【デレマス近代劇】クラリス「怨霊血染めの十字架」

2017-07-08 (土) 00:07  アイドルマスターSS   0コメント  
1: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/27(火) 00:09:15.02 ID:9RdRMGJU0

フランス革命って、あまり近代ってかんじしない不思議
歴史改変注意




2: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/27(火) 00:10:03.61 ID:9RdRMGJU0

 フランス王政が国民に豊かな生活を保障できなくなり、

 革命が決行された頃。

 はじめはただの不満によって突発的に起こったはずの蜂起は

 次第に組織化され、秩序づけられ、

 善良なはずの市民達は、

 デマゴーグによって制御される暴力装置と化していた。






3: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/27(火) 00:11:12.23 ID:9RdRMGJU0

カトリックの教会は暴動の対象にはならなかった。

実のところ搾取の半分は教会によってなされていたのだが、

敬虔な獣達の心の中には、やはり神が必要だったのである。

人命の価値が限りなく下がって行く社会では、

人は生を営むための祈りではなく、

苦痛とその先にある死を受け入れるために教会へ行く。




4: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/27(火) 00:12:56.29 ID:9RdRMGJU0

 シスターであるクラリスは多忙であった。

 毎日ひっきりなしに行われる死刑に、神父の代わりに駆り出されている。

 
 刑に処される人々は、刑を下す人々ほど罪深くなかった。

 「王族・貴族の側につきフランスを堕落させた」などと糾弾されていたが、

 実のところ処刑の実態は、ジャコバン派による内部粛清であった。

 権威への叛逆を掲げる組織の中で行われる権力争い。

 この内状を知ったクラリスは、ただ心が痛むばかりだった。




5: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/27(火) 00:14:18.41 ID:9RdRMGJU0

 クラリスが教会に戻ると、懺悔室に人の気配があった。

 神父にそのことを伝えたが、彼は首を振った。

 クラリスは察した。

 懺悔室にいるのは現ムッシュ・ド・パリ(最高の死刑執行人)、

 宮本フレデリカその人であると。

 先代のムッシュ・ド・パリ、つまりサンソン家は、

 王族の処刑を断固拒否したため、その座から追われた。

 しかし人々は、自身の手を汚すことは嫌がった。

 そこで、フレデリカに白羽の矢が立った。

 彼女は外見ではわからないが、半分日本人の血が入っていて、

 パリの中では鼻つまみ者だった。

 
 嫌なことは嫌いなやつにやらせよう。

 その凶悪的なまでに短絡的な思考が、フレデリカを死刑執行人にした。

 性急な配役であったが、フレデリカは見事に処刑をこなしていった。

 特に斬首の技量は、かのシャルル=アンリ・サンソンと

 肩を並べるとも称された。

 とはいえ人々がフレデリカを尊敬するようになるわけでもなく、

 彼女は以前よりいっそうの差別を受けた。

 教会へ行っても、神父に懺悔を聞いてもらえないほどの。





6: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/27(火) 00:15:02.34 ID:9RdRMGJU0

クラリスは懺悔室へ入った。

 相手の顔が見えないように構造的な工夫がされており、

 かつ室内は薄暗くなっている。

 それでもクラリスは、部屋に入った途端濃厚な死臭を感じ取った。

 恐怖は感じなかった。

 相手のことを思うと、ただ胸が締め付けられた。




7: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/27(火) 00:15:47.02 ID:9RdRMGJU0

 フレデリカは何も言わず、ただそこに佇んでいた。
 
 本当は彼女も、神を信じていないのだ。

 信じろという方が無理がある。

 懺悔室にやってくるのは、許しを乞うのではなく、

 ただそうせずにはいられなかったから。



 クラリスは、そっとフレデリカの側に手を差し出した。

 しばらくすると、その手が力無く握られた。

 そしてクラリスは、むこうで、

 熱い雫がぽたぽたと落ちるのを感じた。




8: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/27(火) 00:16:20.06 ID:9RdRMGJU0

 死刑を執行している時のフレデリカは、

 観衆の背筋が冷たくなるほど陽気だった。

 陽気なまま、笑ったまま、無罪の罪人の首を落とす。

 人々は自身の罪を顧みることもせず、彼女を蔑視し憎悪する。

 まさしく、この世に神はないない。

 いたとして、このパリにはいない。




9: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/27(火) 00:17:49.67 ID:9RdRMGJU0

 クラリスは教会の連絡網を用いて、ひそかに各国の

 王族達に革命の征圧を要請した。

 おびただしい犠牲が出るだろう。

 しかし教会が権威の保持および拡大のために民衆を欺き、

 搾取してきた過去を思えば、クラリスの行為はまだ人肌の温かみがあった。

 彼女は結局、フレデリカ1人を救いたいのだ。

 いや厳密には、彼女以外の市民全てに罰が下ればいいと考えている。

 自由と引き換えに、王族に責任を譲渡し、

 安楽な生活を貪ってきた市民。

 その生活が失われてようやく行動を起こしたが、

 責任を取ることは忌避し、安易に革命派の言説に従う。

 処刑の際は好奇心の赴くままに押し寄せ、

 罪人や死刑執行人にやじを投げる。
 
 彼女ら、彼らには隣人愛を与えるべきでない。

 人ではない、けだものなのだから。


 かつての十字軍遠征がしのばれるほどの狂熱さで、

 クラリスは書状をしたため、連絡網に流した。




10: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/27(火) 00:18:33.97 ID:9RdRMGJU0

 だが、その行動が実を結び、

 各国軍がパリを包囲した頃には、革命派は内紛で死に体となっていた。

 指導者・幹部らは軒並み死亡し、手足となっていた市民は狼狽えた。

 投降するとして、すでにいない指導者を差し出せねばならない。

 誰がふさわしい?

 お前か。お前か。それとも…。

 市民達は、自分達の行為の重大さを、ここにきてようやく理解した。

 それでもなお、責任を取ることを拒んだ。

 そして誰かが思いついた。

 嫌なことは、嫌いなやつにやらせよう。




12: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/27(火) 00:19:27.88 ID:9RdRMGJU0

クラリスは呆然とした。
 
民衆の悪意を、あまりにも過小評価していた。

 
フレデリカは革命の指導者として

各国軍に引き渡され、処刑されることになった。

クラリスは市民達を、それ以上に己を呪った。


彼女はフレデリカのいる牢獄へ駆けた。

途中で靴が脱げて、それでも走って、

細くて美しい脚は土に汚れ、潰れ、血塗れになった。

その時クラリスが感じた苦痛は、フレデリカの苦痛であった。

抗うことさえ許されない状況で、最悪の現実と向き合うこと。

その現実から逃れるために、いとも簡単に他者を利用する

人間がいるということ。


だがクラリスがフレデリカと決定的に異なるのは、

彼女もまた、その無責任な人間の1人であるということだ。

それを自覚したからこそ、クラリスは牢獄へ向かった。


許されるつもりはない。ただ、そうしたかった。




13: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/27(火) 00:20:14.79 ID:9RdRMGJU0

「Ça va ?」

 クラリスを見たフレデリカは、陽気に挨拶をした。

 しかし、厳しい拘束生活のせいか、目の下は隈ができ、

 美しかったはずの金髪は、見る影もなくやつれていた。

 クラリスは冷たい格子を握りしめた。

 どんなに力を込めても、なにも変わらない。

 ついには指から血が流れて、ぽたぽたと音を立てた。

 フレデリカは、自分の手をそこに重ねた。

 クラリスの涙が、2人分の手のひらの上に降り注いだ。


 クラリスは各国軍に対して、フレデリカの助命を乞うた。

 彼女は民衆によって、指導者に仕立て上げられただけに過ぎないのだと。

 




14: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/27(火) 00:20:59.30 ID:9RdRMGJU0

 しかし軍人達はこう言った。

 すでにいない指導者のために民衆を突き回すのは“酷”だ。

 酷…? 残酷…?





15: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/27(火) 00:22:12.24 ID:9RdRMGJU0

フレデリカが処刑された時、クラリスは発狂した。


神はいない。罰はない。地獄もない。

ならば、自分がこの世に地獄を作ってみせよう。

彼女は憎悪する民衆を煽動し、フランスに新たな軍隊を作り出した。


そして自由、平等、博愛を掲げて、欧州の国々を蹂躙した。

おびただしい量の犠牲者が双方に出た。

それでもクラリスは走り続けた。





16: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/27(火) 00:22:43.48 ID:9RdRMGJU0

世界全てを、灰にするために。



17: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/27(火) 00:23:38.68 ID:9RdRMGJU0

【デレマス現代劇】大和亜季「私の戦場」



18: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/27(火) 00:24:37.17 ID:9RdRMGJU0

大和亜季には自信があった。

アイドルとして成功する自信が。

しかし、いざ飛び込んだアイドル業界は、まさに戦場であった。

亜季や他のアイドルは、プロダクションの兵士に過ぎなかった。

予め緻密に組み上げられたレッスン、

バラエティでの立ち振る舞い、ファンへのサービス。

それらの履行は、軍隊における命令系統の遵守と同義であった。





19: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/27(火) 00:25:31.76 ID:9RdRMGJU0

しかしだからこそ、大和亜季はアイドルとして相応しかった。

彼女は日常の曖昧さにうんざりしていた。

ウケる。たのしい。

すごい。ヤバイ。

よかったね。がんばって。

意味消失した言葉の群。

その中で生きるのは、亜季にとって堪え難い苦痛だった。

それに対して、アイドルはなんと明確なことだろうか。

踊れ。歌え。

こうやって話せ。ここは黙れ。

ファンの数はこうだ。CDやライブの売り上げはこれくらいだ。

甘えや馴れ合い、解釈の違いなどは一切存在しない。

必要なのは、規律を守るか、守れるだけの努力をすることだけ。

大和亜季にとって天職であるといっても過言ではなかった。




20: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/27(火) 00:26:56.25 ID:9RdRMGJU0

だが現在の彼女は控えめに言って、弱小の、色物だった。

容姿は良い方だ。体力もある。根性もある。

歌はまだ改善の必要があるが、それは時間が解決してくれる。

キャッチーな特徴もある。

それなのに、何故彼女は成功できないのか?

私の訓練不足。

彼女ははじめそう考えたが、

オーバーワークはむしろ逆効果だと、すぐに否定した。


本当に亜季を覆い隠してしまうのは、美城プロダクション、

およびアイドル業界という同じブタイ(部隊/舞台)にいる人間。

仲間であるようで、不倶戴天の敵。

亜季は1人のアイドルを思い浮かべた。





21: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/27(火) 00:27:22.25 ID:9RdRMGJU0

宮本フレデリカ。

大和亜季とは真逆の性格で、成功を掴んだ少女だ。




22: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/27(火) 00:29:57.34 ID:9RdRMGJU0

遅刻。無断欠勤。指示の無視。

突発的に始まるアドリブ。

本物の軍隊であれば、除隊どころか銃殺刑に処されてもおかしくない。

フレデリカの勝手が罷り通るのは、

一重に、彼女が成功しているからだ。

しかしその成功が、いかなるプロセスに基づいて起こったのか、

亜季には皆目検討もつかなかった。

美城プロダクションが作り上げてたマニュアルは、

芸能界における成功の鍵とほぼ同等である。


その証拠に、多数の美城アイドルが業界を席巻している。

所属しているプロデューサー、トレーナーも、

アイドル達の信用を得た上で、彼女達を成功させる傑物ばかり。

これらを踏み散らして、

なぜ宮本フレデリカはアイドルとして勲章を得るのか?




23: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/27(火) 00:31:07.51 ID:9RdRMGJU0

たしかに、セオリーは成功を確約するものではない。

それは亜季が知る軍人達が証明している。

バグパイプと長剣、それから弓矢で第二次世界大戦を駆け抜けた男。

銃弾飛び交う中ロッキングチェアでくつろぎながら、ソビエトの大軍を抑えた指揮官。

上官に噛み付き、敵の戦闘機だけでなく自身の乗機も破壊して、

それでも英雄と呼ばれたパイロット。

彼らを、亜季は尊敬している。

だが彼らとて、あくまで軍規の範疇でスタンドプレーをしたに過ぎない。

亜季は、自分が大和亜季というアイドルであることを懸けて、

宮本フレデリカを認めるわけにはいかなかった。




24: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/27(火) 00:32:28.31 ID:9RdRMGJU0

「敵地に侵入…斥候を開始するであります」

そう呟いたあと、亜季は苦笑した。

場所は、美城プロダクションが所有するライブハウス。

今日の主役は宮本フレデリカを擁するLiPPSだ。

リーダーは速水奏。

戦略的にはともかくとして、

戦術的に見て相応な人選だと、亜季は考える。


まずフレデリカは論外。

城ヶ崎美嘉は、個人としてユニット内では最高の成功を収めているが、

他のアイドル達を牽引しうる強引さがない。


塩見周子はバランスが取れているように見えて、

実のところ他人に干渉するほどの積極性、あるいは余裕がない。


一ノ瀬志希は、カリキュラムこそ要領よく消費するが、本質的にはフレデリカの同類。


彼女達に染められないほどの個性があり、かつ彼女達を率いるだけの

成熟した精神を持っているのが、速水奏というアイドルだ。




25: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/27(火) 00:33:09.82 ID:9RdRMGJU0

だが、目の前で起こっているフレデリカと志希の暴走を見ていると、

亜季は彼女に同情しか湧いてこなかった。


奏は、チームプレイ上では自分の役割を全うしている。

それゆえ、完全に他のメンバーに、

特にフレデリカや志希の影に隠れてしまっている。

本来プロデューサーや演出監督が裏でやるべき仕事を、

奏が代行しているからだ。

ステージ上での暴走を止められるのは、彼女だけ。

一方のファンは、むしろ暴走を望み、楽しんでいる節がある。

「間違っているであります…」

最前席で双眼鏡を覗き込みながら、亜季は呟いた。




26: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/27(火) 00:33:47.07 ID:9RdRMGJU0

ある時、亜季は奏とトレーニングルームで出会った。

同じ時間に基礎体力訓練が入ったのだ。

「あ、あのぅ・・・」

亜季は、おずおずと奏に声をかけた。

相手は飛ぶ鳥落とす勢いのアイドルだ。

亜季は権威というものに対して、滅法気が弱かった。




27: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/27(火) 00:35:27.74 ID:9RdRMGJU0

「あら、亜季じゃない」

「わ、私の名前をご存知で!?」

「当然よ。同じプロダクションの仲間だもの」

「身に余る光栄であります・・・」

小さく小さく縮こまる亜季に、奏は苦笑した。

「それで、私に何か用?」

「あ! えっと……

 速水さんは、フレデリカ殿についてどう思われますか」

“殿”に若干のアクセント付けながら、亜季は言った。

 奏は即答した。




28: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/27(火) 00:36:31.22 ID:9RdRMGJU0

「問題児よ。

レッスンはサボタージュするし、

進行は守らないし、

何を考えてるのか、時々分からないし。

志希の方がまだ大人しく見えるわ」


奏はくすりと笑った。

彼女はLiPPSでの活動を純粋に楽しんでいるようだった。

亜季は、そのフレデリカ殿のせいで、とは言えなかった。

代わりに、フレデリカの魅力について、奏に尋ねた。

「フレデリカの魅力…うーん…そうねえ」

奏は、濡れるように艶めいた唇に指を当てた。

「強さ、かな」

「強さ?」

「それ以外に、彼女に似合う言葉は見つからないわ」

亜季個人の印象としては、フレデリカは軟派で軽薄。

奏の言葉は理解しかねた。

「それは、フレデリカ殿がアイドルとして、ということでありますか」

「アイドルとして…たしかにそうなんだけど、そこを区別するのは、

私にはちょっと難しいかな」




29: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/27(火) 00:36:57.51 ID:9RdRMGJU0

奏はにっこりと、亜季に微笑みかけた。

亜季は、被弾した、被弾した、と内心で呟いた。

その動揺のせいか、彼女は三度目の質問を、

随分露骨なものにしてしまった。

だが、それにも奏の表情は変わらなかった。

「他の子の輝きで速水奏が見失われてしまうなら、そこが私の限界よ」

あなただって十分強い。

そう伝える勇気が、この時の亜季にはなかった。




30: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/27(火) 00:37:58.36 ID:9RdRMGJU0

数ヶ月後、亜季にとって転機が訪れた。

美城アイドルの頂点に君臨する、高垣楓のビッグライブ。

そこで公開されるのは、

今までの、おっとりとしたイメージを打ち破る激しい曲。


旧来のサポートメンバーは、

高垣楓と同じようなイメージを持つアイドルで構成されていた。

新曲で全員入れ替えるという意見が出たが、

それは各々のプロデューサーの尽力によって回避された。

しかし、舵取りの激しさに投げ出されるアイドルが数名出た。

その穴は、入れ替えで予定されていたメンバーによって埋められた。




31: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/27(火) 00:39:55.92 ID:9RdRMGJU0

たった1つの席を残して。



32: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/27(火) 00:40:33.22 ID:9RdRMGJU0

ライブでは、高垣楓というアイドルの多様さを、

歌とダンスで表現するのだという。



イントロは穏やかなジャズ調。

ここだけは、エレクトリック・アコースティックギターが主役だ。

サポートの動きは、ゆったりとしたウォークで

中心からサイド・バックに移動。

しかしAメロで歌が始まるのと同時に、ベースとアップテンポかつ

変則的なシンセサイザーが滑り込んでくる。

ここでサイドダンスが急変。ツーステップで静寂を断ち切り、

Bメロからはストップ&ゴーとパドブレに別れる。

ここまでは、バックは目立った動きはしない。





33: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/27(火) 00:41:22.29 ID:9RdRMGJU0

しかしサビに入ると、弾丸のように位置を入れ替え、

バックメンバーがサイドでブレイク、

サイドメンバーがバックで

ゆったりと泳ぐようなウォークを行う。

1番と2番の間奏は全体をチャールストンで統一。

2番ではドラムがパートに入り、Bメロから開始。

今度はサイドの動きが落ち着き、バックが激しくなる。

サビでは再びメンバーの位置を変えて、


一番のイントロおよびA・Bメロと同じ場所に戻らせる。

Cメロからはサポートメンバーが2人1組で

放射状に舞台に広がり、ギター以外はフェードアウト。

最後のアウトロでメンバーが抱き合う。




34: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/27(火) 00:42:17.34 ID:9RdRMGJU0

ダンスの作案者の1人である小松伊吹が、

候補達に一連の流れを説明した後、手本を見せた。

皆が絶句した。レベルが違いすぎる。

しかもオーディションでは、全てパートにおける動きを見るために、

曲を4回ほど繰り返す。

休憩は短く、全体時間は20分。

ほとんど休むことなく踊り続けることになる。



このような過酷な調整の理由を、亜季は知らない。

知ろうとも思わない。

だが、さすがに通常のレッスンで消化できる課題ではなく、

掟破りのオーバーワークに手を染めることになった。

幸いにして体力は有り余るほどある。

そして、皮肉なことに習得にかける時間もたっぷりあった。






35: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/27(火) 00:43:03.77 ID:9RdRMGJU0

亜季は、レッスンルームでフレデリカと鉢合わせた。

彼女、あるいは彼女のプロデューサーも、

楓のサポートを狙っているらしい。

しかしフレデリカはダンスの練習をするでもなく、

床に寝っ転がっていた。

「フレデリカ殿。

 練習をしないなら出て行って欲しいであります」

亜季は冷然と、そう告げた。

フレデリカはエメラルドブルーの瞳で、

じいーっと亜季を見た。





36: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/27(火) 00:44:33.99 ID:9RdRMGJU0

「亜季ちゃんだよね?」

「私が亜季ちゃんであります」

 フレデリカは立ち上がって、伸びをした。

「いつもの亜季ちゃんじゃな〜い」

その言葉を聞いて、亜季のこめかみがひくついた。

「いつもの私?
 
 フレデリカ殿と私は、

 そこまで親密な間柄ではなかったと記憶しておりますが」

「プロダクションのみんなのことなら、大体わかるよ〜♪」

 くりくりと瞳を動かしながら、フレデリカが言った。

 彼女はやはり、亜季には苦手にとって人間だった。

 要領を得ない。何が言いたいのかはっきりわからない。

「それでは、今の私がいつもの私とどう違うのでありますか?」

 語気を強めて亜季は尋ねた。

「ん〜、亜季ちゃんきっと怒るから言わな〜い♪」

 後ろ手を組んで、フレデリカが笑う。

 悪意もごまかしもない、愛らしい笑顔だった。

 亜季は何も返さず、ダンスの練習を始めた。


 




37: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/27(火) 00:46:29.84 ID:9RdRMGJU0

 オーディションは一回きり。

 候補達が20人ごとのグループで、一斉にダンスを始める。

 亜季は最終グループ。

 フレデリカは、最初のグループにいた。

 
 候補達はミスを連発した。

 無理もない。

 技術面でも駆け出しアイドルには似つかわしくないのに、

 それが4回。初めに余裕を見せていた候補生も、最後で心が折れる。

 20分が終わった時、静かに泣き出す者もいた。

 しかし亜季は、フレデリカだけを見ていた。

 彼女は奥歯を噛み締めた。フレデリカのダンスは完璧だった。

 圧倒的な才能。一重にそれだ。

 才能が全てをひっくり返す。

 他のアイドル達の、懸命な努力でさえも。

 引き摺り下ろしてやる。

 亜季は殺意にも似た決意を持って、立ち上がった。




38: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/27(火) 00:47:22.48 ID:9RdRMGJU0

 不安はなかった。

 亜季はプロダクション内で、日野茜と肩を並べる体力馬鹿だ。

 その体力で、技術不足を塗りつぶすハードワークを行った。

 だが、3回目のダンスが終わった時、

 亜季の両足は痺れた。

 高垣楓のダイナミクスの表現が、足さばきに集中している。

 くわえ、フレデリカに対する対抗心、

 さらに無意識下での緊張が、亜季の身体を蝕んだのだ。

 それでも亜季は棒のようになった足を、

 ただの道具として無理 矢理動作させた。

 身体の頑丈さと強固な精神力で、彼女はやり遂げた。

 力技に頼ったがミスはない。完璧だった。

 亜季は、大和亜季史上最高の大和亜季になれたと、そう思った。





39: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/27(火) 00:47:57.39 ID:9RdRMGJU0


 「………」

 数日後、亜季は自身のプロデューサーを睨みつけた。
 
 サポートメンバーの決定方式は、職員達による投票制。

 結果、満場一致で宮本フレデリカが選ばれた。

 つまり、亜季のプロデューサーもフレデリカに票を入れたのだ。

 自分が選ばれなかったことは、決定だからしようがない。

 しかし、亜季を推すべきプロデューサーが、

 他のアイドル、よりによってフレデリカを。




40: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/27(火) 00:48:34.70 ID:9RdRMGJU0

「納得のいく説明を要求します」

 亜季が冷たい声でそう言うと、プロデューサーは、

 オーディションの様子を収録したDVDを再生した。

 そこには亜季の完璧なダンスが映っていた。

 やはりミスは無かった。

 そう思ってプロデューサーを再び睨むと、

 彼はフレデリカの様子をよく見るように指示した。

 巻き戻し、最初のグループ。




41: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/27(火) 00:51:00.44 ID:9RdRMGJU0

 崩れる候補達の中で、たった1人楽しげな顔で踊っている。

 ダンスが終わった後は、さすがに足が痺れたのか、

 舌をぺろりと出して、けんけん歩きをしていた。

 亜季は胸がぐるぐるした。

 オーディションの時に、どうして気づけなかったんだろう。

なぜ彼女が選ばれたのか、亜季は理解した。

過酷なダンスの間もフレデリカは、

フレデリカというアイドルであり続けた。

馬鹿みたいに陽気で、苦しげな表情を他人に見せない。


一方の亜季は、完全なダンサーだった。

だが、ダンサーが必要ならダンサーを雇う、それが美城だ。





42: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/27(火) 00:51:41.27 ID:9RdRMGJU0

いつもの亜季ちゃんじゃな〜い。

フレデリカの言葉が思い返された。

結局のところ亜季は、練習段階で、美城やプロデューサーの立てた

カリキュラムを見限って、独自でのトレーニングを行った。

自分の組織を信じる。そのあり方を、亜季は捨てた。

その結果亜季は、大和亜季というアイドルですらなくなってしまった。

再びモニターを見ると、

彼女ではない、全く別の女が映っているように見えた。




43: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/27(火) 00:52:52.70 ID:9RdRMGJU0

この瞬間、亜季はアイドルになって初めて、

そして久しぶりに、声を上げて泣いた。





44: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/27(火) 00:53:37.59 ID:9RdRMGJU0

彼プロデューサーは黙って見守っていた。

彼は知っている。

大和亜季はアイドルという戦場を、彼女自身で選んだ。






45: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/27(火) 00:54:06.02 ID:9RdRMGJU0

だからこそ、必ず戻ってくるのだと。





46: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/06/27(火) 00:54:35.58 ID:9RdRMGJU0

おしまい



元スレ
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1498489754/

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