「俺の妹がこんなに可愛いわけがない」ドラマCD前→
京介「あやせ、結婚しよう」 あやせ「ほ、本当ですかお兄さん!?」
388:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /01(水) 20:11:29.44
ID:rBzUBbFg0承諾を得たところで、距離を詰める。
あんまり最初から飛ばしすぎると警戒されるからな、ふっ、今日はこんなところか。
俺の右肩とあやせの左肩までの距離は目測で40センチ。
間違っても触れあうことはない。
「くそっ、いつか『偶然手と手が触れあって熱く見つめ合う二人』イベント起こす……!」
「心の声がだだ漏れですよ、お兄さん。
あとちょっとずつ体を寄せてこないで下さい、気持ち悪いので」
バレるの早っ!?
あやせさんは大層素晴らしい観察眼をお持ちなんですね!
あやせの隣で真面目に勉強を教え始めてから、早一時間。
今は休憩時間で、あやせは
『お茶とお茶請けを持ってきます。下着を漁ったりしたら、どうなるか言わなくてもわかりますよね?』
と言い残し一階に降りていった。
部屋に一人残されたことは以前にもあるが、
ベッドに繋がれていたあのときと違って、今の俺は自由の身だ。
ここは――
1、いいつけを守る
2、あやせの携帯を触る
3、あやせの箪笥をあさる
>>391
391:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /01(水) 20:13:47.63 ID:OMipM31G0
3397:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /01(水) 20:41:07.43
ID:rBzUBbFg0あやせの箪笥を漁ろう。
あやせの去り際の言葉を冷静に斟酌してみれば、あれがあやせなりの照れ隠しであったことは明白だった。
わざわざ『下着を漁ったら~』と口に出して言う辺り、
あやせは心のどこかで、俺に下着を漁られることを望んでいるに違いない。
今日の俺は一段と冴えてるね。
「まだまだ上がって来ないよな?」
俺は抜き足差し足ドアに近づき、耳を当てて廊下の様子を伺った。
足音、ナシ。漁って、ヨシ。
一段目、いっきまーす!
「ふむ……」
現れたのは、色別に整頓されたTシャツやカットソー。
ふんわりと漂う石鹸の香りがたまらねえ。
だが、俺の探し求める黄金郷(エルドラド)はここじゃない。
続く二段目。
「はぁ……」
スキニーやフレアスカート、デニムのホットパンツの数々に嘆息せざるを得ない。
ボトムスコーナーに用はねえ。
三段目。
「ここも違うか……」
ワンピースやオールインワンといった上下一体型の服が主に収納されている。
が、やはりここも理想郷(ユートピア)と呼ぶには値しない。
そして――ついにやってきた最終段。
402:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /01(水) 21:02:25.66
ID:rBzUBbFg0「はぁ……はぁ……」
体の中で熾火が燃えているみたいに熱い。
ごくり。生唾を飲み込み、取っ手に手をかける。
引け、さすれば開かれん。俺は汗で濡れた指先に力を込め――。
「お兄さん?」
「ひっ」
心臓止まるかと思ったわ!
耳のすぐ近くで聞こえたように感じたのは、実は俺の錯覚で、
「両手がふさがっているので、ドアを開けてもらえませんか?」
「あ、ああ!」
部屋に入ってきたあやせはまず盆をテーブルに置き、
次に直立不動の俺を見つめ、怪訝な顔になって言った。
「お兄さん、わたしがいない間に何やってたんですか?」
「な、何もしてねえけど?
俺はあやせが出て行ってからずっと、そこで正座して待ってたぜ?」
「じゃあ、指紋を採取しても問題ありませんよね」
「嘘だろ!?なんで中学生のあやせが指紋採取キット持ってんだよ!?」
「冗談ですよ。そんなに驚かれたら、困ります。あと顔が近いです」
私用の手錠持ってるお前が言ったら本気に聞こえるんだよ!
指紋採られたら一発で箪笥漁ってたことバレるから、一瞬マジで焦ったじゃねえか。
457:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /02(木) 13:33:10.61
ID:7qTadRuz0「慌て方が怪しいですけど……、今回は不問にします。
疑わしきは罰せずとも言いますし」
あやせは澄まし顔で座布団に座り、目線で着席を促した。
盆の上には、ケーキと紅茶が二つずつ。
まあ、確かに『お茶とお茶請け』であることには変わりないよな。
「お兄さんのお好きな方をどうぞ」
「いや、俺はどっちでもいいから、あやせが好きな方を選べよ」
「遠慮しなくていいですよ?」
「遠慮なんかしてねえって。
むしろあやせが俺に気を遣ってんじゃねえか?」
「遣ってません。もうっ、早く選んで下さい。優柔不断な男の人は嫌われますよ?」
「んー……」
でも真面目な話、本当にどっちでもいいんだよな。
小さい頃から麻奈美家の和菓子の試作品をたらふく食べてきたおかげで、
和菓子に関してはうるさい俺の味蕾も、洋菓子の味にはとんと鈍く、なんでも美味く感じるのだ。
と、俺は妙案を思いついた。
「あやせ!食べあいっこしよう!」
「わたしはこのモンブランを頂きますね」
決断早っ!
「……じゃあ俺はこっちのチーズケーキをもらうわ」
463:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /02(木) 14:03:00.28
ID:7qTadRuz0フォークで一口サイズに切り分け、口に運ぶ。
しっかりと焼き上げられたサクサクの生地に歯を立てると、
レアチーズケーキのようにマイルドでクリーミーな味わいが口蓋いっぱいに広がった。
普通にうめえ。脳味噌を酷使した後は糖分に限るぜ。
あやせ、そっちのモンブランも美味えんじゃねえか……そう言おうとしてあやせの方を見ると、紅茶ばかり飲んでいる。
「……ダイエットでもしてるのか?」
ダイエットと口にした瞬間、あやせは血相を変えて、
「だ、ダイエットなんてしてません!
あれですか、お兄さんはわたしが太ってるって言いたいんですか!?」
「言ってねえよ一言も!
あやせの体型で太ってるほうなら、世の中の中学生の九十九パーが肥満児じゃねーか!」
「お兄さん、まさか桐乃にもそんなこと言ってませんよね?」
『体が太ってる』と言ったことはないが、だいぶ前に『丸顔』と言ったら怒り狂ってたな、あいつ。
「モデルは体型が命なんです。
周りの目以上に、わたしたちは体型維持に気を使ってるんですからね……。
次に『太ってる』なんて言ったら問答無用で――しますよ?」
「だからんなこと言ってねえって!あやせのプロポーションは最高だよ!マジで!」
「きゃっ………そんな、いきなり誉めないでください……気持ち悪いです」
なんでそうなる!?
普通嬉しいだろ、面と向かって男に容姿誉められたらさあ!?
464:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /02(木) 14:18:16.55 ID:jOlCd2VJ0
俺妹ってアニメ知識しかないんだが京介ってあやせに対してこんな口調・態度なの?465:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /02(木) 14:19:31.29 ID:mMKb6Swc0
あやせに対してだけは本能に忠実になっちゃう466:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /02(木) 14:20:06.15 ID:ix4szCDO0
マイエンジェルあやせたんって普通に言ってるしな467:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /02(木) 14:21:50.53 ID:Gwq82CkF0
求婚してるしな468:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /02(木) 14:26:28.27
ID:7qTadRuz0あやせは躊躇う様子を見せつつも、そっとフォークを動かす。
最初の一口で自制心が壊れたんだろう。
あやせは幸せそうに顔を綻ばせ、唇の端についたモンブランクリームを舐めて、
「お兄さんが誰かに勉強を教えるのは、本当にわたしが初めてなんですか?」
「そうだけど、なんで?」
「お兄さんの教え方が、なんだか手慣れているように見えたので……」
あやせたん、それはね!
いざ教えるときに言葉に詰まって、
あやせたんにカッコ悪いところを見せないよう、入念に解説を考えてきているからだよ?
……と言えば気持ち悪がられるのは自明の理。
「普段から麻奈美に勉強教えてもらってて、
あいつの教え方が身に染みついてるから、そのおかげかもな?」
適当に茶を濁す。
474:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /02(木) 15:02:55.88
ID:7qTadRuz0「お兄さんはお姉さんと、どれくらいの頻度で一緒に勉強しているんですか?」
「週に四日くらいかな」
「お兄さんとお姉さんが子供の頃から、ずっとですか?」
「まさか。高校に入ってから、つい最近までは、週末の都合が良い日に図書館で勉強するくらいだったよ」
「仲が良いんですね」
「………まあな」
否定はしない。
あやせは紅茶を一口飲んで言った。
「……付き合うことを考えたことは、一度もないんですか?」
「へ?誰と?」
「お姉さん……麻奈実さんとです」
はぁ。溜息が出る。
まったくどいつもこいつも、どうして俺と麻奈美の関係を色眼鏡で見るのかね?
「あいつは、俺の幼馴染みだ。
それ以上でもそれ以下でもねえよ」
481:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /02(木) 15:35:04.45
ID:7qTadRuz0夏の一件は関係なく、俺が麻奈実と付き合う事はあり得ない……と思う。
あやせは安堵と落胆が同居したような、複雑な色を瞳に宿した。
なんとなく気まずい雰囲気を払うように俺は言った。
「そーいうお前はいねえのか?彼氏」
「わっ、わたしですか?わたしは――」
「いるわけねえよな。つうかいたらぶっ飛ばす。あやせたんは渡さねえ」
「か、勝手に決めつけないで下さいっ!
というか、わたしはいつ、どんな経緯でお兄さんのものになったんですか!?」
「出会ったときに俺がそう決めた。一目惚れでした!」
「――ッ!」
あやせは片手で右耳を塞ぎ、もう片方の手でフォークの切っ先を向けてくる。
怒りと羞恥で顔が真っ赤だ。悪い、悪かったよ!ちょっと図に乗りすぎた!
「もう……お母さんに今の会話を聞かれたら、確実に通報されてますよ?
……確かにお兄さんの言うとおり、わたしに彼氏はいません。
そもそも、もしも彼氏がいたら、お兄さんを家に上げるわけがないじゃないですか」
「でも、お前学校で男子から人気あるだろ?毎日のように告られてんじゃねえか?」
俺が同級生なら絶対そうしてるね。
「それは……まあ、お付き合いの申し込みをされたことは、たくさんありますけど……全部丁重に断りました。
モデル活動で忙しいし、桐乃と……友達と遊ぶ時間が減るのが嫌だったし……。
それに何より、クラスの男の子って、子供っぽいところがあるじゃないですか?」
子供っぽいも何も、子供じゃねえか!
ああ、世の男子中学生たちに幸あれ。
思春期における精神的な成長は、なぜだか知らんが、女の子の方がずっと早いんだよなあ。
492:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /02(木) 16:07:10.84
ID:7qTadRuz0桐乃もあやせと似たようなこと言ってたっけ。
確か『三歳以上年上の男じゃないと、恋愛対象にならない』……だったか?
ま、年上の男に憧れを持つのは止めねえけどさ、
「悪い男に引っかからねえようにしろよな」
何気なく発した一言に、あやせは翠眉の根を寄せて、きゅっと下唇を噛む。
な、何があやせ様のお気に召さなかったんでしょうか?
「なんでもありません!」
あやせはつんとそっぽを向いて、特大のマロンを口に運んだ。
時間は飛んで日曜日。
月曜、水曜と続いた家庭教師も、
あやせと俺の都合が合わなかったこともあって三日間の休みを挟み、今日は三日目になる。
約束の時間は昼の2時、今は朝の8時半。
途中で抜けるのも不自然なので、今日はすっぱり、図書館に行く約束を断った。その時の会話は、以下の通りだ。
『きょうちゃん、最近わたしに冷たいよう。
わ、わたし、なにかきょうちゃんに嫌われるようなこと、したかなあ?』
『してねーよ。ついでに冷たくしてるつもりもねえっての』
『だってだってー、学校が早く終わった日は、ひとりで帰っちゃうし、今日だって、丸一日用事があるんでしょ?
あっ、もしかしてきょうちゃん……、受験勉強が嫌いになっちゃったの?』
『だあっ、麻奈実は深読みしすぎなんだよ!
俺は麻奈実が嫌いになったわけでも、勉強が嫌いになったわけでもねえ!』
『本当?』
『ああ。なあ麻奈実、一ヶ月だけ、受験勉強を疎かにすんの、見逃してくんねえかな。
一ヶ月したら、元の俺に戻るからよ』
495:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /02(木) 16:17:22.92
ID:7qTadRuz0『この時期の一ヶ月って、大きいよ?』
『んなことは分かってる』
『うん……分かった。いいよ、見逃してあげる。
その代わり、一ヶ月したら、みっちり勉強しますからね?』
『はい、麻奈実先生』
携帯を放り投げ、服を着替える。
さてこの午前中を、何に使おうか?
1、そういやメールが届いていたな(黒猫)
2、一階でテレビでも見てごろごろするか(桐乃)
3、大人しく自室で受験勉強するか
>>500
500:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /02(木) 16:22:30.06 ID:EvuIiwv10
3501:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /02(木) 16:29:14.38 ID:a/O7y9IYP
22222222504:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /02(木) 16:44:14.07 ID:lbw8UbWC0
ちっ505:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /02(木) 16:48:18.99
ID:7qTadRuz0大人しく勉強するか。
黒猫から『部活に顔を出してみてはどう?たまには息抜きも必要よ』と労いメールが来ていたが、我慢我慢。
麦茶を飲みに降りると桐乃がソファで寝っ転がり、雑誌を読んでいたが、「おはよう」の挨拶だけに留め、さっさと二階に戻る。
買い物の荷物持ちの約束を思い出されてたら危ないところだった。
しばらくは桐乃のお出かけに付き合うヒマはねえからな。
「聞いて驚け。今日はあやせにプレゼントがあるんだ」
小箱を手渡すと、あやせはパァッと顔を輝かせ、
「わぁっ、嬉しいっ。お兄さん、大好き!」と胸に飛び込んで来た。俺の妄想の中で。
「プレゼント……お兄さんが、わたしに?」
うっわ、現実世界のあやせたん、めちゃめちゃ警戒してる。
「何が入っているのか教えて下さい」
「……ただの単語カードだよ。英語の。
あやせ、英語は成績良いわりに、語彙の部分で点落としてたみたいだったからさ。
これでちょっと空いた時間にでも単語覚えれば、百点取れるんじゃねえ?」
「わざわざ、今回の範囲の単語を、全部書いてきてくれたんですか……?」
「作り慣れてるから、大して苦労してねえよ。
それよりもさあ、お兄さん傷ついちゃったなー。
純粋な好意の塊を、あやせに危険物扱いされてさー」
510:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /02(木) 17:09:24.41
ID:7qTadRuz0「す、すみませんでした。
わたしはお兄さんのことだから、てっきり……変態的な何かかと……」
こんなちっこい箱に入る『変態的な何か』って何だよ!?
逆に俺が教えて欲しいわ!
あやせはぱらぱらとカードを捲り、書かれた英単語を呟く。
「これなら、撮影の移動中にも使えそう……。
そういえば、桐乃もこういうカードを使っているのを見たことがあります」
そりゃそうだ。
俺はこの前桐乃に教えてもらった方法を、あやせにも実践してもらおうとしているだけなんだからな。
勉強に関する時間の使い方には、二種類ある。
ひとつ。勉強する時間をここからここまでとビシッと定め、その間だけ真剣に勉強し、他の時間は頭を休ませる。
ひとつ。特に勉強する時間を定めず、小さな空き時間を利用してコンスタントに知識を吸収していく。
俺は前者で、桐乃は後者のタイプだ。
もちろん最良は両方のハイブリッドだが、できる奴はそう多くない。
「………ます」
「ん?」
あやせは単語カードを両手で包み、仄かに顔を赤らめながら言った。
「ありがとうございます。大切に使います」
きた!あやせたんからのお礼、きた!
どんなに気持ち悪がっている相手でも、善意には平等な誠意で応えるあやせたんマジ天使。
516:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /02(木) 17:18:49.78
ID:7qTadRuz0「またプレゼント用意してくるからな?」
「ふふっ、期待しないで待ってます。じゃあ、手錠をかけますね?」
ガチャガチャン。
ですよね。ちょっと良い雰囲気になって油断した途端にこれだよ。
しかも回を重ねる事に手際が良くなっていってる気がするぜ。
俺は手首から伝わるひんやりした感触を忘れることにして、言った。
「それじゃ、宿題のチェックから始めるか」
521:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /02(木) 17:49:15.85
ID:7qTadRuz0休日の午後。宿題を添削していると、
過ごしやすい気候も相まって眠気がやってくるが、なんとか堪える。
他に受験生がたくさんいる、図書館のぴんと張り詰めた空気の中と違って、
あやせの部屋には俺とあやせだけだから、気持ちが緩んでるのかね?
「ええと……大気圧は1024hPaだから……」
右隣で理科の練習問題と格闘しているあやせ。
さっきふと気づいたことを言おうと思っていたんだが、真剣な横顔に、邪魔をする気が失せた。
本当、何かに一生懸命になってる女の子は、いくら眺めていても飽きがこないよな。
それがとびきりの美少女なら、なおさらさ。
添削が終わり、俺が添削する間あやせが解いていた問題で分からなかった部分の解説をしたところで、小休止を挟むことにする。
人間の集中力は連続五十分が限界らしく、十分の休憩を挟むと、再び集中力が持続できるようになる――とは麻奈実の弁。
今日は時間に余裕があることもあって、その教えを実践することにしたのだ。
俺は言った。
「今日の午前中は撮影があったのか?」
あやせはきょとんとした顔で、首を横に振る。
「じゃあ、友達とどこかに遊びに行ったのか?」
「お兄さん、さっきから何を言っているんですか。
わたしは朝からずっと、家にいましたけど……?」
522:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /02(木) 17:55:58.20 ID:Yf/qYAC50
!?530:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /02(木) 18:21:22.36
ID:7qTadRuz0「じゃあさ、なんで化粧してんの?服も部屋着じゃねえみたいだしさ?」
「えっ……」
頬を押さえ、慄然とした表情になってから、俯くあやせ。
質問してから、納得する。
「ああ、あやせも桐乃と同じタイプなのか?」
「き、桐乃と同じって、どういう意味ですか?」
「あいつも家にいるときは、なんでか化粧を欠かさねえんだよ。
家族にカッコつけても仕方ねえと思うんだけどなー」
誰にも見られていなくても、無防備に素顔を晒したくない。大人の女性を気取りたい。
そんな、男には理解できない心理が年頃の女(麻奈実は例外)にはあるのだろうか。
「ま、俺は着飾ってるあやせが見られて嬉しいけどな?眼福眼福」
「し、心外ですっ。
わたしはいつ外出の用ができても大丈夫なように、こうしているだけですから!
それよりも、桐乃の話は本当ですか?
本当はお兄さんが桐乃に、家でも大人っぽい格好をするように強制しているんじゃないですか!?」
どうして俺が責められる?
相変わらず論理の飛躍が甚だしいな!?
536:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /02(木) 18:39:22.22
ID:7qTadRuz0「可哀想な桐乃……お兄さんが変態なばかりに、家の中でも心休まる時を過ごせないなんて……」
あやせさーん、脳内妄想はそこまでにしてくださいねー?
「俺は何もあいつに強制してねえっての。
全部あいつが勝手にやってることだ」
「か、仮にそうだとしても!
お兄さんが桐乃を性的な目で見ている鬼畜なことに変わりはないでしょう?」
変わりあるわボケ!
「と、とにかく、お兄さんを興奮させるような服装は慎むよう、桐乃にきちんと言い聞かせますから!
あ……あと、わたしをいやらしい目で見たりしたら、今すぐその目を潰しますよ?」
「ま、待て、落ち着けあやせ。深呼吸して右手のシャーペンを離せ!」
その後、「あんまり騒ぐとあやせのお袋さんが飛んでくるぞ」という言葉を盾に、
なんとかあやせを落ち着けることができたが……どっと疲れた。
休憩時間なのに全然休憩できてねえじゃん。
一方あやせは清々しい笑顔で、
「はぁっ……お兄さんを罵ったら、なんだか頭がスッキリしました♪」
そりゃよかったな。お前にとっての気分転換は俺にとっての死活問題だよ。
538:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /02(木) 19:21:37.75
ID:7qTadRuz0数学と理科を五十分ずつかけて勉強したところで、立ち上がって伸びをする。
窓の外に視線をやると、空は夕陽の橙から階調をつけて、藍と紺に及んでいた。
秋の日は釣瓶落とし、か。
小学生の頃は、日が沈む早さがどうして変わるのか、不思議で仕方なかったっけな。
「そろそろ帰るわ」
「あっ、もうこんな時間。
でも、あと一時間勉強しませんか?
この単元だけでも終わらせておきたいんです」
「急ぎ足で進みすぎても、後で躓いたときに怪我するぞ?
今日一日で十分すぎるほど進めたし、そのやる気は復習に回してくれ」
「分かりました」
ちょっと不服げに頬に空気を集めるあやせ。可愛い。
しっかし、お兄さん嬉しいよ。
あやせがこんなにやる気を出してくれてさ。
なんつーか、教え子が一生懸命だと、教える側も自然に一生懸命になっちまうよなあ。
俺は充実した気分であやせ家の門をくぐり、往来に出た。
自転車に跨がり、ペダルに足をかける。
「…………ん?」
俺さあ、なんか途轍もなく大事なこと、忘れてねえ?
第六感が警鐘を鳴らしているが、肝心の違和感の正体が掴めない。
なんだ?このモヤモヤした感覚はなんなんだ?
くそっ、全然わかんねえ。俺は痺れを切らして漕ぎ出した。
が、50メートルも進まないうちに、背後からあやせの悲痛な叫び声が!
「お兄さんっ!止まって下さい!
本気でそのまま帰るつもりなんですかっ!?」
540:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /02(木) 19:35:01.71
ID:7qTadRuz0「どうしたんだ?」
「どうしたんだもこうしたんだもありませんっ。
とにかく、今すぐ戻ってきてくださいっ!」
「忘れ物か?」
「逆ですよっ!もうっ、お兄さんの馬鹿っ!」
西日の中、あやせがこっちに走ってくる。
風に靡く黒髪。林檎色の頬。幽かに潤んだ瞳。
え………なにこのシチュエーション………これってもしかすると……もしかしなくても……。
「お別れのチュー?」
「違いますっ。本気で言ってるならブチ殺しますよ!?
今すぐ両手を出して下さいっ!」
「お、おう」
ガチャチャン。
目にも止まらぬ早さで、あやせが鉄の輪を取り去る。
あ……ああ!手錠か!すっかり馴染んでたわ。
541:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /02(木) 19:37:05.79 ID:KezIIbQH0
>すっかり馴染んでたわ
さすが俺たちの京介兄さん!546:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /02(木) 19:40:36.37 ID:GSUk9Cmc0
もはや肉体の一部643:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /03(金) 17:43:13.84
ID:Ax+tn/zx0「馴染んでたですって……?け、穢らわしい!
不注意にも程がありますっ!
もしご近所の方に、わたしの家から手錠を付けたお兄さんが出て行くところを見られでもしていたら、
どんな悪評が流れていたか……想像するだけでも恐ろしいです」
「不注意って、あやせも部屋を出て行くとき何も言わなかったじゃねえか!
それにこういうことが起こることは、手錠はめたときに想定しとけよ!」
「それについてはわたしの落ち度です。
まさかお兄さんが手錠を体の一部と思えるほどの変態だと、見極めきれていなかったんですから」
うわーそんな冷静に変態って言われると傷つくなあ。
しかし俺が何の違和感も感じずにあやせの家を出てきてしまったことは紛れもない事実。
反論できる立場じゃねえ。
俺ってマジで奴隷願望あるのかな……なんか最近自分の性癖に自信が持てなくなってきたわ。
「とりあえず、帰るわ。あやせも家に戻れよ。
こんなところで突っ立って、誰かに見られたら元も子もないだろ。
それ、早くどっかに隠せ」
あやせはどこに鉄の輪を隠そうかと逡巡していたが、
手錠と長い鎖がデニムスカートのポケットに入るはずもなく、
苦肉の策として服の下に仕舞いこみ、上から手で押さえる。
思わぬところで、ラブリーマイエンジェルあやせたんのへそチラ画像ゲットだぜ!
646:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /03(金) 17:53:09.61
ID:Ax+tn/zx0「じゃあな」
物寂しくなった腕を回し、ペダルに足をかける。
今度こそさよならだ、と思ったそのとき、
「待って下さい、お兄さん。
ひとつ言い忘れていたことがありました」
「……なんだよ?」
まだ罵倒したりないとか桐乃みてえなこと言ったら、さすがの俺でも泣くぞ?
朱色に染まった町並みを背景に、深く頭を下げて、
「今日もお忙しいところ、家庭教師をしてくださって、ありがとうございました」
髪を耳にかけ、はにかむあやせ。
ああ、言い忘れてたことって、それのことね。
あやせと俺の家庭教師の、始まりの恒例行事が手錠をかけることなら、
終わりの恒例行事は、手錠を外すことと、勉強を教えたことに対する丁寧なお礼だと言える。
「おう。宿題忘れんなよ」
俺は軽く手をあげて、力強く自転車を漕ぎ出した。
652:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /03(金) 18:21:09.05
ID:Ax+tn/zx0それから二週間は、最初の一週間の焼き直しとも言える日々が続いた。
平日の放課後に2~3回、週末のどちらかに1回、都合週に3~4回の頻度で、俺はあやせ家を訪問した。
あやせの学力は――贔屓目で見ているからかもしれないが――回を重ねる事に、メキメキと上達していった。
またこれも休憩時間の閑話で分かったことだが、
理数系の科目の点数が目に見えて低下したのは、三年生の初め、学力診断テストでのことで、
実際二年生の三学期あたりまでは、あやせも成績上位陣に名を連ねていたそうだ。
つまり何が言いたいかというとだな、あやせは、やれば出来る子なんだよ。
そんなこんなでテスト四日前の土曜日。
あやせは事務所に嘆願して、
試験一週間前から撮影を休むことを許可してもらったようで、朝方届いたメールには、
『土曜日と日曜日、お兄さんの都合が良い方で家に来ていただけたら嬉しいです。
わたしは両方とも家で勉強していますので』
とある。
「どうすっかなー」
俺はリビングのソファに寝っ転がり、朝のワイドショーを眺めながら溜息をついた。
正直な話、もうあやせに教えることってあんまねえんだよな。
範囲で分からないと言っていたところは粗方みっちり解説してやったし、
その解説もルーズリーフに纏めたものを、あやせの部屋のバインダーに綴じてあるので、
あやせが解法を忘れたときも、わざわざ俺が傍にいてやる必要が見当たらないのだ。
653:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /03(金) 18:30:15.84
ID:Ax+tn/zx0「あら桐乃、おはよう」
「うん……おはよー……お母さん」
視線をやれば、寝ぼけ眼を擦りながら、桐乃が朝食の席についたところだった。
「昨日は遅くまで起きてたんでしょう?早く寝ないと体に毒よー?」
「う、うん」
ハッ、声が上擦ってやがる。
夜更かしの原因がエロゲだとは口が裂けてもいえねえよな。
なんで俺がそんなことを知ってるかって?
昨日の夜中まで薄い壁越しに『カレンちゃんカワイー!』だの
『ああんそこまでやるのぉ?やばすぎィ』だの『BAD直行とかマジありえなくない?』だの、
聞きたくもねえ嬌声が聞こえてきたからだよクソが!
655:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /03(金) 18:43:46.05
ID:Ax+tn/zx0お袋はそれからしばらく桐乃の世話を焼いていたが、
「あたしちょっと隣に回覧板届けてくるわね。
京介、あんたいつまでもゴロゴロしてないで勉強しなさいよー?
あんたは桐乃と違ってあんまり頭が良くないんだから……」
ほっとけや!何この露骨な差別!
言われなくても9時になれば勉強始める気だったっつうの。
「へいへい」
戸が閉まる音がして、リビングに桐乃と二人きりになる。
TVもつまんねえし、とりあえずさっとシャワー浴びて、
そっから麻奈実と図書館で勉強するか、あやせの家に行くか考えるか。
「ねえ」
「ん?なんだよ」
ドアノブに手をかけたところで、桐乃に呼び止められた。
「……今日さあ、沙織と黒猫がウチ来るんだけど」
「へえ、あいつらが揃って遊びに来るなんて久しぶりだな」
お嬢様の沙織は何かと多忙でしかも家が遠く、
黒猫は夏の一件のせいだろうか、この家に来るのを少し躊躇っているきらいがあった。
664:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /03(金) 19:12:19.69
ID:Ax+tn/zx0桐乃は寝癖のついた茶髪を、指先でくるくる弄りながら、
「今日はお父さん、朝から夜まで帰ってこないし、お母さんも昼から出かけるでしょ?
それでね、ウチでマスケラの鑑賞会することになったの。
新版のマスケラが来期から始まる噂があって……その予習」
「ふーん」
桐乃も桐乃なりに、黒猫の趣味趣向を理解しようとしているんだろう。
ちょっと感心したよ。
昔は邪気眼全開アニメとか言って毛嫌いしてたのにな。
「まあ、鑑賞会すんのはいいけど、
前の星屑うぃっちメルル観た時みたいに、黒猫と喧嘩すんなよ?
今回は沙織も一緒だから、大丈夫だとは思うけどさ」
ドアノブを捻る。が、会話はそれで終わらなかった。
「あのさ、あんたも……その……一緒に観ない?」
「はぁ?」
「だ、だからっ!
せっかく大画面のテレビでマスケラ観られるチャンスじゃん!
あんたはこの前『漆黒』のコスプレして悦に入ってたけど、全然成りきれてなかったし、
ちょっとはアニメ観て仕草とか台詞とか勉強したら!?」
668:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /03(金) 19:17:25.29
ID:Ax+tn/zx0桐乃にここまで言わしめるほど、俺のコスプレは微妙だったのだろうか。
自分ではかなりいいセンいってると思ってたし、黒猫も悪くないと言ってくれたんだがなあ。
つか、マスケラまともに観てないお前が、
俺扮する『漆黒』にケチつけるのっておかしくね?
ここは――
1、鑑賞会に参加する
2、あやせの家に行こう
>>671
そこそこ重要な分岐
671:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /03(金) 19:19:15.34 ID:iwSUAoKb0
2675:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /03(金) 19:20:03.20 ID:ULah8kgX0
さすがだな682:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /03(金) 19:32:51.02 ID:2YfaMSF4O
結婚した!俺はあやせと結婚したぞ!684:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /03(金) 19:50:57.58 ID:ZG3gNCif0
あやせメインだからこれでいい
1も気になるが683:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /03(金) 19:33:42.78
ID:Ax+tn/zx0あやせの家に行こう。
いくら特に教えることがないと言っても、自宅で妹やその友達とアニメ観るよか、
あやせの傍で勉強を見てやる方がいいに決まってる。
それにあやせが質問してこない限りは、俺も自分の受験勉強に集中できるしな。
「いいよ、遠慮しとく」
「あっそ。あんた、今日はどっかでかけんの?」
「昼から図書館。それまでは家にいる」
「………」
桐乃は大人しく引き下がった。
まあ、最初から俺が鑑賞会に出席しようが欠席しようが、どうでもいいと思っていたんだろうさ。
昼時。ちょうど俺が遅めの昼飯を食べ終わった辺りで、チャイムが鳴った。
「おい桐乃、黒猫と沙織じゃねえか?」
「あんたが出てきて!」
TVの設定を変えたり、お菓子とジュースを準備したりと、忙しなく動き回っている桐乃。
しゃあねえなあ。
玄関の扉を開けると、身長180センチを超えるオタクファッション全開の沙織と、
ゴスロリ衣装を身に纏った夜の眷属――じゃねえ、黒猫が佇んでいた。
「京介氏!お久しぶりでござる!
拙者、京介氏と相見えることを楽しみにしていましたぞ!」
685:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /03(金) 19:53:45.08
ID:Ax+tn/zx0よう、沙織。お前は相変わらずだな。
まだ素顔を日常的にみんなに晒すのは、抵抗があるのか?
「………」
沙織は口をA(←こんなふう)にして俺を見つめる。
や、悪かったよ。ゆっくり慣らしていけばいいさ。
「こんにちわ、先輩」
言葉少なげに挨拶する黒猫。
右手には大きな紙袋がある。多分中には大量のDVDが入っているんだろう。
「マスケラの鑑賞会やるんだってな。それ、重かっただろ?」
「夜の眷属たるわたしにとって、こんなもの、大した重さではないわ。
今宵、あなたの妹はマスケラの深淵なる闇を垣間見ることになる――」
絶好調ですね、黒猫さんも。
「京介氏、きりりん氏はいずこに?」
「リビングで待ってるよ。上がってくれ」
玄関で靴を脱ぎ、俺は階段に足をかける。
そろそろ俺も出かける準備をしないとな。
「先輩?」
「……ん?」
振り返れば、なぜか黒猫はリビングに行かず、深紅の瞳で俺を見上げていた。
687:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /03(金) 20:12:14.27
ID:Ax+tn/zx0「あなたは鑑賞会に参加しないの?」
「昼から用事があるんだ。お前ら三人で楽しんでくれ」
「そう……残念だわ」
黒猫は俯く。垂れた前髪で両目が隠れ、一瞬、泣きぼくろが本物の黒い雫のように見えた。
「でもきっと……わたしと同じくらい、あなたの妹も残念がっているのでしょうね」
デジャビュ。
『好きよ……あなたの妹が、あなたのことを好きな気持ちに、負けないくらい』
黒猫は時折、自分の気持ちの強弱を、桐乃のそれを例に出して表現する。
俺と黒猫は、しばらくの間無言で、視線を通わせた。
思い出すのは、夏の日々。
約束の地で黒猫に告白され、夢中になって付き合い、夏の終わりと一緒に別れたこと……。
「瑠璃――」
「京介氏ー?黒猫氏ー?」
我に返る。俺は昂ぶる気持ちを抑えて言った。
「行けよ。沙織が呼んでるぜ」
「え、ええ、そうね」
黒猫は名残惜しげに下唇を噛み、足早にリビングに駆けていった。
踵を返して、自室に駆け込む。
なにやってんだろうな、俺。
意識しちまうのは仕方ないにしても、名前で呼びかけるなんてよ……。
688:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /03(金) 20:18:31.65 ID:gxGAD/pj0
>別れた
>別れた
>別れた689:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /03(金) 20:18:44.27 ID:PFQyjAWLO
黒猫と別れた設定かあああ
あやせ大好きだけど黒猫厨の俺にはキツイ展開691:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /03(金) 20:21:22.02 ID:AN9lWA2u0
一気にセンチな気分になった693:
黒猫派 絶望するには まだ早い :2010/12 /03(金) 20:34:28.28
ID:Ax+tn/zx0「なあ、あやせ。ベッドに横になってもいいか?眠いんだよ」
「二度と目が覚められなくなりますけど、それでもいいならどうぞ」
予想通りあやせは至極順調に自習できていて、俺のセクハラに応じる余裕すらある。
宿題もほとんど答えと合ってたし、こりゃかなりの高得点が期待できそうだ。
俺はうんと伸びをして、両手を枕に、床に寝転がる。
ローアングルからのあやせたんも可愛い。
「………」
あやせはとっくに視線に気づいているが、
構うだけ時間の無駄だと判断したようだ、ほんのり耳を赤くさせながらも、黙々と問題を解いていく。
さて、お気づきの方もいるだろうが、俺は今、なんと手錠をはめられていない。
その事実をあやせから信頼された証拠だと喜びたいところだが……、
『お兄さんが変態行為に及ばない限りは自由を許すことにしました。
この前みたいに手錠をはめたまま帰られると、大変なことになりますから』
悲しいかな、あやせが世間体を守るための、苦渋の選択に過ぎない。
実は手錠をつけたままあやせの家を出たのは、あの日だけじゃないんだよね。
あれから三回は同じことをして、酷いときは手錠をつけたまま駅近くまで自転車を漕いだこともある。
あの時は近くに交番があったこともあって、冷や汗もんだったぜ。
見つかったら職質確定だからな。
703:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /03(金) 20:51:07.83
ID:Ax+tn/zx0でもさ。この三週間とちょっとの家庭教師で、
俺があやせの信頼を、全然勝ち得なかったかと言えばそうでもなくて、
「ふぅっ。この単元の演習問題は、全部できるようになりました。
あの……、お兄さんの参考書、少し読んでみてもいいですか?」
「いいけど?」
「あはは……何が書いてあるのか、全然分からないです」
「分かったら逆にすげえよ。
あやせも真面目に高校通って、真面目に授業受けてりゃ、いつかは理解できるようになるさ」
「この極座標って、何ですか?」
「ああ、それはな……」
俺は身を起こし、あやせの隣に体を寄せる。
ややもすれば肩が触れあいそうな距離だが、
あやせは『近寄らないで!変態!』と俺を突き飛ばすこともなく、興味津々に俺の概説を聞いていた。
それが俺としては嬉しくもあり、ほんのちょっぴり、寂しくもある。
707:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /03(金) 21:14:03.25
ID:Ax+tn/zx0「お兄さんは、明日もお暇ですか?」
「ん、なんで?」
「お兄さんの都合さえ良かったら、明日も家庭教師をしてもらえないでしょうか?」
「あやせはもう俺がいなくても大丈夫だと思うけどな。
応用問題もばっちりこなせるようになってるし、あとは予想問題を完璧にすりゃあ……」
「不安なんです」と真っ直ぐな瞳で訴えかけてくるあやせ。
本当は土日のどちからは麻奈実と図書館に行く予定だったんだが……。
ラブリーマイエンジェルの頼みを断れるか?まさかな。
ここで首を横に振る奴は、あやせに手錠をかけてもらう権利すらねえよ。
「いいぜ。明日も来るよ」
「本当ですか?ありがとうございます!」
あやせは顔を綻ばせ、両手を前で合わせて喜びを表現する。
その拍子に、肩が触れた。
今更ながら至近距離で隣り合っていることを意識したのか、あやせの顔は見る間に紅潮していく。
鉄拳来る?俺は両腕で顔面を覆ったが――衝撃はいつまでたっても訪れない。
「な、殴らねえの?」
あやせは頬を染めたまま、つんと唇を尖らせて、
「た、ただ肩が触れただけじゃないですか。
お兄さんはわたしのことを何だと思ってるんですか?」
いや、これまでの前科があるし、ねえ?
「……そんなに殴られたいなら、殴りますけど?」
711:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /03(金) 21:32:47.67
ID:Ax+tn/zx0「ごめんなさい殴らないでください」
「お兄さんのことは嫌いですけど……。
わたしに勉強を教えてくれていることには、すごく感謝しているんです。
だから軽度のセクハラには、見て見ぬふりをすることにしました。お兄さんのことは嫌いですけど」
そんなに嫌い嫌い言わなくてもいいじゃん!
「大事なことだから二回言いました」ってか!?
「軽度のセクハラって、どのあたりまではオーケーなんだ?」
「わ、わたしにそれを言わせる気ですか!?
そうですね……手を、握ったり……頭を撫でたりするのは……」
OK!?OKなのか!?
「アウトです」
アウトなのかよ!
つかそれセクハラでもなんでもなくね?親しい男女の健全なスキンシップじゃね!?
「お兄さんはがっつきすぎです。
そ、そんなにわたしに触り……じゃなくて、わたしと仲良くなりたいんですか?」
「仲良くなりたいわけじゃねえよ」
「えっ」
あやせの瞳から光彩が失せ、顔色がさっと変わる。
俺は魂を込めて言った。
「あやせの、『夫』になりたいんだ!」
「ぜ、絶対嫌です!今すぐここで死んでください!」
713:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /03(金) 21:51:14.33
ID:Ax+tn/zx0プロポーズの残酷な断り方選手権があったら優勝間違いなしの台詞だな!
「お兄さんって、いつもそうですよね!
全然本気じゃないくせに、軽々しく『結婚してくれ』とか『あやせは俺のものだ』とか!」
ぷりぷり怒るあやせたん。
ああもう可愛いなあちくしょう。
小さな頭に手を伸ばしかけ、
「勉強を再開します。お兄さんも自分の受験勉強を頑張って下さい」
穏やかな言葉と共に、キッと睨み付けられる。
この眼力、麻奈実なら確実に金縛りにあってるよ。
お姉さんと慕われているあいつが、あやせに睨まれることなんてあり得ないだろうけどさ。
結局あやせの機嫌を損ねたまま、時が過ぎ……。
夕刻。小さな雨粒が窓を叩く音に、俺とあやせは同時に顔を上げた。
空には蒼鉛色の暗い雲が広がっていた。
今は柔らかい雨脚も、半時間もしなうちに、土砂降りになっていそうな予感がする。
「こりゃ急いで帰らないとびしょびしょになるな」
「家の傘、貸しましょうか?」
「いいよ。桐乃に見つかったら、説明するの面倒だし。今のうちに帰るわ」
鞄に参考書と筆記用を手早く詰め、立ち上がる。
あやせも続いて立ち上がりかけたが、「ここでいいよ」と押し止めた。
「じゃあ、また明日な」
「はい。……今日も、ありがとうございました」
どんなにセクハラされて機嫌を損ねていようが、帰り際のお礼は忘れないあやせたんマジ天使。
717:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /03(金) 22:15:37.55
ID:Ax+tn/zx0あやせの家を出たところで腕時計を見ると、五時を僅かに回ったところだった。
沙織と黒猫はまだ家にいるだろうか。
桐乃は黒猫と喧嘩していないだろうか。
『なんでさっさと戦わないわけ?
顔合わす度にこんな長ったらしい厨二台詞言ってたら日が暮れるよ?
殺すー!とか、死んじゃえー!でいいじゃん』
『浅はかね。
剣戟の狭間に交わされる言葉の応酬から、視聴者は登場人物の深層心理を汲み取るのよ。
対象年齢の都合上、直截的な感情表現を余儀なくされているメルルと一緒にしてもらっては困るわ』
などと舌鋒鋭く議論している二人と、
『メルルにはメルルの、マスケラにはマスケラの良いところがあります。
ここは一つ、お互いの意見を尊重して、今は画面に集中しましょうぞ!』
その仲裁でてんやわんやしている沙織を想像する。
ぽつ。――ぽつ、ぽつ。
さっきよりも格段に大きな雨粒が、手の甲を叩く。
やべえ、マジで急いで帰らねえと――。
「――うわっ!?」
あやせの家から、帰路をしばらく進んだところにある曲がり角。
そこからいきなり飛び出してきたピンクの傘に、
俺は急ハンドルを切って、あわや体ごと地面に倒れかけた。
719:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /03(金) 22:39:10.60
ID:Ax+tn/zx0蹈鞴を踏んで、なんとか体勢を持ち直す。
前方不注意のあっちも悪いが、ぼーっと考え事をしながら自転車を漕いでいた俺にも非がある。
すれ違ったときに俺の肩がぶつかり、手から離れたのだろう、
逆さまになって転がっていたピンクの傘を拾い上げ、
「おい、大丈夫か……って」
「…………」
「お前……こんなところで何やってんだ?」
そこにあったのは、俺のよく見知った顔だった。
長い茶髪。均整の取れた体。丸みを帯びた顔の輪郭に、秀麗な目鼻立ち。
その女は――桐乃は差し出した傘には目もくれず、俯いたままで言った。
「図書館で、勉強してるんじゃなかったんだ?」
「あ、いや、これは……帰りにコンビニ寄ってたんだよ……それでこの道を、」
「……ッ、言い訳すんな!」
「……………」
「図書館に行ったら、地味子がいて、あんたがあやせのところにいるって、教えてくれた。
あやせの家庭教師って、あんたのことだったんだ。ずっと気になってたんだ。
あやせも、あんたも、そんなことあたしには一言も言ってくれなかったよね?
なんで?そんなの……そんなの、別に隠すようなことじゃないじゃん!」
「桐乃、ちょっと落ち着けよ。
お前に黙ってたのには、ちゃんとした理由があって、」
「っさい!喋んな!」
雨脚が強まる。
桐乃の綺麗で艶のある髪が、見る間に湿気を帯びていく。
722:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /03(金) 23:02:33.70
ID:Ax+tn/zx0「最ッ低……黒いのの次は、あやせ?
あんたってホント、妹の友達に手出すの好きだよね。
それも間を置かないで、次々とさぁ……」
涙なのか雨粒なのか判然としない透明の液体が、桐乃の頬を伝う。
傘を翳すと、払い除けられた。
「あんた……ったじゃん」
桐乃は言った。
「あたしに彼氏ができるまでは、彼女を作らないって、言ったじゃん!」
「桐乃!あやせは俺の彼女でもなんでもねえよ!俺は純粋に、」
「純粋に、何?
あたしの教科書使って、自分の時間削ってまで、あやせに勉強教えてたんだよね?
あやせに慕われて、あわよくば、なんて期待してたんでしょ?
下心見えすぎ。あーキモいキモい」
「お前、そういう言い方はやめろよ。俺があやせに勉強を教えてたのは、」
「もういい」
桐乃が面を上げる。
充血した虚ろな目には、本気の憎悪が見てとれた。
「二度と帰ってくんなッ!」
桐乃は左手に持っていた何かを地面に叩きつけ、
水溜まりを踏み散らして、もの凄いスピードで駆けていった。
本気で自転車を漕げば、追いつけないことはない。
でも、今追いかけたところで、いたずらに桐乃を怒らせるだけのような気がした。
足許を見る。そこには俺がいつも使っている、黒の折り畳み傘が転がっていた。
724:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /03(金) 23:03:15.44 ID:zMDsdKr30
ホンマに桐乃さんは話をややこしくしてくださる・・・726:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /03(金) 23:26:20.93 ID:ULah8kgX0
これはいい桐乃727:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /03(金) 23:30:20.86
ID:Ax+tn/zx0場所は変わって、駅前のマック。
全身ほどよく雨に濡れた俺の姿を認めた黒猫は、
まず目を丸くして、次に何かを悟ったように溜息を吐いた。
「あなたの慌てぶりと、身なりを見る限り、
あなたの妹との邂逅は穏やかなものではなかったようね」
桐乃と別れたあと、俺は沙織と黒猫の両方にメールを打った。
運悪く沙織は電車に乗った直後で、運良く黒猫は、電車に乗る直前だった。
猫耳をつけた黒猫と濡れ鼠のような体の俺は衆目を引きまくっているが、
そんなことがどうでもいいと思えるくらいに、俺は落ちこんでいた。
「これを貸してあげる。闇の眷属のみが使用を許される破邪の練絽よ」
俺は闇の眷属じゃねえし、それにそれ、どう見てもただの黒いハンドタオルですよね?
「人間のあなたにも使えるよう、特別な術式を施しておいたから問題ないわ」
さいですか。
黒猫からタオルを受け取り、髪、顔についた水滴を拭う。
「ありがとな。今度洗って学校で返すよ」
「それには及ばないわ」
「いいっていいって。それよりも、さ。桐乃のことなんだけど……」
黒猫の話と、俺が桐乃から聞いた話を総合すると、以下のようになる。
728:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /03(金) 23:46:41.18
ID:Ax+tn/zx0連続視聴で目が疲れ、雨が降りそうな気配がしていたこともあって、
四時半頃にマスケラ鑑賞会はお開きになったそうだ。
黒猫と沙織の帰りがけ、桐乃は駅まで見送ると言いだし、一緒に家を出た。
自分のピンクの傘と、恐らくは俺に届けるつもりだった、黒の折り畳み傘を後ろ手に。
駅で黒猫たちと別れた桐野は、図書館に行き、
そこでいつものように勉強している麻奈実を発見した。
麻奈実とあやせは仲が良い。
きっと麻奈実は、俺があやせに勉強を教えていたことを、とっくに知っていたんだろう。
そして当然、それを桐乃も知っていると思い、
俺の居場所として考えられるところ――あやせの家――を挙げてしまった。
それを聞いたときの桐乃の心中は、推して量れるもんじゃない。
「やっぱ、悪いのは俺だよな」
「そうね。全面的にあなたが悪いわ」
黒猫はこんなとき、安易に慰めたりせず、すっぱり切り捨ててくれる。
それが逆にありがたかった。
735:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /04(土) 00:53:13.02
ID:TN1hQvpY0黒猫はアイスコーヒーを一口飲んで、
「あなたの選択次第では、現状は生まれていなかったはずよ。
家庭教師をすると決めたときに、きちんとその旨を、あなたの妹に説明していればね」
「あいつが納得したと思うか?」
「あの嫉妬深い雌が納得するわけがないでしょう。
でも……今と比べれば……憤りも随分マシだったのではないかしら」
黒猫の言うとおりだ。
俺は桐乃に家庭教師のことを隠すべきじゃなかった。
秘密にすれば、バレたときに酷い誤解を生むと分かっていたはずなのにな……。
「……携帯が鳴っていてよ?」
「ん?ああ、本当だ」
ポケットの中から、くぐもった音が聞こえてくる。
フラップを開くと、画面にはあやせの三文字が。
「出てもいいか?」
黒猫は無言で首肯する。
「もしもし?」
「お兄さん!?」
わっ、うるせえ!?
音量設定を変えた覚えはない。どんな声量で話してんだよ。
739:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /04(土) 01:06:48.01
ID:TN1hQvpY0「き、桐乃が!桐乃がさっき……桐乃から電話がかかってきてっ……!
嘘、嘘、嘘嘘嘘……信じられない……桐乃があんなこと、言うわけないっ……!」
「あやせ、落ち着け。言ってることが支離滅裂だぞ」
すーはー。電話の向こうから、あやせが深呼吸する音が聞こえてくる。
「どうだ、落ち着いて話せそうか?」
「……はい」
声は依然震えていた。
「さっき桐乃から電話があって……それでいきなり、ぜ……ぜ……」
「ぜ?」
「絶好しようって、言われたんですっ!」
目頭を押さえる。
こりゃ桐乃の怒りはマジもんだ。
あやせにエロゲ趣味を全否定されたときも、親友でいようと努力したあいつが、
自分から『絶交』を切り出すなんてよ。
「わたし、頭の中が真っ白になって……いつの間にか電話が切れてて……!
メールを送っても、返してくれないし、電話しても、出てくれないし、
桐乃はいったいどうしちゃったんですか!?」
「実は、あやせの家を出て、しばらくしたところで……」
俺はかいつまんで、あやせの家を出てしばらくしたところで桐乃と遭遇し、喧嘩別れしたことを伝えた。
家庭教師の件が明るみに出たことで、桐乃が俺とあやせの関係について、勘違いしていることも。
745:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /04(土) 01:29:04.44
ID:TN1hQvpY0「そんな……どうしよう、わたし桐乃のこと、傷つけちゃった……!」
「あやせに責任はねえよ。
あるとしたら、その場で誤解を解けなかった俺だ」
「……お兄さんだけに、責任があるわけないじゃありません。
だって……そもそもの発端は、わたしがお兄さんに、勉強のことで相談したことなんですよ?」
「それでも、家庭教師をするって言いだしたのは、俺だろ」
「………っ」
洟を啜る音が聞こえてくる。
よほど親友から『絶交』を切り出されたのがショックだったのだろう。
少なくとも、俺の想像が及ばないくらいに。
「桐乃のことは、俺に任せろ。
なんとかなったら、また俺から……いや、その時は桐乃に連絡入れさせるからさ、
あやせはそれまで待っていてくれ。くれぐれも変な考えは起こすんじゃねえぞ?」
「……はい」
電話を切って、溜息をつく。
黒猫は小馬鹿にするような笑みを浮かべ、
「『俺に任せろ』――大層な殺し文句ね?」
「茶化すなよ。ああいうしかねえだろ。
ただでさえあやせは桐乃のことになると、何しでかすかわからねえんだから」
「ふん……顕世に降臨したリヴァイアサンまでをも籠絡するなんて……やはりあなたには、呪いの上書きが必要なようね」
「の、呪い?ここでか!?」
「こ、こんなところでそんなことをするわけがないでしょう!?
突拍子もないことを言わないでちょうだい。……なんて破廉恥な雄なのかしら!」
748:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /04(土) 01:42:01.13
ID:TN1hQvpY0黒猫はこほん、と可愛らしい咳払いをして言った。
「……あなたはこれからどうするつもりなの?」
「家に帰って、桐乃の誤解を解く」
「あなたの妹には、『二度と家に帰ってくるな』と言われているのではなくて?」
「へっ、額面通りに受け取ってたまるかよ」
席を立つ。
「帰ろうとしてたところを、わざわざ引き留めちまって悪かったな。
でもおかげで、助かったよ。一人なら多分、参っちまってたと思うから」
「ねえ」
黒猫はアイスコーヒーの黒い水面に視線を落としたまま、ぽつりと呟いた。
「……あなたの家庭教師には、ほんの少しの他意もなかったのかしら」
「えっとだな……黒猫……」
お前もまさか、その……嫉妬……したりしてんのか?
「そ、そんなわけないでしょう!?
今すぐ消えなさい。
私の闇の力(ダークフォース)があなたを浸食する前に」
っだぁ!でかい声で厨二全開の台詞叫ぶなっての!
753:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /04(土) 01:51:50.33
ID:TN1hQvpY0調子に乗ったこと言ってすみませんでした!
俺は逃げるようにマックを出た。
雨はいつしか小降りになり、往来を行く人のほとんどは傘を閉じている。
それでも、俺は黒の折り畳み傘を開いて、自転車を押して帰った。
776:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /04(土) 10:52:52.65
ID:TN1hQvpY0玄関には妹の濡れた靴があった。
帰ってきていない可能性を考えていた自分が馬鹿らしくなったね。
親父と喧嘩したならまだしも、俺と喧嘩してあいつが家出なんてするわけがない。
追い出されるのはいつも俺だ。
「京介、あんたまた桐乃のこと泣かせたでしょ!?」
シャワーを浴びようと風呂場に行くと、もの凄い剣幕でお袋がやってきた。
後ろ手でドアを閉める。
「ちょっと、京介!?開けなさい!」
「………ほっといてくれ。桐乃とは後で話するからさ」
御鏡の件以来、お袋は俺と桐乃の関係に妙に敏感だ。
一応誤解は解いたものの、まだ心のどこかでは『妹に手を出す鬼畜』と疑われている節がある。
やれやれ。ちょっと前までは、桐乃の癇癪の諫め役としてそこそこ信頼されてたのにな。
手早く服を脱ぎ、熱いシャワーを頭から浴びると、
雨や汗の気持ち悪い感触と一緒に、余分な感情が洗い流されて、
植物の蔓みたいにごちゃごちゃに絡まっていた思考が、解れていくような気がした。
そして、同時に思い出した。
今年の夏……俺が黒猫に告白されて、別れを切り出されるまでの顛末を。
『わたしと付き合ってください』
校舎裏で黒猫に思いの丈をぶつけられたとき、俺はその返事として、保留を選択した。
779:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /04(土) 11:29:21.23
ID:TN1hQvpY0黒猫のことを恋愛対象に見られなかったからじゃない。
むしろ逆だ。照れ屋で、努力家で、友達思いの黒猫のことを、俺は好いていた。
ただ、それが『like』なのか『love』なのかと聞かれたとき、俺は判然とした答えを持たなかったのだ。
女の子に告白されといて、情けない話だけどよ。
それでも黒猫は待ってくれた。
翌日行われた打ち上げパーティは、気持ち悪いくらいに皆の仲が良かった。
桐乃は毒を吐かねえし、黒猫も妙に素直、沙織はいつも通りのムードメーカーで、
俺は……俺だけが、これからどうするべきなのか、ぼんやり物思いに耽っていたように思う。
御鏡の一件で、分かったことがあった。それは何か?
桐乃は、俺が思っているよりは、俺のことを嫌っていなかったということだ。
あいつは絶対に認めないだろうし、俺が自分で言うのもなんだが、
俺が『妹はやらん!』と妹の彼氏に宣言してしまうような、重度のシスコンであるように、
――あいつも、結構なブラコンだったらしい。
しかもその妹が兄を慕う感情には、一般的なそれ以上の、異性としての『好き』も含まれているんだそうだ。
打ち上げパーティが終わったあとで黒猫と二人きりになったとき、黒猫がはっきりと教えてくれた。
黒猫に告白されたときに気づいても良かった。
『好きよ……あなたの妹が、あなたのことを好きな気持ちに、負けないくらい』
この台詞の意味は、黒猫の告白の前と後では、意味がまったく別のものになる。
桐乃に慕われていると知ったとき、俺は純粋に嬉しかった。
でも……それはあくまで、兄妹としての話だ。
俺があいつを、一人の異性として扱うことはできねえし、これからもそれはきっと変わらないだろう。
黒猫は続けてこうも言った。
ある日を境に始まった桐乃のエロゲ趣味は、俺に素っ気ない態度を取られたことに対する代償行為だと。
瀬菜のような典型的な腐女子や、黒猫のような厨二病患者、沙織のようなガンオタでもなく、
女のオタクで、妹ゲーをあそこまで溺愛している奴を、黒猫は桐乃の他に知らないという。
俺はそれまで特に意識したことがなかった。
桐乃の言う『可愛いから好き』という理屈に納得していた。
781:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /04(土) 11:58:21.86
ID:TN1hQvpY0でも、よくよく考えればそれは異常なんだよな。
桐乃の趣味は、オタクというマイノリティな括りの中でも、さらにマイノリティな括りに属する。
いくら昨今サブカルチャーが世間に受け入れられつつあると言っても、
エロゲの男の主人公に、女の自分を投影して、仮想の妹を可愛がる性癖は、
家族やよほど親しい友人でもない限り、『おぞましい』、『気持ち悪い』と思われても仕方がない。
真剣に桐乃の将来を考えるなら、その代償行為とやらを、やめさせるべきなのではないか?
親父やあやせみたいに、オタクでいることをやめろとは言わない。
ただ、桐乃の俺に対する『兄妹愛の延長線上にある感情』を取り払って、
もう少しまともな、理解者の多いオタク趣味に走らせるべきなのではないか?
俺は悩んだ末に、その解決策を、黒猫に求めることにした。
要するに、黒猫と付き合うことにしたのだ。
交際はスムーズに始まった。
黒猫が俺に告白したことは、桐乃も既知のことだったらしく、
俺が『黒猫と付き合う事になった』と言っても、
『あっそ。やっぱり付き合うことにしたんだ』と、興味なさげに振る舞っていた。
黒猫と過ごす時間は、心地よかった。
私服を着ている黒猫は、厨二成分控えめの、言うなればただの可愛い女の子で、
俺は自然と黒猫の本当の名前を呼び、黒猫も俺を名前で呼んでくれた。
俺たちはまるで普通のカップルのように、手を繋いでデートに出かけ、いい雰囲気になればキスをした。
一方で、桐乃の様子は日を経る毎におかしくなっていった。
俺への態度は一年と半年前のそれより酷いモンになり、
モデル撮影や部活にも行かずに、部屋に引きこもるようになった。
それを兄離れに伴う発熱のようなものだと放っておいたのは、今から思えば、どうしようもない俺のエゴだ。
783:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /04(土) 12:32:21.52
ID:TN1hQvpY0親父もお袋もお手上げ状態、
終いに桐乃の様子を見てきて欲しいとお袋に頼まれ、桐乃の部屋に赴いた俺は、
そこで、妹をここまで追い詰めた自分の愚かしさを知った。
『あんた、男と付き合うのなんてやめて欲しいって……この前あたしに言ったよね……。
なのに……自分は黒いのと付き合うんだ……そんなの、ズルい!
あたしだって……あたしだって!兄貴に、女と付き合うのなんて、やめて欲しい!』
『なんで……』
答えに、予想がついていても、俺は言質を求めてしまう。馬鹿だから。
『そんなの、わかんないっ!』
桐乃はボロボロ涙を流して言った。
『黒猫はあたしの友達で!あんたのことが本気で好きなのも分かってる!
でも……ヤなのっ!あたしよりも黒猫の方が大切にされるのがヤなのっ!』
桐乃は俺の胸に顔を埋めて、両手でぼかぼかと殴ってきた。
こんなに無防備に、心の裡を晒す桐乃は初めてだった。
――いや。小さい頃は、これが当たり前の風景だった。
喧嘩したら、素直にお互いの気持ちをぶつけ合って。
『約束……ちゃんと……守ってよ……』
気づけば、俺は桐乃の頭を撫でながら言っていた。
『お前に俺を安心させるような彼氏ができるまで、俺も彼女を作らない』
と。
784:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /04(土) 12:35:22.55 ID:DQ/J6SH90
もう桐乃でいいんじゃね790:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /04(土) 12:46:25.61 ID:9V2A1K/n0
いよいよ誰ルートなのか分からなくなってきたぞ791:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /04(土) 12:48:11.78 ID:ZpeFM6aE0
しばらく天使を見てない気がするな これは由々しき事態だな795:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /04(土) 13:01:17.74
ID:TN1hQvpY0流石と言うべきか、黒猫は初めからこの展開を予想していたみたいだった。
俺が別れを切り出すよりも先に、雰囲気で察したんだろう、契約の"一時"解消を申し出てくれた。
意外だったのは、黒猫が俺に謝ってきたことだ。黒猫は訥々と語った。
桐乃の趣味や、度を過ぎたブラコンの異常性を俺に言ったことは、
俺に黒猫との交際を選択させるための、誘導だったのだと。
『でも、これだけは信じて欲しい。わたしがあなたのことを好きだと言ったのは、絶対の真実よ。
だから、もしもあの女に相応しい彼氏ができたときは――その時は再び、闇の契りを交わしましょう?』
黒猫は艶然と笑んで言った。
その深紅の眼の端に、小さな涙を浮かべながら。
そうして俺は黒猫と別れ――波瀾に満ちた夏は終わった。
シャワーを止める。
これから俺は桐乃の部屋に行き、あやせについての誤解を解かなくちゃならない。
あやせは進学のために友達と――桐乃と別れたくなくて、
勉強の不振を俺に相談したのも、家庭教師のことを黙っていたのも、
結局は桐乃に心配をかけたくなかったからだと言うことを、辛抱強く話さなくちゃならない。
それはそれは酷い暴言を浴びせかけられるだろうし、ビンタも数発食らうだろう。
それは間違いねえ。でもさ、それですむんならいいか、と思っている自分がいる。
なんてったって、俺はあいつの兄貴だからな。
それにあやせにも、『俺がなんとかする』とか、『俺に任せろ』なんて啖呵切っちまったしよ。
803:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /04(土) 13:28:40.83
ID:TN1hQvpY0翌日。
俺は今、図書館の勉強ブースに麻奈実と並んで座っている。
昨日の雨模様と打って変わって空は刷毛でさっと塗りつけたようなセルリアンブルー、
地上には涼やかな風が吹いていて、まさに絶好のお出かけ日和だが、受験生の俺たちには無関係だ。
目線を右斜め後ろの角にやれば、そこだけ雰囲気が違っていて、周囲の男どもの視線を一挙に集めていた。
ま、当然だよな。
天下の読モ様が二人もそろって、仲睦まじく勉強しているんだから。
結論から言っちまうと、俺は桐乃の説得に成功した。
おかげで今現在、俺の両頬には薄い紅葉が賑わっているが、
あやせと桐乃が絶交せずに済んだのだから、これくらい安いもんだろう。
桐乃はその後、夜の遅くまであやせと電話で話し込んでいたようで、
そこで今日あやせの家で行うはずだった家庭教師を、
図書館での合同勉強に切り替えることが決まったそうだ。
と、俺の視線に気づいたのだろうか、
クスクス笑い合っていた二人が揃ってこちらを向いた。
んべーっ、と舌を出す桐乃。可愛くねえヤツ。
慌てて目線を逸らすあやせ。初心なあやせたん可愛い。
「何見てるの、きょうちゃん?」
「あいつら、ちゃんと勉強してるかなって」
「ふふっ、きょうちゃんは心配性なんだから。
……桐乃ちゃんとあやせちゃん、こうして見てると、すごく仲がいいよねえ」
「ああ、そうだな。あいつらも自分らのことを親友って言ってるしな」
麻奈実はシャーペンのノックで顎先を突っつきながら、
「ねえ、わたしたちって、親友、なのかな?」
809:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /04(土) 13:46:36.93
ID:TN1hQvpY0「何言ってんだよ。俺たちは幼馴染みだろ」
「ええー、じゃあねじゃあね、親友と幼馴染みって、何が違うの?」
「さあな。どっちも似たようなもんなんじゃねんの。
……切っても切れねえ関係って意味ではさ」
「それ、全然答えになってないよう……」
麻奈実は釈然としない様子。
俺は財布を手に立ち上がった。
「ジュース買ってきてやるよ。何がいい?」
「んーとね、わたしは、緑茶がいいかなあ」
だよな。
俺は勉強ブースを抜けて、図書館を出てすぐのところにある自販機に向かった。
活字と睨めっこしていた目に、蒼穹から燦々と降り注ぐ日差しが眩しい。
硬貨を投入して、四人分のジュースを購入する。
桐乃やあやせに好みを聞かなかったのは、
桐乃は『コンビニまで走って割高なジュースを買ってこい』と無茶を言うに決まっているし、
あやせは遠慮するだろうと思ったからだ。
ガコン。
最後の一本が出てきたところで、背後に気配を感じた。
嗅ぎ慣れた、フルーティな香水の匂い。
「あやせも休憩か?」
「はい……お兄さんと、少し、お話がしたくて」
829:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /04(土) 15:21:07.23
ID:TN1hQvpY0俺がベンチに腰掛けると、あやせも人一人分の間隔を空けて隣に座った。
思わず、苦笑してしまう。
ベンチの端から端まで距離をとられていたときのことを思うと、これでもすげえ進歩だよな。
「何が可笑しいんですか?」
「なんでもねえよ。ジュース、どれがいい?
ああ、緑茶は麻奈実のだから、それ以外で」
「じゃあ……これを」
林檎ジュースを選び取り、財布を取り出しかけたあやせを、やんわり制止する。
女子中学生から代金を徴収するほど俺の器は小さくない。
あやせは困ったように瞬きして、プルタブを空けた。俺もそれに倣い、白葡萄の缶ジュースを飲むことにする。
悪ぃな桐乃。お前の選択肢はこれで無くなったぜ。
「勉強はもうバッチリか?」
「はい……さっきなんかわたし、桐乃に質問されたんです。
そんなこと初めてで……ちょっと感動しちゃいました」
「そっか」
「お兄さんのおかげです。わたしが躓く度に、お兄さんが手を取ってくれたおかげで、
今ではわたし、あんまり数学や理科が、苦手じゃなくなったような気がします」
「気がするんじゃなくて、実際、そうなんだって。
あやせは自分が思ってる以上に、この一ヶ月よく頑張ってたよ。
予想問題解くみたいに、落ち着いて解けば、テストも絶対上手くいくさ。俺が保証する」
「………はい、ありがとうございます」
なんか今日のあやせは妙に素直だな。
折り畳みナイフのような秘めたる狂気が感じられないというか……なーんか調子狂うぜ。
ここは一発、軽いセクハラ発言で、いつものあやせに戻ってもらうとしますかね。
「あやせ、ジュースを交換しないか?」
832:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /04(土) 15:38:20.67
ID:TN1hQvpY0「いいですよ?」
「おう……って、えええぇぇえぇぇ!?マジで!?」
いいの?あれほど生理的に受け付けないって言ってたお兄さんと間接キスだぜ?
ここは『絶対イヤです!』とか『死ねぇ!』とかが定石だろ!?
あやせはそっと缶を左脇に置いて、膝の上でぎゅっとこぶしをつくり、
「た、ただ味を飲み比べるだけじゃないですか?
お兄さんは意識しすぎですっ……!」
「ちょ、無理しなくていいって。
あれだろ、家庭教師してもらった義理で、我慢してんだろ?」
「本気でお兄さんに自分のジュースが飲まれるのが嫌なら、
わたし、義理とか恩とか関係なく断っていますから」
茫然とする俺を余所に、あやせは消え入りそうな声で言った。
「わたし、ずっと前から気づいてるんですよ?
お兄さんが本当は……初めて会ったときの印象そのままの、優しいお兄さんだってこと」
えっと、何言ってるのかなー、あやせたん?
俺は近親相姦上等の鬼畜だよ?
妹との愛の証を蒐集して、それを他人に見せびらかして喜ぶような変態だよ?
839:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /04(土) 16:06:45.67
ID:TN1hQvpY0「桐乃の趣味のことで、わたしと桐乃が喧嘩したとき、
公園でその……ああいったものを見せびらかしてきたのは、
怒りの矛先を自分に向けることで、わたしと桐乃を仲直りさせるため、だったんですよね?
わたしの嫌がるようなことをするのも、その嘘を本物にするため……違いますか?」
うーん、お兄さんあやせたんが何言ってのかさっぱりわかんねえわ。
「麻奈実さんに、一度お兄さんの悪口を言ったことがあるんです。
そうしたら、わたし、初めてお姉さんに怒られちゃいました。
お兄さんはそんな人じゃないって……桐乃のことを誰よりも大切にしてる、いいお兄さんだって……」
本当、言わなくていいことばっか喋るよなあ、あいつ。
「俺が麻奈実に吹き込んどいたんだよ、あやせに聞かれたらそう言っとくように」
「嘘、つかないでください」
「嘘じゃねえよ」
「じゃあ……桐乃の言ったことも、嘘ですか?
お兄さんは桐乃にも、自分のことを良く言うように、吹き込んでいたんですか?」
「…………」
「桐乃は……あの子は絶対に認めないでしょうけど……お兄さんのことが大好きなんです。
学校でも、撮影でも、ことあるごとにお兄さんの話をしていて、
お兄さんのことを話しているときの桐野は、すっごく笑顔で……。
きっとその笑顔は、わたしがどんなに頑張っても、作れないものなんです。
わたしがお兄さんに相談しようと思ったきっかけ、何だか分かりますか?
ある時、桐乃が言ったからです。
『何か困ったことがあったら、あたしか、うちの兄貴に相談すればいいよ』って……すごく、誇らしげに」
845:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /04(土) 16:35:59.67
ID:TN1hQvpY0「あいつが、そんなことを……」
「わたしは……完全にではないですけど……ある程度は、桐乃の趣味を認めています。
だからお兄さんは、もう、嘘をつかなくてもいいんですよ?」
一気に捲し立てたせいか、頬は上気し、双眸は僅かに潤んでいる。
分かったよ。ここまで言われたらぐうの音も出ねえ。観念する。でもさ……。
「桐乃の前では、これまで通り、俺のことを罵ってくれねえかな。
妹のことを性の対象に見てる変態シスコン兄貴として、扱って欲しいんだ」
「ど、どうしてですか?」
あやせは引き気味で言った。そりゃ引かれるのも仕方ない。
冷静に今の台詞顧みたら、真性マゾの懇願にしか聞こえねえよ。俺は言った。
「だってそのほうが、桐乃にとってもあやせにとっても、楽だろ?」
桐乃は俺の存在を言い訳にすることで、あやせからエロゲ趣味を見逃してもらう。
あやせは俺の存在を理由にすることで、桐乃のエロゲ趣味を見逃してやる。
さっき言ってたけど、あやせもまだ完全に、あいつの趣味を認められたわけじゃねえんだろう?
だったら残りの怒りの矛先は、これまで通り俺に向けておいてくれよ。
本音は別でも、表向きはさ。
「お兄さんは、それでいいんですか?」
あやせ、いっぺん自分の歳言ってみ?
「じゅ、十五ですけど?」
850:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /04(土) 16:53:59.33
ID:TN1hQvpY0俺は十八だ。お前らよりも三つも年上。
だからその分打たれ強くて、緩衝材にはぴったりの役どころだろ。
「お兄さん……!」
俺は何気なく――本当に何気ない仕草で、あやせの頭に手を置いた。
まるで、妹にしてやるみたいにさ。
「じゃあ、その代わりに……。
わたしとお兄さんの二人きりのときは、本当のお兄さんでいてくれますか?」
「ほ、本当の俺?」
「だから、その……、わざと嫌われるようなことをしたりしない、
わたしが初めてお兄さんと会ったときのような、優しいお兄さんです」
ハードル高いなおい!?
あやせと初めて会ったときの俺って、どんな感じだったかなあ。よく思い出せねえや。
……ああ、やっぱ嘘。よく覚えてる。
あの時は確か、沙織から同人誌入りの箱が届いて、それを桐乃から取り戻そうと必死だったんだっけ。
苦い思い出に溜息をつきつつ、俺は腕時計を見る。
「オーケー、分かったよ。努力する。
……さ、この話はもう終わりにして、戻ろうぜ。
桐乃や麻奈実が、俺たちのことを探しにこないうちに」
「もう一つだけ、お話があります。
昨日電話で、桐乃が教えてくれたんですけど……。
お兄さんは桐乃に彼氏ができるまで、彼女を作らないそうですね?」
おいおい、あいつそんなことまで喋ってたのかよ。
家に帰ったらお灸を据えてやらねえと。どうせできねえクセに、って突っ込みはナシだぜ?
853:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /04(土) 17:18:32.66
ID:TN1hQvpY0「もしも桐乃に……ま、まだまだ先だとは思いますけど!
もしも桐乃に彼氏ができたら……」
長い黒髪が秋風を孕み、一時、あやせの横顔を覆い隠す。
あやせはもじもじと爪先を擦り合わせていたが、
「その時は……」
やがて眦を決するように唇を湿らすと、真正面から俺を見据えて言った。
「わたしを、お兄さんの彼女にしてくれますか?」
ありきたりな表現だが、時が止まったような錯覚がしたね。
風のそよぎや、街路樹の葉擦れの音。
祈るように組まれた両手や、朱色に染まった瓜実顔。
聴覚、視覚の順に感覚が戻ってくる。
そして最後に、俺のポンコツな脳味噌は理解した。
俺がたった今、あやせに告白されたことに。
「あー……それって、仕返しのつもりか?」
「え……えっ?」
「ほら、今まで俺が『結婚してくれー』とか、『あやせの夫になりたい』とか言ってたことに対する……」
あやせは愕然とした表情になり、やがてわなわなと肩を震わせつつ、低く怖い声で言った。
「ええ……もちろん、当たり前じゃないですか。
わたしが本気で!お兄さんに告白するなんて!あり得ないですよね!」
こ、怖ぇ!な、なな、なんでそんなに怒ってんの?
あやせさん前にはっきり仰ってましたよね?『現状ではわたしがお兄さんの彼女になるなんてありえない』って。
854:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /04(土) 17:19:54.14 ID:C6dIv8Sd0
京介歯食いしばれよ856:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /04(土) 17:24:47.82 ID:BJN5abCGO
おい京介遺言はそれでいいんだな858:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /04(土) 17:28:37.13 ID:cCv6+zVE0
オイ黒猫どうすんだよ
いらないなら俺が貰ってくぞ859:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /04(土) 17:29:46.47 ID:rmvLYg7A0
黒猫なら俺の隣で寝てるよ867:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /04(土) 17:41:42.22
ID:TN1hQvpY0「確かにそうは言いましたけど……言いましたけどっ!
ああっ、もう、信じられない!お兄さんの馬鹿っ!死んじゃえ!!」
あやせは盛大に俺を罵倒して、図書館の中に駆け込んでいった。
わ、わけわかんねえ。どこで選択をミスっちまったんだ?
「………」
おいチビッ子、憐れむような目で俺のこと見てんじゃねえよ!
その直後、俺の親父に匹敵する強面のオッサンが出てきて言った。
「うちの子に何か?」
いやー聡明な顔立ちのお子さんですねえアハハ。
あやせのいなくなったベンチに一人、肺の中身を全部吐き出しそうな勢いで溜息を吐く。
見上げれば、高く澄んだ秋空。
雲が形を変える速さで、上の方では強い風が吹いていることが分かる。
このまま午睡したくなるような温かさだが、俺もそろそろ戻らねえとな。
俺は白葡萄ジュースの缶を、手近なゴミ箱に投げ捨てて腰を上げ……、
あやせが置き忘れた、否、正確には、あやせが俺と交換しようとした、林檎ジュースに気がついた。
「まだ残ってるな」
辺りを見渡す。
……ったく。何恥ずかしがってんだか。中学生じゃあるまいしよ?
缶の中身を一気に飲み干す。
林檎のものだけじゃない、どこか懐かしく甘酸っぱい味わいが、喉を流れ落ちていった。
『俺の妹がこんなに可愛いわけがない 9巻(偽) 第一章』 おしまい
868:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /04(土) 17:43:30.40 ID:50G7sLEA0
これほど見事なSSを今まで見たことがあるだろうか。(いやない)872:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /04(土) 17:46:38.40 ID:k/cToF340
第一章てことは続編期待していいんだな?873:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /04(土) 17:47:15.39 ID:BJN5abCGO
いい感じの余韻を残して終わったな。
乙!882:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /04(土) 17:55:12.75
ID:TN1hQvpY0二章はまた暇があったら、適当に俺妹スレを見つけて書くということで
読んでくれた人ありがとねーではでは
887:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /04(土) 18:13:13.33 ID:FPsAbLGR0
お疲れ様、なんて言わないんだからねッ!
(チラッ888:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /04(土) 18:15:32.74 ID:bMxTFYdZ0
お疲れ様~902:
以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /04(土) 19:50:51.53 ID:/2QJ8qNVO
乙。あやせにネクタイ引っ張られたい
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