1:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 20:05:35.83
ID:n8n8zLGx0
宮森(誰にも言えないことなのだけど)
宮森(最近、わたしは矢野さんのことばかり見ている)
宮森(斜め向かいの席を盗み見たり)
宮森(トイレに立つ背中を目で追って)
宮森(ようかんを食べる姿を見て)
宮森(あのようかんになれたらいいのになんて思ったりする)
宮森(自分でももう末期だと思う)
2:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 20:09:05.89
ID:n8n8zLGx0
矢野「宮森、久々にお昼行かない?」
宮森「あ、はい、行きます」
宮森(矢野さんは素敵な先輩で)
宮森(わたしはただの後輩の一人)
宮森(会社では話したりもするけれど)
宮森(休みの日に一緒に出かけたりはしない)
矢野「見たい映画あるんだけどさ。なかなか行く時間がないんだよね」
宮森「そうなんですか」
宮森「……あの、矢野さん」
矢野「ん? なに?」
宮森「…………」
宮森「なんでもないです」
宮森(近づきたいと思ってるのに)
宮森(その勇気のない臆病なわたしだ)
3:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 20:12:32.25
ID:n8n8zLGx0
宮森(それに、どうせ報われないのなら)
宮森(近づいたってしょうがないじゃないかなんて)
宮森(消極的なことを考えてしまう)
宮森(だってそうじゃないか)
宮森(わたしは女なんだから)
宮森(こんな気持ち、矢野さんにしてみたら)
宮森(気持ち悪いに違いなくて)
宮森(知られたら、きっと後輩の一人でもいられなくなるから)
宮森(絶対に知られるわけにはいかないのだ)
宮森(だから、この恋は決して報われることはない)
4:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 20:14:58.67
ID:n8n8zLGx0
宮森(そう、ちゃんとわかってるのに)
平岡「この前偶然磯川に会ったんだよ」
矢野「へえ、珍しいね。磯川くんの家ってたしか調布の方だったでしょ」
平岡「それが最近引っ越したらしくて」
宮森「…………」
宮森(胸がざわざわする)
宮森(何を話してるんだろう)
宮森(気になって気になって仕方ない)
5:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 20:16:57.32
ID:n8n8zLGx0
宮森(決して報われないならば)
宮森(せめて誰のものにもならないで欲しい)
宮森(そんな最低なことを思っている)
6:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 20:19:10.05
ID:n8n8zLGx0
タロー「あれ、だいちゃん。もう帰んの?」
平岡「ああ。やることは全部やったからな」
タロー「じゃあ、俺の仕事の手伝いを」
平岡「自分でやれ」
タロー「だいちゃんのけちー」
平岡「言ってろよ」
平岡「なぁ、矢野。明日のことなんだけど」
宮森「!?」
7:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 20:21:41.06
ID:n8n8zLGx0
宮森(明日? 明日って)
宮森(休みの日だよね……)
平岡「待ち合わせはいつものとこでいいか?」
矢野「うん。いいよ、それで」
平岡「了解。詳細はまたLINE送る。じゃあな」
矢野「うん、お疲れ」
宮森「…………」
宮森(もしかして)
宮森(デートだったりするのだろうか)
8:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 20:23:36.09
ID:n8n8zLGx0
矢野「じゃ、わたし帰るね」
宮森「あの、ややや矢野さん」
矢野「どうしたの? そんなにテンパって」
宮森「わ、わたしも仕事終わったんですけど」
矢野「じゃあ一緒に帰ろうか」
宮森「!?」
宮森「はい! お願いします!」
9:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 20:25:56.20
ID:n8n8zLGx0
矢野「そしたら池谷さんがさ」
矢野「雨樋つたって逃げようとしてるの」
矢野「三階の窓からだよ?」
矢野「あれはさすがにびっくりしたよ」
宮森(矢野さんの隣を歩く)
宮森(ひらひらと揺れる左手を)
宮森(つかまえられたらな、なんて)
宮森(絶対できないのに思っている)
宮森「あ、あの、矢野さん!」
10:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 20:27:37.35
ID:n8n8zLGx0
宮森「明日、平岡さんとどこか行くんですか?」
矢野「そうだけど」
矢野「それがどうかした?」
宮森「…………」
宮森(ほとんどわかってはいたけれど)
宮森(それでも、実際に言われるとなかなかきついものがある)
宮森「あ、あの!」
宮森「あのですね!」
矢野「ん?」
宮森「わ、わわわわわわわわわわわ」
矢野「わ?」
宮森「わたしも行っていいですか?」
11:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 20:29:32.48
ID:n8n8zLGx0
平岡「……なんでこいつがいるんだよ」
矢野「来たいって言うからさ」
平岡「だからって連れてくるか、普通」
平岡「磯川だってくるんだぞ?」
宮森「え?」
12:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 20:31:50.59
ID:n8n8zLGx0
宮森(デートというのはわたしの勘違いで)
宮森(専門学校で同期だった三人で飲もうという話だったらしい)
磯川「なんで宮森さんがいんの?」
平岡「矢野が連れてきたんだよ」
矢野「いいじゃない。花は多いに越したことないでしょ」
宮森「…………」
宮森(磯川さんもいることだし)
宮森(節度を持って飲んで矢野さんに迷惑をかけないようにしないと)
二時間後
宮森「矢野さぁん。わたし、矢野さんのこと大好きですぅ」
13:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 20:33:29.21
ID:n8n8zLGx0
矢野「宮森! わたし、お手洗い行くから離れて」
宮森「やーです! 離しません!」
平岡「完全に酔ってんな……」
平岡「タクシー代は磯川が出すから矢野が連れて帰れよ」
磯川「なぜ俺よ。まあ、いいけど」
矢野「と言っても、わたし宮森の家知らないし」
矢野「うちで泊める、か」
14:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 20:35:56.44
ID:n8n8zLGx0
矢野宅
矢野「とりあえず、ベッドに寝かせて、と」
矢野「水飲む?」
宮森「飲みます……」
矢野「りょうかい」
矢野「ほら、宮森。水」
矢野「って寝ゲロしてるし……」
矢野「もう、しょうがないなぁ」
15:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 20:38:31.68
ID:n8n8zLGx0
宮森「……ん?」
宮森「あれ、ここはどこ?」
宮森(ワンルームの部屋)
宮森(ソファーで矢野さんが寝てる)
宮森(多分矢野さんの部屋、だよね)
16:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 20:41:11.99
ID:n8n8zLGx0
宮森(そうだ。わたし、ついつい飲み過ぎちゃって……)
宮森(や、矢野さんにご迷惑を!)
宮森(変なこととかしてないよね……)
宮森(全然まったく何一つとして覚えてないけど)
宮森「…………」
宮森(矢野さん、わたしにベッドつかわせてくれたんだ)
宮森「やっぱり、矢野さんのこと好きだなぁ」
17:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 20:43:45.13
ID:n8n8zLGx0
矢野「あれ? 宮森、起きたんだ」
宮森「や、ややややや矢野さん!」
宮森「……もしかして、聞いてました?」
矢野「何を?」
宮森「いや、なんでもないです」
宮森(ほっとしたような、がっかりしたような)
18:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 20:45:22.08
ID:n8n8zLGx0
矢野「しかし昨日は大変だったんだよ」
矢野「宮森、寝ゲロしちゃうしさ」
宮森「え……」
宮森「それ、ほんとですか?」
矢野「うん」
宮森「すいません! 本当にすいません!」
19:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 20:48:56.62
ID:n8n8zLGx0
矢野「いやいや、そんな気にしなくていいから」
宮森「でも、矢野さんにご迷惑を」
矢野「先輩なんだから連れてった以上、これくらいは当たり前でしょ」
宮森「クリーニング代払いますから」
矢野「だからいいって」
宮森「何かお詫びをさせてください。じゃないと、わたしの気が済まないです」
矢野「お詫び、か。じゃあさ」
矢野「今日これから時間ある?」
20:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 20:51:20.05
ID:n8n8zLGx0
宮森「花咲くいろはの劇場版ですか」
矢野「うん。ずっと見たかったんだよね」
矢野「けど宮森がいろは見ててよかったよ」
矢野「さすがに見てない人とは行けないからさ」
宮森(見ててよかったぁ)
宮森(ありがとう、花咲くいろは!)
宮森(ありがとう、P.A.WORKS!)
宮森(矢野さんと二人で映画なんて)
宮森(なんだか、デートしてるみたい!)
21:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 20:53:17.04
ID:n8n8zLGx0
矢野「いい映画だったね」
宮森「作画すごく綺麗でしたね」
矢野「うん。冒頭のプールのシーンとかほんと綺麗だった」
宮森「それ思いました! 髪の濡れてる感じとかすごいなぁって」
矢野「わたしもあんな絵描けたらな」
宮森「矢野さんって同人活動されてるんですよね」
矢野「うん、専門学校時代の友達とね」
宮森「すごいです」
矢野「いやいや、へたくそだから」
22:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 20:56:17.63
ID:n8n8zLGx0
矢野「そうだ、画材屋寄っていい?」
矢野「ちょっと買っときたいものあってさ」
宮森「いいですよ」
矢野「宮森もどこか行きたいとこあるなら言ってよ」
矢野「わたしでよかったら付き合うから」
宮森「いいんですか?」
矢野「うん。どこでも行くけど」
宮森「じゃ、じゃあお言葉に甘えて」
23:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 20:59:05.91
ID:n8n8zLGx0
矢野「それで来るのが原画展って」
矢野「宮森は本当にアニメ好きだね」
矢野「原画なんて毎日いやになるくらいに見てるだろうに」
宮森「……いやでした?」
矢野「ううん。わたしもアニメ好きだから」
矢野「この原画、構図のバランスすごいなぁ」
宮森(矢野さんと二人……)
宮森(ほんとにデートみたいだ)
宮森(ずっとこのときが続けばいいのに)
矢野「そうだ。もう一カ所だけ行っていい?」
24:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 21:02:38.57
ID:n8n8zLGx0
宮森「バッティングセンター、ですか」
矢野「うん。時々くるんだよね。ストレス解消になるというか」
宮森「ここ、小笠原さんと来たことあります」
矢野「あれ、来たことあるんだ」
矢野「小笠原さん、すごいよね」
矢野「フォームめちゃくちゃ綺麗だし」
宮森「わたし、全然打てませんでした」
矢野「まあまあ、やってみなって」
矢野「わたしが教えてあげるからさ」
25:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 21:05:47.39
ID:n8n8zLGx0
宮森「当たりません……」
矢野「ボールちゃんと見て」
矢野「身体がぶれてる。しっかり両足で立つ」
矢野「バットを離さない。両手でちゃんと握って」
宮森「はい……」
宮森(そんなこと言われても、こんなの当たるわけ……)
かきん!
宮森「…………」
宮森「矢野さん、当たりました! 当たりましたよ!」
26:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 21:09:21.96
ID:n8n8zLGx0
矢野「バカ、何よそ見してんの!」
矢野「次来るって!」
宮森「え?」
矢野「あぶな――」
宮森「ひっ」
宮森(ボールが身体に向けてとんでくる)
宮森(当たりたくない一心で)
宮森(目を瞑ってバットを振った)
かきいいいいいいいいいいいいいん!!!!
宮森「へ?」
「大きい、大きい、大きい。入ったああああ! 入りました! ホームランです!」
27:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 21:11:39.89
ID:n8n8zLGx0
矢野「すごい! ホームランだよ宮森!」
宮森「や、矢野さん! やりました!」
矢野「いいスイングだったよ。2004年のイチローを彷彿とさせるというか」
宮森「ほ、ほんとですか」
宮森(矢野さんに褒められてる)
宮森(わたし、もう死んでもいいかも)
矢野「み、宮森! なにぼうっとしてんの!」
矢野「次くるって!」
宮森「へ?」
ドゴォ!
28:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 21:15:23.80
ID:n8n8zLGx0
宮森「痛かったです……」
矢野「大丈夫?」
宮森「はい。なんとか」
宮森(すごく痛いけど)
店員「あの、ホームランなのでこれ、無料券です」
矢野「十回まで無料だって。やったね」
宮森「…………」
宮森「これ、矢野さんにあげます」
矢野「え? いいの?」
宮森「はい。わたし、あんまり来ないですし」
宮森「それに、昨日のお詫びと言うことで」
29:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 21:18:39.39
ID:n8n8zLGx0
矢野「だからさ。昨日のことはいいんだって」
矢野「今度言ったら怒るよ」
宮森「す、すいません」
矢野「だからこれはお詫びとしては受け取れない」
宮森「はい」
宮森(怒らせちゃった)
矢野「でも、プレゼントしてくれるのならよろこんでもらうけど」
宮森「!」
宮森「はい! 矢野さんどうぞ!」
矢野「うん。ありがと、宮森」
30:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 21:21:11.28
ID:n8n8zLGx0
矢野「今日は楽しかったね」
宮森「はい、幸せでした!」
矢野「宮森は大げさだね」
宮森(本心なんだけど)
矢野「それにしても、びっくりしたなぁ」
矢野「宮森がまさか」
矢野「平岡くんのこと好きだったなんて」
32:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 21:25:55.61
ID:n8n8zLGx0
宮森「え?」
宮森「なんのことですか?」
矢野「照れちゃって。ちゃんとわかってるんだから」
矢野「平岡くんが気になるから、昨日の飲み会来たいって言ったんでしょ?」
宮森「いやいや、違いますって」
宮森「平岡さんのことは別に」
矢野「じゃあ、磯川くん?」
矢野「もしかしてわたしとか?」
宮森「…………」
33:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 21:29:23.48
ID:n8n8zLGx0
矢野「なんてね、冗談冗談」
矢野「ほら、正直なとこ言ってみ?」
矢野「わたし、応援するからさ」
宮森「いや、でも、本当に違うんです」
矢野「でも、それじゃあさ」
矢野「昨日どうして来たかったの?」
宮森「それは……」
宮森「仕事の関係上、磯川さんと交流を深めたかったというか」
矢野「嘘だね」
矢野「だって、宮森は磯川くん来るの知らなかったでしょ」
34:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 21:33:01.62
ID:n8n8zLGx0
矢野「ほらほら、悪いようにはしないからさ」
宮森(……このままじゃ矢野さんが好きだってことがばれてしまうかも)
宮森「…………」
宮森「実は、平岡さんのことが少し気になってて」
矢野「やっぱり! だと思った」
矢野「宮森見る目あるよ」
矢野「平岡くんいいやつだよ。ぶっきらぼうで不器用で誤解されやすいけどさ」
矢野「実は猫好きで猫カフェ行ったりするんだから」
宮森「そうなんですか」
矢野「わたし、応援するからさ!」
宮森(矢野さんがにっこり笑って言うものだから)
宮森(わたしは泣きそうになってしまった)
35:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 21:37:57.60
ID:n8n8zLGx0
宮森(矢野さんは平岡さんのことをいろいろ教えてくれた)
宮森(好きなアニメ、好きな食べ物、好きな音楽、好きな本)
宮森(わたしの家まで来て、平岡さんが好きそうな服を見繕ってくれたりもした)
宮森(LINEでやりとりをすることも増えて)
宮森(休みの日に電話したりもするようになって)
宮森(それ自体はすごくうれしかった)
36:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 21:41:27.87
ID:n8n8zLGx0
宮森(けれど)
宮森(どうしても、後ろ向きなことを考えずにはいられなかった)
宮森(この人はわたしを恋愛の対象とは見てないんだな、と)
宮森(ふとしたときに思い知って、突然泣きだしてしまったりもした)
宮森(矢野さんはわたしをそっと抱き寄せて)
宮森(そうだよね、不安だよね、と言ってくれた)
宮森(わたしはもっとかなしくなって)
宮森(矢野さんの鎖骨に頬を押しつけて泣いた)
37:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 21:43:44.60
ID:n8n8zLGx0
宮森(矢野さんに呼び出されたのはそんなある日のことだった)
宮森(その日は休日で)
宮森(わたしは夜眠れなかった分、たっぷり朝寝坊して待ち合わせ場所に行った)
宮森(二十分前に待ち合わせ場所に着くと)
宮森(平岡さんが不景気そうな顔をして立っていた)
38:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 21:46:27.95
ID:n8n8zLGx0
宮森「平岡さん」
平岡「…………」
平岡「もしかして、矢野に呼び出されたのか」
宮森「はい」
平岡「ったく。あいつはほんと余計なことを」
平岡「呼んでやる。ちょっと待ってろ」
平岡「電話でねえし」
宮森「…………」
宮森(がんばってね! とLINEが届いていた)
宮森(わたしはため息をつく)
平岡「…………」
平岡「とりあえず、どっか入るか」
39:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 21:49:43.07
ID:n8n8zLGx0
平岡「昼飯まだだろ?」
宮森「はい」
平岡「適当に、入るぞ」
宮森(平岡さんはわたしをパスタのお店に連れて行ってくれた)
宮森(料理を待つ間、わたしたちはほとんど話さなかった)
宮森(きっとわたしが話す気になれなくて、スマホをいじっていたからだと思う)
宮森(わたしが食べ終わるのを待って、平岡さんは言った)
平岡「お前、俺のこと好きじゃねえだろ」
40:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 21:51:21.73
ID:n8n8zLGx0
宮森「え?」
宮森「い、いや、そんなことは」
平岡「嘘つけ。つまんなそうな顔しやがって」
平岡「どう見たって好きなやつといるときの態度じゃねえだろうが」
平岡「好きなやつといるときはな」
平岡「お前が矢野といるときみたいな顔するもんなんだよ」
41:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 21:53:55.69
ID:n8n8zLGx0
宮森「気づいてたんですか?」
平岡「まあ、薄々な」
宮森「もしかしてみんな気づいてたりします?」
平岡「いや、それはないんじゃないか」
平岡「俺は前の飲み会でお前が矢野さん好きーって抱きついてるの見てたから」
平岡「そうかなって思っただけで」
宮森「……わたし、そんなことしてたんですか」
平岡「めちゃくちゃ幸せそうだった」
43:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 21:57:20.35
ID:n8n8zLGx0
平岡「俺が口を挟むことじゃないと思うが」
平岡「好きなら好きで言ってしまってもいいんじゃないか?」
宮森「それは……」
宮森「できないです」
平岡「ダメならダメで玉砕した方がまだマシだと思うけどな」
平岡「この先矢野は誰かを好きになるだろうし、付き合うだろうし、結婚だってするだろう」
平岡「それでも、お前はずっと矢野のことを思い続けるのか」
宮森「ほっといてください!」
宮森「平岡さんにはわからないです!」
平岡「それはそうかもしれないが」
宮森「これ、わたしの分のお金です」
宮森「また会社で」
平岡「…………」
44:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 21:59:48.56
ID:n8n8zLGx0
「この先矢野は誰かを好きになるだろうし、付き合うだろうし、結婚だってするだろう」
「それでも、お前はずっと矢野のことを思い続けるのか」
平岡さんに言われたことが頭の中をぐるぐる回っていた。
わたしは未来のことを想像した。
別の誰かに微笑みかける矢野さんを、近くで見ている自分を想像した。
それはすごく簡単なことだった。
ほとんど必然と言っていい未来であるように思えた。
同時に、すごく悲しい未来だった。
考えただけで胸が張り裂けそうになった。
わたしは……。
わたしは、どうすればいいのだろう。
不意に、大好きな声がした。
矢野「宮森? こんなところでなにしてるの?」
45:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 22:03:06.59
ID:n8n8zLGx0
矢野「平岡くんは?」
矢野「まさか、何かされたとか?」
宮森「矢野さん……」
涙が溢れて止まらなくなった。
矢野さんはわたしを抱きしめてくれた。
矢野「ごめん。ごめんね、宮森」
矢野「これはわたしの責任だ」
矢野「平岡くんはわたしが責任を持ってボコボコにするから」
矢野「ごめん。ほんとにごめんね」
宮森「ちがうんです、そうじゃないんです」
わたしは言った。
宮森「わたしが好きなのは平岡さんじゃなくて――」
宮森「矢野さん、なんです」
46:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 22:07:36.55
ID:n8n8zLGx0
矢野「えっと……」
矢野「ごめん、宮森」
矢野「ちょっと事情が呑みこめないんだけど」
宮森「どうしてわからないんですか」
宮森「わたしは、矢野さんのことが好きで」
宮森「好きで好きで仕方なくて」
宮森「だから――」
そこまで言って、ようやく自分がとんでもないことを口走ってることに気づいた。
矢野「ちょっと! 宮森!」
わたしは矢野さんを振りはらって人の行き交う街の中を走った。
駅のトイレに逃げ込んだ。
狭い個室の中で鍵をかけて、
声を上げずにバカみたいに泣いた。
すべて終わってしまったんだ、と思った。
47:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 22:13:04.86
ID:n8n8zLGx0
どのくらい泣いていたのかはわからない。
わからないけれど、わからなくなるくらい長い間泣いていたのは確かだった。
シャツの袖で涙をぬぐって個室から出ると、
矢野さんが腕を組んで、洗面台の脇に立っていた。
「ひどい顔」
鏡に映ったわたしの顔はたしかにひどくて、
見ないでください、とわたしは顔を覆った。
48:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 22:17:06.76
ID:n8n8zLGx0
矢野「ダメ。ちゃんと見せて」
矢野「それで――」
矢野「ちゃんと言って」
宮森「言ってって」
何をですか、と続けようとしたわたしを制して、
矢野さんは言う。
矢野「さっき言ってくれたこと」
矢野「ちゃんと、最後まで聞きたい」
49:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 22:19:19.74
ID:n8n8zLGx0
逃げようとしたけれど、
矢野さんの手はわたしの腕をしっかり掴んでいた。
わたしは観念した。
半ばやけになって言った。
50:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 22:21:26.67
ID:n8n8zLGx0
「本当は、矢野さんのことが好きでした」
「いつも気づいたら目で追っていて」
「仲良くなれたらなぁって思ってて」
「だから仲良くなれてすごくうれしくて」
「一緒にいられたらもうそれだけでよかったんです」
51:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 22:23:11.11
ID:n8n8zLGx0
「でも、知られたらきっと嫌われてしまう」
「今みたいに近くにいることもできなくなってしまう」
「こわくて」
「だから、嘘をつきました」
52:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 22:25:54.51
ID:n8n8zLGx0
「すいません、気持ち悪いですよね。ひきますよね」
早口で言ったわたしに、矢野さんはやさしい声で、
大丈夫だからちゃんと聞かせて、
と言ってくれた。
「何度もあきらめようとしました」
「忘れようとしました」
「でも――」
わたしは言った。
「矢野さんのことが」
「もうどうしようもなく好きなんです」
53:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 22:27:55.65
ID:n8n8zLGx0
「ありがとう」
「ちゃんと言ってくれて」
「気持ち悪くなんかないよ」
「うれしかった」
「でも、わたしは宮森のことをそういう風には見えないんだ」
54:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 22:29:26.44
ID:n8n8zLGx0
「だからさ。少し時間をちょうだい」
「今はまだ突然のことで心の整理ができてないけど」
「宮森のことを好きになれるか、ちょっと試してみるからさ」
「だから、少しだけ待ってて」
55:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 22:31:39.92
ID:n8n8zLGx0
何を言われたのかわからなかった。
わかっていたけれど、信じられなかった。
矢野さんがそんなこと言うわけないと思った。
きっと自分に都合のいい妄想を聞こえたみたいに錯覚したのだ。
でも、気づいたらわたしは矢野さんに抱きしめられていた。
柚子の香りがした。
背中に回された両腕はどこまでもどこまでもやさしくて、
それで、たしかに矢野さんの言葉だったんだってわかった。
わたしはまた涙が止まらなくなってしまって。
何も言葉にできなくなってしまって。
そんなわたしを矢野さんは、
ずっと抱きしめていてくれた。
いつまでも、いつまでも、抱きしめていてくれた。
56:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 22:34:14.46
ID:n8n8zLGx0
三週間後――
矢野「宮森。仕事、終わりそう?」
宮森「あとちょっとですね」
矢野「ちょっとなら待ってるよ。一緒に帰ろう」
平岡「…………」
平岡「お先っす」
宮森「お疲れ様です」
矢野「お疲れ」
宮森(平岡さん、気を使ってくれたのかな)
57:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 22:36:16.86
ID:n8n8zLGx0
矢野「そしたら池谷さんがさ」
矢野「スプーンで壁に穴空けて逃げようとしてたの」
矢野「ポスター貼って穴を隠してたんだね」
矢野「あれはさすがにびっくりしたよ」
宮森(矢野さんと並んで夜の道を歩いた)
宮森(矢野さんの左手がひらひらと、視界の端で揺れている)
宮森(つかまえたいな、と思うけれど)
宮森(やっぱりそんな勇気なんてないわたしだ)
58:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 22:38:38.01
ID:n8n8zLGx0
宮森(わたしの気持ちはばれたけれど)
宮森(矢野さんとの関係はほとんど変わらなかった)
宮森(少し電話の頻度が増えたくらいだ)
宮森(休日に遊びに出かけることはあっても)
宮森(互いの家に遊びに行くことはない)
宮森(そこに矢野さんはまちがいなく一線を引いていて)
宮森(だから、ふられるかもしれないな、と思っている)
宮森(今度は取り乱さないように)
宮森(ちゃんと大人の対応ができるように、と思っているけれど)
宮森(きっと矢野さんにふられたら)
宮森(また子供みたいに泣いちゃうんだろうな、と思う)
59:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 22:40:18.11
ID:n8n8zLGx0
矢野「ねえ、宮森」
宮森(矢野さんが数歩前に出て)
宮森(わたしに向き合って立ち止まる)
宮森「なんですか、矢野さん」
宮森(足を止めたわたしに、矢野さんは言った)
矢野「キスしていい?」
60:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 22:41:41.91
ID:n8n8zLGx0
「え?」
わたしはきっと間抜けな顔をしていたと思う。
気づいたら、矢野さんがすぐ近くにいて、
唇に何かが触れていた。
柚子の香りがした。
大好きな、大好きな匂い。
鼓膜に触れてるんじゃないかってくらい近くで、
矢野さんは言った。
「好きだよ、宮森」
わたしはわけがわからなくなって、
やっぱり、やっぱり、泣いてしまった。
おわり
61:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 22:42:25.31
ID:n8n8zLGx0
以上。
感想もらえたらうれしい。
62:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 22:42:31.86 ID:CYbj/f7W0
エンダァァァァァァァ
63:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 22:44:10.73 ID:nU2zkoDeo
すばらしい
今度は同棲の話からだな
69:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/03(金) 03:53:49.60 ID:zbg/XFmYO
ありがとう最高です
左手の上下運動が止まらない
70:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/03(金) 04:39:51.61 ID:cVDNtbtQo
乙
まともな白箱SSって初めて見た
71:
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/03(金) 04:41:51.82 ID:Uoxem6Fno
あ、あ…しゅごぃぃ…
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