が全て『アラストルのもの』。

刃のみならずその砲撃も、神の領域の必殺のもの。

そのため当然、この至近距離で無防備なところに受けてしまえば、
当然トリグラフだってタダでは済まない。


ただ、当たればの話だが。
当たらなければ全く無害。


トリグラフは体の回転を殺さぬまま、
瞬時に地に這い蹲っているかという程にまで、一瞬で姿勢を低くした。

麦野の壮烈なその砲撃は、
そんなトリグラフの背中をかすめ、背中の外殻の表面を僅かに炙った。

そしてそのまま飛翔していき。

今だこの戦いの被害を受けずにいた遥か向こうの工場地帯を、
その区画を地殻もろとも『完全抹消』した。

原子のみならず、一粒の素粒子すらをも残さず。



477 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/26(土) 00:46:22.32 ID:x7PS8YWHo

麦野『(―――チッ)』


だが、そんな凄まじい破壊力をトリグラフ越しに見て、
麦野は心の中で不満足気に舌を鳴らした。

確かに先ほどの通り、今の麦野の攻撃はその一手一手が必殺のものだ。


しかし今の砲撃は違う。

あれでは、トリグラフに命中していてもあまり効果はなかっただろう。

あんな『広域』を消し飛ばすのは、一見すると威力が高そうでありながら、
大悪魔の視点からすれば、その実はただ単に力の集中が甘いだけ。

あんなに無駄に広がってしまうのでは、『濃度』が薄すぎる。


今は無数の雑魚を消し飛ばすような一手は必要ないし、役にも全く立たない。


必要なのは、『究極の一体』を殺す『極限の一閃一点』。



このトリグラフを殺すには、極限まで力を一点集中しなければならない。
砲撃はもちろん、振り抜くアラストルの刃も。


そして。


回避に必要な全ての感覚にも。

麦野『―――』

それら攻撃を繰り出してくる、トリグラフの一挙一動にも。



478 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/26(土) 00:52:47.50 ID:x7PS8YWHo

地を這うかというほどに低い姿勢になったトリグラフ。

実際の身長は3m以上、実に麦野の二倍近くになるにも関わらず、
トリグラフの頭部は、今や麦野のへそ辺りの高さ。


一見すると、四足の一角獣にも見えてしまう体勢だ。


いや、それ『以上』だ。

と、なぜこの瞬間のトリグラフの姿勢をここまで言及するかと言うと。

この悪魔がここまで姿勢を低くした訳が、
ただ麦野の砲撃を回避する為だけではなかったからだ。

麦野『―――』


トリグラフは身を起こそうとはせず、その低さのまま。
とんでもない速さで刃を横に振り抜いてきた。


右手の炎の魔剣、スヴァローグを。

それがあたかも通常の『戦闘スタイル』であるかのように、
一切の無理を見せずに。


麦野『―――ッ!!』


瞬時に一歩後方へ跳ねる麦野。

そんな彼女の左膝から僅か5cmのところを、
業火の尾を引く刃は焼き切っていく。


そして更に間髪いれずに、今度は一角のダジボーグが
これまた凄まじい勢いで突き出されてくる。

今度は彼女の右太ももめがけて。



479 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/26(土) 00:55:21.89 ID:x7PS8YWHo

麦野『チッ―――!』

その金色の突きを、麦野はすんでのところでアラストルでいなした。

魔界の金属同士が再度凄まじい悲鳴を挙げ、
衝撃波と光の礫が飛び散っていく。

そんな、刃の打ち合いが超高速で絶え間なく行われる。

巨大な稲妻が幾本も迸り、炎獄の爆炎が吹き荒れ、
辺りをなぎ払う金色の禍々しい光。

それはそれは荘厳であり禍々しい、芸術的でありとことん破壊的な彩り。


その中の『狂気』の部分を特に色濃くしているのは、
もちろん地を這う獣のような姿勢のトリグラフ。

その挙動は、一見するとトリッキーな戦闘スタイルだろう。
粗暴で野生的で、獰猛過ぎる滅茶苦茶な戦い方に見えてしまう。

ただ、それは見ているだけならば、だ。

実際に戦えば、絶対にそんな印象など180度ひっくり返ってしまう。


とんでもなく効率的で合理的で技能的で、
恐ろしいほどに堅実な戦い方である、と。


振り抜かれてくる刃は計算しつくされ、
ピンポイントで対処しにくいタイミング。


そしてとにかく速い。


僅かにでも反応が遅れてしまったら、膝から下が一瞬で飛ぶだろう。

そしてトリグラフは、その一瞬のバランスの崩れを見逃さないはずだ。
麦野の体は翼や能力で体勢を立て直す前に、瞬時に斬り上げられ細切れにされる。

再生が不可能な程の力がこめられた、三つの刃で。



480 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/26(土) 00:58:53.05 ID:x7PS8YWHo

そんな、狂った車輪のような乱れ打ちを何とか凌ぎ、
麦野も負けじとアラストルの刃を叩き込むも。

突き出されている一角によって容易くいなされる。

その低姿勢のおかげで麦野から見て体面積が小さいことが、

攻撃の密度をより高くさせることのみならず、
一角の魔剣ダジボーグによる防御をも遥かに効率化させているのだ。


麦野『(―――クソッ!!)』


麦野は否応無く突きつけられてしまった。

これ以上接近することは難しい、という事実を。

ふところに張り付いて、とことんかき乱そうとしていたのに。


こんな密度の攻守で固められたら、
ふところに飛び込むことなんかできない。


そもそもあの低姿勢のおかげで、ふところの『空間』自体が存在していない。


上に跳ねて上方から攻撃しても、特に有利にはならないだろう。

トリグラフにとっては手首を90度回転させればいいだけ。
それだけで刃は上を向くのだから。



481 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/26(土) 01:01:36.35 ID:x7PS8YWHo

原子崩しのビームも全く当たらない。

力が射出点に収束するのを、
完璧に嗅ぎ取られているようであったのだ。

どこからどこへ向けて放たれるのか、
事前に教えているようなものだ。


この状況、確かに正面突撃でやり合うよりかはマシだが、
これはこれでドン詰まり。


麦野『(―――……まさか……)』


そして彼女は、トリグラフのとある意図を敏感に感じ取っていた。

それは。

己をトリグラフの位置に置いたら、自分はここから更にどうする?
どうすれば、この女を更に追い込める?

そう考えれば容易に想像がつく事だ。


立て続けに、無規則なようで計算されつくした刃が振りぬかれていく。

麦野はそれらをいなし、そしてとある一振りを判別して後ろに跳ね―――。


麦野『(――――――ッ―――こいつ―――)』


―――ようとした時であった。



482 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/26(土) 01:02:07.48 ID:x7PS8YWHo

左腕の魔剣ペルーンを振り抜く、
そのトリグラフの挙動に『とある点』を見つけ、彼女は確信した。

いや、勘が当たったと言うべきか。
当たって欲しくは無かったが。


なぜこの大悪魔がこの戦法を選んだのか、今の状況でもその理由は充分物語られているが、
更にそれを固める重要な要素を。


その瞬間。


彼女は一気に『前』に跳ねた。


ペルーンの間合いから抜けるのではなく、
それこそトリグラフに体当たりするかというほどの勢いで。


魔剣ペルーンは、麦野の膝を落としていた『だろう』。


『あのままの軌道』で振るわれていたのならば。

つまり、この時麦野の膝は落とされず、
ペルーンもあのまま振るわれなかった、ということだ。

彼女が前に踏み込んだのとほぼ同じタイミングで、
トリグラフも後ろに跳ねたのだ。

ペルーンの振り抜きを突如中断し、胸元に『両腕』を引き寄せながら。

それはあたかも、
最初の『正面突撃』の姿勢に移行しようかという動作。



483 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/26(土) 01:04:12.06 ID:x7PS8YWHo

麦野が前に踏み込もうと判断したのは、
その腕の僅かな動きを見出したからだ。

ではなぜ、トリグラフはこんな挙動をとり、
麦野はそれに対して踏み込んだのか。

それは、彼女がペルーンの刃を後方に跳ねて避けてしまった場合の状況を考えればわかること。
麦野とトリグラフがお互い後方に跳べば、当然『距離』が開く。

今そうなっていれば、実質5m以上は開いていただろう。

では距離が開けば?

距離が開けば、トリグラフは移行できる。


刃の数が特にものがいう正面突撃戦法に。



麦野『―――ク―――ソッ―――!!!!!』


今や明白だった。

トリグラフの刃が届くかどうかという、前にも後ろにも動けないこの微妙なゾーンに。
下がれば刃の数の利で一気に押し込まれ、進めばキルゾーン入りで細切れ確実。


そして留まらざるを得ないこの領域も、
一瞬の隙が死に繋がる極限のエリア。


彼女は完全に『嵌ってしまっていた』。



484 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/26(土) 01:05:43.95 ID:x7PS8YWHo

これがトリグラフの出した『答え』だ。


刃の数の差を埋めようと、至近距離でかき乱す戦法を選んだ麦野に対する、だ。


至近距離に潜り込むことは不可能。
そのテンポをかき乱すことも難き。

鉄壁で守りに入った『ハリネズミ』ほど、切り崩すのが難しい相手は無い。

しかも『このハリネズミ』の場合、
守りに徹しながら『とことん攻撃にも徹してくる』という困難さ。


麦野『(―――チッ!!!)』

いつまでもこうしていられない。
このままでも、徐々に力を削られていく。

何か、何かこの状況を打開する一手を。

しかしトリグラフにはまったく隙が無い。
完全にこの戦いの主導権を握られている。


こうして刃の打ち合いが続くという点を鑑みれば、
トリグラフとアラストルの戦闘能力の差は、特に離れているわけでもないのだろうが。

『差』は『差』。


そこにおける『優劣』ははっきりしている。

技能、パワー、判断力、戦闘に必要不可欠なそれらのスペックは、
明らかにトリグラフの方が上だ。



485 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/26(土) 01:08:25.70 ID:x7PS8YWHo

ただそのスペックだけを並べてみたら、
運や戦闘の展開、機略等でその差を埋める事ができる、
充分に麦野にも勝利が望める程度の違いしかないだろう。

だが、今のトリグラフはその点もほぼ掌握しきってしまっている。

その戦い方は、その運の要素を極限まで廃する堅実なモノなのだから。


麦野『(―――……やるしかないか)』

そして、ここで麦野は決意する。


こうなったら『捨て身』でいくしかない、と。


このトリグラフとの戦いにて、ここまで捨て身でやらなかった理由は、
己が滅するのを嫌っていたのでも恐れていたのでもない。

今更この身を代償にする事など躊躇は無い。
既に死を受け入れているのだから。


『捨て身』を避けていたその理由は、
麦野はトリグラフに絶対に勝たなければいけない、という事である。


つまり、命を捨ててでも勝つべきなのは確かだが。
結果を出さないで死ぬ事は許されない。

『確実に決せられる確信』が無い限り、『捨て身』で動くことも許されないのだ。



これもまあ、皮肉だろうか。


麦野自身が生への執着と決別した今この時。

彼女は、勝手に死んではいけない身になっていたわけである。



486 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/26(土) 01:10:20.88 ID:x7PS8YWHo

アラストルの技能、経験、応用力、洞察力。
それらを総動員して、麦野は勝利を引き寄せる一手を模索する。


一撃必殺の手を。

無論『捨て身』になるのは確実。

そして捨て身で行うのだからたった一度しか使えない。
確実に成功させなければいけない。

また、別に『必殺技』と銘をうつような仰々しい一手で無くていい。
成功率を高めるため、基本を少し応用しただけ程度のシンプルなものが好ましい。


とにかく一斬り。

渾身の一振りをクリティカルヒットさせ、魂ごと叩き切ればいいのだ。


麦野『…………』


そして決めの一手を決定したら、とにかく待つ。

トリグラフの腕、頭の位置。
体の姿勢。
mm単位のお互いの距離。

それらが希望通りの状態になる瞬間を。

絶対に気取られてもいけない。
僅かにでもフライングして動いてしまうと、
確実にトリグラフに読まれ、対応されてしまう。


焦らず、じっとそのタイミング見極めるのだ。


絶対に、確実に成功させるために。



487 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/26(土) 01:11:34.06 ID:x7PS8YWHo

そしてその瞬間が来る。

全ての配置と動きが望み通りになった時が。


麦野『ふッッ―――』


軽く息を吐きながら、麦野は一歩。

左足を大きく前に踏み出し。

アラストルで、
突き出されているトリグラフの一角ダジボーグを下から強く弾き上げた。


飛び散る、金と紫の光の礫。


その彩の中、麦野は更に前に踏み込み、
左前腕をアラストルの刃背にあてがい。



麦野『―――ッラァッ!!!』



刃を押し付けるように滑らせつつ、一気に上に押し上げた。

ダジボーグの下にアラストル。
それが押し上げられれば。

もちろんダジボーグの根にある頭部が、そして上半身が押し上げられ。



『ふところ』の空間が、そこに形成される。



488 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/26(土) 01:13:12.67 ID:x7PS8YWHo


その時。

トリグラフの上半身が押し上げきった直後。


踏み込んでいた麦野の左足が、膝から切断された。

トリグラフの左腕、魔剣ペルーンの刃で。

ただ、『そんな事』など麦野は鼻から承知済み。
キルゾーンに飛び込めば、防ぎようも無く致命傷を負うのは当たり前。

             キ ル ソ ゙ー ン
だからこその『絶対殺傷域』なのだから。



左足の喪失など一切怯むことなく、麦野は右足で地を蹴り。



翼と能力で更にブーストさせては姿勢を制御しつつ、
『形成されたばかり』のトリグラフの右脇に一気に飛び込み。


その『ふところ』に潜り込み。


すれ違ざまにアラストルを振り抜いた。




―――『胴』奪うために。



489 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/26(土) 01:14:44.48 ID:x7PS8YWHo


しかし。


その右脇はガラ空きではなかった。

これはさすがといったところか。

トリグラフにとって、
この麦野の動きは当然の想定外のものだったでろうにも拘らず、
この大悪魔はそれでも即座に対応してきたのだ。

アラストルの刃は胴に届かなかった。
間に入った、トリグラフの右手にある炎の魔剣スヴァローグの業火の刃に防がれて。

トリグラフは右手首を器用に返し、脇に挟み込むような形で、
スヴァローグの刃を己の体と麦野の間に滑り込ませてきていたのだ。


こんなに正確に、そしてとんでもない速度で対応してくる相手とじっくりやりあってたら、
やはり敗北は確実だったろう。

バカ正直に戦っていたらどうやっても勝てなかったはずだ。


炎の魔剣と削り合い、真っ赤な光の礫を生み出すアラストル。


麦野が捨て身で飛び込み放った『胴』は、
トリグラフの驚異的な対応力で完全に防がれた。



麦野『―――はッ』


だが。

これも実は、麦野は読んでいた。


むしろ『あえて』防がせた。


次なる一手を確実にするために。



490 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/26(土) 01:15:32.81 ID:x7PS8YWHo

トリグラフの右脇に飛び込み潜り込んだところで、
一角の魔剣ダジボーグは前、左腕の魔剣ペルーンは当然反対側。


この二本は麦野と『切り結べない』。


つまりこの瞬間、刃の数の差は消えていた。


そして唯一麦野の方へと向けれる一本、右腕の魔剣スヴァローグは―――。



―――たった今、防御を『強制』されたばかり。



麦野はそのまま脇を抜けていくのではなく。

トリグラフのすぐ背後1m弱のところで、残った右足でつっかえるようにして踏ん張り静止しては。



アラストルの柄を『両手』で握って、振り上げて。


麦野『シィッ―――』


振り向きざまに振り降ろした。


守りの『刃』を失った、がら空きになっているトリグラフの背中へ。





麦野『―――アァ゛ァ゛ッッッッッッッッ!!!!!!』




   
本命の、渾身『一手を』―――。



491 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/26(土) 01:17:20.85 ID:x7PS8YWHo

麦野が今持ちうる全てを乗せたその刃は。


雷刃魔神アラストルの白銀の刃は。


トリグラフの背中、その白金の外殻にめり込み―――。



割り砕き―――。



下の肉を断ち―――。




麦野『―――ッッッッッ―――!!!!!!!!!』





―――その魂を叩き斬る。




そしてトリグラフの上半身は、その下半身と鋭断された。

左肩から右脇にかけて斜めに。



492 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/26(土) 01:19:35.45 ID:x7PS8YWHo

完全に振り抜かれ、勢い止まらず地面に打ち込まれる白銀の刃。
その刃に沿うように数kmの彼方まで、紫の光を伴って走っては島を『割る』細い筋。

そんな一閃が律したかの如く、辺りの全てがその瞬間動きを止めた。

溶け出していた周囲のオレンジのうねりも。
舞い上がっていた火の粉も。

地響きも。

刃の反響音も。


さながら時が止まったかのよう。


そして。

そんな、永遠にも思えてしまう沈黙を静かに打ち破ったのは。


ズルリと。

生暖かく湿った耳障りな摩擦音。

続く、重苦しい肉のカタマリが堕ちる音と。

魔界の刃が地面にぶつかる、けたたましい金属音と。



糸が切れたように、少女が膝をつく音であった。



493 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/26(土) 01:21:40.92 ID:x7PS8YWHo


その少女の顔は美しかった。


元々かなり整ってはいたが、
今のこの瞬間は特にかけ離れて。


透き通るような肌で、どこまでも儚げで。


幻想のような『非現実的』な美しさ。


少女はゆらりと、その顔を静かに掲げて。


『…………はっ…………………………はっ……』


小さく今にも掻き消えそうな吐息を漏らした。

そして覚える、この身の羽のような浮遊感。


『…………はっ…………ふっ…………』


体の重さが感じられない。

今まで『持っていたもの』何もかもが、
一切の抵抗なく落ちてしまったような。

何もかもがこの身から消えてしまったような。


先の一振りに、
文字通り全てを『乗せて』しまったのだろうか。



494 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/26(土) 01:22:50.29 ID:x7PS8YWHo

パキリと、冬日の薄氷が割れるような音。

ゆらゆらと不安定ながらも、少女は面を下げてその音の方向を見やった。

すると眼前の分離したトリグラフの体が、
その大きな破断面からひび割れ始めていた。

割れては細かく砕けて朽ちていき。

『あの世から吹いてくる風』のようなものでもあるのか、今ここは無風にも拘らず、
砕けたチリが緩やかにかき飛んで行き、消えていく。


あたかも、古代遺跡の石灰岩像が風化していくような、
そんな哀愁と神聖な美しさを感じてしまう光景だ。



『………………こう……なるのかな…………私も……』



それを目にしながら少女は思わず、そう言葉を漏らした―――。



―――ところ。



『(……あれ……―――)』



ふと、唐突に。

わからなくなってしまった。



『(…………私?……ワタシ?………………あれ……?)』



495 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/26(土) 01:24:36.07 ID:x7PS8YWHo


頭の中が真っ白になったわけではない。
記憶や知識の類が全てすっ飛んでしまったわけでもない。

わかることははっきりとわかる。

この目の前の死体は『トリグラフ』。


三つの魔剣を有する、魔界でも名の知れた武神。



そして今、『己』はそんな存在を叩き切って打ち勝った。



では、『己』とは?



『(…………えっと………………あれ……)』


その言葉が出てこない。
その単語が出てこない。



この身の中で、『己』という概念が確立できない。


その○○認識をサルベージできない。


ぐるぐると、
何でもかんでもが満遍なく混じり合わさってしまっていて。



496 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/26(土) 01:27:41.64 ID:x7PS8YWHo

そう、混じり合わさってしまっていて。


『(あ…………そうか…………)』


そこで少女は気付いた。


『(……融合しちゃったもんね……)』


何ら難しい事ではない。
少女は『パートナー』と融合し。

その上で少女の側の器が割れ、既に崩壊し始めているだけ。
『パートナー』の力を支えきれず、それに押されて形を保てなくなってきているだけ。

そろそろ『ヒーロータイム』は時間切れ。

この先は力の渦に飲み込まれて、跡形も無くなる。


それだけだ。


そしてこの『疑問』が、少女の意識を繋ぎ止める最後の鎖だったのか。


『(……仕方な……い……ね……)』


そう納得したところ。



『(…………)』



スッと、視野が急にホワイトアウトし。


意識が一気に薄れ―――。




―――かけた時。


「――――――――――――!」


声が聞えた。



497 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/26(土) 01:28:33.44 ID:x7PS8YWHo

「―――――――――!」

『……』

どこから聞えてきているのかわからない。

「―――――――――!」

『…………』

しかしなんだか懐かしいような。
心地いいような。

「―――――――――!」

『………………』


連呼しているらしきその一つの言葉も、
良く聞いていたような。


いや。


「―――――――――!」

『…………………………』

良く知っている。


この言葉は『良く知っている』。



498 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/26(土) 01:29:41.07 ID:x7PS8YWHo

その言葉が、声が、

消えかかっていた少女の意識を、
淀みの中から引き上げていく。


「―――――――――!」

『…………………………っ―――』


まだ。

まだ終わってはいない、と。


そしてその『言葉』がはっきりと聞こえ。



「――――――むぎ―――!!!!」



『――――――むぎ―――』



少女が合わせて、自らの口で発しようとした―――。
 


―――その時。



499 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/26(土) 01:30:41.69 ID:x7PS8YWHo

この声とは別の。

そして少女にとって、この声のような至高の心地よさとは完全に対極の『刺激』が。

この声と同じく、彼女の意識を叩き起こそうとしてきた。



めきり、みしり。

そんな、胸から聞えてくる不気味な破砕音と。



『―――あっ…………う゛ッ―――』



文字通り目が覚める程の「激痛」。



意識が一気に覚醒し、ホワイトアウトしていた視野が元に戻り。




『が―――ぐッ―――……?!』




そして少女は目にした。


己の胸を貫いている、『業火の魔剣』を。



500 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/26(土) 01:34:21.87 ID:x7PS8YWHo

魂と器を完全にぶち壊したはずなのに。

確実に倒していたはずなのに。


朽ちかけのトリグラフの上半身が起き上がり、
右手の魔剣で少女の胸を刺し貫いていた。

そう。

確かに、少女はトリグラフを殺した。


トリグラフ『だけ』を―――。


そして当然、トリグラフが従えていた魔剣達は―――。



―――まだ『生きている』。



『あ―――ああ゛―――』



身の毛がよだつ音を軋ませながら、胸に食い込んでいく業火の刃―――。




―――魔剣スヴァローグ。




安らかな眠りに着くことは。


少女の旅が終わることは。


未だ許されてはいない。




『―――あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!!!!!!!』




戦いはまだ終わってはいない。



514 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/31(木) 00:43:11.43 ID:OnMFdVQ8o
―――

北島の南端、この要塞島の海際を固める巨大な堤防。
その上にて屈んで佇んでいる少年と少女、浜面と絹旗。

彼らは、幅3kmほどの海峡向こうの南島にて催されている、
この薄闇を押しのける壮烈な光の祭典をじっと見つめていた。

そんな二人の顔には厳しく律っされはしていたが、
その下からはかなりの疲労感もありありと透け見えていた。

彼らをそこまで消耗させてしまっているのは、
確かにここに至るまでの数々の激戦も原因の一つだ。

しかし今現在、また別の要因が彼らの体力を削っていた。


それはもちろん、彼らの視線の先からやってくる『圧』だ。


絹旗「…………」


近づけば近づくほどその濃度が増していく、この形容しがたい重圧。

今のこの位置においてさえ、
ゴートリングが現れた瞬間に覚えた圧迫感を遥かに上回っている程。


首に縄を巻かれ、徐々にきつくなってきている状態か。

それは比喩ではない。
そのように、実際に今この瞬間において魂が縛り上げられつつあるのだ。

この圧迫感はもう感覚的な枠だけでは留まらず、
生存活動そのものに実際的な障害を及ぼしつつある。


浜面「…………」


これ以上に進めば、この圧迫感が直接の死因になりかねない。
それは明白であった。



516 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/31(木) 00:44:01.73 ID:OnMFdVQ8o

だが『そんな事』が今、彼らにとって障害になり得るだろうか。


否。


滝壺理后がこの海峡の向こうにいるという、
二人にとって極めて重要な問題の前には、その程度など障害になどなり得ない。

浜面「……」

絹旗「……」

なぜ滝壺が二人を遠ざけたか、
その理由はこの圧のせいとも考えられるが。

二人はそこまで物分りが良い方ではない。


浜面「……向こう岸までどのくらいでいける?」

浜面は光を見据えたまま、脇の絹旗へ向けて口を開いた。

絹旗「最大速度を維持できれば10秒以内に」

それに対し淡々と言葉返す、
先の戦いで上着を脱ぎ捨て上半身がタンクトップ姿の少女。


絹旗「途中で超何もなかった場合ですが」


浜面「……よし。じゃあ行くか」



517 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/31(木) 00:45:48.53 ID:OnMFdVQ8o

絹旗「その前に浜面、一言いいですか?」

と、浜面が立ち上がりかけたところ、
絹旗は更に言葉を続けた。

浜面「……なんだ?」

なんでもないように。
それでいて唐突に。



絹旗「私達の目的は滝壺さんです―――」



絹旗「―――『アイテム』ではありません」



特に溜めもせず、変わらずにするりと。


浜面「……」


麦野が憎い、殺したいと以前吐き出した、その口からの言霊。
そしてそれら声の下に垣間見える含み。



絹旗「そこを勘違いの超無いよう」



上辺は淡々と事務的ながらも、
匂わせるその内の黒い熱気。


浜面「……」


それを前にして、浜面は何も言葉を返せなかった。

何も。



518 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/31(木) 00:47:12.55 ID:OnMFdVQ8o

とその時。



絹旗「では、行きま―――」



絹旗も次いで立ち上がった直後であった。


浜面「…………ッ!」



光が止んだ。


南島を照らし挙げていた、あの色とりどりの光が。


漆黒に戻っていく空。

そして感じる。


今の今まで感じていたあの圧迫感が、急激に薄れていくのを。


浜面「……………………」

何がどうなったのかはわからない。
だが、状況が今この瞬間も移り変わって行っているのは明白。


浜面「……急ごう」


絹旗「…………はい」

―――



519 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/31(木) 00:48:22.87 ID:OnMFdVQ8o
―――

光は既に止んでいた。

天を穿つ巨大な稲妻も、

何もかもを溶かしつくす業火も、

全てを凪ぐ金の光も。

辺りの熱は徐々に冷め。

溶け出した金属の溜りの輝きが衰えては、
黒く固まった部分の面積が増えていき。


漆黒に戻る空。


それらの光景が、
この場で行われていた『神域の戦い』が峠を越えたことを物語っている。


だが、峠を越えただけで戦いそのものが終わったわけではない。
ここからスケールは、確かに『おまけ程度』のものかもしれないが、

当人達にとってはここからもまた『本番』なのである。



左肩から右脇にかけて斜めに、下半身と分離したトリグラフの体。


朽ち掛けのその上半身は、
下半身との破断面から伸びている『尾のようなもの』によって支えられて起き上がっていた。

人間の背骨に当たる部位を利用しているのだろうと確信させる、
その尾の見た目はまさしく『筋肉に覆われた数珠繋ぎの骨』。


目の無いフルフェイス兜のような顔は、ところどころ朽ちては欠け落ち。
魔剣ペルーンを握る左腕はだらりと垂れ下がり。


魔剣スヴァローグを握る右腕は、その刃で突き刺していた―――。



―――正面に跪いている少女の胸を。



520 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/31(木) 00:49:55.21 ID:OnMFdVQ8o

『―――がふッ!!』


器官を一気に駆け上がってきた真紅の液体が、霧となって口から噴出。
胸を貫く刃と肉の間からは、止め処なく毀れだし生暖かい滝を形成する。


『あ゛ッ……う゛ッ……!!』


そして少女の美しい顔が、隠すまでも無く『素直』に歪む。


痛い。


苦しい。


肉体的な面を超えた、魂を貫かれる痛み。
『生』が直接傷つけられている苦痛。

今まで味わってきたどの痛みとも類が違う。
これほどの痛み、今まで味わった覚えが無い。


右目と左腕、そして内臓の一部を吹っ飛ばしてしまった『あの時』よりも遥かに痛い。



そう、『あの時』よりも。



521 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/31(木) 00:51:48.29 ID:OnMFdVQ8o


『―――…………ッ……』



あの時。


そこでまた、少女はわからなくなってしまった。

己の中に存在しているはずなのに、その『記憶』を取り出せない。
何もかもがぐっちゃぐっちゃになってしまって、見つけられない。


どのようにして体の一部を失ったんだっけ。
誰と戦ってたんだっけ。


その時は何で戦ってたんだっけ―――。


『(…………)』


そういえば、今こうして貫かれる直前に、
誰かの声が聞えていたような気がする。


この判別できない記憶にかなり関係のある、
『大事な言葉』を口にしていた声が。


いや、今も聞えているような気がしている。


でも良く聞えない。


この胸に突き刺さっている刃、
そこからの『刺激』にかき消され、聞き取れない。



522 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/31(木) 00:53:30.18 ID:OnMFdVQ8o

一方その刃の主、
トリグラフの方にもとある変化が起きていた。


彼女の胸を刺し抜いた直後、
額の一角ダジボーグが一気に光を失って言ったのだ

その魔剣は見る間にひび割れては砕け。

チリと化して跡形も無くなった。


そして魔剣の崩壊と入れ違えるように、
顔の欠けていた部分が修復されていく。


『…………』


記憶は壊れて判別がつかなくなってしまっているが、
今目にしている現象については、少女ははっきりとわかる。


先ほどの渾身の一振りで、
確かにトリグラフはその魂と器を完全に破壊された。

                                           
本来ならば、あの後あのままま肉体は朽ち果てて、
トリグラフという生命は現世から消え失せ、

魔界の源へと還り、ある程度の時を経て自我も個も失って界の力場の一部となるであろう。

だがトリグラフは、この時はそうはならなかった。

トリグラフは、生命体としての思念が掻き消える前に、
己が『魔具に喰らいついた』のだ。


何とかして『生まれ変わろう』ともがいている、といったところか。

トリグラフは魔剣達を食い潰しているのだ。

その力を奪っては貪り、魂を乗っ取り、
その器に強引に乗り換えようと。



523 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/31(木) 00:55:13.87 ID:OnMFdVQ8o

己が僕を、己が臣下を喰らう。
それは人間の目からすれば、非常におぞましい光景に映るだろう。

しかし、悪魔目線からでは何もおかしいところはない。

ダンテのような『優しい主』が例外であって、
このトリグラフとその僕達の関係こそ、魔界においては極当たり前のもの。

感情移入もしなければ愛着も無い。

魔具の死自体については何も感じない。

特にこの今のトリグラフの場合ならば、
瀕死の人間に向けて『点滴袋に情を抱かないのか?』、というようなもの。


魔具は魔具。

下僕は所詮下僕。

道具は所詮道具。


使い魔は所詮『使い』魔。


必要と有れば使い捨てて、使い潰してなんぼなのだ。



524 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/31(木) 00:59:18.84 ID:OnMFdVQ8o

少女は苦痛に喘ぎながらも、その魔界流の踊り食いをじっと見つめていた。
胸を貫いている刃から逃れようともせず、ただただ呆然と。


今だ、頭の中にどこからかあの声が聞えてきているようだが、
そちらには意識を集中できない。


どうしても、この目の前の事に目を、心を奪われてしまう。


『他者を喰らっていく』その様が、
なんとなく今の自分にも当て嵌まるような気がしたのだ。

別に比喩ではなく、実際に『似たような経緯』を経て、
『自分』も『今』こうしているような。

例の如く、なぜそんな風に感じてしまったのかは、
今はまるっきりわからなかったが。


次いでトリグラフの食指が伸びたのは、左腕。

魔剣ペルーンを持っているその腕が、
突如弾けるように明後日の方向へとひん曲がり。

その表面が大きくうねり始めては見る見る変容していく。


そして、砕かれながら左腕の肉に飲み込まれていくペルーン。


この魔剣の断末魔か、その瞬間周囲を振るわせる。
金切り音のような、聞いた者の心を締め付ける辛辣な響きが。



525 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/31(木) 01:01:58.69 ID:OnMFdVQ8o

小刻みに震えているその様相は、
さながら歯車が噛み合わなくなった機械仕掛けの人形のよう。

ぎぎぎ、と音が聞えてきそうな程。

いや、実際に似たような音は聞えていた。

魔剣の残骸が飲み込まれ、
肉や骨にあたる部分が砕け、大きくその形を変えていく音が。


そしてペルーンの絶命と引き換えに現れる、更なる異形の左腕。


それは大きな大きな、無造作に削りだした『大木』のような腕。

いや、大木とするよりも『金属柱』と表現したほうがしっくりくるかもしれない。
もっと厳密に言えば、大型の削岩重機に取り付けられているような『円筒形の回転刃』だ。

その質感は非常に艶やかな光沢を帯びており。
表面は幾何学的な造形で、その角の山は全て刃のように鋭い。


トリグラフの元の洗練された身体とはかけ離れており。

その不恰好な姿は、
シオマネキのようなアンバランス加減を感じさせる。



526 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/31(木) 01:03:17.29 ID:OnMFdVQ8o

『あ…………』


そしてトリグラフは、その巨大な左腕を大きく引いた。
鋭く尖った鎌のような手を握り締めて。


それはあたかも、いや確実に。


「―――!!!」


こちらへ向け、強烈な一撃をお見舞いしようと『溜め』ていた。

そんな情景を目にしている中、
頭の中で響く声が一気に強くなっていく。


「―――いて―――!!!」


こちらが意識を向けたわけではなく、
向こうから強引に『音量』を上げているのか。

その声は少女の意識に割り込んでは、
否応無く彼女を呼び起こす


『(―――……あ……)』


その声は様々な意味で、
この『成仏しかけ』の彼女にとって刺激的であり。




「―――防いで―――!!!!」




その声の全ての要素が、少女の闘争心を呼び起こす。




「―――――――――むぎ―――!!!!」




その声が、彼女に『己が戦う理由』を思い出させる。



『―――ッシッ』



527 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/31(木) 01:05:36.34 ID:OnMFdVQ8o

次の瞬間、少女はその強烈な一撃を受けた。

スヴァローグの刃からずり抜け、
猛烈な勢いで吹っ飛んでいく少女の体。


『北』の方角に。


彼女は天に打ち出されたわけではなく、ほぼ水平方向に吹っ飛んだのだが、
一帯が先の戦いの余波で綺麗さっぱり『整地』されてしまっていたため、

その体は障害物に当たることも無く3km以上も飛翔。

そしてようやく、今だある程度工場地帯の体を保っている区画まで達し、
数十棟も施設をぶち抜きいてやっと停止した。

その一連の光景は傍から見れば、
隕石が限りなく水平に近い形で激突してきたようであったであろう。


飛び散った大小さまざまな金属片が周囲に降り注いで、
瓦礫や土砂の類とはまた違うトゲのある音を打ち鳴らす。


その中で。


『―――チッ……』


顔をやや歪ませて、『いつも』の調子で舌打ちをしては。



『……ああ……目ぇ、だんだん覚めてきたわ…………やっと「眠れそう」だったのに……』



そう不機嫌そうに一人吐き捨てながら、
瓦礫の山の中から上半身を起こした。



『…………こんな死に体をたたき起こしやがって……』



528 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/31(木) 01:06:34.51 ID:OnMFdVQ8o

直前に『戦う心』を取り戻した彼女は、
あの瞬間己の右手の魔剣を盾にした。

おかげで、派手に吹っ飛びはしたものの今の一撃におけるダメージはほとんど無い。
この『強行着地』だって、見た目が大げさなだけで苦痛は伴わなかった。


ただ、今の一撃に関しては、だ。


『……いったッ………………ぐぅッ……』


膝から下を失った左足とこのぶち抜かれた胸は、
やはりその痛みもダメージも桁が違う。


どちらも傷が癒える様子は無く、今だ鮮血が滴っては強烈な刺激を与えてくる。

また今こうして味わってみると、
実は胸よりも左足の傷の方がひどい様であった。


先ほど、胸の痛みがあそこまで刺激が強かったのは、
魔剣が差されたまま、継続してその力を受けていたからであろう。


そして刃が離れた今となっては、左足の方が遥かに痛かった。


それも当然だろう。
胸の傷は、棺おけに片足を突っ込んだ死に体のトリグラフが刻んだもの。


一方、左足を切り落としたのは全力全開時のトリグラフ。

その攻撃に使われた力の差は天と地だ。
当然、魂に叩き込まれたダメージの差も。



529 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/31(木) 01:08:49.88 ID:OnMFdVQ8o

トリグラフを切り捨てたあの一振りの直後に、
少女の力がここまで落ち込んだのも、その左足に受けた一撃が原因だ。

あの全力全開の戦いの中では、
お互いにとってお互いの刃が一撃必殺のものだっ。


魂に届けば、肉体的な急所など関係なくその力をごっそりと削ぎ落とし得るのだ。

少女は肉を切らせて骨を断つ、という捨て身の戦法を身をもって体現したものの、
その肉は肉でも頚動脈を斬られてしまうレベルだったというわけだ。


『……畜生……死ぬのがこんなにキツイなんて聞いてないってーの……』


魔剣を杖にしてはゆっくりと立ち上がり、
そうぼやきを続ける少女。


「―――聞える?!だ、だいじょうぶ?!」


その時、再び頭の中に聞えてくるあの声。


『大丈夫だあああ?この私のアリサマをビンビン感じてる癖してわからねーの?』


それに対し、少女は自然と言葉を返すことができた。


「ご、ごめんっ……」


『―――ッ……ああ……』

そして少女は口にした『後』に気付いた。

今、己は極々普通に当たり前に。
特に意識をする事も無く。


己の中の『記憶』で、『己』が自ずと言葉を返したと。



『……そういうこと……』



530 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/31(木) 01:09:53.15 ID:OnMFdVQ8o

知っているのだ。


そう、『己』はまだ知っている。

まだ記憶は、精神は、意識は。


『個』は形を保っている。


『……………………』

少女は、杖にしている魔剣をふと見やった。

右手にある魔剣を。


この『彼の名』も知っている。



己を喰らったパートナーの名は―――。




『……アラ……ストル』




雷刃魔神アラストル。



531 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/31(木) 01:11:09.47 ID:OnMFdVQ8o

少女がこの魔剣の『個』を再認識した瞬間。

彼女の中でぐちゃぐちゃに混ざり絡み合っていた様々なモノが、
その『名』に集まり。



アラストル『…………………………』



『彼』を『再形成』する。


『……おはよ。なんか久々な気分ね』


少女は小さく笑いながら、
そう右手の先へ向けて言葉を飛ばした。


アラストル『……その挨拶は、この場合は相応しくないな。俺は眠りについていたわけではない』

すると魔剣から返ってくる、
やや理屈っぽく、そしてお高くとまったあの声。

『……ああ……まあそうね』

そう、アラストルは眠っていたわけではない。

己がアラストルそのものだったのだから。

そして。


アラストル『それにしても随分と野暮ったい戦い方をしてくれたな。俺も死に掛けてるじゃないか』


そう続けて愚痴をこぼして来たアラストルに、
ここぞとばかりにその『ブーメラン』を返す。


『ああ……「だから」それは私だけのせいじゃないでしょ』


ニヤリと、ずるそうな笑みを浮かべて。



アラストル『………………まあな』



532 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/31(木) 01:12:57.84 ID:OnMFdVQ8o

アラストル。

これで己の『片方』の名は取り返した。


そしてもう『一つ』の己の名。



喰らわれる前の、喰らわれた方の名は―――。



「あの、あの悪魔動き始めたよ!えっと……あちこち、動きまわってるみたい!」


トリグラフの事を言っているのであろう、
その頭の中の声に。


『―――ねえ……もう一度、私の名ま―――』


少女が一つ、問いかけようとしたその時。


「………………え……?」


頭の中の声が。そんな素っ頓狂な音を漏らした。

少女の問いに戸惑ったわけではない。
何せ、まだ少女は問いを口に仕切っていないのだから。

その声色は、意図していなかった『何か』に気付いてしまったような。

そして少女もそれに気付いた。


『…………ッ』


すぐ近くの、トリグラフとは全く違う二つの気配を。



533 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/31(木) 01:17:00.93 ID:OnMFdVQ8o

少女はすぐさまその気配の方向へと振り向いた。


その悪魔の瞳は、
いとも簡単に瓦礫まみれの風景の中から気配の主を見出す。

50m程離れた所、瓦礫の陰に身を潜めてこちらを伺っていた、


小柄で華奢な少女と茶髪の少年を。


あの者達は―――、そう頭で彼らの身分を認識するよりも早く。



『―――絹旗ぁッ!!!浜面ぁあああッ!!!―――』



その名が口から勝手に弾け出でた。
無意識下の条件反射のように。

その声に浜面と呼ばれた少年の方は、潜めていたその身を飛び上がるようにして立ち上がり。
絹旗と呼ばれた少女は素早く身構えた。

二人とも、少女の姿を見て目を見開き硬直した。


突如名前を叫ばれた驚きか、それとも。
少女の『今の姿』を見たせいか。


だが少女はそんな事など気にも留めず更に言葉を放つ。



『―――てめえら滝壺はどおしたッ??!!ここで何してる??!!』



あのクソッタレな、在りし日の頃と同じ声で。
そういう調子で言葉を飛ばすのが『当たり前』のように。

乱暴で、傍若無人で、その陰ではどことなく懐かしげに。



534 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/31(木) 01:17:51.33 ID:OnMFdVQ8o

その少女の次なる声に、浜面が叫び返した。


浜面「あ…………!!そ、その……た、滝壺をいま探しててッ……!!!」


教師に怒鳴られた生徒のように反射的に姿勢を正しては、
浮き腰になりながら。


『滝壺ぉッ!!あんたまさか南島にいやがんの??!!』

そこで少女の矛先は、今度はリンクしている滝壺へと。


滝壺「あっ……!!う、うん!!ご、ごめんなさ―――!!」


『そこの位置を今すぐこいつらに転送しろ!!』


そして、
滝壺がその言葉を最後まで言い切るのを待たずに。



『絹旗!!浜面!!さっさとあのバカを回収してここから離脱しろ!!』



絹旗と浜面へ向けて放った。

あの頃と同じような声で、あの頃と同じような『命令口調』で。



535 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/31(木) 01:28:47.12 ID:OnMFdVQ8o

その時、浜面が少女へ何かを言いかけたが。


『何ボケっとしてやがる!!さっさと行け!!』


更に強い調子で少女は声を荒げ、

その言葉で火がついたように、
絹旗が瞬時に浜面を掴み上げ、そして素早く跳ねて行った。


『…………』


そんな彼らの離れ行く姿とその気配を意識しながら、少女は浸っていた。
あの頃と同じ感覚に。

でも。


今はもう、『あの頃』とは違うのだ。


『(―――……ああ、そうよね)』


懐かしさと恋しさを覚える一方で、そう少女は実感した。

いや、実感させられた。

歯をきつく噛み締め、血が滲むかという程に拳を握り。

眉間と鼻筋の辺りを痙攣させながら、
今にも弾け飛びそうなその激情を?き出しに。


突き刺さるような瞳でこちらを睨んでいた、


あの絹旗の姿を見て。



536 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/31(木) 01:30:08.34 ID:OnMFdVQ8o

それはわかってはいた。

わかっていた。

己の犯した罪を認識し、その上で守りたいものを守るため。
その戦う理由を見つけて、身を捧げて勝利を引き寄せても。

何も変わりはしない。
既に過ぎた結果は。

その結果で壊れたものは、壊れたまま。

その結果で失われたものは、戻りはしない。


この感傷は単なる残り香。
本体が無くなった後の残像。

それだけだ。


でも、そんな残りカスだとしても。
突きつけられるのが変わらぬ現実だとしても。

思い出に浸れるのが一瞬でも、ほんの僅かでも。

少女にとっては、その存在だけで充分だ。


たった今、
危うく何もかも忘れたまま死ぬところだったのだ。


こんな今わの際に後ろめたい思いに浸らせやがって、
なんて間違っても言えない。

言うべきなのは、


あの日々の感覚に浸らせてくれて。

あの日々の事を思い出させてくれて。

最期に、その声をもう一度聞かせてくれて。




ありがとう、という礼だ。



537 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/31(木) 01:33:07.50 ID:OnMFdVQ8o

『滝壺、あいつらと合流したか?』

滝壺「う、うん!今傍に!」

『早く離れろ。それとさっさと私とのリンクも切れ。頭がイカれるわよ』


滝壺「ううん。だめだよ。だって今はもう、周りの環境がうまく感じとれてないんでしょ?」


『……』

その滝壺の言葉は当たっていた。
力のみならず、知覚まで既に壊れかけている。

絹旗達があそこまで接近したことには気付かなかったし、
非常に目立つはずのトリグラフでさえ、その位置がおぼろげにしか掴めない程だ。


滝壺「だから私が目になる。耳になる。『いつも通り』に」


滝壺「切れっていわれてもぜったいに切らないからね」


『………………』

そう言い切った滝壺。
これはもうどうしようもなかった。

強引にこっちが切り離してしまえば、
確実にこの滝壺はまた接続を試みてくる。

拒否すればするほど、
滝壺は無理をして割り込んでこようとするだろうから。



滝壺「今から知覚を同期させるからね」



538 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/31(木) 01:34:21.94 ID:OnMFdVQ8o

『ッチッ…………アラストル。もう少し付き合ってもらうわよ』

少女は諦めたようにそう舌打ちしながら、右腕の魔剣へと言葉を飛ばしたところ。



アラストル『「もう少し」?わかってないようだな』



その刃は、そう声を返してきた。



『……?何が?』



アラストル『全く、俺の「知」と分離したらすぐこれか。人間の知能はやはり低いな』



アラストル『俺はお前に同化した。俺は俺の全てをお前と融合させた―――』





アラストル『―――つまり、今の俺はお前と一蓮托生だ』





『―――…………』



539 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/31(木) 01:36:25.43 ID:OnMFdVQ8o

アラストル。

彼の運命が己と共にある。


『ぷはっ、はははっ!』


それを知った少女は、
あっけらかんとした笑い声を挙げた。


滝壺「見つかったよ!向こうがこっちを見つけた!!来るよ!!!」



『と~んだ「泥舟」に乗ったもんねアラストル!』


そして滝壺の声を受けて、
失った左足を代用する原子崩しの光の義足を膝先に形成させ。


アラストル『その通り。だからせめて―――』


右腕を掲げその魔剣を構えては、
残りに残った最後の力を搾り出してその刃に収束し。



アラストル『―――我が武名に恥じぬ、有終の美を飾らせてくれ』



アラストル『―――我が愛しきマスターよ』



『OK、地獄の果てまで―――』


瓦礫の向こうから突進してくる、
変わり果てた『不恰好なトリグラフの上半身』へ向けて―――。



この戦いの幕を引きに。



『―――「とことん」付き合ってもらうわよ!!!』



踏み切って突進していった。



540 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/31(木) 01:37:45.31 ID:OnMFdVQ8o

そして激突し、始まる。

終わりの戦いが。


終幕の戦いが。


今や、トリグラフのその挙動は本当に獣染みていた。
かつての研ぎ澄まされた技は失せ、
そこに技能は無くただただ力任せに。


唯一残った魔剣スヴァローグから、
無駄に炎を吹き散らしては棍棒のように乱雑に振るい。

ペルーンを取り込んだことに形成された破城槌のような左腕を、
大きくぶん回す。


だが、それは少女の方も同じであった。


『―――ぐッ……がぁ!!!』


アラストルの剣筋は乱れ、挙動はもたつき。

滝壺のおかげで攻撃は見えているのに、体が反応できずに、
避けることもいなす事もできずにまともに受けてしまう。



少女がぶん回したアラストル。

左腕でまともにうけたトリグラフが、それで大きくよろめく。
しかし、少女の方も自身が振りぬいたアラストルに振られもたつく。

その隙に、トリグラフが魔剣スヴァローグで彼女を叩き切ろうとするも、
よろめいたその体制を立て直すのにもたつき。

振ったときには、既に少女がアラストルでガード。


だが、少女の方もまともに受けてしまったせいでよろめき―――。


そんな、だらしのない戦い。

傍から見れば、地面が抉られ一帯が吹き飛ぶ派手な戦いだろうが。
その内容はとにかく無様。


まさに泥試合。


死にかけの神同士の、無様な無様な戦いであった。



541 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/31(木) 01:39:49.38 ID:OnMFdVQ8o
また、両者とも死に体であるため、
この戦いはそう長くも続かなかった。

直接的なダメージを与えなくとも。

剣と腕を振るい、相手の攻撃を受け止めるだけで、
その力が削られていくのだから。



避ける余裕など元から無く。



攻撃を受け止めることすら難しくなっていき。




そして、最後は受け止めることを止めた。




『―――あ゛ッぐ…………!!!』




その時は両者とも防がなかった。
お互いの刃を。



その結果。


アラストルの刃はトリグラフの胸を貫き。


スヴァローグの刃は、今度は少女の腹を貫いた。



542 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/31(木) 01:44:54.63 ID:OnMFdVQ8o

『―――お゛ぁッ……』

再びの、炎の刃の激痛。

滝壺「―――!!!―――!!!」

そしてまたしても遠ざかる、滝壺の声。
スヴァローグの力が傷口から進入して少女の力をかき乱しているせいで、
滝壺のリンクに障害がおきているのだ。

そんな同じように、胸を刺し貫かれているトリグラフ。
その体液を滴らせながらも大きく身を捻っては、

これ見よがしに左腕を大きく引いて拳を握りこみ、
前回と同じような『殴り込む』構えをとった。

その仕草は、まるでこう示していたかのよう。
いや、実際にトリグラフはこう示して突きつけていたのだ。


貴様の刃は、元より右腕の一つ、


我が残る刃は、両腕の二つ、



勝利は我が手にあり、と。



そしてその時。トリグラフがここに来て初めて声を発する。



『kajdhrlj我hha手gda討取ldjdsk―――』



それは角笛のような、周囲を振るわせるノイズ混じりの言葉。




『―――ldahjアラストルvgast』




ノイズの中に混じっていたのは『名』。



この『少女の名』。



543 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/31(木) 01:48:29.28 ID:OnMFdVQ8o

アラストル。

それは確かに、今の少女の名だった。


『ああ、確……かに……私はアラストル―――』


だが、そのトリグラフに少女は言葉を跳ね返していく。
 


              ヒトツ
『―――でももう一本あるんだよ―――』




もう『片方』の名がまだある、と。




               ヤイバ
『―――ワタシの「名」は―――』



その名、そこに確立する『個』に全てが詰まっている。


己が犯した罪も、焦がれた夢も、大切な者達への想いも。



これを抱かずして何の戦いだ。

これを無くしたまま死ねるか。



滝壺。

浜面。

絹旗。



そしてフレンダ。



背負うべきものを背負わずして逝けるか―――。



―――それは全て『私のもの』だ。



544 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/03/31(木) 01:50:23.05 ID:OnMFdVQ8o

少女はゆらりと、左腕をトリグラフの鼻先へと突き出し。
その手の平を向けた。

刃で固定されている今なら、もう外しはしない。


今こそ最期で最強の一発を放つ時。


『―――私はレベル5、第四位。―――』


滝壺「―――!!!」

滝壺が示してくれているその名を取り戻せ。





『―――アイテムのリーダー―――』





今こそ『証明』しろ。





滝壺「―――――――むぎの!!!!!」








            メルトダウナー
麦野『―――「 麦 野 沈 利 」だ―――』








―――己自身を―――。




トリグラフがそれを察知した時はもう遅かった。
彼がその左腕を振り抜くよりも早く。



光が迸った。



紫と青が混じった光が。


麦野沈利のその左手から―――。



555 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/04/01(金) 02:06:35.75 ID:UcunEEgio
―――

滝壺「―――……むぎの……」

彼女がそう、心ここにあらずという様子で口にしたのは、
連なる工場の向こうで青と紫の光が迸った直後であった。


浜面「……滝壺、何が起こってる?」


横からの浜面のその問いは反応せず、
滝壺は涙ぐみながら再び。


滝壺「む……ぎの………………むぎの……」


その名を呟く。


浜面「なあ……滝壺……あそこで何が起こってる?」


そんな滝壺に向け、浜面は再度問うた。
彼女の前に屈み、肩に優しく手を当てながら。


浜面「…………滝壺……教えてくれ……一体何が……麦野に……」

そして。


彼の声もまた、徐々に震えていった。


浜面「…………お前は……見えてるんだろ……滝壺、なあ滝壺……」


浜面は薄々気付いてしまっていたのだ。
その滝壺の様子から、麦野が今どんな状態にあるか、を。

滝壺が涙するその様子は、この島に来て何度も見ていたから。
この島に来て何度も見た。

彼女は、『そのたび』に今と同じく泣いていた。


リンクしている能力者部隊の者が命を落とすたびに。



556 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/04/01(金) 02:07:39.62 ID:UcunEEgio

絹旗「離脱しましょう」

とその時。
そんな淡々とした声が、二人の下へ放たれた。

絹旗「早くしてください。こんな所にはいられません」

『表面上』は冷徹で平坦ながら、奥底には濃厚な感情が渦巻いている声が。

浜面「……待ってくれ、絹旗、なあ……」

その絹旗の内にあるものが何なのかは、浜面は知っていた。
そして、それを表に出さないよう懸命に取り繕っているのも。


絹旗「なぜですか?」


しかしそれでも。

浜面「なぜ……って……お前もわかるだろ!!!!麦野が―――!!!」

この絹旗の調子には、声を荒げずにはいられなかった。

絹旗「わかりますが、別に」


浜面「お前ッ!!!あいつの胸と足が……!!!お前も見ただろうが!!!!何とも思わねえのかよ!!!!」


立ち上がり、瞳を潤ませながらそう怒鳴る浜面。


絹旗「見ましたが」

浜面「だったら―――!!!!」

と、浜面はたまらず更に声を荒げてしまいかけたが。


絹旗「浜面…………………………………………お願いです」


次なる絹旗の言葉で、浜面の口は止まってしまった。
今度は平坦ではない『熱』の篭った声に。


絹旗「………………私にとっては、『何より』もあなた達なんです」


絹旗「これで最後にしてください。これ以上拒否するのであれば…………拘束して運びます」



557 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/04/01(金) 02:08:19.10 ID:UcunEEgio

浜面「…………………………ああ、わかってる。それはわかってるさ」


絹旗「……」


浜面「俺にとっても滝壺、絹旗、お前らが全てだ」


浜面「でもよぉ……麦野は…………麦野『も』…………」





浜面「……あいつはなあ、俺達の『始まり』なんだよ……」





絹旗「―――…………」




浜面「あいつがいてくれたからこそ……俺達は……」



絹旗「…………」


浜面「絹旗……頼む…………」



滝壺「…………きぬはた……」



絹旗「………………………………」


―――



558 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/04/01(金) 02:09:06.36 ID:UcunEEgio
―――


どくり、どくり。


ぱっくりと割れた筋肉の塊が、
今なお懸命に収縮活動を行っている音。

そのリズムに合わせて踊る傷の痛みと、
流れ出ていく大量の血液。


それらを味わいながら。


麦野「………………………………」

『再び』彼女は跪いていた。

ただ、そんな彼女の姿勢は同じくとも、
前回とは周囲の状況が違っていた。


トリグラフの姿が、そこはなかった。


あの不恰好な上半身は跡形も無くなっていた。


文字通り、綺麗さっぱりと。


残ったものは強いて言えば、
彼女の胸元に刺さったままの魔剣スヴァローグの先端のみであろうか。

その突き刺さったままの欠片も、徐々に割れ砕け朽ちつつあり。
もう少し経てば、トリグラフがここに存在していた『物的証拠』は完全に無くなるだろう。


そして。


麦野「………………」


彼女自身もまた。


同じように。



559 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/04/01(金) 02:10:34.38 ID:UcunEEgio

麦野「…………」

知覚がまた元の使えない状態に戻っている。

こちら側の力が足り無すぎて、
滝壺とのリンクも切れてしまったのだ。

あの最後の最期の一発で、正真正銘のスッカラカン。

今なら、
下等悪魔どころかそこらの野犬にも殺されてしまうだろう。

もうアラストルを振るうどころか腕が上がらないし、立てもしない。


この跪いている体勢さえ、維持するのはもう―――。


うつ伏せに倒れこむ麦野。
その彼女の胸元から毀れだす血で、赤いシーツのようにその体の下に敷かれていく泉。


そんな、『暖かいベッド』の上にて。


麦野「……あー……『あの時』の…………トリッシュも……」


彼女はふと、初めてトリッシュに会った時の事を思い出して呟いた。


麦野「こんな感じ……だったのかな……」


痛みに苛まれて声を震わせながらも、穏やかな笑みで。



560 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/04/01(金) 02:11:43.87 ID:UcunEEgio

アラストル『いや、あれよりも酷い』

と、その呟きに応えてきた右腕の魔剣の声。

麦野「まあ、そうよね……」



アラストル『それはさておき。勝ったな。良くやった』



麦野「……私は、ね」


アラストル『…………』


麦野「むこうじゃ、まだ皆が戦ってる……」


そのうつ伏せの視線の先、地平線向こうの北島では、強い閃光が瞬いていた。
そして地響きと、強大な存在による強烈な圧。

そう、ここでの戦いは終わったが。


『戦』はまだ終わってはいないのだ。


麦野「誰が戦ってるか……わかる?」


アラストル『……わからんな。俺ももう、何も感じない』


麦野「そう…………」



561 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/04/01(金) 02:14:56.11 ID:UcunEEgio

と、その時。


ぱきり、と。

アラストルの刃に亀裂が走った。
そして一度走ると、一気に全体へと広がっていき。


アラストル『……おや。では、先に逝かせてもらおうか』


麦野「………………じゃあ……向こうで」


アラストル『いや。俺とお前は、これから逝く地は違う』


麦野「……?」


アラストル『人と魔、それぞれにそれぞれの還る地があるのさ』


麦野「そっか…………あぁ、悪いね。付き合ってもらったばっかりに……」


アラストル『それは何の謝罪だ?俺は俺の生に何も後悔していない』




アラストル『この10年は正に至高だった。なにせ、あのスパーダの息子に仕え。そして―――』





アラストル『―――最期に最高の女と共にした』



麦野「…………」



562 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/04/01(金) 02:17:33.39 ID:UcunEEgio

全身に亀裂が刻まれたアラストル。
その刃が、とうとう朽ちて毀れ出して。


アラストル『それにお前のおかげで、かのスパーダがなぜこの世界を愛したか―――』




アラストル『―――なぜ、人間を愛したか。その理由がわかったしな』




砕け。

麦野「……そっか……」


アラストル『では。願わくば、貴女の御上に安らかな眠りを―――』


麦野「……ばいばい…………」



塵となって。



アラストル『―――さらばだ。光栄だったよ。麦野……沈……利……………………』


風に吹かれて。



麦野「…………アラストル…………」



消えていった。



麦野「……ありがとう」



563 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/04/01(金) 02:18:29.63 ID:UcunEEgio




―――それから、どれくらい時間が経ったか。



数十分か、数分か。

それとも数十秒か。


感覚がもう覚束なくなっているこの状態では、
時間の経ち具合もまったくわからない。

が、とにかく『しばらくの後』。


麦野「……」

気付くと、いつのまにか仰向けになっていて。
ぐしゃぐしゃの泣きっ面で覗き込んできている滝壺の顔がすぐ前にあった。

そして、その反対側からは『濡れて無様』な浜面の顔も。


座り込んでいる滝壺が、
麦野の上半身を膝の上に乗せるようにして抱きかかえて。

滝壺に向かい合うようにして浜面も屈んでいたのだ。
彼はその両手で、麦野の胸の傷口を懸命に押さえていた。


そして、足の方向2m程離れたところに立っている絹旗。

拳を固く握っては、ジッと麦野を見下ろしていた。



564 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/04/01(金) 02:19:39.79 ID:UcunEEgio

麦野「…………何やってる?」


浜面「―――喋るな!!!!」


そう麦野を制す浜面は、
応急処置用の機器を取り出しては使おうとしているが。


麦野「……やめろ。無駄だ……」


そんなもの、一切効果がない。

そう。

それはここにいた皆が知っていた。
しかし。

知っていても尚、浜面はその手を止めなかった。


麦野「…………なんで…………」

それに対する麦野の呟きに。


浜面「―――何で?!何でだと?!」


浜面「もう嫌なんだよ!!!これ以上アイテムが壊れるのが!!!!アイテムが死ぬのが!!!!」

麦野「バカか…………アイテムをぶっ壊したのは……私だろうが」




浜面「壊れてなんかねえ!!!俺達がアイテムだ!!!」




浜面「俺達が生きてる限りアイテムはあんだよ!!!!」



麦野「私は……フレンダを……………………」


浜面「―――確かにそうだがお前もアイテムだろうが!!!!!」


浜面「どんな理由だろうともう我慢できねえ!!!!アイテムはもう―――」


浜面「―――どんな事があっても傷つけさせねえ!!!!ぜってぇ守る!!!」



麦野「…………」



565 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/04/01(金) 02:21:39.26 ID:UcunEEgio

そんな、浜面の臭い台詞を聞いて。


麦野「ふっ…………がふっ……はは」

麦野は血を吐く咳混じりに小さく笑っては。

浜面「麦野!!!」


麦野「……はまづらぁ…………ほんっっとバカねえ……」


そう、罵った。

穏やかな表情で、隠そうともせずに嬉しそうに。

それは本心だった。


本当に嬉しかった。


この麦野沈利が一体何をしでかしたか。
それを知っている者が、そしてそれを行われた者が、

こんな風に麦野沈利という人物へ言霊を放ち、

麦野沈利の死を無条件に。がむしゃらに否定しようとしてるとは。


嬉しかった。


麦野はただただ嬉しかった。


こんな己でも、心を向けてくれる人がいたことに。



566 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/04/01(金) 02:25:31.21 ID:UcunEEgio


麦野「……ああ、そうそう……」


そして彼女は思い出す。
同じ境遇の、同じ『クソッタレ』な同族を。



浜面「―――……む、麦野!!!」



麦野「……アクセラレータに伝えろ……」



浜面「もう喋るな!!!喋るな!!!」


こんな己でも、こんな風に想ってくれる人がいたんだから。
泣かせて、小っ恥ずかしい言葉を吐かせてしまえるんだから。



麦野「…………もっと……マシな女を誘えって……それと―――」



きっと一方通行の場合はもっと―――もっと大勢が―――もっと泣いて―――。





麦野「―――『お前はやっぱり生きろ』……って」



567 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/04/01(金) 02:26:37.62 ID:UcunEEgio

浜面「じ、自分で伝えろよ!!!ふざけんな!!!伝言なんかしねえからな!!!!」

滝壺「はまづらぁ……どうし……よう………えぐっ…………」

浜面「滝壺!!!諦めるな!!!諦めてるんじゃねえ!!!」


とその時。


絹旗「―――…………なん……」


絹旗「―――何でんな顔してんだよ!!!!ふざけじゃねーぞ!!!!」


麦野「……絹……旗」

押し黙っていた絹旗の口から、激昂した声が噴出した。


絹旗「何してんだよ!!!キレろよ!!!!キタネー言葉で怒鳴れよ!!!!」


絹旗「笑いながら殺せよ!!!!殺せ!!!!殺したいんだろ!!!!」



絹旗「フレンダにもそうしたんだろ!!!!!」



麦野「……」


絹旗「だったら私達にも同じことしろ!!!!!」


絹旗「『始めて』おきながら!!!!始めておきながら何一人で終わろうとしてんだよ!!!!」


絹旗「まだ私達は終わってねえ!!!!終わってはねえんだよ麦野ォォォォオオ!!!!!!!」


麦野「……絹旗」


絹旗「ふざけんな!!!!何でなんだよ!!!!何でそう…………!!」

そしてここまで言葉を吐き出した彼女は、
そこでがくりと糸が切れたように膝をついては。


絹旗「……何なんだよッ…………何……なんだよ……」


今度は、顔を歪ませては声を震わせ。


絹旗「……その…………顔は………………何で…………」


その場に弱々しくへたり込んでしまった。



568 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/04/01(金) 02:28:02.82 ID:UcunEEgio

麦野「…………」


そんな絹旗の言葉は、
麦野にとって有りがたかった。


いや、これも掛け替えのない大切なものだった。


絹旗のその激情が教えてくれる。

己と同じく、絹旗も『あの日々』を同じように感じていたと。
どうでもいい、くだらない日常でも。


更に再確認させてくれる。

その『くだらない日々』が、
己達にとってどれだけ価値があったものかをも。


あれこそ私達の唯一の日常だった、私達が『笑えていた』唯一の時間だった、と。


だからこそ、絹旗の敵意は感情にまみれているのだ。


あの日々を奪われたからこそ。
あの日々を壊されたからこそ。


『裏切られた』と受け止めたからこそ、怒り憤る。


そして麦野は、それを受け止めることで忘れずにいられる。

麦野沈利、という者が一体何をしたのか。

麦野沈利、という者が背負うべきものは一体何か。



麦野沈利、というモノは一体何者なのか、を。



569 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/04/01(金) 02:29:40.97 ID:UcunEEgio

己はどこまでもわがままで、
自己中心的で、感情的で、優柔不断で、身の程知らずで。

一方通行のように、たった一人で罪に正面から向かい合う勇気は無くて。
土御門のように、たった一人で何が何でも貫き通す芯の硬さも無くて。

強がりだけど弱くて、本当は弱くて、とにかく弱くて。


そんな己はこの絹旗の怒りが無ければ、きっと甘えてしまっていただろう。

また戻れると。
またあの頃のような日々に、と。

過去の蟠りを飲み込んで、みんな己を受け入れてくれる、と。



許してくれる、と。




麦野「絹旗―――……」



だからこれで良いのだ。

これで。



570 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/04/01(金) 02:30:34.92 ID:UcunEEgio

絹旗は単なる敵意ではなく、感情をぶつけてきてくれる。

滝壺も、浜面も、フレンダも、皆が持つべきその怒りを、
彼女は一手に引き受けて示してくれている。


至極全うな理由で、至極全うな意思で。


それはそれは『素晴らしい事』ではないか。


滝壺と浜面のこの愛情が、麦野にとっての『救い』ならば。

この絹旗の激情もまた―――。




麦野「―――…………ありが……とう。ごめんね……」




―――麦野沈利という少女にとっての『救い』だ。



絹旗「…………ふざけんなよ…………ねえ…………ふざ……けん………………」



絹旗「………………………………どう……して…………あんな………………」


蹲って、そう言葉を濁らせた彼女の丸まった背中は。

その肩は小刻みに震えていた。



571 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/04/01(金) 02:33:43.06 ID:UcunEEgio

麦野「…………」

これで良いのだ。

こうでなくてはならない。


これが、麦野沈利の通るべき道。


でも。

確かに、甘えるべきではないとわかってはいるも。


それでも。


浜面「フレンダに……お前まで……なあ、俺達を置いて行かないでくれ……」


浜面「何でも……何でもやってやる……何でも言うことを聞くから」

浜面「だから……頼むからいかないでくれ。お願いだから―――」


滝壺「……命令もちゃんと聞くから、もう足引っ張ったりしないから……むぎの、ねえ、おねがいだから……」



麦野「何でも……?」



浜面「――――――ああ……何でもだ」


感情に突き動かされて、道理を見落としてしまっている彼らのその言葉。

それに耳を傾けてしまい、叶わぬ幻想を望んでしまう。


麦野「……じゃあ…………」


その価値を知っているからこそ、無性に。
己が壊してしまった、ということをしっかりと自覚しているからこそ、とことん強く。



恋焦がれ、夢見てしまう。



572 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/04/01(金) 02:36:01.68 ID:UcunEEgio


麦野「……えっと……じゃあね……また…………みんなで……………………―――」


あの頃の。

あの、ファミレスで暇つぶしをしていた時間のような。


浜面「ああ、みんなで―――」



くだらない事で、だらだらと笑っていたあの日々を。




―――『あの頃』をもう一度―――。





麦野「―――………ごした……い………………………………なぁ……………………」





その時、一筋の露が彼女の美しい頬を伝っていった。

閉じられた瞼、その目尻から毀れ出でた雫が。



そして、残された者達の言葉にならない声の中。

彼女の体は、無数の青色の光の粒となり。


吹き抜けたさわやかな風によって、上へ上へと持ち上げられて―――。




麦野沈利。

彼女は遂に羽ばたいていった。


どこまでも広がる、澄み渡った『あの雄大な大空』へと。



そして、やっと会いに。

やっと言葉を伝えに。


言わなければならないその言葉を。



この空の向こうにいる―――もう一人のアイテムに。



―――




573 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(青森県) :2011/04/01(金) 02:36:45.77 ID:UcunEEgio
今日はここまでです。
次は月曜か火曜の夜に。


575 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/01(金) 02:38:56.31 ID:K84+ea080
乙です むぎのぉおおおおおおおおおおおおおん(´;ω;`)


576 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/01(金) 07:10:19.86 ID:q49kygzDO
乙です。
アラストル……1から出番無くて中途半端とか言ってごめん…



578 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/01(金) 12:42:48.62 ID:vA9+QJ4DO
>>576
一応ドラマCDでダンテを助けたり、ビューティフルジョー(ダンテ編)にも出てるぜ!



588 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(新潟・東北) :2011/04/07(木) 19:28:50.14 ID:maA4p8nAO
まさか味方側でモブキャラ以外の戦死者が出るとは思わんかったなぁ…


580 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(富山県) :2011/04/01(金) 13:08:34.21 ID:FgdIy+HNo

泣きそうになったわコンチクショウ




次→ダンテ「学園都市か」【MISSION 23】

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禁書目録SS   コメント:7   このエントリーをはてなブックマークに追加
コメント一覧
5810. 名前 : 名無し@SS好き◆mQop/nM. 投稿日 : 2011/04/10(日) 16:46 ▼このコメントに返信する
アラストル最高にかっこよかった
最期にアイテムが集まれてよかった
涙が止まらない
5813. 名前 : 名無し@SS好き◆- 投稿日 : 2011/04/10(日) 19:33 ▼このコメントに返信する
続きってどこで見れるの?
5817. 名前 : 名無し@SS好き◆- 投稿日 : 2011/04/10(日) 20:39 ▼このコメントに返信する
残念ながらこれが最新だ。
5819. 名前 : 名無し@SS好き◆- 投稿日 : 2011/04/10(日) 20:45 ▼このコメントに返信する
むぎのおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん
5844. 名前 : 名無し@SS好き◆- 投稿日 : 2011/04/11(月) 19:45 ▼このコメントに返信する
前から思ってたんだけど、麦野が主人公だったんだなこのSS
5885. 名前 : 名無し@SS好き◆- 投稿日 : 2011/04/12(火) 22:23 ▼このコメントに返信する
オイオイ・・・・何だいこの展開は
顔今やばいよ俺
25843. 名前 : 名無し@SS好き◆- 投稿日 : 2012/08/29(水) 17:27 ▼このコメントに返信する
DMCが目的でこのss読み始めたのに、この章の麦野の活躍が一番好きだわ。禁書読んだことも見たことも無いのに・・・・
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