1:
◆z.6vDABEMI 2020/03/09(月) 23:32:05.30
ID:6vHR34Kro
前の:アルコ&ピース平子「黄色い車」
……止まることなんて、したくはなかった。
結果が出なくても、成果が上手くいかなくても、だからって腐るようなことはしたくなかった。
認められた!って胸張って、きらきらの舞台でぎらぎらに輝いて、俺らが一番なんだと自信満々に舞台に立って、笑って泣いて、場を湧かせて颯爽と駆け下りる。
それでいいんだ、それでいい。そうなりたかったはずだろ?
掴めない理想ばかりで、高嶺に咲いてる花ばかり見ていて、同期と一緒に吹き溜まって、僻んで恨んで叫んでばかり。そうなっちゃいけねえなって言いながら、結局俺ら上を見て苦虫を噛む。
まあ、そう言うもんだから仕方ねえ、なんて言うのはあんまりにも簡単すぎて、だからこそ諦めらんなくって。
周りからは風が吹く、吹く。
『適当な漫才をやってさ』『手を抜いて』『認められたはずなのに』『あんな下品なことを』『本当は面白いのに』
『舞台に立つのが、恥ずかしいと思わないのか』
吹く吹く。
まさか。
恥ずかしくないはずなんてない。
あの人が、俺と、俺達として歩いてくれるって言っているのに、それに応えられていないから、何も響かない。それが良いわけが無い。
毎日が無我夢中だ。来るものを拒まず、倒し、なぎ倒し、どこかで貶され褒められて、俺自身が『何も持たないもの』なんて評されていたってどうだって良くって。
ただ、前に。
前に行けたらそれでいいんだ。
「で。」
仕切り直したい。
「なに?」
仕切り直せない。
「誰?」
渋々訪ねて、
「車やで」
ああもう、この時間無駄だった。
2:
◆z.6vDABEMI 2020/03/09(月) 23:33:27.69
ID:6vHR34Kro
始まりは奇妙で、終わりも奇天烈だ。
なんて言えば、あんたは信用してくれます?俺が持ってる全部を使って、そんであんたが理解してくれる自信がいっこもねえ。
最悪だ。悪夢が継続してしまった。
どうして、どうして?丸く収まるはずだった物語は、なぜだかガムシャラに続いてしまう。アレで終わりでいいじゃないっすか。それでも、だ。物語が終わりでも、俺らの人生ってそうそう簡単には終われないんすよね。
───今の話には、続きがあるけど。
だけどそんなこと言えるはずねぇじゃん。
貴方には俺が見えますか?貴方は今どこに居ますか?俺はどうしたらいいですか?忙しいですか?つかもう無視していいっすか?めんどくなってきたんで。
頭を抱えた。いやいやいや、まさか登場人物が増えるとか考えても無かったわ。解決だやったーなんて一人で喜んでたのが馬鹿らしくなる。
なんでだよ。
「うーん……どうしたの?そんなに暗い顔して。笑顔の方がええよ」はぁと
「きっっっっっしょ!!!!」
「ええ」
見たばかりの顔が彩った、見た事ねー顔色に思わず悶絶ノックアウト。俺、格闘技はあんま分かんねえけど、きっと負ける時ってこんな感じなんだ。戦意喪失、全身から力が抜けてファイティングポーズを取る気力さえ絞れない。一体どうすりゃあいいっつうの。
どうにかなってしまいそうで、どうにかなってしまいそうだ!!
こんな状況、そうそうないだろう。俺だって信じられない、まだ俺はこの人に騙されているのではないかとすら思う。そっちの方がいい!
……誰にこんなこと相談すりゃいいんだ?
そもそもなんて言えば信じてくれんの?普通に言ったとこで病院送りじゃない?
「いやあ、相方が突然おかしくなったんです」
まあ、正解なんだけど。
「相方の人格がおかしくて……」
……うーん。
「相方が突然車の亡霊に取り憑かれました」
はいアウトー。
思いがけず頭の血管がキレそうになる。
3:
◆z.6vDABEMI 2020/03/09(月) 23:34:48.66
ID:6vHR34Kro
ていうか。なんだよ、車って。
意味わかんねえし。
嘘にしてもレベルが低い、演技にしては寒すぎる、俺を騙すにしたってそんなのでどうしようってんだ。
「つうかそもそも誰だよ!誰の車だよオメー名前くらい分かんだろうがよぉ!」
「しらーん」
「ああああああ!!」
思いがけず頭を掻きむしる。なんつう顔してんだくっそムカつく。あーもー一発殴らせてくださいよ平子さん。
しかしんなこと言える訳がなく。つーか仕事ギリギリなんだから!
そもそもなんだこの口調、めちゃくちゃムカつく。悪い冗談でしょ?ああそうだ、きっと昨日強い酒でもやったんだ。戻ってこれてねえだけなんだ。多分そうだ、そうなんだ!
そんな風に思っていると突然その声がぷつん、電源の切れたラジオみたいに無音になった。ごつん。
「は?」
持ち上がっていた頭がこてんと崩れる。首の根元からもげたんじゃねえか、と言うような角度で頭が垂れる。そのまま額がテーブルにヒットして、
「っつぅ!?」
顔を上げた時には、見たことある顔があった。
「戻った」
「は?」
驚きの俺、目の前の渋い顔。その理由は平子さんは知らないから、まあそれはそれでいいかなって思ったりないことも無い。話せない秘密を抱えたら、言いたいことって無くなるもんなんだな。
それにしても、不機嫌な声色さえも不思議に嬉しい。良かった!いや、待てよ、ふと視線を戻して。
良くねえ。
良くねえわ。解決はしてない。ひとつもだ。
4:
◆z.6vDABEMI 2020/03/09(月) 23:36:00.79
ID:6vHR34Kro
始まりは、米。
俺もよく分かんねえけど、平子さんちで車の周りに米が撒いてあったらしい。犯人不明、原因不明、奇妙で不明で不安になる事件だ。
その数日後には、車に駄菓子。さらに別な現場でも駄菓子が車に置かれてた。
犯人は現行犯逮捕、自称「平子さんちの黄色い車」。
……信用してないかって言われると、まあ、うん。信用は出来ないが、こんな手の込んだ嘘を付くような人じゃねえから、信じる他ないんだよなって頷く。
第一、メリットないし。いや、虚言癖が疑われてる人ではあるけれども、それを俺にまでやる必要はねえじゃん?
「また寝ないでくださいよ?」
笑いながら、余裕で語ったはずのセリフは届かなくって。
振り返った瞬間に再びぐらついた巨体に思わずたじろいでしまう。あー、またこれ受け止めなきゃダメなヤツすか?えー、もうやだ。散々やったし。そもそも男同士でそんなんやりたかねえんすけど。可愛い女の子ならまあ百歩譲って、いや、このシチュエーションなら女でもゴメンだ。
「……」
「……へ?」
倒れなかった。
「あれ?」
「はい?」
「ところで……君は誰やったっけ?」
「……」
「ああ、酒井くんや!」
「はあああああああああ!!!!????」
怒号、喧喧囂囂。
そいつは再び「黄色い車」を自称した。しかも今度は誰の車か思い出せない、だなんて嘯きながら俺を見てニヤニヤする。うっわうるっせぇ気持ち悪ィなんなんだよお前。
まさかまさかの物語、だけれどきっと幕を下ろさなきゃなんねえ物語だ。
幕を下ろしたら、それでどうなる。俺達はどうなっちまう?それで何が変わる?
俺らに何が起こってんの?
5:
◆z.6vDABEMI 2020/03/09(月) 23:37:22.38
ID:6vHR34Kro
「なんで、そっちばっかこんなことになるんすかね!!」
恨みの視線はそれから数時間後。なんの混乱もなく仕事を終えて、俺らは帰り支度をしている。
ふう、と息を着いて。
「解決したんだろ?じゃ終わりでしょこの話」
「解決してねえんすよね……」
頭が痛くなってきた。ああ、なんなの。これ困ってんの俺だけなの?
「は?いや、だって駄菓子ストーカーつかまえたじゃん」
「……ああ、」
そうだ。言われて思い出した。自称「黄色い車」には、一応大義名分があったじゃあないか。自分を大切にしてくれたオーナーへのお礼!
あれ?だが先程の新しい車の方についてはなにも言っていなかった。と言うか俺とふつーに会話してましたよね?え、なに、誰かと話したかったとか?まじで?こっわ。
顔面蒼白で向き合う。さすがに変だな、と気がついたらしい。
「何、またなんか出た?」
「……信じらんないと思いますけど、出ました」
「ん?それは何が出たの?」
「車です」
「……へー?」
リアクションが薄い。
そら二回目だからな!
信じられないことは、一旦信じちまえばもう真実だけでしかなくって、それは夢でも幻でもない、誰も知らない貴方だ。
だけどそれに付き合わされてる俺、辛いんすよ?二回目よ二回目?続編ったらよっぽどのインパクトがないとやってらんねえのに、さあ。
分かるでしょ平子さん、あんた最近映画出たんだから。続編って相当インパクトないと引きがないっての、分かるでしょっておい!!なんだよあの役くっそ死ぬほどいい役じゃねえか羨ましいなあくそ!!!!!
「なんつーかめちゃくちゃ気持ち悪い感じになってました」
「おお……お前、現状報告でナチュラルにdisりかましてくるのな」
「マジっすもん。」
「どんなやつよ」
はあ、とため息が聞こえた。まあ、そうっすよね。
「訛ってました」
「いつもの俺じゃん」
あ。真顔。
6:
◆z.6vDABEMI 2020/03/09(月) 23:38:38.76
ID:6vHR34Kro
「上の方のじゃなくて、下の方?」
「あ?どういうこと……方言が違うって?」
この人ばりっばり変なとこにイントネーションあったりして、気ぃ抜くと突然訛るからなー。いや、そんなんともかく、そうだ。いつものとは地方が違う。さっきのは……えーと?
「関西弁?大阪弁っつったらいいんすかね」
そんな訛りが出るのはおかしい。平子さんは東北の人だから。
「……分かんねえなあ」
首を傾げる。
原因が分からない。理由も分からない。相手が何者か、それさえも分からず、俺らは途方に暮れていた。
今後、駄菓子ストーカーを捕まえるのよりも大変な作業が待ち構えている気がした。
やべーよ、こんなの何日もやらされたら俺がもたねえ。
俺らになんの恨みがあるわけ?平子さんちの車見習えよお前は、俺らにお礼でもしに来るならまだしもよお!ああくそ!
7:
◆z.6vDABEMI 2020/03/09(月) 23:39:48.18
ID:6vHR34Kro
……翌日、状況は最悪だった。
「おざーっす」
入ってきた時は普通だった。そう、普通だったんだ!
にっこりとした笑顔が俺を捉えた。なんだか、分からないけれど妙な違和感が部屋を包む。
「あ、おはようございます」
「……」
「……ん?」
「……おはよう」
直感。
あ、こいつ、昨日のやつだ。車のやつだ!
どっから来たか分かんねえ車だ!って言うか、え?今、平子さん、寝てすらなかっ……
「昨日の夜寝てから、ぼくが代わりに出てあげてるよ」
「……え……?」
「ふふ、この体は乗っ取った!ってやつ、やね」
にやにやにや。
ぴたり張り付いた笑顔が、恐怖の対象に一瞬で変貌。こいつ、なんだ?何が目的だ?
「境目が緩くなってるこの子が悪いと思うで」
嫌らしいことに、こいつは───『関西弁のやつ』は、なんと芝居が上手かった。必然、いつものムーブをなぞるために誰にも気づかれない!マジかよ気付いてくれ!でもそんなん言う訳には行かねえし!
俺がたとえばよ、ここでいきなり「みなさーん!この平子さん偽物なんっすよ!こいつ狂ってるんす!」なんて言ってみ?捕まるの俺よ、ぜってえ。
故に。
「……ねえ、この仕事終わったら、ちょっとどっか行かへん?」
ふふ、と張り付いた笑みでそいつが言った。マジ辞めてくんねえかなあそれ。
なんとか仕事をごまかしごまかしでこなす。だけど、この人、上手い。上手いってその演技がとかそう言う事なのかどうかわかんねえけども、俺以外に気付かれないような演技が上手い。
それでも嫁と子供にバレかけたらしく、家では出ないんだと。なんだよお前。
8:
◆z.6vDABEMI 2020/03/09(月) 23:41:04.81
ID:6vHR34Kro
奇妙な感覚に侵される。俺は今、一体何を見ているんだろう?こいつはそもそも何者なのか?
俺を試すみたいに、きらりと輝く瞳が俺を捉えた。いやだ、嫌すぎる。今すぐここから逃げ出したい衝動に駆られ、全身が毛羽立った。なんでだ?
仕事終了、その足で局の駐車場に行く。お目当ては平子さんの黄色い車。今日も綺麗にしてある。そこでならふたりきり、しっかり会話できるだろうと思った。
密室に俺らふたり、沈黙の時が辛い。
「……さて。」
一息置いてそいつは言った。
「このままだと、きっと君の相方くんは消えてなくなります。」
は?
さらりと爆弾が放り込まれ、俺は一瞬息が止まった。意味を分かりたくない、理解したくない。
どうしたら良いかは分からないが、このままだとまずいという感情だけが脳を支配した。
こいつの思うままにさせたくねえと強く願う。
にたり顔は張り付いたまま、そいつはまだ何か言っている。
「でももうええんちゃうの?この子ぉ居なくたってさ」
「……なに、が?」
怒りが喉につっかえる。こいつ、殴れるんなら殴りてえ。拳に自然と力が入る。
「賞も取れない、成績は振るわない。望みは繋がらず、アングララジオ芸人のレッテルはそうそう簡単に剥がれない。けれど、熱狂的なファンがいて、大切な仲間がいて、それでいいんちゃうの?」
「は?」
「この子がおらんと、ぼくはこの子の真似が出来る。最初はおかしくても、きっとみんな慣れる。ああ、いつものやつやってね。だからええやん、君の人生の邪魔にはならんし」
腹立つ言葉が続いた。
そうだ。だけど、あながち嘘でもなかった。
俺達は、賞レースにはてんで縁がなかった。THE MANZAIのファイナリストに3年連続でなりました、キングオブコントの決勝にも出ました。で、それでなんだって?俺ら何を残せた?生放送でクレーム電話がひっきりなしのコントをやって、俺の秘密を暴く話して漫才をなめてるなんて言われて、一体俺らなにしてた?笑いを取れたと自負しながら、翌日にはネットニュースになってることにほくそ笑むばっかりなんじゃねえのか?それって、本当に評価されているって言っても良いのかよ?
……俺達のほんとに欲しかったもんって、もしかしてもう手が届かねえんじゃねえのか?
9:
◆z.6vDABEMI 2020/03/09(月) 23:42:09.51
ID:6vHR34Kro
だから、今のままを望むのだって、別におかしくはねえだろう。井の中の蛙大海を知らず、空を見るばかりじゃきっと肩も凝る。俺らが居られる場所を守るのだって、正答のひとつでいい。
今までが間違いだらけだったとしても、その間違いで生まれたものもたくさん合ったはずだから。今そこにあるものが間違いだなんて言いたくないから。
俺達、どうあってもまっすぐには生きられないみたいで、どうしても王道にはなれなくて、上手く売れられなくって。
だったら、無理する必要なんて、ないんっすよね。
「よくねえよ」
それでも。
「……ん、」
それでも胸を突いたのは。
それでも奥から込み上げたのは。
「よくねえよ!」
渾身の雄叫びだ。
「……うん」
「ダメだよ。そんなん良くねえ。お前じゃダメだ」
夢を歌うことすら忘れていたけれど、今、伝えたい。
届くかどうかなんてどうでもよかった。俺が、今言いたいだけだ。言わなきゃ後悔する気がして、だからその口を開いて。
「俺は平子さんとテッペン獲んだよ!」
「……うん」
「お前知らねえだろうけどなァ!俺らのコンビ名ってお互いの苗字から取ってっからな!」
「……」
「何があっても心中するくらいにゃ覚悟して来てんだよ!一番おもしれぇこと出来る人だって思ってっから……」
「……」
「……俺はこの人と、一緒に行くんだよ。」
ああ、そうだ。
10:
◆z.6vDABEMI 2020/03/09(月) 23:42:56.12
ID:6vHR34Kro
そうだ。そうだよな。
俺らを笑ってくれる誰かのために、俺らはどこまでも行くんだろ。じゃあ、隣に誰がいて欲しいかなんて、当たり前じゃないか。
悪あがきでも、最後の一撃だとしても。
たとえば明日死ぬとしても、それすらも超えて行けるような。
「その熱意がまだあるなら、きっと君達は大丈夫」
そんな声が聞こえた。
気のせいじゃない。
「は……?」
顔を上げる。そこに、もうその声の主は存在してなかった。ん、と短く呻いた平子さんが目を開いて、それから数秒驚いたように俺を見ていた。
「なんでお前いんの……?」
「……もういいっすわ」
それからぱったり、あのよく分かんねえ車は出てこなくなった。平子さんちの車も、正体不明の関西弁のやつも。
あれって、なんだったんだろうか、と時々思うけど、考えたとこで答えが分かんねえし、それなら考えるだけ無駄だわ。
まあ、まだ俺達、全然かもしんねえけど、とりあえずもうちょい頑張りましょうよ。テッペン獲れるって、信じてんすから。
貴方には俺がいるんすから。
「ところでその話、どこまでホントなの?」
「俺の話全然信用する気ねぇなぁ、あんたはもう!解散だ解散!!」
11:
◆z.6vDABEMI 2020/03/09(月) 23:44:32.62
ID:6vHR34Kro
前回のとこから続いて終わらせたくなり、筆を取ってみた次第です。なのでこれはほぼ100パーうそんこしか無いです。
別に必要は無かったんですけど、なんか気持ち悪かったので区切りよく終わらせて見ました。
雨は気まぐれ。
スマホを落としただけなのに2観ました。とってもよかったです。みんなも見て感想をツイートしてくれよな。
また思いついた頃に。
元スレ
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