魔法少女まどか☆マギカ 1 【完全生産限定版】 [Blu-ray] 521 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/10(月) 00:04:00.89
ID:AkZboO+y0 10月といえば、行楽シーズンだよな。猫も杓子もやれ旅行だの、紅葉狩りだのといっては騒ぎやがって。
――――俺は、旅行にも紅葉狩りにも縁の無い悲しき受験生だよ。特に今年の夏は、桐乃に散々振り回されて
……妹もののエロゲーを強制的にやらされたり、色々と訳あって夏コミに連れて行ったり。
「京介ぇ――、開けるわよ~」
「…… お袋、いつも開けてから言うなよ。ノックしてから開けてくれって、頼んでんじゃねーか」
俺の部屋には鍵が掛からない。中学生の妹、桐乃の部屋には鍵が掛かるっていうのに。
「ごっめ~ん。今度から気を付けるわよ~」
『今度から気を付けるわよ~』は、お袋の常套句だ。気を付けたためしがねーじゃねーか。
「お袋、あんたワザとやってんじゃねーか? 大体いつもい……」
「それより、京介~……来週の土日暇でしょ? みんなでハイキング行く事になったから。あんた荷物持ちね」
「ぶふぉっ!!」
妹の桐乃といい、お袋といい、なんで家の女連中は……俺の予定も聞かないで勝手に物事を決めるかね。
だが悲しいかな、コイツ等が一度決まったって言う事を、俺が引っくり返せたためしはいまだ嘗て一度も無い。
「まあ、お袋がそういうなら決定事項なんだろう。でもみんなって? 親父……休み取れんの?」
「お父さんは働かせとけばいいのよ。わたしと、桐乃と、あやせちゃん……あと、荷物持ちのあんたね」
お袋と桐乃はともかく、あやせとハイキングってのはいいイベントだな。あやせとは最近、旨くいってるから、
このあたりであやせイベントを見事クリアして、一気にあやせの俺に対する好感度をだな……あれ?
「……そういや……お袋、いま土日って言ったよな? 泊まり?」
「そうよ、もう宿も予約したしね。まあ、小さな民宿だけど、今年から一応温泉もあるって事だし……」
それは一昨年の秋にお隣の奥さん連中と、小グループ旅行の際に一泊した民宿らしい。
「でもハイキングと言っても、そこそこの山道だから……それなりの準備はして置いて頂戴ね」
「10月と言ったって、山じゃ冷え込むだろうしな。俺、防寒着は最近新しいの買ったから平気だよ」
――――土曜日午前9時、俺達は東京都西多摩郡奥多摩町の奥多摩駅に到着した。
「なあ、お袋、お袋も桐乃も教えてくれなかったけどさあ、その宿までどんくらいあんの?」
「ほんの10キロ程よ。……まあ、途中で休憩するから……そうね~……5、6時間だったかしら」
俺は歩く前から疲れたよ。10キロ……5、6時間……歩けと、隣で桐乃が軽蔑したように言った。
「あんたってさぁ~……ほんっと体力無いからね、ぷくく……」
「ほっとけ、お前みたいな陸上やってたヤツと一緒にすんな!」
行程10キロに亘る俺の難行苦行の旅が始まった。あやせイベント処の騒ぎじゃねーな。
522 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/10(月) 00:04:48.09
ID:AkZboO+y0 難行苦行の旅も半分ほど消化すると、秋晴れの好天に恵まれたこともあって、歩くのにも多少は慣れてきた。
ただ、暑いんだよな~。桐乃の格好は、ハイキングとあって流石に渋谷系ファッションではなく、ハーフパンツ
にトレーナー、その上に登山用のヤッケ。あやせはキュロットスカートにセーター、そしてウインドブレーカー
とどちらも軽装……と言っても、靴はそれぞれトレッキングシューズを履いていた。お袋は……まあ、いいか。
「ねえ、京介~……あんたの格好、それ暑くないの? いくら山の中とはいっても奥多摩よ」
「お袋、山の天気を嘗めない方がいいぜ、……あとで後悔すっから」
とは言いながら、やっぱ暑いので防寒着は脱いで片手で持ったけどな。その下にセーター着てるし。
「おば様~……今日はハイキングに誘って頂いて、本当にありがとうございます」
「あやせちゃん、そう言ってもらえると嬉しいわ~。たまにはこうして女同士だけでハイキングもいいでしょ」
俺も居るんだがと言い掛けて、ああ……俺は今日は荷物持ちだったっけ! ハイハイ、頭数に入ってないのね。
「あやせちゃん、荷物重かったら遠慮せずに京介に持たせていいから、そのための京介なんだから」
「いえいえ、おば様、わたしの荷物は軽いですから全然平気です」
流石あやせだよ。桐乃なんて家を出た時からずっと俺に持たせて、自分は手ぶらなんだからよ。兄貴の俺をなん
だと思ってんだかね。……これじゃ夏コミの時と同じじゃねーか。
「ねぇ~あんたさ~……あやせの荷物も持ってやりたいんじゃないの。ぷくく、だってあんたは黒髪ロン……」
「ほっとけ! それ以上俺を辱めると、お前の荷物持ってやんねーぞ!」
「ふ~ん、なにマジになってんだか……冗談に決まってんじゃん!」
先が思い遣られるとはこの事だな。まあ、景色も良いし空は何処までも澄み渡ってるし、気分転換にはいいか。
この舗装道路をもう少し行くと林道に入るって……さっきお袋が言っていた。――――それがあのような事態を
惹起するとは……その時、俺達の誰一人として全く予想もしていなかった。
――――舗装された国道を外れ、俺達は多摩川の源流である奥多摩湖へと続く林道へ……
「景色が良いですね~おば様。東京にこんな所があるなんて、わたし知りませんでした」
「この林道から宿まではずっと落ち葉を踏みしめながらって、感じかしらね~」
確かに景色も良いし、紅葉も綺麗だよ。でも、アスファルトに慣れた俺には歩き辛くってしょうがねえよ。
「あやせちゃんも桐乃も足元に気を付けてね」
「ありがとうございます。おば様」
あやせは確かに足元に注意しながら歩いちゃいるが、それに較べて桐乃はまあ……なんつーか流石に元陸上選手
だよな。すっげー軽やかと言うか、多少のデコボコなんて全く気にしちゃいねーで歩いてやんの。
「なあ~、お袋~、あとどんくらいあんの?」
「あら、もう音を上げたの? ……三分の二は超えたと思うから……そうね……この先に分れ道が見えきたら
そこから一時間半くらいかしら。もうちょっとよ」
523 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/10(月) 00:06:04.89
ID:AkZboO+y0 終わりの目処が見えるってのは、本当に良いもんだよ。宿に着いたら、先ず風呂だな、温泉って言ってたしな。
そういや、俺ん家が家族旅行なんてしたのはいつが最後だったけ? 妹の桐乃との関係がギクシャクしちまって
からはお袋も親父も、家族旅行なんて言い出さなくなっちまったし――俺が中学生になって以来……
「ねぇ~……あんたさー、家が最後に家族旅行に行ったのっていつだったか覚えてる?」
桐乃も同じ事を考えてやがったのか。まあ兄妹だしな、こんなハイキングなんか来りゃそう思うかも知んねえ。
そういや……俺達兄妹はなんで仲が悪くなっちまったんだろうな? 俺が中学に入った頃からだよな?……
「まあ、あんたじゃ覚えてないか? バカだしぃ」
桐乃が今さらっと、何か俺の悪口を言った様だが聞き逃しちまった。まあ、いつもの事だから気にしねえがな。
別に考え事をしていたってのもあるが、いま通り過ぎた林の奥に何かあったんだよね。薄緑色っつーか、四角
っぽい何かが……少しだけ丘になったその先の向こうに……頭だけ見えたんだ。見覚えがあんだけど……
「ほらほら、京介! あそこ見て! 見えてきたわよ。分かれ道」
「じゃあ、お袋……あと一時間半ってところか?」
――――分かれ道まで来るとお袋は何故か立ち止まってしまった。
「……………………どっちだったかしら……?」
「おいおい、待ってくれよ。三差路だぜ……覚えてないのかよ。」
「えーと……ちょっと待ってね……今思い出すから。…………ああ、こっちよこっち」
勘弁して欲しいもんだ。そう、なにを隠そうお袋は極度の方向音痴である。自慢するわけじゃないがな。
「京介~……お母さんを信用しなさい。この道で間違いないから……うん、思い出したわ」
「お母さんの方向音痴は昔っからだもんね~。アハハハハ」
お袋の記憶を信じて三差路を右手へ進む、林道の中だと何処まで歩いて行っても同じ様な景色に見えちまって、
俺は少しいやな不安を覚えた。だがそんな不安をよそに桐乃がお袋に話し掛ける。
「ねえ、お母さん? 二年前に来た時もやっぱこんな感じ?」
「そうねぇ~……その時はお隣の奥さんが道案内だったけど……まあ、こんな感じね」
そういう他人まかせが一番アブねーんだよ。俺も詳しくはねーが、こういう林道ってのは始終新しく造られたり
廃道になったりするんだと沙織が言っていた。沙織っていうのは……桐乃のオタ友で、俺にとっても大切な友人
の一人だ。
『京介氏、……木と木を擦り合わせて、火を点ける方法を教えてしんぜましょう。いつかは役立ちますぞ!』
ざけんな! 今時そんな方法で火を点ける必要が何処にあるんだよ。沙織のオタク趣味は多岐に渡る。アニメを
始め、ゲームにプラモに……サバゲー、……要はサバイバルゲームの中での野戦訓練中に身に付けたそうだ。
『京介氏、……万が一、通信手段が断たれた時にはですな……』
524 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/10(月) 00:06:59.43
ID:AkZboO+y0 沙織は俺達と会う時はいつもぐるぐる眼鏡を掛けちゃいるが、それを取ると素顔はすげー美人なんだ。
あいつは、恥ずかしがり屋で――俺が何となく沙織のことを思い浮かべてニヤニヤしながら歩いていると……
「あっ! あやせ! 大丈夫!?」
桐乃が驚いて声を上げた。あやせは桐乃の身体にしがみ付く様な格好になったままバランスを崩した。二人の
後ろを歩いていた俺も、沙織のことを思い浮かべていたために、何があったのか状況が分からなかった。
「うっ、……きっ、桐乃ー……あっ、足首を……捻っちゃったみたいなの……」
「あ、あやせっ! ……と、兎に角ここに座って……」
あやせは、道の轍に足を取られて足首を捻ったようだ。桐乃が抱きかかえる様にして、ゆっくりとあやせを地面
に座らせた。両手で右足を引き寄せ抱え込む様にして、足首を押さえる。あやせの顔が痛みに歪む。
「あやせちゃん! 大丈夫!?」
「ご、ごめんなさい。おば様……そこで足を取られちゃって……っうーつぅ」
お袋が自分のリュックを肩から下ろし、ガサゴソと慌ててリュックの中から救急セットを取り出した。今回は、
ハイキングということもあり、念のため簡単な救急セットを持って来ていた。
「あやせ、ちょっと診せて!!」
手早くあやせのトレッキングシューズの編上げ状の靴紐を解き、靴を脱がせた。
「うーん…… やっぱ、少し腫れてきたね。……お母さん! シップ薬ある!? 兎に角……冷やすヤツ!!」
「ちょ、ちょっと待って、……桐乃……えーと、冷えピタクールで大丈夫?」
「うん、それでもいい! …………あやせ、ちょっと我慢してね」
桐乃の余りにも手際の良い応急処置に、俺はただ唖然とするばかりだった。『流石、元陸上部だな』などと
揶揄するのが憚れるほど、桐乃の表情は真剣そのものだった。桐乃があやせに優しく声を掛ける。
「あやせ……少し捻っただけで、捻挫ほど酷くは無いと思う。……でも、しばらくするともう少し腫れて、
痛みが増すから、このまま動かさない方がいいよ」
「……うん、分かった。……ありがとう、桐乃」
怪我による痛みなのか……親友の掛値なしの優しさに触れたからなのか、あやせは少し涙目になっていた。
「兎に角、あやせちゃんをこれ以上歩かせる訳にはいかないわね……」
桐乃があやせを手当する様子を見ていたお袋がそう言うと、桐乃が俺を見て凄い形相で睨み付けてきた。
「あんた、どうにかしなさいよ! こんな時のためにあんたがいるんでしょ!」
そう言われてもな桐乃? 何とかして遣りてーけど……俺にどうしろと……
「そうだ、お袋……宿に連絡して車で迎えに来て貰えないかな? ここは林道だから車でも走れるし……」
525 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/10(月) 00:07:42.14
ID:AkZboO+y0 お袋は元々、携帯を持って無いから、桐乃が自分の携帯をヤッケのポケットから取出し……
「あぁ――――、圏外だ!! なんでauだめなのよー!! もうー信じらんない!!」
「桐乃ー……わたしのdocomoだけど、やっぱり圏外……」
あやせも自分の携帯を確認する。俺も慌てて防寒着のポケットに入れていた携帯を取出し……
「なぁ、桐乃……俺の携帯、ソフ……」
「「「 却下!!! 」」」
なっ、なんで携帯持ってねーお袋まで言うんだよ。だが、携帯が通じない以上、あやせを除く俺達三人のうち、
誰か宿まで行って車を出して貰わなきゃいけねぇ。いや……超方向音痴のお袋を一人で行かすのは危険すぎる。
となるとだ……俺か桐乃のどちらかがお袋に付いて行きゃーいいんだな。
「京介、あんたがあやせちゃんに付き添ってあげて。それから桐乃はお母さんと一緒に宿まで来て頂戴」
「お、お母さん! なんでコイツがあやせに付いてなきゃいけないのよ! あやせにはあたしが……」
お袋は自分が方向音痴なのを良く認識している。俺もお袋には、俺か桐乃のどちらかが付いて行かなきゃとは
思っちゃいたが……桐乃が言うのももっともだ。何故、俺があやせに?
「お母~さん! だってあやせは歩けないんだよ……そんなあやせの傍にコイツを置いてっ……」
「聞きなさいっ!! 桐乃!!」
お袋がこんな剣幕で怒るのなんて、滅多にねぇよな。いつだったか、桐乃が御鏡を彼氏だって偽って家に連れて
来たんで、俺と桐乃の間でひと悶着があった時以来じゃねえか?
「いい? 桐乃、お母さんの話をよく聞いて。……お母さんはね、桐乃が残る方が危ないと思うの。だって、
あなた達はまだ中学生なんだもの。それも女の子二人だけを、こんな寂しい林道に残すなんてできないの」
「でっ、でも! ……お母さん!」
桐乃もお袋の言いたい事は十分に分かるのだろう。確かにこんな寂しい林道に女子中学生だけで……???
そういや、ずっと思ってたんだが、この林道……寂しすぎないか?
大体、林道なのにさっきから車は愚か人っ子ひとり通りゃしねーし、沙織から以前聞いたことのある廃道って、
まさにこういう道を言うんじゃ……
「なぁ、お袋が二年前にご近所の奥さん連中と来たって時も、こんな寂しい感じだったのか?」
「そんな事あるわけ無いじゃない。あの時は紅葉狩りシーズンだったのよ、もっとたくさん人がいたわよ」
「じゃあ聞くが、俺達はここに何しに来たんだっけ? 今お袋が言った紅葉狩りじゃなかったけ?」
お袋はしまったという顔をして、あさっての方を見ている。眼が泳いでるじゃねーか!
「お、お母さん! お母ーさんが道、間違ったんだね!」
「桐乃、何を言い出すの? お母さん……方角は間違ってないわよ」
こういうのを、イケシャアシャアと言うんだろうな。お宿は駅から見て西の方角にありますって言われてさ、
こんな山と林しかないところで……誰が辿り着くってんだよ。
526 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/10(月) 00:10:07.27
ID:AkZboO+y0 「京介、京介もお母さんが道を間違えたと思ってるんでしょ? 前に来た時はお隣の奥さんに道案内されて
来たんだもの、お母さんを責めるのはお門違いと言うものよ。……でも確かにこういう道だったのよ~」
お袋のヤツ……開き直りやがった。
「おい、桐乃……お袋が道を間違えたのに違いねぇと思う。でも今更いってもしゃあねぇよ。こうなったら、
お袋の言う通りお前がお袋に付いてってくれ、お前なら先に走ってって宿を探すことも出来るだろうからよ」
桐乃はまだ言い足りない様な顔をしていたが、西の空を見て諦めたらしい。日が沈み始めていたからだ。
「じゃ、じゃあ! あんた! ま、万が一あやせに変な事したら、ただじゃ置かないからね!!」
「そんな事、言われなくったって何もしやしねぇよ。それよりも、桐乃、お前のリュックを持ってってくれ」
あやせはと見ると、……お袋と桐乃の親子喧嘩の原因がまるで自分の所為だとも言う様に、もう涙目だった。
すったもんだの末、お袋と桐乃はそのまま道を進み、俺とあやせはその場で迎えを待つ事になった。
「3時か……、まずいな」
俺は携帯の時計を確認して呟いた。せめて宿への方角が正しくて、本来の林道と乖離していなかったとしても、
往きに一時間半、いや二時間……その後、宿の車で迎えに来てくれたとして……5時過ぎちまうな。
「お、お兄さん? 何を考えているんですか? ……何か心配なことがあるんですか?」
あやせが不安になるのも無理はねぇよな。お袋たちは行っちまったし自分は歩けねぇ、それでこんな……
人っ子ひとり通らない様な林道に俺と二人きりにされりゃ……そりゃ不安にもなるわな。
「あやせ、心配すんな。お袋たちが宿に着いたら、直ぐに車で迎えに来てくれるだろうしな……それよりも、
足の具合はどうだ? ……救急セットは置いてって貰ったから……冷えピタクール替えるか?」
「まだ大丈夫です。……それよりもお兄さん、ごめんなさい。……わたしが怪我なんかしたばっかりに」
「そんな事で謝んなって。……誰も怪我をしたくてするヤツなんかいねぇよ」
あやせって子は人一倍責任感の強い子だ。知り合ってまだ、一年ちょっとの俺でもあやせの性格はそこそこ
分かっているつもりだ。それよりも、今はあやせの足の痛みを紛らわせるためにも、少しからかってやるか。
「なあ、あやせ、……もしこのままお袋達が戻って来なかったらどうする?」
「お、お兄さんは何を考えているんですか! もし如何わしい事を考えているなら……ぶち殺しますよ!!」
あやせは顔を真っ赤にして怒った。……やっと、いつものあやせらしい言葉が出てきたよ。だが、まだまだ。
「そういうけどな、……俺がお前にぶち殺されて、おれの死体がここに転がってても……お前は動けないん
だから、犯人はあやせ以外に考えられねー訳だぜ」
そこまで言われて、あやせはやっと自分がからかわれている事に気付いたらしい。俺を上目遣いでキュッ! と
睨み、口を窄めて言った。
「お兄さん、わたしの事からかったんですね! もう、ぶち殺し……ブツブツブツ」
527 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/10(月) 00:10:52.51
ID:AkZboO+y0 やっとあやせに、いつもの笑顔が戻ってきた。……あやせ、お前はそうやって笑顔でいる方が似合っているよ。
俺達はそれから暫く、学校の事や友達の事など他愛も無い世間話をしていた。
お袋と桐乃がここを発って、すでに一時間半が経過していた。たとえ二人が宿へ直接辿り着かなかったとしても
奥多摩湖の外周をぐるっと囲んでいる国道へ出られれば、車も走っているだろうし携帯も繋がるだろう。
「お、お兄さん……あれ何でしょうか?」
あやせが俺の背後、それもかなり遠くを見る眼でボソッと呟いた。俺は立ち上がってあやせが見ていた方角へ
眼をやった。山の天気は変わりやすいとは良く言ったもんだ。おれは、あやせに言った。
「――――――霧だ」
お袋が言っていた宿の方角には、薄っすらとした霧が懸かっていた。それよりも問題は俺達が歩いて来た方角に
かなり濃い霧が懸かり始めていた事だった。風はほぼ無風状態。これじゃあ、霧が晴れるには時間が掛かる。
下手をすりゃ霧に囲まれて、それこそ身動きが取れなくなっちまう。――――考えるんだ俺。
「お兄さん、何だか……霧が濃くなってきてるように思うんですが?」
「……あやせ、いいか聞いてくれ。これから俺は来た道を少し戻る」
「お、お兄さん……どこへ行くつもりですか!?」
あやせが不安になるのは当然の事だろう。だが、俺だって確信があるわけじゃなかった……さっき来るとき見た
あれは、俺の遠い記憶の片隅にあるものと重なる様な気がしてしょうがなかった。
「あやせ、直ぐ戻る。そうだな……十分、いや二十分待っててくれ」
「ほ、本当に二十分待っていれば、お兄さん……戻って来てくれるんですね?」
「ああ、約束する。あやせ、お前をこんな所に……置き去りにするわけがねぇだろ。……必ず戻る」
あやせは涙目になって、今にも泣きそうだった。俺はあやせの頭にポンと手のひらを載せ、あやせに約束した。
「あやせ…………俺を信じろ」
あやせは必死で泣きそうになるのを堪えて、おれの瞳を真っ直ぐに見つめ頷いた。
「お兄さん……わたし待っていますから! 必ず戻って来て下さい」
後ろ髪惹かれるとは、こういう事を言うのかもしれねぇな。怪我をしていて歩けねぇわずか十五歳の女の子を、
車も人も通らねぇ様な林道に置き去りに出来る男が何処にいるよ。それも、もうすぐ日が暮れようとしていて、
おまけに霧まで発生してるってのによ。――――だが、あやせのためにも遣れる事はやってやりてぇ。
―――― 来る途中に通って来たあの三差路まで俺は全力で駆け出した。来る時にはお袋達の後を付いて行きゃ
いいぐらいの感覚で歩いていたから気が付かなかったが、よく見りゃ幾筋かの脇道がはしってやがる。下手に
そんな道に入ったら、あやせの元へ戻れなくなる。
森や林の中で道に迷わない方法は……っと――沙織!お前に感謝するぜ、サバゲーの講義が役立つとはな。
528 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/10(月) 00:11:38.47
ID:AkZboO+y0 俺は多少暗くなろうとも分かるような目印を、林道の所々に付けながらあの場所へ急いだ。三差路を戻ること
数百メートル……林の奥の少しだけ丘になった、その先の向こうに見えたあの薄緑色の四角い……
息が切れそうになるのも構わず、俺は林の奥へ分け入りその丘を登り――『よしゃ! やっぱそうだ!』
それを確認すると、踵を返しあやせの元へ駆け戻った。と、言いたいところだが、日頃の運動不足の所為で体力
が続かず、あやせの元へ戻る頃には殆ど歩いているのと変わらなかった。
あやせは待っていた。まあ正直、動きたくても動けねぇんだけどな。膝を抱え身体を丸め怯えているのが……
遠目からでも分かったよ。
「あ! おっ、お兄さん!! …………っうう……うぇっうっ」
泣きじゃくって、言葉にならなかったよ。――――すまなかったな、あやせ。
「……も、もう! ほ、本当に……置き去りに……されたのかと……っうう……うぇっうっ」
やっとの思いでそこまであやせは言った後、また泣いてしまった。――――許せあやせ! もうこうするしか、
俺はあやせの前に両膝を突くと……あやせを力いっぱい抱き締めた。
「お、お兄さん……ぜっ、絶対に…………ぶ、ぶち殺しますぅ……っうう」
俺にしがみ付いて、また泣きじゃくるあやせ。そりゃ怖いよな……完全に日は落ちてるし、霧は更に濃くなって
きたしな。だがな……俺がお前を置き去りになんて、するわけねぇだろ。
「落ち着け、あやせ……いいかよく聞いてくれ。ここから少し戻った所に、小さな神社の御社がある」
「…… お兄さん、おやしろ? ……ってなんですか?」
「あやせは知らねぇかな? 御社ってのは……うーん、要は神様を祭ってある小さな建物みたいなもんなんだ」
「その御社が……なんなんでしょう?」
神社の御社を知らないあやせに、それを説明するは一苦労だった。まあそういう建物があるから、こんな所に
いつまでもいたってしょうがねぇし、このままじゃ風邪を引いちまうって事を説明して納得してもらった。
「分かりました。お兄さん……でも桐乃達が迎えに来て、わたし達が居なかったら心配するんじゃ……」
「多分この霧じゃ、車は走れねぇと思うけどな…… 確かにあやせの言う事にも一理ある――よし、俺に任せろ」
俺達がこの場を離れ、入れ違いに桐乃達がここへ来たら余計に問題が大きくなっちまう。
「お兄さん? ……どうするんですか? 携帯は通じないんですよ?」
「あやせ、なんか書くもんねぇかな……色が付けられりゃ何でもいい――――化粧道具持ってるか?」
ピクニックへ行くのに、わざわざ筆記用具なんて持って行くヤツなんかいねえよな。
「…… 口紅でもいいですか?」
「上等だ。使えなくなっちまうが……いいか?」
あやせに了承を得て、俺は手持ちの白いタオルに口紅で文字を書いた。
529 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/10(月) 00:12:22.34
ID:AkZboO+y0 ――コノサキ ノ ジンジャ ノ ヤシロニ イル キョウスケ アヤセ――
そのタオルを林道の真ん中に広げ、風で飛ばねぇように四隅に石を置いた。
「よし、こんなもんだろ。……あやせ、俺の背中に乗れ」
「えっ! で、でも……お兄さん」
俺が背中に乗れと言うとあやせは躊躇していたが、今は四の五の言っている場合じゃなかった。これ以上霧が
濃くなったらまともに歩けなくなっちまう。それを説明するとあやせは、遠慮がちに俺に負んぶされた。
――さて、また戻るか。
往きに付けた目印を頼りに、あやせを負んぶしながら林道をゆっくり進んだ。こんな所で転んだりしたら、
足首を怪我しているあやせを更に苦しめる事になっちまう。
「お兄さん…… 大丈夫ですか? わたし、重くないですか?」
「大丈夫だ、軽いもんだ……」
だけどな、お前の胸がさっきから俺の背中に当たってるのは、……俺にとっちゃ大丈夫じゃねぇけどな。
「お兄さん、本当にごめんなさい……」
本来なら、あやせを負んぶしているこの状況――――俺の妄想モードは最大出力になるはず何だが、俺の胸には
何故か暖かく、そして懐かしい気持ちで満ちていた。…………遠い昔、桐乃をこうして背負ったっけ……
「着いたぞ……あやせ」
「ここがお兄さんの言っていた……御社? ですか?」
賽銭箱の脇を通って階段を5段程上がり、格子が嵌め込まれた扉を開け、あやせを背負ったまま中に入った。
「おっ、おっ、お兄さん! わたしをこんな所へ連れ込んで……な、何を考えているんですか!」
俺の背中で大暴れするあやせ。頭を張り倒されながら今の状況を説明する俺……。
「何を考えてるかって……お前とここで、一夜を過ごそうとだな……」
「変態! 変態! 変態! そういうのは……もっとわたしが大人になって……ブツブツブツ……」
あやせがえらい剣幕で俺の頭をボカスカ殴りながら喋るもんだから、『変態!』以外聞き取れなかったが……
なんとか今の状況を説明する俺。
「よく聞いてくれあやせ、あのままじゃ俺達は凍え死んじまう。山ん中や湖の近くってのは、あやせが思ってる
より夜は冷えるんだよ。ここならさっきの場所よりかは幾分ましなんだ」
俺の必死の説得に、ようやく俺を殴るのを止め……
530 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/10(月) 00:13:07.71
ID:AkZboO+y0 「お兄さんの説明はわかりました。……で、でも、少しでも変な真似をしたら通報しますから!」
通報できねぇからこんなんなってるんじゃねぇかとは……流石に言えず、俺はあやせを壁際に座らせた。
「お兄さんは、そっちの壁際に座って下さい。……絶対にそこから動かないで下さいね!」
「あいよ、あやせ……」
あやせはそう言うけどさぁ……タタミ2畳分もねぇスペースで、こっちの壁もそっちも壁もないと思うよ。
「お兄さん、ちよっとでも動いたら……通報しますから」
そう言ってから、あやせは両膝を抱えて俯き溜息を吐いた。キュロットスカートから覗く、あやせの白い太股に
眼が行きそうになるのを必死に堪え、俺はあやせの頭の遥か上の方を見つめていた。――時間だけが経過する。
「…………さん、…………下さい」
俺は歩き疲れていた事もあって、あやせが何を言ったのか聞き逃した。
「悪いあやせ、よく聞こえなかった。……もう一度言ってくれ」
あやせが躊躇いがちに、口を開く。
「……お兄さん、……抱いて下さい」
「ぶっふぉっ!! ……あ、あやせ? ……い、いまなんつった!?」
「わたしを抱いて下さいと……言ったんですぅ!」
絶ってーにあり得ねーあやせの言葉に、俺の脳ミソはパニックを起こし掛けている。俺が驚愕の眼であやせを
見つめていると、――――あやせは上目遣いで口を尖らせながら、ボソボソと言い訳を始めた。
「い、以前テレビで視た事があるんです……あの……その…………わ、わたし、寒いんです!!」
納得。確かにドラマなんかではありがちな設定だよな――――雪山なんかで遭難して、寒さを凌ぐ為に男女が肌
を寄せ逢うってのが。俺がそんな妄想をしている事を察知したのか、あやせは顔を真っ赤にして怒り始めた。
「け、け、穢らわしい! お兄さん! 何を考えているんですか!」
「お、お前が……抱いてくれって、い、いま言ったんじゃねーか!」
「た、確かにわたしそう言いましたけど……お、お兄さんが考えている様ないやらしい意味で言ったんじゃ
ありませんから!!」
確かに俺は、ちょっとエッチな事を考えちまった事は正直に認めるよ。でもよ、大して変わんねーと思わね?
大体、この状況で男がだよ、女の子から『抱いて下さい』って言われて、他に何を想像すんだよ。
「…………で、あやせが俺の方に来んのか?」
「お、お兄さんが……こ、こっちに来て下さい」
俺は―――― 『エッチな事なんて、全っ然考えていませんよ~~~』って顔を必死に作りながら立ち上がった。
531 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/10(月) 00:13:52.98
ID:AkZboO+y0 「あいよ、あやせ」
真っ暗って程でもないが、電灯も無いんで足元を確かめる様に俺はあやせに近づき、横にそっと腰を下ろした。
「で、俺はどーすりゃいいんだ?」
「そ、それを女のわたしに言わせるんですか!? ……へ、へ、変態!!」
「お、お前なー……その言い方はねーだろー……まあいい、じゃあ……これでどうだ?」
俺は、あやせの肩を抱き寄せる様に後ろから左腕を廻した。あやせの肩がキュッ!と締まり、小刻みに震えて
いるのが伝わってきた。
「あやせ、……寒くてずっと我慢してたんだろ? ……少しはマシになったか?」
「………………」
あやせは、自分の両膝を抱え込み身体を丸めた。顔は更に赤くなり――――だが、身体の震えは止まらない。
「お、お兄さん…………まだ寒いです」
「……寒いって言われてもなぁ……」
俺にこれ以上どーしろって言うの? この御社の壁を引っぺがして焚き火でもしろと?
「て、テレビでやっていた様にして下さい……」
「あやせ、テレビでやってた様にと言われてもなぁ。……すまん、俺は多分そのテレビを視ていない」
そう言ってやるとあやせは俺からいったん身体を離して、ウインドブレーカーを脱ぎ出した。
「…………お兄さんも脱いで下さい!」
「あ、あやせ!? お、お前は何を言い出すんだ!?」
俺の言葉に一瞬、???と言う顔をしたかと思ったら……顔を耳まで真っ赤にして怒り始めた。
「へ、へ、変態!変態!変態! …………何を勘違いしているんですか!!」
「おっ、お前が! 急に服を脱ぎ出したんじゃねーか!!」
あやせは俺を思いっきり平手打ちした後、説明を始めた。――――俺の右頬が熱い……
「よく聞いて下さいよ! お兄さんが上着を脱いで……そ、それから……わたしを……だ、抱いて下さい。
……そうしたら、お兄さんの上着をわたしの上から掛けて下さい」
要するに、あやせの言いたい事はこうだ。上着を着たまま身体を寄せ合ってても寒い。だからそれらを脱いで、
出来るだけお互いを密着させてから上着を羽織った方が暖かい……
「いいですか、お兄さん! これは絶対的に信用ですからね!絶対ですよ!」
「わ、分かった……頑張ってみるよ……」
この状態でどう頑張れって言うんだよ! こんな美人で可愛い女子中学生を抱いたままで! ――――俺。
532 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/10(月) 00:14:37.44
ID:AkZboO+y0 まあそれでも、あやせが脱いだウインドブレーカーをあやせの膝下に掛けてやり、俺はあやせを右腕で抱き止
める様にして二人の上から俺の上着を羽織った。――――確かにこれは…………暖かい。
「お兄さん! 変なところ触らないで下さい! 通報しますよ!!」
「しょうがねーだろ! こうしねーとバランスが取れねーんだよ!」
あやせが怒るのも無理は無いかもな。俺の左手はあやせの腹から廻してあやせの右の腰をしっかりと抑えてるん
だから。でもよ……本当にこうしねーとバランスが取れねーんだよ!
「お兄さん……今日のところは緊急避難だと思って我慢します」
「おお、すまんがそうしてくれ」
足の痛みが退いたのか、身体が温まってきたのか、あやせの表情が和んできた。――――あ~……可愛過ぎる!
「どうだ、あやせ、足の痛みは……少しは良くなったか?」
「はい。だいぶ楽になりました……ただ……」
そこまで言って、あやせは何故か言い淀んだ。
「どした? 何か言いたい事があるんじゃないのか?」
「お、お兄さん……もう少しその……ギューと抱いて下さい」
任せろあやせ! と言える程……俺は女の扱いに慣れてねーよ! 俺の体温が急上昇して行くのが分かる。
「こ、この位でいいのか?」
「はい。ありがとうございます……あと、お兄さん……信じていますから」
あやせ…………お前の『信じていますから』ってのは何だ? 俺の理性を崩壊させ無いための御札?
「なあ、あやせ……。俺に抱かれ……じゃなくて……こんなんなってて、お前は平気なの?」
「……はい。 ……ぬいぐるみにでも……ダッコされていると思えば平気です」
「……了解」
足の痛みが無くなり身体も温まってきたのだろう、あやせは虚ろな目をして今にも眠りそうだった。
「あやせ……どっちみち明るくならなけりゃ動けねーんだから、今のうちに寝とけ」
「ありがとうございます。……でも、お兄さん……寝てる間に唇を奪ったりしないで下さいね」
あやせの安心しきった微笑を見ると、その言葉に突っ込みを入れる気力も消え失せた。俺はあやせに、耳元で
囁くように言った。
「安心しろ。お前のためにも頑張ってみっから……」
「…… お兄さん……信じていま……」
あやせのヤツ……寝ちまったよ。この小悪魔が――いや、ラブリーマイエンジェル。
533 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/10(月) 00:15:22.77
ID:AkZboO+y0 この状況で俺があやせに手など出した日にゃ、無事で家に帰れねーだろうな。こいつとはこの先もずっと……
今みたいな付かず離れずの関係が続くんだろうか? ……どちらかに恋人が出来たり、二人がそういう関係に
なることはあるんだろうか? ――――俺にとっては、お前も妹のひと……
―――― 「おい、あやせ……起きろ……」
すっかり寝ちまった。木々から小鳥の囀りが聴こえる。外はまだ薄暗いが、まだ日の出前なのか?
「…… おはよう……ございます……お兄さん……」
あやせは口元を手で隠しながら小さな欠伸を一つして、『う――――ん』と言って両手をめいっぱい上に挙げ
大きく背伸びをすると――――ハッ! として、俺を突き飛ばすようにいきなり立ち上がった。
「お、お兄さん! わたしが寝ている隙に……い、如何わしい事はしなかったでしょうね!!」
不覚にも、俺はあやせの可愛い寝顔を見てる間に寝ちまった。だから、俺は平然と言ってやったよ。
「お兄さんは……あやせに、イ・カ・ガ・ワ・シ・イ事なんてこれっポッチもしてね――――よっ!!!」
俺の言っている事なんて聞いてやしねー。あやせは、セーターからキュロットスカート、はてはソックスに至る
まで丹念に調べている。服装検査が一通り終わったのか、ハア~と大きく溜息をついて……
「はい。服装の乱れは無いようですね。安心しました」
「あいよ、あやせ」
も ――――やだこの子。何が『お兄さん……信じていますから』だよ。全然信用してなかったんじゃねーか。
「じゃ、そろそろ行くか? あやせ。桐乃やお袋も心配してんだろうから」
「はい! 行きますか! お兄――さんっ!!」
あやせは、可笑しくてしょうがないと言いたげに、満面の笑みを溢しながらそう言った。
――――俺達が神社の御社を出て行く頃には、外はすっかり明るくなり、早朝の日の光に満ちていた。神社から
林道へ続く小径を再び歩き、元の林道へ戻ったあたりで、遠く朝日を浴びて小走りで駆け寄って来る小さな人影
が俺の眼に映った。
「あ――や――せ―――」
俺より一足先に、その人物をあやせが見止めた。
「桐乃――――――」
俺の妹で……いや、あやせの一番の親友の桐乃だった。桐乃の話によると、昨夜のような濃霧では地元の人間
でも外出は控えた方がいいと止められて、泣く泣く宿に留まったそうだ。
「あやせー、凄く心配したよー。もう足は痛くないの?」
「ありがとう。桐乃ー……もう大丈夫だから……ほら!」
534 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/10(月) 00:16:03.47
ID:AkZboO+y0 そう言って、あやせはその場で少し跳んで見せた。親友に一晩中心配を掛けた事と、こんなにも朝早くから迎え
に来てくれたことに感じ入ってしまったのか、あやせは少し涙目に…………いや、桐乃も同じか。
「桐乃ー……心配させちゃって本当にごめんねー」
「ううん、あやせさえ無事なら全然大丈夫だよー」
桐乃はそういって――――ハッ! と何か気付いた様な眼で俺を見た。相手を射[ピーーー]様な凄まじい形相で。
「あ、あんた! まさか……あやせに何にもしなかったでしょうね!!」
「お、俺があやせに……いっ、いったい何するってんだよ!」
この妹様は、実の兄貴に何て事を言いやがるんだよ。俺は妹の親友に手を出す程の変態じゃねーよ。あやせに
手を出す程の勇気を俺は持ち合わせちゃいねーんだよっ!。
俺と桐乃が無言で睨み合っていると、その均衡をあやせが打破ってくれた。
「心配しないで、桐乃。……わたし、お兄さんに何もされてないから。本当だよ! 本当に大丈夫だから」
「あやせー……本当にほんとう? コイツから口止めされてるんじゃないの?」
何この会話。桐乃も桐乃だが、あやせ! お前との昨夜の一部始終を桐乃に話してもいいんだぞ! お前から、
『お兄さん……わたしを抱いて下さい』って言ったのを、よもや忘れたとは言わせねーぞ。
「本当にほんとう……この先にね、小さな神社があってそこに小さな御社があったの。……その中でわたしと、
お兄さんは両側の壁と壁に分かれてね、朝までジッとしてたんだ……だから、桐乃の心配してる様な事は、
何も無かったから……うん」
「んっ…… まぁ……あやせがそう言うなら……あたしも信じるけど……」
あやせを信じると言いながらも俺をジト目で見る桐乃。あやせ? 最近、芝居が上手くなったんじゃねーか?」
「まぁ……なんにも無かったんならいいか。安心した。……それよりもあやせ? お腹空いてるでしょ?」
「う、うん……少しお腹空いてるかな?」
取りあえず、あやせのお陰で俺の容疑は晴れたようだがな。――――桐乃? 俺には聞いてくんないの?
「なあ、桐乃……俺も腹減ってんだけどよー」
「あんたは……その辺の草でも食べれてれば!」
なんっなの! この差。あやせは確かにお前の親友だろうけどさー、俺だってお前の実の兄貴だろうーが。
もう少し労わりの言葉があっても良くね。
「あやせー、あたしこれから直ぐに宿に戻っておかあさん達に伝えて来っから! あやせは無事だったって。
そんで、宿の人にあやせの朝御飯……直ぐに用意して貰える様に頼んでみっから!」
「桐乃ー、ありがとう。……心配かけて本当にごめんね」
「いいからいいから。でもでも、あやせ……足首の怪我は後々になって響くから無理しないでね。ゆっくり、
宿まで戻って来ればいいから。……あたしは走ってって先に戻るから」
535 :
◆Neko./AmS6 :2011/01/10(月) 00:16:38.02
ID:AkZboO+y0 流石に元陸上部選手だよ。足首の怪我についても良く解ってんだな。俺はスタスタ走って行く桐乃の後姿に声を
掛けた――――
「お――い、桐乃――……俺の分の朝飯も頼む――――」
「あんたは ――――、草でも食べてろって言ってんでしょ――……ちゃんと……あやせを連れて来てよね――」
行っちまいやがった。宿に帰って、ほんっとに俺の分の朝飯が無かったら……マジ泣くぞ。
「お兄さん、折角のハイキングだったのに……本当にごめんなさい」
「まあ、気にすんな。でもまあ、来る途中の林の中にあった神社に気付いてほんと助かったな」
俺の幼い頃の記憶に、僅かに残っていた近所の神社の面影。薄緑色に見えたのは銅葺き屋根の緑青の色だった。
つまりは銅が酸化してできる錆びの事。昔、桐乃を連れてよく行ったその神社はもう無いがな……
「あやせ……独りで歩けるか? 手貸そうか?」
「お兄さんって、本当に優しいですね。じゃー……お言葉に甘えて、ちょっとだけ腕に掴まらせて下さい」
遠慮がちに……俺の左腕に掴まりながら、『お兄さん? ……ちょっとだけお耳を貸して下さい』と言うので、
俺は何の気無しにあやせが立っている左側に小首を傾けた。
――――
あやせは少しだけ背伸びして……俺の耳元で囁いた。「お兄さんの……い・く・じ・な・し」
(完)
536 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/10(月) 00:21:58.19 ID:UJzy1AXlo
乙!547 :
VIPにかわりましてGEPPERがお送りします :2011/01/10(月) 01:28:45.74 ID:oDOstRvio
お疲れ様です
やっぱりあやせはかわいいなー
当然この後は宿でお礼の混浴温泉から、ハプニングによる朝まで一緒の部屋コースですねわかります
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