阿部高和が雛見沢村に引越して来たようです・阿部曝し篇

2010-09-05 (日) 21:25  その他二次創作SS 阿部高和 ひぐらしのなく頃に   6コメント  
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1 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 11:33:13.74 ID:oGxd2nsF0
違いは始まりを表す言葉… 同じは終わりを表す言葉… なら同じは始まりを表す言葉でもあるのではないだろうか。
「ヒュー、熱いね」 青いつなぎを着た自動車修理工の阿部高和は、太陽がサンサンと照り付ける田園風景を眺めながらそう呟いた。
雛見沢村…彼の目的地でもあり、新天地でもあった。 彼はここで自動車修理工場を営むのだ。




3 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 11:34:25.55 ID:oGxd2nsF0
ふと…古びたバンを転がす彼の右手に女の子が立っているのが見えた。


薄紫色の髪に角を生やして、後ろの髪を腰の辺りまで伸ばしている…。


その女の子はこちらを向くとニコリとほほえんだ。


阿部はその女の子が気になり、ふと車を止めて、まどから振り返った。


そこには女の子の影も形も無かった。


まるで狐につままれたようだ。 阿部は首を傾げると、車を再発進させ、雛見沢への畔道を砂埃を巻き上げながら進んで行った。



阿部高和が雛見沢村に引越して来たようです・阿部曝し篇





4 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 11:35:48.98 ID:oGxd2nsF0
丁度修理工場なのか廃屋なのか分からないあばら屋に車を止めると、阿部は車を降りた。

「ボロボロじゃないか…」 そうつぶやくと阿部はあばら屋の中へと足を踏み入れた。

あばら屋の中には人…それも少年少女の子供がいて、中の古テーブルでトランプをやっていた。

阿部がはいるやいなや皆が目を丸くしてこちらの方を向いて。

近所のガキどもか? 阿部はそう思った。

「あっ…」

栗色の髪をした男の子が何か言おうとしたのを、緑色の髪をポニーテールにした勝ち気な女の子が遮り、言った。

「もしかして…ここの管理人の方ですか…?」




6 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 11:37:19.01 ID:oGxd2nsF0
その場に居た全員がキョトンとした目で阿部を見るものだから、阿部は二の句が継げなかった。

「あ…ああ、ここは今日から阿部自動車修理工場だ。オーナーは俺だ。阿部高和だ。」

すると緑色の髪をした子が椅子から立ち上がり、阿部の前まで歩いて来た。

「所有者がいたなんて知らなくて…すいません。」

緑色の髪の子は深々とお辞儀をして詫びた。

他の面々も立ち上がると同じようにお辞儀をした。

栗色の髪の毛を首まで伸ばした女の子、金髪をショートカットにした勝ち気そうな女の子、
同じく栗色の髪の毛の5年後が楽しみな男前な男の子、そして黒髪を腰の辺りまで垂らした少し影のある女の子。
そして、双子だろうか…緑色の髪の毛を後ろに垂らした女の子。

「所有者がいたなんて知らなくて…すいません。」 緑色の髪の子は深々とお辞儀をして詫びた。

他の面々も立ち上がると同じようにお辞儀をした。




8 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 11:39:40.30 ID:oGxd2nsF0
「すいません…今から場所を移動しますんで…」

緑色の髪をした女の子が急いでテーブルに散乱したトランプをかき集めようとした。

「待てよ」

阿部はその子の手首を掴み、驚いた表情の女の子の目をじっと見つめた。。

静寂と緊張が辺りを包む…。

「詫びもせずに出て行くつもりかい?」

阿部は静かにそう言った。

皆気まずそうに下を向いたまま押し黙っていた。

まるで蛇を前にした蛙の様だ。

「詫びついでに、俺も仲間にいれてくれよ。就業初日で暇なんだ。いいだろ…な?」

阿部はニコニコしながらそう言った。




10 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 11:41:10.84 ID:oGxd2nsF0
その時の六人の表情と言ったら無かった。

話を聞くとどうやらこの六人は地元の学校に通う部活仲間らしい。

部活と言っても別段特別な事をするでも無く、ただテーブルゲーム等をするらしい。

五年後が楽しみな青年は圭一、おてんばそうないたづらっ子の金髪娘は沙都子、
どこか暗い影があるおっとりした黒髪の梨香、普段は温厚だが、どこか筋が通っている栗色の髪の毛の少女がレナ、
ここらの名家、園崎家の跡取り娘が魅音と詩音…双子だそうだ。

その六人と、しがないゲイの自動車修理工、阿部高和は時が経つのを忘れて談笑し、テーブルゲームに興じた。

日も暮れかけ、夕日が山谷に落ち、紺色の空が広がり始めた頃、ふと気付いたように魅音が沙都子に言った。

「沙都子…大丈夫なの?」

魅音のその言葉に沙都子は、我に帰ったかの様に、怯えた表情を見せ始め、皆に言った。

「ご…ごめんあそばせ…わたくしちょって用事を思い出して…行かなくてはなりませんの…皆さん…また明日…」




12 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 11:42:48.64 ID:oGxd2nsF0
沙都子は顔を青ざめさせたまま、席を立つとパタパタと工場から駆けて行った。

阿部は怪訝に思い、皆の方を向いた。

皆表情が暗い。

何かありそうだ。阿部はそう直感した。
「おい…沙都子…何かあるのか…。」

阿部は内心心配しながらも、他人行儀の姿勢を務めた。

何せ知り合ってから一日も立っていないのだ。
突っ込んだ話は無理には聞けない。

暫く沈黙が続き、そしてレナがゆっくりと話始めた。

「沙都子ちゃん…実は特別な事情があるんだよ…だよ。」

独特の口調のままレナは続けた。

「沙都子ちゃん…鉄平っていう叔父さんと二人でくらしてるんだ…それでね…その叔父さんが沙都子ちゃんを苛めるの…。毎日…毎日…」

レナは表情を曇らせる。それは皆も同じだ。




13 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 11:44:19.02 ID:oGxd2nsF0
勿論…先生にもいったよ…役場にも…児童相談所にも…。でも何の解決にもならなかった。」

「沙都子が…虐待の事実は無いって…撥ね付けるからね。」

そう魅音が続ける。

「耐えてるんだよ…この試練に耐えれば一年前に失踪した悟史が帰って来るってね。あの子は信じてる。だから撥ね付ける。」

魅音は俯きながら言った。

「悟史君は沙都子の兄です…昨年突然失踪したんです。」

詩音が椅子から立ち上がると、遠い目で埃と錆で濁った窓の外を見ながら魅音の話を続ける。

「私も待ってます…彼が帰って来るのを…。」

詩音は目を瞑ると、自身の拳を握り締めた。

何か固い決意があるかのように。

「…皆…よそ者の俺に…そんな突っ込んだ話をしてもいいのかい…?俺は今日越して来たばかりなんだぜ?」


阿部は皆を見渡すと、そう言った。




14 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 11:46:06.52 ID:oGxd2nsF0
「構わないよ。」

遮る様に圭一が挟みかける。

「阿部さん…アンタは俺達の部活に参加したんだ。アンタは立派な仲間だ。それにアンタには人を引きつける不思議な力があるみたいだしな。」

それを聞いた梨香が一瞬表情を崩したのを阿部は見過ごさなかった。

圭一は続ける。

「俺達は戦いつづける…仲間が苦しんでる時に黙っていられるかよ!俺達は仲間だ!そうだろ、皆!」

圭一の言葉に賛同するかのように皆がうなづく。

どうやら部活仲間の結束は相当な物らしい。

「俺達で沙都子をたすけるんだ!」

圭一は劇場めいた芝居の様な立ち振る舞いで熱を込める。


まだ現実を分かって無いケツの青いガキどもだ…阿部は冷静にそう思った。




16 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 11:48:12.14 ID:oGxd2nsF0
「分かった…俺にも協力させてくれ…だか、今日はもう遅い。親が心配するからお前らは帰れ。」

阿部は古びた椅子に座りながら静かに言った。

会場のオーナーにそう言われてはたまらない。

皆は静かに立ち上がると、阿部に黙礼をして、各々の帰路に着いた。

阿部は座ったまま考えた。


児童相談所ですら匙を投げた哀れな少女…昨年失踪してしまったその兄…鉄平という叔父…。




17 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 11:49:44.07 ID:oGxd2nsF0
いつもそうだ…いつも余計な事に要らないせっかいを焼いてしまう。 阿部はとある予備校生を思い出しながら一人ほくそ笑んだ。

まさき…確かそんな名前だったかな…。

阿部は一人で含み笑いをした。

「すいません…。」

唐突に入口から顔を出した見知らぬ女に声を掛けられ、阿部はとびあがりそうな程驚いた。

「何だい?」

阿部は冷静に務めたが、それでも目を丸くして尋ねた。

「車の調子が悪くて…ここ…修理工場なんでしょ…?ちょっと直して下さらない?」

明るいグレーのズボンに緑色のカーディガンを羽織った金髪の美人だ。

「どれ…見せてみな。」




18 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 11:50:52.46 ID:oGxd2nsF0
阿部は工具箱を持つと立ち上がり、その女の後に付いて行った。

女は表に止めてある白いバンの前で止まった。

「これなんです…」

華奢で美人な女に似合わないバンだと思いながら阿部はフロントを覗き込み、ゾッとした。

そこにはまだ真新しい血が飛び散り、バンパーから滴っていた。

フロントライトの辺りに人毛らしき毛の束もこびりついていて、ライトは衝撃のためかヒビが入り、フロントも微妙に歪んで塗装が剥げている。

「鹿をはねてしまって…何とかなりませんか…?」

女は淡々とそう言った。

「ああ…少し見てみようか。」




19 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 11:52:08.82 ID:oGxd2nsF0
阿部は吐き気を堪えながら、フロントをあけ、調子がおかしくなった原因をマグライトで照らしながら探る。

原因はすぐに分かった。

何かを轢いた衝撃の為か、ヒューズの一部がイカれていた。

これでは満足に走る事も出来まい。

阿部は工具箱から新しいヒューズを取り出すと、すぐに付け替えた。

「ちと…洗車が必要だか…これで大丈夫だろう。」

阿部は表情を引きつらせながら言った。

「ありがとう御座います…助かりましたわ…。」

女はニコリと微笑んだ。

「あの…私がここにいた事は決して口外なさらないで下さるかしら。」




20 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 11:53:53.45 ID:oGxd2nsF0
女はほほ笑みながらそう言うと、わざとらしく大きい胸を強調させるように腕を組んだ。

「他の人に知られると都合が悪いのよ…だから…ね?」

女は腕を組みながら、カーディガンから覗く胸の谷間をわざとらしく見せつけた。

そう言う事か。

阿部は悟った。

「心配しなさんなお嬢さん…無理をしなくても、俺は何も言わんさ。」

「あら、そうですか…。」

女は胸を強調させるのを止めると、ポケットをまさぐり、阿部に近付いた。

「修理代と口止め料です…これだけあればたりるでしょ?」

女はそう言うとズボンのポケットから紙の束を取り出し、無理矢理阿部の手に握らせた。

「いいですか…決して口外なさらないでね。」




21 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 11:55:10.04 ID:oGxd2nsF0
女は再びそう言うとバンに乗り込み、サッサと行ってしまった。

阿部は何かで車のナンバーを隠していたのを見過ごさなかった。

それから阿部は手渡された紙の束を改めて眺めた。

ざっと三十万前後はありそうな額の札束だった。

阿部はフンと鼻を鳴らすと、工場の中へと戻って行った






「阿部高和…今日雛見沢に越して来た小悪党ね」

鷹野三四はバンを運転しながら不敵な笑みを漏らした。

「高校卒業後、都内の自動車修理工場に就職するものの、
上司を殴って傷害で逮捕…その後転々として、今度はよりによって雛見沢…今の時期に越して来るなんて運が悪いわ。」




23 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 11:56:31.52 ID:oGxd2nsF0
「これを見られて…消さなくていいんですかい?」

後部座席から髪を後ろで縛った人相の悪い男がヌッと顔を出した。

「つまらない事にむやみに山狗は使わない事よ、小此木。どうせ他の村人と同じ運命をたどるわよ。」

さもつまらなそうに鷹野は言った。

「おっしゃるとおりで…。」

小此木と呼ばれた男はニヤリと口許を歪ませた。

「一応山狗に監視させときます。なに…あんな男の一人や二人…何か嗅ぎ付けた所で一捻りですよ。」

「でも注意することね…あの男…結構やるわよ…ゲイだし。」

不敵な笑みを崩さず、鷹野はこたえた。

暗い山道を干た走るバンはさらに山奥へとその暗い身を進めた。




24 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 11:58:02.74 ID:oGxd2nsF0
時刻…北条家




北条沙都子はこぼれた味噌汁とお椀を前に子犬の様に震えていた。


「のお…沙都子。きさん分かっちょるやろな。」


金髪パンチパーマに強面の彼女の叔父、北条鉄平は彼女の後ろから胸に手を回し、
ナメクジが這う様に胸をなで付けながら、粘液の様にねっとりとした口調で言った。

「粗相一回でビンタ…二回で縄縛り…三回で…のお、沙都子。」

「ごめんなさい…許して下さい…もうしません…しませんから…。」

顔面蒼白の沙都子は蚊の啼く様なか細い声で繰り返し、繰り返し呟いた。

鉄平はニヤニヤしながら、彼女の頬を流れる冷や汗を嫌らしくベロリと舐めて言った。

「沙都子…わしも辛い…しつけは保護者の役目じゃからのお…仕方のないことじゃけぇ…。のお…沙都子…。」

沙都子の胸をなで付けていた鉄平の手が、沙都子の半ズボンへと伸びた。

「…あ」

かすれた声を漏らした沙都子の顔が紅潮していく。




25 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 11:59:31.12 ID:oGxd2nsF0
鉄平の手が沙都子の半ズボンの中に進入し、しきりに中をまさぐる。


「もう気持ち悪いのやだぁ…」

沙都子は顔を赤らめながら涙を流した。


鉄平の指が、まだ毛も生え揃わない沙都子の湿りかけたクレバスを押し広げんとした刹那、突如として玄関から轟音がした。


戸が破られたようだ。


「なんね…こんな時間に…。」


鉄平は沙都子から手を放すと、居間から玄関へと向かった。


玄関には一人の漢が立って居た。


鉄平は忌々しそうに怒鳴った。


「おんどりゃあ!何の用じゃい!」




26 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 12:02:11.31 ID:oGxd2nsF0
青いつなぎを着た男前はそのまま玄関に立ちすくみ、言い放った。

「今晩は…阿部自動車修理工場の者です。今日越して来たので挨拶に来たよ。よろしくお願いします、鉄平さん」

「きさん…なめとんか…戸壊かしよってからに…。」

「閉まってたから開けたまでだ。」

阿部は不敵な笑みを浮かべたまま、土足で家に上がり込んだ。

「靴を脱がんか!」

鉄平が怒鳴るのなどかまうものか。

阿部はツカツカと前進した。

すると居間の隅で怯えてうずくまっている沙都子と目が合った。

「やあ沙都子こんばんは。」

放心しているのか、はたまた驚いているのか、返事は無かった。

鉄平は沙都子を一瞥すると、阿部に近付き、胸倉を掴みあげた。

「おいおい…放さないと酷いぜ。」

阿部は掴みあげた鉄平の手を逆に掴むとギリギリと締め上げた。

不敵に笑みを浮かべる顔とは裏腹に物凄い力だ。




27 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 12:03:44.80 ID:oGxd2nsF0
鉄平の顔が苦痛で歪む。

「い…一体何の用ね…。」

顔に脂汗を浮かべながら鉄平が再び尋ねた。

「沙都子は俺が預かる。なぁ…いいだろ?」

互いに睨み合いながら、詰め寄る。

「こんなガキん子一人の為にお前は来たんか…?」

鉄平の問いに阿部は無言でうなづいた。

「え…ええよ。好きにせいや。」

鉄平は怯えた顔に脂汗を滴らせ、そう答えた。

「ありがとう…感謝するよ。」

阿部は掴みあげた鉄平の手首を、汚物でも放る様に放し、言った。

「ああ…忘れてた。引越しの挨拶にきたんだったな。」

ヒイヒイと喚きながら赤くなった手首を擦る鉄平の顔面のど真ん中に豪拳が振り降ろされ、
鼻血を噴出して失神したのはそれからすぐの事だった。




30 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 12:08:51.25 ID:oGxd2nsF0
阿部は居間まで行くと放心しきった沙都子を抱き抱え、玄関まで歩いて行った。

「これはほんの気持ちだ。死ぬまで大切にとっとけよ。」

最後まで粋な計いを忘れない阿部であった。





自宅に戻ってから阿部は、隣りに住む知恵留美子とかいうカレー臭い変な女にお裾分けされたカレーライスを沙都子に振る舞ってやった。

まだ現実を把握しきって無いのか、沙都子は無表情のままカレーライスを食べ始めた。

「腹一杯食えよ沙都子。今日からお前は俺の妹分だ。よろしくな。」

阿部は優しく沙都子にそう言った。

その言葉を聞いて沙都子はやっと現実を理解したのか、はたまた別な何かがあるのか…沙都子は阿部に抱き付くと、大声をあげて泣き始めた。

「いいんだよ沙都子、グリーンだよ。」

阿部はいつまでも沙都子の頭を撫でてやった。




31 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 12:10:23.16 ID:oGxd2nsF0
シナモンのような甘い香りがする彼女の髪の毛を阿部はいつまでもいつまでも撫でてやった。

と、不意に玄関がノックされた。

誰だろうか…阿部はすすり泣く沙都子を一旦引き離すと玄関の戸を開けた。

そこには、黒いワイシャツに赤いサスペンダーを付け、ダンディズム溢れる顔付きのガッシリずんぐりとした男が立っていた。

「こんばんは、わたくし興宮署の大石と申します…。」

黒い警察手帳を手の中でプラプラとさせながら、その男は続けた。

「北条の件でうかがったのですが…もう、分かりますよね。」

阿部は観念したように、コクリとうなづいた。

「しかし、鉄平側がいかにも殴られた顔の傷は転んでつけただの、
沙都子ちゃんは自分であなたに預けたと言い張ってましてね…。その件は目を瞑りましょう。ただ問題は…」

大石が続けた。

「彼の立ち位置なんですよ、阿部さん。
彼はとある殺人事件の重要参考人としてマークされてましてね…あなたに下手に関わってもらいたくないんですよ…分かりますか?」

大石は阿部をねめつけるように言った。




32 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 12:12:01.15 ID:oGxd2nsF0
「たかが底辺労働者の一人が正義漢ぶるな…そう言いたい訳です。このヤマを逃したら阿部さん…あなた責任がとれますか?」

阿部は頭に血が上りかけたが、二の句が継げなかった。

「これ以上騒ぎをおこすと阿部さん…あなたを逮捕します。これは警告です。」

大石はジッと阿部の目を見て、阿部の出方を探った。

だが阿部は大石の目を見つめ返すだけだった。

大石はクスリと笑うとフウと息を吐いて言った。

「まあいいでしょう。今日はこのくらいにしておきます。それではおやすみなさい。」

大石はそう言うと踵を返し、帰って行った。

阿部はその背中をただじっと見つめていた。

イヤミったらしくてクセのあるいい男じゃないの…。




33 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 12:13:22.48 ID:oGxd2nsF0
「阿部さん!」

不意に横から大きな声で呼び掛けられて、阿部は心底驚いた。

阿部が横を向くと、隣りの家の玄関の前で口の端にカレーを付けた知恵留美子が腰に手を当てて、眉を尖らせていた。

「実は私、沙都子ちゃんの担任なんです!阿部さん!全部聞いてましたよ!」

怒った顔のまま知恵は続けた。

「暴力なんて…理由はどうあれ許されません…それに警察に目をつけられて…あなたはいいでしょうけど沙都子ちゃんはどうなるんですか!」

知恵先生の剣幕に阿部は恐縮しっ放しだった。

「すいません先生…だけど今日皆から沙都子の事を聞いていてもたってもいられなくて…。」




35 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 12:14:37.59 ID:oGxd2nsF0
「皆って誰の事ですか!?」

「前原圭一と竜宮レナ、園崎魅音と詩音…それから古手梨花です。」

阿部は俯きながらあっさりとゲロッた。

「全くあの子達は…。明日私から言っておきます!それから阿部さん!」

「はい」

「沙都子ちゃんは寝る前に必ず歯を磨かせて下さい…いいですね!」

知恵先生は一段と凄い剣幕で阿部に言いつけた。

「…分かりました。だけど先生…一ついいですか…。」

恐る恐る阿部が言った。




37 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 12:15:35.57 ID:oGxd2nsF0
「なんですか?!」

阿部は自分の口の端を指でさしながら言った。

「カレー付いてますよ。」

知恵先生はハッとして口を拭うと、顔を真っ赤にした。

「どうして最初に言ってくれないんですか!!もう!!」

知恵先生はこれまた一段と凄い剣幕でそう言うと大股でスタスタと帰って行った。

やっぱり変な女だな。阿部はそう思った。




39 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 12:16:34.88 ID:oGxd2nsF0
同時刻…鷹野邸




鷹野三四は出来の悪い粗末な木彫りの人形をいつまでもいつまでも見つめていた。

まるでそれが一つの恋愛小説かのように、熱心にそれを眺めていた

あの男の子…生きて居れば今は私ぐらいの年だろうか…。

鷹野は葉に蝶が止まるかのように静かに目を閉じた……。




41 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 12:17:38.80 ID:oGxd2nsF0
十数年前…とある孤児院にて




「ごめんなさい…ごめんなさい…」

今日も夜通し聞こえる弱々しい懇願の声をBGMに粗末な二段ベットで美代子は眠りに付いて居た。

ここでの楽しみと言えば食事と眠る事だけだった。

絶望と職員の暴力だけがここを支配していた。

そんなとある日の事だ。

その夜は雨が降っていた。

いつもの四人部屋の中で美代子だけは眠れぬ夜を過ごしていた。

「この野郎!こっちに来い!」

遠くから聞こえる職員の怒声が美代子の耳に吸い込まれる様に入って来た。




42 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 12:19:05.20 ID:oGxd2nsF0
床に入っていた美代子はどうしてもそれが気になり、床を出て、薄暗い廊下を覗いてみた。

そこには坊主頭の如何にもいたづら小僧風の男の子が、職員に何度も足蹴にされて居た。

「また就寝時間に抜け出しやがって…今度という今度は許さん!」

職員はそう怒鳴ると、その子のズボンとパンツを脱がし、棍棒を手にした。

「貴様を女にしてやるよ!このオカマ!」

職員はそう言うとズボンのファスナーを開け、自身を取り出した。

そして、男の子を四つん這いにさせると、棍棒で打ち据えながら、美代子の到底想像に及ばない様な蛮行を繰り広げた。

余りの惨状に美代子は言葉を失った。


それから数日というもの、美代子はそのことが頭から離れなかった。

それと同時に、その坊主頭の男の子の事も美代子の意識にこびりついた。

そして数日後の掃除の時間…美代子はその月の掃除区域が割り振られた。

そこは普段職員の目が届かない用具倉庫だった。




43 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 12:20:43.92 ID:oGxd2nsF0
それだけで普段厳しい監視の目を逃れられて儲け物だったが同じく配属されたのが、その男の子だったのだ。

だが、美代子は困惑した。

それもそうだ。なにせ美代子が人生で始めて意識した異性なのだ。

どうしていいか分からないのも無理は無かった。

そして掃除の時間。彼女は狭い用具倉庫で彼と二人きりになった。

何故か美代子の胸は高鳴り、あの日の壮絶な光景と重なって、彼をまともに見れなかった。

彼女は黙々と掃除をする。 彼を見ずに。

意識するがゆえ、彼を見れない美代子に彼は歩み寄った。

何故か赤らめながら掃除をする美代子の肩を彼はトントンと叩くと、笑顔で何かを差し出した。

懐かしい甘い香り…どこから仕入れて来たのかそれはチョコレートの欠片だった。

こんな厳しい生活で、久しい甘い甘いお菓子。

美代子はチョコレートの欠片を摘むと、改めてかれの目を見た。

曇りのない純粋な笑顔、どこか茶目っ気のある純粋な笑顔。

彼は食べろ、と言わんばかりにしきりにうなづいた。




44 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 12:22:12.85 ID:oGxd2nsF0
彼女は彼の目を見ながらチョコレートの欠片を口に含んだ瞬間、生まれて始めて恋に落ちた。甘い味覚にだまされない純粋な恋。

セックスも金も何もかもが絡まない純粋な恋だ。

幼稚で不器用で、山岩からわき出る清水が如く純粋な恋…。

幸い、建物から遠く遠く離れた用具倉庫までは職員の目は届かなかった。

彼らは気の許す限り、お互いを語り合った。

出身から生い立ち、好きな色から何もかも。用具倉庫は笑顔で包まれた。

唯一つ分からなかったのは、お互いの名前…。

これは最後の最後まで分からなかった。

しかし、美代子はその月の掃除の時間が楽しみで楽しみで仕方が無かった。

彼に会える…彼と話が出来る…それだけで美代子は舞い上がった。

しかし、美代子の生まれて初めての恋は儚く、そして白昼夢のように短い物だった。




彼らはそこの掃除当番最後の日…生まれて初めて口付けを交わした。




45 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 12:23:54.40 ID:oGxd2nsF0
美代子にとって口付けなど、生前父に連れて行って貰った西洋のトーキー映画で見たぐらいだった。それを今美代子は体験している。

美代子ははち切れそうになるのをしきりに我慢した。

長くそして短い口付けの後に彼から手渡されたのが、現在三四が持って居る粗末な木彫り人形だった。

彼からすれば手切れのようなプレゼントだったのかもしれない。

だが、彼女にとっては一生のプレゼントとなった。

こうして掃除終了のサイレンとともに彼女の短く儚い恋は終わった。

それから彼とは二度と会わなかった…いや、会えなかった。

孤児院脱出劇の際に少し欠けてしまったが、社会的に大成した今でも大切に保管してある。

彼女は時々思った。彼はどうなったのだろうか…。

孤児院で殺されてやいないだろうか…否、今は幸せに暮らして居るのだろうか…。

彼女の想いは尽きなかった…現在も。

彼女はそっと目を開けた。そこには変わらずに粗末な木彫りの人形があった。




47 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 12:25:20.16 ID:oGxd2nsF0
それは彼女の生きがいでもあり、糧でもあった。

「三四さん…まだ起きてたのかい?」

ふと…背後から声がした。

「ジロウさん…。」

三四は即座に答えた。

彼の名は富竹ジロウと言った。

三四も所属している東京という組織から配属された工作員だったが、名目上は彼と交際関係にある事になっている。

彼女の雛見沢風土病研究上重要な位置にある男だが、所詮彼女にとって駒の一つに過ぎなかった。

肉体関係にはあったが、それだけの男だ。

向こうはどうおもっているのかは知らないが…。

「突然背後から話しかけるなんて、紳士にあるまじき行為よ。」




49 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 12:26:36.37 ID:oGxd2nsF0
「心配なんだよ…三四さんの体が…。」

そう言うと富竹は三四の体を抱き寄せた。

「ジロウさんたら…。」

三四はさも甘えた様な猫なで声でそれに答えた。

「今日は研究詰めだったじゃないか…それに来週は綿流しもある…今日はもう寝よう…布団敷こう…ね?」

富竹が鷹野の肩を揉む。

鷹野はそれを無視するかのように木彫り人形を見つめていた。

「それは…?」

「言ってなかったかしら…私の大事な大事な御守りなのよ。いつもこうして寝る前に眺めてるの…。」

「随分と不細工な人形だねぇ。まるで子供が作ったみたいだ。」

鷹野は目を細めた。




51 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 12:27:53.22 ID:oGxd2nsF0
「ええ…そうね…。」

「さあ…行こうか。」

鷹野と富竹は寄り添うように部屋を出た。

木彫り人形は机の上で静かに佇んでいた。







沙都子が阿部の妹分になってからというもの、七人はベーコン、レタス、トマトのBLTサンドイッチの如く、楽しい時間を過ごした。

ただ気になったのは梨花とレナが時折暗い表情を見せ、詩音と魅音が口喧嘩をしていた事だった。

お互いを信頼し、何事もざっくばらんに相談出来る【仲間】の存在があるにもかかわらず、こころに何か陰りがあるかのようだ。 阿部はそう思った。

「阿部のおじ様…どうしまして…顔色が御悪い様でしてよ?」

テーブルの向かいで御飯のお椀を持ちながら、沙都子が心配そうな顔で覗き込む。




52 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 12:29:30.42 ID:oGxd2nsF0
「何でもないよ。」

阿部は浮かない顔でそう答えた。

「でも全く召し上がってらっしゃらないではないですか…。」

「ちょっと散歩してくるよ。夜風に当たって来れば少しはマシになるよ。」

そう言うと阿部は立ち上がり、玄関から出て行った。





阿部は田んぼの脇の砂利道を歩いていた。

数日前から思って居たのだが、誰かに見られて居る気がしてならない…。

阿部は青い作業服のポケットに手を入れると、口ずさんだ。

「か~ご~め~かご~め~、鶴と亀が滑った…。」

丁度阿部の後ろで砂利が騒々しい音を立てて転がる音がした。

確かに誰か居るらしい。

「後ろの正面…だあれ…。」

阿部は振り向いた…。




53 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 12:30:59.04 ID:oGxd2nsF0
その三十分前…入江医院




「はい…阿部高和ですね…御心配なさらずに…きちんと監視してます…。」

鷹野三四からの電話にため息交じりに、若き医院長の入江京介は答えると、静かに電話を切り、改めて梨花と向き合う。

「それで梨花ちゃん…お話しって一体何かな?」

「僕が言える事はただ一つなのです…阿部高和には気を付けて欲しいのです…。」

梨花は浮かない顔でそう言った。

「どうしてそう思うのかな…だって彼はただの自動車修理工だよ…。」

「…そんな気が…するからですよ…入江…。僕はもう帰るのですよ…僕のお腹の虫さんがグーグー鳴いてるのです…みぃ…。」

梨花はそう言うと俯きながら診察室から出て行った。

「…梨花ちゃん……どうして突然そんな事を…」




54 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 12:32:25.23 ID:oGxd2nsF0
入江は梨花の突然の発言に困惑した。

入江自身、阿部は何ら問題の無い人物だと思っていたからだ。

マークの必要も無いとさえ思っている。

ただ単にここに越して来た時期がわるいだけで…。

入江はふう、とため息をつくと、窓の外を見た。

丁度そこには診療所の前の山道を歩く阿部の姿が見えた。

入江はハッとして、窓に飛び付き、彼を目で追った。

ふてくされた様な粗暴な印象を受ける歩き方をしてるものの、どこか憎めない優しさをにじませる彼の顔を、入江は嫌いになれなかった。

入江は急いで山狗に電話をした。

「入江先生…どうしました?」

相手はすぐに出た。

「阿部高和への監視は続けてる最中ですか?」




55 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 12:33:32.30 ID:oGxd2nsF0
「はあ…それが何か?」

「監視を一時中断して下さい。」

「…えっ?」

「監視を一時中断して下さい…暫くは私が監視を引き継ぎます。」

「しかし入江先生…!」

「鷹野さんには話を通してあります。それじゃあよろしくお願い致します。」

口からの出任せを言うと、半ば強引に電話を切った。

そして、備え付けの鏡で髪型をサッと整えると、診察室を飛び出して、阿部を追った。

だが入江は知らなかった。

待合室に梨花がまだ居て、一部始終を眺めていた事を…。

梨花は皮肉るようにクスリと笑うと、入江の後から診療所を出て、闇へと消えて行った。




56 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 12:34:45.46 ID:oGxd2nsF0
監視を継続する…とは言ったものの入江は阿部の後を付けながら途方に暮れて居た。

なにせ下は砂利道なのだから、注意して歩かないと阿部に感づかれてしまうし、何より街灯一つ無いので暗い…。

入江は四苦八苦しながら、砂利道を歩き、やっとこさっとこ付いて行った。

すると阿部が突然、ポケットに手を入れて立ち止まり、カゴメカゴメを歌い出す、どこかの渋川のような真似をしだしたからたまらない。

普段歩き慣れない格好で歩いて居た入江は驚いて尻餅をついてしまった。

程なくして振り返った阿部に、彼は見つかった。

「…良い男が俺に何か用かい?」

阿部は怪訝そうに入江を見ながら言った。

入江はただただ唖然としていた。




57 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 12:36:12.43 ID:oGxd2nsF0
三十分後…阿部自動車修理工場




「いやぁ、驚かせて申し訳無かった入江先生…。」

阿部は入江先生の手のひらの擦り傷にオキシドールを塗りながら謝った。

「いえ、こちらこそ後ろを歩いているのに挨拶もしないで…」

オキシドールがしみるのだろうか…時折顔をゆがませながら入江が答えた。

「しかし、ここらの名士の入江さんが俺に何か用かい?」

オキシドールを塗り終わった阿部は、脱脂綿を捨てると改めて入江に向き直った。

「いえ、ただ近所同士の付き合いを…」

阿部は入江に何かしら裏がある事を見て取り、戸棚から焼酎の瓶とグラスを取り出すと、乱雑に入江の前に置いた。

「勤務時間外なら是非つきあって貰いたい物ですが…。」

阿部は入江のグラスに焼酎を注いで、入江を見た。

入江はニコリと微笑むと、一気にグラスを扇いだ。




58 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 12:37:45.10 ID:oGxd2nsF0
阿部はニヤリとほくそ笑むとチビチビとグラスを傾けて、入江を見つめた。

「入江先生…あんた欲しいモンがある顔をしてる。そうだろ?」

不敵な笑顔を顔に浮かべながら阿部は囁くように呟いた。

薄暗い裸電球がより一層淫靡な空気を醸し出す。

「阿部さん…。」

入江が顔を赤らめて、俯いた。

「分からないんです…阿部さんを見てると、何故か胸が苦しくなって…ドキドキして…私はメイドさんが好きなのに…何でこんな…。」

「入江先生。」

阿部は真っ直ぐと入江を見つめて言った。

「そりゃ恋ってヤツですよ…アンタ俺に惚れてる。」




59 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 12:41:25.82 ID:oGxd2nsF0
阿部は入江の目を見つめながら、机に乗り出し、口づけをせんと入江の唇に自分の唇を近づけた。

顔を赤らめて戸惑っていた入江だが、仕舞いには目をつむり、阿部を受け入れんと唇をツンと差し出した。

「あうあう…。」

まさに唇が触れんとした刹那、戸口から奇妙な声が聞こえた。

戸口から恐る恐るひょこっと顔を出して、不安げな顔をしている紫色の長い髪に角のような髪飾りを付けた可愛らしい女の子だ。

阿部と入江は面食らって、慌てて離れた。

「珍しいお客さんだな…。」 阿部が呟く。

「こんな遅くに一人でどうしたんだい?名前は?」

入江がニコリと微笑むと、その女の子に言った。

「ボクは羽入…古手羽入と申します。」

「古手…?梨花ちゃんの親戚かい?」

「そ…そうなのです…あうあう」




60 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 12:44:05.65 ID:oGxd2nsF0
相変わらず不安げな顔をしながら羽入と名乗った少女が答えた。

「家は…?」

「家は…無いのです…」

入江と阿部は困った顔をした。

はて、どうしたものか…。

「何なら、俺の家に来るかい?沙都子も喜ぶ…どうだい?」

阿部が腕を組み、笑みを浮かべながら言った。

「でも…迷惑なのです…今日は梨花の所に…」

「…羽入…こういう時は遠慮せずにホイホイついて来るもんだぜ?何なら梨花ちゃんも連れて来な。」

入江は阿部を見ると笑みを浮かべ、ふぅと息をついた。

「阿部さん…私はそろそろ診療所に帰ります。焼酎御馳走様でした。」

「ん…もうか?案外早いんだな。」

「やり残した仕事がありますので、では。」

そう言うと入江は診療所に向かってフラフラと歩き始めた。




61 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 12:45:36.78 ID:oGxd2nsF0
羽入は相変わらず不安げにモジモジしている。

「梨花ちゃんは後から迎えに行く…どうだい?」

優しく阿部は言うと、羽入はようやくコクリとうなづいた。

二人は手を繋いで、カエルの声がうるさい畦道をとぼとぼと歩いていった。

羽入と阿部が家に帰ると、既に沙都子は寝ていた。

無理もない…テレビでは久米さんがニュースステーションをしている真っ最中だ。

「遅かったのです…高和…。」

キッチンから声がした。梨花の声だ。

「梨花ちゃん来てたのかい?」

ダイニングテーブルに腰掛けて、不敵な笑みを浮かべた梨花がこちらを見つめていた。

「あうあう…」

羽入が申し訳なさそうに阿部の後ろからひょっこり顔を出して梨花を見つめた。

「羽入!」 梨花は大層驚き、目を丸くした。




62 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 12:46:43.32 ID:oGxd2nsF0
どうしてここに…。」

「ボクはもう逃げないのです。運命に必死で抗うのです。」

「羽入…。」

「話の途中で悪いんだが、お二人さん。寝る時間だ。歯を磨いて寝るんだぞ。梨花ちゃんも遅いから泊まってけ泊まってけ。」

沙都子が寝息を立てて眠る中、阿部は静かに言った。

静かに見つめ合う梨花と羽入とは対照的に、外ではカエルが騒々しい鳴き声を上げていた。





梨花と羽入が寝かし付けてから、阿部は外に出て、タバコをふかした。

星と月以外明かりと言っていいモノが無い中、タバコの火が煌々と燈っている。

カエルと隣の知恵先生の寝息を聞きながら、阿部はふと畦道に視線を走らせた。




63 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 12:47:58.48 ID:oGxd2nsF0
人影がモソリと動き、こちらに向かって来ている。

何事かと阿部は身構えた。

「うぅ…。」 聞き覚えのある声だ。

「…レナか?」 阿部は囁くように言った。

「…阿部さん…。」

一呼吸置いてからレナの声がした。

随分と疲弊した印象を感じる。阿部はフウと息を付くと、レナに近づいて行った。

「どうしたんだ…こんな時間に…。」

徐々にレナに近付くにつれ、阿部はレナの様子がおかしい事に気が付いた。

全身泥だらけで、服は所々破けて白い肌を覗かせている。
破けて開けた胸を恥ずかしげに隠すように手を胸に置いていた。




64 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 12:49:27.64 ID:oGxd2nsF0
顔や身体は傷だらけ、顔は殴られたのか…目が腫れ上がり、唇は切れて血を滲ませている。

フラフラと歩くレナに阿部は慌てて駆け寄ると、肩を抱き、その場に座らせた。

「レナ!何があった!?」 阿部がさぞ驚いたように尋ねた。

「…今日ね学校から帰る途中でいきなり殴られたの…沙都子ちゃんのおじさんに…それから森に引きずられて…また殴られた。」

大粒の涙を流しながら、たどたどしい口調でレナは続けた。

「それから…何度も殴られた…途中で阿部と一緒につるんでる報いだって、また殴られて…気を失って…それで…。」

「レナ…もういい…。もういい。」

嗚咽を漏らしながらも必死で言葉を繋ぐレナを阿部は制し、静かに抱きしめた。

この少女に起きた惨い出来事を想い、自分の無力さと愚かさを呪った。

「レナ…すまない…。」

自分があの時…後先考えずに行動していなければ…余計な事に首を突っ込まなければ…レナはこんな事にはならなかった。




65 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 12:50:49.24 ID:oGxd2nsF0
「…家に帰りたい…帰りたいよ…。」

嗚咽を堪えて静かに囁かれたレナの言葉に阿部は心が引き裂かれんばかりになった。

「ごめん…ごめんなレナ…。」

月明かりが照らす蒸し暑い夜の畦道で、二人は抱き合い、長い間動けなかった。。



「言わんこっちゃ無い…阿部さん。」

唐突に声がした。阿部は声がする方を向いた。

タバコをくわえた大石がノソリとした様子でこちらに向かって来るのが見えた。

「余計な事に首は突っ込まない…それが大人のルールってもんです。」

大石は煙を燻らせて、阿部に抱き着くレナを優しく離し、地面に座らせた。

「辛かっただろうに…。」

大石はレナにそう言うや否や、押し黙る阿部に強烈な右フックを叩き込んだ。

鈍い音がして、阿部の口の中に塩辛い血の味が広がった。




66 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 12:52:10.74 ID:oGxd2nsF0
「阿部高和!彼女の痛みはこんなもんじゃあ済まされない!仲間を、何より自分自身を大切にしろ!」

激昂した大石が阿部を怒鳴り付けた。

阿部は口から血を滲ませながらも、大石をジッと見つめた。

「…弱いからこそ暴力に頼る、無力だから暴力を振るう…。暴力だけではなにも解決しない。」

先程とは打って変わって静かな口調で大石は続けた。

「しかし、無力な暴力が正しい事もある。正しい事とそれ以外の事はほんの僅かな差なんです、阿部さん。」

「暴力が無力な事ぐらい、何も生み出さない事ぐらいとうに分かりきってるさ…だからこそ許せない事があるんだ…。」

「阿部さん…あんたまだ…。」

大石が拳を握り、再び一撃を加えんと、胸倉を掴んだ。

「もう止めて!」

レナが叫んだ。




67 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 12:53:30.15 ID:oGxd2nsF0
「…もういいよ…阿部さんは悪くないし、大石さんも正しい…。」

「レナ…。」 大石は阿部の襟から手を離すと、フウと息をつき、阿部の肩に手を置いた。

「…さっきは殴ってすいません…つい頭に血が昇ってしまってね…。」

大石が照れ臭そうに、下を向いて言った。

「…あなたの行動は確かに勇気があって…正しかったのかもしれません…
だけどその結果レナちゃんが酷い目にあってしまった…阿部さん私はあなたが個人的に好きだ…だからこそ許せなかったんです。」

「大石さん…。」 阿部はほくそ笑むと、レナの方を向いた。

「レナは…?」

「…私は…私は大丈夫だよ…だよ…。」 レナが弱々しく言った。

「彼女は家に帰します。今はなにより休んだ方がいい。調書はレナちゃんが落ち着いてから取ります。とにかく休養が必要です。」




68 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 12:54:25.46 ID:oGxd2nsF0
大石はレナの肩を抱いてやると、歩く補助をしてやった。

「阿部さん…無力が正しい事もあります。言ってる意味が分かりますか?弱けりゃ弱いなりの意地をみせてやって下さい。」

大石の力強い言葉に阿部は大きくうなづいた。

「レナ…安心しろ、お前の笑顔は俺が責任を持って取り戻す。必ずな。」

煌々と照る満月が三人の前途に光りを照らす。

光によって出来たかげさえも、ちっぽけに思えた。

一部始終を玄関から眺めていた梨花と羽入は、顔を見合わせると、再び床へと戻っていった。

「羽入…歯を磨きましょ。」

羽入はコクリと頷いた。




69 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 12:55:36.88 ID:oGxd2nsF0
翌日…阿部は力強い歩を持って再び北条家を目指して歩いて行った。

その顔には一片の迷いも無かった。

北条家に着くと、閉まりきった玄関の扉を蹴り破り、大声を張り上げた。

「鉄平!レナに代わって昨日のお礼を言いに来てやった!来なよ!」

不意に奥から鉄平が現れ、便所にこびりつい糞の如き小汚い笑みを携えて歩いて来た。

「…来るのを待っとったよ…阿部高和…。」

鉄平の手にはギラギラと光るドスが握られていた。

「…そんな立派なイチモツを持ってちゃ手加減はできないな…いいのかい?」

「望むところやんね。」

二人は互いにニヤリとほくそ笑むと、見つめ合った。

「ここは狭すぎる。表へでよう、な!」

阿部と鉄平は無言て外へと行き、互いに向かい合った。




70 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 12:57:03.52 ID:oGxd2nsF0
カラリとした沈黙が二人を包む。

「ボケが!この前の礼じゃ!」

鉄平が先に仕掛けた。鉄平は阿部に突進すると、ドスをドテッ腹に突き立てんと勢い良く走って来た。

阿部はヒラリとそれを避けると、強烈なジャブとブロウを叩き込んだ。

ガタガタになった鉄平の鼻の軟骨に引導が渡され、大量の鼻血が鉄平の鼻から吹き出した。

だが鉄平はドスを払い、阿部を切り裂かんとしたが、寸でで避けられ、青いつなぎの肩口を切り裂くだけで終わった。

阿部は鉄平のドスを持つ手に中段回し蹴りをお見舞いし、ドスは離れた地面にザクリと鋭い音を立てて突き刺さった。

阿部は手を休めずに、更に反対の足で鉄平の顎に渾身の上段回し蹴りを食らわせた。

ガチリと歯と歯が噛み合わさり、鉄平の奥歯は粉々に砕けた。

ここで勝負はついたが、阿部は手を緩めずに、この前よりも更に強い力を込めて、鉄平の顔のど真ん中に拳をえぐり込んだ。

ゴキリと鈍い音がして、ついに鉄平は砂埃を盛大に巻き上げて倒れた。

真昼の決斗に決着がついた。




71 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 12:58:42.59 ID:oGxd2nsF0
「そこまでだ、北条鉄平!貴様を殺人未遂と傷害の容疑で逮捕する!」

唐突に怒号が響き渡り、北条家の周りのから制服警官が飛び出して、鉄平と阿部を取り囲んだ。またアナルセックスはお預けだ。

「この間殺害された間宮リナの件でもタップリ話を聞かせてもらえますよ…ンッフッフ。」

森の茂みから悠々とした歩みで大石が出て来て、倒れ伏す鉄平の襟首を掴んで引き起こし、乱暴に手首を後ろへと捻って手錠をかけた。

鉄平は血の泡を吐きながらただぐったりとしていた。

「大石さん…あんた…。」

阿部が驚いた表情で大石を見つめた。

「熊ちゃん、何か聞こえましたか?」

「いえ、何も…大石さんはどうですか?」

「きっとオヤシロ様が鉄平に天罰を加えたんでしょうね…ボロボロですよ。」




72 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 13:00:40.17 ID:oGxd2nsF0
二人の刑事は互いに顔を見合わせて笑った。

阿部は何が起きたかすぐに悟ったがまだ信じられずにいた。

警官隊は鉄平を拘束すると、パトカーに乗せてすぐにその場を後にした。

「それでは我々もおいとましましょうかね。」

大石はほくそ笑むとパトカーに向かって歩きだした。

「もし、誰かがいるんなら言っておきます。あなたは手段や理由はどうあれ正しい事をしたはずです。ただ今後は危ない事は無しですよ。
もし今度おいたをしたら、個人的に逮捕して取り調べをしちゃいますよ。」

振り返りもせずにそう言うと大石ともう一人の刑事は、パトカーに乗り込み、砂埃を巻き上げて行ってしまった。

まるで嵐が過ぎ去ったかのようだ。

阿部はしばらくその場で立ち尽くし、一人でクスクスと存分に笑うと、満足げに家に帰ろうとした。

「あの…阿部さん。」

何者かに呼び止められ、阿部は再びその場に立ち止まり、後ろを振り返った。

そこには下を向いて手をモジモジさせている魅音と、困った顔をした詩音が並んで立っていた。

「ちょっといいですか?」




73 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 13:02:05.64 ID:oGxd2nsF0
詩音が困った顔に少し笑みを浮かべて言った。

阿部はしばらく考えてから、飄々と言った。

「ああ、もちろんいいとも。」




沙都子達三人が学校に行って誰もいない家に、阿部は魅音と詩音をあげてやり、冷たいアイスティーをだしてやった。

ダイニングテーブルに座る二人に向き合うように阿部は座ると改めて尋ねた。

「それで学校休んでまで一体どうしたんだ?」

「阿部さん、実は…お姉の事で相談があって…。」

詩音が神妙な面持ちで言った。

魅音は顔を赤らめながら床を見つめるばかりだ。 何事かと阿部が身構える。


「実はお姉…圭ちゃんの事が好きなんです…。」




75 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 13:03:23.97 ID:oGxd2nsF0
「それで?」

更に顔を赤くして押し黙る魅音を尻目に、阿部は尋ねた。

「お姉…普段は豪傑なんですけど、圭ちゃんの事になるとてんで駄目で、この有様なんです。
昨日も告白しようとしたけど、噛み噛みで会話にならないし…圭ちゃんは圭ちゃんで鈍いし…お姉はお姉でヘタレだし…毎日圭ちゃんの写真で練習する有様…。」

「だーーっ!そこまで言わないで!」

下を向いていた魅音が手足をバタバタさせて、詩音を制止した。

「…恥ずかしいから…もういいって!」

暴れる魅音を押さえながら、詩音が阿部を見据えて言った。

「阿部さん、圭ちゃんと仲いいし、男同士だから何かと都合がつきますよね…だから阿部さんに都合をつけて貰いたいと思って相談に来たんです。」

「なんだ…もっと深刻な事だと思ってハラハラしたぜ。」

ホッとして椅子にもたれ掛かり、胸を撫で下ろす阿部に、詩音は机をバンと両手で叩くと、おもむろに立ち上がり、声を荒げた。




76 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 13:10:47.84 ID:oGxd2nsF0
「十分深刻な問題です!」

阿部はビクッとすると、姿勢を直した。

「…詩音…おじさん恥ずかしいよ…。」

魅音の顔は真っ赤っ赤だ。

「お姉もお姉です!イザと言うときに本当によわいんですから!」

「二人の言い分はわかった…微力ながら協力しようじゃないか。」

阿部は半分ニヤつきながらも快諾した。

「ありがとうございます!私の分もお姉には幸せになって欲しいんです!良かったですね、お姉。」

「う…うん…ありがとう阿部さん。」

「私は阿部さんと詳しい打ち合わせをするからお姉は先に帰ってて下さい。」

詩音は快活な表情で魅音に言った。

魅音は未だに顔を赤くしながらも、会釈をして、足早に家を後にした。




77 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 13:12:11.28 ID:oGxd2nsF0
「で、どう魅音と圭一をくっつけるんだ?」

詩音は口を押さえ、しばし考え込んで言った。

「二人きりになった所が勝負だと思うんですよ…問題はどうやって二人きりにするか…。」

「上手くセッティングするわけか…どうなるか見物だな。」

阿部はニヤニヤしながら言った。

「圭ちゃんの鈍さと、お姉のヘタレがフュージョンすると最強ですからね…。ある意味厄介です。」

「しかし、詩音はなぜそこまで魅音の背中を押すんだ…?」

阿部が怪訝な表情で尋ねた。

「…お姉には、私のような思いをさせたくないからです。」

「…悟史か?」 阿部がそう言うと、詩音はゆっくりとうなづいた。

「去年の綿流しの事件の後に、まるではかない氷の粒の様にどこかへ消えてしまいました…それ以来会いたくても会えない…。」




78 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 13:13:41.01 ID:oGxd2nsF0
急に悲しげな声色で詩音は言った。

「本当に愛したい時に、想いたい時に…私は相手がいないんですよ…?それがどんなに苦しいか…。」

「…詩音。」 阿部はなんとも言えない表情で悲しげな詩音を見つめた。

「会いたい…会いたいよ…悟史君…。」

阿部は椅子から立ち上がると、詩音の頭に手をおいて、撫でた。

「心配しなさんな…悟史だってこの青空の下のどこかでお前を思ってるはずさ。第一こんな可愛いお前をほっとくはずがないだろ。」

詩音の目からこぼれ落ちる涙をすくいながら阿部は続けた。

「こんな詩音を蔑ろにしちまうようなら、この阿部さんが悟史の所まで行ってお仕置きしてやるさ。」

「その涙は悟史に会えるまで俺が預かっておこう。それでいいな?」

詩音はコクリと頷くと、堪えきれなくなり、阿部に抱き着いて、胸に顔を埋めて盛大に泣き出した。

阿部は詩音の頭を撫でてやりながら、いつまでもいつまでも詩音の涙を青いつなぎに溜め込んでいた…。




79 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 13:15:04.43 ID:oGxd2nsF0
翌日…綿流しの日が近付き、村は祭の準備で活気づいていた。

阿部は工場を一時休業にして、祭の準備に勤しんでいた。

阿部は材木を古手神社まで運び終えると、汗を拭い、ふうと一息ついた。

「おーい、阿部ちゃん!休憩しよう!」

既に麦茶を飲んでくつろいでいる公由村長が汗を流す阿部に言った。

「ああ。お言葉に甘えさせて貰うよ。」

阿部は笑顔で麦茶を受け取ると、喉を鳴らして飲み干し、顔を綻ばせた。

「しかし、阿部ちゃんは良く働くねぇ。お陰で準備がはかどっとるよ。」

「ああ、精力が有り余ってるのさ。発散させて貰ってるよ。」

阿部は爽やかに言い放った。

「そんなに精力持て余してるんなら結婚して、子作りでもすりゃあいい。ほら阿部ちゃん家の隣の知恵先生なんかを嫁にもらって…。」

「ははぁ…それはお似合いですなぁ。」と校長。




80 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 13:16:14.69 ID:oGxd2nsF0
その話を奥で聞いていた知恵留美子は、驚いて顔を真っ赤にして食べていたカレーを吹き出した。

「ゲホッ、ゲホッ…ちょっと村長さん変な事言わないで下さいよぉ、もうっ!…阿部さんからも何か言ってやって下さい!」

「まあ…三食カレーを食わされるのはさすがに勘弁だな。」

阿部がニヤニヤして言った。

「そりゃそうだな…ハハハハハ!」

阿部を含めた村の皆が笑う中、知恵はプリプリと怒りながら、カレーを食べた。

「皆さん馬鹿にしてますけど、カレーは美味しいんですよ!」

知恵は眉毛をハの字にして、抗議した。 快活な笑い声が神社を包む。

「阿部さん、来てたんだ。」

不意に声をかけられて阿部は振り返った。




81 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 13:17:30.40 ID:oGxd2nsF0
そこには部活メンバー五人と羽入が立っていた。

「おお、お前ら手伝いに来たのか…レナ、具合はどうだい?」

「うん、大分良くなったよ…たよ。」

手首に包帯を巻いて眼帯をしているものの、表情は明るかった。

「阿部さん、俺達に手伝える事があったら何でも行ってくれ!」

圭一が腕を曲げて、二の腕をパンパンと叩く仕種をした。

その隣で落ち着かない様子の魅音と、さりげなくウィンクで合図を出す詩音がいた。

阿部は心得たと、コクリと頷いた。

「そうだな。梨花ちゃんと沙都子と羽入はあそこの材木を切ってくれ、詩音とレナは三人が鋸で怪我しないように監督、魅音と圭一は俺と一緒に境内の掃除だ。」

「了解!」 七人はそれぞれ分担された仕事場に散らばった。




82 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 13:18:44.82 ID:oGxd2nsF0
詩音は阿部に笑顔で親指を立てた。

阿部は再び笑顔でコクリと頷いた。




人が滅多に来ない神社の境内の掃除をしながら、阿部はちらりと二人の様子を見た。

圭一は黙々とほうきを振るっているが、魅音はやはり圭一を意識してか、ソワソワしている。

「圭一、ちょっといいか。」

阿部は少し離れた所に圭一を呼び出した。

「なにか用かい?」 圭一が何も知らずにヒョコヒョコと近付いて来た。

「俺はこれから下で残した仕事を片付けるからここには戻らん。
お前らはあそこにある倉庫の中を掃除してくれ。終わったらそのまま帰っていい。どうせここいらには誰も来ないしな。」

阿部は平屋の民家程の大きさの倉庫を指差して言った。




86 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 14:03:14.28 ID:oGxd2nsF0
「ああ、わかったよ。二人でやっておく。」

「それからだ、魅音がお前に何か言いたそうだったぜ。…それじゃあ、二人仲良くちゃんと掃除をするんだぞ。」

阿部はそう言うと、石段を軽快に駆け降りて行った。

圭一は振り返ると、ソワソワ掃除をする魅音に言った。

「ここは終わったから次はあそこの倉庫を俺達で掃除しろってさ。行こうぜ。」

「わ…わかったよ!」

スタスタと倉庫へと歩く圭一の後ろから、チョコチョコと歩く魅音がつづいた。




日も暮れて、空がいよいよ紺色と朱に染まる頃、二人はロクな会話もないまま倉庫をあらかた整理し終えた。




87 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 14:04:41.71 ID:oGxd2nsF0
「よし、大体終わったな。」

「そ…そだね!」

腰に手を当てて満足げな圭一と落ち着かない魅音。

「さて、帰るか!」 圭一はそう言うと倉庫の引き戸を開けようとした。


だが戸はびくともしなかった。

「…あれ?」 押しても引いてもびくともしない引き戸と格闘していると、魅音が後ろから不安げな顔をして覗き込んでいた。

「圭ちゃん、どうしたの?」

「戸が開かないんだ。」

「ええっ!そんな…マズイよ圭ちゃん!」

夕方と夜の境目の時間に倉庫に閉じ込められた二人は不安になった。

「おい、誰か!開けてくれ!出してくれ!おーい!」




88 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 14:05:41.15 ID:oGxd2nsF0
圭一が戸を叩き、大声で助けを求めるが、祭の準備をしていた人達はとっくに帰っていて、人っ子一人いない状態だ。声が届くはずもなかった。

引き戸に細工をして開かなくした阿部と詩音以外は…。

阿部と詩音は顔を見合わせてクスクスと笑うと、静かにその場を後にした。




学園ラブコメの王道、密室閉じ込めを喰らった二人は薄暗い倉庫の中でプラトニックな距離を置いて座り込んでいた。

会話は無かった。

「なあ、魅音…あのさぁ…。」

最初に沈黙を破ったのは圭一だった。




90 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 14:11:27.26 ID:oGxd2nsF0
「阿部さんが、俺に魅音から言いたい事があるって聞いたんだけど、一体なんだ?」

「ふぇ…な…何って、それは…。」

急にオドオドし始めた、魅音は言葉を濁す。

「魅音ともあろうものが、もしかして、怖がってんのか?」

圭一が茶化す様に言った。

「そ…そんな…こ…怖くなんかないよ…ハハッ…。」

相変わらず鈍い圭一に、魅音の心臓は早鐘を打ち、体がフルフルと震えた。

「心細いんだろ?無理すんなよ。」

圭一はそう言うと、魅音のすぐ隣に座って肩を密着させた。

「ひゃあ!」 いつもの魅音からは考えられないような、華奢で可愛らしい声が漏れた。

「まさか…本当に怖がってんのか?」

圭一が怪訝な面持ちで尋ねた。




91 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 14:12:31.39 ID:oGxd2nsF0
「そ…そんな事ないよ…あは…あはは…。」

体が火照り、汗をかきはじめた魅音はしきりに汗を拭った。

暑そうに汗を拭っているように見えたのか、圭一が気を使って体を少し離した。

「ゴメン…暑かったか?」

少し体を離した圭一の肩を魅音が掴んだ。

「いや…いいの…このままいさせて…。」 魅音が俯きながら言った。

「あ…ああ…。」 今度は圭一の方が顔を赤くし、頷いた。

二人は無言のまま、体育座りをして、いつまでもちょこんと並んで座っていた。




93 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 14:13:16.31 ID:oGxd2nsF0
そのまま月が出て、星が出て、陽は沈み夜になった。

田んぼの蛙が各々の愛を奏で始めた頃、二人はお互い寄り添う様に眠ってしまっていた。

頭をくっつけてスヤスヤと眠る様はまるで長年寄り添った夫婦のようだ。

「ちょっと、二人とも眠って居ますわよ阿部さん。」

窓から眺めていた他六人のうちの沙都子がたまり兼ねて呟いた。




94 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 14:14:16.90 ID:oGxd2nsF0
「まぁ、これも有りさ。」

阿部は困った笑みを浮かべながら、言った。

「はう~圭一君と魅ぃちゃんの絡みかぁいいよぉ。」

「あうあう…。」

「みぃ…。」

「お姉はあれでいいのでしょうか…」

「あの顔、随分と幸せそうじゃないか。今の二人にはあれが充分幸せなのさ。幸せは高望みするもんじゃぁない。向こうからこっちに寄ってくるもんだ。」

阿部はニコリと微笑み言った。



三者三様、それぞれ想いを抱きながら、雛見沢の夜は更けて行った。




95 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 14:15:39.12 ID:oGxd2nsF0
その夜、魅音と圭一を小屋に残し、他の六人はそれぜれ帰路についた。

詩音は暗い夜道を、いつもの様に歩いていた。

今日は何かと気疲れをする日だった。

家に帰って、お風呂にゆっくり浸かって休もう。

詩音は軽く伸びをした。 ふと、前を見ると誰かが立っているようだ。

こんな遅くに雛見沢を歩くのは狂人か泥棒ぐらいなものだ。

詩音は咄嗟に身構えた。

「誰ですか?」

人影は何も答えなかった。

その代わり、こちらにゆっくりと近付いて来るのが見えた。

「詩音ちゃん…?」 人影が不意に声をかけてきた。

月明かりに照らされ徐々に人影の姿が照らしだされていく。

「どうしたの?こんな遅くに…。」

それは入江診療所の看護婦鷹野三四だった。




96 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 14:17:06.34 ID:oGxd2nsF0
「鷹野さんだったんですか…脅かさないでください。てっきり変質者かと…。」

詩音はホッと胸を撫で下ろした。

「そうでも無いわよ…。」 鷹野が月を仰ぎながら言った。

「随分と遅かったみたいね…阿部さんとでも遊んでいたの?」

落ち着きを払いながらも、異常なまでの不気味な雰囲気を纏う鷹野に、詩音は再び身構えた。

「いえ…祭の準備で…遅くなって…。」

「そう…まあいいわ。所で魅音ちゃんは?一緒じゃないの?」

こちらに向き直り、詩音を冷たい目線で、値踏みでもするかの様に言った。

詩音は咄嗟に嘘をついた。 「…知りません。」

「嘘ね。」

淡々とそう言い放った鷹野に、ついに耐え切れず詩音はその場から逃げようとした。

「あなたには関係ありません。もう遅いのでこのくらいで…。」

詩音は鷹野とすれ違い、先を急ごうと早足でその場を去ろうとした。




99 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 15:02:36.23 ID:oGxd2nsF0
その時であった。詩音の後頭部に筒状の金属の棒がコツンと押し当てられた。
冷たい金属の感触がうなじを襲う。
「園崎家の娘ともあろう人物が、これが何なのか分からない筈は無いわよね。」

悠々とした鷹野の声が詩音の背後から聞こえる。

詩音は観念したかのようにため息をつくと手を上げた。

「もう一度聞くわ…園崎魅音はどこ?」

少し強い語気で、鷹野が再び尋ねた。

「お姉はさっき遠くに旅行に行きました。一足遅かったわね、この年増!」

詩音がさも冗談でも言うように言い放った。

鷹野は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、拳銃のグリップで詩音の後頭部をしたたかに打ち付けた。

小さい悲鳴とともに詩音が前のめりに倒れて、地面に手をついた。

徐々に血が滲み、目の前の地面にポタリポタリと垂れる。

「小娘風情が頭に乗るんじゃないよ!」

鷹野は手をつく詩音の脇腹を蹴り上げた。

肺の空気がグッと押し出され、内臓が内側から押し潰されるかのような苦しみが詩音を襲った。

「もう一度だけ聞くわ…園崎魅音はどこ?」




100 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 15:04:14.93 ID:oGxd2nsF0
腹を押さえて苦しむ詩音の頭に銃口を向け、撃鉄をガチリと起こしながら、静かに尋ねた。

詩音は苦しみに顔を歪めながらもキッと鷹野を睨みつけ、口をつぐんだ。

鷹野は怒りに顔を引き攣らせ、今度は顔面を蹴り上げた。

「もういいわ…小此木、園崎詩音だけでも確保するわよ。」

いつの間にか、鷹野の横にいた男に、鷹野は言った。

「魅音はいいんですかい?」

「背に腹はかえられないわ。とにかく詩音を確保よ。」

「へい。」 小此木は威勢よく返事をすると、指を丸めて口元に持って行き、ヒュウと吹いた。

途端に道の向こうから白いバンがやって来て、詩音のすぐそばに止まった。

「この小娘は診療所に運んで。その後でその女を燃やすのよ。」

鷹野はそう言うとバンの 助手席に乗り込んだ。

小此木は詩音を乱暴に掴み上げると、バンの後ろに放り込んだ。血生臭い空気が詩音の鼻孔を包む。




101 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 15:08:35.33 ID:oGxd2nsF0
「後でたっぷり可愛がってやる。」

乱暴に荷台に載せられて、めくれ上がったスカートからのぞく太ももを凝視しながら、小此木は言った。

ひとしきり眺め終えると、小此木はバンの戸を閉め、後部席に乗り込み、バンを出した。

詩音は口の脇から流れる血を拭い、改めて荷台を眺めた。

隅の方に誰か寝ているようだ。

「誰?…誰か居るの?」 詩音は声をかけた。

「きさんは黙っとれ!黙らんと頭くらつけっぞ!」

小此木が声を張り上げた。

詩音は口をつぐみ、倒れている人物に近付き、肩を揺すった。

異常に冷たい。まるで氷のようだ。

詩音は驚いて手を離し、その人を凝視した。




102 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 15:09:44.49 ID:oGxd2nsF0
皮膚が白を通り越して青くなった女性の死体だ。

青白い皮膚に木の根のようにどす黒い血管の筋が浮いて、全身を染め上げている。

頭に大きな傷が出来、そこの髪の毛が一房分、まるで雑草を地面から引っこ抜いたかのように無くなっていた。

どうやらそれが致命傷になって死に、死後冷凍庫かどこか寒い所に放置されていたようだ。

髪に固まった白い塗料が付着している。

この白いバンの塗料だろう。 この人達が轢いたのだろうか。

これからどういう目に会うのか…詩音は心底震え上がった。




103 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 15:13:06.31 ID:oGxd2nsF0
翌日…今日も清々しい程に薄青い空が広がっていた。

夏の朝は爽やかで心地好くて最高だ。

登りたての日の光の中で大きく伸びをしながら阿部は思った。

綿流しを明日に控え、阿部は工場の掃除をしようと、シャッターを開けた。

だが、朗らかな夏の朝の雰囲気が阿部の労働意欲を完膚無きまでに叩きのめし、粉砕した。

コーヒーでも飲んで日光浴をしよう。

阿部はつなぎを上半身まで脱ぐと、コーヒーミルを引きはじめた。

香ばしい珈琲の芳香が工場を包み込む頃、阿部は外が騒がしい事に気が付き、おもむろに外を眺めた。

村人が慌てた様子で畦道や畑を駆け回り、しきりに誰かを探しているようだった。




105 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 15:17:45.80 ID:oGxd2nsF0
その中に、この間ベンツの点検修理をしてやった葛西の姿を見て取ると、話し掛けた。

「やあ葛西さん、その後ベンツの調子はどうだい?」

「阿部さん…大変です。」

葛西は慌てた様子で阿部に駆け寄って来た。

阿部が一回り小さく見えるほど、彼のガタイは良かった。

アッチの方もさぞかし極道だろう。

「何かあったのかい?」

「詩音さんが鬼隠しにあったみたいで、昨日の夜から行方が分かりません。阿部さん何かご存知無いですか?」

額に汗の玉を浮かべながら、必死な形相で阿部に尋ねた。

「詩音がいなくなったって…?俺が最後に見たのは昨日の夜だ。」

「それはわかってます…昨日見たという者を園崎家で尋問しましたから。」




106 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 15:21:09.28 ID:oGxd2nsF0
「なんだって!一体誰を?」

「前原の若造と魅音さん、それから古手の親戚とかいう角娘です。」

と、葛西。

阿部は葛西の肩を掴むと言った。

「あいつらは何も知っちゃいない!代わりに俺をつれてけ!あいつらを放してやってくれ…。」

阿部は力強い目で葛西を見た。

葛西はサングラス越しにしばらく阿部を見つめ返すと、冷めた声で言った。

「…いいでしょう…その代わり阿部さん、園崎家に入ったからには覚悟をして下さい。」

「とうに覚悟はしてるさ。」

阿部はつなぎを着て、首までキッチリとファスナーを上げると、葛西に合図をした。

「行こう。詩音をさがしてやろう。」




107 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 15:25:02.75 ID:oGxd2nsF0
阿部は馬鹿でかい園崎家の門をくぐると、葛西の後に続いて大邸宅の美しい日本庭園の中を歩いて行った。

玄関まで辿り着くと魅音を除いた二人が俯きながら出てきた。

殴られたのだろうか圭一は腫れた頬を濡れた布で冷やしていた。

「阿部さん…!」 「阿部なのです!」

二人は阿部の姿を見るなり表情を綻ばせた。

「心配しなくていい。後は俺が引き継いで必ず詩音を見つけ出してやる。」

力強く阿部は二人に言った。

「さあ阿部さん、こちらです。」 葛西が阿部を促す。

阿部は二人に親指を立てると玄関から邸宅へと入って行った。

この時ばかりは普段大きい阿部の背中が若干小さくなっているように二人は感じた。




108 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 15:32:29.47 ID:oGxd2nsF0
阿部はしばらく長い廊下を歩いて行き、とある部屋の前で立ち止まった。

「こちらです。」 阿部は小さくうなづくと、襖を開けて、中へと入った。

そこには正座する魅音、その隣に魅音と詩音に良く似た緑色の髪を簪で結わえた、黒い和服の美人とスーツ姿の恐持て、そして公由村長と梨花が座っていた。

そして、部屋の一番奥には、もうすぐくたばりそうなほど年老いたヨボヨボの老婆が物々しい雰囲気を漂わせて座っていた。

「この男が阿部かいな。」

開口一番その老婆が、阿部を鋭い眼光で睨みをきかせて言った。

「最近ここに越して来た自動車修理工の阿部ちゃんだよ、おりょうさん…。」 と、公由村長。

「まあ、阿部ちゃん座って挨拶を…。」

「圭一を殴ったのはどいつだ?」

公由を遮って阿部は仁王立ちし、静かに、だが凄みのある声で言った。




109 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 15:37:34.51 ID:oGxd2nsF0
「こら、阿部ちゃん…。」

公由があたふたした様子で阿部を制止した。

「どいつだ。名乗り出ろ。」 阿部は公由を無視して続けた。

「私が殴った。それがあんたに何か関係があるのかい?」

「茜さん…。」 公由はあたふたし放しだ。

「何故殴った…詩音がいなくなっちまって、団結しなきゃいけない時に、何故波風立てるような真似をする。」

「おみゃあみたいに小生意気な事言うたんね…若造のくせにしゃしゃりでよっちゃ。」

おりょうと呼ばれたその老婆が以前として阿部に睨みを効かせたまま言った。

「とりあえず座らんね…無理矢理押さえ付けてもええんよ…。」




111 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 16:03:07.33 ID:oGxd2nsF0
おりょうがうなづいて合図をすると、後ろに控えていた葛西が阿部の横に立ち、肩を掴んだ。

「葛西さん…俺にあんたを殴らせないでくれないか。一度しか言わん、手を離せ…。」

阿部の凄みのある声に、葛西は一瞬たじろいだが、それでも一歩も引かず、命令に忠実であった。

自身の身を挺して命令を忠実にこなす兵隊ほど厄介な存在はない…阿部は素直にその場に胡座をかいた。

「で、修理工。あんた詩音を最後に見たのはどこだい?」

茜と呼ばれた美人が阿部に尋ねた。

「古手神社の前だ。そこで俺達は別れて、竜宮レナは自宅に、俺と北条沙都子と古手梨花、それから羽入は俺と一緒に住んでるから俺の家へ四人で帰った。
詩音も何も変わらない様子で帰っていったよ。魅音と圭一はその夜はしばらく神社の横の物置小屋に居た…。俺が見た時には全く変わった様子も無かった事だけはいえる。」

阿部はおりょうを今だに睨みながら言った。

「そんなら、そのまんま突然消えた…鬼隠しにあったと…そういう事かい?」




112 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 16:08:08.96 ID:oGxd2nsF0
公由村長が怪訝な面持ちで尋ねた。

「いや、鬼隠しではない…そんな馬鹿馬鹿しい…居なくなったとおぼしき場所を見せてくれ…
おそらくこれはそんなお伽話のような物じゃぁない…人為的に拉致されたんだ。」

力強い阿部の言葉に、今まで微動だにせず座っていた梨花がピクリと動いて阿部を見つめた。

「じゃあ詩音は誰かに誘拐されただけなんだね?」

魅音が身を乗り出して声を荒げて尋ねた。

「ああ、まだ確証は無いが、その可能性が高い…仮に鬼隠しがあったとして、昔からこの土地に存在する大地主の園崎家の娘は狙わないはずだ。
いくらオヤシロ様が馬鹿でもそれぐらいは分かってるはずさ。」

淡々と語る阿部の言葉に梨花がクスリとしたが、阿部はつづけた。

「なら、何らかの目的を持った者が誘拐した可能性が高い。それも抵抗した様な話は聞かないから顔見知りの犯行かもな。
…もしかしたら過去にここいらで起きたオヤシロ様関係の事件は全てそいつの仕業かもしれん…
いや、一人ではなく組織で動いてるのかもな。」

阿部の推理は続く。 「とにかくデカイ山なのには違いない。俺に詩音捜査を一任してはくれないか。必ず詩音を取り戻す。約束だ。」

「嫌だと言ったら?」 老婆がすぐさま阿部に尋ねた。

まるで阿部そのものを試すかのような勢いだ。 阿部は即答した。 「あんたを永久に黙らせて一人でやるさ。」




113 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 16:11:54.17 ID:oGxd2nsF0
「口の聞き方に気をつけけんかい!わりゃ誰にものいっとんのか分かっちょるんか!」

おりょうが声を張り上げた。流石園崎家の頭だけあって、物凄い迫力と気迫であった。

だが阿部はどっしりと構えた胡座を崩さなかった。

「誰だかは知ってるし、とんでもない存在だという事も知っている…だがアンタの首をへし折るぐらい簡単さ。…さて返事を聞こうか…。」

老婆は舌打ちをして、阿部を見つめると、ため息をついて言った。

「好きにせぇ…ただ詩音が五体満足で帰ってこんかったら、ただしゃおかん。分かったんならさっさと去ね…。」

老婆はそれきり黙り込み、布団に臥してしまった。

「ありがとう!詩音は必ず無事にアンタの元に帰してやる。約束だ。」

阿部は深々とその場で頭を下げると、立ち上がり、襖を開けて行ってしまった。

「…魅音…。」

おりょうが布団に臥してそっぽを向きながら魅音に言った。

「あの若造を助けちゃんない。一人じゃ何かと難儀じゃろうて。梨花ちゃまも…。」

「…ありがとう。」

魅音と梨花はそう礼を言うとすぐさま阿部の後を追った。




115 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 16:17:33.18 ID:oGxd2nsF0
「おりょうさん…阿部ちゃんに任せて大丈夫なのかい?」

公由が不安げにおりょうに尋ねた。

「…あの若造なら心配いらんて。必ず無事に戻って来るちゃ。あの目と肝っ玉…気に入った。男色の気があるのは気に入らんが…。」

おりょうは何でもお見通しであった。

「阿部ちゃんはゲイだったのか…少し怪しいとは思ってたんだがな…。」

公由が頭をポリポリと掻きながら呟いた。




阿部は園崎家から歩いていき、最後に見た古手神社を目指して畦道を歩き始めた。

その途中の何処かにあるはずの手がかりを見逃さない様に注意をして…。

辺りを見回しながら歩く阿部の後を魅音達が歩く。

ふと、阿部がある場所で立ち止まり、地面に膝を付いた。

レナが怪訝に思い尋ねた。




117 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 16:21:06.79 ID:oGxd2nsF0
「阿部さん、何かあったのかな…かな…。」

「こいつを見てみろ…ここでタイヤの後が途切れてる。」

そこには確かに真新しいタイヤ痕があり、ある一点で途切れている。

「それに古手神社の方角から足跡がある…足跡の大きさから考えて恐らく詩音の物だ。魅音…ちょっと足跡に足を合わせてみろ。」

「う…うん…」 魅音はそう言うと足跡に足を添えた。

大きさから幅からぴったり一致する…双子の片割れである詩音の足跡に間違いないようだ。

「ここで複数の足跡があって、詩音の足跡がタイヤ痕から途切れている…車で拉致されたな。」

阿部は更に周りを見回した。 畦道の乾いた土の上に、争った形跡である、人が倒れたような跡、詩音の物とおぼしき若干の手形…やはりここで拉致されたのだ。

と、ここで阿部は畦道の脇の草むらに何かあるのを見つけた。

それは紺色のリボンだった。

「あっ!…それ詩音のだ!」




118 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 16:24:58.36 ID:oGxd2nsF0
魅音がリボンを指差して声を荒げた。

「やはりな…。ただ一つ残念なのが、タイヤ痕がこの先のアスファルトで途切れちまってる事だ。このタイヤ…そして車幅は多分バンかなにかだな。」

「て事は、やっぱり鬼隠しじゃなくて、人間の仕業…?」

魅音が言った。

「今のところ分かるのはそれぐらいかな…圭一…長いの髪の毛をした金髪美人を知らないかい?オッパイが結構でかい…」

「金髪の巨乳美人…さぁ…。」 圭一は首を傾げた。

「もしかしたらそれは鷹野かもなのです!入江診療所の鷹野三四!」

羽入が声を荒げた。

「鷹野…?巨乳の金髪美人なのかい?」 阿部は羽入の前に屈み込むと、目を見つめて尋ねた。

「阿部!間違いないのです!鷹野なのです!オッパイ大きいのです!大きいのです!」

羽入が手足をバタバタと動かしながら言った。

「…高和…もしかしたら診療所に答えがあるのかもしれないのですよ…。」

梨花が羽入の隣で含みのある言い方で言った。




119 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 16:29:00.79 ID:oGxd2nsF0
「入江先生か…よし、行ってみよう。」

阿部はそう言うとノシノシと診療所を目指して歩いて行った。




「鷹野さん…本当に詩音ちゃんが末期感染者なんですか…?私にはそうは思えませんが…。」

椅子に縛られてうなだれる詩音をマジックミラー越しに、口元を押さえながら鷹野に尋ねた。

「ええ、間違いなく感染しているわ。このままじゃ危険だからつれて来たのよ。」

「しかし、主とする症状である精神錯乱や過剰な攻撃反応も見られません…心拍数や脳波、血液検査の結果を見てみても異常は見られません…。」

入江が鷹野を見据えて言った。

「入江先生…少し黙ってて下さらない?彼女を拉致して痛めつければ、雛見沢研究におけるしこりである園崎一派を少し黙らせる事が出来るのよ。
それに、ここの責任者は実質私ですもの…あなたは口を閉じて研究してればいいのよ。」

入江の方を見もせずに、鷹野が言い放った。




123 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 16:34:57.23 ID:oGxd2nsF0
「私は…もうこれ以上はあなたに付き合いきれません…この事は東京に報告させていただきます!」

入江は眉をしかめながら、振り返って研究室から出ようとした。

「いいわ、出来るものならしてみなさい。そのかわりここにいる、悟史や小娘をなぶり殺した後に、古手梨花の内臓をえぐって犬の餌にするわよ…
女王が死んだら、この村がどうなるかぐらい、短気な貴方でも分かるわよね?
貴方は殺さない…でも貴方がおイタをしたら、貴方が助けたがってた連中を皆殺しにするわよ…貴方がみてる前でね…。」

まるで氷の微笑のシャロン・ストーンのような、妖艶な口ぶりで恐ろしい事を口走る…。

入江は歯を食いしばり、込み上げる怒りを押さえながら静かに言った。

「…すみません…研究を続けます…。」

そう言うと入江は足早に、その場を離れ、地上の診療所へと向かう。

「…遅かれ早かれ貴方も入江先生も用済みになるわね…。貴方の息の根を止めるのが楽しみだわ。」

入江が去った後、鷹野はマジックミラー越しに詩音に呟くと、クスリと笑い、施設の奥へと消えて行った。




126 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 16:38:59.23 ID:oGxd2nsF0
「おい、入江先生!居ないのかい?」

診療所の入口で阿部が大声を上げたが、誰かが出てくる様子も無ければ、気配も無かった。

休診してるのかな…。 阿部は困ったような様子で腕を組んで、玄関のガラス戸にもたれ掛かる。

「阿部さん!阿部さん!」 不意に沙都子が阿部を呼んだ。

「どうしたんだ、沙都子」 「診療所の裏に、変なバンが止まってますわよ!」

沙都子が診療所の裏手に繋がる小路を指差しながら言った。

「様子を見てくる…お前らはここにいるんだぞ。」

他の五人にそう言うと、阿部は沙都子が指差す方向へと歩を進めた。

確かにバンがある…それも、この前の夜にヒューズを交換修理したバンだ。

この前の血の汚れや毛髪らしき物、果てはへこみや傷まで綺麗さっぱり無くなっていた。




133 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 18:24:16.57 ID:oGxd2nsF0
やはり診療所に来て正解だった…。

阿部は周囲を警戒しながら、そのバンに近付いていく。

幸い誰も居ないようだ。

阿部はゆっくりとバンの後ろに回ると、荷台のドアをそっと開けた。

中はがらんどうだったが、何かしら手掛かりがあるはずだ。

阿部は注意深く、荷台の中を見回す…すると一本の髪の毛が落ちているのを見つけた。

風で飛んでしまわないように、慎重につまみ上げると、日の光りに透かしてみた。

まごうこと無き緑色の髪の毛だ。

間違いない…詩音はこの近くにいる…。

阿部はすぐさま六人の元に駆け寄ると静かに言った。

「この診療所はクロだ…レナと沙都子は警察へ連絡、羽入と梨花ちゃんは園崎家に行って、
有力な情報が診療所にあったって事を伝えてくれ…圭一と魅音は俺と一緒に来い。皆、くれぐれも気をつけてな。」

阿部はそう言うと、診療所の中へスッと入って行った。

圭一と魅音は慣れない様子で阿部について行った。




134 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 18:30:56.07 ID:oGxd2nsF0
阿部は診療所の中に入ると、診察室の扉を乱暴に開け放った。

そこには面食らった様子の入江先生と、黒いタンクトップにミリタリーなキャップ、そして眼鏡をかけたガタイの良い、旨そうな男が居た。

「富竹さん…こんな所で何してんのさ…。」

魅音がその富竹と呼んだ男を見て、驚いた様子で言った。

「詩音は一体どこだ!」 一拍子置いてから、阿部は二人に問い質した。

「急に入って来て失礼じゃないか…。一体何なんだ。」

富竹が仏頂面で言った。

富竹とは対称的に入江は顔を青くした。

「…何故それを…。」

「外に停まってたバンさ。タイヤ痕が一致する…そして詩音の髪の毛が荷台から出てきた。…入江先生…一体どういうことだい?」

富竹は何の事だか分からないような怪訝な顔をしながら、入江を見つめて言った。




135 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 18:34:55.79 ID:oGxd2nsF0
「入江先生…詩音ちゃんに一体何を…。」

入江は眼鏡を外すと、眉間を揉みながら言った。

「話さねばなりませんね…阿部さん、助けて下さい。」

「…訳を話してみろ…。」 阿部達三人は診察室にあるベッドに腰掛けると、入江の話を静かに聞いた。




阿部達三人は一通り入江先生の話を聞いた後、にわかには信じられないでいた。

「そんな絵空事がこの雛見沢でかい…?まるで映画か漫画の世界だ…。」

阿部は富竹と入江を交互に見ながら呟いた。

圭一や魅音も同じ意見だった。

「確かに…おかしな話だと思いますよね…この雛見沢で巨大な組織が動き、風土病の研究をして、雛見沢の闇を跋扈している…。
我々は国から派遣された工作員と言ってもいい。それが入江機関です。」




136 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/03(金) 18:36:53.82 ID:oGxd2nsF0
「…で、本当に鷹野さんがそんな事を?」

富竹が鷹野の言動を未だに信じられずにいた。

「ええ…事実です…恐らく彼女は我々を亡き者にして、全てをひっくり返そうとしている…
この雛見沢を全滅させようと…彼女と一部の東京の派閥…そして山狗部隊で…。」

「しかし、せっかくの研究がそんな事したら水の泡になっちまうんじゃないのかい?鷹野も心血を注いで来たんだろ?」

阿部が伸びをしながら尋ねた。

「ええ…表面上はそう思うのが一般的だと思われます…しかし彼女は先の通りに派閥争いに巻き込まれ、
そうなる事で利益を得る連中の手中に入り込んでしまいました…もしそうならなくても緊急マニュアルを自暴自棄になって実行する可能性も高い…。」

「だけど、まさか沙都子と梨花ちゃんが寄生虫の薬をね…。」

魅音が俯きながら呟いた。

「我々は狡かった…沙都子ちゃんの両親の事件を揉み消し、梨花ちゃんの母親をモルモットに、
父親を病死に見せかけて殺しました。数年前に起きた現場監督殺害事件でも、犯人の一人をモルモットにして切り刻んだ…
正気の沙汰とは思えないし、もう思いたくもない…。」

入江はうなだれた様子で椅子にもたれ掛かる。




160 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 00:05:48.13 ID:oGxd2nsF0
「それで、俺達に出来る事は何かあるのかい?」

「とにかく緊急マニュアルを発動させないことです…女王感染者である梨花ちゃんも守らなければなりません…。」

「あら…皆さんお揃いで、どうしたのかしら。」

診察室の入口から淫靡な韻を含んだ、嫌らしい声が聞こえた。

五人はその場で振り返った。 そこには梨花ちゃんの頭に銃を突き付けた鷹野が立っていた。

「貴様…あの時の…!」 阿部が鷹野に飛び掛からんと身構えた。

「動かないで!…動くと梨花ちゃんの頭がざくろのように粉々になるわよ…勿論、他のみんなの頭もね。」

鷹野が入口から診察室に入ると、ぞろぞろと羽入、沙都子、レナも入って来た。

三人の後ろには自動小銃を構えた作業着姿の男が立っていた。

「鷹野さん…これは一体…。」




161 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 00:09:05.07 ID:hauPxY+e0
富竹が鷹野と拳銃を交互に見ながらたじろいだ。

「あら、ジロウさん…奇遇ねぇ…こんな所で一体何をしてるのかしら?」

「鷹野さん…馬鹿な事は止めてこっちに銃を渡すんだ。」

富竹は手を前に出して、鷹野ににじり寄って行く。

「馬鹿な真似はやめる事ね…貴方の脳筋な頭に風穴が開く結果になるわよ。」

ジロウは構わずににじり寄る。

「落ち着いて話をしよう…君と僕の仲じゃないか…さあ、鷹野さ…。」

そこまで言ったジロウだったが、そこで雷鳴の様な銃声が響き、部屋に酸っぱい火薬の臭いが充満した。

銃口から発射されたホローポイント弾は、富竹の硬い頭蓋に命中し、潰れて歪んだ後に、頭蓋から脳をえぐり、
脳の中の何もかもを削岩機の様に目茶苦茶にした後、それらを伴い後頭部から飛び出した。

血の混じった泥炭の様な白い脂肪の塊が、後ろに立っていた三人を襲った。

三人は赤いペンキを被ったかのように、全身血まみれになった。

富竹はもんどりうって床に倒れ、血の水溜まりを作った。




162 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 00:13:25.18 ID:hauPxY+e0
富竹の脳しょうを浴びた三人は一瞬息を飲み、魅音は手をばたつかせ、毛髪が混じったそれを慌てて払い落としていた。

「…こうなりたくは無かったら黙ってついて来る事ね。」

鷹野は無表情のまま言い放った。

「鷹野さん…富竹さんは貴方の恋人だったんじゃ…。」

入江が脳を滴らせながら、放心状態で言った。

「あっちがどう思ってたかは知らないけど、私には都合のいい道具だったわ。」

「…彼のズボンのポケットを見てもまだそんな事が言えますか…。」

ようやく目に光りを宿した入江が怒りを押さえながら言った。

「一体何を言ってるのかしら…。」

「…ポケットを見てみるんだ…早く…。」

入江の言葉に、鷹野はこちらを警戒しながら、富竹の死体のポケットをまさぐった。

そこには小さな黒い箱が入っていた。




163 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 00:17:02.94 ID:hauPxY+e0
鷹野は怪訝な顔で、小さな箱を開けた。

そこには小さなダイヤモンドがあしらわれた指輪が入っていた。

「ある日、彼から相談を受けたんです。私が一体どうしたんだと尋ねると、彼は頭を掻きながら照れ臭そうに言いました。
鷹野さんにプロポーズをしたい、入江先生…僕は一体どうすればいいんでしょう…彼女は喜んでくれるでしょうか…。
彼は不安げではありましたが、さも嬉しそうに私に言ってくれました…これがそんな彼に対してする仕打ちですか!」

鷹野はしばらく、その指輪を手を震わせて何とも言えない表情で眺め、富竹の亡きがらを寂しげな表情で見つめた。

そして、高笑いをすると指輪を放り投げて、言い放った。

「なんて憐れなジロウさんなの!」

阿部は我慢の限界を迎え、鷹野を見据えて怒鳴った。

「これが本当に人間のする事かよ!お前ら人間じゃねぇ!」

阿部はそう怒鳴ると、鷹野に飛び掛かった。

だが、鷹野は目の前に来た阿部の股間に銃を突き付けて言った。

「あなたはすぐには殺さない…あなたの睾丸を、陰頚を潰して、
あなたの目の前でこの子達を散々苦しめて殺してあげる…それからあなたよ…いいの?タマが吹き飛ぶわよ…。」

阿部は依然として、怒りに身を震わせながらも、鷹野を茶化すかのように軽い口調で言った。




164 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 00:22:04.69 ID:hauPxY+e0
「そりゃあタマげたな…。だがアンタは必ず膝まづき、
俺のタマをしゃぶりながら俺に許しを乞う事になるだろう。その時はタマのシワの間までねっとりしゃぶらせるからな。…かならずだ。」

それを聞いた鷹野は顔をしかめて、怒声を上げた。

「上等だわ!このホモ男!」

鷹野はそう言うと、阿部の股間をスラリと伸びた長い脚で蹴り上げた。

「ハアッオ"!」 阿部は前屈みになって悶えた。

「タマらん!」

「さあ、楽しい楽しい茶番は終わりよ。来なさい!」

鷹野はそう言うと、入江を含めた八人を地下へと連れて行った。

「後でじっくり殺してあげるわ。それまでそこで大人しくしてなさぁい。」

八人を詩音が縛られている監禁部屋へと入れ、鍵を閉めた。

「明日の綿流し後に緊急マニュアルを発動します…。一切合切容赦無く粉砕するのよ。」

鷹野は満面の笑顔で声を張り上げた。

「私は全知全能の神になるのよ!」




165 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 00:25:19.41 ID:hauPxY+e0
「詩音!大丈夫だったか?」

詩音の拘束を解きながら圭一が尋ねた。

「…圭ちゃん…お姉…皆…助けに来てくれるって信じてた…。」

「残念だが、詩音…助けはしたが、今度は俺達に助けが必要だ。」

阿部がマジックミラーを覗き込みながら言った。

「なあ、沙都子…ヘアピンなんか持ってないか?」

沙都子はすぐさま、靴の中から隠し持っていたヘアピンを取り出すと、阿部に手渡した。

「備えあれば嬉しいですわよ、阿部さん。」

「憂い無しだぜ、我が妹分。」

阿部は訂正しながらニコリと微笑んだ。

そして、施錠された扉に飛び付くと、鍵穴にヘアピンを差し込んでガチャガチャと解錠を試みた。

「阿部さん、どうする気ですか?」 入江が心配そうに阿部を覗き込んだ。




166 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 00:29:54.97 ID:hauPxY+e0
「穴にコイツを差し込んで開けるんですよ…
ここをこうしてえぐる様にゴリゴリしてやると、穴が泣いて喜んで、しまいにはイッちまうんですよ…こんな風にね。」

扉はガチャリと快感に悶えて、イッた。

「俺は先に出て、ここを制圧する…お前らは俺が合図をしたら出てこい。…こうなりゃ全面戦争だぜ!」

阿部はそう言うと、皆の制止を聞かずに、扉から外へと飛び出して行ってしまった。




施設の構造上、恐らく警備室があるだろう…そこを抑えれば大抵のカタが付くだろう。

ただ問題は、警備室の場所を入江先生から聞き忘れてしまった事だ。

どうした事か…阿部は無機質な白い廊下の壁に背を預けて、途方にくれた。

「阿部さん!」 横から押し殺した声がして、阿部は飛び上がった。

そこには姿勢を低くしてチョコチョコとこちらに歩いてくる入江の姿が見えた。

「道案内が必要でしょう。」




167 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 00:34:54.00 ID:hauPxY+e0
阿部の横にピタリと張り付いて、入江は言った。

「助かるよ入江先生…所で警備室はどこだい?そこを押さえたい。」

「そこの廊下を突き当たった右の部屋です。」

阿部はそれだけを聞くと、素早い動きで警備室を目指し、扉を蹴破った。

中では五人程の山狗が、作業をしていたが、全員面食らった様子で慌てふためいていた。

阿部は手近な椅子を素早く掴んでブンと投げた。

警備システムを統括している端末に椅子がブチ当たり、火花を散らして沈黙した。

阿部は近くに立っていた山狗の後頭部に、すれ違い様に肘鉄を食らわせ、昏倒させた。

そして、進路にいた二人には走ってきた勢いのまま両手を広げたラリアットを食らわせた。

二人は宙返りしそうな勢いで頭を床に強打し、自動小銃を使う間もなく同じく昏倒した。

残りの二人は既に自動小銃を構えて、こちらに油断無く向けていた。

さすがの精鋭、山狗部隊だ…俺の動きにひけを取らない。

阿部は両手を広げて、二人に言った。

「俺は丸腰だ…明らかに俺が不利だ…だからゲームをしよう…二人いっぺんじゃなく、一人ずつ…ナイフで戦おうじゃないか。」




168 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 00:39:57.18 ID:hauPxY+e0
山狗の二人は始め唖然としていたが、阿部の言葉の意味を悟ると、互いにニヤリと笑みを浮かべて、自動小銃を置き、ナイフを取り出して構えた。

「で、お前の武器は?」 山狗の一人がニヤニヤとナイフを手の中で弄びながら、言った。

「俺かい?俺はコイツだ…。」

阿部はそう言うとつなぎのポケットから先程使ったぐにゃぐにゃのヘアピンを取り出して、指先で摘んでユラユラ揺らした。

「…舐めやがって!」 山狗の一人は激昂して、ナイフを突き立てんと阿部に飛び掛かかった。

阿部はそのナイフを持つ手をガシリと掴むと、捩り上げ、振り上げたヘアピンを山狗の喉元に振り下ろした。

ブチュッと厭な音がして、ヘアピンは山狗の喉に深く食い込み、山狗は結核患者の痰の絡んだ咳の様な声を上げて地面に倒れ、絶命した。

一部始終を見ていた山狗は怯えた様子でナイフを前に構えて、阿部を見つめている。

阿部は不敵な笑みを浮かべて、再びポケットをまさぐった。

次に阿部の手に握られていたのは百円ライターだった。

俺はこれで戦うがお前はどうする?と言うような表情で阿部が山狗に目配せをする。

山狗は雄叫びをあげると、阿部に突進した。




169 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 00:45:22.40 ID:hauPxY+e0
阿部はそれを受け流すと、首根っこを掴み、だらし無く開いた山狗の口にライターを押し込み、下顎を思い切り殴った。

口の中に入れられたライターは歯と歯の間にガチリと挟まれるのと同時に爆発し、破片を四散させた。

口の中の至る所にプラスチックの破片が突き刺さり、口から血を流しながら、情けない悲鳴を上げてナイフを取り落とした。

どうやら勝負がついたようだ。

阿部は手近なテーブルに山狗を押さえ込むと、ズボンを脱がせた。

「さて、楽しいお話をしようか…鷹野はどこにいる?」

山狗は口を押さえながら首を横に振った。

「喋らないか…なら下の口に聞こうか。」

阿部は自分の中指をしゃぶって唾液を付けると、山狗のアナルに思い切り中指を突っ込んだ。

「アッー!」 山狗から悲痛な悲鳴が漏れる。

「この辺りに前立腺があるんだ。どうだい?」

阿部は山狗の直腸の中で指をくねらせた。

「ンアッー!や…止めて下さい…。」

「喋らないと、ああ…次はフィストだ…。」




170 名前:以下、名無しにかわりまして VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/04(土) 00:49:59.06 ID:ldpn314P0
やっと本気か



171 名前:以下、名無しにかわりまして VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/04(土) 00:51:31.06 ID:8KRYfUOa0
本当に整備工なのかよ



172 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 01:04:50.75 ID:hauPxY+e0
阿部は指を抜くと、拳を作り、山狗の目の前でちらつかせた。

「わ…分かった…鷹野三佐は…司令車で、どこかに出かけた…
山狗のバンも複数同行している…た…多分…雛見沢の近郊の森だ…間違いない…それ以外はしらないんだ…頼むからフィストはマジ勘弁!」

「なんだお前根性無しだな」

阿部は棒読みでそう言うと、山狗の首にチョップをお見舞いした。

山狗はビクンと体を引き攣らせると、おケツ丸出しで気絶した。

阿部は剥き出しになった山狗の尻をみて、ゴクリと唾を飲むと周りを見回して、誰もいない事を確かめた。

誰もいないと分かると、阿部は机に突っ伏す山狗の腰を掴んで、つなぎのジッパーをゆっくりと下ろしていった。

そして、阿部は膨張しているムスコを取り出し、山狗のアナルにあてがった。

「阿部さん!無事でしたか?阿部さん!」

警備室の入口から入江先生の声が聞こえて、阿部は慌ててムスコを隠した。

「入江先生…警備室は確保したよ。ここはほぼ制圧済みだ。」

ほどなくして、入江先生が入って来た。

「すごい…阿部さん…一人でこれを…?」

「ああ、すこし苦戦したがね。…鷹野は近くにいるそうだ。こちらから仕掛けないか?」




174 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 01:09:58.58 ID:hauPxY+e0
阿部はそう言うと、床に落ちていた自動小銃を手に取り、入江先生に手渡した。

入江は慣れない様子で、自動小銃を構えた。

「使い方がよく分からないです…。」

「簡単さ…安全装置を外して、引き金をひけばいい。それでタマが出る。」 「阿部さんの武器は?」

「俺は武器を使わない主義だ。常に裸一貫だ。」

阿部は自信満々にそう言うと、胸を張りながら警備室を出た。

すれ違い様に駆け付けて来た山狗の残党に、流れるような上段回し蹴りをお見舞いし、そのまま裸一貫で施設を闊歩した。




「鷹野三佐…診療所からの通信が途絶えました。」

司令車の中で山狗が慌てた様子で、鷹野に告げた。

鷹野は黒メーテルな出で立ちで、顔を鬼のように歪ませながら語気を荒げた。

「何か問題でも起きたの?!この役立たず!無線を貸しなさい!」




175 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 01:14:51.32 ID:hauPxY+e0
山狗から無線をもぎ取ると、強い口調で無線に言った。

「こちら司令部、診療所応答しなさい!」

唐突に無線から声が聞こえた。

「ハロー、こちら診療所…聞こえてるか、鷹野三四。」

「何か問題でも…」 鷹野を遮り、声の主は続けた。

「今アンタに舐めてもらうためにタマをピカピカに磨きあげてるよ…それこそ聖母マリア様がむしゃぶりつきたくなる程にな。」

鷹野は一瞬何が起きたのか分からない様子で、無線をしばらく眺めてからゆっくりと呟いた。

「…阿部…高和…。」

「今からそっちに行くから待ってろ…もしかして怖がってんのか?…小便は済ませたか?アナルの掃除は?
部屋の隅でガタガタ震えて命乞いをする準備はいいか?…鷹野…今からそこに行くからじっくりと俺のタマを堪能してくれ。」

鷹野は舌打ちをして、山狗を睨み、そして落ち着くように深呼吸をして静かに言った。

「私が保有する山狗部隊は精鋭中の精鋭よ。あなたたちが勝てる訳が無いの…諦めて投降なさい…悪い様にはしないわ。」

その言葉を聞いて、阿部は鼻でそれを笑うと、蔑むように言った。




176 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 01:21:19.20 ID:hauPxY+e0
これ以上戯れ事を言うとタマと合わせてケツの穴もしゃぶらせるぞ。
男でも女でも俺に勝負を挑んで勝った奴はいねぇ…タマしゃぶりのおフェラ豚の女は黙ってしゃぶってりゃいいんだ…。」

鷹野は激昂して無線機を床にたたき付けて怒鳴った。

「周辺の警備を強化なさい!阿部一派を見つけ次第射殺していいわ。」

鷹野はそう言うと腕を組んで爪を噛んだ。

はたして阿部はどうでるのか、見物だ…。




外は既に暗くなり、相変わらず蛙が鳴いていた。

「これからどうする?」 魅音が阿部に尋ねた。

「鷹野が前倒しで、緊急マニュアルを発動する可能性は十分有り得る。…先回りして叩く必要があるな。」

「阿部…戦うならボク達も一緒に…。」

「駄目だ。」 勇ましく共闘を申し出た梨花に、阿部が即答した。




178 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 01:25:52.98 ID:hauPxY+e0
「お前達は園崎家に匿ってもらえ。危険すぎる。安心しろ…俺が一人でカタを付ける。」

阿部はつなぎの腕を捲ると、診療所の前に止めていた、自分の車に乗り込んだ。

「わたくしのトラップも…圭一さんの策略も…レナさんの行動力も…役に立ちますわ。だからわたくし達も一緒に。」

「駄目だ。お前らは足手まといだ。…大人しくしていろ…大丈夫だ。入江先生…コイツラをお願いします。」

阿部はそう言うと、キーを回して、エンジンをかけて、土煙を上げながら行ってしまった。

「阿部さん…」 圭一が呆然と阿部が遠く離れていくのを見つめた。

それがまるで末期の別れかのように、七人は動けないでいた。

「そんな…阿部さん…酷いよ…一人だけで…私たちはそんなに信用出来ないのかな…かな。」

レナが俯きながら呟いた。




179 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 01:30:51.71 ID:hauPxY+e0
雛見沢近郊の森で、緊急マニュアルの発動を待つ山狗達は、自動小銃を携えて、森の中を巡回していた。

恐らく夜明け前には緊急マニュアルを発動し、この村は破滅するだろう。

「おい…なんだありゃ…」

三人一組で行動していた山狗の一人が何かを見つけた。

それは森の木陰に止められた一台の車だった。

その車はまごうことなき阿部の車であった。

「司令部!こちら巡回部隊ひばり三!今阿部のものとおぼしき車を発見し…。」

そこまで言ったとき、たった今、隣で周囲を警戒していた山狗が、短い悲鳴と共に消えた。

残された二人は互いに顔を見合わせながら、自動小銃を構えて、周囲を見渡した。

「ひばり三…一体どうした!応答せよ。」

無線機から小此木の声がして、慌てて無線機を口元に寄せて言った。

「司令部…現在我々は正体不明の敵に攻撃を受けて…。」

再び短い悲鳴がして、もう一人の山狗も消えた。




180 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 01:35:05.87 ID:hauPxY+e0
ただ一人残された無線機を持った山狗はヒィと情けない声をあげて、怯えた草食動物のようにキョロキョロと辺りを見回し、後ずさった。

「どうした!何があった!状況を報告せよ!」

震える手に携えられた無線機が虚しく小此木の声を流し続ける。

後ずさった山狗は何かにコツンとぶつかって止まった。

山狗は恐る恐る振り返った。

「こんばんわ…いい夜だな。」

そこには山狗が考えつくであろう最悪の存在が、不敵に立ち尽くしていた。

山狗の口から絹を引き裂くようなかん高い悲鳴が漏れるのはそれからすぐの事であった。




「ひゃああああ!アッーアッー!ひゃああああ!アッー!」

既に悲鳴しか聞こえなくなった無線を切ると、小此木が後ろを振り返り、鷹野に呟いた。

「奴がきたようです。」

鷹野は依然として爪を噛みながら、一部始終を眺め、言った。

「…増援が必要ね…残存している山狗には引き続き警戒を指示、待機中の山狗には出動命令を。とにかく殲滅するのよ!」




182 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 01:41:16.88 ID:hauPxY+e0
「了解!」 小此木は再び無線機を手に取ると、指示を出し始めた。

「…大丈夫よ…すぐにカタが付くわ。」 鷹野がニヤリと微笑んだ。




ひとしきり楽しんだ阿部は再び闇に身を沈めた。

ゲリラ戦法は阿部の十八番だった。 身をひそめる阿部のすぐ近くが急に騒がしくなり、辺りが昼のように明るくなった。

どうやら、サーチライトを点けたようだ。それもかなり狭い間隔でだ。

阿部は茂みから顔を出して、森の奥を眺めた。

三人一組の山狗部隊が、まるで山狩りのように、密集し、一列にこちらに向かって来ていた。

ざっと数十人はいそうだ。 流石の阿部もこれほどの人数を相手にするのは骨が折れた。

阿部は手近な石を手に取ると、一列にこちらに向かって来る山狗の一人の股間に向けて投げつけた。

丁度それが股間に当たり、その山狗は前屈みに倒れて悶え苦しみ始めた。




183 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 01:45:54.50 ID:hauPxY+e0
阿部は再び石をてに取り投げた。

また山狗の一人の股間に当たり、山狗が股間を押さえて、呻きながら倒れた。

「あそこだ!あの辺りにいる!撃て撃て!」

一人の叫びを合図に山狗達は一斉に自動小銃を構えて、前方に向けて撃ち始めた。

それこそ銃という銃が閃光と爆音と硝煙の煙を上げながら、銃弾を四散させた。

山狗の集団の前に生えている木や草が飛び散り、粉々に砕けていく。

暴力的な伐採行為はやがて止み、静寂が辺りを包んだ。

山狗の誰もが目標の沈黙を疑わなかった。

それもそうである…あれほどの銃弾を浴びて、生き残れる生物は、この地球上に存在しない。

例えオヤシロ様が、宇宙人だったとしても胸を張って言えただろう。

山狗の誰もが顔を見合わせながらニヤニヤと笑みを浮かべた。

だが、突然木の上から石つぶてが一線、サーチライトに向かって飛んできて、辺りを照らしていた光が消えていくと、
山狗の笑みが砂浜から波が引くように消えていき、代わりに恐怖と不安を帯びた表情が浮かび上がっていく。

ついに最後のサーチライトが轟音をあげて砕け散ると、いよいよ山狗部隊に混乱と恐怖の恐慌状態が訪れた。

つい先程までM16アサルトライフルを嬉々とした表情で撃ちまくっていた隣の同僚が、突然悲鳴とともに木陰に引っ張り混まれると、
いよいよ至る所で、怯えた声と、疎らな銃声が聞こえた。




184 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 01:50:52.00 ID:hauPxY+e0
その混乱の最中、暗闇から何者かが飛び出して来て、鋭い蹴りやパンチでまず、銃を出鱈目に撃っていた隊員が片付けられ、一人、また一人と闇に消えていった。

「退却!退却だ!」

徐々に隊員が消えていく状況に業を煮やした部隊長が退却を宣言し、各個隊列を崩しながら後方へと退却を始めた。

阿部はその様子を見て取ると、ニヤリと微笑み、気絶した隊員を縄で拘束した。




「一体どうしたの?阿部はどうなったの?」

息も絶え絶えで逃げ帰って来た隊員達を前に、鷹野が鬼気迫る声で尋ねた。

「三佐…この人数の山狗部隊と対等に張り合い、多数を戦闘不能にさせました…
奴はバケモノです…一旦診療所に戻って装備を整えましょう…奴には20ミリ機関砲かミニガンでも無い限り勝てない…。」

部隊長の進言を一通り聞いていた鷹野は、溜め息を付くと、腰のホルスターから拳銃を取り出し、部隊長の喉に押し付けて、躊躇いも無く引き金を引いた。

部隊長の気管や食道、その後ろにある背骨がぐちゃぐちゃにひしゃげ、噴水のように血が吹き出た。

部隊長は目を見開いて、喉を押さえると、息をしようともがき、やがて倒れて動かなくなった。

一部始終を呆然と眺めていた山狗部隊達に向かって鷹野は怒鳴った。

「よくお聞きなさい!我々に後ろは存在しないの!前に進む道のみがあるのよ!例えそこに何があろうとめ貴方達は行くしかないの!
もし今度退却しようとする者がいたら私が喜んで射殺するわ!いいわね!」

誰も何も言えない状態のまま、鷹野は再び声を張り上げた。

「阿部は後回しよ。ここには数人を残して、雛見沢の住人達を学校に集めて、ガスで皆殺しにしなさい!」




185 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 02:08:53.25 ID:hauPxY+e0
「三佐の命令だ。行け!」

小此木がそう命令すると、山狗部隊が三人を残して、バンに乗り込み、雛見沢村に向かって山を下りて言った。

鷹野と小此木は下って行く車列を暫く眺めると、鷹野が言った。

「この辺りに手榴弾のトラップと動体探知器を仕掛けなさい。いいわね、小此木。」

「仰せの通りに。」 そう言うと小此木は森の中へと消えていった。

鷹野は小此木が行ったのを確認すると、司令車であるバンの中に戻り、端末の前に置かれていた椅子に腰掛けた。

まさか阿部がここまでやるとは…。 鷹野はイライラとした様子で、爪を噛んだ。

「ンアッー!」

その時であった…車の外からこの世の物とは思えない様な喘ぎが聞こえ、そして数発の銃声が響いた。

鷹野はハッとしてバンの入口を見た。

後部の扉の窓からマズルフラッシュがチカチカと輝き、悲鳴の大きさに反比例して、次第に銃声の数が少なくなり、やがて悲鳴も銃声も聞こえなくなった。

鷹野は呆然と扉を眺めた後、おもむろに立ち上がり、ゆっくりと扉を開けて、宵闇の広がる外に出た。

少し開けた場所に無造作に三人がズボンを足首の辺りまで下げられて、横臥していた。


阿部だ…。




187 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 02:14:58.36 ID:hauPxY+e0
鷹野は慌てて腰のホルスターに納められている拳銃を取ろうとした。

だが、グリップを握った所で、自分の手の上に暖かい手が置かれた事に気付いた。

「チェックメイト…。これでやっと…二人きりになれたな…。」

耳元でそう囁かれ、鷹野はクスリと笑い、グリップから手を離した。

「何故私がここにいると分かったの…?」

「…血さ…アンタからプンプンと血と牝の臭いがしているからさ…三四…生理だろ?ん?」

阿部が鷹野の長い髪を後ろから抱きしめて嗅ぎながら、尋ねた。

途端に鷹野は顔を赤くして、股間を両手で押さえた。

「腐っても、アンタは女の子だな…。ここをこうしてやると、すぐに声が出るぞ。」

阿部は後ろから、乳房に手を回して、ギュッと強く揉みしだき、指を巧みに動かしながら鷹野の耳を甘噛みした。

弾力のある、形の良い胸が、阿部の手の中で弾け、踊る。

「あっ…。」

鷹野の口元から甘い声が出た。

「やっぱりアンタは女の子だな三四…。」

阿部の舌が耳から蛞蝓が這うように、ゆっくりと首筋に移動し、鎖骨の辺りまでをなめ回した。




189 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 02:19:55.33 ID:hauPxY+e0
なめ回しながら、服の上から揉みしだいていた乳房を一旦離すと、今度は左手を服の中に入れ、右手を鷹野の股間へと移動させた。

左手がグネグネと胸に移動し、ブラジャーに到達すると、ブラジャーと肌の隙間に滑り混んだ。

プニプニと暖かく柔らかい感触を感じたあと、コリコリと勃起して硬くなった乳首に指が触れた。

「アンッ…ああ…。」

鷹野が声を出さんとつぐんだ口から我慢できずにいやらしい声色の喘ぎが漏れた。

鷹野の股間にあてがわれた、右手は服の上からでも、ゴワゴワしたナプキンの感触が分かった。

「タンポンじゃなくて、ナプキン派か…ますます女の子だ。」

阿部が喋る度、耳元に息がかかり、その度にビクビクと鷹野の体がビクつく。

「さあ聞かせてもらおうか、三四…何処に皆を集めて緊急マニュアルを実行するつもりなんだ?」

阿部が鷹野のマシュマロの様な感触の乳首を人差し指と中指でグネグネと弄びながら尋問をした。

鷹野は顔を赤らめ、目をギュッとつむり、口を真一文字につぐんで、髪を乱れさせながら、首を横にフルフルと振った。

「乳首をむしり取るぞ!言うんだ!」

阿部は更に強く乳首をつまんだ。

「ンンンッ…!」 鷹野が必死な様子で嗚咽を堪えた。




190 名前:以下、名無しにかわりまして VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/04(土) 02:22:31.19 ID:o3/EukcsP
そういえば阿部さんってバイかもしれないんだよね



191 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 02:25:21.95 ID:hauPxY+e0
「あんまり調子に乗るなよ…ブルーカラーのクソタレが!」

阿部の後頭部に冷たい金属の感触がし、後ろから声がした。

小此木が自動小銃を片手で構え、阿部の後頭部に強く押し付けた。

「小此木!」

鷹野はそう言うと、阿部からすかさず離れ、乱れた着衣と髪を、顔を赤くしながら、慌てて直した。

「早くそいつを拘束なさい!私が直々に手を下すわ!」

小此木はニヤリと笑うと、銃床で阿部の首筋をしたたかに打ち付けた。

阿部はそのまま地面に倒れて気絶した。

「呆気ねぇこって…。」 小此木がフンと鼻で笑うと、無線が鳴った。

「こちらひばり全部隊、住民を全て制圧しました。これから学校へと移動します。」

「了解。学校で準備が出来次第指示を待て。」

小此木が無線に向かってそう言うと、いまだに顔を赤くしながら、胸元と股間の違和感を感じている鷹野を見ながら呟いた。

「鉄の女もベッドでは生娘みたいに悶えるんかいなぁ…。」

「な…何か言った…?」 「いえ…別に…?」

恥ずかしげに髪を撫で付けながら言った鷹野に小此木は笑みを浮かべながら鼻で答えた。




192 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 02:29:51.64 ID:hauPxY+e0
同時刻…雛見沢分校



突然寝込みを襲われ、拘束された知恵留美子は、ぞろぞろと他の村人と一列に並んで、学校の教室に入れられて、呆然としていた。

辺りを見回すと、同じく寝込みを襲われて、呆然とする村人や、自動小銃を振り回して怒鳴る山狗に怯えた表情を浮かべる者など様々な様子が見て取れた。

知恵もこれから何が起きるのか不安げに、銃を構える人物を見ていた。

「…先生…知恵先生!」

突然声をかけられた知恵は飛び上がる程驚き、声がした方向を向いた。

そこには夏にも関わらず、相変わらず暑苦しい黒い着物を身につけた、園崎魅音と詩音の母親である、園崎茜がいた。

「園崎さん!無事ですか?」 「ああ、今のところはね。」

茜は山狗を凝視しながら言った。

すると、山狗がおもむろに、こちらを一瞥し、銃を天井に向けて威嚇射撃をした。

大きな銃声が教室に響き、村人のどよめきの至る所から悲鳴が上がった。

面食らう村人を前に、山狗が声を張り上げた。




193 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 02:35:03.07 ID:hauPxY+e0
「大人しく我々の言うことを聞いていれば危害は加えない…約束しよう。…ただ騒いだり逃げたりした場合は俺ではなくコイツが諸君の対応をすることになる。」

山狗はそう言うと、構えた銃をポンポンと叩き、続けた。

「逆らったり逃げたりした場合は、諸君よりも遥かに早く走れるコイツの銃弾が諸君に挨拶のキスをする事になる。
…かなり激しいキスだ…死ぬ程にな。…賢明なる諸君はそのまま黙って大人しくしている事だ。」

山狗は高圧的にそう言うと、油断なく銃を村人達に向けながら椅子に座った。

知恵と茜は二人並んで座り、息を飲んだ。

すると、突如として、教室の扉がガラリと開き、三人の山狗が入って来た。

その三人の山狗は教室の中の村人をジロリと見渡すと、並んで座る知恵と茜に視線を絞り、じっとりと見つめた。

そして、椅子に座る山狗に耳打ちをすると、コクリと頷く山狗を尻目にノシノシとした足どりで、二人に近づいてきた。

丁度二人の前まで来ると、しゃがみ込み、まるで夏のアスファルトの上で放置され、ベタベタに溶けた飴玉のような粘つく笑みを浮かべて言った。

「この女ども、たまんねぇな…。」

しゃがみ込んだ山狗はそう言うと、知恵の頬に指を這わせ、スベスベとした白い肌を堪能した。

「ふ…ふええ…。」

知恵はワナワナと震えて、怯えた表情を浮かべた。

「ちょいとアンタ!嫌がってるだろ!やめな!」

茜が山狗に向かって声を張り上げた。




194 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 02:39:55.78 ID:hauPxY+e0
山狗はヒュウと口笛を吹き、改めて茜をジロジロと眺めた。

「気の強い女は好きだ…散々犯して屈服させたいって思うよな…。」

相変わらず粘つく笑みを浮かべながら言った。

「ああ…もう我慢出来ねぇぜ!」

しゃがみ込む山狗の脇に立っていた一人が息を荒げてカチャカチャと音を立ててベルトを外そうとした。

「おい!」

途端に後ろで椅子に座ってこちらを眺めていた山狗が声を上げた。

「やるなら他所でやれ。」

「…それもそうだな…命令が下るまでまだ時間はたっぷりありそうだ。他所でじっくり楽しもうじゃないか。」

山狗達はそう言うと知恵と茜の腕を持ち上げ、立たせて、歩き始めた。

突き付けられる銃口を前に、二人は成す術もなく、振り回された。

腕を強く捕まれ、これから犯されんとする事を悟った知恵の脳裏に、無鉄砲で、優しくて力強い阿部が唐突に浮かんだ。

「阿部さん…助けて!」 無力な知恵には、ただ祈る事しか出来なかった。




195 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 02:46:34.89 ID:hauPxY+e0
酷い頭痛と、頭の周りを小煩く飛び回る蚊の羽音で、阿部は目を醒ました。

頭がガンガンと痛み、思わず顔をしかめた。

「あら…お目覚めかしら、トラブルメーカーさん?」

不意に頭の上から声がして、阿部は空を仰いだ。

そこには拳銃を握って、こちらをしたり顔で見つめる鷹野がいた。

「三四!」 阿部は叫び、飛び掛からんと、手に力を込めた。  

だがそれも虚しい結果に終わった。

阿部は後ろ手に縛られて、司令車であるバンにもたれるように座らされていたからだ。

「あらあら、威勢が良いわね…この糞犬は!」

語気を荒げた鷹野は、履いているハイヒールで、阿部の顔を踏み付けた。

阿部は顔をしかめた。

「私の靴を舐めなさぁい…そしたら許してやらない事もないわよぉ?」

グイグイとハイヒールを押し付ける鷹野の目をジッと見つめた阿部は、ボソリと呟いた。




196 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 02:49:52.12 ID:hauPxY+e0
「タマを舐めさせて、ケツを舐めさせた後…竿も舐めさせてやる!」

阿部の言葉を鼻で笑った鷹野はハイヒールを阿部の顔から離し、握っていた拳銃を阿部の頭に向けた。

「私の奴隷になれば、いままでのおイタは許してあげる…私の靴に付いた犬の糞を舐めるのよ…それから貴方の名前も変えるわ…ポチ…。」

加虐的な笑みを浮かべる鷹野の後ろで、その様子を、ニヤニヤと腕を組みながら、小此木が眺めていた。

「嬉しいお誘いたが…お断りしとくよ…アンタには絶対に俺を傅かせる技量は無い…残念だな。」

と、したり顔の阿部。 「そう…なら死になさい。」

鷹野はそう言うと、阿部の頭に銃を突き付けた。

阿部は銃口を仰ぐと、ニコニコと、爽やかな笑みを浮かべていた。

「これから死ぬんだぜ…何故笑う?」

小此木の問いに、阿部は悠々と答えた。

「第二次大戦下、フランスのレジスタンスはドイツ兵に捕まって銃殺される時、
笑ってたそうだ。処刑される時に笑いながら死ぬ事は敵への最大級の侮辱と同時に最高の栄誉だったんだ。笑えよ三四。」

「貴方が死んでから存分に笑うわ。」




198 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 02:54:54.73 ID:hauPxY+e0
鷹野はそう言うと、激鉄を起こして、引き金に指をかけた。

その刹那、森から閃光が轟き、火の玉の群れが鷹野を襲った。

火の玉の一つが、鷹野の銃を構える手に当たり、余りの熱さに、鷹野が銃を取り落とす。

途端に爆竹が投げつけられ、それが小此木の足元で爆裂し、凄まじい音と煙を上げた。

突然の出来事に小此木が 大層驚き、その場に尻餅を付いた。

阿部はそれを見逃さなかった。

阿部は後ろ手に縛られながらも立ち上がり、熱さにたじろぐ鷹野を体当たりで退けると、尻餅を付いた小此木の顔面に渾身のドロップキックを叩き込んだ。

小此木は強烈なドロップキックに、地面に頭を強打するまえに失神した。

すると、森の影から一斉に何者かが飛び出してきて、鷹野に飛び掛からんとした。

鷹野はそれをすんでで避けると、ポケットからスタングレネードを取り出し、すぐさまピンを抜き、目と耳を覆った。

次の瞬間、強烈な光と爆音が当たりに轟き、全ての者の視界と聴覚を奪った。

その場にいた全員がしばらく前のめりになるなか、徐々に視界が利いてきた阿部は、辺りを見回した。

そこには打ち上げ花火や爆竹を手に、屈む圭一達の姿があった。




199 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 03:01:42.64 ID:hauPxY+e0
どうやら阿部の言うことを無視して、阿部を助けに来たらしい。

阿部は改めて鷹野を探した。

しかし鷹野はどこにもいない…阿部は再び辺りを見回して鷹野を探した。

途端にエンジン音が響き、司令車のバンが阿部目掛けて発進してきた。

阿部はすんででそのバンを避けた。

どうやら鷹野はバンに乗って逃げ出したようだったが、まずは圭一達の介抱が先だ。

「大丈夫か?」 阿部は圭一達に駆け寄った。

全員閃光と爆音にやられて、感覚が麻痺している以外、特に外傷が無いのを見て取ると、阿部はホッとした。


入江を含めた七人全員が落ち着くと、阿部は改めて怒りをあらわにした。




200 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 03:05:13.92 ID:hauPxY+e0
「何故来た。危険なのは分かっていただろうに!」

「だけと阿部さんは助かったんだぜ。恨みっこ無しだ。」

圭一が親指を立てながら、誇らしげに言った。

「青二才が…偉そうによく言うぜ。」

阿部はため息をつきながら言った。

「でも皆阿部さんの力になりたかったし、なにより大好きな雛見沢をまもりたかったんだよ。怒らないで。」

魅音が阿部に言った。 阿部は七人を改めて見つめた。

全員の目には情熱と闘志が爛々と燃え盛っていた。

皆が皆、仲間を…雛見沢を守るという固い意志がジンジンと阿部に伝わった。

阿部は腰に手を当ててしばし考えると、再びため息をついて言った。

「分かった。お前らには負けるぜ、まったく。」




203 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 03:09:54.67 ID:hauPxY+e0
「阿部…ありがとなのです!」

羽入と梨花は目を輝かせて喜んだ。

「皆様、良かったですわね…これで胸を張って戦えますわよ。」

「これも一重に圭一君のお陰だよ…だよ。」

「早速で悪いんですが、時間が無い…早く鷹野さんを追い掛けて、緊急マニュアル発動を阻止しないければなりません…。」

入江が皆を見据えて言った。 「阿部さん、行きましょう。」

「そうは言うけど、詩音…足が無いよ…。」 魅音が困った様に言った。

「…足ね…。」

阿部はそう呟くと、手近にあった山狗のバンの運転席側の窓を肘で叩き割ると、ドアを開けて、ハンドルの下の配線をいじくり出した。

特定の配線をショートさせると、間髪入れずにバンのエンジンがかかった。




204 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 03:11:23.56 ID:hauPxY+e0
「これで足が出来たぜ。さあ、皆乗れ。」

運転席に座った阿部が言った。

「さすが自動車修理工…見事なモノです…。」

入江が感心して何度も頷いた。

「入江先生、のんびりしてる暇は無いよ…さあ、行こう。」

後部席からレナが入江に言った。

入江が慌てて乗り込むと、阿部はエンジンを吹かしながら言った。

「ちと揺れるぜ…捕まってな。」 バンは土煙を上げながら急発進して、学校を目指して走り出した。




薄暗い教室に連れて来られた知恵と茜は乱暴に、教室の中に押し込まれた。

三人の山狗は、二人を突き飛ばすと、ニヤニヤと二人を眺め、後ろ手で教室のドアを閉めた。

「さあ…お楽しみといこうかね…。」 山狗達はそう言うと、こちらにノソリノソリと歩み寄ってくる。




223 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 11:01:09.36 ID:hauPxY+e0
知恵と茜は、お互い寄り添って目をつむっていた。

「まずはこっちからだな。」

山狗は茜を突き飛ばし、除けると、知恵のか細い腕を掴み、床へと投げ飛ばした。

突き飛ばされた茜を、もう一人の山狗が後ろから抱え込み、羽交い締めにする。

短い悲鳴を上げ、ワンピースのスカートからスベスベと透き通るような白い太ももをのぞかせて倒れた知恵に、山狗が覆いかぶさる。

「イヤッ…やめて…。」

知恵が手足をバタつかせ、必死で抵抗した。

山狗は、知恵に馬乗りになると、抵抗する知恵の手を頭の上で組ませて、片手で床に押さえ付けた。

もう片方の空いた手で、抵抗して暴れる知恵のワンピースのボタンを一つ一つゆっくりと外していく。

「止めな!…やめろ!」

羽交い締めにされていた茜が、知恵が犯されんとする光景を見て、声を張り上げた。

「…お前も後で可愛がってやるから、黙ってな。」

羽交い締めにしている山狗がそう言うと、茜の頬をベロリと舐め上げた。




225 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 11:04:42.73 ID:hauPxY+e0
顔をしかめながら、背ける茜に構わずに、山狗が髪の匂いを嗅ぎながら、頬やうなじを舐め回す。

茜から漂う上品な樟のうの香りと、線香のなまめかしい香りが、余計に欲情をそそられる。

知恵に馬乗りになっていた山狗は、知恵のワンピースのボタンを全て外し、指先で舐めるように、ワンピースをはだけさせていく。

薄紫のブラジャーからこぼれんばかりの白い乳房に、同じく薄紫色のレース地のパンティーが肉感的な知恵の肢体をより一層、妖艶な物へと昇華させている。

山狗はたまらず、ブラジャーの上から知恵の乳房をわしづかみにした。

知恵はその辱めに、目をつむり、顔を背けて耐えた。

山狗はそれを冷笑を浮かべて眺め、散々いじくった後、改めてブラジャーを上へとずらした。

月明かりの下でも分かるほどの、綺麗なピンク色をした乳頭が姿を現した。

程よい大きさの釣り鐘型の乳房にちょこんと鎮座するそれは、乳輪もそれ程大きくなく、陥没してはいたが、それがかえって魅力的に感じられた。

山狗はその陥没した乳首に最初は触れるか触れないかの間隔で舌をチロチロと乳輪に沿って回転させた。

「ンッ…。」

乳房を中心に広がる気味の悪い焦燥感に、口を閉じた知恵から呻きが漏れた。

山狗は徐々に舌に力をいれ、完全に舌が肌に密着した頃、突然舌を陥没した乳首に滑り込ませ、
舌で乳首を掘り出そうとするかのように、グイグイとえぐるように、舌を捩込み、チュウチュウ音を立てて吸った。




226 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 11:09:53.72 ID:hauPxY+e0
「…あ…。」

知恵の吐息に混じって、甘い声色の声が漏れた。

山狗は舌で乳首を弄び、吸ったり舐めたりを繰り返した。

「知恵先生…!」

茜は、知恵の体が玩具にされるのを黙って見ているしかなかった。




と、その時であった、校庭の向こう側から突如としてクラクションと共に、けたたましいエンジン音が響き、白いバンがこちらに全速力で突っ込んで来るのが見えた。

夢中で乳首を吟味していた山狗が、チュポンと音を立てて、乳首から口を離すと、窓から外を見た。

知恵は慌てて山狗から離れて、部屋の隅へと逃げ出した。

「一体なんだありゃあ…。」

茜を羽交い締めにしていた山狗がボソリと呟いた。

その隙に乗じて、茜が山狗の腹部に肘打ちをすると、腹を抱えて、うずくまる山狗の手を離れて、知恵の元へと駆け寄った。

呆然と迫り来るバンを眺めていた山狗が思い出したかのように、慌てて無線機を取り出すと、冷静を装い言った。

「各員へ通達…不審なバンが校舎に突っ込んで来る…。凄い早さだ…。」




227 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 11:15:14.13 ID:hauPxY+e0
その無線を聞いたのか、慌てた様子の山狗二人組が、校舎から校庭へと、飛び出し、バンの前に立ちはだかると、バンに向けて発砲した。

銃から放たれた弾丸が、バンパーや、フロントガラスを砕き、火花を散らせたが、バンは止まらなかった。

バンが最早止められない事に気付いた頃には既に遅く、逃げる間もなく、フロントに吹き飛ばされ、易々とバンより高く跳ね飛ばされて行った。

「ヤバいぞ!」

それがさっきまで乳首に吸い付いていた山狗の最期の言葉になった。

バンは木製の校舎の壁を突き破ると、部屋の隅にうずくまる知恵と茜を上手い具合に避け、
立ち尽くす山狗三人を飛び散る瓦礫や破片とともになにもかもを轢き潰してようやく停止した。

呆然とした表情でバンの残骸を見つめる知恵と茜の前で、運転席が開くと、揚々とした様子で阿部が出て来て言った。



「オッパイには気をつけろよ。」




228 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 11:19:14.33 ID:hauPxY+e0
そして、ゾロゾロと目を回し、頭を押さえた七人がバンから出てきた。

「シューマッハでもここまでの運転は出来ないよ…。」 と、魅音。

「二人とも無事かい?」

阿部が知恵と茜の前にしゃがみ込むと言った。

「私たちは大丈夫だ…だが村の人達がまだ捕まってる!」

茜が阿部を仰ぎながら言った。

「分かった。助けにいく…二人はここにいろ…。」

そう言うと阿部達八人は、破壊し尽くされた教室を出て行った。

「…しっかりね…。」

いまだ放心状態の知恵を抱き抱えながら、茜が阿部達八人の背中に呟いた。




229 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 11:23:59.72 ID:hauPxY+e0
バンが衝突し、校舎の一部を破壊された校舎の中は、蜂の巣を突いたような騒ぎになった。

バンが衝突した際の轟音に、鷹野は職員室から飛び出して、手近で右往左往していた山狗の首根っこを捕まえて叫んだ。

「阿部が来たわ!ガスで村人もろとも始末なさい!そのあと急いで撤収よ!」

山狗は心得たというようにうなづくと、ガスマスクを被り、廊下を駆けて行った。

「阿部という男を見くびっていた…あの男一人で…計画が台無しだわ……。」

鷹野は小脇に抱えた、雛見沢の研究書類の束をギュッと握り締めて呟いた。

「…おじいちゃん…お父さん…お母さん…助けて…。」

その声は校舎に響き渡る喧騒に掻き消された。




230 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 11:30:31.24 ID:hauPxY+e0
狗は司令車からガスが入った、葉巻程の金属製の筒を抱え込むと、校舎に向かって走り出した。

この神経ガスは近年、中東においてクルド人やアフガニスタンの人々に使用された恐ろしいガスだ。

最早気化したそれを吸い込むまでもなく、皮膚に一滴でも付着すれば、激しい痙攣と内臓出血を引き起こし、5分と立たずに死んでしまう恐ろしいガスだ。

筒に守られている限りは漏洩の心配も無い…。

だが根こそぎ漏れたりすれば自分から半径数十メートルの生物は自分もろとも全滅である。

仮に皮膚に液体や気体が付着、暴露したとしても、三分以内に、山狗全員に配られている解毒剤を注射すれば助かるのだが、
心臓に直接注射しなければならない…どちらにしても地獄のような話であった。

自然と緊張が走る…。

と、その時、 自分の脇でジャンプスーツをガサガサと音を立たせながら走っていた山狗の一人が消えた。

驚いて振り返ると、校庭にぽっかり空いた穴に落ちて、もがいているようだった。

慌てて助けだそうとした他の山狗が、穴の縁に手をかけた瞬間、穴はさらに広がり、
助けだそうとした山狗もろとも二段仕掛けになっていた落とし穴の奈落の底へと消えていった。

この校庭は罠だらけだ…恐らく凄腕のトラップマスターが敵側にいるようだ…。

残った山狗は、二次被害を避けるため、落とし穴に落ちた同僚達を泣く泣く見捨て、ソロリソロリとしのびあしで校舎を目指した。




231 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 11:35:51.30 ID:hauPxY+e0
「みぃ…みぃ…。」

どこからか、猫のような鳴き声が聞こえてきて、ガスマスクと防護服を着た山狗達が周囲を見回した。

すると校舎の脇に立っている大きな杉の木の脇に、長い綺麗な黒髪をなびかせたペド好みの幼女が立っていた。

山狗の一人が、その幼女に銃を向けた。

「待て。そいつは古手梨花だ。殺さずに確保するんだ。」

ガスを持った山狗が、顎で合図をすると、今しがた銃を構えていた山狗が地雷原でも歩くかのように、ゆっくりと梨花の元へと歩いていった。

何事も無く、梨花の前にたどり着くと、梨花の顔の前に目線を合わせるように屈み込み、言った。

「もう逃げられないぜ、観念しなお嬢ちゃん…。」

「にぱー!」 満面の笑顔でそう答える梨花に、山狗は首を傾げた。

「2%?」

その刹那、その山狗の足元の地面が土煙を上げて持ち上がり、山狗の足首に纏わり付いた。

校庭の砂から突如として持ち上がったのはロープだった。




232 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 11:40:53.27 ID:hauPxY+e0
ロープに足首を捕られた山狗は悲鳴を上げる間もなく、校舎の屋根へ続くロープに引っ張られて消えてしまった。

先の森での戦闘で、阿部への恐怖が発露し、それを引きずっていた山狗の隊員達に戦慄が走った。

校庭で立ち尽くし、同僚が屋根へと消えていくのを目撃した山狗の一人が、耐え兼ねて、銃を取り落とし、嗚咽をこらえて逃げ出した。

その山狗は穴だらけの校庭を縫うようにして走り抜け、校門へとたどり着いた所で、パチンとゴムが弾けるような音と共に倒れた。

山狗の隊員達は一斉に音がする方に視線を傾けた。

そこには校舎の二階の窓からパチンコを構えた圭一と詩音がいた。

二人はこちらにパチンコを構え直すと、パチンコ玉を放った。

反撃する間もなく背後の山狗達が倒れ、至る所に点在する落とし穴に仰向けのまま落ちて行った。

最早残された山狗は数えるぐらいしかいなかった。

「怯むな!相手はガキどもだ、阿部は居ない!とっととガスを撒いて始末しちまおう!」

ガスを持った山狗はそう言うと、落とし穴を飛び越えて、パチンコの十字射撃を走り抜け、校舎の昇降口へとたどり着き、後ろを振り返った。




233 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 11:44:54.51 ID:hauPxY+e0
後ろに居たはずの数人の山狗は全て、トラップとパチンコの十字射撃の犠牲となっていた。

「クソッ!」 山狗はそう悪態をつくと、村人達が居る教室を目指して駆けた。

山狗が教室にたどり着き、扉をガラリと開けると、そこはもぬけの殻だった…いや、厳密には二人の人間がそこには居た。

一人はズボンを脱がされ、オケツ丸出しで、うつぶせに倒れている山狗と、
もう一人は…窓の側に置かれている椅子に鎮座し、タバコを旨そうにふかしている阿部高和…。

「村の人達は、魅音と入江先生達がとっくに逃がしたよ…他の奴らも安全な場所に避難をし始めている…。この学校に残ってるのは俺とアンタだけだ。」

阿部はこちらを見もせずに、タバコをふかしながら言った。

「鷹野はどこだ?ヤツにはタマの貸しがあるんだ。」

阿部の問いに答えるように、山狗はナイフを取り出した。

「面白ぇ…。」 阿部はタバコを投げ捨てると、山狗に向き直り、手を広げて言った。

「来い!」

山狗は阿部に突進するかとおもいきや、ナイフを逆刃に持ち、阿部に投擲した。

阿部は咄嗟に避けようとしたが、間に合わなかったようだ。

ナイフは阿部の鎖骨の下に深々と刺さった。阿部は呻き声を上げて、床に膝を付いた。

すかさず山狗が阿部に走り寄り、阿部の顔面にパンチをお見舞いして、床に倒すと、ナイフを乱暴に抜いた。




237 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 13:02:50.30 ID:hauPxY+e0
阿部は小さく苦痛の悲鳴を上げた。

山狗は阿部の血がテラテラと光る、そのナイフを、今度は反対側の肩に突き立てた。

阿部はあまりの苦痛に声を上げた。

「仲間の敵だ…苦しんで死ね。」

山狗は突き立てたナイフをえぐり、傷口を広げた。

ぐじゅぐじゅと阿部のつなぎに血が広がる。

ふと、阿部は山狗が片方の手に握る、金属製の筒に目が行った。

恐らくこれが毒ガスなのだろう…毒とくれば、万が一のため、解毒剤があるのが相場だろう。

阿部はめざとく、山狗の腰にぶら下がるポーチを見つけた。

解毒剤はおそらくポーチのなかだろう。

阿部が考えを巡らせている事などつゆしらずに、山狗が阿部の肩からナイフを引き抜くと、頭上に振り上げて、自らガスマスクを剥ぎ取ると言った。

「何か言い残す事はあるか?」

阿部は苦痛に顔を歪めながらも、ニヤリと微笑み、言った。




238 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 13:09:12.41 ID:hauPxY+e0
「御馳走をたらふく食わせてやる!」

そう言うと、山狗の片方の手でおざなりになっていた神経ガスの筒を奪い取り、開けた。

プシュッと圧縮された空気が漏れるような音がして、中から数珠繋ぎになった緑色の球が5、6個出てきた。

「…よせ…やめろ…。」

すっかり怯えきった、山狗に構わず、阿部はその数珠繋ぎの球を山狗の口に全て捩込むと言った。

「喰え!うまいぞ!」

阿部は山狗の顎に渾身のアッパーカットを叩き込んだ。

山狗の口の中で、球が弾け、中からブクブクと泡立つ液体が飛び出して来た。

山狗はその場で体をのけ反らせると、血と神経ガスと唾液と吐瀉物が入り混じった、ネバネバした液体を吹き出し、体を強張らせた。

阿部にも変化が訪れた。

まず、腕と顔の筋肉が硬直し始めて、自由に動かせなくなり、頭痛と吐き気、目眩に襲われた。

徐々に体が痙攣していく…阿部は力を振り絞り、痙攣し、ガクガクと体を上下させる山狗のポーチを奪うと、中から、注射器を取り出した。




239 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 13:12:50.65 ID:hauPxY+e0
サリンの特効薬であるバムは心臓に注射する事で、その効用を発揮する…
阿部は震える手で苦心しながら、狙いを定め、自身の胸の真ん中目掛けて注射を突き立てた。

薬液が心臓に注入され、阿部の全身を堪え難い苦痛が襲った。

阿部は床に臥し、二、三回体をビクつかせた。

あまりの苦痛に、このまま気絶してしまいたい衝動に駆られたが、まだ本丸である鷹野がいる…タマも乾いたままだ…。

阿部は歯を食いしばり、立ち上がると、足を引きずりながら、教室を後にし、鷹野を追い掛けた。




240 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 13:17:43.43 ID:hauPxY+e0
鷹野はただただ必死に森の木立の中を駆けていた。

総ての計画が水の泡に終わり、自らの自負や信念さえも、風前の灯である…彼女はただただ、ここから逃げ切り、全てを精算させるという、微かな希望にすがっていた。

涙を必死で堪え、衣服やストッキングをボロボロにさせ、息を切らせて逃げ回る彼女に、最早以前の様な威厳や尊厳は感じられなかった。

「お父さん…お母さん…おじいちゃん…おじいちゃん…。やだ…やだよ…こんなの…もう、やだよ…。」

譫言のようにそう呟く彼女は、森を抜け、河原にたどり着くと、そこにある石に躓き、転んでしまった。

大事そうに抱えていた書類が、転んだ拍子に宙を舞い、辺りに散乱した。

「いや…イヤアアアア!」

鷹野は反狂乱になって泣き叫び、書類をかき集めたが、散り散りに散乱した書類は虚しく風に飛ばされて、枯れ葉の如く虚空を切っていく。

「だれか…助けて…助けて…。」

鷹野は河原に座り込み、涙を流して呟くと、腰のホルスターから、拳銃を取り出した。

夜が明け、昇りかけた太陽の光が銃身に反射するそれは、鷹野に救いを与える救世主に思えた。




241 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 13:19:04.87 ID:hauPxY+e0
「もう…もう、終わりなの…生きる意味も希望も無い…。」

鷹野は拳銃を震える手で握り締め、こめかみに銃口を押し付けた。

そして、深呼吸をすると、一気に引き金を引いた。

だが、撃鉄はカチリと空を切り、弾は発射されなかった。

何の因果か、最後の一発は、不発の欠陥品であった。

鷹野は泣き叫び、拳銃を投げ捨てると慟哭した。

膝をつき、幼児のように泣きわめく、鷹野の背後の地面がジャリッと音を立てた。

涙で目を腫らした彼女が後ろを振り返る。

そこには両肩を血で真っ赤にした阿部が立っていた。

「あ…ああ!」 鷹野は言葉にならない声を上げて、小石や砂を引っ掻き、這いずって逃げ出した。

だが、そう遠くまでは逃げられない…。

阿部は何とも言えない表情で、そんな惨めな鷹野の側まで歩み寄ると、しゃがみ込み、おもむろに喋り始めた。




242 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 13:27:29.27 ID:hauPxY+e0
「昔の事だ…俺がまだ糞坊主だった頃、俺は孤児院に居た。…山奥にあるそこは地獄と言っても差し支えがない程にひどい所だった…
逃げ出したり、ささいな何かをしくじったり…職員の気に障る様な事をすれば、虐待が待っていた…。
何度も何度も許しを懇願しても、虐待は止まない…。俺を含め、そこに居た奴らは全員絶望していたんだ…俺達はやがて犬のように死んでいく運命なんだってね…。」

寂しげな顔で俯きながら、語り始めた阿部を、鷹野は赤くなった目で見つめていた。

「そんなある日の事だ…ある女の子が新しく入って来た。綺麗な金髪をした聡明そうな女の子…
俺は彼女を見るなり、胸が高鳴り苦しくなった…今なら分かる… 俺はその娘に恋をしちまったんだ。
それから俺はその娘をみるたびに思いを馳せ、いつか喋るだけでいい…彼女とふれあいたかった…
そんなちっぽけな希望が生まれた…そんな日々の事だった…掃除当番が倉庫になった時…彼女が同じ倉庫の掃除を任されたんだ。
嬉しくて飛び上がりそうだったのを覚えてる。」

鷹野は阿部の言葉に耳を傾けた。いつしか河原は二人の空間へと変貌していた。

「倉庫で二人きりになって恥ずかしそうにはにかむ彼女に、俺は苦心してやっとの思いで手に入れたチョコレートをやった…
彼女は喜んでた。それから一月…俺は夢のような時間を過ごした。
彼女と時間が許すまで夢中でお喋りをした…俺も彼女も、まるで夏の空のように澄んでいた。その一月は俺にとってかげかえの無い物になったよ。
だけど楽しい時間程あっという間に過ぎ去るもんだ…俺は最後の倉庫の掃除の日…彼女と最初で最後の口づけを交わした…。
それから一月かけて廃材を削って作った人形をプレゼントしてやった…はかなくて尊いもんだった…。
それからだ…その日を最後に…彼女は俺の前から姿を消しちまった。風の噂で聞いたが、彼女は施設から単身逃げおおせて、どっかの偉い博士の家に引き取られたらしい。
だが確信は無かった…もしかしたら職員に殺されたのかもしれない…彼女に会いたい…今でもそう思ってる。」

それまで黙りこくって話を聞いていた鷹野が口を開いて、消え入りそうな声で尋ねた。




243 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 13:34:36.65 ID:hauPxY+e0
「何故…そんな事を私に話すの…?」

「さあな…それは俺にも分からない…ただ、アンタのこんな姿を見てたら自然と口をついて出ちまったんだ。…タマも朝露で湿っぽい…。」

阿部は立ち上がると、山間から顔を出す朝日を仰いだ。

「その月の最後に…お役所様に、施設の実態がバレて…そこは取り潰しになった…
マスコミや警察の執拗な追及に、所長が首を括ったんだ…俺としては何とも思わない…ざまあみろとさえ思った…。
俺は別の施設に移される事になった…山の麓にある慈愛の家だ…あんな所よりも遥かにマシな所さ…。
皮肉な話だ…脱走なんかせずに、後少し我慢してりゃ、その娘とその娘の友達は幸せになれただろうに…。」

阿部はフウと息をついた。鷹野は顔を伏せ、ただ押し黙っていた。

「移送の途中だった…俺はふと地面を見た。そしたら彼女に上げた人形のカケラが落ちてた。本当に小さな小さなカケラだったが、
俺は一目で、それが何なのかわかった。一月かけて自分が作ったもんだ…分かるのは当然だったが、何か運命的な物を感じたよ…
今でもお守りみたいに持ってる…大切な宝物さ。」

阿部は改めて鷹野の方を向くと、しゃがみ込み、つなぎの胸ポケットから黒く薄汚れた木の欠片を取り出した。

阿部はその欠片を大事そうに手の平に置いた。

鷹野はハッとして、自身のポケットから不細工な木の人形を取り出した。




244 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 13:40:00.65 ID:hauPxY+e0
二人は無言で、木の人形の欠けた部分とカケラを繋ぎ合わせた。

朝日の光に照らされ、神々しく輝くそれらはピッタリと一致し、くっついた。

「これが…これがこの物語の結末か…。」

集落の辺りが、パトカーや消防車、救急車、自衛隊のトラックのエンジン音やサイレンで煩くなった頃、
二人は不細工な人形を間に、手を取り合って、おしどりのように寄り添って座った。

太陽が二人を祝福したいのか、非難したいのか、分からなかったが、眩しい位の陽の光で二人を包んだ。

「…悪魔はいると思う?」 唐突に鷹野が問うた。

「片方を信じてるんだ。蔑ろには出来ないさ。」

「ならこれは悪魔の仕業ね。…何もかも失って、あなたとのちっぽけな思い出と皮肉な巡り会わせだけが残った…。」

鷹野が寂しげに太陽を仰ぎながら言った。

遠くからヘリの音が聞こえて来た。

いよいよ村は大騒ぎだ。




245 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 13:45:23.92 ID:hauPxY+e0
「俺は同性愛者だ…アンタを除けばほとんどな。…真っ当な人生はとうに後ろに置いてきた…いや、アンタの言う悪魔に盗られてきたのかもな。」

阿部が自嘲的な笑い方をすると、河原にかかる橋の方を向いた。

そこには一台のパトカーが止まっており、欄干から大石がこちらを見つめていた。

何とも哀しげな目だ。

阿部は再び目を逸らした。

サイレンがこちらに向かってけたたましく鳴り響いて来る…。

「阿部さん!」

河原の向こうから圭一の声が聞こえた。

鷹野と寄り添って座る阿部を、怪訝に思うような声だ。

「阿部さん…鷹野さん…何が起きたんですか?」

圭一の横に立ち尽くしていた入江が、尋ねた。

阿部は入江達七人の方を向かずに言った。

「遠い昔に忘れ去って来た物を、二人で取り返して来た所だ。…何の心配も無い。」

阿部がゆっくりと呟いた。




246 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 13:52:18.58 ID:hauPxY+e0
ふと、橋を見遣ると、サイレンを鳴らしたパトカーや自衛隊のトラックが大挙として押し寄せ、橋を瞬く間に埋め尽くした。

パトカーやトラックから大勢の人間が、降りて来て、河原へと下って来る。

蟻の大群の様に、河原へと詰め寄り、二人を取り囲むと、言った。

「例の二人を発見、残存する山狗部隊に降伏を勧告、確保します。」

慌ただしい様子でそう言うと散り散りに散って行った。

「六月を…とうとう運命に抗って、忌まわしい六月を乗り越えた…。」

梨花が今まで聞いた事も無いような声色で呟く。

「ボク達は…ついに勝ったのですよ…何者でも無い…全て阿部のおかげなのです…。」

羽入が興奮気味にそう答えた。

「私達の出番が少なかったのが…残念だねぇ。」

「でも、終わり良ければ全てよしだよ…だよ。」

魅音や詩音、レナ達は寂しげに寄り添う阿部と鷹野を眺めながら言った。

「君達が詩音ちゃんと沙都子ちゃんかい?」

唐突に自衛隊らしき人物に、声をかけられ、目をまるくした。




247 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 14:02:19.33 ID:hauPxY+e0
「はい…そうですけど…。」

訝しげな表情で、詩音が答えた。

「実は診療所を調査中に、一人の青年を保護してね…。訳を話したら君達に会いたいと言っていたんだ…。丁度こちらに向かって…あ、来た来た、彼だよ。」

橋から河原へと続く道を、大きな熊の縫いぐるみが歩いていた。

二人は最初なにが起きたのか、誰が来るのか…信じられないでいたが、やがてそれが確信に変わると、心のそこから叫んでいた。

「悟史君!」 「にーにー!」

熊の縫いぐるみの脇からひょっこりと顔をだしたのは紛れも無い、北条悟史だった。

詩音と沙都子の二人は、悟史に駆け寄る…。

「にーにー!にーにー!もう会えないかと思ってましたわ!」




248 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 14:07:56.27 ID:hauPxY+e0
「こんな可愛い妹をほったらかしてる兄がいるもんか…。」

足元に抱き着いて来た沙都子の頭を撫でてやると、沙都子は有らん限りの声を上げて泣き叫んだ。

しばらくそうしていると、悟史が抱えていた熊の縫いぐるみを沙都子に差し出した。

「約束は守ったよ…欲しがってた縫いぐるみ。ちゃんと買って来たよ…。」

縫いぐるみを沙都子に渡すと、今度は縫いぐるみを抱きしめて、再び泣き叫び始めた。

悟史はその様子を笑顔で眺めると、今度は詩音の方を向いた。

「やあ、詩音。」

「こ…こんにちは、悟史君。」

たどたどしい会話をすると二人ははにかむように笑い、そして見つめ合った。

しかし、詩音は顔を歪めると、我慢が出来なくなって、悟史に抱き着くと泣きながら言った。

「おかえり、悟史君…ずっと…ずっと待ってた…もう何処にも行かないでね…。」

悟史は詩音を抱き返すと改めて目をつむり、言った。

「もう…何処へも行かないよ…ずっと…ずっとね。」




249 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 14:12:57.77 ID:hauPxY+e0
「この前打った特効薬の試作品が効いたようですね…。副作用も見当たらない。雛見沢研究は成功ですよ、鷹野さん!」

入江の言葉に、鷹野は少しはにかんだように見えた。

「…きっと新しい人生は取り戻せるはずさ…きっとな。」

抱き合う悟史と詩音を見つめながら、阿部は言った。

鷹野からは返事が無かったが、そのかわり鷹野はコクリと頷いた。

「阿部さん…再会の余韻に浸っている所申し訳ありませんが…
我々は鷹野三四を逮捕しなければなりません…今まで目をつむってましたが、阿部さんあなたもです…。」

大石がじっと阿部と鷹野を見据えて言った。

「…いいわ。連れて行って。」

鷹野はそう言うと、立ち上がり、大石の前に手を差し出した。

大石はフウと息をつくと、黙々と彼女に手錠を付けた。

「待って…皆に一言謝らなければならないわ・・・・ごめんなさい。」

手錠をかけられた手を下に向けて、鷹野は深々と頭を下げた。




251 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 14:19:29.54 ID:hauPxY+e0
大石は隣でその様子を、形容し難い表情で見遣ると前を向いた。

保護された村人や、入江、悟史に詩音…他の部活メンバーも複雑な心境で、深々と頭を下げて謝罪する鷹野を見つめていた。

「行きましょう…。」

鷹野に向けられた気だるい非難の雰囲気に気まずさを感じた大石が、彼女をパトカーにのせるべく、河原を後にしようとした。

「大石さん!ちょいと待ってくれ!」

今まで黙って下を向いていた阿部が大声でそう言うと、鷹野と大石のもとに走って行った。

「…これはアンタが持つべきだ…。持っててくれ。」

阿部はそう言うと、カケラが繋ぎ合わさり、完全になった人形を、鷹野に手渡した。

「阿部さん…。」

「水臭い、高和と呼んでくれ…。俺も三四って呼ぶから…。」

鷹野は首を横に振って答えた。

「…美代子よ…田無美代子…。」




252 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 14:24:35.28 ID:hauPxY+e0
阿部は恥ずかしそうにはにかみながら言った。

「これから美代子に…手紙書くよ…だから、返事をくれると……嬉しい…凄く嬉しい…。」

阿部は顔を紅潮させながら、鷹野を抱擁した。

鷹野は目を閉じで、甘んじてそれを受け入れた。

「書く…書くわ…絶対に…。」

大石は呆れた様に、苦い笑みを浮かべながら、頭を掻いていた。

他の村人や部活メンバーにも自然と笑みが広がった。

そんな幸福な一時を打ち破るかのように、河原の向こうから怒声と銃声が鳴り響いた。

「よせ!止まれ!」

制服警官が複数、こちらに何かを追うように走り寄ってくる。

制服警官が追う先には、拳銃を構えた、小此木の姿が見て取れた。




253 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 14:29:50.25 ID:hauPxY+e0
小此木は、阿部に銃を向け、首を掻き毟って血塗れにしながら一直線にこちらに走り寄って来た。

「危ない!皆さん、伏せて!」

ざわめきと混乱の中、何が起きたのか分からずに鷹野を抱きしめる阿部の肩越しに、鷹野は小此木が構える銃の銃口が、黒い光を携えているのを確認した。

鷹野は自分を抱く阿部を押し、突き放した。

阿部はそのまま後ろに倒れて尻餅を突く。

阿部は驚いた様子で鷹野を見上げた。

鷹野は涙を溜めた目を綻ばせ、笑顔のまま口を動かして何かを言った。

周りの喧騒や車輌の音に掻き消されたが、鷹野が何を言わんとしてたのか、阿部は悟った。





「さよなら」




255 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 14:35:44.20 ID:hauPxY+e0
不意に銃声が響き、それが亡霊の叫び声のように反響し、こだました。

銃声とともに発射された弾丸は、空気を切り裂いて突き進むと、阿部の頭上を通り、鷹野の胸へと吸い込まれた。

鷹野の胸に開いた小さな穴から鮮血が吹き出し、鷹野は膝をつき、その場で眠るようにうつぶせに倒れた。

喉を掻き毟りながら発狂する小此木を取り押さえる制服警官達の騒ぎをよそに、阿部は何が起きたのか分からないでいた。

鷹野から流れでる鮮やかな鮮血が、より一層現実を不確かな物にしている。

阿部の中で時間が止まった。

何もかもが静かな時の中で静止するかのように、何も聞こえなくなった。

目の前がモノクロの無声映画の様に色彩を無くし、鷹野と、鷹野から流れる朱の暴力だけが色を持つ世界に、阿部はいた。

阿部は漆黒の最中に立ち上がると、朧げな足付きでフラフラと、鷹野の元に歩み寄り、膝をガクリと地面に付けると、彼女を抱き抱えた。

まるで人形の様に、力無く阿部の腕に抱かれている鷹野は、既に事切れていた。

安らかに目を閉じる彼女が、もう阿部に温もりを感じる事も無ければ、手紙の返事を書く事も無かった。

鷹野の手からホロリと何かが落ちた。




256 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 14:40:17.44 ID:hauPxY+e0
それは、あの不細工な人形であった。

先程繋ぎ合わせたカケラが再び本体を離れ、傍に落ちている。

もう繋ぎ合わさる事は無いだろう。

阿部は、震える手で、それらを掴み上げた。

鷹野の血に濡れたそれらは、既に魂を失っていた。

「嘘だろ…?こんなの…有りかよ…。」 阿部が始めて言葉を発した。

警官に押さえ付けられて暴れる小此木以外、誰も何も言わなかった…いや、言えなかった。

「あ、あれ…」

皆が押し黙る中、羽入が不意に川の方を指差して呟いた。

その場にいた全員がそちらの方を向き、一様に驚き、その光景にただただ呆然としていた。

阿部は鷹野から目を放し、おもむろに川の方を向いた。




257 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 14:44:50.94 ID:hauPxY+e0
川には、誰が流したかいざしらず、無数の真っ白な綿が、川の流れに身を任せる様にユラユラと所狭しと流れ、
日の光りを受けて、真冬の新雪の如き、清々しい程に白く輝いていた。

まるで金剛石を紡いで糸にし、それを丁寧に編み上げて、
綿にし、キラキラと虹色に輝く水晶の川の上を流れ、そこに金や銀の粉を塗したかのような神秘的な光景だった。

奇しくも今日は綿流しの 日だ…。

その光景に誰もが目を奪われ、言葉まで奪われた。

「綿流しは腹わたを流すんじゃない…魂を流して、死者を弔う祭なんだ…。」

魅音が消え入りそうな声で言った。

「…俺の人生は糞に塗れていた…。まるでそびえ立つ糞だ。」

鷹野の亡きがらをそっと地面に寝かせ、手を胸の上で組ませてから立ち上がり、川から鷹野へと視線を移し、見つめながら言った。

「…そんなおれの人生に光りを挿して、導いてくれたのが彼女だった。
心の底で、彼女はおれの唯一の生きがいだったのかもしれない。…だが、彼女はもういない。」

阿部は再びしゃがみ込むと、鷹野の力無き手に人形を握らせた。

「涙は既に涸れ果てて・・・これで俺はまた、糞に逆戻りだ。」




258 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 14:52:36.50 ID:hauPxY+e0
綿が流れる綺麗な川を背に、阿部は立ち尽くした。

だが、すぐに、黒いスーツに身を包んだ、いかにもな風貌の男女三人組が、黒いハイヤーから降りて来て、阿部の元へとやって来て言った。

「阿部高和!東京の命令であなたを拘束しに来たわ。大人しくついて来て。」

三人組の中央にいた、いかにも高飛車そうな、他人を下卑る喋り方をする女が阿部に言った。

「拘束しに…?何故だ?」

「我々への攻撃や侮辱は、許されないわ。」

阿部は改めて三人組に向き直ると鼻で笑って言った。

「…侮辱だと?侮辱ってなんだ?」

そう言うやいなや、中央にいた女の鼻っ柱目掛けて強烈なパンチを叩き込んでから言った。

「これか?」




259 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 15:00:07.39 ID:hauPxY+e0
白目を剥き、鼻血を出して倒れている女に代わり、横に控えていた黒スーツの男達にしたり顔でそう言うと、踵を帰して歩きはじめた。

「待て!止まれ!」

女の介抱もそこそこに、男達は拳銃を取り出すと、阿部に向けた。

すると、今まで黙っていた、村人や部活メンバー達が、阿部に向けられた銃口に立ちはだかった。

「村を助けてくれた阿部ちゃんに、銃を向けるのはワシ達が許さん!なあ、みんな!」

公由村長の掛け声に、その場にいた全員がおうと大声で返事をした。

村の全員の今にも飛び掛からん程の鬼気迫る殺気に、二人はタジタジになり、震える手で銃を仕舞った。

「クソッ!なら三佐の遺体だけでも…。」

男の一人がそう言うと鷹野の死体に手をかけようとした。

「あーあー!駄目ですよ。鷹野さんの御遺体はこちらで手厚く葬るつもりなんですから。」

入江が声を張り上げると、村人の誰かが出てけ、と叫び、河原の石を投げた。




260 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 15:04:53.71 ID:hauPxY+e0
それが丁度、意識を取り戻し始めた、女の額にガツンと当たり、女は再び、気絶した。

村人総出の出てけコールと石つぶての雨に、二人は女を抱き抱えると、尻尾を撒いて逃げ出した。

出てけコールが鳴り響く中、圭一は阿部の方を振り返った。

阿部は既に河原の向こうに消え去ろうとしていた。

圭一は殺到する村人を、押し退けて、阿部の元へと走り寄った。

「阿部さん!どこにいくんだ!」

「さあな!」

言葉を返す阿部の元へと、圭一は走っていったが、遥か遠くを歩く阿部には到底追いつけなかった。




261 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 15:12:31.72 ID:hauPxY+e0
「阿部さん!また皆で遊べるかい!」
再び圭一が尋ねると阿部は笑い声とともに言った。
「慌てるな坊や!きっと帰ってくるさ!」
そう言った途端、阿部は遥か遠くで霧のように消えてしまった。

それを遠目から、手を繋いで見ていた梨花と羽入は何かを心得たかのように微笑み、そして互いに顔を見合わせた。

「敢えてさよならは言わないわ・・・。」

梨花が、羽入を見つめながら言った。

「・・・梨花。」

「ほら・・・早く行きなさい・・・あんたの片道切符はもう既に発行されてるんだから。」

梨花はそれだけを言うと、羽入から離れて歩き始めた。

「梨花!ボクたちはまた・・・またいつか会えますよね?」

「・・・さあね・・・神のみぞ知る事ね・・・。」

皮肉めいた言い方をした梨花はますます羽入から離れていく。

羽入はちょこんとお辞儀をすると、その場から、霞のように消えた。

誰も知らない可愛い神様は、その存在の一切を消し去った。

梨花は、羽入がいなくなっていることを確かめるかのように振り返ると、ニコリと微笑んだ。




262 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 15:19:17.00 ID:hauPxY+e0
数年後・・・誰も知らない土地にて。




阿部は新しい相棒ともいえる愛車、フィアット500にもたれかかるように座り、タバコをふかしながら遠くにきらめく海を眺めていた。

どこまでも続くよう海は、雲が無ければ、空とくっついてしまうのではないかと錯覚させられるほど、蒼く青く広がっていた。

「阿部、いつまでタバコなんかすってるのですか?」

助手席の窓からひょっこりと顔を出した、羽入は膨れ面でそう言った。

「海を見てたのさ・・・。今日もどこかで俺が知らない世界が息づいている。」

阿部がフウ、煙を一吹きして、言った。

「それで、次はどこへ行くのですか?」

「そうだな・・・このまま海沿いに行こう・・・うみねこの鳴き声が聞こえるところにでも・・・。」




263 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 15:22:42.37 ID:hauPxY+e0
阿部はそういうと、運転席に飛び乗った。

「さあ行こう、羽入!いざ新天地へ!」

「レッツゴーなのです。」

二人は笑い合うと、車を発進させた。

海沿いの道を、キラキラ走る車は、止まることを知らない遠い異国の風のように道を駆け抜けていく。





今日もどこかで、阿部のつなぎの胸ポケットの中で、人形のカケラがキラキラと光っていた。









264 名前:以下、名無しにかわりまして VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/04(土) 15:24:02.38 ID:OQ2UhnL90
阿部さんである必要がなかった



265 名前:以下、名無しにかわりまして VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/04(土) 15:26:12.00 ID:/7sczDP30
しかし阿部さんだったからよかったのかもしれない



266 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 15:27:57.08 ID:hauPxY+e0
お付き合い頂いた皆様、最後まで御覧下さった皆様、有難う御座居ます。

批判等も含め、自分自身程度の低さを自覚しておりますが、これからも御指導御鞭撻の程、宜敷く御願い申し上げます。


もしよろしければ、今後の参考に感想等を御聞かせ頂ければ、幸いで御座居ます。




270 名前:以下、名無しにかわりまして VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/04(土) 16:15:48.92 ID:MaZ5Xv8G0
羽入かわいい!!
しかしレナのレイプだけはいらんかった



273 名前:以下、名無しにかわりまして VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/04(土) 16:31:06.33 ID:krclKbGgO
殺すのは脚本馬鹿がする事だから極力しないようにした方が良いよ



276 名前:以下、名無しにかわりまして VIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/04(土) 17:32:04.71 ID:2YuuWx1u0
サクサク書いてくれたので、夢中で読めたわw
グロいシーンはキノっぽい感じがした俺はラノベ厨なんだろうww

ところで何で最後に羽入は阿部さんに付いて行ったんかね??



278 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 19:59:36.39 ID:hauPxY+e0
>>276
梨花とともに長い間、欠片を彷徨っていた羽入にとって、その束縛から解放された羽入にとって、阿部は新たなる旅のパートナーといいますか
とにかくロゴスでは語れない何かに引かれたのでしょう。

と、解釈しております。




267 名前:以下、名無しにかわりまして VIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/04(土) 15:54:01.97 ID:B+GZWxjr0
たかのさん死んじゃってもったいないと思ったけど
トミー殺してるからこれくらいじゃないと帳尻合わないか



280 名前:以下、名無しにかわりまして VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/04(土) 20:04:41.78 ID:l7UftscwP
おつおつ!投下早いし凄く楽しませてもらった
ただ気になったのは阿部さんがちょっと強すぎる所かな
最初はただ腕っ節が強いだけなのかと思ったら、途中から
専門知識とかも出てきちゃって、実は元特殊部隊とか
そんな設定が出るのかと思ったらそうでもないし

>>267
むしろあれだけ酷いことしたのに最後らへん許されてる所が問題
事情知ってる阿部さんはともかく、入江先生や部活メンバーは
許せないだろ。目の前でトミー殺されたとこ見ちゃったのに



281 名前: ◆g4b7GjYsgg [] 投稿日:2010/09/04(土) 20:15:25.67 ID:hauPxY+e0
>>280
>鷹野に向けられた気だるい非難の雰囲気に気まずさを感じた大石が、彼女をパトカーにのせるべく、河原を後にしようとした。

この一文から決して鷹野には阿部以外に100パー村人は心を許してない描写にしようとしたんですが、少しわかりにくかったのかもしれません

それと、実は阿部はベトナム帰還兵で、過去に小此木とベトナムに従軍していたって設定にしようかと思ったんですが、なんか不自然なんでやめました。




282 名前:以下、名無しにかわりまして VIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/04(土) 20:24:50.15 ID:KyCuRyhV0
それだと小此木凄すぎだろうw



284 名前:以下、名無しにかわりまして VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/04(土) 20:37:54.49 ID:l7UftscwP
>>281
あー帰還兵いいね。傭兵ってことだよね?
それだとガスについての知識とか知ってても
おかしくないし。強さについて納得出来る
鷹野については、村人じゃなくて部活メンバー達ね
最初の圭一以外不審な感じがなくなっちゃったので

でも全体的に面白かったので、次回作にも期待
うみねこもうすぐ完結するみたいだし、うみねこもやってほしいな



283 名前:以下、名無しにかわりまして VIPがお送りします[] 投稿日:2010/09/04(土) 20:36:57.49 ID:hXejn6810
次回作までまた2年とか言われたら、しんどいんだぜ
早めに頼むよ



286 名前:以下、名無しにかわりまして VIPがお送りします[sage] 投稿日:2010/09/04(土) 21:57:35.40 ID:k6UzFWso0
終わり方からして、次はうみねことコラボか…

出だしから黙って読んでたけど、一発でひぐらしxくそみそを昔書いてた作者だとわかった。
お久しぶり。



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コメント一覧
143. 名前 : 名無しさん@ニュース2ちゃん◆- 投稿日 : 2010/09/06(月) 01:35 ▼このコメントに返信する
こういうのも、悪くない。
いや、むしろありだな。
75%ぐらいの幸せ、現実にはよくあることさ。
15291. 名前 : 名無し@SS好き◆- 投稿日 : 2011/12/11(日) 00:09 ▼このコメントに返信する
一つだけ言いたいのは、ジロウさんとは何だったのか
20955. 名前 : 名無し@SS好き◆- 投稿日 : 2012/04/24(火) 18:14 ▼このコメントに返信する
なぜジロウさん殺した
23627. 名前 : 名無し@SS好き◆- 投稿日 : 2012/07/08(日) 05:23 ▼このコメントに返信する
ちょいちょい他作品のパロが入ってるな。ウォルターの台詞改変が唐突に出てきたときは驚いた
29357. 名前 : 名無し@SS好き◆- 投稿日 : 2012/12/01(土) 03:33 ▼このコメントに返信する
なんかえらくクオリティ高いssだな
36726. 名前 : ナナシm9(^Д^)◆- 投稿日 : 2013/07/26(金) 06:20 ▼このコメントに返信する
gdgdだったな
まあ原作自体gdgdだからしゃーなしか
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