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五条「願わくば、もう一度貴女をこの手に抱きたい」その3まとめ→
五条「貴方が殺せと言うなら神だって殺しますよ」 まとめ 【ゼロ魔×五条】
341 :
睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/02/01(火) 08:33:41.27 ID:qjXSWKLFo
炸裂音が耳元で轟く。
目一杯の魔力が篭められた土塊は、自分とフーケが今相手から生み出せる最大の隙を突いた。
左手を掴まれ、右掌を拘束された以上避けることは出来ない。
半ば確信を持って思う。
『殺せずに勝てた』と。
思考は次の動きを身体にプログラムし始める。
倒れた鬼道に蘇生法を行い、息を吹き返させなければならないのだ。
躊躇している時間はない。
恐らく砕けるであろう肋骨を医者に見せる必要もある。
フーケの一撃は鬼道の胸元に直撃する『はず』だった。
342 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/01(火) 08:35:50.68 ID:ou/kKjwAO
まってた! 343 :
睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/02/01(火) 08:47:45.79 ID:qjXSWKLFo
誤算があったとすれば、それは神が二人に微笑まなかったというだけの話だろう。
鬼道の首の可動範囲内に土塊が入らなければ。
拘束したのが右掌でなければ。
フーケの出した杖が自分の右側からでなければ。
対峙したのが『超次元サッカープレイヤー』でなければ。
勝負は決していたはずであった。
そんな不幸もこの戦いの場では無情に結果だけを残す。
土塊の放たれた一直線上に俯いた鬼道の頭があった。
目の前の男は瞬時に判断する。
この攻撃を防ぐにはヘディングしかないと。
そしてそれが可能であると。
首が後ろに倒れる。
鬼道「ガアッッッ!」
344 :
睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/02/01(火) 08:56:28.44 ID:qjXSWKLFo
フーケ「!?」
固い土は自分の脇を通って術者であるフーケに跳ね返される。
左手でフーケを突き飛ばそうと思った時にはもう。
フーケは戦場の彼方に吹き飛ばされていた。
五条「フッ……!?」
拘束を解き、後ろに振り向いた瞬間。
左頬に肘打ちがめり込む。
これで二手遅れを取った。
口の中で血の味が滲んでいくのを頭の一部でぼんやりと感じる。
奥歯が二本抜けた。
倒れゆく身体を引きずり戻したのは鬼道の左腕。
二撃目、膝蹴りが腹部にねじ込まれる。
血反吐を吐く。
痛みが身体を駆け巡る。
防御も間に合わない。
三撃目、鼻っ柱に拳。
眼鏡が砕ける。
戦意はその一撃で、確かにへし折られた。
345 :
睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/02/01(火) 09:04:59.17 ID:qjXSWKLFo
どうしようも無い絶望感はまるで水差しに垂らした一滴の黒い絵の具のように、心の奥底に冷たい敗北を広げていく。
勝てない。
実力が均衡した相手、尚且つ鬼道はリミッターを外された状態だ。
二人相手でもこの余裕。
脳内コンピュータがたたき出した答えは『殺さずに勝つことは不可能』。
ここまでダメージが蓄積された躯では何も出来ない。
『助ける? 勝てないのに?』
……いつの間にか俯瞰の視点から自分の躯が痛めつけられているのを見ている。
血まみれになったそれはただの人形。
されるがまま。
削り取られた肉の下から純白の骨が顔を出していた。
これは自分なのだろうか?
そんな馬鹿げた疑問を頭……
いや、心が呟く。
346 :
睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/02/01(火) 09:12:08.37 ID:qjXSWKLFo
鬼道との戦闘からまだ数分。
しかしもうこの場に、暴れ回る鬼を止める人間はいなかった。
策の無意味さを思い知る。
小賢しい頭からはもう何の『冴えたやり方』も出てこない。
今まで真正面からぶつかって負けたこと。
記憶の限りでは、無い。
『自分自身』で負けだと判断する試合や戦いは今まで幾つもあった。
勝利条件を完璧に満たせなければ勝ったとは言えないのが自分の信条。
よくも悪くも完璧主義者な自分。
それ故成長に対して誰よりもストイックになれたんだろうと思う。
だがこんなにも。
圧倒的な。
絶対的な。
埋められない。
届かない。
敵わない。
『力量の差』を。
感じたことはなかった。
347 :
睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/02/01(火) 09:25:44.08 ID:qjXSWKLFo
初めて明確に突きつけられた敗北はオレの心に無力感を植えつけた。
どこか開き直りによって目を背けていたそれを鬼道の殴打は直視させる。
弱いというだけで、自分の全てが否定されたように思えてくる。
これまでの自分を支えてきた大きなものが強さだった。
自分はこうでなければならないという強迫観念にも似た理想が、音を立てて崩れていく。
認めたくない。
たったいま、岩山に打ち付けられた人間はオレじゃない。
『弱いのはオマエだろ? 吹っ飛ばされたのもオマエだ』
違う!!
オレじゃない!
オレは弱くない……!
『認めろよ。オマエは負けたんだ』
349 :
睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/02/01(火) 09:39:24.96 ID:qjXSWKLFo
残された最後の手段。
『オレを使えよ。クックックッ……!』
甘えていた。
鬼道をできるだけ無傷で助けようという甘え。
怖がっていた。
慕っていた人を傷つけてしまうという恐怖。
『助けたいんだろ? ヒヒヒ……! まあ助けられるかどうかも分からないがな」
助けたい。
そのための覚悟が足りなかった。
『ヘブンズ・タイムなら奴のスピードも超越できる。無防備な状態でなら鬼道にだって攻撃は出来るはず』
そうだ。
時を止めれば、速さも力も全てひっくり返せる。
だが……
『足の一本や二本、へし折ってやらないと奴の動きは止まらない。オマエの言う心肺停止による呪縛解除もその方が確実だろう?』
351 :
睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/02/01(火) 09:47:59.61 ID:qjXSWKLFo
っとすみません、短いです。
短い分明日も明後日も投下しようと思います。
……テンポが悪くなるのであまり好ましくは無いのですが
明日は午前三時ごろ来ると思います
一週間以上も待ってくださっていて本当に感謝です!
ありがとうございます!
後、五条ファンさんが見てくれていたことにちょっとびっくりしましたwww
一瞬「あれ、俺知らないうちに投下したっけ」とか思ったですwwww
352 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/01(火) 10:08:05.29 ID:u51qFIWRP
お疲れ!
楽しみに待ってます
364 :
睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/02/02(水) 03:09:53.88 ID:N2+vBtH8o
……すみません、諸事情でちょっと投下するのが遅れそうです
今日の夕方には必ず投下しますので、お待ちの方はパンツを半分くらい履いていただければ幸いです
365 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/02(水) 08:17:42.12 ID:UgdF/GKaP
睡眠不足さんの生活サイクルの乱れが心配 366 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/02(水) 16:58:33.28 ID:RNKP6m9P0
どうせ言った通りの時間に投下しないんだから
わざわざ投下予定宣言なんてしなきゃいいのに
いちいち興味を惹こうとしなくたってみんな待ってんだからさ 368 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/02(水) 18:02:03.70 ID:WRp/NEMAO
>>366
無理に予告して投下してくれなくてもいいわよ。べ、別にあんたの心配してるわけじゃなくて、ただ私が続きを読みたいだけなんだから!勘違いしないでよね、約束を破ったら困るのは、心配するのはみんななんだからね!
とにかく!予告したんだからちゃんと来なさいよね!
まで読んだ 369 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/02(水) 22:05:34.73 ID:T3yZ7a5qo
>>366
これはいいデレ 372 :
睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/02/03(木) 03:03:50.18 ID:Ic/ybM86o
仲間だった人を傷つける。
いいのか?
それが正解なのか?
『グフフ……甘ったれるな! 良く考えてみろ、五条勝』
何を。
『答えなんて最初から出ているだろ? フーケに言われたことを思い出せ』
なんだって?
『頭の回転が鈍いんじゃないのか。答えなんて一つ、このまま何も選ばぬままオマエは死ぬってことだよ』
死ぬ。
ふと思ってみる。
助けようとする意思は既に自分のエゴじゃないだろうか?
別に鬼道に助けろと言われたわけじゃない。
鬼道は何を思っている?
助けて欲しいのか?
それとも意思なんてものはなくただ人を殺すことに快感を覚えているだけなのか?
判然言って自分には分からない。
助けるべきか、このまま放っておくべきなのか。
誰かに問うことも出来はしない。
『本当は分かっているんだろ? どうすべきかじゃなくて、どうしたいかはオマエの中でもうとっくに導きだされてる……そしてそれを邪魔しているのもオマエ自身だ』
373 :
睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/02/03(木) 03:14:03.75 ID:Ic/ybM86o
そんな中決まりきっている、事実として歴史に刻まれつつあるのが。
「死」
このままぼんやり俯瞰で黙っていれば確実に自分は死ぬ。
認めたくない弱い自分を乗り越えなくては、誰かを守ることも助けることもきっと出来ない。
今すべきことが何なのか取捨選択しなければならない。
そうしなければ全てを失うことになる。
段々乱雑だった頭の中が整理されてくる。
『そうだ。それでいい』
『オマエが思うとおりに動けば、自ずと道は拓けるだろう』
『それがどんな結果になるかは分からない。責任を取るのはオマエだ』
『ただ……まだ手段が残されているのに、それを恐れて使わないのは酷く勿体ないものに思えるがな』
375 :
睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/02/03(木) 03:27:21.97 ID:Ic/ybM86o
オレは思った。
鬼道さんを見た瞬間に助けなくてはいけないと。
それは混じりけのない純粋な自分の感情だろうし……それがエゴであったとしても、そうするべきことが自分の中で大事なことを孕んでいる気がしてならない。
他人じゃないんだ。
心の声は言葉を続ける。
『クックックッ! それでも勝てるかどうかなんて保証はどこにもない。オマエは誰よりも弱い人間だからな』
認めたくないが、言うとおり。
現在の自分では到底鬼道には勝てそうにもない。
だけど。
『そうだ、動かなければ何も変わりはしない。無に還るだけだ』
嫌だ、まだ死にたくない。
人の形を捨ててでも生き残ってみせるし、鬼道を助けてみせる。
自分という犠牲を払うことを恐れはしない。
勝てなくても……
その意志だけは確かにオレの中で沸々と湧き上がり始めている。
376 :
睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/02/03(木) 03:42:52.92 ID:Ic/ybM86o
『クク……! 最初っからそうしていればこんなに痛い目を見ることもなかっただろうに』
声が指す方向には自分とは思えないほど、無様な状態の五条勝が『ヤラレ役』のように転がっている。
オマエには分からない。
感情の無いオマエには捨てることの怖さを。
『フン……オレは鬼道がどうなろうがなんてどうでもいい。それよりもオマエが死んでしまうことのほうがずっと都合が悪いんだ』
だからやけに協力的なのか。
『……オマエの死はオレの死と同義だ』
そういう事……か。
『さあ、もう時間がないぞ。そろそろ戻らないと……肉体のほうが使えなくなる』
声と伴なって意識は急激に揺らぎ、ノイズが二人の間に入り始める。
中空に浮いていた視点も次第に暗くなっていき、それが『夢』の終わりを告げた。
『せ……ぜい……死な……ように……しろ……』
ボソリとそんな声が聞こえた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
377 :
睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/02/03(木) 04:03:51.86 ID:Ic/ybM86o
ボロボロの肉体に魂が戻り始める。
真っ暗な世界で最初に神経がまだ千切れていないことを教えたのは痛覚だった。
言葉にならない痛みで再び意識が飛びかけるのを、唇を噛み締めて堪える。
味覚は舌にしっかりと苦々しい鉄の味を伝えていたし、聴覚は鬼道のうめき声を脳まで伝えてくれている。
視覚が薄らぼんやりしているのはきっと眼鏡が砕かれたからだ。
嗅覚、相変わらずの鼻につく戦場の匂いと自分の血の匂い。
触覚は割れた岩が肌に突き刺さっていることを見なくても知らせてくれた。
帰ってきた、みたいだ。
五条「グ……フフ……」
薄ら笑いを浮かべることで自分を何とか取り戻そうとする。
痛い。
涙が溢れるほど痛いのは初めてだ。
この涙はもしかしたら今から鬼道と三度対峙しなければならない、ということからなのかもしれない。
結局『自分』だけの力で助けられなかった弱さに対しての恨みからかもしれない。
でもそれもすぐに無くなるだろう。
だからもう少しの間だけ、この痛みを心に刻んでおく。
378 :
睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/02/03(木) 04:17:10.34 ID:Ic/ybM86o
スーパースキャンは狂い無く鬼道の場所を自分に教えてくれる。
彼は……動かなくなった自分とフーケを確認して、二三度筋痙攣を起こす兵士を潰しにかかっている。
フーケを見やる。
かなりダメージを受けたのが、目に見えるが呼吸は続いている。
しばらくすれば意識も取り戻すだろう。
彼女には悪いが、まだそこで眠っていて欲しい。
これ以上戦えばもう死ぬことは火を見るよりも明らか。
魔力もない彼女に体術のみで鬼道と戦闘することはあまりにも大きすぎるハードルだ。
せめて……近隣の町まで逃げられるといいのだが。
五条「ゲホッ……ゲホッ……」
肺に穴が空いているのか、咳と一緒に赤い液体が口の中から吐き出される。
痛めつけられた内臓も暫しの我慢。
へし折られた右腕が柳の様に肩からぶら下がっている。
めり込んだ岩山からゆっくりと四肢を這い出し、愛しい眼鏡を地面に投げ捨てる。
真横からはボロボロと小さくなった岩が転がり落ちていく。
両の足はなんとか折れていないようで、硬い地面に立つことは可能であった。
それでもふらつく弱った脚は、さながら生まれたての子鹿のようだ。
380 :
睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/02/03(木) 04:22:55.06 ID:Ic/ybM86o
五条「クッ……クックッ! こっぴどく……やってくれましたね」
まだ、鬼道はこちらに気付いていない。
小さく息を吸い込み、二度に分けて吐き出す。
そうすることで僅かばかり痛みが紛れる気がしたからだ。
五条「この……眼鏡を砕いたのは……二人目、ですよ……!」
動けるだけでも幸運。
生きているだけでも奇跡。
丈夫にできている鍛え抜いた躯に感謝した。
五条「オレが……愚かでしたね、鬼道さん」
五条「『アナタ』相手に……力を使い果たさないなんて事は失礼でした……!」
スパイクによって切り刻まれた黒衣を破り去る。
温い風が直接傷口の間をそっと通り抜けていく。
381 :
睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/02/03(木) 04:47:45.83 ID:Ic/ybM86o
五条「人は……何かを捨てなくては、結局何も出来ない生物ですよね……鬼道さん」
小さな声で呟く言葉は簡単に風に流されていってしまう。
五条「アナタが心を捨ててまで力を得てしまったというのなら……!」
鬼道の目と自分の目が、刹那、ぶつかる。
瞳は何も語らない。
その奥に彼が感情を持っていたとしても、クロムウェルのかけた呪縛は語ることを許さない。
人として生きることを許さない。
五条「オレはアナタを止めるために……心を捨てますよ……!」
次の瞬間、光は眼前まで切迫していた。
鬼道有人の秘められた飛び道具。
ガニメデプロトン、の変化形とでも言えばいいのだろうか?
眩いそれは空中に真っ白な線を引き、動くもの全てを削り取ろうと向かってくる。
G・Pがボールに撃たれるのとは違い、これは明らかな破壊の意思を持って放たれるもの。
まともに喰らえばレーザー光線の如く、その部分だけが消失してしまう。
殺意のない攻撃ほど恐ろしいものはない。
だが。
止まった時の中では全て無駄。
これが自分に残された。
たったひとつの冴えたやりかた。
「ヘブンズ・タイム……!」
383 :
睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/02/03(木) 05:08:37.87 ID:Ic/ybM86o
あー、話全然進んでないですがここまでです
お察しのとおり投下予告しても予告通り来れないことが多くなってきたため、やめときます
本当に申し訳ないです。
読んでくれる、支援してくださる皆様。
ありがたくて仕方がないです。
頑張ります。
もうなんか睡眠不足とかどうでも良くなってきました
384 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/03(木) 05:45:47.66 ID:uGrqUvMIO
クックック・・・睡眠は大事ですよ・・・ 385 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/03(木) 06:34:48.34 ID:QiSPzPhAO
寝なさい…!純粋に 390 :
睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/02/05(土) 03:49:23.30 ID:TvQIUa+IO
光の線が眼球の五サント前で止まる。
触れただけで存在すら消滅させてしまう鬼道のレーザーは止まった時の中で、ただ静かに進行を遮られる。
暗転した空は天候を無常にも黒一色に染め上げて、心の裏側を映し出しているようだった。
一歩左に、ふらつく足を地面に進める。
届くはずの砂利の音は耳元まで伝うことはない。
時間軸に干渉した精神は視界から無慈悲に色を奪い去っていき、見つめた泥まみれの掌が一瞬鮮明に色をにじませた後、消え、三百六十度鮮明に情報が濁流になって流れこんでくる。
壊れた右腕は依然として棒切れのように肩からぶら下がっているだけだ。
動かすことはできない。
グシャグシャに潰れた内臓はさっきまでの鈍痛をやめた。
……肉体の痛みは、もう微塵も感じない。
肺に満たされぬ酸素によって思考は小さな粒に分解され、戦場に見えない雫の微かな名残を産み出していく。
それはきっと、大事だった物。
先人が言った雑念を全て捨て去った状態。
感情を廃して潜在能力を引き出す方法。
危険領域。
無我の境地。
それがヘブンズ・タイムに隠された禁忌。
393 :
睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/02/05(土) 03:58:41.92 ID:TvQIUa+IO
五条「今なら……鬼道さん……!」
色を失ったはずの世界に躯から揺蕩う蒼い闘気が、渦巻いた空気へ溶けこんでいく。
どこまでも冷たい、哀しみにも近い心が煙となって暗くなった空に問いを求めて揺らめいていった。
留めることを出来はしない。
踏み出した跡にはくっきりと焼け焦げたような灰が散った。
見なくても視える。
代償によって得た、人知を超越する力。
俯かせていた顔をゆっくりと上げる。
五条「アナタの顔も……!」
五条「動きも……!」
五条「心も……!」
踏み出した両脚。
音もなく凍りついた鬼道の真横に佇む。
五条「『視える』……!」
395 :
睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/02/05(土) 04:09:21.36 ID:TvQIUa+IO
薄れていく思考の中、憶えておきたいことだけを幾度も反芻する。
ワルドと対峙した時に発動したヘブンズ・タイムによって、バラバラになってしまっていた沢山の思い出。
消えて欲しくない想い。
蹂躙された記憶。
瞼を閉じれば遠くにある第二の故郷、トリステイン。
時が経つにつれて別け隔てなく、何者かも分からない自分と友人のように接してくれるようになった学院の人達。
最初は敵だったはずなのに、いつの間にか親友と呼べる存在になっていた……薔薇を携えた金色。
いつもルイズとぶつかっていたが、その言葉尻には確かに思いやる優しさが滲んでいた妖艶な赤色。
何も言わず本ばかり読んでいるように見せて、実のところ自分たち仲間をしっかりとつなぎ止めていた青色。
なぜだか自分の心も身体も救ってくれ、背中で戦うことを了承し、死線を共にした緑色。
そして……
396 :
睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/02/05(土) 04:13:46.86 ID:TvQIUa+IO
何よりも大事な。
397 :
睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/02/05(土) 04:16:24.81 ID:TvQIUa+IO
守ると決めた。
398 :
睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/02/05(土) 04:18:42.18 ID:TvQIUa+IO
ルーンが消えても。
399 :
睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/02/05(土) 04:19:42.10 ID:TvQIUa+IO
貴女だけを。
400 :
睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/02/05(土) 04:20:16.88 ID:TvQIUa+IO
オレの小さな主人を。
401 :
睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/02/05(土) 04:21:39.93 ID:TvQIUa+IO
その瞳も、華奢な体も。
402 :
睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/02/05(土) 04:26:05.82 ID:TvQIUa+IO
笑顔も。
403 :
睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/02/05(土) 04:27:10.86 ID:TvQIUa+IO
簡単に折れてしまうまだ弱い心も。
困難に立ち向かおうとする勇気も。
404 :
睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/02/05(土) 04:28:27.07 ID:TvQIUa+IO
全部。
貴女の全てを……オレは。
405 :
睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/02/05(土) 04:30:14.33 ID:TvQIUa+IO
ああ……駄目だ、消えては。
もっと刻んでおかないと……。
きっと思い出せなくなる。
今度はもう前のように取り戻せない。
必死になって思い出した以前のようには。
散り散りになったパズルは組み直せても、砂粒になった思い出を再び元の思い出の形に作り直すことは……誰にも出来ない。
だからこそ。
五条「使いたくは無かったんです……」
そして、結局使わずに鬼道を助けることが出来なかった自分が憎かった。
思いの強さに反比例して記憶も気持ちも皆、戦場に零れていく。
半分ほどに減っていた心の中身は底に穴が空いたようで、物思う間にどこかに流れていってしまう。
406 :
睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/02/05(土) 04:34:58.66 ID:TvQIUa+IO
フーケの言うとおり、選択肢は人間に有無をいわさずにその岐路を指し示した。
物言わず選ばせ、進ませ、思わせる。
道が一つしかなくても、犠牲を出すとしてもだ。
だが結果がどうなるにしても、自ら選んだ以上はそれは『オレ』が選んだ『オレ』の道だ。
自分で決めなくてはならないものだから。
後悔をしたとしても、道を選ばないよりは……ずっといい。
立ち止まることは誰にでも出来る。
それでも……例えこの後オレがオレではなくなっても、五条勝でありたいなら進むべきだ。
大事なのは選んだ道の中で、何が出来るかなんだ。
407 :
睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/02/05(土) 04:38:59.37 ID:TvQIUa+IO
何もかも投げ打つ覚悟がまだ出来たわけじゃない。
助けるという確固たる意思で巣食っている弱さを誤魔化しているだけだ。
オレは「ゴジョー・マサル」としてハルケギニアに何も残せていない。
ルイズの傍で守ることすらできていない。
空っぽだった自分の中に沢山の物を詰め込んでくれたこの世界に、容易くお別れを告げられるほど……
まだオレは大人に『なりきれて』いない。
それでもチクチクと刺すような痛みは、段々と波打つように心の機微をおしなべて飲み込んでいく。
無くなってしまう。
408 :
睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/02/05(土) 04:50:54.77 ID:TvQIUa+IO
暗がりが徐々に、元の曇り空の姿へ戻り始める。
誰も聞いてはくれない独りだけの世界で呟く。
それは自分でも誰に言ったかは分からない。
目の前にいる鬼道に言ったのかもしれないし、遠くにいるルイズに言ったのかもしれないし……
もしくは無慈悲な万物創世の神への懇願だったのかもしれない。
五条「何故なんですかね……?」
五条「身体は痛くないはずなのに……」
五条「全て拭い去ってくれるはずなのに……」
五条「胸の奥の痛みだけは……消し去ってくれないんでしょう?」
409 :
睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/02/05(土) 04:51:59.07 ID:TvQIUa+IO
ドクンと心臓が一際強く胸を打った。
小さな桃色のペンキを僅か残して真っ白になっていく狭い自分の部屋を、どこかにふんわりと優しく感じて、モラトリアムは終焉を知らせた。
戦場で人を傷つけるときは終りなんてない様に思えたのに、何故大事な人を思う時はこんなにも早く時間は過ぎてしまうのだろう?
時間は止まっているはずなのに。
その答えは分かっている。
ヘブンズ・タイムが止められるのは五条勝が『自分』と認識している以外のあらゆる物。
心の時間が止まってくれないのは、まだオレが『心』を自分のものだと思っているからに違いなかった。
410 :
睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/02/05(土) 05:07:49.23 ID:TvQIUa+IO
五条「我が主人よ……」
最後に思うこと。
祈りにも似た小さな希望。
瞳の内側からこみ上げる何かがあった。
それが一雫、枯れた荒野に落ちた瞬間。
止まっていた時間が動き出した。
「願わくば、もう一度貴女をこの手に抱きたい」
411 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/05(土) 05:20:30.18 ID:X7R2/Fkxo
タイトルキタワァ.*・゜゚・*:.。..。.:*・゜(n‘∀‘)η゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*!!!!!☆ 412 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/05(土) 07:20:56.67 ID:KjNEJfZAO
キテタ━━━( ´∀`)・ω・) ゚Д゚)・∀・) ̄ー ̄)´_ゝ`)━━━!!!
五条さんはどうなる!?414 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/05(土) 15:17:59.28 ID:JDPW5hnAO
ここでっ……次回の投下に持ち越しかよっ!!! 415 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/05(土) 16:54:58.62 ID:G4MwiEa/o
なんという仕打ち 416 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/05(土) 19:57:37.98 ID:/PCEcZuB0
やっぱタイトル来ると燃えるな 417 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/02/05(土) 22:29:11.60 ID:RJwAW9Hbo
>>416
最終話「ポケットの中の戦争」とかな! 465 :
睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/02/18(金) 23:59:52.25 ID:+k91+308o
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
フーケの意識を取り戻させたのは、胸の奥を叩く激痛であった。
灼ける大地は気持ち、温度を下げたようで彼女の皮膚に傷を負わせることは無かった。
固い地面に頬を寄せて口の中の血と土と砕けた鉄の混じった唾を吐き出す。
フーケ(つぅ……! あの野郎、しこたまぶつけやがって……!)
まだ呆けた脳内でいつものように毒を吐く。
右腕と背中を強打したせいか、時々刺すような痛みが神経を伝わって痛みとしてシグナルを鳴らしていたが、呼吸の度にハンマーで殴られたように響く鈍痛に比べればカスリ傷だった。
瞼を閉じたままの視界に幾何学模様の残像が駆け巡る。
ヒュルヒュルと一定間隔で掠れた呼吸音が自分の体はもう戦えないと告げた。
フーケ(……アバラが腹ん中に刺さってやがる)
同時に気がつく。
生きている。
生きている?
その事実に、喜びよりも疑問が不明瞭な思考を徐々に拍車を掛ける。
フーケ(どういうことだ? 何故あたしは生きている? 戦いは……)
468 :
睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/02/19(土) 00:10:14.48 ID:YJwdhljmo
当然の疑問が浮かぶと時を同じくして、唐突に轟く激突音。
フーケ「……!?」
それに体は思わず反応し、動いてはいけないという『ルール』を破ってしまう。
横たわっていた体を起こして、開かれた瞳に飛び込んできたのは二つの黒い影。
点と線。
フーケの認識できる範囲では黒い線が二本交差し、時折点滅しているようにしか見えない。
しかし、彼女はすぐに理解する。
あれが人間を超えた者同士の戦いであると。
ブラックアウトによってもたらされた頭の中の余裕、余白、余力がじわじわと侵食されていく。
フーケ「ゴ……ジョー……? なのか?」
471 :
睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/02/19(土) 00:16:35.10 ID:YJwdhljmo
一瞬、空中で点が交わったかと思うとその一つが岩山にめり込んだ。
加速を止めた線は質量を持った点に戻る。
地面に着地した姿は暫し、彼女が意識を失っていた間に『違う生物』になっていた。
容姿が変わっている訳ではない。
体が大きくなっている訳でもない。
違うのは中身。
体から静かにたゆたう蒼い煙の中、棒立ちの痩躯はヒトとは一線を違えた物になっていた。
ゴジョー・マサル。
フーケ「……ッッッッ!?」
それなりの距離を隔てて触れあった目と目。
背筋を戦慄が蹂躙する。
熱いはずの戦場に身を置いている彼女はガクガクと震えだした。
必死に両手で自らの体を抱きしめるが、それは決して止まろうとはしない。
僅かな時間だったが男から発せられる『空気』は刹那で彼女の心を食い荒らした。
474 :
睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/02/19(土) 00:22:55.10 ID:YJwdhljmo
彼女は自分で確固たる自信を持っている。
場数は人よりも踏んでいる。修羅場もそれなりにくぐり抜けてきた。
目を見て逃げ腰になるようでは盗賊という人の道を外れた世界では生きていけない。
そんな彼女を恐怖させたのは肉食獣のような目ではない。
それならどれほど良かっただろうか、とフーケは思う。
『穴』が空いていた。
目ではなかったのだ。
感情を映し出す瞳から毛の先ほども揺らぎが見えない。
そこには暗い穴が空いていたのだ。
視線を合わせた者を飲み込んでしまうような穴が。
空になった窪みに埋められたのは無だったのかもしれない。
475 :
睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/02/19(土) 00:30:09.83 ID:YJwdhljmo
フーケ(あ、れが……ゴジョー……?)
頭では理解しているつもりだった。
視線の先に立っているのはゴジョー・マサルだと。
しかし、矛盾するように心は否定する。
『アレ』は先ほどまで自分と戦っていたゴジョーではない、と。
フーケ(まさか……アイツ……!!)
蒼い影がフッと消える。
フーケ(敵と同じに……!?)
首を動かしたときには既にゴジョーは岩山にめり込むドレッドヘアーを持ち上げていた。
その動きにキドーと呼ばれた、悪魔は即座に反応する。
頭を掴まれた状態から体を捻り、ゴジョーの顎先に見えない蹴りを放つ。
二つの影は再び点になる。
認識できなくなる。
476 :
睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/02/19(土) 00:57:04.87 ID:YJwdhljmo
どういう理屈かはフーケには解らないが、ゴジョーは切ってはいけない『ジョーカー』を使ってしまったと確信を持って言えた。
それ程常軌を逸した速度で動き、圧倒されていた鬼道とほぼ互角の戦いを繰り広げている。
ぶら下がったままの右腕でだ。
この戦いを僅かだが共にした彼女には、その動きが限界を突破しているものだと肌で痛感する。
フーケ(後先を考えて使ってるモンじゃあねぇ……)
肉体的に見て、どれだけゴジョーが頑丈で頑強な躯をもっていたとしても人である以上、100%の力を出し切れば殴りつけた拳の方が悲鳴をあげる。
知らず知らずの内に脳は自分が壊れないようにセーブしているのだ。
フーケ(ゴジョーは多分、この戦いが始まってからあたしがぶっ飛ぶまでは……ギリギリのラインで留めていた)
フーケ(恐らく……98%か99%、本当に限界ギリギリの、肉体と精神が砕けない最終ライン上で力を出し切ってたはずだ)
478 :
睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/02/19(土) 02:21:51.04 ID:YJwdhljmo
フーケも気がついてはいた。
前に対峙した時と比べ、様子が違うことを。
常人でも100%に近い力を出すことは確かに一瞬ならば可能である。
しかしながら、それはあくまでも一瞬。
俗にいう火事場の馬鹿力と言うものだ。
彼はそれをずっと、続けている。
プロのアスリートですら全力を出し切れば丸二日は動けなくなる中、ゴジョー・マサルは長い間躯を酷使し続けてきた。
いつ切れてもおかしくない細い綱の上を歩いていたのだ。
フーケ(そして……その満身創痍の躰にトドメを刺す様に……この動き。普段の二倍、いや、三倍か?)
圧倒的だったはずの力量差はもう微塵も感じられず、力関係は互角と言って差し支えない。
フーケ(だが……その代償は……)
きっと、身体は回復する。
だが心に負ったダメージは、年より大人びた彼の心を四散させてしまうだろう。
心を捨てたからこそ限界を突破した力を使っていられる。
479 :
睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/02/19(土) 02:26:14.72 ID:YJwdhljmo
フーケ「あの馬鹿……!」
なじる言葉とは裏腹にフーケは唇をきつく噛みしめる。
彼女とて分かっているのだ。
退路のない此処では戦うことしか手段が残されていなかったことを。
死んでしまっては何も成せないことを。
自分を捨ててでもやらねばならぬことがあったことを。
彼女は呪う。
何もできないことを。
闘いに参加できるレベルではない自分を。
結局『足手まとい』になった弱さを。
彼女に残されていたのは祈ることだけだった。
480 :
睡眠不足 ◆Uq2i1ARauU :2011/02/19(土) 04:04:22.48 ID:YJwdhljmo
フーケ「死ぬな……! ゴジョー……!」
ゴジョーは戦場に叩きつけられる。
フーケ「テメエは……! 会わなくちゃならねえ奴がいるんだろ……!」
ゴジョーは虚空に投げ出される。
フーケ「だからまだ……!」
フーケ「死ぬんじゃねえ!」
570 :
超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w :2011/03/10(木) 21:52:24.82 ID:TSd9Ietjo
殺し合いの最中、涙を零す盗賊は端から見ればさぞかし滑稽であろう。
しかも敵だった男に対してだ。
だがその涙に呼応するように、ゴジョー・マサルは立ち上がる。
何度ねじ伏せられようとも。
恐らく彼にはフーケのことは見えている。
それでも彼女を攻撃しようとしないのは、無の海に流されて消えた心の小さな粒が許さないからであろう。
常人には決して辿り着けぬ境地にいる悪魔達は、二つの熱気で乾いた戦場の中、只管に拳の応酬を続ける。
傍観者になるしかない女は土を固く握りしめた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
574 :
超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w :2011/03/10(木) 22:05:54.42 ID:TSd9Ietjo
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
あらゆる事に終りは訪れる。
永遠にも思えた戦いにも須らく終りは訪れるべきだ。
その瞬間をフーケはその目で確かに見届けた。
ざらつく風が独りだけ立つ彼女を僅かによろめかす。
「最後の瞬間は語るべくもない」
それがこの闘いに最も相応しい言葉だろう。
力の拮抗した者同士が、全身全霊を込めた拳を打ち付け合えば答えは一つしか残されていないのだから。
崩れ去ったゴジョーの元にフーケは力なくへたり込む。
そして母が子を慈しむ様にその頬を撫ぜた。
それは、無情な戦場には似つかわしくない一枚の絵画のような光景であった。
575 :
超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w :2011/03/10(木) 22:09:52.78 ID:TSd9Ietjo
フーケ「ゴジョー、テメエはもう……戦わなくていい」
フーケ「あたしが、『アイツ』のところまで連れていってやる……」
見開いたままの彼の瞼をそっと閉じ、フーケは抱き寄せると小さな声でレビテーションを唱えた。
これで正真正銘、彼女の魔力はゼロになった。
ブレッドはおろか練金を唱えることもできはしない。
抜け殻になったゴジョーを抱え、フーケはもう一人の男の元へ歩む。
心臓が動いているにしろいないにしろ、彼女はこの男を連れて帰ることは出来ない。
傷ついていないならまだしも、彼女とて軽くはない傷を負っている。
レビテーションをゴジョーに使った以上この場に置いていくしかない。
576 :
超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w :2011/03/10(木) 22:12:29.27 ID:TSd9Ietjo
それにもしも。
男が再び目覚めたときこの凶暴性をふるわれれば。
止める人間はクロムウェルを除き誰もいない。
力で制圧できる人間がこのハルケギニアにいるのだろうか?
まず間違い無くいない。
キドーを連れて行くことは彼女にもハルケギニアにも……大きすぎるリスクだった。
男の心臓は微かだがまだ動いている。
今この瞬間ならば彼女でも首を絞めて殺せる。
フーケは右手にあるゴジョーの体を放した。
577 :
超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w :2011/03/10(木) 22:14:31.27 ID:TSd9Ietjo
フーケ「……」
まだ太くない、柔らかさを持った首筋にフーケは両手を向ける。
冷たく細い指はキドーの体温を感じる。
殺さなくてはならないと彼女は思う。
ここでこの男を生かしておけば、人類に大きな災いをもたらすことは明白であり、殺したとしても彼女を責める人間はいない。
生きていたとしてもクロムウェルの傀儡として本人の望まぬことを強制される。
殺すほうがキドーもこれ以上手を汚さずに済む。
フーケ(いや……コイツがどう考えているなんて関係ない)
頭を振り、思い直す。
殺さなくてはならないのだ。
他でもない、自分自身のために。
フーケは手にゆっくりと力を篭めていく。
気道の絞められていく感触がじんわりと伝わってくる。
そのやけに高い体温は彼女に小動物の姿を重ねさせた。
578 :
超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w :2011/03/10(木) 22:16:21.74 ID:TSd9Ietjo
フーケ「……悪く思うなよ」
ゴジョーは何も言わない。
仲間だった人が、助けようとした人が殺されようとしているにも関わらず、空中のベットに音もなく横たわっている。
迷いが、彼女に渦巻いていく。
ゴジョー程の男が生命を賭してまで助けようとした人間を、自分が勝手に殺してもいいものだろうか?
結局傍観者にしかなれかった自分に生殺与奪の権などあるものなのか?
普段の彼女ならば持ち得ない迷い。
フーケ(いいんだ、これでいい……)
しかしそれでも、フーケは殺していく。
生命を奪おうとする。
後数秒、これを続ければ心臓が完全に止まる。
次第に弱まっていく心拍。
その時。
579 :
超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w :2011/03/10(木) 22:21:49.90 ID:TSd9Ietjo
「は……る……」
フーケはびくりと戦き、少しだけその手を緩める。
フーケ「な、に……?」
唇に耳元を近づけてみると、掠れて弱々しいが何事か呟いている
「は……る、な」
「ど……こ……だ」
「はる……」
580 :
超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w :2011/03/10(木) 22:26:08.55 ID:TSd9Ietjo
ハルナ。
と男は呟いた。
何のことかは分からない。
ハルケギニアでは聞いたことのない単語。
そう。
『ゴジョー・マサル』と同じ。
うわ言の様に幾度も。
誰かの名前を呟く。
死の間際で呟くは、男に取ってかけがえの無い物。
自分と同じようにキドーにもあると知ってしまった。
581 :
超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w :2011/03/10(木) 22:28:38.69 ID:TSd9Ietjo
脳裏に巡る、自分の『子供達』。
その姿が一瞬だけこの男に重なった。
ひとたびそう認識してしまえば、彼女にはもうこれ以上力を篭めることなど出来なかった。
元来、人殺しなど好んでするような人間ではないのだ。
本当の彼女は自分より弱いものを守る為ならば、自分が傷ついても構わないと思う人間。
盗賊の姿は彼女が生き抜くための、守るものを守れる力を積み上げる為に繕った仮面でしか無いのだから。
フーケ「クソッ……! クソッ……!」
どうしようもない感情をぶつけるようにフーケは乱暴に首から手を放した。
弱り、迷いが作っていた綻びは、その声で彼女の心に重くのしかかり、冷たい殺意を押しつぶす。
フーケ「クソッタレ……! なんで、なんだって……こんな時だけ……!」
フーケ「人間らしいこと言いやがって……!!」
582 :
超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w :2011/03/10(木) 22:33:37.30 ID:TSd9Ietjo
奥歯を強く噛み締めながら、彼女は震える手を握り締めて立ち上がる。
殺せない。
連れて帰ることも出来ない。
彼女には『何もせず捨て置く』という選択肢しか残されていなかった。
振り向き、ゴジョーの壊れきった身体を胸元に抱き寄せると、指輪に自分の顔が映った。
泥まみれでとてもじゃないが他人に見せられない顔。
軽くなった腕の中の男を一瞥して、語りかけた。
583 :
超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w :2011/03/10(木) 22:37:39.21 ID:TSd9Ietjo
フーケ「なあゴジョー? あたしは選択肢なんてロクなもんじゃない……選べる選択肢なんて無いって言ったがよ」
フーケ「こんなに胸糞悪ぃ『道』は初めて選んだ」
フーケ「テメェならどうしたんだろうな……?」
帰ってくるはずもない返答を待ち、乾いた笑いを浮かべた。
フーケ「……フン、聞くまでもねえか」
フーケ「『世界も友も守ってみせますよ……』ってトコだろうな」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
584 :
超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w :2011/03/10(木) 22:41:22.08 ID:TSd9Ietjo
明後日、たぶんもう一回きます
待たせてしまうのが癖になりそうなので、自分的締め切りです
話半分くらいで聞き流しといてください
あと完結はさせます
588 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/11(金) 10:09:31.99 ID:rMWDZLmAO
キドーは元に戻ったのか!?585 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/03/10(木) 22:45:48.64 ID:dKi9n3EHo
乙!
なんか今回のキドーさんとスレタイがちょっと重なった気がした 618 :
超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w :2011/03/19(土) 03:24:13.77 ID:sDtNiSOio
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
船内に鳴り続けていた重低音がいつの間にか消えていた。
乗り込んだ頃には煩わしく感じてしようがなかったその音すら、耳に馴染み始めると気にならなくなる。
慣れ、というものの恐ろしさを垣間見た気がした。
なにしろ音が消えたことで沈んでいた意識がゆっくりと、海底から引き上げられるように覚醒するのだから。
三角。
丸。
楕円。
閉じた瞼の裏に幾何学模様がグンニャリと見えたかと思えば、いなくなる。
ギーシュ「ああ、お腹が空いたよ。何か食べるものないかい?」
タバサ「食べ物はさっき全部なくなった」
キュルケ「指でも食べてなさい」
ギーシュ「んな……!」
ショッキングな事実にギーシュの声が大きくなる。
少しだけ、頭が痛い。
619 :
超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w :2011/03/19(土) 03:36:41.00 ID:sDtNiSOio
キュルケ「ちょっと、ルイズが起きるでしょ。この子あんまり寝てないんだから」
ギーシュ「あ、ああ……すまない。しかし後どれくらいで着くんだろうか? タバサ、分かるかい? ここじゃ日の光も差さないものだから、どうにも」
紙の捲る音が止まった。
いつもより一サントだけ気怠そうなタバサの声が届く。
タバサ「大凡残り一時間ぐらいだと思うけれど」
ギーシュ「……もうすぐか。降りるときはどうとして、果たしてどうやってゴジョーさんを見つけたらいいんだろう」
キュルケ「ルイズの時はゴジョーがいたしねぇ。いなくなって分かるけど、やっぱり私たち、ゴジョーに頼りっぱなしだったのね」
ギーシュ「ゴジョーさんの言っていた『よく見える眼』か……せめて二人の契約が残っていれば、何らかの手がかりはあったんだろうけれど……」
今度は頭よりも胸がキリッと痛んだ。
何の気なしのギーシュの言葉が、私の胸を突き刺したからだ。
ゴジョーにルーンがあった頃には仄かに聞こえていた、心臓の音や息遣い。
……表現的には感じていたの方が近いのかもしれない。
それも今はもう何も感じないのだ。
当たり前のようで、でも酷く寂しかった。
まるで私とゴジョーが書類上の関係でしかなかったような、寂しさ。
620 :
超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w :2011/03/19(土) 03:44:48.98 ID:sDtNiSOio
キュルケ「一応賭けてはみたのよ、サモン・サーヴァントに……」
ギーシュ「え!? じゃあルイズはもう一度召還を?」
キュルケ「シッ! 静かに。あんたがまだベッドの上で寝ていた時の話よ」
ギーシュ「そうなのか……」
キュルケ「もちろん、私もルイズもリスクは分かっていた。もしも別の使い魔が現れたらどうしようって」
キュルケ「だけど出来ることはやっておこうって、ルイズがね。ゴジョーの時みたいに人間がきたら……ってのも考えたんだけどね」
言葉を慎重に選ぶように、キュルケは話す。
ギーシュ「結果は……?」
キュルケ「残念ながら何も起きなかったわ。爆発すら起きなかった。どういう理屈か、説明できないけれどね……そもそもルーンが消えたって言うのも初めて聞いたし」
ギーシュ「確かに……分からないことだらけだよ」
でも私は見た。
ゴジョーの足のルーンが徐々に薄く、無くなってしまうところを。
その意味は、契約者である私が一番理解っている。
621 :
超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w :2011/03/19(土) 03:49:31.47 ID:sDtNiSOio
タバサ「召還されないということは……まだ、ゴジョーがルイズの使い魔であると言うことの裏返しだと思う」
キュルケ「どういうこと?」
キュルケが尋ねる。
タバサ「使い魔が死ねば契約は取り消される。にもかかわらずサモン・サーヴァントを行って、何も起きないと言うことは彼との繋がりが全く消えた訳ではないという証拠。少なくとも悲観するような結果じゃないと思う……」
キュルケ「……そうよね。あのゴジョーだもの」
ギーシュ「絶対を幾度も覆してきた男だ。今度は僕らが覆さなくちゃ」
公式でも読み上げるようにすらすらと言葉を並べるタバサに、私は元気づけられた。
その内容にではなく、彼女もゴジョーとまた会いたいと願っていることを感じられたことに。
『独り』ではないことに。
ここにいる皆、誰一人として諦めていない。
それが何よりも希望になったから。
ルイズ「……ありがと」
自然に溢れた感謝の言葉。
622 :
超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w :2011/03/19(土) 03:56:17.32 ID:sDtNiSOio
タバサ「起きてたの?」
聞こえるか聞こえないか分からないくらいの囁きにタバサは返答する。
『誰か』が掛けた毛布を足下によけ、体を壁に寄りかけた。
硬い床の上で眠っていたせいか節々が痛む。
ルイズ「ん……さっき、ね」
キュルケ「まだ寝てなさい。心配しなくても、フネからは出られるから」
らしくない労りにクスリと笑う。
キュルケは不服そうに顔を歪める。
キュルケ「なによぉ」
ルイズ「べっつにぃ……ただ、アンタも優しいこと、言うんだなって」
言葉を短く句切って話すのはまだ頭が良く回っていないからだと思う。
623 :
超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w :2011/03/19(土) 04:07:55.22 ID:sDtNiSOio
キュルケ「フン……ここで下手に体力消費して倒れられるのが迷惑なだけよ」
いつもなら憎まれ口を返す所だけれど、やめておく。
だってさっきの言葉。
嬉しかったもん。
ふと横から出された手に水と林檎が握られていた。
ギーシュ「ほらルイズ。喉が渇いただろう? お腹の足しにならないかもしれないが、食べるんだ」
ルイズ「ありがと」
男にしては白く、細い指からそれらを受け取り、艶々した林檎に口をつけた。
キュルケ「一人で食べてたかと思ったら……全く、格好つけなんだから」
ギーシュ「いや、ハハハ……!他意はないよ。モンモランシーには、ね?」
分かるよね、と言う様に頭を掻きながらキュルケに言う。
キュルケ「て言うかアンタ、そのモンモンにはちゃんと言って出てきたの?」
ギーシュ「……」
キュルケ「バカ」
ギーシュ「だって! まともに話して彼女が許してくれると思うかい!? 彼女にはこれ以上心配かけられないよ。ついこの前だってボロボロで帰ってきたんだから」
キュルケ「そっちの方が心配でしょ。女はね、何も言わずにいなくなるよりも、ちゃんと全部話してから行ってくれた方がまだ少しは『覚悟』出来るんだから」
624 :
超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w :2011/03/19(土) 04:12:57.87 ID:sDtNiSOio
妙に説得力のあるキュルケの言葉に内心頷く。
そうよ。
何も言わずにいなくなるなんて、ずるい。
ちゃんと傍に居て欲しい。
勝手に『さよなら』だけ言って終わりなんて許さないんだから。
そんな奴はこっちから捕まえて、抱きしめて、もう勝手にどこにも行かないように鎖付けちゃうんだから。
私のって。
ギーシュ「……はい」
キュルケ「大体あんたは前科一犯なのよ? なんて言ったっけ? あの一年生の……」
タバサ「ケティ」
キュルケ「そう、ケティ。あの子にもちゃんとケリつけたの?」
ギーシュ「あ、え……いや……いいじゃないか! 僕より君こそ大丈夫なのかい!? ベリッソンにスティックスに」
慌てて反論するギーシュにキュルケはにべもなく返す。
キュルケ「あたしはいーの。女はいつだって追われる側なんだから」
ギーシュ「んな無茶苦茶な……」
625 :
超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w :2011/03/19(土) 04:17:29.29 ID:sDtNiSOio
理論も何もあったものではない返しに頭を抱えてため息をつくギーシュ。
馬鹿なやり取りが心に落ち着きと安らぎを与えてくれる。
でも、この場に『アイツ』がいないことだけがパズルの一ピースが欠けたように、私に焦燥感をひりひりとさせる。
楽しい。
けど、足りない。
味付けし忘れた料理のように物足りなさがある。
タバサ「もう少し寝たら?」
二人を尻目にタバサが目線だけこちらに向けて話しかける。
ルイズ「え、でも……」
タバサ「寝言さえ言わなければ、大丈夫。起きる頃にはアルビオンの土を踏んでいるはず」
寝言?
私の疑問符を見透かすようにタバサは声を繋げる。
タバサ「泣きながら掠れ声で『ゴジョー、どこ?』って」
ルイズ「え”?」
真っ赤になる顔が鏡に映さなくても分かる。
そんな、嘘!
聞かれてた!?
っていうか私そんな寝言言ってたの!?
そんな私を見て、口元をちょっとだけ緩ませたタバサは眼鏡をくいっと上げて、こう言った。
タバサ「ヒヒヒ……ゴジョーだんですよ……」
629 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) :2011/03/19(土) 17:15:56.45 ID:/t8xhw4AO
ゼロの使い魔読んだことないけど俺の脳内ではタバサが一番可愛い 630 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) :2011/03/19(土) 18:37:05.69 ID:KMM9/zWko
>>629
タバサはかわいいよ
言ってみればルリルリ、綾波、長門、銀系 632 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) :2011/03/19(土) 23:01:45.17 ID:/t8xhw4AO
>>630
大好物です>< 635 :
超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w :2011/03/20(日) 21:58:52.69 ID:R4f8eX2Vo
棒読みの台詞に笑っていいものか、判断のつかなくなった私は毛布にくるまって寝ることにした。
キュルケ「あら? ルイズ寝ることにしたの?」
ルイズ「そ、もう寝るの。まだ眠いの」
キュルケ「それがいいわね。次起きたときは箱の中かもしれないから、覚えておくのよ」
タバサ「怒った……」
キュルケ「え? タバサ、何か言ったの?」
タバサ「軽いジョーク」
ギーシュ「それより僕のいい訳を考えてくれよぉー」
ぼそりと呟いたタバサの声が耳に残った。
怒ってないことを伝えようとも思ったが疲れの抜けない私の身体はまだ休養を求めていて、意識を遠いどこかに連れて行く。
記憶の連続性が私であるアイデンティティならば、ここで『私』という『私』は死ぬのかもしれない。
そんな小難しいことを考えていると、既に先客でいっぱいの私の脳みそはすぐにパンクして深い泥の中に埋もれていった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
636 :
超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w :2011/03/20(日) 22:00:11.51 ID:R4f8eX2Vo
夢を見ていたと思う。
悲しい夢を。
でも夢と言うには体験した様なリアリティがあって……それは間違いなく私が体験したことだった。
「さようなら」
手から赤い滴を零し、冷たい背中でいなくなるその影。
伸ばした手も届かない。
去っていく姿を留めることも出来なかった。
だから私は叫んだ。
『ゴジョーーーー!!』
639 :
超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w :2011/03/20(日) 22:05:21.79 ID:R4f8eX2Vo
ギーシュ「んんんぐぐぐぐぇぇぇぇぇっ!?」
キュルケ「え!? な、なに!?」
デルフ「どわぁ!? なんだ!?」
気がつくとそこは外の世界。
廃墟となった家屋が建ち並ぶ道。
温かい背中の上で私はきょろきょろと辺りを見渡す。
トリステイン軍の紋章を胸に付けた兵士達が隊列を組みながら、同じ方向へ足を進めている。
数はそれほど多くない。
ルイズ「え? あれ? ゴジョー……は?」
キュルケ「あんた何寝ぼけてんのよ。アルビオン、着いたのよ」
ルイズ「そう……なの?」
言われてみれば一度見た光景だった。
そのときにはトリステイン兵はいなかったが。
640 :
超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w :2011/03/20(日) 22:09:30.98 ID:R4f8eX2Vo
デルフ「ハッハッハッ! お嬢ちゃん、ぐっすり寝てたからなあ!」
さも当然のように話に混じるインテリジェンス・ソードのデルなんとかガーを指さす。
ルイズ「て言うかなんで剣がべらべら喋ってる訳? 私、鞘に仕舞っておいたはずなんだけど」
タバサ「話が聞きたくて鞘から抜いたら、噛みついて入ろうとしない」
デルフ「やっとこさ抜いてもらったんだ! 簡単に仕舞われる訳にはいかn」
有無を言わせず力任せに鞘に押し込む。
やっぱり捨ててきた方が良かったかしら?
ギーシュ「ちょ”……る……ず……う゛で……!」
キュルケ「どうやら先行していたトリステイン軍がここを拠点にしてるみたい。アルビオン軍がぎりぎり保っていた小さな港からこっちに来たらしいわ」
ルイズ「私……どれくらい寝てた?」
キュルケ「そうね、四時間ちょっとってとこかしら。港に着いてからはレコン・キスタが多いから歩きで来たけど、そこを抜けたらフライを使ったから意外と進んだんじゃないかしら。タバサ、距離はどのくらい?」
タバサ「港から三十~四十リーグ」
キュルケ「だそうよ」
ギーシュ「お……し……ぬ……!!」
ルイズ「そうなの……」
641 :
超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w :2011/03/20(日) 22:10:30.15 ID:R4f8eX2Vo
体感的には五分も寝てないように思えたが、よっぽど身体が悲鳴をあげていたのか熟睡していた。
しかしそのおかげか、頭痛はもうすっきり無くなっていたし節々の痛みも和らいでいた。
キュルケ「あ」
ルイズ「なに?」
ギーシュ「……」
本を片手に私の袖を引いた、タバサの視線の先には顔が真っ青になったギーシュが泡を吹いている。
まずい。起きた瞬間からずっとギーシュの首を必死で抱きしめていた。
642 :
超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w :2011/03/20(日) 22:11:53.93 ID:R4f8eX2Vo
ルイズ「ほ、ほんとにごめんね、ギーシュ……」
ようやく息を整えた(吹き返した?)ギーシュはしょんぼりした顔で手を振る。
ギーシュ「フフフ……いいんだ。所詮僕は助けを求めても気づいても貰えない存在なのさ」
達観した様子で空を見つめるその姿はどこか年老いた牛を思わせた。
ルイズ「寝ぼけてて、ね」
キュルケ「ルイズは頭の中がゴジョーでパッパラパーなのよ、許してあげなさいな」
タバサ「あと数秒遅れていたら、向こうの世界に行ってたかもしれない」
ギーシュ「大きな川の先に僕のひいじいさんがビキニで手を振っていたよ! へローギーシュってね! 初メテ生で見ルことが出来てギーシュ感激! フヒッ! ヒヒ!」
どうやらギーシュは向こうの世界に大事な物を置いてきたらしい。
643 :
超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w :2011/03/20(日) 22:17:26.84 ID:R4f8eX2Vo
キュルケ「まあそれはそうとして……とりあえずここらはセーフティゾーンみたいだから、色々聞いたんだけど」
ルイズ「な! なにか情報は!? それっぽい人影とか、どこで戦ってるのか、とか!」
静かに首を振る。
キュルケ「こっちの領域だから、そんなすごい味方の情報あってもいいはずなんだけど全然。それどころかここ何日かは大きな戦闘も起こってないって」
タバサ「皆、口を揃えて『トリステインの黒い悪魔は知っている。だがその姿を見たことはない』そう。死神とも言われていた」
ルイズ「そんな……」
キュルケ「ま、アイツのことだからもう大方の軍は潰しちゃったのかもしれないわ」
キュルケの言ったとおり、この一帯はアルビオン軍の管轄内のようでレコン・キスタ兵は一人も見当たらない。
まあ居たならば即座に交戦が始まっているので当たり前と言えば当たり前だが。
ひとまずここまで来られたことは良かった……でもどうやってゴジョーを見つければいいのか、はっきり言って皆目見当もつかない。
言い方は悪いが勢いで来たのも事実。
希望的観測で直接距離が近づけば何か、ゴジョーみたいに『感じる』かとも思っていたのだけれど、こんな時にすら私の鈍感で役立たずな魔力は一向にそれらしい片鱗を見せない。
雲の下の国に届くほどゴジョーは派手に戦っている。
一つくらい目撃情報があってもいいはず。
644 :
超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w :2011/03/20(日) 22:22:20.04 ID:R4f8eX2Vo
キュルケ「やっぱりここは地道な聞き込みを積み重ねて、一つずつ情報を集めていくしかないわね。あんまり暢気している余裕もないのだけれど」
ギーシュ「帰りはアルビオン軍側の港から帰ればなんとかなりそうだし、ギリギリまで探そう。きっとゴジョーさんも君に会えることを願っているはずだよ」
我を取り戻したギーシュがまともなことを言う。
ルイズ「うん……」
キュルケ「ほとんどの兵士にはもう聞いたから、後はこの辺の酒場とか人の集まりそうな所に行くしかないわね」
ルイズ「あ、ギーシュが服を見つけたところは?」
思いついた案をそのまま口にする。
しかしその問いにギーシュは力なく答えた。
ギーシュ「もうそこには焼け野原しかなかったし……挙句残党に身ぐるみはがされた結果が、この間の僕さ……」
ルイズ「そう……あ、じゃあ剣! ちょっと! 出なさい!」
ついさっき仕舞った剣を引っ張り出して、鞘から抜く。
645 :
超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w :2011/03/20(日) 22:25:29.00 ID:R4f8eX2Vo
デルフ「うおっ!? なんだ出したりしまったり忙しい奴だな」
ルイズ「アンタゴジョーの居場所分かんないの!? ガンダールヴのことなら何でも分かるって言ってたじゃない! 教えなさい! どこ!? ゴジョーはどこなの!? 近くにいるの!? それとも今も戦ってるの!?」
口から滝のように流れ出る言葉に流石のお喋り剣も気圧されて、ぱくぱくと柄の部分が上下する。
デルフ「ちょ、ちょっと待て! お嬢ちゃん!」
ルイズ「何よぉ!」
デルフ「まあとりあえず落ち着け。深呼吸しろ。そのゴジョーって奴に会いてぇのも分かるが俺の口は一つだ。そんなに急いでも一つづつしか質問には答えられねえ」
ルイズ「……わかったわよ」
仕方なく私は呼吸を落ち着け、剣の話に耳を傾ける。
デルフ「まず第一前提だ。そもそもその元?使い魔のゴジョーってのはガンダールヴで間違いねえんだな」
珍しくゆっくりとした口調で語りかける剣に私は曖昧に答える。
ルイズ「そう……だと思う」
歯切れの悪い言い方だったが剣は続ける。
646 :
超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w :2011/03/20(日) 22:31:34.02 ID:R4f8eX2Vo
デルフ「ふむ、なんとも言えねえがそこはいい。お嬢ちゃんが虚無ってことは間違いねえから恐らくはガンダールヴなんだろう」
ルイズ「じゃあ!?」
デルフ「待てっての! 気のはええ奴だな、人の話は最後まで聞け」
剣に説教されて怒りマークが一つ増えたがここは大人しく話を聞こう。
続けるように促す。
デルフ「そいでだな、俺もフネん中でチラッと聞いてたがよ。お前の使い魔はルーンが消えてる訳だろう? ロシェールにいるときはもしやと思ったが、そのゴジョーってのは今宙ぶらりんの状態なのよ、多分だけどな」
デルフ「ルーンは無いがサモン・サーヴァントない。こりゃおかしい。ちゅーことはだ、もういっぺん契約の儀式をする必要があるんじゃないかと俺は睨んだ」
ルイズ「コントラクト・サーヴァントを……?」
デルフ「ああ、要は『仮契約』ってとこじゃねえのかな」
ルイズ「じゃあ、もう一度契約を結べば!」
デルフ「おーたぶんなー。っても俺だってルーンが消えたなんて聞いたことがねえ。いや、知っているかもしれないが思い出せねえ」
647 :
超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w :2011/03/20(日) 22:33:58.12 ID:R4f8eX2Vo
インテリジェンス・ソードの言うことは嘘八百、という可能性も捨てきれない。
ここで捨てられないために即興で辻褄合わせの都合のいい理由を考えたのかもしれない。
でもそれでもいい。
少なくとも私が信じられる理由が欲しい。
それがあれば私は何度でも立ち上がれる。
デルフ「で、本題だ。お前さんの使い魔の居場所だが……」
ゴクリと唾を下す。
ああ、重いうるさい邪魔くさいの三重苦とは言えここまで持ってきて良かった……
これでゴジョーの居場所が!
デルフ「わがんね」
648 :
超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w :2011/03/20(日) 22:36:59.76 ID:R4f8eX2Vo
ルイズ「さ、捨てましょ。こんなぼろ鉄、打ち直して新しい鍋にでもした方が世の中の為だわ」
デルフ「ちょぉぉぉぉぉぉおおおおお!! 待って! 聞け! て言うか当たり前だろ! 仮契約の状態でどーやって見つけろって言うんだよ! 大体俺は剣だぞ! ハナっから期待されるのがおかしいだろ!?」
ルイズ「アンタガンダールヴのことなら何でも分かるって言ったじゃない!」
デルフ「言ってねーよ! ガンダールヴに会えば色々分かるかもしれないって言っただけだ!」
ルイズ「あーもう腹が立ってきたわ! こんな剣! 捨ててやる!」
デルフ「ひぎぃぃぃぃいいいぃぃぃぃいい! たっけてぇぇぇぇぇえええええ!!」
持ち手を錐もみ状に回転させ、土にこのまま埋葬しようと企てているとき、キュルケが口を挟んだ。
キュルケ「あーそろそろいいかしら」
ルイズ「なに!? 今取り込み中!」
キュルケ「このインテリジェンス・ソードがなんなのかよく分かんないけど、こいつが多少『知っている』ことはまちがいないでしょ?」
ルイズ「まあ、それは……」
キュルケ「捨てるのはゴジョーに再会してからでもいいでしょ」
デルフ「巨乳のねえちゃん……! 俺は信じてたよ!」
キュルケ「いや、正直あたしは剣とかどうでも良くてさっさとゴジョーを見つけて帰りたいだけよ。なんか戦争も終わりが近いみたいだし」
剣の喜びをバッサリ切り捨てて爪を磨き始める。
649 :
超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w :2011/03/20(日) 22:41:35.37 ID:R4f8eX2Vo
ルイズ「でも結局手がかりが……」
キュルケ「まあ、ね。期待してなかったと言えば嘘になるし」
前髪をピンと指ではねて思案顔でしゃがみ込むキュルケ。
ギーシュ「ううむ。ノーヒントというのも中々難しいな……僕の二人旅も何にもならなかった……」
二人旅?
ギーシュは一人でここまで……
はっと気がつく。
ルイズ「そうだわ! ヴェルダンデがいれば正確な場所とまではいかなくても、方向ぐらいは分かるんじゃないの!?」
嬌声を上げギーシュの肩を掴む。
しかし思いついた名案にもギーシュは浮かない顔だ。
ギーシュ「駄目なんだ、ルイズ。僕も最初にそう思って、以前は連れて来たんだが……ヴェルダンデが一番好きな物は宝石類。ゴジョーさんはそんな女々しい物、身に着けちゃいないだろう?」
ルイズ「眼鏡……じゃ駄目よね?」
ギーシュ「ああ……それにね、普通の場所ならまだしもここは戦場。さらにゴジョーさんは恐らく血と鉄と死体の中で戦っているはずだ。とてもじゃないがヴェルダンデには見つけられなかったよ」
ルイズ「そう……」
ギーシュ「すまない、ルイズ……力になれなくて」
ルイズ「ううん、いいのよ。ゴジョーのユニフォームを持ってきてくれただけでも本当に大きな収穫だわ」
キュルケ「さてここからどうしようかしらね……このままだと八方塞がりな蟻地獄に閉じ込められた蟻になっちゃうわよ」
650 :
超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w :2011/03/20(日) 22:47:10.41 ID:R4f8eX2Vo
ルイズ「……うん」
事実を突きつけられトーンの落ち込んでしまった私の声を聞いたタバサは、いつものようなウィスパーヴォイスではなく、涼やかで明瞭に宣言した。
タバサ「落胆していてもしようがない、でしょう? 必要ならばレコン・キスタ軍の中心に行くことも必要かもしれない……此処にいるみんなはその『覚悟』を持ってきたはず」
タバサ「私はもう一度ゴジョーに会いたい。彼ともっとたくさんいろんな話がしたい。彼のことをもっと深く知りたい。それは彼が特別扱いされているからじゃなくて、『ゴジョー・マサル』という彼そのものが私にとっても大事な物だからだし、その彼が独りで戦っているならば絶対に助けなければならないと思うから」
一呼吸で、言う。
タバサ「貴方たちもそうでしょう?」
タバサの初めて知った気持ちにどきっとした。
それは形は少し違うけれど、私と同じ気持ちだったから。
たぶん……たぶんだけど、タバサもゴジョーのことが「好き」なんだ。
友達とか仲間以上に。
いえ本当は前から気がついてはいたのよ。
でもタバサだって仲間だし、ゴジョーの取り合いみたいなことはしたくなかったし……
突然に、複雑な想いが私の中をぐるぐる回り始める。
651 :
超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w :2011/03/20(日) 22:51:12.55 ID:R4f8eX2Vo
キュルケ「そうね。情報の有無に関わらずあたしたちは探さなくちゃいけないのよ」
いつもとは違うその声色にキュルケは少し俯きがちだった顔を上げる。
ギーシュ「ああ。ちょっとばかり情報がない位でへこたれてちゃ、我が親友に申し訳が立たない。草の根を分けてでも……いや、ゴジョーさんのことだ。既に雑兵は叩き潰して直接レコン・キスタの本拠地にいるのかもしれない。そして、それならば僕らもそこに行くまでだ」
ギーシュも。
ルイズ「うん……そう、そうよね。そのつもりで来たもの! たとえゴジョーが土の中に隠れていても! 見つけて! 引きずり出して! 捕まえて! 私の鎖で繋いでやるんだから!」
私も声を張り上げて宣言する。
まだ、タバサの気持ちは聞けない。
今はそのときじゃない。
もやもやした気持ちは心の底にしまい込んでおいた。
652 :
超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w :2011/03/20(日) 22:51:56.57 ID:R4f8eX2Vo
ギーシュ「フフ……じゃあ手分けして探そう。ルイズはタバサと、僕はキュルケとここらの店を聞いて回る。あまり営業している店もなさそうだ、一時間もあれば十分だろう。一時間後にまたここに集まって互いの情報を交換しよう」
キュルケ「そうね。戦地にいる訳だし単独行動よりはそっちの方が良さそう」
ルイズ「じゃあタバサ、行きましょう」
コクリと頷いたタバサの手を引いて、崩れた道を転ばないように歩き出す。
653 :
超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w :2011/03/20(日) 22:55:48.31 ID:R4f8eX2Vo
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
聞き込みを初めて七件目、雑貨屋の店主は悪びれるでもなく「わからねえ」と答えた。
時間は半分以上過ぎていて残す店も一つになっていた。
考えたくないことばかり頭に浮かんでくる。
タバサ「大丈夫?」
ルイズ「うん……」
タバサの気遣う声にも力なく答えるのが精一杯。
空元気も五つ目の店で無くなったみたいだ。
どうしてこんなにも、不自然なほどゴジョーの行方が出てこないのだろう。
その辺に転がっている芋の様な男ならばまだ納得できる。
しかし今探しているのは他ならぬゴジョー・マサルなのだ。
スクェアクラスのメイジにも圧倒的差を見せつけて蹂躙したアウトサイダー。
それほどの実力を持った『私の使い魔』がどうして戦場で目撃すらされないのだろう?
軒先にしゃがみ込み、大きなため息をつく。
654 :
超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w :2011/03/20(日) 22:58:12.28 ID:R4f8eX2Vo
タバサ「気がついてる?」
しゃがみ込んだ私に、ふと疑問を投げかける。
ルイズ「うん?」
タバサ「ゴジョーの情報」
ルイズ「……」
沈黙を肯定と捉えたのか、タバサはそのまま話す。
タバサ「明らかに、誰かの介入がみえる」
ルイズ「介入? どういうこと?」
タバサ「意図した情報の操作を行って、私たち……それだけじゃなくもっと大きな……そう、国家を騙すような不可解さ。それがあるような気がしてならない」
ルイズ「……うん。何かおかしくは思ってた。だって国を揺るがす戦争よ、それを左右する力を持ったゴジョーの話が、なんにも出てこないんだもの」
口に手を当て、考える。
655 :
超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w :2011/03/20(日) 23:01:36.54 ID:R4f8eX2Vo
タバサ「……いえ、やっぱり止めておくことにする」
ルイズ「どうして?」
タバサ「今はその事よりも、足を動かして彼を捜すことの方が大事」
私に立ち上がるように促すその手を取り、立ち上がる。
眼に入ったのは、最後のお店。
ルイズ「タバサ、あの店に入りましょう? 何のことはない話でもゴジョーに繋がるかもしれないし」
656 :
超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w :2011/03/20(日) 23:06:35.98 ID:R4f8eX2Vo
コクリと頷き私とタバサは『CLOSE』の提げ看板に足を進める。
外観からして、あまり裕福ではない平民の利用しそうな酒場の前に立ちノックを二つ鳴らす。
反応はない。
回ってきた店は既にもぬけの殻だった所も多かった。
戦争が始まってそれなりに時間が経つのだ。
皆安全なところに避難していてもおかしくはない。
ルイズ「誰もいない、わね」
顔を俯かせ、店から立ち去ろうとする私の袖をタバサが掴む。
タバサ「待って」
ルイズ「どうしたの?」
タバサ「誰か……いる」
戸に顔を押し当てて、聞き耳を立ててみるが何も聞こえない。
ルイズ「やっぱり誰もいないわよ」
怪訝な顔でタバサを見つめると彼女は杖を取り出した。
タバサ「ディテクト……」
スペルを唱えたタバサの杖の先から一瞬だけ光が放たれる。
ディテクト・マジック。
魔法がかけられていれば、すぐに探知できるコモンマジックだ。
657 :
超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w :2011/03/20(日) 23:08:26.96 ID:R4f8eX2Vo
ルイズ「分かるの?」
タバサ「ええ……店全体にサイレントがかけられている」
ルイズ「……!?」
何も言わずタバサはノブに手を当ててドアを開こうとする。
しかし、開かない。
タバサ「強力なロックも」
何の変哲もない酒場に何故サイレント? それにロックまで?
普通に見えていたおんぼろバーが急に怪しく見えてくる。
ルイズ「なにか……あるわね。開くこと、できる?」
タバサ「……」
タバサは再びスペルを唱え出す。
強力ということは、誰かが何か見つけられたくない物を隠しているということ?
658 :
超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w :2011/03/20(日) 23:13:55.62 ID:R4f8eX2Vo
金?
財宝?
それともただのへそくり?
ゴジョーに関係あるという確証はないが、その影も見えない状況で、尚且つ戦地のアルビオンで、魔法がかけられている店がある。
この事実だけで私たちにとって十分な理由だった。
端から見れば泥棒にしか見えないかもしれないけれど……
タバサ「アンロック」
ガチャリという音とともにドアは解錠された。
途端に店の中から声が聞こえてくる。
視線で私とタバサは互いの意志を確認しあう。
簡単に開く、ドア。
659 :
超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w :2011/03/20(日) 23:18:19.47 ID:R4f8eX2Vo
店主「姐さーーーん!! 出来ましたってば!!」
「だーーー! うるせぇっての! わかったよ、今取りに行くからちょっと待ってろ!」
耳に響く大声といい匂い。
布を頭に巻いた若い男が両手に皿を持ち、一つため息をはき出す。
店主「ったく……いきなり押しかけておいてこれだもんなぁ」
外にいたときの緊張感が一気に抜けるとともに、訳が分からなくなる。
ルイズ「あの」
筋骨隆々の男はこちらに気がついていないようで、右手を挙げて注意を向けさせる。
店主「ん、ああ店は今やってない……って、あれ? なんで? なんか魔法をかけてたのに?」
隠し事をしている風には見えない男が受け答える。
ルイズ「あ、ごめんなさい。無理矢理開けちゃったんだけど……ここ、酒場よね?」
店主「そりゃそうだが……おかしいな、あの姐さんその辺のメイジにゃ絶対開けられねえって言ってたのに」
たぶん、タバサでなければ開けられなかっただろう。
それだけ腕の立つメイジがいるということ?
660 :
超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w :2011/03/20(日) 23:20:17.04 ID:R4f8eX2Vo
タバサ「なぜサイレントとロックまで?」
後ろからタバサが質問する。
店主「いや、何でって聞かれてもよ……上にいる姐さんがいきなり男引き連れて来て、勝手にかけたんだよ。まあどうせ客なんて来ないから別にいいっちゃいいんだけど」
タバサ「姐さん?」
店主「ああ、緑の髪した美人の姐さん。性格はかなりきついがな」
言う割には困った様子もなく、皿をテーブルの上に置く店主。
緑……?
いやな予感がする。
661 :
超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w :2011/03/20(日) 23:22:03.27 ID:R4f8eX2Vo
ルイズ「どこにいるの、そいつは!?」
店主の胸ぐらを掴み、問いただす。
店主「だから二階だって。お嬢さん方も不躾だなぁ……ここは子供の来るような所じゃないんだから……」
ルイズ「ちょっと黙って!」
カウンターの奥に階段を見つけた私は一目散にそちらに走り出す。
緑色の髪?
腕の立つメイジ?
きつい性格?
ひとりしかいないじゃないの!
「ったくよぉ……今行くって言ってんだから少しぐらい待てっての。こっちだって世話してて忙しいんだからよ」
662 :
超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w :2011/03/20(日) 23:26:43.65 ID:R4f8eX2Vo
気怠そうに下りてきた黒い影。
腕には添え木を当て、杖を持っている。
杖と言ってもメイジが使う物ではなく、足の不自由な人が使う杖。
長かった髪をバッサリと無くし、顎辺りまでのショートヘアになった女。
店主「ああ、姐さん。お客さんですよ」
「客だあ? んなもんあたしにゃあ……」
口を歪ませ、前髪を掻き上げた女。
即座に私は杖を突きつける。
ルイズ「……アンタは!」
「テメェ……!」
予想通り、幾度も私たちに煮え湯を飲ませ続けてきた盗賊。
フーケだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
664 :
超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w :2011/03/20(日) 23:35:03.88 ID:R4f8eX2Vo
ようやく辿り着いたアルビオン。
再び現れた盗賊フーケ。
相まみえる二人と収束しつつあるように見えた戦争。
絡み合う思惑。
しかしそこにあったのはただ一つ、五条すら覆せない事。
次回「ロング・グッドバイ」
663 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) :2011/03/20(日) 23:33:10.21 ID:iiIv7dfAO
やばい
ドキドキする 665 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県) :2011/03/20(日) 23:36:09.33 ID:TW104Pqc0
乙 666 :
超睡眠不足 ◆iWWkeimE2w :2011/03/20(日) 23:50:26.99 ID:R4f8eX2Vo
今日はここまでです
やっと少しだけ話が動いたよーな
次回投下はたぶん来週になります。
いつものように半分くらいの聞き流しでお願いいたします。
読んでくれている皆様、ありがとうございます!
東北の方々は今、本当に辛い状況で出来ることが限られている自分が酷く歯がゆいです。
もしもそちらにも自分の話を読んでくれている人がいたならば、落ち着いた頃にまた読んでくれれば嬉しいです。
きっとその頃には『完結』させていると思うので。
そのためにも俺は自分の出来る最大限のことをしていきます。
667 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(鹿児島県) :2011/03/21(月) 01:01:25.96 ID:nc+e3+Exo
ずっと楽しみにしてる
そういえば・・・もうあの騒動からこんなに経ったのか・・・ 668 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) :2011/03/21(月) 02:07:51.70 ID:FJWzMQOAO
久しぶりにガッツリ読めた(´;∀;`) 671 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) :2011/03/22(火) 22:18:23.80 ID:9C1Ek9+Uo
才人ならタバサが好きと言ってもそこに恋愛感情ないだろうとか思うんだけど
五条さんだと、ああ・・・タバサ彼を好きになってしまったんですかって納得してしまう
不思議 672 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) :2011/03/23(水) 21:37:44.62 ID:I99fO01AO
た、楽しみにしてるんだからねっ/// 次→
五条「願わくば、もう一度貴女をこの手に抱きたい」その5
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