1:
◆ivbWs9E0to 2020/12/18(金) 21:18:11.06
ID:dICjsRIu0
アイドルマスターミリオンライブ!のSSです。
地の文が沢山ありますので予めご了承ください。
かなしほは冬が似合うと思いました。
2:
◆ivbWs9E0to 2020/12/18(金) 21:19:39.44
ID:dICjsRIu0
電車の中は暖かい。
地下への階段を降りていくほどに、冷たくて痛い外の空気から暖かくて柔らかい空気に変わっていく。いつもより人の少ない座席に座ると、お尻からじんわり暖められていって、ついウトウトしてしまう。
というのは普段の私で、今の私の目は冴え渡っていた。なぜなら起きたばかりだから。
それでも気持ち良いものは気持ち良い。冷えた空気に引き締まっていた頬が図らずも緩む。
座席の縁に掌を這わせて暖をとっていると、抱えていたリュックがブルリと小さく一度だけ振動した。
『可奈、起きてる?』
『起きてるよ~。電車乗ってる!』
『何時に着く?』
『六時ちょうどに駅に着くかな〜』
『改札のところにいるから』
お母さんとやり取りしてるみたい。緩み切ったはずの頬が更にもう一段柔らかくなる。いつものように音楽を再生しようとスマートフォンに指を滑らせていると、『Home, Sweet Friendship』の文字が目に入ったので今日はここから再生することにした。
少し前なら歌い出さないように口をギュッと結んでいたけれど、今はマスクをしているので少しなら口を動かしてもへっちゃら。左右の人の邪魔にならない程度に頭でリズムを取っていると、あっという間に目的の駅に到着した。
3:
◆ivbWs9E0to 2020/12/18(金) 21:20:49.10
ID:dICjsRIu0
「ひゃっ」
電車を降りてホームの階段の前に向かうと、びゅうと冷たい風が吹き下ろしてきた。普段は人でぎゅうぎゅうだから気付かなかったけど、外から内へ力強く流れる風に、否が応でも外の寒さを思い知らされる。
フェルト生地のコートの裾を掴むと少しだけ暖かくなったような錯覚を覚える。人も疎らな階段を、いつもより縮こまって進んでいった。階段を登りきる頃には太もものあたりからじんわり暖かくなって、風の流れは感じなくなっていた。
人の流れに沿って歩くと、やがて改札に収束していく。その更に先を見ると、流れに乗らずに静止している点がひとつ。志保ちゃんだ。
真っ直ぐにそちらに向かって行き、改札にパスケースを軽やかにタッチすると、赤い警告と共に改札がバタッと音を上げた。
すみません、と後ろの人に謝ってからもう一度、今度は軽やかにではなくしっかりと押し当てると、何事も無かったかのようにピピッと改札が囀る。
顔を上げると、スマホから目を上げた志保ちゃんと目が合った。
「なにやってるのよ」
「えへへ……。おはよう志保ちゃん」
4:
◆ivbWs9E0to 2020/12/18(金) 21:21:28.59
ID:dICjsRIu0
マスクと眼鏡で表情はよく見えないけど、呆れたような優しい表情が声色から想像できた。
ロングコートで柱を背に真っ直ぐ立っている志保ちゃんはそれだけで絵になる。なんでか私が嬉しくなってしまう。曇った眼鏡で表情が見えず、ちょっと怪しい人にも見えなくもないけど。
どこか違和感を覚えてよく見てみると、周りを歩く人よりも志保ちゃんの眼鏡はより一層曇っているようだった。
「ごめんね、待たせちゃった?」
「偶々タイミングが良かっただけだから」
「そっか。ありがとう」
何を言うでもなく志保ちゃんが歩き出したので、慌てて私も横に並ぶ。集合場所は分かっていたけれど、駅からどちらに向かえば良いかは分からなかった。こういう時は着いたら調べればいいやと思ってしまう。けど、志保ちゃんが向かうならその方向で合っているのだろう。
「ちゃんと自分で調べて来なさいよ」
その魂胆が態度に出てしまっていたようだ。いつものように笑って誤魔化したまま、歩みを進めた。
5:
◆ivbWs9E0to 2020/12/18(金) 21:22:12.30
ID:dICjsRIu0
「ひゃあっ、寒い~!」
改札でも寒いと思っていたのに、外に出るともう一段跳びで冷たい風が身体を突き抜けた。
「手袋くらい持ってくれば良いのに」
スマホをポーチにしまった志保ちゃんはいつの間にか手袋を着けている。ピッタリとした黒い手袋だけど、生地が厚くて暖かそうだ。
だって昨日はこんなに寒く無かったんだもん、と答えようとしたけど、そういえば昨日はこんなに早い時間に外に出てはいない。代わりに震えながら唸って応答する。
お日様が顔を出す前に外を歩くなんていつぶりだろう。暗いだけでなく、独特の青さを見せる街並みと、朝なのに点いている街灯が不思議な世界に迷い込んだような想像を駆り立てる。空の際は薄らと黄色が顔を出しており、深い深い紺色の空との境目に緑色のグラデーションがかかる。澄んだ一様な空模様も併せて、透明なキャンディみたい。
6:
◆ivbWs9E0to 2020/12/18(金) 21:23:10.12
ID:dICjsRIu0
「早朝のロケなんて珍しいから、可奈が寝坊しないか心配して……なに、その顔」
そんないつもと違う世界を、志保ちゃんと共有していることが、なんだかとても嬉しかった。流石の志保ちゃんでもこの気持ちまでは読み取れなかったみたいで、なんだか可笑しくなってしまう。
「ねぇほら。空がすっごく綺麗だよ志保ちゃん」
不思議そうな顔で私を見た後、くいと目線をあげた志保ちゃんのマスクから、ほうっと白い息が漏れた。
「ね? 綺麗でしょ?」
「そうね。綺麗」
そう思うんならもうちょっと、と思ったけど私が顔を見ていることに気付かないくらい瞳が真っ直ぐだったので、その瞳に免じて許してあげることにした。
「なんだか、異世界に迷い込んだみたいじゃない?」
「なにそれ、百合子さんの影響?」
そうかも。と答えると志保ちゃんはふふっ、と柔らかく笑った。志保ちゃんは結構よく笑う。それが表に出ることが少ないだけ。
7:
◆ivbWs9E0to 2020/12/18(金) 21:26:49.86
ID:dICjsRIu0
そんな話をしているうちに、黄色かった空の際は赤みを増してオレンジが刺してくる。本当にこの後、いつもの青空になるのかな。もしかして、志保ちゃんとこの世界に閉じ込められちゃうのかも。
「あ、コンビニ寄って良い?」
「良いけど。可奈、朝ごはんは?」
「食べたけど~♪ 早かったからきっと終わる頃にはお腹ぺこぺこ~♪」
「お昼ご飯前には終わるんだから我慢しなさい」
「あ~れ~、身体が吸い込まれていく~!」
「はぁ……」
コンビニのガラス扉を開くと、人工的な暖かさが広がっていた。コンビニって冬は暖かくて夏は涼しくて、どの季節でも変わらずにいてくれてどこか安心出来る。
それだけでなく、季節によって色んな魅力も持ち合わせていて。
「あっ、おでん!」
「食べる頃には冷めてるでしょ」
「着いたらすぐ食べれば良いんだもん~♪」
「さっきと言ってること違うじゃない……」
結局志保ちゃんは何も買わずに、ただ私の後ろについて来てくれた。私が好きなはんぺんと、志保ちゃんが好きそうな大根を買って、汁を多めにしてもらう。
8:
◆ivbWs9E0to 2020/12/18(金) 21:27:55.90
ID:dICjsRIu0
コンビニを出ると、さっきまで濃紺だった空が白く明るい色に変わっていた。きっと「空色」なんだろうけど、さっきまでの空と比べると私には「白色」に見えた。
風はぴたりと止んでいて、駅を出た時のような刺すような寒さは感じない。
なんでか分からないけど、私は寂しさを感じてしまった。
「可奈、どうしたの?」
「朝、無くなっちゃったなぁって」
「……? まだ朝でしょう?」
そうだけど、そうじゃないの。構わず歩き出した志保ちゃんに遅れないように着いて行く。おでんの容器の暖かさからかから、袋に添えた指はまるで昼間みたいにぽっかぽか。そう思うと、今度はさっきまでの指先が悴む感覚が名残惜しくなってしまって。
「志保ちゃん、手袋とおでんと交換しよ?」
「嫌」
「おでんあったかいよ?」
じゃあ良いじゃない。と言って志保ちゃんは目線を私から切ってしまった。話はこれで終わりという合図。私は腹いせにその身を買われたおでんを睨みつけて「うぅ~」と威嚇した。志保ちゃんはまた不思議そうな顔をしていた。
9:
◆ivbWs9E0to 2020/12/18(金) 21:29:42.27
ID:dICjsRIu0
早朝ロケの、というよりは簡単な中継だけど、現場の公園に着くとプロデューサーさんやスタッフさんが談笑していた。力の抜け具合を見るに、もう段取りの確認は済んでいるみたい。
おはようございますと挨拶する頃には空は青色。さっきの灰色がかった空色ではなく、鮮やかで爽やかな青色。その中にはいつもの私と志保ちゃんと、他の皆さん。
「お、おでんか。まだ大丈夫だからパパッと食べちゃって良いぞ」
はーい、と返事をすると、手持ち無沙汰そうなメイクさんが志保ちゃんに目をつけて連れて行ってしまった。
おでんの容器をパカっと開けると、湯気と共に出汁の良い香り。
でもさっきの不思議な空間には匂いなんて無かった。朝特有の、ピンと張り詰めた澄んだ匂い。どんな匂いだったかなぁ。すべてを塗り替えてしまうおでんを恨めしく思う。
わっしわっしと勢いよくはんぺんを食べていると、そんなに慌てなくて良いぞと声をかけられる。これは八つ当たりですよーだ。
10:
◆ivbWs9E0to 2020/12/18(金) 21:31:40.52
ID:dICjsRIu0
「あ、プロデューサーさんは何時ごろ来たんですか?」
「カメラさんと少し話したかったから、5時半には」
「それなら」
空は綺麗でしたか。と聞こうとして、何故だか口が動かなかった。そして気付いてしまった。誰にも言わずに、ポケットの中にひとつだけ飴玉を隠して持ち歩いているような、ちょっとした反発心。
あの空は、私と志保ちゃんだけの秘密。
「何でもないで~す♪」
「変な可奈だなぁ」
「今日は朝からそんな感じなんですよ」
簡単なメイクを終えた志保ちゃんが戻ってきた。メイクさんが私の後ろでスタンバイしている。
メイクさんにもプロデューサーさんにも聞こえないように、志保ちゃんの耳元に手と口を寄せて、こしょこしょと。
「志保ちゃん、大根食べる?」
「じゃあ一口だけ……、なんでそんなことコッソリ聞くのよ」
「えへへ、みんなには秘密だからね♪」
「なにそれ。バレバレじゃない」
また志保ちゃんがふふっと笑った。
きっとまた、二人で。
おわり
11:
◆ivbWs9E0to 2020/12/18(金) 21:38:49.99
ID:dICjsRIu0
終わりました。
最近ずっと寒かったので、かなしほが見えていました。幸せでした。
HTML依頼出してきます。
13:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2020/12/19(土) 02:50:40.38 ID:khyobHhDO
乙
大根ほほばる志保の前でにらめっこしたい
元スレ
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1608293890/
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