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以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/02/13(水) 21:46:42.88
ID:m3ExLboH0
Fate/SN二次創作。UBWルートに似たご都合ルートエンド後。
このSSの登場人物は全員18歳以上です。
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以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/02/13(水) 21:48:03.10
ID:m3ExLboH0
◇◇◇
一言で言えば、それは宮内庁のミスだった。
宮内庁陵墓課は、文字通り全国に散らばる900近くもの陵墓を管理する部署であり、同時にこの極東の島国における唯一の公的な魔術・退魔機関の別名でもある。
ことが起こった時、陵墓課の課長は庁舎の廊下をできる限りの早足で歩いていた。急ぐ理由はひとつ。陛下が自分の部署に足を運ばれたと耳に挟んだからである。
(不味い…)
今上の陛下は早朝に散歩をされる習慣がある。とはいえ、普段足を向けられるのは自然あふれる御苑の方であり、わざわざ(少なくとも事前通告なく)庁舎に来られることなどありはしなかった。ましてや自分の部署になど!
どうか自分の机の上を見てくれるな、と男は願った。
男もこの部署に配属されて長い。つまりは、この国の神秘的な成り立ちについて造詣が深いということだ。
この国の裏の歴史は、魔とそれを退ける者達との凌ぎ合いの歴史である。退魔を生業とする一族は、それこそ各地に点在している。浅神、巫浄、七夜――彼らは魔を正すことに血道を上げた。上げすぎた、と言ってもいいかもしれない。あの鬼種すらいまや絶滅種だ。
積極的な退魔など、もはや必要ない。現代に残る混血とて、融和を望んでいるものが大多数だ。反転の危険はあるが、それとて内々に処理されることが多い。
それこそ、陵墓課のように監視に留めるだけで十分な対応と言えた。たとえ退魔の家々から臆病者の事後処理部隊と言われようとも、だ。
故に、不味い。
最悪の予想が現実となれば、落ち着いている魔と退魔のバランスを壊す可能性がある。おまけに今回の件に限れば、"西の連中"も出張ってきかねない。
冬木という土地は特殊だ。それは紛れもなくこの国の内部であり、しかし古くから外部――西洋に開かれていた土地でもある。
軽く息を切らせて、男は陵墓課の執務室前にたどり着いた。重厚な黒檀の扉には、厳重な魔力避けの機能が付与されている。
だからこそ、気づいた。手遅れであることに。
部屋の中から恐ろしいほどの神秘が垂れ流しになっている。扉の魔力避けは、すでにオーバーフローして意味を失っていた。
扉の修理予算と事態の推移に、男は退職願を残して失踪したい、という強い誘惑に駆られる。
だが彼の職務意識がそれを許さなかった。悪魔のささやきになんとか打ち勝つと、いまやただ重くて開けにくいだけになった扉のノブを捻り、部屋に踏み入る。
予測を裏切るものは何もなかった。部屋の中にいるのは1人の老年男性だ。おそらく齢80は越えているだろう。それなのに、老人からは弱々しさを感じない。
感じるのは春の日差しの様な温かみと――全てを烏有に帰す、凶悪なまでの陽炎だった。
「陛下、」
「聖杯戦争、ですか」
先んじて会話のペースを掴もうとした男の発声を、老人の呟きが圧倒する。
老人の声には力があった。それは有史以来、人が抗えた例のない権能を持った声。神の告言葉。
不味い、と男は再び胸中で繰り返した。老人――陛下は悲しみ、そしてお怒りであられる。なにより不味いのは、陛下の抱いた怒りの矛先が、陛下自身に向けられているということだった。
「第五次までで、判明しているだけでも被害者の数は四桁以上。第三次に至っては、帝国陸軍までもが加担している、と」
何故、自分はまとめた報告書を机の上に放置してしまったのだろう――陛下が読み上げている書類束を恨めし気に見つめ、男は過去のうかつさを悔やんだ。
冬木の聖杯戦争。"西洋の連中"がこの国に持ち込んだ中でも最大規模の魔術儀式。
読み上げられた通り、あの聖杯戦争では多くの犠牲者が出ている。
では何故、国の退魔機関である陵墓課が動かなかったのかと言えば、その犠牲が目を瞑れる範囲内で収まっているからだ――収まっていなかった場合、実際に対処できたかどうかは別として。
魔術協会、聖堂教会という二大組織が監督役を務めている以上、下手に触れば藪をつつくことになりかねない。
管理者の遠坂家は200年前からこの地を上手く治めている。西洋の術を使う――使うようになった家だが、その点ではこの国寄りの存在だと言えた。
おまけに第三次では陸軍の暴走があり……とまあ、そういった様々な理由が重なり、結果として冬木の聖杯戦争はこの国にとってもアンタッチャブルとされていたのだ。
この場合のアンタッチャブルとは、つまるところ陛下の耳に入れてはならない、ということである。何しろ、陛下は犠牲に目を瞑れない。
堪え性がない、という意味ではない。それは法則だった。終戦の折、彼の大国と結んだ盟約により外に向けて振るわれることを禁じられた陛下の力は、その法則の下に根付いている。
陛下が聖杯戦争のことを知れば、"慰問"に向かわれることは想像に難くない。
そして、いまやそれを止めることが出来る者は誰もいないのだった。