京介「あやせ、結婚しよう」 あやせ「ほ、本当ですかお兄さん!?」

2011-02-06 (日) 12:24  その他二次創作SS 俺の妹がこんなに可愛いわけがない   2コメント  
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俺の妹がこんなに可愛いわけがない(3) フィギュア「にいてんごあやせ」付 特装版 (電撃コミックス)

4:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11 /28(日) 23:46:37.81 ID:cpZ/IWhK0
「あやせ、結婚しよう」
「ほ、本当ですかお兄さん!?……って、もう!
 どうせお兄さんのことだから、わたしをからかって遊んでるんでしょう?」

ちらり。前髪の間から覗く目が、俺を見つめる。
非難するような、それでいて何か催促するような、蠱惑的な瞳だ。

「嘘じゃないさ。本気でプロポーズしてる」
「そんなこと言ったって、騙されませんからね。
 お兄さんには何度も何度も、そうやってわたしに……わたしを……弄んで……」



消え入るような声。甘やかな雰囲気が辺りに流れる。
あやせは膝をついてこちらに近づき、その人形のような顔をゆっくりと近づけてきた。
長い黒髪から漂う、なんともいえぬ良い香りが鼻孔を擽る。過度の期待は禁物だ。分かっちゃいる。
んなことは分かっちゃいるんだが、目の前の桜色の唇が自分のそれに触れる場面を想像してしまう俺がいる。
当然、あやせの顔は俺のすぐ右脇を通り過ぎた。
ほとんど体を密着させた形で、あやせが俺の背中に手を回す。
カチャリ。

「っはぁ! すまんあやせっ!」

俺は拘束を解かれた両手で、あやせの体を押し倒し――いちもくさんに逃げ出した!
もう手錠でベッドに縛り付けられるのはごめんだ。
いつまでも女子中学生にしてやられてばかりの俺じゃねえんだよバーカ!

「――お兄さん?」

酷く冷えた声が聞こえた。

「またわたしのこと、騙したんですね」



13:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11 /29(月) 01:09:02.58 ID:cpZ/IWhK0
たまらず振り返る。
するとそこには、黒のフレアミニスカートを太股の付け根まで捲れさせ、
ピンクのニットチュニックの胸元を乱したあやせが、
俺に突き倒された姿勢はそのままに、虚空を見据えていた。
怖ぇ!

「もしも出て行ったら………ますから」
「あ、あやせさん、今なんと仰いました?」
「もしも今出て行ったら、お兄さんにレイプされたって言いふらしますから」
「ごめん本当にごめんなさい出て行きませんあやせ様の言うとおりにします」

床に平伏し額ずけた。
これと似たような状況がつい最近あったような気がする。

「さっきのは……どこまで本気だったんですか?」
「ん?」
「な、なんでもありません。
 一生思い出さなくていいです。そのまま死んで下さい」

ひでぇ!
でもここまで容赦のない暴言だといっそ清々しいね。
快感に変換出来る日もそう遠くないんじゃないだろうか。



14:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11 /29(月) 01:19:59.43 ID:cpZ/IWhK0
俺はこの部屋に招かれた時、最初にあてがわれた座布団に腰を下ろす。
そっからどういう経緯で手錠をかけられたかは、各々の想像に任せる。
ヒントを言うなら……俺はあやせをからかいすぎたんだよ。
あれ、これヒントになってなくね?

「ごほんっ」

わざとらしく咳払いをひとつ。
あやせは神妙な顔つきになって言った。

「今日、お兄さんに来てもらったのは―――」



21:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11 /29(月) 01:32:40.46 ID:cpZ/IWhK0
「今日、お兄さんに来てもらったのは―――」

1、桐乃のことで相談があるんです
2、加奈子のことで相談があるんです
3、わたしのことで相談があるんです



好きなの選んで
この話はあやせメインなので気軽に選んでね
>>23



22:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11 /29(月) 01:33:56.69 ID:wCn2NeAh0
3しかない



23:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11 /29(月) 01:34:01.54 ID:600Dx/hkO




25:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11 /29(月) 01:46:03.59 ID:HSfdz4EX0
皆の心が同じで安心した



24:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11 /29(月) 01:45:42.52 ID:cpZ/IWhK0
「わたしのことで……その……相談があるんです。
 聞いてもらえますか?」
「相談相手に手錠かけるか、普通?」
「お兄さんはわたしが油断するとすぐにセクハラしようとしますから。予防策です」

はいはいどうせ俺は近親相姦上等の犯罪者予備軍ですよ。
ま、今回の件であやせの予想の斜め上を行くセクハラ発言をすれば、
ちょっとの間あやせの思考停止を狙って、手錠を外してもらえることが判明したけどな。
ちょろいもんだぜ、と俺は心中で独りごち、

「それで、相談って?」
「実は……お母さんが最近、モデルをやめろってうるさくて……。
 ほら、わたし、来年から中学三年生じゃないですか?
 お母さんもお父さんも、わたしには都内の進学校に行って欲しいみたいなんです。
 それで、モデル活動は受験勉強の邪魔になるから……。
 お父さんは両立できるならそれでいいって言ってくれているんですけど、お母さんはダメの一点張りで……」



26:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11 /29(月) 01:59:23.26 ID:cpZ/IWhK0
どうしたらいいと思いますか?と言いたげな上目遣いになるあやせ。
可愛い――じゃなくて。

「オーケー、話は分かった。
 いくつか聞きたいことがあるんだが」
「……なんですか?」

ここで「めんどくせえ、帰る」なんて言ったら即行で刺される自信がある。
どうして桐乃といい、あやせといい、
俺の周りにいる女子中学生は相談相手にもっと敬意を払わないんだ?
悩み事で必死なのは分かるがもっと穏やかに話そうぜ?な?

「まずひとつめ。あやせはその、都内の進学校に行きたいって気持ちはあるのか?」
「ありません」と即答。
「なんで?」
「そんなの、当たり前じゃないですか。
 桐乃と――友達と離れ離れになるのが嫌だからです。
 偏差値の高い高校なら、この近くにもありますし」
「じゃ、ふたつめ。地元の高校に行きたいって気持ちを、あやせはお母さんに伝えたか?」
「言ってません。どうせ突っぱねられるに決まってます」
「まあ、そうなるだろうな。
 最後にみっつめ。……どうして俺なんだ?」

あやせは顔にクエスチョンマークを浮かべて言った。

「何を言ってるんですか?」
「だから……どうしてそういう大事なことを、俺に相談しようと思ったんだ?
 学校の友達や、それこそ桐乃とか、先生とか、いくらでも相手がいただろ」



27:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11 /29(月) 02:06:33.67 ID:cpZ/IWhK0
「そ、それは……」

あやせは酸欠の金魚みたく口をパクパクさせ、目を泳がせる。
ま、まま、まさか!

「俺のことが好きで、」
「そんなわけないじゃないですか!ブチ殺しますよ!?」
「調子こいてすいませんマジすいません殺さないで」
「わたしがお兄さんに相談しようと思ったのは!
 ええと……わたしがお兄さんに相談しようと思ったのは……」

あやせは幽かに頬を朱に染め、俺を睨み付けながら

「……っ。やっぱり言いません。
 言ったらお兄さん、調子に乗っちゃいますから」
「なんだよ。喉まで出かかってんなら言えよ」

あやせは唇を引き結ぶ。
物言わぬ貝の真似をしているのだろうか。可愛い。



28:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11 /29(月) 02:24:30.49 ID:cpZ/IWhK0
「……お兄さんの意見を聞かせて下さい」
「相談してもらった手前、何か劇的な解決策を言ってやりたいとこだけどよ、
 まずはあやせのお袋さんにあやせの考えてることを、はっきり伝えたらどうだ」
「無意味です、そんなことしたって……」
「言ってみなくちゃ分かんねえだろうが。
 あやせのお袋さんは、あやせのことを思って、あやせに都内の進学校に進ませたがってるんだろ?
 なら、ちゃんとあやせがどうして地元の高校に進みたいのか、きちんと理由を説明する必要がある。
 何も説明していない現状じゃ、難しい勉強が嫌で駄々こねてるように思われても仕方ないと思うぜ。
 あやせは、勉強ができないわけじゃねえんだろ?」

正座のまま、左右の膝をもじもじと擦り合わせるあやせ。
目を合わそうとしても、逸らされる。
あのー、あやせさん?

「わたしは……そんなに勉強が出来るほうじゃありません」

面を上げたあやせは、平坦な調子で言った。

「ちなみに、クラスの中でいったらどのへん?」
「中の下、くらいです」

精確に自己評価できる奴なんてそういないし、
自尊心ある一般人と同様、あやせもある程度は自分を過大評価していると考慮し、実際は下の上あたりだろう。
あいたたたた。そりゃ親にモデル活動やめて受験勉強専念しろ言われても仕方ねえわ。



50:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11 /29(月) 18:13:13.60 ID:r9GmMhv80
しかしここで頭ごなしに「モデルやめちまえよ」と言っても、素直に聞き入れられるわけがない。
お母さんと同じことしか言えないんですかと罵倒され、
お兄さんに話したわたしが馬鹿でしたと蔑むような目で見下され、
もうわたしに関わらないでくださいあと早く桐乃と兄妹の縁を切って下さいさもないと物理的に切り離しますよと最後通告される未来が見えるね。

「俺も中学三年の初めは、あやせと同じくらいの成績だったよ」
「お兄さんと一緒にしないでください」

最後まで聞けや!?

「あのな、お世辞にもあやせの成績は良いとは言えねえ。
 その自覚はあるんだよな?」
「……ありますけど?」
「じゃあ、どうして自分の成績が悪いのか、考えたことはあるか?」
「それは……忙しくて、勉強に充てる時間がないから……。
 モデルや、桐乃と……友達と遊ぶ時間も欲しいし……」

ここで、あやせと同じ読者モデルとして活動し、
部活にも精を出し、その上で学業においても優秀な成績を収めている桐乃を引き合いに出すのは、
あやせにとって余りに酷というものだろう。
そう思って黙って聞いていたのだが、あやせは敏感に俺の思考を読み取ったようで、

「桐乃は、すごいです。……わたしよりもずっと忙しくて、
 勉強する暇なんてほとんどないはずなのに、いつも成績は学年で五番以内で……。
 それに比べたら、わたしなんて……」

自嘲気味の笑み。
その表情には、見覚えがあった。
桐乃の――妹の活躍を喜びながらも、どこか釈然としない、嫉妬と憧憬の入り交じった感情。
あやせ、今のお前は、一年と半年前までの俺に、ちょっとだけ似てる。



54:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11 /29(月) 18:43:50.47 ID:r9GmMhv80
「桐乃のことはおいといて、だ。
 何で一番プライベートの時間を取られてるかって言ったら、やっぱモデル活動、だよな?」

コクリ、と頷くあやせ。

「モデル活動の頻度を減らすとかはどうよ?
 それかいっそのこと休止して、合格が決まってから復帰するとか……」
「お兄さんは何も分かっていないんですね」

ぐふっ。この怜悧な視線、たまりませんなぁ。
おいそこ、変態を見るような目で俺を見るな。

「わたしはモデルでも、TVに出るような、超売れっ子モデルじゃありません。
 ただの読者モデルです。
 わたしの都合で撮影の日を変えたりなんてできませんし、休止なんてもっての他です。
 わたしが消えても、代わりはいくらでもいますから……読モの入れ替わりが激しいのも、それが理由です。
 もし半年も活動をやめたら、次に復帰するときは、新人として一からやりなおさなくちゃいけないし、
 それに何より……桐乃と一緒にモデル活動できなくなるなんて、わたし、耐えられませんっ!」

頭撫でてぇ。今すぐ抱きしめてぇ。
子供みたいに我が侭言うあやせたんマジ天使――さて。

「あやせ、あのさ。あれもやりたい、これもやりたい、
 でもあれはやりたくない、これはやりたくないって、そんな理屈は通らねえよ」
「なっ……」



56:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11 /29(月) 19:01:02.48 ID:r9GmMhv80
「俺の通ってる高校は平凡な偏差値で、
 入学できたことは誇りでも何でもねえけどさ。
 それでもアホな中学生の俺にとっちゃ、その高校の入学試験は、すげぇ難関だったんだよ。
 そんなとき、俺がどうしたかっていったら……やっぱ、勉強だった。
 もちろん、独力じゃどうしようもなかったから、友達に教えてもらって、必死になって勉強したんだ」
「わたしは、お母さんの言うような偏差値の高い高校に行く気はありませんから!」
「成績が悪いあやせがそれを言っても説得力が皆無なんだよ。
 もしもあやせが成績優秀、どこの高校でも行ける実力で、
 地元の高校に通いたいと言えば、あやせのお袋さんも考え直すだろうさ」
「ぐっ……」
「このままあやせとあやせのお袋さんが平行線辿っても、
 いつかはあやせが折れなくちゃならない時が来る。 
 あやせは未成年だ。電話一本で終わりだろうよ。
 それをしないのは、あやせのお袋さんが、
 あやせに納得した上でモデルをやめてもらいたいからなんじゃねえのか」
「………」

あやせの黒く円らな瞳が、徐々に充血し、潤みを帯びていく。
これと似た光景を、俺はもう何度も目にしていた。
自宅で。俺の部屋で。桐乃の部屋で。リビングで。



58:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11 /29(月) 19:16:17.64 ID:s7Rkk4bi0
なん・・・だと・・・?



60:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11 /29(月) 19:41:38.78 ID:3LB+nnmHO
こういう厳しい物言いする京介は珍しいな。



62:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11 /29(月) 19:47:04.34 ID:r9GmMhv80
中学生の、しかも女の子にとって、正論ほど耳に痛いモンもないだろう。
でも――俺は言わなくちゃならない。
相談を受けた以上は、嘘偽りなく、はっきりと、真正面から自分の考えを言う。

「なああやせ。いっぺん、読モしながら本気で勉強してみたらどうだ?
 それで次の模擬試験か定期試験で、良い点数とって、お袋さんを驚かせてやれよ。
 モデルが忙しいとか、友達と遊ぶのが忙しいとか、そういうことを理由にして勉強できないってんなら……。
 俺に言えることは何もねえよ。
 お袋さんにモデルやめさせられて塾通いさせられようが、お前の自業自得だ」
「……って下さい」

固く握られた手の甲で、透明な雫が弾けた。
うわ、ついいつものノリでやっちまった!
後悔の炎が全身を焼くが、時既に遅し。

「す、すまんあやせ!俺、調子に乗っちまって――」
「帰って下さいっ!!」

ばっちーん。いい音が鳴った。
頬をはられたのだと気づくのに、三秒くらいかかった。
ものすごい威力だったね。
いつか公園で桐乃と相思相愛宣言したときのビンタの少なくとも三倍はあったと思う。

情けない話だが、俺はそれからまともに場を取り繕えもせず、
這々の体であやせの家から逃げ出した。というより、追い出された。

自宅近く、頬に紅葉を貼り付けた俺を、近所の奥様方は奇異の感を宿した目で眺めていたが、
しばらくすると何事も無かったかのように談笑を再開した。
ハハ、これだけは確信を持って言えるぜ。明日か、早けりゃ明後日中には、
お袋から『隣の奥さんから聞いたけど……あんたまた女の子泣かせたの?』と蔑みのこもった声で言われるに違いない。



65:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11 /29(月) 20:00:34.99 ID:r9GmMhv80
夜。
なんとか氷水で頬の腫れを治し、夕食の席をやり過ごした俺は、
自分の部屋のベッドに倒れ込み、深い溜息をついた。
にしても、危なかったな。
お袋も親父も平然としてるのにさ、桐乃の奴は俺の頬がおかしい事に勘付いたみたいで、
可愛らしく小首を傾げて
『あんたさぁ、今日顔のバランスおかしくない?』
なんて言ってくるんだもんよ。
ま、『いつものことか』と勝手に納得してくれたから良かったけどよ……って、思い出したらなんか腹立ってきたわ!
人の顔見てバランスおかしいとかよく考えたらすげぇ暴言だよ!よく我慢できたな俺!

「………はぁ」

無理矢理テンションを上げてはみたものの。
あやせの泣き顔が、俺の隙をついては瞼の裏に浮かぶ。
ほんと、何やってんだろうな……。あやせに偉そうに説教かますなんて……俺らしくねえよな。
俺がそんな風にプチ鬱に入りかけていたその時、



67:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11 /29(月) 20:13:43.62 ID:r9GmMhv80
携帯が鳴った。緩慢な動作でフラップを開く。
真奈美か。――きた。俺の心のオアシスきた。

「もしもし?」
「もしもし、きょうちゃん?
 いま、電話しても大丈夫だった?」
「ああ。さっき晩飯を食い終わったところだ。
 で、どうした?」
「ん、とね。なんだか、急にきょうちゃんの声が聞きたくなっちゃって……」
「………」
「いま、ドキッてした?」

最近、真奈美の中で俺をドキッとさせるのがマイブームなんだそうだ。
俺は努めてぶっきらぼうな口調で、

「しねーよ」
「えぇー」
「何が『えぇー』だ。まあ、真奈美と話したかったのは、俺もだけどさ」
「わ、わわっ」

電話の向こうで慌てふためく真奈美の姿が容易に想像できるね。

「きょうちゃん、それ、本当?」
「ああ。ちょうど真奈美に、聞いてもらいたい話があってな?」
「きょ、きょうちゃんが、わたしに、大事な話!?」

誰も大事な話なんて言ってねえ。
おばあちゃーん、耳が遠くなるにはまだ早いですよー?



76:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11 /29(月) 20:34:09.01 ID:r9GmMhv80
俺は極めて第三者的な視点から、
知り合いの高校生がこれまた知り合いの中学生に偉そうに説教をかまし関係が拗れた顛末を話した。
まなみは電話の向こうでお茶を啜り、しみじみと言った。

「きょうちゃんは自分に甘くて、他の人には厳しいから」

あれ、全然騙せてなくね?つか何気に真奈美の俺に対する評価辛口じゃね?

「でもねえ、わたしはきょうちゃんが、誰にでも厳しくないこと知ってるよ。
 きょうちゃんが熱くなっちゃったのは、その子のことが大切で、
 その子の相談に、本気で乗ってあげようって、思ったからじゃない?」
「お前はいちいち大袈裟なんだよ……」
「ふふっ、きょうちゃん、照れてる」

からかうなっての。
でも、なんでだろーな、こうして話を聞いてもらって、
俺のしたことを適当に肯定されるだけで、随分心持ちが楽になるんだよな。ホント、真奈美様々だよ。

「俺の話はそんだけだ。真奈美は、何か俺に用があったんじゃないのか?」

それともマジで俺の声が聞きたかったから電話してきたのか?

「わたしのは、もういいよう。
 きょうちゃんが、どうして今日図書館に一緒に行ってくれなかったのか、知りたかっただけだから」
「悪かったな。心配かけたか?」
「ううん」

穏やかな否定。その後に逆接が続くことを、俺は知っていた。

「でも、本当に何かあったときはちゃんと教えてね、きょうちゃん?」



82:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11 /29(月) 20:57:19.41 ID:r9GmMhv80
真奈美との電話が終わり、
さて受験勉強でもしますかと伸びをして身を起こした矢先、ノックの音が響いた。
いや、違うな。ノックなんて可愛らしいもんじゃねえわ。
桐乃のやつめ、いったい何度『人様の部屋のドアを蹴るな』と言ったら分かるんだ?
ここは一発ガツンと――

「ねえ、いるんでしょ?開けるよ!?」

兄の威厳の回復を――

「いるなら返事しなさいよ!何かやましいことでもしてたの?」
「すみませんでした桐野さんやましいことは何もしてません次からすぐに返事します」

Tシャツに短パン。
初秋の季節には少し寒くねーかと言いたくなるほど露出度の高い部屋着を着た桐乃は、
姑のように目を眇め、ぐるりと俺の部屋を見渡し、やがて俺の右手に、正確には携帯に目を止めた。

「あんたさあ、誰と電話してたわけ?」
「は?誰とでもいいだろ」
「地味子?」

まったく、こいつの勘の良さには恐れ入る。

「だったら何なんだよ」
「学校でも図書館でも一緒の癖して、家でも連絡とりたいんだ。キモ」
「っせえな。お前には関係ねえだろうが。用がねえなら、出てけよ」
「はぁ?せっかく秋の夜長を寂しく過ごしてるあんたのことを気遣って来てあげたのに、何その言い方!?」

それなら初めっからそう言えや!?
どうしてお前の俺に対するコミュニケーションは喧嘩腰がデフォルトなんだよ!



85:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11 /29(月) 21:21:27.37 ID:r9GmMhv80
それから俺たちは久々にシスカリで対戦することになり、桐乃の部屋に移動した。
シスカリとは個性溢れる妹たちを操作して戦う格闘ゲームのことで……今更説明する必要もないか。
対戦開始から早三十分。例によって例の如く、桐乃にボコられ通しの俺。
桐乃はコンボを繋ぎながら、何気ない口調で言った。

「今日、どこ行ってたの?」
「真奈美と一緒に図書館だ。いつも通りな」
「ふぅん」

桐乃のミス。コンボから脱出した俺はバックステップで距離を取り、遠距離攻撃で牽制する。
あやせに呼び出されて相談受けてたなんて、口が裂けても言えねえよ。
曲解されて罵倒されてしばらく口を利いてもらえなくなるのがオチだ。

「じゃ、なんであんたの頬が腫れてるの?地味子にぶたれたワケ?」
「それは、ええと、まあ……そうだよ」
「嘘じゃん!?」

桐乃の操作が乱れる。桐乃の遠距離攻撃の間隙を縫い、俺はキャラを一気に肉薄させ、近接攻撃を叩き込んだ。
画面端まで持って行く。……勢いで嘘を取り繕うには、新しい嘘を吐くしかない。

「図書館で勉強してると、もの凄い眠気が襲ってきてな?
 あんまり勉強に身が入らないから、気合いを入れる意味で、真奈美にビンタしてもらったんだよ。
 でもあいつ、普段からそういうことしてねえだろ?
 加減わかんなかったみたいで、こうなっちまったんだ」
「あんたって………」
「……あん?」
「真性のマゾだったんだ」

その瞬間、俺のコンボは最終必殺技まで繋がり、俺のプレイ画面に「win!」の文字が表示された。
あれ、嬉しくねえ。勝ったのに全然嬉しくねえ。



87:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11 /29(月) 21:36:03.09 ID:r9GmMhv80
「疲れた。部屋に戻るわ」
「えっ、まだ全然やってないじゃん?
 それに勝ち逃げとかありえないんですケド」

Tシャツの袖を掴まれる。

「あのな、これでも俺は受験生なんだよ。息抜きにマジになれるほど暇じゃねーの」
「はぁ?何そのムカツク言い方。あたしだって受験生だし!」
「じゃあお前も勉強しろよ」

むっと頬を膨らませる桐乃。
もともとの丸顔がさらに丸くなり、年相応の雰囲気を帯びる。
そうだ。勉強で思い出した。

「お前ってさ、いつ勉強してんの?」
「いきなり何?」

おいおい、そんな警戒心むき出しにしなくてもいいだろ。

「いや、モデル活動とか、部活とか、色々やってて忙しいだろうに、
 よくそんな成績を維持できるなあ、と……」
「ふぅーん……聞きたいんだ?勉強の秘訣」

チッ。いちいち癪に障る奴だな。
これでも最近は随分マイルドになったと思うけどよ。

「あんたがーどうしてもー受験勉強にあたしの勉強法を役立てたいって言うなら、
 色々伝授してあげてもいいケド?」

苛立ちを微笑みに変換して、表情に出力する。これもあやせのためだ。



89:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11 /29(月) 21:55:14.71 ID:r9GmMhv80
「お願いします」

その後、俺は今度の休日に桐乃の買い物の荷物持ちをするという誉れ高い任務を与えられ、
夜中の十一時までシスカリに付き合わされた末に、やっと桐乃流勉強法を伝授してもらった。
糞生意気で何かと俺を苛つかせる桐乃だが、
部屋を出る間際、

「ねえ」
「なんだ」
「お、おやすみなさい」
「お、おう。おやすみ」

と寝る前の挨拶を忘れないあたり、
桐乃の俺に対する態度に、『目に見える程度』の変化が生じてきていることは認めなければならない。
夏の一件がトリガーだったのは、明らかだ。
思い出すと未だに顔から火を噴きそうになる、あの日の出来事。
桐乃と和やかに『あんなことがあったな』と語り合える日が来るのは、いつになることやら。


部屋に戻って携帯をチェックすると、メールが一通届いていた。
差出人:マイラブリーエンジェルあやせたん

「ひゃっほ――」

両手で口を押さえる。
この家、妙に壁が薄いんだよな。おちおち快哉も叫べないから困るぜ。
俺は逸る気持ちを抑えて、メールボックスを開いた。


────

一応いっとくとこの話は8巻(想像)の後の話ね



92:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11 /29(月) 22:02:08.77 ID:1lukhjjM0
なん・・だと・・・・



93:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11 /29(月) 22:04:40.48 ID:0tND13pM0
黒猫と付き合ってる状態か・・・



103:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11 /29(月) 23:16:29.82 ID:r9GmMhv80
本文:明日の夕方五時 中学校近くの公園に来て下さい

実に簡潔で淡泊な文章だ。
しかし着信拒否にされてもおかしくないと思っていた俺にとって、
あやせからのメールは贖宥状にも等しかった。
小躍りしたい気持ちを抑えてフラップを閉じる。

時は流れて翌日の放課後。
腕時計に目をやると、まだ約束の時間には二時間ほど余裕があった。

1、真奈美と教室で勉強
2、部活に行く(黒猫&)
3、早すぎる気もするが待ち合わせ場所に行くか

>>105



105:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11 /29(月) 23:19:02.53 ID:KApcjZ2l0
待たせたら殺される
3




107:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11 /29(月) 23:37:44.68 ID:FoAVVGs40
やるじゃん



110:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11 /29(月) 23:43:51.18 ID:r9GmMhv80
早すぎる気もするが待ち合わせ場所に行くか。

「きょうちゃん、帰ろ?」

真奈美が鞄を手にやってくる。

「ああ」

赤城の非難するような視線をやり過ごし、真奈美と連れだって教室を出る。
今日の真奈美はご機嫌だ。
膝の前で鞄をぱたぱたさせる仕草が、実に分かりやすい。

「何かいいことあったか?」
「んーと、ね?
 昨日、わたしの考えたお菓子を、お父さんに食べてもらってね、
 もしかしたら、それがお店の商品棚に並ぶかもしれないんだぁ」
「そりゃすごい」
「でね、でね?もしよかったら、きょうちゃんにも食べてもらいたいなあって……あっ」
「ん?」

真奈美の視線を辿る。
するとそこには、一足、いや二足は早く、学校指定の冬服を身に纏った黒猫の姿が。
ほどなくしてあちらも俺と真奈美の姿を認め、俺たちはしばし見つめ合い、どちらからともなく距離を詰める。
できれば顔を合わせたくない、というのが本音だった。
何も黒猫のことが嫌いになったわけじゃない。むしろ逆だ。
俺の自惚れじゃなけりゃ、多分あっちも同じ気持ちだろう。

「よっ」
「こんにちわ、先輩」



112:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11 /30(火) 00:02:50.99 ID:esRrm30D0
「…………」
「…………」

会話が続かねえ。
あの夏の一件以来、俺はどうも黒猫と上手く接することができないでいる。
色々と話したいことはあるんだが、桐乃との約束を守るために、
必要以上に遠慮してしまうというか、自制してしまうというか……。

「あ、あのね、黒猫さん、きょうちゃん?
 こんなところで見つめ合ってたら、通行の邪魔になると思うよ?」
「そ、そうだな」
「先輩」

黒猫は微動だにせず問いかけてきた。

「わたしはこれから部室に行くのだけれど……先輩も一緒にどうかしら」

黒洞々たる瞳が、まるで暗示をかけるかのように、ひたと俺を見据える。
隣で真奈美が身を強張らせる気配がした。

「わり、今日は用事があるんだ。
 部室にはまた近いうちに、顔を出すよ」
「そう。部長に伝えておくわ」

黒猫はクールに言い放ち、颯爽と俺と真奈美の間をすり抜けて行った。
「ベルフェゴール……どこまで邪魔をするつもりなの」という意味深な言葉を残して。



115:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11 /30(火) 00:20:10.63 ID:esRrm30D0
金縛りからとけた真奈美が、ほう、と深い溜息を吐く。

「きょうちゃーん……わたし、やっぱり黒猫さんに嫌われてるのかな?」
「なんでだよ。真奈美は何も嫌われるようなことしてねえだろ。
 つか、真奈美を嫌いになるような奴は、人間そのものが嫌いなんだろうさ」
「えへへ、やっぱりきょうちゃんは、優しいね」

聞き飽きた台詞をスルーし、靴を履き替える。
校門から出てしばらく歩いたあたりで、俺は足を止めた。
ここの角を右に曲がるのが、あの公園への最短路だ。

「どしたの?きょうちゃん」
「俺、今日はこっちなんだ」
「ほえ?」
「中学校の友達と約束しててさ。さっきも黒猫に言ってたろ」
「え、あれはわたしのお菓子を食べるっていう……」
「ああ、あれはまた今度な。
 多分、家に帰る頃には飯の時間だろうから」
「きょーうーちゃーん……。ひーどーいーよー……」
「何がだ?」
「きょうちゃんの嘘つき。ふーんだ」

真奈美はぷいと顔を背け、ぷんぷんと擬音を発しながら歩いて行く。
ごめんな、真奈美。小さな背中に謝りつつ、俺は面舵を取る。
中学校の友達に会いに行く、か。なかなか上手い表現だったな。
真奈美はおおかた『中学校時代からの旧友に会いに行く』と思っているのだろうが、
実際のところは『現役女子中学生のあやせたんと公園で逢い引きデート』だ。



119:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11 /30(火) 00:38:07.16 ID:esRrm30D0
公園に到着すると、当然のことだがあやせは来ていなかった。
ですよねー。まだ約束の時間まで一時間半もありますもんね。
思い詰めた表情のあやせがベンチに座って待っている――そんな展開あるわけねえよな。
漫画やアニメじゃあるまいし。

「にしても殺風景な公園だな、ここは」

ブランコも鉄棒もシーソーもない。
遊び場と言えるのは小さな砂場くらいで、あとはだだっ広いだけの、寂れた公園だ。
近場の自販機で缶コーヒーを購入し、ベンチに腰掛ける。
コーヒーをちびちび啜りつつ、携帯でニュースサイトをチェックしつつ時間を潰していると、
カフェインの奮闘も虚しく、睡魔が襲いかかってきた。
昨日、桐乃の部屋を出たのが夜の11時で、受験勉強が終わったのが夜中の2時すぎ。
今年に入ってから一日三時間を勉強に充てることを真奈美と約束し、律儀にそいつを守ったことが仇になった。
瞼が重い。俺は『考える人』のようなポーズをとって、目を瞑った。


「……さん。お兄さん」

誰かに体を揺すられている。

「ん……もうちょっと寝かせてくれ」

耳許で響くウィスパーヴォイス。

「起きないと、後悔しますよ」
「いやあいい朝だなあ本当いい朝だ」
「今は夕方です」



120:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11 /30(火) 01:00:44.14 ID:esRrm30D0
寝ぼけ眼を擦り、俺を揺り起こしてくれた女の子の姿を確認する。
和装の似合いそうな黒髪、端正な目鼻立ち。
西に傾いた太陽の光は、まるで後光のようにあやせのシルエットを朱金色に縁取っている。
地上に舞い降りた天使と形容するに相応しい美貌だ。新垣あやせ。君は美しい。

「あまりジロジロと見ないでください。気持ち悪いので」

はぁん。なんなんだろうね、この感覚は。殺意と悦楽。
桐乃になじられるのとあやせになじられるのとでは、なぜこうも感じ方が違うのか。
今後の主要な研究対象になりそうだ……と俺がニヤつきを我慢できないでいると、
あやせはふと胸の前で両手を重ね合わせ、自分を罰するようにぎゅっと下唇を噛み、

「わたし、こんなこと言うつもりはないんです。
 心の中では思っていることと、口に出す言葉は別物ですよね?
 でも、どうしてかお兄さんの前だと、考えたことがすぐ口を衝いて出てしまうんです……」

オーケー。あやせが本気で俺のことを気持ち悪がってるのはよく分かった。
だからそれ以上ナチュラルに俺の心の抉るのはやめろ。

「そういや時間は……」

腕時計に目をやると、短針は丁度4に重なったところだった。
俺が転た寝していたのは、半時間ほどのことだったらしい。俺が言えた台詞じゃねえが、

「一時間も早くに来てどうするつもりだったんだ?」
「わ、わたしは授業が終わって、することが無かったから来ただけです。他意はありません。
 そういうお兄さんこそ、どうしてわたしよりも早くにここに来ていたんですか?」
「あやせに一刻も早く会いたかったから」
「……ッ。もう!からかわないで下さい!」



162:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11 /30(火) 18:07:41.97 ID:XlwOQ43k0
あやせが手を振りかぶる。
お、叩かれる?二日連続でビンタきちゃう?
しかしいつまでたっても俺の両頬は無事で、薄く目を開けてみれば、しゅんと項垂れたあやせがいた。

「怒ってないんですか……昨日のこと……?」
「怒ってねえよ。昨日は、俺が悪かった。
 つい桐乃の奴にするみたいに、熱くなっちまってさ。
 ビンタのことは気にすんな。腫れも一日で引いたしよ?」

あやせはまじまじと俺の頬に視線を集め、胸の前で組み合わせていた手を、そっと伸ばしてくる。
恐らく無意識の行動に、邪な期待をしたのがいけなかった。
この年頃の女の子は、異性の心象を読むのが本当に上手いんだよな。

「わ、わたしったら何を……」

くそっ、あやせに撫で撫でしてもらう貴重なチャンスが!

「ま、座れよ」

ベンチの右脇に移動すると、
あやせは頬を赤く染めつつ隣に腰を下ろし体を密着させてきた――というのはもちろん俺の妄想で、
左端に座り防護壁を張るかのように鞄をベンチの中央に置いた。



166:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11 /30(火) 18:36:39.40 ID:XlwOQ43k0
あやせは絞り出すような声で言った。

「昨日は、せっかくお兄さんに相談に乗ってもらったのに、あんな風に追い返してしまって、すみませんでした。
 わたし……、モデルをやめることにしました」
「そっか、ついに決心したんだな……って、ええええええぇ!?
 マジで?そんなにあっさり決めちゃっていいの!?」

思わず身を乗り出した俺に、あやせはびくっと体を竦ませて、

「な、なんでそんなに驚くんですか?
 お兄さんが言ったんじゃないですか……したいことばかりして、したくないことはしない、そんな理屈は通らないって」

ああ、言ったよ。確かにそうは言ったけどさあ……。
あれはあやせを鼓舞するために、勢いで言っちまったようなもんで……。

「つーか、モデルやめろ云々は前々からお袋さんに言われてたんだよな?
 なんで俺の一言で決心がついたんだ?や、やっぱあやせにとって俺の存在は――」
「変な誤解はしないで下さい。お兄さんが考えているようなことは『一切』ありませんので」

場数を重ねる事に言葉のキレが増しているような気がするのは俺だけか?

「昨日あんなこと言った手前、こんなこと言うのもなんだけど、
 あやせはモデルをやめちまうことについて、きちんと納得できたのかよ?
 言ってたよな、桐乃と一緒にモデル活動できなくなるのが辛いって」

押し黙るあやせ。
納得できてねえに決まってるよな。
一晩考えて諦められるようなら、あやせのお袋さんも苦労しねえわ。



167:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11 /30(火) 18:50:20.99 ID:XlwOQ43k0
「納得は、できていません。
 でもお兄さんの話を聞いたら、仕方ないなって思ったんです。
 ずるずるモデルを続けても、近いうちにお母さんが事務所に連絡するでしょうし……」
「それならいっそのこと、やめちまおうってか?
 読モ続けながら、いっぺん本気で勉強してみるってのは?」
「わたしは、お兄さんが思っているほど、器用じゃありません」

神妙な顔で、首を横に振るあやせ。
なんだかなあ。

「どうしてお前は自分のことに関して、そんなに諦めがいいんだ?」
「えっ」
「桐乃のことにはあんなに一生懸命になれるのによ。
 あやせはあれか、自分のことはどうでもよくて、他人には尽くすタイプなのか?
 ……いい嫁さんになれそうだな」
「な、何を言ってるんですか?」

俺にも分かんねえよ。



168:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11 /30(火) 19:13:40.65 ID:XlwOQ43k0
あやせは微風に乱される髪を耳にかけながら、

「お母さんを見返してやりたい気持ちはあります。
 でも、どんなに頑張ったところで、わたしは桐乃にはなれない……」

桐乃は天才じゃねえよ。"努力の"天才なんだ。
思わずそう口走りそうになり、冷や汗が出た。
昨日の二の舞になるのだけは避けなくちゃな。

「勉強ができる奴とできない奴の違いってさ、結局のところ、どんだけ効率よく知識を吸収できるかだろ。
 あやせが一人で勉強するのに限界を感じてるなら、誰かの助けを借りたらどうだ?
 勉強ができる奴にくっついて教えてもらうとか、お袋さんに頼んで、
 空いた時間に家庭教師つけてもらうとか……モデルを続けながらでも、効率よく勉強する方法はあるんじゃねえか?」
「学校の仲の良い子はみんな塾に通ってて、学校が終わってから一緒に勉強する時間なんてありませんし、
 桐乃は……桐乃に迷惑はかけたくない」
「迷惑ねえ。あやせが困っていると知れば、桐乃は喜んで協力すると思うがな」
「それが嫌なんです。桐乃は優しいから……。
 必要以上にわたしに構って、桐乃の勉強が疎かになるなんて……わたし……」

はぁ、そうですか。美しい友情ですね。



169:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11 /30(火) 19:30:03.31 ID:XlwOQ43k0
「じゃあ、家庭教師は?」

これが一番現実的な解決案だと思う。

「家庭教師を雇えば、やっぱりモデルはやめることになると思います。
 あの人……お母さんは……中途半端なことを許さない性格なんです」
「じゃあ……あやせのお袋さんの知らない奴に、勉強を教えてもらうってのはどうだ?」

あやせはチラと俺を一瞥し、

「誰に頼めばいいんですか、そんなこと」

いやそこは自分で考えろよ!
と内心ツッコミつつも、脳内プロファイルに検索かける俺。
あやせの同級生じゃなくて、高校入試の経験者で、
それなりにあやせと親しい奴ねえ……お!いいのみっけ。

「真奈美はどうだ?お前らここんとこ、俺の知らねえところで仲いいみたいだし」
「だっ、ダメです!」

あっさり駄目出しされた。なんで?
相性的にもあいつの学力的にも、かなりいいチョイスだと思ったんだけどなあ。

「真奈美さんも今年、大学受験じゃないですか。
 わたし、桐乃と同じくらいに、真奈美さんにも心配をかけたくないんです」



174:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11 /30(火) 19:50:05.74 ID:XlwOQ43k0
「そっか。よく考えりゃ、そうだよな」

今なら、なぜあやせが他ならぬ俺に相談を持ちかけてきたのか、という疑問に答えを出せる気がする。
きっとあやせは、思い切り心配をかけようが、迷惑をかけようが、気負わずにすむ話し相手を求めていたのだ。
一年と半年前、エロゲを俺に見つけられた桐乃が、真夜中に人生相談を持ちかけてきたように。
ちょっと悲しいが、それが真実だろう。
これまでのらりくらりと俺の提案を避けてきたのも、
顧みれば、俺からこの言葉を引き出すための誘導だったように思えてくる。

「なあ、あやせ。こんなのはどうだ」

でもさ、たとい俺があやせに都合の良い男扱いされていたとして、それはそれでいいんだよ。
あやせが困っているのは事実だ。
ここで全身全霊を擲ってあやせを助けなきゃ、到底あやせの未来の夫は名乗れねえ。
俺は言った。

「俺がお前の家庭教師になってやるよ」



177:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11 /30(火) 20:15:08.46 ID:XlwOQ43k0
それから二十分後、俺とあやせは、綺麗に調えられた庭つきの一軒家の前に立っていた。
ここが俺たちの愛の巣だと言えればそれ以上に幸せなことはないが、現実はもちろんそうじゃない。

「ここに来るのも三度目か……」

これだけあやせに露骨に嫌われている俺が、
三度もあやせ家の框を踏むことを許されたと思うと、ちょっと感慨深いものがある。

「少し待っていて下さい。お母さんに説明してきますので」

そう言い残し、あやせは家の中に消えた。
『今日家に呼んだのは桐乃のお兄さんで、彼氏とかそんなんじゃないんだからねっ』と釘を刺しているあやせを想像する。
ねえな。110番通報しようとする母親をあやせが止める図ならまだあり得そうだが。



181:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11 /30(火) 20:35:23.80 ID:XlwOQ43k0
やがて玄関から手招きしてきたあやせに従い、家の中に入る。
いつ来ても思うが、あやせの家は本当に静かだ。生活音が全くない。

「あやせのお袋さんは?出かけてるのか?」
「執務室で仕事中です」

言ってあやせは、とんとんと階段を上っていく。
時間をかけて最初の一歩を踏み出し、そろそろと視線を上げると、光彩の失せた瞳に突き当たった。

「いやぁー最近膝が痛くてさあ――」
「早く上ってきて下さい」
「はい」

あやせの部屋に入ると、後から入ってきたあやせは、後ろ手でドアを閉めた。
明らかに俺に背中を見せまいとしてるよな。
んな警戒しなくても、いきなり後ろから襲いかかったりはしねえっての。
高坂京介は紳士なのさ……。

「お兄さん、両手を前に出して下さい」

はい、恒例行事きました。目の前には天使の笑顔。
でもな、もういい加減分かってるぜ?
三度も同じ罠に引っかかってたまるか。
俺は――

1、拒絶した
2、両腕を差し出した
>>184



183:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11 /30(火) 20:36:57.01 ID:Lzj39qfi0
いつまでも言いなりになると思うなよ?


2で




184:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11 /30(火) 20:37:02.16 ID:8vMy0KLh0
2



189:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11 /30(火) 20:40:48.09 ID:f1Z6MiVR0
俺こんなに心が一つなお前ら見たことないよ・・・



192:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11 /30(火) 21:01:44.79 ID:hC2TO2ji0
訓練されたアヤセ派の統率力はすごいなwww



193:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11 /30(火) 21:03:11.47 ID:XlwOQ43k0
俺は両腕を差し出した。
ガチャン、ガチャン。
間髪いれず、小気味よい金属音が鳴る。
ハハッ、てめえら、しかと目に焼き付けろ。
これが天使の魅力に取り憑かれた男の末路だ……。

「お兄さんも好きですね」
「人聞きの悪いことを言うな。
 俺はあやせの手錠プレイに付き合ってやってるだけだ」
「自分が変態なのを、わたしのせいにするんですか?け、穢らわしい!」

それなら変態扱いしてる相手を最初から自分の部屋に上げるなよ、と言いたい。

「それよりも、何かに気がつきませんか?」

俺はざっと辺りを見渡す。
淡いブルーで統一された調度の位置に、主立った変更はない。
ぬいぐるみの数をざっと数えてみるが、前と同じだ。
ん……分かった、分かったぞ!
部屋の匂いだ!
以前は石鹸の香りが仄かに漂っているだけだったが、今日はフローラルな香りがする!
お香でも焚いたのか?

「ち、違います。わたしにそんな趣味はありません!」

改めて、くんくんと匂いを嗅いでみる。
憶測は確信に変わった。どんなに否定しても、俺の嗅覚は誤魔化せないぜ?
警察犬よろしく匂いの元を辿っていくと、額をびしりと叩かれた。

「お兄さんが勘違いしたのは、わたしの香水の匂いですっ。あとそれ以上近寄ったら叫びますよ」



196:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11 /30(火) 21:25:43.90 ID:XlwOQ43k0
なんだ、香水か。
今時の女子中学生は、学校に行くだけでも体に香水吹っ掛けるのが当たり前なんだよな。
桐乃は四六時中香水の匂いぷんぷんさせてるから、これまで特に意識したことは無かったが。

「で?」
「……?」
「俺に気づいてもらいたかったことって、何だよ?」
「本当に鈍いんですね、お兄さんは」

え、なんなのこの反応。
もしや、もしかして、もしかすると……マジで香水に気づいて欲しかったわけ?
なんだよ、お兄さん照れちゃうなー。同時にちょっと罪悪感。
あやせの積極的な好意の表現に、もっと早く気づいてあげられなくてごめんな?

「鎖の長さです」

は?

「だから、鎖の長さですってば」

腕を横に広げてみて、合点がいった。
俺の両手首に取り付けられた鉄の輪、それらを繋ぐ鉄の鎖が、以前よりも若干長くなっている。



200:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11 /30(火) 21:39:02.94 ID:kbAD30ac0
鎖の長さでデレ具合が分かる訳か……



204:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11 /30(火) 21:46:37.96 ID:XlwOQ43k0
あやせは精緻な顔に大輪の花を咲かせて、

「ふふっ、調節したんです。
 結構大変だったんですよ?
 自分の手に試作品をはめて、可動域を計算したりして……」

その情熱には怖れ入るが、何のために鎖の長さを変えたんだ?

「お兄さんに最小限の自由を与えつつ、
 もしもお兄さんが性欲に任せて変態行為に及んだ時は、
 可及的速やかにブチ殺せるように決まってるじゃないですか♪」

相変わらず表情と言動が一致してねえ。
つかお前さあ、完全拘束用、半拘束用みたいに用途別に手錠揃えてんの?

「人聞きの悪いことを言わないでください。
 わたしが普通の人に手錠を使ったりなんかしません。
 これはお兄さん専用です」

余計たち悪いわ!

「と、とにかく。
 それだけの余裕があれば、わたしに勉強を教えたり、
 お兄さんが自分の勉強をする分には問題ありませんよね?」

これだけ動ければ、手錠の本来の意味は失われたも同然だがな。
ま、形が大事なんだろう。俺に手錠をかけて、自由を封じているという形が。



206:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11 /30(火) 21:53:08.92 ID:wa5/aCquP
自分が勉強教えて貰う癖になんだこの態度は
京介だって受験生だってのに
これじゃまるっきり桐乃じゃねぇか




207:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11 /30(火) 21:55:14.31 ID:jcoanZRZ0
>>206
可愛いは正義
つまりそういうことだ




212:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11 /30(火) 22:01:58.18 ID:Lzj39qfi0
>>206
なぜあやせがそういう態度を取っているのかを妄想することすら出来ないのか?
書かれたことを額面通りに読むだけならあまり向いてないのかもしれないね




217:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11 /30(火) 22:11:42.46 ID:xRt9PONzO
もうやだここの親衛隊
俺じゃ太刀打ちできない




219:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11 /30(火) 22:21:22.62 ID:XlwOQ43k0
「問題ねえよ。
 さて、と。そろそろ勉強始めねえか?」
「はい」

あやせが鞄の中身を取り出し、本棚を漁るのを、ぼうっと眺める。
壁時計のギミックが作動し、
文字盤の裏から現れた木彫りの小鳥が、可愛らしいメロディーと共に五時を告げた。
最初の予定では、この時間に俺はあやせは公園で会うことになっていたんだよな。

『俺が家庭教師になってやるよ』と俺が言うや否や、あやせは露骨に嫌そうな顔をした。
しかし!その反応は予想済みだった。
以後十数分にわたる俺の力説は、後世に語り継がれる名演説だったと言えよう。
その甲斐あって、俺はマイラブリーエンジェルに勉強を教えてあげられる権利を得ることができた。
公園からあやせの家までの会話で決まったことは、以下の通りだ。
家庭教師は、あやせの次の定期試験が終わるまで。
本職じゃない俺にできるのは、精々あやせが躓いた演習問題の解説ぐらい。
あやせが順調に問題を解いて暇な時間は、自分の受験勉強をする。
モデル活動はとりあえず継続して、家庭教師の時間は、あやせの都合に合わせる……etc。

「これが教科書と、参考書全部です」

ふと目線を水平に戻すと、面前に壁ができていた。
というのは流石に大袈裟な表現だが……なんだこの量!?
どう見ても異常だろ!?
いつから俺の母校は詰め込み教育上等の英才養成学校になったんだ!?



247:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/11 /30(火) 23:43:53.74 ID:XlwOQ43k0
「ほとんどが参考書です。
 お母さんがことある事に買ってくるので……こんなに増えちゃったんです」

さすがあやせママ。
参考書代もノート代も小遣いで賄わさせる俺のお袋とは格が違った。
でもお袋、桐乃に雑誌頼まれたときは、買い物ついでに買ってきてやるんだよな。
そんでもって、桐乃が代金を徴収されているところを、俺はついぞ見たことがない。
っと、話が脱線しちまった。

「教科書は?」
「こっちです」

俺は一先ず参考書の類を脇にどけ、
学校指定の教科書と問題集を、机の上に教科別に平積みすることにした。
現国、化学、政経……じゃなくて……国語、理科、社会……ね。

「なにニヤニヤしてるんですか?」
「なんでもねえよ。……こんなもんか。
 単刀直入に聞くが、この中であやせが苦手な教科はなんだ?」
「数学と、理科です」
「強いてどちらかを選ぶとしたら?」
「どっちも同じくらい大嫌いです。甲乙つけられません」
「そうかい。じゃ、得意な教科は?」
「国語と、英語でしょうか……この二つは、
 授業を聞いているだけで、すっと頭の中に先生の言っていることが入ってくるんです」
「……典型的な文系だな」



259:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /01(水) 00:17:19.97 ID:813ieGag0
あやせはコクリと頷き、前回の定期試験の点数を口にする。
文系教科と理数系教科の点数には、確かに大きな隔たりがあった。

「理科と数学が問題だな。
 でも逆に言えば、この二つをどうにかすりゃ、あやせの成績はぐっと良くなるってことだ」
「簡単に言ってくれますね」

あれ、なんで励ましたつもりなのに俺睨まれてるの?
あやせは目を伏せ、沈んだ声で言った。

「わたしだって苦手意識を無くそうと、色々努力はしたんです。
 でも、一度嫌いになったものを、もう一度好きになるのって、難しいじゃないですか」

苦手教科の克服を一般論に拡大されても困る。俺は反感を覚悟で言った。

「そりゃ方法に問題があったんじゃねえの?」
「………わ、わたしの勉強方法が馬鹿で愚かで間抜けだったと……そう言いたいわけですね!?」
「いやそこまで言ってねえよ!?」

それに実際そうだったから今あやせさんが困ってらっしゃるわけですよね!?
とにかく、これでどこに重点おけばいいのかはっきりした。
国語や英語、実技教科等はあやせの独学に任せるとして、俺が監督すべきは理科と数学。
決まりだな。そうと決まればお次は、

「試験日程と、大まかな範囲を教えてくれ……」
「えっと、次の試験は、今日からちょうど一ヶ月後で……」

闇雲に勉強しても仕方ない。
真の高得点は、緻密な勉強計画と確かな勉強量の二つがあって、初めて実現できるのだ。
それから日が暮れるまで、俺とあやせは今後の勉強方法について話しあった。



262:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /01(水) 00:45:29.46 ID:813ieGag0
家に帰ると、若干七時を回っていた。
流石に徒歩で往復するのはキツイな。
これからは高校から直であやせの家に行かず、
いったん家に帰ってから、自転車で通うのがベターだろう。
リビングに通じるドアからは、温かい光が漏れていた。

「遅いぞ、京介。
 遅れるなら、きちんと連絡を入れろ」
「すんません。忘れてました」

親父殿に頭を下げて、自分の席に座る。
この家では夕方の六時半までに在宅が認められていない、もしくは連絡を入れていなければ、
外食で済ませてくると見なされ、そいつの分のおかずは用意されない仕組みになっている。
つまり夕食に遅れることを伝え忘れ、ノコノコ帰ってきたときは、色彩に欠けた侘びしい食事を余儀なくされるのだが……。
なぜか俺の席には、ほかほかのご飯と味噌汁、その他おかず各種が用意されていた。
おかしくね?いや、みんな平然と飯食ってるけどさ。

「京介、後で桐乃にお礼言いなさいよー?」

ふいにお袋が言った。

「へ?なんで?」
「ちょっと、おひゃあひゃん!?」口にご飯を詰め込んだまま喋る桐乃と、
「桐乃、ものを喋るときは、口の中を空にしてからにしろ」それを窘める親父。
「あたしは京介が外で済ませてくると思って、京介の分は用意するつもりなかったんだけどねえ、
 桐乃があんたが外食するなんてあり得ないって、うるさくて。
 それもそうだと思って、京介の分も作ることにしたのよ」

結果的にその予想は大当たりで、俺は温かい夕食にありつけるから満足だけどよ……。
ちょっとくらい俺の社交性に賭けてくれてもよくね?



263:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /01(水) 00:58:04.99 ID:WYuNEQtnO
桐乃腹パンしたい



264:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /01(水) 00:59:06.30 ID:C7jmBkiV0
可哀相だろ
俺の腹で我慢してくれ




265:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /01(水) 01:00:06.06 ID:813ieGag0
俺は複雑な心境で箸と茶碗を取り――おっと、その前に。

「ありがとな、桐乃」
「別に。材料が余るのが嫌だっただけだし」
「これ、桐乃が作ったのか?」
「お、お母さんが作るのを手伝っただけ!
 今日は学校が終わるのが早かったから」

そーいやあやせも似たようなこと言ってたっけな。
つか、お袋の料理手伝ったって、実質お前が作ったようなもんじゃん?
どれどれ。俺は箸をおかずのひとつ――サーモンハラスの和風カルパッチョ風――に伸ばし、賞味する。

「うめえ!」
「馬鹿じゃん?
 あたしが作ったんだよ?んなの当たり前でしょ」

チッ。素直じゃねえなあ。
珍しく誉めてやってんだから素直に『ありがとう』とか『嬉しい』とか言えや。



272:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /01(水) 01:21:14.72 ID:813ieGag0
桐乃は顔を隠すように椀を傾け、ご飯をかきこむと、

「ごちそうさま」

さっさとリビングを出て行った。
ったく。兄貴の立場として、こういうときはなんて言うのが正解なんだろうな?
飯を用意してくれたことに感謝して、料理を食べて、その味を誉めた。
この一連の流れのどこに、桐乃の奴を不機嫌にさせる要因があったんだよ。
もっと語彙を捻った誉め言葉だったらよかったのか?


飯を食い終わり、早めの風呂に入った俺は、
桐乃が風呂から上がったタイミングを見計らって、桐乃の部屋のドアを叩いた。

「いるか?」
「…………」

予兆のない静寂を破り破竹の勢いで開け放たれるドアにはもう慣れたもので、

「何?……シスカリやりにきたの?」
「ちげーよ。つーか俺がここにいるの分かってんのにドアに力こめんなって」
「あんたがそっちから押してくるからでしょ!?」
「お前がいつも俺にぶつける気で開けてくるから警戒してんだよ!」
「……入って」

桐乃の部屋に入ると、改めてあやせの部屋との違いを痛感させられる。

「何の用?」
「桐乃が使ってる数学と理科の教科書を貸してくれないか。
 一時間かそこらで返すからさ……、いいだろ?」



274:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /01(水) 01:35:17.16 ID:813ieGag0
「なんで?」
「なんでって……なんだっていいだろ、別に」
「やだ。あんたに貸したら、何されるかわかんないもん。
 だってあんた……重度のシスコンだし?」

妹の教科書借りて変態行為に及べたらそいつは相当の上級者だよ!
ちなみに俺はシスコンじゃねえ!
色々と都合がいいからそういうことにしてるだけだ!

「俺が教科書を借りたいのは……その……受験勉強に必要だからだよ」
「自分の教科書見れば?
 中学生の教科書見てもしょうがないじゃん。
 言ってることの意味わかんないですケド」
「基本的な公理が思い出せなくて、しかもそいつが教科書に載ってなくて困ってんの」

己の舌先三寸に感動したね。
桐乃を騙すことに罪悪感がないでもないが、これもあやせのためだ。

「で、貸してくれるのか?貸してくれないのか?」
「公理忘れるとか、健忘症?
 ……いいよ。貸してあげる。ちょっとそこに座って待ってて」

桐乃が指さしたのは床でも座布団でもクッションでもない、ベッドの上だった。
一年と半年前に比べりゃ、随分な好待遇だよな。



363:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /01(水) 17:34:07.01 ID:rBzUBbFg0
何気なく机の上に目をやると、案の定、桐乃はアブノーマルな趣味に没頭していたようで、
ノートPCの画面には可愛い妹たちのCG画像が表示されている。

「飽きねーな、お前も」
「なんか言った?」
「いんや」
「あーもー……どこやったかなー……」

教科書探しは難航しているようだ。
手持ち無沙汰になった俺は、もう一度PCの画面を見て、ふたつのことに気がついた。
ひとつ。俺はこの妹ゲーを、かなり前に桐乃に渡され、コンプリートさせられている。
『絶対泣けるから!』という桐乃の太鼓判の通り、一週目のエンディング、
妹との別れのシーンでは、不覚にも涙したことを覚えている。
そしてもうひとつ、このゲームでは主人公の名前を自由に設定できるので、
俺がプレイしていたときは、まあ一応、没入感を味わうために、
ゲームの中の妹たちには『京介お兄ちゃん!』と呼ばせていたのだが……、
今現在、目の前に表示されているテキストに「いっしょにあそぼ!京介お兄ちゃん!」という文字が躍っているのはどういう理屈だ?

「ふー、あったあった!
 あたしくらいのレベルになるとぉ、
 教科書よりも参考書重視だからー、ついどこに直したか忘れちゃうんだよねー」

嬉々とした表情で「はいっ!」と教科書二冊を差し出してきた桐乃は、
俺の目線の先と、俺の表情を交互に見遣り、

「………ッ」

バンッ、と勢いよくノートPCの天板を閉じる。
おいおい、もっと優しく閉めてやれよ。壊れるぞ。



371:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /01(水) 18:03:24.92 ID:rBzUBbFg0
「……見た?」
「ああ、見たよ。
 お前にしては珍しく古いゲームやってると思ったら、なんで俺のセーブデータで遊んでんだ?」
「そ、それは……急にこのゲームのエンディングが見たくなったから!
 いちいち最初からセーブデータ作るのめんどいし、仕方なくあんたのデータ使っただけ!
 別にいいでしょ?それとも、あたしにセーブデータ使われたら、何か問題あるわけ?」

大ありじゃボケ!
ログ遡ったら、俺が二次元の妹たちとどんな風に愛を育んで来たかお前に丸わかりじゃねえか!
ある日突然『あの子にあんなことして喜んでたんだ~?』なんて言われたら羞恥で悶死するわ!

「とにかく、俺のデータを使うのは禁止な。
 つうかお前さ、俺にゲーム貸す前に、セーブデータのバックアップ取ってあるって言ってたよな?
 それ使えよ」
「だから、いちいちセーブデータ移動させるのめんどくさいって言ってんじゃん!」
「恥ずかしいんだよ。お前だって自分のセーブデータでログ見られたら嫌だろうが!」
「……うっさい!これ以上グチグチ言うんなら、教科書貸さないから!」

桐乃は教科書を抱きしめる。
こうなると俺は折れるしかない。兄貴の威厳もへったくれもねえな。

自室のベッドに寝っ転がりたい誘惑に抗い、文机に着く。
一悶着あったものの、なんとか桐乃から教科書を借りることができた。
いざ開いてみると、大きなフォント、分かりやすい文章、まさに中学生向けといった内容に、頬が緩む。
家庭教師をしたことのあるやつなら分かるだろうが、
後になって振り返る中学生レベルの問題は、欠伸が出るほど簡単だ。



374:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /01(水) 18:39:01.11 ID:rBzUBbFg0
「相似に……二次方程式ね……懐かしいな」

あやせに教えてもらった試験範囲と教科書を照らし合わせ、
これから一ヶ月で最も効率よく、あやせの頭に数学と理科の知識をインプットする計画を立てる。
さすがに一週間でこれだけ進むとあやせたん困っちゃうかな?
いやでも俺が手取り足取り教えてあげれば、あやせたんなら……。
ノッてくると楽しいもので、教科書と睨めっこするのが全然苦にならない。
こうして夜は更けていった。



383:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /01(水) 19:28:08.86 ID:rBzUBbFg0
さてやって参りました家庭教師二日目。
前回の教訓を生かし自転車であやせ家を訪問した俺は、
例によって森閑な廊下を歩いて階段を上り、
あやせのお部屋に足を踏み入れたところで罪人の証を装着した。

「じゃ、まずは数学の教科書の、72ページを開いてくれるか」
「はい」

お互い恒例行事にコメントせずに、勉強モードに入る。
そう、これが俺とあやせの当たり前の日常――って冷静に考えたら嫌だよそんな日常認めたくねえ。

「どうしたんですか?」
「なんでもねえよ。開けたか?
 したらさ、そこに公式が載ってるだろ?
 その公式見ながら、次のページの練習問題を解いていってくれ。
 わかんなとこがあったら、すぐに言ってくれればいいから」
「……はい」

殊勝な態度で頷き、ペンを片手に問題に取りかかるあやせ。
その対面で、俺は大学入試の対策本を広げ、自分に課したノルマに着手する。
それから10分経ち、20分経ち……。
時折視線を転じて様子を伺っていた俺の思いやりも虚しく、あやせは黙々と問題を解き続けていた。
なんだ。意外と自分一人の力で、勉強できてるじゃんか。
そんな感想を抱いたのも束の間、ちら、とこちらを盗み見たあやせと目が合う。

「どうだ、順調か?いまんところ、何問解けた?」
「……問題の2番が難しいです」

ははーん、2番ね。確かに昨日見た感じじゃ、章末問題の大問2は捻りがきいてたっけな。
あやせが詰まるんじゃないかと思って、予め解説まで考えておいたポイントだ。



385:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/12 /01(水) 19:48:11.04 ID:rBzUBbFg0
「ああ、そこはな……あれ、あやせ、ページ間違ってねえか?」

あやせはきょとんとした顔で言った。

「えっ、このページで合ってますよ?
 わたしが分からなかったのは、この、練習問題3のかっこ2なんですけど……」

ああ、そっちの2ね。
オーケー、謝るよ。初っぱなからあやせを放置した俺が悪かったよ。
でもさあ、お兄さんさあ、もう少し早くSOSのサイン出して欲しかったなあ。

「あともう少しで閃きそうだったんです。
 ほら、数学はインスピレーションが大事って言うじゃないですか?」

それは大学数学の証明とかでの話だよ!
中学数学なんて公式の応用で式作って値放り込むだけじゃねえか!……とは言わない。
俺も中学生の時分は、数学が大の苦手だったんだよな。
そっから麻奈美につきっきりで教えてもらって、なんとか今の高校に入れたんだ、あやせのことは笑えねえよ。
俺は言った。

「なあ、体近づけてもいいか?……睨むなよ、教科書を見ながら教えるためだ。
 対面からじゃ、色々とやりにくいだろ」
「そ、そういうことなら……」




次→京介「あやせ、結婚しよう」 あやせ「ほ、本当ですかお兄さん!?」【後編】



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コメント一覧
3757. 名前 :  ◆- 投稿日 : 2011/02/22(火) 01:01 ▼このコメントに返信する
サリンジャーみたいな文体だな。
5591. 名前 : 名無しさん@ニュース2ちゃん◆- 投稿日 : 2011/04/05(火) 08:17 ▼このコメントに返信する
麻奈実の字を間違うとは…
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