澪「そんなこと言うなよー。ねっ、どっか行こう?」

2010-10-16 (土) 02:24  けいおん!SS   3コメント  
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1:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /13(水) 02:43:19.38 ID:nnZADkYs0
 目をつぶるだけで気だるい快感が体に満ちる。
 それが、朝。

「律っ! こら、律っ! 律っ、律っ、律っ!」

 眠りを妨げるありとあらゆる音に殺意すら沸く。
 それが、朝。

「起きろっ! 律っ、律っー!」

 暗い視界に文字通り人一人分の重さが伝わってくる。
 最近毎朝この調子で、いい加減、さすがの私も堪忍袋の緒というヤツがミシミシと鈍い悲鳴を上げるのを無視できなくなっていた。
 秋山澪。
 私の幼馴染にして腐れ縁にして面倒見のいい親友にして恋人。
 その澪がどういうわけなのか知らないが、少し狂ってしまったらしいのだ。

「ねえ、律……わ、私、迷惑……かな?」

 迷惑だよ、とくぐもった即答は果たして澪に届いたのだろうか。しばらくして澪が私の上から退いてくれた。
 せっかくの土曜日に最悪のスタートを切るのは、正直、頭のてっぺんからつま先までヘドが走るような気分だが、どうにも澪が相手となると、仕方ない折れてやろう、という心持になる。
 やはり私も澪が好きだからだろう。
 まだはっきりとしない頭を起こすと、霞んだ視界の隅に、うなだれた真っ黒い花が咲いていた。





5:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /13(水) 02:46:45.45 ID:nnZADkYs0
「澪」

 返事は無い。
 代わりに、その黒い花が徐々に収縮していって、ふらりと起き上がった。
 時計を見る。
 まだ鶏も鳴いていない時間だ。てか、鶏って鳴くのか。

「澪、何やってんの」

 おそらくウチに来る前にセットしてきたであろう長い黒髪は、早朝から見るに耐えない異形の澪を演出しているに過ぎなかった。
 憐れというか、ちょっと羨ましいというか。
 馬鹿だ。

「着替えるから――」

「り~つぅ~っ!」

弱々しい声とは裏腹に髪を振り乱した化け物が襲い掛かってきた。




6:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /13(水) 02:49:43.02 ID:nnZADkYs0
「うふふ」

「気持ち悪い」

 私はヒリヒリする股間を押さえながら洗面台に立った。
 情けないのではない。
 この馬鹿澪の手が馬鹿でかいだけだ。
 仕返しに噛み付いてやった。

「今日はどこ行こっか?」

「お金ない。どこにも行かない」

「そんなこと言うなよー。ねっ、どっか行こう?」

「うるさいな」

 まだ弟も両親も起きていない。
 しかし、だからと言って、女二人が素っ裸で洗面所に突っ立ってるというの絵はどうなんだ。
 見る人が見たら涎たらして襲い掛かって来るかもしれないし、あるいは、

「早く服着たら?」

 透き通るように白く、ほんのりと紅く色づいた横っ腹に蹴りを入れて澪を黙らせる。
 さて、一日が始まる。




7:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /13(水) 02:54:08.53 ID:nnZADkYs0
 朝早く~、友に起こされ一騒動~♪
 昨日のー、喧嘩はー、もう忘れてるかーな♪

「喧嘩なんてしてないだろ! エッチだ、エッチ! エス、イー、エーーック――」

 街中で奇妙な歌を勝手に歌いだし、あまつさえ一人突っ込みを下ネタで落とそうとしている澪に、とび蹴り。
 鈍い音と共に澪の鼻から盛大に噴出したるは、鮮血。

「せいひ、みたいひゃね(生理みたいだね)」

 正拳。
 
「痛いよ」

「お前がな」

 とりあえずゲル状の血の塊が出てきたので、流石にまずい。
 適当にティッシュを渡して鼻を拭かせた。
 やさしいね、律は。なんて言ってるもんだから、こいつは真性のバカになってしまったのか、それとも、真性のMになったのかな。
 思えば、あの恥ずかしがり屋の澪がこんな醜態をさらしてヘラヘラしている時点で、おかしいのだ。
 狂っていると言えば狂っている。
 キ○チガイと言えば確かにそうでないと否定はできない。
 けれど、どんな痴女で腐りかけの脳ミソを頭に搭載していようとも、やっぱり澪は私の大切な友人兼恋人なので、見捨てることはできない。
 なぜってそりゃあ、こんないかれJKでも好きだからだ。
 恋人ってそういうもんじゃね。。

 適当な喫茶店に入った。




8:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /13(水) 03:03:25.29 ID:nnZADkYs0
「いつもので」
 
 この店は前に雑誌で見ていつか来たいと思っていたところだ。当然、今回来るのは初めてだ。だというのに、澪は得意げな顔……ドヤ顔だっけ? を浮かべながら笑っていた。
 そんな満面の笑み浮かべて何を言うんだ。可愛いじゃないか。
 ウェイトレスが運んできたお冷を頭にぶっ掛けて熱を冷やしてあげる私、優しいね。
 澪も嬉しそうだった。
 何でもシャツが濡れたとかで、周囲の目も気にせず、ぐいと上着を捲り上げようとしていた。

「止めないの?」

「えっ、何を?」

「何をって……律のバカっ! バカ律っ!」

 プイっと口に出してそっぽを向きよる澪という女子を、私はどうしたかというと、

「り、りつ……?」

「バカだな、澪は。こんな体冷たくして、風邪でも引いたらどうすんだよ」

「えぐえぐ……りつぅ」

「お客様、当店でのそういった行為はご遠慮くださいませ」

「ねえ、りつぅ」

「なあに」

「私のこと……スキ?」




10:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /13(水) 03:12:07.40 ID:nnZADkYs0
 答える代わりに、その生意気な口を塞いでやった。
 瞬間、周りから黄色い悲鳴が飛び交い、グラスが割れて水飛沫が立つ音まで聞こえた。
 全力でやったから途中で澪が泡吹いたが、気にせず口を吸い続ける。


「ぷはぁ……っ、も、もうぅ……律ったら大胆なんだから」

「そう? 私はいつも通りだけど」

 顔が真っ赤にした澪が、もう、と恥ずかしそうに押し黙った。
 よく見ると口元からツーっと赤い筋が零れている。ひょっとすると私が噛んだのかも知れないし、澪が恥ずかしさを堪えるために舌を噛んで死のうとしてるのかも。
 まあ、それはどうでもいい。
 せっかく喫茶店に来たのだし、ケーキの一つでも食べていこう。

「澪、何食べるー?」

「律が食べたい。ダメ?」

「……じゃあ私、このシェフの気まぐれモンブランとアールグレイ」

「じゃあ私もそれ。すいませーん、注文いいですかー?」

「ダメです。出てけ」




13:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /13(水) 03:26:23.85 ID:nnZADkYs0

「ねっ、次はどこいこっか?」

「んー、どこでもいいよ別に。澪が行きたいとこで」

「じゃあ、」

「ホテルって言ったらとりあえず、口利いてやらない」

 と私が言った直後、澪が急に立ち止まってマジ泣きを始めてしまった。鳩尾に膝蹴り入れても無反応のくせに、こういうこと言うとすぐ涙腺が緩んでピーピー泣くのだから面倒くさい。
 面倒くさいが可愛い。
 どのくらい可愛いかって言うと、ちょうどお椀一杯分くらいであるからして、大して可愛くのないのである。いや、嘘だ。だって可愛くなければ、こんなことはしないし、できない。何と言うかプライドとして。

「んぅ……もう一回。んー……」

「ダメ。こっち人見てんじゃん」

「ずるいよ。律が何でもするって言ったんじゃんか」

「言ってねーよ、捏造すんな。だいたい、どこに昼間からラブホいくJKがいるんだよ」

「いいじゃないか昼間からラブホテルに行ってセックスしたってさ。ロックってそういうものだろう?」

「違げーし、ってかロックに謝れ」

「ごめんね。ねえ、だからもう一回キスしてよ」

「うるさいなぁ…………ったく」

 折れるな、私。でも折れる。




14:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /13(水) 03:31:15.63 ID:nnZADkYs0
 女二人で休日の街中を練り歩くにはやっぱりお金がいるわけだ。
 何か飲むか食べるかゲーセン行くかの数少ない選択肢の中で、更には限られた寒い懐を駆使して楽しむにはちょっとキツい。
 バカ澪も朝っぱらから起きてるせいか、流石に目元に疲れが見える。

「……どうしたの?」

 さて、どうしたものか。
 今から誰かの家に遊びに行くか? いや、流石に中途半端な時間だ。
 家に戻ってゴロゴロするという手もあるが、それじゃあせっかくの休日が味気ない。
 いや、それでもいいのかもしれない。そもそも、私は外出することに乗り気じゃなかったんだ。
 雑誌でも読みながら惰性に身を任せて過ごすのも悪くない。
 よし、家に戻ろう。

「澪、帰ろう」

「えっ、どうした急に?」

「ちょっと疲れただろ? 私も正直ちょっとね」

「朝からエッチしたからか?」

「そういうわけじゃ……いや、そうかもね。まあ、とにかく帰ろう。どうせこのままブラブラしてても何もないし」

「律がそういうなら私はかまわないよ」

 というわけで帰った。
 帰り際にコンビニでおでんを買った。それくらいのお金はあるよ。




15:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /13(水) 03:37:37.18 ID:nnZADkYs0
 聡の不在を確認して家に入る。澪は元気よく、お邪魔しまーす、と声を響かせたが心配には及ばない。両親は澪が狂った事を既に認知済みだからだ。
 澪を私の部屋に通し、私は再度、聡の不在を確認する。
 流石に思春期の男の子にこの澪は刺激が強すぎる。私は良きJKである前に、良き姉でもあるのだ。
 部屋に戻ってベッドへダイブすると、すかさず長い髪を振り乱して澪が隣に寝転んだ。
 心底ウザイと思いつつ、私は別の事に思いを馳せた。

「あーあ、お金ほしいなぁ」

「どうした、藪から棒に。何か買いたい物でもあるのか?」

 そういうわけでもない。
 ただ、お金があればもう少し行動の幅が広がると思っただけだ。

「またバイトでもする?」

「バイトねぇ……めんどうだなぁ」

「お金を得るのは大変なんだぞ? いいか、何かを得るには何かを犠牲に――」




16:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /13(水) 03:38:30.02 ID:nnZADkYs0
 等価交換。
 労働力を提供する代わりに賃金を手にするという、ごく当たり前の行為が、今は非常に面倒くさく思える。
 人間は楽に、楽に行きたいと願う。それが結果として文明の発展を促し、現在の社会を形成しているのだ。
 で、それが何だと言うのだろう。
 そんなものは才に溢れた奇特な連中がやればいいし、働きたい仕事人間はずっと仕事に熱中していればいい。
 私は違う。
 最小限の労力で最大限の利益を得たい。
 そんなうまい話がないのは百も承知だが、ここに危険というパラメータを加えてやるだけで、この手の考えは現実味を増したりする。
 たとえば、売り。
 うちの学校にもそういう行為を日常的に行なっている子がいると、ちらほら耳にする。
 私は嫌だ。
 どこの誰だか知らない男のものを口にするなど、全身を汚水が駆け巡るような嫌悪だ。
 嫌悪。
 嫌悪。
 嫌悪。
 今日の私はいつになくテツガクテキだ。これも澪のせいだ。

「律、どうしたの?」

「別に。ちょっと考え事」

「お金のこと?」

「いや、違う」

「そっか」




18:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /13(水) 03:43:06.35 ID:nnZADkYs0
 澪の頭のねじが外れてから、私も少しおかしくなってしまったらしい。
 最近は何をしている時でも、どうでもいいことを考える。やたら小難しく。
 とても面倒くさい。

「ねえ律」

「なに」

「しよう」

「やだよ」

「そんなこと言うなよー……ねえってば」

 後ろから澪の手が伸びてきたので噛み付いた。
 言語で通じない場合はこれしかない。暴力。実に合理的で素晴らしい! っていうのは何かのドラマの受け売りだったか。
 またどうでもいいことを考えながら、グイグイと澪の大きな手に歯を立てる。口に鉄臭い血の味が広がった。
 
「こら、ベーシストは手が命なんだぞ!」

 ぐるりと身体を捻って、バカの面と向き合う。
 そんな強く噛んだつもりはないのに、澪の目には涙らしきものが浮かんでいて、また私のどうでもいい焦燥を募らせてゆく。
 仕方ないのでもう一回噛み付いた。




20:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /13(水) 03:50:16.66 ID:nnZADkYs0
「バカ律! 痛いだろ!」

「うるさいよ。こんな近くでそんな大声出すなよ」

 顔を近づけて潤んだ瞳を覗き込んでみる。
 心なしか瞳孔が開きすぎのような。いや、黒い瞳には目一杯に開いた瞳孔が爛々と光っていて、ああやっぱりこいつ正気じゃねーわ、と思ってしまう。
 しかし、可愛いのもまた事実。

「……キスして、いいの?」

「ダメ」

 さらに近づく。
 息がくすぐったい。

「なんでだよぉ……ねえ、だめ?」

「喋るなよ。口が当たる」

 もっと近づいてみた。
 生温かい吐息が口の中に広がって、私の思考回路をゆっくりと閉じていくのがわかった。
 もう何も言えないし、何も考えられなくなる。さっきまで頭を巡っていたどうでもいい事……ボンノウって言うの? それも消えた。
 互いに無言。
 どちらともなく、脚が、腕が、互いのからだにまとわりつくように絡まっていく。
 もう意識が真っ白になる、というその直前で私は水面に顔を出すようにベッドから飛び起きた。




21:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /13(水) 03:57:33.51 ID:nnZADkYs0
「おしまい」

「っ……えっ、ち、ちょっと、律っ!? な、なんだよそれぇ!」

「何って、なんでもないよ。どこまで近づけるかなーって思って近づいてみた」

「ふ、ふざけるな! 今の流れだったらキスして、ギューってして、それから」

「そりゃあお前の勝手な期待だろ。私はハナからそんな気ないよ。盛りのついた犬でもあるまいし」

「犬はお前だろ! ほら、この手見てみろ、血が出てるじゃないか!」

「犬じゃなくても噛むよ。ってか噛まれた理由よく思い出してみろ」

 澪の理不尽極まりない抗議は10分ほど続いた。そのどれもが、キスさせろ、の主軸からずれることなく続いたのは感心するが。
 まあ、私は決して折れることなく時には再度噛み付きながら澪をあしらったのだった。
 そしてその結果として、澪は泣いてしまった。

「お前は小学生か」

「うるさいよっ! えぐえぐ、えぐえぐ」

「泣くなよ。うるさいな」

 口を塞いでやると効果的なのだが、それでは流れに巻き込まれてしまう。一度つかまると最後、いわゆる最後までイかされてしまう。
 それではダメだ。
 何がダメなのかよくわからないが、とにかく今日はそういう日らしい。
 澪が涙に濡れた真っ赤な瞳で恨めしそうにこちらを睨んだ。
 そんな目で見るな。




22:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /13(水) 04:06:23.38 ID:nnZADkYs0
 泣けば何でも解決すると思っているJKは非常にムカつく。そこで私は仕返しというか懲らしめる意味も含めて、コンビニの袋を漁った。
 中から取り出したるは、そうさっき買ったおでん。

「あっ、それ私のハンペン!」

「澪が泣いている間に冷めちゃうだろ? んぐっ、やっぱり冷めちゃってるわ」

「もーーっ!!」

「わっ、危ない、串が刺さる! 離れてろ、バカ澪っ」

「ハンペンはんぺんはんぺんはんぺんはんぺ」

 ベーシストってのは意外に力が強い。
 ハンペン一つで私の口腔は蹂躙された。痛ぇ。ハンペンと間違えて思いっきり舌を噛まれ、今度は私が涙目になってしまった。
 そういえば、昔見たアニメかなんかで、相手の舌を噛んでお仕置きする変態女がいたが、なるほど、これは効く。

「んぐんぐ。やっぱりハンペンはおいしいな、律」

「そうか、そいつは、よーござんした。それ食ったらとっとと出てけ怪力女」

「そんなこと言うなよー。律の冗談に比べたら可愛いもんじゃないか。なっ、聡?」

 部屋の天井を見上げて弟に同意を求める澪。瞬間、私の怒りも収まったというか、行き場を失って霧散した。
 本当にこいつは以前の澪とは違う、言わばニュー澪になってしまったのだと改めて実感する。
 だっせえネーミング。何がニュー澪だ。




23:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /13(水) 04:16:17.44 ID:nnZADkYs0

「……ごめんね、律。ちょっと冗談が過ぎた。ホント、ごめん」

「謝るんなら最初からやるなっての」

「……律」

 結局、噛み付こうが腹に蹴りを入れようが、髪を引き摺って階段から突き落とそうが、最後には私が折れるカタチになってしまう。
 唯が言っていた、りっちゃんはお姉さんだから面倒見がいいんだねー、という言葉はあながち的を射ているのかもしれない。
 一人っ子の澪は狂っても、心のどこかで私を姉として頼っているのだろうか。それとも恋人として、私に男性の包容力を求めているのか。
 ああ、また始まった。面倒くさい事が頭の中に広がり始めている。

「澪、なんか面白い事言って」

「なんだよ急に」

「いいから。暇になると頭が重くなるんだよ」

「なんだそれ……まあいいけど。そうだなあ、面白い事、ね」

 うーん、とわざとらしく腕を組む澪を見て、少し心が軽くなるのを感じた。馬鹿って言うのは見てて飽きないな。

「あ、思いついた」

「なになに?」

「#”#)(#)#’*}}?}」
 
 耳をつんざく様な澪の奇声に私の意識がとんだ。




25:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /13(水) 04:33:20.69 ID:nnZADkYs0
 気がつくと、見慣れてはいるけど、しかし私の部屋のものではない天井が広がっていた。考えるまでもない。澪の部屋だ。
 貧血を起こした時の独特の視界の歪みが徐々に消えてゆく。
 立ち上がろうとして、ふと首元にシャリシャリとした感触とヌルリとした生温かさを感じた。

「……気がついたか? まったく、いきなり気絶するから本当にびっくりして心配したんだぞ」

「澪……?」

 すぐ後ろに澪の声がした。ということは、なんだ、このうなじの辺りのコレは、つまり、

「んぁっ……! ば、ばか律ぅ……イったばかりで敏感になってるんだからな」

 私は澪の股間を枕代わりにしていたわけか、こりゃあ一本取られた。あはは。
 見れば、私もスッポンポンじゃないか。なるほど、気絶した親友を優しく介抱するうちにムラムラきちゃったこのメンヘラは、あろう事か意識のないことをいいことに、

「お前、ホンッと最低だな。どんだけ溜まってんだよ、このレイプ魔」

「なっ、なんだと! か、勘違いするなよ、私はただ気絶した律を運んだだけだ! 聡も帰ってきたみたいだから、それで仕方なく私の部屋に」

「じゃあなんで私は裸なんだ? どうみても事後じゃねーかおい」

「違う、まだ律はイってない!」

 クラクラする頭を押さえながら、目の前で意味不明の言い訳をわめき散らすきれいな顔に、水平チョップ。
 小指の辺りに眼球のぐにゃりとした柔らかさが伝わり、なんとも気持ち悪い。




26:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /13(水) 04:44:48.30 ID:nnZADkYs0
「違うんだ律、聞いてくれ」

「聞こう。でもその前に、一発腹を殴らせてくれ」

 返事を待たず、やっぱり蹴りに変更して澪のふっくらとした白いお腹にかかとを振り下ろした。こいつ、体重の事は気にするくせして意思弱いからすぐリバウンドするんだよな。
 贅肉の反動を利用して、もう一発目はシャープな顎目掛けて足を振り上げる。ガチ、と歯が噛みあう音。

「ご、ごめんってば律ぅ……なーんて、うふふ。力、全然入ってないぞ」

「むかつく……まあいいや。とりあえず服返して。帰って一人エッチするから」

「ごめんなさい、ごめんなさいってば律ーっ! わ、悪かったよぉ、本当に悪かったってばぁ!」

「……お前、ホントどれだけ性欲の奴隷なの?」

 マジ泣きの入った澪をやっぱり私は宥めるのだ。適当にキスして、不本意ながら澪の大きな手に体を委ねたりしながら、澪の癇癪にも似た性欲を静めてあげる。
 恥ずかしながら、こういう時の澪は非常に可愛い。普段はツリ目がちな瞳をトロンとさせて、舌をだらしなく口の端から覗かせながら、

「りつぅ……」

 なんて甘えてくる。お姉ちゃんでなくとも、この攻撃には勝てる気がしないのだが、どうだろう。月曜日にでもムギに聞いてみるか。




29:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /13(水) 05:04:22.64 ID:nnZADkYs0
 ……。
 ……。
 ……。

 澪の家の風呂に入る気にもなれず、ベッドで全裸で寝息を立てている澪を起こさないようにして、私は身支度を整えた。
 
「よし」

 カチューシャをおでこに差し込み、りっちゃん完成。
 静かに眠っている澪の額にかかる髪を手で払ってあげると、口をもごもごさせた。眠っている分には人には害をなさない気狂いJKは、今夜はもう目を覚ます事はない。いわゆる、体力の限界ってやつだ。
 その点、私は違う。澪と違って、イった振りという高等テクニックが使える私は体力をさほど消耗せずにセックスに臨めるのだから。
 静かに部屋を出る。澪のお母さんに一言断って、私は澪の家を後にした。
 
 家に帰ると仁王立ちの聡が出迎えてくれた。

「姉ちゃん、どこ行ってたんだよ」

「澪ん家。どうした、そんな怖い顔して」

「……映画館。連れてってくれる約束だったろ」

「あっ……ごめん、また忘れてたわ」

「これで一体何度目だと思ってるんだよ」

「えっと……5回目?」

「7回目だよ。ったく、俺もいい加減疲れちゃったよ。いい加減、早く成仏したいんだけど」

 そういって踵を返す聡の背中は赤黒い血で染まっていた。やはり、その中心には鈍く光るナイフが突き刺さっている。




31:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /13(水) 05:16:16.98 ID:nnZADkYs0
 階段を滑るようにして昇っていく聡に私は、

「わかってるんだけどさ、いっつも忘れちゃうんだよな。わりーな」

「相変わらずだな、姉ちゃんは。まあ……だからこそ、姉ちゃんには感謝してるんだけどね」

 浮いてるんだか、階段に半身がめり込んでいるのかわからないが、とにかく聡は階段の途中に止まっていた。
 背中にあんなものが刺さっているのに、口調も表情も以前のそれとまったく変わらない。
 だからこそ、私は思ってしまう。本当に聡は死んでしまったのかと。

「お母さんもお父さんも、ホントおかしくなったみたいに泣いてさ、落ち込んでさ。でも、姉ちゃんだけが変わらないでいてくれたから」

「そりゃあ、お姉ちゃんだからな。お姉ちゃんは強いんだぞ」

「そうだね。ちょっと俺も悲しくなるくらい元気だよな、姉ちゃん。そのお陰で最近はお母さんも元気になってきたみたいだし」

 聡の言うとおりだ。この前なんか、料理している時に、これ聡が好きだったわね、なんて笑ってたっけ。
 お父さんもお父さんで、最近は一緒に晩御飯を食べるようになった。初めの方は毎晩酔っ払って帰ってきてたのに。泣いてたのに。

「姉ちゃん、ありがと」

「やめろよ、恥ずかしい」

 聡が悪戯っぽく笑ったので、自然と私もつられて笑ってしまう。




32:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /13(水) 05:31:10.05 ID:nnZADkYs0
「あとは……澪姉ちゃんだけかな」

 聡の表情が途端に曇って、心なしか顔色が青くなっていく。いや、比喩ではなく、薄く透き通るような青に変色していく。

「大丈夫だって。そのうち澪も良くなるって」

「そうかな。でも……俺、もうあんな澪姉ちゃん見たくない。どうせだったら、もう少し家から離れた所で刺されれば良かったのに」

 聡が刺された日、私は聡と映画に行く約束をすっぽかし、澪とデートをしていた。あの恥ずかしがり屋の澪から誘われたデート。断るわけにもいかなかった。
 結果として、血だまりで息絶えた聡の第一発見者となった澪は、あんな風になってしまった。

「そんな事言うなよ。お前も中学生なんだから、なんだかんだ言って嬉しいんじゃないか? このエロガキめ」

「うっわー、それ死んだ弟に言う台詞かよ……あはは、やっぱり姉ちゃんは姉ちゃんだな」

「余計なお世話だよ。だから……澪の事も心配するな。私さえしっかりしていれば、いずれ澪は元に戻る……まあ、元に戻ったら戻ったで少し残念だけど」

 エッチできなくなるから? というマセた弟の問いかけに、うるせーと一喝する私。

「まったく、チュー坊のくせに……とにかく、お前は何も心配しなくていいから、さっさと楽になれよ」

「はいはい……って、だから、その前に映画に連れてってよ」

「また今度な。来週は忘れないから。多分」

「必ずだからね! じゃないと、死んでも死に切れないっての」

 もう一回、私達は顔を見合わせて笑った。
 そして、聡は階段の奥へと消えた。




34:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /13(水) 05:50:40.02 ID:nnZADkYs0
 自室に戻り、ベッドへ体を投げ出した。
 聡の言った言葉を反芻しながら、私はまたどうでもいい事を考え始める。
 澪の事だ。澪の、狂ってしまった理由について。
 聡の言うとおり、刺殺体となった私の弟は澪の精神に、それはもう計り知れないダメージを与えた事は言うまでもない。澪のお母さんから、その時の様子も聞いてるし、泣きじゃくる澪を宥めたのも事実だ。
 しかし、確かに澪は怖がりだし臆病で、痛い話にも弱いのだが、だからといってその程度で精神を病んでしまうとは考えられないのだ。どう考えても。
 なぜなら、

『……わ、わたし……りつが、律が一緒にいてくれるなら……』
 
 私 > 聡
 この不等式は既に澪の心の中で確固たるものとして、築かれていたのだ。だらこそ、聡との約束のある私を、澪は多少強引にデートへ誘ってきたんだ。
 たとえその事が災いして聡が死んでも、私は生きているのだから、澪の芯は折れるはずがない。仮に死んだのが私だったら、まだ納得が行くのだが事実は異なる。

「そうなんだよなぁ……おかしいんだよな、どうも」

 澪が狂ってしまった理由は、結局今のところわからない。気がついたらああなっていた、としか言いようがないのだ。時期が時期だけに、最初、私も聡のことが心労となってしまったのだと信じて疑わなかったのだから。
 思考の波が怒涛の如く押し寄せてはひき、またそれを繰り返す。船酔いを起こしそうだ。

「あぁ……ううー……」

 口から意味のない言葉が漏れる。
 頭が重くなってきた。
 少し難しい事を考えすぎたせいなのか、それとも、澪とのセックスで演技をしていたつもりが実は本当に絶頂を迎えていたとか。
 ……どっちでもいいや。とにかくもう考えるのは無理だ。疲れた。
 
 今日はもう寝よう。




35:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /13(水) 05:53:21.08 ID:nnZADkYs0
そろそろ眠くなってきたので、寝ます。切りもいいし。
戻ってきた時、落ちてなければ、また同じくらいの時間に続き書きます。

ところで、聡って中学生であってたっけ




36:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /13(水) 05:56:19.93 ID:8CXkzCAu0
厨房であってるよ何年生かはわからないけど

とりあえずお疲れ様おやすみ



44:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /13(水) 13:08:23.97 ID:Dysnm+pb0
これは実は律が頭狂ってるのか



84:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /14(木) 02:24:28.22 ID:OF0mEpc10
何かこの文見てると背中が痒くなるな



81:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /14(木) 02:23:10.56 ID:fmrTSXrY0

 月曜日。

 制服に身を包んだ澪を小突きながら教室に入ると、なんとも心地よい喧騒が響いてきた。鬱屈した自室で澪と肌を重ねるより、やっぱり学校の方が楽しい。
 まあ、そんな事を口にすると澪が泣きそうなので心の中にしまっておくが。

「おはよう、ムギ」

「おはよう、りっちゃん、澪ちゃん。今日も仲良しね~」

 澪がムギの言葉に顔を赤くして口をもごもごさせながら、そうかな? なんて殊勝に照れてやがる。相変わらず意味がわからない。
 程なくして唯がやってきて、朝の雑談に花を咲かせた。昨日のドラマがどうとか、憂ちゃんが梓とどうとか、他愛のない話で盛り上がる。
 ふと、澪の顔を眺めてみた。
 休日の時ほど狂った様子はないが、心なしか目元に疲れが見える。夜遅くまで新譜の詞でも考えていたのだろうか。あるいは、

「はーい、みんなー、席についてー」

 教室の扉が開き、さわちゃんが入ってきた。時計を見ればもうHRの時間になっていた。3人に別れを告げ、私は自席へと戻る。
 さわちゃんが教室をぐるりと見渡し、手にした名簿に出欠の有無を記入している。そうして、何か朝の職員会議で決まった事を業務的に淡々と述べた後は、1限目の授業の準備に追われるのだった。
 学校の先生ってのも大変だな。ちょっと同情さえしてしまうのは、あの年になって浮いた話のひとつも無いさわちゃんに対し、お節介にも似たお姉ちゃん的心情が作用したせいだろうか。
 そんな私の視線に気付いたらしいさわちゃん。無言の睨みがとても恐ろしい。

「あの、先生?」

 隣の子が先生のただならぬ様子に、堪らず声をかけた。えっ? と我に返ったさわちゃんが慌てて取り繕う姿勢はいつ見ても滑稽だったが、ここで笑ってしまうと今度は頬をつねられかねないので、私はそれっきり1限終了まで口を噤んだ。

 2限、3限、4限、と気だるい気持ちで過ごした私は、現国の担当の禿げ上がった頭を眺めながら、またどうでもいい事を考え始めた。
 澪との関係や、それをやたら小難しく、このままでいいのかとか、セックス以外恋人らしい事していないのではないかとか、私はいつまでお姉ちゃんでいればいいのか、とか。
 ぐるりぐるりと澪の顔が頭に浮かんでは消え、そしてまた浮かんでは消えた。




85:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /14(木) 02:29:56.51 ID:fmrTSXrY0
「ここテストに出すからきちんと理解しておくようにな」

 機械的なチャイムの音が昼休みの開始を告げた。
 私はいの一番に弁当袋を引っさげて、唯の机へとダイブした。腹が減ってはなんとやら、JKっていうのはすぐお腹がすくものなのだ。私だって例外じゃない。
 
「りっちゃん元気だね~」

「おーともよ!」

「うるさいぞ律。ちょっとどけてくれ、私も座る」

「……何自然に人の上に座ろうとしてるんだこのやろう。お前の席はこっち」

「あらあら、りっちゃん達仲良しね」

 お約束の展開をこなして、昼食を取り始める。

「そーいやさ、ムギに聞きたいことあったんだよね」

「なあに?」

「ムギってさ、澪の事どう思う? その、可愛いとか可愛くないとか」

「えっ? それは可愛いに決まってるわ」




86:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /14(木) 02:34:14.34 ID:fmrTSXrY0
 そう言うと思った。でも、私の聞きたいことはそういうことじゃなくて、アレをしているときの澪の様子を見た反応なのだ。
 しかし、当然、今ここでおっ始めるワケにもいかないので、そっと耳打ちをして伝えた。瞬間、色白のムギの耳から頬にかけてが、ボンっと漫画みたいに赤くなった。
 勿論、セックスしたという事実は伏せて、澪の一人オナニーという話しにしておいた。流石に澪と肌を重ねた事実は口に出来ない。

「おい律! なにムギに変な事してるんだ! この変態! 変態!」

「なーに勘違いしてるんだよ。耳打ちしただけだ」

「何言ったんだよ? まさか、今どんなパンツはいてオナニーしてるの? とか聞いたんじゃないだろうな」

 澪の椅子を力の限り後ろに引っ張り倒してやった。何だってこいつは、こうも言動が腐ってるのだろうか。それは狂ってるからです、と自問自答完結。

「りっちゃんやり過ぎよ……あっ……もしかして、それも……え、エッチの一つなの?」

「馬鹿澪。お前のせいでムギまでおかしくなったらどうすんだ。ムギ、お前の想像は壮絶に間違ってるから、そこだけは覚えておいてくれ」

「う、うん……で、さっきの話だけど……その」

「ねえねえ、何の話ー?」

「澪ちゃんが、その……自分のおっぱいを……? そ、そうね……たしかに可愛いけれど、その……」

 そういってムギが恥ずかしそうに体をモジモジさせながら、澪の痴態についての感想を述べ始めた。HTTは思春期真っ只中のJKから構成されているので、こういったお昼ご飯時間は珍しくも何ともない。

「りっちゃんのから揚げもーらいっ!」

 ただ一人、唯という天使を除いて。




87:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /14(木) 02:42:21.70 ID:fmrTSXrY0
 ……。
 ……。

「すみません、掃除当番で遅れました!」

 息を荒げた梓が部室に駆け込んだきた。さて、軽音部の活動が始まる。

「遅いぞ梓ー。バナナタルト、危うく食べちまうとこだったぞ」

「り、律先輩!? ……あ、すみません、大きな声出して」

 そんなにバナナタルトが好きだったのか、梓の驚愕の様子は尋常じゃなかった。可愛らしく口元に手を当てて目を見開いている。
 
「じ、冗談だよ……ほら、早く座って食べな」

「えっ、あ、はい……失礼します」

 私の斜め横に腰を下ろした梓を、澪が睨んでいた。ギリギリ、なんて音が聞こえそうなほど壮絶な形相の澪。おかしい頭とは言え、素直に怖い。

「梓」

「はい、なんでしょう」

「なんでもないよ」

「えっ……あ、はい」




88:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /14(木) 02:55:17.66 ID:fmrTSXrY0
 それにしても恐ろしい表情をしている。口から血を流すのではないかと思うほど、澪の頬が引きつっている。
 私の視線に気付いたのか、澪の強張った顔がニヤけ面に変わった。

「なあ、律」

「なんだ」

「キスしようよ」

 ざけんな、と口にするより早く、全員が私を見た。唯はポカンとして、ムギは目を爛々とさせ、梓だけがまともに赤面して……ん? この場合そのリアクションが正解なのだろうか。わからない。

「ねえってば。今キスしたら、きっとすごく甘くて、トロトロだぞ」

「甘いってのは同意できなくもないけど、なんだそのトロトロってのは」

「んえっ」

 澪の口が開き、中に何かキラキラした液体が入っていた。あれはなんだろー、なんて考えるまでも無く、唾液だ。
 聞いたことがある。甘いものを食べた後の唾液は粘性が増すって話。コーラ飲んだときなんかまさにそうだが、あの何とも言えない不快な感覚は思い出すだけで嫌になる。
 というわけで、机下から澪のスネを蹴り上げた私。

 ……裏目に出た。思わぬ攻撃を受けた澪は、そう、高出力の唾液砲を私目掛けて射出したのだった。




89:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /14(木) 03:05:08.84 ID:fmrTSXrY0
「死ね。全力で今すぐ死ね」

「そんなこと言うなよぉ……ゴホッ、ごほ。今のは律が悪いんじゃないか」

「秋山さんが悪いと思う人挙手ー」

 3名の同志を得た私は席を立った。もちろん、澪の頭部を殴打するために。でもその前に、

「うわあぁ、もうきったねーな! ちょっと顔洗ってくるー! 唯、私の分のケーキ食べるなよ!」

「ふあーい」

 
 部室等のトイレに駆け込み、カチューシャを急いで取って鏡を見た。うえっ、おでこにまでしっかりかかってやがる。
 あの気の触れた澪のした事とは言え、この所業には耐えられない。そりゃあ、セックスする時はもっと汚いトコ……でも澪のなら汚くないよ? なんて歯の浮く台詞は言わずとも恥丘を舐めたりするのだが、それとこれとは話が別。




90:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /14(木) 03:07:15.56 ID:fmrTSXrY0
「きたねーな……ふざけんなよぉ……」

 ギュッと目を閉じ、手に掬った冷水を思い切りかける。何度も、何度も、少し顔がヒリヒリするまで水洗いを続けた。
 ついでに、口の中もゆすいだ。
 顔を上げる。目を強く瞑りすぎたせいなのか、一瞬視界が真っ赤に染まって見えた。はっとして、もう一度、洗顔を始める。
 ジャブジャブジャブジャブジャブ。

「ひどいな、そんなに嫌がることないだろ」

「おわあっ!? わぶぶぅ!! ……バカ澪?」

「バカは余計だ」

「いきなり声かけんな……ゲホッ、ごほ。あー……鼻に水はいったー……」

「そんなに私の、汚くないのにな」

 それを決めるのは私だ。ってか、普通にきたねーよ。
 スカートからハンカチを取り出し、急いで顔を拭く。なぜ急ぐかって言うと、澪が来たからだ。

「何しに来た」

「心配して来たに決まってるだろ」

「嘘付くなよ。どうせまた……って、言ってるそばから服脱ぐんじゃねーよ!」

「りつぅぅっ!!」




91:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /14(木) 03:17:24.61 ID:fmrTSXrY0
 ガシっと両肩をつかまれそのまま個室の方へと追いやられた。何て馬鹿力だろう。普通に痛い。
 離せ、と必死に腕をつねりあげても髪の毛を引っ張ってもまるで意に介さない澪。見る見るうちに息が荒くなって、顔がその、なんというか、エロくなっていった。
 盛りのついたメス犬。メスでも盛りはつくんだな。

「は、離せっての……ここ学校だぞ? ちょっとは場所を……考えろっての」

「そんなこと言ったって、我慢できないものは我慢できないんだよぉ……」

 なんと、澪が泣き出した。そこまでして私の体が欲しいのかと呆れるというより、笑いがこみ上げてきた。

「おまえ、本当に馬鹿じゃねーの!」

「ああ、私は馬鹿だよ! 馬鹿で馬鹿で馬鹿で馬鹿で馬鹿で、だからこんなことしかできない!」

 とうとう個室に入ってしまった。後ろ手で鍵までかけられ、もはや逃げ場なしの大ピンチ。といっても、別に殺されるわけではなくて、むしろ、良いことされるわけないんだけど。
 潤んだ瞳で、なあいいだろ? と懇願してくる澪を見ながら私は折れるか最後まで抵抗するべきかをぼんやりと考えた。
 流される事に対してやぶさかではないものの、だからといって仮にも学び舎の中で肌を重ねるのはどうなんだろう。モラル的に、いやそれ以前にJKとして。




93:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /14(木) 03:38:01.74 ID:fmrTSXrY0
「お願いだよぉ……もう我慢できないんだ。お前が可愛すぎるから、悪いんだぞ」

「……」

「なあ、りつぅ~……一緒に気持ちよくなろうよぉ」

 澪の目が次第にトロンとしてきた。自分の言葉に陶酔しはじめたのか。相当の変態女だ。だが、私はその目の前の女が嫌いになれない。

「はあ……好きにすれば」

 見境無しのイカレ女に、私は観念して身をゆだねた。

「や、優しくするからな! な!」

「……遅ぇんだよ、馬鹿澪。うー、肩いてー」

「ごめんな、律」

 優しくするとか言っておきながら、いきなりパンツの中に手を突っ込まれた。ああ、イタイイタイ。


 ……。
 ……。
 ……。

「うふふ」

「気持ちわりい」




95:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /14(木) 03:47:02.97 ID:fmrTSXrY0
 便座の上でだらしなく筋肉を弛緩させている澪に張り手をかまし、衣服を整えた私は部室へ戻る事にした。一緒に戻っては流石に怪しまれる。
 部室を目指して歩いていると、急に腰が痛くなった。
 ついでに、ベーシストの手はやっぱり大きいらしく、私の真ん中に付いている女の子も悲鳴を上げていた。デリケートゾーンってやつだ。
 ふいに先ほどの情事が妙に艶かしく思い出され、私は自分の頬が熱くなってるのを感じた。

「優しくするって言ったのに……痛ぇんだよ馬鹿」

 手すりに手をかけてゆっくりと階段を上る。普段は意識していないが、軽音部の前から楽器の音が全くしないというのは何とも奇妙な光景だ。
 股のヒリヒリのを何とか堪えながら最後の一段を昇って顔を上げると、部室の扉が少し開いていた。
 と、

「……だよ、あずにゃん」

「すみません……先輩」

 なんだ?




97:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /14(木) 03:53:38.40 ID:fmrTSXrY0
「唯ちゃん、仕方ないわよ。最初は私もすごく驚いたわ。それこそ心臓が止まるくらいに。今でも時々」

「でも、あずにゃんはびっくりし過ぎだよ。あれじゃあ絶対不自然だよ」

「はい、すみません。気をつけてはいるのですが、やっぱり……あ、次からは気をつけます」

「お願いね」

 珍しく真剣な唯がいて、梓をしかっているようだった。ムギは不安そうな顔で二人の間に視線を彷徨わせている。
 まさか。いや、そんな馬鹿な。

「……何そんなトコで固まってるんだ?」

 澪の声にギョッとした。振り返ってみると、なぜか私よりも驚いた表情の澪が扉の向こうを見つめていた。
 澪がその視線をこちらに向けて、私を見た。なぜだか、狂う前の澪をそこに重ねてしまった。

「こらああああああああ!!!」

 澪の絶叫にも似た声が響く。堪らず私は尻餅をついてしまった。

「あ、えっと……ひ、人の、人の……人のセックスを笑うなー!」

「み、みおちゃん!? ……あっ、りっちゃんも!? いつのまに戻って――」

「デバガメか? デバガメなのかー!? ほら、律も何とか言ってやれ! こいつら、私と律のセックスを覗き見してたに違いないぞ!」

「ば、ばか、何言ってるんだ! わーわー、何も聞こえない、何も聞いてない! なっ、なっ?」




99:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /14(木) 04:01:25.34 ID:fmrTSXrY0
 部室はまさに地獄絵図をひっくり返したようなカオスを極めた状態に陥った。

「くっそー、何なんだよ人のトイレでの情事を覗き見するなんて、いくら軽音部でも許されないぞ!」

「うるせー、だまれ馬鹿澪! いいから黙ってろ、黙ってろーっ!」

「……はっ! ……いいわぁ、澪ちゃん、りっちゃん」

「にゃ、にゃー! ふ、不潔です先輩方! えっと……トイレでエッチなこと? をしてたんですかー!」

「不潔じゃない! 好きな人とセックスして何が悪い!」

 主犯、澪。私は、密な時間を暴露したその主犯の後頭部にハイキックを入れてみた。まだ倒れない。すかさずもう一発、さらにもう一発。

「ぐっ」

 4度目の蹴りでとうとう床に倒れる大女。
 その光景に目を剥いていた唯、ムギ、梓の3人は、2、3回ほど私と澪を交互に見比べ、

「……ごめんね、りっちゃん! わ、私たち用事があるから先に帰るわ!」

「すみません、そいうことなのでお先です!」

「ばいばい、りっちゃん」

 かばんを持って部室を全速力で後にしたのだった。
 電光石火ってこういうのを言うのかな。どうでもいいけど、穴があったら入りたい。それがダメなら誰か私を殺してくれ!




102:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /14(木) 04:17:02.11 ID:fmrTSXrY0
 私は机に突っ伏したまま、澪が夢の中から目覚めるのを待った。
 他の3人は恥ずかしさを誤魔化すためでなく、どうやら本当に帰ってしまったみたいだった。
 皆のいない部室はやけに静かで、別のことを考えようにも先の惨状が頭から離れない。

「あー、もう。さいあくだー」

 なんだってこんな目に遭わなくてはいけないのだろうか。そりゃあ、澪と私の仲はHTT内では周知の事実だったが、だからと言って肉体関係のことまでは話したことはなかった。
 単純に恥ずかしいし、そんなこと友達にだってわざわざ教えるものでもないだろう。ムギあたりなら喜びそうだけど、まさか唯や梓にまで知られてしまうなんて。

 ……本当に覗き見したのか?

「二人きりになれたね」

「うるせー、ばか」

 澪の意識が戻った。頭の後ろをさすりながら、ふらふらと覚束無い足取りで私の隣に腰を下ろした。

「皆は?」

「用事があるとかで帰ったよ。誰かさんのせいでな。ホントいい加減にしろよ」

「そっか」

 うふふ、と澪が気色の悪い声を出して喜んだことに私は非常に苛立った。何を呑気に冷めたお茶なんか啜ってやがるのか。

「なんか最近、皆早く帰っちまうよな。用事って一体何してるんだろうな」

「えっ」




103:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /14(木) 04:26:38.78 ID:fmrTSXrY0
「なーに驚いてるんだよ……気持ち悪いな」

 澪の顔から笑みが消えている。急に真顔になるから少々不気味だ。

「は、はは……そういえば、先週も皆先に帰っちゃったよな……な?」

「そうだな。あいつら、ひょっとして何か企んでるんじゃないんだろうな」

「……」

 どうにも澪の様子がおかしい。急に驚いた顔をしたかと思ったら今度は押し黙ってしまった。また狂って何か意味不明な奇行の前触れだろうか。
 
「どうした」

「……覚えてるのか?」

「何を」

「……皆が、放課後何かしてる事」

「は? 何言ってるんだよ澪」

「いや、なんでもない……」




104:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /14(木) 04:27:48.12 ID:fmrTSXrY0
 とりあえず、放課後といったら軽音部の部活だろうと答えてやった。
 すると、いきなり眼前に迫って

「そうだよな! 放課後といえば部活だよな!」

「んなこと決まってるだろ……だっていうのに、みんな最近部活もしないで、急にどっか行っちまうんだから困るよな。今日だってきっと」

「……やっぱり覚えてるのか」

 理解の出来ない問答はそれっきりとなった。澪はそれ以上何を言っても反応を返してくれず、私は呆れて口を開くのをやめた。
 それにしても、何が一体、覚えている、なのだろうか。

 
 ……。
 
 私は今しがた自分が口にした言葉を反芻して、ああっ! と声を上げた。

 そうだ。
 澪を除く3人の部員がずっと前からまともに部活動をしていないのだ。いつも私と澪を部室に残し、何かと理由をつけてはどこかへと行ってしまうのだった。
 何故そんなことにこれっぽっちも疑問を抱かず、今の今まで放置していた? いや、なぜ今のタイミングで私は気付いた。口にして初めて。
 
「おい、澪! どういうことなんだ一体!」

「……律、もっかいエッチしようよ」

「ざけんな! 真面目に答えろ!」




106:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /14(木) 04:41:17.46 ID:fmrTSXrY0
 頭の中が急激に加速していく。カーッと熱くなるような、それでいて生理にも似た苛立ちが募って何も考えたくなくなるような不思議な心持ちになっていく。
 でも、私は考えた。
 3人の不在。まずはこっちを探った方が良さそうだ。私のもやもやとした記憶の抜けを辿ったところで、堂々巡りは目に見えてるし、だったらいっそ、動けるほうに動いたほうが良い。
 今から闇雲に3人の姿を探しても無駄足になる。どうせ明日も途中でいなくなるのだろうから、その時を見計らって動けばいい。
 
「律、エッチしよ」

「……やだよ」

 尾行にこいつは邪魔だ。部活に出る前にトイレにでも連れて行って、腹でも殴って気絶させよう。そうしよう。
 それに、こいつのおねだりには何か裏を感じる。
 もしかして、私の意識を逸らすためにわざと、




107:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /14(木) 04:43:35.82 ID:fmrTSXrY0
「なあ、律、おいしい? 律のお母さんもハンバーグ作るの上手だからな。私も好きだよ」

「ああ、うまいな。でもやっぱり、私の作るやつの方がおいしい」

「あはは、自分の作った方がおいしいだなんて、相変わらずだな律は。おばさん、ハンバーグおかわりください」

 食卓を囲んで、4人で晩御飯を食べた。今日はお母さんがハンバーグを作った。珍しく平日の夜だって言うのにお父さんもいる。
 最近、澪は毎日、私の家で晩御飯を食べていく。
 恋人なんだからいいだろう、というのが澪の言い分だが私ははっきり言ってそこまで乗り気じゃない。
 澪のお母さんが少し不憫だからな。

「……おい澪、たまには自分の家で食べろよ。お前のお母さんに悪いだろう」

「いいんだよ、私は律の家でご飯食べた方が。ママだって良いって言ってるし」

 お母さんが、律ったら照れてるのよきっと、なんて呑気な事を言った。そういう問題じゃないだろ。澪の狂気にうちの母親も染まってしまわないか、少し本気で心配になってきた。




109:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /14(木) 04:56:49.69 ID:fmrTSXrY0
「私、迷惑じゃないですよね?」

 澪の言葉にお母さんは、まさかとんでもない、と返した。
 澪ちゃんのおかげでまた家族で楽しい食卓を囲めるのだから、と最後のほうは少し震えた声でそう言った。
 私はハッとして聡のことを思い出す。
 ある意味、おかしくなってしまった澪の登場によって、お母さんもお父さんも傷心から立ち直ったとも言えなくないのかも。
 こんなキチ女が毎日、夕飯時に現れたら。
 気が休まるとはまた反対に、いい具合に気が逸れてくれたのだろう。
 
「……気が逸れる? 何を考えてるんだよ私は」

 カポーンと風呂特有の反響で我に返ったような気がした。
 澪が長い髪に柑橘系のシャンプーを付け、わしゃわしゃと泡立てて洗髪していた。私も髪伸ばそうかな。

「悪いんだけど、律」

「はいはい」




112:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /14(木) 04:59:24.15 ID:fmrTSXrY0
 浴槽から体を乗り出し、澪の頭部を優しく掴んで髪を洗い始める。
 指の腹で毛穴の汚れを落とすように小刻みに動かしながら、後頭部、側頭部、前頭部へと手を動かす。
 痒いところはございませんかー? とからかい半分に聞いてやると

「おまたがムズムズしまーす」

「死ね」

 少し乱暴に髪を洗ってやると、ひゃあ、と可愛い声を上げながら澪が体をよじった。すかさず脇に手を回し、全力でくすぐってやった。

「あははは、ちょ、やめっ……やめってば……り、りつぅ」

「かゆいところはぁ、ございませんかー、」

「ご、ごめ、ごめんってば、あひゃあああ、はは、あははは……ぁっ」

 いつの間にか私は澪の豊かな胸を鷲づかみにして引っ張っていた。なるほど、途中から変な声が混じるのも頷ける。
 それからしばらくふざけあった後、髪をシャワーで洗い流し二人仲良く湯船に浸かった。

「それにしても、風呂まで入っていくことないだろ。ご飯まで食べておきながら」

「いいじゃないか別に。私は一秒でも長く律と一緒に居たいだけなんだから」

「うっ……急にそういうのやめろよ」

 全裸で、しかも秘所に舌を這わせた仲であっても、こういう歯が浮くような言葉を真顔で言われると、どうにも私は気恥ずかしさに耐えられなくなる。
 そりゃあ私だって澪と同じ考えではあるけれど、それをわざわざ口にするほどの勇気はないし、そういうのは苦手だ。バカップルとかおかしーし。




115:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /14(木) 05:17:45.44 ID:fmrTSXrY0
「照れてるのか?」

「別に」

「じゃあ、今の台詞、皆の前で言っていい?」

「やったら二度と口きかない」

 えぐっ、と間髪入れず涙を流す澪。本当に相変わらずなので、慰めるのも繕うのも面倒くさくなり、両の手で作った水鉄砲を噴射してやった。
 やめろよー。うるさいんだよ泣き虫澪ー。何をー。悔しかったらやり返してみろよ。うぅ、私がそれできないの知ってるくせに。
 
 うわ、まんまバカップル。途端に死にたくなった。

「やっぱりみんなの前で言ってやる! 許してやらないんだからな!」

「あっそう、勝手にすればー、別にそこまで恥ずかしくないしー」

「強がり言うなよ」

「強がりなんか言ってねーよ。第一、皆って軽音部の皆だろ? なら別にいいよ」

 そう、HTT内になら適度にからかわれて終わるだけなのだから。
 そういえば、『皆』で思い出したが、

「なあ澪……そういえばさ、皆最近」

 …。




116:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /14(木) 05:19:35.08 ID:fmrTSXrY0
「律、電気消すぞー」

「ああ……っておい。何のために布団敷いてやったと思ってるんだよ」

「いいじゃないか、いいじゃないか! 一緒に寝たいんだよ、ついでに言うと」

「触るな。噛み付くぞ」

 気だるい。澪に後ろから手を回されてがっちりとホールドされた。ギューってされると気持ちいいんです、と前に憂ちゃんが言っていたが、ありゃ嘘だな。
 うなじの辺りに鼻を押し付けられ、目一杯匂いを嗅がれた。変態の相手ってどうしてこうも気苦労が多いのか、誰か教えてくれ。

「律の匂い~、いい匂いだなー」

「あんま大きい声出すなよ。もう遅いんだから」

「はーい……うふふ、聡の奴、壁に耳当ててたりして」

「そりゃあ無いだろ。だって今日土曜日じゃないし」

 聡は土曜日にしか現れない。だから、平日の今日はいないのだ。
 あれ?

「なあ、一つ気になったんだけどさ。聞いていい?」

「なあに」



117:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /14(木) 05:22:45.60 ID:fmrTSXrY0
「なあ、一つ気になったんだけどさ。聞いていい?」

「なあに」

「澪ってさ、どうして聡が見えるわけ?」

「うーん……なんでだろうな。繋がりが強いと見えるんじゃないのか、その、死んだ後も」

「そんなもんか? でも、私ならまだしも、お前、聡とそんなに接点無いんじゃないか?」

「そう言われると……あ、ひょっとして聡、私のこと好きだったりして。だから、私にも聡が見えるのかも」

「ああー……それはあるかも」

 それにしても、こいつは心霊やら幽霊の類が大の苦手のくせに、色々と矛盾した事を平気で言う奴だな。
 私が死んで出てきても、きっと同じ事を言って怖がらないに違いない。それはそれで少し残念だ。目一杯脅かしてやるのに。




120:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /14(木) 05:25:51.67 ID:fmrTSXrY0
「前に聡、お前をおかずにオナニーしてたし」

「……それはあんまり嬉しくない」

「冗談だよ。いくらお姉ちゃんの私でも、流石に弟の性事情までは関知できないのだよ」

「あはは、だよな。でも、律は私を想ってしてくれてるんだろ? その、お……オナニーを」

「しねーよ」

「あはは、だよな。普通にセックスするんだし必要ないよな」

 そういう問題じゃありませんわよ澪ちゅわん、と肘で澪の腹部を殴りつつ教えてあげた。あー、疲れた。
 いい加減、眠たくなってきた。ツッコミも疲れたし、そろそろ眠い。
 
「おやすみ」

「もう寝ちゃうのか? もう少しお話しようよ」

「眠いんだよ。寝かせてくれ」

「えー、それは少しずるくないか? こんなにも私をその気にさせておいてさ」

 そういって澪の手がもぞもぞと動き始めた。勝手に欲情すんじゃねーよ馬鹿。
 構ってられないので、無理やりにでも私は寝る。
 寝る。
 寝てしまう。




121:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /14(木) 05:29:12.39 ID:fmrTSXrY0
「おやすみ」

「……はぁ、はぁ……んんっ! んぁ……り、りつぅ」

「……」

「……んぅ」

「うるせー、寝ろ! お前本当に、どんだけ溜まってるんだよ? ホルモンバランスとか一回医者に診てもらえ、な」

「そんなこと言ったって……ほら、ここが」

「わっ、ばか! ばっちいな、もう!」

「ひどいよ、そんなこと言うなよ! な、なきそうになっただろ!」

 てかもう泣いてるし。
 本当に面倒でどうしようもない恋人を持つと、例え自分がどうしようもなくなっても、仕方ない折れてやろうという心持ちになる。
 仕方ない。折れてやろう。
 本当に面倒でどうしようもない恋人を持つと、
 
「りつ……?」

 体を180度捻り、私は澪と一緒に布団にもぐった。




177:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /15(金) 02:34:55.44 ID:QGcpKGie0

 火曜日。

 布団を押しのけてゆっくりと時計を確認してみると、なるほど完全に遅刻していた。朝のHR開始時刻を2時間ばかり過ぎてる故、1限はとっくに終わっている。
 隣に澪の姿は無かった。あのやろう、自分だけ支度を整えて学校に行きやがったのか。
 ぼんやりとする頭でこれからどうするべきかを考えた。
 遅刻、ということで3限あたりから授業に参加してもいいのだが、寝坊で遅刻ってのも物凄くかっこ悪いし、何か気だるい。
 かといって学校を休むのもなあ。

「ああ、もういいや、寝ちゃおう寝ちゃおう寝ちゃおう……」

 懐かしいフレーズを冗談っぽく口にして、私は再度布団にもぐる事にした。いわゆる仮病ってやつだけど、そこら辺はお母さんが上手く取計らってくれるはず。

 ……。
 
 次に目覚めた時には、既に窓から真っ赤な西陽が差し込んでいた。こんなに寝てしまうなんて、本当に私は体調が悪かったのかもしれない。
 頭だけ動かして時計を見やると、5時を少し過ぎたくらいだった。
 寝たっきりで腰が痛くなったので、私はぬくぬくとした誘惑を断ち切り体を起こした。
 ふあぁ、と欠伸が出た。
 
「皆今ごろ部活してんのかなぁ……」




180:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /15(金) 02:36:59.90 ID:QGcpKGie0
「皆今ごろ部活してんのかなぁ……」

 澪、ムギ、唯、梓。不意に皆の顔が頭に浮かんで、どういうわけか知らないけれど、胸が締め付けられるような切ない気持ちになる。
 澪はまた意味不明な事を言ってるのかな。心配だった。
 他の3人はまた部活を抜け出してどこかに……どこかに? そうだ、あいつらは部活そっちのけで何かしているのだった。
 障害者のような言動の澪を放っていなくなるなんて、少し可哀想じゃないかと想う一方、私は、

「探すか」

 寝巻きから制服に着替え、3人の捜索に向かった。
 そうだ、あいつらが何をやっているのか突き止めなくちゃ。部長として、澪の恋人として放っておくわけにはいかない。

「ちょっと外に出てくるわ」

「いってらっしゃい、姉ちゃん」

 聡が階段から半身だけ出して手を振っている。
 ちょっと待て、今日は火曜日であって土曜日じゃない。どういうことだ。

「お前、なんでいるんだよ」

「さあ。俺にもわかんないけど、気が付いたらいた」

「おかしくね、それ? お前、映画が見れなかったから成仏できないんじゃないの?」

「そのはずだけど……あっ」




183:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /15(金) 02:43:41.30 ID:QGcpKGie0

「なんだよ」

「映画じゃなかったんだ」

「なにが」

「俺が成仏できない理由。そっか、そうだった。何でこんなこと忘れてたんだろう……澪姉ちゃんのせいかなぁ?」

「なんでそこに澪が出て来るんだよ? ってか、その成仏できない理由って一体なんだよ」

 うーん、と聡が唸った。言おうか言うまいか、考えあぐねているような風情を見せている。
 私は早くムギ達を探しに行きたいのだが、聡のもったいぶった態度も気になって仕方が無い。

「早く言えよ。お姉ちゃん命令だ」

「うーん……でもなぁ……なんか俺から言うのは澪姉ちゃんに悪い気がするしなー。悪いけど、自分で確認してよ」

「はあ?」

「多分、テレビ見てればわかると思うよ。ニュースってどこも同じのやってるし。……あー、そっかぁ、これで姉ちゃんとも澪姉ちゃんともお別れなのか」

 聡の言ってる事の意味が何一つ理解できないまま、私は好奇心の赴くまま、居間へと向かった。
 ……テレビがない。
 居間においてあった大型液晶テレビが、無い。
 なぜか。
 なぜテレビが無くなっているのか考えると、すぐに答えが浮かんだ。




185:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /15(金) 02:57:13.18 ID:QGcpKGie0
 前に澪が、

『聡のやつ、よくここでテレビゲームしてたよな。おばさん達、テレビ見るたびその事思い出しちゃうんじゃないか?』

 澪が聡の話題から少しでも遠ざけたいとか何とか言って、うちの両親に撤去させたのだ。
 あれは聡が死んですぐの事だったと記憶している。
 そういえば事件を忘れさせるためにも、という理由で新聞まで解約したはずだ。今の今まで忘れていたけど、そうだ。
 
「お節介なやつ……私のお姉ちゃんパワーのありがたみゼロじゃん。結局、澪がうちの両親を元気にしたみたいじゃん」

「そんな事無いよ。姉ちゃんは澪姉ちゃんの事元気付けたじゃん。おあいこだよ、おあいこ」

「そういわれてもなぁ……あー、なんか納得できねー! っていうか、澪が狂っちまった時点で私ダメじゃん」

「あ、それは言えてる」

 兎にも角にも、このままでは聡の真意がわからないままだし、ムギ達の挙動も謎のままだ。ここはまず、動いた方が吉。
 まずは街に出かけて3人を探すところから始めよう。見つからなかったら見つからなかったで、帰りに電気屋にでも寄って聡の言いたい事を確認できる。
 どういっても無駄足にはなるまい。さすがりっちゃん、頭がいい!




186:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /15(金) 02:58:36.30 ID:QGcpKGie0
「出かけるの?」

「ああ。帰りに線香か何か買ってきてやるよ」

「いや、多分もういらないよ。あーあ、映画見に行きたかったなぁー」

「何言ってんだよ? 変な奴だな。とにかく留守番頼んだぞ」

「死んだ弟に言う台詞かよそれ! あははは、姉ちゃんらしいな」

「それじゃあいってきます」

「バイバイ、姉ちゃん」

 ……。




188:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /15(金) 03:08:05.13 ID:QGcpKGie0
 ……。

 私は3人を探した。
 街中をどう歩いて、どういう建物の中を探したのかは全く思い出せないのだが、なんとかムギ達を見つけることができた。
 ところが、

「本当よかったわね、澪ちゃん……!」

 3人に加えて、澪までいたのだった。
 なんだよ、リーダーの私がいないとHTTはまともに部活をやらないのか。私が言えた事じゃないが、すこしたるみ過ぎだと思う。
 ここはマックらしい。外を見渡せる2階窓際のテーブル席に4人はいた。
 私はそこからすこし離れた席で4人を見ていた。制服姿の生徒は他にもちらほらと見受けられ、私一人が紛れ込んでいても完全に風景の一部にしか映らない。
 念の為、トレンドマークでもある黄色のカチューシャを外してワックスで髪型を変えているから、そんな簡単には見つからないはずだ。

 あいつら、何を話しているんだろう。
 聞き耳を立てると、なぜかしっかりと会話の内容が理解できた。私はエスパーだったのか!

「ああ、本当によかった……みんなのお陰だよ」

「そんなことないよ。ほとんどムギちゃんのお陰だよ。私とあずにゃんなんか指くわえて見てただけだし、ね?」

「せ、先輩と一緒にしないでください! 私もしっかり犯人の情報集めました」

「そうだっけ?」

「そうです!」

「まあまあ、2人とも。でも、本当によかった……これで聡君も無事に成仏できるわね」




189:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /15(金) 03:13:02.71 ID:QGcpKGie0
 聡の成仏? ムギの奴何言ってるんだろう。
 あいつもテレビを見たのだろうか。一体、テレビで何がやっているのだろう。
 聡はニュースがどうとか言ってた気がするが。
 遠くに4人の姿を見つつ、やきもきしていると私の隣に誰かが腰を下ろした。
 すると、急に隣の席からノイズ交じりの音声が聞こえた。
 見ると、サラリーマン風のおっさんがワンセグテレビを携帯で見ていた。
 ラッキー。
 さり気なく体勢をずらし、おっさんの後ろからテレビを覗き込む。


『……本日4時ごろ、』

 あ、聡の写真だ。
 スーツ姿のニュースキャスターが何か喋っている斜め横に、写真が写っていた。しかも、

「あっ……律っ!?」

 店内に澪の大きな声が響いた。
 その声に私はひどく驚く。そしてそれは向こうの4人も同じだったらしい。




191:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /15(金) 03:23:15.97 ID:QGcpKGie0
「な、なにしてるんだこんなところで? まさか……わ、私に会いたくて会いたくて、それで切なくなって探しに来たのか? あ、あはは」

「んなわけねーだろ。ってかちょっと待て。私がそっちに行くまで一切口閉じてろ、いいな?」

「んー……律が閉じさせて」

「……恥ずかしさで死にそうだ」

 周りの視線を嫌というほど浴びながら早足で窓際に移動した。着席と同時に、殴り心地の良い澪の頭部に拳骨をくれてやり、ポテトを口に放り込んで黙らせた。
 そういえば、澪はこんな変態女だった。危うい。

「場所をわきまえろ、な?」

「りつぅ、会いたかったよぉ」

「ごまかすんじゃねーよ。言えよ、本当のこと」

「えっ」

「えっ?」

 本当のことって何だろう。自然と口をついて出たその自身の言葉に、私が一番困惑した。




194:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /15(金) 03:32:17.37 ID:QGcpKGie0
「何してたんだよお前ら。毎日、放課後何やってたんだよ?」
 
 ああ、そうだ、そうだった。放課後ティータイムをないがしろにしてまでの、何か。
 それを聞きたかったんだ。

「……えっとな、その、」

「犯人を探してたんだよ。ね、澪ちゃん?」

「ゆ、唯……!? お、おまえ」

「本当のこと教えようよ。あのね、りっちゃん」

 私達、ムギちゃんに協力してもらって、放課後、聡君を殺した犯人を探してたんだ。
 唯の口からそんな言葉が出た。私は何も言わず、それを聞いてその言葉の意味を考え始めようとしたのだが、何も考えられなかった。
 覚えているのは澪のとち狂ったような慌てた様子と、それを何とも言えないような表情で見つめているムギと梓。
 そして、ペラペラと何か喋ってる唯。
 私は何も言わずそれを聞いて、やっぱり何も考えられない。




195:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /15(金) 03:40:46.33 ID:QGcpKGie0
 気がつくと、家にいた。

「大丈夫だよ、澪ちゃん」

「な、なにが大丈夫なもんか! もし……もし律が」

「でも聡君が成仏しちゃう以上、いずれバレるよ。それだったらいっそ」

「変な勘ぐりを入れられるより、伝えても心配の無い本当のことだけ伝えてしまえばいい。そいうことなのね?」

「うん」

「でも、でも……!」

 私を除いたHTTメンバーで聡を殺した犯人を探し出し、警察にその情報をリークしたらしい。
 今、テレビではその犯人逮捕のニュースで一杯なのだという。
 聡の言葉の意味がわかった。なるほど、犯人が捕まれば心残りは無くなり成仏するのか。
 私に似て単純な脳味噌の弟はもう既にいない。
 私は家にいる。




198:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /15(金) 03:51:18.54 ID:QGcpKGie0
「私、律の家に行ってくる! あいつが心配だ……」

「ダメよ澪ちゃん。澪ちゃんがそんな状態で行ったらきっと」

「そうだよ澪ちゃん。澪ちゃんは狂ってなくちゃならないんだから。じゃないと」

「今の澪先輩、どうみてもただの澪先輩です。全然しっかりしてるし、それじゃあダメです」

「あっ……そ、そうだよな、あはは……しっかりしないとな」

「逆よ、逆。澪ちゃん」

「あ、そっか。うふふふ、うふふふ……よし、これでよし! それじゃあいってくる」

 梓の言うとおり、澪はしっかりしていた。まさに狂う前の澪。何の心配もいらない澪。
 なんだよ、私もう必要ないじゃん……はっ? 何がだよ。
 よくわからない虚無感と、自分が自分でなくなるような危うい感じが胸の中に広がっていく。両親も良くなったし、聡も無事に成仏した。
 頭がイカれたと思っていた澪は、どうやら狂ってなどいなかったみたいだし。
 なんだ、やっぱり私もう必要ないじゃん。何が必要ないのかわからないし、必要が無いからといってどうなるのかも、よくわからない。
 なんだか澪に会いたくなった。




200:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /15(金) 03:54:51.59 ID:QGcpKGie0
 ……。
 ……。
 ……。

 気付くと、澪が目の前にいた。
 私の部屋だった。

「よっ。どうした、そんなに慌てて」

「律に……キスしたくなったんだ」

「それは奇遇だな。私もだよ」

「えっ?」

 驚きを隠せない澪にそっと唇を寄せた。ギュッと噛み締めていたのか、少し皮がむけて痛々しい。
 私はそれを優しく舌先で舐めてあげた。
 
「もういいよ。そんなおかしなことしなくても。最後くらい、普通の澪と話がしたい」

「な、何言ってんだよ律。……あ、もっとキスしてくれ……全然足りないよぉ……」

「……ぷくく……改めて見ると、おかしいな、やっぱ」

 変なこと言うなよぉ、と澪が声を震わせて言う。見る見るうちに目じりに涙が溜まっていった。
 私はそれを優しく指先で拭ってあげた。




201:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /15(金) 03:58:05.69 ID:QGcpKGie0

「な、なあ、律。私ってやっぱりおかしいだろ? なあ、そうだろう? 狂ってるよな」

 息を切らしながら澪が必死になって、狂っているという言葉を連呼した。途中で息切れを起こし、前かがみになって苦しそうな様子を見せても、

「おかしいよな、私?」

 と続ける。

 だから私は言ってやるのだ。

「狂ってないよ。好きだよ、澪」

「あははは、何言ってるんだよバカりつぅ。ほら、パンツ脱ぐぞ、パンツ。もうここもこんなになって――」

「好きだよ、澪。だからもう、そんなことしなくていいってば」

「な、なんでそんなこと言うんだよぉ……ねえ、セ、セックスしようよ」

 流石に、理解した。

「私、死んでたんだな」




203:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /15(金) 04:03:02.73 ID:QGcpKGie0
 気だるい。
 静寂が私の部屋を支配して、澪の瞳の瞳孔が一気に開いた。
 
「私、死んでたんだな。なーんで気付かなかったんだろう」

「……は、はは。あはは。何言ってるんだよバカりつぅ。今度はお前が狂う番なのか?」

「お前のせいだよな、澪。色々手を回して、よくもまあ」

「何言ってるんだよバカ! お前は死んでなんかいない、死んでなんか……ない」

 思い切り肩を掴まれた。流石はベーシスト、ミシミシと音が出るほど強く肩に痛みが走る。でも、それも痛くないのだから、やっぱり、

「よく思い出せないんだけど、私も聡と一緒にブスリとやられたんだな。さっきニュース見たよ。聡の横に私も写ってた」

「違う! お前は死んでない! 第一、ほら、私も唯もムギも梓も、お前の事が見えてるし、一緒にお喋りだってしただろ?」

「繋がりってすごいな」

「な、なにを言ってんだよ」

「軽音部メンバー以外には見えないんだろ? 人気者のりっちゃん隊員としてはちょっと堪えるなぁ」

「……お前、ホントにおかしいぞ? 今、おばさん達を呼ぶからな。おばさーん! おじさーん!」

 大粒の涙を零して澪が大声を上げた。階段を上る音。
 両親が現れた。私のことも聡のことも見えない両親が。




205:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /15(金) 04:07:06.87 ID:QGcpKGie0
「律がですね、おかしなことを言うんですよ! 律が実は死んでるなんて言ってるんですよ!」

 お母さんもお父さんも信じられないくらいに驚いていた。
 律ったら何言ってるの、澪ちゃんをからかうのもほどほどにしなさい、とお母さん。
 聡のこともあるのだからそういう冗談はやめなさい、とお父さん。
 私は壁際に立って息を殺しているのに、二人はベッドの方を見ながらそう言った。

「もうやめようぜ。なんか切なくなる」

 澪の表情を見て、両親の目に涙が浮かんだ。あまり見ていて気持ちの良いものでもない。
 湿っぽいのは嫌いなのだ、昔から。
 私は部屋を出た。
 聞いた事の無い、両親の叫びにも似た嗚咽を背中に聞きながら、でもやっぱり私はそれを、自分と聡の葬儀で聞いた記憶を思い出す。

 澪が追いかけてきた。




208:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /15(金) 04:10:09.77 ID:QGcpKGie0
 家を出て、道を歩く。
 澪が追いかけてきた。
 聞いてて痛々しいほど、声が震えた音程の整わない澪の声も追いかけてくる。
 私はそれを無視して道を歩く。
 
「どこ行くんだよ! ま、待ってよ!」

「待てない。もうここにいる意味ねーし」

 そう、もう私はここにいられない。というより、いる意味がない。


『……わ、わたし……りつが、律が一緒にいてくれるなら……』


 私が今までここに居た理由は、単純に澪が心配だったからだ。おかしくなった澪、それを私は放っておけなかった。
 でも実際は逆で、澪がおかしい風を装う事で私をここに引き留めていたのだ。どうりで澪がおかしくなった原因がわからないはずだ。
 わからない、といえば、いろんなことが未だにわからない。でも心残りは感じていない。だから、思い出す必要も探る必要も無いのだろう。




209:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /15(金) 04:15:08.44 ID:QGcpKGie0
「おねがいだよぉぉ! いかないで、いかないでくれ律ーっ!!」

「だからそれは無理だってば」

「あやまるから、騙してたこと謝るから、だから――」

「怒ってないよ。好きだよ、澪」

 私にはお前が必要なのだと澪がクシャクシャな顔で言った。

「でもすげーよな、お前。犯人見つけるわ、気狂い演じるわ、両親と口裏合わせるわ。なんかお姉ちゃん的には寂しいな」

 そんなことない、と澪。

「あ、わりーわりー。恋人的には、だったな」

 いつの間にか見覚えのある道に出ていた。花が供えてあるところ見ると、どうやら私はここで死んだらしい。
 帰巣本能っていうの? なんか違うか。

「それじゃあ、澪」

「待って、待って、待って待って待って待って待ってーーーーーーーーー!!!」

「おいおい、本当にキ○ガイみたいじゃないか……それじゃあな」

「あっ……ああぁ……」

「バイバイ澪」




211:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /15(金) 04:18:55.46 ID:QGcpKGie0
 ……。
 ……。
 ……。
 ……。

 土曜日。

 何もやる気がおきない。律はいない。
 気を利かせて軽音部の3人が遊びに来てくれたが、律はいないし、私はやる気がおきない。気だるい。律はいない。何も考えたくない。

「澪ちゃん、澪ちゃんの大好きなケーキ買って来たよ」

 唯。
 こいつがあの時余計な事を言わなければ律は消えなかったのだろうか。
 いや、消えた。唯の言った事には関係なく律は消えたのだ。

「映画でも見に行かない? 私、映画館でポップコーンを食べるのが夢だったの~」

 ムギ。
 そもそも聡と律を殺した犯人を探したのが間違いだったのだろうか。
 聡さえ成仏してしまえば、事件を連想させるものは無くなると踏んだ私の考えが愚かだったのか。
 いや、そういうわけもないか。




212:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /15(金) 04:20:40.43 ID:QGcpKGie0
「げ、元気出してください澪先輩! あ、私、最近、通販で面白いもの買ったんですよ?」

 梓。
 梓がもっと自然に律と接してくれていたら、律は私達を探しに出る事も無かったのではないか。
 律とセックスして全てを忘れさせる事で満足していた。あれ自体が問題だったのか。
 いや、どうでもいい。そんなことじゃない。

「そうだな。ケーキでも食べて映画でも見に行こうか」

 全ては私のせいなのだ。律に甘えた私。律を求めた私。全ては私のせいなのだ。
 でも……それをいつまでもウジウジと後悔していても仕方ない。私は考えを改める事にした。そう、考えを改めることにしたのだ。

「澪ちゃん……?」

「流石に寝巻きじゃ出歩けないから着替えるよ……ちょっと外に出ててもらえるか?」





Fin.




216:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /15(金) 04:23:15.30 ID:0tkjp06l0
激しく乙!!
切ないなー



219:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /15(金) 04:25:53.00 ID:MUu0ZWeAO
乙でした。


本家の最終回よりも心に来た



220:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /15(金) 04:26:01.43 ID:QGcpKGie0
 おしまいです。
 3日かけて書いてしまいましたが、掲示板でSS書くのも凄く久しぶりなので何か新鮮でした。
 てか、やっぱりSS書くのおもしろいな。けいおん自体、原作の味付けが薄いから非常にやりやすい。
 機会があれば、梓が憂をアマゾンでポチる話とか書きたい。
 ここまで読んでくれてありがとう。それじゃあ。




221:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /15(金) 04:26:42.17 ID:3GwwPT04O
おつ
切ないな



227:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2010/10 /15(金) 04:55:41.10 ID:JluorjzUO

そういや澪が律の後追い自殺するのって多いな、そういうの大好物です
この話はあの後澪がどうしたのかは定かではないけど





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けいおん!SS   コメント:3   このエントリーをはてなブックマークに追加
コメント一覧
524. 名前 : 名無し@SS好き◆- 投稿日 : 2010/10/16(土) 03:46 ▼このコメントに返信する
りっちゃん・・・
526. 名前 : 名無し@SS好き◆cRy4jAvc 投稿日 : 2010/10/16(土) 19:03 ▼このコメントに返信する
澪が、律に噛み付かれて血が出たり、蹴られて鼻血噴出したり、ファミレスで水かけられたりするのは周りの無関係の人からはどう見えてたんだろうか?
幽霊の設定がファンタジーすぎて、しかもそれに頼りすぎな気がしないでもないな
9611. 名前 : 名無し@SS好き◆- 投稿日 : 2011/07/21(木) 01:12 ▼このコメントに返信する
この律はたぶん澪の別人格なんじゃないか? もしくは澪がイタコになったとか
で全部澪の一人芝居。周囲からは狂人が絶叫したり自傷したり自慰してるように見えると
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