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ほむら「幸せになりたい」【中編】最初から→
ほむら「幸せになりたい」
211 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 17:22:17.06 ID:hAzv6ppPo
第十回以上です。第十一回です。
213 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 17:34:35.53 ID:hAzv6ppPo
あれからいくらかの日が流れた。
最初こそ未熟だった美樹さやかも、寝る間を惜しんで特訓した。
その中で、ワルプルギスの夜に対抗するだけの戦力は十分に揃って。
何もかもが順調に行っていると。
そう思っていた。
「ん、志筑と美樹は休みか」
教師の言葉は、何故か鋭く私の心を抉る。
いつになっても登校して来ないから、何かあったのかと思っていたけれど。
この二人の組み合わせは、あまりいい予感をさせてくれない。
「じゃあHRは終わりだ、二人が遅刻して来たら先生のところに来るように伝えてくれ」
そう言って教師は退出し、教室の中にはざわめきが広がる。
その規模は、いつものそれではない。
何か噂があって、それを聞きたがろうとする時のもの。
(おい、ほむら)
(分かってるわ)
話が大きくなっていそうな所へ、事情を聞きに向かう。
どういう因果か、まどかを中心に人の輪は出来ていた。
「ごめんなさい、ちょっといいかしら」
「おいまどか、何かあったのかよ?」
「………………、あ、二人とも……」
214 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 17:35:23.11 ID:hAzv6ppPo
質問攻めに遭っていたのか、明らかに様子はおかしい。
彼女に負担は掛けたくないけれど、ここで足踏みするわけにもいかない。
少しずつ増えてきた耳鳴りを押し殺しながら、話を続ける。
「何があったの」
「その、ここじゃ、ちょっと」
「問題ない」
聞かれたくない話なら、こうして時を止めればいい。
杏子とまどかの手を握りながら、続きを話すように促す。
その手はひどく震えている。
「……わたしも、お母さんが、電話してるのを、聞いただけなんだけど」
心拍数が増えていく。
私の足も震えているのを、自覚する。
「仁美ちゃんと、上条君が、飛び降り自殺したって」
その言葉が意味するところは。
美樹さやかの欠席が意味するところは。
耳鳴りは行き過ぎて頭痛となり、頭の回転を阻害する。
そもそも真実なのか、美樹さやかは風邪でも引いただけではないのか、楽観視はできるけれど。
全身を伝う悪寒と冷や汗が、その全てを否定していく。
凍りついた教室の空気は、時間停止を解除してもまだ、凍っているように感じられた。
215 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 17:35:50.72 ID:hAzv6ppPo
クラスメート達の呑気な声が、教室にはなおも響く。
私の頭は、鉛でも詰められたようにひどく重い。
何をするべきか。
(ボサっとしてんじゃねえ、行くぞ)
(……どこへ)
(現状確認だ。
上条ってのは、さやかの想い人とかそんなんだったろ)
(誰から聞いたの?)
(キュゥべえからな)
(……分かった、行きましょう)
棒立ちを続ける私の代わりに、佐倉杏子が行動を決めてくれた。
確かに、今すべきことは現状の把握。
となれば、二人にあまり縁のない私たちだけで行くのは、何とも心もとない。
「確認に」
「……うん」
彼女も元より、そのつもりだったらしい。
混乱に顔を歪ませながらも、頷く力は強かった。
「誰か、早退って伝えといてくれ」
そう言い残し、杏子がいち早く教室から駆けて出る。
まどかの手を引き、後に続いた。
216 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 17:36:35.78 ID:hAzv6ppPo
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「二人とも峠は越した、命に別状はないよ」
「よかった……」
「志筑さんについては目も覚ましている、もう少しすれば面会もさせてあげられるかもしれない。
ただし上条くんについては、むしろ傷は軽いはずなんだが、意識が戻っていない」
「そうなん、ですか」
「…………志筑さんが、彼を庇うように落下してね。
むしろ重症なのは彼女だったんだが、大した精神力だ、持ち直したよ」
「面会まで、どれくらいかかりますか?」
「もうちょっと待ってくれ。 今精密検査をしているからね」
「わかりました、ありがとうございます」
217 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 17:37:26.99 ID:hAzv6ppPo
まどかと医者の会話は、およそ距離の離れたこちらにも届いた。
ひとまず最悪の事態は避けられた、のだろうか。
意識を取り戻したと言うのならば、本人に話を聞いた方がいいだろう。
そうすると、その場には彼女が必要になる。
「次はさやか、か」
「……そうなる。 どこに行ったのかしら」
「心当たりならある、付いて来てくれ。
最悪無理やり引っ張ってこなきゃならない」
「それなら巴マミをここへ呼んでおきましょう、まどかを一人にはできない」
「頼むわ」
病院の敷地から出て、携帯の番号をプッシュする。
二つ返事で承諾を貰い、杏子と病院を後にした。
動いていなければ壊れてしまいそう。
一人姿を消した彼女は、今何をしているのか。
218 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 17:38:48.71 ID:hAzv6ppPo
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教会跡地にて。
あたしは魔物の群れと交戦していた。
「あああッ!」
大剣を力ずくで振り回し、両断する。
さらにもう半回転を加え、投擲し、背後に回り込んだ一体を刺し貫いた。
「……どういうことよ、こいつらまどかに引き寄せられるんじゃなかったの」
「今はどうやら、君に集まってきているようだね」
「退屈しなくていいけど」
飛来する光線を、地面に描いた陣が打ち消す。
返すようにその軌道を辿り、剣を前面に構えて飛び、また破壊する。
ひとまずそこで、結界は消えた。
全身が重い。
頭は動かない。
ただ戦いの時にだけ、頭も体も冴えてくれるけれど。
頭の中はぐちゃぐちゃだった。
今も頭の中に蘇る。
手を繋ぎながら落下していく二人。
それを止めるための力はあったはずなのに、あたしの体は全く動かなくて。
「ねえ、ほんとに二人は影響受けてなかったの」
「魔力の残り香はなかったよ。 彼らの意思だろうね」
力を手に入れて、あたしは全てを守れると思っていた。
確かに魔物を倒すことは出来るようになった。
全部過去の話。
あたしがそっちに目を向けているうちに、二人はこうして死を選んだ。
守ろうとしていたものは、容易くこの手から零れ落ちてしまった。
今なら、杏子やほむらの忠告がよく分かる。
あたしの望んだものは、きっとこれから奪われていくんだ。
219 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 17:39:37.81 ID:hAzv6ppPo
「……いた!」
「さやか、てめえ、勝手にいなくなるんじゃねえよ!」
そう塞ぎ込むあたしに、叫び声が飛ばされる。
あたしに忠告をしてくれて、そして無駄に終わらせてしまった当の二人から。
「おや、探しに来てくれたようだね」
「……どのツラ下げて、今更会えってのさ」
何を言えばいいのかも分からない。
今は、彼女たちに会っても、話せることが思いつかない。
ただ逃げようと思い、背を向けその場を飛び立とうとするけれど、
「逃がさない」
知覚も出来ないまま回り込まれる。
そういえば時間停止だっけ、この子の能力は。
逃げられないと分かった途端、身体に力が入らなくなる。
へなへなとその場に崩れ落ち、
無意識に言葉が漏れ出る。
「あたし、ダメだったよ」
「二人とも守れなかった」
「忠告、大人しく聞いてればよかった」
ほむらからの返事はない。
ただ壁としてそこに立ち、あたしが逃げるのを許してくれない。
220 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 17:40:17.36 ID:hAzv6ppPo
「甘えたこと、言ってんじゃ」
「ねえよッ!」
代わりに答えたのは、杏子。
思いっきり力を込めた拳骨で、あたしを殴り飛ばす。
思いっきり吹き飛ばされたあたしを荒々しく片手で掴み上げ。
ひたすら怒りを込めながら、告げる。
「女の方が目を覚ました。 今すぐ話を聞いて来い」
「……仁美、が?」
「つべこべ言わずさっさと行け、これ以上ナマ言ったら次はコイツで行くぞ」
そう言って、槍を虚空から呼び出す。
それはさすがに、ごめんだった。
「……うん」
地面に落とされる。
仁美が無事なら、それはとても嬉しいことだけど。
立ち上がる力がない。
「掴まりなさい、どうせ立ち上がることもできないのでしょう」
「……ありがと」
この二人はどこまでも、優しかった。
221 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 17:41:09.91 ID:hAzv6ppPo
**********************************************
病室に足を踏み入れる。
扉を開けてしまった以上、いつまでも廊下に立ち尽くしている訳にはいかない。
ベッドの上には、あたしの親友がいた。
痛々しく全身に包帯を巻きつけて。
「…………仁、美」
「さやかさん」
捻り出した声は、ひどく掠れていた。
何を言えばいいのか。
ただ、こうして生きていてくれたことだけを、ありがたいと感じた。
「申し訳ありません。 上条君を守ることは、できませんでした」
そんなわずかな喜びは、あっという間に霧散する。
彼女の一言によって。
守る?
恭介を?
心中しておきながら、一体何を?
何を言っている?
一体何を?
222 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 17:41:54.68 ID:hAzv6ppPo
「……ふざけないでよ」
怒りが漏れる。
「心中しておいて、守れなかったってなんだよ!」
止められない。
「守りたかったなら止めてよ! あいつが飛び降りるのを止めてくれればよかったんだ!!」
止まらない。
「一人だけ意識戻って、それで、それで…………!」
止まって。
「あんたなんか、っ」
そこまで吐き出して、ようやく正気に戻る。
あたしは今一体何を言った?
死の淵から戻ってきた親友に、一体何を言った?
そして何を言おうとした?
凍り付く仁美は、返事をしようとしない。
出来るわけもない。
「満足したかしら」
ほむらがあたしの手を取り、時間を止めていた。
223 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 17:42:58.33 ID:hAzv6ppPo
「あなたが彼女に伝えたかったことは、そんな事ではないはず」
「呑まれないで。 これ以上道を間違えたら、あなたは間違いなく絶望してしまう」
「それから先のことは、もう伝えてあるはずでしょう」
あまりに展開が急すぎて、ちっとも頭が付いて行かないけれど。
ただ最悪の事態を回避できたこと、それだけは分かった。
「…………また迷惑かけちゃったね、ありがとう」
「もう平気かしら」
「大丈夫」
そして時間停止が解ける。
完全に冷静になれた訳ではないけれど、一度吐き出したことである程度落ち着けていた。
ごめんねと心の中で謝罪し、改めて仁美へ言葉を返す。
「無事で何よりだよ。 何があったのか、教えてくれない?」
「勿論です」
そうして仁美は、語り始める。
あたしが見逃してしまった危機を。
誰を責めるでもなく、ただ自分の力不足だと自責しながら。
224 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 17:43:31.12 ID:hAzv6ppPo
「あれから、何度か折を見て上条さんのお見舞いに参りました」
「バイオリンが弾けない事を何度か口にされて、その度辛そうにしていらしたのですが」
「ある日、突然口にされたんです」
「死にたい、と」
「すぐに止め、その時は納得されたのですが」
「その日以来、その言葉を口にされることが多くなっていきました」
「そしてある日、頼まれたんです」
「一緒に死んで欲しいと」
「当然、止めましたが、決意は固く」
「一人でも死ぬと、もう耐えられないと仰って」
「このまま一人にしてしまえば、きっとそのまま死んでしまうと思って」
「お供をして、その上で私が彼を庇えば、きっと少しは思い直してくれるだろうと思いました」
「でも、結局はこういう事態を招いてしまいました」
「本当に、申し訳ありませんでした」
仁美の語りは、ようやく終わった。
頭がノイズで満たされていく。
あたしは自分の事に必死で、何も気付いていなかった。
心が自己嫌悪と怒りで満たされていく。
ただ、必死に、言葉を繕う。
「仁美、ありがとう。 恭介を守ってくれて」
その一言を必死に言い終えると、病室から駆け出る。
もうこれ以上正気を保てる気はしなかった。
225 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 17:44:20.35 ID:hAzv6ppPo
「待ちなさい」
病院を飛び出したあたしを、みんなが追いかけてきた。
やめてよ、あたしに構わないで。
こんな奴にそんな価値、ないから。
ほむらにマミさん、杏子、まどか。
みんなとても優しい子ばかり。
こんな自分勝手な奴に振り回される必要なんて、ないから。
「一人にしてよ…………」
「またブン殴られたいのか、てめえは」
それで罪が滅ぼせるならいくらでも殴られるけど。
あたしのしてしまったことは、そんなことでは済まされないだろう。
背中を向け、歩き出す。
「美樹さん、ソウルジェムの穢れは大丈夫なの!?」
マミさんから声が飛ばされる。
のろのろとソウルジェムを取り出してみれば、それは驚くほどに黒ずんでいた。
226 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 17:44:52.61 ID:hAzv6ppPo
「あはは、こりゃだめかも」
「さやかちゃん……!?」
罰か報いか。
力に慢心して、結局大切なものを守れなかったあたしに対しては、きっとそれが適当だ。
あたしなんかよりも、ただの人間だった仁美の方がよっぽど、正しいことをしていた。
仁美がいなければ、きっと恭介はもうこの世にいなかった。
あたしは別に必要なかった。
むしろあたしなんか、きっと、いないほうがいい。
そう思ったのに。
いつしかソウルジェムは、あたしの手元から消えていて。
「死なせないわ」
そう宣言したほむらが、グリーフシードで浄化していた。
227 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 17:45:47.25 ID:hAzv6ppPo
おかしい。
いつまで経っても、ソウルジェムの濁りが消えない。
それどころか。
「暁美ほむら、今すぐそのグリーフシードを離すんだ! それ以上はもう吸い取れない!」
「そうしようとしているけれど、吸い付いて動かない!」
どれだけの濁りを溜め込んだのか。
魔女化してしまわないことが不思議なくらい。
そして今の問題はそこですらない。
穢れを吸い込みすぎたグリーフシードに何が起こるのか、この目で確かめることになるとは思わなかった。
グリーフシードが粉々に砕け散り、周囲に結界を作る。
その結界はとても見覚えのあるもの。
パステルカラーに染められた毒々しい病院。
再び現れたのは、魔女シャルロッテ。
全身を漆黒に染めて、意味不明な叫び声を上げながら。
「……また、なのね」
まさかこの魔女と、再び見えるとは思わなかった。
あれほど苦戦した相手と二戦。
三人がかりでようやく倒せた相手なのに。
それでも、やるしかないが。
228 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 17:46:16.78 ID:hAzv6ppPo
「そこにいて、今のあなたは足手まといにしかならない」
そう警告し、美樹さやかにソウルジェムを返す。
その濁りは少しマシになったけれど、とても平時のそれではない。
「まどかのことだけ、お願い」
頷く様を確認し、既に戦闘準備を整えていた二人のもとへ飛ぶ。
どちらの表情も厳しかった。
「分かるかしら」
「……ええ」
吸い込んだ絶望はどれほどか。
シャルロッテは黒く黒く染まり、耳をつん裂く金切り声を上げ続けている。
思わず目を背けたくなった。
「早く済ませましょう、これが美樹さんの絶望の投影なら」
「一刻の猶予もない」
「……もう話はいいな、行くぞ」
言葉少なに、佐倉杏子が槍を振りかざす。
その顔には珍しく、焦りがあった。
229 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 17:47:00.41 ID:hAzv6ppPo
**********************************************
彼女たちは、全く敵わなかった。
「みんな…………!?」
黒いシャルロッテはただ凶暴に暴れまわった。
いつかのように何かへ噛み付くのではなく、対象も定めず所構わずその巨体を振り回しながら。
結果、三人は致命傷こそ負わなかったものの、全身に打撃を受け、意識を失い地に這っている。
どうしてこんなことになったんだろう。
良かれと思い選んだ道が、こんな結果に繋がるなんて。
目の前の光景に、なぜか現実味を感じない。
夢であって欲しいなんて。
そんな都合のいいことを。
「勝てないね、このまま続ければ彼女たちは死ぬだろう」
「そんな、そんな……!」
「この状況を覆せるのは、君たちだけだよ」
230 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 17:47:41.74 ID:hAzv6ppPo
その言葉すらも遠い。
身体に力は入らない。
だけど。
「……それなら、わたし」
「やめな」
そんな身体でも。
出来ることはきっとある。
「こんな身体に、なっちゃダメ」
ソウルジェムを輝かせ、騎士の装束を纏う。
あたしの力は壊すこと。
それ以外の使い方は出来ないから。
だから、せめて。
「みんなが目を覚ましたら、謝っておいて」
大剣を構え、駆ける。
あたしの不始末だ、あたしが片付ける。
231 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 17:48:15.52 ID:hAzv6ppPo
第十一回、終わります。
第十二回です。
232 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 17:49:14.88 ID:hAzv6ppPo
「っ、あ」
意識を取り戻したのは、病院のベッドの上。
訳も分からず跳ね起きると。
「気が付いたかしら」
同じようにベッドに上体を起こす、巴マミの姿があった。
包帯やガーゼの後が痛々しい。
よく見てみれば、それは私も同じだった。
「シャルロッテ、は」
「……美樹さんが倒してくれたみたい」
そうだ。
こうして生きている以上、シャルロッテは問題ではない。
それよりも。
「美樹さんは行方不明。
立ち去る所を鹿目さんが見ているから、無事ではあるみたいだけど」
ひとまずはまだ、生きているらしい。
ほっと胸を撫で下ろす。
233 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 17:49:45.32 ID:hAzv6ppPo
「今は佐倉さんが、鹿目さんを連れて探しに行っているわ」
そしてまた、全身が粟立つ。
その組み合わせは絶対にまずい。
何度繰り返そうと同じなのか。
彼女たちの辿る末路はいつも、ここから始まってしまう。
「動けるかしら」
「あなたが起きるのを待ってたのよ?」
「探しに行く。
彼女たちでは、あまりに荷が重すぎる」
どうかお願い。
同じ道を辿らないで。
まだ全身に痛みは残っていたけれど、そんなものに気を払う余裕はない。
嫌な予感だけが、頭と胸にひしひしと響いていた。
234 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 17:50:36.74 ID:hAzv6ppPo
**********************************************
[影の魔女 エルザマリア]
影の魔女。
その性質は独善。
全ての生命のために祈り続ける魔女。
祈りの姿勢を崩さぬまま、その影の中へとあらゆる命を平等に引きずり込む。
この魔女を倒したくば、黒色の苦痛を知らなくてはならない。
「……いた」
杏子ちゃんに連れられ、魔力の気配を追って。
辿り着いた先で、さやかちゃんはまた戦っていた。
戦うという表現は適切じゃないかもしれない。
それは一方的な暴力だった。
彼女の周りに、不思議な模様が浮かび上がっていて。
そこに触れた影は片端から消し飛んでいく。
ただ歩いていくだけで、目の前の魔女は消滅していった。
「さやか!」
「…………あれ、杏子じゃん。 まどかも」
結界が解け、工場跡地へ戻ってくる。
そう言ってこちらを振り返った彼女の眼に、生気はない。
無事を安心する前に、恐怖を感じてしまう。
その様はまるで、もう人間ではないようで。
235 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 17:51:33.09 ID:hAzv6ppPo
「お前……」
「あはは、なんだろうね。 もうなんかさ、全然頭回らなくて」
そう言いながら、彼女はグリーフシードをソウルジェムに押し当てる。
確かに濁りは吸収されていくのだけれど、ソウルジェムの色はちっとも変わらない。
青色は最早どこにもなく、ただただ鈍色が支配するばかり。
「手遅れ、ってやつなのかなあ」
「ふざけたこと言ってんじゃねえぞ…………!」
「キュゥべえ、なんなのあれ……!
グリーフシードで、穢れは浄化できるんでしょう!?」
「……もう、手遅れだね」
「そんな…………」
「太鼓判かあ、こりゃいよいよもって年貢の納め時なのかねぇ」
「てめえが一番最初に諦めてどうするんだよ。
何もかもを護ってみせるって、自分でそう言ってたじゃねえかッ!」
「そうだよ、さやかちゃん!
お願いだからそんなに簡単に、自分の事を諦めないで!」
杏子ちゃんに続いて、わたしも思いをぶちまける。
もう抑えてなどいられない。
さやかちゃんはどこまでも絶望的なことばかり言う、あまりに自分勝手に。
そんな簡単に、自分の事を諦めないで。
声を掛けるだけでは収まらず、走り寄ろうとしたわたしに、制止の声がかかる。
236 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 17:52:16.68 ID:hAzv6ppPo
「来ないで」
「イヤだよ」
「来ないでったら!
今のあたしは力を全然制御できてないんだ、何しちゃうかわかんないんだよ!」
「そんなの関係ない!
わたしはわたしの意志で動くんだ、さやかちゃんを放っておけないもん!」
「おい待てまどか! それは本当に、」
制止を振り切り、走り出す。
走り出して、
「ぁ」
さやかちゃんの足元から、方陣が広がり。
細剣が地面から生え、わたしのお腹を貫いた。
237 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 17:52:57.52 ID:hAzv6ppPo
さやかちゃん。
ごめんね。
わたし、それでも。
お腹に激痛が走る。
痛みなどと生易しいものではなく、もはやそれはただの熱と化している。
それでも歩みは止めない。
すると、また足元の陣が光って。
「バカ野郎ッ!!!!」
今度は何本となく剣が突き出されるけれど、そのほとんどは駆けて来た杏子ちゃんが薙ぎ払う。
だけど全部を止めることはできず、残ったいくつかはわたしを庇った杏子ちゃんに。
「てめえ、本当に何も分からなくなっちまってんのかよ……!」
わたしはもう声を出せない。
ただ、前に進もうとするだけ。
「これがてめえの願った、幸せな日常だってのかッ!!」
怒声が響く。
もうそこがわたしの限界だった。
意識は飛び、舞台から退場する。
238 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 17:53:36.36 ID:hAzv6ppPo
「何よ、これ」
魔力の匂いを辿り、着いた先には。
血みどろの光景が広がっていた。
視認できるだけで、鹿目さんは命の危機にある。
佐倉さんは比較的軽症に見えるけれど、それは魔法少女にとっての肉体的な話。
精神的にどのような状態になっているかは、分からない。
そして何よりも、美樹さんは。
目の焦点も定まらず、返り血に制服を染めて自失している。
「暁美さん、鹿目さんを!」
「分かっている!!」
理解は全く追いつかないけど。
ただ今は、やれることを。
私の力なら、まだ鹿目さんを救うことは出来るはず。
その能力を存分に活かし、即座に暁美さんは鹿目さんを抱えて戻ってきた。
「酷い傷……!」
「まだ間に合う」
「ええ、間に合わせてみせるわ。 あなたは二人を」
そう頼み、力を傷の修復に集中させる。
余計なことは考えない。
とてもそんな余裕はない。
239 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 17:54:15.21 ID:hAzv6ppPo
「美樹さやか」
血を浴び赤に染まる彼女に、声を掛ける。
努めて冷静を装いながら。
「あなたの願いを思い出して。 あなたはこんなことを望んではいないはず」
幸せな日常が欲しいんでしょう。
それは私も同じだから。
「あなたさえこちらに歩み寄れれば、いつでも私たちはあなたを助けられる」
私がかつてそうだったように。
一人で解決できることなど何もない。
「お願いだから、正気に戻って」
こんな形で、あなたとの日々を終わりにしたくない。
私の幸せには、あなたという人も含まれているんだから。
240 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 17:54:45.89 ID:hAzv6ppPo
願いか。
あたしの願い、なんだったっけな。
そうだ、思い出した。
大切な人たちを護りたいって、そのための力が欲しいって。
でも、その結果がこれだもん。
救えないよ。
仁美も恭介も傷つけた。
マミさんも杏子もほむらも裏切った。
まどかに至っては、この手で半殺しだ。
こんなあたしに。
救いはいらない。
手元のソウルジェムに目をやる。
黒く黒く染まり、ヒビが入り始めている。
鮮血が紅を一筋。
それを見て、一言声が零れた。
「ごめんね、みんな」
そしてソウルジェムは砕け、グリーフシードが生まれ、魔女が孵る。
241 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 17:56:02.55 ID:hAzv6ppPo
**********************************************
[かつて美樹さやかだったモノ]
無力の魔女。
その性質は暴力。
「さやかぁぁぁぁああああああああああっ!?」
謝罪と同時に、さやかのソウルジェムは砕け散り。
周囲に結界が広がっていく。
それは紛れもなく、目の前に魔女が存在する証。
さやかは音もなく崩れ落ちた。
「何よこれ…………何がどうなってるの!?」
「おいてめえ、さやかに何をしやがった!」
訳も分からず声を発する。
だけど何となく、あれがさやかであるのだろうという想像はつく。
そうとしか考えられなかった。
魔女は叫び声を上げている。
あまりに悲しくて、痛ましい、助けてという声を。
「――――あれが、美樹さやかよ」
その予想は、時間遡行者によって肯定される。
それ自体は予想していたから、驚きはしないけれど。
242 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 17:57:24.46 ID:hAzv6ppPo
「――――魔法少女の末路は、そういうことなのね」
「ああ、その通りさ」
「てめえ、よくも騙しやがったな…………!」
怒りは収まらない。
お前さえいなければ、さやかはあんな目には、遭う事もなかったのに。
お前さえいなければ。
「誤解しないで欲しい、彼女はそのことを知っていたよ」
「なっ」
「全てを覚悟した上で、彼女は僕に契約を頼んだ。
君達に全てを話さなかったのは確かだが、彼女についてはそうではない」
「佐倉さん、おしゃべりはそのくらいにして!」
横向きに力を受ける。
ろくな受身もとれず吹き飛ばされ、数秒前にいた空間を巨大な剣が裂いていく。
その形は、とても見覚えのあるもの。
「何を話すのも後。 今は目の前の状況に対処を!」
ほむらがあたしを抱え、飛んでいたと気付くのはそれから。
確かに何を話すにしても、この場を切り抜けなければ仕方がない。
だけど。
243 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 17:58:44.62 ID:hAzv6ppPo
「……勝てると、思うのか」
その一言に、二人は視線を落とす。
全員それなりの修羅場を潜り抜けているだけあって、認識は早い。
あいつの力は、願いが願いだけに相当なものだった。
しばらくは技術の差があったから負けることもなかったけれど。
訓練の中で、驚くほど貪欲に技術を吸収して、またその力自身も増幅させていった。
その事実は、黒いシャルロッテと戦った時に思い知らされた。
かすむ視界の中見えた、一刀両断の光景だけは覚えている。
それが魔女になって。
おまけに引き寄せていた魔獣を片っ端から吸収したらしく。
はっきり言って、一切の勝ち目はなかった。
「でも、だけど」
「分かってる、諦めてむざむざ殺されるつもりはないよ」
ただ。
あたしは、もういい。
「ほむら、あんたに託す」
時を遡る能力を持っているんだろう。
それなら、きっと。
「こんな結末を、どうか変えてくれ」
「……私も手伝うわ、一人では足りないでしょう」
「悪いな、地獄まで付き合わせて」
「別にあなたとなら、そこまで悪くはないわよ」
ほむらは泣きそうな顔をする。
そして。
「分かった」
244 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 17:59:30.32 ID:hAzv6ppPo
私は嘘が得意ではないらしいから。
その言葉は、時を止めて口にする。
決して誰にも聞かれないように。
まずは杏子。
背後に回りこみ、盾で頚椎を殴打した。
そのまま解除と共に、声もなく倒れ込む。
「あなた、」
また止める。
続いてマミも、停止中に同じように処理する。
二人の魔法少女の意識は、無事に刈り取れた。
「ふざけないで」
「あなたたちを犠牲にすることなんて、絶対に許さない」
「あなたたちがそれで満足でも、私は満足しない」
それを聞く人はいない。
けれど、口は止まらなかった。
245 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 18:00:40.70 ID:hAzv6ppPo
そして魔物に向かい合う。
これは最早オクタヴィアではない。
それ以上に深い深い絶望が、彼女を支配していた。
二人を気絶させた以上、私が一人で戦うしかない。
でも決して死んでやるわけにはいかない。
私の背中には、三人の命が掛かっているから。
力を込める。
魔力を練り上げる。
すると右手に、一つの温もりが。
「ほむらちゃん」
「お願いだから、死なないで」
246 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 18:01:33.02 ID:hAzv6ppPo
その温もりを糧に。
私は力を思い出す。
かつて私が振るった、強大な力を。
「――――ああああああああああぁぁぁぁあああああああああああああああッッッッ!」
背が裂ける。
そして生えるのは、黒い黒い黒い黒い翼。
力が噴出し、それを受けて翼は力強く広がる。
握る手を決して離さず、力を鏃に代えて解き放つ。
翼から羽根が追従し、破壊の奔流となって吹き荒れた。
247 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 18:02:39.07 ID:hAzv6ppPo
**********************************************
「くそ、いてて」
「目が覚めた?」
「…………どうなった」
目を覚ました杏子は、私の姿を認めるや否や表情を変える。
それも当然だろう。
「倒したわ」
「あたしらがここにいるってことは、そうなんだろうな」
場所は巴マミの家。
まどかは家に帰したが、尚も眠り続ける巴マミ、そして美樹さやかの死体はここにあった。
状況を鑑みれば、そこまでは理解できるだろう。
分からないであろうことは、一つ。
「トドメは」
「さした」
「嘘つけ」
パン、と。
乾いた音が私の頬に響く。
「それが何を意味してるか、分かってんのか」
「……分かってる、けど」
「もう一発」
もう片方の頬を叩かれる。
それも仕方がない。
あの状態の彼女にトドメを刺さない事は、数多の人々を危険に晒すことと同じ。
だけど。
「私には、どうしても、できなかった」
「なら、あたしが行く」
そう言い残し、佐倉杏子は家を出て行く。
引き止めることはできなかった。
248 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 18:03:33.43 ID:hAzv6ppPo
「……死に場所を手に入れたと、思ったんだけどな」
「巴、マミ」
「助けられちゃったみたいね。 ありがとう」
「もうあんなことはしないで」
「ごめんなさいね、あなたには謝ってばかりだわ」
その音に気が付いたのか、もう一人の魔法少女が目を覚ます。
彼女は不思議と落ち着いていた。
「あなたの知ってること、洗いざらい話して貰うわよ」
「ええ」
もっと早くに話せば良かったのか。
それすらも分からない。
もはや理性を制御できなくなって。
ただ、初めて契約した時のこと、みんなを失ったときのこと、これまでのこと、全てを打ち明けた。
世界が一度改変されたことも。
まどかをこの手で殺したことも。
ありとあらゆる感情をぶちまけながら。
249 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 18:04:42.84 ID:hAzv6ppPo
「そう」
語り終えた後の一言は、とても短かった。
私はただ、断罪を待つ。
「こんな小さな体で、ずっと戦ってきたのね」
「……ええ」
「ここで諦める?」
「絶対に、嫌」
「それなら」
強く腕を引かれ、
強く身体を抱きしめられる。
「あなたは決して絶望してはいけない。
あなたの背中には世界が、いえ宇宙が乗せられている。
あなたが犠牲にしてきたもの全てに報いるために、何があっても前を向きなさい」
それはとても厳しい言葉。
でも何故か、すごく優しい言葉に聞こえて。
これで何度目だろうか、涙を流してしまう。
「泣きたい時は泣きなさい、あなたの背負うものに潰されないように」
「う、うぁっ……………………」
「負担を少し軽くしてあげるくらいなら、きっと私にもできるから」
私のやるべきこと。
ワルプルギスの夜を打倒すること。
魔獣の問題を解決し、みんなと一緒に平和を享受すること。
大切な柱が一本折れてしまったけれど、
だからといって、残りの柱を折っていいわけがない。
力を尽くして、それから考えよう。
でも、涙が枯れ果てるまでしばらく、ここで甘えてもいいかな。
250 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 18:05:27.90 ID:hAzv6ppPo
「……ただいま」
「おかえりなさい」
ようやく泣き止んだ暁美さんを家に帰して。
しばらくしてから、佐倉さんも帰ってきた。
「目的は、果たせたの」
答えはない。
ただ彼女は、ベッドに横たわる死体へと歩み寄る。
「こいつさ、あたしたちのこと護るって言ったじゃん」
「あたしたちの居場所になってやるってさ」
「何があっても死なないで、ずっと一緒にいようってさ」
「それなのにさ」
「マミ、あたしを殴ってくれよ」
「トドメ、刺せなかったよ」
「ばかやろう、ばかやろう。 なんで先に死んじまうんだよ」
「置いていかないでよ、あたしと一緒にいてくれるんじゃなかったのかよ」
「バカヤロウ…………ッ!」
もはや誰に話しかけているのか、それも分からない。
ただ感情のままに言葉を吐き出している。
しかしそれも、きっと無理のないことだった。
死体にしがみつき、涙を流し続ける彼女に、後ろから覆い被さる。
「そんな乱暴なこと、しないわよ」
「守りましょう。 彼女が守ろうとした世界を」
251 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 18:06:43.86 ID:hAzv6ppPo
**********************************************
部屋で一人呟く。
話し相手は、一匹。
「あれ、なんだったのかな」
「僕にもさっぱりわからないよ。
ただ、君の力を彼女が引き出したようには見えたかな」
「わたし、どうすればいいんだろう」
「誰かに決めてもらうことではない、それは確かだね」
その通りだ。
みんな自分で考えて、苦悩の末に自分の行動を決めている。
その結果がどんなものであったとしても。
大切な親友を失ったこと。
あまりに非現実的で、とてもその事実を受け入れられない。
だけどきっと、わたしはそれを理解しないと、前には進めない。
ほむらちゃんが言っていた、ワルプルギスの夜が訪れる日。
その日まで、わたしはただ考え続けよう。
一番簡単なことなのに、わたしはそれを避け続けていた。
もし判断しなきゃいけない時が来たら、きっと後悔しないように。
「一人にしてもらっていいかな」
「もちろんさ」
キュゥべえは素直に聞き入れ、窓から去っていく。
さやかちゃんがあんなことになったのは、間違いなくキュゥべえのせいでもあるのに。
何故か憎む気にはなれなかった。
252 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 18:07:29.28 ID:hAzv6ppPo
**********************************************
「僕はこの世界を、君達に託そう」
「理屈のみに従って行動する僕にはもはや、何が正しいのか分からない」
「世界を観測しても、正しい道理がどこにあるのか分からない」
「だからどうか、ゆっくり考えてくれ」
「感情を持たない僕たちのかわりに、この世界のために」
253 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 18:08:15.97 ID:hAzv6ppPo
**********************************************
様々な人達の苦悩を乗せて。
様々な生命の想いを乗せて。
そうして、死者を囲い込む夜が訪れる。
254 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 18:09:09.61 ID:hAzv6ppPo
第十三回、行きます。
最後までお付き合いいただければ、幸いです。
255 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 18:09:45.66 ID:00KQ2ab1o
一旦乙
最後まで付きあおう
真に豆腐なのは上条だったか 256 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 18:10:09.58 ID:hAzv6ppPo
[ワルプルギスの夜]
舞台装置の魔女。
その性質は無力。
回り続ける愚者の象徴。
この世の全てを戯曲に変えてしまうまで無軌道に世界を回り続ける。
「まどか、リボンを貸してくれないかしら」
「そうすることで、わたしが力になれるなら」
彼女のリボンを受け取り、髪を二つに結ぶ。
背中から翼が躍り出る。
ただでさえ強力なワルプルギスの夜は、魔獣の群れを吸収して肥大化し、
それに留まらず、サーカスの構成員として無数の魔獣を引き連れていた。
尋常の力では抵抗できない。
何故引き継げたのか分からないけれど、これ以外に対抗する手段はもはやなかった。
「あなたたちは、私をワルプルギスの夜本体の所まで送り届けて欲しい」
「確かに、一介の魔法少女の力を超えているね。
ワルプルギスの夜も、君のその黒翼も」
「あなたを送り届けた後は、鹿目さんを守りつつ撤退でいいのかしら?
残党の魔獣たちと交戦する必要は?」
「この魔獣たちは、ワルプルギスの夜の力によって召還されているようだから。
核となる魔女を倒せれば、ほとんどはそれに引きずられて消滅するはず」
「了解よ」
「勝算は、あるのか」
「ええ」
「ならいい、ヘマして死んだりしたら承知しねーぞ」
即答する。
かつては魔獣の前に力尽きた身だけれど、今の私には守るべき物があるから。
決して折れてはいけないと、心に刻み込んだから。
ワルプルギスの夜などに、負けるわけにはいかない。
私のすべきことは、もっともっと先に、あるのだから。
「行きましょう」
翼を広げて飛び立つ。
闇を切り裂きながら。
未来を掴むために。
257 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 18:11:14.01 ID:hAzv6ppPo
先に進む度、光線の密度は高くなっていく。
それは線ではなく、面ですらなく、立体。
かつて私の身体を焼いたような。
「ここが限界ね……!」
「すまねえ、頼んだ!」
二人から声の後押しを貰い、前に進む。
行く手を塞いでいた魔獣は、銃と槍の連撃を受け塵と消えた。
ここからは私一人の戦いとなる。
でも、彼女達から受けた言葉があるから、決して独りではない。
そう心に刻む私に、尚も声が掛かる。
かつて聞いて、そして今、何よりも欲しかった言葉が。
「ほむらちゃん!」
「がんばってぇえええ!!!!」
彼女らしくもなく、大口を開けて、声を張り上げて。
勇気をくれた。
「ついに会えたわね、ワルプルギスの夜」
光の弾幕を抜けて、ぽっかりと空いた空間に浮かぶ舞台装置の魔女に宣戦布告する。
ケリをつけよう。
全ての運命と、全ての因果に。
258 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 18:12:12.41 ID:hAzv6ppPo
飛び交うビルや炎、光線を避けながら、力を収束させる。
想像するのは、かつての力。
数え切れない魔獣を屠り、死して尚、神をも殺した罪深き力。
時を遡り、世界を翻し、なおも貫く意思の力。
創造するのは、巨大な鏃。
かつて彼女がそうしたように。
私もまた自然とその形を具現していた。
万感の想いを込めて、神殺しの矢を放つ。
「せめて、安らかに」
放った矢は狙い違わずワルプルギスの夜を貫き、地面へと縫い止め。
続く無数の黒い光弾がその身体を、砕いた。
259 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 18:12:49.38 ID:hAzv6ppPo
そして。
遥か彼方から飛来した黒い鏃が、私の胸を撃ち抜く。
「――っ、――――?」
その形、その色、その力。
全てが私の創造したそれと等しかった。
訳も分からぬまま、私は地へと堕ちる。
胸に凄まじい熱を感じながら。
呼吸は出来ないし、それどころか全身が一切動かない。
何もかもを理解できなかった。
260 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 18:13:17.33 ID:hAzv6ppPo
だが次の瞬間、全てを理解する。
私の翼は弾け、そこから魔獣が生まれた。
261 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 18:14:06.19 ID:hAzv6ppPo
(ああ)
(そうだったんだ)
(この世界の魔獣は、私が持ち込んだんだ)
(あの世界の記憶と一緒に、あの世界の力と一緒に)
(だから私はこの力を振るえた)
(私の放った矢は、神を殺すもの)
(神ってなんだっけ?)
(確か)
(時を超え、世界を超え、その力を振るうもの)
(私は、もう)
そして、黒弾が飛来する。
その尽くは私の身体を撃ち抜き、滅ぼした。
262 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 18:14:45.89 ID:hAzv6ppPo
薄れ行く意識の中、思う。
ワルプルギスの夜を倒しても、きっと魔獣は消えない。
私が滅びても、その力の残渣がいつまでも魔獣を生み続ける。
全ての人類を呑み込むまで。
まどかの力を呑み込んだ所で、もはや留まる理由がないだろう。
ごめんなさい。
私はあなたを、救えなかった。
誰を救うことも、出来なかった。
幸せにはなれない。
なれようもない。
絶望が身体を支配する。
そして暁美ほむらは死に、一人の魔女が生まれる。
263 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 18:15:26.87 ID:hAzv6ppPo
**********************************************
[かつて暁美ほむらだったモノ]
深淵の魔女。
その性質は絶望。
「おい、アレどうしたんだよ!?」
「私に言われたって分からないわよ!」
ほむらがワルプルギスの夜を撃ち抜いた所までは、見えていた。
だが次の瞬間、視界が魔獣どもに覆われて。
再び開いた視界には、巨大な杭を胸に打たれたほむらが地面に磔とされていた。
今はまた、さらに数を増した魔獣どもによって影も形も見えなくなっている。
「うそ、うそ」
「クソッ、とにかくあそこまで行くぞ!」
「早くした方がいい、凄まじく嫌な予感がする!」
茫然自失とするまどかと、いつになく慌てふためくキュゥべえ。
何もかもが異常だが、ここであたしたちまで正気を失うわけにはいかない。
そうなれば、みんな死んでしまう。
264 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 18:16:06.86 ID:hAzv6ppPo
少しずつ、少しずつ魔獣の数を減らし。
ようやく辿り着いた先に見えたもの。
それは。
「いや、いやだよ、ほむらちゃん…………!」
地面に縫いとめられ、血でその身体を彩るほむらの死体。
その顔は、哀しみと絶望に歪んでいた。
「うそだよ、こんなの、うそだよ」
まどかが死体に歩み寄る。
そして、触れようとして、
「鹿目さん、離れなさい!!」
黒い影が死体から浮き出る。
それが何かは、直感で理解できた。
魔女になったほむらが、そこにいた。
265 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 18:17:06.51 ID:hAzv6ppPo
「――――――――」
その子は、私には聞こえない声で叫ぶ。
呪いを。
魔法少女だけに、かかる呪いを。
「おい、うそ、なんだこれ」
「やめて、嫌、嫌よ」
二人のソウルジェムが、瞬時にどす黒く濁る。
そして砕ける。
「マミさん、杏子ちゃん」
空ろな声で二人を呼ぶけれど、返事はない。
あるわけもない。
そこに居たのは、二人の魔女。
そこにあったのは、二つの遺体。
266 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 18:17:47.61 ID:hAzv6ppPo
そしてその子は、私にも聞こえる声で謳う。
絶望を。
「――――――――」
言葉が何かは分からなかったけれど、意味は分かった。
魔獣が山と地から生える。
「ほむらちゃん」
今の私にできることは、なんだろう。
考えに考えたけど、結局何も答えは出せなかった。
このまま死んでしまうのだろうか。
ただ、こんなにも心を傷つけた、彼女が可哀相でならなくて。
もはやそこに心はないと知っていながらも、彼女の血に濡れた遺体を抱きかかえる。
そして。
全ての記憶が、戻った。
267 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 18:18:27.40 ID:hAzv6ppPo
魔女が嗤い魔獣が躍る地獄で。
わたしは全てを思い出した。
そしてこれから何をするべきか、すぐに答えを出す。
「ほむらちゃん、さやかちゃん、マミさん、杏子ちゃん」
「わたしの願い、分かったよ」
時を超えて、世界を超えて。
彼女達はいつも必死だった。
幸せを掴もうと必死だった。
268 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 18:18:58.16 ID:hAzv6ppPo
「――君はその命を対価にして、何を希う」
「この世界、プラスとマイナスの総和がゼロなんだよね」
「ああ」
「それ、本当?」
「本当だよ」
「何で分かるの?」
「何で、って」
「そんなわけ、ないじゃない」
こんな。
こんな世界が。
そんな平等な法則で、作られているわけがない。
269 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 18:19:49.16 ID:hAzv6ppPo
「この世界は圧倒的にマイナスで出来てる」
「馬鹿な……、そんなこと」
「試してみる価値はあると思わないかな」
「しかしそれは、一つの個体に成し得る願いじゃない、神の否定ですらある!」
「神サマは、さっきほむらちゃんが殺しちゃったよ」
「もう神は、居ないって言うのか」
「だからわたしが作り変える。 プラスとマイナスがゼロになるように」
「歴史は確実に変わる、君達がまた出会える保証なんてどこにもないよ」
「絶対に会えるよ」
「魔法少女は奇跡を起こす、か」
そう。
きっと奇跡は起こせる。
起こしてみせる。
270 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 18:20:31.65 ID:hAzv6ppPo
「いいだろう! 鹿目まどか、君の願いを叶えてみせろ!」
「これはわたしの願いじゃない。 これまで苦しんだ人、これから苦しむ人、みんなの願い!」
だからきっと。
わたしは独りじゃない。
光が集う。
その光はわたしに集まった因果。
それは過去のわたし。
それは過去の魔法少女。
それは過去の世界に生きた人々。
全てを私の中に受け止め、力に変える。
そして光は消え、元の世界が戻ってきた。
わたしは魔法少女として、地獄に降り立つ。
最後の仕事を終えるために。
271 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 18:21:19.81 ID:hAzv6ppPo
**********************************************
「君の願いは、叶えられた」
「でも、予想と違うね」
「世界は改変されたが、歴史はまだ改変されていない」
「神サマはもういないのに?」
「神は確かにいなくなったが、神の遺したシステムが動いている」
そのシステムが何かは、すぐに理解した。
魔女は消えていたけれど、魔獣は依然としてそこにいる。
「つまり、これを倒したら」
「君の勝ちさ、世界は書き換わる」
「逆に、倒されたら」
「君の負けだ、君という存在は世界から消えてなくなるだろう」
272 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 18:21:59.67 ID:hAzv6ppPo
「――――そいつは、分かりやすくていい!」
「明確な終点が見えているなら、やることも単純ね!」
槍が魔獣を貫き、
銃が魔獣を砕く。
「マミさん、杏子ちゃん」
「いい顔してんな、まどか」
「あなたの光が、私の希望になったわ。 本当にありがとう」
273 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 18:22:31.40 ID:hAzv6ppPo
そして、
「散々迷惑かけて、今更出てくるのもちょっとアレなんだけどねッ!!」
大剣が魔獣を叩き割る。
「遅いぞ、バーカ」
「うっさいなあ、これでも出来るだけ急いだんだってば」
「さやかちゃん」
274 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 18:23:08.09 ID:hAzv6ppPo
最後に。
「諦めるにはちょっと、早かったかしらね」
地雷とミサイルが魔獣を焼き尽くす。
「前を向きなさいって、言ったのに」
「……面目ないわ」
「ほむらちゃん」
275 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 18:23:36.34 ID:hAzv6ppPo
五人が揃う。
世界最後の魔法少女として、この世界を変えるために。
ちっぽけな存在でしかない一人一人が、この宇宙を変えるために。
「行こう、みんな」
弓を構える。
大小ありとあらゆる魔獣が目の前に聳えるけれど。
負ける気など微塵もしなかったし、負ける理由など欠片もなかった。
276 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 18:24:35.44 ID:hAzv6ppPo
**********************************************
「おめでとう、君達の勝ちだ」
「当たり前だよ、五人揃えば無敵だもん」
魔獣の群れは殲滅した。
世界改変のための障害は消え。
歴史の改変が、始まろうとしていた。
そしてまずは、杏子ちゃんが光に包まれる。
世界が変わるために、一度全ての存在は消えるから。
277 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 18:25:07.77 ID:hAzv6ppPo
「っと、まずはあたしからか」
「こんなことになるなんて、思ってもみなかったけどな」
「あたしでもみんなの役に立てたみたいで、よかったよ」
「さやか、あんた次の世界で会ったら盛大に説教だからな」
そう一方的に言い遺し、光に解ける。
彼女らしい最後だった。
278 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 18:25:38.02 ID:hAzv6ppPo
「あら、次は私ね」
「色々なことがあって、色々な悩みがあったけれど」
「こうして終わることができて、私は満足よ」
「また会って、お茶しましょうね」
そう言って、背中を向けて。
きっと泣いていたのだろうけど、その顔をわたしたちに見せることはなかった。
279 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 18:26:19.21 ID:hAzv6ppPo
「んであたしか」
「また会うことがあったら、謝り倒すしかないと思ってたんだけど」
「今はそれより、ありがとうって言った方がいいよね」
「本当にありがとう、またよろしくね」
再び現れた彼女は、また光へと消えていく。
名残惜しくはあったけれど、きっとまた会えるから。
そして残されるのは、二人と一匹。
280 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 18:26:59.39 ID:hAzv6ppPo
「おや、先に僕のようだね」
「うん、そうみたい」
今度はキュゥべえが、光の中へ。
その表情には相変わらず変化も見えないけれど。
「僕はどうなるんだろうね、さっぱり予想が付かないよ」
「観測者の役割も、エネルギー回収の役割も、持たなくなると思う」
「しかしそうすると、やることがなくなるね」
「ううん」
間違いなく、一つの変化が起こる。
「あなたには、感情が与えられると思う」
「…………それはまた、興味深いね」
「手に入れた感情で、新しい世界を生きて。 それがあなたのやることだよ」
「感情か、ありがたく使わせてもらうとするよ」
そうして姿を消してゆく。
その表情は、心なしか普段よりも笑っているようだった。
281 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 18:27:55.66 ID:hAzv6ppPo
そしてほむらちゃんもまた、光の中に。
その表情は、喜びと悲しみと。
「まどか」
「何かな、ほむらちゃん」
「あなたは、神になるの?」
「ううん、そんなことないよ」
わたしは思い出したから。
あなたの言葉を、あなたの想いを。
「わたしもみんなと同じ時を生きる。 絶対に生きてみせる」
「それなら、いい」
「またみんなで笑おう。 お泊り会して、一緒にご飯食べて」
「お酒だけは遠慮したいけれど」
「えへへ、そうだね」
そして、どうしても伝えたい言葉が一つ。
あの時も伝えようとしたけれど、ちゃんと形にできなかったもの。
「ほむらちゃん、わたし、ずっと言いたかったことがあるんだ」
「偶然ね、私もよ」
「じゃあ、せーので言おうか」
当時は黒に染められた闇の中で。
現在は白に染められた光の中で。
その先にあるのは苦難の道ではなく。
望み続けた幸せが叶う世界。
「「 またね 」」
光が彼女を包み込み、わたしは一人残される。
282 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 18:28:40.59 ID:hAzv6ppPo
「これで、最後かな」
光はとうとう、わたしを包む。
世界の改変は終わろうとしていた。
本当にどうしようもない世界だった。
悲しみと憎しみばかりを繰り返す、どうしようもない世界だった。
だけど、その世界で生きた人がいたからこそ、今のわたしがここに在る。
だからこそ、消え行く世界に感謝を。
「ありがとう」
そして。
これから生まれる世界に、祝福を。
「おいで。 幸せな世界」
光が視界を埋めていく。
わたしの意識は、そこで消えた。
283 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 18:29:40.95 ID:hAzv6ppPo
第十三回、終了です。
お付き合いいただき、ありがとうございました。
あとは気が向けば、エピローグでもゆっくり書こうかなと思っています。
284 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 18:33:11.48 ID:00KQ2ab1o
完結、お疲れ様
世界の歪みも帳消しにする願いとは何ぞや? 285 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 18:36:29.00 ID:hAzv6ppPo
>>284
「プラスとマイナスの総和をゼロにしてほしい」ですね
魔獣などの世界の歪みはマイナス過剰だったがゆえに生まれたもの、としています
295 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/20(月) 00:01:46.47 ID:J5gLLEe8o
乙乙。どうやってここから救われるんだとハラハラしてた。 291 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 22:54:12.81 ID:it0ttSTp0
圧倒的な展開だった、乙297 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/20(月) 22:17:18.19 ID:6tXPL4JPo
いやー…もうすごいとしか言えない
こんな素晴らしいものを読ませてくれてありがとう
エピローグ、楽しみにしてます 286 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/19(日) 18:44:26.92 ID:PBHWMFwUo
乙
エピローグ期待してる 299 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/23(木) 23:48:05.90 ID:Cg05IDA/o
エピローグ、投下します。
300 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/23(木) 23:48:40.37 ID:Cg05IDA/o
「温泉に行きましょう」
「嫌です!」
即答で返す。
だって温泉に行くと、イヤでもそこを意識してしまうから。
わたしになくて、マミさんにある二つの兵器を。
「えーいいじゃん、温泉行きたいよ温泉ー」
「私も時間の都合が取れたら、行ってみたいですわ」
さやかちゃんと仁美ちゃんも加勢する。
それなら、仲間であるはずの二人はどうか。
「おーいいなあ、うまいもんあるんだろ温泉って」
「あ、わたしも……行ってみたいです」
逃げ場はなくなった。
それどころか。
「わたし、体弱くてあまり外出できなかったから、行ったことなくて」
「それなら是非とも連れて行ってあげたいわね、いいところよ温泉って」
これでも断るの?という視線。
一緒に行こうよ、という視線。
断れるはずもない。
「ううぅぅう…………分かりました、行きましょう」
やったあ、というハイタッチが交わされる。
その中にほむらちゃんも混じっていて、ちょっと複雑な気分になった。
301 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/23(木) 23:49:54.21 ID:Cg05IDA/o
電車を乗り継ぎながら、目的地へと向かう。
それはまさに小旅行。
「最近の電車はお手洗いが付いているんですのね」
「あたしもこれは初めて見たけどねー、まるで新幹線だ」
「おーい、さやかに仁美、こっち席空いてるぞ」
杏子さんに呼ばれ、席へ。
その形も、時々見る長椅子ではなく、対面式の四人掛けのもの。
「…………感動ですわ」
「感動、です……」
「ちょっとちょっと、二人ともさすがに世間をだね」
「いいじゃないの、純粋で」
「ところで杏子ちゃん、それなに?」
「味噌漬け沢庵だってさ、おいしそうだったから買ってみたんだけど」
「えっ」
「…………しょっぱい」
「当たり前だと思いますわ……」
めいめい自由なことを話しながら、電車は私たちを連れて走る。
流れる風景も、吹き込む風も、全てが綺麗で、目新しくて。
予定を無理に詰めてでも、来て良かったと思う。
302 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/23(木) 23:50:49.92 ID:Cg05IDA/o
「着いたーっ!」
電車を乗り継ぎ、バスを乗り継ぎ。
はるか見滝原から離れた温泉街に、私たちは到着した。
硫黄の匂いが鼻につく。
土産物屋が道の両脇に広がる。
少しひなびた、旧き良き空気が、日頃の疲れを癒していくけれど。
この子はなかなかそうもいかないらしい。
さすがに見かねたので、声を掛ける。
「……暁美さん、大丈夫かしら?」
「だ、大丈夫……です」
「ちっとも大丈夫に見えねーっつの」
彼女にはちょっと強行軍だったらしい。
まあ、病気のせいでろくに出歩くこともなかったのだから、それも仕方ないのだろう。
「肩、お貸ししましょうか」
「ここまで……来たから、頑張り、ます」
「無理しちゃダメだよ。 限界になったら言ってね」
あれで意外と強情だから。
たぶん、大丈夫だろう。
303 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/23(木) 23:51:43.77 ID:Cg05IDA/o
到着したのは、小さなホテル。
民宿もいいけれど、女子中学生だけで行くのには少し危ないし。
「はぁ、はあ…………」
「ほむらちゃん、よく頑張ったね」
途中坂を登ったせいで、ほむらは息も絶え絶えだった。
言えばおんぶくらいはしてあげたのに。
そう思いながらロビーに上がったところで、一ついい案を思い付いた。
目に入っていたのは、露天風呂の看板。
「あーみんなここにいて! あたし荷物まとめて置いてくるから」
「ん、ならあたしも付き合うか」
杏子は察してくれたらしく、助力を申し出てくれる。
一人だと持つ量も多いしありがたい。
全員分の荷物を分けて持ち、部屋へ運び込む。
「あんたにしては、いいこと思いつくじゃん」
「見直した? 惚れ直してもいいのだぞー」
「アホなこと言ってんじゃねえっての」
そんな下らない事を言い合いながら、浴衣と帯の山を抱えて戻る。
途端にほむらの目が輝いた、よっぽど楽しみにしていたのかな。
「ここからだと、どこに行けばいいの?」
「離れに露天風呂があるみたいですわね」
「決まりね、行きましょう」
「ほむら、もう少し平気か?」
「はい!」
その返事は力強い。
こっちとしても、嬉しくなるくらいだった。
304 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/23(木) 23:53:00.62 ID:Cg05IDA/o
「ふはー…………」
「いいお湯だねえー…………」
露天とは言いながらも、岩がごつごつと張り出しているようなものではなく。
檜で組んだ大型のお風呂が、外を見渡せる位置に設けてあるタイプだった。
でも、疲れた身体を伸ばすには、むしろこちらのほうがありがたい。
思わず頬が緩んでしまう。
「鹿目さん、楽しんでくれてるようでなによりだわ」
「わたしだって、温泉は好きです」
そうしてくつろぐわたしの視界に現れるのは、マミさん。
タオルなどでは到底隠しきれない膨らみを携えて。
「そんなものを持っているのが悪いんですーーー」
ぶくぶくとお湯に沈む。
行儀が悪いと、分かってはいるけれど。
「ほらほら、ふてくされないの。 そのうち成長するってば」
「そうよ、小さいのだって可愛いじゃない」
「……巴さんが言っても、説得力、ないです…………」
ほむらちゃんも、自分の胸元とマミさんの胸元を交互に見つめながら愚痴をこぼすけど。
スレンダーな体型も、彼女になら似合うと思う。
「別に胸の大きさなんてどうでもいいと思うんだけどなあ」
ボーイッシュな杏子ちゃんも、同様。
動き回るにはその方が都合もいいだろう。
その一方わたしは。
305 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/23(木) 23:53:59.70 ID:Cg05IDA/o
「……どうせ幼児体型だよおおおおおおおおっ!!!!」
「おいバカ、風呂場で走るな、あっ」
足をぬめった床に取られ、
視界が90度回転して下へ向く。
思わず目を瞑ってしまい、
「まったく、世話が焼けるんだから」
「反省しろ反省」
「ごめんなさいー……」
マミさんと杏子ちゃんに助けられていた。
反省します。
「……丸見えだったね」
「……丸見えでしたわね」
「……………………」
「……うお!? ほむらがのぼせて溺れてるッ!?」
「暁美さん、しっかりしてください!?」
306 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/23(木) 23:54:39.12 ID:Cg05IDA/o
……また迷惑かけちゃった。
今は部屋に入って、鹿目さんに手当てをしてもらっている。
彼女の顔はまだ、見ることができない。
「だめだよ、ちゃんとのぼせる前に上がらないと」
「……気をつけるね」
「とりあえず晩ごはんまで時間あるし、ゆっくり休んでね」
そう言った彼女は、私の布団のそばに椅子を置いて座る。
それはとても嬉しいけれど、
「……みんなと一緒に、いてもいいよ?」
「だーめ、ほっておけないもん」
せっかく温泉まで来たのに、そこまで手間をかけさせたくない。
しかしながら、その提案はあっさり却下された。
「……ありがとう」
「はい、よくできました」
307 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/23(木) 23:55:23.43 ID:Cg05IDA/o
そこでしばらく言葉は途切れる。
こんな穏やかな時間もいいかな。
そう思うのだけど、
「あれ、ここ動くぞ」
「わっ杏子今そこ開けんなー!」
「何言ってうおっ!」
開けられた仕切り戸の隙間から枕が飛来して。
鹿目さんの顔面にクリーンヒットした。
「……あらあら」
「……鹿目さん、大丈夫ですか?」
ひとしきり震えた彼女は、
静かに枕をどけて。
「さやかちゃーん?」
「うわああああ!? ごめんーっ!!」
そうして大騒ぎが始まる。
眠れそうにはなかったけれど、それを見ているだけで元気がもらえる気がした。
308 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/23(木) 23:56:34.39 ID:Cg05IDA/o
夕食を終える。
普段家では見られないようなものだったけれど、みんなで食べているだけでそれはとても格別で。
ついつい楽しくなって、食べ過ぎて、騒ぎ過ぎてしまった。
もっとも、あの二人ほどではないけれど。
「げっぷ」
「うごけねえ」
「……美樹さん、佐倉さん、食べすぎよ」
「さやかちゃん、こっちに卓球台あるよ」
「っしゃあ勝負だ杏子!」
「いい度胸してんじゃねーか、かかってこいや!」
何と言えばいいやら。
食べた後に運動は、本当のところよくないのだが。
でもなんとなく、彼女たちなら平気な気がする。
自分はというと、運動神経に自信があるわけでもなく、
また当然のように動ける気もしないため、素直に辞退することにした。
「では私は観戦させて頂きますわね」
「マミさん、わたしたちもやりませんか?」
「四人になるし、ちょうどいいわね」
「よし、んじゃまどかこっちきな」
「足引っ張るんじゃねーぞマミ」
「私の台詞よ」
よく分からない火花を散らしながら、チームが分かれる。
とても楽しそうに。
「……志筑さんも、やりたいですか?」
「食後は、ちょっと怖いですわね」
「みんな、タフですよね」
「全くです」
そんな私や暁美さんの憧憬を、知ってか知らずか。
四人は激しいラリーを開始していた。
309 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/23(木) 23:57:37.24 ID:Cg05IDA/o
カツンコツンと、ピンポン玉の打たれ弾む音がリズムよく響く。
どちらかといえば、佐倉さんと巴さんのペアが優勢。
鹿目さんに美樹さんもよくやっているけれど、運動量とテクニックでどうしても差があるようだった。
それを理解してか、挑発が飛ぶ。
「どうしたさやか、足が追い付いてねえぞ!」
「何をこなくそ、 食らえさやかちゃんスペシャル!」
「待ってさやかちゃん、卓球で両手打ちは絶対に何か違うよ!?」
「しゃあああああああ!!」
ダブルハンドから半ばヤケクソに放たれたピンポン玉は、まっしぐらに進む。
狙いを見事に外して、巴さんの方向へ。
「いいわ、それがあなたの必殺技なら」
「私も本気で返してあげる」
彼女は卓球台の遥か後方へ。
当然のようにノーバウンドで突き進む玉が、重力に引かれ落ちる位置へ。
「ティロ・フィナーレッ!」
地面スレスレから振り上げられたラケットが、ピンポン玉に強烈な回転を与えながら弾き返す。
それは美しい円弧を横に描き、浮き上がりながら卓球台で跳ね。
そのままさやかさんの脇腹に突き刺さった。
「ごふぁ!?」
「暁美さんや志筑さんに当たったらどうするの、はしゃぎすぎよ」
「はい、ごめんなさい……」
さやかさんは、怒られて縮こまる。
自業自得としか言いようがないけど、放っておくのもなんとなく。
「私は大丈夫です、それより皆さん浴衣がはだけてますわ」
「……あら、恥ずかしい」
「着付け直しついでに、今度こそ露天風呂に参りませんか?」
310 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/23(木) 23:58:28.93 ID:Cg05IDA/o
「―――――うわあ、すごい」
「絶景、ね」
夜もそれなりに深まって、満天の星空が頭上を覆う。
ホテルから少し歩いた渓流沿いに、その温泉は広がっていた。
「これぞまさに露天、ってか」
「歩いた甲斐、ありました……」
岩に囲まれたお湯は、硫黄の香りをこれでもかと主張している。
ざらざらの岩に腰掛けながら、足を暖める熱を楽しむ。
少し歩いた程度の疲れなど、すぐにどこかへ飛んでいってしまって。
なんとなく、言葉が出ない。
空と地と、私たちを包む世界の雄大さに圧倒されてしまっているからか。
それとも、今日一日限りのこの旅行が、とても楽しいものであるからか。
「こんな日常が、ずっと続けばいいのにな」
そんな私の気持ちは、美樹さんが代弁する。
本当に、こんな時間が、ずっと続いていけばいいのに。
でも。
311 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/23(木) 23:59:13.32 ID:Cg05IDA/o
「残念だけど、そうとは限らないわね」
「……やっぱ、そうですか」
巴さんがそれを否定する。
その否定もまた予想していたように、美樹さんが声を返す。
「マミさんも三年だから、これから忙しいんですよね」
「あー受験かあ……めんどくせえなあ」
「仕方のないことだと思いますけれど、やっぱり嫌なものですね」
「高校にはエスカレーターで上がるとしても、どうしても時間は取られてしまうでしょうし」
「…………大学、それ以上になれば」
みんなの話を聞いている内に。
何故か、口が勝手に動いて。
「もっと離れ離れに、なってしまうかもしれないんですね」
312 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/24(金) 00:00:12.49 ID:GrFMFIkKo
「そうね、その通りよ」
「……そう、ですよね」
あっさり肯定されてしまう。
ちょっと涙が零れそうになって、
「けど、そんな悲観しなくてもいいんじゃないの?」
「一緒にいられる時間が減っても、遠く離れてしまっても、永遠に会えないなんて事はありませんわ」
「いつだってこの空を見上げれば、その先に誰かがいるんじゃないかしら」
「別に電話でもすりゃいいじゃん、気付いたら出てやるよ」
なんとか堪えたと思いきや、
「大丈夫だよ、ほむらちゃん」
「わたしたち、きっとずっと繋がっていけるから」
「だから今の、ここにしかない、この時間を楽しもう?」
「みんなで一緒に笑ってさ」
やっぱり、抑えられなかった。
313 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/24(金) 00:02:59.71 ID:GrFMFIkKo
**********************************************
「う、ん…………」
夜中にわたしは、ふと目を覚ます。
寝苦しいわけでも、寝すぎたわけでも、なかったのに。
光を感じ、周りを見渡してみれば、小さな明かりが窓際で灯っていた。
そこにいたのは。
長い黒髪を流し、浴衣に身を包んだ、わたしの親友。
「……ごめんね、起こしちゃったかな」
「ううん、なんとなく目が覚めて」
夜になるとさすがに冷え込む。
窓も開け放たれ、体の熱を奪っていく。
だけど、不快かと言われれば、そうではなく。
それは彼女も同じようだった。
「風が気持ちよくて、つい」
「うん、いい風」
さらさらと、黒が風になびく。
そこに交じるのは、膝元の白。
「その子は?」
「さっき窓から、懐かれちゃったみたい」
「そうなんだ」
314 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/24(金) 00:03:34.41 ID:GrFMFIkKo
窓の外は闇。
部屋の中には、仄かな明かり。
虫の鳴き声を僅かに残し、世界は静かにわたしたちを包み抱く。
「ねえ、ほむらちゃん」
一際強く風が吹き抜ける。
優しくわたしの体を、彼女の体を、撫でて過ぎる。
「あなたは今、幸せかな?」
315 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/24(金) 00:04:16.80 ID:GrFMFIkKo
彼女は考え込む素振りを見せてから、
静かに首を横に振る。
「……ううん」
彼女の口から放たれるのは否定。
首を傾げながら、戸惑いをその表情に浮かべながら。
「私、どうしても、分からなくて」
「こんなに満たされているのに、こんなに日々がいとおしいのに」
「何かを、なくしてしまったみたいで」
「鹿目さん、あなたは……?」
316 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/24(金) 00:04:57.47 ID:GrFMFIkKo
ここで肯定を返してくれれば、それでよかったけど。
彼女は違った。
なくしたものを確かに感じていた。
その思いが彼女の胸にあることが、確かな現実だった。
それが悲しくて嬉しくて、わたしはつい気持ちを漏らしてしまう。
「わたしもね」
「ほむらちゃんがそうやって、わたしの苗字を呼ぶ度に」
「ここが、痛むんだ」
手を胸に当ててつぶやく。
分かっていたことだけれど、それは何よりもわたしの心に刺さる。
無垢な棘として。
「…………どういう、こと?」
「その問いには僕が答えよう、暁美ほむら」
ほむらちゃんの膝の上にいた、キュゥべえが口を開いた。
317 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/24(金) 00:06:06.58 ID:GrFMFIkKo
「君には記憶が欠けている。 かつて君たちが生きた世界の記憶が」
「だけど、これを聞いたら、君はきっと今の状態には戻れない」
「君の失ったものを、僕たちは戻してあげられるけど」
「それ以上のものを、君は失うかもしれない」
「僕はお勧めしたくない。 君はそんなものを知らずとも、幸せに生きていけるはずだ」
そうやってキュゥべえが言葉を伝えるけれど。
内心、彼女の答えはもう分かっていた。
「私、思うんです」
「どんなに辛くても、どんなに悲しくても、それはきっと私の歩んだ道なんです」
「それを忘れてしまったのなら、思い出さなきゃ」
318 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/24(金) 00:07:24.20 ID:GrFMFIkKo
彼女はとても強かったから。
わたしのよく知っている彼女のままだったから。
だからわたしも、彼女の意志を尊重しよう。
「ほむらちゃん、額を借りるね」
「うん」
額と額を合わせ手を握る。
目の前には、決意を宿した二つの瞳。
「どうか、受け止めて」
キュゥべえの力を借りて、意識が流れ込む。
幾多の世界を巡り、数多の生命と触れ、那由多の想いを束ね合わせた記憶の奔流が。
319 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/24(金) 00:08:15.98 ID:GrFMFIkKo
真っ白な世界に映像が浮かび上がる。
そこにフラッシュバックする光景は、どれも私の心を鋭く抉る。
犠牲にした命、想い、世界、それはあまりに深く重い。
「無理しなくていいんだよ」
「ううん」
優しい言葉が掛けられるけれど。
私の願いのためには、私はちゃんとこれを受け入れないといけない。
「大丈夫だよ、私は後悔してないから」
「そう、だよね」
何度も難しい道で立ち止まってきた。
でもその度に、良かれと思う道を選んできたから。
私は私の幸せのために。
そのためにずっと動いてきたんだから、逃げたりなんてしない。
私もこの業を、背負いながら生きてやる。
そう決意した私に、記憶の欠片が雨と降る。
まるで流星とも取れるそれを、全身で受け止めた。
320 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/24(金) 00:08:45.26 ID:GrFMFIkKo
静かに目を開け、深く深く息を吸い込む。
そして吐き出す。
一度忘れ去った記憶は、確かにこの胸の中に。
「……ほむら、ちゃん」
「まどか」
掛けられた声には、即答で返す。
とても近くにあったのに、何よりも遠かったその名前で。
そしてとどめに、もう一言。
「また会えたね」
その返答は、熱い抱擁だった。
321 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/24(金) 00:09:12.14 ID:GrFMFIkKo
「ねえ、ほむらちゃん」
肩越しに声が響く。
きっと泣いているのだろう、ひどく声は震えている。
「もう一度聞くね」
何を聞かれるかは分かっているから。
密着した身体を離し、彼女と向き合う。
「あなたは今、幸せかな」
322 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/24(金) 00:09:58.08 ID:GrFMFIkKo
「ええ、とても幸せ」
繋いだ手に力を込める。
戦いの果てに勝ち取った世界を生きていこう。
過去の私のすべての行いを背負いながら、かけがえのない仲間と共に。
323 :
◆BcaCp9aHJ6:2011/06/24(金) 00:11:25.40 ID:GrFMFIkKo
以上、完結となります。
ありがとうございました。
324 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府):2011/06/24(金) 00:12:03.79 ID:NsCz0wqY0
乙!328 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/24(金) 00:23:26.24 ID:oeOQj6mHo
お疲れさまでした。
幸せと言えるようになって良かったな……。 329 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/06/24(金) 01:04:42.01 ID:ADvOe1a+o
いいエピローグだった
お疲れ様でした。
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