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阿良々木「僕でいいのなら何度でも死んでやる」
101:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/18(日) 22:43:45.79 ID:wkTQnP+00
★★B★★
暦くんは面白い友達を持ってるなあ。
変な人が集まるのは、ぼくだけの特典って訳じゃないんだ。
なんて、戯言に決まってるけどね。
さて、ぼくはこの町の地理には全く詳しくないので、当然暦くんの後ろについて歩くことになってる
んだけど、ま、見た感じ平和ないい町だな。
怪異なんてものがいるとは思えないほどに。
「暦くん、駿河ちゃんの言ってたところって近いのかな?」
「どうでしょう、そんなに遠くはないと思うんですが、正確ではないって言ってましたから」
「あー、そうだね。それに結構時間が経ってるから、相手が動くぶん分からないよね」
「うーん、やっぱり難しいですね」
「おっ、暦兄ちゃんだ」 「あ、ほんとだ」
はて、また別の女の子の声。
暦くん女の子を引き寄せるフェロモンでも出してるのかな。
さて、ぼくと暦くんが向いた先には女の子が三人。
三人とも崩子ちゃんくらいの歳といったところか。
ん? その内二人は暦くんにとても似ている。
暦兄ちゃんなんて呼んでたから兄妹だろうか。
103:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/18(日) 22:45:19.39 ID:wkTQnP+00
「あれ? 火憐ちゃんに月火ちゃん、それに千石じゃないか」
「や、やあ、暦お兄ちゃん」
千石と呼ばれた女の子はおずおずと返事をする。
ふむ、暦くんに偶然出会えた喜びと知らないぼくに対する恐怖が半々といったところかな。
目を隠すような前髪と帽子から見るに相当顔見知りするタイプと見た。
隙間から見える顔は可愛いのにもったいない。
「珍しいな、三人で遊んでるのか」
「ああ、それがな、せんちゃんがにーちゃんを――」
「だめーっ!」
「火憐ちゃん、内緒にしとくって言ったばかりじゃん」
「もぶだっだ」
なるほど、千石ちゃんは暦くんに思いを寄せてるんだな。
でも当の本人は「楽しそうだな」なんて考えていそうな感じに微笑んでるんだけど。
……もしかして暦くん鈍感だったりするのかな。
106:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/18(日) 22:46:58.25 ID:wkTQnP+00
「おう、兄ちゃんその人誰だ?」
ぼくを指差す背の高い女の子。
気の強そうな顔だな。
暦くんたちの会話から見るにこの子が火憐ちゃんだろう。
「ぼくは請負人見習い、戯言遣いなんて――」
なんだか今日の決まり文句張りに連発している口上を三人に向けてする。
「ふーん、変人だな」
「いや、奇人でしょ」
「火憐ちゃんっ月火ちゃんっ思ってもそんなこと言っちゃだめだよ。変な人って言わなくちゃ」
……つまり三人とも同じ感想をぼくに持ったってことだね。
さすがにぼくも落ち込む。
戯言にしたいな……。
「……すいません、いーさん。後できつく言っておきますから」
「いや、いいんだよ。気にしてない」
そんなやり取りを済まして火憐ちゃんは暦くんに言った。
107:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/18(日) 22:53:28.05 ID:wkTQnP+00
「そういや兄ちゃん、さっき凄い人見たぞ」
「凄い人? もしかして塀の上を歩いてたりするか?」
「違う、違う。あの身体の軸がぶれない姉ちゃんのことじゃない」
「ああ、そういやお前もあの時いたんだっけ」
「そうだよ、まあそれでさ、その人一瞬見ただけなんだけどさ、もう私なんかと次元が違うんだよ。
もう凄すぎて強さがわかんないくらいに」
「もしかしてその人、全身赤くなかったかな」
「おう、変にい、その通りだ。よくわかったな! さてはエスパーか?」
「いや、知り合いだからね」
哀川さん滅茶苦茶目立ってるな。
まああの容姿で走り回ってるんだから当たり前といえば当たり前か。
「いーさん、潤さんってそんなに強いんですか?」
「うん、自他共に認める『人類最強』だよ」
「かっけー」「かっこいい」「……何ですかそれ」「…………」
阿良々木三兄妹はそれぞれの反応を示したが千石ちゃんはイマイチ話の輪に入れないようだ。
と、言うよりかは暦くんをちらちら見るのに忙しくて、話を聞いてないのかもしれない。
暦くんは全然気付いてないけど。
138:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 05:42:15.35 ID:T/wngpRj0
「それでお兄ちゃんは、奇兄ぃと何してるの?」
「ん、まあ人探しかな」
「じゃあ、あたしらも手伝おうか」
「駄目だ!」 「「「わっ」」」
暦くんの必死な叫びに驚いて女の子の声が三つ重なる。
「なんだよ兄ちゃん。でかい声出して」
「……すまん。でもいいんだ、もうそろそろ見つけれそうだし」
うん? 暦くんは火憐ちゃんたちに何か隠してるな。
ま、ぼくには関係ないことだろうけど。
と、ここで千石ちゃんがおずおずと口を開いた。
「あの……、暦お兄ちゃん」
「何だ千石?」
「暦お兄ちゃんに彼女いるって本当?」
「あれ? そういや言ってなかったな。でも何で知ってるんだ?」
「私が教えたんだよ。この前お兄ちゃんが言ってたから」
「月火ちゃん、あまり言い触らさないでくれ……」
「いいじゃん、減るもんじゃないんだし」
なんて兄妹が言い合ってる後ろで千石ちゃんはわなわなと震えてぼそぼそと何かを口走っている。
何を言っているのか聞き耳を立ててみると……
139:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 05:44:35.74 ID:T/wngpRj0
「……暦お兄ちゃんに恋人、恋人がいる、ほ、本当だったんだ……でも、そ、そうだ、だったら撫子
は暦お兄ちゃんの愛人になって、なってから奪い取って……」
……大変恐ろしいことを言ってたね。
暦くんはというといつの間にか兄妹ゲンカに発展してて一方的に殴られていた。
月火ちゃんの的確な指示で暦くんの死角から火憐ちゃんが攻撃。
軍師と兵士みたいなコンビだな。
うーん、強い。
暦くん、千石ちゃんの言葉聞こえてないみたいだけど、これって良いことなのか悪いことなのか……
どっちにしてもドロ沼だね。
戯言だけど。
と、どこからか携帯電話の着信音。
どうやら暦くんに掛かってきているらしい。
暦くんは殴られながらも器用に携帯電話を取り出すことに成功した。
あ、火憐ちゃんの右フック。勢いで電話は千石ちゃんの足元で滑っていく。
千石ちゃんはそれでやっと正気を取り戻したようで、足元の電話を拾い上げる。
おや? しかし電話を見た千石ちゃんの様子がおかしい。
一瞬、顔が青ざめてから赤く染まる。
そして一言。
「暦お兄ちゃんのばかーっ!!」
そうして投げつけられた携帯電話を暦くんは顔面でキャッチして、それがトドメとなって倒れる。
千石ちゃんはというと駿河ちゃんの走りを彷彿させるフォームで去っていった。
……スカートの中身見えちゃったな。
――以上、一部始終でした――
140:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 05:47:41.16 ID:T/wngpRj0
★★A★★
僕は月火ちゃんに戦場ヶ原のことをあまり言い触らすなと言った。
しかし月火ちゃんはそれに減るもんじゃないと返す。
そして続けざまに、
「そもそも、お兄ちゃんなんかに彼女なんているのがおかしいんじゃない。妹二人の初キス奪ってそ
の上、胸揉んで、鬼畜の極みのくせに」
……酷い。
僕は泣きそうになるのを堪えながら言ったんだ。
「なんだとっ、僕は二人のためを思って――ぐはっ」
訂正、言えなかった。
なぜなら――月火ちゃんの指示で火憐ちゃんが僕の後頭部に蹴りを決めてきたから。
頭がサッカーボールの如く飛んで行きそうな衝撃を受けて僕は倒れそうになるが、何とか軸足に力を
込めて踏みとどまる。
――元吸血鬼を舐めるなよ。
僕は反撃に出ようと身構えた。
けれど、そこには火憐ちゃんはいなかった。
141:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 05:54:41.73 ID:T/wngpRj0
「火憐ちゃん右30度から左で攻撃」
「あいよっ!」
そう聞こえたときには僕の視界外から拳が飛んできた。
火憐ちゃんの拳は左頬をえぐるようにぶつかり、打ち抜かれる。
顎が外れる音が僕の中に響き、そしてすぐに元に戻る嫌な音。
無茶苦茶痛かったが、なんとか拳を引こうとした火憐ちゃんの腕を掴み取る。
「投げっ!」 「よっしゃ」
僕の世界は反転。
そのまま背中から叩きつけられた。
背骨は軋み、肺から空気が勝手に吐き出される。
追撃するように火憐ちゃんは僕に蹴りを入れてきた。
それをどうにか掌で受け止め、勢いで僕は立ち上がる。
――その代償に小指と薬指が変な方向に向いたのだが。
まあ、指は逆再生するかのように回復したから問題無い。
そのまま僕は火憐ちゃんに拳を伸ばす。
だが、それに呼応して蛇のように滑ってくる火憐ちゃんの拳。
漫画のようなカウンターが顔面に入った。
首がもげるんじゃないかというレベルの衝撃。
一瞬、身体が痺れて力が入らなかった。
――つまり、頚椎を損傷したのだろう。
しかしそんなの僕には関係ない、めげずに蹴りを入れる。
そしてそれは失敗だった。
144:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 06:00:20.33 ID:T/wngpRj0
「チャンスだ」 「おう」
開いた僕の体に火憐ちゃんは入り込み、超近距離からのボディブロー。
怪我はすぐに治るが内臓系に弱い僕にはこれほど無い効果的な攻撃だった。
悶絶する僕に火憐ちゃんは追撃、追撃、追撃――。
――この前闘った時はこんなに出鱈目な強さじゃ無かったはず。
少なからずともまともに戦えていたはずなんだが……ああ、そうかあの時火憐ちゃんの体調が最悪だ
ったんだな。
そして今回は月火ちゃんと組んだ『ファイヤーシスターズ』である。
なるほど、これが完全体の強さか。
全然、拳が見えねえや。
殴られて強制的に視野をずらされた先に壁にもたれて僕へのリンチを傍観しているいーさんが目に入った。
……いーさん、見てないで加勢して欲しいんですけど。
145:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 06:07:20.58 ID:T/wngpRj0
と、戦うことを諦めた僕の耳に携帯の着信音が届いた。
――これは僕のだ。
僕は殴られつつもポケットに入れていた携帯を取り出すことに成功する。
しかしそこで、火憐ちゃんの右フックが僕の顎に打ち込まれた。
携帯は僕の手の中から弧を描くようにどこかへ飛んでいく。
飛びかけた僕の意識を取り戻したとき、千石が今まで聞いた事の無いような声で叫んだ。
「暦お兄ちゃんのばかーっ!!」
僕の顔に携帯が飛んできて、そのまま僕は後ろに倒れこんだ。
身体的よりは精神的に千石に馬鹿と言われたことの方が痛かった。
あの千石が言うんだから間違いなく僕は馬鹿なのだろう。
……でも全然心当たりが無いのだけれども。
今度会ったときに謝っておこう……。
走り去る千石の後姿を見ながら僕はそう思った。
火憐ちゃんたちも千石の豹変に驚いて手を止めたので取敢えず僕は安全圏まで離れて携帯を見る。
でそこに横へと流れている発信者の名前。
「なんだこれ……」
146:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 06:10:56.32 ID:T/wngpRj0
――着信中『愛人一号』
……千石これを見たのかな。
というよりも誰だこれ?
僕は恐る恐る通話ボタンを押す。
『おらー! 暦っち出るのが遅ぇぞ!』
……潤さんだった。
そういや確認してなかったな。
「えと、すいません。潤さんどうしました?」
『おう、ターゲットらしいのを捕捉したぞ。だから確認のために暦っちに来てもらいたいんだが』
「本当ですか! いまどこに?」
『ああ、『暦お兄ちゃんのばかーっ!!』って聞こえたから近いはずだ。ちょっと待てよ、そうだな
お前らの位置からきっかり五百八十七メートル南の場所にいる』
「え、何でそんな正確に分かるんですか?」
『あたしを誰だと思ってるんだ、んなの声の大きさと響き具合で導き出せるだろうが』
いや、そんなの僕には出来ないんですが。
というよりその距離で千石の声が聞こえていること自体が凄い。
147:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 06:13:09.95 ID:T/wngpRj0
『じゃあ、さっさと来いよ。もちろんいーたんとな』
「はい、すぐに向かいます」
そうして電源を切りいーさんに言う。
「影縫さんを見つけたそうです」
「哀川さんから? じゃあ行こうか」
いーさんと共に走り出す。
背後から火憐ちゃんと月火ちゃんの、
「お兄ちゃんっ逃げるなー」 「男らしくないぞ!」
なんて声が聞こえてきたけどそんなの気にしない。
だって僕あいつら嫌いなんだもん。
しかし、漠然と南五百八十七メートルって言われても、もちろんその方向には家があるし、まっすぐ
突き抜けることは出来ない。
仕方なく迂回しておおよそで探すと派手な赤色が目に入った。
――潤さんだ。
153:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 06:42:39.27 ID:T/wngpRj0
「潤さん!」
「おう、暦っち。お、いーたんも調子良さそうだな」
「ええ、おかげさまで」
「で、影縫さんは何処ですか?」
「あん? 六百メートルくらい先にいるだろうが。見えねぇの?」
あー、言われてみれば確かに米粒くらいの人影がふたつ見える。
塀の上が影縫さんで下が斧乃木ちゃんかな。
「……多分影縫さんと思うんですけど、近づかない限り確実なことは言えませんね」
「んじゃ、ちょっくら行くとするか」
なんて軽いノリで僕らは影縫さんたちに近づいていく。
近づいてみると分かる、やはり間違いなく影縫さんと斧乃木ちゃんだった。
と残り百メートル程でふたりが同時に僕らのほうに振り向いた。
そして僕らを待つように立ち止まる。
――影縫さんは薄く微笑み、斧乃木ちゃんは全くの無表情で。
154:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 06:46:29.15 ID:T/wngpRj0
「やあ、鬼畜なお兄やんやないか。お久さしゅうに、元気にしとったか」
「影縫さん、どうしてこの町に……」
「いやぁ、まさか見つかるとはうちも思ってもいなかったよ。もしかしてそちらのお二人さんのおか
げやろうか。うちはおどれから徹底的に隠れとったいうのに迷惑なやっちゃの」
「鬼のお兄ちゃんの気配を僕が読んで出会わないようにしていた――僕はキメ顔でそう言った」
「はっ、あたしらに掛かれば、んなの便所の鍵ほど役にたたねぇよ。な、いーたん」
「まあ、潤さんならそうでしょうね」
「それで、おどれらふたりは何もんや。うちには覚えの無い顔やで」
「はんっあたしらはただの請負人だ」
「へぇ、便利屋っちゅうわけかいな。で、うちらに何の用や? この町から出てけってのは無しやで」
そこで僕は優先すべきことを思い出した。
月火ちゃんの事も気になるがひとまずこれは置いとくしかないか……。
「影縫さんにお願いがあります」
「ん、なんや?」
「お札を――怪異を抑える札を作ってもらえませんか」
「ああ、なんやそんなことかいな。ほれここにある」
そう言うとおもむろに懐から忍野が作ったお札と同じようなものを取り出した。
……でもなんで都合よく持ってるんだ?
「おっと、あれを剥がしたのはうちやないで。ま、うちもこの手の専門家や、異常があればなんとな
しに分かるわ。やから一応作っておいたってわけや」
「でも僕らが行くと影響を出しやすいから出来ない――そう僕はキメ顔で言った」
「じゃあ僕に渡してもらえませんか」
「ええよ、けどな条件つきや――」
157:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 06:53:37.96 ID:T/wngpRj0
お札を摘んでもったいぶるようにひらひらと揺らす影縫さん。
――とても悪い顔をしている。
そして再び口を開く。
「うちと喧嘩しようや。前みたいに殺し合いでもいいんやけど、まあ殴り合いや。最近うちストレス
溜めててな、おどれなんかから逃げ回るのに嫌気さしてんね。で、おどれの賞品はうちの永久追放。
今回は契約や。そしてうちの賞品は――うちがおどれの妹に手を出すのを邪魔せんことや」
「なっ――」
「あん時はああ言ったけど、ええ加減うちも獲物を放置するんは嫌なんや。どうや、するか?」
何を――何を言って、
「いいぜ、それでいこう」
困惑して何も言えない僕の肩に腕を回して潤さんはあっさりとそう言った。
「なッ潤さん!?」
「なんやねーちゃん、勝手に。まあ、うちはヤル気まんまんやから別にええけど」
「だったら決まりだ。ただしこちらからも条件つけさせてもらうぜ」
「構わへんよ。言ってみ」
潤さん猛獣のように、それでいて美しく笑い、声高々に言う。
「この喧嘩――」
159:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 06:59:47.29 ID:T/wngpRj0
★★B★★
暦くんと余弦さんの一方的な掛け合いを聞いている哀川さんの様子がおかしかった。
顔は笑っているのだが、怒気を無理矢理に押さえ込んでいるような雰囲気が隣にいたぼくにビシビシ
伝わってくる。
ま、哀川さんはこういうの大嫌いだからね。
身内に甘い哀川さんには聞かせてはいけない条件だった。
哀川さんにとってはもう暦くんは身内なのだから。
そして哀川さんは暦くんを差し置いて勝手に了承し、その上、条件を出す。
「この喧嘩――あたしが請け負わせてもらう」
やはりそうきたか。
もっともそれが一番哀川さんらしいんだけど。
「別に構わねぇよな。てめぇは殴り合いがしてぇんだろ? だったらあたしが相手してやるよ」
「なんや、おどれがうちの相手する言うんか」
「だ、駄目です、潤さん! この人は闘っても勝てる相手じゃない!」
160:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 07:01:37.27 ID:T/wngpRj0
焦る暦くん。
ま、哀川さんのことよく知らないからそうなるのは当たり前か。
ということでぼくは助け舟を出してあげることにした。
「大丈夫だよ、暦くん。潤さんも闘って勝てる相手じゃないから」
「でもっこの人は素手でコンクリートを突き破る人なんですよ」
「まあなー、うちを素人と思わんほうが身の為やで」
「お姉ちゃんは武闘派陰陽師だから――と僕はキメ顔で言った」
「はっそんな連中腐るほど見てきたさ」
「あー、出夢くんや真心がそうでしたね」
あの二人はもはや別格だけど。
どちらかというと哀川さん寄りの人間だからね。
161:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 07:09:26.01 ID:T/wngpRj0
「でもっ……」
「心配すんな、暦っち。あたしは負けないさ」
「じゃあ、ねーちゃんがうちの相手な。変更するなら今のうちやで」
「決まりだ。で、どこでやる? あたしはここでも構わねぇけど」
「ここでやったら迷惑が掛かるやろ。まあうちについてこいや」
そう言って歩き出す余弦さん。
そういや余弦さんってぼくの好みのタイプだな。
やっぱり女性は年上に限る。
でも一番はなんと言ってもみいこさんなんだけどね。
――戯言でした。
空が茜色に染まり始める夕暮れ時にぼくらはある廃墟へと案内された。
しかしまあ、入り組んだややこしいところにある建物だな。
ここに至る道をぼくが記憶できるはずも無く、一人で訪れろなんて言われたら確実に同じところをぐ
るぐる迷った挙句、行方不明になることだろう。
なんてことを考えているとその廃墟のとある一室に案内された。
二階に位置するそこはなぜか天井の一部が陥没しており、瓦礫がそこらじゅうに散らばっている。
――大雑把に見て四階くらいからかな。
ボロボロになった黒板や奥に敷き詰められた机を見る限り学校か塾といった所だろうか。
ただし、建物の構造からして塾というのが妥当だろう。
163:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 07:15:27.73 ID:T/wngpRj0
「うん? 血の匂いがするな。こりゃここで誰か死んでるぜ」
「本当ですか? 全然匂いませんけど」
「ああ、大体半年前っていったいところか」
「半年前って……普通匂いは消えるもんじゃないんですか」
「血液ってのは意外と癖があってな、一度染み付いたらなかなかの消えねぇんだよ」
おや、暦くんはどこか驚いたような表情でこちらを見ている。
……何か知ってるのかな。
まあ、過去に誰かが死んでようと今は関係ないからいいんだけど。
と、ぼくは後頭部に突き刺さるような視線を感じた。
何かと思って辿ってみると余弦さんがぼくの方を鋭い目つきで睨んでいる。
「えと、どうかしましたか?」
「……おどれどこか普通やないな。うっすらと怪異の影が残っとるで」
「ああ、暦くんが言うにはぼくの中に死神がいたらしいですよ。今はどっか行っちゃたみたいですけど」
「なッ、死神やて!? おどれ自分がなに言っとんか分かっとんのか?」
「……?」
「あの、影縫さんどうかしましたか?」
「死神がおるってのはほんとか」
「ええ、実は――」
暦くんは神社で起こった事を一通り余弦さんに伝える。
「……なあ鬼畜なお兄やん、おどれは死神についてどこまで知ってるんや」
「忍野の話だと何もしないと言ってましたが」
「なんや忍野くんは相変わらずええ加減やな。ええか、耳かっぽじってよく聞きや――」
165:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 07:18:53.32 ID:T/wngpRj0
★★A★★
僕は夜に変わりつつある町を全速で走っている。
足の筋肉を限界まで稼動させ、ギリギリのスピードを保つ。
はやく――はやく死神を見つけ出さないと――
あの廃ビルで影縫さんは言った。
「――ええか、耳かっぽじってよく聞きや。死神ってのはな忍野くんの言うとおり何もせん。けどな、
何もせんちゅうのがあれの一番恐ろしいとこや。そこに存在するだけで生ける者を全て死にやすくす
る。死にやすい者は理不尽な死に見舞われる。さて、ここで重要なことがある。その死神は『どこ』で
具現化した?」
「……神社、ですね」
「そう神社や。そしてその神社は今どういう状況やったかいな」
「……っ!」
166:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 07:21:19.73 ID:T/wngpRj0
――そうだった。あの神社は普通じゃない。
素人がかけた『お呪い』が『呪い』になるような、そんな場所なのだ。
簡単に言えば怪異は強力になる。
「その顔を見る限り分かったようやな」
「今、この町にいる死神は普段とは違う」
「そういうことや。聞いた話やと多分暴走しとるんやろな」
「暴走?」
「何もしないはずの死神がおどれらを〝攻撃”して来たんやろ」
そうか、忍野に話を聞いた時の違和感はそれだ。
「だったら死人が出るのは時間の問題やで。リミットは夜になるまで、だな」
「……なぜ夜なんです?」
「闇は一番死に近い空間やで。やから人は恐れるんや。もう時間がない、そろそろヤツは行動を始めるで」
「そんなっどうすれば!」
「方法が無いことはない」
「なんですか!」
「それはな――
169:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 07:23:41.22 ID:T/wngpRj0
そうして今僕は走っている。
影縫さんの話を聞いた後、僕は忍に血を限界まで与えた。
辺りは薄暗くなり、もう数分で辺りは真っ暗になるだろう。
時間が無い、焦りが募るばかりで一向に見つかる気配がない。
駄目だ、一度落ち着いて考えよう。
忍野と影縫さんは言った――死に近い者ほど、と。
この町で死に近い人……?
もちろん僕はそんこと知るはずもない。
だからこそ考えるのは怪異に憑かれた者達。
僕、羽川、戦場ヶ原、八九寺、神原、千石、火憐ちゃん、月火ちゃん。
誰が一番死に近かったのか。
春休み――僕は鬼に何度も殺されたが、蘇った。
ゴールデンウィーク――羽川は猫に魅せられ、忍によって戻った。
五月――戦場ヶ原は蟹に体重を奪われ、忍野に救われる。
――八九寺は蝸牛で迷い、僕と戦場ヶ原で家に帰した。
――神原は悪魔に願い猿の手となり、僕が死にかけ、戦場ヶ原に許される。
六月――千石は蛇に呪われ、忍野に助けられる。
――羽川は再び猫に魅せられ、――……あれ?
170:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 07:26:23.49 ID:T/wngpRj0
――羽川は二度怪異に憑かれている。
そして――そして春休み、エピソードによって……殺されかけた。
単純に考えれば僕が一番死に近く見えるが、僕は簡単に死なない――死ねない。
しかし羽川は――
僕は慌てて携帯を取り出し、アドレス帳から羽川を呼び出す。
コール音が二度流れた時、電話が繋がった。
『やっほー、どうしたの、阿良々木くん』
「羽川っ! よかった……」
『ん? 何がよかったの?』
「いやこっちの話だ。なあ羽川、お前の近くに妙なのはいないか?」
『うーん、妙なの? いや多分いないと思うけどー』
「お前今どこにいるんだ? 家か?」
『ううん、お友達と一緒に歩いてるよ。えーとね――』
羽川がいる場所はここから程近いところだった。
走れば一分も掛からない。
172:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 07:30:50.46 ID:T/wngpRj0
「念のため僕も合流するから電話を切らずにそこで待機してくれ」
『えっちょっと、阿良々木くん!?』
電話を耳から離し、羽川の元へ走る。
そして気付いた。
日は完全に沈み、辺りは暗闇に包まれている。
と、電話の向こうから羽川の声。
『――良々木くん! 何かいるっ! なに顔と指?』
「なっくそ! 待ってろ羽川!」
路地の十字路で羽川の姿を捉えた。
隣にいるのは羽川にかぶって誰かよく分からないがあれが羽川の言う友達だろう。
それよりも羽川の正面には闇に溶け込み、浮かび上がるように白い顔と指。
――死神の姿があった。
ただでさえ限界に近い足に更に力を込める。
筋肉が悲鳴を上げ激痛が走った。
羽川までの距離が十メートルに迫る。
そこで死神が羽川に向かって飛び掛る。
昼間は動きがよく見えなかったが今吸血鬼に近い僕は嫌というほどよく分かった。
このまま走るのでは間に合わない。
どうする?
173:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 07:33:21.07 ID:T/wngpRj0
考える前に身体が動いていた。
「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉッ」
地面をあらん限りの力を込め蹴り込むと、身体が宙に浮んだ。
助走をつけた分、僕の体は嘘のように突き進み、空気摩擦で皮膚が切れ、肉が焼ける。
そして死神が羽川に辿り着く寸前、僕の方が先に死神へタックルを決めることに成功した。
――その代償として足首から下の消失と全身火傷が付いてきたのだが。
横からのベクトルを加えられた死神は僕と共に数十メートル転がる。
その間に僕の代償は綺麗に回復し、裸足に焦げ臭い服という組み合わせになった。
そのまま僕はマウントポジションを取って胴体目掛けて拳を振り下ろす。
けれど、妙な感触が拳に伝わる。
まるで綿を詰めた布のような、軽々とめり込む質感。
どう考えてもダメージを与えられるようには見えない。
僕はもう一度殴ろうと腕を引くが何故か持ち上がらなかった。
見るといつの間にか指が胴体の中を移動して僕の拳を包み込んでいた。
――指と顔は胴体の中を自由に動かせれるのか!?
175:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 07:36:04.48 ID:T/wngpRj0
「っく、この!」
指を引き剥がそうと渾身の力を込めるが全く外れそうにない。
僕は空いているほうの手で今度は浮かんだ顔を殴る。
しかしそれも失敗、嘲笑うかのように顔は移動し、そこにまた指が現れ鷲掴みにされた。
そして――両手から、みしりと軋む音。
見る見るうちに僕の両手は林檎の様に握り潰され皮膚から骨が飛び出す。
「ぐああっぁぁぁぁあああ」
僕は無我夢中で腕を振るい死神の手を払い退けた。
いや、正確には何もしなくても離れたのだ。
――僕の両手は既に潰され、無くなっていた。
手首の断面からは血液が噴き出し、白いものと真っ赤な肉が見えている。
次に移動した指は僕の右太腿を掴む。
――肉の爆ぜる音。
「があぁっ」
僕の右足は付け根から無理矢理に引きちぎられ、無様に転がりながら死神から距離を取る。
春休みほどの回復力は無いが数秒で手首は元に戻った。
しかし足一本となるとなかなか戻らない。
少しずつ肉が盛り上がり足の形を成形し始める。
塀に手を着き片足で立ち上がった。
177:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 07:43:47.01 ID:T/wngpRj0
痛みで意識が飛びそうになるが、その痛みで気を失うことは無い。
代わりに強烈な嘔吐感。
酸っぱい唾を無理矢理に飲み込み、呼吸を整える。
死神は暫く僕の足をズタズタにして遊んでいたおかげで、足は生え変わった。
――今この世に僕の足は三本存在してることになるな。
そうして遊んでいた足が灰になって消えると死神は再び僕に意識を向けた。
「……第二ラウンドか?」
死神は何も言わない。
そもそも声を発しないのだろか、
と、死神は音も無くいきなり僕に飛び掛ってきた。
右に腕を薙いで死神を撥ね退ける。
しかしその代償に腕からは骨の折れる子気味いい音が鳴り、変な方向を向く。
そして骨の擦れる音がして痛みを伴いながら元に戻る。
――今の回復力は骨折や一部の破損が比較的早く治る程度のようだ。
春休みのような瞬間完治は望めそうに無いな。
しかし――強い。
桁外れの力に音を出さずに行動する俊敏性。
僕の利点は回復の能力だけか。
178:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 07:46:23.34 ID:T/wngpRj0
「やっぱり覚悟を決めないと駄目か」
独り、自分に言い聞かせるため呟く。
当然反応は返ってこない。
そのかわりに僕の体は左に吹っ飛ぶ。
体はくの字に折れ曲がり、腹部には漆黒の塊が抱きついていた。
内臓が破裂したのか口と鼻から勝手に血が溢れ出す。
そして勢いそのままに僕の体はブルーシートを突き破って剥き出しの鉄筋にぶち当たった。
……ブルーシートに、鉄筋?
赤く染まる視界には無骨な鉄筋や鉄板、重機が映し出される。
どうやら吹き飛ばされた先は建設現場らしい。
既に作業員の姿は無く、静かな闇に包まれたそこは正に僕の目的にピッタリな場所だった。
影縫さんの示した方法――
この死神によって犠牲者を出さない方法。
それは僕にしか出来ないこと。
死なないからこそできること。
僕は死神を睨みつけて言う。
それは――
191:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 11:25:36.73 ID:T/wngpRj0
――僕が犠牲者になることだ。
「僕でいいのなら何度でも死んでやる。だからお前は僕だけを見ろ。お前が殺すべき相手は僕だ」
僕以外誰もいないところで、僕が殺され続ければいい。
しかし、僕には痛覚がある。
復活するとしても痛みは消えないのだ。
だから僕は抵抗した、倒そうとした。
けれどそれは叶わなかった。
だからこそ覚悟しなければならない。
選択肢は無くなった。
だから、だから、だから――
死神は白い指を握り締めて僕の胸元に振り下ろす。
肉の潰れる生々しい音が僕の耳に届いた――
193:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 11:27:35.71 ID:T/wngpRj0
★★B★★
「それはな、どこぞの死なんやつが相手を引き受けるちゅうことや」
《死なんやつ》……ぼくはその単語を聞いて木賀峰助教授と朽葉ちゃんを思い浮かべる。
死なない研究の実験者と実験体。
およそ八百年生きた少女。
もしかしたら朽葉ちゃんも怪異だったのかな?
なんて関係ない事を考えているぼくをおいて余弦さんは続ける。
「そうすれば被害者は一人に収まるやろうな。例えばおどれの妹とか」
「ふざけんな! いいさ、僕がやってやる」
「相変わらずのシスコン振りやね。でもおどれはうちとあのねーちゃんの喧嘩見届けんでええんか?
これもおどれの妹の命が懸かってるんやで」
「……っ」
195:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 11:30:37.31 ID:T/wngpRj0
「暦っち行って来い」
ぼくの背後から哀川さんがよく通る声を暦くんに向ける。
――なんというか相変わらず安心感に満ちた声だな、哀川さんって。
暦くんは言葉を忘れたかのように目を丸くして哀川さんを見ている。
そして哀川さんは言う。
「心配すんなって、あたしを信じろ。お前の意地通してこい」
「すいませんっ! 月火ちゃん、いえ妹のこと頼みます!」
大きく頭を下ろして暦くんは走った。
「忍! 頼む、下の階に行くぞ!」
「仕方ないのう、わが主様よ。しかしそのお人好し、いつか身を滅ぼすぞ」
そう声がすると影から忍ちゃんが飛び出しその後を追う。
どんな原理でそんなことが出来るのだろうか。
暦くんの姿が見えなくなった時、ぼくは答えの分かっている質問を哀川さんにした。
「どうして行かしたんですか?」
哀川さんは美しく口の端を持ち上げると当然といった様子で言う。
「あたしは一生懸命なやつが好きなんだ。特に人生に一生懸命なやつがな」
196:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 11:32:14.37 ID:T/wngpRj0
やっぱりね。
暦くんはぼくと正反対の性格。
何事も全力を出して常に他人を優先させる。
そしてなにより優しすぎる。
つまり善い人。
暦くんは羽川さんを善人と言ったがぼくから言わせれば暦くんも立派な善人だ。
「さて、暦っちも行ったことだし、そろそろ始めようぜ」
「なんや本気でやる気かい。悪いことは言わんで降参しときな、健闘したって言ったるから」
「はん、そりゃてめぇの方だ。まあいいや時間の無駄だからさっさと掛かって来やがれ」
人差し指で余弦さんを挑発する哀川さん。
ぼくがまだ二人の間にいるのに挑発するのは止めて欲しいな。
ということで大人しく壁際にもたれかかって座り込む。
ちなみに余接ちゃんはぼくの隣で体育座りをしている。
197:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 11:35:42.07 ID:T/wngpRj0
と、最初に余弦さんが動いた。
ヒビが入るほどの凄まじい力で床を蹴ると哀川さんに目掛けて突進する。
しかし吹っ飛ばされたのは余弦さんの方だった。
哀川さんは少し体をずらすだけで攻撃というほどの動きを見せていない。
それなのに余弦さんの体は壁に吸い込まれるようにぶつかった。
隣の余接ちゃんは思わずといったように無表情ながら立ち上がる。
余弦さんは然程ダメージが無かったのかすぐに立ち上がったが、その顔に張り付いていたのは驚き。
「おどれ何をした」
「別に。姉ちゃんが勝手に転んだんじゃねぇの」
いや、絶対に何かしただろ。
多分一瞬の隙を突いて足を引っ掛けたのかな。
まあ、ぼくは余弦さんの動きを追うのに必死だってのに凄いな。
今度は余弦さんは跳んだ。
腕を思いっきり引いて哀川さんに打ち放つ。
――これが暦くんの言うコンクリートを突き破る攻撃か。
しかしそんな事はお構いなしに哀川さんは右腕を捻って真っ向から受け止める。
「いいか、いーたん。攻撃を馬鹿正直に真正面から受け止めると骨折とかするから後藤さんの言った
ように必ず角度で受け流すんだぞ」
……あの後藤さんは人間じゃありませんよ、哀川さん。
というよりぼくには角度とか関係無しに受けたように見えたのだが。
199:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 11:47:56.72 ID:T/wngpRj0
「なんやおどれはっ!」
そう叫んで哀川さんの脇腹に蹴りを入れる。
至極最もな意見だな。
でも哀川さんはそれを鼻で笑って左手で掴み取る。
そして片手ジャイアントスイング。
軽々と余弦さんを回す哀川さんを見るとやっぱり人間かどうか疑いたくなるな。
十分な加速が付いたところで哀川さんは手を離す。
弧を描いて余弦さんが飛ぶ。
なんとか受身を取ったみたいだけど今回は流石にダメージがあったのか膝を着く。
すると哀川さんに向かって跳ぶ影。
いつの間にか余接ちゃんが動いていた。
一瞬で余接ちゃんの腕は質量を増やし巨大な鎚へと変化する。
――そういや暦くんが言ってたっけ。
「『例外のほうが多い規則』――僕はキメ顔でそう言った」
鎚は勢いを増して哀川さんを襲う。
けれど哀川さんはにこりと微笑んでそれに向かい合う。
「よっと」
たったそれだけ言って足を横に薙ぐ。
哀川さんの爪先が鎚の側面に突き刺さり力の方向が変わった。
その動きに引っ張られて余接ちゃんも縦に風車のように回転する。
どんな力を込めればそんな物理法則を無視した事が出来るんだ……。
200:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 11:53:39.09 ID:T/wngpRj0
「こどもはいーたんとお話してろ」
足を入れ替え、まだ宙を回る余接ちゃんを蹴った。
見事にぼくの所に吹っ飛ばされてきた。
なんとか余接ちゃんのクッションになるように受け止める。
――しかしあれだけの質量なら相当重たいと覚悟したが実際は子供相応の体重しかないらしい。
というより哀川さんは蹴った感触からそれが分かったからぼくの方に飛ばしたのかな。
でも体重が見た目通りってことは余接ちゃんのどこから力を持ってきているのだろうか。
……ほんと怪異ってのは不思議だな。
「止める方を間違ったね。余弦さんを止めるべきだった」
「……あの人間、は本当に、人間なの? ――僕は、キメ顔で……そう言った」
「いやー、正直ぼくも人間じゃないと思うよ。……戯言だけどね」
戯言じゃないのかなこの状況を見るに。
しかし余接ちゃんが息絶え絶えなのは疲労やダメージよりもいとも容易く哀川さんにあしらわれた
ショックの方が大きいのかな。
「死神の、お兄ちゃんは一体なんなの――僕はキメ、顔でそう、言った」
「え? いや、ぼくはただの平凡な戯言遣いだよ。人類最弱って言われるほど何も出来ない」
《死神のお兄ちゃん》か。
思い返してみると確かに死神だな、ぼくは。
そういや余弦さんが言ってたな、死神は夜に活動する。
死体が見つかるのはいつもぼくが起きてからか深夜だったけ。
と、部屋全体を揺らす衝撃音。
ぼくが哀川さんの言い付け通り余接ちゃんと会話している間に戦闘が再開されたようだ。
201:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 11:55:58.78 ID:T/wngpRj0
余弦さんの拳を平手で受け止める哀川さん。
……角度で受け流すんじゃなかったのか。
一度余弦さんは距離を取って、瓦礫を哀川さんに向けて蹴飛ばしながら攻める。
哀川さんはショットガンの弾丸の如く飛来するコンクリートの塊をノックするかのように蹴り返す。
当然余弦さんは反射されるとは思ってもいなかったのかノーガードで全て受けてしまう。
余弦さんは所々出血し、最初の余裕が嘘のように消えている。
それに対して哀川さんは相変わらずの態度で笑う。
余弦さんも強いはずなのに哀川さんは桁が違う強さだ。
なんだか改めて思い知らされるな。
「ええ加減おどれも攻撃してこんかい」
「うん? そろそろ終わりにするか」
「馬鹿言うなや、今度はうちが返り討ちにしたるわ」
「はっ、そんなの嫌いじゃないぜ」
言うと哀川さんは消えたと錯覚するような動きで余弦さんの前まで行くと、腰を入れた一撃を流れる
ように顎へと決め、余弦さんの身体が崩れ落ちる。
――決着の瞬間だった。
202:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 11:58:57.40 ID:Thp9AOVU0
やっぱ人類最強はつおいな
203:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 12:00:48.59 ID:T/wngpRj0
★★A★★
……もう既に足の感覚は無い。
何度も心臓を破壊されては再生を繰り返し、蘇る。
朦朧とした僕の目に映るのは瞬きする度に変わる死神の喜びと怒りの顔だけ……
そして再び振り下ろされる白い拳――
★★B★★
「余弦さん大丈夫ですか?」
ぼくは倒れた余弦さんの頬を軽く叩きながら呼びかける。
すると余弦さんは顔を苦しそうに歪めた後飛び上がるように体を起こした。
おお、流石に常人より回復が早いな。
「ああーうち負けたんかー、完敗や」
再び体を倒して伸びる余弦さん。
205:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 12:03:43.46 ID:T/wngpRj0
「不死身相手やから手加減せずにやれるなんて鬼畜なお兄やんに言ったんが恥ずかしいわ」
「はんっあたしもいーたんも不死身みたいなもんだ。一度死んでる人間だからな」
「あははっなんやそれ、おどれらも怪異なんか?」
「いや、ぼくら人間ですよ。ただの比喩です」
「ま、いいや、さっさと札渡せ」
「なんや急かすなや。ちょっと待っとれよ」
余弦さんは胸元を漁り一枚の紙切れを取り出す。
紛れも無く暦くんに見せていたお札だ。
哀川さんはそれを受け取って懐へ仕舞う。
そうしてお札と入れ替えるように何かを取り出しぼくの方へ投げてきた。
ぼくはそれを見送ったおかげで、床へと落ちてカツンと乾いた音を鳴らす。
「おい、いーたんてめぇなに華麗にスルーしやがるんだ! 」
「あ、いえ受け取ったほうが良かったですか?」
「当たり前だ!」
ぼくの腹に蹴りを入れて吼える哀川さん。
足元のそれを拾い上げる。
哀川さんが投げて寄越してきたのはこれでもかというほど真っ赤に彩色された携帯電話だった。
でもこれ哀川さんの携帯だよね、色からして。
「携帯電話なんて投げたら壊れますよ? それに自分の携帯電話持ってますから」
「てめえが受け止めないからだろうが、ちっ、まあいいや。その携帯には暦っちの携帯のGPSを登
録してるから今の居場所が分かるようになってる」
また勝手に他人の物を弄って……。
206:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 12:06:11.33 ID:T/wngpRj0
「いーたんは暦っちの所に行ってやれ。あたしは神社に行くから」
「え、別行動ですか?」
「おう、神社に行くならあたし一人のほうが早い。直線距離にして七分ってとこか」
「……じゃあ携帯電話お借りします」
「よし、行くか。おっとそうだ姉ちゃん、暦っちとの約束守れよ」
「ははっ、うちはもう鬼畜のお兄やんの妹のことなんざどうでもよくなったんや。なんせうちが指も
触れることの出来ん化け物の存在を知ったからなー」
「はっ失礼なヤツだな。私は人間だ。ちょいっと最強なだけで」
「ふん、よく言うわ。おどれが怪異ならうちはどんなことをしてでも殺してやるのになー」
「やれるもんならやってみろよ。んなの気にせずに歓迎してやるぜ」
そうして二人して笑い合う声が廃墟に響く。
……なんだか青春真盛りって感じだな。
ふたりとも二十代中盤ってとこなんだけどね。
余弦さんと余接ちゃんを残してぼくらは廃墟を後にした。
外に出ると既に日は落ちて変わりに長細い月が浮かんでいる。
「大分暗いですね。ちょっと先が見えない」
「そうか? それ程でもねぇだろ、月も出てるし」
「いや、二分月ぐらいだからあんまり明るくないですよ」
「よっしゃ、暦っちを頼んだぞ。あたしも出来るだけ急ぐからさ。えーと神社は確かこっちの方角だな」
そう言って哀川さんは一足で正面の塀に飛び移り、そのまま体のバネを使って民家の屋根に登った。
そして一気に駆け出して次の屋根へと跳ぶと姿が見えなくなる。
……直線って言葉の通りだったんだね。
207:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 12:13:34.92 ID:T/wngpRj0
ということでぼくも哀川さんのGPS機能を使って暦くんの居場所を割り出す。
携帯電話の画面に映し出されたところは結構距離のあるところだった。
「あー、遠いな。これが無かったら確実に迷ってるなぼく」
なんて誰も聞いてないのに独り言を呟く。
さて、暦くんのところに早めに行くとするか。
暗い路地を足早に歩いていくとぼくの居場所を示す印が暦くんの印に近づいていく。
五分くらい歩いただろうか、そろそろ目的地に着こうとした時にぼくの背後から女の子の声がした。
「いーさん」
「羽川さんのお知り合い?」
振り向くとそこには翼ちゃんと見覚えの無い綺麗な女の子が立っていた。
……関係無いけどなんだか今日背後を取られまくってるな。
どうも翼ちゃんは今まで走っていたかのように肩を揺らして息を切らしている。
もうひとりは涼しそうな顔だけど。
「どうかした? 翼ちゃん」
「あの、阿良々木くん見ませんでしたか? 私たちさっきから探してるんですけど何処にもいなくて」
「ぼくも今から暦くんのところに行くから翼ちゃん達も来る? 多分暦くんお取り込み中だけど」
「……あなた、阿良々木くんのこと知ってるの?」
「えと、ま、一応ね。きみとは初めましてだったかな」
「まあそうね。私はあなたなんて見たこと無いですもの」
「ぼくは請負人見習いで、」
「自己紹介はいいわ。興味ありませんから」
208:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 12:19:03.60 ID:T/wngpRj0
……。
まさかバッサリと切られるとは思ってもいなかった。
もしかして初対面で嫌われちゃったのかな。
ま、いいさ嫌われるなんてなんとも思っちゃいない。
戯言……だけど、ね。
泣いてなんかいないよ。
「あなたの名前はどうでもいいけど阿良々木くんの居場所は知りたいからさっさと教えて」
「……はい」
「こら、そんな態度駄目でしょ。いーさんに謝りなさい」
「うっ……ごめん、なさい」
これは一体どんな力関係なんだろう。
それにしても、とっても嫌そうな顔だな。
こんなことがあってぼくは可愛い女の子をふたり引き連れて再び歩き出す。
しばらく歩くとブルーシートの破れた建設現場に行き着いた。
ふむ、GPSの反応からこの中で間違いなさそうだな。
「んん? おかしいな、さっきもこのあたり探したのにここ、見覚えが無いよ」
「そうね、ここは見てないわ」
なるほどね、嘘から出た真か。
とりあえずぼくはブルーシートを潜って中に入ってみる。
ぼくは後ろからついてくる二人を止めた。
そこでぼくの目に飛び込んできた光景は――
210:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 12:21:20.15 ID:T/wngpRj0
――地面に転がる暦くんの身体。
その身体の上には漆黒の体躯に浮かび上がるような白い指と顔、昼間見た死神が乗りかかっていた。
死神は腕を高く上げ、暦くんに振り下ろす。
水を跳ね返すような音がぼくの耳に届く。
地面は血液を染み込ませて泥に変化している。
暦くんの身体をよく見ると上半身と下半身が別れていた。
胴体に当たる部分は果肉入りの苺ジャムのようになって原型を留めていない。
誰が見てもそれは死体であり、生きているとは言わないだろう。
なのに――なのに、暦くんは頭を起こし、焦点の合っていない目をぼくに向けてきた。
214:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 12:23:47.18 ID:T/wngpRj0
★★A★★
朦朧とした意識の中で僕はいーさんの顔を捉えた。
驚きも見せずにいーさんは至って冷静な顔で僕の方を見ている。
カラカラに乾いた喉からやっとのことで声を絞り出す。
「な……んで、こ、こに……」
「うーん、成り行きかな?」
駄目だ、誰もここにいてはいけない。
死神が標的を変えてしまう。
「ここ、か……らはな、れて……ください」
――死神が僕に夢中になっている間に。
そう言葉を継ごうとしたとき、何かが飛んできた。
それは死神の胴体に突き刺さり、鈍く光を反射させていた。
……これは――ハサミか?
――っ! ハサミだって!?
215:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 12:27:09.08 ID:T/wngpRj0
「あら、阿良々木くんお休みの日にこんな所で寝て何がしたいのかしら?」
「ガハラッ、さん!?」
「なに? 阿良々木くん。最近私が優しくし過ぎたから物足りなかったのかしら。やっぱりMなのね
阿良々木くんは。わけの分からないのにそんなことさせて」
「何故、?」
「何故ですって? 羽川さんと買い物してその帰りに阿良々木くんが奇声を発しながら飛び出してき
たんじゃない。もう忘れたの? ニワトリだってもっと物覚えがいいわよ。あら、阿良々木くんと比
べたらニワトリに失礼かしら」
――羽川の言った友達とは戦場ヶ原のことだったのか。
ああ、戦場ヶ原、相当怒ってるな。
懐かしいほど言葉がトゲトゲしている。
「どうかしたの? 戦場ヶ原さん」
「いえ、別に。阿良々木くんが変なのと浮気してるだけよ」
「ん、浮気って? あっ、阿良々木くん大変なことになってるじゃない」
「はね、かわっ!?」
何故、なんで羽川までいるんだ!?
僕がわざわざ遠退けたのに。
……っ!
やばい、死神が僕から目を離し始めた。
216:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 12:30:58.67 ID:T/wngpRj0
「みん、な、逃げ、」
僕が言い切るよりも早く死神は僕の上からいなくなる。
宙に浮かぶ死神の後姿が目に入った。
その進行方向にはガハラさんたちが……。
僕は力の限り手を伸ばすが下半身が無いこともあって当然届かない。
するといーさんは二人の手を掴み横へ跳んだ。
なんとかギリギリで直撃を避けて全員直接的な怪我は無い。
「こりゃまずいね。ぼくは哀川さんみたいに戦闘は向いてないんだ」
膝を着いたまま緊張感の無い声でいーさんが洩らす。
死神は次の行動に移るために身構えて――
――崩れ落ちた。
……え?
219:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 12:33:40.09 ID:T/wngpRj0
「ふう、哀川さん間に合ったみたいだな」
そう言っていーさんは立ち上がるとおもむろに死神へと歩を進める。
「駄目、です、いーさん。忍にトドメを頼まないと……」
「いいんだ、暦くん。これは殺す必要がないよ」
「でも、それは、死神です」
「だからいいんだって。ぼくはこれと共に生きると決めたんだ。そう、一年前にね」
僕からはいーさんの後姿しか見えない。
けれど何故か僕にはいーさんが笑ったように感じた。
いーさんは死神に手を差し出し、触れる。
するといーさんの手に吸い込まれるかのように死神の姿は消え去った。
「ぼくが請負人になって最初の仕事は自分の運命を受け入れること。自慢じゃないけどぼくの周りで
は不思議なほどに何か起こるからね。だからぼくはこの死神も請け負う。――他人の運命を請け負う。
それがぼくの役目じゃないかと思うんです。どうですか――狐さん」
いーさんは僕に向けて言ったのではない、何も無い闇の方だ。
するといーさんが視線を向ける闇の中から声が返ってきた。
「『どうですか、狐さん』。ふん、知ったことか俺の敵――」
220:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 12:36:29.13 ID:T/wngpRj0
★★B★★
暗闇の中から浮かび上がるシルエット。
和服に身を包み、精悍な顔をした男。
――人類最悪、狐さん、西東天、ぼくの敵。
「で、今回の世界の終わりは怪異ですか」
「そういうことだ。化物に終わらされる世界、面白いだろ」
「全然、ですね。今回も走り回されましたから」
「ふん、『走り回されましたから』。お前はつくづく俺の計画を狂わさせるな、俺の敵」
「ぼくは何もしてませんよ。ほとんど暦くんと哀川さんのお手柄です」
「ふん、まずお前がそのガキと接触した時点で狂ったのさ」
「……暦くんとですか」
ぼくは後方でふたりに介抱されている暦くんを一瞥する。
221:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 12:38:18.54 ID:T/wngpRj0
「あのガキが今回の俺の敵になる予定だった。なのに俺の娘がお前を連れてよりにもよってそいつと
出会った。ふん、それはバックノズルだったか」
「遅かれ早かれぼくは暦くんと出会っていた、そういうことですね」
「『そういうことですね』。ふん、そんなことはどちらでも同じことだ。そもそもお前が存在するこ
と自体が俺の障害になってるんだろう」
「つまり今回の世界の終わりは失敗することが決まっていた」
「違うな、あの時点ではまだ未定だった。お前は物語の最良の答えを選んだだけだ」
「ぼくがあの神社に行くことになったこともですか」
「ふん、死神か。お前にお似合いの存在だな」
「それはあなたにも当てはまりますよ、狐さん」
「ふん、確かにな。ふん……ところでお前はいつ俺の存在に気付いた」
「ああ、それはですね、暦くんと出会ったときも妙に感じてはいたんですが、確信したのは翼ちゃん
と会ってからですね」
「あの女か」
狐さんは翼ちゃんに目を向けて鼻を鳴らす。
225:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 12:40:11.11 ID:T/wngpRj0
「都合が良すぎるんです。普通ならあんなことは無い。そこでぼくにはおかげさまで経験がありまし
たから。『物語は加速する』、あなたの十八番ですよね、狐さん」
「ふん、なら木の実の存在も知っていたってことか」
「いえ、木の実さんについてはついさっきです。翼ちゃん達がここに近寄れなかったみたいので」
ぼくが言い終わると狐さんの背後から文学少女のような女性、木の実さんが姿を現した。
「やはりわたくしの空間製作は機械には弱いのですわ。天敵とおっしゃってもよろしいくらいに」
「すみませんね、邪魔しちゃって」
「いえいえ、どうせあなたが係わっているのならこれは必然のことですわ」
然程気にしていない口ぶりで木の実さんはにっこりと微笑む。
と、ぼくの横を何かが通り過ぎた。
それは真っ直ぐに狐さんへと向かい、狐さんの顔を掠めて一筋の傷を作る。
見ると戦場ヶ原ちゃんが指に何本ものペンを装備して立っていた。
「あなた達の口振りからして黒幕ということでいいのかしら」
「ふん、『黒幕ということでいいのかしら』。それがどうした、下らんことだ」
「私の真似をしないでくれる? 実に不愉快だわ、汚らわしい」
露骨に顔をしかめて吐き捨てるように言う。
――狐さんに魅了されない女の子は珍しいな。
ま、第一印象がこれじゃ仕方ないか。
226:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 12:42:48.12 ID:T/wngpRj0
「お前は確か戦場ヶ原といったな、これはお前に関係ない物語だ。脇役がしゃしゃり出るな」
「関係ないですって? 私の愛する阿良々木くんを巻き込んだ時点で関係してるじゃない」
「ふん、お前らの関係なんか知ったことか。俺にとってはどうでもいい事柄だ」
「ならいいわ、分からせてあげる。死んで詫びなさい」
そうして投擲される文房具。
直線的な動線を描くそれを避けると、狐さんと木の実さんは闇の中に溶け込むように消えた。
そして声だけが聞こえてくる。
「今回はこの辺りで幕引きだ。無駄に出費した割には成果が見られなかったな。ふん、俺の敵――またな」
「それでは御機嫌よう、戯言遣いさん」
言い終わると同時にプツリと気配は掻き消えて、この場に残るのは四人だけとなった。
しかし見事だな、木の実さんの空間製作は。
……さて、これで一件落着か。
ぼくは踵を返して暦くんに近寄る。
ふむ、出血は既に止まっており、傷痕からは新しい肉が盛り上がり始めている。
なるほどね、これが『不死身』か。
「……驚かないんですね」
「うん? いやぼくにも死なない知り合いがいたからね。殺されちゃったけど」
「死なないのに死んじゃったんですか?」
ちょっと目を丸めてすぐに笑う暦くん。
どうやら冗談だと思われたようだ。
ま、いいけどね。
「回復にもう少し時間が掛かりそうですけどいいですか」
「別に構わないよ、哀川さんもまだ来てないし」
228:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 12:45:39.02 ID:T/wngpRj0
「上の名前で呼ぶな下で呼べ。苗字を呼ぶのは敵だけだ」
背後から聞き慣れた台詞と共に後頭部への衝撃が訪れた。
振り返らなくても分かる――哀川さんだ。
「どうしてここが分かったんですか……あ、潤さん」
「いや、血の匂いがしたから辿って来た」
……犬みたいな嗅覚だな。
戦場ヶ原ちゃんと翼ちゃんは突然登場した哀川さんに訝しむような視線を浴びせる。
――そういや翼ちゃんも直接は哀川さんのことを知らないんだっけ。
「翼ちゃん、この人が哀川潤さんだよ」
「あ、なるほど。女性だったんですね」
「よろしくな翼ちん」
「えーと、それでこっちが、」
「戦場ヶ原です」
素っ気無く答える戦場ヶ原ちゃん。
名乗られもしなかったぼくよりはましかな。
「で、暦っちはなんでこんな面白いことになってんだ?」
「ちょっと、やられちゃいました」
「ふうん」
そうして哀川さんは暦くんに歩み寄り――
230:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 12:47:10.86 ID:T/wngpRj0
★★A★★
「ふうん」
潤さんはそう感慨なさげそう漏らすと僕に近づいてきた。
そして真っ赤なジャケットを脱ぐと僕の体にかぶせる。
「ええと?」
「いや、そのままだとちょっとヤバイだろ、露出的に。暦っちが恥ずかしくないなら別にいいけど」
「……あ」
そう、僕の下半身は既に無いわけだからこのまま行くと丸出しになってしまう。
思いっきり失念していた。
「……すいません、お借りします」
「いいんだよ。かわりにちょいっと対価もらうけどな」
そう言うと僕の体をひょいと起こして――
――キスをされた。
それも結構濃厚に。
まずい、不味い、マズイッ!
慌てて戦場ヶ原の方に目を向ける。
……僕を養豚場の豚を見るかのように冷たい瞳で見下ろしていた。
戦場ヶ原は何も言わない。
しかしそれがかえって恐ろしい。
231:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 12:48:40.01 ID:ycU6+t0n0
なんだデッドエンドか
237:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 13:36:40.06 ID:T/wngpRj0
「じゅ、ジュンさんッななナニヲ」
「うん、いや喧嘩の請負料とジャケット代だけど」
僕の裏返った声にしれっと答える潤さん。
僕をそっとおろして二歩下がると戦場ヶ原に笑いかけて言う。
「ご馳走さん」
戦場ヶ原が僕の彼女だと分かっててキスしたのかよ!
それを聞くと戦場ヶ原は爽やかににっこりと微笑み、右袖の中からカッターナイフを滑り出した。
そして一線。
潤さんは軽く体を反らしカッターの刃を紙一重でかわす。
戦場ヶ原は舌打ちすると、今度は左袖からコンパスを取り出しフェンシングのように突き出した。
それに対して潤さんはバク転で道化師のように避けて距離を取る。
「よっしゃ、いーたん先に車戻っとくぞ! わははは」
獣のような速さで潤さんは走り去り、なんとも言えない沈黙が建設現場に流れる。
するといーさんは溜息をついて僕の前で屈む。
「なんか哀川さんが迷惑かけてゴメンね」
「あ、いえ別に、」
「別に何かしら、阿良々木くん。彼女の前で美人とキスできたのが良かったってことかしら」
「違う! 誤解だガハラさん!!」
「ねえ、どう思う羽川さん?」
うわっ羽川に話題振りやがった!?
239:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 13:38:59.12 ID:T/wngpRj0
「んん、無理矢理ってのはあるけど抵抗しなかったのはどうかと思うね」
……ばれてる。
確かにあんな美人にキスされたのは嬉しかったさ。
でも――でもそれは男として当たり前のことだよね!?
「なに鼻の下伸ばしてるの。猿のモノマネ? 似てるけど猿に失礼よ」
「酷い!? 彼氏を猿と比べた!」
「誰が彼氏だっけ? 私にそんなのいたかしら?」
「……すみませんでした。それだけは勘弁してください」
「行きましょう、羽川さん」
「え、あっうん」
そうして戦場ヶ原と羽川が去り、僕といーさんだけとなった。
戦場ヶ原に許してもらえるだろうか……。
なんだか僕の気分はどん底まで沈んだ。
240:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 13:42:03.23 ID:T/wngpRj0
「暦くん」
「あっ、はい。いいですよ僕を置いて行っても何とかなりますから」
「いや、そうじゃなくてね。これを渡しておこうと思って」
そう言うといーさんはポケットから長方形の紙を一枚取り出して僕に差し出してきた。
受け取って見てみるとそれには住所と職業が印刷されており、綺麗に加工されている。
「……えと、名刺ですかこれ?」
「うん、名刺だよ。でもそれは特別製でね、それをぼくに見せると一回だけ無料で何でも請け負って
あげるよ。暦くんが必要ないなら誰かにあげてもいいから」
「サービス券みたいなものですか?」
「そう思ってくれてもいいよ。じゃあぼくも哀川さんを待たせてるから行くね。お大事に」
「はい、ありがとうございました」
「こちらこそ」
いーさんもいなくなり、とうとう建設現場には僕だけが残った。
体もまだ三分の一グチャグチャのままだ。
今日は色々ありすぎた。
まだ夜は長い、僕は疲労のせいか鉛のように重たい瞼をそっと下ろした。
241:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 13:46:08.81 ID:T/wngpRj0
★★B★★
ぼくが神社まで戻ると哀川さんは車にもたれかかるように立っていた。
そしてニッと口の端を持ち上げるとぼくに言う。
「さて、今回の残りもんを解決するか」
「……? 全部終わったじゃないですか」
「まだ残ってるじゃねぇか。誰があのクソ親父にいらねぇ情報を与えたのか」
「あ……」
「クソ親父が怪異なんて物を知ってて、神社の札を剥がすと狂うなんて思いつくと思ってたのか」
確かにそうだ。
ぼくや哀川さんが知らないことを狐さんが思いつくとは思えない。
「……つまり、協力者がいる」
「そ、正解」
「でも誰が……」
「あのクソ親父は去り際にこう言ってたよな、『無駄に出費した割には成果が見られなかったな』」
――聞いていたのか。
いつから哀川さんはあそこにいたんだ?
「戦場ちゅんがクソ親父にペン投げつけた辺りからだ」
「当然のように読まないで下さい。で、誰が協力者か分かるんですか」
「だからここで待ってるんだろ」
「え?」
243:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 13:48:05.08 ID:T/wngpRj0
そこで誰かの足音が聞こえてきた。
ぼくがそこに目を向けるとサングラスをかけた黒ずくめの男がいる。
壮年の男で、その服装はどこか喪服を彷彿させ、不吉な雰囲気を放っていた。
「……誰かと思えば俺の情報を買ったやつを邪魔したお嬢さんと青年じゃないか」
「てめぇが協力者だな、おっさん」
「ふむ、協力者か、少し違うな。俺は金をもらって教えただけだ。で、どうして俺がここに来ると分かった」
「はんっ、てめぇみたいなのは大体自分の仕事を確認するために現場に現れるんだ」
少し思考するかのように顎に手を寄せる男。
サングラス越しから覗く目は冷たく、感情が無いようにも見える。
「……それで俺をどうするつもりかな、お嬢さん」
「少しお仕置きしてやろうと思ってるかな。謝るなら今のうちだぜ」
「そうか、なら謝ろう。悪かったな、誓ってもうしない」
「はん?」 「あれ?」
「どうした、お嬢さん。許してもらえるかな」
なんだこの人は――
いままで見たことの無いタイプ、理解できない。
プライドが一片たりとも無いのか?
244:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 13:51:29.48 ID:T/wngpRj0
「てめぇプライドが無いのか?」
「プライドなんてあっても損するだけだ。金にならないものは持たない主義でな」
「チッ、あたしが一番嫌いなタイプだぜ、あんた」
「……それなら俺はお嬢さんの目に映らないところに消えるとしよう。これでお互い得だ」
そうして本当にその男は去って行った。
「なんなんでしょうか、あの人」
「あたしが知るか。分かるのはあいつが人間の屑って事だな。あーくだらねぇ、帰ろうぜいーたん。
『動物園、ただし全部剥製みたいなっ』ってやつだ」
哀川さんはさっさと車に乗り込み、ぼくも助手席へと這入る。
哀川さんが車を発進させてぼくらはこの町を後にした。
――こうして今回の依頼は全て解決を迎えた。
Boku side 《Monster Lyric》is the END.
245:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 13:54:31.24 ID:T/wngpRj0
★★A★★
後日談というか、今回のオチ。
翌日、いつものように二人の妹、火憐ちゃんと月火ちゃんに叩き起こされた。
結局あれから身体が治るまで工事現場で仮眠を取り、深夜にこっそりと家へ戻ったのだ。
しかし下半身を真っ赤なジャケットで隠した姿は正に変質者だったんじゃないのか。
なんとか誰にも見つからずに帰ることは出来たけど、多分僕はこのことを忘れることが無いと思う。
妹たちを追っ払って僕はベッドから疲労から重たくなった体を起こす。
カーテンを透過する朝日がいつもより眩しく、まだ体質を引きずっているようだった。
そして僕は嘆息する。
まだ僕の頭を痛ますことが残っているのだ。
それは勿論、戦場ヶ原との事。
僕としては戦場ヶ原とは絶対に別れたくないのだ。
意識せずとも勝手に溜息が漏れる。
そうして僕は服を着替えて朝食も摂らずに玄関を出た。
秋の太陽なのに僕の肌は夏のように日差しを感じる。
憂鬱の月曜日は更に青味を増して気分的には黒に近い。
いつも通り慣れた道なのに何故か倍ほどの距離に感じる。
身体が学校に行くのを拒否しているのだろうか。
246:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 13:57:05.52 ID:T/wngpRj0
と僕の進行方向に見覚えのある姿がこちらに歩いてくる。
馬鹿みたいにでかいリュックを背負ったツインテールの女の子。
――デジャブ?
僕の顔を確認するといい笑顔で元気に声を張り上げた。
「おはようございますっ! アロハ着さん!」
「……それは忍野だ」
「噛みましたっ! おや、どうしました阿良々木さん元気ないですね」
「お前はいつもより二割増しで元気いいな……」
「そりゃもう、こんないい天気ですから!」
そう言って大袈裟に空を仰ぐ八九寺。
僕はもうお前が眩しいよ。
「どうしたんですか? 本当に暗いですよ。さてはあなた偽者ですね!?」
「いやいや、本物ですよ、八九寺さん……」
「いえ、偽者です! 本物はわたしの体をしゃぶりつく様な目で見つめていつも呼吸が荒いですから。
それにいつも涎を垂らしていました!」
「八九寺の目には僕がそんな風に映ってたの!?」
「おお、少し元気が出てきましたね」
「あ……」
なんだ、八九寺に心配かけてたみたいだな。
確かに少し元気が出てきた。
248:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 13:59:26.97 ID:T/wngpRj0
「ところで何があったんですか?」
「ああ、それがな――」
僕は昨日八九寺と別れてからのことを要点だけを捉えて話した。
ただし戦場ヶ原とのことは意見を貰いたかったから細かく教えたのだけど。
そして聞き終わった後に一言。
「それを小学生に訊くのはどうなんでしょうか、阿良々木さん」
「バッサリ切り落としたな!?」
「ふふん、当たり前です。そんなのは本人に聞くのが一番でしょう、ほら」
八九寺は僕の後ろをあごで示す。
僕が振り返り見た先には、噂の戦場ヶ原が立っていた。
「ガハラ、さん……」
「おはよう、阿良々木くん。早いのね」
いつも通りな様子の戦場ヶ原。
反対に僕は汗を浮かべて挙動不審なことだろう。
一気に喉が渇く。
「ガハラさん、昨日は、」
「私は少し考えてきたんだけど――」
僕の言葉を遮り、そして続ける。
249:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 14:01:33.53 ID:T/wngpRj0
「やっぱり急に優しくなったのがいけなかったんだと思うんだけど、違う?」
「えっ? いや、」
「ということで今日から以前みたいな関係に戻そうと思うの」
「えっえ、どういう、」
「さっさと学校に行くわよ。阿良々木くんは亀よりも遅いんだから、遅刻しちゃうじゃない」
「え、ああ、」
「阿良々木くんが遅れるのは別に構わないけど、私が遅れるのは許しがたいのよ」
歩き出す戦場ヶ原に混乱する僕が後に続く。
後ろを見ると八九寺は満面の笑みで手を振る。
「いってらっしゃい! 阿良々木さんっ」
ありがとう、お前はやっぱり僕の親友だ、八九寺。
250:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 14:03:37.87 ID:T/wngpRj0
そうして二人並んで歩いていると急に戦場ヶ原は立ち止まる。
なんなのかと僕が思っているとうっすらと微笑み言う。
「やっぱり私は阿良々木くんを手放せないようね」
「えと、ガハラさん?」
「愛してるわよ、阿良々木くん」
そう言うと再び歩き出す戦場ヶ原。
僕は稲妻が走ったように呆然と立ち尽くし、阿呆の子のようになった。
これで僕は戦場ヶ原の所有物になったのだ。
何をされても文句を言えない人形なのだ。
……なんてね。
こんな時いーさんはこう言うのだろうか。
「戯言だけどね」
僕は駆け足で戦場ヶ原の隣まで行き、並んで歩く。
先ほど僕の胸に巣食っていた黒い雲は嘘のように散って、見上げた秋の空が美しかった。
Araragi side 《戯物語》 了
253:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 14:08:00.15 ID:T/wngpRj0
以上です。
支援、保守をしてくれた方々、そして私の駄文に付き合って頂いた方々に
最上の感謝を捧げます。
ありがとうございました。
251:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 14:04:49.26 ID:K6Hrd5BWO
乙。面白かった
260:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 14:34:56.47 ID:/yjpOPM9O
見て良かった。
238:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 13:37:04.12 ID:q3jNp1LHO
一気に追い付いたわ。
>>1は文法の基本をきちんと学んでるんだね。読みやすい。
あと、西尾文体をしっかりと自分の物にしてる所を見ると、よっぽど好きなんだろうね。
269:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/10/19(月) 16:28:49.15 ID:q3jNp1LHO
乙
良かった。また書いてくれ。
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