五条「願わくば、もう一度貴女をこの手に抱きたい」その5

2011-07-21 (木) 08:02  その他二次創作SS   9コメント  
前→五条「願わくば、もう一度貴女をこの手に抱きたい」その4
まとめ→五条「貴方が殺せと言うなら神だって殺しますよ」 まとめ 【ゼロ魔×五条】

742 :超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w:2011/05/16(月) 20:37:07.74 ID:CafwHjE/o
てす



743 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/05/16(月) 20:48:50.94 ID:ympjz3U4o
!?



744 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/05/16(月) 21:00:25.13 ID:RBHsIAlgo
うおおお!?



746 :超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w:2011/05/16(月) 21:21:32.62 ID:CafwHjE/o
ちょっとだけ推敲するので、しばしお待ちを



748 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/05/16(月) 22:29:24.62 ID:dbYMw6GFo
待ってたぜ!



750 :超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w:2011/05/16(月) 23:31:56.94 ID:CafwHjE/o

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


奥歯が軋む。

一拍だけ空いた間に私はスペルを唱え終えた。
何のことはない只のコモンマジック。
しかしそれも私の手にかかれば爆発呪文に変わる。
遠距離ならばそれほどでない威力も、眼前に突きつけたこの位置ならば十分に殺れる。

フーケ「……」

盗賊は無言で答える。
唱えるための杖すら持ってない。
首元にナイフが添えられているのと同じ状況のはず。

しかし……


フーケ「どうした……? 撃たねぇのか?」


まるで『お食事はお済みですか?」と尋ねるメイドの如く。

口元を釣り上げる。

いやな、笑い。



751 :超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w:2011/05/16(月) 23:40:01.89 ID:CafwHjE/o

ルイズ「……」

フーケ「いきなり乗り込んできて、だんまりかよ。ヒャッハッハ……!」

ルイズ「何故ここにいるの」

フーケ「フン……テメェに言う義理も義務もねえなあ?」

ルイズ「なら、その顔を潰れたトマトみたいにぶちまけてあげようかしら?」

フーケ「言う様になったねぇ」

ルイズ「そう? このぐらい、あんたみたいな下衆には言い慣れてるけれど」

フーケ「あたしゃテメェにそんなに恨まれる筋合い、有ったか?」

ルイズ「質問に答えなさい、ゴジョーについてとあんたがここにいるわけ。そうすれば……見逃してあげるわ」

自分の出せる最大限、ドスのきいた声を出してフーケを従わせようとする。

フーケ「ゴジョー、ね……ヒャハ! てんで駄目、そんな脅しじゃその辺のごろつきだって従わねぇな」

ルイズ「なら……別に耳くらい吹き飛ばしてもいいかしら?」

鼻先にあった杖を耳元まで持っていく。
しかしフーケはその魔力の篭もった杖先を無造作に掴んだ。

ルイズ「な……!」

フーケ「分かってない……成長してねぇなあ。精一杯怖がらせようとさせてるみたいだが、まるでガキのママゴト」

ルイズ「……」

フーケ「殺るつもりならあたしが階段から下りてきた時点で殺るべきだし、脅してる相手にこんなにべらべら喋らせてるってとこもマヌケ丸出し。脅すつもりなら有無を言わせず指の一本ぐらいへし折らなきゃ、なあ? ぬるいぜ、ピンク色」

ルイズ「あんたっ……!」



752 :超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w:2011/05/16(月) 23:44:07.62 ID:CafwHjE/o

突発的な怒りに任せ、襟首を締め上げるが盗賊は神経を逆なでする笑いを浮かべたまま言う。

フーケ「それにどうすんだ? テメェが背中向けてる店の兄ちゃんに後ろから刺されたら」

指を指すフーケ。

ルイズ「……!?」

とっさに振り返ると、ナイフなんか持っていない店の男。
同時に硬い感触が頬に触れる。

フーケ「……少しばかり余裕見せ過ぎじゃあ、な、い、の、か?」

耳にフーケの温い吐息が当たる。
緑色は負傷しているらしい、三角巾からぶら下がった右腕を私の顔の横に押し当ていた。

フーケ「テメェはこの釣り下げられた三角巾の中に杖が隠れているかも……とは思わなかったのか?」

背筋がぞわりとした。
この一瞬のやり取りで、私とフーケの立場は逆転した。
いとも簡単に。

住んでいる世界の違い。
ぬるま湯に浸かってきた貴族の私と、常に生き死の線上を歩いてきたフーケとの格の違い。
こと戦闘に関しては、くぐり抜けてきた場数が違う。

足からカクンと力が抜けて、その場にへたり込んでしまう。



753 :超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w:2011/05/16(月) 23:54:07.26 ID:CafwHjE/o

タバサ「茶番はそれくらいにして」

フーケ「あん……?」

タバサ「貴方は最初から杖など持ってはいない。松葉『杖』はついているけど」

ルイズ「え?」

フーケ「……ケッ、つまらねえチビだな。はったりってのは外野がばらしちゃいけないものだろ。せっかくビビってるピンク色の面、楽しんでるのによぉ」

ルイズ「え……?」

タバサはため息を一つ吐くと私を立ち上がらせた。

タバサ「たちの悪いジョーク」

ルイズ「じゃあ……」

大きく目を見開いた私にタバサは背ほどの杖で指し示した。

タバサ「彼女は丸腰。果物ナイフの一本も持ってない」


横目に映るのは舌を出して意地悪い顔をしたフーケと困り顔の店の男。
つまり……まんまと騙されたってわけ。



754 :超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w:2011/05/16(月) 23:59:18.46 ID:CafwHjE/o

フーケ「よせよ! こっちは怪我人だぜ!?」

胸ぐらを掴み壁に寄りかかってフーケを再び締め上げる。

ルイズ「死にたいみたいね」

フーケ「命は大事だぜ? 金よりも名誉よりも……下手すりゃ世界よりもな」

ルイズ「よく言うわね……私は聞きたいことがあるの、さっきの質問に答えなさい」

フーケ「……」

フーケは親指で階段の方を。

ルイズ「こっちの要求は聞かないくせに自分の要求ばかり飲んで貰えるとでも?」

ぴしゃりと言い返した言葉に気味の悪い笑いを返す。

フーケ「フ、フフフフ。ひゃっははは、いや、全くもって何の因果か運命か。偶然とも思えねぇしな……それなりの実力ってやつか」

運命?
因果?

盗賊と巡り会うのが運命ならそんなものこちらから叩き返してやりたい。


ルイズ「先にこちらの質問に答えなさい」



755 :超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w:2011/05/17(火) 00:06:11.44 ID:pqSCJSgMo

そう、聞くことはたくさんある。
聞かなくてはならないことが。
どういうつもりでフーケが此処にいるかは……実を言うと、この女が盗賊であることを考えればある程度察しはつく。
さしずめ火事場泥棒のように、アルビオンにある金目の物を一つ残らず持ち逃げするつもりだろう。
それくらいのことこの女には容易いことだ。

でも、それだけじゃない。
見たところ数カ所の骨折をしているフーケ、この不可解な怪我が気になる。
今までのことを鑑みてもフーケは……こう言うとおかしいかもしれないがスマートだった。

少なくとも盗賊という仕事に関しては。

最初に戦ったトリステインの時も敵対したゴジョーを殺すことではなく、逃げることを選択した。
結果、無傷。
かすり傷一つ負うことなく逃げおおせた。

それがこの重傷。
自由に動くこともままならない状態にまで。

城にでも忍び込んで、見つかった?



756 :超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w:2011/05/17(火) 00:08:42.22 ID:pqSCJSgMo

いや違う。

息を吹き返しつつあるとは言え、まだテューダー王家は城の財宝を守ることに余力を向けるほど戦況は全く思わしくないはず。
それにフーケだって何人いるかも分からない衛兵相手に真っ正面からぶつかるとは考えにくい。

動けなくなるほどの怪我をするようなリスクをフーケは負わない。
と、思う。

つまり、フーケは何らかのイレギュラーにあって今はここで療養中ということだ。
計算外の何かに巻き込まれて。
もちろんただ階段から足を滑らせて、ということも考えられなくはないが私はある確信を持って言える。

『フーケはゴジョーに関する何かを知っている』

知らなければそう答えれば良いところを、のらりくらりとはぐらかす。

ゴジョーとフーケ。
二人には赤い糸ならぬ黒い鎖がちらつく。



757 :超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w:2011/05/17(火) 00:16:02.48 ID:pqSCJSgMo

フーケ「質問に答える意味なんて無い、というか既に答えはここにあんだから逐一テメェのあーだこーだうるさい質問に答えても無駄ってこった」

フーケ「別に来たくないってなら無理強いはしねえが……あたしもあいつには命を助けてもらった借りがある。いつまでも借りは作っておかない主義でね」

わけの分からない事を言いながら階段をフーケは上がっていく。

ルイズ「ま、待ちなさい!」

しかしフーケは私の制止を聞いているのかいないのか、松葉杖を突きながら一段づつ急な階段を上っていく。いつの間にか会話の主導権を握られていることに内心毒づきつつも私とタバサはその後ろにゆっくりとついていく。

フーケ「テメェはどうやってこの店を見つけたんだ?」

ルイズ「別に……この辺にある店を虱潰しに探していただけよ」

フーケ「ゴジョーがまだアルビオンにいるって聞いてか?」

階段の床板が軋む。

ルイズ「そうよ。それで何か情報を探していたら……アンタがいたの」

フーケ「情報ね」

思案顔をしてフーケは狭い廊下で立ち止まる。
その前には戸で閉められた部屋があった。

ルイズ「あんた、ゴジョーについて何か知っていることないの? というか知っているでしょう?」



758 :超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w:2011/05/17(火) 00:23:05.61 ID:pqSCJSgMo

フーケ「そうそう都合良くお前の知りたい情報を持っているか……と言いたいところだが答えは、イエスだ」

核心をつく質問にフーケは肯定で返す。
偶然のこの邂逅もやはり理由があってのことなのだと思う。

前を歩くフーケを追い越し、正面から問いただす。

ルイズ「やっぱり! どこなの!? ゴジョーはどこにいるの!?」

フーケ「……テメェで見て確かめな」

ドアノブを叩き、私に開く様に促す。

ルイズ「ここにゴジョーが……!? まさか、罠じゃないでしょうね?」

フーケ「罠だぁ? バーカ、殺すつもりならハナからしてるし、ゴジョーのいないテメェ如き罠なんざなくたって正面からいつでも殺せるね」

ルイズ「何ですって!?」

興奮した私を制し、背中を押す。

フーケ「あたしは別に快楽殺人者じゃねぇ。仕事の邪魔になる奴を消すだけだ」

ルイズ「やっぱり殺す気じゃないの」

フーケ「今はオフだ」

ルイズ「どうだか」

フーケ「いいからサッサと開けろ」

押し問答にうんざりした顔をしたフーケは懐からパイプを取り出し火をつける。

その言葉に私より早くタバサが反応して、ドアを開いてしまう。
あ、という声を喉から吐き出す前に目の前の光景が眼に入る。



759 :超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w:2011/05/17(火) 00:26:14.91 ID:pqSCJSgMo

ベッドに腰掛けるゴジョー。
即座に私の心臓はばくばくと高鳴る。
真っ白になる頭。
信じられない光景。

突然の状況に上手く反応が出来ない。
あまりにも簡単すぎる再会。
どうしてここにゴジョーがいるの?
やっぱりわ……な?




いくつかの疑問を解決する前に私の足はかけだしていた。






ルイズ「ゴジョー!」

きつく、抱きしめる。
やっと会えた。
言葉が上手く出てこないのはゴジョーの匂いと温かさがじんわりと私の心を満たしていくからだと思う。

なんて言えばいいんだろう。

「どこいってたのよ!」

「心配したんだから!」

「ばか!」

「会いたかった!」

「もうどこにも行かないで!」


どれも違う。



760 :超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w:2011/05/17(火) 00:28:17.19 ID:pqSCJSgMo

眼鏡を付けていないゴジョーは、なんだか違う人みたいだけどこの匂いと感触は絶対に間違いようがない。
身体にはたくさんの包帯。
頭にはまだ血が滲む布が押し当てられていた。

気がつくと、ぽたぽたと滴が流れ出す。

繰り返す嗚咽。


自然に溢れた言葉はくぐもっていて、上手く言えなかった。



「お”……お”、がえ”りぃぃぃい”!!」



似合わないゴジョーのシャツを握りしめ、上目遣いでそう告げた。



761 :超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w:2011/05/17(火) 00:30:21.22 ID:pqSCJSgMo

数秒の抱擁。

しかし言葉はいつになっても返ってこなかった。
それどころか、ゴジョーは私を自分の胸から無理やりはね飛ばした。

ルイズ「え……?」

自分の状況を飲み込めない私はこぼれる涙を袖で拭いながら、床にぺたりと座り込んだ。

どういうこと?
この人はゴジョーじゃないの?

よく似た人違い?

ううん、そんなはず無い。

コツッと靴を鳴らしフーケとタバサが部屋に入ってくる。

フーケ「ピンク色」

魔力の切れた踊り人形のように私はフーケの声を背中で受け止める。

ルイズ「……」













フーケ「ゴジョーは死んだ」




フーケはそう言った。



762 :超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w:2011/05/17(火) 00:34:07.00 ID:pqSCJSgMo




は?



言っている意味が理解の範疇を超えている。
死んだ?
目の前にいるのはゴジョーじゃないって言うこと?


他人のそら似?

それとも魔法で作り出した人形?

だったら……


ルイズ「あんた……! やっぱり私を騙し、て……」


振り上げようとした手に力が入らない。
会えた喜びとの落差に身体は動かし方を忘れてしまったようだ。

考えてみれば、都合の良すぎる展開だった。
フーケに会うことまではどうとしても……ゴジョーがここにいるわけ、ない。


ぬか喜びと、それに対する後悔。そして怒りと憎しみ。
耐え難い悲しみ。

この仕打ちは私にとってあまりにも酷い行為だった。



763 :超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w:2011/05/17(火) 00:36:20.77 ID:pqSCJSgMo

タバサ「彼は、ゴジョーじゃない、ということ?」

冷静にタバサは尋ねる。
気持ちの整理がつかない私はその言葉がどうしようもなく冷たく感じ、憤りすら覚えた。

フーケ「いいや、アイツは確かにゴジョー・マサル『だった』人間だ」

フーケは机の横にあった椅子を自分の横に引き寄せ腰を下ろした。

フーケ「テメェらは兎にも角にも、ゴジョーの所までこうして辿り着いた。あたしとしても探す手間が省けたぜ……これで借りは返した」

鏡台に立てかけられた松葉杖。

それを見つめている私は耳を傾ける。

フーケ「誰から情報を得てここまでお前らは来たのか、まあレコン・キスタの侵攻を一人で止めている奴がいるってなところだろう? 情報は流れていたからな」

タバサが頷く。

フーケ「あたしとしてはさっさとこっちの仕事を終わらせて帰るためにも、その諦めの悪い野郎に引導を渡してやろうと思い戦場に赴いた。どんな奴か興味もあったし」

暴れ出しそうになるのを必死に抑えてフーケの声を聞き続ける。
たぶんいま言っていることはすべて事実だから。

フーケ「……半ば予想通り、戦っていたのはゴジョーだった。ちょうど敵の魔法ですっ飛ばされる寸前のな」

フーケ「ゴジョーは一人で戦っていた。うん百、うん千の兵士とメイジ相手に。ま、放っておいても良かったんだが……フン、見てるとレコン・キスタのやり方がどうにも気にくわねぇ。借りを作るためにもついつい加勢しちまったのさ」



765 :超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w:2011/05/17(火) 00:45:16.73 ID:pqSCJSgMo

……理由は何にせよフーケはゴジョーを助けた。
嘘じゃない。この盗賊はそういうアマノジャクな事をやりかねない部分がある。

フーケ「そこが運の尽きさ。勝てるって確証なんて鳥の糞ほどもなかったが、助太刀した手前あたしもレコン・キスタのバカ共を潰してやろうと思ってね」

フーケ「ゴジョーは長ぇ事戦っていたせいか肉体的にも精神的にも相当へばってた。ま、敵はそれ以上に壊滅状態。雲霞の如くいた雑兵達の肉が焼ける臭いと腐った鉄と血の臭い。あそこを誰かが絵にでも描いたなら百人が百人、地獄を描いたと思う位のクソみてぇな場所も、ようやくおしまいだと思った」

さっきまでの感情が段々和らいでいく。
代わりに、もっと別な感情が心を包みこむ。

ゴジョーは戦っていた。
守るべき者を救うために。
見なくても視える。
傷つきながら、何度も立ち上がり戦い続けるその背中が。

フーケ「だがそれでおしまいじゃなかった」


フーケ「クロムウェル……レコン・キスタの頭だ。何しに来たかと思いきや……最悪なジョーカーを持ってきた」

フーケ「ゴジョーの知り合い……というか仲間だった奴が檻の中に入ったまま連れられてきた。精神をぶっ壊されたままな」

タバサ「どういうこと?」

タバサは少し語気を強めて問う。

フーケ「……アイツはここの世界の人間じゃないだろう? オスマンのジジイとコッパゲの話を耳に挟んだときは気にもならない与太話だったが戦場でのあの動きをみりゃ嫌でも信じずにはいられなかった」



766 :超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w:2011/05/17(火) 00:48:29.78 ID:pqSCJSgMo

小さく頷く。
ゴジョーは『違う世界』の住人。
魔法もなく貴族もいない、ジドウシャとかいうものが町中を走り回る世界。
世界が違えば人間の能力も違う?
だからゴジョーはスクエアメイジを倒すほどの力を持っているの?

フーケ「あたしと闘ったとき……全力じゃあねえとは思っていたが、正直あれほどまでとはな。砲弾より早く動き、土の球でドラゴン共を蹴散らす人間は恐らくハルケギニア全土探してもアイツしかいねえ」

ふと、私は気がついた。
フーケの言葉の不可解さに。
この女はどうしてここにゴジョーがいるのに……『アイツ』と呼ぶんだろう。
『コイツ』じゃなくて『アイツ』。
遠くにいる人を指すような、まるでここにゴジョーがいないかのような口ぶり。

私は話それ自体よりもそんな些細なことの方が気になってしまう。

盗賊はゴジョーの顔を見つめる。
見つめてはいるが視ているのはここにいるゴジョーじゃない。

フーケ「トリステインの人間、しいてはハルケギニアの人間は幸運だったことが一つある。ゴジョー・マサルが善心を持った人間だったってことだ。大きすぎる力は時に身を滅ぼす。誰にでも言えることだが……最悪なのはその力を権力者が利用しようとしたときだ。ゴジョーの仲間だった、と言われればわかるだろ? そのイカレた野郎の実力がどれほどだったか」



767 :超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w:2011/05/17(火) 00:59:01.60 ID:pqSCJSgMo

フーケの言うとおりゴジョーが自分の力を欲望の赴くまま使えば、私なんかには止められない。
いくら使い魔契約に縛られていても、その気になればそんな鎖ぐらい簡単に断ち切ってしまうだろう。
ゴジョーが最初の頃、文句を一つも言わずに私みたいな『ゼロ』に従っていたのは私が私利私欲のために自分の力を使わないことを眼鏡の奥から見抜いていたからなのかもしれない。

フーケ「流石のゴジョーも動揺していたみたいだった。そりゃあそうだ。孤立無援のハルケギニアに飛ばされ、ようやく会えた自分の世界の人間が戦場に、敵として現れた挙げ句ヒトの心を持っていなかったんだからな」

フーケ「クロムウェルはその悪魔を『キドー』と呼んでいた。レコンキスタの兵士達はキドーを知っていたらしくて、顔が真っ青になってたぜ。曰く戦場にいる人間を全員を殺すよう『アンドバリの指輪』ってので命令されているみたいでな」

タバサ「アンドバリの指輪……?」

フーケ「なんだ青髪、知ってるのか」

タバサ「水の精霊の守る秘宝のはず……何故クロムウェルがそれを」

タバサは言葉を繋げながら、思案しているようだった。

フーケ「そこまでは知らねえ。あのクソ野郎のことだ、強引にかっぱらってきたんだろう」

タバサ「そういうことだったの……」

フーケ「あん?」

一人納得した顔で頷くタバサに私は視線を向ける。

タバサ「私は本来なら近いうちに、ラグドリアン湖へ水の精霊を退治しに行くはずだった」

フーケ「何故?」

タバサ「精霊が湖の水位を上げて、水害を引き起こしていた。だからそれを止めに行くため」

フーケ「……なるほどね。クロムウェルが指輪を持って行ったもんだから精霊が取り返そうとしていた訳だ。ま、あたしには関係ないことだ。話を続けるぞ」


横道に逸れつつあった会話の筋をフーケは戻した。
普段なら詳しく話を聞かなくてはならない所だけれど、今はそんなことどうでもいい。
自分勝手で最低な考えだけれどゴジョーに比べれば水の精霊の被害なんて些細で下らない事に思えてしまう。



768 :超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w:2011/05/17(火) 01:02:01.35 ID:pqSCJSgMo

フーケ「……案の定、命惜しさかクロムウェルに反旗を翻した兵士共は檻から放たれた悪魔に殺された。瞬きする間に数十あったレコンキスタ兵の首は一つ残らず地面に転がっていた。速いとか遅いとかそんなレベルをキドーは超越してる動きをあたしとゴジョーに見せつけてくれたよ。止めに入ろうとしたゴジョーが殆ど動けねぇくらいのな」

フーケは平坦に話し続けているように見えたけれど、違った。
パイプを持つ手が小刻みに揺れているのを見て、この女の中にも未だ拭いきれない死の恐怖と生き残れた安堵感が混ざり合っているのが分かる。
盗賊として修羅場をくぐり抜けてきただろう人間をここまで恐れさせるゴジョーの仲間。

キドー。

フーケ「戦う前から死ぬ、と思ったのは生まれてきて初めてだった。なにしろあたしからすりゃ時間を止めてるのと変わらないんだからな」

タバサ「でも生きている」

急かす口ぶりでタバサは言う。

フーケ「あたしが何かしたんじゃあない。最終的にはゴジョーが全て片づけた」

タバサ「ゴジョーでも追いつけない動きをするのに?」

フーケ「……ふん、そうさ。そんな勝ちも退路もない状況。あの馬鹿ゴジョーなんて言ったと思う?」

少し笑って尋ねるフーケ。
その姿は普段の憎い盗賊ではなく、一人の女だった。

そして私には何となく分かってしまうのだ。
フーケをそんな風にしてしまうゴジョーの言葉が。

今までずっと一緒にいたんだもの。
そんなどうしようもない状況ですら、ゴジョーはこう言うはずだ。



769 :超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w:2011/05/17(火) 01:05:38.56 ID:pqSCJSgMo

ルイズ「……ける」

掠れきった声で呟く。

フーケ「あん?」

ルイズ「ゴ……ジョーは『助ける』って……言ったはずよ。あんたも……そのキドーって奴も」

正解だったようでフーケは不服そうな顔で答える。
フン、盗賊ごときにしてやられてたまるもんか。

当たり前じゃない。
ゴジョーはどんな絶望、『絶対』に助からない状況だって希望を捨てたりはしない。
理由は何にしろ味方になった人間をみすみす殺させたりはしない。
やっと会えた元の世界の人間が壊れたまま死んだりはしない。

私の中の私はこう言う。

『きっと今このゴジョーは寝ているだけよ。
そんなに強い相手と戦ったから疲れていて眠っているだけ。
ゴジョー、寝てるときは起こされるの嫌がったものね。
だからさっきも『起こすな』って私のこと引き離したの』

信じることで私は希望が持てる。

『絶対』にそう。



しかし私はこの考えが半ば虚構であることもまた、心の中で理解してしまっている。
こう思うことで目の前の現実から目を逸らしたい。
絶対なんて言葉、結局のところ自信の無さや弱々しい心を覆い隠したいが為の薄っぺらい布でしかないのだ。

私の中のもう一人の私はこう言う。

『私はフーケの話が本当であることをちゃんと分かっていてその上で、今のこのゴジョーの状態が普通じゃない事が段々と頭の中に染みこんできてるでしょう? 私が今しなくちゃいけないことは何? いつまでも安い言葉で自分を叱咤すること?』

分からない。
逃げ場のない思考に飲み込まれそうになる。



770 :超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w:2011/05/17(火) 01:08:29.86 ID:pqSCJSgMo

フーケ「アイツはこう言った。『心臓を一度止めれば、指輪はその能力の行き所をなくして呪縛は解除されるはず。そこから再び心臓を動かす』ってな。理屈も何もあったもんじゃない、馬鹿な話だ。それに乗っかったあたしも同じ馬鹿だけど」

ただ倒すのだけでももう無理なはずなのに、そこから助けてみせる?
ゴジョー以外の人が言ったのなら馬鹿げた話だと私も思うだろう。
でもゴジョーにはそれをやってのける、出来るかもしれないという希望を周りに与える。

フーケ「まあゴジョーも全くの策なしということでもなかった。アイツはちゃんと見ていた。キドーが『動いている』ものから先に殺していることに」

フーケ「あたしの土人形を囮に、隙をついてゴジョーが動きを止める。決めれりゃあたしが心臓にブレッド……あるようで無いような作戦。だがへばってるゴジョーと魔力の残り少ないあたしじゃ小細工をしても無駄だろうし、あの状況ではベストだったと思う」

パイプの葉を入れ替え、再び火を灯す。
香りが部屋に広がっていく。

フーケ「ゴジョーはあたしの人形が現れたのを見ると同時に動き出した……見えなくなったと言う方が正確か。時間にしてほんの一秒、一瞬だけ動きが止まった二人の間に土の球を出現させた。かと思った次の一秒にはボロボロのゴジョーが戻ってきたよ」

フーケの説明は所々、不明瞭な点があった。
それはたぶん動きが速すぎて認識出来ないからだ。
タバサがその場にいたとしても、二人の戦闘を捉えることは無理だろう。

フーケ「一度のぶつかりあいだったがゴジョーの疲弊具合はとっくに限界を超えていた。いよいよ打つ手が無くなってきたなと思った矢先、吹っ飛ばされたキドーから光の筋が放たれた。ギリギリでゴジョーがあたしごと伏せたからよかったものの、直撃した後ろの山は半分に削り取られていた」



771 :超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w:2011/05/17(火) 01:12:16.09 ID:pqSCJSgMo

フーケ「ゴジョーはその光線を見て覚悟したみてえだった。自分の『身体』を犠牲にしなければ致命的な、心臓を止めるような一撃は与えられないと。だから……『右腕を捨て、多段攻撃で自分が確実にキドーを不可避の状態まで持って行く』。そう言った」

タバサ「とどめは貴方が?」

フーケ「あたしからすりゃ化け物同士の戦いだ。気が気じゃなかったが、アイツはあたしに賭けた。元々敵だったあたしにだ。よっぽど手が足りなかったんだろうな」

それは違う。
ゴジョーは信頼していない人間に勝負を預けない。
勝てる勝算と共にこの女なら決めてくれるという確固たる自信を持ってフーケに賭したんだ。
フーケならやってくれると。

自分の命を賭けた。

フーケ「結果ゴジョーの作戦は成功した。キドーの動きは確かにほんの刹那の間だけ凍ったように止まった。ゴジョーの真後ろにいたあたしは心臓めがけてありったけの魔力を篭めたブレッドを放った。ここまではよかった。あたしも、恐らくゴジョーも勝ちを確信したはずだ」


フーケの言い方に怖くなる。
成功したのに『ここまでは』?
勝ったんじゃないの。
助けられたんじゃないの?


フーケ「恐るべきはキドーの戦闘に対する動物的な勘と判断。奴はとっさに土球を頭で受けた。かち割れるはずの骨は振りかぶったことで勢いを得て、術者であるあたしに球を跳ね返した……」

フーケは言葉を紡ぐのを止めた。

タバサ「……それから?」

フーケ「そこであたしの意識はなくなった」

ルイズ「どういうことよ……それじゃ……」

フーケ「ここから聞くかどうかは、テメェらに任せる」


盗賊はずっと見つめていたゴジョーから目をそらし、自分の足下に視線を移した。
言いたくない、と言うことなの?



772 :超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w:2011/05/17(火) 01:18:56.96 ID:pqSCJSgMo

私とフーケとタバサ、そして物言わぬゴジョー。
この部屋に沈黙だけが一人、私たちを支配し始めた。
私には聞く権利がある。聞かなければならない義務がある。
そして、恐怖がある。

それはフーケが口を噤む内容に対してもだけれど、私の持つ小さな希望の光がかき消されてしまうかもしれないという恐れからだ。
話を聞いて尚、すぐにゴジョーがいつもの変な笑い顔を見せてくれると思っている。
フーケの言葉の裏にある、ゴジョーの本当の状態を理解しようとしていない。
虚勢で作り上げた自分の中の希望を壊されることが怖い。
心が痛くなるのが怖い。
自分のことばかり考えている。



773 :超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w:2011/05/17(火) 01:20:34.12 ID:pqSCJSgMo

『あんたの生き方はあんたが決めなさい。このまま部屋にこもって、死に続けるのも生き方。行動すれば起こっていたかもしれない可能性を捨てるのも止めはしない』

『ただ、あんたが『ヴァリエール』なら立ち上がってきなさい。その横に『ツェルプストー』はいるんだから』

『あんたに100のことをやれって言ってるんじゃないの。自分の出来ること、それを見極めなさい』





ふいに頭に響いたのは部屋で腐りきっていた自分を立ち上がらせた、ライバルの言葉。



774 :超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w:2011/05/17(火) 01:26:09.79 ID:pqSCJSgMo

ルイズ「話し……て」

言葉にすることで変わることもあるんだ。
私は泣くためにここに来たんじゃない、立ち上がって前に進むために来たはずだ。
たとえその途中でどんなに傷つく事があったって、前を向いて進まなくちゃ駄目だ。
ゴジョーの隣にいるために、強くなるって決意した。
もう泣いたりしない。


フーケは私の決意めいた言葉にどこか諦めたような素振りを見せた後、口を開いた。

フーケ「……正直な話、あたしもこの後の話は本当なら話したくない。だからテメェがゴジョーの帰りを待つ様な奴なら話さないつもりだった。落ち着いた頃にテメェの所にゴジョーを連れてくだけで、一応の約束は果たせるからな」

ルイズ「……うん」

フーケ「むしろその方がいいと思っていた」

フーケはどこか寂しそうな顔を見せた。

ルイズ「……」

フーケ「だがテメェはここまで来た。いつまでも誰かを待つようなことはしなかった。だから『ルイズ』、テメェは話すに値する覚悟があるとあたしは理解した」



775 :超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w:2011/05/17(火) 01:28:26.07 ID:pqSCJSgMo

私の目をじっと見つめる。

ルイズ「……私一人の覚悟じゃない、私だけじゃ立ち上がるのも無理だった。それでも誰かが私の傍に居たから、前に進めた」

ルイズ「だけどこのことは……私一人で受け止めなくちゃならない。どんな内容でも……ゴジョーの身に起こったことは私が知らなくちゃいけないの」

見つめ返すとフーケは小さく頷いた。



タバサ「……私は二人を呼んでくる」

タバサはマントを翻し、ドアに向かって歩き出した。

ルイズ「タバサ」

背を向けたままタバサは言う。

タバサ「……私たちは貴方の口からでいい。ちゃんと、聞いてあげて。ゴジョーに何があったのか、貴方が話せるようになった時で良いから……その時教えて」

ルイズ「……うん」

タバサ「言えるまで、待ってるから」

きゅ、っと心が引き締まる。
静かな部屋に階段を下りていく音が鳴った。

ルイズ「……ありがとう」

呟きは壁に吸い込まれるように消えていった。



776 :超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w:2011/05/17(火) 01:29:25.22 ID:pqSCJSgMo

私は立ち上がり、人形のように何の反応も起こさないゴジョーの隣に腰掛ける。
そしてゴジョーの骨張った手を私の両手で包んだ。
ゴジョーはすぐに手を振りほどこうとする。
それは私が嫌いだからじゃない。

怖がっているから。

子供がお化けを怖がるのと同じ。

だから私は優しく押さえる。
『怖くないんだよ』って伝えるように。
『守ってあげる』って伝えるように。

冷たかったその手が少しだけ温もりを持ったのと一緒に、ゴジョーは振りほどくのを止めた。



ルイズ「フーケ、教えて。何があったのか……」

フーケは持っていたパイプを鏡台に置き、私とゴジョーに向き直った。

フーケ「……大……ろよ……繋……」

ルイズ「え?」

フーケは何か呟いたが私の耳までは届かなかった。

フーケ「何でもない」

その小さな声は誰に言ったか。
どんな言葉だったのかも分からない。
でも、とても大事な言葉だったんだと思う。

それ以上私は聞き返さなかった。



777 :超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w:2011/05/17(火) 01:33:36.65 ID:pqSCJSgMo

フーケ「……あたしが気がついたときには、ゴジョーは戦っていた」

ゆっくりとした口調で話し始める。

フーケ「いや、あれはもうゴジョーじゃなくなっていた。そんな訳がない、と思うかもしれねえがそうとしか言いようがない。それまで目の前で息をして、動いていたアイツとは全く違う、中身が入れ替わったかと錯覚するほど『違う生き物』になっていた」

ルイズ「……」

すぐに理解する。
ゴジョーは使ってしまったんだ。

『ヘブンズ・タイム』を。

心を捨ててでも地に伏してはならなかったから。

フーケ「何分気絶していたかはわからねえ。でもそんなに長い時間じゃない」

フーケ「その間にアイツは……ヒトじゃなくなっていた。蒼い炎が身体から出て、それが時々揺らめく無機質な動き」

思い出されるのは、あの教会。
さよならと共に燃え始める冷たい炎。

フーケ「あたしはわかった。ゴジョーが感情と心を捨てちまったことが……あれだけあった実力差はもうなくなってた。互角かそれ以上までにな」




779 :超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w:2011/05/17(火) 01:35:52.76 ID:pqSCJSgMo

フーケ「自分の中にある潜在的な力を引き出してたんだろう……枷である心をかなぐり捨てちまってな。全く馬鹿野郎だ。馬鹿……大馬鹿野郎だ……誰かの命が大事だからって……自分を殺しちまったら……何のためにもならねえ……」

フーケの目の端が濡れている。
涙が溢れるのを必死にこらえていた。

動かないゴジョーの手を少しだけ強く握りしめる。

優しいゴジョー。
優しすぎるゴジョー。
自分がどうなっても救いたかった。
キドーが友達だから。
誰かに操られてこれ以上人を殺してしまうのが何よりも耐え難かったから。

自分のことなんていつだって後回し。
犠牲にするのは自分だけ。

可哀想でどうしようもなく優しいゴジョー。
あたしの使い魔。
あたしの……



780 :超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w:2011/05/17(火) 01:42:27.85 ID:pqSCJSgMo

ルイズ「でも、だから……ゴジョーは」

フーケ「……ああ。時間の流れがおかしくなった戦場で、アイツは戦い続けて……キドーを倒したんだ……最後は二人とも立ち上がらなかった」

ルイズ「……」

フーケ「大きすぎる代償を払って、ゴジョーは仲間を止めた」

心臓を両手で握りしめられたような感覚。
耳を塞ぎたくなる衝動を必死で抑える。
ここで聞かなかったら、私はもうゴジョーと一緒にいられなくなる。
心の痛みを耐え続ける。
きっとゴジョーはこれ以上の痛みを味わったんだから……私がこれを耐えられなくてどうする……!

ルイズ「……う、う」

フーケ「続けるか……?」

俯いたままの私にフーケは問いかける。

ルイズ「当たり前……でしょ……! 血を吐いたって、最後まで……聞くに決まってる……」


私の言葉には黙ったまま、フーケは話を続ける。



781 :超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w:2011/05/17(火) 01:53:27.35 ID:pqSCJSgMo

フーケ「……ゴジョーを背中に背負ったまま、あたしはどうにかこの寂れた酒場に辿り着いた。今のままじゃあたしもゴジョーも動くこともままならねえと思ったからだ。下手に動き回ればレコン・キスタの奴らと鉢合わせになるかもしれないし……運が良かった」

フーケ「瀕死のあたしらを見て、店の兄ちゃんはかなり驚いていたみたいだが『怪我をしているから、落ち着くまでここにいさせて欲しい』って言ったら二つ返事で了解したよ。感謝してるよ、あいつには……絶対言わねぇけどな」


彼が居なかったら、フーケもろともゴジョーも死んでいたところだ。
その上素性もわからない人間を文句も言わず今日まで匿っていてくれた。


フーケ「私が、ゴジョーが『死んだ』と悟ったのは……その日の夜だった。その時まではあたしもまだ眠っているだけかもしれない、なんて風に思ってた」

ルイズ「……ゴジョーはずっと眠ってたって事?」

フーケは首を振る。

フーケ「様子を見に行ったら、アイツは小便を垂れ流してた。眠ったままな」

ルイズ「……え? お、おしっこ?」

フーケ「アイツは一人で便所にも行けない赤ん坊と一緒さ。トイレに行きたくなってもどうして良いか分からねぇんだ、もう。歩くことも飯を食うことも一人でじゃ出来ねぇ。言葉も理解していない。記憶も……確かめる術はないが」

フーケ「あたしは最初冗談かと思った、この男は私を茶化しているのかって。でも違った。ゴジョーは本当の意味で一人じゃ何も出来なくなってた」

ルイズ「赤ん坊って……じゃあもう喋ることも出来ないってこと……!?」

フーケ「三日前に一人で歩ける様になった。言葉も単語ぐらいなら少しだけ『覚えた』。駄々をこねない分赤ん坊よりもずっと楽なもんさ……いや、もうそんな感情も無くなっちまったのか」





覚えた?



782 :超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w:2011/05/17(火) 01:58:04.90 ID:pqSCJSgMo

ルイズ「じゃ、じゃあもう少ししたら普通に会話も出来るようになるってこと?」

フーケ「ああ、多分な。赤ん坊って言っても別にまるっきりそうじゃねぇ、覚えるスピードは何倍も速い。時間が経てば会話ぐらいなら出来るとは思うが……」



フーケは何か良くないことに気がついていた。
致命的な何かに。



ルイズ「思うが……?」

フーケ「考えてもみろ。このままゴジョーを『育てて』いったとするだろ? だが考え方とか感情とか、その他諸々アイツを形成していた『心』はどうなる? 前と全く同じ人間になると思うか? アイツがあの年まで生きてきた所とは環境も違う。心まで同じスピードで成長するとも思えねぇ」


返す言葉が見つからなかった。
私もフーケも医者じゃないから詳しいことは分からないし、医者だってこんなケースを見たこともないはずだ。
もしかしたら何日かすれば元通りになるかもしれない。
でもその可能性以上にフーケの言ったとおりになる方がずっと確か。


記憶も感情もリセットされた人間を元通りにする魔法。
そんなものがあったらどれだけ良いだろう。

神様じゃなければ、人間の心を元通りになんか出来はしない。



783 :超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w:2011/05/17(火) 02:04:08.90 ID:pqSCJSgMo

フーケ「今後アイツの精神年齢が追いついたとしても、それはゴジョー・マサルじゃない。見た目が本人だとしても、そこにいるのは中身が違う別の人間だ」



目には見えない冷たいナイフが振りかぶられた。








フーケ「だから……ゴジョー・マサルは死んじまったんだ」





それが突き刺さったときに、私はようやくフーケの言葉の意味を理解した。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



784 :超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w:2011/05/17(火) 02:15:14.75 ID:pqSCJSgMo

暫くしてタバサがギーシュとキュルケを連れてきた。
この酒場に来るまでにタバサから、ゴジョーの状態について説明を受けていたようだった。

目に光のないゴジョーの姿を見るなり、ギーシュは人目もはばからず声を上げて泣き始めた。
二人に伝えたタバサには分かっていたんだと思う。
森の中の教会で別れたときが、長いお別れであることが。



三人を集めて、私の口から具体的にゴジョーの容態を話すとそれまでは気丈に振る舞っていたキュルケも言葉を失い、壁に寄りかかったまま俯いた。
ギーシュはひたすらに自分を責めていた。
『僕がもっと早くゴジョーさんを見つけていればこんな事にはならなかった』と。

握りしめた拳からは血が滲み出していた。

かける言葉が見つからなかった。

いえ、あったのかもしれない。
でもそんな言葉は結局の所、ギーシュの心には何も響かないだろうし私自身言いたくはなかった。



785 :超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w:2011/05/17(火) 02:19:27.30 ID:pqSCJSgMo

ルイズ「みんな、聞いて」

私の言葉にタバサだけが顔を上げる。
キュルケとギーシュは無反応。
はたから見ればタバサは冷たい人間だと思うかもしれない。
仲間だった人がこんな状態なのだ、悲しんで然るべきだと今までの私なら酷い罵声を浴びせてすらいたかもしれない。

でもそうじゃない。
タバサは人より気持ちの切り替えが早いだけで、きっと、胸の内では二人と同じ気持ちを抱いている。
その証拠に手は杖を強く握り過ぎて真っ白く血の気が無くなっていた。

それでも、前を向くのはタバサが強いからだと思う。
自分たちがすべきなのは悲しむ事じゃない。
これからどうやってゴジョーの心を取り戻すのか、考えることが最優先事項。


分かっているからこそ、すぐに私の声に反応してくれた。
バカな私はここまできてやっとそれが分かった。


ルイズ「私はゴジョーを連れて、トリステインに戻るわ」

タバサ「……どうして?」

ルイズ「ここにいても埒があかないわ。有効な手段を考えるにしても、アルビオンじゃ人もいないし。フーケに聞いた離れの港からトリステインへ帰る。これが第一よ」

私は言葉を続ける。

ルイズ「それに、学院に戻ればオールドオスマンがいる。あの人なら……もしかしたら何かゴジョーの記憶を取り戻す手段を知っているかもしれない」

ギーシュ「……そんな……なんの保証も無いじゃないか……」

ギーシュが小さな声で反論する。



786 :超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w:2011/05/17(火) 02:44:15.08 ID:pqSCJSgMo

ルイズ「ええ、そうかもしれない。でもだからと言ってここにいつまでも残っている? あれこれ想像の範疇を出ない良い予想と悪い予想を繰り返して一喜一憂する? それじゃ部屋にひきこもってた頃の私と何にも変わらないわ」

ギーシュ「……」

ルイズ「動かさなきゃいけないのはまず頭。だけど此処にいたんじゃ解決策はいつまで経っても出てきはしない。まずは頭にかかった靄を振り払うためにも最初に動かすのは足。オーケー?」

何も答えないギーシュ。
いいの。今はそれで構わない。
話を聞いてくれるだけで十分だ。

ルイズ「第二にもうすぐトリステインにレコン・キスタの兵が押し寄せてくるわ。ううん。もう来ている可能性の方が大きい。一人でも味方がいた方が良いに決まってるから、私はトリステインに戻る」

キュルケ「……どういうことよ。レコン・キスタはゴジョーが全部倒したんじゃないの……?」


キュルケもまた蚊の鳴くような声で問いかけてくる。



ルイズ「あれはトリステイン軍をこちらにおびき寄せるための餌だそうよ」


ギーシュ「……そ、んな……!」

タバサ「じゃあ……トリステインはかなり劣勢と言うこと?」

ルイズ「恐らくね……姫様はアルビオンが勝つためにかなりの兵をこっちに送ってた。それすらも仕組まれていたの。クロムウェルは率先して『トリステインへの侵攻を止めている男がいる』って情報を流していたみたい」

タバサ「だからゴジョーの顔も知らない人が多かった、ということ?」

ルイズ「そう。クロムウェルは侵略の為にゴジョーをも利用していたの……つまり実際にはもうアルビオンは陥落してて、その上で次の目標のトリステイン軍を分断させるために情報操作をした。トリステインとアルビオンに自軍の兵を分けてもレコン・キスタが勝つ算段が整ってる」

ルイズ「同盟を破棄したとは言え、攻めこむとなればかなりの時間と戦力を使うことになる。だったら向こうから攻めこませればいい。その間にがら空きになったトリステインは頂くってわけ。自国を占領されちゃったらトリステイン軍もまともに機能しなくなる……って考えからでしょうね」


クロムウェル。
キドーを操り、ゴジョーをこんな風にした男。
倒すべき悪魔はキドーじゃない。



787 :超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w:2011/05/17(火) 03:06:59.70 ID:pqSCJSgMo

ルイズ「第三にクロムウェルを『殺す』為……生かしておいてはいけない。クロムウェルはさっさとトリステインを堕として次の侵略に向かいたいはず。そのためにはキドーの力が必要になるでしょう? キドーを動かせるのはクロムウェルだけ……必ず奴はトリステインに来るわ」


悪魔は裏で人を操る、クロムウェル。
ゴジョーを助けるための手段を探すにはまず、こんな戦争を終わらせることが先決。


ルイズ「私はどんな方法を使ってでも、ゴジョーの心を取り戻す。そのために必要ならロバ・アル・カリイエにだって行く。お金だって惜しまない。情報を得るためなら誰でも雇うわ」


キュルケ「ルイズ……?」


キュルケが私の表情を伺うように顔を上げた。

涙はもう一滴もいらない。

時間が無限にある訳でもない。

私は皆が来るまでの少しの間、考えていた。

『どうすれば一番早くゴジョーを取り戻せるか』

見つけ出した答えはすぐ傍にあった。

ゴジョーならどうやって行動するか、真似をすればいい。
もちろん、ゴジョーのように全てそつなくこなすなんて到底無理だけれど。
それでも。
ゴジョーの様に『冷静』に。
ゴジョーの様に『的確』に。
ゴジョーの様に『機敏』に。

ゴジョーが帰ってきたときに、強くなりましたねって。
それでこそ我が主人だって言ってもらえるように。
私は強くなる。





ルイズ「ゴジョーを取り戻すためなら神だって殺してみせるわ」



788 :超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w:2011/05/17(火) 03:10:42.37 ID:pqSCJSgMo

私には虚無の力があると言う。
血筋? それとも才能?
でも使えない力なら持っていても宝の持ちぐされ。
だったら最初からそんなちから当てにしない。


残されているのは何?
決まってるじゃない。
前に進むための足と答えを導くための頭と血の滲むような努力の結果である爆発だけ。


いいじゃない。

むしろ十分すぎるほどだわ。
私は戦える。



クロムウェル……アンタが次に私の前に顔を見せた時がすべての終わりよ。
ゴジョーに代わって私がアンタを狂わせてあげる、純粋にね。



789 :超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w:2011/05/17(火) 03:14:57.24 ID:pqSCJSgMo
さーせん、ここまでです

次回投下未定ですが、量はこのぐらい書いてきたいと思います

おまたせして申し訳ありません
読んでくれる人の感想や待ってくれている人の言葉のお陰でなんとか続けられています

本当にありがとうございます



791 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区):2011/05/17(火) 06:10:46.77 ID:iZiVBHlMo
激しく乙!!



795 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県):2011/05/17(火) 09:01:09.62 ID:nhFlm//so
待ってたかいがありすぎる
おつ!!




800 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸):2011/05/18(水) 22:29:41.12 ID:/Baaa6lAO
楽しみにしてる



839 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸):2011/07/10(日) 14:10:47.62 ID:mflytoiAO
原作者が大変みたいで



843 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東海):2011/07/16(土) 08:43:39.41 ID:USggSHcAO
ゼロ魔の作者ガンだよな……



840 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/07/10(日) 18:45:34.65 ID:kSHannNjo
病名を書いてないけど大掛かりな手術するとか
余計に心配になるよな




806 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府):2011/05/21(土) 02:51:20.07 ID:VoyXO5fqo
五条さんの顔面かなり破壊されてるはずだけどだいぶ直ったのかな
ルイズたんがあんまり動揺しないということは
でも歯までは再生しないよね。五条さんならミラクル起こしそうだけどさ




807 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(中国四国):2011/05/22(日) 17:51:22.73 ID:zbXWgbvSo
覚醒したときに天使化してるんだよきっと
エンジェルスマイルだったんだよ




関連記事

その他二次創作SS   コメント:9   このエントリーをはてなブックマークに追加
コメント一覧
9633. 名前 : 名無し@SS好き◆- 投稿日 : 2011/07/21(木) 14:43 ▼このコメントに返信する
キター!
9642. 名前 : 名無し@SS好き◆- 投稿日 : 2011/07/21(木) 19:09 ▼このコメントに返信する
キター!
9666. 名前 : 名無し@SS好き◆- 投稿日 : 2011/07/22(金) 18:37 ▼このコメントに返信する
禁書の五条さんも復活しないかな?
9668. 名前 : 名無し@SS好き◆- 投稿日 : 2011/07/22(金) 19:26 ▼このコメントに返信する
久しぶりだな
何ヶ月ぶりだろ
20044. 名前 : 名無し@SS好き◆- 投稿日 : 2012/04/01(日) 15:22 ▼このコメントに返信する
続きはー?
20932. 名前 : 名無し@SS好き◆- 投稿日 : 2012/04/23(月) 23:23 ▼このコメントに返信する
続きはまだか!?
31644. 名前 : 名無し@SS好き◆- 投稿日 : 2013/02/20(水) 20:17 ▼このコメントに返信する
このギーシュは真のイケメン
41940. 名前 : 名無し@SS好き◆- 投稿日 : 2014/02/28(金) 18:54 ▼このコメントに返信する
続き読みたいです
47532. 名前 : 名無し@SS好き◆- 投稿日 : 2016/10/17(月) 14:27 ▼このコメントに返信する
これも、か…
コメントの投稿