【モバマス】10年後の、二人の日記-三船美優-

2017-04-24 (月) 22:01  アイドルマスターSS   0コメント  
1: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/08(土) 16:35:32.06 ID:y+SCdcPS0

・モバマス 三船美優さんのSS
・一人語り、読点、独自設定あり
・モブキャラあり
・かきためてるのですぐおわります

それでよければ続行、むーりぃなら回れ右で




2: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/08(土) 16:36:20.89 ID:y+SCdcPS0


私は今、北に向かっています。


新幹線の座席。
並んで座っている人は、私のPさん。

目的地は、岩手。


けれど、この旅は

里帰りでは、ありません。






3: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/08(土) 16:37:37.60 ID:y+SCdcPS0


話は、10年以上前まで遡ります。


中学の頃、今も おとなしい と言われる私--三船美優--は
輪をかけておとなしい、いえ、おとなしいを通り越して

孤独な女の子でした。


周囲の話や流行のペースには何かと合わず
さりとて無理に輪の中に入るのも臆してしまい

なにをするにも、ぽつねんとしていて。


それを特に寂しいとも、思っていませんでした。


けれど、そういう私を放っておけないという
今考えればありがたい友達が、いたのです。





4: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/08(土) 16:39:49.80 ID:y+SCdcPS0


遠足や、班分け、登下校。
気付けば私に声をかけ、ごくさりげなく
人の輪に融け込ませてくれました。

当時から、表情が冷たいとか、違う世界にいるとか
遠巻きに扱われていた私との距離を

邪魔にならないように、詰めてくれました。


いつの頃からか、私からも
彼女を誘って一緒に遊びに出かけたり…
あ、アクセのお店とか、ファストフードのお店とか、そんな程度ですよ。

それですら、私には 冒険、といって大げさなら
新たな世界への一歩、でした。




5: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/08(土) 16:42:57.33 ID:y+SCdcPS0


「交換日記、しない?」

ある日、彼女にそんな提案を貰いました。

口下手な私も、文章の世界ならのびのびはばたけるかもしれない。
メールでもやりとりはしていましたが、手書きの文字や絵で
お互いを知り合えば、もっと距離が縮まるかもしれない。

そう思ってくれたのかもしれません。

別段そういう申し出を、殊更嬉しいとも面倒とも思わず
なにげなく受け容れた、ように憶えています。

当時から面倒くさい女の子だったんですね、私…。


「なんでもいいんだよ、今日あったこと、普段考えてること、夢、思いつき…」


却って なんでもいい と言われると困ってしまうものですが
それこそ思いつくままに、日々の出来事から、ぼそぼそと連ねてゆきました。





6: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/08(土) 16:45:18.80 ID:y+SCdcPS0


私の表情のように、無機質な文章が多かった、はずですが。

彼女の日記の返事は、軽くいなすでもなく、無理に盛り立てるでもなく
ちゃんと私のことを、私の大きさのまま、受けとめてくれました。

文章は、読んでくれる人がいて、はじめて完成する。

そんなことを言う人がいたと聞きます。

私は、彼女という「読み手」を得て、はじめて自分の落ち着く場所が
できた気がしました。





7: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/08(土) 16:49:24.80 ID:y+SCdcPS0


日記が進むにつれて、話題も多彩になりました。

ほんとうにどうでもいいことも、ページの隅っこのイラストも

真剣な悩みも、自分の弱さも。

そのひとつひとつに、真正面から向き合って、同じ楽しさや嬉しさ、
強さと弱さを 感じようとしてくれた彼女。

どれだけ、私の かさついていた心が潤ったことか。
そもそも、心が かさついていることにすら、彼女がいなかったら気付けていたかどうか。

感謝は尽きません。


「ありきたりな感想しか書けなくて、ごめんなさい」


そうしたためたときも、


「美優ちゃんが思って、それを素直に書いてくれたことが、私にはうれしいんだ。
 たまたま文字の並びが ありきたりだったりしても、美優ちゃんが感じた思いは
 誰にも替えられないから、気にせず書いてね」


何度、胸に日記を抱いたまま、しみじみと幸せをかみしめたことでしょう。





8: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/08(土) 16:58:19.42 ID:y+SCdcPS0


そんな間柄も、卒業という名の区切りで
否応なく終焉がおとずれようとしていました。


別々の高校に進む。

とわかったとき、真っ先に不安になったのが


「日記、どうなるのかしら…」


つい、彼女の前でつぶやきました。


彼女以外の前でこんなことを言ったら


 どうなるも何も、あなたが決めなさい。


とか、にべもなく突き放されそうなものですが、
私の不安を きちんと彼女はわかっていました。


まだ、自信がない。

日記の中のように、誰にも臆せずひるまず、思った通りのことを伝える
そんな三船美優には、彼女以外を前にすると、まだ、なれない。

一歩を踏み出すのが、怖かったんです。




9: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/08(土) 17:02:36.34 ID:y+SCdcPS0


でも。

日記の代わりに何をすれば自信が得られるのか
だいいち彼女のような、すべてをうけとめられる慈母のような人に
そうそう巡り会えるものなのか。

ぐるぐると同じことばかり考えて、結論が出ませんでした。


そしていよいよ卒業の日。


「美優ちゃんに、いままでの日記…預けるね」


数冊のノートを、私の手に託してくれた彼女。


不安になったら、いつでもそのノートを見返して
どんなふうに自分が自信を持てるようになったか、確かめられるように
しておこう。

そういう、まるで親心のような気配りで、もう行き交わない交換日記が
やってくることになりました。


ここまで手取り足取りさせていたのかと、いま思い返しても恥ずかしくなりますね…。




10: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/08(土) 17:04:50.06 ID:y+SCdcPS0

あ、ごめんなさいもうひとつ>>1に追加で

・「だ、である調」と「ですます調」が混ざることあり

ある人(作家に非ず)の文章が好きで、それっぽくしてます




11: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/08(土) 17:07:50.53 ID:y+SCdcPS0


現に言ってたんですよ。

「美優ちゃんもそうかもしれないけど…昔書いたことを読まれるのって
 ちょっと…恥ずかしいな」

それでも、私が私であろうとすることには替えられないと
私にとって贅沢すぎるほどの財産-彼女のいつわりない気持ち-を
くれたのです。

この私に…


振り返ると、私の人生には
モノトーンの時期と、鮮やかに色のついた時期があって
彼女と交換日記をしていた時期は。

間違いなく。

彩り豊かな時期でした。





12: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/08(土) 17:13:18.18 ID:y+SCdcPS0


卒業してからも、メールのやりとりなどは続いていて。
日記も、ちょっと怏々とすることがあったりしたら
読み返してみたり、していました。

彼女の日記は、物理的なノートという存在以上に
私の中に、持ち重りのするものを残してくれていたようです。


それでも高校という、新しい環境ができると
不器用な人間でも、その環境なりの居場所ができるもので

中学の頃よりは少しだけ、私の周りにも人の輪が増えて

あんなに心配していた、私が私であるという自信も、自然に少しずつついてきて。


…。


せっかく託してくれた日記も
開く機会が だんだん少なくなっていました。

このままでは、棚の肥やしになって、いつか私自身も忘れ去ってしまう。




13: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/08(土) 17:17:45.19 ID:y+SCdcPS0


でも。

この日記は間違いなく、ここまで成長できた私の糧になってきた。
万一捨て去ってしまったりすれば、いままでの自分を否定するばかりでなく
また昔の、孤独な自分にもどってしまうかもしれない。

今更そんなことはできない。


「日記、どうしよう…」


ちょうど1年が過ぎようとしている頃でした。
去年と全く逆の悩みを、日記に対して抱えていました。




14: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/08(土) 17:22:31.89 ID:y+SCdcPS0


高2にあがった、4月。

交換日記の彼女と、久しぶりに会いました。

私の方から、会って伝えたいことがある。そう連絡したのです。


彼女も彼女で、進学先で新たにできた人間関係に揉まれながら
頑張っているようでした。

でもありがたきかな、肝心の包み込むようなやさしさは
まったく変わっていませんでした。

なつかしい話にも花が咲いて、日も傾きかけてきた頃。

よく一緒に散歩をした、家の近くを流れる川の堤を歩いているとき。

意を決して、彼女に言いました。



「あの日記…タイムカプセルにしない?」




15: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/08(土) 17:26:34.73 ID:y+SCdcPS0


タイムカプセル。

それだけで彼女には、意図が伝わった様でした。

交換日記は、当たり前ですが、中学卒業から一ページも増えていません。

私を育む「役目」は、実はもう終わっていた。

いま読み返しても、新しい関係が生まれた高校生の三船美優には
そのまま参考になりにくい。


だから。

ずっと時が経って、あの頃の二人が「歴史」であるといえる日が来たとき
また読み返してみれば、客観的な目で、いとおしく、読めるのではないか。

そのときまで、日記に頼らず、頑張ってみる。

決意表明の代わりに、「タイムカプセル」というアイデアを出した。


そんなところです。


「…うん、いいんじゃないかな」


あの頃と変わらぬ、花咲くような笑顔で、首肯してくれました。

堤の桜のつぼみは、まだ固く閉じたままでしたが
胸の内には、ぽっと一輪、薄紅の花が咲いた気が、しました。




16: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/08(土) 17:31:50.90 ID:y+SCdcPS0


家から持ってきた おせんべいの缶の中に
密閉袋に入れたノートを大事におさめ

堤を下り

これも家にあったシャベルで、少し深めの穴を掘り

…怪しまれないようにびくびくしながら…

缶を穴の中におさめて、また埋め戻しました。

その間、二人とも、なんと言えばいいのか、ちょっと晴れやかな、
引っかかりが取れたような、表情になっていました。


「5年…だと早すぎるかな…10年後、10年後の今日。4月の2日。
二人でここに来て、日記を取り出して、読み返しましょう」


町の境にかかる橋から数えて、5本目の桜。
その堤を下りたところ。

ここに、10年後。

私達の「歴史」を読みに来る。

そして。


10年後の日記の続きを、お互いに綴る。


そう、約束したんです。




17: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/08(土) 17:34:53.17 ID:y+SCdcPS0


Pさんと出会ってからしばらくして
いま述べたような話をして


「この日、4月2日は、一日オフにして下さい」


まだ、アイドルとして軌道に乗るかどうかも
不確かな頃です。

ずいぶん出過ぎたことを言いましたね。


けれど、Pさんは私の中にある「日記の大事さ」を
尊んでくれました。

スケジュール帳の、うんと先の、真っ白なページに

 ← 三船 オフ 岩手 →

Pさんらしく、かっちり書き入れて。


「ありがとう、ございます…」




18: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/08(土) 17:39:13.77 ID:y+SCdcPS0


と。

そっとのぞき込むように手帳のページを眺めていた私の上から
ふいにPさんの声が降ってきました。


「…私も、同行します」

「え…」

「なにかあると、困りますので」


道理です。
いまや私は、自分でも信じられませんが、アイドルです。
アイドル三船美優という名の、役割があります。

孤独かつ好き勝手なことは、やりにくくなっています。


「勿論…お会いになるお友達の邪魔にならぬよう、最大限努力します」

「あ…はい…」


ほんのすこし、胸の疼きを覚えました。

なぜなのかは、気づかぬまま。




19: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/08(土) 17:47:02.59 ID:y+SCdcPS0



新幹線から、在来線へ。

駅の通路には、まだ冬が残っていて、ひんやりしています。


数駅、東京方へ戻り、着いた小駅。

もう一段、ひんやりした空気が、線路に沿って渡ってきます。


コートをかたく閉じ、そのままポケットからきっぷも取り出し
改札の小箱に入れようとして。

水色の券片の文字を、じっくり眺めます。


私を、10年前に連れてきてくれたきっぷ。


10年前は、ここを離れることすら想像しえなかった
ちいさな、ちいさな少女。

逆向きのきっぷで、キャリアウーマンを目指して旅立ったのは
名実ともに大人になった頃。

変わりに変わった私が、変わらないあの日に会いに「三船さん」


はっと顔をあげると
ちょっと首をかしげたPさんが、いつの間にやら改札の外から
私を眺めていました。


「ごめんなさい、ちょっと…考え事をしていて…」

「そう、ですか…」


と、こう書くと淡々と事実だけになってしまうのですが、
Pさんの視線は、どこか射るようで、そのくせどこか
あたたかいものがありました。


「お待たせしました…こちらです」




20: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/08(土) 17:54:58.12 ID:y+SCdcPS0


通学時間を過ぎているので、田舎道に人の影は滅多に
見られません。

空はぼんやりと碧く、おだやかな陽気になりそうです。

遠くの空が広いことで、川が近いことを無言のうちに
語っています。


あの日も、交換日記を胸に、ここを歩いていて…。

タイムカプセルにする。
そう言ってから先、あまり会話は…なかった、かな。

一字一句、憶えてはいないけれど、


「あ、きれいな花!」
「あそこ何つくってるのかなあ?」
「こんにちは、かわいいワンちゃん、ですね…」


なんとなく、面と向かっての深い話は、避けていた気がします。

いろんな、自分でも思いもしない気持ちが、溢れてきそうで
ありきたりなことばかり、話していた、そんな記憶があります。


10年経っても、道路脇には名も知れぬきれいな花。
家の建て替えかしらん、工事の音が聞こえてきます。
犬の散歩をする人は…いませんね。
そういえば我が家で飼っていたレトリーバも、旅立ってしまい「三船さん」


Pさんの声。

あ…私、また思い出に浸って…
いつしか地元の人しか通らないような細路地をひとり…


「ごめんなさい、ちょっと…考え事をしていて」


さっきと全く同じ言い訳。


こんどもPさんは、おだやかに私を見つめてくれます。


「こっち、なのですか」
「いいえ…さっきの通りを、まっすぐ…です」




21: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/08(土) 17:58:07.40 ID:y+SCdcPS0


…。

間が、もちません。

いつもは、これくらいの沈黙、なんともないのだけれど
今日はどうしたのかしら。

そんな空気は、Pさんも感じていたみたいで


「あの」


びくっ、と刹那。


「ひとつ、伺っておきたいことがあって」

「はい」

「お友達のことです」


…なんとなく、次にくる言葉の、予想がついていました。




「いまも、そのお友達とは、その…連絡が取れたり、しているのでしょうか」







22: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/08(土) 18:01:07.08 ID:y+SCdcPS0


痛いところでした。

つい、Pさんには、話していなかったのです。
無意識のうちに、避けていたのかも…。


「…」


黙って、歩いてみました。

空が、見られなくなりました。


Pさんは返事を、待ち続けています…。

先を歩くので見えませんが、きっとおだやかな表情のまま。


たまりかね、ついにくるり振り返り、深々と。


「…ごめんなさい」


…観念した、瞬間でした。




23: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/08(土) 18:02:30.64 ID:y+SCdcPS0


「高校を卒業したあと、まったく音信が…途絶えて…」


高校、大学、就職。
それぞれに、新しい環境が、次々に飛び込んできます。

二人の関係は、なつかしくはあっても、それだけ。

ついつい、疎遠になってしまい、いつしかメールも不達になり。

思い切って、実家の住所へ年賀状を出してみたのは、今年のこと。
来てくれるよね。
確認の意味も込めて。

松が明けた頃、我が家に届いた葉書には、見慣れた筆跡と赤いスタンプで


あて所に尋ね
あたりません





24: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/08(土) 18:06:20.83 ID:y+SCdcPS0


「だから、今日ここに来たのは…彼女が約束を守ってくれる『はず』という
 …それだけの、希望しか、なくて…」


言外に、そんな薄弱な理由で丸々一日をオフにし、Pさんを連れてきてしまった
しかもそのことを、今の今まで黙っていた
懺悔の気持ちを、込めたつもりです。


「もっと早くに…はっきり言えばよかったのですが」


「やはりそうですか」

「え」

「三船さんがお友達の消息に全く触れないので、おそらく、とは思っていました」


Pさん…。
わかって、切り出さなかったんですか。
だったら、私が今まで黙っていたのって…。

あれほどもやもやしていた気持ちが、だんだん晴れてゆく気がしていました。


「話して下さいますね、黙っていた理由」

「はい」


きちんと目を上げると、そこにはPさんの温和な表情と、かすんだ青空。





25: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/08(土) 18:11:37.91 ID:y+SCdcPS0


「もし、友達の行方が知れない、と言ってしまったら、その…Pさんが…」

「オフを取り消してしまう、と?」

「ええ…それが怖くて、黙っていました。ずるい女です…」


ほんとうに、ずるい。

結局、自分ばかりが大事で、そのために周りを振り回してばかり。

振り回されているように見えて、振り回しているのは、私だったのね…。


「ずるくは、ないです」

「…でも」

「たとい音信が不通でも…約束を、なさったのですよね」

「はい…」


10年後の4月2日、県道の橋から5本目の桜を下りた、堤のたもと。

ここで、二人で交換日記を…。

そこだけ、彩色されてありありと残る、私の歴史。


「その約束があるなら…今日、ここに来る意味は、じゅうぶんにあります」


ああ。

嬉しかった…。

面識の全くない彼女との間柄を、そこまで感じ取ってくれるなんて。


「ありがとう、ございます…」


いつものように、伏目がちに応えたものの
心の底からの、ありがとう、でした。




26: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/08(土) 18:14:09.79 ID:y+SCdcPS0


隣町につながる、県道の橋。

もうすこしすると、桜の名所となって、人々がやってきます。

川風が身体全体を冷やすように、いそいそと吹き抜ける今は
人影もほとんどありません。

つぼみの桜を見上げながら、数えはじめました。


1本

2本


Pさんも、たしかめるようについてきます。


3本


4本


「…?」


5本目の桜。


明らかに、遠い…


「どうしましたか」

「5本目の桜…このあたりだった、はず…なんです」




27: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/08(土) 18:16:19.42 ID:y+SCdcPS0


不自然に間隔が広がっている桜並木。

5本目の桜は、間違いありません、当時の「6本目の桜」です。


「おかしいわ、確かこのあたり…に…」


Pさんは、川の方を見やります。

目線を追うと


そこには、真新しい人道橋がかかっていました。

欄干には、橋の名前と「平成27年竣工」という銘板が。


その橋につながるコンクリートの真新しい階段が、堤の下から続いていて、





桜の木も、あの交換日記の入ったおせんべいの缶も

コンクリートの下に、眠ってしまいました。







28: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/08(土) 18:19:07.94 ID:y+SCdcPS0


階段を降り、交換日記を埋めた辺りを、うろうろしてみましたが

もう、どうしようもありません。


「遅かったんですね」

「三船さん…」

「10年も待ったりせず、いまを大事に生きなければいけないのに…後ろばかり向いて…」


あまりに我儘な故に、あまりに滑稽な現実。


「ばかですね、私」

「…」

「こんな現実を確かめるためだけに、わざわざ…」

「いえ、まだ…やることがあります」



…そうだった。

彼女が、ここに現れるかもしれない。

約束をしたのは、私。
その約束を大事なことだと言ってくれたのは、他ならぬPさんです。



コンクリートの階段を上がり、ベンチに二人、座りました。

吐息をつくと、少しあたたかくなりました。




29: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/08(土) 18:22:33.80 ID:y+SCdcPS0


近くにできたコンビニで、お弁当まで買ってくださって

「ほんとうに…すみません」

「いえ」

なんだか、私以上に大事に、大事に、日記のことを扱ってくれて
戸惑うくらいでした。



だんだんと、景色が碧から赤みを増してきました。

何時間、待ったことでしょう。

刻々と、帰りの新幹線の時間が、近づいてきます。


「…三船さんは」


川面をぼんやり眺める私に、つぶやくように話しかけるPさん。


「今日お友達が、ここにやって来ることを、本気で信じていたのですか」

「…」


難しい、それだけにPさんも訊きづらい質問だったと思います。

友達がここに来る可能性は、音信不通になったことで、いっきに下がったかも
しれません。

でも、約束一つだけでここに現れてくれたら、それは素敵な
夢のような出来事といえるでしょう。
それだけのつながりを、16歳の美優は確かに感じていました。

だから、ここに来てほしい。
会いたい。

その思いは、確かにあります。





30: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/08(土) 18:28:06.64 ID:y+SCdcPS0


けれど。


来てくれないということは、彼女にも彼女自身が大事に抱える日常があって
その中を一生懸命生きていることに他ならない。

昔の私なんかにこだわっていない。

それはそれで、喜ばしいことでしょう。


「信じてはいましたが、来なくても道理かも、と思っていました」


我ながら、ぬえのようなものの言い方だなあと思ったりしましたが
本音でした。


「来れない理由は…いくらでもありますから」

「…」

「それに、いまの私には…別の『日記』が、ありますし…Pさんとの…」


思うことを、ぶつけられる。
やれること、やれないこと、全部見てもらえる。
かっこよくても、悪くても、ありのまま。


10年経って、今の私は
ここに来ない彼女のように、自分なりの交換日記を
手にすることができました。


少し、Pさんの顔が赤くなった気がしました。

傾きかけた太陽のせいかもしれません。





31: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/08(土) 18:30:20.52 ID:y+SCdcPS0



彼女が現れないまま、タイムリミットが、来てしまいました。


「行きましょうか」

「…………はい」


名残惜しさに、日記があった場所を、なんども、なんども振り返り。

その都度、Pさんは立ち止まって、私を待ってくれました。


ついに、川の堤が見えなくなったところで


突然Pさんのことを抱きしめ…


その胸で、ひっそりと泣きました。


悔し涙だったのか
嬉し涙だったのか
あるいはそのない交ぜなのか
自分でもわからない。


Pさんという、交換日記の1ページに、しまわれた思い出でした。






32: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/08(土) 18:31:29.78 ID:y+SCdcPS0


10年前の私には、居場所などどこにもありませんでした。

交換日記は、私が私に帰れる、ただひとつの場所でした。


あれから10年。

家を出たときと同じ方向に走る新幹線に乗る私には


確かに帰る場所が、あります。


fin.




33: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/08(土) 18:32:56.64 ID:y+SCdcPS0

以上です
お目汚し失礼しました

html依頼出してきます




34: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/08(土) 18:34:13.50 ID:0UfSGIeCo

素晴らしかった




元スレ
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1491636931/

関連記事

アイドルマスターSS   コメント:0   このエントリーをはてなブックマークに追加
コメント一覧
コメントの投稿