1:
◆u2ReYOnfZaUs 2018/06/02(土) 19:53:28.22
ID:46mQRJEn0
・デビューして数年後の設定
・シリーズにするかは未定
・ドライブします
・走り屋の話ではありません
2:
◆u2ReYOnfZaUs 2018/06/02(土) 19:54:26.07
ID:46mQRJEn0
「ドライブ?」
「う、うん」
神谷奈緒は、はにかみながら頷いた。
「免許とってさ、お祓いとか、お守りとか欲しくて…」
「アタシを誘う理由になってないじゃん」
ふっ、と笑いながら北条加蓮は言った。
奈緒はちょうど3ヶ月前に自動車免許を取得した。
忙しい仕事の合間を縫ってのことだったので、長い道のりだった。
それから車両を購入したのが、ちょうど先週。
3:
◆u2ReYOnfZaUs 2018/06/02(土) 19:55:07.87
ID:46mQRJEn0
「それに、まだ死にたくないんだけど」
「大丈夫だって!
……うん、多分」
奈緒としては初めて選んだ車を誰か、
いや、加蓮に見て欲しくてしょうがなかった。
だが、テクニックの方を突かれるとやや痛い。
「他の子は?」
「みんな仕事だってさ、凛も」
「プロデューサーは?」
「忙しい」
「結構なことだね」
4:
◆u2ReYOnfZaUs 2018/06/02(土) 19:55:46.97
ID:46mQRJEn0
神谷奈緒、北条加蓮、渋谷凛が
トライアド・プリムスとして売り出されて、はや5年。
ユニットは継続されているものの、仕事はやや少なくなり。
渋谷凛は個人で活躍する機会が増え、
奈緒、加蓮2人は中堅アイドルの地位におさまっていた。
彼女達を担当していたプロデューサーは、
“手がかからなくなった”ということで、既に他のアイドルの面倒を見ている。
5:
◆u2ReYOnfZaUs 2018/06/02(土) 19:56:19.30
ID:46mQRJEn0
「ドライブデートかぁ…」
「うん、デートだ」
奈緒は照れることもなく、にっこりと頷いた。
加蓮は、“奈緒も大人になったな”と思った。
それと同時に、“ちょっとさびしい”とも感じた。
6:
◆u2ReYOnfZaUs 2018/06/02(土) 19:57:10.02
ID:46mQRJEn0
休日。
奈緒は女子寮の前に乗りつけた。
彼女は、プロダクションの駐車場をタダで借りるのは
“セコい”と考えていて、わざわざ専用のガレージを契約していた。
「でっか」
車を見て、加蓮はつぶやいた。
3列シート採用、深青色の巨大なボディ。
低い唸り声を上げるエンジン。
存在感のあるグリル。
それでも不思議と威圧感はない。
7:
◆u2ReYOnfZaUs 2018/06/02(土) 19:57:38.15
ID:46mQRJEn0
「おまたせ」
奈緒は誇らしげに、だが、
ちょっと持て余したように降りてきた。
季節は春だが肌寒い。
奈緒は薄い白のセーターの上に、モッズコートを羽織っている。
一方の加蓮は菜の花のような、温かみのある色のワンピースに、
ピンクのカーディガンを合わせていた。
「いこっか」
「お、おう」
2人は急に気恥ずかしくなり、車に乗り込んだ。
デートという言葉が、周回遅れで思い起こされた。
8:
◆u2ReYOnfZaUs 2018/06/02(土) 19:58:16.44
ID:46mQRJEn0
車が動き出して、しばらく落ち着いてから加蓮は尋ねた。
「どうしてこの車にしたの?」
「みんなで、どっか行くときに便利だと思ったんだ」
広い車内に、声が響く。
あとからやってくる静けさが、少し痛い。
「……音楽」
「ん?」
「音楽、流してもいいかな」
「あぁ、いいよ。
Bluetoothでつながるようになってて、設定は…」
カーナビとスマートフォンを少しいじると、
車内に軽快なポップソングが流れた。
美城プロダクションの曲ではない。
9:
◆u2ReYOnfZaUs 2018/06/02(土) 19:58:50.82
ID:46mQRJEn0
「あと、これを選んだのはさ」
「うん」
「いろんな安全機能がついてて…
あとエンジンが水平対向エンジンで…」
「うん」
奈緒が蘊蓄を語る。
加蓮はその内容に興味はないが、相槌をうつ。
他愛のない時間。だが、その時間を2人は愛おしく思う。
10:
◆u2ReYOnfZaUs 2018/06/02(土) 19:59:38.57
ID:46mQRJEn0
車が高速道路に入る。スピードが急に上がる。
「こわーい」
「だ、大丈夫!」
若干上ずった声で、奈緒が答える。
加蓮は音楽を止めた。
「このクルマにはいろんな安全機能が」
“ピーピー”
「今のは車線をはみだしたときの」
“ピピッ”
「これが車間きょ」
“ピピッピー”
「………」
「安全運転でお願いね」
「うん……」
11:
◆u2ReYOnfZaUs 2018/06/02(土) 20:00:14.95
ID:46mQRJEn0
それからは言葉少なになり、加蓮は運転手を見つめた。
指で梳きたくなるような、やわらかな亜麻色の髪。
くっきりと、意志の強さがあらわれた眉。
真剣なときの瞳。
形の良い、小さな鼻。
弱く噛みしめられた唇。
加蓮は、過去のことを含めても、自分がとても幸せだと感じた。
12:
◆u2ReYOnfZaUs 2018/06/02(土) 20:00:47.03
ID:46mQRJEn0
高速道路を下りると、ちょうど昼ごろになっていた。
「ここいらでお昼にしようか」
ため息をつき、おでこをぬぐいながら奈緒が言う。
「何たべたい?」
「ポ……お蕎麦がいいな」
「なに、ポォ・ソーパ?
ポルトガル料理?」
「おそば!」
加蓮は奈緒からの思わぬ反撃に、
じれったい気持ちになって、口をとがらせた。
自分は好きなものがちょっと我慢できるようになって、
奈緒は口が上手くなった。
お互いに大人になった。2人は、そう思った。
13:
◆u2ReYOnfZaUs 2018/06/02(土) 20:01:28.50
ID:46mQRJEn0
スマートフォンで調べると郊外には蕎麦屋が数多く、
選ぶのに悩んだので、いちかばちか、最寄りの店を選んだ。
その蕎麦屋はなんとも、“風情のある”という言葉以外では、
悪口にしかならないような外観だった。
「……やめないか」
「また歩くのがめんどくさいよ。
ここにしよ」
加蓮が戸を開くと、なんとも味のある音で軋んだ。
「ごめんくだ…」
初老の、眼付きのきつい店主に睨まれ、2人は言葉に詰まった。
だが、かえってこういう場所の蕎麦が美味しいのかもしれない、
と思い、いそいそと席に着いた。
14:
◆u2ReYOnfZaUs 2018/06/02(土) 20:02:04.15
ID:46mQRJEn0
店内の中央に長座があり、というより、長座が1つしかなく、
その周りに座布団が無造作に置かれていた。
正座するしかない。
胡座をかくのは、アイドルとしての職業意識が許さなかった。
長座の上にメニューはなく、壁の、日焼けした紙に
これもまた味のある字で、ごにょごにょと記されている。
ざるそばなら絶対にあるよな…と奈緒。
かけそば、でいいのかなアレ…と加蓮。
2人が、よく通る声で注文をする。
店主は鼻をふん、と鳴らして動きはじめた。
15:
◆u2ReYOnfZaUs 2018/06/02(土) 20:02:37.95
ID:46mQRJEn0
沈黙が息苦しく、何か話したかったが、
アイドルとバレると店主につまみ出されるような気がして、
2人はお通夜のように長座にうなだれていた。
次はもう絶対に来ない。
足のしびれを感じはじめたころ、蕎麦がやってきた。
ざるそばとかけそば、2つが同時に。
ざるそばは胸がすくように香りだかく、
かけそばは出汁の匂いが心地よい。
いただきます。2人は自分の蕎麦に箸をのばした。
16:
◆u2ReYOnfZaUs 2018/06/02(土) 20:03:25.60
ID:46mQRJEn0
「ん!」
一口食べて、奈緒はうなった。
ほのかに甘みがあり、ちょうどよいコシ。
なにより香りが豊かで、つゆがかえって余分に感じられるくらいだ。
うまい!
奈緒は加蓮の方を、いや、かけそばの方を見た。
すると、すでに半分がなくなっていた。
「うん、うん」
かけそばは鰹と鴨の合わせ出汁で、旨味が強い。
具材はネギしか入っていなかったが、それでいい。
コクのある汁の中で、ネギの風味がとても鮮やかだ。
加蓮が顔を上げて、2人の目が合う。
お互いに交換しようか、と思ったが店主の手前。
2人は逆に、取られてなるものかというような勢いで、蕎麦を完食した。
17:
◆u2ReYOnfZaUs 2018/06/02(土) 20:03:59.28
ID:46mQRJEn0
追加で注文したくなるくらいの出来栄え。しかし店主の視線。
いそいそと席を立ち、会計を頼んだ。
あわせて1300。申し訳なさすら感じるほど安い。
2人が店を出ようとすると、後ろから言葉をかけられた。
「お客さぁん、ちょっと」
低く、迫力のある声。
店主か……店主しかいないよな…。
なにかやっちゃったかな…。
2人がひきつった笑顔で振り向くと、
そこには、さきほどの不機嫌そうな顔はどこへやら、
はにかんだような面持ちの店主がいた。
18:
◆u2ReYOnfZaUs 2018/06/02(土) 20:04:30.87
ID:46mQRJEn0
「あの…ぼく、実はお二人のファンで…」
ぼく!
あまりのギャップに、加蓮が吹き出しそうになり、
奈緒は咳き込んだ。
「えっと、えっと…」
人違いです、とも言えず。
ありがとうございます、と言うのも今更で。
2人が顔を見合わせると、今度は店主がいそいそと奥の方へ行って、
また戻ってきて、色紙とサインペンを差し出した。
「ぼく、あの…ぼくは、その奈緒さんと、加蓮さんが、
ちょうど孫と同じくらいの歳で…えーと。
こんなことを頼むのは、その、申し訳ないんですけど…」
19:
◆u2ReYOnfZaUs 2018/06/02(土) 20:05:14.50
ID:46mQRJEn0
「えっと…サイン?」
「い、いやならいやでいいんですよ本当に。
ええ、本当に!
私はお二人に会えただけで本当に」
なんとも歯切れの悪い調子で、店主が話す。
耳まで赤くなっている。
「サインくらい、いくらでも書いて上げますよ」
加蓮が堪えきれず笑いながら、サインペンと色紙を受け取った。
20:
◆u2ReYOnfZaUs 2018/06/02(土) 20:05:46.92
ID:46mQRJEn0
「ごちそうさまでした」
奈緒がそう言って戸を閉める間際、ふと、店主の寂しげな顔が見えた。
孤独の色が染み込んだ顔。他人事ではない気がした。
「いこうか」
「うん」
けれども、それをどうしようもない。
自分、自分達が彼を救うなどという大それた気持ちにもならなかった。
プロダクションの広報部やメディア、ファンが煽り立てるほど、
アイドルは敬虔で慈悲深い生き物ではない。
やりたいことを少し、やりたくないことを結構して、
アイドルでいつづけた2人は、それを知っている。
21:
◆u2ReYOnfZaUs 2018/06/02(土) 20:06:18.74
ID:46mQRJEn0
車がまた動き出す。
神社はほど近いところにある。
「ヨユー?」
加蓮が尋ねる。
「余裕余裕」
苦々しい顔をして、奈緒が答えた。
その神社は小さく、人気が少ない場所にある。
それでも、そこそこに綺麗にされていて、
名前のある神宮などよりも閑静な分、
かえってご利益があるように感じられた。
22:
◆u2ReYOnfZaUs 2018/06/02(土) 20:06:52.79
ID:46mQRJEn0
「まずは手を…」
手水舎に入ると、水盤にはうすく氷が張っていた。
かといって素通りするわけにもいかず、
ひーひー言いながら、手と口を清める。
新春に滝行をやらされたアイドル達もいるので、
それに比べたら、と2人は自分に言い聞かせた。
「ほら奈緒、足洗わなきゃ」
「しょうもない嘘つくな」
「昔はその嘘に付き合ってくれてたじゃん」
「“だまされてた”を美化したら、そうなるな」
23:
◆u2ReYOnfZaUs 2018/06/02(土) 20:07:28.43
ID:46mQRJEn0
ハンカチで手を拭い、手水舎を出る。
本殿は、うっすらと古い書物のような匂いがして、
初めての場所なのに、2人をなつかしい気持ちにさせた。
頭を軽く下げ、賽銭箱に近づく。
「課金額は?」
「課金言うな……明るいドライブライフのために」
奈緒は財布から一万円札を取り出して、賽銭箱にすべり込ませた。
加蓮はその様子を一瞥したあと、財布をひっくり返して、
有り金を賽銭箱にすべて流し込んだ。
「お前マジか…信じられないくらい信心深いじゃないか」
「これで足りればいいんだけどね」
24:
◆u2ReYOnfZaUs 2018/06/02(土) 20:08:01.82
ID:46mQRJEn0
それから鈴を鳴らし、柏手を二回。
奈緒は、頑張れ神様と念じた。
加蓮は、ただ生きていたいと、そう願った。
25:
◆u2ReYOnfZaUs 2018/06/02(土) 20:08:30.73
ID:46mQRJEn0
最後に一礼をして、本殿から離れる。
次はお守りだ。
「とりあえず交通安全を……って」
ここは交通安全を願う神社だったが、お守りは
商売繁盛、無病息災、恋愛成就、安産と各種取り揃えられていた。
「神様もワンオペの時代か…」
「労基法は適用されるのかな」
2人の冗談を気にもとめず、巫女はにこやかに、お守りを売ってくれた。
26:
◆u2ReYOnfZaUs 2018/06/02(土) 20:08:59.29
ID:46mQRJEn0
「まっすぐ帰っていいか」
「うん」
お祓いの済んだ車に乗り込むと、シートがやや冷たく感じた。
エンジンをかけると、神社が静かな分、駆動音が大きく聞こえる。
「やっぱり」
加蓮が言った。
「少し遠まわりをして帰ろうよ」
「わかった」
車体がゆっくり動き出す。
「そういえば、加蓮は何をお願いしたんだ?」
「世界平和」
「うそつけ」
奈緒に突っ込まれ、加蓮は下唇を指でもんだ。
27:
◆u2ReYOnfZaUs 2018/06/02(土) 20:09:31.30
ID:46mQRJEn0
「ふつーに健康をお願いしたよ。
ずぅーっ、とアイドルでいられるように」
「ずっとって……まさか死ぬまで」
奈緒はとっさに口を噤んだ。
加蓮の過去が、そうさせた。
当の本人は大して気にした様子もなく、答えた。
「いいじゃん。
今年のもくひょー、“死ぬまでアイドル”」
28:
◆u2ReYOnfZaUs 2018/06/02(土) 20:10:01.47
ID:46mQRJEn0
奈緒は路肩に車を寄せて、エンジンを止めた。
冗談に聞こえなかった。
「加蓮」
真剣な声で呼ばれた加蓮は、息をのんで、
おまじないのように奈緒の手を握った。
「ずっと」
奈緒は加蓮の手を握りかえして、言った。
「ずっと、アイドルでいるよ。
あたしも……」
「うん」
エンジンも暖房も止まって、車内は静かだった。
それでも2人は、静けさを苦痛には感じなかった。
孤独が遠ざかっていく足音が、どこかから聞こえるような気がした。
29:
◆u2ReYOnfZaUs 2018/06/02(土) 20:10:26.05
ID:46mQRJEn0
おしまい
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