1:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2020/02/18(火) 23:24:38.80
ID:5ksJ/A01O
「読者は私がたくさんの冒険をしたとお思いだろう。何より偉大で輝かしい冒険がこれから私を待っています」ーーアーサー・コナン・ドイルーー
2:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2020/02/18(火) 23:27:10.69
ID:5ksJ/A01O
黒の組織との決着がつき、私は自身が開発したAPTX4869の解毒薬によって宮野志穂へと戻ることが出来た。無論、彼も本来の姿に戻った。
「宮野、そこの資料を取ってくれ」
「そこのって、どれよ?」
資料を取るように頼まれたが、乱雑に散らかる机の上て目当ての物を見つけることは困難だ。
残念ながら私はそこまで推理が得意ではない。
「あ、わりぃ。手元にあったわ」
「バカね。灯台下暗しとはよく言ったものよ」
資料は彼の目の前で発見されたらしく私が皮肉を言うと、彼は資料を読みながらこう返した。
「灯台はたしかに遠くまで光を届けて明るく照らすけど、真実までを見通すことは出来ない」
まるでうわごとのようにそう呟く彼が、正しくその意味を理解しているのか判断がつかない。
ただひとつ言えるのは、熱心に資料を読み耽るこの歳若い青年は、そんじょそこらの灯台よりもよっぽど光量があり、真実を照らし出す能力を備えた、名探偵だと言うことだけだ。
「よーし、だいたいわかったぞ……あ、もしもし、目暮警部。犯人の目星がつきましたので、最優先でそちらを当たってみてください」
今日もまた、彼は迷宮入りの事件を解決した。
3:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2020/02/18(火) 23:31:31.04
ID:5ksJ/A01O
「所長、遅いわね」
「どうせ競馬か競艇だろ」
難事件を解決して、ひと息つく。暫しの休憩。
茶葉で淹れた紅茶を差し出しつつ、この頃ちっとも仕事をしているところを見ない、この探偵事務所の所長の動向を気にすると、彼は特に気にしていない風にして、紅茶を啜った。
「あっち」
「ふーふーしてあげましょうか?」
意外と猫舌な彼を揶揄うと、ジト目でこちらを睨み、ずいっとカップを差し出してきた。
「なによ」
「冷ましてくれるんだろ?」
「はいはい、お望みのままに」
素直に受け取ってふーふー紅茶を冷ましてあげると、彼はバツの悪そうな顔をして、まだ口をつけていない私のカップを掻っさらう。
「んな紅茶、飲めっかよ」
「あら、残念。せっかく冷ましてあげたのに」
「ケッ。ただの嫌がらせだろうが」
一見すると険悪な雰囲気に思われるかも知れないが、これが彼と私の平常であり、日常だ。
目暮警部から依頼された難事件を名探偵が解き、私は彼の助手としてサポートをしている。
「蘭、今頃どうしてっかな」
熱い紅茶をちびちび飲みながら、彼は窓の外に目をやって、ぼんやりと恋人のことを想う。
それもいつものことで、いつも私は切なくなる。
4:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2020/02/18(火) 23:33:04.64
ID:5ksJ/A01O
「連絡してみたら?」
「いや、大学の講義中だろうからやめとく」
彼の幼馴染みであり恋人でもある毛利蘭は、地元を離れて、遠くの大学に進学した。
彼女曰く、散々人のことをほったらかしにした罰であるらしく、身を以て寂しさを知れとのことで、戻って早々に距離を置かれたらしい。
「はあ……ずっと傍に居たんだけどな……」
たしかに彼は、ずっと彼女の傍にいた。
小 学生の姿で、江戸川コナンと名乗り。
陰ながら、毛利蘭のことを守っていた。
「あなたも進学すれば良かったじゃない」
「バーロー。今更、受験勉強が間に合うかよ」
たしかに休学のブランクは大きい。
明晰な彼の頭脳には推理に必要な様々な知識が詰め込まれているがそれは大学入試において必ずしも役に立つとは言えない。宝の持ち腐れ。
シャーロック・ホームズシリーズを執筆した、アーサー・コナン・ドイルでさえ、大学時代の成績は並みであり、主席ではなかったのだ。
「灰原こそ大学に進学しなくて良かったのか」
「宮野」
「ああ、わりぃ。つい、癖でな」
彼と同じく、私もよう児化していた。
その時に名乗っていた偽名は、灰原哀。
黒の組織から追われていた私を匿った際に阿笠博士が名付けたその偽名の由来は、ホームズと同じく架空の探偵であるコーデリア・グレイとV・I・ウォーショースキーから組み合わされたものであるとのことだ。
彼はたまに、こうしてその時の名前で呼ぶ。
5:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2020/02/18(火) 23:35:33.25
ID:5ksJ/A01O
「で、どうして大学に進学しなかったんだ?」
「もう研究室はこりごりだから、いいのよ」
うんざりした口調でそう説明すると、彼なりに気を遣ったらしく、それ以上追求しなかった。
私の研究は、沢山の人の命を奪った。
自らも服用したAPTX4869を生み出した責任。
よもや毒薬として使用されるとは思わなかったとは言え、知らぬ存ぜぬでは通らないだろう。
「まあ、お前のおかげで元に戻れたわけだし、そう気負うなよ。良薬は時として毒になる」
たしかに、解毒薬を開発したのも私だ。
けれど、あの薬はもともと良薬ですらない。
若返り。不老不死。そんなくだらない目的の為に、好奇心によって作り出した死の劇薬。
あの薬に唯一、意味があったとすればそれは。
「……あなたと出会えた」
「ん? なんか言ったか?」
知れず独りごちると彼の耳に入ってしまった。
さて、どうしたものか。私は思案する。
この頑迷な迷探偵にこの想いを伝えるべきか。
本当に小粒な種から、こんな途方もない気持ちへと成長した、彼に対する秘めた恋慕を。
「……なんでもないわ」
「なんだよ、変なヤツ」
こんなにも頬が上気した私の胸中も見抜けない鈍感な彼こそ、よほど変な名探偵だと思った。
6:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2020/02/18(火) 23:37:51.61
ID:5ksJ/A01O
「ところで、工藤君」
「なんだ、新しい事件か?」
「事件というほどのことではないけど」
このまま私だけが照れているのはあまりに損だと思って話題を打ち切ると謎に飢えた彼が物欲しそうに事件をねだるので、提供してあげた。
「今朝方、毛利所長に口酸っぱく、朝の10時から昼の2時過ぎまではこの事務所から出るなと言われたのだけど、どうしてなのかしら?」
「おっちゃんがそんなことを?」
「ええ、工藤君にも伝えるようにと」
別にわざわざ伝える必要はなかった。
彼は基本、この毛利探偵事務所に篭りがちだ。
安楽椅子探偵の如く、難事件を解決している。
しかし、奇妙と言えば奇妙なのもまた事実。
故に尋ねると、名探偵はにやりと口角をあげ。
「まるで、赤毛同盟みたいだな」
言われて気づく。はっとする。
たしかに、シャーロック・ホームズの冒険に収録されている短編小説、赤毛同盟と似ている。
というか、指定時刻がまったく同じだ。
「あの短編小説と何か関係があるのかしら?」
「いや、おっちゃんのことだから読んですらいねーだろ。あの人は江戸川乱歩派だからな」
そう切って捨てるも、彼は何やら考えて、やはり口元はにやりと笑んだまま。少々不気味だ。
7:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2020/02/18(火) 23:40:23.48
ID:5ksJ/A01O
「コナンが居なくなった今となっては眠りの小五郎の異名も地に落ちたが、こうして工藤新一が新米名探偵として活躍している現状、探偵事務所の稼ぎは充分だから、わざわざ銀行に穴を掘って盗みに入る必要もない……と、すると」
「勿体ぶってないで早く結論を言いなさいよ」
焦れた私が急かすと、彼は意地悪そうに含み笑いを浮かべて、そんな陰険な仕草にときめく。
「ん? なんだよ、宮野。顔、赤くねーか?」
「あ、あなたが焦らすからでしょ!?」
近頃、私はおかしい。
かつてのポーカーフェイスは失われた。
彼に焦らされるとドキドキして落ち着かない。
「お前、案外可愛いとこあるよな」
「か、かわっ……!?」
思わず耳を疑う。
工藤君が、私を可愛いって。
録音しておかなかったことが悔やまれる。
「いくつかヒントをやろう」
「またそうやって焦らして……」
「焦らされるのが好きなんだろ?」
「……ばか」
どうなんだろう。自分の気持ちがわからない。
私は彼に焦らされて、喜んでいるのだろうか。
ともあれ、即座に否定出来ない時点で負けだ。
8:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2020/02/18(火) 23:43:24.96
ID:5ksJ/A01O
「それで、ヒントって、何よ?」
「ヒントは時間。10時から14時の間。4時間」
私は名探偵ではない。
頭は切れる自信はあるが、推理は苦手だ。
だから、連想した平凡な答えを口にする。
「……お昼時ね」
「ビンゴ」
以外にも正解だったようだ。ちょっと嬉しい。
「でも、それがどうしたの?」
「きっとおっちゃんは、その時間、どっかで美味いもんでも食ってるんだろうよ」
「なによそれ」
それが真実ならば、肩透かしもいいところだ。
あまりにも普通過ぎて、カタルシスがない。
そんな私の落胆ぶりを見て、彼は不敵に笑い。
「ここから別居中の奥さんのところまで片道約1時間。往復2時間だとすれば、謎は全て解ける」
「あ、なるほど……たしかにそうね」
「ま、おっちゃんにしては上出来じゃねーの」
まさか、奥さんとのランチタイムとは。
たしかに、それならば人目を避けるのも納得。
思わぬ真実に、私はカタルシスを得た。
9:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2020/02/18(火) 23:45:37.16
ID:5ksJ/A01O
「所長、よりを戻せるかしら?」
「さあな。まあ、蘭が大学を卒業する頃には、歳が離れた弟が妹が居てもおかしくはねーな」
謎を解き終えた名探偵は、そんな無責任な明るい未来を灯台のように照らして笑っている。
そんな彼に、私はまたときめくのを自覚した。
「さて、仕事すっか」
「てっきりあなたは様子を見に行くものとばかり思っていたけど、見に行かないの?」
「事務所から出るなってのが所長命令なんだろ? ならその指示には従わないとな」
彼は意外にも真面目に働いている。
コナン時代の彼を思えば、事務所から飛び出して自らの足を運んで事件を解き明かしていくイメージがあったが、こうして安楽椅子探偵として無駄な時間をかけずに仕事をこなしている。
「あなたなりの恩返しってわけ?」
「……別に、そんなんじゃねーよ」
山積みされた事件資料を読みつつ、つれない返事をする彼は存外義理深い人間のようだ。
コナンとなった自分を居候として迎え入れてくれた毛利小五郎への感謝の念が伝わってくる。
だからこそ、高校生探偵として名を馳せていた彼は、わざわざこの小さな探偵事務所へと就職し、眠れなくなった毛利探偵に尽くしている。
「宮野、そこの資料を取ってくれ」
「だから、そこのってどれのことよ」
私も助手として、そんな彼に尽くそうと思う。
10:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2020/02/18(火) 23:47:29.20
ID:5ksJ/A01O
ジリリリリリリリリリリンッ!
「宮野、電話だぞ」
「はいはい」
しばらくして、一件の電話がかかってきた。
かけて来たのは毛利所長で、切迫している。
まさか奥さんが事件に巻き込まれたのだろうかと危惧していると工藤君に代われと言われた。
「工藤君、所長から」
「おっちゃんが? なんの用だって?」
「さあ……とても焦ってるみたいだけど」
「また何か厄介ごとか? たく、仕方ねーな」
うんざりしつつも、工藤君は電話を代わった。
「はい、お電話代わりました、工藤です。え? 下着を? なんで? 漏らした? なんで?」
応対する工藤君の言葉の中に気になる単語が。
下着。漏らした。それだけで推理が成り立つ。
推理が苦手な私にも、すぐに導き出せた答え。
「はあ……わかりました。すぐに行きます」
疲れたように受話器を置く彼に、私は尋ねる。
「所長、どうかしたの?」
「なんか久しぶりに会った奥さんにびびってう○こを漏らしちまったみたいでよ。代えの下着を届けてくれとさ。まったく何やってんだか」
「フハッ!」
予想通りの展開に思わず愉悦を漏らすと、工藤君がいつになく厳しい顔で、私を嗜めた。
「宮野、嗤ったら被害者が気の毒だろ」
「ご、ごめんなさい」
「オレもおっちゃんの気持ちはわかる。新一に戻って帰ってきた時、蘭にこっ酷く叱られて、クソを漏らしちまったからな。クソったれ同盟だ」
「フハッ!」
ごめん、工藤君。それはいくらなんでも嗤う。
11:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2020/02/18(火) 23:50:13.96
ID:5ksJ/A01O
「フハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
私は嗤う。盛大に、高らかに。
愉悦という名の哄笑を、事務所に響かせた。
イギリス人のクォーターである私は、母譲りの赤みがかった茶髪を振り乱して、笑い転げた。
ミステリ女王、フハリー・クイーンとなって。
「お前……いくらなんでも嗤いすぎだろ」
「ご、ごめんなさい……つい」
ひとしきり嗤ったあとで工藤君に白い目で見られていることに気づき、自らのはしたない醜態を恥入り謝罪すると彼はぶっきら棒な口調で。
「ま、いーんじゃねーの?」
「えっ?」
「昔っから灰原は……いや、宮野はさ、仏頂面よりも笑った顔のほうが可愛いんだからよ」
などと褒められて、私は困りつつも確認する。
「く、工藤君はこんな私を嫌いにならない?」
「バーロー」
優しく頭に手を乗せて、彼は太鼓判を押す。
「馬鹿なこと言ってねーで、さっさとおっちゃんのタンスからパンツ持ってこいよ」
それは絶対、工藤君の仕事だと思うけれど。
私は嫌な顔ひとつせずに、はい、と頷いた。
だって私はこの素敵な名探偵の助手だから。
【クソったれ同盟】
FIN
元スレ
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1582035878/
- 関連記事
-
Amazonの新着おすすめ
おすすめサイトの最新記事