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【禁書×けいおん!】とある暗部の軽音少女(バンドガールズ)
82 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 12:28:18.58 ID:
iNmol0qk0 #3 デビュー!
それからというもの、唯たちの仕事は順調そのものであった。
互いの能力だけでなく、素性まで深く理解しあった仲良し四人組のコンビネーションは絶妙であり、
武装集団だろうが能力者だろうが、向かうところ敵なしだ。
今日のお相手は、能力者を含むとある反政府武装組織。
組織の縄張りである薄暗い裏路地で、数十名の男たちと律が対峙していた。
律の5メートルほど後方には唯と紬も待機している。
「……っちゅ~わけで、あんたら始末するわ。悪く思うなよ」
律が宣戦布告し、開戦の火蓋が切って落とされる。
「たった三人で俺たちに勝てると思っているのか? 死ね!」
先頭に立っていた数名が律に向けて発砲を始める。
「へへっ、当たんねーし!」
律は素早い動きで銃弾を避け、発砲している者を一人、また一人と確実に仕留めていく。
何発かは命中しているようだが、「痛っ」という声が時折聞こえてくる程度でほぼ効果はない。
「ちっ、バケモノかこいつ……ならこれを食らえ!」
後方にいた男がバズーカのようなものを発射する。
律はすぐさま後退し、唯の後ろへ隠れた。
「唯、頼んだ!」
「了解です! ギー太バリア~!」
バズーカの弾がバリアーに衝突し、大爆発を起こす。
しかし、バリアーにヒビが入った程度で、唯たちはまったくの無傷であった。
83 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 12:29:52.46 ID:
iNmol0qk0 「ついでにギー太ビ~~ム!!」
敵が驚きでぽかんとしている隙に、唯が六色に輝く六本の光線をなぎ払うように放ち、数名を貫いた。
さらに律が再び攻撃を開始し、敵をどんどん倒していく。
劣勢に立たされた男たちには焦りの色が見え始め、統率が取れなくなってきていた。
「くそっ、一旦退くぞ!」
「逃がさないよん♪」
男たちが逃げようとするが、律がすぐさま大ジャンプで回り込み、それを許さない。
しかし、縄張りの奥へと入り込んだ律にはトラップや狙撃の危険が伴う。
「唯ちゃん、向こうの建物のあの窓に一人、その下の箱に爆弾、あと反対側の建物の屋根の上にたくさん、お願いね」
「了解~! ふんすっ」
紬は透視などの探知能力を駆使し、隠れている敵や罠の場所を割り出して唯に指示する。
唯は指定された場所に正確にレーザーを打ち込み、狙撃者を撃破、爆弾を破壊した。
さらに、建物の屋根を音符爆弾で破壊すると、隠れていた数名の敵が落下してきた。
その様子を見ていた発電能力者の男が紬の能力に気づき、唯が攻撃している隙を狙って紬に向けて電撃を放とうとする。
「あのキーボード女が司令塔か……食らえ!」
「くらいませ~ん♪」
しかし、すかさず紬が水流操作で男とその周囲を水浸しにしたため、近くにいた数名が感電するのみだった。
84 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 12:32:10.14 ID:
iNmol0qk0 「さて、あとはいないかしら?」
紬がさらに索敵を続けていると、前にいた唯が突然紬の方を振り返った。
「……唯ちゃん、どうかしたの?」
「……透明人間がいるよ!」
唯は紬の背後の何もない空間にレーザーを打ち込む。
「――ぐあああっ!! な、なぜわかった!?」
すると、レーザーが命中し、隠れていた男が姿を現す。
電波や可視光など、あらゆる電磁波を透過させて姿を消す能力者だったため、紬の探知能力では察知できていなかった。
「へっへ~ん、なんとなくわかっちゃうんです!」
唯がとどめの光弾を放ち、男は絶命する。
具体的には、唯は半径100メートル以内にいる能力者の居場所を感知する能力を持っていた。
「助かったわ、唯ちゃん。ふふ、ほんとに不思議な能力ね」
85 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 12:33:42.84 ID:
iNmol0qk0 紬と唯の協力攻撃により、あたりに隠れていた組織員はすべてあぶり出した。
既に半数程度は撃破しているが、まだ十数名残っている。
「りっちゃん、これで全員よ!」
「お~し、こっちに来い!」
紬は偏光能力で唯と自らの姿を隠し、男たちの間を通り抜けて律のいるほうへと移動する。
「よっしゃ、唯、ムギ、アレをやるぞ!」
「おっけ~りっちゃん!」
「ええ♪」
「「「せーのっ!」」」
律は両腕を振り下ろし風の運動エネルギーを増幅する。
唯はウインドミル奏法で竜巻を発生させる。
紬は風力使いの能力を使用して風を起こす。
三人が同時に放った突風は合わさってレベル5級の威力となり、縄張りの外に向かって男たちを数十メートルも吹き飛ばした。
そして、吹き飛ばされた先には澪が待っていた。
「お疲れ、みんな」
澪は、遥か遠くで唯と紬を両脇に抱えて大ジャンプする律の姿を確認し、とどめの一撃を放った。
86 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 12:36:47.46 ID:
iNmol0qk0 仕事が終わった一同がアジトへと戻ると、時刻は午後三時をまわったところだった。
「いや~今日も楽勝だったな! ムギ~、お茶!」
「は~い、今淹れるから待っててね」
最近、日課になりつつあるのが、仕事の後のティータイム。
紬がどこからか仕入れてくる高級なお菓子と紅茶を堪能しながら、おしゃべりを楽しむ。
仕事のない日も、昼間はみんなで遊びに行き、帰ってきてからお茶にすることが多かった。
そして、もう一つ日課になっていることが、ティータイムの後の練習だった。
練習を始めようと言うのは、だいたいいつも澪からである。
「さあ、そろそろ始めよう」
「ええ~、もうちょっとおしゃべりしようよ~」
そして、唯と律はぐだぐだしてなかなか練習を始めようとしない。
これも、いつもの光景であった。
「まったく……せっかくバンド組んだんだから、練習しないと意味ないだろ」
「ってもな~、誰かに披露するわけでもないし、いまいちやる気が出ないというか……
『目指せ武道館!』って言っても、うちら顔出せないから無理だし」
「そりゃそうだけど……」
暗部組織である彼女たちは、人前に出てライブなどを行うことはできない。
バンドを組んだからには誰かに披露したいものだが、それができないために目的意識が低いことも、
練習に身が入らない原因の一つであった。
そこで、紬がある提案をする。
「じゃあ、顔を非公開でデビューってのはどうかしら?」
87 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 12:38:08.84 ID:
iNmol0qk0 「「「!?」」」
デビューという言葉に食いつき、全員がいっせいに紬のほうを見る。
「うちの会社を通せば、顔ももちろん、私たちが暗部組織だっていう情報も、完全に封鎖した状態でデビューできると思うの」
「それだっ!!」
さっきまでだらけていた律が急に立ち上がる。
「『突如現れた謎の美少女バンド、初登場ながら他の強豪を差し置いて堂々の売り上げ一位獲得ッ!!』ってか? っは~、いいねえ!!」
「おお~!! ついにわたしたち……プロのミュージシャンになるんだね!!」
律と唯は早くもデビュー後のことを想像して盛り上がる。
「ちょっ、こら! まだなれるって決まったわけじゃないぞ!
……でも、いいかもな。なんか、やる気が出てきた」
「うふふ、うちのコネを使ったからって、誰でもデビューできるわけじゃないから、ちゃんと練習しなくちゃね」
「いよ~っし、そうと決まれば練習だ、練習だ~!!」
88 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 12:39:46.86 ID:
iNmol0qk0 その日の練習終了後。
「そういや、デビューするからには、オリジナル曲を作んなきゃな~」
律が提案すると、澪はそわそわし始める。
「……そうすると作詞作曲の担当を決めなきゃだな。その、作詞なんだけど……」
「はいはいはいっ! 私作詞したいです!」
「ほお~唯が!? 随分やる気だな~。よっし、採用!」
「いっえ~い♪ わたし、がんばるよ!」
「あ、あの……わ、私も……」
「澪もか? ふふ~ん、でも澪の詩はメルヘンチックすぎるからな~。
たとえば――」
「わあああああ!!! やめろ律~!!!」
「なんだよ、作詞したいんだろ? だったらみんなに披露することになるんだぞ?」
「もうあの頃とは違うんだっ! 今回はちゃんといい詩を書ける気がするから……」
「ほほ~う、そこまで言うなら澪に任せようか。んで、作曲はどうする?」
「私、やりたいで~すっ」
「おっ、ムギか。ムギなら安心だな。よっしゃ、任せた!」
「がんばりま~す♪ あっ、詩を見てから作りたいから、唯ちゃん澪ちゃん、待ってるね」
「まかせて! ふんすっ」
「あ、ああ……がんばるよ」
89 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 12:41:28.11 ID:
iNmol0qk0 そして数日後。
唯と澪が歌詞を発表する日がやってきた。
「さ~て、二人とも、歌詞はできたか~?」
律が呼びかける前から、唯は早く発表したいと言わんばかりに目を輝かせ、
澪は恥ずかしがって目をそらしていた。
「はいっ、できましたであります隊長!」
「私も……一応、できた、かな」
「いよ~っし! 早速見せてくれっ」
「ええっ、もう!?」
「もうって……どうせ見せることになるんだからいいだろ」
「じゃあ、唯ちゃんから先にお披露目はどうかしら?」
無駄にハードルを上げていることに気づかず、澪は首を縦に振る。
「はいっどうぞ! 力作です! ふんすっ」
唯の歌詞が披露される。
「どれどれ~? Chatting now……ふむふむ。終業チャイムまで……ん? チャイム?」
そこに書いてあったのは、放課後ライフを楽しむ高校生の生き様だった。
「えへへ……変かな? 私たち、歌の中ぐらいだったら、普通の高校生でもいいよね」
普通の高校生として、なんでもない普通の学生生活を送ることに、唯は憧れていた。
そんな唯が描く放課後の世界は、本物の学生よりもむしろ学生らしく、幸せにあふれていた。
さらに、今彼女たちがやっているティータイムやバンド活動などは、本質的には部活動と変わりない。
そんな経験があるからこそ、唯の詩はリアルな学生らしさを表現できていた。
「唯ちゃん、すごくいいわ……」
「ああ。学生じゃないとはいえ、今の私たちそのものだな」
「いや~、正直驚いたよ。いい詩書くじゃん、唯」
「それほどでも~、えへへ」
90 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 12:45:46.86 ID:
iNmol0qk0 「……さ~て、次は澪の番だな」
「うっ……」
唯の詩に魅入っていて緊張を忘れていた澪が現実に引き戻される。
「ほ~ら、観念しなって」
「わ、わかったよ……はい」
「ふっふ~ん、どれどれ? Please don't say……ふむふむ。本能に従順忠実……澪、これって」
「……ああ。あの時律と話してから、いろいろ考えたんだ。その気持ちを描いてみた」
"人形"と罵られたその日から、澪は律の言葉をもとに、自分たちのありかたについて考え続けていた。
その詩には、暗部の環境にいながらも自らを愛し、やりたいことをやり、日々生き抜いていくためにもがき続ける、
そんな自分たちの姿が描かれていた。
「……なるほどな。あたしたちは単なる怠け者じゃない、必死にもがいてるんだ、ってか?
いいじゃん澪、昔のとは大違いだな~」
「む、昔のことは言うなっ!」
「これ、いいよ澪ちゃん! すごくかっこいい!」
唯が目をキラキラさせて澪を賞賛する。
「あ、ありがとう……」
澪が恥ずかしそうにしていると、しばらく黙って詩を読んでいた紬が急に立ち上がり、力強く言い放つ。
「……うん、二人ともすごくいい詩ね! イメージがどんどん湧いてくるわ!」
「おっ、曲作れそうか、ムギ?」
「ええ、まかせて!! すごいの作ってくるから!」
91 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 12:47:50.33 ID:
iNmol0qk0 そしてさらに数日が過ぎ、紬の作った曲が披露される。
二曲とも、歌詞が描く世界にマッチしていて好評を得たものの、
はりきりすぎてしまったためか難易度が高く、今まで以上の練習が必要だった。
しかし、仕事をあっさりと片付けてしまう彼女たちには時間が豊富にあり、
一月もすれば、外に出しても問題ないレベルにまで仕上がった。
そして、ついに琴吹グループのレコード会社へとデモ音源を提出。
今日は、その合否が帰ってくる日。
午前中の仕事を神速で片付けた一同は、アジトにて紬に電話がかかってくるのを今か今かと待っていた。
「どきどき……緊張するねえ」
「なあ、大丈夫だよな……律?」
「はは、こればっかりはわかんないな~、こんなの初めてだし……」
暗部の仕事に対しては自信満々な一同も、今回ばかりはいまいち自信がもてなかった。
そして、次の瞬間、紬の携帯が鳴る。
「「「!!!」」」
「はい、もしもし斉藤!?」
紬はワンコールで電話に出る。緊張しているのか、声は上擦っている。
そして、斉藤執事の声が部屋に響く。
『お嬢様、おめでとうございます。大変すばらしい出来とのことで、デビューが決定いたしました』
数秒間の沈黙。
「「「「……やった~~~っ!!」」」」
92 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 12:49:50.70 ID:
iNmol0qk0 かくして、彼女たちのデビューが決定した。
バンド名は『放課後ティータイム』。どこかの高校に所属する軽音部で、学業に影響が出ないように顔は非公開という設定だ。
録音、編集はすべて琴吹グループの暗部関係者が行い、彼女たちがどこの誰なのかという情報はレコード会社の社員ですら知らない。
キーボード担当のMugiの正体が社長令嬢の琴吹紬であるということすら、である。
そして、二作同時発売となったデビューシングル『Cagayake!GIRLS』『Don't say"lazy"』は大ヒットを記録し、
売り上げ1位、2位を独占する快挙となった。
彼女たちのプレイヤーとしての技術はプロ級ではあるが、他と比べて抜きん出でいるほどではない。
それでもヒットにつながった理由は、謎の高校生バンドというミステリアス性もさることながら、
暗部として数々の死線を潜り抜けてきた経験からくる大人っぽさや、結束の強さが若者の心を惹きつけたことにあった。
93 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 12:51:57.56 ID:
iNmol0qk0 そしてその活躍は、この人物にも知れるところとなる。
『ちょっとあんたたち! 何勝手にデビューしてるのよ!? 自分たちが秘密組織だってこと、わかってるの!?』
律の携帯から怒号が響く。
「へへっ、別にいいじゃんか。ちゃんと情報は封鎖してんだからさ。なあムギ?」
「ええ、絶対にバレませんから、ご心配なく♪」
『……本当なの? あなたまさか……なるほど、そういうことだったのね。
確かに、他の組織でまだ気づいている者はいないわ。私はあなたたちの名前を知ってるから分かったけど』
紬の正体が琴吹家の令嬢だということに気づいた『電話の女』は、一応の理解を示す。
一同は改めて、琴吹家の影響力に感心した。
『でも……暗部組織がデビューなんて、前代未聞……ってわけじゃないかもしれないけど、とにかく、ありえないことよ!』
「……律、ちょっと貸して」
澪が律の携帯を借り、一呼吸置いて真剣な声で言い放つ。
「私たちは、私たちのやりたいことをやります。それを束縛はさせません。仕事のことでご迷惑はかけませんから」
『……まあいいわ。そこまで言うならしょうがないわね。でも今まで以上に情報管理を徹底すること』
「はい、気をつけます」
「んじゃ、あたしら今から10GIA行ってくるから、またね~」
『あ、ちょっと――』
電話が切られる。
「さ、行こうぜ!」
94 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 12:54:47.03 ID:
iNmol0qk0 一同が訪れた楽器店のCD売り場は、放課後ティータイム一色だった。
店内には彼女たちのデビュー曲が繰り返し流れている。
売り上げ一位、二位の棚には「オススメ」のポップとともに大量のCDが置かれていた――はずだったが、
もう半分近くなくなっている。いまだに売れ行きは好調なようだ。
さらに雑誌のコーナーには、放課後ティータイムを特集した雑誌が早速登場していた。
表紙には四人のシルエットが描かれている。
「あっ、これこないだ受けたインタビューだね~!」
インタビューといっても、琴吹家を通して紬に質問状が送られ、それに返答するという形であった。
澪は雑誌を手に取ると、食い入るように表紙を見る。その雑誌は音楽界でも有名なものだった。
「私たちがこの雑誌のトップを飾るなんて……夢みたいだ」
「ってもシルエットだけどな。いや~、あたしらも有名になったもんだ。ほんとムギ様様だぜ」
「そんなことないわ。うちの会社は、暗部でもデビューできるよう手助けしただけ。
こうやってみんなに受け入れられたのは、私たちががんばったからよ」
実際、暗部組織ということもあり、琴吹グループは放課後ティータイムの過剰な宣伝は控えていたが、
自然と学生たちの間で広まったことで爆発的に売れ行きが伸び、いまや社会現象と言えるほどになっていた。
95 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 12:55:45.98 ID:
iNmol0qk0 「あっ、見てみてみんな! あの子、CD買ってくれそうだよ!」
唯が指し示す方向を見ると、ギターを背負ったツインテールの少女が放課後ティータイムのCDを手にとって眺めていた。
「ちっちゃいくてかわいい子だねえ……中学生ぐらいかな?」
「ふふ~ん……よし買え、さあ買え~!!」
「こら律、聞こえちゃうだろ!」
「あっ、レジのほうへ持っていくわよ」
少女はデビューシングル二枚を持ってレジへと向かった。
「ファン一人ゲットだね♪」
その光景を見て満足した彼女たちは店を後にした。
96 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 12:58:36.75 ID:
iNmol0qk0 #4 新メンバー!
それから数ヶ月後。時は春。
第七学区、桜ヶ丘女子高等学校。
ここは能力開発において比較的レベルの高い学校であり、常盤台中学や長点上機学園ほどではないにせよ、
多くのレベル4、レベル3の学生を抱える名門校である。
そのわりには能力開発のカリキュラムはそれほど厳しくもなく、部活動などが盛んで自由な校風が好評を得ていた。
そしてこの春、学園都市に7人しかいないレベル5の一人が入学したこともあり、今話題の高校であった。
校内では早速、様々な部活が新入生の勧誘活動を行っていた。
そんな中、ジャズ研究会の部室から一人の少女が出てくる。
ギターを背負い、ツインテールのその少女の表情は暗い。
(うーん、なんか本物のジャズとは違う感じかな……)
ふと少女が足を止め、階段の上を見上げると、そこには別の二人の生徒が音楽室の前に立っているのが見えた。
(音楽室……? あそこは、軽音部だったっけ。でも、なくなっちゃったんだよね)
少女はそのまま去っていった。
97 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 13:01:43.14 ID:
iNmol0qk0 音楽室の前にいた二人の生徒は困惑の表情を浮かべていた。
「あっれ~、誰もいないや。やっぱなくなっちゃったのかな~?」
「うーん、勧誘してる先輩もいないし、チラシもないし、そうなんじゃないかなぁ」
「あ、憂、和先輩に聞いてみればわかるんじゃない?」
「そっか、和さんなら知ってるかも」
憂と呼ばれた少女が携帯を取り出そうとすると、一人の教師が現れた。
「あなたたち、どうしたの?」
「あっ、えっと……音楽の山中先生ですか?」
憂が応える。
「ええ、そうよ。音楽室に何か用かしら」
「ええと、こちらの子、純ちゃんが軽音部に入部希望で……」
「見学に来たんです! けど、もしかしてなくなっちゃってたりしますか?」
「ええ、残念だけど軽音部は去年廃部になっちゃったのよ」
「やっぱそうかぁ~……」
「残念だったね、純ちゃん」
「あなたたちが部員を四人集めれば、新しく作ることもできるわよ?」
「い、いや、さすがにそこまでは……あはは」
「ありがとうございました、山中先生」
「ええ、いい部活が見つかるといいわね」
二人が去った後、音楽教師の笑顔が消える。
「……学園都市第六位・平沢憂、か。よく似てるわね……」
98 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 13:02:30.17 ID:
iNmol0qk0 ある日の放課後。
結局部活に入らなかったツインテールの少女が教室に一人佇んでいた。
(はぁ……いいバンド、ないかなぁ。ジャズ研はなんか違うし、軽音部は存在すらしないし。
外バンは散々やってきたけど……上手いバンドはあるけど、何かが足りない気がするんだよね)
少女はカバンから音楽プレイヤーを取り出し、イヤホンを装着して聴き始める。
曲は放課後ティータイムの『Don't say"lazy"』だった。
(放課後ティータイムみたいなバンド……ないかな)
この少女の心を射止めたバンドは放課後ティータイムだけだった。
しかし、このバンドはかなり特殊な環境下で生まれたものであり、これと似たようなバンドはそうそういない。
(……誰もいないし、ちょっと弾いていこうかな)
少女はギターをケースから取り出し、曲に合わせて弾き始める。
99 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 13:04:51.54 ID:
iNmol0qk0 ちょうどそのころ、廊下を歩いていた憂のもとへ、向こうから純が走ってきた。
「憂~!」
「純ちゃん? ジャズ研行ったんじゃなかったの?」
純は結局、かっこいい先輩がいるという理由でジャズ研へと入部を決めていた。
「へへ、忘れ物しちゃって……ん?」
二人が教室の前に到着すると、中からギターの音が聴こえてきた。
しかも、エフェクトがかかった音である。
「え、教室でアンプ使ってんの? 誰だろ……」
純と憂が教室の中をのぞくと、ツインテールの少女がギターを弾いているのが見えた。
しかし、教室内を見渡してもアンプがどこにもない。シールドすら繋がっていなかった。
「上手だね……」
憂が聴き入っていると、純がすかさず突っ込みを入れる。
「いや、ちょっと待って! なんでアンプないのにそんな音出せんの!?」
純の声に気づいた梓がこちらを振り向く。
「「「あ……」」」
目が合った三人の間に沈黙が流れる。
初めに沈黙を破ったのは憂だった。
「あの、ごめんなさい、練習の邪魔しちゃって」
「い、いえ、こちらこそごめんなさい。勝手に大きな音出して……」
謝る少女に対し、純が明るく話しかける。
「いいよいいよ! それより、何もないのにどうしてアンプ繋いだ音がするの?」
「あ、これは私の能力で…『空中回路(エリアルサーキット)』って言って、空気中に電子回路を再現できるんです。
だからアンプがなくても、アンプの中で起きていることを空気中に再現すれば、あとはスピーカーさえあれば音が出せるんです」
そう言って少女は壁に取り付けられた校内放送用のスピーカーを指さす。
「へぇ、すごい能力だね! いいな~アンプいらないなんて。いつでもどこでも練習できるじゃん。
……えっと、同じクラスだよね? たしか……」
「――中野梓、です」
100 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 13:08:22.42 ID:
iNmol0qk0 それからしばらく、三人は自己紹介などを交え、梓の悩みについて聞いていた。
レベル4の『空中回路』という能力を持つ梓は、電子機器がなくても空気中にそれを再現できるだけでなく、
半径10メートル以内の電子機器の回路を認識し、遠隔操作することもできる、電子機器のエキスパート。
それゆえ音響関係の機材には非常に詳しく、もともとのギターの技術の高さもあいまって、かなりレベルの高いギタリストであった。
そのため、今まで様々なバンドに所属し、そのテクニックを振るってきたのだが、
最近、技術以外の「何か」が足りないと感じるようになっていた。
それを満たしているバンドこそ、『放課後ティータイム』だと、梓は語る。
「確かに、いいよね放課後ティータイム! なんかよくわかんないけど、惹き付けられるっていうか」
純も放課後ティータイムのファンであり、賛同する。
「純ちゃん、放課後ティータイムって?」
憂はあまり音楽に詳しくないようであり、今話題のバンドですら名前を知らなかった。
「えっ憂、知らないの? 超有名なのに。
顔を隠して活動する謎の女子高生バンドだよ。すごいかっこいいよー、特にベースのMio!」
「ふふ、純ちゃんもベースだもんね」
「ま、憂は主婦業で忙しいもんね~。知らなくてもしょうがないか」
「えっ!? 結婚してるの憂!?」
梓が驚愕するが、憂がすかさず否定する。
「ち、違うよ! もう、誤解を招くような言い方しないでよ、純ちゃん……」
「あっはは、ゴメン。でも似たようなもんでしょ。
憂はここの2年生の『風紀委員』の先輩とルームシェアしてて、先輩が仕事で忙しいから憂が家事担当なんだ」
「そうなんだ……ふふ、確かに主婦みたいだね」
101 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 13:11:02.73 ID:
iNmol0qk0 「うう~……そんなんじゃないってば」
「憂の料理、すんごくおいしいんだよ? 家事は完璧、しかもレベル5! こんな完璧な嫁なかなかいないよ」
「……レベル、5?」
梓がぽかんとしている。
「え、知らなかったの? 入学前から噂になってたじゃん!
へへ~ん、聞くがいい、梓! ここにおわすは学園都市第六位、レベル5の『能力複製(デュプリケイター)』、平沢憂様であるぞ~」
「ちょっと、もう、やめてよ、純ちゃん……」
憂は顔を真っ赤にして恥ずかしがっている。
「……ええぇぇぇぇぇぇーーっ!?」
音楽一直線で、レベル4ながらあまり能力開発に興味のない梓は、学校一の有名人の存在を知らなかった。
102 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 13:12:42.25 ID:
iNmol0qk0 帰宅した梓は、放課後ティータイムの曲を聴きながらぼーっとしていた。
今日はレベル5の友人ができたというイベントはあったものの、結局、悩みは解決していない。
(どうしよう……)
煮詰まってきた梓は、なんとなく今日出来たばかりの友人にメールを送ってみる。
『純、なにかいいバンド知らない?』
返事はすぐに返ってきた。
『まだ悩んでたの? もう放課後ティータイムに入れば? なんてね~』
純の冗談交じりのメールに、梓ははっとする。
(そっか……放課後ティータイムに入ればいいんだ! なんでこんな簡単なことに気づかなかったんだろう)
無謀なことを言っているように見えるが、梓の能力は情報処理に関しては『超電磁砲』に並ぶほどの精度を誇る。
ハッキングを駆使して、隠れている放課後ティータイムの居場所を突き止めることは容易だと梓は考えた。
『そっか、そうだよね! ありがと純!』
『えっ、マジで言ってんの? ……ん~、まあがんばってね』
「……よーし、がんばるぞ~!」
梓は早速パソコンに向かい、キーボードに触れることなく画面とにらめっこし始めた。
能力によって直接電子回路に干渉し、セキュリティを突破して関連会社にハッキングしていく。
(まず、レコード会社のサイト……っと)
梓の長い夜が始まった。
103 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 13:14:32.22 ID:
iNmol0qk0 一方、帰宅した憂は夕食の支度を終えると、和が帰ってくるまでの間の時間つぶしのため、
純がオススメと言って半ば押し付けてきた放課後ティータイムのCDを聴くことにした。
(CDなんて、聴くの久しぶりだな……)
憂にとって、音楽を聴くことは行方不明になった姉のことを思い出させるため、今まで自然と避けてきた。
家にある音楽プレイヤーも、何年も前の型のものが一つ、押入れの奥に閉まってあっただけであった。
(あったあった……よいしょ。
えっと、CDをここに入れて……)
再生ボタンを押すと、一曲目『Cagayake!GIRLS』が流れ始める。
聴こえてくるギターの音はなんだか懐かしい感じがして、憂は姉のことを思い出さざるを得なかった。
(お姉ちゃん……)
そして、前奏が終わり、歌が入る。
『Chatting now――』
(――えっ!?)
その瞬間、雷に打たれたような衝撃が走る。
104 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 13:16:47.54 ID:
iNmol0qk0 その声を、聞き間違うはずがない。何年経とうとも、忘れることはない。
まぎれもなく、その声は最愛の姉・唯のものだった。
(う、うそ……えっ、あ――)
混乱した憂は、ただひたすらボーカルの声に聴き入っていた。もはや曲は聴こえてこない。
その場で硬直したまま、一曲目が終了した。
そのまま憂が唖然としていると、二曲目『Happy!? Sorry!!』が流れ始める。
このボーカルもやはり、姉の声であった。
二曲目も終了し、我に返った憂がCDに付属の歌詞カードを読み漁る。
そこに書いてあったのは――
『vox/guitar Yui』
「おねえちゃん……!!」
放課後ティータイムのギターボーカル、Yuiの正体は姉・平沢唯である。
姉は生きている。そう確信した瞬間、憂の目から涙がこぼれた。
105 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 13:17:27.07 ID:
iNmol0qk0 しばらくして和が帰ってくる。
「ただいま、憂」
「……和ちゃん~!!」
帰ってくるなり、涙で顔がぐちゃぐちゃの憂がいきなり飛びついてきた。
「ちょっ、どうしたの憂!?」
「和ちゃん! おねえちゃんが、おねえちゃんが……」
「えっ……唯が?」
落ち着いた憂から事情を聞き、和も例のCDを聴く。
「唯……!! 間違いないわ……」
和の目からも、涙がこぼれる。
その後、二人はしばらく抱き合って泣いていた。
そして、二人の今後の目標が定まる。
放課後ティータイムの居場所を探し出す、と。
106 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 13:20:27.77 ID:
iNmol0qk0 翌日、登校した純が見かけたのは、グロッキーになっている梓と憂の姿だった。
「おはよ~……って、どうしたの二人とも?」
「うう……寝不足……」
梓は夜通しハッキングにいそしんでいたが、思わぬ苦戦を強いられた。なにせ、相手は琴吹グループ。
そもそもレコード会社自体が、放課後ティータイムに関する情報を知らないため、まったく手がかりは得られなかった。
そのバックにつく琴吹グループが怪しいというところまでは突き止めたものの、尋常ではない堅さのセキュリティに阻まれ、
梓の能力を持ってしても破ることはできなかった。
「まさか梓、本気で放課後ティータイムに入ろうとして探してたの!?」
「……うん」
「うわー、やっぱマジだったんだ。ホント好きだねえ。
憂はどうしたの、珍しいね? CD聴いた?」
「……ちょっと眠れなくて。CDは聴いたよ、すごくよかった。
はい、これありがとう」
「でしょ~?」
よかった、の意味はややズレていたが、満足げに純は憂からCDを受け取る。
憂は結局一晩泣き明かし、一睡もしていなかった。
そして今新たに発覚した問題について、徹夜明けの頭を回転させ考える。
(梓ちゃんも、放課後ティータイムを探してるんだ……)
梓と協力して探す、ということはなんとなく気が引けた。
憂は昨晩、和と話し合う中で、放課後ティータイムがなぜ顔を隠すのかについて不自然さを感じていた。
行方不明になった唯が、なぜわざわざ顔を隠して活動する必要があるのか。
居場所を公開してくれれば、憂や和と再会できる。
それができないような何らかの事情があるのでは、というのが二人の見解だった。
そもそも唯が行方不明になった事件では、研究所が破壊されたり、そこの研究員が謎の死を遂げるなどしておきながら、
それに関する捜査は非公開で、意図的に情報を隠すようなことが見受けられた。
そのころから憂と和は学園都市の『闇』の存在を疑い始め、それを暴くために和は『風紀委員』を志した。
唯がその『闇』が関連する事件に巻き込まれたのは明らかだ。
だからこそ今回も、唯がその存在を隠さなくてはいけない理由に『闇』がからんでいるのではないかと考え、
それに梓を巻き込むのはまずい、と考えた。
(梓ちゃんには悪いけど、隠しておこう……なんとか先に見つけなきゃ)
107 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 13:21:32.83 ID:
iNmol0qk0 その日から、梓と憂は放課後すぐに帰宅し、それぞれ放課後ティータイムについて調べる日々が始まる。
しかし、音楽に関しては素人な憂はどこから調べていいか検討がつかず、初動が遅れる。
一方の梓は琴吹グループ本社にハッキングすることは諦め、ネット上で情報収集していた。
既に放課後ティータイムの正体に関して考察するサイト、スレッドは山ほどあり、様々な噂が流れていた。
(『放課後ティータイム打ち込み説』? ばかばかしい……打ち込みであんないい演奏できるわけないでしょ。
こっちは……『デスデビル再結成説』? へえ、昔にも顔を隠したバンドってあったんだ。
でも、元はデスメタルなのに今は放課後ティータイムとか……さすがにないでしょ)
どれも憶測に過ぎず、有力な情報は得られない。
(『キーボードのMugiは琴吹グループ令嬢の琴吹紬』……これはありえるかも。
でもあの会社調べても無理だし……あ~もう、思い出したらイライラしてきた)
情報処理能力に自信のあった梓にとって、先日の琴吹グループへの敗北はプライドを傷つけるものだったようである。
その後も梓は全精力をあげて徹底的に調べ上げる。
(そうだ、インディーズ時代の活動を調べれば!)
しかし、放課後ティータイムに下積み時代はない。
(じゃあ、全国の高校の軽音部を調べれば)
学園都市内外のすべての高校の軽音部とそのメンバーを調べ上げるも、該当するものはなさそうだった。
(なら、スタジオの使用履歴を調べれば……)
放課後ティータイムは全ての練習・録音を琴吹家の個人所有のスタジオで行っているため、
一般及びレコード会社のスタジオの使用履歴にそれらしいバンドはいなかった。
(あ~もう! どうなってんの……)
力尽きた梓はそのまま机に突っ伏して眠りについた。
108 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 13:22:33.22 ID:
iNmol0qk0 数日後の放課後。
日に日に目の下のクマが増していく梓と憂を心配する純をよそに、梓は校舎をあとにした。
(こうなったら、最終手段――)
梓は『放課後ティータイムっぽい四人組を見かけた』という目撃情報のあったところへ直接出向く作戦に出た。
しかしそのほとんどはハズレであり、一向に手がかりが得られる気配はない。
その後も何日もかけて学園都市中を駆け巡ったが成果はなく、手持ちの目撃情報はすべてなくなってしまった。
そして、とある日。
もはや万策尽きた梓は、放課後ティータイムには何の関係もない、単なる噂話を調べていた。
(『第八学区の高級住宅街に女子高生っぽいのが住んでる』……か。
あてになんないけど……行ってみよう。えっと確か近道が……)
第八学区は、教員などの社会人が多く住む地域。大人や小さい子供の姿は多いが、学生向けの寮、娯楽施設はほとんどない。
そこの高級住宅街に女子高生が住んでいるというのは、確かに不自然だ。
梓は手早く近道を調べ上げ、第八学区へと向かった。
109 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 13:24:46.41 ID:
iNmol0qk0 その数十分後。
第七学区、とある路地裏にて。
学園都市の闇に抵抗する組織に属する二人の男が立っていた。
「……どうだ?」
「ダメです、もう一時間も連絡ありません」
部下の男が先ほどから何度も電話をかけているが、相手はまったく出ない。
その相手は、彼らと協力関係にあるとある組織。その組織が任務を完了し、連絡が来るのを男たちは待っていたが、
約束の時間を一時間過ぎても音信不通だった。
これが意味することは、その組織は学園都市の闇によって葬られたということである。
「ちっ、またか……くそっ!」
「また、『例の組織』ですか?」
「おそらくそうだろうな……」
『ユニゾン』の快進撃は、彼らのような反抗組織の間では恐怖の対象となっていた。
少しでも上層部の情報を得ようものなら、その組織は翌日には圧倒的な強さでもって速やかに壊滅させられる。
生き残りが一人としていないため、敵組織の情報もほとんど得られない。
おそらく、恐ろしく強い少数精鋭の組織が暗躍しているのでは、という程度の予想しか彼らにはできなかった。
110 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 13:26:11.42 ID:
iNmol0qk0 「このままじゃ計画がまったく進みませんよ。なんとかそいつらを見つけて始末するしかないんじゃ……」
「だが、情報がない。今までに奴らに関して得られた有益な情報は、これだけだ」
そう言って、上司の男は携帯の画面を見せる。
「これは先週、別の協力組織のやつが任務中に送ってきたメールだ。これ以降そいつらとは連絡はとれていない。
このメールを送信した直後、やられたんだろう」
メールの本文には“ギター女、きーぼーd”とだけ表示されていた。
さらに、建物の屋上から地上にいる四人の女を撮影した写真が添付されていた。
画像はブレており顔は不鮮明だが、本文の通りギターを持った女とキーボードを持った女がいるのが辛うじて分かる。
そして、キーボードを持った女は、明らかにこちらを見ている。
「これが……その『組織』?」
「おそらくな。能力者の女4人ってところだろう。この写真を撮ったやつは屋上に隠れていたにも関わらず、
キーボードの女に気づかれている。しかも本文が入力途中ってことはこの直後にやられたということだ。
探知能力に、遠距離射撃、ってとこか。どうりで一人残らず殺されるわけだ」
111 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 13:27:21.33 ID:
iNmol0qk0 「しっかし……なんで楽器なんですかね?」
「それはわからんが、それがこいつらの最大の特徴だ。それを手がかりに探すしかないだろう……ん?」
そのとき、男の視線の先にギターを背負ったツインテールの少女が走っていくのが見えた。
「ギター……か」
「え? ……ああ、あのガキっすか。ギター持ってるやつなんていくらでもいますって、しかも制服来てるじゃないですか」
「そりゃそうだが……いや待て。なぜこんな路地裏にギターしょったガキがいる?
この辺は俺らみたいなやつらしか知らない抜け道だ。しかも向こうは第八学区。教師どもが住む学区だ。
制服着たガキが行くようなところじゃねえ」
「さあ、援交とかじゃないっすか?」
「わざわざギター持っていくか? どんなプレイだよ……
しかも今はちょうど学校が終わった時間だろう。ギター持ってんだったら部活に出てるはずだ。
教員どもとバンド組んでるとも思えねえしな。わざわざあっちに行く理由がわからん」
「そうすると……あのガキが例のギター女だと?」
「可能性はある。つけるぞ。やつの素性も調べておけ」
男たちは梓の追跡を開始する。
部下の男は携帯電話で遠方から梓の写真を何枚も撮り、それを組織の情報端末へと送信する。
その写真は、彼らが不正に入手した能力者データバンクと照合され、外見や制服の特徴が一致する学生がすぐに割り出される。
「――出ました。桜ヶ丘女子高一年、中野梓、能力はレベル4の『空中回路』」
「ほう、レベル4か……よし、要注意人物リストに追加しておけ」
112 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 13:29:09.58 ID:
iNmol0qk0 第八学区、高級住宅街。
梓は噂のあった付近を歩いていた。
(このへんのはずだけど……どの家だろう? 出てくるまで待ってようかな)
あたりの家に住むエリート教員たちはまだ仕事の時間であり、住宅街は閑散としていた。
幼い子供が遊ぶ声が遠くから時折聞こえてくる。
(おっきな家……いいなあ)
梓が家を眺めていると、あることに気づく。
(あれ……この家、二階にスタジオがある)
能力により、二階部分に音響機材の存在を感じ取った梓は、その種類や配置などからスタジオだと判断した。
さらに、機材の内部の構造からそのメーカー、グレードまで判別する。
(すごっ……いい機材ばっかじゃん。さすがお金持ち)
レベル4である梓も相当お金は持っているほうだったが、この家においてある機材は格が違った。
そんな高級機材の電子回路を舐めるように堪能していると、突然電流が流れ始める。
演奏が始まったのだ。
スタジオは完全防音であり、外にまったく音は漏れていなかったが、梓は電流の流れ方を感じ取って自らの脳内で曲を再生する。
そしてその曲は――
(……うそ、『Don't say"lazy"』!?)
まさか、本当に放課後ティータイムがこの中にいるのか。
梓は、単なるコピーバンドである可能性を考えた。
(いや、でもこのクセのあるギターは、どう聴いてもYui……。ほんのちょっとだけ走るドラムは、Ritz。
正確だけど、たまに熱がこもるキーボードは、Mugi。そして、このベースと歌声は……間違いなくMioだ!)
(本物だぁ……本物の放課後ティータイムだ!)
次の瞬間、梓はインターホンを押していた。
113 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 13:30:41.74 ID:
iNmol0qk0 一方、呼び鈴が鳴り響いたスタジオ内には一気に緊張が走る。
職業柄、予定にない来客は敵襲の可能性を考慮しないといけない。
「……ムギ、どうだ?」
律が低い声で紬に訊ねる。
家にいる際、紬は常に探知能力を使用し、外を監視していた。
「……さっきから、うちの前でギターしょった女の子が立ってて、ずっとこっちを見ていたわ。防音のはずなんだけど……
見た目からして暗部がらみには見えないけど、微妙なところね」
「ギター? っちゅーことはファンとかか?」
「そうかもしれないけど、一般人だとすると何でここが分かったのかしら……。どちらにしろ、確認する必要があるかも」
そう言うと紬は、スタジオ内に取り付けてあったインターホンのボタンを押す。
画面に梓の姿が映される。
「どちらさまですか?」
『あっ、え、えーと、その……放課後ティータイムさんのお宅ですかっ!?』
梓は明らかに焦っていて、声が裏返っている。
その姿に皆が苦笑する。
「はは……こりゃ暗部の線は薄いか~? 明らかにただのファンだろ~」
「でもそうすると、ムギの言った通りどうやってこのアジトの場所を突き止めたのか確認しなきゃな。
もし暗部にやられてたらと思うとぞっとするよ……」
一同は梓を一旦迎え入れ、話を聞くことにした。
「はい、そうですよ。今開けるから待っててくださいね~。
……行ってくるね。念のため、キーボードを持っていくから、みんなも後ろで待機しててもらえる?」
インターホンを切ると、紬はキーボードを構えたまま、階段を降り玄関へと向かう。
114 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 13:31:56.16 ID:
iNmol0qk0 (まだかな~まだかな~)
紬が出てくるまでの数十秒間は、梓にとって永遠にも感じられていた。
そして、玄関に向かってキーボードが移動してくるのを能力で感じ取る。
(――来たっ、放課後ティータイムのMugiだ!! 本当に会えるなんて……!)
「いらっしゃ~い」
「こ、こんにちは! いきなり押しかけてすみません! あ、あの、私――」
「うふふ、緊張しないで。どうぞあがってください、中でお話しましょう?」
「え……いいんですか!?」
115 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 13:32:39.79 ID:
iNmol0qk0 そのやりとりを、遠方から双眼鏡で見ている者たちがいた。
「……キーボード女! これはビンゴかもな。
よし、仲間に連絡しろ、総動員だ。あと、赤外線スコープも持ってこさせろ。中に他のメンツもいるはずだ」
116 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 13:33:35.93 ID:
iNmol0qk0 居間に通された梓にお茶が出される。
「あ、すみません、こんなにしていただいて……」
「いいのよ~。さ、みんなどうぞ」
奥の部屋から残りの三人が登場する。
(うわあぁぁ、本当に放課後ティータイムだ~……!)
メンバーの顔は見たことはないものの、だいたい梓のイメージ通りの人物であった。
一人ずつ、自己紹介を始める。
「よく来たな~! あたしがリーダーで、ドラムの律だ」
「ようこそ。私はベースの澪」
「いらっしゃ~い、わたしがギターの唯です!」
(えっ……憂!? そっくりだ……偶然だよね? 憂にお姉さんっていたっけ……)
梓は憂にそっくりな唯の顔を見て驚く。
「……ん? わたしの顔に何かついてるかな?」
「い、いえ、なんでもないです! 私は中野梓と申します、よろしくです」
「私はムギよ。あらためてよろしくね、梓ちゃん」
117 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 13:35:30.78 ID:
iNmol0qk0 全員が着席したところで、早速、律が切り出す。
「……なあ、梓ちゃん。どうしてここがわかった?」
「え、あ、えっと……」
「りっちゃん、いきなりじゃだめだよ~! 梓ちゃん怖がってるじゃん」
「あ、ああ、すまん……だって気になるじゃ~ん」
「いえ、こちらこそすみません。勝手に調べて押しかけて……」
梓は自らの能力、そしてここにたどり着いた経緯について語りだす。
話が進むにつれ、皆の、特に紬の表情が驚きへと変わっていく。
琴吹家の情報管理能力に自信のあった紬は、アジトを特定されたことに少なからずショックを受けていた。
「そ、そんな……うちの情報管理もまだまだ甘いわね。すぐに改善させなきゃ……
すごいわ梓ちゃん、うちの技術部に欲しいくらいよ」
「い、いえ、偶然ですよ……実際、本社のセキュリティはどうしても破れなかったですし……」
互いに謙遜し、おだて合うが、二人の間には静かに火花が散っていた。
118 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 13:37:10.08 ID:
iNmol0qk0 「いや~しっかし、すごい執念だな……そこまで調べ上げるなんて。最後のほうなんか、ほとんど手当たり次第じゃん」
「それだけ愛されてるってことだ。ありがとう、梓ちゃん」
澪の言葉に、梓の表情がぱあっと明るくなる。
「……は、はい! 放課後ティータイム愛なら誰にも負けません!」
「おお~っ、可愛いねえ~♪」
思わず立ち上がって満面の笑みで愛を叫んだ梓に対し、突然唯が抱きつく。
「に゛ゃっ!? ちょっと、Yuiさん!?」
「おっ、唯の抱きつき癖が始まったか。こりゃ逃げられないぜ~、梓ちゃん」
「初対面なのによくやるよ……」
「…………いいわあ~」
誰一人として唯の抱きつき攻撃を止めるものはいなかった。
「よしよし……梓ちゃんほんと可愛いねぇ~」
(わ……私、放課後ティータイムのYuiにハグされてる!? 撫でられてる~!?)
ボン、と音を立てて、梓は陥落した。
「「「……あ、堕ちた」」」
119 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 13:38:13.91 ID:
iNmol0qk0 梓が復活した後、今度は梓からの質問タイムが始まった。
といっても、どこの高校に通っているかとか、何者なのかという質問には答えられない。
成り行き上、紬が琴吹家の令嬢であることはバレてしまったが。
「……すいません、やっぱり答えられないですよね」
「ごめんな~。一応、あたしたちも秘密を保たなくちゃいけないからさ」
「はい。ところで、みなさんは高校2年生なんですよね?」
「えー、あ~っと……」
「ええ、そうよ」
設定を忘れかけていた律をすかさず紬がフォローする。
小声で澪の檄が飛ぶ。
(こら、律! ちゃんと覚えておけ!)
(てへへ~、すまん。あぶねあぶね)
「じゃあ、先輩って呼んで良いですか!?」
「せ、せんぱい……!? ああ、いいっ……」
高校生活に憧れている唯は、先輩という言葉に身をよじらせて喜びに浸る。
「先輩方にお願いがあるんです。
あの……一緒に演奏してくれませんか!!」
梓の提案を、一同は快諾する。
「せっかくギター持ってきてもらったしな。よ~し、やろうぜ!」
「スタジオに案内するわ。どうぞ、梓ちゃん」
「は……はい! ありがとうございます!!」
120 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 13:41:22.26 ID:
iNmol0qk0 スタジオに移動した一同が楽器の準備をしていると、紬があることに気づく。
「そういえば、梓ちゃん用のアンプがないわ……奥に予備があったかしら」
「あ、大丈夫です。私の能力で、アンプがなくても演奏できますから」
そう言って梓はカバンの中からアンプの部品のようなものを取り出し、床に置く。
ギターの弦を鳴らすと、エフェクトのかかった音が部屋中の壁から響いた。
「おおっ、わたしと同じだね!」
「ええっ、唯先輩もですか!?」
実は唯もアンプなしで演奏できる。しかも部品等も必要なく、音色も自在に変更できる上に、その音はギター自体から響いてくる。
ただ、能力使用に気をとられて演奏がおろそかになることが多かったため、普段はアンプをつないでいた。
「こいつの能力はなんでもありだからな~。本人も原理はよくわからないらしいし」
「むぅ、なんかずるいです……」
対抗意識を燃やす梓に澪は、
「でも、梓の能力もすごいと思うよ。電気の流れ方が手に取るように分かれば、細かい音作りもやりやすいだろうし。
機材の種類まで分かるなんて、うらやましいな」
と褒める。放課後ティータイムのMioに特に憧れていた梓は、その本人から褒められたことに頬を染める。
「あ、ありがとうございます……澪先輩は、音響機材にも詳しいんですよね? 雑誌のインタビューで見ました」
「まあ、他のみんなよりは、かな。梓もかなり詳しそうだな。たとえば――」
澪と梓のマニアックなトークが始まり、ついていけなくなった唯と律がぶーぶー言い始める。
「澪ちゃん~、はやくやろうよ~」
「そーだそーだ~っ」
「――はっ! ゴメン。じゃあ梓、やろうか」
「はいっ!! みなさんに比べたら、全然へたくそですけど……よろしくお願いします」
121 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 13:42:00.53 ID:
iNmol0qk0 梓は唯のパートを全て記憶していたため、唯は最近作った別のギターパートを担当し、演奏を開始する。
(す、すごい……これが、放課後ティータイム……! た、楽しい! 私、ついていけてるかな……?)
そして、確信する。やはり自分には、放課後ティータイムしかない。
梓の求めている何かが、そこにはあった。
122 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 13:43:03.46 ID:
iNmol0qk0 やがて演奏が終了し、テンションが上がりきっている梓がやや息を切らしながら言う。
「す、すごかったです……ありがとうございました! すみません、私……みなさんの足を引っ張っちゃって」
梓は自分の技術が至らないと謝るが、一同は驚きの表情を浮かべていた。特に唯は顔面蒼白である。
((((う、うまい……))))
技術においては、梓は放課後ティータイムのメンバーに並ぶどころか、明らかに唯より上手かった。
なぜか本人は気づいていないが。
「ま、まあまあかな!? あは、あははは……」
「おいこらっ、唯!?」
焦って思わず見栄を張ってしまった唯を横目に、澪と紬は素直に梓を賞賛する。
「驚いたよ、梓。すごく上手いじゃないか」
「足を引っ張るだなんて、全然そんなことなかったわ。ふふ、むしろリードされちゃったかしら……?」
「そ、そんなことないです! みなさん本当にすごく上手で……」
立場が危うくなってきた唯がその場にへたれこむ。
「あうぅ……」
「はは、こりゃ~やられたな、唯。あきらめて練習しろって。まず本を読め」
ギターを片時も離さず生きてきた唯の技術も相当なレベルであったとはいえ、完全な自己流だったため、
知識豊富な梓にはかなわないところがあった。
123 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 13:44:21.51 ID:
iNmol0qk0 その場でしばらく話をしていると、完全下校時刻を伝える放送がスタジオ内のスピーカーから聞こえてきた。
「あ……」
梓が残念そうな表情をする。
「そろそろお別れね、梓ちゃん」
「梓ちゃん、今日はありがとね! わたしたちも楽しかったよ~」
「あ……はい」
しかし、ここで帰るわけにはいかない。まだ、梓の本来の目的は果たされていなかった。
(言わなきゃ……言うんだ私!)
「あ……あの!
――私を、放課後ティータイムに入れてくださいっ!!」
124 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 13:45:17.53 ID:
iNmol0qk0 答えはNOと決まっている。
しかし、それを即答できる者はいなかった。
先ほどの梓を交えての演奏は、放課後ティータイムのメンバーにも影響を与え、
皆、少なからず梓と一緒に演奏したいという感情が芽生えていた。
沈黙が支配するスタジオ内に、キーボードの奇怪な音が一瞬、響く。紬は、念話能力を発動した。
(みんな、聞こえる? 私……少し揺らいじゃった)
(私もだ、ムギ……さっきの演奏、すごく楽しかった)
(ってもな~……入れるわけにはいかねーし。
暗部組織だってことだけ隠して、たまにアジトに呼んで一緒に演奏するとかはどうだ?)
(でもりっちゃん、もしバレちゃったら……)
もしバレれば、梓にも暗部の手が及ぶ。
自らと同じ思いをさせたくないという思いから、唯は一般人に被害が及ぶことに対しては敏感だった。
(……そだな。残念だけど、却下だ、却下。
唯、言ってあげな)
(……うん)
125 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 13:46:37.47 ID:
iNmol0qk0 「……あ、あの。すいません、やっぱり迷惑でしたよね」
沈黙をNOと受け取った梓は、申し訳なさそうに言う。
「梓ちゃん」
「は、はい!」
「……ゴメンね、梓ちゃん。入れてあげることはできないよ」
「……っ、はい」
「でも、梓ちゃんとの演奏、楽しかったよ。私はちょっとビビっちゃったけどね、えへへ……
こんな可愛くて、ギターが上手で、私たちのことを慕ってくれる後輩が入ったら、もっと楽しいだろうなって思った。
梓ちゃんに入って欲しいって、みんな思ってるんだ。これは本当だよ」
「え……」
「でもね、どうしてもそれができない理由があるんだ。それが、私たちが顔を隠してる理由でもあるんだけど……
だから――」
ごめんなさい。
唯がそう言おうとした瞬間――
「――唯ちゃん、バリアー!!」
――ドゴオォォォォォォォォォッッ!!!
126 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 13:48:32.72 ID:
iNmol0qk0 「な……なにがあったの?」
突然の轟音に思わず目をつぶっていた梓がその目を開くと、信じられない光景が飛び込んできた。
「えっ……か、壁が、ない……」
二階に位置するスタジオの壁は吹き飛んでいて、外の光景が見えた。
よく見ると、唯を中心に半径5メートルほどの透明なバリアーが展開されており、その外側にある壁、床、天井は跡形もなく消え去っている。
外からバズーカのようなものを撃ち込まれたようだ。
対して、バリアーの内側はまったく被害はなく、彼女たちは全員無事だった。
「ちっ……敵襲かよ!?」
「敵は表に十人! バズーカを持っているのが一人、あとはマシンガンよ!
あと、裏口にも五人いるわ!」
探知能力を駆使して事前に敵の存在を察知していた紬が、敵の構成を報告する。
その報告通り、直後にマシンガンの弾丸の雨が唯のバリアーを襲う。
バリアーにヒビが入り始めた。
「あわわわ、もうもたないよ!?」
「私に任せてくれ! バリアーが消えた瞬間に衝撃波で一気に仕留める!」
「よし、任せた澪! あたしと唯は裏口にまわる。ムギは梓を頼む」
「ええ、わかったわ。さあ、梓ちゃん、こっちよ」
「……え……あ……」
目の前で起こっていることに理解が追いつかずに呆然としている梓の目をふさぎ、奥の安全な部屋へと連れて行く。
127 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 13:49:26.38 ID:
iNmol0qk0 唯のバリアーは、もう限界近くまで達している。
澪は床をほふく前進しながら、床が存在するギリギリのところまで進み、左手を上げて能力の発動の準備をする。
下を見ると、紬の言った通り九人の男がこちらにむかってマシンガンを撃っており、
中央には駆動鎧を着てバズーカを装備したリーダーとおぼしき男がいた。
「澪ちゃん、バリアーを消すよ! 3、2、1――」
「――今だっ!!」
バリアーが消滅した瞬間に、澪の衝撃波が発動。
轟音とともに、男たちは吹き飛ばされ、向かいの家の壁ごと破壊する。
あたりの家の窓ガラスも割れ、遠くからは住民の悲鳴も聞こえてきた。
「よし、唯、行くぞ!」
「了解りっちゃん!」
律は唯を小脇に抱えると、壁や床を破壊しながら高速で移動し、最短距離で裏口へと到着する。
「大胆だねりっちゃん……」
「……どうせこの家はもうだめだしな」
裏口へ到着した二人に紬から声が届く。
(裏口にいる五人は扉の外で銃を構えて待ち伏せしてるわ。
表をバズーカで破壊して、裏から逃げたところを狙い撃ちしようとしてるみたい)
「へっ、そんなんであたしらがやられるかっつーの。突撃だ!」
「くらえ~、ギー太ビーム!」
唯が裏口の扉に向かって六本のレーザーを放つと、貫通して外の数名に命中したようで、悲鳴が聞こえてきた。
「おりゃ~!!」
律が扉を突き破って外へと出ると、一人は胴を真っ二つにされて既に絶命しており、一人は腕を失って戦闘不能となっていた。
残る三人の銃撃をものともせず、的確に一人ずつ首の骨を折り、あっさりと戦闘は終了した。
128 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 13:50:56.93 ID:
iNmol0qk0 一方、澪は玄関から出て先ほど倒した男たちを確認しに行く。
向かいの家の壁にめり込んでいる九人は、既に死亡していた。
そして、駆動鎧に身を守られていたリーダーは、まだ息があった。
「これは好都合だな……ムギ! 聞こえてる?」
念話能力で澪の声を聞き取っていた紬が玄関から出てくる。
「澪ちゃん! どう?」
「リーダーはまだ生きてる。どうやってここを見つけたのか、聞き出そう」
「ええ、わかったわ」
紬は空間移動の能力を用い、駆動鎧だけを地中に転移させる。
さらにリーダーを手馴れた手つきで拘束すると、車庫に止めてあった車のトランクへと転移させた。
「幸い、向かいの家には誰もいなかったみたいね」
「ああ。でも、一般人を巻き込んでしまった……」
「……今回の被害の後始末は、うちの会社に任せて。今はここを離れましょう。
家の中の始末はもう終わったから」
紬は梓を安全な部屋に誘導したあと、家の中にあった重要な物を処分してまわっていた。
さらに、証拠隠滅のため、紬は男たちの遺体を手早く地中へと転移させていく。
澪は車庫にある車のエンジンをかけ、逃げる準備をする。
すると、裏口の処分を終えた律と唯が梓を連れて現れた。
「よっしゃみんな、逃げるぞ!」
律が運転席に乗り込み、澪は助手席に移動する。
唯と紬が梓をはさむように後部座席に乗り込むのを確認すると、律は猛スピードで車を発進させる。
「梓ちゃん、目をつぶっててね?」
呆然としていてもはや言葉も出ない梓の目を唯が優しく手で覆い隠す。
紬が何かの端末のようなもののスイッチを入れると、アジトから爆発音が聞こえ、火の手が上がった。
129 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 13:52:44.62 ID:
iNmol0qk0 一同は第八学区を離れ、第七学区を越えて第十学区のアジトへと逃げ込んだ。
このアジトの周りには寂れた廃ビルや、怪しい施設が立ち並び、遠くにはスラム街のような地域が見える。
アジト自体、一見すると廃墟のように見えるが、中はきれいに改装されており、他のアジトと同じく高級感にあふれる部屋が並ぶ。
第八学区の高級住宅街から来た高級車はこの学区の雰囲気に明らかにマッチしないため、
律は皆を下ろした後、車を別の場所に隠してきた。
律がアジトに戻ると、澪が待っていた。
「お、澪。他のみんなは?」
「ムギは敵のリーダーから話を聞きだしてる。ってもほとんど拷問だけど……」
奥の部屋では、紬が精神感応系の能力を駆使してリーダーから情報を引き出している最中だった。
しかしレベル3程度の能力では不十分なようで、それを補うための拷問が行われているのだろうか、悲鳴が時折聞こえてくる。
第十学区は、このようなことを行うのに適していた。
「ムギって、お嬢様なのに意外とえぐいことするよな~……唯は?」
「唯は梓についてるよ。……梓、さっきからずっと放心状態だ」
「まあそうだろうな、一般人がいきなりあんなの見せられたら……。
で、どうする、澪? ……梓に、ばれちまったな」
一般人である梓に、放課後ティータイムの正体だけでなく、暗部組織であることまで知られてしまった。
当然ながら、証拠隠滅をしなければならない。
130 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 13:53:49.17 ID:
iNmol0qk0 「……梓を殺すなんて、考えたくもないよ」
最も残酷で簡単な方法は梓を殺害することだが、その選択肢を澪はすぐに否定した。
「……口封じして、表に返すか? 今回のことでショックを受けてるだろうから、そう簡単にペラペラしゃべっちまうとは思えないしな」
「それは、危険よ」
リーダーから情報を引き出し、処分を終えた紬が奥の部屋から現れた。
「この組織は、梓ちゃんがギターを背負ってたから唯ちゃんだと勘違いして、つけていたみたいなの。
幸い、私たちの正体やアジトの場所は他には漏れなかったけど、梓ちゃんの素性はもう調べられていて、要注意人物として他の組織にも広く知れ渡ってるみたい……
だから、元の生活に帰したら、この組織を壊滅させた犯人として、まっ先に狙われることになるわ」
「「……」」
残る答えは、梓を仲間に引き入れ、保護することだった。
放課後ティータイムに入りたいという梓の願いは、最悪の形で叶えられることになる。
「……行こうぜ、唯と梓のところへ」
131 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 13:56:18.15 ID:
iNmol0qk0 律たち三人が部屋の扉を開けると、中にはうつむいている梓と、彼女を抱きしめている唯の姿があった。
「……梓、聞いてくれ。唯もだ」
「りっちゃん……」
唯が不安そうな目で律を見る。
「梓、見てなんとなく分かったと思うが、あたしらはこういう組織だ。……人殺しだ。
ま、好きでやってるわけじゃないけどな」
梓はうつむいたまま答えない。
「そんで、お前はさっきの奴らにつけられてたみたいで、顔も割れているらしい。
たとえ今日のことをきれいさっぱり忘れて元の生活に戻ったとしても、ずっと奴らに狙われ続けることになる。
だから、お前は今日からあたしたちが保護する、というか……仲間になってもらうしかないんだ」
「そんな、りっちゃん!! 他に方法はないの!?」
一般人からの暗部堕ちという悲劇を二度と繰り返したくない。その思いから、唯が必死に反論する。
しかし、他にいい方法は思い浮かばなかった。
「すまん、梓、唯……わかってくれ」
「うう……そんな……!! ごめんね、梓ちゃん、ごめんね……!!」
唯は泣きながら、梓をさらに強く抱きしめる。
すると、梓がついに口を開いた。
「……いいんです」
「「……え?」」
梓の言葉は、意外なものだった。
「いいんです。どうせ私には、放課後ティータイムしかなかったんですから。憧れの放課後ティータイムに入れて、むしろ嬉しいですよ。
……ああ、そうだ。さっき私は、あの組織に襲われて死んだんですよ。死んだはずの人間が、こうやって新しい命を与えられて、
しかも好きなバンドをやって過ごせるんですよ? あは、そう考えたら、なんか楽になってきました。
むしろ私、幸せ者じゃないですか。あは、あははは――」
梓の狂った笑いは、いつぞやの唯を思い起こさせる。
「梓ちゃん……泣きたかったら、泣いていいんだよ?」
「う……あ……あああぁぁぁぁぁぁ!!!」
132 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 13:57:21.60 ID:
iNmol0qk0 数日後、桜ヶ丘女子高にて。
この日、梓が行方不明になったことを告げる全校集会があった。
さらに、学校周辺に不審者の目撃情報が多発しているとのこと。その不審者は、梓を狙ってきた組織の者であった。
事件を受け、『警備員』及び『風紀委員』は警戒を強化。和は仕事に追われていた。
憂は結局、梓より先に放課後ティータイムを見つけることはできなかった。
和と協力し、インターネットなどで調べるなどしても、梓と同じ道をたどっただけで手がかりは得られない。
そして、梓は行方不明になった。
おそらく、放課後ティータイムの居場所に関して有力な情報を得てしまい、『闇』に巻き込まれたのだろう、と憂は推測した。
133 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 13:58:31.63 ID:
iNmol0qk0 この日、すべての部活動は中止。
誰もいなくなった放課後の教室に、憂と純がたたずんでいた。
「憂……話って何?」
「……梓ちゃんのこと」
梓が行方不明になったことを受け、憂は純にすべてを話すことにした。
「前に、私のお姉ちゃんのこと、話したよね。あの話には、続きがあって――」
学園都市の『闇』の存在。放課後ティータイムのYui。それと今回の事件の関係について。
レベル5でありながら友達を救えなかった自責の念にかられ、ときおり泣きそうになりながらも、淡々と話した。
そして、話を聞き終えた純が激昂する。
「……憂のバカっ!! なんで今まで黙ってたのさ!!」
「……っ!
ごめんね、純ちゃん……純ちゃんまで、危ないことに巻き込みたくなかったから……」
「だからって!? 友達でしょ!? そりゃ私は、レベル5に比べたら役に立たないかもしれないけど……
私だって、知ってたら梓や憂のために協力したかったのに……!」
「ご、ごめん……ね……うぅ……」
ついに憂は泣き出してしまう。
「まったく……憂はいつもそうやって一人で抱え込むんだから。ちょっとは友達を頼ってよ」
「うん……うん……!」
「私も、協力するからね。梓も、憂のお姉ちゃんも、絶対に見つけ出そう?」
134 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 13:59:42.40 ID:
iNmol0qk0 梓が暗部に入ってから数週間が過ぎようとしていた。
梓はまだ精神的に不安定な状態で、あれから一度も全員で演奏はしていない。全員でのティータイムもまばらだ。
仕事のときは、梓の能力は戦闘に向いていないため、基本的にはアジトに残って情報収集を担当していた。
(なんか、いまだに実感わかないな……私は放課後ティータイムの一員、そして、人殺しの組織の一員)
ギターを弾く気も起きなければ、人殺しに加担する気も起きない。
常に憂鬱な気分で、パソコンで仕事を適当にこなすだけの日々が続いていた。
(だめだ……こんなんじゃ、先輩たちの足を引っ張るだけだよ)
実際、その先輩たちはそんなことは微塵も思っていない。仕方ないよ、休んでていいよ、と優しく接してくれている。
しかし、自分がいるせいで放課後ティータイムの音楽活動が止まってしまうのが許せなかった。
(……決めた。人殺しでもなんでも、やってやるんだ。立派な、放課後ティータイムの一員になるんだ)
大好きな放課後ティータイムのため、梓はついに心も闇に染めることを決心した。
135 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 14:01:21.28 ID:
iNmol0qk0 次の日、梓から仕事へ同行させてほしいと申し出があった。
「……ほんとうにいいの、梓ちゃん?」
唯が心配そうな表情で訊く。
「はい。もう、みなさんに迷惑かけられません」
「……ま、今日の仕事は殺しの予定はないからな。初陣にはちょうどいいんじゃないか?」
律が許可し、梓の同行が決まる。
今日の仕事は、とある研究所に忍び込み、ある『薬品』を盗むこと。警備に見つからないかぎり、無血で済む任務だった。
136 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 14:02:40.76 ID:
iNmol0qk0 その日の深夜、無人となった研究所の前に一同が集合する。
各人の役割を律が説明する。
「梓には、うちのパソコンからここのシステムにハッキングしてセキュリティを落としてもらう予定だったんだ。
ま、来てくれたからには直接やっちゃってくれ」
「はい、やってやるです!」
「あたしが唯とムギを抱えて研究所に突入。唯は念のためバリアー、ムギは透視でターゲットを探してくれ」
「「了解~!」」
「澪は梓と留守番な。大丈夫だと思うけど、もし警備が来たらぶっ飛ばしてくれ」
「え……ここで待つのか?」
今は深夜。真っ暗闇の中で長時間待つことを澪は怖がる。
「ははーん……澪、怖いのか~?」
「そ、そんなわけあるか!? 梓は私が守るからな!」
「み、澪先輩……?」
「す~ぐ帰ってくるから安心しろって。じゃ、梓、頼む」
「あ、はい!」
梓が研究所の門へ近づき、入口にあったセキュリティシステムから研究所内全体のシステムへとハッキングする。
(うわ……たいしたことない……お金ないのかな、この研究所)
あっという間に解析は終わり、全てのシステムがダウンした。
「終わりました!」
「早っ! サンキュー梓。行くぜ!」
律が豪快に門を蹴破ると、何も反応はない。セキュリティは完全に停止していた。
ヘッドライト付きのカチューシャを装着し、唯と紬を両脇に抱えると、高速で研究所内へと侵入していった。
残された澪は、ガタガタ震えながら梓に話しかける。
「あ、梓……緊張しなくてもいいぞ!? 律たちがすぐ終わらせてくれるからな~!?」
「は、はあ……」
(澪先輩って、怖がりなんだな……ふふ、意外)
放課後ティータイムのMioといえば、かっこいいイメージで世間に知られている。
メンバーだけが知ることが出来るMioの意外な素顔を見れた梓は、ちょっぴり優越感を感じていた。
137 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 14:04:34.70 ID:
iNmol0qk0 真っ暗な研究所内をライトで照らしながら、律が高速で駆け抜けていく。
左脇に抱えた唯を中心として球状のバリアーが展開されているが、今のところ迎撃システムからの攻撃はない。
梓のハッキングは完全に成功したようだ。
「あったわ! 三階の一番東の部屋よ!」
紬は電波、赤外線を駆使してターゲットの場所を探し当てた。
律は天井を蹴破り、三階へ速やかに移動し、目的の部屋に到達する。
「ここか。変なトラップ作動しないでくれよ!」
扉を破壊し、中へと侵入する。特に罠は作動しなかった。
奥にある金庫を力ずくでこじ開けると、10cm四方の箱がいくつか敷き詰めてあった。
箱の中には白い粉が入っている。
「一つだけもらえばいいんだったっけか?」
「うん。全部いただいちゃうと、ここの研究が進まなくなっちゃうらしいから。
そこまでする必要はないから、一つ拝借すれば十分とのことよ」
紬はその一つを取り出す。
「やさしい依頼者さんなんだね~!」
「やさしさなのか……? ここの研究も一応価値はあるから残しておいてやるけどその薬ちょっとよこせ、みたいな感じじゃないか?
まあどうでもいい、帰るぞ!」
138 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 14:06:00.56 ID:
iNmol0qk0 一方、梓はセキュリティの貧弱さについて考えていた。
(う~ん、なんであんなにしょぼかったんだろ……上層部が欲しがるほどの薬品の研究をしてる研究所なのに。
もしかして、わざと? だとすると……)
その瞬間、あたりがまぶしくライトで照らされる。
「動くな!!」
「うわあああぁぁぁぁぁぁ!! って、駆動鎧!?」
突然のことに悲鳴を上げた澪だったが、相手が幽霊ではなく駆動鎧だとわかると即座に恐怖心を忘れ、戦闘体制に入る。
逆に、梓は敵の不意打ちに驚き、恐怖する。
「あ……ああ……」
「大丈夫だ、梓。後ろに隠れてて」
怯える梓をかばうように澪が前に立つ。
「動くなと言ってんだろう?」
駆動鎧の胸の部分から放たれるライトのまぶしさに目が慣れてきて、その姿がはっきりと見えてくる。
駆動鎧はかなり大型であり、こちらに銃口を向けて立っていた。その銃口には既に炎の球のようなエネルギーの塊が現れており、今すぐにでも発射できる状態だ。
(あのエネルギーの弾……もし発射されたら、やばいな)
目の前のエネルギーの塊がかなりの威力を持っていることを、澪は直感で感じ取る。
衝撃波を放てば敵は倒せるだろうが、暴発して弾が発射されてしまえば、こちらも無傷ではすまないため、身動きがとれずにいた。
「ケッ、こいつの威力がわかったようだな? こいつはなぁ、『超電磁砲』を解析して作られたんだよ。
まだ試作品だが、てめえらをぶっ飛ばすには十分だろうよ」
エネルギーの塊がさらに大きくなる。
139 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 14:07:30.66 ID:
iNmol0qk0 「セキュリティを弱くしといて待ってたら、本当に釣れるとはな。
てめえら、能力体結晶を狙ってきたんだろ? ったく、俺らの研究を無意味だの悪あがきだの散々罵ってくれた上に、
能力体結晶をよこせだあ? ふざけるのも大概にしやがれ」
「……なんの話だか知らないが、私たちは依頼を受けてきただけだ」
「ケッ、下っ端かよ。面白くねえな。さっさと死ね!」
(まずい! いちかばちか、やるしかない――)
澪が能力を発動しようとした瞬間、今まで黙っていた梓が突然口を開いた。
「解析終わりました。スイッチオフです」
「――え?」
突然、大きな音を立てて駆動鎧が膝から崩れ落ちた。照明が消え、あたりが再び真っ暗になる。
銃口にあったエネルギーの塊は既に消えていた。
「な、馬鹿な!故障だと!?そんなことがあるはずが――」
ぽかんとしている澪に梓が激を飛ばす。
「何やってるんですか! 今です!」
「……あ、ああ!」
澪がすかさず衝撃波を放つ。至近距離からの直撃を受けた駆動鎧は大破し、吹き飛ばされた。
「……ふう、なんとかなったな。ありがとう、梓」
「……いえ。本当は、無理やり電源を落とそうとしたんですけど、銃が暴発したらまずいと思って……
解析して安全にスイッチを切ろうとしたんですが、あの機械、すごく複雑で時間がかかってしまいました、すみません」
「お~い、澪、梓、大丈夫か~!?」
律たちが駆けつける。
「ああ、梓ががんばってくれたおかげで撃退できたよ」
「梓ちゃん、大丈夫? よかった~」
唯が梓に抱きつく。
「ちょ、ちょっと唯先輩!?」
「うふふ、無事で何よりね」
140 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 14:08:21.71 ID:
iNmol0qk0 一同は、吹き飛ばされた駆動鎧にライトを当てて確認する。
中に入っていた男は全身の骨を砕かれ、絶命していた。
「うっ……!!」
初めて間近で見る惨殺死体に、梓が吐き気を催す。
「梓ちゃん、大丈夫~……?」
唯の心配をよそに、梓は強がりを見せる。
「だ、大丈夫です……私は、立派な、放課後ティータイムの一員に……ううっ」
「無理しなくてもいいんだぜ、梓?」
「で、でも……」
「梓。お前が私たちについてこようとしてくれるのは、嬉しいよ。
でも、それでお前が壊れてしまったら意味がない」
「そうよ、梓ちゃん。ゆっくりでいいの。私たちもサポートするから、ね?」
「は、はい……ありがとうございます……」
「梓ちゃん……」
唯がまだ心配そうな目で梓を見つめている。
「大丈夫ですよ、唯先輩。ちょっとずつ慣れて、そのうち私もみなさんと同じラインに立ってみせます。
それまで……よろしくお願いします」
「うん……わかった。よろしくね、梓ちゃん」
唯が梓を優しく抱きしめる。
梓が闇に染まることを最も嫌がっていた唯だが、梓の決意を聞いてついにそれを認めたようだ。
「あ、あの……毎回抱きつかれるのはどうにかならないんですか?」
「そいつはあきらめるんだな~、梓」
「ああ。あきらめろ、梓」
「そう。あきらめて、梓ちゃん」
「……ええぇ~!?」
141 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 14:09:16.34 ID:
iNmol0qk0 ふと、梓があることに気づく。
「あ、この銃……まだ使えますね」
駆動鎧に装備されていた、『超電磁砲』を模して作られた銃。奇跡的にも、損傷が少なくまだ使える状態だった。
「使えるっつっても……そんなでっかいの持ち歩けないだろ?」
「いえ、必要な部品だけあれば能力で回路は再現できます。これなら、多分手持ちサイズにできるはずです」
「おお……梓ちゃんの武器ゲットだね!」
「ほほ~、なるほど。ようし、じゃあ持って帰るか!」
律が巨大な砲身をひょいと持ち上げ、一同はその場を後にした。
142 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 14:11:53.33 ID:
iNmol0qk0 #5 絶頂期!
それ以降、梓は任務に毎回参加するようになる。
日々の殺戮に最初こそ拒絶反応を示していたものの、放課後ティータイムの一員になるという思いを支えに、徐々に慣れていった。
それに応じて、少しずつ全員で演奏をする機会が増えていき、ティータイムの雰囲気もなごやかになってきた。
しかし、いささかなごやか過ぎてしまったようで、
「みなさん、練習しないんですか……?」
と梓は戸惑う。
「「ほ~げぇ~」」
唯と律は特にだらだらしていて、紬も一緒にのほほんとしている。澪は少し離れた場所で音楽雑誌を読みながらくつろいでいた。
「梓ちゃんもおいでよ~、おいしいよ~」
唯が梓にケーキを差し出し、手招きする。
「は、はあ……」
腑に落ちない様子の梓だが、いざケーキを食べるとぱあっと幸せな表情を浮かべる。
(……はっ! このままじゃ私、ダメになる……!)
143 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 14:13:05.90 ID:
iNmol0qk0 そのとき、律の携帯が鳴り響いた。
「んあ? 『電話の女』? 今日の仕事はもう終わったっつーのに……何だろ。はいもしもーし」
『もしもしりっちゃん? さっき郵便物を送ったから、そろそろ着くはずよ。爆発物じゃないから安心してね。じゃ』
それだけ言うと、電話は切られた。
「なんだ急に……郵便? ムギ、どうだ?」
「あ、今ちょうど郵便屋さんが来たわ。行ってくるね」
紬は表に業者が現れたのを探知能力で確認し、玄関へと向かう。
ポストには大きな封筒が入っていた。中に何か立体的なものが入っているのか、厚みがある。
爆弾でないことを確認し、それを開けると、手紙が出てきた。
『中野梓さんへ
暗部には慣れたかしら? 気の毒だけど、せいいっぱい生きて。
ささやかだけど、プレゼントよ。ネコミミとか似合いそうだと思ってたのよね』
144 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 14:14:19.88 ID:
iNmol0qk0 紬が部屋に戻ると、唯と律が出迎える。
「ムギちゃん、どうだった~?」
「ふふ。『電話の女』さんから、梓ちゃんにプレゼントよ」
「え、私にですか!?」
「ええ。じゃ~ん」
紬がネコミミを取り出し、高く掲げる。
「「おお~~~!!」」
「ええっ!?」
唯と律は目を輝かせているが、梓はなぜこれがプレゼントなのか、と驚いている。
「早速つけてみてよ、梓ちゃん!」
唯にネコミミを渡され、梓はそのまましばらく硬直していたが、唯の期待に満ちた視線に負け、しぶしぶ装着した。
「「「かわいい~~!!」」」
大好評のようである。
さらに、恥ずかしがっている梓に唯が、
「ねえ、にゃあって言ってみてよ!」
と追いうちをかける。
「え、ええっ!?」
「ねぇ~お願い」
「……に、にゃあ~」
「「「きゅるりぃ~ん!」」」
梓の可愛さに一同がノックアウトされる。
本を読んでいた澪もいつのまにかこっちを見ていた。
「あだ名はあずにゃんに決定だね!!」
145 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 14:15:29.82 ID:
iNmol0qk0 その日の夜。
第二十二学区の地下にあるこのアジトは、非常に静かであり、さらに五人全員分の個室があるため、
一人の時間を過ごすにはもってこいの場所であった。
梓は自分の部屋に戻ろうと廊下を歩きながら、考え事をしていた。
(はあ……放課後ティータイムってなんであんなに練習しないんだろう)
一世を風靡したバンドだからこそ、日々厳しい練習を積んできたのだろうと予想していた梓は、
現実とのギャップに戸惑っていた。
(唯先輩は全然用語とか知らないし、律先輩もCDで聴いてたのよりも走るし……
それなのに、全員で演奏が始まってしまえばやっぱりすごくいい音楽になる……どうして?)
梓が澪の部屋の前を通りかかると、扉が少し開いていて、中から光がもれていた。
隙間からこっそりのぞくと、澪がヘッドホンをつけ、パソコンに向かいながら何かを書いている。作詞にいそしんでいるようだ。
(澪先輩はすごくうまくて、真面目なのに……なんとも思わないのかな)
「ふう、一息つくか……ん?」
コーヒーを入れようと立ち上がりこちらを向いた澪が梓に気づく。
「あ、すいません……お邪魔しました」
「梓……ちょっと、おいで」
澪は梓の抱えている不安をなんとなく感じ取ったようだ。
「あ、はい……失礼します」
部屋に入った梓にお茶を出し、小さいテーブルを囲んで向かい合わせに着席する。
しばらく梓は黙ったままだった。
「梓、何か悩んでる?」
「……はい」
146 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 14:16:54.95 ID:
iNmol0qk0 梓はゆっくりと悩みを吐き出していく。
自分が放課後ティータイムに感じていた、技術ではない「何か」。
それに惹かれて放課後ティータイムに入ったものの、練習をあまりせずにだらけているバンドからなぜそれが生み出されるのか、
逆にわからなくなってきていた。
「私、わからなくなって……! どうしてあんなに感動したのか、わからなくなって……!」
泣き出す梓に、澪はやさしく語りかける。
「……私さ、このメンバーで演奏するのが好きなんだ」
「……え」
「私たちは、みんな不幸な過去を抱えてるし、人殺しだし……他人を欺き合い、殺し合う世界に生きている。
そんな中でも、こうやってお互いに分かり合えて、楽しく一緒に過ごせる仲間に出会えた。
私たちがバンドを組んで、同じサウンドの中にいること自体……奇跡だと思うんだ」
「だから、私はみんなとの時間を大切にしたい。バンドだけじゃなく、一緒に過ごす時間ぜんぶ。
ティータイムの時間も、私たちにとっては必要なんだと思う。
きっと、みんなもそう思ってて……だから、いい演奏になるんだと思う」
「……!!」
「梓も、もう私たちの大切な仲間だよ。一緒に、いい音楽を作ろう?」
「……はい!!」
147 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 14:18:16.67 ID:
iNmol0qk0 放課後ティータイムの演奏の持つ魅力は、その絆の深さ。
それを理解した梓は、ゆったりとしたティータイムに戸惑うことはなくなり、
「もう、みなさん! 練習しましょうよ!」
と自分のキャラを発揮するようになってきた。これもまた、彼女たちの大切な日常である。
そして、放課後ティータイムは本格的に音楽活動を再開。
シングル第二段「GO!GO!MANIAC」「Listen!!」を同時リリースする。
デビュー以来しばらく音沙汰のなかった放課後ティータイムの待望の新作とあって、
またもや売り上げ一位と二位を独占。音楽市場は大いに盛り上がりを見せた。
そしてもうひとつ、盛り上がりの一旦となったビッグニュースは、新メンバー「Az」の加入である。
Azのギターテクニックはバンドの中でも突出していたが、バンドのサウンドから浮くことはなく、
むしろ、奔放なYuiと正確なAzの対照的なギタリストがいいコンビネーションを発揮し、よい演奏を生み出していた。
148 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 14:19:54.40 ID:
iNmol0qk0 だが、Azのデビューは音楽業界以外にも衝撃を与える。
行方不明となった中野梓の所属する桜ヶ丘女子高では、梓=Az説がすぐさま広まった。
さらに、学園都市の闇に抵抗する組織の間には、組織を壊滅させた犯人の一人とされている中野梓=Az、
すなわち放課後ティータイム=暗部組織であるという解釈が広まった。
こうなることは予想できていた。それにもかかわらず、本人たちの強い意志により、
偽名を使わずAzという露骨に分かりやすい名前でデビューさせた。
149 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 14:21:58.44 ID:
iNmol0qk0 さっそく、『電話の女』からお咎めが入る。
『てめぇら……なんてことしてくれんじゃぁぁぁ!! 私の首が飛びかけたぞゴラァァ!』
絶対秘密の組織であるはずが、その存在を知られてしまったことにより、彼女は上司から大目玉を食らったようだ。
突然の豹変ぶりに、一同は一瞬たじろぐが、すぐに紬が言い返す。
「すみません、でもうちで何とか情報は封鎖してしのいでますから……!」
反抗組織からの放課後ティータイム及びそのバックにつく琴吹グループに対するマークは厳しくなっていたが、
グループは警戒を強め、情報の流出は防いでいたため、実際の被害はいまのところない。
『そういう問題じゃねえんだよ! だいたいなあ、デビューすること自体危険だったんだよ! そのせいで一般人巻き込んだんだろうが!
しかもあんなバレバレな名前でデビューさせやがって……
隠れてコソコソと曲を出しとけばまだよかったものを、自ら正体をバラす暗部組織がどこにいるんだ、ああ!?』
「――私たちは!!」
澪が叫ぶ。
「私たちは、あなたたちの言いなりにはならないっ!! 私たちのやりたいことをやる!! 私たちの歌を聴いてもらいたいんだ!!」
さらに律が続く。
「そうだっ、バレたって構わない、全部返り討ちにしてやるぜ! だからあえてこうしたんだよ。
どうせいつ死ぬかわかんないんだからな、全力で生きたいんだ」
『電話の女』は、それを聞いてしばらく黙りこむ。そして、もとの穏やかな口調で話し出す。
『……それでいいの、梓ちゃん?』
「はい。みんなで決めたことです。これが私たちの意志です」
『まったく、あんたたちときたら……わかったわよ。最期まで付き合ってあげる』
150 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 14:22:53.74 ID:
iNmol0qk0 一方の桜ヶ丘女子高には、Azのデビューを受け、行方不明の中野梓に関する取材が多く来るようになっていた。
これでも、琴吹グループの情報操作でかなり抑えているほうである。
職員は日々対応に追われ、夜になってから本来の仕事を片付けなければいけない状況であった。
「はあ……ああは言ったものの、疲れるわね……」
音楽教師、山中さわ子もその一人。職員室にて遅くまで仕事をしていた。
「書類片付けなきゃ……ん、『風紀委員』の依頼書?」
さわ子が手に取った書類は、他校の能力者を捜査のために入校させるための許可証で、風紀委員から提出されたものだった。
「なになに……中野梓の行方を調査するため、遺留品から記憶を読み取る能力者を呼んで捜査に協力してもらう?
差出人は真鍋さんか……考えたわね。まあ、無駄だと思うけど……」
さわ子は許可証にサインをした。
151 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 14:24:39.74 ID:
iNmol0qk0 憂、和、純の三人による放課後ティータイムの捜索は難航していた。
憂と純はネットワークを用いての捜査を続けていたが、琴吹グループが警戒を強化したことでそれはほぼ不可能になってしまう。
和は風紀委員の仕事のかたわら、かねてから行っていた『闇』についての調査を行っていたが、それも実らない。
そして今回、和の権限で捜査のために別の能力者の協力を仰ぐことに成功した。
放課後、校門の前で三人が来客を待つ。
「今回来てくれるのは、物から記憶を読み取ることができる精神感応系能力者よ。
梓ちゃんが日ごろ使っていたもの……机とか文房具、あとは家に残されていたものを調べてもらうわ」
だが、最も記憶を読み取りやすいのは普段持ち歩いていた携帯電話やギターなどであり、それらは梓とともに行方不明になってしまった。
しかも、梓の家からはいつの間にかパソコンなどの重要なものがなくなっており、たいしたものは残っていなかった。
「机なんかで大丈夫ですかね……? 机に梓の思い入れがあるとは思えないんですけど」
「正直、それはわからないわね。だから最初、『心理掌握』に頼もうと思ったのだけど、さすがに無理だったわ。
ただ、今回その子のレベル4の友達が来てくれることになったから、実力は確かよ」
152 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 14:26:10.06 ID:
iNmol0qk0 一同が話していると、一人の少女が現れた。
少女は小~中学生ぐらいに見えたが、気品にあふれ、高校生に対して物怖じすることなく堂々とした口調で話しかけてきた。
「ごめんあそばせ。あなたが真鍋さんでしょうか?」
「ええ。あなたが協力してくれる能力者の方ね。私が『風紀委員』の真鍋和。
こちらは中野梓ちゃんの友人の、平沢憂、鈴木純よ」
「「よろしくおねがいします」」
ふたりが会釈をすると、少女は一瞬、憂のほうを鋭い目つきで見た。
そして、すぐにもとの表情に戻る。
「よろしくお願いしますわ。では早速参りましょう」
いかにもお嬢様といった態度に、純は露骨に嫌な顔をする。
(うわ、勝手に仕切ってるよ……感じ悪っ。
てか、さっきからずっと憂のこと見てるし……『心理掌握』の友達っていうか、差し金なんじゃないかなこの子。憂の偵察に来たとか……?)
153 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 14:26:58.76 ID:
iNmol0qk0 一同は教室に移動し、梓の机の上に文房具などのありったけの品を置く。
「これで全部よ。たいしたものは残ってないけれど……お願いするわ」
「わかりましたわ。それでは……」
少女は演算に集中し始める。
「……うっすらと、見えてきました……机に座って、放課後を今か今かと待ち望んでいる記憶が。
この後、放課後ティータイムのことを探しにいこうという思いが非常に強いですわね」
「……でも、どこを探しても見つからない、もう手がかりがないと嘆いていらっしゃいます。
そして、記憶が途切れる最後の日……」
一同が固唾を呑んで少女の言葉に耳を傾ける。最後の日、梓はどこに向かったのか。それが一番欲しい情報であった。
「……ごめんなさい、強い思いなら感じ取れるのだけど……どこに行こうかとか、細かい情報は読み取れませんでしたわ。
せめて、もっと本人の思いが込められた品であれば……」
やはり、レベル4の能力者をもってしても、記憶を読み取ることはできなかった。
「そう……いえ、仕方ないわ。協力してくれてありがとう。食蜂さんにも伝えておいてくれるかしら」
「ええ。お役に立てず、申し訳ございません。それでは」
和が少女を送り、教室から出て行く。
154 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 14:28:24.48 ID:
iNmol0qk0 純は、少女が見えなくなるのを確認すると、すかさず憂に小声で話しかける。
「……憂、やっちゃいなよ」
「……うん」
憂は『能力複製』を発動する。
能力を発動すると憂のAIM拡散力場は半径100メートルにまで拡大され、その範囲内にすっぽり収まった少女のAIM拡散力場を介し、
『自分だけの現実』を隅々まで"見る"ことが可能になる。
そして瞬時に、それを観測するための演算式を独自に構築。少女のもつ精神感応系能力をレベル5級の演算で行使し、机から情報を読み取る。
(見える……! あの日梓ちゃんは、噂話を追って第八学区の住宅街に行こうとしてたんだ!
詳しい場所と、近道は……っと)
憂は読み取った内容を素早くメモしていく。その様子を見て純は感心する。
「お~、さっすが憂……やっぱレベル5はすごいよ。
“第六位の前では『自分だけの現実』はもはや自分だけのものではない”だっけ。確かにって感じ」
憂の能力はあくまでAIM拡散力場の拡大であり、コピーすることは能力に含まれない。
他人の『自分だけの現実』を瞬時に理解し使いこなすという離れ業は、憂のもつ恐るべき理解力、のみこみの速さによるものであった。
『自分だけの現実』を本人よりも深く理解し、レベル5の演算にて行使する。それをやられた能力者は完膚なきまでにプライドを打ち砕かれてしまう。
そのため、高位の能力者は自然と憂を避けるようになり、憂自身も他人が傷つくことを恐れて能力の使用を控え、他者との深い交流をもつことを遠慮していた。
そんな中、能力を気にせず分け隔てなく接してくれる純や梓は、憂にとって大切な友達であった。
「……終わった!」
少女が半径100メートルの範囲から出る前に、憂は読み取りを終える。
他人の『自分だけの現実』を自らの脳にコピーしたわけではないため、相手が範囲から出てしまうと能力を使用できなくなってしまうのが『能力複製』の欠点であった。
「おつかれ、憂! どうだった?」
「うん、場所がわかったよ! 早速行こう!」
155 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 14:31:14.25 ID:
iNmol0qk0 憂と純は校門にて、和と合流する。
「憂、場所はわかった? なるべくゆっくり歩いて時間は稼いだつもりだけど……」
「うん、分かったよ! ありがとう和ちゃん」
「よかった……やっぱり、レベル4でもダメだったわね。憂がいてくれて助かったわ。
さあ、行きましょう」
156 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 14:32:41.20 ID:
iNmol0qk0 一同は第七学区から近道を通って第八学区へと向かう。
道中、先ほどの少女の話題が出た。
「それにしてもなんなのさっきの子! 超ムカついたんだけど」
「すごいお嬢様、って感じだったわね。『心理掌握』も相当なお嬢様で、かなり大規模な派閥を作ってるらしいわ」
「うわぁ……あーやだやだ、そういうタイプ」
憂はしばらく黙ってそのやりとりを聞いていたが、突然口を開く。
「実は、その子のことなんだけど……私の記憶を読み取ろうとしてきたの」
「うそっ!?」
「なんですって!? いつの間に?」
憂の告白に、純と和は驚き、歩みを止めて憂のほうを見る。
「……最初に会った瞬間から。なんか、私が『闇』に関わっているかどうか調べたかったみたい。
別に調べられても大丈夫だから、そのまま放っておいたけど。あ、でもお姉ちゃんの記憶は隠したよ」
放課後ティータイム、行方不明の梓、その友人の学園都市第六位。
そこに『闇』の存在を疑った『心理掌握』は、第六位が『闇』に関わっているのではと考え、あえて依頼を受けて取り巻きの少女を向かわせたようである。
憂本人は関係ないとはいえ、『闇』に関わっていると思われる姉・唯の情報を知られたくなかった憂は、
瞬時に少女の能力をコピーし、気づかれない範囲で妨害を行っていた。
「うっひゃー、憂のことジロジロ見てたのはそういうことだったのか……」
「ごめんなさい、憂。不用意にレベル5の関係者を招くべきではなかったわね……」
「ううん、大丈夫だよ。おかげで、場所も分かったし。行こう!」
手がかりが得られたことで、憂はいつになく嬉しそうであった。
一同は駆け足で先を急ぐ。
157 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 14:33:24.30 ID:
iNmol0qk0 第八学区の高級住宅街に着いた一同は、目的の場所を探し始める。
「え~と、ここを曲がって……このあたりのどれかの家だよ」
あたりは閑静な住宅街。しかし、一ヶ所だけ不自然な空き地があった。
「なんでここだけ家がないのかしら……」
その空き地こそ、かつて放課後ティータイムのアジトがあった場所。
今は完全な更地になっており、何も残されていなかった。
不信に思った和は、周辺の家に聞き込みを行う。
ほとんどの家は留守であったが、何軒目かで主婦と思われる女性が応じてくれた。
「けっこう前に、あそこにあった家で爆発事故があったのよ。周りの家の窓ガラスが割れて大変だったわ。
その家は事故後すぐに取り壊されて、今は何もなくなったわ」
「誰か目撃者はいなかったんですか?」
「このへんの家に住んでるのはみんな教師で、事故当時は仕事で誰もいなかったのよ。
私は子供がいたからすぐに裏から避難したし、目撃情報はないわ、ごめんなさい。
ただ、一回目の爆発のあとに、ダダダダっていう音が聴こえて……その後二回目の爆発が起こって、ガラスが割れたのよね。
あの音はなんだったのかしら……」
(……銃声?)
158 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 14:34:38.28 ID:
iNmol0qk0 得られた情報を総合すると、ここであった事故は単なる爆発事故ではなさそうだ。
おそらく、銃を使った戦闘が繰り広げられ、それに梓が巻き込まれた可能性が高い。
その後、証拠隠滅のために家を跡形もなく消し去ったのだろう。
なによりも、和自身、風紀委員でありながらこの事故の存在を知らなかった。何らかの情報操作が加えられたのは間違いない。
しかし、そこまで分かったといってもここには何も情報は残されていなかった。
わかったのは、唯や梓が危険なことに巻き込まれているという事実だけ。捜査は再び振り出しに戻る。
三人の間に、重い空気が流れる。
「うう……お姉ちゃん、梓ちゃん……」
憂は泣き出してしまった。失意のまま、三人は帰宅する。
帰り際、和が純に耳打ちする。
「純ちゃん……ちょっと話があるから、明日の放課後残ってくれる?」
159 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 14:36:13.30 ID:
iNmol0qk0 翌日の放課後。憂が帰宅したのを確認すると、誰もいない教室で和と純が落ち合う。
「話って何ですか、和先輩?」
「憂の能力のことよ」
「憂の……『能力複製』、ですか?」
和は小さいころの憂について説明を始める。
憂は早くから能力を習得していたが、本人も周りもそれに気づいていなかったという。
「あの子は結構小さいころから、無意識のうちに唯の『自分だけの現実』をコピーしていたらしいの。
でも、憂は唯の能力をコピーしても使うことはできなかった」
「憂でもコピーできないなんて……そんな能力があるんですか?」
「ええ、唯の能力は研究者でも解明できないほど複雑で……それでおそらく事件に巻き込まれたんでしょうけど。
とにかく、唯の能力を憂は使えなかったから、憂はずっと無能力者だと思われていたのよ」
「それでも憂は能力なんかに興味はなかった。唯の『自分だけの現実』をコピーし続けて、唯の存在を間近で感じているだけで幸せだったの。
唯が能力範囲外に出ようものなら、『お姉ちゃんはどこ』って言って泣き出すぐらいだったわ」
「そこまでお姉ちゃん大好きだったんだ……」
「そう、それがネックなのよ……あの子、あまりにも唯に依存しすぎていて……
唯が行方不明になったとき、あの子の能力が暴走してしまったの」
「『能力複製』が暴走……いまいち想像できないんですけど」
「これは研究者が言ってたことの受け売りなんだけれど……
憂の能力の本質は『能力吸収(AIMグラビティ)』。重力を自由に変えられる星のようなものらしいわ」
大きな質量を持つ星が周りの時空をゆがめて重力場を作るように、『自分だけの現実』という異世界の存在は周りの現実世界の法則をゆがめる。
このときに生じるのがAIM拡散力場だと考えれば、憂の能力が説明できる。そう研究者は語った。
160 :
VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/06/26(日) 14:38:30.93 ID:
iNmol0qk0 「あ~、相対性理論ってやつでしたっけ? ちゃんと勉強しとけばよかったなあ……」
「ま、あくまで仮説よ。そう考えればつじつまが合う、ってだけ」
憂の『能力吸収』は、『自分だけの現実』による現実世界のゆがみの程度を自由に増減できる。すなわち、AIM拡散力場を広げたり縮めたりできる。
その結果、相手の『自分だけの現実』が自らのAIM拡散力場の影響下に入り、それを観測することができる。
本来はそれだけの能力であり、半径100メートル以内の能力者の居場所がわかる程度。
即座に演算式を組み立てて相手の能力を使用できるのは憂自身の理解力によるものである。
「それで、『能力吸収』が暴走、すなわち重力を自在に変化させられる星が暴走したら――」
「――ブラックホール、ですか?」
「そう。憂の能力が暴走すると、あたりにいる能力者の『自分だけの現実』を強く引き付けはじめる。
そして、最終的にはブラックホールになって、完全に吸収してしまうのよ。
あのときの感覚は今でも覚えているわ……まるで自分が幽体離脱して、憂に吸い込まれていくような感じだった」
「和先輩も巻き込まれたんですか!?」
「ええ。あの時は必死に憂を抱きしめて、唯は帰ってくるから大丈夫、私もいるから大丈夫、あなたは一人じゃない、って言い続けたわ。
そうしたらなんとか落ち着きを取り戻して、暴走は止まってくれたけど……」
その事件により、憂の能力は研究者の興味を惹き、唯と同じように研究所通いになってしまう。
ただ、すんなりと解析が進んだことで非道な実験に巻き込まれることはなかった。
研究者によれば、もし和があのまま『自分だけの現実』を吸収された場合、無能力者になったうえ、精神に異常をきたしていたという。
そして、そのまま暴走を続ければ、憂の『自分だけの現実』は自重で潰れ、憂の人格も崩壊していたらしい。
「唯が危険なことに関わっている以上、最悪の事態も考えられるわ。
もし憂がまた暴走したら……純ちゃん、憂を抱きしめて救ってあげて。 憂、あなたのことをかなり信頼してるようだから」
「……はい、まっかせてください!!」
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