さやか「さやかちゃんイージーモード」【中編】

2011-04-26 (火) 12:17  まどか☆マギカSS   4コメント  

前→さやか「さやかちゃんイージーモード



100 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2011/04/19(火) 18:57:55.85 ID:HkLqSV2Ao
「おい! このDV野郎!! 出てきやがれ!!」

 杏子は隣の部屋の玄関をノックしていた。

 この恭介って奴だけは許せない。
 こいつを何とかしてさやかから引き離さなくてはならない。

 そう思って、杏子はドアを乱暴にノックし続けた。

「うるさい!!」

 だがしかし、杏子の前に現れたのはクズのDV野郎である恭介ではなく、更に顔のアザを増やしたさやかだった。

「あんた何いいがかりつけてんのよ? 誰がDV野郎なのよ! いい加減にしてよ!!」

「さ…さやか…その顔…」

 杏子は痛々しいそのアザに手を差し伸べようとした。
 だがはじけるような音が鈍い痛みを植えつけて、杏子のその手はベクトルをねじ曲げられた。

「さわんないでよ! あんた気安いのよ! 人のこと勝手に呼び捨てにするし、サイテー!! もうあたしの前に姿を表さないでよ!!」

 ヒステリックに叫ぶさやかの後ろでは、恭介がニヤニヤといやらしく笑っているのが見て取れる。

 杏子は自分にかつての父の面影が重なるのを感じていた。
 教会から分派したばかりの父。
 こんな風に誰も話を聞いてくれなかった。
 あの時の父も、今の私と同じ気持だったのだろう…

 もし…願い事が一つ叶うなら、自分の話をさやかにきちんと聞いて貰いたい…そう願うだろうと、杏子は思った。



101 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/19(火) 18:58:35.29 ID:HkLqSV2Ao
「…気持ち悪っ。」

 耳を疑ったが、それはたしかにさやかの声だった。

 杏子の胸に、深く突き刺さる刺のある声。
 
「人の家に勝手に怒鳴りこんできてさ…何勝手に泣いてんのよ! 気持ち悪い!」

 それを聞いて自分の視界が霞んでいることに気がついた杏子は慌てて目を拭った。
 
 乱暴な音。
 
 涙を拭い終わって元通りになった視界の先には、
 さやかの代わりに固く閉じられた扉が杏子を拒絶するように立っているだけだった。



102 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/19(火) 18:59:16.59 ID:HkLqSV2Ao
 ひと通りレズセックスを済ませ、まどかを寝かしつけたベッドを名残り惜しむように離れたほむらの背中に、

「ほむらちゃん、またお仕事行っちゃうの?」

 と、か細い声が触れた。

「起こしてしまったのね。 ごめんなさい。 今夜もパトロールに行かないといけないの。」

「ほむらちゃん…」

「2時間ほどでもどるから、良い子にして待っていなさい。」

 そう言ってほむらは細長い弾倉を明かりにかざして9ミリ弾の弾数を確認し、
 それをオートマチックの拳銃に装着し、スライドを引いた。

 シャクン、と言う装填の音は拳銃に注された油の匂いと共に、いつもまどかの心に恐怖を植え付ける。

「もう遅いから、寝なさいね」

「うん…行ってらっしゃい」

 明かりが消され、優しくドアが閉められる。

 暗闇の中に取り残されたまどかは、ほむらが帰ってくるまで起きていよう、そう思った。



103 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/19(火) 19:00:09.71 ID:HkLqSV2Ao
 痺れのような知覚が抜けていき、破壊された自分が徐々に再構成されるような感覚で意識を取り戻しつつあったマミの耳に、
 久兵衛が浴びているシャワーの音が響いてきた。

 ごろん、と寝返りを打つと性器に痛みが蘇り、マミは顔を歪めて微かに呻いた。

 その痛みに、下腹部を覆っていた痺れも晴れてきて、マミはそこに喪失感が形を表すのを感じた。
 
 自分に穿たれた穴である。他人の形を記憶した、暗い穴だ。



104 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/19(火) 19:01:08.65 ID:HkLqSV2Ao
 久兵衛がバスタオルで体を拭きながら近づいてき、マミの寝ているベッドに腰掛け、タバコに火をつけた。

 マミにはその背中が向けられている。

 不意に、体に開けられた穴が、喪失感の象徴が悲しいまでに冷たく感じ、マミは温もりを求めて久兵衛の背中に触れた。

 久兵衛がそれに気がついて振り返った瞬間、マミの手は弾けるように引っ込み、一瞬後に鋭い痛みが襲ってきた。

「あつっ…!」

 マミの手の甲には5ミリほどの丸い火傷が出来ていた。
 タバコの火を押し付けられたのだと、マミはその時気がついた。

「僕は今、賢者タイムなんだ。 鬱陶しいからさわらないでくれるかな」

 マミの視界は涙で霞んでいった。
 
 下腹部の喪失感はさらに冷たく、マミは体が震えてくるのを感じ、
 下腹を体全体で覆うように縮こまった。

 それでも体は芯から冷えてくる。
 マミは放り出されていた羽毛布団を被ったが、体は温まらなかった。

 マミは寂しさを埋める温もりを見失い、眼を閉じて涙をまぶたから頬に追いやった。

 そしてかつて温もりをくれていた彼らの写真が、惨めな自分を見下ろしている事に気がついた。

「お父さん…お母さん…」

 マミの目に、また涙が溢れてその視界を濁した。



105 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/19(火) 19:02:06.29 ID:HkLqSV2Ao
 久兵衛は、そんなマミの言葉など耳にも入らなかった。
 彼はひたすら、別の女のことを考えていた。

 まどかである。
 
 まどかを犯せば、どんな声で泣くのだろうか…
 
 いつかきっとあの暁美ほむらを出しぬいて、まどかと契約しよう…そしてあわよくば…

 そこまで考えて、久兵衛はタバコが短くなっている事に気が付き、
 持ってきたティーカップのソーサーにそれを押し付けて火を消し、立ち上がった。

「悪いけど、明日は早いんだ。 やることはやったし僕はもうおいとまするよ」

 マミに一瞥もくれず、久兵衛は服を着て部屋を出た。

 今夜はずっと一緒にいてあげる―
 そうマミに約束したことなど、この男はすっかり忘れていた。

 灰皿がわりに使われたソーサーの上に転がっている吸殻のフィルタに印刷された銘柄とマークが、
 鮮やかなピンク色なのを見やったマミには、それが別の女の口紅のように見えた。



106 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/19(火) 19:03:33.09 ID:HkLqSV2Ao
「手を上げなさい」

 公園のブランコに座り、俯いてさやかのことを考えていた杏子の頭上に、冷たい言葉が浴びせ掛けられた。

「あん?」

 気怠そうに顔を上げた杏子の瞳に写ったのは、冷たい目をした女と、その手に構えられた拳銃だった。

「何だテメーは?」

「警察よ。 あなたは大丈夫みたいね」

 女は拳銃を仕舞い、警察手帳を開いてIDカードを見せつけた。
「暁美ほむら」と書いてあるが、杏子はどうでもいいと思った。

 頭の中をさやかが埋め尽くし、脳みそがパンクしそうでそれどころではないのだ。



107 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/19(火) 19:04:09.34 ID:HkLqSV2Ao
「お巡りかよ…あたしの事はほっといてくんねーかな…」
 
「そういう訳には行かないの この街では凶悪事件が頻発しているのを、あなたは知らないの?」

「越してきたばっかりでね…」

「とにかく、あなたを家まで送ってあげる。 立ちなさい」

 ほむらは杏子の襟首を掴んで立ち上がらせた。
 もの凄い力だ。

「離せよ! 自分で立てるって!」

 杏子はほむらの腕を振り払った。

「こんちくしょう! 税金泥棒め!!」

 さやかのことが上手く行かなくてやけくそになっている杏子は、ほむらに悪態をついてから歩き出した。
 
 ほむらは、結局杏子の家まで付いてきた。

 杏子はほむらの事を、餌を欲しがっている野良犬のようだと感じ、不快感を持ったが、
 同じことをさやかが自分に対して感じているだろう事などツユ程も考えては居なかった。



108 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/19(火) 19:05:00.70 ID:HkLqSV2Ao
 朝の光にさやかが身を晒したとき、一番に視界に入ったのは杏子だったので、彼女は最低の朝だと思った。

 杏子は一階の隅に住んでいるおばあさんににこやかに話しかけ、なにやら長方形のパンフレットのようなものを渡していた。
 
 朝っぱらから哀れな独居老人を相手にするなんて余程暇なのだろう。

 この老人は老い先短いだろうとこのアパートの誰からも思われている。

 住人は皆、この老人が死んだ際に死体の第一発見者になるのを恐れて、彼女には近づかないようにしているのだ。

「さやかもどうだい?」

 鉄の階段を降りる音で気づかれた。
 杏子はさやかに駆け寄って来て、先程ババアに渡していたパンフレットと同じものを渡してきた。

 そこには、「すべての悩める人達へ」とか、「みんなで手をとりあって苦しみを乗り越えよう」
 とか言う胡散臭い言葉が散りばめられており、さやかは吐き気がしてパンフレットを持っている杏子の手を払いのけた。

 こいつは怪しい新興宗教の勧誘員だったのか、とさやかは思い、この女には二度と関わりたくないとの誓いを新たに彼女は出勤した。



109 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/19(火) 19:06:29.98 ID:HkLqSV2Ao
 バイト先に到着したさやかは、マミの様子がおかしいことに気がついた。
 落ち込んでいるようで、表情が暗い。

 どうしたんですか?と語りかけると取り繕ったように明るくなるが、その様子はどこか痛々しかった。

「さあ、今日もがんばりましょう!」

 そう言って動き出すが、その動作には張りがなく、鈍い。

 つまらないミスも頻発し、さやかはその尻拭いに追われた。

 そんな中、さやかを助けたのは同僚のナカノさんの存在だった。

 彼はコミュ症の使えないジジイだったが、この日ばかりは狂ったように働いてくれた。

 マミに聞いたところによると、昨日の夜勤からぶっ続けで働いてくれているらしい。

 一体彼に何が起こったのだろうか…?



110 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/19(火) 19:07:15.85 ID:HkLqSV2Ao
 さやかが陳列棚を整理していると、久兵衛がやってきた。

「鹿目まどかは、いつも何時くらいにやってくるのかな?」

「時間が決まっているわけじゃないので分かりません」

 どうせまた契約しようとしても、あの変態の同棲相手が飛んできて阻止するに違いないのに…とさやかは思う。

 ほむらはまどかにGPS機能付きのキッズケータイを持たせ、
 まどかが家を出ると仕事を抜けだして尾行を始めるのだそうだ。

 まどかの日常そのものが、ほむらにとっては変態プレイの一環なのである。

 ふとマミの方を見やると、更に決まりの悪そうな顔になっている。

 さやかはこの男とマミが何かあったのではないかと直感したが、追求しようとは思わなかった。



111 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/19(火) 19:08:09.14 ID:HkLqSV2Ao
「さやかちゃん! こんにちは!」

 まどかが来てくれた。 癒しの時間だ。
 久兵衛が発情したような顔でまどかに近づこうとしたが、その前にマミが立ちふさがった。
 
「鹿目さん。 悪いんだけど今日は忙しいから帰ってもらえるかしら」
 
 さやかにとっては信じられない言葉だった。

 マミはまどかに嫉妬に満ちた冷たい視線を向けている。

「ご…ごめんなさい…」

 結局まどかは怯えながら帰っていった。

「あーあ、帰しちゃったなあ…」

 久兵衛はマミにあてつけるように独り言をしゃべったが、マミはそれを完全に無視している。

 最低の雰囲気だとさやかは思った。

 そんな雰囲気をまるでものともせずにナカノさんが狂ったように働いている。

 さやかが帰る時間になっても、彼は帰る気配も見せずに働き続けていた。



112 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/19(火) 19:09:17.53 ID:HkLqSV2Ao
 帰り道にある公園に、杏子がいた。
 なにやら子供たちに語りかけ、お菓子をあげている。

 新興宗教の勧誘活動だと思ったさやかは、邪魔をしてやろうと思い、杏子の背後から近づいた。

「みんな、食べ物は粗末にしちゃだめだぞー。 弱い者いじめもだめだぞー」

 杏子はそんな風な事を子供らに演説している。

「君たち! こんなところで何やっているの! お父さんお母さんが心配するでしょ! 
 こんな胡散臭いお姉さんの話を聞いちゃダメ!!」

 さやかは得意満面のドヤ顔で子供らにそう伝えたが、彼らは一様にさやかに侮蔑の表情を向け、

「ヒステリーオバサンだ!」

 とさやかに指を指し、蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。

「なにーっ! オバサンだと!」

 さやかは拳を振り上げたが、追う気力はどこにもなかった。

 子供らが居なくなったその一角に、杏子だけが少し俯いた姿勢でさやかの前に立っている。
 頬が赤くなっているようにも見える。
 何が恥ずかしいのだろうか、この女は。



113 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/19(火) 19:10:27.52 ID:HkLqSV2Ao
「ねえ…一緒に帰るかい?」

 その杏子の言葉を、さやかは無視して歩き出した。

 杏子は相変わらずさやかの後について歩いている。

 そして時々、「バイトはどうだい?」とか、「あたし、引っ越してきたばかりだから友達とかいなくってさ…」
 とか話しかけてきたけれど、さやかはその全てを完璧なまでに無視していた。

 しばらくすると、さやかの肩を杏子がつんつんとつついてきた。
 鬱陶しい、そう思ってさやかが振り返ると、差し出されたりんごが視界に入った。

「食うかい?」
 
 りんごを手で払ってやろうかと思ったが、昨日の夜の、別人のような杏子の言葉が脳裏に響いて、さやかは俯いた。

『食いもんを粗末にするんじゃねえ!』

 しかし思うところがあったさやかは杏子に向き直った。その瞳は正義感に燃えている。



114 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/19(火) 19:11:07.87 ID:HkLqSV2Ao
「あのさ…そのリンゴ、どうやって手に入れたの? お店で払ったお金はどうしたの?」

 答えようとした杏子を無視して、さやかは尚も話し続ける。

「あんたが朝配っていたパンフ、新興宗教だったよね。 
 あんたあのおばあさんみたいなのから、お金を巻きあげて生きてるんでしょ? そんな汚いお金で、そのリンゴ買ったんだよね。
 おばあさんに近づいたのは、年金が目当て? それとも生命保険掛けるのかな?」

「ちが…っ あたしらはそんな事…」

「あんたってさ、いつもぶらぶらしてるよね。 働いていないんでしょ? 
 あたしが毎日一生懸命働いているのに、その影であんたみたいのが遊んでいると思うと、正直腹が立つんだよね」

「あ…あたしは…」

「仕事してるって言うの? じゃあ教えてよ。 
 昼間っから夕方までふらふらしているのが、どんな大層な仕事なのか、教えてよ。 今すぐあんたが教えてよ」



115 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/19(火) 19:12:03.50 ID:HkLqSV2Ao
「あ…あたしはさ…もうすぐ忙しくなるって言うか…今はまだ準備段階なんだよねえ…そんなカンジでさあ…」
 
 杏子は昨日今日とこの街を歩き回り、店舗の立地に条件のよい場所を探しまわっていたのである。さやかはその事を知らない。

 杏子は、自分がコンビニチェーン、サークル杏クウカイの代表であることを、話したくなかった。
 それを誰かに話して、よかったことは一度もなかったからだ。

 それにさやかは、ライバル企業であるマミリーマートに勤めているのである。尚更話しにくかった。

 だけど口ごもる杏子の台詞は、さやかにはニートが「明日から本気出す」と言っている風にしか聞こえない。

「ああ、もういいよ。 分かった。 分かったからもうまとわりつかないでくれる? 
 あたし忙しいからさあ、アコギな宗教で儲けてニートしてるような奴にかまっている暇が無いんだよね」

 それだけ言うとさやかは杏子に背を向けて早足で歩き出した。

 さやかのその言葉には、ニートに対するフリーターの優越感が浮き出していた。



116 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/19(火) 19:13:33.17 ID:HkLqSV2Ao
 マミの帰り道に、久兵衛が待ち伏せていた。
 久兵衛は、マミの方に微笑みかけ、小さく手を振っている。

 マミはそれを無視して通りすぎようとした。

「無視するなんて、酷いじゃないか」

 マミはこの男が憎かった。
 昨日、あんな酷い仕打ちをしたくせに、何事もなかったかのように自分に接してくるこの男が。

 それに今日のことでマミは完全に気がついてしまっていた。

「あなたは、本当は鹿目さんの事が好きなのね」

 マミが自分を無視し続けず、なおかつ始めに口にしたのがその言葉だったので、久兵衛は安心した。

 マミはまどかに嫉妬しているだけで、それを誤解ということにし、
 その誤解を解く格好をつけてやればまだ情婦として使える可能性があるということだからだ。

「どうしてそう思うんだい?」

「お店に来たとき、あなたは真っ先に私のところに来てくれなかったわ。 
 美樹さんのところに行って、鹿目さんの事を聞いたりして…」

 やはり拗ねているだけだな、と久兵衛は思った。

 安心した股間が膨れ上がってくる。今日も頼むよ。マイサン。



117 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/19(火) 19:14:18.19 ID:HkLqSV2Ao
「まどかは店舗にも、会社にも莫大な利益をもたらす。それ以上でも以下でもないよ。
 それに仕事中に、君とイチャイチャするわけにも行かないだろ」

「どうでしょうね?」

 そう言ってマミは久兵衛を振り切ろうと足を早めた。

「待ってくれよ!」

 久兵衛はマミに追いすがりながら、
 今この女は自分を必要として追いかけてくれる男の存在を嬉しく思っているに違いないと考えていた。

「待ってくれったら!」

 久兵衛はマミに追い付き、その手を掴んだ。

「離してよ―――ッ!」

 そして振りほどこうとするマミを引き寄せ、抱きしめてキスをした。



118 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/19(火) 19:15:16.02 ID:HkLqSV2Ao
 絡みあう舌がマミの怒りを溶かし、鎮めていく。

 そして密着した体から伝わる温もりが寂しさを包みこんで、マミの心を潤した。

 マミの感じていたもろもろの負の感情は涙となって排出され、マミの瞳を濡らしている。

 久兵衛が唇を離すと、もう拗ねたマミは彼の眼前にはいなかった。

「君の紅茶が飲みたいんだ。 部屋におじゃましても、いいかな?」

 目をうるませたマミの返答を見て取った久兵衛の股間が熱く膨らみ始めた。

 久兵衛はマミにそれと気付かれないように素早くチンポジを直し、営業用のスマイルで取り繕った。



119 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/19(火) 19:16:23.42 ID:HkLqSV2Ao
 今日も定時に帰ることができる。
 それはありがたい事だと、ほむらは思う。 まどかとの時間が長く取れるからである。

 しかしそれは、彼女が窓際族であることを示してもいる。

 数ヶ月前から、この町で変態による事件が急増し始めた。
 優秀な警官だったほむらは、その事件の捜査チームに加わった。

 捜査が進むにつれ、それがグリーフシードと呼ばれる違法薬物による症状であること、
 そしてこの事件にマミリーマートを含む大きな企業グループが絡んでいる事が判明してきたのである。

 企業と癒着が進み、腐敗したこの時代の警察組織はそれが分かった途端に捜査の手をゆるめ、捜査員の数も削減されていった。

 今ではこの忌まわしい事件に関わっているのはほむらと、定年退職間際のやる気の無いジジイ数名だけであった。



120 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/19(火) 19:17:12.52 ID:HkLqSV2Ao
「お疲れさまでした。 お先に失礼します」

 ほむらの挨拶に答える人間はいない。
 気にせずほむらは職場である見滝原警察署を出た。いつものことである。

 まどかに電話をすると、カレーライスを作って待っているという。

 ほむらの足取りは軽くなった。

 窓際族であるからと言って、給料は変わらない。

 定時に帰れる分、まどかとの生活は寧ろ豊かになるのだ。

 これでいい。ほむらは今の生活に満足しきっていた。



121 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/19(火) 19:18:05.25 ID:HkLqSV2Ao
 夕暮れが始まった商店街を歩く人はまばらだ。

 ほむらは花屋の軒先で鼻をくすぐる香りに立ち止まった。

「これ、下さい。 花束にして」

 真っ白な百合の花。
 まどかはきっと喜んでくれるだろう。

 暮らし向きは良くもないが、悪くもない。寧ろ不景気なこの時代では、裕福な部類に入るのかも知れない。

 貯金をして、休暇中にまどかとふたりで旅行にいく計画も立てている。

 百合の花束の澄んだ香りが流れてくる。

 早くまどかと一緒にこの花を愛でたい、そう思う。

 私の生活にはこうして花をまどかに買っていく余裕もある。
 美樹さやかみたいなワーキングプアとは違う。

 私は、今の暮らしに満足している。

 ほむらは、花屋でロスしたまどかとの時間を取り戻すために駆け出した。

 家は、もうすぐそこだ。



122 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/19(火) 19:19:04.71 ID:HkLqSV2Ao
 久兵衛はマミの家に上がり込み、紅茶を飲み、彼女の作った夕食を食い、
 それから昨日のような言葉攻めと乱暴なセックスをして泣かせた。

 勿論容赦なく膣内射精で締めくくった事は言うまでもない。

 自分の本性をごまかす優しさを交えてやれば、この女はどんなにひどいことをしても許してくれる。

 寂しさにやられたこの手の女は、こういう扱いやすい特性を持っているものだと、久兵衛は思った。

 久兵衛は飴と鞭とを使い分けてマミに接し、
 マミは久兵衛の偽りの優しさに温もりと愛とを勝手に見出し、
 心がそれぞれ逆を向いた二人の関係は沼のように深く淀んでいった。



129 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/20(水) 18:47:54.97 ID:GAW0Ik/Vo
 それからしばらく経って、さやかは久しぶりにバイトが休みだった。
 最近、杏子の姿を見ることがまれになってきて、さやかは気分がイイと思っている。

「ごめん、待った?」

「いいえ、いま来たところですわ」

「いやー、仁美が連絡をくれるなんてなんだか珍しいねえ」

「とりあえず何かいただきましょう」

 ここは駅前の喫茶店。
 高級オフィス街に隣接するここはそれなりのランクの店である。
 さやかはメニューを見て、一瞬桁が違うのではないかと思い、目をしばたかせていた。

「どうしましたの? さやかさん」

「え…いやあー何でもないや…あはは」

 仁美はお高いケーキと紅茶を注文したが、さやかは一番安い珈琲だけを頼んでちびちびとやり出した。



130 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/20(水) 18:48:50.99 ID:GAW0Ik/Vo
「それで…話しって何?」

「上条恭介くんのことですわ」

 それを聞いてさやかが固まる。こいつは恭介とどんな関係があるというのだろうか?

 そんなさやかを尻目に、仁美は芯のこもった調子で語りだした。

「上条くんは才能がありながら、現在何の音楽的活動も出来ていませんわ。 それは貴重な才能の浪費だと思いません?」

 そのアクセントは、重い。 まるで強烈な腹パンだ。

「そ…そうだよね…恭介はいつかきっと音楽家として羽ばたく日がやって来るよね…仁美はやっぱ分かってるなあ…」

 仁美は、笑いながらそう言ってのけたさやかを睨みつけた。

「いつか、ではありませんのよ。 今すぐ手を治して音楽の世界に羽ばたく必要があります」

 さやかは、絶句した。
 この女は、一体何をしゃべろうとしているのか?

 笑顔を消し、仁美の言葉に集中する。



131 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/20(水) 18:49:47.52 ID:GAW0Ik/Vo
「あなたが同棲を始めてから、恭介くんを上質な音楽に触れさせる機会はありましたか?」

「そりゃあもう…レアなCDを見つけたりさあ…恭介も結構喜んでくれるんだよねえ…あたしも嬉しくなっちゃったりしてさあ…」

「CD…?」

 仁美の語気がさらに強くなり、その眉が釣り上がった。

 それを見て、またさやかは絶句した。

 背中に冷たいものが触れたような気がした。
 時間が凍りつく感じ。 さやかには、嫌な予感しかしなかった。

 凍った時間は、流れるのではなく、ただ滑っていく感じがする。

「私は、著名な音楽家のコンサートに連れて行って差し上げたり、それ相応の教育を受けていただいたり…そういう話をしていますのよ。
 それがCDですか…? あなたは音楽活動を何だと思っていらっしゃるの?」



132 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/20(水) 18:50:29.12 ID:GAW0Ik/Vo
 さやかが反論できないことを確認し、仁美は尚も語り続ける。

「上条くんはパリへの留学を希望なさっています。 そして私は、それを支援して差し上げるつもりですわ」

「あはは…そうかあ…恭介もとうとう芸術の都パリに旅立つのかあ…私もフランス語勉強しなきゃなあ…」
 
 さやかは何とか引きつった笑顔を作って、たどたどしくそう言った。

 仁美は、音を立てずに紅茶をすすって、一息ついてから再び厳しい視線をさやかに向けた。

 そしてその視線を受けたさやかはまた動けなくなった。

「上条くんの事は全面的に支援するといいましたが、あなたまでパリに行く必要はありませんわ」

「え…?」



133 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/20(水) 18:51:13.64 ID:GAW0Ik/Vo
「あなたには、音楽に対する予備知識も何もありませんわよね?」

「ちょっと待ってよ! あたしだってクラシックについては結構勉強していて…出だしだけ聞いて曲名とかも当てることができるんだよ。 
 恭介のために、一生懸命勉強したんだから…」

「そういう上っ面の知識を晒す人のことを、業界では『にわか』といいますのよ」

「に…にわか!?」

 呆然とするさやかを見た仁美は、更に攻勢を強めようとしている。

「そう、あなたは所詮曲名を当てられるくらいの知識しかないのでしょう? 
 その曲が作られたとき、世間ではどういう芸術が流行していたとか、作曲者はどういう精神的状況で曲を作ったとか、
 そういう事までは分からないでしょう? さやかさんは」

 仁美の言葉は優越感に踊りだしそうな調子になってきた。
 それを聞いてさやかもその腹に怒りがこみ上げて来るのを感じていた。



134 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/20(水) 18:52:29.56 ID:GAW0Ik/Vo
「バカにしないでよ…あたしだって…もっと勉強をすれば…」

 興奮したさやかの調子に、仁美はそんな事言うのは既に分かっている、というふうに落ち着き払っている。

「そうですわね…知識は勉強で補えるものですわ…だけど、それよりも大切なモノがありますわ」

「何よ…言ってみなさいよ!」

「お金に決まっているでしょう」

 さやかは、足元が全部無くなって、自分が底のない穴に落ち込んでいくような感覚に襲われた。

 仁美はさやかの表情をちらりと見やってからケーキをフォークで上品に切り取り、
 ムダのない動きでそれを口に運び、少ししてまた紅茶をすすった。

 それを見て、さやかは自分の絶望が、この女にとっては非常に甘いのだろうと思った。

「留学費用は数千万単位にもなりますわ。 
 それに怪我をして動かない手も治してもらう必要がありますわね」 

「でも手は治らないって…」

「ご心配なく。 
 彼の手は、かの有名なB.J氏に手術をしていただく事に決まりましたの。2千万で元通りになるそうですわ。
 ですがあなたの今のお給金で、それらの費用がまかなえますかしら?」



135 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/20(水) 18:53:33.95 ID:GAW0Ik/Vo
 さやかは、口を開くことが出来ない。
 独り、落下を続けているのだ。 絶望の底へ。

「さやかさん、どうですか? あなたは今の自分の年収と、向き合えますか?」

 さやかは、叫びだしそうになっている自分を感じている。
 これは、悪い夢なのではないかと思ってもいる。

 嫌な汗が額に浮かび、衣服をべっとりと肌に貼り付ける。

 喉が乾いたが、目の前の珈琲に手をやるだけの気力もなかった。

「上条くんは、私と一緒にパリへ行きますわ。 その意味は分かりますわよね?
 あなたの上条くんへの想いはわからなくもありませんが、これ以上あなたが彼を縛り付けると、その才能を腐らせるだけですの。
 だからもう、にわかで貧乏なさやかさんは、上条くんの側から退場していただきます。
 あなたが本当に上条くんのことを想うなら、分かってくれると信じていますわ」



136 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/20(水) 18:54:35.32 ID:GAW0Ik/Vo
 気がついたら仁美は帰っていて、さやかは冷め切った珈琲と共にテーブルにもたれて放心していた。

 仁美が残したケーキと紅茶が下げられる。  

 さやかは、食べ物を粗末にすんなよ、と思ったが、それが杏子のセリフだったことに気がついて、更に気分が沈んだ。

 冷めた珈琲を飲むとすぐに、さやかはマミに電話をした。

「マミさん、これから夜勤にだしてもらえますか?」

 さやかは、働くしかない。とにかく沢山働いて、あたしが恭介の留学費用でも何でも稼ぐしかない。そう思った。

 しかしさやかは、自分の時給から稼ぐことができる限度額を計算できないほどのバカでもなかった。

 悲しいまでの、自分を虐めるだけの徒労。

 さやかが出来ることはそんな徒労と、自分の無力をとことん呪うことだけであった。



137 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/20(水) 18:55:21.94 ID:GAW0Ik/Vo
 喫茶店から帰ると、まどかはさやかの家に夕食を作って持ってきてくれていた。

 恭介は居ない。最近は一晩中帰らないことも多くなっていたが、
 もしかしたら仁美のところにいたのかも知れないと、今になって思う。

「さやかちゃん、折角の休みだからゆっくりして欲しいと思って…
 ほむらちゃんには怒られちゃうけど、夕食つくりすぎちゃった。
 一緒に食べよ」

 そのまどかの優しさに、さやかの目から涙がこぼれた。

「何であんたはそんなに優しいかな…あたしにはそんな価値無いのに…」

「そんなことないよ…さやかちゃんは頑張り屋さんだもん」

 慰めるまどかに、さやかは今日の喫茶店での出来事を語りだした。

「…あたしね、あの時、仁美が死ねばいいと、仁美を殺したいと思っちゃった…最低だよね…社会人失格だよ…」



139 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/20(水) 18:56:53.39 ID:GAW0Ik/Vo
 まどかは、そう言って泣き出したさやかを優しく抱きとめた。

 さやかの悲しみが感じる温もりを通して沁みてくるような気がし、まどかの目に涙が浮かんだ。

「仁美に恭介を取られちゃうよ…でもあたし何も出来ない…だってあたし…ただのフリーターだもん…貧乏なんだもん! 
 こんな収入で手の手術を受けさせてあげるなんて言えない…
 一緒にパリに行こうなんて言えないよおおお!」

 さやかはまどかをきつく抱きしめて、ありったけの声を上げて泣き、
 まどかは、さやかになにもしてやれない自分を呪って、ただただ涙を流していた。

 ひと通り泣いたさやかは、まどかと夕食を摂った後、夜勤のシフトをこなすために出勤して行った。

 そしてまどかだが、やはり帰った後、ほむらと一緒に夕食を取らなかったことを責められ、また尻を叩かれたのであった。



140 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/20(水) 18:57:43.38 ID:GAW0Ik/Vo
 バイト先に着くと、にこやかに笑った久兵衛がさやかを迎えてくれた。

 契約内容を全面的に見直そうというのである。

「そうか、君も『ぶっ続け』をやろうという気になったんだね。 嬉しいよ」

 「ぶっ続け」というのは、極秘の、一番ハードな契約である。

 労働基準法?何それ的なその内容は、一日20時間労働という凄まじい物だった。

 前にナカノさんがやっていたあれである。
 ナカノさんは「ぶっ続け」を2週間ちょっと続けてから、突然行方不明になってしまっていた。

「『ぶっ続け』はちょっときついからね、このクスリを服用しながらやることをおすすめしているよ」

 そう言って久兵衛は懐から真っ黒の錠剤を取り出してさやかの前に置いた。



141 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/20(水) 18:58:30.45 ID:GAW0Ik/Vo
「このクスリは…?」

「元気の出るクスリさ。 一日一錠。 それで20時間労働は何とかできるようになるはずだよ。
 量を増やせば疲れを完全に消し去ることも可能だけど、それは体にかかる負担を考えるとあまりおすすめしないね」

 さやかはそのクスリを受け取ったが、恭介が変なクスリに依存しているのを見てきてもいるので、
 こういうモノにはあまり頼りたくない、そう思っていた。



142 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/20(水) 18:59:14.00 ID:GAW0Ik/Vo
 最近は本社でデスクワークをしたり、実家の教会の仕事を手伝ったりしていたので帰る暇もなく、
 今日、やっとの事で杏子はひさかたぶりに見滝原のアパートに帰って来れた。

 堅苦しいスーツを脱ぎ、いつものラフな格好に着替えて、杏子は笑顔で部屋を出た。

 向かう先はマミリーマート。

 そう、大好きなさやかの様子を見に行くのだ。

 鉄の階段を降りると、杏子はポッキーをくわえて走りだした。

 杏子は途中でサークル杏クウカイ見滝原店の予定地を見に行った。
 
 もう建物と駐車場は完成している。

 開店はもうすぐだ。



143 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/20(水) 19:00:28.76 ID:GAW0Ik/Vo
 マミリーマートに到着すると、どうも店内の様子がおかしかった。

 何か殺伐としていて、店内にいるまどかが震えながらオロオロしている。

 杏子がレジを見ると、そこでは肩で息をし、フラフラになったさやかが必死でレジを打っていた。

「ぜえ…ぜえ… ぬあああっ!! 380円になります!!」

「おい、あいつふらふらじゃねえか? 一体どうしちまったんだ?」

 杏子はまどかにそう尋ねた。

「さやかちゃん…昨日の夜からずうっと働いているんだって…」

 まどかはそう言って震えている。

「何だと!? 労働基準法違反じゃねえか!!」

 杏子が唖然としてさやかを見ていると、レジを打ち終わったさやかが白目を向いてタバコの棚にもたれかかるところだった。

 だが次の客が待っている。

 杏子は私服のまま慌ててとなりのレジに入り込み、

「お待ちのお客様、こちらへどうぞ」
 
そう言って客をなんとかさばいた。



144 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/20(水) 19:01:20.85 ID:GAW0Ik/Vo
「おい、さやか!! しっかりしろ!! うわっ…すげえクマじゃねえか!! 顔色もひでえ!!」

 客が途切れたのを見計らってさやかを抱き起こした杏子は、その憔悴しきった顔に驚愕した。

「あたしは…働くんだ…」

「働きすぎだっつうの。 いいからすっこんでなよ。 あたしが代わりに働いてやるから」

 そう言って店の奥に行き、予備の制服を羽織った杏子が戻って来る前に、さやかは久兵衛から渡された黒いクスリを飲んだ。

 嫌いな杏子に手助けをして欲しくなかったのである。

「邪魔しないで…一人でやれるわ」

「お…おい…」

 さやかはいきなり背筋をピンと伸ばして、深呼吸をした。
 目は大きく見開かれ、爛々と輝いている。

 杏子は一週間前、これと同じ症状を見たことがあった。

「あんた…まさか…」

 呆然とする杏子を尻目に、さやかはもの凄い速さでレジを打ち、ゲラゲラ笑いながら客をさばき始めた。

 お客さんもドン引きである。



145 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/20(水) 19:02:11.20 ID:GAW0Ik/Vo
「あはっ…あははは…本当だあ…430円です! 温めはどうされますか?」

「…このクスリを飲めば…はい、29番のたばこですね、410円になります!! あははははっ…」

「あっはははははっ! 疲労なんて、完全に消しちゃえるんだあ!!!」


「やめて…もう…やめて…」

さやかの痛々しい働き方に耐え切れなくなったまどかの泣き声が、店内に悲しく響いた。



151 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/20(水) 23:58:23.65 ID:GAW0Ik/Vo
 一週間前の夜。隣でさやかが恭介にまた虐待され始めたので、
 杏子は泣きながら部屋から逃げ出し、近くの公園で時間を潰していた。

 前にほむらに銃を突きつけられたあの公園である。

 ブランコに腰掛けようとした杏子の視界に、ベンチに据わっている老人の姿が目に入った。
 マミリーマートの制服…さやかのいる見滝原店で何度か見たことのある従業員だった。

 あの「ぶっ続け」のナカノさんであるが、杏子はその名前までは知らなかった。

 ナカノさんがうずくまってブルブル震えているものだから、杏子は心配になって涙を拭いて彼に近づいたのだった。

「おい、あんた大丈夫か? アルフォート食うかい?」

 そう言って杏子がアルフォートを差し出そうとしたとき、ナカノさんはいきなりベンチの上に直立不動の姿勢をとった。

 その眼は見開かれ、爛々と輝きを放っている。

 そして早口でまくし立てたのである。
 悪魔の呪文を…



152 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/21(木) 00:00:00.93 ID:idX9ZfJ+o
「はあ…あんこちゃんとタンデムツーリングに行きたい…

 僕とあんこちゃんは、バイクでお出かけすることになったの
 僕のバイクはスズキ製で、みんなからよく鈴菌感染って言われるんだけど、あんこちゃんは『すげえ! カッチョいい!』って興奮しているの。 可愛い///
 僕はあんこちゃんの為にタンデムステップを出してあげて、バイクに跨ると、あんこちゃんは『ちょっと恥ずかしいな』と言いながらタンデムシートに跨って、僕のベルトにつかまるの。
 あんこちゃんの控えめなお胸が背中に当たって柔らかいの///
 でも僕は、なんでもないふりをしてチョークを引いて、エンジンを始動するの。 キュボン! ボボボボボ…
 それを聞いてあんこちゃんは、『すげえ! エンジンがかかったぞ!!』と、大興奮! やっぱり可愛い///
 そしてあんこちゃんの温もりが僕の背中に伝わってくるまで暖気をしてから、僕はギアを一速に入れて、ゆっくりとクラッチを繋いで走りだすの
 あんこちゃんは『動いたぞ! すげえパワーだ!!』と、更にテンションを上げていて、僕のテンションもスピードと共に上がってくるの。

 しばらくして、僕達は海を見に行くために、峠道に差し掛かるの。
 峠道はカーブが連続していて、バイクが傾くたびにあんこちゃんは、『ウヒャー、斜めってるぜ!』と楽しそう。ああもう可愛いなあ///
 そして、『もっと行け、もっと!!』と、あんこちゃんに急かされて、僕は立ち上がりの直線でアクセルをガツンと開けてしまうの。
 見る見るうちにタコとスピードのメーター針が上がっていって、エンジン音と共に、あんこちゃんの興奮した悲鳴が聞こえるの。
 そして、更にスピードをあげるバイクは…
 とうとう百キロを超えてしまうの!!
 この国に百キロを超えたスピードを出せる公道はどこにもないのに、スピード計は百キロを更に超えて、いま百二十キロなの!!
 あんこちゃんとの、一瞬一瞬が犯罪なの!!

 そして海に到着。あんこちゃんは、海を見ながら『まだバイクはちょっと寒いな』と凍えているの。
 それを聞いた僕はすかさずあんこちゃんを暖めるように後ろから抱きしめて囁くの『なあ、あんこちゃん…スケベしようや…』と。

 そして僕たちは、海辺のホテルで前と後ろを取り替えて、ベッドで激しくタンデムライドするの!!」



153 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/21(木) 00:00:43.61 ID:idX9ZfJ+o
「な…なんだコイツ…?」

 異常を感じ取って後ずさる杏子に、性欲の化身と化したナカノさんが襲いかかる!

 一撃目をなんとかかわし、走りだした杏子であったが、ナカノさんの異常な脚力に見る見るうちに追いつかれてしまった。

 腕を掴まれ、丸く輝く目が杏子を捉える。
 大きく開いた口からはヨダレが垂れており、まさに狂気。

「さ…さやか…助けて…」

 レイプされてしまうかも知れない…杏子がそう思ったとき、ナカノさんのコメカミから肉片のようなものが飛び散って、
 そのまま彼は崩れるように地面に倒れ込んだ。

「あなた、また性懲りも無く夜遊びをしているのね」

 ほむらだった。手にしている拳銃の、サイレンサーの先からは煙がかすかにたなびいているのが見える。そして鼻を突く火薬の臭い。

「て…てめえ! 殺しちまう事ねえだろうが!」

 ほむらにそう怒鳴った杏子はナカノさんに駆け寄り、本当に死んでいる事を確認して呆然とした。



154 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/21(木) 00:01:10.06 ID:idX9ZfJ+o
「もし…私よ。 ええ、一個体始末したわ。 回収をよろしく。 ポイントは…」

 そんな杏子を尻目に、ほむらは携帯でなにやら報告をしている。

「おい、てめえ警察のくせになに人殺ししてんだ!」

「あれは既に人では無かったわ」

 そう言いながら、ほむらは長い髪を掻き上げた。

「人じゃないって…どういう事だ?」

「話す必要がないわ」

 死体回収車と思しき警察車両が公園に横付けされるのを確認し、ほむらは杏子に背を向けて歩き出した。

「ちょっと待て! 納得行かねえ!」

「あなたが納得する必要がないわ。 さっきの事は忘れて」



155 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/21(木) 00:01:41.97 ID:idX9ZfJ+o
 ほむらは杏子を鬱陶しいと思い始めていた。

 これから家へ帰ってまどかの寝顔を鑑賞し、匂いを嗅いでから幸せな気持ちで入眠する仕事が待っているのだ。

 たまにまどかは健気にもほむらの帰りを待って夜更かししていることがあるので、
 軽いお仕置き、つまりほむらにして見ればご褒美に当たるのだが、それが必要かもしれない。

つまり杏子にかまっている暇はないのだ。

「あたしは納得するまでてめえを離さねえぞ!」

 杏子はそう言ってほむらにしがみついて来た。

 ほむらはキレる寸前である。

「公務執行妨害でタイーホするわよ」

「やれるもんならやってみやがれ!」

「ぐぬぬ…」



156 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/21(木) 00:02:29.02 ID:idX9ZfJ+o
 ほむらはこいつを逮捕してブタ箱にぶち込みたいと思ったのだが、
 そうなると面倒な手続きをしなければならないし、署に寄る必要もあった。そうなると真っ直ぐ家に帰れない。

 ヘタをしたら朝まで面倒な手続きが続いてまどかの作る朝食を食べることが出来ないかも知れない! そうなれば地獄だ!

 ほむらは頭でそれを計算し、逮捕は止めて最適な方法を考え出した。

「分かったわ。 ここじゃあなんだから私の家に来て」

 つまりこうだ。

 とりあえずこのうるさそうな女を自宅に連れていってやるが、すぐに客間にぶち込む。

 そして寝室にダッシュし、まどかの匂いを嗅いで禁断症状をおさえてから客間に戻る。

 そして差し支えないくらいにこの女に今日のことを教えてやる。

 ムラムラしてきたらトイレに行くと嘘をついてまどかの匂いを嗅ぎに行く。

 注意点としては、まどかを絶対にこの女に見せない。

 なぜなら目の前のこの女からは強烈なレズ臭がするからである。

 まどかを見せたらあまりの可愛さに恋におちて手を出してしまうかも知れない。危険だ。

…と、まあとりあえずそんな作戦でいこうとほむらは思った。



157 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/21(木) 00:02:54.76 ID:idX9ZfJ+o
「おかえりなさい、ほむらちゃん! あれ、お客さん?」

 杏子を連れて帰宅したほむらはいきなり作戦が失敗したことを知り、怒りがこみ上げてきた。

「どうして寝ていないの、まどか」

「ごめんなさい…帰りが遅かったから心配になってきて…」

「とにかく客間でお仕事の話をするから、寝てなさい!」



158 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/21(木) 00:03:22.81 ID:idX9ZfJ+o
 客間のテーブルに向い合って座るとすぐに、杏子は気になっていたことを聞いた。

「あの娘、あんたの何なんだい?」

「あの娘に手を出したら殺すわよ」

 本気の眼だった。杏子は焦って、

「手なんか出さないよ…あたしには別に好きな人がいるんだから…」

 と、取り繕った。

 それを見たほむらは安心したのかふう、と溜息をついてから。

「私の大事なお嫁さんよ言わせないで恥ずかしい」

 そう言って頬を赤らめた。



159 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/21(木) 00:03:58.66 ID:idX9ZfJ+o
 ほむらにはレズの恋人がいる!
 杏子はうらやましすぎて泣きそうになった。

「あたしも好きな人がいるんだけどさ、その娘も女の子なんだ!
 でもその娘はレズの気がないらしくてさ…おまけにあたしの事も嫌いみたいだし…どうしていいかわかんないんだ…
 あんた、どうやってあの娘とカップルになったんだい?」

 早口でそうまくし立て、杏子は急かすようにテーブルに乗り出してほむらの言葉を待った。
 ほむらは髪を掻き上げてから、

「家族を皆殺しにして、さらって来たのよ」 さらっとそう言った。

 杏子は、開いた口が塞がらなかった。

「冗談よ」
 
 ほむらはそう言って少し笑ったが、杏子にはそれが冗談には聞こえなかった。



160 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/21(木) 00:04:36.23 ID:idX9ZfJ+o
「…で、あなたはここに恋の相談をしに来たのかしら?」

 ほむらの目が据わっている。

 きっとあのまどかって娘と早くイチャイチャしたいんだろう。あたしの事が邪魔なんだ。
 杏子はそう思って頭を下げた。

「そうだった。 ゴメンな。 老人殺しの件だったな。」

「あれはもう人ではなかったの」

「じゃあ、なんなのさ?」

「変態紳士よ」

「変態紳士?」

 ほむらは、溜息をついてから語りだした。

「グリーフシードと呼ばれている違法薬物による中毒症状が限界に達して、理性を無くした人間の成れの果てよ。
 ああなると欲望のままに行動するようになるから、殺処分による駆除が必要なの。 治療方法も無いわ」



161 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/21(木) 00:05:28.83 ID:idX9ZfJ+o
「なんだそれ、どんな薬だ?」

「労働意欲を限界まで引き出す覚せい剤よ。 マミリーマートというコンビニエンスストアは知っているわね?」

 マミリーマートと聞いて、杏子は胸の内側を掴まれたような気がした。
 さやかがバイトをしているコンビニだったからだ。

 ほむらは尚も続ける。

「あそこでは『ぶっ続け』と呼ばれる違法就労が行われているわ。 
 労働基準法を完全無視したそれによってあの会社は莫大な利益を得ているの」

杏子はその話を知っていたが、うんうん、と頷いて話を聞き続けた。

「その『ぶっ続け』をやっている人間にグリーフシードを投与し、その異常なまでの労働時間に耐えられるようにしているのよ。
 だけどグリーフシードを飲んだ人間は長くて2ヶ月、短くて一週間ほどで、一生分の労働意欲を消費し、
 その間に抑えこまれていたもろもろの欲求、そのほとんどが性欲だけど、が爆発して手に負えない状態になる…それが変態紳士ってわけよ」

 ほむらはそう言い終わると、話は終わった、という姿勢を見せたので、杏子は慌てて、

「何でその大元のマミリーマート本社を捜査して下手人をとっつかまえちまわないんだい?」 と質問をした。



162 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/21(木) 00:06:07.33 ID:idX9ZfJ+o
「癒着よ」

「はあ?」

「警察はマミリーマートと癒着しているのよ。 
 私たちが変態紳士の早期発見と殺処分のために深夜巡回するのだって、
 彼らが事件を起こして世論が騒ぎ出さないようにしているに過ぎないの。
 要は臭い物に蓋をしているだけ」

「何だって!?」

 杏子が身を乗り出してほむらの襟首をつかんだ。

「てめえ、それでも警官か? 正義なんかどこにもないって言っているようなもんじゃねーか!」

 ほむらはその手を払いのけ、

「正義なんて言うのはね、形のないものなの。例えるならろうそくのともし火のようなもの。
 ちょっと風が立つとすぐに揺れる、脆くて、そして目障りならすぐに消せるご都合主義的なものよ。
 たまにうかつな虫がそれに憧れて近づいて、身を焼かれる様が美しいからそれが美談として語られる事もあるにはあるわね」

と言ってまた髪を掻き上げた。



163 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/21(木) 00:06:40.42 ID:idX9ZfJ+o
「…っ! そんな事考えてるのはテメーだけだろ!」

「甘いわね。 警察なんて所詮は公務員よ。 危険に身を晒したからって給料が上がるわけじゃないの。
 それだったら出来ることならそういう無駄なことはしないで、定年まで安泰にやっていきたいと考えている人間がほとんどだわ。
 たまに正義感が強い人もいるけど、そういう人は真っ先に責任を押し付けられて潰れていくわね。 
 私もそういう人なら何人も見てきたわ」

「…畜生! 税金泥棒め!」

 杏子がそう言って、ほむらを睨みつけたとき、客間の扉がノックされ、少し開いてそこからまどかが顔を出した。

「ほむらちゃん…お客さんとケンカしているの…?」



164 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/21(木) 00:07:14.89 ID:idX9ZfJ+o
 ほむらは振り向いてまどかを睨みつけ、それを見たまどかは、

「ひっ!」 

 と言って更に怯えたような表情を作ったので、杏子は、

「心配しなくても、ケンカなんてしてないよ。 ちょっと熱く語りすぎただけさ」 

 と、優しく言ってやった。

「本当? 怒ってない?」

「怒ってないよ」

 それを聞いて安心したまどかは、

「お客さんに、お茶をと思って…」

 と、客間に入ってきて、杏子とほむらの前にミルクティーを置いてくれた。

「ありがとう。 あたし、佐倉杏子。 あんたは?」

「鹿目まどかです」

 杏子は懐からアルフォートを取り出して、

「食うかい?」

 満面の笑みでそう言った。



165 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/21(木) 00:07:42.64 ID:idX9ZfJ+o
 まどかが去った後、怒気で熱くなっていた部屋の空気はすっかり冷めていた。

「いい娘だな、あの娘」

 ほむらはそれを聞いて顔が緩みそうになったのを必死で堪えて無表情を保ち、

「さっきの話で気分を害したなら謝るわ」 

 そう杏子に謝った後、

「私の中に揺るがないものがあるとしたらあの娘なの。
 あの娘との生活を守るために、私は組織には逆らえない。
 それは分かって欲しいの。」

 と、続けた。
 杏子はそれを聞いて、

「だからさ、怒ってないって言ったろ?」

 そう、笑い掛けてやった。



166 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/21(木) 00:08:08.22 ID:idX9ZfJ+o
「クスリさえやれば働けるもんだね…これなら仁美の年収に負ける気がしないわ…」

 杏子は異常な労働をしているさやかを目の当たりにして、一週間前のその出来事を反芻していた。

 ―さやかが、あのじいさんみたいに変態紳士になってしまうかも知れない!

 杏子はそれを考えると気が気ではなかった。

「―ほら、あげるよ」

 杏子に差し出されるさやかの手。
 それには千円札が握られていた。

「バイト代。 そいつが目当てだったんでしょ? ニート。」

「お…おい…」

「あんたに借りは作らないから…それでチャラ。 いいわね。」

 まどかに歩み寄りながらそう言い放ったさやかは、もう杏子をその視界に入れようとはしていない。



167 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/21(木) 00:08:34.71 ID:idX9ZfJ+o
「さ、帰ろう。 まどか」

「さ、さやかちゃん…もう帰れるんだよね…休めるんだよね…」

「また四時間後に出勤だよ…」

 そう言いかけ、ふらついてまどかにもたれかかるさやか。
 クスリを使うのが遅すぎたため、彼女の体は限界だった。

「さやかちゃん!」

「…あ…ごめん…ちょっと疲れちゃった…」

「無理しないで、つかまって。」
 
 まどかに肩を貸してもらい、ふらふらと店を出る。

 これから家に帰って、恭介が食べるか食べないかも分からない夕食を作ってシャワーを浴び、2時間ほど寝てまた出勤。
 そして再び20時間労働…

 さやかはこの生活で自分がどうなってしまうのかは考えないようにした。

「…あの、バカっ」

 杏子は、さやかに渡された千円札を大事に指先でつまんで、彼女らとは反対方向に走りだした。



168 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/21(木) 00:09:02.55 ID:idX9ZfJ+o
「さやかちゃん…あんな働き方…無いよ」

 さやかを家に送って行く途中、まどかは意を決してそう切り出した。
 さやかは聞いているのかいないのか無言だ。

「疲れが消えるなんて嘘だよ…見てるだけで辛かったもん。 
 クスリ飲めば働き続けてもいいなんて、そんなのダメだよ…」

 震える声でそう続けるまどかに、さやかは気怠そうな声で、

「ああでもしなきゃ稼げないんだよ…あたしフリーターだからさあ…」

 消え入るようにそう言った。

「あんなやり方で働き続けてたら、お金持ちになれたとしてもさやかちゃんの為にならないよ…」

「あたしの為にって何よ」



169 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/21(木) 00:09:29.62 ID:idX9ZfJ+o
 自分の言葉を制するさやかの冷たく強い言葉に、まどかは、えっ?と言って絶句した。
 さやかは尚も続ける。

「仁美に馬鹿にされて、恭介取られそうになっている私に、誰が何をしてくれるって言うのよ。 考えるだけ無意味じゃん…」

「でも私は…どうすればさやかちゃんが幸せになれるかって…」

 何とか震える声を絞り出したまどかに、さやかは

「だったらあんたが働いてよ」

 と冷たい言葉を浴びせ掛け、まどかを再び絶句させた。

「久兵衛から聞いたわよ。 あんた誰よりも集客力あるんでしょ?
 あたしみたいな苦労しなくても、簡単に稼げるんでしょ?」

「私は…そんな…」

「あたしの為になにかしようってんなら、まずはあたしと同じフリーターになって見なさいよ。 
 無理でしょ? 当然だよね?
 ただの同情で、おいしい専業主婦辞められるわけ無いもんね!」



170 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/21(木) 00:09:55.64 ID:idX9ZfJ+o
「…同情なんて…そんな…」

「なんでも出来るくせに、ニートである専業主婦に甘んじているあんたの代わりに、あたしがワーキングプアやってるの!
 それを棚にあげて、知ったような事言わないで!」

 そう言って、さやかは足を早めた。

 まどかは、「さやかちゃん…」と、それに追いすがるが、

「付いて来ないで」

 というさやかのきつい言葉にその動きを封じられ、彼女を黙って見送る事しか出来なかった。

「ばかだよあたし…なんて事言ってんのよ…もう救いようが無いよ…」

 激情にかられてまどかに八つ当たりをしてしまったさやかの悲痛な後悔が夕暮れの街に響いた。



171 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/21(木) 00:10:21.76 ID:idX9ZfJ+o
「さやかの手が触れた千円札…クンカクンカ…」

 警察署の面会室で、杏子はさやかにもらった千円札の匂いを嗅いでいた。

 ドアノブをひねる音。

 杏子は慌てて千円札を隠そうとしたが、微かに残ったさやかの匂いを探り当てるのに夢中で間に合わなかった。

「あなたも相当な変態みたいね」

 ほむらを確認すると、杏子はきまり悪そうに千円札をジップロックに詰め、彼女のもとに駆け寄った。

「助けてくれ、あんたの力が必要なんだ」

「何かしら?」

「あたしの大事な人が、『ぶっ続け』やってグリーフシード飲んじまった!」

 ほむらは少し考え込んだ後、

「その人の名前を教えてくれるかしら?」

 そう言った。



172 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/21(木) 00:10:47.61 ID:idX9ZfJ+o
「美樹…さやかってんだ…」

「ああ、美樹さやかね…」

「知っているのかい?」

「ええ、まどかの悪友よ。 
 本当はあんなのとは付き合ってほしくないんだけど、あの娘優しいから友達でいてあげているのね」

「てめえ、さやかはいい娘なんだぞ!!」

 杏子はさやかのことを悪く言われて突発的な怒りに叫んだ。

「そうね、いい娘ね、分かったわ。 情報提供に感謝します」

 ほむらはそう言って帰ろうとしたので、杏子は肩を掴んで引き止めた。

「さやかを、助けてくれるんだろうな!?」

 ほむらはそれに答えず、杏子の手を振りほどこうとしたので、杏子は更にほむらにまとわりついた。

「何で答えねえんだよ!? あたしは納得するまで帰らねえぞ!!」



173 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/21(木) 00:11:25.86 ID:idX9ZfJ+o
 ほむらはその杏子の様子に、はあ、と溜息を付いて、

「グリーフシードを一錠でも飲んだら、変態紳士化は避けられない。
 だから美樹さやかは変態紳士化する前に始末する。
 あなたのお陰で夜間パトロールの手間が省けたわ。 ありがとう」

 と言ってのけたので、杏子は更にほむらにしがみついた。

「どうして一錠だけで変態紳士化するんだよ!? なにか手立ては無いのかよ!?」

 杏子の目は涙に濡れていた。
 その様子に根負けし、面倒だと思ったが、ほむらは説明を始めた。

「あのクスリは完全には代謝されないの。 
 体内で分解される過程で労働意欲を掻き立てる物質を作るのだけど、それはヒトの体内では分解できない物質となって体内に蓄積する。
 それが変態紳士化を助長すると考えられているわ。
 しかもそれは、ウイルスのように体内で増え続けるのよ。どういう仕組みかは知らないけどね」



174 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/21(木) 00:12:08.57 ID:idX9ZfJ+o
「そこまで分かってるくせに、何とか出来ねえのかよ!?」

「言ったでしょ? この件の捜査は意図的に停滞させられているの。 私たちが得られる情報はその程度よ」

「畜生!」

「まあ、私たちにはわからないけど…」

「何だ!? 分かる奴が居るのか!?」

「久兵衛という男がいるわ。 
 マミリーマート本社のフランチャイズ監視員が表の仕事だけど、この男がグリーフシード関係を一手に担っていると考えられている。
 その男と交渉してみるのが一番かもね。 あなたなら出来るハズよ。 サークル杏クウカイ代表、佐倉杏子」

「あたしの事、知ってたのか?」

「調べさせて貰ったわ」

「とりあえず分かった…あたしが必ず久兵衛と交渉してさやかを助ける方策を得る。
 だからそれまで、さやかに手出しはするんじゃねえぞ」

「分かったわ」

 さやか、あたしが助けてやるからな。
 
 杏子ははっきりと心のなかに呟いて、警察署を飛び出した。



180 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/21(木) 19:28:00.16 ID:idX9ZfJ+o
「紅茶を飲ませてくれないか?」

 久兵衛がマミの部屋を尋ねるときの言葉は、いつも決まってこれだった。

 そして自動ドアをくぐってマンションに入り、エレベーターを使い、彼女の部屋に入る頃には、部屋の中は紅茶の香りで充満しているのだ。

「レモンティーを頼むよ」

 鞄とスーツをソファに投げ出してネクタイを外す。
 ネクタイをスーツの上に置くと、マミがティーセットを持ってやってきた。

「どうぞ、召し上がれ」

 レモンが紅茶に溶け合った、酸味の効いた香りが膨らんで、しばしそれに心を奪われていると、
 スーツとネクタイがハンガーに掛けられ、鞄も邪魔にならない位置に片付けられた。

 この部屋では、久兵衛はほとんど何もする必要がない。

 それに満足した後、久兵衛は漸く紅茶を口中にすすり込み、その豊かな味わいを楽しんだ。



182 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/21(木) 19:28:49.49 ID:idX9ZfJ+o
「どう? おいしい?」

「他の紅茶はもう飲まないから、比較のしようがないね。
 まあどんなに素晴らしい味でも、飲み続けていればそれが普通になるものさ。 悲しい事だけどね」

「でも美味しそうに飲んでくれる。 嬉しいわ」

 久兵衛の隣に腰掛け、そう言いながら上目遣いに彼を見やるマミの眼は期待に満ち、潤んで輝いており、
 ぴったりと閉じられた太腿は時折もじもじと擦り合わされる。
 
 いやらしい女だ、と久兵衛は思った。
 
「まずくは無いね」

 久兵衛は男性器を勃起させ、テントを張った股間をさらけ出すようにソファにのけぞって紅茶をすすった。

 マミはそれをちらちらと横目で盗み見て恥ずかしそうな表情をし、
 股間を抑えこむように握った手を添えたり、前屈みになったり、その下半身は忙しそうだ。



183 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/21(木) 19:29:40.10 ID:idX9ZfJ+o
 発情しているマミを尻目に、久兵衛はだらだらと紅茶をすすり続けている。

 久兵衛が股間に力を入れると、ピクピクとズボンのテントが動き出した。

 マミは我を忘れて、紅潮した顔に輝く潤んだ瞳はその部分に釘付けになっている。

 そして久兵衛が最後の一口を飲み終えたとき、マミの表情に性欲をまとった期待が輝いた。

「君はさっきから一体どこを見ているのかな?」

 慌てて目をそらすマミに、久兵衛の残酷な言葉が刺さる。

「マミ、おかわりだ。 今度はストレートティーをお願いするよ」

 マミは久兵衛にとってこの時、与えられることのないご褒美を待ち続けて、しっぽを振っている雌犬だった。



184 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/21(木) 19:30:27.05 ID:idX9ZfJ+o
「どうしたの? まどか」

 別にお仕置きが待っているわけじゃないのに、この日の食卓でまどかの表情は暗かった。

「えっと…なんでもないよ、ほむらちゃん…」

「嘘言わないの! 何があったの?」

 ほむらの剣幕に、まどかは恐る恐る語り出す。

「あのねほむらちゃん…私やっぱり…働いたほうがいいんじゃないのかな…専業主婦はニートなんでしょ…?
 そんなのってよくないよね…ちゃんと社会に出て…働いて…今の時代はお嫁さんでもそれが普通なんだよね…?」

「誰が言ったの?」

 その言葉にほむらを見上げたまどかの視界に映ったのは、その内に鬼を飼っているような彼女の無表情だった。

 まどかはそれを見て、ひっ、と言ったきり言葉を失った。

「専業主婦はニートだなんて、誰が言ったの?」

「お…お昼の…ニュース番組で…」



185 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/21(木) 19:31:13.19 ID:idX9ZfJ+o
「美樹さやかね」

 ほむらの断定に図星を指され、まどかの表情は強張った。

「ち…違うよほむらちゃん…さやかちゃんがそんな事言う筈無いよ…」

 さやかを必死でかばうが、それはほむらにはバレバレである。
 ほむらはこのように、どうあがいても自分に嘘をつけない純粋なまどかを愛していた。

「もういいわ。 でもあなたは自分を責め過ぎている。 
 あなたを非難できる者なんて、だれもいない。 居たら、私が許さない」

「ほむらちゃん…」

「社会に出るとね、嫌なことや嫌な人がたくさんいるの。
 そう言うのに触れるたびに、魂が濁っていくのよ。
 私はあなたに、そういうふうになって欲しくないし、実際に私の濁った魂が、あなたの綺麗なままの心で何度も救われているのよ。
 それが分かったらもう二度と働きたいなんて言わないで」



186 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/21(木) 19:32:00.86 ID:idX9ZfJ+o
 ほむらは食卓を立ち、少し早いけどパトロールしてくるわ。
 そう言って拳銃に弾を装填した。

 まどかはそれを見て、嫌な予感に襲われた。

「ねえ、さやかちゃんが無理して働いているの…さやかちゃんあのままじゃ死んじゃうよ…
 助けてあげたいんだけど…どうすればいいのかな…」

 ほむらは自分が今からやろうとしていることをまどかに見透かされた気がした。
 そしてまどかにそれを納得してもらおうと思い、

「美樹さやかの事は諦めて。 
 彼女はワーキングプアをこじらせてワーカホリックになっているわ。 もう手おくれなの」

 と言い、まどかが次の言葉を用意する前に家を出て、
 拳銃のスライドを少し引き、薬室内に自らの殺意が装填され、鈍く光っている事を確認して歩き出した。



187 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/21(木) 19:32:41.19 ID:idX9ZfJ+o
「こりゃあ酷いよ。 君は相当重症みたいだね」

 服を脱がせ、マミのパンティを見た久兵衛が絶望の声を上げた。

 愛液で染まり、そこからいやらしい匂いが立ち上っている。

「…見ないで…」

「僕もこんなはしたない光景は見たくないよ。 今日のセックスはおあずけだね。 もう帰るよ」

 そう言って立ち上がろうとする久兵衛を、マミが必死に引き止める。

「お願い! そんな事言わないで!」

「じゃあしっかりと見るんだ!」

 久兵衛はマミの股間を指さして、強い調子で言い放った。

「いいかい、君はね、病気なんだよ。 
 わかるかい? 人間の女の子は、いじられる前からここをこんな風にしないものなんだ!
 これじゃあまるで発情期のイヌじゃないか? ええ?
 君はいつ人間を辞めたんだい?」

 久兵衛は、彼とするまで男性経験が無かったマミの、乏しい性的知識をいいことに真っ赤な嘘で装飾が施された言葉攻めを始めた。



188 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/21(木) 19:34:13.70 ID:idX9ZfJ+o
「一体何を考えていれば、ここがこんな風になるんだい? 教えてくれよ。
 君の頭の中を覗いてみたいんだ。 だってそうだろう? 学術的に興味があるからね。 
 理性という素晴らしい物を備え持った人間という動物がだ、何もしていないのにここまで発情できるなんておかしいじゃないか。
 もしかして君は、セックスの事しか考えることが出来ないのかい? それはもう完全に心の病気だからね。」

 それを聞いているマミが耐え切れずに、掌で眼を隠そうとすると、それをはねのけて続ける。

「コラ! ちゃんとここを見て君の病状を確かめなきゃだめじゃないか!
 人が本来愛しあうときはね、最初のうちはここが乾いた状態なんだよ。
 それをヌルヌルにするために、男が優しくマッサージしてからするのが愛のあるセックスなんだ。
 つまり前戯の無いセックスは、愛のないただの淫行なんだよ!
 君は愛という尊い感情を放棄している魔女だ!!
 ここが中世ヨーロッパなら、君は魔女裁判に掛けられて火あぶりの刑に処されるところなんだよ!!」

 マミの眼に涙が溢れる。

 久兵衛はそれを見て更に生殖器を硬くした。

 やはり女の絶望は最高の味がする。



189 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/21(木) 19:35:03.96 ID:idX9ZfJ+o
「君のいやらしいところを、ご両親にも見てもらわないとね」

 久兵衛はセックスの時、マミがいつも伏せておく両親と幼いマミが映っている写真立てを起こし、
 そのなかで笑っている両親にマミの痴態を見せつけた。

「嫌っ! やめて!! その写真はやめて!!」

 マミは固く目を閉じ、イヤイヤと首を振り、泣き叫んでいる。

 久兵衛は写真を水戸黄門の印籠のように、マミの眼前に晒した。

「ご両親に謝るんだ! 
 マミは人間を辞めてしまいました! こんなにいやらしい女に育ってしまいました! 
 お父さん、お母さんごめんなさいってね! ちゃんと謝るんだ!」

「…ごめん…なさい…」

 マミは泣きじゃくり、すすり上げながら謝罪している。



190 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/21(木) 19:36:01.09 ID:idX9ZfJ+o
「聞こえないよ、もっと大きな声で!!」

「ごめん…なさい!…マミは…人間を…辞めてしまいました…っ!
 お…おとうさん…おかあ…さん…ごめん…なさい…っ!」

 マミは嗚咽に苦しみながら、大きな声で写真立ての中の両親に謝罪をした後、頭を抱えて狂ったように泣き叫んだ。

 久兵衛は、それを見て感動に震えた。

 過去に犯した女たちの中に、これほどまでにいい声で泣く女が居ただろうか?

 久兵衛は泣いている女にしか発情しない、生粋のクズだった。

「マミ、君は病気なんだ。 だから僕と一緒に治そう。 今からセックスを始めるからね。 僕のを入れるからね。
 快楽が君を飲み込もうとするだろうけど、決してそれに飲まれてはいけないよ。
 歯を食いしばって耐えるんだ。 出来るね?」

 久兵衛が優しく囁きかけると、マミはしゃくりあげながら何度も頷いた。

 久兵衛はマミをベッドに寝かせ、のしかかる。



191 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/21(木) 19:36:47.91 ID:idX9ZfJ+o
「我を忘れてしまったら、君は人間じゃ無くなってしまうよ。
 そんなの嫌だろう? 絶対に快楽に飲まれてはいけないよ。
 大丈夫、君なら出来るさ」

 マミが力強く頷くのを確認してから、久兵衛はマミの中に入っていった。

「ふあああああん!! あっ あっ…ダメ…!」

「頑張れ、人間を捨てるな!」

 マミは歯を食いしばって、涙を流しながら快感に抗っている。
 その顔がまた久兵衛のリビドーを加速させた。

「ううーっ…ううーっ…」

 マミはシーツを噛んで、頭を左右に振りながら必死に自分を失わないように耐え続けている。

 久兵衛はそれを見て残酷に笑った。

「それじゃあ…動かすよ!」

「ふあっ…っ! ダメっ!!」

 久兵衛の腰が3往復した辺りで、マミは人間ではなくなった。



192 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/21(木) 19:37:24.91 ID:idX9ZfJ+o
 さやかが2時間の睡眠を終え、出勤しようと玄関を開けたとき、その先にほむらが立っていた。

「…どいてよ。 邪魔だから」

「あなた…まどかになんて言ったの?」

「どいてったら!」

 そう叫び、ほむらを押しのけようとしたさやかの額に、サイレンサーの冷たい感触が触れ、さやかは凍りついたように動けなくなった。

「私のお嫁さんに、ニートって言ったのはあなたでしょう!」

 さやかは、生命の危機で脳内が痺れ、震える以外何も出来なくなっていた。

「どうせ野放しにしていても過労死するような生活をしていることだし、心無い言葉でまどかを傷つけるあなたを生かしてはおけない。
 もう終わりにしてあげるわ。 美樹さやか」

 ほむらはカチリと拳銃の撃鉄を起こした。

 さやかは自らの最期を覚悟してその場に力なくヘタリ込んだが、銃口は彼女の額に合わせた照準を正確にトレースしている。



193 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/21(木) 19:38:06.86 ID:idX9ZfJ+o
「さやかっ!!」

 その声と共に、銃口がさやかの額から外れた。
 さやかが見上げると、杏子がほむらの背後から掴みかかり、その手首を掴んで銃口を外していた。

「何やってる! さっさと逃げろ!」

 さやかは、二人が揉み合っている隙によろよろとバイト先に向かった。



194 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/21(木) 19:39:18.63 ID:idX9ZfJ+o
「正気かてめえは!? あいつには手出ししないって約束したじゃねーか!」

「そうだったかしら?」

 杏子は、約束を破ったことを少しも後悔していない素振りのほむらに、強い警戒感を持った。

「…で、久兵衛には会えたのかしら?」

「やっぱり覚えてんじゃねーか、次に約束破ったら、ただじゃおかねーぞ! いいな!」

 ほむらは質問に答えない杏子に苛立った。

「会えたの? 会えなかったの?」

「会えなかったよ。 本社にも、店舗にも、自宅にもいねえ。 あんた心当たり無いかい?」

「無いわ。 早く見つけないと、美樹さやかが変態紳士化してしまうわよ。 急ぐことね」



195 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/21(木) 19:39:51.93 ID:idX9ZfJ+o
「わかってるよ。 もうさやかに手え出すなよ? いいな!」

「あの女はまどかに酷い事を言ったわ。 同じようなことを繰り返すようなら、どうなるか分からないわね。
 いい? 人を殺してもね、血中からグリーフシードの代謝物が検出されれば、
 変態紳士を駆除したと見なされて私は殺人罪に問われないわ。 
 それだけは覚えておいて。」

 杏子はそれを聞いて血の気が引いていくのを感じていた。

「謝るよ…さやかが酷い事言ったら、代わりにあたしが謝るから、だから殺さないでくれよ…頼むよ…」

 弱り切った杏子の手を振りほどき、ほむらは、

「代わりに謝るだなんて、もうすっかり恋人気取りね」

 と吐き捨ててアパートを去っていった。



196 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/21(木) 19:40:37.92 ID:idX9ZfJ+o
 抱きつかれるのが不快なので、久兵衛はマミの両手をベッドに押さえつけながらこれでもかと言うくらい乱暴に彼女を犯していた。

「あああああッ!! イクゥうううううっ!!」

 男性器が締め付けられ、吸い取られるような感覚に、久兵衛はまたか、もうこの女にはウンザリだ、そう思っていた。

 始めは、よかった。

 乱暴なセックスをすると、マミが痛がって泣き叫んだからだ。
 久兵衛は安心して、快楽という天国から苦痛という地獄に苦しむマミを観察するという優越を得ることが出来たのだ。

 ところが女というのは浅ましい生き物で、どんなに乱暴な行為に及んでも、それに慣れてそこから快楽のタネを見つけ出し、
 それを大きく花開かせる事ができるのだった。

 その能力は、久兵衛にとっては驚異だった。

 マミはよだれをたらして、うわ言のように言葉にならない呻き声に、甲高い犬の鳴き声のような悲鳴を交えて快感に溺れている。

 久兵衛はいくら感じたところで、そんな領域には至らない。

 つまり、天国から地獄を見下ろしていた筈が、いつの間にかマミだけ地獄から、久兵衛が居るよりも更に上級の天国に連れて行かれ、
 そこから自分が見下ろされているという構図になっていたのである。

 必死に腰を動かしてマミより乏しい快感に甘んじている久兵衛は自分のことがバカみたいに思えてきて、目の前の女から逃げたくなった。

 快楽の下剋上。 女の反乱。 
 それは久兵衛にとって許されざる裏切りであると共に、恐怖の対象だった。



197 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/21(木) 19:41:33.22 ID:idX9ZfJ+o
「またイクッ…うわあああああッ!! イックゥぅぅううううっ!!」

 マミが、また絶頂を迎えた。

 男性器を容赦なく絞り取らんとするその収縮に、久兵衛の体が震えた。

 考え事の最中だった。 不意打ちもいいところである。

「クゥッ…しまった!!」

 久兵衛は、マミの性器に搾り取られるように射精を誘われ、それに耐え切れなかった。

 完 全 敗 北。

 屈辱の混じり合った射精の快楽が、久兵衛の自尊心を汚した。



198 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/21(木) 19:42:46.59 ID:idX9ZfJ+o
「ねえ、結婚しない?」

 久兵衛がタバコを吸っていると、後ろからマミがぽつりとそう言った。

 結婚―その言葉は恐怖の響きを含んでいる。

 久兵衛はその恐怖を振りほどくように、マミに平手打ちをかました。

「きゃっ!!」

「紅茶を持ってくるんだ!! さっさとやってくれ!!」

 マミはよろよろと起き上がり、下着をつけようとしたところでまた久兵衛に平手打ちをかまされた。

「ひっ!!」

「下着なんか付けなくていいから、早く紅茶を淹れるんだ!!」



199 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/21(木) 19:43:34.13 ID:idX9ZfJ+o
 まだ体が絶頂の余韻で上手く動かせないマミは、ふらふらとした足取りで台所に向かったが、
 その鈍い動作にムカついた久兵衛がマミを追いかけて思い切り尻を数発叩いた。

 そこでマミはとうとう泣き出してしまった。

「紅茶を淹れるんだよ!! 早く!! 君は本当にグズだね!!」

 マミが泣きながら全裸で湯を沸かし始めたのを見て、久兵衛はベッドに戻り、新しいタバコに火をつけてその煙を味わった。

 久兵衛は最悪の気分だった。

 いつも自分のペースでしたい時に射精をしていたはずだった。

 それが、いつの間にかマミの絶頂の収縮に耐えねばならなくなり、
 そして今日、とうとうそれに抗いきれず、射精させられてしまった。 つまり主動から受動に失墜したのである。

 それは久兵衛にとり、屈辱以外の何物でもない。



200 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/21(木) 19:44:24.08 ID:idX9ZfJ+o
 それにマミのあの乱れ方。

 あれは自分が感じるはずの快楽を、吸収しているのではあるまいか?

 浅ましい女という動物は、そんなまさかすら、やってのけるに違いない。

 そうやってどんどん僕は快楽から遠ざけられて、いつの間にか苦痛を感じるようになりはしないかという恐怖。 恐怖。 恐怖―。

 ―その象徴が結婚という言葉だった。

 人という字を見てみろ。誰かが誰かにもたれかかっている。

 あれが結婚だ。

 妻が夫を搾り尽くさんとするのが、結婚だ。

 結婚したら、僕はいつの間にか苦痛しか感じることが出来なくなるだろう。

 生活の全般において。

 そしてあの女は、僕よりさらなる高みにいて、快楽を見にまとい、常に僕を見下ろすのだ。

 そんな想像をしていると、いつの間にか久兵衛の体は氷のような恐怖に震えていた。



201 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/21(木) 19:45:25.07 ID:idX9ZfJ+o
「…どうぞ」

 涙の線を拭いながら、マミはミルクティーを持ってきた。

 久兵衛はタバコを消し、紅茶の柔らかな香りを吸い込んだ。

 それで体の震えは止まった。
 
 そしてそれをすすると、滑らかな舌触りに、甘みが後を引き、それが香りと重なって体に染みとおり、満たしていく。

 わざと不味いと言って更にマミを泣かせてやろうと思ったが、非の打ち所のないその味と香りに、久兵衛は絶句するしか無かった。

 久兵衛の表情にその本音を感じ取ったマミは、彼の隣に腰掛け、もたれかかってきた。

 人という字そのものだな、久兵衛は紅茶をすすりながらそう思ったが、泣かせた直後なので優しくしてやろうと思った。

 飴と鞭の、飴の部分なのだと、自分に言い聞かせる。



202 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/21(木) 19:46:11.97 ID:idX9ZfJ+o
「好きよ、久兵衛」

「へえ、そうかい」

 マミは久兵衛に預けた体を、更に密着させてきた。
 
 きめ細かな肌の感触が吸いついて、そこから彼女の体温が沁みてくる。

 体温―

 久兵衛はそれが不快だった。 マミにそんなモノがなければ、彼女をずっと側に置いてもいいのに、と思う。
 
 体温のないマミ…それは自分の性欲を満たし、極上の紅茶を提供してくれる人形だ。

 愛欲人形、お茶汲み人形。 最高のパートナーだ。

 だが、こうしてひっつくと、体温が伝わってくる。

 それは生命の証であり、すなわち主体性の象徴であり、彼女が意思を持つことを意味している。

 自分と同じ人間であることを意味している。

 久兵衛はそれを恐れた。

 自分と同じ大きさの意志―

 そんなモノが、突然結婚などというふざけたセリフを吐かせるのだ。 そして増長し、更に様々な要求するようになるのだ。



203 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/21(木) 19:46:48.65 ID:idX9ZfJ+o
「―君はさ、一体僕のどこが好きなんだい?」

 久兵衛は、マミの方を見ずにそう聞いた。

 マミは久兵衛の方を見、笑いかけながら、

「たまに怖いけど…本当は優しい…そういうところよ」

 そう言った。 久兵衛はマミの笑顔を見ていない。

 たまに怖いんじゃなくて、優しいほうがたまにじゃないか、それに本当の僕は君をいじめている方だよ。 
 全く君は本当にバカだね。

 久兵衛はそう言いたかったが、喉が詰まったようになって言葉が出なかった。

「ふうん」

 密着した皮膚からマミの体温が流れこみ続けている。

 温かい。

 同じ位の体温のはずなのに、何故か自分の皮膚より暖かく感じる。

 久兵衛は、マミの意志のほうが僕のそれよりも力強いのではないかと思い、その胸の内にまた、恐怖の萌芽を見た気がした。



204 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/21(木) 19:47:19.31 ID:idX9ZfJ+o
「…大好きよ、久兵衛」

「あっそう」

 マミが更に体を押し付けてくる。

 久兵衛も、負けじと腕に力を込めて彼女を抱き寄せた。

 どっちの意志が強いのか、比べてやろう。 そう思った。

「温かいわ」

 マミがそう呟いた。 久兵衛も、彼女の体温に対して同じ感想を持っている。

 じゃあ、どっちが強いのか分からないじゃないか…

 そう考えていると、無意識にマミを抱き寄せる手に力が入っていた。



205 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2011/04/21(木) 19:48:03.32 ID:idX9ZfJ+o
「うふふ…」

「なんだい?」

「ちょっと苦しいわ」

 久兵衛はマミの顔を見やって、その顔が苦しそうに見えなかったので、更に苦しめてやろうと腕に力を込めた。

「ンッ……ねえ…」

 久兵衛の腕に締め付けられたマミが、息苦しそうな声で語りかけてきたので、久兵衛は震えるくらいに腕に力を加えながら、

「何だよ?」

 ぶっきらぼうにそう聞いた。

「…愛してる…」

 久兵衛は、マミを苦しめようとして、更に嬉しそうな顔をされたので混乱して逃げるように彼女から眼を逸らした。

 ―他人は何を考えているのか、さっぱりわからない。

 久兵衛は、もどかしい意思を持つ他者を愛することが、どうやっても出来なかった。

 だから、マミが人形ならいいのに…こういう時、いつもそう思っているのだ。



次→さやか「さやかちゃんイージーモード【後編】

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まどか☆マギカSS   コメント:4   このエントリーをはてなブックマークに追加
コメント一覧
7139. 名前 : 名無しさん@ニュース2ちゃん◆- 投稿日 : 2011/05/21(土) 01:57 ▼このコメントに返信する
二度と働きたいなんて言わないで、の前後に吹いたwwwwwwww
9078. 名前 : 月光蝶◆- 投稿日 : 2011/07/09(土) 17:57 ▼このコメントに返信する
このマミとQBの関係がいい(実は絡め取られている)
10119. 名前 : 名無し@SS好き◆WjpcyIKk 投稿日 : 2011/08/02(火) 19:43 ▼このコメントに返信する
 あれ、きゅうべえ以外にかわいいところがあるじゃないかw
 にしてもイージーモードでこれか...さやかちゃんェ…
28245. 名前 : 名無し@SS好き◆- 投稿日 : 2012/10/31(水) 05:42 ▼このコメントに返信する
よーし中編まで読んだぞ
しかし良く出来た作品だ
ブラボー
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