1:
◆UsP5AJMNcJwk 2018/09/26(水)21:40:54
ID:NBA
冴島清美誕生日おめでとう。
2:
◆UsP5AJMNcJwk 2018/09/26(水)21:41:45
ID:NBA
「プロデューサー、違反行為です」
事務所の一室で、凛々しい声が響いた。
パソコンで書類作成をしていた俺は、きりのいいところまで入力してから、ゆっくりと振り返る。
「一体どうしたんだ、きよ、み……?」
振り返ると、目の前には赤。
それは、レッドカードだった。サッカー等で使われる、反則や違反行為の象徴。どうやら折り紙とダンボールで作られたものらしい。
3:
◆UsP5AJMNcJwk 2018/09/26(水)21:42:19
ID:NBA
眼の前の彼女、冴島清美は、俺にお手製のレッドカードを突きつけていたのだ。それはもう、何か競技の審判のように。
「えっと、どうした」
取り敢えず聞いてみても、清美はじっと俺を見たままである。スカートを手で握りしめて、何か感情を堪えてる様子だ。もしかして、何か相当怒らせるようなことをしたのだろうか。それこそ違反行為をしたと言われているのだから、よっぽどのことをしでかしたのかもしれない。
沈黙。居心地の悪さに身じろぎすると、座っていた椅子が音を立てた。
4:
◆UsP5AJMNcJwk 2018/09/26(水)21:43:08
ID:NBA
「……自分の胸に手を当てて考えてみてください」
そして数秒、清美はレッドカードを胸ポケットにしまう。言い方からして、やっぱり怒っているらしい。
「えっと、何だろうな。悪いんだけど今回ばかりは心当たりが全く……」
自慢じゃないが(本当に自慢にならないのだが)俺は清美に何度も色々なことを注意されている。
それは礼儀作法の話だったり、道徳的な話だったり多岐にわたるが、基本的には清美は俺の悪いところを
指摘するという形で注意していたはずだ。
5:
◆UsP5AJMNcJwk 2018/09/26(水)21:45:34
ID:NBA
それが今回は「自分で考えてみろ」とのことである。
ううむ、本当に心当たりが無いので、困ってしまった。俺がしばらく考えていると、清美はその様子を見て
「……アイドルとの関わり方の話です」
と、諦めたように呟いた。
アイドルとの関わり方。それが何を意味するのかは分からないが、色々な解釈ができそうだった。
6:
◆UsP5AJMNcJwk 2018/09/26(水)21:46:27
ID:NBA
「俺、気づかないうちにセクハラとかパワハラとかしてた?」
「違います」
即答だった。違うのか。
「じゃあ、馴れ馴れしかったか?」
「いえ、特には」
これも即答。一体どうしたことか。
「えっと、実は裏で嫌われてたりする?」
「逆ですよ」
清美は少しだけムッとした顔で俺を真正面から見る。
眼鏡の奥にある瞳は鋭い。察しが悪い俺を怒っているらしかった。
7:
◆UsP5AJMNcJwk 2018/09/26(水)21:48:08
ID:NBA
まぁ、自分の感覚からすれば、担当アイドルとは良い関係性を築けていると思っているから、完全に本気で言ったわけではないのだが。
逆。この言葉が意味するところを推測すると答えは出そうだ。嫌われている逆が問題だとすれば、仲が良すぎるということではないか。つまり、清美は俺とアイドルの距離の近さを注意しようとしているのだろう。
「何となく、わかった気がするぞ。清美の言いたいことが」
「そ、そうですか。自分でも流石に分かりづらいと思ったんですが」
清美は心なしか安堵した表情を見せる。確かにスキャンダルなどが多く、ネット等で拡散もされやすい昨今、
プロデューサーの俺があまりアイドルとベタベタしてるのは良くないかもしれないな。
8:
◆UsP5AJMNcJwk 2018/09/26(水)21:49:26
ID:NBA
「ほら、最近、ドラマのお仕事の方で忙しかったじゃないですか。だからプロデューサーとあまり会えなくて、その……」
「あぁ、そういうことか」
きっと事務所内でも風紀を守る立場を自負している清美は、しばらく自分が風紀委員としての活動を出来なかったことを気にしているのだろう。
「そういうことか、って、今日のプロデューサーはちょっと察しが良すぎるような……?」
「でも大丈夫だぞ。お前が居ないからって風紀を乱すことは何もなかったはずだ」
俺が自信満々な顔をすると、清美は眉間にシワを寄せた。何故。
9:
◆UsP5AJMNcJwk 2018/09/26(水)21:50:13
ID:NBA
「全く。なんの話だと思ってたんですか」
「い、いや、忙しい間、事務所の風紀を気にしてたんじゃないかなぁって……」
また説教モードに戻ってしまった。どうやら俺の予想は大外れだったらしい。
清美はいつものように腕組みして、座っている俺の前で仁王立ちのような体勢になった。さっきより怒っている。しまったな、これは。
「というか、さっき聞き捨てならない発言がありましたね」
「え? なんかおかしなこと言ったか?」
「私が居ない間、風紀を乱すことはなかった、と、そう言いましたね?」
「えっと、はい。言いましたけど」
あまりの威圧感に思わず敬語になってしまう。小 学生の頃、先生によく叱られていたのを思い出した。
10:
◆UsP5AJMNcJwk 2018/09/26(水)21:51:45
ID:NBA
「全く」
清美は制服のスカートからタブレット端末を取り出した。何か操作したかと思えば、そのスピーカーを俺の方向に向ける。
「これはどう説明しますか?」
清美が最後にもう一度だけ画面をタッチすると、聞き慣れた声が流れた。
『プロデューサーと初めて二人きりで飲みに行ったんですよ。とっても楽しかったです。バレるといけないからって個室の居酒屋で飲んだんですけど……あれ、清美ちゃんどうして録音してるんですか?』
それは楓さんの声だった。「他のアイドルには秘密ですよ」って言ったのに。これがもし多くの人にバレてるとすれば、大人組の殆どに捕まることが確定だ。
11:
◆UsP5AJMNcJwk 2018/09/26(水)21:52:34
ID:NBA
しかし、これを風紀を乱す行為と捉えるのはどうだろう。特にいかがわしい行為はしていないし、まぁ確かに端から見ればスキャンダルに仕立て上げることもできるかもしれないが、そんな意図はさらさらない。
「いや、これは……」
俺が説明、というか言い訳をしようとすると、清美は無言で更に操作をした。
『ライブが終わったあと、きらりとってもハピハピしちゃって、Pちゃんを抱きしめちゃったにぃ! そしたらPちゃんも「よくやったなきらり」って抱きしめ返してくれて、とっても嬉しくて、きらりもうすっごくハピハピだったよぉ』
12:
◆UsP5AJMNcJwk 2018/09/26(水)21:53:27
ID:NBA
この話だけ聞くと、俺は完全に黒だった。
いや、違うんだよ。これはきらりのキャラをまず理解してほしいというか。大きなライブだったから俺もテンション上がっててね? 成功した瞬間アドレナリンが凄かったんですよ。だからつい、ね?
俺が何か言おうとするのを無視し、清美は黙り込んで操作を続ける。もう俺に反論させる隙も与えないつもりらしい。一体次は何を言われることやら。心当たりがないとさっきは思っていたが、そう考えると客観的に見ればやばいことしてたかもな俺。
『仁奈がお仕事頑張ったらプロデューサーがすげー褒めてくれたでごぜーますよ! 頭を撫でるのもっとやって欲しいでごぜーます!』
頭を撫でるのはやり過ぎだっただろうか。でも仁奈が頑張ってるとどうしても褒めたくなるっていうか……うーむ。
13:
◆UsP5AJMNcJwk 2018/09/26(水)21:54:04
ID:NBA
「さて、プロデューサー、これを聞いて、何をすべきだと思いますか?」
改めて清美に問われる。その声色は真剣そのものだった。うん。でも冷静に見れば、ちょっと清美が心配するのも仕方ないかもしれない。まぁ直ちに問題になるって程じゃないと思うが、こういう積み重ねが油断や誤解を生むのかもしれないし。
「いや、本当に今後は気をつけるよ。まぁ距離を置くって訳じゃないけど、TPOを考えるっていうかさ。色々気をつけてみるよ。本当にわざわざ指摘させちゃってごめんな」
本気で申し訳ないと思ったので、素直に頭を下げる。清美は注意はするものの、謝れば大体許してくれる。何というか、ロックとか水着とかの仕事を頼んでみて分かったけど、清美は思った以上に融通がきくのだ。
14:
◆UsP5AJMNcJwk 2018/09/26(水)21:54:58
ID:NBA
俺の謝罪にどう反応するのかと顔をあげると、清美はきょとんとした顔をしていた。
「あれ?」
予想外の反応に、混乱する。どう考えてもアイドルと距離が近いことを指摘していたのだと思っていたのだが、そうじゃないのか? でもそういえば、俺が「風紀を乱してない」と言うと「何の話をしているんですか」と言っていたな。そうなると結局、清美は俺に何が言いたいのだろう。
清美は困惑する俺を見て、溜息をついた。そして小さく苦笑する。
「すいません。私が回りくどかったですね。こういうのは不慣れで」
結局まだその言葉の意味はわからない。その真意を考えていると、清美は俺に背を向ける。
15:
◆UsP5AJMNcJwk 2018/09/26(水)21:55:40
ID:NBA
「……ところで、プロデューサー」
その声は少し震えていた。よく見ると耳が少しだけ赤い。
「私のドラマ、どうでした?」
「えっと、それは、良かったけど……」
そこまで言って、俺はようやく全てに気がついた。何を言うべきか迷っていると、清美は俺の様子を後ろ向きでちらと伺う。
「別に私は、別にプロデューサーとアイドルが仲良しなのを否定しているわけでは、無いんです。ただ、あえてプロデューサーが風紀を乱している点を挙げるとすれば……」
清美はそこまで言って、少し躊躇うような仕草を見せた後、軽く息を吸って、吐いて。それから、話を続けた。
「私は、アイドルの扱いが平等でないということは風紀を乱すのではないかと思うんですが、その……。ぷ、プロデューサーは、今私に何をすべきだと思いますか?」
言いながら清美はまたすっかり後ろを向いてしまって、その表情は分からない。ただ、その背中から緊張が伝わってくるのみだ。
16:
◆UsP5AJMNcJwk 2018/09/26(水)21:56:27
ID:NBA
「清美」
俺が名前を呼んでも、清美は振り返らない。
立ち上がり清美の手をとる。驚いた様子で振り返り、ようやく清美はその真っ赤な顔を俺に見せてくれた。
「ドラマ、頑張ったな」
俺は掴んだ清美の手を引っ張り、きらりにやったように、優しく抱きしめた。
「ちょ、ちょっと待ってください。確かに、ちょっと褒めてほしいなぁとは思いましたけど、ここまでやれなんて言ってません! きらりさんの件は一例というか、きらりさんだからギリギリセーフというか」
清美は相当慌てているようだったが、振りほどくことはしなかった。むしろ、俺のスーツをくしゃりとするまで掴んでいる。
17:
◆UsP5AJMNcJwk 2018/09/26(水)21:57:30
ID:NBA
「ごめんな、きらりのライブとか大きな仕事が続いてたから、そっちをあんまり見に行けなくて」
俺は続けて、仁奈にしたように清美の頭を撫でた。
「うぅ……風紀委員の名が泣いてます」
恨めしそうに俺を見上げる清美。泣くのは名だけでは無いらしく、本人も若干涙目である。
「嫌なら離すけど」
「そうは言ってません」
即答の後、スーツを掴む力が強まった。
18:
◆UsP5AJMNcJwk 2018/09/26(水)21:58:20
ID:NBA
「……プロデューサー」
清美が何かを言おうとしたので、俺はもう一度強めに彼女を抱きしめて、その言葉を止めた。腕、細いなぁ。なんて、無駄な感想が頭をよぎる。
「プ、プププププロデューサー!? 何を……」
清美は混乱している様子だったが、俺はそのまま言いたかったことを伝える。
「楓さんみたいにお酒は無理だけど、もしよかったら、帰り一緒に食事でもどうだ?」
流石に清美が加えて何を言おうとしたか、分からない俺じゃなかった。確かに俺は鈍感だけど、今ようやく気づいたんだ。頼むから一度くらい先回りさせてくれ。
「……はい」
いつもは堂々とした振る舞いの清美が、こんなにもしおらしい。俺は思わず笑ってしまった。すると、清美はそれを見てむっとする。
19:
◆UsP5AJMNcJwk 2018/09/26(水)21:59:09
ID:NBA
「何ですか」
「いや、なんでもないよ」
言いながらまた笑うと、清美は「もう……」とだけ言って、結局俺たちの距離は近いまま変わっていない。
それから、どれ程の時間が経っただろうか。俺と清美は黙ったまま、離れるタイミングを見計らっていた。
――ドサッ。
20:
◆UsP5AJMNcJwk 2018/09/26(水)21:59:50
ID:NBA
首筋に霧吹きをされたような、ひやりとする感覚。入り口の方から、誰かが何かを落とした音がしたのだ。ここが事務所の一室であるという現実に、急に引き戻される。
「プロデューサーさん……?」
そこにはにっこりとした笑顔のちひろさんが居た。
「いや、えっと、これはですね……」
「ち、違うんですちひろさん! これは急にプロデューサーが抱きついてきただけで!」
清美は俺からぱっと離れて、思いっきり裏切りを始めた。
「おい清美! 経緯を説明しろ経緯を! それじゃあ俺がただヤバイやつみたいじゃん!」
ちひろさんの様子を伺いながら清美に怒る。ちひろさんの表情は変わっていない。可愛くて怖い笑顔のままだ。
21:
◆UsP5AJMNcJwk 2018/09/26(水)22:00:58
ID:NBA
「いや、事実しか言ってませんよ私は! 風紀委員は嘘をつきません!」
「じゃあそうやって急に抱きつかれて喜んでたのは誰だよ!」
「喜んでなんて……それは、ちょっと嬉しかったですけど。でも! 責任の所在が誰にあるかといえば」
「ふたりとも」
俺と清美の言い合いは、ちひろさんの一言によって完全に止められた。
「風紀は、守りましょうね?」
その時、俺はちひろさんの腕にこそ風紀委員の腕章があるように思えた。
最終的には俺はしこたま怒られ、清美にも厳重な注意がなされたらしい。
22:
◆UsP5AJMNcJwk 2018/09/26(水)22:02:25
ID:NBA
「いやぁ、酷い目にあった」
そして結局、ひとしきり怒られた後。俺と清美は約束通り食事をした。俺がネクタイを緩めると、清美は苦笑する。
「まぁ、自業自得ですけどね」
「いや、それにしても……あんな怖いちひろさん久々に見た」
俺はちひろさんの姿を思い浮かべ、身を震わす。そして、あることに気づいた。
「あれ、そういえば清美。今日は腕章してないんだな」
テーブルの正面に座る清美の左腕には、腕章がなかった。今まで気がつかなかったが、これは一体どうしたことか。あれは彼女のアイデンティティだったはずだが。
23:
◆UsP5AJMNcJwk 2018/09/26(水)22:02:57
ID:NBA
「あぁ、よく気づきましたね」
「良いのか? 今日は」
すると、会話を遮るように注文した品が届く。
清美は手を合わせて「いただきます」と言った。俺もそれに続く。清美はそのまま注文したハンバーグを一口食べた。
さっきの返事は無いのだろうかと清美を見ると、余程美味しかったのだろうか。彼女は満面の笑みを見せた。
「良いんです。これで。今日だけは」
24:
◆UsP5AJMNcJwk 2018/09/26(水)22:04:42
ID:NBA
これでおしまいです。
焦ってやったのでおかしかったらすいません。
でもどうしても祝いたかったので。
冴島清美がより活躍しますように。
元スレ
http://wktk.open2ch.net/test/read.cgi/aimasu/1537965654/
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