( ^ω^)百鬼夜行のようです【第四話 百縦千随 麗しきは女郎蜘蛛。 前編】

2010-08-26 (木) 03:23  ( ^ω^)(´・ω・`)('A`)   0コメント  
前→( ^ω^)百鬼夜行のようです【第三話 百折千磨その身に背負い。 後編】
まとめ→( ^ω^)百鬼夜行のようです【まとめ】

4 : ◆XCE/Wako2nqi :2010/03 /07(日) 21:03:51.01 ID:Uvdygrr6O


 しんなり垂れるは蜘蛛の糸。
 それを細くすらりとした白い指先へくるくると、絡み付けては引きちぎる。

 指先できらきらと輝くそれへ口付ける厚めの唇。
 赤い舌を覗かせて、ぬらり唾液で糸を濡らす。

 女ははだけた着物を直す事もせず、薄暗く散らかった部屋で、怠惰に座っていた。


 大きく開かれた襟から、こぼれ出んばかりの豊満な乳房。
 少しばかり肉付きの良い太股が、裾から四本伸びていた。

 濃紫の髪を結う事もせず背中へと垂らして、肘置きに体を任せてしなだれる。


 「ざわざわ、吼える、吼える、わっちの愛しや旦那様」


 唇を開いて唄う様に、誰に聞かせるでもない言葉を吐き出す。

 開かれた口からは、こっそり牙が二本ちらり。


 「愛しや、愛しや、旦那様、わっちの躯を、抱いて下しゃんせ」





5 : ◆XCE/Wako2nqi :2010/03 /07(日) 21:05:29.76 ID:Uvdygrr6O


 「嗚呼、わっちのこの身は旦那様に抱かれる為にありんす

  どうか其の大きなてのひらで、わっちの頭を撫でて下しゃんせ
  どうか其のひろうい胸に、わっちをしなだれかからせて下しゃんせ
  どうか其のかたいくちびるで、噛み付く様なくちづけを下しゃんせ
  どうか其の御身のすべてで、わっちを噛み砕く様に愛して下しゃんせ

  嗚呼、嗚呼、どうかどうか、愛しい愛しや旦那様
  わっちを旦那様の愛で、しめころして下しゃんせ、旦那様」


 唾液で濡らした指先が唇から離れると、毒の色をした糸が引く。

 てらりときらめく指先に、二度口付け、女はしんなり美しく微笑んだ。
 細い目を更に細くし、長い睫毛をはさはさと。


 朽ちた屋敷には、女一人が存在する。
 女の聲を聞く者は、だれひとりとして居りはせず。

 孤独と愛をお手玉ぽんぽん、一人ことばを繰り返す。



 さみしいの、さみしいの、はやく、おかえりくだしゃんせ、だんなさま。




8 : ◆XCE/Wako2nqi :2010/03 /07(日) 21:10:19.50 ID:Uvdygrr6O


 其れは異形と云うに相応しき姿。

 四本腕に四本あんよ、内の一本ずつには無惨にちぎれた痛ましき傷痕。
 長い角に溢れる牙、美しきかんばせを飾る二対の目玉はひとつ潰れた跡。

 女の上半身、麗しき女の肉体。
 されど其の下はおぞましき蜘蛛の胸腹。

 黒と紫だんだら模様。
 まんまる蜘蛛腹、黒い胸。


 おぞましきはかたわもの、おぞましきは異形なる蜘蛛女。

 されどされど、其の身の内には溢れんばかりの慈愛が詰まっている。



     ( ^ω^)百鬼夜行のようです。

      【第四話 百縦千随 麗しきは女郎蜘蛛。 前編】



 彼女こそが、皆が尊ぶ町の母。
 彼女こそが、皆を愛する毒婦の君。




9 : ◆XCE/Wako2nqi :2010/03 /07(日) 21:12:06.26 ID:Uvdygrr6O


 火鉢傍らに座布団枕、一人の男が気持ち良さそうにすやりすやりと寝息を立てる。
 焦茶の羽織を掛け布団代わりにし、子供の様に横を向き、縮こまって眠る男。

 その胸に収まる様にふわふわと、一匹の管狐がとぐろを巻いていた。


( -ω-)「おー……おー……」

(´-ω-`)「むきゅー……むきゅー……」


 似たような顔ですやすや。
 一人と一匹は、穏やかな昼寝の時を貪っていた。

 そんな中、蜘蛛が一匹、天井から糸と共に音も無く降りてくる。



 黒と紫の毒々しい、雌の蜘蛛。
 色こそ違うが、その姿は女郎蜘蛛によく似ており。


 坊っちゃんの顔の少し上で、ぴたり止まった。




11 : ◆XCE/Wako2nqi :2010/03 /07(日) 21:15:19.68 ID:Uvdygrr6O

( -ω-)「お……お」

( -ω-)

( -ω-)゙モチャモチャ

( -ω-)

( -ω-)「おー……どくおー……それは食えんおー……」

( -ω-)

( -ω-)「まそっぷ……」


 何かを食う夢を見ているらしく、涎を垂らしては、口は咀嚼の動きを見せる。

 まるで子供か動物だ。
 蜘蛛がそう思ったかは知らぬが、微笑ましそうに左右に揺れた。

 ふと見れば、飼い主の動きに合わせて、管狐も何かを食べる動きをしている。

 よく似たものだと、蜘蛛はもうひとつ揺れた。




13 : ◆XCE/Wako2nqi :2010/03 /07(日) 21:17:18.96 ID:Uvdygrr6O

 蜘蛛がするりと、坊っちゃんの頬へと降りた。
 八本足でわしゃり、白い坊っちゃんの頬を優しく撫でる。

 それはまるで母の様に、優しさに満ちた撫で方で。


 『あのこがほしい』


 不意に、何処からか細い声が流れ出した。

 それは、ゆったりとした、歌で。


 『あのこもほしい』

 『そのこもほしい』

 『どのこもほしい』

 『みいんなみんな』

 『わっちのおうでで』

 『だいてあげるよ』




15 : ◆XCE/Wako2nqi :2010/03 /07(日) 21:19:32.61 ID:Uvdygrr6O

 鬼に喰われてしまう前に、わっちのお腕をお求めやんせ。
 わっちの胸へ抱いてあげるよ、鬼に連れられ喰われる前に。

 わっちのお子におなりやんせ。
 わっちのお子をお探しやんせ。

 あのこがほしい、あのこもほしい。
 みいんなみんな、わっちのお子よ。

 そのこもほしい、どのこもほしい。
 みいんなみんな、わっちが愛すよ。



( -ω-)

( -ω-)゙

( -ω-)

( -ω-)「おっか……さん……?」

( ⊃ω-)「お……」

( ⊃ω∩)「おっか…………さん……」




16 : ◆XCE/Wako2nqi :2010/03 /07(日) 21:20:54.97 ID:Uvdygrr6O

 不意にぽたぽたこぼれ出したしょっぱい水に、坊っちゃんは夢うつつのまま顔を覆う。

 胸で丸まる管狐を抱き締めて、ひくひくまるで子供のように。
 あふれる涙が止まらない。

 譫言の様に繰り返されるのは母を呼ぶ声。
 眠りながらもしゃくりあげ、身を固くして泣きじゃくる。


 何が其処まで坊っちゃんを泣かせるか。
 それを知るはほんの一握り。

 ただただ蜘蛛は優しく、坊っちゃんの頬を撫でていた。


( ⊃ω∩)「おっかさん……」

( ⊃ω∩)「…………おっか、さん」

( ⊃ω∩)「………………」



  「捨てないで、くれお……」




17 : ◆XCE/Wako2nqi :2010/03 /07(日) 21:22:39.78 ID:Uvdygrr6O

 暫くの間、ぐしゅぐしゅと泣きじゃくっていた坊っちゃんは、
 頬からそっと蜘蛛が離れ、ようやっと瞼をぼんやり持ち上げた。

 半目開いてぽやんとした顔をし、先刻まで蜘蛛が乗っていた頬に手をやる。

 そして、手についた涙で、己が泣いていた事を知る。


( ⊃ω-)「……僕、は…………泣いて、……?」


 片手で管狐を抱いたまま、体を持ち上げ、ぐし、と目元を擦る。
 寝起きと涙でぼやけた視界に、軽く頭を振った。


( ⊃ω-)「……うっかり、寝入ってたお……今は…………昼過ぎ、かお……?」


 風邪を引いてしまう、と布団にしていた羽織を引っ掛けて、腕の中の暖かさに目を落とす。
 ふわふわの毛並みに上下する身体、暖かさは、いきている証。

 襟巻きの様なそれをぎゅうと抱き締め、やわらかな毛並みに頬擦りをした。

 あたたかい。

 ぬくもりに細い目を更に細くし、少しばかり落ち着いた表情を見せる。
 あたたかさが、しあわせ。




18 : ◆XCE/Wako2nqi :2010/03 /07(日) 21:24:05.83 ID:Uvdygrr6O

( ^ω^)「…………どくお……?」


 飼い主に頬擦りされて、しあわせそうな寝顔の管狐、しょぼんから顔を上げて
 坊っちゃんは少し目が覚めたのか、辺りに視線を巡らせる。

 しかし呼んだ相手は見付からず、何処と無く、心細そうに首を傾げた。


 のっそりと立ち上がって、縁側へと出る。
 庭の隅に、犬の様に首輪で繋がれた猫が見えた。

 犬小屋の中で、丸くなっている。


( ^ω^)「……ふさ、ふさ、げんきかお」


 庭へと素足で降りた坊っちゃんは、犬小屋に近付き腰を屈める。
 積もった雪により、足が痛む程に冷えるが、気にしていないようだった。


ミ,,-Д゚彡「んあ……んだよ、大福」

( ^ω^)「お……げんきかお、ふさ」

ミ,,゚Д゚彡「んあ……?」




19 : ◆XCE/Wako2nqi :2010/03 /07(日) 21:26:10.92 ID:Uvdygrr6O

 何処か様子がおかしいと云う事に気付いたのか、猫、火車ふさは首を傾げながら小屋から這い出る。
 そして管狐に負けず劣らずふわふわの毛並みで、坊っちゃんの手を撫でた。

 二股の尾で、差し出された坊っちゃんの手をふわり撫でる。
 その尾もあたたかくて、坊っちゃんはほころび笑む。


( ^ω^)「げんき、かお?」

ミ,,゚Д゚彡「……おう、元気だ」

( ^ω^)「そうかお、そうかお……よしよし」

ミ,,゚Д゚彡(……? 何か、幼児返りしてんのか……?)


 ぽふぽふとふさの頭を撫でて、毛並みとあたたかさを確かめる様にやさしく抱き締める。

 体温の高い火車のぬくもりに、坊っちゃん目を細くして、穏やかな顔をした。


 まるでただの猫や犬にするように、やわらかな体を片腕で抱き締め、撫でる。

 人間に化ければ、ただの野郎だと云う事は忘れているのか、
 坊っちゃんの顔は、ひたすらにしあわせそうで。




21 : ◆XCE/Wako2nqi :2010/03 /07(日) 21:29:29.84 ID:Uvdygrr6O
ミ,,゚Д゚彡(…………野郎に抱き締められても、気持ち悪いだけなんだけどな)

( ^ω^)「よしよし、よしよしだお、ふさ」

ミ,,゚Д゚彡(……ここは我慢して、黙ってるのが空気を読む事だよな)


 幼さを覗かせる坊っちゃんの言葉に行動。
 それに気付いているふさは、黙ってされるがまま。

 今にも泣き出しそうな子供をあやすみたいに、二本の尾で坊っちゃんを構う。

 ふと視線を落として、ふさは驚き目を見開いた。

 坊っちゃんは素足で、庭へと降りた。
 雪に負けて真っ赤になった足からは、何かを踏んだのか、血が滲んでいて。


ミ,,゚Д゚彡「……おい、大福、おい」

( ^ω^)「お……?」

ミ,,゚Д゚彡「もう上がれよ、足が真っ赤だ」

( ^ω^)「……お……わかったお……」

ミ,,゚Д゚彡「…………俺は逃げねぇよ、いつでも此処に居らぁ」




24 : ◆XCE/Wako2nqi :2010/03 /07(日) 21:31:19.24 ID:Uvdygrr6O

 こくんと幼く頷いて、坊っちゃんはふさを離し、縁側へと上がった。
 何処と無く寂しそうで、何処と無くしあわせそうな背中には、蜘蛛が一匹。


ミ,,゚Д゚彡(…………んだってんだよ、腹ァ黒いかと思ったらがきみてぇに……)

ミ,,゚Д゚彡(………………)

ミ,,゚Д゚彡(畜生が、いつか、自由になったらぁ)


 ふさはふてた様に小屋へと入り、丸まって瞼を下ろす。

 調子が狂うと云わんばかりに、苛立たしげに尾で雪を叩いた。

 がきには弱いんだと小さく悪態をつき、片目だけを開く。


 まっしろく積もった雪には足跡。

 足跡には、てんてんと赤が滲んでいた。




25 : ◆XCE/Wako2nqi :2010/03 /07(日) 21:34:08.50 ID:Uvdygrr6O

 部屋へと戻った坊っちゃんは、ふらふらと廊下へ出る。
 外よりはましだが、冷たい空気に身を震わせた。

 そして、今度は最初に呼んだ相手を探し、屋敷じゅうをうろうろと。


 その姿はまるで、親を探す寝起きの子供。
 坊っちゃんは、育ての親を探してふらりふらり。


( ゚∋゚)「おや、内藤さん」

( ^ω^)「お……?」

( ゚∋゚)「如何なさいましたか、何かお探しで?」

( ^ω^)「……おー……くっくる……」

( ゚∋゚)(? 様子が少し、おかしい?)

( ^ω^)「お……どくお……」

( ゚∋゚)(ふむ、まるで幼子。寝起きだからと云うだけでは無さそうで)




28 : ◆XCE/Wako2nqi :2010/03 /07(日) 21:35:47.07 ID:Uvdygrr6O

 次に見付けたのは、使われていない客間の掃除をするくっくるで。
 その姿は雄々しい大男のそれではなく、黒く細い鳥の姿。

 不思議そうに細長い首をくにゃりと曲げて、
 自分の前で屈んだ坊っちゃんの頭を撫でようと、右の翼を広げて伸ばす。

 しかし翼の長さが足りず、肩をはたくくらいしか出来なくて。


( ^ω^)「くっくるは、げんきかお」

( ゚∋゚)「? はい、それはもう三食おやつ昼寝付きです故」

( ^ω^)「お……」

( ゚∋゚)「…………内藤さんは、お元気ですか?」

( ^ω^)「お……? わからん、お……」

( ゚∋゚)「ふむ」

( ゚∋゚)(どうやら、少々幼児返りをしている様子。ならばお子様へ接する様に行動すべきか)

( ゚∋゚)(くっくるの初めて☆パパ体験)




29 : ◆XCE/Wako2nqi :2010/03 /07(日) 21:38:19.54 ID:Uvdygrr6O

( ゚∋゚)「では、くっくるめの元気をお分けしましょう」

( ^ω^)「お、?」

( ゚∋゚)「さ、ずずいと」


 無表情のまま、くっくるはばさりと両翼を広げる。

 坊っちゃんは暫し首を傾げてから、やっと気付いた様に頷く。
 翼を広げたくっくるに腕を回し、ふさにした様に、片腕で抱き締めた。

 羽根の内側から覗くやわらかな冬の羽毛はあたたかく、坊っちゃんは幸せそうに瞼を下ろす。


( -ω-)「……あったかいお」

( ゚∋゚)「鳥はあたたかいものです」

( -ω-)「おー……」

( ゚∋゚)「鳥は赤子を運んでくるとも云われています」

( -ω-)「お……?」




32 : ◆XCE/Wako2nqi :2010/03 /07(日) 21:40:26.16 ID:Uvdygrr6O

( ゚∋゚)「つまり、鳥は赤子を眠らせる揺りかごでもあるのかも知れません」

( -ω-)「ゆり、かご……」

( ゚∋゚)「不肖くっくる、内藤さんを寝かし付ける揺りかごにならばなりましょう」

( -ω-)「くっくる……あったかいお……」

( ゚∋゚)(……初めてパパとは少し違う気が、と云うかただの鳥)

( ゚∋゚)

( ゚∋゚)(終わり良ければ、全て良し! 口に出さないくっくるマジ空気読んでる!)

( -ω-)「…………おー……」

( ゚∋゚)(あ、本当に寝そう)

( ゚∋゚)

( ゚∋゚)(この体勢、凄く翼にきつい)

( ゚∋゚)(翼がだるい……ッ! 揺りかごには圧倒的不向き……ッ! ……ざわ……ざわ……)




36 : ◆XCE/Wako2nqi :2010/03 /07(日) 21:43:17.36 ID:Uvdygrr6O

( ゚∋゚)「しかし内藤さん、これ以上眠っては夜に眠れなくなります」

( -ω-)「お……?」

( ゚∋゚)「くっくるは何時でも揺りかごになります、ですので今はお起き下さい」

( -ω-)「わかった、お……」

( ゚∋゚)(羽根取れるかと思った……)


 云われるがままにくっくるから離れた坊っちゃんは、目を瞑ったまま立ち上がる。
 眠そうに目を擦り、ふらふら頭を揺らしている。

 くっくるは尚も不思議そうに頭を傾けて、坊っちゃんに何かあったのかと様子を見ていた。

 しかしじっと見ていても、坊っちゃんは幼い動作で管狐を抱くばかり。


( ゚∋゚)(ふむ…………)

( ^ω^)「お……どく、お…………」

( ゚∋゚)(親が恋しい? しかし、何ゆえに突然?)




37 : ◆XCE/Wako2nqi :2010/03 /07(日) 21:45:35.18 ID:Uvdygrr6O

( ^ω^)「…………おっかさん……」

( ゚∋゚)(…………)

( ^ω^)「どくお、さがすお……」

( ゚∋゚)「台所にいらっしゃると思いますよ」

( ^ω^)「お……」

( ゚∋゚)(……内藤さんの親御様は、どうなさっているのか)

( ゚∋゚)(鳥が知るは、どくおさんが親代わりと云う事だけ…………新参者には解らない)

( ゚∋゚)(聞いた事が無いと云う事は、知るべきでは無いと云う事か)

( ゚∋゚)(ならば、不肖くっくるは、今の内藤さんの使用人をするのみ)

( ゚∋゚)(…………)

( ゚∋゚)(くっくるの初めて☆メイド体験)

( ゚∋゚)

( ゚∋゚)「さ、掃除掃除」




39 : ◆XCE/Wako2nqi :2010/03 /07(日) 21:48:34.95 ID:Uvdygrr6O

 客間から出た坊っちゃんは、くっくるの言葉通りにふらりふらりと台所へと向かう。
 まだ眠そうに、うとうととした顔で、管狐を抱き締めて。


 坊っちゃんの背中には、一匹の蜘蛛が坊っちゃんをいとおしむ様にへばりついている。

 それがいったい何を表すか、蜘蛛に気付いていない坊っちゃんには解らない。


 ただ、頼りない足取りで台所に辿り着き、廊下には赤い跡を残すだけ。


( ^ω^)「どく、お……?」

('A`)「うん? おう、起きたか」

( ^ω^)「……お」

('A`)「ほら、今日は牡丹餅だぜ、すぐ出来るから座敷で待っとけ」

( ^ω^)「お…………」




41 : ◆XCE/Wako2nqi :2010/03 /07(日) 21:51:07.47 ID:Uvdygrr6O

('A`)「…………坊っちゃん?」

( ^ω^)「お……?」

('A`)「何かあったか? ぼんやりして」

( ^ω^)「なんにも……ないお……」

('A`)「……どうしたんだよ、そんながきみてェに、しょぼん持ってよ」

( ^ω^)「…………おー……」

('A`)「…………なァ、坊っちゃん……? 何だよ、何で泣きそうな顔してんだよ……」

(  ω )「おっ……お……」

(;'A`)「ど、どうしたんだよ……なァ坊っちゃん、泣くなって……おい……」

( ∩ω )「おー……おーっ……」

(;'A`)「お、おいおいッ! どうしたんだ? 大丈夫かッ!?」

( ∩ω∩)「おーっ……おーっ……!」

(;'A`)(何だってんだよおい……こんな、がきの頃みてェに……)




42 : ◆XCE/Wako2nqi :2010/03 /07(日) 21:53:05.73 ID:Uvdygrr6O

 その場にしゃがみこんでしまった坊っちゃんは、膝に管狐を乗せ、両手で顔を覆う。
 そして声を上げて泣きじゃくり、体をふるふると震わせる。

 どくおが慌てて駆け寄り、肩を揺すっても坊っちゃんは変わらず泣き続けるばかり。

 まるで幼い頃に戻ったみたいに、何も言わずにおんおんと泣き続ける。


 どうしたものかとどくおが坊っちゃんの頭を撫でながら、ふとその背中に目をやった。

 すると、そこには蜘蛛が一匹、ちらりと。

 それを見たどくおは顔をひきつらせ、蜘蛛に向かって口を開く。


('A`)「…………犯人はあんた様かよォ……」

 『あらん』

(#゚A゚)「しゅう様アアアアアアアッ!! 我が子泣かせて楽しいかアアアアアアアッ!!」

 『きゃんっ』




44 : ◆XCE/Wako2nqi :2010/03 /07(日) 21:55:09.16 ID:Uvdygrr6O

 ぴょんと背中から飛び降りた蜘蛛は、さささと柱の影に身を隠す。

 すぐ耳元で叫ばれた坊っちゃんは目を真ん丸に見開いてから、首をくにゃんと傾げてみせた。


( ^ω^)「…………お?」

('A`)「……起きたか」

( ^ω^)「おっ、おはようだおどくお!」

( ^ω^)

( ^ω^)「何で僕は、台所に居るんだお?」

('A`)「あれの所為だよ……」

( ^ω^)「お?」


 額を押さえて俯いたどくおが、柱の方を指差す。
 それにつられて、坊っちゃんはそちらへ顔を向けた。




49 : ◆XCE/Wako2nqi :2010/03 /07(日) 21:57:31.33 ID:Uvdygrr6O
lw´‘ -‘ノv「鬼子ちゃん、こわあい」

( ^ω^)「お……」

lw´‘ ヮ‘ノv「お目覚めでありんすか、お坊っちゃん」

(;^ω^)「ぅおっかさああああああああああん!!?」

lw´‘ -‘ノv「あらん、お坊っちゃんも大きなお声にありんすぅ」

(;^ω^)「いやいやいやおっかさん何でこんな所にってちっさ!?」

lw´‘ -‘ノv「んもう、少しは落ち着きやんせ?」


 柱の影からひょいと顔を覗かせたのは、三つ四つ程の歳の幼子。
 黒く丈の短い着物を纏い、濃紫の髪を一つに纏めて居る。

 その顔は愛らしく、細い手足はしんなりと。

 きゃらきゃらと楽しそうに笑って、ぴょいと柱の影から出てきては
 坊っちゃんの羽織の裾を握りしめ、やれやれと云わんばかりに肩を竦めた。


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51 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03 /07(日) 21:59:44.73 ID:A0SJUCp5O
かわえええええええ



52 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03 /07(日) 22:00:06.00 ID:2l2OVMEs0
ロリ支援



53 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/07(日) 22:00:09.05 ID:pDERqMAy0
ろ、ろりばば



54 : ◆XCE/Wako2nqi :2010/03 /07(日) 22:00:27.27 ID:Uvdygrr6O

( ^ω^)「…………どくお」

('A`)「おう」

( ^ω^)「まさか僕は」

('A`)「妖術に」

(;∩ω∩)「うびゃああああああああああす!!」

('A`)「それはもう見事に」

(;∩ω∩)「聞きたくないおおおおおおおおお!!」

lw´‘ -‘ノv「やん、お声が大きいでありんす」

(;^ω^)「誰の所為!?」

lw´∩ -∩ノv「わっちにはわかりんせぇん」

(;^ω^)「こっ……んの……っ! おっかさんの一部!!」

lw´∩ -‘ノv「敬いやんせ?」

(;^ω^)「おっかさんの一部だから強く云えんおおおおおおおおお!!」




56 : ◆XCE/Wako2nqi :2010/03 /07(日) 22:01:57.51 ID:Uvdygrr6O

 この紫の幼女こそが、坊っちゃんの母親、毒婦の君の通り名を持つ女郎蜘蛛しゅう。

 の、一部。


 一部と云うのは、しゅうは己の肉体の一部を使って分身に似た物を生み出す事が出来る。

 この幼いしゅうは、しゅうの糸から生まれたもの。
 そのため、体は幼く顔も当人とは少し違う。
 そして性格も、本体より幼く我が儘の悪戯好き。

 見た目も人間のそれであり、力なんてほとんどありはしない。


 が、毒の一種だけは、しっかりと持っている。


('A`)「しゅう様よォ……頼むから、息子まで妖術で狂わすの止めてくれやしません……?」

lw´‘ -‘ノv「えー? わっちは背中についてただけにありんすぅ」

(;'A`)「だから、背中についてっと毒で狂わせるでしょ……」

lw´‘ -‘ノv「ちょっとお子さまになるだけでありんす」

(;'A`)「あのねェ……しゅう様の毒はとにかく強いんでやんすよ……ちょっとじゃ済まないの……」




60 : ◆XCE/Wako2nqi :2010/03 /07(日) 22:04:53.50 ID:Uvdygrr6O

lw´‘ -‘ノv「ただ、さみしんぼにさせるだけ」

(;'A`)「成人した野郎がさみしんぼになってもね……?」

lw´‘ -‘ノv「んもう、わがまま鬼っ子にありんすっ」

('A`;)「俺ァ、間違った事を云ったか……?」

( ∩ω∩)「しらんお……」


 数多の毒を操る女郎蜘蛛しゅうが得意とする毒のひとつ、飢えさせる毒。
 己の母性を求めさせ、己の子にするための毒。

 元々は捕食の為にと使っていた毒だが、今はこうして誰かをからかう為にしか使う事はない。


 が、使われた方はたまった物ではない。

 年も外聞もなく、幼子の様になってしまうのだ。
 毒から解放された時、坊っちゃんの様に恥ずかしさでのたうち回るが常。




64 : ◆XCE/Wako2nqi :2010/03 /07(日) 22:07:18.61 ID:Uvdygrr6O

(;'A`)「ほんっと、小さい方のしゅう様は悪戯が過ぎやすよ……」

lw´‘ -‘ノv「だあって、普段は毒を使わぬ様にしておりんす、たまには使いたいもん」

(;'A`)「もん、じゃねっすよ……ほら、坊っちゃんのたうち回ってる」

(;∩ω∩)

lw´‘ -‘ノv

(;∩ω∩)

lw´*^ヮ^ノv「ふぁいとっ」

( ∩ω∩)

(;'A`)「どうどう、坊っちゃんどうどう」

( ∩ω∩)ギリギリギリ

(;'A`)「小さいしゅう様……お願いだから煽らんで下さい……」

lw´‘ -‘ノv「むぅ」




66 : ◆XCE/Wako2nqi :2010/03 /07(日) 22:09:54.06 ID:Uvdygrr6O

( ^ω^)「おっかさん……」

lw´‘ -‘ノv「はいな」

( ^ω^)「何で僕で遊びますかお……」

lw´‘ -‘ノv「息子だからでありんす」

( ^ω^)

( ^ω^)(普段のおっかさんは優しくて良いおっかさん優しくて良いおっかさんこれはお子様おっかさん)

( ^ω^)

( ^ω^)「我が儘が過ぎるとお仕置きしてもらいますお」

lw´‘ -‘ノv「誰に?」

( ^ω^)

lw´‘ -‘ノv「だんなさま? だんなさまは、わっちにはおやさしいお方」

( ^ω^)「いえ」

lw´‘ -‘ノv?

( ^ω^)「おっかさんに」




68 : ◆XCE/Wako2nqi :2010/03 /07(日) 22:11:14.05 ID:Uvdygrr6O

lw´‘ -‘ノv

( ^ω^)

lw´‘ -‘ノv「それは困りんすぅ……」

( ^ω^)「だったら、おいたはそこそこにして下さいお」

lw´‘ -‘ノv「…………はぁい」

( ^ω^)「そう言いながらくっつこうとしない」

lw´‘ -‘ノv「あらん」


 この幼子しゅうは、中途半端で不完全な存在。
 毒を抑える事は出来ず、触れた相手を問答無用で侵してしまう。

 ので、坊っちゃんは仮にも母である相手の襟首を掴み、そのまま座敷へと移動した。


 生き字引の妖怪は云う。
 このしゅうは、幼い頃のしゅうにそっくりだと。

 昔から困った人だったんだなあと思いながら、坊っちゃんはため息をついた。




70 : ◆XCE/Wako2nqi :2010/03 /07(日) 22:13:28.52 ID:Uvdygrr6O

( ^ω^)「…………で、おっかさん」

lw´‘ -‘ノv「はいな?」

( ^ω^)「どうしたんだお? 急に来るなんて」

lw´‘ -‘ノv「わっちがお子の様子を見に」

( ^ω^)「はぁ……」

lw´‘ -‘ノv「ご迷惑?」

( ^ω^)「あ、いえ。そうじゃあないお、ただ珍しいと」

lw´‘ -‘ノv「わっちだって母にありんす」

( ^ω^)「おっかさん……」

lw´‘ -‘ノv「たまには、我が子の様子も見たくなりんす」

( ^ω^)「毒牙にかけたけど?」

lw∩‘ -‘ノv「あーあー」

( ^ω^)




73 : ◆XCE/Wako2nqi :2010/03 /07(日) 22:15:59.27 ID:Uvdygrr6O

('A`)「しゅう様」

lw´‘ -‘ノv「はいな」

('A`)「本当は?」

lw´‘ -‘ノv「……」

('A`)「幼いしゅう様が悪戯好きなのは知ってやす、しかし、ちょいと度が過ぎるンでは?」

lw´‘ -‘ノv「…………ごめんなさいな」

('A`)「いや、それは良い、ただ理由が知りてェんです」


 皿にこんもりと牡丹餅を乗せてやって来たどくおが、机に皿を置いてから問う。
 坊っちゃんの隣に腰を下ろし、向かいに座するしゅうへ目を向けた。

 しゅうはふいと目をそらし、庭へと目をやる。
 その表情は、何処と無く、暗くて。




76 : ◆XCE/Wako2nqi :2010/03 /07(日) 22:18:18.11 ID:Uvdygrr6O

 確かに、幼いしゅうがする悪戯は、普段はも少し大人しい。
 間違っても、我が子である坊っちゃんには、手出しはしなかった。

 それなのに久々に訪れたこのしゅうは、真っ先に坊っちゃんに手を出し、少しばかり狂わせて。

 奇妙だと思ったどくおは目を伏せて、言葉を繋げる。


('A`)「しゅう様、何かおありになったんなら云って下さい。坊っちゃんに手を出した理由を」

lw´‘ -‘ノv「…………」

('A`)「何か、あったんでしょう」

lw´‘ -‘ノv「なにも」

('A`)「……」

lw´‘ -‘ノv「…………なにも、ありんせん」

('A`)「しかし、」

lw´‘ -‘ノv「まいにち、まいにち、ずうっと暗い部屋でひとり、なにも、なあんにも変わりんせん」

( ^ω^)「……おっかさん」




79 : ◆XCE/Wako2nqi :2010/03 /07(日) 22:20:40.10 ID:Uvdygrr6O

lw´‘ -‘ノv「この身のように、わっちはわっちを産み出せる、けれどそれは、おにんぎょあそび」

( ^ω^)「…………」

lw´‘ -‘ノv「…………なあんにも、変わりんせん」


 本来のしゅうは、手足の足らぬかたわもの。

 一人で出歩く事は出来ず、誰かが訪ねて来る事もない。


 俯きがちに呟くしゅうに、頭を撫でてやりたかった。
 しかしそれは、叶わぬ事で。


lw´‘ -‘ノv「…………だんなさま」

( ^ω^)「お……?」

lw´‘ -‘ノv「だんなさま、お出掛けになってかえらぬだんなさま……しゅうはおいてけぼり」

('A`)「旦那様、が……?」

lw´‘ -‘ノv「おやまへ行くと、しゅうをおいて行きんした……わっちは、ひとりぽっちにありんす」

('A`)「…………なるほど」




82 : ◆XCE/Wako2nqi :2010/03 /07(日) 22:22:18.07 ID:Uvdygrr6O

 しゅうは、寂しさと暇をもてあまし、坊っちゃん達の元へやって来た。

 この、幼い分身まで使って。

 ひとりを、ひとりじゃないで、埋めたくて。


( ^ω^)「……おっかさん、おっとさんは、何故にお山へ?」

lw´‘ -‘ノv「…………悪いものが来そうだと、吼えに行きんした」

( ^ω^)「悪い、もの……ですかお」

lw´‘ -‘ノv「だんなさまは、お声が強くありんす……」

( ^ω^)「ですおね…………おっかさん」

lw´‘ -‘ノv「?」

( ^ω^)「使用人を雇われては?」

lw´‘ -‘ノv「……わっちは町の母、けれど、だんなさまは恐れられる存在にありんす」

( ^ω^)「幼い、良い子がおりますお、如何でしょうかお?」

lw´‘ -‘ノv「…………」




84 : ◆XCE/Wako2nqi :2010/03 /07(日) 22:23:47.70 ID:Uvdygrr6O

( ^ω^)「僕もなかなかおっかさんに、会いに行けませんお
      でも、おっかさんがその所為で寂しい思いをするのは、僕も悲しいですお」

lw´‘ -‘ノv「……お坊っちゃん、」

( ^ω^)「……如何、ですお?」

lw´‘ -‘ノv「…………お願いしても、よろしい……?」

( ^ω^)「はいですお!」


 にっこり笑う坊っちゃんに、しゅうも少しだけ微笑んでみせた。
 坊っちゃんの気遣いと、一人ではなくなると云う事に、ほころぶ可愛らしいかんばせ。

 やっと嬉しそうな顔をした幼い母に、坊っちゃんとどくおは顔を見合わせ笑う。


( ^ω^)「ところでおっかさん、百鬼夜行の」

lw´‘ -‘ノv「だんなさま」

( ^ω^)「お?」

lw´‘ -‘ノv「だんなさまに会わせて下されば、考えない事もなく」

(;^ω^)「お……」




85 : ◆XCE/Wako2nqi :2010/03 /07(日) 22:25:14.53 ID:Uvdygrr6O

('A`)「……山登りだな、坊っちゃん」

(;´ω`)「またかお……」

('A`)「また?」

(;´ω`)「去年の秋頃にも登った気が……」

('A`)「もうそう云う発言やめなさい」

(;´ω`)「はい……」

lw´‘ -‘ノv「去年の秋頃、わっち居なかった気が」

('A`)「やめなさい」

lw´‘ -‘ノv「いやん」

( ^ω^)「今から行けるかお? お山」

('A`)「まァ……大丈夫じゃねェかな」

( ^ω^)「お、んじゃ行くかお」

('A`)「へいへい……」




88 : ◆XCE/Wako2nqi :2010/03 /07(日) 22:26:11.17 ID:Uvdygrr6O

lw´‘ -‘ノv「……それじゃ、わっちは戻りんす」

( ^ω^)「もう良いのですかお?」

lw´‘ -‘ノv「はいな、この身は長くもたないゆえ」

( ^ω^)「お……蜘蛛の糸、ですからお」

lw´‘ -‘ノv「雨に弱く、時間が経てば壊れてしまいんす…………ありがとう、ね、お坊っちゃん」

( ^ω^)「おっかさんは、僕のおっかさんだお。おっかさんの為なら別に平気だお?」

lw´‘ -‘ノv「……この身でなければ、頭を撫でてさしあげたのに」

( ^ω^)「おっかさん……」

lw´‘ -‘ノv「ああでも、この身でなければかたわもの……これは困りんした」


 毒を持つ身では触れられず、足らぬ腕では抱き締められず。

 ほんに、母親失格にありんす。

 そう、すこうし寂しそうに笑うと、しゅうはゆっくり立ち上がる。

 そして軽く手を振り、またねと笑ってゆらいで消えた。




90 : ◆XCE/Wako2nqi :2010/03 /07(日) 22:26:36.57 ID:Uvdygrr6O

( ^ω^)「おっかさん……」

('A`)「なァ、坊っちゃん……」

( ^ω^)「お?」

('A`)「しゅう様、牡丹餅持ってった」

( ^ω^)

('A`)「皿ごと」

( ^ω^)

('A`)

( ^ω^)「在庫は」

('A`)「台所に少し」

( ^ω^)「ならば良し……いや……良し……?」

('A`)「…………また作るわ」

( ^ω^)「……うん」




92 : ◆XCE/Wako2nqi :2010/03 /07(日) 22:27:00.96 ID:Uvdygrr6O

 ('A`)『俺は準備してつんに伝えてやるから、坊っちゃんは先に山の入り口に行ってろ』


 そう云って坊っちゃんに弁当を渡すと、どくおは慌ただしく山登りの準備を始めた。
 坊っちゃんは着替えを済ますと弁当と錫杖片手に、一足先に屋敷を後にする。

 確かに細かい準備をするには、坊っちゃんは邪魔になる。
 それを考えて、坊っちゃんはぶらぶらと山の麓へ足を運ぶ。


 この辺りで山と云えば、お屋敷の裏手から少し行った所にあるお山のみ。
 そこまでの道のりは大して長くはなく、ぼんやりと歩いていれば着いてしまう距離。

 小さな赤い鳥居を入り口とする、さして大きくはない山。

 その鳥居の前に立ち、小さい頃に勝手に登って怒られたなあと山を見上げる。


 この山にも、あやかしが住まう。
 誰かに遭遇出来るかなとにんまり笑えば、
 不意に、近くの草むらが揺れる音を聞いた。




94 : ◆XCE/Wako2nqi :2010/03 /07(日) 22:27:25.10 ID:Uvdygrr6O

 音を聞いた坊っちゃんが首を傾げて音のした方へ顔を向ける。
 すると、がさがさと草むらを掻き分けて現れたのは。

  _
( ゚∀゚)「あ」

( ^ω^)「お」
  _
( ゚∀゚)「…………よう」

( ^ω^)「…………おいっす」


 いつぞやの赤羽織、長岡。

 長岡は葉っぱやらを着物や頭に付け、胸にはがっしと黒い猫を抱いていた。
 その猫が口に銜えているのは、ひとつの五平餅。


( ^ω^)「……盗られましたかお」
  _
( ゚∀゚)「……おうよ」




95 : ◆XCE/Wako2nqi :2010/03 /07(日) 22:28:29.60 ID:Uvdygrr6O
  _
( ゚∀゚)「何だ、山伏みてぇな格好で、一枚歯の下駄とか粋だな」

( ^ω^)「お、ちょっと山登りするんですお!」
  _
( ゚∀゚)「健康的だな、なるほど、山登りにはそんな格好すんのか」

( ^ω^)「一枚歯は登山に良いんですおー」
  _
( ゚∀゚)「……なあ」

( ^ω^)「お?」
  _
( ゚∀゚)「敬語、止めい」

(;^ω^)「お?」
  _
( ゚∀゚)「むず痒いんだよ、畏まった話し方は苦手なんだよ」

( ^ω^)「おー……じゃあ、長岡?」
  _
( ゚∀゚)「おう、内藤」

( ^ω^)「なんか、不思議な感じだお」
  _
( ゚∀゚)「俺もだ」




96 : ◆XCE/Wako2nqi :2010/03 /07(日) 22:29:03.94 ID:Uvdygrr6O

( ^ω^)「長岡は、五平餅そんなに好きなのかお?」
  _
( ゚∀゚)「ああ、気に入った。菓子って美味いのな」

( ^ω^)「おっおっ、お菓子は美味しいで……お!」
  _
( ゚∀゚)「お前はアレだな、大福みてぇだな」

(;^ω^)「よく云われるお……」
  _
( ゚∀゚)「ああ、やっぱり……」

( ^ω^)「……」
  _
( ゚∀゚)「……」

( ^ω^)「長岡」
  _
( ゚∀゚)「うん?」

( ^ω^)「猫、逃げてる」
  _
( ゚∀゚)




98 : ◆XCE/Wako2nqi :2010/03 /07(日) 22:29:31.16 ID:Uvdygrr6O

 話し込んでいた坊っちゃんと長岡。
 その腕から抜け出した黒猫が、ぴょいと降りて五平餅を銜えたまま走り去ってゆく。

 その後ろ姿を指差して呟く坊っちゃん、それを見る長岡。

  _
( ゚∀゚)「……ちょっと、取っ捕まえに行くわ」

( ^ω^)「行ってらっしゃいだおー」
  _
( ゚∀゚)「おう、またな」


 ひらひら坊っちゃんに手を振って、長岡は鈴をちりちり鳴らしながら走り出す。
 待てこらぁ! と怒鳴るその背中を見送ると、坊っちゃんは可笑しそうに笑った。

 気難しそうに見えたが、意外と面白い奴だ。
 くすくすと笑う坊っちゃんに、投げ掛けられる声。


('A`)「よ、お待たせ」

( ^ω^)「お、どくお」

('A`)「どした? なんか嬉しそうだな」

( ^ω^)「おー、さっきまで人がいたんだお、それが面白くて」




102 : ◆XCE/Wako2nqi :2010/03 /07(日) 22:30:07.67 ID:Uvdygrr6O

('A`)「ほー……っと、早く登らねェと暗くなっちまうぜ」

( ^ω^)「お、解ったお…………お?」

('A`)「あん?」

( ^ω^)「ふさは?」

('A`)「留守番」

( ^ω^)「くっくるは?」

('A`)「留守番」

( ^ω^)

('A`)

( ^ω^)「……そっ、か……」

('A`)「んだよ……」

( ^ω^)「別に、足が欲しかったなんて事は……」

('A`)「……」




105 : ◆XCE/Wako2nqi :2010/03 /07(日) 22:31:17.31 ID:Uvdygrr6O


( ^ω^)「らくちんだおー」

('A`)「坊っちゃんよォ……」

( ^ω^)「まあまあ良いじゃないかお、一応は乗り物なんだし」

('A`)「でもな、」

( ゚∋゚)「構いませんどくおさん、このくっくる、筋肉の有効活用をさせて頂きます」

('A`)「くっくる……」

( ゚∋゚)「ふささんの出番吸いとったし」

('A`)


 急遽呼び出したくっくるの背におぶさり、坊っちゃんは楽々ふくふくと山を登る。
 ざくざくと落ち葉や枯れ枝を踏み締めて、くっくるは難なく頂上を目指していた。

 その少し後ろを歩くどくおは、甘やかしすぎだと溜め息を吐いて額を押さえた。

 坊っちゃんが着替えた意味が無いだろうと頭の端で思いつつ、器用にも浴衣のまま山を登るどくお。




107 : ◆XCE/Wako2nqi :2010/03 /07(日) 22:32:37.54 ID:Uvdygrr6O

 黒い巨体の鳥に背負われる白装束の男に、浴衣の男。眠ったままの管狐。

 異様と云っても間違いではない一行が山登りをする様を、
 無数の目が見つめては、からりからりと音をたてる。

 風が枯れ木や落ち葉を揺らす音に紛れて消えてしまいそうな、木々の声。

 そんな声や視線に察するくっくるは、躊躇いなく足を進めながら口を開いた。


( ゚∋゚)「何か居ますね」

( ^ω^)「お?」

( ゚∋゚)「自然の産物が見ています」

('A`)「あー……」

( ゚∋゚)「どくおさんも気付かれて居ますか?」

('A`)「云われてみれば、居るな」

( ゚∋゚)「はい」

(;^ω^)「お、お?」




110 : ◆XCE/Wako2nqi :2010/03 /07(日) 22:34:33.45 ID:Uvdygrr6O

('A`)「ほら、出てこいお前ら」


 ぴたりと足を止めたどくおが、近くの木をこんこんと叩いて呼び掛ける。
 それを聞いたくっくるも足を止めて、どくおを振り返った。

 すると、ぽう、と優しい緑の光が木の枝に浮かんで。


( ∵)( ∴)


 二匹の小さな生き物な形になり、三人を見下ろしていた。


( ^ω^)「お……これは」

('A`)「木霊だな」

( ^ω^)「お!」

( ∵)『お!』




111 : ◆XCE/Wako2nqi :2010/03 /07(日) 22:34:53.96 ID:Uvdygrr6O

( ^ω^)「お? …………おっ!!」

( ∵)『おっ!!』

( ^ω^)「おー、返事するお!」

( ∵)『お!』

('A`)「まァ、木霊だからな」

( ^ω^)「さくらもちー!」

( ∵)『ちー!』

( ^ω^)「はなびらもちー!」

( ∵)『ちー!』

( ^ω^)「ぼたもちー!」

( ∵)『ちー!』

( ^ω^)「返事、適当じゃないかお?」

(#∴)っ<;∵)ゴェェ




113 : ◆XCE/Wako2nqi :2010/03 /07(日) 22:35:22.81 ID:Uvdygrr6O

('A`)「相変わらず好奇心旺盛だな、お前ら」

( ∴)"

('A`)「どうしたんだ、何かあったか?」

( ∴)゙

('A`)「……上で何かあんのか?」

( ∴)゙

('A`)「ふむ…………ちょっと、案内してくれねェか?」

( ∴)

( ∴)゙

('A`)「よし、乗れ」

( ∴)゙

( ∴)

(∴ )ゴェ?




116 : ◆XCE/Wako2nqi :2010/03 /07(日) 22:36:16.17 ID:Uvdygrr6O

( ^ω^)「あべかわもちー!」

( ∵)『ちー!』

( ^ω^)「みたらしだんごー!」

( ∵)『ち……ごー!』

( ^ω^)ニヤリ

( ∵)クッ

(∴ )

( ∵)

(∴#)

(;∵)


<ゴエンッ!


,,(;#)#) ,,,(#∴)




120 : ◆XCE/Wako2nqi :2010/03 /07(日) 22:38:41.31 ID:Uvdygrr6O

( ゚∋゚)「緑の方がびこさん、青い方がぜあさん、ですか」

( ∴)゙

( ゚∋゚)「びこさんは少しお調子者の様ですね」

( ∴)=3

( ゚∋゚)「いえ、男の子なら元気なのは良い事です」

( ∴)

( ゚∋゚)「ぜあさんは女の子でしょう?」

( ∴)゙


( ^ω^)「……くっくる凄くないかお?」

('A`)「おう、木霊に性別ってあったんだな」

( ^ω^)「びこも、ぜあみたいに真面目になれおー?」

(∵ )プーイ

( ^ω^)「この木霊、人間臭すぎるだろうお……」




124 : ◆XCE/Wako2nqi :2010/03 /07(日) 22:40:45.76 ID:Uvdygrr6O

('A`)「ところで、上で何があったんだ?」

( ∵)ゴェ

( ゚∋゚)「獣が居て、ずっと吼えている、と」

( ^ω^)「おー……それは……」

( ∴)

( ゚∋゚)「吼えるのは構わないが、悪い物を感じる、と」

('A`)「悪い物……? 旦那様がか?」

( ∴)"

('A`)「じゃあ、他に悪い物が居んのか?」

( ∴)"

(;'A`)「あー……?」

( ゚∋゚)「どうやら、木霊達にも良くは解っていない様です」

(;'A`)「みてェだな……」




125 : ◆XCE/Wako2nqi :2010/03 /07(日) 22:41:19.74 ID:Uvdygrr6O

( ^ω^)「ま、登れば解るお!」

( ∵)『お!』

( ∴)

( ゚∋゚)「……しかし、獣は神経質になっている様です、用心なさった方が良いです」

( ^ω^)「お……おっとさん、ピリピリしてるのかお……」

('A`)「まァ元からしてる気もするけど」

( ^ω^)「まあね」


 取り敢えず頂上に着いてからだ、と木霊を頭に乗せた坊っちゃん達は、再び足を動かす。

 ざくざくさくさく枯れ葉を踏んで、薄暗い枯れ木の山を黙々と。


 木霊から聞いた話しに、胸騒ぎを覚えながらも、坊っちゃんは行く道の先を見る。

 何も、なければ良いのだが。




128 : ◆XCE/Wako2nqi :2010/03 /07(日) 22:43:08.44 ID:Uvdygrr6O


 暫し談笑等をしつつ歩き続け、ゆっくりと冬の短い陽が落ち始める。

 燃える様な赤い夕陽が姿を現し始めた時、坊っちゃんの目に映ったのは、
 夕陽を押し退ける程に、赤く赤く映える鳥居の色。

 木々の切れ間から見えるそれは、血濡れた様に赤く、影を落としていた。


 身を乗り出して鳥居を見ていた坊っちゃんは、くっくるの背からよいしょと降りる。

 そして鳥居の前に立ち、向こう側で空を睨む黒い獣の姿に、固い唾液を飲み下した。
 冷たい汗が頬を伝い、鳥居の向こうから溢れる威圧感に、肌がヒリヒリと刺激を受ける。


 獅子や虎よりも大きな、その姿。
 形は猫の系統のそれであるのだが、その大きさは、ばけものと呼ぶに相応しい巨体。

 金色の目の上下を飾るのは、縦に引き裂かれたかの様な傷痕。
 低い唸り声を洩らす口からは、肉を裂く為の牙が覗いていて。

 毛足は長くはない、しっこくの体毛。
 黒くしなやかな巨体をぱりぱりと覆うのは、いかずちの光。




131 : ◆XCE/Wako2nqi :2010/03 /07(日) 22:44:41.71 ID:Uvdygrr6O

 地の獄から響く様な唸り声は、次第に大きくなってゆく。
 腹の底にずんと流れ込む声に、坊っちゃんの後ろや横にやって来たどくお達も口をつぐんだ。


 堂々とした太い手足に、荒い毛並みの立派な尾。
 ぬれた様な美しい黒、輝くいかずち、爛々きらめくその目玉。

 この獣を指して、町の人々はこう呼ぶ。


 雷獣公、と。


 あの、毒婦の君の夫であり、
 坊っちゃんの父である、しっこくの獣。

 威風堂々たるその姿。
 雷獣公に見られるだけで圧倒され、睨まれればへたり込み、
 吼えられたならば、意識を失い崩れ落ちる、とまで云われる、町の地盤を造った獣。


 坊っちゃんは、そんな偉大な父を前にして、深く息を吐き、早鐘を打つ心臓の動きを戒める。

 我が父の前に一歩踏み出す事が、こんなにも息苦しいとは思わなかった。




133 : ◆XCE/Wako2nqi :2010/03 /07(日) 22:46:38.15 ID:Uvdygrr6O

 坊っちゃんが知るのは、厳しくも優しい、妻に甘い中年の男としての父。
 獣の姿に戻った父の姿は、滅多に見る事は無かった。

 だからこそ緊張し、だからこそ恐怖を抱く。
 しかし一歩、踏み出さねば。


 意を決し、坊っちゃんが鳥居の向こうへ足を踏み入れた、その瞬間。

 空へ向けられていた獣の目玉が此方を睨み付け、
 天を裂く様な咆哮が、山を包み込んだ。


 天を引き裂く咆哮は坊っちゃんの動きを止め、
 雲間から降り注ぐ雷が真っ直ぐに、坊っちゃんの身体を貫いた。



 ごおう、ごおう、獣は吼える。
 ごおう、ごおう、雷は落ちる。


 坊っちゃんが地面に倒れるのと、獣が雷で撃ち抜いた人物に気付いたのは  同じ、刻。



 『四話前編 おわり。』




134 : ◆XCE/Wako2nqi :2010/03 /07(日) 22:47:34.65 ID:Uvdygrr6O
支援有り難うございました。

ほぼオリジナルになりました、申し訳ないです。
おっぱい求めてた方、申し訳ないです。

それでは、これにて失礼!




135 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03 /07(日) 22:48:12.11 ID:uSzaesCbO
乙!



139 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03 /07(日) 22:49:02.48 ID:uRMmtombO
乙です!
むしろ二倍楽しめていい



140 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03/07(日) 22:49:20.52 ID:LbHYW+/qO
続き気になるwww
乙!



141 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03 /07(日) 22:50:33.29 ID:7jDY4tQjO

坊っちゃああん



146 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/03 /07(日) 22:56:33.20 ID:iaB37gzyO
乙ー。おっぱいは次回の楽しみにとっておくぜ!



次→( ^ω^)百鬼夜行のようです【第四話 百縦千随 麗しきは女郎蜘蛛。 後編】



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