速水奏「ずるいひと」

2021-05-06 (木) 12:01  アイドルマスターSS   0コメント  
1: ◆WO7BVrJPw2 2021/03/14(日) 00:25:35.31 ID:TTeKoZ+G0


――ミステリアスアイズ控室

ガチャ

高垣楓「おはようございます。あら?」

速水奏「……ああ、楓さん。おはようございます」

楓「だいぶ早くについたと思ったんですが、奏ちゃんも早かったんですね」

奏「ええ。用事が詰まっているわけじゃなかったから」

楓「そうなんですね。今日ここ以外にお仕事は?」

奏「昼過ぎににラジオがあって、その前はレッスンがあったくらいよ」

楓「ふぅん……」

奏「……なにか?」

楓「奏ちゃん、どうかしましたか?」

奏「え? ……楓さんの目にはどう見えるかしら」

楓「そうですね、なんていうか」

楓「お腹が空いて怒っているような?」

奏「その心は?」

楓「はんぐりーであんぐりー」

奏「……不機嫌と思われる人を目の前にそれを言えるの、正直尊敬できるかもしれないわ。目標にはできないけど」

楓「わぁ、褒められてしまいましたね」

奏「どう受け取ってもいいけど、ね」





2: ◆WO7BVrJPw2 2021/03/14(日) 00:28:26.53 ID:TTeKoZ+G0


楓「それで、奏ちゃんの不機嫌のワケはなんでしょう?」

奏「不機嫌と決まったわけじゃ……」

楓「違いますか?」

奏「……」

奏「まぁ……そうね、あまり穏やかな気分ではないかも」

奏「聞いてくれる?」

楓「若ぇワケを聞きたいですね」

奏「……どうしましょう、別の理由で不機嫌になりそう」

楓「ふふ、ごめんなさい」

奏「楓さんの通常運転だって知ってるけど……」

楓「ええ、私も奏ちゃんだからこうやって安心して言えるんですよ」

奏「はぁ…… まぁ、やめておくわ。楓さんに聞かせるには、つまらない話だもの」

楓「そうですか……」

楓「……なんて、引き下がる程度の仲だと思いましたか?」

奏「それは…… ずるい言い方だわ」

楓「奏ちゃんのおかんむりなんて、めったに見られないんですよ?」

奏「雪が降った時の子どもみたいな顔やめてちょうだい?」




3: ◆WO7BVrJPw2 2021/03/14(日) 00:29:37.61 ID:TTeKoZ+G0


楓「というワケでそのワケ、私に教えて頂けますか?」

奏「……」

楓「言ってくれないと」

奏「……どうするの?」

楓「次の何らかの打ち上げ(お酒あり)の時にめちゃくちゃ絡みますよ」

奏「シンプルに嫌ね」

楓「それに、吐いてすっきりすることもありますからね。お酒と同じです」

奏(本当にこの人シンデレラガールなのかしら……)

奏「……」

奏「……ふぅ」

奏「情けない女の愚痴なのだけれど」

楓「構いませんよ」ニコニコ

奏「……やけに嬉しそう」

楓「奏ちゃんに愚痴をこぼしてもらえるのが嬉しくて」

奏「半ば脅迫だったじゃない。もう……」




4: ◆WO7BVrJPw2 2021/03/14(日) 00:32:03.57 ID:TTeKoZ+G0


奏「今日は何の日か、なんて言ったら、もう大体の察しがついてしまいそうね」

楓「ああ…… ずばり、まだホワイトデーのお返しを貰っていない、ということですか?」

奏「貰った……というのかしらね、あれは」

楓「違うんですか?」

奏「お返し自体はあるの」ガサ

楓「ホワイトデーとしては、オーソドックスな見た目ですね」

奏「中身も普通のものよ。確かこれは……キャンディだったかしら」

楓「確認してないんですか?」

奏「そう、そこなの」

楓「そこ、ですか」

奏「今日事務所に寄ってきたのだけど……」




5: ◆WO7BVrJPw2 2021/03/14(日) 00:33:30.46 ID:TTeKoZ+G0


――今日の昼 事務所

コンコン ガチャ

奏「おはようございます」

千川ちひろ「おはようございます、奏ちゃん」

ちひろ「休日なのに、お疲れさまです」

奏「それは、ちひろさんもでしょう?」

ちひろ「ふふ、休日が本番みたいなところがありますから」

ちひろ「ええと、今日の奏ちゃんは……」

奏「今日はこれからレッスンね」

ちひろ「そうでしたね。レッスン、お昼過ぎからラジオのゲスト出演」

奏「それは伊吹と一緒で」

ちひろ「夜は音楽番組収録」

奏「楓さんと一緒ね」

ちひろ「さすが、完璧です」




6: ◆WO7BVrJPw2 2021/03/14(日) 00:35:05.43 ID:TTeKoZ+G0


ちひろ「なかなか忙しいですよ。大丈夫ですか?」

奏「ふふ、ありがたいことだもの。精一杯やらなきゃ」

ちひろ「忙しすぎたら、プロデューサーさんに文句言ってくださいね」

奏「そうですね。……お詫びに何か頂かないといけないかしら」

ちひろ「ホワイトデーということもありますし?」

奏「ええ。いい口実ですもの」

ちひろ「ですね、遠慮なくむしりとってしまいましょう」

奏「言い方」

ちひろ「うふふ」

奏「とりあえずレッスンに向かいます。そのままラジオ局に向かいますので」

ちひろ「分かりました。よろしくお願いします」




7: ◆WO7BVrJPw2 2021/03/14(日) 00:37:21.29 ID:TTeKoZ+G0


――夕方 事務所

ガチャ

奏「おはようございます」

ちひろ「あら。ラジオお疲れさまでした」

奏「あ……お疲れさまです」

ちひろ「一旦戻ってきたんですか」

奏「ええ。まだ少し時間もあるから」

ちひろ「次はテレビ局なので……入りの時間にはまだ余裕ありますね」

奏「ええ……」キョロキョロ

ちひろ「もしかして、プロデューサーさんですか?」

奏「え?」

ちひろ「ラジオ局からTV局直行かなって思っていたんですが、事務所にまた来るとなると」

奏「ふふ、鋭い人の前で、迂闊だったわ」




8: ◆WO7BVrJPw2 2021/03/14(日) 00:39:35.76 ID:TTeKoZ+G0


ちひろ「まだ営業から戻られていないですね。夕方には一度顔を出すと仰っていたので、待っていてはいかがですか?」

奏「ありがとうございます。じゃあ少し、待たせていただこうかしら」

ちひろ「ええ。お茶でも淹れてきましょう」

奏「いえ、そこまでは」

ちひろ「私も飲むところでしたから。ついでですよ」

奏「それじゃあ……ありがとうございます」

奏「あ、ちょっと失礼してきますね」

ちひろ「はい」



――お手洗い

ジャー…

奏「もしその手を、離した、ら」

奏「すぐに、いなく、なるから」

キュッ

奏「……」

奏(髪は整ってる…… ちょっとだけ、リップを引き直して……)

奏「……」

奏(うん)




9: ◆WO7BVrJPw2 2021/03/14(日) 00:42:18.17 ID:TTeKoZ+G0


コツ コツ

奏(別に)

奏(大きな期待をしているわけじゃないけど)

奏(それでも、それなりに楽しみにしている、なんて)

奏(もちろん、誰にも……あの人にだって言うつもりはなくて)

奏「……」

奏(変わるものね、人って)

奏(自分でも驚くくらい)

ガチャッ

モバP(以下P)「じゃ、すいません。夜にまた戻りますんで!」

ちひろ「――」

バタン タッタッタ…

奏「え」

奏「あっ……」




10: ◆WO7BVrJPw2 2021/03/14(日) 00:43:48.44 ID:TTeKoZ+G0


奏「……」

ガチャ

ちひろ「あ、奏ちゃん」

奏「ああ、すいません、お茶ありがとうございます」

ちひろ「ええ。いえ、いまプロデューサーさんが」

奏「はい、出てくるのは見えたのだけど」

ちひろ「会えませんでしたか?」

奏「残念だったわ。呼び止める前に走っていっちゃって」

ちひろ「そうですか……一瞬だけ顔を出されて、この後のライブ会場の応援に向かうと」

奏「忙しいものね。仕方ないわ」

ちひろ「ああ、でもプロデューサーさんから預かっているものがありまして……」

奏「えっ」

ガサッ

ちひろ「こちら。プロデューサーさんからのホワイトデーです」

奏「……」

ちひろ「中身は何種類かありますね。お好きなの早い者勝ちです。事務所に来た子にはとりあえず配ってOK、だとか」

奏「そうですか」

奏「……じゃあ、ひとつ」


---




11: ◆WO7BVrJPw2 2021/03/14(日) 00:44:34.88 ID:TTeKoZ+G0


――控室

楓「なるほど、それで私がくるまで燻っていた、と」

奏「……」

奏「……いいのよ。お返しを期待してのバレンタインじゃなかったんだもの」

奏「ただ自分の想いと日頃の感謝を伝えるだけ。格好つけても詮無いことだわ」

奏「……なんて言ってもね、情けないけど結局、期待していたのが本心で」

奏「せめて会えていたら、ってね。あの人にそんな時間もなかったのに」

奏「そんなことを考える自分も嫌になっちゃって」

楓「仕方のないことですよ」

奏「そうかもしれないけど…… 格好悪いでしょう?」

楓「奏ちゃんの美学なんですね」

奏「美学だなんて大層なものじゃないわ……女の意地、ですらない」

楓「では、何というものでしょう」

奏「駄々、かしら」

楓「ふふっ。駄々っ子奏ちゃんですね」

奏「ふふ、やめてってば……」




12: ◆WO7BVrJPw2 2021/03/14(日) 00:46:42.52 ID:TTeKoZ+G0


奏「格好悪いって思っているのに、チャーミングに聞こえてしまうわ」

楓「それは、奏ちゃんが可愛いからです」

奏「可愛い、ね…… 最近は言われ慣れないかな」

楓「そうですか?」

奏「たぶんね」

奏「……あーあ」

奏「はい、もう終わり。結局プロデューサーさんも忙しくて、会うことすらできなかった訳なんだから。運が悪かったと諦めるしかないわ」

奏「一括りにされたとはいえ、一応はお返しを貰ったわけだし」

楓「そう、そこはなぜ受け取ってしまったんですか?」

奏「え?」

楓「受け取らない、という選択肢もあったのではないかと」

奏「……それは……」

奏「一瞬頭をよぎったけど、プロデューサーさんの面目を保ってあげた、というところかしら」

楓「あとは、ちひろさんに勘繰られたくなかった、というのもありそうですね」

奏「……あえて出さなかった方の理由、分かるなら言わないで欲しかったわ……」

楓「あらまぁ。ふふ……」




13: ◆WO7BVrJPw2 2021/03/14(日) 00:48:24.60 ID:TTeKoZ+G0


奏「……ねえ、楓さん」

楓「はい」

奏「こうやって大人になっていくのかしら」

楓「?」

奏「諦めや……自分についた嘘が、人を大人にするのかしら」

奏「楓さんにはない? 期待していたものが、思った通りには手に入らなかった時の歯痒さというか、やるせなさというか」

楓「そうですね」

楓「人生は……とまで言ってしまうと大げさですが。そう言ったことの繰り返しです」

楓「楽しみにしていたお酒が売り切れだったり」

楓「今度行ってみようと思っていた居酒屋が、行く前にお店を畳まれていたり」

楓「地方の酒蔵を訪ねるロケで、あんまり飲ませて貰えなかったり……」

奏「……お酒のことだけ……?」

楓「ふふっ……」

楓「お互いに忙しくて、意中の人と会うことすらままならなかったりも、するかもしれませんね」

奏「……」

楓「諦めや、自分についた嘘で大人になるわけじゃないですよ」

奏「え……?」

楓「それらが、自分の中の子どもを、掻き消していくんです」

奏「……」




14: ◆WO7BVrJPw2 2021/03/14(日) 00:48:57.46 ID:TTeKoZ+G0


奏「それなら」

奏「子どものままでいたいわよね……」

楓「ええ。ですが、否が応にも、大人になっていくのであれば」

楓「無理 矢理にでも我がままを通せばいいんです」

奏「無理 矢理に……?」

楓「会いたくなった時。一緒にいたくなった時」

楓「泣きわめく子どもでないのであれば、そうするために何をすべきか」

楓「何を成して、思い通りにするのか」

楓「やるもやらないも、自分の意志と責任で。それを出来るのが、大人の特権です」

奏「……楓さんはなにをするの? 想い人に逢うために」

楓「逢いに行けばいいじゃないですか」

楓「机でお仕事しているところで、ずーっと横にいてふくれっ面をしてやれば大丈夫です」

奏「……あのプロデューサーさんが断れない訳よね」

楓「あら。そうですか?」

奏「拗ねても可愛いんだから、反則よ」

奏「……だから貴女は、いつまでも素敵な女性なのね」

楓「ふふっ。褒められてしまいましたね」

奏「ええ、今度は本当に」




15: ◆WO7BVrJPw2 2021/03/14(日) 00:50:03.46 ID:TTeKoZ+G0


奏「……楓さん、ありがとう」

楓「え?」

奏「こんな鬱屈した気持ち、楓さんじゃなければ言えなかったわ」

楓「……」

奏「私って、こうだから……この私の孤独を、他人に理解されようともしなかったし、自ら明け渡すなんて真似、しなかったもの」

奏「楓さんだから言えたの」

楓「……」

楓「変わっていくんですね、奏ちゃんも。フランスで一緒に過ごした時から、今はもう違う人の様」

奏「男子三日会わざれば、なんて言うけど。女は何日で変わるかしら。……新月だって、三日月にはなってしまうわ」

楓「ふふ、確かに」




16: ◆WO7BVrJPw2 2021/03/14(日) 00:50:48.68 ID:TTeKoZ+G0


奏「吐けばすっきりする、か。ちょっとは覚えておこうかしらね」

楓「ええ、指を喉の奥に、こう」

奏「せっかくいい話で終われそうなんだから」

楓「うふふ」

奏「もう…… ……そういう楓さんは?」

楓「?」

奏「隠さなくてもいいでしょう? あなたのプロデューサーさんとは、どうなのかしら?」

楓「あらあら…… そうですねぇ、今日はまだ、会えていません」

奏「そう。立ち入ったことを聞くまではしないけど……お互い、苦労しそうね」

楓「うーん…… 奏ちゃんには悪いのですが」

奏「?」

楓「この後からが、大人の時間です」

奏「えっ」




17: ◆WO7BVrJPw2 2021/03/14(日) 00:51:33.88 ID:TTeKoZ+G0


楓「この収録の後、予定が空いているんですよ。私も、プロデューサーも」

奏「そう、それは……ん? 予定を訊かれたわけではないの?」

楓「約束はしてないです」

奏「それは…… ……何も連絡がなかったら、悲しいことにならない?」

楓「そうかもしれません」

奏「あの、それはちょっと」

楓「予感がするんです」

奏「……」

楓「素敵だと思いませんか? 示し合わせたかのように二人の予定は空いていて」

楓「今日の仕事終わりに連絡が届いて、夕食に誘われる、なんて」

楓「もちろん、気のせいかもしれませんが……連絡がなければ、こっちからすればいいですし」

楓「でもやっぱりここは、待ちたい日じゃないですか」

奏「……それは、そうね」

楓「でしょう。だから、待ち焦がれるんです」




18: ◆WO7BVrJPw2 2021/03/14(日) 00:52:37.12 ID:TTeKoZ+G0


奏「……」

奏「ふふ」

奏「私も大概かなって思ったんだけど、楓さんも相当ロマンチストよね」

楓「そうでしょうか」

奏「ええ。私にはできないわ。その熱で身まで焦げてしまいそうになる」

楓「それはとても、熱い心だからですよ」

奏「そんな情熱の炎じゃないの。暗闇の中、どうにかついたマッチの火を、手に握り締めてしまうような」

奏「か細い期待にすら、裏切られてしまった時のことを考えて、怖くなる」

楓「……怖くない訳ではないですが……それで明日が来なくなるわけじゃないですから」

奏「……」

楓「また明日、今度はどうしようか考えるんです」

奏「今日の楓さんの予感が外れたら、明日はどうするの?」

楓「そうですねぇ……では、ダメだった時は、一緒に飲んでいただけますか?」

奏「楓さん……」

奏「……私、未成年よ」

楓「あら、そうでした」

奏「いまの言い方、絶対忘れてないでしょ」




19: ◆WO7BVrJPw2 2021/03/14(日) 00:53:11.42 ID:TTeKoZ+G0


楓「ふふっ…… あっ、じゃあ未成年が飲酒OKな国に行きましょう」

奏「へっ」

奏「……あ、あのね、楓さん」

楓「それはそれで楽しそうですねぇ」ニコニコ

奏「……」

奏「はぁ」

奏「それでいいわ、もう」

奏「そうやって、何もかもを叶えていくのかしらね……」

楓「何もかもは難しいですが、自分の願うことをできるだけ叶えたいとは思います」

奏「そうね……ペシミストを気取る気はないけども」

楓「夢を叶えるには、オプティミストでもいられない」

奏「ならせめて、自分らしく。うんと自分らしく、ありたいわよね」

楓「そうですね。良いも悪いもすべて含んで」

奏「ずるいと言われようと、嘘をつきながら、想いを願いに変えて、叶える」

楓「私たちはそういう女、なんですから」




20: ◆WO7BVrJPw2 2021/03/14(日) 00:54:45.96 ID:TTeKoZ+G0


カチ ピピッ

奏「あら、18時…… 話し込んじゃったわ」

楓「そろそろ着替えですね」

奏「ええ。メイクさんが来る前に、ベースだけやっておきましょう」

楓「そうですね。……今日は、運が良かったです」

奏「え?」

楓「奏ちゃんとこんなに話せたの、フランス以来じゃないですか?」

楓「ふたりとも早く来ることがなければ、出来ませんでした」

奏「……そうね。すれ違いの日かと思っていたけど……それなら、悪く無い日だったわ」

楓「ふーむ……稚貝のすれチガイ。今日は海鮮系の料理が食べたいですね」

奏「良い話から自分のデートプランにつなげないで」

楓「貝と日本酒は合うんですよ」

奏「まだ知らないでおくわ」




21: ◆WO7BVrJPw2 2021/03/14(日) 00:55:19.04 ID:TTeKoZ+G0


楓「良いお酒は良い酒器で。伝えることは、よい好きで」

奏「……調子はいまいちじゃないかしら?」

楓「なるほど。しゅきなお酒もお銚子がわるいとお調子がわるい、と」

奏「畳みかけるわね……」

楓「貝の煮つけを、口をあんぐりー開けて、食べたいですね」

奏「ふっ…… まったく、開いた口が塞がらないわ」

楓「あら、一本取られました」

楓「……はんぐりーも満たせますよ?」

奏「うーん……」

奏「それは蛇足ね」




22: ◆WO7BVrJPw2 2021/03/14(日) 00:55:56.30 ID:TTeKoZ+G0


――番組収録後、TV局前

ヒュゥ…

奏(風が強い……暖かくなってきたっていっても、まだ夜は冷えるわね……)

奏(それにしても……)

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

ヴー ヴー

楓「……」チラ

楓「……」パァッ

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

奏(スマホを見てあの反応は、間違いなくお目当てよね)

奏(予感的中……というか、分の悪くない賭けだったんでしょうね)

奏(残念ながら、楓さんと海外に行くのはまだ当分先のことになりそう)

奏「……」

奏(少しだけ甘いの欲しいな……あ)

ガサガサ

奏(Pさんのホワイトデーは……やっぱり、キャンディーみたいね)

ガサ

奏「……ザクロ味……」

奏(いまいち腹立たしいけど、まぁ、いいわ)ピリ

パク

奏「……」コロコロ




23: ◆WO7BVrJPw2 2021/03/14(日) 00:56:24.35 ID:TTeKoZ+G0


奏「……」

奏(もっといいものが良かった、なんて思っていない)

奏(お返しを期待していたんじゃない。飴玉一つだってかまわなかった。ただ……)

奏(ただ、会って目の前で渡してほしかっただけ)

奏(目を見て、言葉を聞いて、あの人の姿を見ながら、受け取りたかっただけ)

奏(なんて…… さすがにそこまでやって飴玉一つじゃがっかりするかもね)

奏「あーあ」

奏(以前の私なら、なんとも思わなかったんでしょうね)

奏(こんな些細なことに心動かされるなんて)

奏(それともそれだけ……)

奏(恋は人を変えるのかしら)

奏(だとしたら相当、罪な人よ)




24: ◆WO7BVrJPw2 2021/03/14(日) 00:56:51.64 ID:TTeKoZ+G0


カチ ピピッ

奏(22時か……)

P「お疲れさま」

奏「……」

P「……」

奏「……お、お疲れさま」

P「え、どうした」

奏「え? う、ううん、えっと……虚を突かれたというか、不意打ちというか……」

P「……よく分かんないけど」

奏「気にしないで……用事かしら?」

P「ああ、うん」

奏「そう。じゃあ……」

P「あ、タクシー呼ぶから、少し待っててくれ」

奏「別に大丈夫よ」

P「時間が時間だろ。今日のスケジュールじゃ疲れたろうし」

奏「……」

P「それに、会社の払いだから気にしない」

奏「……そうね」




25: ◆WO7BVrJPw2 2021/03/14(日) 00:57:18.30 ID:TTeKoZ+G0


P「よし、手配完了。どうだった、収録は」

奏「問題ないわよ、楓さんとだもの。いつも通り」

P「うん。まぁ、あまり心配はしていなかったんだけど」

奏「……」

P「……」

奏「じゃあ、もう大丈夫」

P「うん?」

奏「タクシー呼んでくれたなら、後は待たせてもらうわ」

P「ああ」

奏「局に用があるでしょう?」

P「え……? こんな時間に?」

奏「それは……そう言うこともあるかもって……」

P「んー、まぁそれもそうか。でも今日は違くて」

P「用はこっち」

ガサ




26: ◆WO7BVrJPw2 2021/03/14(日) 00:57:45.80 ID:TTeKoZ+G0


奏「……」

奏「……これって、その」

P「先月のお返し」

奏「……」

P「良かったよ、渡せて。一日中もちっぱなしでさぁ」

奏「……」

奏「用って、こっち、だけ?」

P「だけ。いまもう、勤務時間じゃないし」

奏「……」

P「……あれ、気に入らなかった……?」

奏「う、ううん、そうじゃなくて…… その、事務所寄った時に、ちひろさん経由で貰ったのだけれど……」

P「え…… あれっ、奏、事務所寄ったのか?」

奏「えっ? ええ」

P「あー……そうか……」

P「いや、いいや、それはそれで貰っておいて」

奏「……」

P「待ってくれ、あまり考えないで」

奏(……)

奏(私が事務所で受け取ることを想定していなかった……)

奏(私は…… あの中に入っていなかった……?)

奏(だって、現にこうして)

奏(……)ドキドキ




27: ◆WO7BVrJPw2 2021/03/14(日) 00:58:12.20 ID:TTeKoZ+G0


奏「……Pさん」

P「あ、ダメだこれ、全部察された」

奏「だ、だって……! 好きなのとって終わり、とか思っちゃったでしょう!?」

P「いや、うん、今日は予定が多かったから、大方はそれで済ませるつもりだった……」

奏「……じゃあ、私って……大方じゃない方、でいいのかしら?」

P「まって奏。これもう完全にドツボだ。何言っても墓穴掘る」

奏「……」

P「格好付かないなぁ…… 夕方に事務所寄っていたかぁ、読み違えた……」

奏「ふっ」

奏「ふふふっ、あはははっ……」

P「そんなに可笑しい……?」




28: ◆WO7BVrJPw2 2021/03/14(日) 00:58:38.54 ID:TTeKoZ+G0


奏「ええ…… Pさんも、私も、どっちも格好付かないわね」

P「……奏も?」

奏「そうね。教えてはあげないけど」

P「なんなんだ……」

奏「ふふ……」

奏(これだけのために)

奏(私の仕事終わりに合わせて、これを渡すためだけに……)

奏(あの時、事務所から出るPさんを追いかけてでも捉まえていたら、何もかも変わっていて)

奏(でも結局、面目は保ってあげられなかったし)

奏(私の不機嫌も無意味なものでしかなく)

奏(でも、それでも)

奏「……」

P「まだ夜は冷えるな」

奏「……ええ」

スッ

P「……奏」

奏「この方が、寒くないでしょう?」

P「……そうだな」

奏(ねぇ、楓さん)

奏(意外とすれ違っても、いいことあるかもしれないよ)




29: ◆WO7BVrJPw2 2021/03/14(日) 00:59:05.73 ID:TTeKoZ+G0


P「……」

奏「……」コロ…

奏「ねぇ、Pさん」

P「うん?」

奏「事務所でもらった方のお返しなんだけど」

P「うん、そっちも貰ってくれて構わない」

奏「ううん。中身、アメだったんだけど」

P「ああ」

奏「お返ししていい?」

P「え?」




30: ◆WO7BVrJPw2 2021/03/14(日) 00:59:32.71 ID:TTeKoZ+G0


奏「ん……」

P「!?」

奏「……」コロ…

P「……」

奏「……」

P「奏……」

奏「避けるなんて、連れない人」コロ…

P「今日のは、避けないといけない気がして」

奏「ふふっ、いい勘してるわ」




31: ◆WO7BVrJPw2 2021/03/14(日) 01:00:35.57 ID:TTeKoZ+G0


ブロロロ…

P「タクシー来たかな」

奏「残念」

ブロロロ… キッ ガチャッ

奏「Pさんは乗らないの?」

P「ああ、事務所に車あるから、取りに戻らないと」

奏「そう……」

奏(……我がままを通すために)

奏(何を成すか)

奏「Pさん、ちょっと耳貸して」

P「え? ああ」

奏「……」スッ

P「……」

P「……貸すの、耳じゃなかったのか」

奏「知らなかった? 女は嘘つきなの」

奏「じゃあまた……事務所で、ね」

P「……ああ」

P「お疲れ」

P「奏」

バタン ブロロロ…




32: ◆WO7BVrJPw2 2021/03/14(日) 01:01:02.23 ID:TTeKoZ+G0


ヒュゥ…

P「さむ……」

P「……」

P(不意打ちされた頬だけが暖かい)

P(あの子の気持ちに気づきながら)

P(勘違いかもしれない、などと自分に言い聞かせているつもりだけど)

P(もはや意味の無いほどに、あの子に惹かれている)

P(そのことを、自分にも奏にも嘘をつかせて)

P(この関係が変わらないように、願ってすらいる)

P(そんなことを願っているくせに、直に会いたくなるくらいに特別で……)

P(気付かれたくなくて)

P(気付かれたくて)

P(ああ、本当に……)




33: ◆WO7BVrJPw2 2021/03/14(日) 01:02:16.84 ID:TTeKoZ+G0


奏「……」

奏(あの人の優しさに甘えて)

奏(本気にさせたくて)

奏(本気にできなくて)

奏(今日もあそこまでしたのに)

奏(本当に、キスしてしまってもいいと思っていたのに、やっぱり安心している自分がいる)

奏(今はもう、窓の外に顔を向けることもできない)

奏(耳まで赤い、自分の顔が)

奏(溶けそうなくらい赤いのが見えてしまう)

奏(それを自分で見たくなくて)

奏(いまはただ、嘘をつく)

奏(こんなの)





P(ずるいよなぁ)
奏(ずるいわよね)








おわり




元スレ
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アイドルマスターSS   コメント:0   このエントリーをはてなブックマークに追加
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