2:
◆foQczOBlAI 2018/04/14(土) 22:54:17.06
ID:CukocDRT0
視界の端で鮮やかな薄紅色が揺れた。桜かと思ったけど、君だった。
「どうしたんですか秋雲、急にぼーっとしちゃって」
「明日巻雲って非番だよね」
「そうだけど……、またなにか悪いことでもたくらんでるな!」
今日の出撃が終わり、お互いに被弾が無かった私達はぶらぶらと駆逐寮に帰る最中だった。
いやー、秋雲さんはあいもかわらず運がいいみたいだねー。幸運の女神のキスを感じちゃうよ。
巻雲はというと私の言葉で露骨に眉を下げこちらを睨んでくる。ただ非番かどうか確認しただけなのに、なんでかなぁ。
まあ思い当たる節はいくらでもあるけど。
3:
◆foQczOBlAI 2018/04/14(土) 22:55:11.41
ID:CukocDRT0
「違う違う。お花見でも行こうか」
「ん……ええっ!」
「どうしたのさー」
「秋雲が非番の日に外に出たがるなんて……。いつも部屋でずっと絵を描いてるじゃん」
失礼な、原稿に追われている日は外出しないけど年がら年中閉じこもっているわけではないさ。
非番が5日あれば3日くらい外に出る。主にネタが浮かばなくてそこらへんブラブラしている。
あれ、頻度高すぎる気がする。それはそれで問題だぁ。
「そんなに珍しいことかぁ」
「珍しいよ。明日は雨でも降るんじゃないの?」
「秋雲さんだってたまには外に出るさ。スケッチとか」
「ああ、それが目的か……。いいよぉ」
4:
◆foQczOBlAI 2018/04/14(土) 22:56:14.31
ID:CukocDRT0
巻雲は納得した様子でぱっと表情が明るくなる。ころころ変わるからホント見てて面白い、色んな顔をさせたくなる。
もちろん秋雲さんとしても一番好きなのは笑顔だけどね、怒った表情や困った表情もベターなのよ。だからついついからかっちゃう。
度を過ぎると夕雲姉さんに怒られちゃうけどね。
だけど泣き顔だけはダメね。うん、それだけはあんまり好きじゃない。
「それじゃお弁当でも作ってよ」
「ええ……なんで私が……」
「いいじゃんいいじゃん、巻雲の手料理が食べたのさ」
「そんな都合のいいこといっちゃって」
5:
◆foQczOBlAI 2018/04/14(土) 22:57:09.46
ID:CukocDRT0
「じゃあまた明日、よろしくー!」
そう言って私は"今の"自分の部屋、陽炎型の部屋に戻る。
私が陽炎型だと判明して、引っ越すとき一番泣いてくれたのが巻雲だった。口では「せいせいします」なんて言っちゃってさ。
あの時はこの秋雲さんも少しうるっときちゃったよ。
でもそれと同時にやっぱり苦しくなっちゃったね。部屋は変わったものの今までの関係が変わるわけではなくこうしてつるんでいるけどね。
さあて、今日は帰ったら早めに寝ちゃおう。夜更かしして明日寝坊したら巻雲にまた怒られる。
ああでも、巻雲に起こされるのもいいかなんて思ってしまう私もいる。
そんなこと考えているうちに私の意識は手放された。
6:
◆foQczOBlAI 2018/04/14(土) 22:58:15.72
ID:CukocDRT0
翌日、雨が窓を打つ音で目が覚めた。空は生憎の空模様、ははは、巻雲の言ったとおりだ。
やっぱり珍しいこと言うのが悪かったかなぁ。この雨じゃ満開だった桜も散ってしまうだろう。
あーあ、どうしよっかな……。途方にくれながら支度していると部屋の入り口に巻雲が見えた。手にはお弁当らしきものが見える。冗談半分だったけど、律儀だなぁ。
巻雲のそういうところ好きだよ、言わないけど。
入ってくればいいのに、他の陽炎型の姉妹に遠慮しているのかなぁ。
「あぎぐもぉ……」
私が近くによるとなんとも情けない声で名前を呼んできた。
そんな泣きそうな顔をするなよ巻雲。秋雲さんまで悲しくなっちゃうだろ。
7:
◆foQczOBlAI 2018/04/14(土) 22:59:38.11
ID:CukocDRT0
私は精一杯の笑顔を作り巻雲の頭に手を置く。いや、やっぱり小さいなこの子。
弱っている今だといつも以上に小さい。
「それじゃあお花見しようか」
「へっ……」
巻雲がぽかんと口を開けてこっちを見る。ドッキリでも成功した気分だ。
茶化すように鼻をつまんでから歩き出すとその後ろをテクテクとついてくる。
「どこに行くの秋雲!」
「いいからいいから、ついてきて」
8:
◆foQczOBlAI 2018/04/14(土) 23:00:37.67
ID:CukocDRT0
「そうやって秋雲はいつも自分勝手なんだからぁ!」
後ろの巻雲から抗議の言葉が出てくる。あーあー聞こえません、秋雲さんは聞こえません。今までの不満を開放するかのように止まらないそれをBGMとして聞き流しながら目的地に向かう。
「第三会議室……なんでここに?」
この鎮守府には怖い噂がある。鎮守府にはいくつかの会議室が存在する。そのなかでも第三会議室は出るという噂だ……。
この会議室の前を通った多くの人が女の人のうめき声を聞いたという。
「ネタをくれ……、ネタをくれ……」そんな声も聞こえたらしい。
更には勇気ある人が中を確認したところそのまま部屋に引きずり込まれた。
しばらくして開放されたようだがみんな真っ白に燃え尽きていたみたいだ。
「隅々まで見られた……、もうお嫁にいけない……」そう言いながら泣いていた子もいるという話だ。
そんな噂が流れると、第三会議室にはもう誰も近寄らなくなった。
9:
◆foQczOBlAI 2018/04/14(土) 23:01:41.63
ID:CukocDRT0
なんでそんな不確定な言い方をしているかって?うん、秋雲さんが原因だからです。噂になってるよーって事情を知ってる子達から聞いたんだ。
いくつかある会議室だが、会議室とは名前だけで談話室や作業室になっている部屋も存在する。
この第三会議室もその一つ。秋雲さんの作業部屋に成り果てている。
徹夜でやることも多いからね、同部屋の子に迷惑がかからないようにここを不法占拠しているのだ。ね、偉いでしょ。
「それじゃ、お花見を開始します。そこに座って座って」
「だからぁ!なにか説明してよぉ!」
「ん?お花見したいって言うのはただの言い訳で本当は巻雲をスケッチしたかった」
瞬時に巻雲の顔が真っ赤になった。あら、満開。
10:
◆foQczOBlAI 2018/04/14(土) 23:02:16.68
ID:CukocDRT0
巻雲がカチコチに固まってる隙にいすに座らせる。対面に座るとおもむろにスケッチブックを開く。
今日は元々カラーで描く予定だったので色鉛筆を持ってきた。
たくさんの色が重なり合って複雑な色合いになっていくのが私はたまらなく好きだった。
デジタルもいいけどやっぱりアナログもたまらないね。変わらないよさがあるもんだよ。
「あ、秋雲ぉ!」
「復活した。せっかくのモデルなんだからほら、笑って、笑って」
「えっ!そんな急に言われてもぉ……」
「笑顔が可愛いんだからさ」
ぷしゅー、とそんな音が聞こえた気がした。煙が見えた気がした。巻雲がまた停止してしまった。
11:
◆foQczOBlAI 2018/04/14(土) 23:02:47.61
ID:CukocDRT0
仕方ない、始めの一枚は真っ赤な巻雲を描こう。そのほうが桜っぽいし、一日中描く予定だしね。
巻雲が完全に復活して騒がれても面倒くさいしはやく、それでいて丁寧に仕上げていこう。
結局巻雲が戻ったのは一枚目が完成してからだった。
「いやー、やっと一枚完成。どうよこれ」
「恥ずかしいよぉ」
「いつも描いているんだからそろそろモデル慣れしてもらわないと」
「もっと可愛い子を描けばいいじゃん」
「なんだかんだ言って付き合ってくれる巻雲だしね、それに巻雲こそ可愛いし」
「なっ、さっきから恥ずかしいことばかり。どうしたの今日の秋雲、変なもんでも食べた?」
12:
◆foQczOBlAI 2018/04/14(土) 23:03:36.29
ID:CukocDRT0
二回目だからか巻雲はどうにかもちこたえた。それにしても確かに今日の私はテンションが高いかもしれない。
昨日楽しみで寝不足だからか?いやいや、そこまで子どもではないし、多分。
多分だけど、巻雲と一緒だからかな。
「巻雲と一緒だからかな」
「ぎゃーっ、秋雲のばかぁ、たらし、陽炎型ぁ!」
「最後のはどうなのよ」
「夕雲姉さんが言ってたもん、陽炎型は女たらしばっかだって」
あー、長女を筆頭に該当しそうなのがちらほらと、夕雲姉さんも苦労してんだぁ。
もちろん秋雲さんはそんなことないですよ。断じて違います。
13:
◆foQczOBlAI 2018/04/14(土) 23:04:06.58
ID:CukocDRT0
しかし、この話はまずい。急いで変えなければ。
「まあまあ、落ち着いて。お弁当でも食べよ」
「それ私が作ったやつじゃん!」
「楽しみにしてたんだよねぇ」
半分強引に話を打ち切り手元にお弁当箱を持ってくる。
蓋を開けてみる。あ、だめだ。これだめなやつだ。にやにやしちゃう。
そこに詰まっていたものは見事に秋雲さんの好物ばかりだった。
巻雲が頑張って私のためにこのお弁当を作ってくれたという事実がたまらなく嬉しい。
14:
◆foQczOBlAI 2018/04/14(土) 23:04:56.72
ID:CukocDRT0
「そ、そんなにやにやしないでさ。せっかくだし食べてみてよ……」
「はい、いただきます!」
おいしい、おいしいよ巻雲。特にこの卵焼きが好き。
ちょっと焦げているけど甘く味付けされたそれが私は大好きだ。
私のあまりの好反応に巻雲はほっと安心したように、その後に嬉しそうに微笑んでる。
「へへん、どんなもんですか」
「本当においしいよ巻雲」
「ま、まあそんだけ褒めてもらえれば作った甲斐があるってもんですよ」
15:
◆foQczOBlAI 2018/04/14(土) 23:07:17.79
ID:CukocDRT0
ありがたく全てを平らげて「ごちそうさま」という言うと、巻雲は最初はドヤ顔で「お粗末さま」と答えた。
そして少ししたあと心底嬉しそうに「ふふっ」と笑った。
あ、これだ。この顔こそが私が描きたくてしょうがない、私の大好きな巻雲だ。
そこからの私は早かった。急いでスケッチブックを広げると絵を描き始めた。
目の前の大切なものを少しも零したくなかった。
巻雲が動くたびに揺れる髪の毛は桜のようで儚く、淡く、咲き誇った。
こんな美しい光景を永遠に残しておくことが私の使命とさえ感じた。
16:
◆foQczOBlAI 2018/04/14(土) 23:08:34.10
ID:CukocDRT0
「あ、秋雲……。大丈夫?」
「ん?もう大丈夫だよ」
「そっか、急に人が変わったようで怖かったから……」
描きあがるタイミングを見計らっておそるおそる巻雲が訊ねてきた。
集中してる秋雲さんに話しかけても無駄なことは多分巻雲が一番知っているのだろう。
17:
◆foQczOBlAI 2018/04/14(土) 23:09:21.28
ID:CukocDRT0
そのとき、コンコンとドアを叩く音が聞こえた。ここに来る人なんて限られている。
大方の予想通り、夕雲姉さんが入ってきた。
「失礼するわ、秋雲さん。巻雲さんは見なかったかしら。あら、一緒にいたのね」
「お、ちょうどいいところに来た。ねえ、この絵を見てよ」
「まぁ……素敵な絵……!」
「秋雲ぉ、私にも見せてよ」
「はいはい、どうかな」
「綺麗……。あ、いや題材が私だからじゃなくて。純粋に綺麗だって思ったよ」
18:
◆foQczOBlAI 2018/04/14(土) 23:09:47.98
ID:CukocDRT0
そうでしょそうでしょ。断言できる、間違いなくこれは私が描いてきた中で一番の作品だった。
絵の中では鮮やかな桜色が満開だった。
19:
◆foQczOBlAI 2018/04/14(土) 23:11:37.93
ID:CukocDRT0
以上で終わりです。
花見をしたときに思いつきました。
飄々としたキャラ、暗い過去、便利な属性、泣き黒子全部好きです。
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